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「月山(日光市)」。60代後半の男2人、道間違い連発で大笑い!

2017年11月7日(火)

このブログでよく取り上げるWさんとの60代後半ツアー、今回は前夜の作戦会議の通り月山(がっさん)にした。標高1287.2メートルと、日光の山ではそこそこの高さがある。とはいえ、登山口の標高が1040メートルもあるので標高差はわずか240メートルと、これは東照宮の裏にそびえる独立峰、外山(とやま)とどっこいである。特に危険があるわけでもなく散歩気分で登れてしまう山だ。

実は昨年の3月、管理人はツツジの下見を目的に訪れたことがあって、そのブログを読んだWさんが面白そうな山として候補に入れていたらしい。
標高差240メートルの山のどこにWさんは面白さを見出したのか、種明かしをすると、管理人が下山に使ったルートなのである。

この山は一周して同じ登山口に戻ることができるというメリットがある。行き帰り同じ道を歩くよりはそれは面白いだろう。
それだけか?
いや、もっと面白い仕掛けがある。
昨年3月、山頂から下山する際に道が見つからなくて管理人、右往左往したことがあった。目を凝らしてみてようやく道が見つかったと思ったらお次は2メートルほどの落差の岩場を後ろ向きになって下るという経験をした。さらにその先には鎖場が、、、
管理人が下りに選んだ尾根には地理院地図に道が描かれていないことも面白みを加えている。地図とコンパスが必須なのである。標高差たったの240メートルなのにねぇ(笑)

管理人に劣らず面白いことが好きなWさんにとって、ブログ記事から、月山は十分な魅力をもった山として映ったのであろう。
詳しいことは昨年3月のブログ後半をご覧ください。
でわでわ登ってみましょうか。


日光市栗山の「栗山ダム」が月山の登山口。
黒っぽく見えるのはダムの堰堤で長さ340メートル、幅10メートルもある。200メートル競争が十分できてしまいそうな大きさである。


駐車場の南に霧降高原から赤薙山、女峰山へと続く稜線がよく見える。


駐車場からダムの管理道路を歩いて行く。


やがてダム全体を見渡せる場所に出る。
左の石積みが駐車場から見上げた堰堤。


ダムに沿って管理道路を歩いて行くと右へ分岐する道があるので、管理道路から外れて斜面を上る。先を行くのはWさん。


幅広の道はここで終わりここからいよいよ山へ入り込む。
昨年3月に来たときは残雪のため道が見えなかったが、目を凝らすと笹原の中に薄い踏跡が見えた。


斜面になると道はハッキリ見えるようになる。


月山はツツジの山として名高く、季節になると多くのハイカーで賑わうらしい。
これはヤシオツツジ。あちらにもこちらにも。


ここで道は右から来る道と合わさる。
地理院地図にはないが昭文社「山と高原地図」に描かれている道で、山頂からここまで同じ道を戻るとここから別の道で駐車場に戻れるようになっている。


北東に展望が開けて高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)がよく見える。


登頂!!
所要時間、58分。ウォームアップが済んだ頃合いで登頂という結果になった。
山頂は木々が茂っていて大展望というわけにはいかないが、木々のすき間から日光連山や高原山が望めるし、5月にはヤシオツツジが楽しめるのでいいのではないだろうか。


二等三角点


歴史を感じさせる石の祠。


最近になって突然、コケに興味を持つようになった管理人、祠の屋根に生えているコケに注目した。
普通、植物は地中に根を生やして水分や養分を吸い上げて成長するが、コケは同じような役割を果たす根をもっていない。コケの根は風で飛ばされないように自分の身体を固定する役割しかない。生きていくには空気に含まれている水分や雨水が頼りなのだ。
水分が枯渇すると葉をかたく閉じて水分の蒸発を抑える機能が働いて、画像のような姿に変身する。
さあ実験するぞ。


口に水を含んでプワーッと吹きかけてやるとほんの数秒で葉が開いた。
このような性質を持つのがコケの特徴だそうだ。
ちなみにこのコケはスナゴケだと思うが、図鑑数冊を見てもそれぞれ姿形が違うし、いまだによくわからない。それがコケの面白さともいえるのだが、、、


駐車場から見上げた日光連山の一部だが、山頂から眺めると男体山や女峰山まで見えるようになった。
山頂で30分ほど休憩したが昼食にはまだ早い時間なので早々に下山することにした。
下山ルートは地理院地図にも昭文社「山と高原地図」にも道が書かれていない南西尾根を使うことにした。


前の画像を拡大して山名を入れてみた。


山頂を去ってほどなく、南に今市ダムが見えるようになった。
案内板によると栗山ダムと今市ダムは水路でつなっがっていて、その落差は524メートルもあるそうだ。そして途中に3基の発電機が稼働する水力発電所がある。発電量は105万キロワットだからこれは原発1基分に相当する。
2011年の原発事故で甚大な被害を被った管理人としては、危険な原発の再稼働には反対であり、自然の地形を活かした電気を使いたい。

いま、管理人が立っている場所が水路の上なのだが水路は見えない。発電所も見えない。なぜなら水路は斜面に沿って埋設されていて、発電所は地下に設置されているからである。


先を行くWさんとは2006年にスノーシューツアーのガイドを務めて以来だから、11年の付き合いである。その間、年に数回、管理人はWさんのガイドを務めてきたが、いまでは心技体共にWさんが管理人を上回るようになり、こうして管理人の前を歩くのが常のことになった。


道はここで大きな岩にぶつかる。
岩の上に踏跡があるので行けるのだろうと思って岩に乗るのは危険だ。なぜならその先に道はないからだ。ここは冷静になって道を探す必要がある。
岩のすぐ手前右に斜面を下りるようにして薄い踏跡が見つかるはずである。その踏跡は岩をぐるっと巻いて岩の向こうに出られるようになっているのだ。
と、ここまでは昨年3月の経験で知っていた、管理人は。


やっ、なんかおかしいぞ。
尾根上を歩いているはずなのだが次に目標としているピークから遠ざかっている。次のピークは尾根続きになくてはならないはずだ。それが沢を挟んで左に見える。
さてはさっきの岩を巻いたつもりが巻かずに進んでしまったらしい。昨年の経験はどこへやら(笑)。


ここで初めて地図を取り出す。
コンパスで確認すると進んでいる方向は西であった。本来なら南西に向かって進んで行かなくてならないのだ。傾斜が急であることからも本来のルートから外れているのは明らかである。尾根が分岐していて足は自然と違う尾根に向いてしまったようだ。
進むべき方向を地図とコンパスで確かめながら歩かないからこうなる、、、という見本ね(笑)


元の尾根に戻って先へ進むとまたもや大きな岩に行く手を阻まれる。
ここも右の斜面に下りて岩を巻き、岩の向こうに出る必要がある。


巻道はこんな感じ。


最後にロープがかかる3メートルほどの落差を下りると岩の真下に出る。


さきほど、尾根を間違ったときに見たピークに着いた。
標高1230メートルの眺めのいいピークである。
ここに山名板がある。山名は「月山」となっている。
前に来たときも気になった。
その時はこの先が月山であることを示す矢印が書かれていたのが消えてしまったのだろう、そんな印象だったのだが、あらためてみると矢印を書くスペースなどないことがわかった。

国土地理院の地図によれば月山は標高1287.2メートル、北緯36°50分45秒、東経139度39分33秒の地点を示していて、ここはその月山から南西に400メートルも離れている。標高は57メートル低い。ここは月山でないのは明らかだ。登山者には不要な山名板だと思う。
設置者になんらかの意図があってここを月山山頂としたのだと思うが、その意図ははたしてなんなんだろう?

※上に書いた緯度経度は地図ソフト「カシミール3D」を使って割り出したものであり、コンマ以下は略した。


本来とは異なる場所なのに「月山」という山名板がつけられている標高1230メートルのピークからの眺めはとてもいい。遠く霞んで筑波山が見える。
時間もよろしいようなんでここで昼食としましょう。Wさん、持参したストーブでお湯を沸かして熱々のスープをご馳走してくれた。もうすっかり”山の人”になってしまった。


下山は順調に進行していたわけではない(笑)
休憩したピーク1230から数分歩いたところでまたもや尾根を間違えた。
まっすぐ延びている尾根を進んだところ笹原になったのだ。
進んでいる方向を確かめると南南西に向かっていて、そのまま進むと崖に出くわすように地図が読める。
実はピーク1230の先は南南西に向かう尾根と北西に向かう尾根とに分岐していて、自然と南南西に向かってしまったのだ。
ふ~、これで本日2度目(いや、正確に言うと3度目だ)の道間違い。ふたり、顔を見合わせて笑ってしまった。50メートルほど戻って正しいルートに乗ったのは言うまでもない。


鎖がかかる大きな岩を下る。
ここから200メートルほど先はダムの管理道路だ。


昭文社「山と高原地図」に描かれているもうひとつ別の登山口。ここはすでにアスファルト道路である。


管理道路の分岐点。
右へ折れると栗山ダムの畔へ出る。道なりに左へ進むと駐車場。


一日中、快晴のままゴールとなった。
この広い駐車場にハイカーの車は朝と同じく我らだけ。
せっかくだからと、座ってコーヒーを作り空を見上げながら飲んだ。


ツツジの季節から外れた平日ということもあって駐車場は管理人の車のみ。
登山者とも出会わなかった。
簡単に登れるし展望も悪くはない。しかも下山ルートには尾根が分岐する。読図の練習にもってこいのルートである。
最大の難点は公共の交通手段がないからマイカーでしか来れないこと。といって高額な代金を支払ってタクシーで来るほどの価値があるのかといえば疑問符が付く。マイカーをもつ仲間を募ってグループで行くのがいいと思う。

紅葉の女峰山と帝釈山。あまりの疲れに幻覚に襲われる。

2017年9月26日(火)

キスゲ平(5:31)~小丸山(6:35/6:40)~焼石金剛(6:48/6:53)~赤薙山(7:24/7:30)~奥社跡(8:32)~一里ヶ曽根(9:35/9:50)~女峰山(11:06/11:10)~帝釈山(11:46/12:20)~女峰山(12:55)~一里ヶ曽根(14:16/14:25)~奥社跡(15:07)~赤薙山(16:01)~焼石金剛(16:24)~小丸山(16:50)~キスゲ平(17:17)
歩行距離:約18キロメートル

今年は山歩きの日数が少ないこともあって体力が低下気味で、10キロも歩くと疲れが激しく、帰りの足取りがおぼつかなくなってしまう。
昨年は山歩きの合間の雨の日にスポーツジムに通って筋トレで筋力の低下を防いでいたが、人口の少ない田舎のスポーツジムの悲しさでマシンはお粗末だし、30分交代で使わなくてはならなかったり、トレーナーはいないから自己流でトレーニングしなければならなかったり、それでいて月謝が高かったりするものだから2年通って辞めてからは山歩きを実践の場として週一での山歩きを課していたものの天気が悪いと行けないし天気が良くても仕事がある日は行けないといったことが往々にしてあり、次第に体力の低下に結びついていったらしい。

今日の山行のひとつ前(20日)は常連のお客さんと那須連峰の朝日岳と三本槍岳に登り、さらに三斗小屋温泉を廻る15キロの行程だったのだが三本槍岳を下山する辺りになって身体に変調を来し、以後、実に辛い思いをしながらのゴールとなった。
なんというか、小石に乗った程度でバランスを崩して身体がふらついて倒れそうになったり、段差のある下りでは後ろ足に重心を残しておくべきなのにまだ着地する前に重心が前足に移ってしまい、身体が前のめりになってヒヤリとするといったバランスの悪さを露呈した。
そのため、トレッキングポールに頼ることになり常に前屈みで歩く始末で、傍目には杖をついた高齢者(には違いないのだが)が歩いているように見えたことだろう。

馬蹄形ルートのあとは那須連峰そして、自宅から霧降高原を往復するなど、これまでも同じ距離を経験しているものの疲れの度合が昨年とは違う。
ブランク明けが原因であればすぐに回復するはずなのだが今年はそうではない。
今日これから行く女峰山も正直なところ心配なのだが、その心配が当たってしまった。かつてない経験をしたのだ。作り話ではなく。

スタートはいつもの通りここ、霧降高原のキスゲ平。
1445段もの階段の登りは辛い。


階段を登り始めて後を振り向くと、今まさに太陽が顔を出したところだった。


今年になって4登目の女峰山だがこれまで天候に恵まれず、景色を眺めることができなかったが今日は期待できそう。


朝日に輝くキスゲ平。
右手が丸山、階段の続く先が小丸山。


ノハラアザミ


振り向いて北東の方角を見ると雲海上に高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)が見えた。


階段700段目。ここから傾斜が厳しくなる。
先を行くのは那須から来たというトレランの青年。彼もこのルートが好きだという。


再び高原山


ヤマハハコ


標高1601メートルの小丸山に到着。
44分というかなりゆっくりしたペース。
中央に見えるピークは赤薙山。
女峰山は赤薙山を過ぎてさらに5つ目のピークだ。遠いぞ~!
蛇足だが管理人は地図に描かれているピーク(標高値)の他にも2つのピークがあるのを知っている。さあ、どこでしょうか?


ガレ場が始まるともうすぐ焼石金剛だ。
このガレ場は浮いている石がたくさんあるので不用意に乗るとぐらっと来る。転倒の元なので浮き石を避けながらジグザグに歩く必要がある。


歩き始めて1時間16分、焼石金剛に到着。
前回8月10日も1時間16分と、まったく同じ所要時間。
これぞマイ(自分の)ペース(時間)。


赤薙山がぐっと近づいてきた。
あの緑の稜線が終わり急傾斜の樹林帯に入るとすぐ赤薙山である。


緑に見えた稜線は実は笹原で、終わると今度は樹林帯に入る。


ここで赤薙山と女峰山とを分けるが、迷わず赤薙山への道を。
女峰山と示された道は途中で崩落しているのと、歩く人がいないので藪化している。


トウゴクミツバツツジの紅葉。


標高2010メートルの赤薙山に到着した。
歩き始めて1時間と53分、焼石金剛から37分だからこれもいつもと同じ。
1445段の階段ではなんども休憩し、写真を撮るために立ち止まりながら、ゆっくりペースで歩いてきた。
ここから先、女峰山ルートの核心部分で厳しくなるため、力を蓄えておく必要があったのだ。


赤薙山は樹林の中の山頂で眺めは望めないが、1箇所だけ、鳥居の奥に開けた場所があって女峰山と男体山を見ることができる。
手前の大きなピークのすぐ左が女峰山。


これは男体山。


8月の飲み過ぎが祟って体重が2キロも増え、ここ数回の山行は激しい疲れを感じたので、体重の増加分の荷物を減らすつもりで軽装備とした。
靴はローカットにして片足300グラムほど軽減、昼食はSOYJOY他の行動食のみ。飲み水は自作のスポーツドリンクを1.5Lといつもと同じだが、このルートは水場があるので非常用の水道水を1Lから500ミリに減らした。


5分の休憩の後、歩き始めた。


オオカメノキの実


これは苔なんである。
1センチまで近づいてマクロで撮ってみた。
今年になってどういうわけか突然のごとく苔に興味をいだくようになり、ルート上にある苔を記録として撮るようになった。
これはシッポゴケだと思う。もちろん、後で調べて知ったのだが。


これは現時点では名称不明。葉っぱが斜めに向いていることから、どうやらイワダレゴケらしい。
苔の面白さのひとつは名前を特定しづらいことにある。
図鑑を見ても似たような姿形の苔がたくさんあって悩むばかりなのだ。そこが面白い。
名前を知りたいと思い図鑑を買いあさっているうちに6冊にもなった。
それらと首っ引きで名前を調べているがいまだにわからない。
その理由として、苔はその日の環境次第で姿形を変化させるからだ。
一般の植物と異なり、大地から栄養を吸収することをしない苔は、日差しや空気中の湿気、二酸化炭素などの影響を強く受けて葉っぱが開いたり閉じたりするため、図鑑に載っている写真と違いが生じるのだということを理解した。
これは面白い。極めてみたいと思う。


キオン


シロヨメナ


奥社跡に到着。
歩き始めて3時間かかっている。
咲いている花が少ないから写真を撮る時間だけ、早く到着するかと思いきや、そんなことはなかった。
花が苔に替わっただけだ、写真を撮る時間は変わっていない。


次のピーク、2209への鞍部。


ピーク2209を過ぎると開放的な稜線となり、木々の合間から遠くを見渡せる。
ここはヤハズという場所。


ナナカマドが赤く染まりとても美しい。


歩き始めて4時間と4分で一里ヶ曽根。
女峰山がぐっと近づいた。


ガレ場を下って次のピーク、2318へ。


鞍部にある水場。
ルートを外れて30秒ほどのところにある。
帰りに寄ることにして通過した。


スギゴケだと思うんだが断定できない。


オオモミジかな?


