カテゴリー別アーカイブ: 日光北部(赤薙・女峰・那須・福島県境など)

那須から福島へぐるりとお花見のつもりが20キロ、10時間の激旅となった。

読者の皆さまへ

いつも管理人の稚拙なブログをご覧くださってありがとうございます。
このところ那須や福島の山ばかり登っているため、このブログの主旨である“日光の旬の情報を発信“ することから遠ざかるばかりで大変心苦しく思っています。

せっかくこのブログにアクセスしたのに最新情報に日光が載っていないとお叱りをうけるかもしれません。
このブログでもっとも人気のある古賀志山に至っては、3月の次は5月、5月の次は、、、いつにするか考えてもいません。

あまりにも心苦しいので、ブログタイトルの
「春夏秋冬、日光を歩こう!」を、
「春夏秋冬、日光と那須、福島を歩こう!」
とか、
「春夏秋冬、那須と福島、ときどき日光を歩こう!」とかに変更しようかと考えてもみました。

しかし、今から12年も前に始めたブログですし、googleで検索すると上位に表示されますので今さらタイトルを変えるわけにはいきません。
日光の情報が途絶えていても、管理人の心は日光にあるのだということをどうかお察しください。
管理人、なにか気になるととことん追求しなくては落ち着かない性癖の持ち主で、今がその時期なのです。いずれまた日光に戻りますので、それまでどうかご辛抱のほど、お願い申し上げます。

それでは今日のブログを。

今日もご期待に添えず那須と福島の山になりました。なんとも心苦しいばかりですm(,_,)m


2017年7月19日(水) 梅雨明け初日

峠の茶屋(8:00)~峰の茶屋跡(8:43)~朝日の肩(9:17)~朝日岳(9:25/9:30)~朝日の肩(9:36)~熊見曽根(9:44)~北温泉分岐(10:12)~三本槍岳(10:43/11:00)~大峠分岐(11:18))~鏡ヶ沼東分岐(11:52)~須立山(12:06/12:16)~鏡ヶ沼東分岐(12:30)~鏡ヶ沼(12:54/13:07)~鏡ヶ沼西分岐(13:48/13:53)~大峠(14:15/14:30)~三斗小屋(15:55)~沼原分岐(16:21)~峰の茶屋跡(17:16/17:30)~峠の茶屋(18:02)
※朝日岳は計画外だったが時間が早かったので登った。
※須立山は計画外だったが15分で登れそうなので行ってみた。360度の大展望に満足。

 

この時期、毎日のように変わる花が見逃せない。

どこへ行くか、、、迷う。
なにしろ花が咲く時期は限られているからこの機会を逃すと次の季節が来るまで一年も待たなくてはいけない。
だからといって花を求めて毎日のように山へ、、、というわけにはいかない。
これでもまだ現役の自営業者として生活の糧を得なくてはならない身だ。山歩きはせいぜい、週に1回あるいは2回にして、他の日は仕事に充てている(、、、つもりになっている日もあるが)。

だから、花の時期は花が咲くタイミングを注視して無駄足とならないよう、計画を綿密に組む必要がある。できれば花が咲く前にも訪れればタイミングがつかみやすくなると言うものだが、そこまでできるのはごく限られた人だけであろう。

まっ、それはさておき、今週どこへ行くかが課題だった。
今月6日、会津駒ヶ岳・駒ノ小屋から中門岳に至る湿原の花を見ようと出かけてみたものの、湿原はまだ分厚い雪に覆われて花どころではなかった。
実は5月半ばに同じ場所を訪れていてその際に積雪の状況を把握し、2ヶ月経ったからもう雪はないだろうと行ってみたところ、驚くことに雪は溶けていなかったのだ。日光では考えられない状況だ。
その分、帰り道に設定した駒ノ小屋から尾瀬御池のルートは花の宝庫だったが→こちら
それから2週後の今週はどうかと考えたがあの雪の厚さだと溶けるのに3週間はかかるから、花の見ごろは今月末から8月初旬になるだろう。それまで待つことにした。

さて、どこへ行こうかな???

行き先を決めるのに花のことはちょっと置いといて、那須の山は標高が低いにもかかわらず展望がいいということを先月、行って知った。
ルートがたくさんあってそのうち何本かは福島の山とつながっていて、福島の山に積極的に登ってみたい管理人には親しみが湧く。
茶臼岳から朝日岳にかけて花はないが、その外へ出てみるとかなりの種類の花が見られた。これといって珍しい花はないものの、その対比が面白い。火山の特徴を知ることができる。

地図には朝日岳の北に清水平という湿地帯や三本槍岳の北、標高1550メートルに鏡ヶ沼という魅力的な名前の沼がある。峠沢、中ノ沢、赤岩沢という水の流れる沢(涸沢に対して)もある。
ハイマツや広葉樹の記号がたくさん描かれているから花が期待できるかもわからない。
清水平は6日に行っているが鏡ヶ沼には惹かれる。福島県に位置するということもあるし。

よっしっ、会津駒ヶ岳に雪が残ってる間は那須と福島の山で遊ぼう!

先月6日に行ったときは茶臼岳を中心にして約20キロ歩いたが、今回はその時とは異なるルートを歩いてみよう。
それが冒頭の行程である。
異なるルートを歩こうとしても登山口から朝日岳、三本槍岳へのルートは重複する。が、この山は面白いから重複してもかまわない。那須岳(あるいは那須連峰は茶臼岳、朝日岳、三本槍岳の総称)をより深く知るためにもなんども登っておきたい。

県内なのに檜枝岐に行くのと変わらない長時間の車の運転が苦痛だが、その苦痛を解消してくれるほどの雄大な展望と花が待っている。


那須の温泉街を抜けて走る県道17号線の行き止まりが那須連峰の登山口で「峠の茶屋」がある。
8時という時間は登山には遅い。自宅を5時半に出てコンビニで昼食用のパンを調達し、トイレを使い、駐車場について身支度を調えるとこの時間になる。日光の山の登山口と比べて遠いのだ。


駐車場の隅っこの階段を上ると登山指導所の建物があって登山届けのポストがある。
管理人の場合、登山届けを3通作り、1通は家人にわかるように自室の目立つ場所に置き、1通はザックのこれもわかりやすい場所に収納し、もう1通を登山届けのポストに入れる。
こうすることで万一の場合に備えている。


建物の前を通過するとすぐ、那須岳登山口と書かれた柱とその先に石の鳥居があるので鳥居をくぐって先へ進む。


早くも花が登場。アカショウマだ。


登山口から600メートルほど上ると視界が開け、そこに実に荒々しい光景が広がっている。
火山特有の砂礫や溶岩が冷えて固まったと見られる大きな石がころがり、植物もまばらな山裾が見える。


これは朝日岳の手前の剣ヶ峰(たぶん)。


ウラジロタデ
火山のような栄養の少ない地は成育する植物が限られるが、これなど貧栄養の地で育つらしい。
富士山ではオンタデと呼ぶらしい。


マルバシモツケ(のはず)


コメツツジ


峰の茶屋跡避難小屋へ行く道沿いはウラジロタデとマルバシモツケが続いている。


ウラジロタデの花
小さい花の集合だが近づいて見ると可愛い。


歩き始めて40分、峰の茶屋跡避難小屋に到着。
ここは茶臼岳や朝日岳、三斗小屋温泉などへの分岐路、すなわち峠のような存在になっていて、さあこれからあそこへ、という気力を与えてくれる。
ちなみに小屋は中で休憩するのはいいが宿泊は禁じられている。


北に朝日岳が望める。
人影が見えたのでカメラのズームで覗くと山頂にふたり、中腹にも人が見えた。


ハナニガナ


ウラジロヨウラク(和名:裏白瓔珞)
管理人、これをずっとウラジロコヨウラクと表記していたが、ウラジロヨウラク(ロとヨの間に「コ」が入っていない)の間違いであることがわかった。
日光にコヨウラクツツジがあって同じツツジ科であることから混同していたようだ。


朝日岳へと続く荒々しい道。
地図によるとこの道は剣ヶ峰の中腹らしい。


恵比寿大黒と呼ばれる巨大な溶岩石。


火山地帯ゆえ木々はなく荒々しい。
しかし、遠くの山々はよく見える。


朝日岳は計画外であった。
登ったら同じ道を降りなければならず、長距離を歩く今日の計画だとその時間がもったいないからだ。
とはいえ、今日のルートから朝日岳まで10分で登れるのと時間もまだ早く、計画に支障は来さないだろうと判断した。
那須の山に共通していえることだが山頂はもちろんのこと、中腹からでも展望が素晴らしい。この朝日岳も例外ではなく大いに楽しめた。


朝日岳から三本槍岳へと向かうことにする。
ハクサンシャクナゲが美しい。


清水平の入口付近。
地理院地図には湿原の記号として描かれているが乾燥化が進んでいるのか湿地部分はわずかだ。


清水平をすぎるとしばらくの間、平坦で歩きやすい道が続く。


東へ折れると北温泉に至る分岐路。
正面に見える山が三本槍岳である。尖った名前とは裏腹になだらかで優しい山という感じ。


ハクサンシャクナゲ
ややピンクがかっているが時間の経過と共に白が強調されてくると思う。


ナナカマドはほとんどが実になっていてこれなど残った貴重な花。


樹林の間を抜けると視界が開けて三本槍岳の山頂。すでに人がいる。


う~ん、いい眺め。
西に栃木県と福島県にまたぐ流石山から三倉山にかけての稜線が見える。
今日はこれからあの稜線のもっとも三本槍岳に近い大峠という場所を通過することになる。ここからだと登山道を西へ一直線に進めば大峠に行くが、計画では鏡ヶ沼に行ってから大峠という順路をたどる。
その前に、自宅で朝食をとってから6時間経過したのでここで軽く腹ごしらえ。

余談と言えるかどうか、、、
三本槍岳の山頂にはここが一等三角点であることを示す石柱が設置されていて、地図には三角記号が描かれている。
その場所だが、地図でもっとも利用者の多い昭文社「山と高原地図」だと山頂は栃木県と福島県の県境に位置しているが、国土地理院の地図だと県境からわずか数10メートル栃木県側に位置している。
両者(地図)の違いを発見したのは前回、那須岳を計画したときだったが、山頂がどこの県に属するかは管理上、かなり大きな問題となるはずだ。実際のところを知りたいものである。


ノビネチドリ
一見、ハクサンチドリかと思ったが色が薄い。また、ここは湿原ではないことから別の花であると断定した。
とりあえず写真だけ撮って下山後に調べたところ、ノビネチドリであることがわかった。
ハクサンチドリとは花の付き方がまばらであることと、葉っぱの幅が広いという違いがある。
なお、名前の「ノビネ」とは根が横に延びるという意味があるそうだ。


こいつもまた管理人を悩ませる。
背が高く花が大きいこと、葉っぱにトゲがあることからトネアザミといいたいところだが、ノハラアザミにも似ていて区別のつけようがない。
ここではトネアザミまたはノハラアザミとしておく。
頭が痛いよ、花の名前を言い当てるのは。


お~、オノエランがあった。
背が低く他の植物が覆い被さっていたが管理人、しっかり見た。


ハナニガナは見飽きるほど分布している。


ネバリノギランだ!
かなりの数あったぞ。


これはミヤマザクラらしい。


今日の計画では大峠に出て三斗小屋温泉に向かって南下するようになっているが、この道標にしたがって大峠へ向かうと鏡ヶ沼へは行けない。
鏡ヶ沼に行くには須立山と書かれた方向に進む必要がある。


道はハッキリしている。


いい眺めじゃないか。
眼下に鏡ヶ沼らしき水面が見える。


崩落で道が途切れている。
崩れてはいるが丸太の柵があることからここが道であることに違いない。
下方に踏跡が見えたのでここを下ることにした。


ガレ場を下ると再び樹林帯となり道もついている。
これはミヤマハンノキかな?


大きな松ぼっくりを付けたこいつはハイマツなんでしょうかねぇ?
あ~いや、そんなことに感心している場合ではなく、道は藪になってきて歩きづらい。


鏡ヶ池が間近に見える。
地図によればあの沼の畔を歩くようになっている。
果たしてどんな沼なのか楽しみである。


オトギリソウのつぼみ。どこかで咲いているのが見えるのだろうか。


咲いているオトギリソウはすぐ近くにあった。


ここが鏡ヶ沼への分岐。
ここを西へ折れて鏡ヶ池を経由して大峠方面に行く予定だ。
ところが北へ400メートル行くと須立山というのがあるらしい。
県境ではなく、完全に福島県の山である。
福島の山の魅力に取り憑かれている管理人はここは是が非でも行くべきであると判断した。たとえ藪の中の山頂であってもいい、とにかく福島の山を経験するのが管理人の責務なのだ。


あれが須立山らしいぞ。
展望はどうなんだろう?
山頂が藪でなければいいのだが、、、


歩き始めると間もなく、藪になった。
いちおう、足下に道は見えるので迷う心配はないが、それよりも山頂からの展望が心配になった。


須立山へは道標から13分で着いた。
藪は部分的で山頂は開けている。


素晴らしい眺めだ。
ほぼ360度の展望といっていい。
計画外の行動だったが来てよかった。ここで少し時間をつぶそう。


眺めのいい須立山にもう少しいたかったが、今日はロングトレッキングであるため次の目的地、あの鏡ヶ沼へと急ぐ。


先ほどの道標まで同じ道を戻り分岐を鏡ヶ沼へ向かったところ、すぐ藪に突入。
視界が利かないのでときどき笛を吹いてこちらの存在を他にアピールすることに。


お次はこんなところだ。
道が途切れ2メートルに近い段差を降りることになった。
ロープがあるが2メートルの空間を降りることはできない。
どうすれば安全に降りることができるのか、結論に達するまで数分かかった。


ふたたび藪。
肩の高さまである。


笹の向こうに鏡ヶ沼が見えた。
地図で見るとわずか250メートルの下りなのに30分もかかるという有様だ。
このまま笹を放置しておくといずれ廃道になってしまいそうな茂り方だ。


鏡ヶ沼は実に静かだ。水の透明度は高く、沼というより湖に近いきれいさだ。


すぐ近くでエゾイトトンボが集団で交尾していた。
初めて見る種類のトンボだがきれいな色をしている。


種保存という大切な営みのところを失礼して、マクロで撮らせてもらった。


沼をボーッと眺めながら菓子パンをかじり缶コーヒーを飲んで、それから腰を上げた。


沢状の道を進む。


お~、ショウキランだ。
咲いたばかりと見える。いいねぇ~。


笹と雑草に囲まれて苔むした石の祠が佇む。里が近いのだろうか。


別の道と交差しあれが林道の大峠線らしい。
左から来るハイカーと出合ったので挨拶と立ち話をする。


鏡ヶ沼のことを詳しく説明してある。


大峠への道はハッキリしているがここからだと上りになり、それほど易しい道とはいえない。


あそこが大峠らしい。
昔は会津(福島県)と下野(栃木県)を結ぶ交易の道として使われていたらしい。四差路になっている。


ここで花の出迎えをうけた。
明るい色のシモツケである。


ニッコウキスゲも咲いている。


四差路のうち、流石山方向から降りてきたハイカーがいたので話を聞くと、この峠から流石山にかけてはニッコウキスゲが群生し、地元の人に親しまれているそうだ。
ならばニッコウキスゲが咲く時期にあらためて来てみたいものだ。

時間が迫ってきた。
山歩きの基本としてこの時間はすでに下山していなければならないところだが、今日もまた下山は18時だ。
これから三斗小屋温泉まで1時間半かかる。先を急ごう。
花はウツボグサ(ミヤマウツボグサかな?)。


