渡渉に急登に、360度の展望に、荒海山は規格外れの山だった(ガイド登山)。

2023年6月17日(土) 快晴・爽やかな一日

6年前、管理人が主催するスノーシューツアーに参加して以来、多くのツアーに参加してくれるようになった客にYさんがいる。
実にアグレッシブな女性でソロでもあちこちへ出向くほど、行動範囲の広さと山行経験の多さは近隣の山しか知らない井の中の蛙の管理人を圧倒する。

そんなYさんだが行きたくても行けない山があるらしい。
ネットで十分な情報を得ながらなぜ行きたい山へ行くことができないのか、それは自身の小心さが理由だという。
調べれば調べるほど、その山へ行くのが怖くなるというYさん。

山に臨むには慎重さと謙虚な心が必要だが、その源となるのが小心さであると管理人は思っている。
小心がゆえに事故を起こさないよう入念な下調べをするわけだし、その結果を自身のスキルと照らし合わせて行動に移すかどうかを決める、それは安全を確保するためにも必須であろう。
Yさんはソロでは無理だと判断した。
それはいい判断だったと思う。

その山は栃木県(日光市)と福島県(南会津町)との境界線上にある荒海山である。
標高は1581メートルと高くはない。
2千メートル峰ばかりの日光の山からすれば低い方だ。
荒海山は栃木県側からの登山道がないため、山と溪谷社の分県ガイド「栃木県の山」には掲載がなく、同福島県の山として掲載されている。
属する山域は南会津の帝釈山系である。

管理人、福島県の山の経験は浅く、難易度を評価する立場にないが、会津の山は標高は低いが厳しいという声を聞く。
経験豊かなYさんが無理だと判断したくらいだからやはり厳しい山なのであろう。

Yさんとの直近の山行は今年の2月、刈込湖へのスノーシューツアーだった。
そのときそんな話を聞き、であれば管理人が共に行動すればYさんの不安の解消に役立つのではないかと行く日を模索していた。それが今日だった。

荒海山は中央分水嶺の山として管理人も興味を持っていたが、他の山行に忙しいあまり登ることがないままだった。
これをいい機会ととらえ管理人は自身の興味を満たすべくYさんに同行した次第だ。


地図アプリ(Geographica)の設定を誤り正確なログを取得できず。

同行のYさんと道の駅「たじま」で待ち合わせた後、ここ荒海山の麓、八総鉱山跡に近い荒海山登山口駐車場に移動した。
Yさんは塩谷町に住んでいるので道の駅「たじま」は近い。
さて、今から7年前(2016/10)、管理人が会津駒ヶ岳に向かう途中、荒海山の下見のために同じ林道を走ったことがあったが、当時から比べると道が拡張されて走りやすくなっていることに気がついた。
この手前に工場風の真新しい建物が建っていて、林道はそのために整備されたような印象をうけた。

いきなり余談。
八総鉱山跡の「八総」の読み方だが、管理人の手元にある2冊の書籍には「やそう(山と溪谷社)」と「やつふさ(随想社)」という記述があり、出版社で異なっている。
そこでネットでいくつか調べてみるとすべて「やそう」と書いてある。
八総鉱山跡をやつふさ鉱山跡と説明したものは1件もないことから、やそう鉱山跡と読むのが正しいようだ。

八総鉱山の詳しい説明(Wikipedia)


車を置いて歩き始めると間もなく、車はこれより先へは進めないというほど細く、草が伸び放題の荒れた林道に変わったが、その景観に似合わないほど立派な登山届入れがあった。
投函口の右の開き戸にはあらかじめ登山カードが入っていて、この場で記入できるようになっている。
親切にも老眼鏡まで備え付けてあった。
管理人は自宅で作成してきた登山届を投函口に差し込んだ。


地理院地図を読むと登山道はこれから先、荒海川の源流に向かって渡渉を3回、繰り返すようになっている。
だが実際には画像が表すように登山道と荒海川は地理院地図で見るように明確に分かれているのではない。
地理院地図で見る3回の渡渉を上回る数の渡渉を覚悟しなくてはならないように思えた。