深紅に染まるナナカマド。実に美しい。


まるで日本庭園の中を歩いているかのよう。


これもナナカマド


女峰山が間近に迫ってきた(中央のピーク)。


ズームアップすると山名板とそのすぐ下に人の姿が見える。


これもスギゴケだと思う。
胞子を包んだ蒴(さく)が上手く撮れた。


もうすぐだ、頑張れよ!


ミヤマダイコンソウの紅葉。


幅30センチほどの斜面の際を歩く。


ガレ場を通過。


女峰山200メートル手前のピーク。地理院地図に表記されていない三角点がある。ハイカーの皆さん、見つけられるかな?


さあ、最後の登りだ。


シャクナゲとハイマツが茂る斜面を上っていくと、、、


ついに女峰山をとらえた。
山頂はこのすぐ先だが、ここを山頂と呼んでも差し支えはない。


社の前から山頂を見上げる。
上空は晴れている。久しぶりに見る青空である。


歩き始めて5時間と35分、今年4登目の女峰山である。
所要時間はいつもと同じでゆっくりペース。足の速い人だと4時間を切るが管理人にそれは無理である。無事に下山するためにも5時間半かけて登り、体力の消耗を防ぐ必要がある。


女峰山の西に帝釈山がある。
体調のよろしいときはあそこまで足を延ばすことにしている。
今日は完璧とまではいかないが女峰山までいつもの時間で来たので今日は帝釈山を目指すことにする。


ガレた急斜面を下る。
んっ、帝釈山が雲で見えなくなってしまった。


女峰山と帝釈山の距離は700メートルと大したことはないが、稜線のほとんどがガレていたり岩場だったりするので侮れない。


赤く染まっているのはコメツツジであろう。


専女山の岩場。


専女山から振り返って女峰山を眺める。
週明けにはもっと赤くなりそう。


帝釈山に到着。
視界は女峰山よりもいい。遠く燧ヶ岳が見える。


すぐ近くには太郎山。


ゆっくり昼食を食べてから戻ることにした。
キスゲ平から登り始めると完全なピストンになるが、同じルートでも行き帰りは別の雰囲気が味わえるので損はしない。
これはツガザクラ。往きには気づかなかった花だ。
花期はとうに終わっていて最後の花であろう。


コケモモ。
甘酸っぱい味がした。
山を歩いているとテンあるいはイタチらしい糞を見ることがある。中に果実のタネが混じっていることがあるが、コケモモも彼らにとっていい餌になっているようだ。


これはタカネニガナでしょう。
高山の岩場のすき間に根を張って成育する特徴をもつことでそれがわかる。


再び女峰山へ。
先ほどと違って辺りは霧が立ちこめ景色は見えない。


ピーク2318と一里ヶ曽根との鞍部にある水場。朝は通過したので覗いてみよう。


喉はそれほど渇いていないがここで水を飲めるのは11月くらいまで。
12月になると雪に埋もれてしまう。今のうちである。


一里ヶ曽根


紅葉のトンネルを歩く。


イロハモミジ?


岩の隙間に根を生やしたトウゴクミツバツツジ(たぶん)。


オガラバナか?


ピーク2203奥社跡。
ここまで戻り、かなりひどい疲れを感じた。
いつもなら通過してしまうところだが少し休むことにした。
岩の上に腰かけて10分ほど休んだが、回復には至らないまま出発することにした。


赤薙山を通過。


小丸山へ続く痩せ尾根。
赤薙山山頂からここまで木の根が露出した斜面を下ってきたのだが、すでに疲れている上に、こんどは木の根に足を取られないようにずっと足元を見ながら歩いたせいか、疲れはピークに達した。
平坦な尾根まで来てようやく緊張から解放され前方の丸山に目をやると、山頂に真っ白な建物のようなものが数個、建っているのを見た。
いや、建物というよりはイベント会場で目にするテントのようにも見える。
山頂に2つ、その左の斜面にひとつ、右の斜面に2つ見える。そこだけ真っ白に輝いて見え、いつもとは明らかに異なって見えた。
朝見たときにはなにもなかったが、あれは一体、何なんだろう?
明日、なにかイベントをやるためにテントを設営したのだろうか、それとも今の時間なにかをやっているのだろうか?
これまで見たことのない実に不思議な光景である。
丸山まで足を延ばして構造物の正体を確かめたいとも思ったがそこまでの体力と気力は残っていない。
取り急ぎ写真だけ撮っておこう。自宅に戻ってPCの画面で見ればなにかわかるだろう。


焼石金剛を通過。


いつものことながら、この時間になると霧が発生する。
小丸山へ向かう斜面は沢から上がってきた深い霧に包まれた。
深い霧の中を女性が歩いているのを見た。
目を凝らして見るとザックは背負っていない。服も軽装である。
霧の中に見え隠れし、やがて管理人の視界から消えた。
下へ向かって歩いて行ったから、そのうち小丸山の階段が見つかるだろう。迷う心配はないようだ。


小丸山の回転ゲートまでたどり着いた。
あとは階段を下りるだけとなった。
いつもなら階段を残すだけになって気持ちが楽になるのだが、今日は違った。
階段を下る体力は残っていない。疲れが極限に達し早く終わりにしたいという気持ちだけで歩いているような気がする。


この階段の下に霧に隠れて見えないが避難小屋がある。
小屋まで約800段。300段ほど下りたところで先ほどの女性が下っていくのを見た。
もしも追いつけることができたら声をかけてみよう。
いくら物好きとはいえこの時間、この深い霧の中をひとりで小丸山まで上ってくる人などいないはずなのだ。興味本位で上ってきたのか、そのへんの事情でも聞いてみたいと思った。
ひどく疲れているので階段を降りるペースがいつもより遅く、女性になかなか追いつくことができない。そして再び霧の中に消えてしまい、それから姿を見ることはなかった。


霧に包まれたヤシオツツジ、たぶんシロヤシオであろう。


戻れた。
11時間46分かかってようやく戻った。
前回8月9日は12時間16分かかったからそれよりも短いが、疲れは激しい。
一時も早く自宅に帰って横になりたい。頭にはそんな考えしかない。車へ向かう膝が限界を超えてガクガク震えている。
身体はまだ以前の状態ではないのだ。昨年と比べると明らかに体力が低下している。8月のブランクだけが原因ではないような気がする。
加齢による体力低下を認めなくてはならないのだろうか、それとも他に原因があるのだろうか、それを突き止めたいと思う。

今年になって左の肩胛骨から上腕、そして指先にかけて痺れに近い痛みを感じるようになり、5月から病院で処方された痛み止めの薬を服用するようになった。MRIの結果、頸骨にヘルニアがあって、神経が圧迫される「神経根」だと診断された。
薬で治るものではなく、理由はわからないが自然に治り、再発を繰り返すという説明があった。
処方された薬は強力で、眠気と目まいという副作用に悩まされている。危険な作業はしてはいけないと言われている。

今年になってからの激しい疲れと薬がどう関係するのかはわからないが、できることならこの薬の副作用の影響にしたい。そのほうが希望がもてる。
痛みは発症後、4ヶ月経過した今になっても治らないので薬は続けなくてはならないが、眠気と目まいは山を歩くのに致命的である。神経根が治まり薬の服用を止めれば元の身体に戻る、そう信じたい。


先ほどの不思議な光景を記録として残しておくことにしようと思い、丸山を同じ場所からズームで撮っておいた。
帰宅後はあまりの疲れから食事も採らずに寝てしまったので翌日PCで見ると、、、映っていない。あの真っ白なテントが。なぜなのだ?
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幻覚(げんかく、英語: hallucination)とは、医学(とくに精神医学)用語の一つで、対象なき知覚、すなわち「実際には外界からの入力がない感覚を体験してしまう症状」をさす。聴覚、嗅覚、味覚、触覚などの幻覚も含むが、幻視の意味で使用されることもある。実際に入力のあった感覚情報を誤って体験する症状は錯覚と呼ばれる。・・・ウィキペディアより

那須連峰、朝日岳と三本槍岳で紅葉を満喫。

2017年9月20日(水)

峠の茶屋(9:20)~峰の茶屋跡(10:00)~朝日岳肩(10:20)~朝日岳(10:38)~朝日岳肩(10:45)~熊見曽根東端~北温泉分岐~三本槍岳(11:53)~北温泉分岐~熊見曽根東端~三斗小屋温泉(14:09)~沼原分岐~峰の茶屋跡(15:14)~峠の茶屋(15:50)
歩行距離:約15キロ

管理人が経営するペンションが開業して24年になるが、そのうちの19年間、管理人はスノーシューツアーのガイドとして活動してきた。
スノーシューの人気は衰えることなく続いていて、中には毎年訪れてくれるお客さんがいたり、ツアーに参加して日光の魅力を知り、以後、グリーンシーズンにも来てくれたりと、スノーシューツアーはペンション経営の中心を成すイベントとして管理人は大切にしている。

スノーシューツアーがスタートして数年、ひとりの男性が参加した。
日光はハイキングからトレッキング、登山まで楽しめるのが魅力だが、それはスノーシューにも当てはまり、完全にフラットなコースから傾斜が30度もある山を歩くツアーまで用意して参加者の経験や体力に応じて使い分けている。
当の男性には初回にもかかわらず急傾斜がありなおかつ、距離の長い、刈込湖往復コースを案内した。紳士的な態度の中に、男性の強い意欲を管理人が感じ取ったからだ。
面食らったのは男性のほうだったようだ。
それまで山にたいする興味などなかった上に、初めて体験するスノーシューでいきなり急斜面かつ長距離を歩かされたのだから当然かもしれない。

だが結果的に、男性は管理人の試みを気に入ってくれたらしい。
意欲のある人にはそれなりのことをして差し上げる、それがスノーシューツアーをおこなうに当たっての管理人のポリシーなのだ。

当の男性はその後、スノーシューのために毎年通ってくれるようになっただけでなく、無雪期の登山にも目覚め、年間10数日も日光のアウトドアを楽しむまでに成長した。
その男性こそこのブログによく出てくるWさんである。努力家で研究熱心、物事を実によく考える真面目さがアウトドアにも発揮され、山歩きの技量は管理人を上回るほどになった。
当初関心がなかった植物の知識も増え、文武両道を行くまでに成長を遂げた。

今日はそのWさんとの山行である。
これまで日光市外の山としては古賀志山(宇都宮市)を案内したことがあるが、今日は最近、管理人が気に入って歩くようになった那須連峰をご案内することにした。

2時間の移動時間は山を歩く時間を食ってしまうが、ルートがたくさんある那須連峰なら計画次第で夕方までには十分、戻れる。
正面に見える山並みは朝日岳。


那須連峰の登山口。
鳥居の前の人がWさん。


リンドウ


鳥居の脇に登山者を迎えてくれる狛犬というか、これは獅子だな、が座っている。
なお、鳥居をくぐったところには山ノ神が祀ってある。


ヤマハハコ


ゴマナ


キオン


オトギリソウ


樹林帯を抜けると右前方に荒々しい朝日岳が見えてくる。


同じ県内にありながら日光とは異にするこの光景、雄大さは福島の山に近いのではないだろうか。
ここまで来て、花の写真を撮ろうと電源ボタンを押したところ、液晶パネルに電池消耗というメッセージが表示されるようになった。たっぷり充電をしてきたつもりだったのだが、USBケーブルの接触でも悪かったのか数枚撮ってお終いとなった。
そんなときのためにと、予備電池をザックにしのばせている。満充電してあれば300枚以上撮れるはずなので交換しようと腰ベルトのポケットを手でまさぐったがない。まさかとは思ったが実はザックを丸洗いするためにポケットから取り出してそのままにしてしまったのだ。
う~ん、歩き始めたばかりだというのに、これからはスマホで撮らなくてはならない。面倒なり。


というわけでここからはスマホで撮った写真。
朝日岳と茶臼岳とを分ける峰の茶屋跡避難小屋。


限られた時間なので今日は茶臼岳はパスして朝日岳へと向かった。
遠方に見えるごつごつしているのが朝日岳で手前は剣ヶ峰。剣ヶ峰のすそ野を巻いて裏側に回り込む。


同行のWさんに撮っていただいた。


ヤシオツツジの紅葉が見事。
ツツジが咲く季節に来たことがないのでアカヤシオなのかシロヤシオなのかはわからないが、数は多かった。


次の目的地、三本槍岳は朝日岳の北方に位置し、緩やかな道を北上していく。ここも紅葉が始まっていて楽しめる。
広い、とにかく広い。そして雄大である。
Wさんは常時、管理人の先を行く。身体能力は管理人よりも優れているし地図も読めるようになった。なんの心配もいらない。


オオモミジかオガラバナかといったところだが、写真では判別できず。
もっと葉の特徴をよく撮すんだった。


ナナカマド


清水平に差しかかると道は木道に変わる。
ここは湿原なのだ。


三本槍岳とカエデ。


歩き始めて2時間半、三本槍岳に到着。
霧が出てきて視界が利かないが近くの山並みの邪魔をすることはなかった。
昼食を簡単に済ませて戻ることにしたが那須連峰のいいところは、ルートがたくさんあって、マイカーで来ても往きと帰りで別の道を歩けることだ。
今日はこれから三斗小屋温泉を回って下山することにした。
8月の山行以後、今日が2登目だが、体調はよくない。ここまで来るのにかなり疲れている。
やはり1ヶ月の空白は体力を落としてしまったようだ。立て直さなくてはならないが、それを実践でおこなうか筋トレでおこなうか、考えどころだ。