う~、この道も藪だ。


地図には沢を3本、渡ることになっている。
ただし、地図だと橋が架かっているのかどうかまではわからない。
ひとつ目の渡渉点。幅は2メートルほどで橋は架かっていない。
渡れそうな場所を探して石伝いに向こう岸へ。


実に見事な咲き具合。
これもアカショウマにしておこう。


藪はあるわこんなスリリングな場所があるわ、この道はあまり使われていないようだ。


3つ目の沢も無事に渡り終えた。
これで三斗小屋温泉にぐっと近づいたはずだ。


三斗小屋温泉を示す道標と出合った。
間もなく2軒の旅館に出合うはずだ。


三斗小屋温泉にはふたつの旅館がある。
どちらも旧い木造の建物だ。
いい佇まいである。


渡り廊下でつながった別館。
今日の宿泊客だろうか人影が見えた。


表に回ってみるとこんな感じ。
昭和の初め、いや大正時代か明治時代の建築だろうか?
いつかは泊まってみたい雰囲気を感じさせる。


沢から引いた水飲み場。
水を受ける木の桶がこの旅館の歴史を物語っているようだ。
旅館に断ることなく飲ませてもらった。


次は道標の峰の茶屋と書かれた方へ進む。


もう一軒の旅館、「煙草屋旅館」。
熊見曽根で峰の茶屋跡へ行くには煙草屋旅館の軒下を通る。


三斗小屋温泉から単調な道を1時間ほど歩くとそこにも建物があった。那須岳避難小屋だ。
朝、峰の茶屋で帰り道を確かめたところ、眼下に建物が見えたがそれがこの小屋らしい。
平屋だが中はロフトのある2層式となっていて20人くらい泊まれそうだ。
女峰山の唐沢小屋や白根山の避難小屋のように利用者が置き去りにする荷物はこの小屋には見られず、清潔に保たれている。


避難小屋を離れると道は険しくなる。
歩き始めてからの距離は17キロを超え、疲労が激しい。
この上りが最後なのだと考え、気持ちを奮い立たせる。


視界が開け間もなく峰の茶屋であることがわかる。
ようやくゴールの目処がついてホッとする。


疲れた身体への負担はまだ続く。


え~と、これはなんだったかな?
疲れで思考がままならない。


重い足を引きずりながらようやく峰の茶屋に到着した。
ここまで来ればあとはずっと下りだ。ひと休みして少しでも体力の回復に努めよう。


氷だけを入れて持ってきた水筒に残りの缶コーヒーを注ぎ、アイスコーヒーにする。
ふだんなら甘ったるくて飲む気にもなれない缶コーヒーだが、その甘さが疲れを癒してくれる。山の必需品である。


道も見えなくなるような霧がでてきた。
いつもは霧で道が隠れて迷子にならないだろうかなどと冗談を書くところだが、疲れているので霧を呆然と見ているだけだ。


この辺一帯に成育するガンコウラン。


オトシブミを見つけた。
葉の表面に卵を産みつけ、それを保護するために丹念に折りたたんでこのようにする。
地面に落とすようにするのは枯れ草に潜り込ませて他から守るためなのかもしれない。
しかしときにはその作戦が失敗し、人が歩く道の上に落とすことがあるようだ。
踏んづけられないように林の中へ放り入れた。


なんとか登山口にたどり着けた。
いつもながらの身体が悲鳴を上げる山歩きが終わる。


広い駐車場に車は数台しか残っていない。
こんな時間なんだから当たり前だな。


今日歩いたルートと前回、6月20日歩いたルートを地図上に再現した。
青い線が6月20日、赤い線が今回。
那須連峰あるいは那須岳は茶臼岳、朝日岳、三本槍岳を総称した呼び名だが、これらの山、単体で登っても楽しいし、縦走すればもっと楽しい。
それに加えて、大回りするルートもあってこれはこれで楽しい、というか1周20キロあるので自分の脚力を確かめられるのでいいのではないかと思う。今日はそれを実践した。


今日歩いたルートの断面図。
那須連峰の最高峰は三本槍岳の1916メートルなので登山口との標高差は450メートルと小さいが、ぐるっと大回りするとかなりのアップダウンを経験する。
その累積標高は1816メートルに達するから厳しいと言ってもいいであろう。

茶臼岳・三本槍岳・朝日岳、那須連峰3座縦走。大展望にうっとり。

2017年6月20日(火) 快晴

峠の茶屋P(8:20)~峰の茶屋跡(9:09)~茶臼岳(9:46/10:00)~牛ヶ首(10:40/10:50)~ひょうたん池~姥ヶ平下(11:33)~水遊び~沼原分岐(12:26)~三斗小屋温泉(12:46/12:56)~隠居倉(14:21/14:30)~熊見曽根東端(14:45)~三本槍岳(15:50/16:00)~熊見曽根東端(16:37)~朝日岳分岐(16:47)~朝日岳(16:51/17:00)~朝日岳分岐(17:09)~峰の茶屋跡(17:33)~峠の茶屋P(18:06)

山で人と出会って話をすると、日光に住んでいることをとても羨ましがられる。
それらの人たちは茨城県や千葉県の自宅を朝早く出発し、2時間も3時間もかけて日光にやってくるという。
そうか、日光に住んでるってのは山歩きをたしなむ人にとってそれほど羨ましいことなのか。山歩きの経験のほとんどを日光で積んでいる管理人には、それは驚きであった。
恵まれている反面、あまりにも便利すぎて日光の山の他に目が向かないというのが10数年、続いた。

昨年10月、分水嶺の山に興味をもち福島県境にある帝釈山と田代山に登った際に、すぐ近くに会津駒ヶ岳の登山口があるのを知った。日本百名山である。
管理人、百名山に興味はないのだが、帝釈山よりも30分も近い距離に会津駒ヶ岳の登山口があるのを知って俄然、興味を持った。それなら登ってみようと。

初登にもかかわらず、会津駒ヶ岳の雄大さにすっかり魅せられて2週続けて登った。今年は先月登ったばかりだ。
遠方までずっと見渡せるなだらかな地形は、深い樹林帯を縫って急斜面を登っていく日光の山と違って開放感に溢れている。とにかく素晴らしいのだよ。
消費したエネルギーで満足度を割り、1単位当たりの満足度を比較してみれば会津駒ヶ岳の方が日光の山に比べてはるかに大きい。あっいや、そんな面倒なことをしなくても、同量のエネルギーを消費するならば、歩きながら景色が見えるかどうかは山を登る楽しさに大きく影響してくるというものだ。

難点は移動時間が長いことそれに尽きるが、茨城県や千葉県から日光にやってくる人のことを考えてみれば、気に入った山を目指すのに、日光から3時間かけて会津へ行くのを惜しむのはあまりにも心が狭いといえる。
日光の山だけで人生終わりにするのはもったいない。見聞を広げ、心をもっと豊かにしよう。
帝釈山と田代山は分水嶺の山に登るという明確な目的があったので3時間という長い移動時間も厭わなかった。そして、慣れた。
会津駒ヶ岳は2時間半だが三度も通って、やはり慣れた。
狎れはいけないが物事に慣れるのは人生を円滑にさせる(なにを言っておるのか)。

さて、那須の山のことである。
那須にいる仕事仲間を訪ねるのに、とても遠いと感じていた。
これが同じ栃木県なのかと思うほどだった。
だが、福島県の山に慣れてしまったら怖いものはなくなった(笑)。那須に親近感さえ覚えるようになった。
なにしろ登山口まで2時間で行けるのだ。日光の山にはおよばないが会津よりは近い。

17日に布引滝ツアーをおこなった以後の週間予報だと、20日は天候が安定するとあった。
仕事はないし、ここは当然ながら山歩きに充てるべきであろう。
すでに下見は済ませてある。といっても、確認したのは車での移動時間と駐車場の場所だけだが、、、

茶臼岳を中心とする那須連峰を地図で見ると高低差は小さいようだ。
日光でいえば鳴虫山くらいの高低差と読めた。
初めてなので茶臼岳と朝日岳の2座に登れればいい。しかし、この2座だけだと4時間もあれば行って帰ってこれるようだ。
ふだん8時間ないし10時間、歩いている管理人にはやや物足りないと感じる。せめて6時間か8時間は歩きたい。ここで頼りになるのは昭文社「山と高原地図」だ。地図上にコースが赤線で描かれているし主な区間ごとの所要時間までわかる。
あれこれ組み合わせて8時間にしたのが冒頭の行程表である(ただし、三本槍岳は現場で付け加えた)。

予報によれば天気が崩れる心配はないらしい。雷や風のことはわからないが、予報を信じて出かけてみよう。


湯本温泉を抜ける県道17号線は茶臼岳の登山口となるこの大駐車場で行き止まる。昭文社「山と高原地図」には、ここは「峠の茶屋」と表記されている。栃木県内からのアプローチとしてはここがもっともスタンダードな登山口のようだ。
もっとお気軽に登ろうとするならば、駐車場手前にあるロープウェイを利用すればわずか40分で山頂に立てる。
他にも登山口が多数あるし、福島県からのアプローチもある。茶臼岳はとても便利なのである。


トイレを左に見ながら駐車場の奥へ進むと石垣に挟まれて階段があり、ここを上がったところが茶臼岳の実質的な登山口である。
トイレの手前から上り始めれば茶店があるのでなにかが買えるようだ。自販機は数台見た。


階段を上がりきり木立の間を歩いて行くと右手に登山届けを提出するポスト兼登山指導所の建物がある。画像はその建物の脇から撮った。
柱に那須岳登山口と刻んであるが単体の那須岳というのは存在せず、茶臼岳、朝日岳、三本槍岳などの総称を指しているらしい。
地図を見ると茶臼岳のすぐ南に南月山、日笹山、黒尾谷岳というのもあるのでこれらも那須岳に含めてよさそうだ。


鳥居をくぐったところで赤いずきんを被った狛犬の出迎えをうけた。
うむ、ただならぬ雰囲気。荘厳な気持ちになる(笑)


日光ではお目にかかれないが、おそらくムラサキヤシオだと思う。


歩き始めて20分もすると樹林帯を抜けて視界がパッと開ける。周りは山だらけ。素晴らしい展望だ。
右前に見える山の方角を確かめると朝日岳のようだ。


うっひょ~、すげ~!
前方が丸見え(笑)
こんな展望、日光ではあり得ない。


コース脇には植生保護のためロープが張られていて中には入れない(立ち入って写真を撮っているハイカーもいたが)が、白いイワカガミの小群落があった。おそらくヤマイワカガミだと思う。


なにやら建物が見えてきたがあれは避難小屋か?
昭文社「山と高原地図」によれば峰の茶屋跡避難小屋とある。
それにしてもなんだな、この荒々しさは火山そのものといった感じだ。木1本生えていない。


避難小屋の右は先ほど見た朝日岳。先ほどとはずいぶん形が違う。


これが避難小屋だが日光の避難小屋と大きく異なるのは縦走の中継点として泊まるという利用はできないことだ。
あくまでも非常事態たとえば、いま落雷が発生しているとか風速数十メートルの風が吹いているとか、登山道を遮断するような大雨が降っているとか、遭難者が発生したときにここに駆け込むためのものだそうだ。
ただし、休憩は可能らしく、管理人が中を覗いたところ、大勢の登山者が談笑中だった。


避難小屋の前で道は南北にわかれ、右(北)へ向かうと朝日岳、左へ向かうと茶臼岳に行く。
今日の管理人の行動予定はこの両座の他に三斗小屋温泉というのを組み込んである。那須連峰では有名な温泉らしく、旅館があるそうだ。
写真で見ると歴史を刻んだ木造の建物らしく、とても情緒がある。泊まる計画ではないのだがそこをぜひ見てみたいと思う。それが冒頭に書いた行程表である。
なお、行程表には三本槍岳が含まれているが当初の計画すなわち登山届けには入れていなかった。この辺の事情は後ほど。


遠くに実にきれいな山並みが見える。
コンパスで方向を確認すると北西に位置している。
昭文社「山と高原地図」を広げて北西にある山を探すと栃木県と福島県との県境に流石山、大倉山、三倉山が見つかった。山容から判断してこの3座に間違いないらしい。
ちなみに距離は約4キロ先。


茶臼岳には各所にこのような木の柱が設置されている。
なので自分がいま、どこにいるかがわかる。
なのだが、矢印が示す方へ行こうとしてもどっちに進めばいいのかがよくわからない。
茶臼岳は噴火によって盛り上がった山であり、いまでも活動している。地面は火山岩と火山礫で木が1本も生えていないため、ハッキリした道ができにくいのだ。
全体も茫洋としていて山頂がどこなのかもよくわからないという不思議さだ。


周りを見回すと石の鳥居があったのでくぐって進むと石の祠がある。
那須岳神社だ。
なのでここが山頂かと思いきや、山頂を示す柱は別の場所にあった。


おっ、ようやく山頂に立てた。本日の第1座目である。


先ほどよりも標高が高いせいか流石山、大倉山、三倉山がよりハッキリ見える。
ではこれから三斗小屋温泉に向かうことにするが、最初の目標地点である「牛ヶ首」への道がよくわからない。
う~む、なかなか手強いぞ茶臼岳は。
ハイカーは大勢いるのだが道を尋ねるのを潔しとしない頑迷さのある管理人だけに、自力で牛ヶ首への道を探したいと思う。


ようやく探し当てたのはロープウエイ発着駅に向かうこんな立派な道であった。


お~、あったあった!


牛ヶ首への道は見通しが良く、実に快適である。


イワカガミ


ヤマイワカガミ


牛ヶ首に到着。


地図を見るとここで道は3方向に分岐している。
北に向かうと茶臼岳の西側を通って避難小屋に行ける。南への道は南月山の他に白笹山、黒尾谷岳に向かっている。
画像は茶臼岳の西側を通る道。


管理人の次の目標地、姥ヶ平へ行くには西へ向かう。
ここから俯瞰すると、少し北に向かって下ると分岐があってそこを左に折れると姥ヶ平へ行けるように見える。


姥ヶ平への下りをよく見ると広場になった場所がある。
かなり広くテーブルとベンチまである。
地図には湿地帯記号になっているが、まさにここから見るあの広場がそうなのであろう。湿地帯記号の少し北には池の記号が描かれているがここからは見えない。


これもムラサキヤシオだと思う。


まさにツツジそのもの。
ミヤマツツジともいうそうだ。


アズマシャクナゲはまだ堅い蕾だった。


間もなく咲こうというベニサラサドウダン


ひょうたん池への分岐。
往復400メートルなので時間の無駄にはならないだろう、行ってみよう。
地形は平らなので時速4キロで歩くとして400メートルなら6分という計算。


なかなかいい雰囲気のアプローチだ。


木道の行き止まりはテラスになっていて池を見下ろせる。
まっ、一度見ればいいでしょうといった大きさ。


ツマトリソウ


オオカメノキはほぼ終わりだ。


ここで道は南北に分岐する。地図にある「姥ヶ平下」だ。
ここは予定通り三斗小屋温泉に向かうことにする。


大きく特徴ある葉っぱはエンレイソウ。花はついていない。


マイヅルソウだが今日廻ったコースは群落がいくつかあったし、日光で見るマイヅルソウよりも葉っぱが大きいことに驚く。


道を横断するようにして小さな沢が流れている。
水は透明でゴミひとつない。流れが飲んでほしいと訴えているように見える。
当然ながら飲む。旨い!


今度は幅3メートルほどの沢が流れている。ここも水がきれい。
足が蒸れて靴とこすれるようになったので引き締める意味で素足になって水の中へ。
う~、冷たい。2分ほど浸したのが限度。


ヤブレガサですかね?


