神のお告げは守るべし。背筋が凍って出口手前で折りかえした地蔵岳。

2023年10月6日(金) 晴後曇り、強風

先月25日、ゆるっとした縦走を楽しみたくて古峰原高原の古峯神社(鹿沼市)を起点にして地蔵岳に行った。
日光市と鹿沼市の境界線上に、かつて行者が修行に使った道(禅頂行者道)が現在は登山道として使われていて、行者たちが経を唱えたであろう石の祠や石像が今なお残っている。
歴史にはからっきし疎い管理人だが、それらの跡を見て廻るのは嫌いではなく、身近な山では自宅から登山口まで10数分で行ける鳴虫山に足繁く通ったことがある。
鳴虫山には行者が寝泊まりしたとされる宿の跡も残されていて、なかなか興味深い。

上に書いた禅頂行者道を管理人は細尾峠と地蔵岳の間そして、茶ノ木平から和の代まで歩いたことがあるが、地蔵岳から南への道はまだ歩いていない。
それを歩いたのが先月25日だった。

先月25日は古峰原高原の古峯神社から地蔵岳を目指したわけだが、往路に最初に選んだ登山道は禅頂行者道ではなく工事用の作業道でありまた、復路の最後に選んだ登山道もまた禅頂行者道ではなかった。
かつて歩いた行者道をつなげてみても全行程を歩いたことにはなっていない。

そこで今度は 禅頂行者道の全行程を完了すべく、設定したのが今日である。

山に入るのに下調べは大切である。
登山道の状況を調べるのはもちろんのこと、天気予報もだ。
この日の予報は晴で降水確率は20%となっていたので、どこかで降られるのは覚悟しておいた。
問題は風が強いとの予報が出ていたことだ。
登山者に人気のある「てんきとくらす」によると、山頂(※)の状況は登山指数「C」で、登山には不向きとなっている。

登山指数は「降水量、風速、雲量などを総合的に考慮し、気象条件を独自計算したものです。」と予報会社の説明にあるとおり、今日の山頂は風または雨が強く、登山に適していないのである。
※地蔵岳は山頂予報の対象外だがすぐ近くの夕日岳のを見ることができる。1キロと離れていない同じ稜線上の地蔵岳も同じはずだ。地蔵岳に近い同じ稜線上の夕日岳の山頂予報。
なぜこれを掲載したかというと、この記事を書き始めた7日、手を休めてネットのニュースを見ると、那須連峰・朝日岳で登山者4名が亡くなるという痛ましい遭難のニュースが飛び込んできたからだ。

事故発生日は昨日、管理人が地蔵岳を歩いているのと同じ時間帯である。
1500メートルに満たない地蔵岳でさえ、強風のため昼休みを10分で済ませて下山したほどだから、木が1本も生えていない吹きッ晒しの朝日岳はどうだったか、想像に難くない。
4名とも低体温症で亡くなったそうだ。
1名は滑落していたそうだが、強風にあおられたものと想像する。

朝日岳を含む那須連峰は一年中、強い風が吹き、登山者を悩ませる。
10月に入った途端、栃木県はこれまでの猛暑が嘘のように気温が下がり、風に晒されれば身体を冷やす。
それらを知ってるか知らないかで対応は大きく違ってくる。
残念でならない。


登山口はここ、古峰原峠の先300メートルにある夕日岳登山口を利用した。


地理院地図を見るとしばらくの間、この林道が続き、T字路になったところから行者道が始まるようになっている。


林道が行者道に変わるすぐ手前に行者沼がある。
水は少なく沼と言うよりは湿地といったところ。


登山道が始まるT字路。
鳥居に「大天狗乃大神」という扁額が掲げられている。
地蔵岳への縦走路はここを右(北)へ進む。
行者道は実際にはここから始まるのではなく、ここを左へ行った深山巴ノ宿まで続いている。


林は左右(西と東)への奥行きがあるのと前方の見通しがよく、とても気持ちよく歩ける。


歩いても歩いても見通しのいい林が広がっている。


行者平の道標のある広い林はズミの木が茂り、たくさんの赤い実をつけていた。


熟した実をつけたヤマブドウの枝が落ちていた。
大きな粒を選んで口にした。
甘酸っぱくてとても美味だった。


現在地を確認するためスマホを取り出すと、間もなく雨が降ってくるという情報が入っていた。
縦走路の西側、足尾のピンポイント予報だが、この辺りも含まれるであろう。
10時15分現在の情報によると降り始めるのは15分後である。
スマホを見たのが10時24分だから今から6分後ということになる。
雨具はあるし傘もある、雨の程度によってはその場で引き返そう、そんなつもりで歩き続けた。


この空からは6分後に雨が降り出すとは思えないほどだ。
しかし、木々の間から望む日光の山並みは、上空に雲がかかりまさにこれから降り出しそうな感じだ。


急斜面を上がった先がこの縦走路の最初の山、行者岳である。
山名板を右に見ながら縦走路を直進する。
先月25日は地蔵岳から下ってここまで来て、正規の下山道(管理人が今登ってきた登山道)ではなく、この山名板の裏側の尾根、今や廃道と化した踏跡もない尾根を下り、長沢林道に降りた。


縦走路だから当然ながら登りもあれば下りもある。
だが、このような平坦路歩きが楽しめるのがこのコースの良さだ。
広葉樹の林は見通しが良く、地面は笹に被われているが道幅は広くて歩きやすい。