トリカブト、毒草である。
場所は隠居倉の手前。


オヤマボクチ


隠居倉の先から茶臼岳方向を眺めたところ。


地図だと緩やかな傾斜に見えるが結構厳しい下りでした。
管理人、今日はこのように石がごろごろしている道で足がふらつくことがある。
小石に乗るとバランスを崩し、それで身体がよろけるのだ。


水蒸気を上げる三斗小屋温泉の源泉。


朝日岳の西に位置する三斗小屋温泉。
ここに2軒の旅館がある。
いずれもひなびた昔ながらの建物で風情を感じる。
ちなみに旅館でありながら近くに車道がなく、車でここまで来ることはできない。


三斗小屋温泉をあとに峰の茶屋跡に向かう。
途中、山の斜面から清水が流れ出ている場所があり、延命水と名付けられている。


那須岳避難小屋(左の木造)まで来て見上げると峰の茶屋跡のある場所が見える(地肌が露出した平坦部分)。
近いように感じるがあそこへ行くにはぐるっと大きく回り込む必要があり、距離は長い。


ガレ場を上りきると峰の茶屋跡避難小屋。
駐車場まで30分だがここで最後のエネルギー補給を。


右前方に茶臼岳を見ながら下っていく。


日光では味わえない荒々しい道を歩く。


樹林帯に入ると間もなくゴールとなる。


登山口の鳥居が見え、体力の衰えた管理人には長旅であったがこれで終わりとなった。


女峰山と帝釈山。女峰山はまたもやご機嫌ななめで展望ゼロ(泣)。

2017年8月9日

キスゲ平(6:00)~小丸山(6:39)~焼石金剛(7:16/7:20)~赤薙山(7:48/7:55)~奥社跡(8:54)~一里ヶ曽根(9:50)~P2318(10:28)~女峰山(11:17/11:42)~帝釈山(12:12/12:37)~女峰山(13:17)~P2318(13:54)~一里ヶ曽根(14:41)~奥社跡(15:30)~赤薙山(16:34)~小丸山(17:32)~キスゲ平(18:16)

間もなくお盆に突入する。
仕事が忙しくなる(だといいが)前に登っておきたい山がある。
ここ数週間、福島の山ばかり登っていたのでこの辺で地元、日光の山に登っておきたい。
7月はニッコウキスゲ見学の観光客で賑わうため遠慮していたが、今年10回を目標とする女峰山だ。もう解禁してもいいだろう。今年はまだ3回しか登っていない。大変申し訳ないと思う。悪気があってのことではないことをわかっていただくためにも登っておこう。
悪天候で日光は日照時間ゼロの日が続いているがそれは承知の上だ。
でも標高2千メートル超えの山頂なら晴れているだろう、となんの根拠もないのにそう決めつけて出発した。
女峰の神に歓迎されるのかそれとも跳ね返されるのか、登ってみてのお楽しみということになる。

さて、久しぶりの女峰山だ。
礼を失することのないように気持ちを引き締めていこう。


登り始めてすぐ、振り返って関東平野の空を眺めた。
一部に青空が見えるものの雲は低く、厚い。


今日の花の旅はヨツバヒヨドリの出迎えで幕を開けた。


ノリウツギ


オオカメノキがすでに赤い実をつけている。
この木の実は割と遅くまで残る。


ノハラアザミ


ツリガネニンジン


シモツケソウ


ゴマナかな?


さあ、ここからが女峰登山の核心。
階段の傾斜は急になり、階段が終わると次は長い稜線歩きが始まる。
ここから先、階段は100段ごとに休憩をとりながら上がるのが疲れないコツ。


振り返って墨絵のような景色を眺めながら息を整える。
墨絵のように見えるのは雲の色が黒くなおかつ、低いからである。今日これからの天気を暗示しているかのようだ。


雲の上に筑波山が見える。


階段のトップまで34分。
なんとか第一の難関をクリアした。
これからピークを5つ越えて6つ目のピークが女峰山だ。長いぞ~。


コバギボウシ。
この色合いが実にいい。


長い階段を上りきって一息つけるのがここ。


イタドリ


焼石金剛には小丸山から1時間弱で着いた。
第一のピーク、赤薙山まであと30分だ。


すぐ目の前に赤薙山が迫ってきた。
斜面の緑が実にきれいに見えるがあれは膝丈まである笹。


山頂直下の急登を一歩一歩ゆっくり登っていく。


赤薙山に到着。歩き始めて1時間50分だから女峰山を登るにはちょうどいいペースだ。


赤薙山は樹林帯の中の山頂なので展望が悪いが、1カ所だけ開けている部分がありそこから女峰山が望める、、、、はずなのだがご覧の通り。2つ目のピークすら見えない。


今日は身軽に動けるように靴はローカットにした。
足首の保護はできないので気をつけて歩かなくてはならないが、足下が軽いのは助かる。


さあ、いくぞ!!
ここからが本格的なトレッキングとなるから気合いを入れなくてはね(笑)


とりあえずミヤマキンポウゲとしておこう。


ロープがかかっている岩場だが滑落の危険があるというほどではない。


開花前のオトギリソウ


目の前を飛び交う野鳥。
運良く枝にとまってくれたので急いでカメラを構えズームで撮ってみるとそれはメジロであった。
よく見えないがくちばしで何かをくわえている。昆虫の幼虫かしら?


ようやく赤薙奥社跡に到着。
なんと3時間近くかかっている。
階段はできるだけゆっくりとそして、写真を撮りながら歩いたので時間がかかるのもやむを得ない。


昔はここに社があって修行でもしたのであろうが今は跡形もない。


奥社の次のピーク、2209を越えるとすぐ、「ヤハズ」という岩場を通過し、しばらくの間、道は平らになりトレッキング気分全開となる。


キオン


歩き始めて4つ目のピーク、一里ヶ曽根に到着。
これで行程の3/4は来た。もうすぐだ、頑張れ。


一里ヶ曽根のガレ場を下り次のピーク2318との鞍部を歩く。
ほんの短い距離だが開放的な気分に浸れる。


鞍部に水場があるので覗いてみるとかなりの量が流れていた。
伏流ではなく上方から流れてくる沢水である。


枯れ木が目印のピーク2318を通過


道は極端に細くなり斜面をトラバースしながら上がっていく。


ウメバチソウ


シラネニンジン


ピーク2463。地理院地図には記載がないがここに三角点がある。
この次のピークが女峰山だ。


つ、ついに着いた。って、ダジャレではなくそんな気持ち、わかるかね?


歩き始めて5時間36分と、相も変わらず亀足の管理人なのである。
今年になって3登目。目標は5登以上だが先が見えてきた。月一で登れば9登いや、10登は可能かも?
それにしてもなんだ、悪事を働いたおぼえはないのに、このところ女峰はご機嫌ななめで、天気が悪い。今日も展望ゼロである。
どうすれば機嫌を直してくれるんだか、男のおいらにはわからない(泣)。


山頂は濃い霧が立ちこめていたが雲が動いた瞬間を狙ってパチリ。右から帝釈山、小真名子山、大真名子山。
ここで出合ったのは二人。
千葉県から来たという若い方としばらく話し込む。


今日は女峰山の先、帝釈山を最終目標にした。
片道30分の気持ちのいいトレッキングができる。
画像は専女山。


イタドリ


体力に余裕があるときは女峰山に達したあと、必ずここまで来ることにしている。
女峰山とは違った展望が得られるし、人も少ない。


ここも女峰山と同じように霧の中であったが待った甲斐あって太郎山が全貌を現した。


小真名子山と大真名子山も。


アキノキリンソウ


だいぶノンビリしてしまったのでそろそろ戻ることにしようか。
前方には三角形をした女峰山が見える。この位置からの女峰山が一番いい。


コバノコゴメグサ


女峰山に戻ってきたが写真を撮っただけで先へ。


これもアキノキリンソウ(にしては花の付き方がまばらだが)。


ピーク2318から下りに転じ、一里ヶ曽根との鞍部に向かう。


水場を通過。


どんどん進む。


道はピーク2209の手前で南へ変わって奥社へと向かう。
ピーク2209は地図にあるだけで道はない。


ピーク2209と奥社との鞍部。
つかの間だが一息つける場所。


奥社の手前に達した。


遠くに朱色に染まった葉が見えたのでズームするとナナカマドだった。
紅葉する樹木ではもっとも早く染まる。


コメツツジ
時間は16時を過ぎた。12月だったら暗闇だ。


赤薙山を通過。
ここまで来ればもう安心。危険はない。


下りきって小丸山へと向かう。


シモツケソウ


小丸山に到着。
これから天空回廊を下る。


足下に咲いているツリガネニンジン。


階段トップ


開く前なのでなんとも言えないが、葉っぱの特徴からアケボノソウのようにも思えるし蕾の数からみてヤマハハコのようにも思える。おそらく後者。


むふふ、すごい。
しばらくお付き合い願いたい。


う~ん、美しい!
あなたはどこからやってきたのですか?


思いっきりズームしたので画像がざらついてしまったが、身体の模様までハッキリ撮れた。


ノリウツギ、糊空木と書く。
空木というのは枝が中空になっているからつけられた名前らしい。
糊はおそらく枝を砕いて接着剤としたのであろう(たぶん違うな)。


日光市街地を見下ろす。
ここから見ると東照宮から日光駅にかけての町と今市とに分かれていて途中は森になっている。
同じことを書いてしまうが12月だったらこの時間、漆黒の闇で夜景がきれいだ。


標高がだいぶ下がった。
まもなくキスゲ平の駐車場に着く。


マルバダケブキ


ノハラアザミ


オヤマリンドウ


再び、シモツケソウが登場。
きれいだ。


これも前に紹介したヨツバヒヨドリ。


アオヤギソウ


アオヤギソウをマクロで。


北西に高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)が見える。
明日の天気を先取りするかのような空だ。

今日も無事に戻れたがスタートからなんと12時間を要した。
帝釈山を往復したのと休憩を長めにとったので12時間かかったが、健脚の人なら休憩を含んで9時間、普通の人で11時間くらいであろう。

那須から福島へぐるりとお花見のつもりが20キロ、10時間の激旅となった。

読者の皆さまへ

いつも管理人の稚拙なブログをご覧くださってありがとうございます。
このところ那須や福島の山ばかり登っているため、このブログの主旨である“日光の旬の情報を発信“ することから遠ざかるばかりで大変心苦しく思っています。

せっかくこのブログにアクセスしたのに最新情報に日光が載っていないとお叱りをうけるかもしれません。
このブログでもっとも人気のある古賀志山に至っては、3月の次は5月、5月の次は、、、いつにするか考えてもいません。

あまりにも心苦しいので、ブログタイトルの
「春夏秋冬、日光を歩こう!」を、
「春夏秋冬、日光と那須、福島を歩こう!」
とか、
「春夏秋冬、那須と福島、ときどき日光を歩こう!」とかに変更しようかと考えてもみました。

しかし、今から12年も前に始めたブログですし、googleで検索すると上位に表示されますので今さらタイトルを変えるわけにはいきません。
日光の情報が途絶えていても、管理人の心は日光にあるのだということをどうかお察しください。
管理人、なにか気になるととことん追求しなくては落ち着かない性癖の持ち主で、今がその時期なのです。いずれまた日光に戻りますので、それまでどうかご辛抱のほど、お願い申し上げます。

それでは今日のブログを。

今日もご期待に添えず那須と福島の山になりました。なんとも心苦しいばかりですm(,_,)m


2017年7月19日(水) 梅雨明け初日

峠の茶屋(8:00)~峰の茶屋跡(8:43)~朝日の肩(9:17)~朝日岳(9:25/9:30)~朝日の肩(9:36)~熊見曽根(9:44)~北温泉分岐(10:12)~三本槍岳(10:43/11:00)~大峠分岐(11:18))~鏡ヶ沼東分岐(11:52)~須立山(12:06/12:16)~鏡ヶ沼東分岐(12:30)~鏡ヶ沼(12:54/13:07)~鏡ヶ沼西分岐(13:48/13:53)~大峠(14:15/14:30)~三斗小屋(15:55)~沼原分岐(16:21)~峰の茶屋跡(17:16/17:30)~峠の茶屋(18:02)
※朝日岳は計画外だったが時間が早かったので登った。
※須立山は計画外だったが15分で登れそうなので行ってみた。360度の大展望に満足。

 

この時期、毎日のように変わる花が見逃せない。

どこへ行くか、、、迷う。
なにしろ花が咲く時期は限られているからこの機会を逃すと次の季節が来るまで一年も待たなくてはいけない。
だからといって花を求めて毎日のように山へ、、、というわけにはいかない。
これでもまだ現役の自営業者として生活の糧を得なくてはならない身だ。山歩きはせいぜい、週に1回あるいは2回にして、他の日は仕事に充てている(、、、つもりになっている日もあるが)。

だから、花の時期は花が咲くタイミングを注視して無駄足とならないよう、計画を綿密に組む必要がある。できれば花が咲く前にも訪れればタイミングがつかみやすくなると言うものだが、そこまでできるのはごく限られた人だけであろう。

まっ、それはさておき、今週どこへ行くかが課題だった。
今月6日、会津駒ヶ岳・駒ノ小屋から中門岳に至る湿原の花を見ようと出かけてみたものの、湿原はまだ分厚い雪に覆われて花どころではなかった。
実は5月半ばに同じ場所を訪れていてその際に積雪の状況を把握し、2ヶ月経ったからもう雪はないだろうと行ってみたところ、驚くことに雪は溶けていなかったのだ。日光では考えられない状況だ。
その分、帰り道に設定した駒ノ小屋から尾瀬御池のルートは花の宝庫だったが→こちら
それから2週後の今週はどうかと考えたがあの雪の厚さだと溶けるのに3週間はかかるから、花の見ごろは今月末から8月初旬になるだろう。それまで待つことにした。

さて、どこへ行こうかな???

行き先を決めるのに花のことはちょっと置いといて、那須の山は標高が低いにもかかわらず展望がいいということを先月、行って知った。
ルートがたくさんあってそのうち何本かは福島の山とつながっていて、福島の山に積極的に登ってみたい管理人には親しみが湧く。
茶臼岳から朝日岳にかけて花はないが、その外へ出てみるとかなりの種類の花が見られた。これといって珍しい花はないものの、その対比が面白い。火山の特徴を知ることができる。

地図には朝日岳の北に清水平という湿地帯や三本槍岳の北、標高1550メートルに鏡ヶ沼という魅力的な名前の沼がある。峠沢、中ノ沢、赤岩沢という水の流れる沢(涸沢に対して)もある。
ハイマツや広葉樹の記号がたくさん描かれているから花が期待できるかもわからない。
清水平は6日に行っているが鏡ヶ沼には惹かれる。福島県に位置するということもあるし。

よっしっ、会津駒ヶ岳に雪が残ってる間は那須と福島の山で遊ぼう!