ここで再び、道はT字に分岐する。
今度は東西に分かれている。


サラサドウダンツツジ


イワカガミの小群落


マイヅルソウの群落


木立の間を抜けると突如として建物が出現した。
なるほど、これが三斗小屋温泉の旅館か。
「大黒屋」と「煙草屋」の2軒が並んでいる。
江戸時代は山岳信仰や会津へ行く旅人でたいそうな賑わいを見せ、明治初期には5軒の旅館があった、、、と近くの説明板にある。


さて、管理人はこれから朝日岳へと向かうわけだが、道は煙草屋旅館の入口をかすめてついている。
いいですな~、この感じ。


昔は参道として使われていた名残か、常夜燈がある。


三斗小屋温泉神社入り口の木の鳥居


神社が建つ樹林帯を抜けると視界が開ける。


ベニサラサドウダン


前方に立ち上るのは噴煙か水蒸気か。


うふぉっ、すごい。
溶岩が噴出してもおかしくない雰囲気。
そこは旅館に温泉を引いている源泉であった。


ここは辛かった。


南の方角に湖のようなのが見えたのでズームしたところ、沼原湿原の入口にある調整池だった。


茶臼岳を西側から眺める。


急斜面を登ると隠居倉に到着。
ピーク状になっていて地図には標高点1819と描かれている。


あのプラミッド状のピークは朝日岳であろう。いい眺めだ。来てよかった。
さてさて、間もなく午後2時。
ふつうなら下山に取りかかる時刻である。
が、、、空は朝と変わらず雲ひとつない快晴である。
雨はおろか雷の心配はまったくない。
那須は日光と同じ栃木県内とはいえ、自宅から車で2時間もかかる。
予定の行程はこの後、朝日岳に登って下山することになっているが、ここから1時間歩けば那須連峰の最高峰、三本槍岳に立てるのだ。
往復2時間を加えても日没にはなるまい。
後日、出直すとしても、それはいつになるかわからないぞ。
チャンスはいまだ!!


ここにもヤマイワカガミの小群落が。


ミツバオウレン
他の植物と混成しているため特徴である3枚葉が隠れているが間違いないと思う。


隠居倉から先は熊見尾根と名前がついていて、800メートルほど進むと三本槍岳への分岐がある。
分岐を北に向かうと地図の湿原記号、清水平である。


ここも視界が開けた道で快適に歩ける。
正面に見えるなだらかな山が目指す三本槍岳。
名前は尖っているが実際は実に穏やかな形をしている。


つ、ついに那須連峰の最高峰に立つ。
展望はほぼ360度と素晴らしいのひと言。
こんな時間なのでハイカーはいないだろうと思ったらカップルが1組、食事をしていた。


三本槍岳から先は福島県に抜ける道があるがそれだと帰れない。
どうしてもピストンせざるを得ない。


南へ下って「朝日の肩」まで来るとこれも荒々しい朝日岳が眼前に見える。
とはいえ、登るのに10分しかかからないらしい。


3座目の朝日岳。
茶臼岳と同じく噴火によって盛り上がった山らしいが形はハッキリしている。


すぐ脇にゴジラの背のような岩が連なっているのが気になったが、岩登りができるような構造にはなっていなかった。


朝日岳からの帰路、避難小屋へ向かう道はエッと驚くような岩の脇を通す。
危険というわけではないのだが日光の山でいえば足尾の庚申山を彷彿させる荒技である。


これは剣ヶ峰かな?


いや~、凄いもんだな!


日光の山では見たことがないが、たぶんウラジロコヨウラク。


峰の茶屋跡避難小屋が見えてきた。
朝は左に見える緩やかな斜面を歩いて小屋前に出て、それから茶臼岳に向かった。


朝は中に人が大勢いたため遠慮したが誰もいないこの時間なのでゆっくり見てみた。実にきれいに利用されている。手前にも部屋があって非常時には50人は入れそう。


茶臼岳の見納め。


こちらはいま降りた朝日岳。


東に向かって朝歩いた道を進む。
時間が許せばもっと長居をしたい気持ちだが、車での移動時間が長いので居眠り運転をしないためにも限度となる時間だ。


それにしても凄いものだな、那須の山は。火山そのものだ。


火山帯の道を過ぎると樹林帯の中に入るが距離は短く、駐車場までは近い。


鳥居をくぐり抜けとすぐ左に登山届けポストの建物がある。
時間は18時を回った。


朝の混雑がうそのように大きな駐車場は閑散としていた。


今日の歩行距離は20キロ。休憩を含んで10時間だが疲れるほどではなかった。
登山口とそれぞれの山頂との標高差は500メートルしかないし、アップダウンも多くはない。ロングトレッキングというに相応しいルートなのだ。
福島県の会津駒ヶ岳も素晴らしかったが那須の山もよかった。いっぺんに気に入ってしまった。


茶臼岳から先、牛ヶ首まではハイカーがいたが、その先はひょうたん池の手前でひとりと三本槍岳の山頂でカップルを見かけただけだった。
思うに一般的にはロープウエイあるいは峰の茶屋避難小屋から茶臼岳を目指し、茶臼岳の西側を歩いて同じ場所に戻るというパターンが多いのかもしれない。朝日岳はそのオプションという位置づけではないのだろうか。
ましてや牛ヶ首から先、三斗小屋温泉へは距離が長くまた、樹林帯であるため見通しが悪いのであまり利用されていないのではと思う。

いずれにしても花の季節のこの快晴の下、人の少なさはありがたかった。
行きたい山がどんどん膨らんで、日光の山から遠ざかる一方の管理人なのである。
このブログの名称も変えなくてはならないか?(笑)

天上から静かに舞い落ちる華麗な滝、布引滝へ。

2017年6月17日(土)

スノーシューツアーが終わって以後、初めてのツアーである。
管理人が運営しているスノーシューのホームページやペンションのホームページをつぶさに見てもこのツアーは探せない。
つまり、日頃からコンタクトをとっているリピーターのための、非公開ツアーなのである。

スノーシューツアーは距離も時間も短いので初めて参加する人も歓迎しているが、6時間も7時間もかかりその上、急斜面のアップダウンがあるツアーだと脚力の知れない人を誘うのは躊躇う。どのようなアクシデントがあるかわからないからだ。

今日おこなった布引滝ツアーもそのひとつで、長い林道歩きを避けるためにあえて林の中の急斜面に入り、ショートカットすることで距離と時間を短縮する必要がある。丸太で組んだ階段は朽ちており、バランスを崩すと転倒する恐れがあるし、岩の上を歩くには慣れを必要とする。不本意ながら参加してもらうのに条件を付けざるを得ない。

その条件というのがリピーターすなわち、過去に管理人が主催するツアーに参加したことがありなおかつ、それなりの脚力と精神力を有している人、ということになる。
今日は今年2月、スノーシューツアーに参加してくれたHKさんをご案内することになった。
スノーシューツアーでお会いしたのが初めてではあるが、安定した歩きは他にスポーツをたしなんでいると判断した。

今日の記事ではいきなり2度目のショートカットから始まる。
1度目のショートカットは30度もある斜面を登るのに、同行のHKさんのことが気になり、写真など撮っている余裕がなかったというのが正直なところだ。
その斜面を難なくこなしたHKさんを見て、ここに来てようやく写真を撮る余裕が出てきた。


2度目のショートカットはガレ場から始まる。
ガレ場が終わると笹原に変わるが安定性に変わることのないHKさん。


コンパスで狙ったとおりの場所に出るとそこが3度目のショートカット入口である。


すべてのショートカットを終えて車道の上に出るとそこに、日光連山をバックにした布引滝の展望台がある。
歩き始めでいきなり急斜面のショートカットを強いられてさぞ面食らったであろうHKさんだが、この展望の良さとまったりした空気に、爽やかな笑顔を見せてくれた。


展望台をあとに車道を進むとやがて道は尽き、そこに木製のテーブルとベンチが置かれた広場がある。
布引滝への入口部分である。
広場には鉄骨で組まれた大きな櫓が建っていた。
聞くと斜面の崩落が激しいため工事を始めるらしく、そのための資材などを運搬する設備らしい。


ここで道は布引滝と富士見峠にわかれるので布引滝へは直進する。
直角に右に曲がると富士見峠に行き、女峰山と小真名子山に登ることができる。


布引滝へは分岐からかなり急な下りとなる。
急だから歩きやすいようにと丸太で組んだ階段が敷設されているのだが、年月の経過に伴って土はえぐれて段差が大きいわ、丸太は朽ちて傾いてるわでとても歩きにくい。自然の中に設置した人工物の維持管理の難しさが表れている。


朽ちた階段を下り終えると歩きやすくなる。
さらには小さいがゆえに地図に描かれない沢が数本流れている。流れは清冽である。


2回目の渡渉。
水深は5センチくらいなので足を濡らす心配はない。


3回目の渡渉。
ここも地図には描かれていない。


バイケイソウの群落の間を縫って歩く。
和名は梅慧草。花はまだついていない。
茎が伸びて先に梅に似た花をつける。


丸太の階段の次は岩畳。岩畳からロープを伝って降りるとようやく野門沢に降り立つことができる。布引滝の最上部が見える。
これからしばらくの間、河原の大きな岩を縫いながらあの滝を目指す。


沢はここで行き止まり、目の前に落差10メートルほどの小ぶりな滝が落ちている。布引滝の末端部分だ。
目標とする布引滝本体はこの壁の上だがここを乗り越えるのは無理。
この手前にロープがあるので高巻きする。


沢の左岸にかかっているロープを頼りに急斜面を登っていく。


マイヅルソウ


ロープが終わって平らになった。
シロヨメナの間を縫って行くと、、、


そこにとてつもなく大きな滝が出現して訪れる人の度肝を抜く。布引滝の本体である。


落差は120メートル。華厳滝を凌ぐ大きさだ。
カメラを縦に構えてようやく全体が収まる。


露出を変えてもう一枚。


HKさんは健脚である。
ゲレンデスキーの長いキャリアがあり、ボードもこなすという。
山歩きは始めて間もないらしいが何ごとも前向きに取り組むスタイルなので上達も早いはずだ。これからの成長を応援して差し上げたい。


HKさんに撮っていただいた。


滝の上部をズームで撮ったところだがものすごい飛沫。水量の多さと流れの強さがわかるというもの。


石伝いに渡渉して滝に近づいてみたが、降りかかる飛沫でこれが限界。これより先は水浴びをするようなものだ。
昨年、管理人がソロで訪れたときに気づいたのだが、これだけ水量が多くまた落差が大きいのに妙に静かであることを不思議に思ったものだ。
それがここへ来て理解できた。
流れは滝壺に直接落ちているのではなく、大きな岩に当たってから滝壺に入っている。岩が消音効果を果たしているようだ。

ここでHKさんと二人っきり、滝を眺めながら至福の昼食を、、、という目論みであったが天はそんな管理人の心を見透かしたのか、そうはさせてくれなかった(泣)
布引滝がある栗山(日光市)は、豊かな自然を利用したさまざまな自然体験ツアーをおこなっていて、今日がその日だったようだ。
衆人環視(といっても7人だったが)の下で黙々と菓子パンをほおばる管理人であった。
5秒でくりやま


ネコノメソウ
花がふたつ横に並んで咲く様子が猫の目に似ていることから名がついている。


ズダヤクシュ
長野県の方言の喘息薬種(ぜんそくやく)が転じたと図鑑にある。


HKさんに気に入ってもらった苔むした岩海。
往きはさっと通り過ぎてしまったが映画のシーンに相応しいような景観と出合い、それが心にしみ入る。


沢の流で喉を潤すHKさん。
この水は無味無臭、冷たくて旨かった。
沢水には清濁あって、場所によっては細菌で腹を下す場合がある。
ではどんな沢なら安全なのかといった見極めはとても難しく、自分の感覚に頼るしかない。ひとくち、口に含んでなんらかの味がするとか臭いがあるといった場合は飲み水には適していないと考えるべきである。
管理人の場合、沢幅が広く緩やかな流れは水温が高く細菌が繁殖しやすいので飲んだりしない。沢岸の流れの弱い場所に泡が立っているのは富栄養化でプランクトンが繁殖しているためなので論外。近くに寄っただけで臭いを感じる。
あちこちにシカを見る場所も不適である。シカが沢を横切ったり水を飲むような場所には細菌が繁殖している可能性が大きいとみるべきである。


やがて、遊歩道という名の段差だらけの道は終わりとなり、工事中の広場にたどり着いた。


展望台から下に向けてのショートカットも上手くいった。


ここまで管理人がなんら不安を感じることなく着いてきてくれたHKさん。
ショートカットはあと1箇所を残すのみとなった。

沼原湿原散策と那須の視察

2017年6月11日(日)

次回のためのメモ
那須連峰を歩くための交通、登山口の確認と近くの沼原(ぬまっぱら)湿原の散策。
お客さんをガイドすることを視野に入れ、混雑状況を把握するため、あえて快晴の日曜日を選んだ。

茶臼岳登山にもっとも便利な那須ロープウエイ山麓駅。
駐車場は3箇所あるがどれもほぼ満杯状態。
山頂直下まで5分で到着し、そこから山頂へは30分程度で行けるらしい。
ロープウエイは20分間隔で運行しているが、観光客らしき手ぶらで乗り込む人の方が多かった。
道路はここからさらに上へと続いていて、行き止まりが茶臼岳に徒歩で登るための登山口らしい。


道路の行き止まりから階段を5分ほど上ると「那須岳登山口」に達する。
那須岳とは茶臼岳、朝日岳を筆頭にいくつかのピークの総称で、単体としての那須岳は存在しない。最高峰は福島県境の三本槍岳で1916.9メートル。


登山口手前に登山指導所があって登山届けはここにあるポストに投函するが、用紙はなかった。
単独行動でなおかつ人っ子ひとりいない山に入ることが多い管理人は登山の際、あらかじめ届けを3通作成し1通は自宅、1通はポスト、1通はザックに入れておく。
こうしておけば管理人の遭難はまず、家人が気づく。家人は警察または消防に届けを出すであろう。警察、消防は山中に倒れている管理人を発見し、身元を確かめるために管理人のザックの中をあらためるはずだ。その際、登山届けが入っていればそれで身元が知れる。
こうすることで管理人の遺体は速やかに家に届くことになる。とまあ、そこまで緻密に考えているわけではないが、遭難時における発見、救助(あるいは遺体搬送)の効率は上がるであろう。


ベニサラサドウダンが深紅の花で迎えてくれた。


登山口をあとに元来た道を車で戻って町営の那須温泉ファミリースキー場へ。
今年3月、雪山訓練に来ていた県内の高校生ら8人が大規模な雪崩に巻き込まれて亡くなった現場である。慰霊所が設置されているので向かった。


茶臼岳を見上げる公園風の広場に献花台が置かれ、亡くなった高校生にために花やスナック類が手向けられていた。


遭難の状況を知りたくて現場となったスキー場に行ってみた。
ゲレンデはこの時期、地元のアウトドアスクールによるパラグライダー教室がおこなわれていて、数人の受講生がランディングの練習をしていた。

こんもりした大地が茶臼岳の一部(東面)で、中央に見える出べそのようなのが「天狗の鼻」と呼ばれる大きな岩(たぶん)。高校生達はスキー場のゲレンデから離れ、画像の真ん中当たりの林を尾根に向かって急斜面をラッセルしながら上って尾根に達し、さらに天狗の鼻に向かって進んでいたときに、天狗の鼻から落ちてきた大量の雪に埋もれたのだ。

ここから見ると天狗の鼻の斜面に木々がないことがわかるが、地質が溶岩であるために大きな植物は育たないのであろう。あるいは雪崩の常習地帯となっているために木々が生えないのかも知れない。
傾斜も30度くらいあるから雪崩が起こりやすい斜面といえる。と、素人の管理人にもその程度の知識はある。絶対に近寄りたくない地形だ。