これなどまだ昔の林道の趣を残しているが、崩れかけた林道の上を斜面から吹き出した水が荒海川へ流れ込んでいる。
先へ進むためには嫌でも水の中に入っていかなければならない。


ここも渡渉。


この案内板は随所にあって道に迷う心配はない。
その意味では安心なのだが渡渉の多さが気力を奪う。


荒海川の右岸、コンクリート製の大きな板が積み重なっている場所に来た。
これも林道の名残りなんだろうか?
それにしてもどうしたらこんな現象になるのか、不思議だ。
増水した勢いでコンクリートのつなぎ目から浮き上がったのかも知れない。


一見すると自然の滑床のようだが、全体を見渡すと人工物であることがわかる。
これも林道の一部なのだろうがもはやその面影はなく、川床と言っていいほど荒海川と一体化している。
あ、いやっ、今はそんなことを考えている場合ではない。
この川床を向こう岸に向かって渡らなければ先へ進めないことをあのロープが示している。
梅雨時でなおかつ昨日、管理人は駒止湿原にいて大雨に降られた。
駒止湿原とそれほど離れていない荒海山も雨だったはずだ。
それによる影響であろう、水量が多い。
滑めらかな川床は多くの場合、苔が付着していて滑る。
課題はふたつ。
どうすれば滑ることなく向こうまで行けるかということだが、あのロープが唯一、頼りである。
慎重に歩けば大丈夫だろう。
もうひとつは水を靴の中に浸入させないことである。
靴は防水だが流れが強いだけにその勢いで靴の履き口から水が入ることは十分、考えられる。
その予防のためにスパッツは装着している。
が、それが反対に作用した。
靴とその上に被せたスパッツとのすき間から水が浸入してしまった。
スパッツは着けない方が良かったのかも知れない。


川床をクリアして林の中へ。


泥濘に置かれた丸太の上を歩いて行く。
朽ちた丸太は滑るだろうから慎重に歩く。


渡渉はなおも続く。
地理院地図では最後の渡渉点となっているが是非そうであってほしい、と心からそう願った。


地理院地図にある最後の渡渉はその通りだった。
登山道は次第に荒海川から離れていき、斜面を上がるようになってきた。


同行のYさんは管理人の後を適度な距離をおいて着いてくる。
ガイドをしながらも多くの写真を撮る管理人にはそれがありがたい。
後にピタリと着いて歩かれると写真を撮るわずかな時間でも同行者を止めることになる。
それは同行者を疲れさせてしまう。


イワウチワが目につくようになってきた。
栃木県では観ることのできない花で管理人は2018年に会津駒ヶ岳で初めて見て魅了された。
薄いピンクのきれいな花だが、花期は終わっていて今は葉の生長が目立つ。
開花時期のイワウチワ


水を含んで滑る急斜面をロープを伝って登る。


次は倒木を跨ぐ。


歩き始めて1時間40分、登山道はここでようやく尾根になった。
渡渉ありロープにすがって登る急傾斜ありとバラエティに富んだ道程だった。
これから先は尾根道なのでそれほど苦労しなくてもすむだろう、とは管理人の心の中の声である。
地理院地図には間隔の詰まった等高線がある。
気を弛めるわけにはいかない。


登山道はここで国道352号線の戸坪沢を末端とする尾根と合流した。
荒海山を視野に入れて検討を始めた頃、地理院地図にある登山道すなわち、八総鉱山跡からの登山道の他に歩けそうな尾根が2本あるのを見つけ、それを使えば周回できる、そんな思いがした。
そのひとつがこの地点と戸坪沢を結んでいる北尾根である。
倒木を使って塞がれているがこれはおそらく下山の際に間違って戸坪沢へ下りてしまわないようにするためのものであろう。
いつかここに写る管理人自身の写真を撮りたいものだ。
そうそう、周回するのはもっと下調べをおこなってからの話ね。