先月6日に行ったときは茶臼岳を中心にして約20キロ歩いたが、今回はその時とは異なるルートを歩いてみよう。
それが冒頭の行程である。
異なるルートを歩こうとしても登山口から朝日岳、三本槍岳へのルートは重複する。が、この山は面白いから重複してもかまわない。那須岳(あるいは那須連峰は茶臼岳、朝日岳、三本槍岳の総称)をより深く知るためにもなんども登っておきたい。

県内なのに檜枝岐に行くのと変わらない長時間の車の運転が苦痛だが、その苦痛を解消してくれるほどの雄大な展望と花が待っている。


那須の温泉街を抜けて走る県道17号線の行き止まりが那須連峰の登山口で「峠の茶屋」がある。
8時という時間は登山には遅い。自宅を5時半に出てコンビニで昼食用のパンを調達し、トイレを使い、駐車場について身支度を調えるとこの時間になる。日光の山の登山口と比べて遠いのだ。


駐車場の隅っこの階段を上ると登山指導所の建物があって登山届けのポストがある。
管理人の場合、登山届けを3通作り、1通は家人にわかるように自室の目立つ場所に置き、1通はザックのこれもわかりやすい場所に収納し、もう1通を登山届けのポストに入れる。
こうすることで万一の場合に備えている。


建物の前を通過するとすぐ、那須岳登山口と書かれた柱とその先に石の鳥居があるので鳥居をくぐって先へ進む。


早くも花が登場。アカショウマだ。


登山口から600メートルほど上ると視界が開け、そこに実に荒々しい光景が広がっている。
火山特有の砂礫や溶岩が冷えて固まったと見られる大きな石がころがり、植物もまばらな山裾が見える。


これは朝日岳の手前の剣ヶ峰(たぶん)。


ウラジロタデ
火山のような栄養の少ない地は成育する植物が限られるが、これなど貧栄養の地で育つらしい。
富士山ではオンタデと呼ぶらしい。


マルバシモツケ(のはず)


コメツツジ


峰の茶屋跡避難小屋へ行く道沿いはウラジロタデとマルバシモツケが続いている。


ウラジロタデの花
小さい花の集合だが近づいて見ると可愛い。


歩き始めて40分、峰の茶屋跡避難小屋に到着。
ここは茶臼岳や朝日岳、三斗小屋温泉などへの分岐路、すなわち峠のような存在になっていて、さあこれからあそこへ、という気力を与えてくれる。
ちなみに小屋は中で休憩するのはいいが宿泊は禁じられている。


北に朝日岳が望める。
人影が見えたのでカメラのズームで覗くと山頂にふたり、中腹にも人が見えた。


ハナニガナ


ウラジロヨウラク(和名:裏白瓔珞)
管理人、これをずっとウラジロコヨウラクと表記していたが、ウラジロヨウラク(ロとヨの間に「コ」が入っていない)の間違いであることがわかった。
日光にコヨウラクツツジがあって同じツツジ科であることから混同していたようだ。


朝日岳へと続く荒々しい道。
地図によるとこの道は剣ヶ峰の中腹らしい。


恵比寿大黒と呼ばれる巨大な溶岩石。


火山地帯ゆえ木々はなく荒々しい。
しかし、遠くの山々はよく見える。


朝日岳は計画外であった。
登ったら同じ道を降りなければならず、長距離を歩く今日の計画だとその時間がもったいないからだ。
とはいえ、今日のルートから朝日岳まで10分で登れるのと時間もまだ早く、計画に支障は来さないだろうと判断した。
那須の山に共通していえることだが山頂はもちろんのこと、中腹からでも展望が素晴らしい。この朝日岳も例外ではなく大いに楽しめた。


朝日岳から三本槍岳へと向かうことにする。
ハクサンシャクナゲが美しい。


清水平の入口付近。
地理院地図には湿原の記号として描かれているが乾燥化が進んでいるのか湿地部分はわずかだ。


清水平をすぎるとしばらくの間、平坦で歩きやすい道が続く。


東へ折れると北温泉に至る分岐路。
正面に見える山が三本槍岳である。尖った名前とは裏腹になだらかで優しい山という感じ。


ハクサンシャクナゲ
ややピンクがかっているが時間の経過と共に白が強調されてくると思う。


ナナカマドはほとんどが実になっていてこれなど残った貴重な花。


樹林の間を抜けると視界が開けて三本槍岳の山頂。すでに人がいる。


う~ん、いい眺め。
西に栃木県と福島県にまたぐ流石山から三倉山にかけての稜線が見える。
今日はこれからあの稜線のもっとも三本槍岳に近い大峠という場所を通過することになる。ここからだと登山道を西へ一直線に進めば大峠に行くが、計画では鏡ヶ沼に行ってから大峠という順路をたどる。
その前に、自宅で朝食をとってから6時間経過したのでここで軽く腹ごしらえ。

余談と言えるかどうか、、、
三本槍岳の山頂にはここが一等三角点であることを示す石柱が設置されていて、地図には三角記号が描かれている。
その場所だが、地図でもっとも利用者の多い昭文社「山と高原地図」だと山頂は栃木県と福島県の県境に位置しているが、国土地理院の地図だと県境からわずか数10メートル栃木県側に位置している。
両者(地図)の違いを発見したのは前回、那須岳を計画したときだったが、山頂がどこの県に属するかは管理上、かなり大きな問題となるはずだ。実際のところを知りたいものである。


ノビネチドリ
一見、ハクサンチドリかと思ったが色が薄い。また、ここは湿原ではないことから別の花であると断定した。
とりあえず写真だけ撮って下山後に調べたところ、ノビネチドリであることがわかった。
ハクサンチドリとは花の付き方がまばらであることと、葉っぱの幅が広いという違いがある。
なお、名前の「ノビネ」とは根が横に延びるという意味があるそうだ。


こいつもまた管理人を悩ませる。
背が高く花が大きいこと、葉っぱにトゲがあることからトネアザミといいたいところだが、ノハラアザミにも似ていて区別のつけようがない。
ここではトネアザミまたはノハラアザミとしておく。
頭が痛いよ、花の名前を言い当てるのは。


お~、オノエランがあった。
背が低く他の植物が覆い被さっていたが管理人、しっかり見た。


ハナニガナは見飽きるほど分布している。


ネバリノギランだ!
かなりの数あったぞ。


これはミヤマザクラらしい。


今日の計画では大峠に出て三斗小屋温泉に向かって南下するようになっているが、この道標にしたがって大峠へ向かうと鏡ヶ沼へは行けない。
鏡ヶ沼に行くには須立山と書かれた方向に進む必要がある。


道はハッキリしている。


いい眺めじゃないか。
眼下に鏡ヶ沼らしき水面が見える。


崩落で道が途切れている。
崩れてはいるが丸太の柵があることからここが道であることに違いない。
下方に踏跡が見えたのでここを下ることにした。


ガレ場を下ると再び樹林帯となり道もついている。
これはミヤマハンノキかな?


大きな松ぼっくりを付けたこいつはハイマツなんでしょうかねぇ?
あ~いや、そんなことに感心している場合ではなく、道は藪になってきて歩きづらい。


鏡ヶ池が間近に見える。
地図によればあの沼の畔を歩くようになっている。
果たしてどんな沼なのか楽しみである。


オトギリソウのつぼみ。どこかで咲いているのが見えるのだろうか。


咲いているオトギリソウはすぐ近くにあった。


ここが鏡ヶ沼への分岐。
ここを西へ折れて鏡ヶ池を経由して大峠方面に行く予定だ。
ところが北へ400メートル行くと須立山というのがあるらしい。
県境ではなく、完全に福島県の山である。
福島の山の魅力に取り憑かれている管理人はここは是が非でも行くべきであると判断した。たとえ藪の中の山頂であってもいい、とにかく福島の山を経験するのが管理人の責務なのだ。


あれが須立山らしいぞ。
展望はどうなんだろう?
山頂が藪でなければいいのだが、、、


歩き始めると間もなく、藪になった。
いちおう、足下に道は見えるので迷う心配はないが、それよりも山頂からの展望が心配になった。


須立山へは道標から13分で着いた。
藪は部分的で山頂は開けている。


素晴らしい眺めだ。
ほぼ360度の展望といっていい。
計画外の行動だったが来てよかった。ここで少し時間をつぶそう。


眺めのいい須立山にもう少しいたかったが、今日はロングトレッキングであるため次の目的地、あの鏡ヶ沼へと急ぐ。


先ほどの道標まで同じ道を戻り分岐を鏡ヶ沼へ向かったところ、すぐ藪に突入。
視界が利かないのでときどき笛を吹いてこちらの存在を他にアピールすることに。


お次はこんなところだ。
道が途切れ2メートルに近い段差を降りることになった。
ロープがあるが2メートルの空間を降りることはできない。
どうすれば安全に降りることができるのか、結論に達するまで数分かかった。


ふたたび藪。
肩の高さまである。


笹の向こうに鏡ヶ沼が見えた。
地図で見るとわずか250メートルの下りなのに30分もかかるという有様だ。
このまま笹を放置しておくといずれ廃道になってしまいそうな茂り方だ。


鏡ヶ沼は実に静かだ。水の透明度は高く、沼というより湖に近いきれいさだ。


すぐ近くでエゾイトトンボが集団で交尾していた。
初めて見る種類のトンボだがきれいな色をしている。


種保存という大切な営みのところを失礼して、マクロで撮らせてもらった。


沼をボーッと眺めながら菓子パンをかじり缶コーヒーを飲んで、それから腰を上げた。


沢状の道を進む。


お~、ショウキランだ。
咲いたばかりと見える。いいねぇ~。


笹と雑草に囲まれて苔むした石の祠が佇む。里が近いのだろうか。


別の道と交差しあれが林道の大峠線らしい。
左から来るハイカーと出合ったので挨拶と立ち話をする。


鏡ヶ沼のことを詳しく説明してある。
先ほどの石の祠は「おせんが宮」というらしい。


大峠への道はハッキリしているがここからだと上りになり、それほど易しい道とはいえない。


あそこが大峠らしい。
昔は会津(福島県)と下野(栃木県)を結ぶ交易の道として使われていたのではないだろう。四差路になっている。


ここで花の出迎えをうけた。
明るい色のシモツケである。


ニッコウキスゲも咲いている。


四差路のうち、流石山方向から降りてきたハイカーがいたので話を聞くと、この峠から流石山にかけてはニッコウキスゲが群生し、地元の人に親しまれているそうだ。
ならばニッコウキスゲが咲く時期にあらためて来てみたいものだ。

時間が迫ってきた。
山歩きの基本としてこの時間はすでに下山していなければならないところだが、今日もまた下山は18時だ。
これから三斗小屋温泉まで1時間半かかる。先を急ごう。
花はウツボグサ(ミヤマウツボグサかな?)。


う~、この道も藪だ。


地図には沢を3本、渡ることになっている。
ただし、地図だと橋が架かっているのかどうかまではわからない。
ひとつ目の渡渉点。幅は2メートルほどで橋は架かっていない。
渡れそうな場所を探して石伝いに向こう岸へ。


実に見事な咲き具合。
これもアカショウマにしておこう。


藪はあるわこんなスリリングな場所があるわ、この道はあまり使われていないようだ。


3つ目の沢も無事に渡り終えた。
これで三斗小屋温泉にぐっと近づいたはずだ。


三斗小屋温泉を示す道標と出合った。
間もなく2軒の旅館に出合うはずだ。


三斗小屋温泉にはふたつの旅館がある。
どちらも旧い木造の建物だ。
いい佇まいである。


渡り廊下でつながった別館。
今日の宿泊客だろうか人影が見えた。


表に回ってみるとこんな感じ。
昭和の初め、いや大正時代か明治時代の建築だろうか?
いつかは泊まってみたい雰囲気を感じさせる。


沢から引いた水飲み場。
水を受ける木の桶がこの旅館の歴史を物語っているようだ。
旅館に断ることなく飲ませてもらった。


次は道標の峰の茶屋と書かれた方へ進む。


もう一軒の旅館、「煙草屋旅館」。
熊見曽根で峰の茶屋跡へ行くには煙草屋旅館の軒下を通る。


三斗小屋温泉から単調な道を1時間ほど歩くとそこにも建物があった。那須岳避難小屋だ。
朝、峰の茶屋で帰り道を確かめたところ、眼下に建物が見えたがそれがこの小屋らしい。
平屋だが中はロフトのある2層式となっていて20人くらい泊まれそうだ。
女峰山の唐沢小屋や白根山の避難小屋のように利用者が置き去りにする荷物はこの小屋には見られず、清潔に保たれている。


避難小屋を離れると道は険しくなる。
歩き始めてからの距離は17キロを超え、疲労が激しい。
この上りが最後なのだと考え、気持ちを奮い立たせる。


視界が開け間もなく峰の茶屋であることがわかる。
ようやくゴールの目処がついてホッとする。


疲れた身体への負担はまだ続く。


え~と、これはなんだったかな?
疲れで思考がままならない。


重い足を引きずりながらようやく峰の茶屋に到着した。
ここまで来ればあとはずっと下りだ。ひと休みして少しでも体力の回復に努めよう。


氷だけを入れて持ってきた水筒に残りの缶コーヒーを注ぎ、アイスコーヒーにする。
ふだんなら甘ったるくて飲む気にもなれない缶コーヒーだが、その甘さが疲れを癒してくれる。山の必需品である。


道も見えなくなるような霧がでてきた。
いつもは霧で道が隠れて迷子にならないだろうかなどと冗談を書くところだが、疲れているので霧を呆然と見ているだけだ。


この辺一帯に成育するガンコウラン。


オトシブミを見つけた。
葉の表面に卵を産みつけ、それを保護するために丹念に折りたたんでこのようにする。
地面に落とすようにするのは枯れ草に潜り込ませて他から守るためなのかもしれない。
しかしときにはその作戦が失敗し、人が歩く道の上に落とすことがあるようだ。
踏んづけられないように林の中へ放り入れた。


なんとか登山口にたどり着けた。
いつもながらの身体が悲鳴を上げる山歩きが終わる。


広い駐車場に車は数台しか残っていない。
こんな時間なんだから当たり前だな。


今日歩いたルートと前回、6月20日歩いたルートを地図上に再現した。
青い線が6月20日、赤い線が今回。
那須連峰あるいは那須岳は茶臼岳、朝日岳、三本槍岳を総称した呼び名だが、これらの山、単体で登っても楽しいし、縦走すればもっと楽しい。
それに加えて、大回りするルートもあってこれはこれで楽しい、というか1周20キロあるので自分の脚力を確かめられるのでいいのではないかと思う。今日はそれを実践した。


今日歩いたルートの断面図。
那須連峰の最高峰は三本槍岳の1916メートルなので登山口との標高差は450メートルと小さいが、ぐるっと大回りするとかなりのアップダウンを経験する。
その累積標高は1816メートルに達するから厳しいと言ってもいいであろう。