遭難の現場をあとに沼原湿原に向かう途中、那須高原ビジターセンターがあったので立ち寄ってみた。
展示・解説コーナーがあるのは管理人の地元・湯元ビジターセンターと同じだが、建物は近代建築を思わせるようで実に立派だ。
しかし、茶臼岳の賑わいをよそに訪問者が少なかったのは、茶臼岳までまだ道のりがあるという立地のせいなのだろうか。


車を「一軒茶屋」の交差点まで戻し、板室方面に右折すると別荘地を縫うようにして道が続く。板室温泉の近くでさらに右折すると本格的な山道となり、行き止まりが沼原湿原の遊歩道入口だった。
緩やかに下っていくと湿原の際に出た。


湿原入口に設置されている説明板。
さあ、どんな花が見られるのか楽しみ。


南北に細長い湿原は植生保護のため木道が敷設され、湿原を一周できるようになっている。


ツボスミレ


ハルリンドウ


南北に細長い湿原は北方面の視界が開けている。
中央に見えるのは福島県境の1800メートル峰、右から流石山に大倉山、三倉山らしい。


カラマツの雌花を見つけた。


ズミも目立った。


カエルの卵らしい。


ほう、ここから三斗小屋温泉に行けるんだ。いつか挑戦しよう。


一周を終えて駐車場に戻るとトイレの脇に茶臼岳への道標があるのを見つけた。
地図と見比べてみたが複数のルートがあるようだ。
いずれ歩くことになるだろう。

女峰山、黒岩尾根ルート。10年ぶりだがこのルートの厳しさをあらためて実感する。

2017年5月19日(金) 晴れすぐ曇り

行者堂(5:40)~稚児ヶ墓(6:47/6:52)~水場(7:15/7:20)~八風(8:38)~黒岩(8:56/9:05)~唐沢小屋(10:48/11:05食事)~女峰山(11:46/12:26食事)~P2318(13:06)~一里ヶ曽根(13:35)~P2209(14:04)~奥社跡(14:09/14:15)~赤薙山(15:03/15:13食事)~焼石金剛(15:26)~小丸山(15:50)~キスゲ平(16:20/16:55発のバスで帰宅)
行者堂~女峰山:6時間06分、女峰山~キスゲ平:3時間54分(往復とも休憩多数)
車は行者堂近くの滝尾神社にデポ。下山後、バスで帰宅して引き取る予定。



今や女峰山登山のスタンダードとなったとはいえ霧降からのルートは決して楽とは言えない。
スタート地点の標高は1340メートルなのに対して山頂は2483メートルだから標高差は1140メートルもある。男体山は標高差1200メートルなので厳しいとされているが、一方的に上っていく男体山に比べて女峰山はアップダウンを繰り返しながら上るため、標高差だけで単純に比較したのでは本当の厳しさが見えてこない。
そこで累積標高という概念を取り入れて比較すると、女峰山の方がはるかに厳しいことがわかってくる。
この辺のところはこちらで→「山の厳しさの指標として、累積標高について考えてみた

今日の行者堂から上り始める黒岩尾根ルートは、霧降ルートを上回ってさらに600メートル余計に登る。大盛りどころか特盛りなのである。
とにかく標高740メートルから歩き始めて2483メートルの山頂まで、1740メートルも登らなくてはならない。累積標高も霧降ルートより大きい。
したがって敵は急登、露岩、ガレ場、雪と、手を変え品を変えて登山者を待ち構えている。サービス満点、心してかからなければならない。

この日、管理人は前日のウォーキングの疲れがまだ残っていたのか、黒岩を過ぎて間もなく、足に来た。急登に次ぐ急登で管理人もこれが限界かと思うほどだった。
周りの景色を眺めたり植物などを観察しながら歩いたが、とにかく苦しかった。
元気になったのは雪が現れてからだ。
今日は雪が残っているうちに女峰山に登っておきたいという単純な動機なので、唐沢小屋の手前で雪が現れたときは嬉しくて救われた気持ちになった。管理人の前世は池の中に住む河童に似て雪がなくては生きていけない生物なのかもな(笑)
もっとも、雪が現れてからは急登が緩斜面に変わったのでそれで元気になったとも言えるのだが。

まっ、それはさておいて、登頂までに6時間もかかるこのルートは健脚向きと言えるが管理人は決して健脚ではない。なのにあえて挑戦し、歩ききれたのは自分の脚力を知り、ペース配分を心得ているからだと思う。
いい景色に出会えたら立ち止まって写真を撮ったり地図でその場所を確認したり、小腹が空いたら菓子パンをかじったり、電波が入る場所ではメールやフェイスブックをチェックしたりと、とにかく休みを多めにとる。無理はしない。
疲れたときは息を抜き、体力の回復に努める。それを繰り返しながら目的とする山に近づいていく。日没は覚悟しているが注意して歩けば大丈夫だ。
体力の落ちたハイカーが山に登り続けるためにはいろんな工夫が大切なのだよ。

今年は女峰山を極めることを目標に、最低でも5回(これは昨年の実績)、あわよくば10回は登りたい。日光市に属する山でなんど登ってもいいと思うのが名峰・女峰山なのである。
これほど厳しくも楽しい山は他にないというほど、惚れ込んでいる。その姿を腕や背中に刻んでもいいとさえ思う。
実は他に大真名子山や小真名子山といった展望に恵まれた山があるのだが、登山口への道が閉ざされてしまってからというもの、登る気力が失せてしまった。日光を象徴する山、男体山は二度も登っているから十分だ。
それらの要素が管理人を女峰山へと向かわせているのだと思う。あっ、それと福島県の会津駒ヶ岳ね。
今年はこのふたつの山に特化して、全身全霊をそそいで登るつもりだ(できればの話)。

そして今日がその第2登目だった。

※10年前の同じルートの記録→こちら
※最近の記録(ただし逆回り)→こちら

最近の記録というのは2015年5月20日なので今日と一日しか違わないが、比較すると花の咲き具合がまったく違っている。
今年は雪の降り始めが遅く、その分、遅くまで雪が残っていて花の咲き出しが遅いようだ。

黒岩尾根ルートの登山口となる輪王寺行者堂(んっ? ピンぼけだな)。
ここへ来るにはマイカーだと史跡探勝路になっている滝尾神社に車を置いて徒歩10分。電車の場合だと日光駅からバスで東照宮まで行き、参道から二荒山神社を抜けてここまで20分くらい。


お堂の裏に回り込むとようやく、ここが登山口であることがわかる。
登山届けのポストはこの右側にある。


直径2メートルはある巨大な檜(たぶん)。
御神木たるに相応しく堂々としている。


うっそうとした檜林の斜面を上がっていく。


登山道は一旦、管理道路と交わるが中央に見える赤いプレートからすぐまた檜林へ入る。


厳しい登りですぞ!


殺生禁断境石と刻まれた大きな石の柱がある。
徳川家光が出した殺生禁断令と関連があるらしいがあまり詳しいことは知らない。
ここまで来るのにかなり汗をかいたのでウインドブレーカーを脱ぎ身軽になった。檜の林の中なので日差しは遮られるがそれでも暑い。今は薄手の中間着とその下にfinetrackのスキンメッシュ。finetrackは汗を吸い取る機能に特化した透き通るほど薄い生地なので実質は中間着1枚と同じ。


殺生禁断境石まで急登を強いられたがここで一旦、傾斜が緩くなった。
息を整えるのにちょうどいい。


貧弱だがツクバキンモンソウかな?


檜林から脱出すると青空が広がっていた。
正面に今日のお目当てとなる女峰山が見える。


この辺りからヤマツツジの群落が始まる。
まだ蕾だが数が多く、咲くと見事だ。


稚児の墓。
いつの時代にか将軍に寵愛された稚児なのだろうか?


トウゴクミツバツツジ


広大な笹原の中の登山道。
こうしてあとから画像で見るとじつに気持ちよさそうだが、傾斜はかなり厳しい。


このルートにも水場があるのだが、、、、


急斜面を降りると水場。
ただし流れは弱く、というよりはほとんどなく、どちらかといえば水たまり。
手ですくって飲むにも水深が浅いし、流れが弱いせいか枯れ葉などの堆積物が溜まっていて飲むのは躊躇う。
どうしても水が必要なときは浄水するか煮沸した方が安全であろう。


振り返って関東平野を眺める。
ここに来ていつも思うのだが、この笹原が雪に埋もれたら広大なスノーシューフィールドになるはずだ。思いっきり駆け回ってみたい。
しかしその機会はいまだに訪れることがない。


タチツボスミレ


広大な笹原が終わると芽吹いたばかりのカラマツの林に代わる。


「水呑」と刻まれている石柱。修験道として使われていた頃の名残。
ただし、周りに水が湧いているわけではなく、先ほどの水場への道しるべとしての存在なのかもしれない。


修験者による夏の修験の場所だったそうだ。


アカヤシオの登場


ウヘッ、とんでもない急傾斜。


先ほどよりも男体山が大きく迫ってきた。女峰山よりも男体山に近づいているといった感じだ。


荒々しい露岩の上に立つ道標、八風。
ここも修験で使われた場所だそうだ。


このルートは修験の跡がいくつも残されている。
これは「落葉松金剛」。古い石の祠(金剛堂)がある。


リンドウ


標高1913メートルの黒岩に着いた。
谷底からごうごうというものすごい音が上ってくる。姿は見えないが雲竜瀑だ。
ここまで来るのに3時間以上かかっている。
しかもまだ標高は2千メートルに達していない。女峰山までまだ500メートル以上、登らなくてはならない。
道標の右に見えるピークは一里ヶ曽根(2295m)で、霧降から登る場合に通過するが女峰山まで2時間という位置だ。
対してここからだとあと3時間かかるからこのルートの厳しさがわかるというものだ。


ここからまた急な上りになる。
もう嫌になるな。ウンザリする。
なぜこんなに辛い思いをしてまで女峰山に登らなくてはならないのだ。その答は冒頭に(笑)


遠方に女峰山が見えた。
中央のピーク左に雪が載った小さなピークが見えるだろうか、あれが女峰山。
中央のピークは2359の前女峰山で、修験が盛んだった頃は錫杖嶽と呼ばれていたらしい。ただし、地図には標高が描かれているだけ。また、女峰山に登るのにあそこは通らない。


ズームで撮るとこんな感じ。ピーク2318へ向かって稜線が続いている。
雪はまだたっぷり残っている。


歩き始めて4時間、標高2030メートル辺りまで来て足が急に重たくなってきた。
空腹ではないし、この重たさはなんだ。
会津駒ヶ岳が終わってから数日、雨続きで外出もできなかったが、昨日は雨の降らない一日だったので今日のためにと近所を約8キロ歩いた。その疲れが今になって出たのだろうか。


厳しい上りは続く。
こんなときは周りを観察しながら、とにかくゆっくり歩く。


鮮やかな橙色。
地衣類のダイダイゴケ(?)が岩に付着しているのだと思う。


シャクナゲの花芽


ここも修験の場だったところ。


女峰山は隠れて見えなくなり、代わりに白根山が望めるようになった。


小石が堆積したザレ場を横切る。
歩くそばから小石が崩れて落ちていく。


標高2220メートル辺り。
雪を見るようになった。
雪はしっかり締まっている。危険はない場所なのでチェーンスパイクは装着せず、靴のまま歩くことにした。


唐沢小屋が見えてきた。
これで女峰山を手中に収めることができた。


中はきれいとは言えない。
以前に比べて利用者が置いていったものが目立つようになった。
疲れたのでベンチに腰かけて菓子パンをかじる。


小屋の裏手の急斜面を登ると大規模なガレ場が出現する。
石のほとんどは浮いているので不用意に足を載せるとぐらっとする。
それにしてもこの霧。予報は晴れだったので急遽、出かけてきたのだがこれでは山頂からの眺めは期待できそうにない。


長いガレ場をクリアして再び樹林帯の中へ。


着いた、着いたぞ!
5時40分に歩き始めて延々6時間、ようやく着いた。
管理人、足が遅いのは自覚しているし写真を多く撮る。その結果が6時間とはいえ、やはり長い。このルートの厳しさを物語る時間である。
2組3名の先着者あり。霧降ルートで来たようだ。


女峰の神さま、今日はご機嫌ななめ。
山頂は祠のすぐ先なのだが霧のためずいぶん遠くにあるように見える。


谷底から上昇気流が湧き上がり、稜線を境にして南は深い霧、北は晴れだ。
正面に見えるピークは帝釈山。
天気がよければ帝釈山の奥に太郎山、左に小真名子山、大真名子山、男体山が見えるのだが今はすべて霧の中。


北西に燧ヶ岳から始まる会津の山並みが見える。その向こうは越後の山並みである。


8日は強風で三脚を立てることさえできなかった。
今日は濃い霧とはいえ記念に自撮りができた。


最終バスが出る17時前までに下山すればいいから、気持ちに余裕があった。
久しぶりに40分という長い休憩をとった。コーヒーも飲めた。
足の疲れもだいぶ軽減した。
これから霧降へ向かって降りるとしよう。
山頂から始まる雪の尾根を安全に降りるためにここでチェーンスパイクを着けた。


まずは目の前のピークへ。
三角点のある2469メートルのピークだ(ただし、地図に三角点記号はない)。


燧ヶ岳をズームで撮ってみた。
燧ヶ岳は福島県の山なのでその左右に見える山も同じかと思ったのだが、地図で調べると新潟の山であることがわかった。


振り返って女峰山を見上げる。


密生したハイマツの間を下っていく。
今月8日は風速20メートルを超える風にあおられて、このハイマツの中に倒れ込んでしまった。


ロープがかかる岩場を下る。


ピーク2318を通過


これから一里ヶ曽根の手前まで、しばらくはこんな歩きが楽しめる。


このルートはイワカガミが多い。
このくすんだ茶色の葉っぱがやがて緑色に変わり、6月半ばから花を咲かせる。


一里ヶ曽根を前に鞍部にある水場を通過する。
8日はまだ厚い雪に埋もれて水場が確認できなかった。
きょうもまだ雪に覆われていた。


これから一里ヶ曽根に向かって50メートルほど登る。


ここで女峰山山頂で出合った年配男性に追いついたので先に行かせてもらった。


次はピーク2209に向かって快適な稜線歩きとなる。


ルートはピーク2209のすぐ手前でピークを巻くようにして奥社跡(P2203)に向かって下る。


奥社跡との鞍部。
夏道が雪に埋もれていると迷いやすい場所だが今はもう大丈夫だ。


奥社跡。
8日はまだ雪が残っていたが今はご覧の通り。
スポーツドリンク750ミリを飲み干したのでここで空になったボトルに粉末を入れて水から500ミリ作る。
ちなみに今日持参した飲料水はスポーツドリンク750ミリ、水道水1リットル、お湯450ミリの計2.2リットル。お湯はコーヒーを飲むのに使ったので残りは1.3リットルになった。下山まで十分すぎる量だ。
先ほどの水場が利用できればもう少し減らせるであろう。