展望が開けたので振り返ると北方に七ヶ岳が見えた。


ズームすると名前の通り、見事に7つのピークが並んでいる。
中央の一番岳から右へ七番岳へと続いている。
いつかは登ってみたいものだ。


傾斜が30度もある急斜面。
ありがたいことにロープがかかっているがこのロープなくしては登れないほど急だ。


歩き始めてちょうど2時間半。
目の前に荒海山が現れた。
だがまだずいぶん遠くに感じる。


サラサドウダン
緑一色の中、淡い朱色が美しく感じる。


崩落地点に差しかかった。
山側は大きな岩、足下は土が流れ落ち木の根が剥き出しになっている。
さて、どうやってここを通過すべきか、緊張が走る。
よく見ると岩の中程にロープがかかっているのを確認した。
まず右足を踏み出し左右の手を広げて岩をつかむ。
さらに一歩進んで右手でロープをつかむ。
これで落ちる心配はなくなった。
次ぎに左手で別のホールドをつかんで身体を移動し、右足を地面にしっかり着く。
Yさんにも同じ手順でやってもらった。


足場のしっかりした場所で立ち止まり、現在地を確認した。
山頂に近づいてはいるが急傾斜はまだ続くようだ。
標高差にして154メートル。
まだまだ頑張らなくてはならない。


ユキザサ
癒やしとなるのはこれらの花たち。
荒海山は会津の山らしく植物が多い。


ゴゼンタチバナ


マイヅルソウ
花のすぐ下に見える葉はイワウチワ。
マイヅルソウの葉はその下に隠れている。


ショウジョウバカマ
咲き終わってはいるが花後の特徴から見間違えることはない。


エンレイソウ
柱頭3つに雄しべが8つ。


古賀志山を思い起こすほどの岩場。
慎重に登ったのは言うまでもない。


うぉ~、山頂だ!
ほんの数メートルの短い藪だったが、藪を抜けて突然の山頂の出現は意外であり、感動的ですらある。
噂に違わず展望が良さそうだ。


山頂から振り返るとYさんも藪から抜け出し、山頂を踏むところだった。


苦節3時間と56分。
渡渉に苦労し、急斜面の登りに苦労し、崩落した道に苦労したが、こうして山頂に立ち、360度の展望を目にすると苦労が報われる思いがする。
Yさんもきっとそう思っていることだろう。
なお、この山名板には標高が1580.4メートルと書かれていて地理院地図の1581メートルと異なる。
わずか60センチの違いなんだから大目に見ろよ、で済ませるわけにはいかないだろう。
なにしろ地図の発行元の国土地理院は国の機関なんだから。
帰宅後に調べてわかったのだが、昔、荒海山山頂の標高はこの山名板の通り1580.4メートルだったらしい。
ところがその後の国土地理院の標高見直しにより1581メートルが正しいことがわかり、地図を訂正したという(歴史春秋出版「会津百名山ガイダンス」)。
したがって、今では地理院地図が正しくて山名板の方が違っているわけだがそれはそれで昔の面影が残っていていいように思える。

さて、荒海山山頂にいたのはわずか5分ほど。
この後すぐ、東に見える三角点ピークに向かった。
地理院地図に登山道は描かれていない。
道はあるのかも知れないが木々に隠れていて見えない、それほど深い藪になっている。
———-
ここから余談。
山名板を前に、いま管理人が立っている場所は日光市(中三依)である。
荒海山は福島県と栃木県の境界線上にまたがる山であり、降る雨を太平洋と日本海とに分ける中央分水嶺の山といわれている。
山名板の手前に降る雨は地面に染み込んだ後に長い年月をかけて太平洋に注ぎ、山名板の裏側に降る雨は日本海に注がれるという、壮大なロマンを秘めた山なのである。
管理人がそれを知ったのは2016年のことで以来、ロマンに惹かれて県境にある田代山、帝釈山、台倉高山、鬼怒沼山、物見山と中央分水嶺の山に登ったが、どうしたわけか荒海山は縁遠く、未踏のままでいたのである。
1600メートルにも満たない山として、登山の対象外にしていたのかもわからない。