茶臼岳・三本槍岳・朝日岳、那須連峰3座縦走。大展望にうっとり。

2017年6月20日(火) 快晴

峠の茶屋P(8:20)~峰の茶屋跡(9:09)~茶臼岳(9:46/10:00)~牛ヶ首(10:40/10:50)~ひょうたん池~姥ヶ平下(11:33)~水遊び~沼原分岐(12:26)~三斗小屋温泉(12:46/12:56)~隠居倉(14:21/14:30)~熊見曽根東端(14:45)~三本槍岳(15:50/16:00)~熊見曽根東端(16:37)~朝日岳分岐(16:47)~朝日岳(16:51/17:00)~朝日岳分岐(17:09)~峰の茶屋跡(17:33)~峠の茶屋P(18:06)

山で人と出会って話をすると、日光に住んでいることをとても羨ましがられる。
それらの人たちは茨城県や千葉県の自宅を朝早く出発し、2時間も3時間もかけて日光にやってくるという。
そうか、日光に住んでるってのは山歩きをたしなむ人にとってそれほど羨ましいことなのか。山歩きの経験のほとんどを日光で積んでいる管理人には、それは驚きであった。
恵まれている反面、あまりにも便利すぎて日光の山の他に目が向かないというのが10数年、続いた。

昨年10月、分水嶺の山に興味をもち福島県境にある帝釈山と田代山に登った際に、すぐ近くに会津駒ヶ岳の登山口があるのを知った。日本百名山である。
管理人、百名山に興味はないのだが、帝釈山よりも30分も近い距離に会津駒ヶ岳の登山口があるのを知って俄然、興味を持った。それなら登ってみようと。

初登にもかかわらず、会津駒ヶ岳の雄大さにすっかり魅せられて2週続けて登った。今年は先月登ったばかりだ。
遠方までずっと見渡せるなだらかな地形は、深い樹林帯を縫って急斜面を登っていく日光の山と違って開放感に溢れている。とにかく素晴らしいのだよ。
消費したエネルギーで満足度を割り、1単位当たりの満足度を比較してみれば会津駒ヶ岳の方が日光の山に比べてはるかに大きい。あっいや、そんな面倒なことをしなくても、同量のエネルギーを消費するならば、歩きながら景色が見えるかどうかは山を登る楽しさに大きく影響してくるというものだ。

難点は移動時間が長いことそれに尽きるが、茨城県や千葉県から日光にやってくる人のことを考えてみれば、気に入った山を目指すのに、日光から3時間かけて会津へ行くのを惜しむのはあまりにも心が狭いといえる。
日光の山だけで人生終わりにするのはもったいない。見聞を広げ、心をもっと豊かにしよう。
帝釈山と田代山は分水嶺の山に登るという明確な目的があったので3時間という長い移動時間も厭わなかった。そして、慣れた。
会津駒ヶ岳は2時間半だが三度も通って、やはり慣れた。
狎れはいけないが物事に慣れるのは人生を円滑にさせる(なにを言っておるのか)。

さて、那須の山のことである。
那須にいる仕事仲間を訪ねるのに、とても遠いと感じていた。
これが同じ栃木県なのかと思うほどだった。
だが、福島県の山に慣れてしまったら怖いものはなくなった(笑)。那須に親近感さえ覚えるようになった。
なにしろ登山口まで2時間で行けるのだ。日光の山にはおよばないが会津よりは近い。

17日に布引滝ツアーをおこなった以後の週間予報だと、20日は天候が安定するとあった。
仕事はないし、ここは当然ながら山歩きに充てるべきであろう。
すでに下見は済ませてある。といっても、確認したのは車での移動時間と駐車場の場所だけだが、、、

茶臼岳を中心とする那須連峰を地図で見ると高低差は小さいようだ。
日光でいえば鳴虫山くらいの高低差と読めた。
初めてなので茶臼岳と朝日岳の2座に登れればいい。しかし、この2座だけだと4時間もあれば行って帰ってこれるようだ。
ふだん8時間ないし10時間、歩いている管理人にはやや物足りないと感じる。せめて6時間か8時間は歩きたい。ここで頼りになるのは昭文社「山と高原地図」だ。地図上にコースが赤線で描かれているし主な区間ごとの所要時間までわかる。
あれこれ組み合わせて8時間にしたのが冒頭の行程表である(ただし、三本槍岳は現場で付け加えた)。

予報によれば天気が崩れる心配はないらしい。雷や風のことはわからないが、予報を信じて出かけてみよう。


湯本温泉を抜ける県道17号線は茶臼岳の登山口となるこの大駐車場で行き止まる。昭文社「山と高原地図」には、ここは「峠の茶屋」と表記されている。栃木県内からのアプローチとしてはここがもっともスタンダードな登山口のようだ。
もっとお気軽に登ろうとするならば、駐車場手前にあるロープウェイを利用すればわずか40分で山頂に立てる。
他にも登山口が多数あるし、福島県からのアプローチもある。茶臼岳はとても便利なのである。


トイレを左に見ながら駐車場の奥へ進むと石垣に挟まれて階段があり、ここを上がったところが茶臼岳の実質的な登山口である。
トイレの手前から上り始めれば茶店があるのでなにかが買えるようだ。自販機は数台見た。


階段を上がりきり木立の間を歩いて行くと右手に登山届けを提出するポスト兼登山指導所の建物がある。画像はその建物の脇から撮った。
柱に那須岳登山口と刻んであるが単体の那須岳というのは存在せず、茶臼岳、朝日岳、三本槍岳などの総称を指しているらしい。
地図を見ると茶臼岳のすぐ南に南月山、日笹山、黒尾谷岳というのもあるのでこれらも那須岳に含めてよさそうだ。


鳥居をくぐったところで赤いずきんを被った狛犬の出迎えをうけた。
うむ、ただならぬ雰囲気。荘厳な気持ちになる(笑)


日光ではお目にかかれないが、おそらくムラサキヤシオだと思う。


歩き始めて20分もすると樹林帯を抜けて視界がパッと開ける。周りは山だらけ。素晴らしい展望だ。
右前に見える山の方角を確かめると朝日岳のようだ。


うっひょ~、すげ~!
前方が丸見え(笑)
こんな展望、日光ではあり得ない。


コース脇には植生保護のためロープが張られていて中には入れない(立ち入って写真を撮っているハイカーもいたが)が、白いイワカガミの小群落があった。おそらくヤマイワカガミだと思う。


なにやら建物が見えてきたがあれは避難小屋か?
昭文社「山と高原地図」によれば峰の茶屋跡避難小屋とある。
それにしてもなんだな、この荒々しさは火山そのものといった感じだ。木1本生えていない。


避難小屋の右は先ほど見た朝日岳。先ほどとはずいぶん形が違う。


これが避難小屋だが日光の避難小屋と大きく異なるのは縦走の中継点として泊まるという利用はできないことだ。
あくまでも非常事態たとえば、いま落雷が発生しているとか風速数十メートルの風が吹いているとか、登山道を遮断するような大雨が降っているとか、遭難者が発生したときにここに駆け込むためのものだそうだ。
ただし、休憩は可能らしく、管理人が中を覗いたところ、大勢の登山者が談笑中だった。


避難小屋の前で道は南北にわかれ、右(北)へ向かうと朝日岳、左へ向かうと茶臼岳に行く。
今日の管理人の行動予定はこの両座の他に三斗小屋温泉というのを組み込んである。那須連峰では有名な温泉らしく、旅館があるそうだ。
写真で見ると歴史を刻んだ木造の建物らしく、とても情緒がある。泊まる計画ではないのだがそこをぜひ見てみたいと思う。それが冒頭に書いた行程表である。
なお、行程表には三本槍岳が含まれているが当初の計画すなわち登山届けには入れていなかった。この辺の事情は後ほど。


遠くに実にきれいな山並みが見える。
コンパスで方向を確認すると北西に位置している。
昭文社「山と高原地図」を広げて北西にある山を探すと栃木県と福島県との県境に流石山、大倉山、三倉山が見つかった。山容から判断してこの3座に間違いないらしい。
ちなみに距離は約4キロ先。


茶臼岳には各所にこのような木の柱が設置されている。
なので自分がいま、どこにいるかがわかる。
なのだが、矢印が示す方へ行こうとしてもどっちに進めばいいのかがよくわからない。
茶臼岳は噴火によって盛り上がった山であり、いまでも活動している。地面は火山岩と火山礫で木が1本も生えていないため、ハッキリした道ができにくいのだ。
全体も茫洋としていて山頂がどこなのかもよくわからないという不思議さだ。


周りを見回すと石の鳥居があったのでくぐって進むと石の祠がある。
那須岳神社だ。
なのでここが山頂かと思いきや、山頂を示す柱は別の場所にあった。


おっ、ようやく山頂に立てた。本日の第1座目である。


先ほどよりも標高が高いせいか流石山、大倉山、三倉山がよりハッキリ見える。
ではこれから三斗小屋温泉に向かうことにするが、最初の目標地点である「牛ヶ首」への道がよくわからない。
う~む、なかなか手強いぞ茶臼岳は。
ハイカーは大勢いるのだが道を尋ねるのを潔しとしない頑迷さのある管理人だけに、自力で牛ヶ首への道を探したいと思う。


ようやく探し当てたのはロープウエイ発着駅に向かうこんな立派な道であった。


お~、あったあった!


牛ヶ首への道は見通しが良く、実に快適である。


イワカガミ


ヤマイワカガミ


牛ヶ首に到着。


地図を見るとここで道は3方向に分岐している。
北に向かうと茶臼岳の西側を通って避難小屋に行ける。南への道は南月山の他に白笹山、黒尾谷岳に向かっている。
画像は茶臼岳の西側を通る道。


管理人の次の目標地、姥ヶ平へ行くには西へ向かう。
ここから俯瞰すると、少し北に向かって下ると分岐があってそこを左に折れると姥ヶ平へ行けるように見える。


姥ヶ平への下りをよく見ると広場になった場所がある。
かなり広くテーブルとベンチまである。
地図には湿地帯記号になっているが、まさにここから見るあの広場がそうなのであろう。湿地帯記号の少し北には池の記号が描かれているがここからは見えない。


これもムラサキヤシオだと思う。


まさにツツジそのもの。
ミヤマツツジともいうそうだ。


アズマシャクナゲはまだ堅い蕾だった。


間もなく咲こうというベニサラサドウダン


ひょうたん池への分岐。
往復400メートルなので時間の無駄にはならないだろう、行ってみよう。
地形は平らなので時速4キロで歩くとして400メートルなら6分という計算。


なかなかいい雰囲気のアプローチだ。


木道の行き止まりはテラスになっていて池を見下ろせる。
まっ、一度見ればいいでしょうといった大きさ。


ツマトリソウ


オオカメノキはほぼ終わりだ。


ここで道は南北に分岐する。地図にある「姥ヶ平下」だ。
ここは予定通り三斗小屋温泉に向かうことにする。


大きく特徴ある葉っぱはエンレイソウ。花はついていない。


マイヅルソウだが今日廻ったコースは群落がいくつかあったし、日光で見るマイヅルソウよりも葉っぱが大きいことに驚く。


道を横断するようにして小さな沢が流れている。
水は透明でゴミひとつない。流れが飲んでほしいと訴えているように見える。
当然ながら飲む。旨い!


今度は幅3メートルほどの沢が流れている。ここも水がきれい。
足が蒸れて靴とこすれるようになったので引き締める意味で素足になって水の中へ。
う~、冷たい。2分ほど浸したのが限度。


ヤブレガサですかね?


ここで再び、道はT字に分岐する。
今度は東西に分かれている。


サラサドウダンツツジ


イワカガミの小群落


マイヅルソウの群落


木立の間を抜けると突如として建物が出現した。
なるほど、これが三斗小屋温泉の旅館か。
「大黒屋」と「煙草屋」の2軒が並んでいる。
江戸時代は山岳信仰や会津へ行く旅人でたいそうな賑わいを見せ、明治初期には5軒の旅館があった、、、と近くの説明板にある。


さて、管理人はこれから朝日岳へと向かうわけだが、道は煙草屋旅館の入口をかすめてついている。
いいですな~、この感じ。


昔は参道として使われていた名残か、常夜燈がある。


三斗小屋温泉神社入り口の木の鳥居


神社が建つ樹林帯を抜けると視界が開ける。


ベニサラサドウダン


前方に立ち上るのは噴煙か水蒸気か。


うふぉっ、すごい。
溶岩が噴出してもおかしくない雰囲気。
そこは旅館に温泉を引いている源泉であった。


ここは辛かった。


南の方角に湖のようなのが見えたのでズームしたところ、沼原湿原の入口にある調整池だった。


茶臼岳を西側から眺める。


急斜面を登ると隠居倉に到着。
ピーク状になっていて地図には標高点1819と描かれている。


あのプラミッド状のピークは朝日岳であろう。いい眺めだ。来てよかった。
さてさて、間もなく午後2時。
ふつうなら下山に取りかかる時刻である。
が、、、空は朝と変わらず雲ひとつない快晴である。
雨はおろか雷の心配はまったくない。
那須は日光と同じ栃木県内とはいえ、自宅から車で2時間もかかる。
予定の行程はこの後、朝日岳に登って下山することになっているが、ここから1時間歩けば那須連峰の最高峰、三本槍岳に立てるのだ。
往復2時間を加えても日没にはなるまい。
後日、出直すとしても、それはいつになるかわからないぞ。
チャンスはいまだ!!


ここにもヤマイワカガミの小群落が。


ミツバオウレン
他の植物と混成しているため特徴である3枚葉が隠れているが間違いないと思う。


隠居倉から先は熊見尾根と名前がついていて、800メートルほど進むと三本槍岳への分岐がある。
分岐を北に向かうと地図の湿原記号、清水平である。


ここも視界が開けた道で快適に歩ける。
正面に見えるなだらかな山が目指す三本槍岳。
名前は尖っているが実際は実に穏やかな形をしている。


つ、ついに那須連峰の最高峰に立つ。
展望はほぼ360度と素晴らしいのひと言。
こんな時間なのでハイカーはいないだろうと思ったらカップルが1組、食事をしていた。


三本槍岳から先は福島県に抜ける道があるがそれだと帰れない。
どうしてもピストンせざるを得ない。


南へ下って「朝日の肩」まで来るとこれも荒々しい朝日岳が眼前に見える。
とはいえ、登るのに10分しかかからないらしい。


3座目の朝日岳。
茶臼岳と同じく噴火によって盛り上がった山らしいが形はハッキリしている。


すぐ脇にゴジラの背のような岩が連なっているのが気になったが、岩登りができるような構造にはなっていなかった。


朝日岳からの帰路、避難小屋へ向かう道はエッと驚くような岩の脇を通す。
危険というわけではないのだが日光の山でいえば足尾の庚申山を彷彿させる荒技である。


これは剣ヶ峰かな?


いや~、凄いもんだな!