奥社跡から赤薙山に向かってロープがかかっている岩場を降りる。


赤薙山
ここで今日3回目の食事。菓子パンをかじる。


関東平野が一望できる赤薙山直下のやせ尾根部分。
こんもりしたピークは丸山。


焼石金剛を通過。
この道標のすぐ脇に木の祠があってその風情が好きなのだが、ハイカーが置いていくのであろう、ここ数年で雰囲気を損なうような飾り物が増えた。


小丸山
正面に見える構造物はシカが中に侵入しないようにするネット。人は出入りできるように回転扉になっている。


さあ、降りるぞ。


10日前、大きな規模の群落を作っていたカタクリも終盤となり、代わりにニッコウキスゲの芽が出てきた。


オオカメノキ


階段で足がもつれることなく、無事に下山した。
バスの発車までまだ30分ある。
レストハウスの水道設備を借りて泥で汚れた靴とスパッツを洗い、バスに乗る備えとする。


16:55発の最終バス。
途中、霧降滝で降り、家内の車に便乗して車を回収しに滝尾神社へと向かうことに。


往きにこのルートを歩く場合の面白さというか苦しさというか、そのハイライト部分を地図上に追加した。
霧降ルートはアップダウンを繰り返しながら標高を上げていくがこのルートはアップまたアップの繰り返し。


こうしてグラフにしてみると霧降ルート(女峰山より右)との違いがよくわかる。
黒岩ルートから霧降ルートへ下山と霧降ルート往復を距離、標高差などの数値で比較してみた。男体山往復も参考に。
※霧降ルート往復は去る5月8日の記録(図ではレストハウスが出発点)

距離標高差上り累積標高下り累積標高
黒岩ルート→霧降ルート18キロ1740メートル2315メートル1686メートル
霧降ルート往復16キロ1140メートル1980メートル1980メートル
男体山(参考)8.5キロ1210メートル1248メートル1248メートル

今年1登目の女峰山は凄まじい風で11時間超え(画像多数につき閲覧注意・笑)

2017年5月8日(月) 快晴、強風

キスゲ平(5:40)~小丸山(6:12/6:20)~焼石金剛(6:46/7:00靴替)~赤薙山(7:30/7:35)~奥社跡(8:28/8:38)~P2209(8:47)~一里ヶ曽根(9:36)~(鞍部でスパ着)~P2318(10:23)~女峰山(11:30/12:00食事)~P2318(12:48)~一里ヶ曽根(13:28/13:35水場)~P2209(14:14)~奥社跡(14:36)~赤薙山(15:36/15:45食事)~焼石金剛(16:05/16:11靴替)~小丸山(16:27/16:36)~キスゲ平(17:00)

今日はイントロなしでいきなり書き始めるぞ(笑)
画像が多くその説明だけでも大変なので前口上を書いている余裕がない(公開してから追加するかもね)。

今年の初登だ。
無事に下山することだけを念じ、身を軽くして登ることにした。
天空回廊は疲れないようにランニングシューズで上る。登山靴はレジ袋に入れて階段を上がりきるまで手に持って歩くことにする。
アイゼンは不要とみて置いてきた。小物を入れるサコッシュも行動食も置いてきた。カメラは1台にした。着替え用の衣類として持ち歩いている中から下着は外した。いつも3枚持ち歩いている手ぬぐいは1枚だけにした。これで1キロ半は軽くなる。


5月特有の青空とカラッとした空気。実に気持ちがいい。
ゴールデンウイーク中の仕事の疲れを今日という日で癒したいと思う。
明日になると雲が多くなるとの予報だし、雪は日一日と融けて少なくなる。
残雪の女峰山を堪能しようと思うなら、今日を逃したら他にない。


早朝のカタクリはみな一様に花を閉じてうつむいている。
こちらを向いてごらんよ。
いやん、まだ寝起きで化粧もしていないんだもん、恥ずかしいわ。
そんなことないよ、素顔の君はとてもきれいだよ。
そお、そんなこと言ってくれるのあなただけね。

階段を上る苦しみから逃れるため、カタクリを仮想の女性として現実にはあり得ない会話で気を紛らわす管理人なのである。


天空回廊の中段、700段目に到着した。
園地は元スキー場を再利用して造られていて、ここからは30度もある上級者コースの上に階段が設置されている。厳しいっすよ、ここから先!
100段ごとに段数が書かれたプレートが貼ってあるので、100段上がったら息を整えさらに100段、そんな工夫をすることで疲れを最小限に抑える。
靴を入れたレジ袋を片手に持ち、空いているもう片方の手は手摺りを握り身体を引き上げるようにすると足の負担が軽減される。


階段が終わると標高1601メートルの小丸山に乗る。
正面に赤薙山が見える。
赤薙山は標高2010メートルだが冬でも備えさえしっかりしていれば安全に登れる山で、管理人は好んで登っている。
管理人が経営している宿の常連さんと同行することもあるが、山頂へ行くまでの稜線上に広がる展望にみなさん例外なく感動してくれる。
なお、女峰山は赤薙山を超えてさらに5つ目のピーク。遠いぞ~。


焼石金剛
名前の由来は過去のブログでどうぞ。


焼石金剛から振り返って北東の方角を見ると高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)が望める。
遠くから見る形もいいし登って損のない山である→こちら


数百グラムとはいえ、靴を軽くすることの意味は大きい。ここまで軽快に歩くことができた。
できることならこのままランニングシューズで歩き通したいところだが、そうもいくまい。
防水ではないし甲の部分がヤワだ。小石や木の根にぶつかっただけでも痛い。
脱いだランニングシューズはレジ袋に入れて目印となる場所を選んでデポしておく。
チェーンスパイクの出番はまだない。


赤薙山直下のやせ尾根を通過。
ランニングシューズはこの樹林帯にデポして帰りに回収するつもり。


右に赤薙山を示す道標だがここは直進してもすぐに交わるからどちらへ行ってもいい。


次は女峰山へ導く道標が表れるが、赤薙山と指している方へ行く。
女峰山方面に行くと途中、斜面が崩落していて危険なのだ。
それに道は赤薙山の先で交わるから遠回りにはならない。


赤薙山直下の斜面。
この辺りから雪が表れる。
雪はしっかり締まっているので潜る心配はない。
つま先でカットしながら登れば滑る心配もない。


5時40分に階段を登り始めて1時間40分。
この間、写真をたくさん撮ったり靴を履き替えたりしたので実質1時間20分くらいだろうか。


山頂から見る女峰山


こちらは男体山


さあ、これから赤薙神社奥社跡(以後、奥社跡と書く)へ向かって進もう。
赤薙山から見る奥社跡への道は平坦でいかにも快適そうだが、、、


なんのなんの、歩き始めるとすぐ、こんな岩場を通過するスリルが味わえる。
岩場はここだけではなく、奥社跡に着くまで随所に現れて退屈はしない。
それに大きな段差があったりして息つかせぬくらい変化に富んでいる。
ちなみに正面に見える大きなピークのことを管理人は「偽赤薙山」と呼んでいる。理由は後ほど。
ピークの左に見える雪を被った山が女峰山。


岩場の他に木の根が露出した段差もたくさんある。
こういう場所こそ注意が必要で、不用意に木の根に足を置いたりするとツルッと滑ることがある。足の置き場を慎重に選んで身体を上へと移動する。


奥社跡(P2203)を正面にとらえた。
その右のピークは2209。
雪を被った女峰山が奥社跡の左に見えるがそこへ行くには奥社跡からピーク2209に移動して、次に方向を西へ変えてアップダウンが続く長い稜線を辿る。これがまた長い。だから女峰山は厄介なんだよなぁ。


この上が奥社跡。


長かった~
歩き始めて2時間50分。
赤薙山から1時間53分もかかっている。
そして女峰山へはここからまだ3時間はかかる。


雪はこれまでよりもずいぶん増えた。
ここから50メートル下るのでチェーンスパイクを着けるかどうか、ここで見極めることにしたが、傾斜が緩いので滑ったとしても尻餅をつくくらいだ。靴のままで行こう。

奥社跡と次のピーク2209とは標高でわずか6メートルしか違わない。
しかし、ピーク2209へ行くには奥社から一旦、2154メートルの鞍部に下り、そこから登り返すため、下りと上りの標高差を合計すると100メートルに達する。決して楽ではない。


広くて気持ちのいい鞍部。
ところがこれがくせ者なんである。
深い樹林帯なので無雪期でもわかりにくいのに道が雪に埋もれてしまうとお手上げだ。この時期はコンパスをセットして歩く。
しかし悪いことに、地図に描かれている道は実際とはずれていて、地図にある道のようにピークには続いていない。ピークの少し西側を通るようになっているのだ。地図を使ってコンパスをセットするのではなく、コンパスが示す磁北線に向かって忠実に歩いて行く。少しでも外れると藪に入り込んでしまうから注意。


雪がたっぷりあるので無雪期だと登れないピーク2209の上に立ってみた。
山頂は狭くコメツガが目立つ。


ピークを西へ向かうと2・3分で正しい道と合流する。
快適な稜線歩きが楽しめるのもここから先。


ハクサンシャクナゲの花芽。
開花は7月。


「ヤハズ」


ヤハズまで来ると女峰山が大きく見える。
だがまだ遠い。


う~ん、いいですなぁ、この雪の稜線。
たまらんです(笑)


こんな場所もあるが見た目ほど危険はない。
チェーンスパイクはまだ着けていないが滑ることもなかった。


どこまでも続いてほしい雪の稜線(^^)
しっかり締まって潜ることもない。


会津の山並みが見える。
右端の平らな台地は会津駒ヶ岳から大戸沢岳へ向かっている稜線だと思う。


曲がりくねったダケカンバがまるでオブジェのように見える。
ここを通り過ぎると、、、、


ピーク2295の一里ヶ曽根。
これで赤薙山から数えて4つ目のピーク。この先2つ目が女峰山だ。
風は先ほどより強くなっている。


一里ヶ曽根はすぐに急でガレた下りに転じ、水場の横を通り次のピーク2318(稜線右のピーク)へと向かう。
画像中央に見えるのはピーク2469で三角点がある。ただし地図にその記載はなく、等高線が閉じられていることでピークであることを知る。
女峰山はその先、160メートルの場所にあって2469に隠れて見えない。


一里ヶ曽根とピーク2318との鞍部に降り立ったので地面が露出した場所にザックを下ろして、疲れを回復することにした。


これから先の急登を考えてここでチェーンスパイクを装着。


水場を示す道標。
この雪だと水場は埋まっているんじゃないだろうか。
帰りに見てみよう。


ピーク2318
立ち枯れした木が十数本ある特徴のある場所だ。
なぜ木がこれほどまとまって立ち枯れたのか?
本で知ったのだが原因のひとつに強風説があるそうだ。この場所のように強い風にさられていると木は根っこごと激しく揺れ動くため根が痛み、やがて枯れてしまうらしい。
ここで道は南に転じて女峰山を目指す。


肉眼ではっきりと女峰山をとらえられるのもこの辺りから。
中央に見える大きなピークは稜線の少し下に30センチくらいしかない怖い道がある場所。その右のごつごつしたところにロープがあり、岩をよじ登る。ごつごつした右端は三角点のあるピーク2463(ただし地図にはない)、その右の小さいピークが女峰山。
と、地図を見ながらこの記事を書いているが、これらをすべて頭に入れるのは大変なんだよ。現場でスラスラと言えればいいのだが。


これまで北風をうけながら歩いてきたが、風はこの辺りからさらに強くなり、身をかがめないと歩けなくなった。
まずいぞ、これから先、危険箇所が待ち構えているというのに。


白根山
身の危険を感じながらも見るものはちゃんと見ている(笑)


燧ヶ岳


これが細くて怖い道。右は深く切れ込んでいる。
ダケカンバやコメツガが南側に傾いでいてここの風の強さを物語っている。
いま、風は北すなわち画像の右から激しく吹きつけている。
あおられて転倒しないように両手を斜面につけ、風が治まるのを待つ。


同じ場所から目を上げて前を見る。
中央に見える稜線の右、左の斜面が白い小さなピークが女峰山だ。
あの斜面がどうなっているかはこれからわかる。


ズームで見るとこんな感じ。
山名板がハッキリわかる。


雪は厚く堆積している。


これでもか、これでもかと続く厚い雪。


福島県そしてその向こうに越後の山並みが見える。


高みへ、高みへと歩を進めていく。


3メートルほどの岩場にロープがかかっている。
ふだんならロープを使わず登ってしまうところだが強風で体勢が不安定なため、今日はロープにすがって岩場をよじ登る。


次はハイマツ帯だ。
飽きることのない女峰山への道。


すでに遮るものはなく山頂が目の前に迫ってきた。
この雪の斜面を上りきれば山頂である。
遠くから左の斜面が白く見えたのはこの部分。


おぉ、女峰神社が見える。
強い風の抵抗にあったが女峰の神がここまで導いてくれた。


山頂は女峰神社のすぐ先。


天候は朝と変わらず快晴のまま。
我が母なる山、女峰山は管理人の初登を祝ってくれているかのように見える。が、それにしてもこの風には悩まされる。我が母なる女峰山は管理人の体力と精神力が試しているのだろうか。
いつもならここに三脚を立て、タイマーで自撮りするのだが強い風に三脚などなんの役にも立たず、諦めた。となればスマホを使っての自撮りだが、とてもではないがこのブログに載せることはできない。


山頂からの展望はほぼ360度。
日光市に属する山はもちろんのこと、群馬、福島、新潟の山が見える。


山頂からの展望
大真名子山の左に男体山がある。


祠を風よけにして昼メシを済ませ、帰路につくことにした。
道標が示す先は唐沢小屋。行者道、寂光神社に降りるルートだ。いずれも下り一方なので楽だが距離は2キロほど長い。


ハイマツの樹林帯までこの白い稜線が続く。
風がなければ雪の稜線歩きの醍醐味を味わえるところだが、そんな気持ちの余裕はない。


ハイマツの間を抜けるとき、強い風にあおられて身体が横倒しになった。女峰山に来てこんなこと初めて経験する。


振り返ると女峰山がもうあんなに遠くに見える。
この場所のように稜線からほんの1メートルでも下に身を置くと風はまったく感じない。
風は稜線の上を舐めるようにして通り過ぎるからだ。
実はここまで来る間に、往きに通過した細い道そして、ロープのある岩場ではあまりにも強い風に、停滞と移動を繰り返す羽目になった。


女峰山の下は深い谷になっている。
その谷底からモヤが湧き上がっている。
いや、モヤではない。茶色の煙だ。
まさか山火事?
違う、黄砂だ。
崩落により地肌がむき出した斜面の土が強風にさらわれて土埃が舞っているのだ。


ピーク2318を通過。
一時的なのか、風は止み、人心地がつく。
さて、道はここから東へと変わる。


一里ヶ曽根への下りは広い斜面なので前方に見えるピークをよく見ながら慎重に。


鞍部手前の水場を示す道標。
ここを左に折れるとすぐ水が流れている場所があるのだが、、、


水場はまだ厚い雪に埋もれている。
今日の飲み水はスポーツドリンク750ミリ、水道水1リットル、お湯450ミリを用意してきた。
この水場が使えれば半分の量でいいのだが、この時期は期待してはいけない。
水場の雪がなくなるのは早くて今月末、遅ければ来月半ばになるだろうか。


一里ヶ曽根へのガレ場を登っていく。


一里ヶ曽根を通過し次はピーク2209を目指して快適な尾根を歩いて行く。
気温は15度を超えているが雪はまだ締まっていて潜ることはない。しかしあと数日もすれば雪は緩み、膝まで潜るようになるのだろう。


ヤハズを通過


ピーク2209の下り斜面からピーク2203(奥社跡)を見あげる。


鞍部へ降り、これから奥社跡へ向かって上りに転じる。ルートはわかりにくい。


奥社跡では立ち止まらずにさっと通過。
予定の時間よりも90分ほど遅れている。
日没になる心配はないが疲れも出ていることから足が自然と急いでいる。


アップダウンの連続でだいぶ足に来ている。
赤薙山と女峰山を結んでいる尾根は標高差473メートルなので単純にいえば低山レベルだが、往きも帰りも激しいアップダウンがあるため数値では計り知れない厳しさがある。
これを累積標高という指標で表すと、女峰山の場合は上り2000メートル、下り2000メートルという言い方をする。厳しいのだ。
奥社跡から赤薙山へ向かって足を引きずるようにして歩いていると、画像の大きなピークが迫ってくる。
一刻も早く下山したい気持ちから、このピークがどうしても赤薙山に見えてくる。ところが違うのだ。
これを超えたのが本当の赤薙山なのだ。そこで管理人はこれを「偽赤薙山」と呼んでいる。