隣の二等三角点ピーク。
ここへ来るまで酷い藪だった。
標高は荒海山よりもほんのわずかに低い1580.5メートル。
荒海山から距離100メートルと近く、尾根になっているのが救いだった。
Yさんが半分にちぎれて落ちている山名板をつないで復元してくれた。
何の気なしに見たのではわからないが、これにも荒海山と記してある。
地理院地図を見ると、「荒海山」はこのふたつのピークを跨ぐように描かれていることから、どちらも荒海山と称していいようだ。

これも余談となるが、随想社「栃木県の山150」は荒海山を掲載している。
その中で、この三角点ピークを「次郎岳」と紹介している。
前述の山と溪谷社分県ガイド「福島県の山」、歴史春秋出版「会津百名山ガイダンス」では1581メートル峰を荒海山西峰、この1580.5メートル峰を荒海山東峰としていて、次郎岳とはしていない。
次郎岳はこの後画像で見せるが荒海山西峰より1300メートル南西にあるピーク1560メートルを指している。


三角点ピークでまず目についたのがベニサラサドウダンだった。
展望を楽しむよりも前にまず写真を撮った。
花が逃げるわけではないのに展望よりも先に花の写真を撮るのは、登山と花の両方を楽しむために登る我々の習性と言えるだろう。


三角点ピークも荒海山山頂と同じく、360度の展望だった。
日光市、那須塩原市、塩谷町にまたがる高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)がくっきり。
高原山はYさんの地元の山だ。


我が日光連山を女峰山を中心にして撮った。


備忘録のつもりでカシミール3Dを使って日光連山を描画し、名前を付加した。


展望を楽しみながら長めのランチタイムをとり、荒海山に戻って来た。
西にピーク1560が見える。
地理院地図に山名はないが、荒海山の栃木県側の呼び名である太郎岳に対して次郎岳、とガイドブックに説明がある。
これらの展望に名残りを惜しんで下山することにした。


今日はピストン山行なので登りと同じ道を下っていくが、登りとはまた違った苦労が味わえる。


急傾斜が続く下山路はこのように前を向いて降りられる箇所は少ない。


振り返って荒海山を仰ぎ見る。


登山道としての尾根はここで終わり、ここから荒海川へ向かって降りていく(8:59と同じ地点)。


コバノフユイチゴ


ギンリョウソウ


尾根から離れ、荒海川に沿った登山道の近くまで下りてきた。
これから再び渡渉の繰り返しだ。


積み重なった林道のコンクリート部分を通過(7:55と同じ地点)。


次の場所では水を被らないよう流れの弱いところを選んで慎重に歩く(7:44と同じ地点)。


歩き始めて8時間半かかって登山届ポストまで戻って来た。
計画(登山届の)では6時間半の予定だったので2時間オーバーだった。
ただし、これには理由がある。
渡渉の多さと難易度を考慮しなかったこと。尾根に乗ってからの難易度を考慮しなかったこと。山頂から激藪の中、三角点ピークを往復したこと。期待しなかったが植物が多く、写真を数多く撮ったことを理由として挙げておく。


駐車場すぐ手前に咲いていたヤグルマソウ。
大きな葉っぱも立派だが花も大きく、見応え十分。



登山データ
計画
八総鉱山跡(8:00)~尾根取付(9:10)~戸坪沢尾根分岐(9:30)~荒海山(11:10/11:40)~戸坪沢尾根分岐(13:35)~尾根取付(13:40)~八総鉱山跡(14:30)
所要時間:6時間30分

結果
八総鉱山跡(7:20)~尾根取付(8:59)~戸坪沢尾根分岐(9:10)~P1251(9:26)~荒海山(11:15/11:20)~三角点(11:28/12:08)~荒海山(12:15)~P1380(13:01)~P1251(13:57)~戸坪沢尾根分岐(14:00)~尾根取付(14:18)~八総鉱山跡(15:55)
所要時間:8時間35分

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