日光の山では見たことがないが、たぶんウラジロコヨウラク。


峰の茶屋跡避難小屋が見えてきた。
朝は左に見える緩やかな斜面を歩いて小屋前に出て、それから茶臼岳に向かった。


朝は中に人が大勢いたため遠慮したが誰もいないこの時間なのでゆっくり見てみた。実にきれいに利用されている。手前にも部屋があって非常時には50人は入れそう。


茶臼岳の見納め。


こちらはいま降りた朝日岳。


東に向かって朝歩いた道を進む。
時間が許せばもっと長居をしたい気持ちだが、車での移動時間が長いので居眠り運転をしないためにも限度となる時間だ。


それにしても凄いものだな、那須の山は。火山そのものだ。


火山帯の道を過ぎると樹林帯の中に入るが距離は短く、駐車場までは近い。


鳥居をくぐり抜けとすぐ左に登山届けポストの建物がある。
時間は18時を回った。


朝の混雑がうそのように大きな駐車場は閑散としていた。


今日の歩行距離は20キロ。休憩を含んで10時間だが疲れるほどではなかった。
登山口とそれぞれの山頂との標高差は500メートルしかないし、アップダウンも多くはない。ロングトレッキングというに相応しいルートなのだ。
福島県の会津駒ヶ岳も素晴らしかったが那須の山もよかった。いっぺんに気に入ってしまった。


茶臼岳から先、牛ヶ首まではハイカーがいたが、その先はひょうたん池の手前でひとりと三本槍岳の山頂でカップルを見かけただけだった。
思うに一般的にはロープウエイあるいは峰の茶屋避難小屋から茶臼岳を目指し、茶臼岳の西側を歩いて同じ場所に戻るというパターンが多いのかもしれない。朝日岳はそのオプションという位置づけではないのだろうか。
ましてや牛ヶ首から先、三斗小屋温泉へは距離が長くまた、樹林帯であるため見通しが悪いのであまり利用されていないのではと思う。

いずれにしても花の季節のこの快晴の下、人の少なさはありがたかった。
行きたい山がどんどん膨らんで、日光の山から遠ざかる一方の管理人なのである。
このブログの名称も変えなくてはならないか?(笑)

天上から静かに舞い落ちる華麗な滝、布引滝へ。

2017年6月17日(土)

スノーシューツアーが終わって以後、初めてのツアーである。
管理人が運営しているスノーシューのホームページやペンションのホームページをつぶさに見てもこのツアーは探せない。
つまり、日頃からコンタクトをとっているリピーターのための、非公開ツアーなのである。

スノーシューツアーは距離も時間も短いので初めて参加する人も歓迎しているが、6時間も7時間もかかりその上、急斜面のアップダウンがあるツアーだと脚力の知れない人を誘うのは躊躇う。どのようなアクシデントがあるかわからないからだ。

今日おこなった布引滝ツアーもそのひとつで、長い林道歩きを避けるためにあえて林の中の急斜面に入り、ショートカットすることで距離と時間を短縮する必要がある。丸太で組んだ階段は朽ちており、バランスを崩すと転倒する恐れがあるし、岩の上を歩くには慣れを必要とする。不本意ながら参加してもらうのに条件を付けざるを得ない。

その条件というのがリピーターすなわち、過去に管理人が主催するツアーに参加したことがありなおかつ、それなりの脚力と精神力を有している人、ということになる。
今日は今年2月、スノーシューツアーに参加してくれたHKさんをご案内することになった。
スノーシューツアーでお会いしたのが初めてではあるが、安定した歩きは他にスポーツをたしなんでいると判断した。

今日の記事ではいきなり2度目のショートカットから始まる。
1度目のショートカットは30度もある斜面を登るのに、同行のHKさんのことが気になり、写真など撮っている余裕がなかったというのが正直なところだ。
その斜面を難なくこなしたHKさんを見て、ここに来てようやく写真を撮る余裕が出てきた。


2度目のショートカットはガレ場から始まる。
ガレ場が終わると笹原に変わるが安定性に変わることのないHKさん。


コンパスで狙ったとおりの場所に出るとそこが3度目のショートカット入口である。


すべてのショートカットを終えて車道の上に出るとそこに、日光連山をバックにした布引滝の展望台がある。
歩き始めでいきなり急斜面のショートカットを強いられてさぞ面食らったであろうHKさんだが、この展望の良さとまったりした空気に、爽やかな笑顔を見せてくれた。


展望台をあとに車道を進むとやがて道は尽き、そこに木製のテーブルとベンチが置かれた広場がある。
布引滝への入口部分である。
広場には鉄骨で組まれた大きな櫓が建っていた。
聞くと斜面の崩落が激しいため工事を始めるらしく、そのための資材などを運搬する設備らしい。


ここで道は布引滝と富士見峠にわかれるので布引滝へは直進する。
直角に右に曲がると富士見峠に行き、女峰山と小真名子山に登ることができる。


布引滝へは分岐からかなり急な下りとなる。
急だから歩きやすいようにと丸太で組んだ階段が敷設されているのだが、年月の経過に伴って土はえぐれて段差が大きいわ、丸太は朽ちて傾いてるわでとても歩きにくい。自然の中に設置した人工物の維持管理の難しさが表れている。


朽ちた階段を下り終えると歩きやすくなる。
さらには小さいがゆえに地図に描かれない沢が数本流れている。流れは清冽である。


2回目の渡渉。
水深は5センチくらいなので足を濡らす心配はない。


3回目の渡渉。
ここも地図には描かれていない。


バイケイソウの群落の間を縫って歩く。
和名は梅慧草。花はまだついていない。
茎が伸びて先に梅に似た花をつける。


丸太の階段の次は岩畳。岩畳からロープを伝って降りるとようやく野門沢に降り立つことができる。布引滝の最上部が見える。
これからしばらくの間、河原の大きな岩を縫いながらあの滝を目指す。


沢はここで行き止まり、目の前に落差10メートルほどの小ぶりな滝が落ちている。布引滝の末端部分だ。
目標とする布引滝本体はこの壁の上だがここを乗り越えるのは無理。
この手前にロープがあるので高巻きする。


沢の左岸にかかっているロープを頼りに急斜面を登っていく。


マイヅルソウ


ロープが終わって平らになった。
シロヨメナの間を縫って行くと、、、


そこにとてつもなく大きな滝が出現して訪れる人の度肝を抜く。布引滝の本体である。


落差は120メートル。華厳滝を凌ぐ大きさだ。
カメラを縦に構えてようやく全体が収まる。


露出を変えてもう一枚。


HKさんは健脚である。
ゲレンデスキーの長いキャリアがあり、ボードもこなすという。
山歩きは始めて間もないらしいが何ごとも前向きに取り組むスタイルなので上達も早いはずだ。これからの成長を応援して差し上げたい。


HKさんに撮っていただいた。


滝の上部をズームで撮ったところだがものすごい飛沫。水量の多さと流れの強さがわかるというもの。


石伝いに渡渉して滝に近づいてみたが、降りかかる飛沫でこれが限界。これより先は水浴びをするようなものだ。
昨年、管理人がソロで訪れたときに気づいたのだが、これだけ水量が多くまた落差が大きいのに妙に静かであることを不思議に思ったものだ。
それがここへ来て理解できた。
流れは滝壺に直接落ちているのではなく、大きな岩に当たってから滝壺に入っている。岩が消音効果を果たしているようだ。

ここでHKさんと二人っきり、滝を眺めながら至福の昼食を、、、という目論みであったが天はそんな管理人の心を見透かしたのか、そうはさせてくれなかった(泣)
布引滝がある栗山(日光市)は、豊かな自然を利用したさまざまな自然体験ツアーをおこなっていて、今日がその日だったようだ。
衆人環視(といっても7人だったが)の下で黙々と菓子パンをほおばる管理人であった。
5秒でくりやま


ネコノメソウ
花がふたつ横に並んで咲く様子が猫の目に似ていることから名がついている。


ズダヤクシュ
長野県の方言の喘息薬種(ぜんそくやく)が転じたと図鑑にある。


HKさんに気に入ってもらった苔むした岩海。
往きはさっと通り過ぎてしまったが映画のシーンに相応しいような景観と出合い、それが心にしみ入る。


沢の流で喉を潤すHKさん。
この水は無味無臭、冷たくて旨かった。
沢水には清濁あって、場所によっては細菌で腹を下す場合がある。
ではどんな沢なら安全なのかといった見極めはとても難しく、自分の感覚に頼るしかない。ひとくち、口に含んでなんらかの味がするとか臭いがあるといった場合は飲み水には適していないと考えるべきである。
管理人の場合、沢幅が広く緩やかな流れは水温が高く細菌が繁殖しやすいので飲んだりしない。沢岸の流れの弱い場所に泡が立っているのは富栄養化でプランクトンが繁殖しているためなので論外。近くに寄っただけで臭いを感じる。
あちこちにシカを見る場所も不適である。シカが沢を横切ったり水を飲むような場所には細菌が繁殖している可能性が大きいとみるべきである。


やがて、遊歩道という名の段差だらけの道は終わりとなり、工事中の広場にたどり着いた。


展望台から下に向けてのショートカットも上手くいった。


ここまで管理人がなんら不安を感じることなく着いてきてくれたHKさん。
ショートカットはあと1箇所を残すのみとなった。

沼原湿原散策と那須の視察

2017年6月11日(日)

次回のためのメモ
那須連峰を歩くための交通、登山口の確認と近くの沼原(ぬまっぱら)湿原の散策。
お客さんをガイドすることを視野に入れ、混雑状況を把握するため、あえて快晴の日曜日を選んだ。

茶臼岳登山にもっとも便利な那須ロープウエイ山麓駅。
駐車場は3箇所あるがどれもほぼ満杯状態。
山頂直下まで5分で到着し、そこから山頂へは30分程度で行けるらしい。
ロープウエイは20分間隔で運行しているが、観光客らしき手ぶらで乗り込む人の方が多かった。
道路はここからさらに上へと続いていて、行き止まりが茶臼岳に徒歩で登るための登山口らしい。


道路の行き止まりから階段を5分ほど上ると「那須岳登山口」に達する。
那須岳とは茶臼岳、朝日岳を筆頭にいくつかのピークの総称で、単体としての那須岳は存在しない。最高峰は福島県境の三本槍岳で1916.9メートル。


登山口手前に登山指導所があって登山届けはここにあるポストに投函するが、用紙はなかった。
単独行動でなおかつ人っ子ひとりいない山に入ることが多い管理人は登山の際、あらかじめ届けを3通作成し1通は自宅、1通はポスト、1通はザックに入れておく。
こうしておけば管理人の遭難はまず、家人が気づく。家人は警察または消防に届けを出すであろう。警察、消防は山中に倒れている管理人を発見し、身元を確かめるために管理人のザックの中をあらためるはずだ。その際、登山届けが入っていればそれで身元が知れる。
こうすることで管理人の遺体は速やかに家に届くことになる。とまあ、そこまで緻密に考えているわけではないが、遭難時における発見、救助(あるいは遺体搬送)の効率は上がるであろう。


ベニサラサドウダンが深紅の花で迎えてくれた。


登山口をあとに元来た道を車で戻って町営の那須温泉ファミリースキー場へ。
今年3月、雪山訓練に来ていた県内の高校生ら8人が大規模な雪崩に巻き込まれて亡くなった現場である。慰霊所が設置されているので向かった。


茶臼岳を見上げる公園風の広場に献花台が置かれ、亡くなった高校生にために花やスナック類が手向けられていた。


遭難の状況を知りたくて現場となったスキー場に行ってみた。
ゲレンデはこの時期、地元のアウトドアスクールによるパラグライダー教室がおこなわれていて、数人の受講生がランディングの練習をしていた。

こんもりした大地が茶臼岳の一部(東面)で、中央に見える出べそのようなのが「天狗の鼻」と呼ばれる大きな岩(たぶん)。高校生達はスキー場のゲレンデから離れ、画像の真ん中当たりの林を尾根に向かって急斜面をラッセルしながら上って尾根に達し、さらに天狗の鼻に向かって進んでいたときに、天狗の鼻から落ちてきた大量の雪に埋もれたのだ。

ここから見ると天狗の鼻の斜面に木々がないことがわかるが、地質が溶岩であるために大きな植物は育たないのであろう。あるいは雪崩の常習地帯となっているために木々が生えないのかも知れない。
傾斜も30度くらいあるから雪崩が起こりやすい斜面といえる。と、素人の管理人にもその程度の知識はある。絶対に近寄りたくない地形だ。


遭難の現場をあとに沼原湿原に向かう途中、那須高原ビジターセンターがあったので立ち寄ってみた。
展示・解説コーナーがあるのは管理人の地元・湯元ビジターセンターと同じだが、建物は近代建築を思わせるようで実に立派だ。
しかし、茶臼岳の賑わいをよそに訪問者が少なかったのは、茶臼岳までまだ道のりがあるという立地のせいなのだろうか。


車を「一軒茶屋」の交差点まで戻し、板室方面に右折すると別荘地を縫うようにして道が続く。板室温泉の近くでさらに右折すると本格的な山道となり、行き止まりが沼原湿原の遊歩道入口だった。
緩やかに下っていくと湿原の際に出た。


湿原入口に設置されている説明板。
さあ、どんな花が見られるのか楽しみ。


南北に細長い湿原は植生保護のため木道が敷設され、湿原を一周できるようになっている。


ツボスミレ


ハルリンドウ


南北に細長い湿原は北方面の視界が開けている。
中央に見えるのは福島県境の1800メートル峰、右から流石山に大倉山、三倉山らしい。


カラマツの雌花を見つけた。


ズミも目立った。


カエルの卵らしい。


ほう、ここから三斗小屋温泉に行けるんだ。いつか挑戦しよう。


一周を終えて駐車場に戻るとトイレの脇に茶臼岳への道標があるのを見つけた。
地図と見比べてみたが複数のルートがあるようだ。
いずれ歩くことになるだろう。

女峰山、黒岩尾根ルート。10年ぶりだがこのルートの厳しさをあらためて実感する。

2017年5月19日(金) 晴れすぐ曇り

行者堂(5:40)~稚児ヶ墓(6:47/6:52)~水場(7:15/7:20)~八風(8:38)~黒岩(8:56/9:05)~唐沢小屋(10:48/11:05食事)~女峰山(11:46/12:26食事)~P2318(13:06)~一里ヶ曽根(13:35)~P2209(14:04)~奥社跡(14:09/14:15)~赤薙山(15:03/15:13食事)~焼石金剛(15:26)~小丸山(15:50)~キスゲ平(16:20/16:55発のバスで帰宅)
行者堂~女峰山:6時間06分、女峰山~キスゲ平:3時間54分(往復とも休憩多数)
車は行者堂近くの滝尾神社にデポ。下山後、バスで帰宅して引き取る予定。



今や女峰山登山のスタンダードとなったとはいえ霧降からのルートは決して楽とは言えない。
スタート地点の標高は1340メートルなのに対して山頂は2483メートルだから標高差は1140メートルもある。男体山は標高差1200メートルなので厳しいとされているが、一方的に上っていく男体山に比べて女峰山はアップダウンを繰り返しながら上るため、標高差だけで単純に比較したのでは本当の厳しさが見えてこない。
そこで累積標高という概念を取り入れて比較すると、女峰山の方がはるかに厳しいことがわかってくる。
この辺のところはこちらで→「山の厳しさの指標として、累積標高について考えてみた

今日の行者堂から上り始める黒岩尾根ルートは、霧降ルートを上回ってさらに600メートル余計に登る。大盛りどころか特盛りなのである。
とにかく標高740メートルから歩き始めて2483メートルの山頂まで、1740メートルも登らなくてはならない。累積標高も霧降ルートより大きい。
したがって敵は急登、露岩、ガレ場、雪と、手を変え品を変えて登山者を待ち構えている。サービス満点、心してかからなければならない。