急な岩場を下る。


着いた~
ここまで来ればもうなにも心配することはない。
気持ちはすでに下山したつもりになっているが気を引き締めよう。


やせ尾根を下って小丸山へ。
デポしておいたランニングシューズを回収することは忘れなかった。


登山靴を脱ぐとムッとする匂い、じゃない臭いか、が立ちこめる。
汗で靴下が濡れている。ゴアテックスとはいえ10時間も履きっぱなしだと致し方ない。


足下のいい場所を選んで縫うようにして下っていく。


小丸山に着き、これから園地の中へ。


最後の難関は1445段の階段を下って駐車場に降りること。
今日の山行で足はくたびれているからステップを踏み外さないよう、慎重に降りたことはいうまでもない。


園地一面に咲くカタクリ。
20数万株といわれるニッコウキスゲに匹敵するほどの数ではないだろうか。


ふ~、なんとか無事に戻ることができたものの11時間をオーバー。
残雪に加えて強風の中を歩いたので時間がかかったのはやむを得なかったとはいえ、さすがに厳しかった。
それにしてもなんだな、こんな山行は先の短い命をさらに縮めるようなものだ。
まっでも、これができるうちが華だと思い、これからも苦しみを我が友として歩んでいこう。


所要時間は11時間24分と長いがこの中には多くの休憩時間他が含まれる。
管理人の場合、記録用に数百枚という写真を撮るし遠くに山が見えれば山座同定をおこなう。
したがって一般の登山者であれば、管理人の所要時間の7・8割が標準ではないかと思う。


本日の取得物。
半袖Tシャツに手袋、フェイスタオルなど。
落とし主には申し訳ありませんがゴミとして処理しました。



累積標高の多さがこのルートの厳しさを物語っている。

女峰山の下見で赤薙山へ。女峰山は雪が楽しめそう。

2017年4月28日(金)

今年の女峰山初登をいつにするか考えている。
昨年は極端な暖冬少雪であったため4月早々に登ることができたが、今年の積雪量は例年並み、というよりは3月になって大量の雪が降ったためにこの時期になってもなお、山々には雪がたくさん残っている。
膝まで潜ってしまうほどの雪だと女峰山を日帰りでやるには無理がある。といってスノーシューで登れるような安全な山ではない。
昨年4月の女峰山→こちら

6月になれば雪はほぼ消えてなくなるが、どうしても雪のあるうちに登っておきたい。雪のない地面の上を歩くなんてつまらない。
などと贅沢なことを言ってるがこのすき間を狙うタイミングを計るのがとてもむずかしい。毎年のように悩み、そして苦しむだよ。楽しくもあるんだが、、、、

判断の基準になるのは赤薙山あたりだ。
赤薙山山頂まで雪がまったくなければその先、赤薙奥社までの稜線で雪が登場する。この間がもっとも危険な箇所だ。赤薙奥社まで行っても雪がなければ、あとは女峰山までの稜線上の日陰と女峰山直下の雪とガレ場に気をつければいい。

明日からゴールデンウイークで本業が忙しくなる。
このところ毎日が山日和だったがゴールデンウイークはそうはいかない。
これを頑張らなくては家族3人路頭に迷うことになる。山歩きを犠牲にしてでも本業に精を出さなくてはならない(悲)

ということでゴールデンウイーク前の一日を有意義に過ごすためにも、気になる女峰山の状況を確認してみようと思う。


雪が消えたキスゲ平の斜面は高山植物の開花を待つのみとなった。
でわでわ、1445段の階段をば、、、


赤薙山と丸山への分岐となる小丸山へは25分で着いた。
今日は荷物の軽量化に努めるため食料は行動食のみ持参。飲み水も500ミリのペットボトル1本だけ。だから身が軽い。朝食も昼食も採らずに歩くつもりだ。
できることなら女峰山もこのペースで登れるといい。でもそうはいかないだろうな。


焼石金剛まで来ると赤薙山が目の前に迫ってくる。
手前の茂みはコメツツジ。ツツジの仲間では1センチにも満たない小さい花で開花は7月。


女峰山への分岐(別にここを右へ行く必要はない)まで来ると雪はだいぶ多くなってくる。


今日はローカットのトレッキングシューズ。トレッキングポールも使わない。汗の元になるスパッツは着けない。


赤薙山直下はまだ50センチほどあるがしっかり締まっているので潜ることはなかった。


歩き始めて1時間12分か、いいぞ。いや、早すぎだ。
こんなペースだと本番の女峰山ではバテてしまう。通常の装備ならここまで2時間はかけたいところだ。


赤薙山からの展望は鳥居の奥の一箇所しかない。
だがそこからは女峰山がよく見える。
ここから見ると雪はまだたっぷり残っている。
初登をゴールデンウイーク明けにするとした場合、ルート上で数十センチ、日陰や吹き溜まりは膝まで潜るかもわからない。
装備として必要なのはチェーンスパイクまたはアイゼンのどちらかにピッケルは必須、スノーシューもあった方がいいかもしれない。一里ヶ曽根の水場は雪に埋もれているはずだから、水の補給は無理だろう。う~ん、やはり重装備になりそうだ。
朝の6時に歩き始めて少なく見積もっても10時間、足がズブズブと潜るようだと11~12時間は見ておかなくてはならないから下山は毎度のことながら日没か。


山頂ではスポーツドリンクを一口飲んだだけで下山することにした。滞在時間は5分。
早く帰って明日からの仕事に備えよう。


小丸山。


階段トップから下を眺める。ここから700段目まで一直線に同じ傾斜が続いている。
幸いなことに上ってくる人はいない。
一気に駆け下ることにした。足がもつれて転げ落ちないよう手摺りを握って、、、
700段目まで下ったところで上ってくる年配のハイカーと出合い10分ほど立ち話となった。東照宮の先に住む地元の人で、今年はすでに50回も来ているとのことだった。


700段目から下には階段から分かれて園内を散策できる小径が数本ある。
そこで開いたばかりのカタクリと出合ったがまだ数株だ。今年は遅い。


赤薙山往復、2時間20分。
往きに比べて帰りに時間がかかったのは二度の立ち話と花を探して園内をゆっくり歩いたから。



荷物を少なく、軽くすると登山がこれまで快適になるということを身をもって体験した一日である。
限りなく古稀に近づき、重い荷物は身体に堪えるようになった。そればかりか時間ばかりくってしかたがない。下山で日没を迎えるなどしょっちゅう経験している。
ここらで山行のスタイルを変えてより身軽に歩ける方法を身につけなくては長続きしないのではないか、最近そんなことを考えるようになった。
今日の軽装備は極端だとしてもこれまでの装備は見直す必要に迫られている。なにが必要でなにが不要なのかを精査するとともに、携行品そのものを1グラムでも軽いものに変えていく。
同時に、これこそ根源的なことだが、ケガから復帰してそれまでの空白を取り戻すかのようにハードな山行を繰り返しているのが現状だが、そこで生じる苦しさを楽しんでいるような感がなきにしもあらずだ。それは危険でもある。この気持ちこそ転換しなくてはならない時期にきているようだ。

高原山5座目の明神岳を果たしたが計画の甘さで大失態。

2017年4月5日(水)

7:50/大鳥居~8:19/枯木沼~9:18/弁天沼~10:36/明神岳分岐~12:47/明神岳~13:08/展望台(昼食)~14:01/P1640~14:15/ゲレンデ下降~14:35/管理道路~15:08/有料道路~15:47/大鳥居

計画では明神岳ピストンの予定だった。
7:30/大鳥居~8:20/枯木沼~9:10/弁天沼~9:50/明神岳分岐~11:30/明神岳~11:45/ゴンドラ駅(昼食)~13:50/明神岳~14:10/御岳山~14:30/弁天沼~15:10/枯木沼分岐~15:40/大鳥居

スノーシューツアーの定番コース、霧降高原丸山へ向かって歩いて行くとまず八平ヶ原で、次に丸山の尾根から高原山がよく見える。
高原山は鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称で日光市に属する鶏頂山から始まり、東へ右回りに釈迦ヶ岳、中岳、西平岳へと尾根が続き、外輪山の様相を呈している。尾根に立って見下ろすとそこは深さ700メートルもある噴火口に見えるから、これら4峰は外輪山に間違いないのであろう。
4峰とも標高1700メートルを超えるが1794.9メートルの釈迦ヶ岳が主峰といえそうだ。実際に八平ヶ原から遠くに見る釈迦ヶ岳は中岳と西平岳を従えて堂々とした山容を見せている。
釈迦ヶ岳は日光市、塩谷町、那須塩原市にまたがり、登山道も釈迦ヶ岳に収束されている。このことから見て、釈迦ヶ岳主峰説に間違いはないであろう。と、管理人は独自のというか、勝手な説を唱えている(笑)遠くに見えるあの山の頂に立ってみたい。
これは山歩きをたしなむ人、共通の思いであり、誰も否定できないはずだ。
昨年3月、主峰・釈迦ヶ岳を目指した。
しかし、せっかく尾根続きの4峰だ。釈迦ヶ岳だけで終わらせるのはもったいない。4峰縦走をやってみようと考えた。9時間かかって駐車場に着いたときは足がふらつく始末であった。雪は少なかったとはいえノートレースの雪の上を自分でルートを考えながら歩かなくてはならなかったし、釈迦ヶ岳から西平岳へ向かうルートは隠れて見えない危険箇所がいくつかあった。距離も長かった。だが、疲れ果てはしたが達成感も大きかった。
高原山9時間の死闘→こちら

釈迦ヶ岳の頂にもう一度。2日後の31日、今度は矢板市・学校平からのルートで登ったのだが、前回とは趣が異なり、このルートは15キロのトレッキングが楽しめることがわかり大きな収穫となった。
こちら

鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の4峰を総称して高原山と呼ぶのは先ほど書いた通りだが、鶏頂山と釈迦ヶ岳を結んでいる尾根の中間に位置する御岳山から北へ向かって延びる尾根があって、御岳山の2キロ先に明神岳がある。さらには明神岳の北東1.3キロの位置に前黒山がある。明神岳はハンターマウンテンスキー場の母体となっている山だ(画像参照:明神岳と前黒山の間の斜面が白く見えるのがスキー場)。
この2峰を高原山に含めていいのかどうか管理人にはわからないが、高原山と尾根でつながっているから同じ山域であることは明らかである。
ならば次の目標は明神岳と前黒山と決め、6峰完登をやってみたい。

問題はルートである。
明神岳はハンターマウンテンスキー場の最上部に位置し、車道からの距離は2.6キロと短い。しかし、地図に道は描かれていない。そこで昨年、4峰を歩いたときのように、鶏頂山の東の麓、大鳥居を起点に地図に描かれているルートで御岳山に出て、そこから尾根伝いに北上する方法を考えた。
地図で見る限り、最初の下りと明神岳直下の登りが厳しそうだがその間は緩やかなアップダウンと読める。だが、歩き始めてからの距離が片道推定6キロ強と長いのがいやな材料だ。
昨年の実績では御岳山までの4キロを2時間半かかっているから、大鳥居から御岳山の往復8キロだと4時間が消費される。残りの2キロに果たしてどれほどの時間がかかるのか。無雪期であれば1時間、浅い残雪だと1.5時間と見ておけばいいのだが、雪が深いと2時間は見ておく必要がある。すなわち、大ざっぱには次のような計画だ。

大鳥居~4.0キロ/2時間半~御岳山~2.3キロ/1時間半から2時間~明神岳=計6.3キロ/4時間から4時間半
もちろん、これは片道なので、往復だと帰りの御岳山からの長い下りを減算して7~8時間といったところ。まっ、いつものことながら10時間以内ならば良しとして、実行に移すことにした。


鶏頂山の登山口はふたつある。
いずれも日塩有料道路に面していて日光に近い方の赤鳥居の建つ登山口と、そこから800メートル先の元鶏頂山スキー場だ。両者並行し枯木沼で交わるからどちらから歩き始めても時間のロスはない。
昨年は元スキー場から歩き始めたので今回は赤鳥居にしようと考えたのだが道路脇の駐車場にはまだ雪がごっそり積もっていて使えず、昨年と同じように元スキー場を出発点とした。
なお、昨年はこの大鳥居を車でくぐって大駐車場まで入れたが、今年はご覧の通りだ。道路脇の待避所に車を置いて歩き始めた。先着車が1台駐まっていた。
ちなみに、ここから歩き始める場合は鳥居をくぐると遠回りになる。鳥居の反対、鳥居に背を向けて歩くのが正解。



元スキー場のロッジ脇が登山口で信仰対象の山らしく、案内板には登拝口と書いてある。この奥に見える林に向かって歩いて行く。



雪は締まっているので始めはチェーンスパイクで歩いてみよう。
深くなったらスノーシュー、アイスバーンの急な斜面に出合ったらアイゼンにピッケルをと、今日は冬道具満載で歩き始めた。ザックの重さは12キロほどになっている。



この斜面など荒れてもいないのでスキー場のゲレンデとしてまだ十分に使えそうだ。
踏跡がいくつか確認できるが真新しいのがある。先着車の持ち主かもわからない。


振り返ると展望が開けていた。
おそらく会津の山並みだと思うがあまりにも遠くて山名は特定できず。


これはゲレンデなのか登山道なのかわからないが広く歩きやすい。


歩き始めて30分。枯木沼入口に到着した。
鳥居の先は湿地帯になっている。
昨年は池塘が見られたし木道も露出していたが今年はまだ厚い雪に被われている→昨年3月29日の枯木沼


枯木沼を抜けた辺りから雪が深くなり、ここでチェーンスパイクからスノーシューに履き替えることにした。



おそらくリフト券売り場だったのであろう朽ちた小屋。
1961年にオープンしたらしいが当時、日本は好景気に沸いていたはずだ。
バブル景気崩壊後、数年は営業を続けたが隣接する大規模かつ近代的なスキー場に規模、設備とも勝てず、2000年に閉鎖されたという。


弁天沼
雪のない季節の状況は知らないが質素な鳥居に石碑、鐵の鐘楼、祠などがあり、ずいぶんと神々しい雰囲気が漂っている。


地名から察してどこかに沼でもあるのだろうことを想定し、念のため地図にある道の通りに歩くことにする。
道を外して沼にどぼん、などといった事態にならないようにするためだ(笑)


弁天沼からはこれ以上スノーシューで歩くのに適したフィールドはないというほど、平坦で広い林が広がっている。周りを見回しながらのんびり歩いているうちに傾斜が変わった。


傾斜がきつくなった先が鶏頂山と釈迦ヶ岳を結ぶ稜線だ。
ここを右へ行くと鶏頂山、左が釈迦ヶ岳。
先行者の踏跡はここから鶏頂山へ向かっている。管理人は釈迦ヶ岳方面に向かう。


分岐から釈迦ヶ岳へのルートの積雪は多くない。
それが返って足を遅くした。
傾斜がきつくまた、木々がこみ入っているのでスノーシューがじゃまになった。といってアイゼンあるいはチェーンスパイクに履き替えようという気持ちにもなれなかったのは、先を急ごうという焦りがあったのかもしれない。


尾根の南側は切り立っていて大きな雪庇が張り出している。木がある場所までなら大丈夫と思って近づくと雪のブロックもろとも数百メートル落下する。なにしろ足は地面の上ではなく雪の上にあるのだから。