この日、管理人は前日のウォーキングの疲れがまだ残っていたのか、黒岩を過ぎて間もなく、足に来た。急登に次ぐ急登で管理人もこれが限界かと思うほどだった。
周りの景色を眺めたり植物などを観察しながら歩いたが、とにかく苦しかった。
元気になったのは雪が現れてからだ。
今日は雪が残っているうちに女峰山に登っておきたいという単純な動機なので、唐沢小屋の手前で雪が現れたときは嬉しくて救われた気持ちになった。管理人の前世は池の中に住む河童に似て雪がなくては生きていけない生物なのかもな(笑)
もっとも、雪が現れてからは急登が緩斜面に変わったのでそれで元気になったとも言えるのだが。

まっ、それはさておいて、登頂までに6時間もかかるこのルートは健脚向きと言えるが管理人は決して健脚ではない。なのにあえて挑戦し、歩ききれたのは自分の脚力を知り、ペース配分を心得ているからだと思う。
いい景色に出会えたら立ち止まって写真を撮ったり地図でその場所を確認したり、小腹が空いたら菓子パンをかじったり、電波が入る場所ではメールやフェイスブックをチェックしたりと、とにかく休みを多めにとる。無理はしない。
疲れたときは息を抜き、体力の回復に努める。それを繰り返しながら目的とする山に近づいていく。日没は覚悟しているが注意して歩けば大丈夫だ。
体力の落ちたハイカーが山に登り続けるためにはいろんな工夫が大切なのだよ。

今年は女峰山を極めることを目標に、最低でも5回(これは昨年の実績)、あわよくば10回は登りたい。日光市に属する山でなんど登ってもいいと思うのが名峰・女峰山なのである。
これほど厳しくも楽しい山は他にないというほど、惚れ込んでいる。その姿を腕や背中に刻んでもいいとさえ思う。
実は他に大真名子山や小真名子山といった展望に恵まれた山があるのだが、登山口への道が閉ざされてしまってからというもの、登る気力が失せてしまった。日光を象徴する山、男体山は二度も登っているから十分だ。
それらの要素が管理人を女峰山へと向かわせているのだと思う。あっ、それと福島県の会津駒ヶ岳ね。
今年はこのふたつの山に特化して、全身全霊をそそいで登るつもりだ(できればの話)。

そして今日がその第2登目だった。

※10年前の同じルートの記録→こちら
※最近の記録(ただし逆回り)→こちら

最近の記録というのは2015年5月20日なので今日と一日しか違わないが、比較すると花の咲き具合がまったく違っている。
今年は雪の降り始めが遅く、その分、遅くまで雪が残っていて花の咲き出しが遅いようだ。

黒岩尾根ルートの登山口となる輪王寺行者堂(んっ? ピンぼけだな)。
ここへ来るにはマイカーだと史跡探勝路になっている滝尾神社に車を置いて徒歩10分。電車の場合だと日光駅からバスで東照宮まで行き、参道から二荒山神社を抜けてここまで20分くらい。


お堂の裏に回り込むとようやく、ここが登山口であることがわかる。
登山届けのポストはこの右側にある。


直径2メートルはある巨大な檜(たぶん)。
御神木たるに相応しく堂々としている。


うっそうとした檜林の斜面を上がっていく。


登山道は一旦、管理道路と交わるが中央に見える赤いプレートからすぐまた檜林へ入る。


厳しい登りですぞ!


殺生禁断境石と刻まれた大きな石の柱がある。
徳川家光が出した殺生禁断令と関連があるらしいがあまり詳しいことは知らない。
ここまで来るのにかなり汗をかいたのでウインドブレーカーを脱ぎ身軽になった。檜の林の中なので日差しは遮られるがそれでも暑い。今は薄手の中間着とその下にfinetrackのスキンメッシュ。finetrackは汗を吸い取る機能に特化した透き通るほど薄い生地なので実質は中間着1枚と同じ。


殺生禁断境石まで急登を強いられたがここで一旦、傾斜が緩くなった。
息を整えるのにちょうどいい。


貧弱だがツクバキンモンソウかな?


檜林から脱出すると青空が広がっていた。
正面に今日のお目当てとなる女峰山が見える。


この辺りからヤマツツジの群落が始まる。
まだ蕾だが数が多く、咲くと見事だ。


稚児の墓。
いつの時代にか将軍に寵愛された稚児なのだろうか?


トウゴクミツバツツジ


広大な笹原の中の登山道。
こうしてあとから画像で見るとじつに気持ちよさそうだが、傾斜はかなり厳しい。


このルートにも水場があるのだが、、、、


急斜面を降りると水場。
ただし流れは弱く、というよりはほとんどなく、どちらかといえば水たまり。
手ですくって飲むにも水深が浅いし、流れが弱いせいか枯れ葉などの堆積物が溜まっていて飲むのは躊躇う。
どうしても水が必要なときは浄水するか煮沸した方が安全であろう。


振り返って関東平野を眺める。
ここに来ていつも思うのだが、この笹原が雪に埋もれたら広大なスノーシューフィールドになるはずだ。思いっきり駆け回ってみたい。
しかしその機会はいまだに訪れることがない。


タチツボスミレ


広大な笹原が終わると芽吹いたばかりのカラマツの林に代わる。


「水呑」と刻まれている石柱。修験道として使われていた頃の名残。
ただし、周りに水が湧いているわけではなく、先ほどの水場への道しるべとしての存在なのかもしれない。


修験者による夏の修験の場所だったそうだ。


アカヤシオの登場


ウヘッ、とんでもない急傾斜。


先ほどよりも男体山が大きく迫ってきた。女峰山よりも男体山に近づいているといった感じだ。


荒々しい露岩の上に立つ道標、八風。
ここも修験で使われた場所だそうだ。


このルートは修験の跡がいくつも残されている。
これは「落葉松金剛」。古い石の祠(金剛堂)がある。


リンドウ


標高1913メートルの黒岩に着いた。
谷底からごうごうというものすごい音が上ってくる。姿は見えないが雲竜瀑だ。
ここまで来るのに3時間以上かかっている。
しかもまだ標高は2千メートルに達していない。女峰山までまだ500メートル以上、登らなくてはならない。
道標の右に見えるピークは一里ヶ曽根(2295m)で、霧降から登る場合に通過するが女峰山まで2時間という位置だ。
対してここからだとあと3時間かかるからこのルートの厳しさがわかるというものだ。


ここからまた急な上りになる。
もう嫌になるな。ウンザリする。
なぜこんなに辛い思いをしてまで女峰山に登らなくてはならないのだ。その答は冒頭に(笑)


遠方に女峰山が見えた。
中央のピーク左に雪が載った小さなピークが見えるだろうか、あれが女峰山。
中央のピークは2359の前女峰山で、修験が盛んだった頃は錫杖嶽と呼ばれていたらしい。ただし、地図には標高が描かれているだけ。また、女峰山に登るのにあそこは通らない。


ズームで撮るとこんな感じ。ピーク2318へ向かって稜線が続いている。
雪はまだたっぷり残っている。


歩き始めて4時間、標高2030メートル辺りまで来て足が急に重たくなってきた。
空腹ではないし、この重たさはなんだ。
会津駒ヶ岳が終わってから数日、雨続きで外出もできなかったが、昨日は雨の降らない一日だったので今日のためにと近所を約8キロ歩いた。その疲れが今になって出たのだろうか。


厳しい上りは続く。
こんなときは周りを観察しながら、とにかくゆっくり歩く。


鮮やかな橙色。
地衣類のダイダイゴケ(?)が岩に付着しているのだと思う。


シャクナゲの花芽


ここも修験の場だったところ。


女峰山は隠れて見えなくなり、代わりに白根山が望めるようになった。


小石が堆積したザレ場を横切る。
歩くそばから小石が崩れて落ちていく。


標高2220メートル辺り。
雪を見るようになった。
雪はしっかり締まっている。危険はない場所なのでチェーンスパイクは装着せず、靴のまま歩くことにした。


唐沢小屋が見えてきた。
これで女峰山を手中に収めることができた。


中はきれいとは言えない。
以前に比べて利用者が置いていったものが目立つようになった。
疲れたのでベンチに腰かけて菓子パンをかじる。


小屋の裏手の急斜面を登ると大規模なガレ場が出現する。
石のほとんどは浮いているので不用意に足を載せるとぐらっとする。
それにしてもこの霧。予報は晴れだったので急遽、出かけてきたのだがこれでは山頂からの眺めは期待できそうにない。


長いガレ場をクリアして再び樹林帯の中へ。


着いた、着いたぞ!
5時40分に歩き始めて延々6時間、ようやく着いた。
管理人、足が遅いのは自覚しているし写真を多く撮る。その結果が6時間とはいえ、やはり長い。このルートの厳しさを物語る時間である。
2組3名の先着者あり。霧降ルートで来たようだ。


女峰の神さま、今日はご機嫌ななめ。
山頂は祠のすぐ先なのだが霧のためずいぶん遠くにあるように見える。


谷底から上昇気流が湧き上がり、稜線を境にして南は深い霧、北は晴れだ。
正面に見えるピークは帝釈山。
天気がよければ帝釈山の奥に太郎山、左に小真名子山、大真名子山、男体山が見えるのだが今はすべて霧の中。


北西に燧ヶ岳から始まる会津の山並みが見える。その向こうは越後の山並みである。


8日は強風で三脚を立てることさえできなかった。
今日は濃い霧とはいえ記念に自撮りができた。


最終バスが出る17時前までに下山すればいいから、気持ちに余裕があった。
久しぶりに40分という長い休憩をとった。コーヒーも飲めた。
足の疲れもだいぶ軽減した。
これから霧降へ向かって降りるとしよう。
山頂から始まる雪の尾根を安全に降りるためにここでチェーンスパイクを着けた。


まずは目の前のピークへ。
三角点のある2469メートルのピークだ(ただし、地図に三角点記号はない)。


燧ヶ岳をズームで撮ってみた。
燧ヶ岳は福島県の山なのでその左右に見える山も同じかと思ったのだが、地図で調べると新潟の山であることがわかった。


振り返って女峰山を見上げる。


密生したハイマツの間を下っていく。
今月8日は風速20メートルを超える風にあおられて、このハイマツの中に倒れ込んでしまった。


ロープがかかる岩場を下る。


ピーク2318を通過


これから一里ヶ曽根の手前まで、しばらくはこんな歩きが楽しめる。


このルートはイワカガミが多い。
このくすんだ茶色の葉っぱがやがて緑色に変わり、6月半ばから花を咲かせる。


一里ヶ曽根を前に鞍部にある水場を通過する。
8日はまだ厚い雪に埋もれて水場が確認できなかった。
きょうもまだ雪に覆われていた。


これから一里ヶ曽根に向かって50メートルほど登る。


ここで女峰山山頂で出合った年配男性に追いついたので先に行かせてもらった。


次はピーク2209に向かって快適な稜線歩きとなる。


ルートはピーク2209のすぐ手前でピークを巻くようにして奥社跡(P2203)に向かって下る。


奥社跡との鞍部。
夏道が雪に埋もれていると迷いやすい場所だが今はもう大丈夫だ。


奥社跡。
8日はまだ雪が残っていたが今はご覧の通り。
スポーツドリンク750ミリを飲み干したのでここで空になったボトルに粉末を入れて水から500ミリ作る。
ちなみに今日持参した飲料水はスポーツドリンク750ミリ、水道水1リットル、お湯450ミリの計2.2リットル。お湯はコーヒーを飲むのに使ったので残りは1.3リットルになった。下山まで十分すぎる量だ。
先ほどの水場が利用できればもう少し減らせるであろう。


奥社跡から赤薙山に向かってロープがかかっている岩場を降りる。


赤薙山
ここで今日3回目の食事。菓子パンをかじる。


関東平野が一望できる赤薙山直下のやせ尾根部分。
こんもりしたピークは丸山。


焼石金剛を通過。
この道標のすぐ脇に木の祠があってその風情が好きなのだが、ハイカーが置いていくのであろう、ここ数年で雰囲気を損なうような飾り物が増えた。


小丸山
正面に見える構造物はシカが中に侵入しないようにするネット。人は出入りできるように回転扉になっている。


さあ、降りるぞ。


10日前、大きな規模の群落を作っていたカタクリも終盤となり、代わりにニッコウキスゲの芽が出てきた。


オオカメノキ


階段で足がもつれることなく、無事に下山した。
バスの発車までまだ30分ある。
レストハウスの水道設備を借りて泥で汚れた靴とスパッツを洗い、バスに乗る備えとする。


16:55発の最終バス。
途中、霧降滝で降り、家内の車に便乗して車を回収しに滝尾神社へと向かうことに。


往きにこのルートを歩く場合の面白さというか苦しさというか、そのハイライト部分を地図上に追加した。
霧降ルートはアップダウンを繰り返しながら標高を上げていくがこのルートはアップまたアップの繰り返し。


こうしてグラフにしてみると霧降ルート(女峰山より右)との違いがよくわかる。
黒岩ルートから霧降ルートへ下山と霧降ルート往復を距離、標高差などの数値で比較してみた。男体山往復も参考に。
※霧降ルート往復は去る5月8日の記録(図ではレストハウスが出発点)

距離標高差上り累積標高下り累積標高
黒岩ルート→霧降ルート18キロ1740メートル2315メートル1686メートル
霧降ルート往復16キロ1140メートル1980メートル1980メートル
男体山(参考)8.5キロ1210メートル1248メートル1248メートル

今年1登目の女峰山は凄まじい風で11時間超え(画像多数につき閲覧注意・笑)

2017年5月8日(月) 快晴、強風

キスゲ平(5:40)~小丸山(6:12/6:20)~焼石金剛(6:46/7:00靴替)~赤薙山(7:30/7:35)~奥社跡(8:28/8:38)~P2209(8:47)~一里ヶ曽根(9:36)~(鞍部でスパ着)~P2318(10:23)~女峰山(11:30/12:00食事)~P2318(12:48)~一里ヶ曽根(13:28/13:35水場)~P2209(14:14)~奥社跡(14:36)~赤薙山(15:36/15:45食事)~焼石金剛(16:05/16:11靴替)~小丸山(16:27/16:36)~キスゲ平(17:00)

今日はイントロなしでいきなり書き始めるぞ(笑)
画像が多くその説明だけでも大変なので前口上を書いている余裕がない(公開してから追加するかもね)。

今年の初登だ。
無事に下山することだけを念じ、身を軽くして登ることにした。
天空回廊は疲れないようにランニングシューズで上る。登山靴はレジ袋に入れて階段を上がりきるまで手に持って歩くことにする。
アイゼンは不要とみて置いてきた。小物を入れるサコッシュも行動食も置いてきた。カメラは1台にした。着替え用の衣類として持ち歩いている中から下着は外した。いつも3枚持ち歩いている手ぬぐいは1枚だけにした。これで1キロ半は軽くなる。


5月特有の青空とカラッとした空気。実に気持ちがいい。
ゴールデンウイーク中の仕事の疲れを今日という日で癒したいと思う。
明日になると雲が多くなるとの予報だし、雪は日一日と融けて少なくなる。
残雪の女峰山を堪能しようと思うなら、今日を逃したら他にない。


早朝のカタクリはみな一様に花を閉じてうつむいている。
こちらを向いてごらんよ。
いやん、まだ寝起きで化粧もしていないんだもん、恥ずかしいわ。
そんなことないよ、素顔の君はとてもきれいだよ。
そお、そんなこと言ってくれるのあなただけね。

階段を上る苦しみから逃れるため、カタクリを仮想の女性として現実にはあり得ない会話で気を紛らわす管理人なのである。


天空回廊の中段、700段目に到着した。
園地は元スキー場を再利用して造られていて、ここからは30度もある上級者コースの上に階段が設置されている。厳しいっすよ、ここから先!
100段ごとに段数が書かれたプレートが貼ってあるので、100段上がったら息を整えさらに100段、そんな工夫をすることで疲れを最小限に抑える。
靴を入れたレジ袋を片手に持ち、空いているもう片方の手は手摺りを握り身体を引き上げるようにすると足の負担が軽減される。


階段が終わると標高1601メートルの小丸山に乗る。
正面に赤薙山が見える。
赤薙山は標高2010メートルだが冬でも備えさえしっかりしていれば安全に登れる山で、管理人は好んで登っている。
管理人が経営している宿の常連さんと同行することもあるが、山頂へ行くまでの稜線上に広がる展望にみなさん例外なく感動してくれる。
なお、女峰山は赤薙山を超えてさらに5つ目のピーク。遠いぞ~。


焼石金剛
名前の由来は過去のブログでどうぞ。


焼石金剛から振り返って北東の方角を見ると高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)が望める。
遠くから見る形もいいし登って損のない山である→こちら


数百グラムとはいえ、靴を軽くすることの意味は大きい。ここまで軽快に歩くことができた。
できることならこのままランニングシューズで歩き通したいところだが、そうもいくまい。
防水ではないし甲の部分がヤワだ。小石や木の根にぶつかっただけでも痛い。
脱いだランニングシューズはレジ袋に入れて目印となる場所を選んでデポしておく。
チェーンスパイクの出番はまだない。


赤薙山直下のやせ尾根を通過。
ランニングシューズはこの樹林帯にデポして帰りに回収するつもり。


右に赤薙山を示す道標だがここは直進してもすぐに交わるからどちらへ行ってもいい。


次は女峰山へ導く道標が表れるが、赤薙山と指している方へ行く。
女峰山方面に行くと途中、斜面が崩落していて危険なのだ。
それに道は赤薙山の先で交わるから遠回りにはならない。


赤薙山直下の斜面。
この辺りから雪が表れる。
雪はしっかり締まっているので潜る心配はない。
つま先でカットしながら登れば滑る心配もない。


5時40分に階段を登り始めて1時間40分。
この間、写真をたくさん撮ったり靴を履き替えたりしたので実質1時間20分くらいだろうか。


山頂から見る女峰山


こちらは男体山


さあ、これから赤薙神社奥社跡(以後、奥社跡と書く)へ向かって進もう。
赤薙山から見る奥社跡への道は平坦でいかにも快適そうだが、、、


なんのなんの、歩き始めるとすぐ、こんな岩場を通過するスリルが味わえる。
岩場はここだけではなく、奥社跡に着くまで随所に現れて退屈はしない。
それに大きな段差があったりして息つかせぬくらい変化に富んでいる。
ちなみに正面に見える大きなピークのことを管理人は「偽赤薙山」と呼んでいる。理由は後ほど。
ピークの左に見える雪を被った山が女峰山。


岩場の他に木の根が露出した段差もたくさんある。
こういう場所こそ注意が必要で、不用意に木の根に足を置いたりするとツルッと滑ることがある。足の置き場を慎重に選んで身体を上へと移動する。


奥社跡(P2203)を正面にとらえた。
その右のピークは2209。
雪を被った女峰山が奥社跡の左に見えるがそこへ行くには奥社跡からピーク2209に移動して、次に方向を西へ変えてアップダウンが続く長い稜線を辿る。これがまた長い。だから女峰山は厄介なんだよなぁ。


この上が奥社跡。


長かった~
歩き始めて2時間50分。
赤薙山から1時間53分もかかっている。
そして女峰山へはここからまだ3時間はかかる。


雪はこれまでよりもずいぶん増えた。
ここから50メートル下るのでチェーンスパイクを着けるかどうか、ここで見極めることにしたが、傾斜が緩いので滑ったとしても尻餅をつくくらいだ。靴のままで行こう。

奥社跡と次のピーク2209とは標高でわずか6メートルしか違わない。
しかし、ピーク2209へ行くには奥社から一旦、2154メートルの鞍部に下り、そこから登り返すため、下りと上りの標高差を合計すると100メートルに達する。決して楽ではない。


広くて気持ちのいい鞍部。
ところがこれがくせ者なんである。
深い樹林帯なので無雪期でもわかりにくいのに道が雪に埋もれてしまうとお手上げだ。この時期はコンパスをセットして歩く。
しかし悪いことに、地図に描かれている道は実際とはずれていて、地図にある道のようにピークには続いていない。ピークの少し西側を通るようになっているのだ。地図を使ってコンパスをセットするのではなく、コンパスが示す磁北線に向かって忠実に歩いて行く。少しでも外れると藪に入り込んでしまうから注意。


雪がたっぷりあるので無雪期だと登れないピーク2209の上に立ってみた。
山頂は狭くコメツガが目立つ。


ピークを西へ向かうと2・3分で正しい道と合流する。
快適な稜線歩きが楽しめるのもここから先。


ハクサンシャクナゲの花芽。
開花は7月。


「ヤハズ」


ヤハズまで来ると女峰山が大きく見える。
だがまだ遠い。


う~ん、いいですなぁ、この雪の稜線。
たまらんです(笑)


こんな場所もあるが見た目ほど危険はない。
チェーンスパイクはまだ着けていないが滑ることもなかった。


どこまでも続いてほしい雪の稜線(^^)
しっかり締まって潜ることもない。


会津の山並みが見える。
右端の平らな台地は会津駒ヶ岳から大戸沢岳へ向かっている稜線だと思う。


曲がりくねったダケカンバがまるでオブジェのように見える。
ここを通り過ぎると、、、、


ピーク2295の一里ヶ曽根。
これで赤薙山から数えて4つ目のピーク。この先2つ目が女峰山だ。
風は先ほどより強くなっている。


一里ヶ曽根はすぐに急でガレた下りに転じ、水場の横を通り次のピーク2318(稜線右のピーク)へと向かう。
画像中央に見えるのはピーク2469で三角点がある。ただし地図にその記載はなく、等高線が閉じられていることでピークであることを知る。
女峰山はその先、160メートルの場所にあって2469に隠れて見えない。


一里ヶ曽根とピーク2318との鞍部に降り立ったので地面が露出した場所にザックを下ろして、疲れを回復することにした。


これから先の急登を考えてここでチェーンスパイクを装着。


水場を示す道標。
この雪だと水場は埋まっているんじゃないだろうか。
帰りに見てみよう。


ピーク2318
立ち枯れした木が十数本ある特徴のある場所だ。
なぜ木がこれほどまとまって立ち枯れたのか?
本で知ったのだが原因のひとつに強風説があるそうだ。この場所のように強い風にさられていると木は根っこごと激しく揺れ動くため根が痛み、やがて枯れてしまうらしい。
ここで道は南に転じて女峰山を目指す。


肉眼ではっきりと女峰山をとらえられるのもこの辺りから。
中央に見える大きなピークは稜線の少し下に30センチくらいしかない怖い道がある場所。その右のごつごつしたところにロープがあり、岩をよじ登る。ごつごつした右端は三角点のあるピーク2463(ただし地図にはない)、その右の小さいピークが女峰山。
と、地図を見ながらこの記事を書いているが、これらをすべて頭に入れるのは大変なんだよ。現場でスラスラと言えればいいのだが。


これまで北風をうけながら歩いてきたが、風はこの辺りからさらに強くなり、身をかがめないと歩けなくなった。
まずいぞ、これから先、危険箇所が待ち構えているというのに。


白根山
身の危険を感じながらも見るものはちゃんと見ている(笑)


燧ヶ岳


これが細くて怖い道。右は深く切れ込んでいる。
ダケカンバやコメツガが南側に傾いでいてここの風の強さを物語っている。
いま、風は北すなわち画像の右から激しく吹きつけている。
あおられて転倒しないように両手を斜面につけ、風が治まるのを待つ。


同じ場所から目を上げて前を見る。
中央に見える稜線の右、左の斜面が白い小さなピークが女峰山だ。
あの斜面がどうなっているかはこれからわかる。


ズームで見るとこんな感じ。
山名板がハッキリわかる。


雪は厚く堆積している。


これでもか、これでもかと続く厚い雪。


福島県そしてその向こうに越後の山並みが見える。


高みへ、高みへと歩を進めていく。


3メートルほどの岩場にロープがかかっている。
ふだんならロープを使わず登ってしまうところだが強風で体勢が不安定なため、今日はロープにすがって岩場をよじ登る。


次はハイマツ帯だ。
飽きることのない女峰山への道。


すでに遮るものはなく山頂が目の前に迫ってきた。
この雪の斜面を上りきれば山頂である。
遠くから左の斜面が白く見えたのはこの部分。


おぉ、女峰神社が見える。
強い風の抵抗にあったが女峰の神がここまで導いてくれた。


山頂は女峰神社のすぐ先。


天候は朝と変わらず快晴のまま。
我が母なる山、女峰山は管理人の初登を祝ってくれているかのように見える。が、それにしてもこの風には悩まされる。我が母なる女峰山は管理人の体力と精神力が試しているのだろうか。
いつもならここに三脚を立て、タイマーで自撮りするのだが強い風に三脚などなんの役にも立たず、諦めた。となればスマホを使っての自撮りだが、とてもではないがこのブログに載せることはできない。


山頂からの展望はほぼ360度。
日光市に属する山はもちろんのこと、群馬、福島、新潟の山が見える。


山頂からの展望
大真名子山の左に男体山がある。


祠を風よけにして昼メシを済ませ、帰路につくことにした。
道標が示す先は唐沢小屋。行者道、寂光神社に降りるルートだ。いずれも下り一方なので楽だが距離は2キロほど長い。


ハイマツの樹林帯までこの白い稜線が続く。
風がなければ雪の稜線歩きの醍醐味を味わえるところだが、そんな気持ちの余裕はない。


ハイマツの間を抜けるとき、強い風にあおられて身体が横倒しになった。女峰山に来てこんなこと初めて経験する。


振り返ると女峰山がもうあんなに遠くに見える。
この場所のように稜線からほんの1メートルでも下に身を置くと風はまったく感じない。
風は稜線の上を舐めるようにして通り過ぎるからだ。
実はここまで来る間に、往きに通過した細い道そして、ロープのある岩場ではあまりにも強い風に、停滞と移動を繰り返す羽目になった。


女峰山の下は深い谷になっている。
その谷底からモヤが湧き上がっている。
いや、モヤではない。茶色の煙だ。
まさか山火事?
違う、黄砂だ。
崩落により地肌がむき出した斜面の土が強風にさらわれて土埃が舞っているのだ。


ピーク2318を通過。
一時的なのか、風は止み、人心地がつく。
さて、道はここから東へと変わる。


一里ヶ曽根への下りは広い斜面なので前方に見えるピークをよく見ながら慎重に。


鞍部手前の水場を示す道標。
ここを左に折れるとすぐ水が流れている場所があるのだが、、、


水場はまだ厚い雪に埋もれている。
今日の飲み水はスポーツドリンク750ミリ、水道水1リットル、お湯450ミリを用意してきた。
この水場が使えれば半分の量でいいのだが、この時期は期待してはいけない。
水場の雪がなくなるのは早くて今月末、遅ければ来月半ばになるだろうか。


一里ヶ曽根へのガレ場を登っていく。


一里ヶ曽根を通過し次はピーク2209を目指して快適な尾根を歩いて行く。
気温は15度を超えているが雪はまだ締まっていて潜ることはない。しかしあと数日もすれば雪は緩み、膝まで潜るようになるのだろう。


ヤハズを通過


ピーク2209の下り斜面からピーク2203(奥社跡)を見あげる。


鞍部へ降り、これから奥社跡へ向かって上りに転じる。ルートはわかりにくい。


奥社跡では立ち止まらずにさっと通過。
予定の時間よりも90分ほど遅れている。
日没になる心配はないが疲れも出ていることから足が自然と急いでいる。


アップダウンの連続でだいぶ足に来ている。
赤薙山と女峰山を結んでいる尾根は標高差473メートルなので単純にいえば低山レベルだが、往きも帰りも激しいアップダウンがあるため数値では計り知れない厳しさがある。
これを累積標高という指標で表すと、女峰山の場合は上り2000メートル、下り2000メートルという言い方をする。厳しいのだ。
奥社跡から赤薙山へ向かって足を引きずるようにして歩いていると、画像の大きなピークが迫ってくる。
一刻も早く下山したい気持ちから、このピークがどうしても赤薙山に見えてくる。ところが違うのだ。
これを超えたのが本当の赤薙山なのだ。そこで管理人はこれを「偽赤薙山」と呼んでいる。


急な岩場を下る。


着いた~
ここまで来ればもうなにも心配することはない。
気持ちはすでに下山したつもりになっているが気を引き締めよう。


やせ尾根を下って小丸山へ。
デポしておいたランニングシューズを回収することは忘れなかった。


登山靴を脱ぐとムッとする匂い、じゃない臭いか、が立ちこめる。
汗で靴下が濡れている。ゴアテックスとはいえ10時間も履きっぱなしだと致し方ない。


足下のいい場所を選んで縫うようにして下っていく。


小丸山に着き、これから園地の中へ。


最後の難関は1445段の階段を下って駐車場に降りること。
今日の山行で足はくたびれているからステップを踏み外さないよう、慎重に降りたことはいうまでもない。


園地一面に咲くカタクリ。
20数万株といわれるニッコウキスゲに匹敵するほどの数ではないだろうか。


ふ~、なんとか無事に戻ることができたものの11時間をオーバー。
残雪に加えて強風の中を歩いたので時間がかかったのはやむを得なかったとはいえ、さすがに厳しかった。
それにしてもなんだな、こんな山行は先の短い命をさらに縮めるようなものだ。
まっでも、これができるうちが華だと思い、これからも苦しみを我が友として歩んでいこう。


所要時間は11時間24分と長いがこの中には多くの休憩時間他が含まれる。
管理人の場合、記録用に数百枚という写真を撮るし遠くに山が見えれば山座同定をおこなう。
したがって一般の登山者であれば、管理人の所要時間の7・8割が標準ではないかと思う。


本日の取得物。
半袖Tシャツに手袋、フェイスタオルなど。
落とし主には申し訳ありませんがゴミとして処理しました。



累積標高の多さがこのルートの厳しさを物語っている。