ピーク1690。このすぐ手前が御岳山。
ここで道は釈迦ヶ岳方面と明神岳方面に分岐する。
昨年はここを直進して釈迦ヶ岳へと向かった。800メートル先、1時間弱で釈迦ヶ岳に着いた。
今日は明神岳方面へ北上するが未踏ルートであるため時間が読みづらいところだ。
地図を見ると分岐から明神岳に向かって市境線が続いているのだが、この分岐は市境線よりやや東に位置していることがあとからわかった。ただし、明神岳へ向かうのになんら差し支えはない。
まずはいきなり30度もある急斜面を下ることになった。斜面は広く、尾根にはなっていないため、とにかく北へ向かって下ることにする。


ピーク1690からの急な下りをクリアすると、そこは広い雪原が広がっていた。
今いる位置が市境線の上らしいことがGPSが示す緯度経度でわかった。
市境線の次の変曲点に向かってコンパスを合わせる。


なんとなく尾根らしくなってきた。
それにしても広くていい尾根だ。


ふたたびだだっ広い雪原と化す。


ミズナラの古木。


急斜面への進入を防止するロープがある。
明らかに人が歩いている証。


ヤシオツツジに違いない。


見上げると木の構造物が見えた。
見晴らし台なのだろうか。
傾斜も急になったしここは明神岳直下と思われる。


明神岳への道を示す道標の脇をすり抜けると、、、、


先ほどの見晴らし台よりも大きい構造物が見えた。
ここから左へ杭が一定間隔で並んでいる。雪の下は木道らしい。
一応、順当に杭に沿って歩いてみた。だが、杭は明神岳を巻いて敷設されていることがわかった。


見当をつけて杭から外れて斜面を上がったところ、そこが明神岳山頂だった。
木々に囲まれて視界はない。山名板は明神岳西峰山頂、標高は1640メートルとある。
おかしい。
GPSで現在地を確認するとここは地理院地図にある1627メートルの明神岳に間違いない。しかしなぜか、山名板は1640メートルになっている。それに地理院地図には西峰という記載はない。
地図を見るとこの北北東にもうひとつのピークがある。そこの標高が1640メートルだ。
この山名板にある標高1640メートルとは、もうひとつ先のピークを表していることは明らかだ。山名板の制作ミスであろう。


山頂をあとにさらに北へ向かって歩いてみると、ふたつの展望台があることを示す道標があった。
右つまり、いま来た道を戻ったところに日光連山を眺める展望台があるらしい。ということはさきほどの大きな構造物がそうなのか?
今日の目的は高原山そして明神岳から振り返って日光連山を眺めることにある。
時間のロスはやむを得ないが先ほどの構造物すなわち、展望台に戻ろう。


丸太の杭に沿って戻り、展望台にやってきた。


展望台に立って眺めると高原山がすぐ目の前に見える。いい眺めだ。
ここからだと丸山から眺める山の位置関係が逆転し、左が釈迦ヶ岳、すぐ右の小さなピークが中岳、西平岳は釈迦ヶ岳に隠れて見えない。
その右のこんもりしたのが御岳山でその右のきれいな三角形を描いているのが鶏頂山である。


高原山の右が日光連山のはずなのだが今日はかすんで見えない。
おそらく気温が高まるこれからの季節はかすんでしまうのだろう。

今日は思いの外、時間をくってしまった。
計画だと明神岳山頂に11時半に着く予定だった。
歩き始めが計画よりも20分遅くなったことにくわえて雪が深かったこと、さらには御岳山からのルートが広すぎてわかりづらかったことなどが理由である。
これから昼メシを食べて、いま来たルートを辿って戻るとすれば日没の可能性もある。高原山5座目は終わったのだから欲張らず、時間をかけて探索してみたいと思う。
帰りはスキー場のゴンドラで下山すればいい。同じルートを戻って日没を迎えるよりもその方が安全だ。
そう思ったら気持ちに余裕が出た。山頂を隅々まで歩いて次の目標とする前黒山の参考にしよう。


ゴンドラで帰ることに決めたことで時間は気にしなくてもよくなった。
展望台を降り、さきほどの明神岳山頂を通りすぎ、道標にあった関東平野展望台までやって来た。ここが地図にあるもうひとつのピークで標高は1640メートル。祠のある明神岳よりも高い。

山名板が立木にくくりつけてあった。
山名板は明神岳となっているがここは地理院地図に山名が描かれていない。
地理院地図にある明神岳は先ほどの祠のある場所、正確には北緯36度55分14.10秒、東経139度46分18.60秒の場所なのであり、ここではない。

察するに、祠のある場所が明神岳「西峰」となっているので、そこは本当の明神岳ではないと考えた取り付け主は、西峰よりも標高が高いこの場所を本当の明神岳だと思い込んで山名板を取り付けた、そう考えると合点がいく。
ただし、それは地理院地図が間違っていることを前提とした場合だ。はたして地理院地図が間違っているのかどうか、それは管理人にはわからない。

いずれにしても地理院地図のピーク1627が山名板だと1640になっていたり、地図にない場所が明神岳になっていたり、とてもややこしく不自然な感じがした。


さらにおかしいのは同じ場所に別の山名板があって、それには標高1627とあることだ。ここは地図で明らかなように標高1640メートルなのである。
同じ場所に標高1640メートルと1627メートルの山名板が並んでいることの違和感。こうなるともう、基本となる地理院地図の記載を無視した自己主張争い、山名板取り付け争いというほかに言いようがない。
山の所有者の許可なく山名板を取り付けることの是非は別問題として、山名板を取り付けるのなら地形図を読む能力を身につけてからにしてほしいと願う。
地理院地図にも間違い、というよりも長い間、更新されないことによる現状との不一致(特に登山道)が散見されるが、標高や山名は間違いないはずだ。
したがって、明神岳を例にとると、山名板に記載されている標高が地図に記載されている標高と違っている場合は、山名板を取り付ける側の地図の誤読あるいは無視に原因があるように思える。
いずれにしてもこのようなデタラメは登山者を惑わすだけである。


山頂をあとにして、ご覧の通り管理人はいま、スキー場のゲレンデ内を歩いて下っている。
山頂からゴンドラ乗り場まで行ってみると、4月になって運行を終了したことがわかった。
リフトはまだ動いているが下りでは利用できないことは知っている。リフトの係員に相談したところ、ゲレンデの端なら歩いてもかまわないとのことだった。
ゲレンデの端、まさにこの部分を下っていたところ、パトロール員に咎められ、丁重ながらも厳しく注意された。リフトの係員よりも権限が強いはずなので素直に従うことにした。
が、ここから明神岳に登り返して同じルートで帰ることなどとてもできそうにない。パトロール員監視の下、このまま降りることを許してくれた。
山姿の男がゲレンデを降りていく様は周りには奇異に映ったであろう。それを許したスキー場は利用者に非難されるかもわからない。大げさかもわからないが、それくらいの感性は管理人にもある。
シーズン終了間際の平日ということもあって例外扱いをしてくれたものと考え、自分の不甲斐なさを恥ながら下っていった。
ゴンドラで降りることなど計画外であったため、当然ながら運行期間は調べていない。その迂闊さに気持ちが萎えた。
のんびりと昼メシなど食べず、山頂で余計な探索などせず、山名板になど気を取られずにいたならば同じルートで戻れたはずだ。計画の変更が災いをもたらせた。思考はどんどんマイナス側に振れていく。気持ちはますます萎えていく。


最後のリフト降り場の手前にスキー場の管理道路があって、そこから有料道路に出るようにとの指示があった。


ようやく有料道路に出られたが管理道路はやけに長く感じられた。
ここから大鳥居までどれくらいの距離なんだろう。そんなことを思いながら重い足を運んだ。


ハンターマウンテンスキー場より一足早くシーズンを終えたエーデルワイススキー場。


管理道路から歩き始めて5キロ、1時間10分かかってようやくスタート地点の大鳥居まで戻った。実に長い道のりだった。


昨年、初めて歩いたとき、大鳥居から弁天沼を抜けて鶏頂山と釈迦ヶ岳を結ぶ稜線に出るまでの間の雪原の素晴らしさに感嘆した。
今日も昨年と同じルートを辿ったわけだが、この雪原こそスノーシューで歩くのに相応しいことを確信した。
稜線に出るまで約2時間、往復4時間ならツアーに最適である。ルートがわかりづらいという難点はあるが、これはなんどか通うことで克服できる。
明るく開放的で変化に富んだ景色。危険な場所はなくまた、読図の練習にもってこいのフィールドの広さはきっとお客さんに満足してもらえることだろう。問題は日光から遠いということ、これさえ解消できれば頻繁に利用したい。

雪の山王帽子山と赤薙奥社へ。Tさんの要望はそれは過酷なものであった。

日光駅を起点にいくつものスノーシューのフィールドを有し、そればかりか冬でも安全に登ることのできる2千メートル峰もある、それが冬の日光を際立たせる魅力ではないかと思っている。

管理人が日光をスノーシューのフィールドとして利用を始めたのは1998年のこと。翌99年には商業ツアーとして確立し、現在に至っているわけだがその間、延べ2000名ほどの人が管理人が主催するスノーシューツアーに参加してくれた。
そのごく一部、ほんのひとにぎりではあるがリピート、そして常連に至ってくれているのがありがたい。

管理人も高齢者群に属するようになりこの先、あと何年ガイドを続けられるかわからない。今の体力、脚力が維持できるならばあと2シーズンは務まるだろうが、以後はわからない。
そこで以後は参加者を常連客に限定して、管理人も楽しめる有意義な時間を過ごしたい。いわば冥土の土産になるような楽しく、充実したツアーにしたいのだ(お客さんを冥土に連れて行くつもりはありませんのでご安心ください)。

スノーシューのガイドとしての終末を、常連客だけを対象に、いっしょに管理人も楽しめるツアーができればベストである。ときにはお弁当を担いでピクニック気分で(チーズフォンデュパーティーのように)、ときには重装備で冬山へ挑むというように、相手に応じてスタイルを変え、難易度を変える。ガイドと客という垣根を取り払い、体調が悪いときは健脚の常連さんに管理人がガイドされるというのもありだ。それが管理人の終末にふさわしいスタイルではないかと思っている。

ピクニックにするか冬山登山にするかは常連さんの脚力と精神力次第ということになるが、後者の最右翼として、2012年から毎年ツアーに参加しているTさんを挙げる。脚力が群を抜いている。たぐいまれな脚力の持ち主といって過言ではない。
なにしろ同時に歩き始めて10分もすれば、管理人と100メートルもの差がついてしまうくらいだ。管理人、足が遅いのは自認しているが、それにしても恐ろしいほどの速さだ。
その上で特筆できるのは、強靱な精神力をもっていることだ。
危険と隣り合わせで挑むスキューバダイビングの長い経験が山でも生きているのであろう。
終末の管理人をガイドしてくれる常連さんとしてTさんほど適役の人はいない。
そんなTさんからの今回のリクエストは2日間、ガッツリ歩きたい、というものであった。

管理人に100メートルもの差をつけてしまうTさんの“ガッツリ“とはどんなレベルなのか、これまでの付き合いでおおよそのことは想像できる。
つまり、距離が長くなおかつ高低差が大きいこと。端的に言えばスノーシューによるハイキングなどではなく、雪山登山だ。
Tさん、冬の丸山にも赤薙山にも登っているし、満足してもらえる山は他にどこがある?

そういえば2年前の3月、山王帽子山に挑戦したときはあまりの雪の多さにラッセルの連続そして、ふだんなら頭上にあるはずの木の枝が目の前に立ちはだかり、時間ばかりくって途中で断念したことがあった。再挑戦してはどうだろうかという考えが浮かんだ。
しかしだな、今回は2日間のツアーだ。初日に山王帽子山に登ったとした場合、では2日目の候補はどこにすればいいかという問題が浮上する。Tさんのことだからもっと難易度の高い山へなどと言い出しかねない。
いや、待てよ。初日は丸山か赤薙山でお茶を濁して2日目に山王帽子山という方法もあるな。しかし、そんな子どもだましが通用するTさんではない。う~ん、答が見つからない。
いや、それどころではない。2日続けての冬山登山など管理人の身体が耐えられそうにない。管理人の考えは右へ左へと揺れ動く。

まっ、山王帽子山とてそれほど易しい山ではないから、初日でTさんを疲れさせれば、「あぁ、身体中が痛くてダメよ、アタシ。明日はもっと簡単な山にして」、と弱音を吐くかもわからない。そうすれば管理人のもくろみ通りだ。よしっ、この手で行こう!


2017年3月6日(月)
光徳駐車場~太郎山登山口~山王帽子山~太郎山登山口~山王峠~旧山王峠~光徳駐車場

11:14
光徳駐車場をスタートして山王林道の太郎山登山口に到着。
ここまでスノーシューで歩いてきた。
9:35の出発だったから1時間40分というゆったりペースだ。
一般客のツアーとは違うルートを歩いたのも時間がかかった理由。
ちなみに道標は「太郎山」となっているが太郎山へ行くには山王帽子山が経由地になる。
今日はその山王帽子山を目的地としている。


山王帽子山山頂へはコメツガの深い樹林帯を歩く。
コメツガは常緑樹なので林内は陽が差さず、雪は固く締まっている。
このような状況ではスノーシューよりもチェーンスパイクの方が効率がいい。


ここからはスノーシューをザックにくくりつけて歩くが、今日は管理人が所有するスノーシューの中でもっとも軽いタイプを選んだ。むかし、イワタニが輸入販売した「TUBBS」社製で小型ながら靴のサイズを選ばない優れものだ。ただし現在は入手困難なレアものである。


山頂近くに展望が開けた場所があり、西からやや南寄りに白根山が望める。空が青ければ見栄えがするんですが。


12:39
登山口から1時間25分で無事に山頂に到達。標高は2077メートルだから赤薙山より67メートル高いが、冬でも安全に登れる山の筆頭だ。ただし、今年のように雪が少なければ。
さて、ここでランチといきたいところだが風が強く、冷たい。
早々に退散して樹林帯に潜り込んでランチとした。


山頂からの男体山の眺め。
山頂の向こう側が二荒山神社の登山口で右の裾野に戦場ヶ原が広がっている。


14:05
無雪期ならば山王帽子山だけで終わりとせず、太郎山とセットで登るべきだが、冬は厳しい。
足早に下山して山王峠を横切って、、、


むかし、登山道に利用されていた旧山王峠へ。
現在とは別のルートで涸沼とを結んでいたらしいことが朽ちた道標に刻まれた文字からわかる。
こういう風情、郷愁をそそられて好きだなぁ。
いつ頃まで使われていたルートなのか知りたいのだが、資料らしきものはない。
ちなみに夏は背丈ほどの笹に阻まれてこれを探すのは大変な仕事だ。
場所は秘密にしておく。山王峠とそれほど離れていないからどうかご自分で。


帰りは地図にある登山道で光徳駐車場へ向かう。
今夜のペンションの宿泊者はTさんひとりだけ。帰りの時間を気にすることはないのでアストリアホテルの温泉で疲れを癒して帰路についた。



2017年3月7日(火)
キスゲ平(8:23)~小丸山(9:09)~焼石金剛(9:46/9:50)~赤薙山(10:26/10:40)~奥社(11:34/12:14)~赤薙山(13:00)~焼石金剛(13:09)~丸山鞍部(13:40)~小丸山(13:48)~キスゲ平(14:14)

※登山計画書に記載したタイムスケジュール
キスゲ平(8:30)~小丸山(9:15)~焼石金剛(9:50)~赤薙山(10:35)~奥社(11:55/12:15)~赤薙山(13:35)~焼石金剛(14:15)~小丸山(14:50)~キスゲ平(16:00)

昨日、山王帽子山を降りたTさん、根を上げたかと淡い期待はしたのだが、それほど甘くはなかった。
管理人:「かなりの傾斜でしたね、疲れたでしょ?」
Tさん:「2年前の豪雪に比べたら楽に歩けてとっても楽しめました」
管理人:「ははは、そうですか。緊張してたからそう感じるんですよ。疲れはあとから出てくるもんです」
Tさん:「ううん、ようやくエンジンがかかったところなの。もっと歩けそう」
管理人:「いやぁ、あんまり無理をするもんじゃありません。寝てるときに足が痙ったりしますよ。あれは痛いですよ~」
2日目は軽くすまそうと、“疲れ“という暗示をTさんに植え付けようと必死になっている管理人なのであるw

さあ困ったぞ。
初日で疲れさせて2日目は軽いコースをという管理人のもくろみはすっかり外れてTさん、元気そのものである。まるで疲れを知らない子どものように元気なのだ。
こうなったら山王帽子山を凌ぐ厳しい山へ案内するしかTさんを満足させる方法はないとみた。

8:23
2日目はここをスタート地点にした。
おなじみのキスゲ平である。
目指すは赤薙山のひとつ先のピーク、赤薙神社・奥社跡だ。地理院地図に奥社跡という明記はなく、ピーク2203となっている場所だ。
奥社跡は女峰山への中間点に当たるが、仮に女峰山を目指そうとした場合は奥社跡までが厳しい。キスゲ平からの標高差は850メートルもあり、これは全体の70パーセントにもなる。達成感はあるし自信がつくことは確実だ。今日はそこを目指すことにする。


キスゲ平は元スキー場を園地としたもの。
ここはスキー場の上級者コース部分だ。傾斜は30度ほどある。
今日は全行程をチェーンスパイクで歩こうと考えている。もちろんスノーシューはザックにくくりつけてある。


9:09
標高1601メートルの小丸山へは46分で着いた。
正面に見えるピークが赤薙山(2010M)で奥社跡はそのふたつ右のピーク。


小丸山から先はだだっ広い尾根が続く。道は複数つけられているがこの時期、当然ながら雪に隠れて見えない。赤薙山を正面に見ながら上へ上へと向かっていけば道迷いの心配はないし安全上の問題もない。
管理人と先を行くTさんとの差は広がるばかりだ。画像はズームしたものなので実際はもっと離れている。
お~い、待ってくれ~。ガイドを置いてかないでくれ~(笑)


進行右を見るといつも登っている丸山と、その向こうに高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)が見える。ここは標高1700メートル台だが雄大な景色が広がる。


9:46
標高1810メートルの焼石金剛。
小丸山と赤薙山を結ぶ稜線からの眺めはいいが標高が上がるにつれて視野はさらに広がる。
奥日光に魅力的な山は多いが2千メートル未満でこれだけの眺めが得られる山はない。


眺めのいい稜線も終わりに近づき、次に谷底まで300メートルというやせ尾根を通過する。
左が中ノ沢への斜面。ここは右に見える樹林帯に沿って歩くのが正解。


やせ尾根から中ノ沢をのぞき込む。
怖いっすねぇ。
雪庇を踏み抜いたら滑り落ち、冷たい水が流れる沢にぽっちゃん、などという生やさしいものではないはずだ。なにしろ沢まで300メートルを一気に滑り落ちるのだ。雪の上とはいっても凹凸があるからそのたびにバウンドして雪面にたたきつけられ、そのうちに意識をなくす。身体はなんども回転し、腕や足はねじ曲がり、無残な姿で収容されるというのが滑落遭難らしい(幸いなことにここでの事故はありません)。


10:12
女峰山と赤薙山を分ける分岐路。
女峰山へ行く場合も赤薙山方面に行った方がいい。
斜面が崩落している場所があるし、あまり歩かれていないため笹藪化している場所がある。雪のあるこの時期なら危険性はもっと高いはずだ。


10:26
赤薙山に到着。スタートして2時間03分だった。
積雪期でこのタイムはまずまずだろう。これもTさんに引っ張られたのが理由。


赤薙山山頂からのビューポイントは鳥居の奥の一箇所のみ。
女峰山がよく見える。来月になれば雪が少なくなるからあの頂へでも。
それでは、これからが今日の核心部分なので先を急ぐとしよう。Tさんにとって未知の領域へと。


赤薙山山頂を過ぎるといきなりこのような場所と出くわす。
尾根は切り立っている。尾根のトップは岩なのですぐ下についている道を行く。


11:34
唐突と思われるかもわからないが、着いた。
ここが奥社跡だ。
Tさんのペースが速すぎてこの間、写真を撮る余裕がなかった(^^;)
スタートして3時間11分は早い。
昨年4月、雪がもっと少ない時期に管理人がソロで歩いたときは3時間25分かかったから、やはりTさんのペースだ。
ちなみに地図を見ればわかると思うが、女峰山への道のりで厳しい場所はここまでで、ここから先は緩やかな稜線歩きとなる。行程の半分がここで終わるのであとは女峰山を眺めながらゆっくり歩けばいい。
それにしても相変わらず風が強い。のんびりとランチなどとはいかない。樹林帯に潜って食べたのは昨日と同じ。


目的は達したのでTさんは満足そうだ。
でもここは岩尾根、気を抜かずに帰ろう。


振り向くと女峰山が吹雪いているように見える。


Tさん曰く、ここが一番怖かったという岩場。


12:54
二度目の赤薙山通過。


山頂直下は傾斜が急なのでスリル満点なのである。
尾根さえ間違えなければ危険はないから積極的に行こう。


13:12
やせ尾根を通過するTさん。


13:19
続いて焼石金剛を通過。
さて、ここから小丸山へ向かって下るかそれとも、冒険するか?
Tさんの答はもちろん後者だ。


冒険コースにはこんな魅力的な斜面が待っている。ここを降りない手はないだろう。
ただし、商売上の観点からルートは秘密(笑)


適度に締まった雪は快適なのだ。
スノーシューにすべきかとも思ったが履き替えるのも面倒に思え、チェーンスパイクのまま下る。


降りた先は丸山の鞍部。
ここからは地図にあるルートで小丸山へ。


13:50
鞍部から登り返して小丸山に着いた。
ここでもう一度、冒険を!
だが先ほどと同じくルートは秘密だ(ケチ・笑)。
20分かけてスタート地点に戻った。


赤薙山までは山頂直下のやせ尾根に気をつければ安全ですが、赤薙山から奥社跡までは切り立った尾根や片側急斜面があります。
また、3月初旬なのに奥社跡まで行けたのは雪が少ないことが理由。例年並みの積雪だと残雪を楽しめるのは4月後半以後です。くれぐれもご注意ください。

スノーシューツアー開幕早々から赤薙山登山で疲労困憊す。

2017年1月22日(日)

14日から丸4日間、降り続いた雪はさらさらの粉雪でスノーシューを楽しむには絶好のコンディションとなった。
とはいえ、ツアーの予約は少なく、予定表は空白が目立つ。
なにしろ年が明けてもフィールドに雪はなく、これでは昨年と同じくスノーシューツアーのスタートが大幅に遅れるとみて、情報発信もおこなわないできた。
そこへもってきていきなりの降雪に急遽、下見をおこない、その結果をブログやFacebookで知らせてはみたものの、情報が浸透するにはそれなりの日数がかかるというもので、予約は今のところ少なく、しかも2月の予約ばかりだ。

その数少ない予約のうち、昨日は「おとぎの森」をフィールドにしてご婦人ばかり5名のツアーをおこなった。まだ誰も歩いていないまっさらな雪という“ご馳走”を前に、皆さんに楽しんでいただけたのは言うまでもない。
続く今日、大量の雪が積もったとの情報を見て、急遽申し込んでくれたスノーシューの常連Oさんとのツアーをおこなった。

管理人にとって2日続けてのツアーとなるわけだが、シーズン始めのスノーシューはまだ身体が慣れていないため疲れる。
無雪期のハイキングや登山に比べて雪の上を歩くのは、その運動量が倍にも3倍にも達するとてつもなくハードな運動なのである。
冬のツアー開幕、2日目にして、管理人の身体がまだ雪になれていないというのに、Oさんからのリクエストはハイキングを超えて赤薙山登山という過酷なものであった。

この無謀なリクエストを回避すべく説得を試みたのだがOさん、頑として受け入れてくれない(悲)
管理人:「あのね、雪は降ったばかりのふかふかで、スノーシューを履いても膝まで潜りますよ。小田代のほうが無難な気が、、、」
Oさん:「だったらなおさら、やってみた~い。膝まで潜ってみた~い」
管理人:「その~、赤薙山の手前にさしかかると雪庇が張り出したやせ尾根があってとても危険なのだよ。300メートル下の谷に滑落するかも」
Oさん:「あ~、その場所知ってる。去年歩いてちゃんと頭に入ってる」
管理人:「え~と、私、加齢と運動不足で体力面で不安があるのでもっと楽なコースを」
Oさん:「いっぽさんにもしものことがあったらアタシが助けてあげるから安心して」
万事がこんな調子なのである。どちらがガイドなんだか、まったくw

単独登山女子として自立を目指すOさんの今回の目的は、一歩でもいいから女峰山に近づきたいというものであった。昨年、二度の無雪期単独女峰山登山を果たしたOさん、すっかり女峰山の虜となってしまい今年もまた挑戦への意欲を燃やしている。そのためにも今から訓練を重ねておきたいらしい。赤薙山は女峰山に向かう稜線上に位置しているので、女峰山を目指すための訓練には最適なのだ。
ただし、さすがにこの時期は不安なのだろう、こんな老ガイドを頼みの綱とするOさんに敬意を表し、ガイドを務めることにした。

※管理人が主催するツアーは赤薙山登山も含んでいますが、それなりの登山経験がないと厳しいと思います。事前の相談をおこなった上で応じたいと考えます。


9:21
気持ちのいい青空だ。実に素晴らしい!!


ここはまだ標高1400メートルくらいなのに関東平野が一望という素晴らしい展望が得られる。
画像中央は高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)。


キスゲ平園地はスキー場の跡地を利用している。
こんなに狭いスキー場ながら傾斜は初級、中級、上級とあってその変化が楽しめる。ここは中級コース。これからが厳しくなる。


上級コースの斜面を真横から撮ったところ。
傾斜の程度がおわかりだろうか。


女峰山登頂へ向けての訓練登山。きっと楽しいんだろうなぁ、笑顔のOさん。
今日の出で立ちはスノーシューを履いて手にピッケルという変則的なもの。ザックにはあとで使うことを考えてトレッキングポールをくくりつけてある。
ピッケルはこの程度の積雪量、新雪、傾斜では役に立たない。つまり、いまは両足だけの力で急な斜面を登っているわけだ。脚に大きな負担がかかってスクワットと同じ効果がある。厳しいのひと言に尽きるがこれも訓練。


10:12
歩き始めて50分。長い斜面を登りきり小丸山(1601M)に達した。
正面に今日の目的地、赤薙山とそこまでの稜線が見通せる。振り返ると関東平野の大展望が待っている。
写真を撮ろうとしたらOさん、なにを思ったか、雪の上でジャンプをした。30センチほど浮き上がった。
陸でのジャンプは完成したので、今年は雪上ジャンプを完成させるのだという。


小丸山の右に目を転じるとツアーメニューにある丸山がそびえている。
丸山にも雪はたっぷり積もっているようだ。


さあ、小丸山をあとに赤薙山へ向かいましょう。
正面の大きな尾根は仮称・赤薙山南尾根といってツツジが生い茂る藪尾根。昨年挑戦した→こちらに詳しく


11:05
赤薙山直下の焼石金剛。
ここまで来れば赤薙山はすぐだ。
息を整え、小腹を満たすためにやや長い休憩を取る。


赤薙山は稜線上のどこからでもよく見えるが、焼石金剛まで来ると時間が読めるようになる。あと30分くらいかな。


11:31
ここが例のやせ尾根。
無雪期であればなんてことのない尾根だが、北からの風で雪が堆積し片側が雪庇になる。
正しい道は雪庇に近い側にあるが、踏む位置を間違えると雪庇ごと深い谷に落ちてしまう。
ここは樹林帯の際を歩くのが正しい。
余談だがここで柴のワン子を連れたご夫婦とすれ違った。
挨拶すると即座に、管理人の名前(本名)を言い当てられた。ご夫婦は当ブログの読者で市内在住のHさんであると名乗られた。
管理人、このブログに自撮りした顔を晒しているので記憶してくれていたらしいが、挨拶しただけでブログ主であることを言い当てられたことに驚く。それほどこのブログと管理人の顔が知られていることにありがたみを感じると同時に、責任ある情報提供を心がけないといけないなと思う次第だ。


やせ尾根を抜けると山頂はすぐ目の前。
大きな岩が見えたらあと一息だ。


12:03
登頂~~!
無雪期であれば頭上にある鳥居が今はご覧の通り。
冬山を制したという気分になれるというもんです。


赤薙山山頂は樹林帯に阻まれ展望は良くないが、一箇所だけ、木の間から女峰山と男体山が望める。
画像中央、一番奥に見えるのが女峰山。ここからだと近いように見えるが、ピークをいくつも越えなければ到達できない、難関の山である。
Oさん、昨年だけで3回登頂しそのうち2回は単独。管理人はルートを替えて5回登った。生涯あと何回登れるかわからないが、Oさんと同様、女峰山は管理人にとっても挑戦意欲をかき立ててくれる名山なのである。


Oさんのいる場所が赤薙山唯一のビューポイント。
女峰山にじっと魅入っていたOさんがにこやかな顔で戻ってくる。女峰山を前になにを思ったのであろうか。


2千メートル級の山としてはもっとも低い赤薙山だが、長居していると身体が冷える。
昼ご飯を食べたら早々に下山するに限る。
段差が大きいコースは雪が積もると斜面になってスノーシューでも滑る。そこでピッケルの出番である。雪面深く突き刺すとしっかり固定されるから、片手でヘッドを握って身体を支え、ゆっくり歩を進ませる。
管理人のうしろから「キャー、怖い」、「滑る~」、「たすけて~」とOさんの叫び声が聞こえる。が、もちろんそれは楽しんでいるからである。


昨年に続いてピッケル二度目の経験のOさんだが、急な下りもだいぶ慣れてきた。


ここで尾根は二手に分かれる。
広く、緩やかで歩きやすそうな尾根が右に見えるが、それは正しい尾根ではない。尾根の末端が急激に落ち込んでいて谷に続いているので絶対に進んではならない。
往きに登ってきた踏跡に沿って忠実に、同じ道を戻る。


やせ尾根を上方から眺める。なんと素晴らしい景色なんだ。
雪庇の危険性を認識し、安全ゾーンを歩く限り危険がないことがこの画像からわかると思う。


焼石金剛近くの笹原だが、どういうわけかここだけ雪が薄い。
おそらく地熱が高く雪が融けやすいのではないかと想像している。それが焼石金剛の由来ではないのだろうか。そのように考えた方がロマンがあって登山が楽しくなるというものだ。


13:20
小丸山へ向かって稜線を下るOさん。
この展望はなんど見ても素晴らしい。霧降の誇りでもある。


小丸山から先はスキー場を使わず、登山道で下るのが面白い。
無雪期は藪と化しているが冬は雪が積もって歩き甲斐がある。ここではスノーシューはそのままに、ピッケルをトレッキングポールに持ち替えて歩くことにする。
50センチほどの細い踏跡はシカが歩いた跡。


これは野ウサギ。
このように雪が積もると冬でも野生動物が活発に動き回っていることがわかり、自然に対する親しみがより深くなる。