大きな露岩の脇に座る石の祠。
近寄ってよく見ると祠の前面に享保二十年と刻まれているのが管理人にも読み取れた。
池田正夫著「日光修験・三峰五禅頂の道」には、祠は享保二十年(西暦1735年)に本光坊亮貞という坊さんが奉納した金剛堂と記されている。
また、このすぐ上の巨大な露岩群は「行者八竜(※)」であろうと池田氏は文献から推測している。
先月25日に気がつかなかったのはここを画像の左から右へと下っていったから、岩に隠れて見えなかった。
それにしても1735年の奉納から今日まで288年もの間、雨風雪に耐え、形を崩すことなく残っていることに驚く。

※八つの竜に見立てた岩のこと


ほどなく大岩山。
大きな岩があるわけではなく、緩やかな傾斜にあるピークである。


ドングリがあちこちに落ちている。
これから冬ごもりをしようというツキノワグマには最高のご馳走になるはずだが、その気配はまったく感じない。
足跡もなければ糞も見ない。
縦走路の左右は広大かつ奥行きのある林になっていて、わざわざ人の歩く場所まで移動する必要などないのかもしれない。



湿地帯の脇を歩く。
縦走路は日光市と鹿沼市との境界上にありながら、環境は日光の山とは明らかに違っている。
管理人がこれまで経験した日光の山は、樹林帯の中の急傾斜を登り詰めて山頂に達するというパターンだが、いま歩いているのは傾斜はもちろんあるが緩やかだし平坦路が多い。
境界上にあるこの縦走路は、降った雨を日光市と鹿沼市に分ける分水嶺になっていることが地図でわかる。
それが環境を異にする理由なのかもしれない。


なだらかな丘を思わせるここは唐梨子山(けなしやまと読むらしい)の山頂。


唐梨子山を過ぎて程なく、左に巨大な岩が出現する。
岩の大きさに圧倒されて見落としてしまいそうだが、岩の基部に高さ20センチくらいの小さな石の像がある。
前(10:35の画像)に紹介した「日光修験・三峰五禅頂の道」によると、この像は大日如来坐像で、大日如来が向いている側の広い平坦地に宿があって修行に使われたとある。
かつて修験者はこの像の前に立って読経したのかもしれない。
ちなみに像の左の岩に札が立てかけられているが、これらは現在もなお修行を積む行者が納めていったもの。
最新のは令和五年九月と記されているからごく最近、入峰(にゅうぶ)した行者が納めたものであろう。


地蔵岳への道と古峯神社への道とを分けるハガタテ平に着いた。
地蔵岳は直進する。
右は先月25日に古峯神社から登ってきた道。


急斜面の中のトラバース道。
昭文社・山と高原地図には急登と書かれているが、地蔵岳に向かって直登するわけではなく、ジグザグに登っていくので急斜面を意識することはない。


やがて尾根に変わる。
あそこを左へ曲がるとすぐ地蔵岳である。


ヤシオツツジが茂る斜面を登る。


石の祠が見えたらこのすぐ先が山頂。


かなりのんびりしたペースだったが、歩き始めて2時間40分で地蔵岳山頂に達した。
回りを木々に囲まれて展望はないが、春はアカヤシオが楽しめそうないい山頂だ。
それにしても風が強い。
木々のすき間から見る足尾の山は雪雲がかかっているのか、かすんで見える。
気温は12・3度くらいだろうか、風がなければ快適なはずだが今はそうではない。
風に耐えながらコンビニ弁当を食べ、10分で下山を始めた。
なおこの日、管理人は中間着の上にモンベルのウインドブレーカーを着て歩いた。
それとは別にパタゴニアの薄手パーカーと薄手の雨具をザックに入れ、強風と気温の低下に備えた。
ザックに入れたままいまだに使ったことはないが、ツェルトとレスキューシートもある。
それらすべて、ザックから取り出すことはなかったが、気持ちの安心感はあった。



山頂の風の様子


北西の風に身体を押されるようにして登ってきた道を引き返す。


紅葉にはまだ早く木々の葉はまだ新緑のようにみずみずしい。
ここまで来ると強風の影響を受けなくなった。


苔におおわれた美しい林。
日光の山ではお目にかかれない光景である。
あっ、いや、この林は日光市側だ。
日光の山には珍しく、実に美しい林、と言い換えよう。


足尾の山は雪雲でかすんで見える。



フモトスミレだと思うが、林一面に生育している。
そうか、この縦走路は草花も楽しめるのだな。
来春は足繁く通うことにしよう。


う~ん、素晴らしい!
こんな道を歩けるなんて贅沢すぎる!!


縦走路の最後の山、行者岳を通過。


その次は行者平。
左右、平らな林になっていてここも修行の場として使われていたのではないかと想像する。
ズミが真っ赤な実をつけていた(画像左上のピンク色のがズミの実)。


縦走路の始まり、大天狗乃大神に戻った。
ここを左へ行くと林道になり、車を置いた県道と交わる。
さて、先月25日に地蔵岳に登った際、事前に地蔵岳への登山口を調べておいた。
それによると登山口は6つあり、管理人はそのうちの2つを使って周回した。
残る4つのうち2つは使えないと判断したので2つの登山口が残る。
そのうちのひとつが今日使った古峰原峠である。
そして残ったもうひとつの登山口がこの尾根の先にある。
その登山口に向かって歩いてみようと考えた。
行き着く先は行者たちが冬の修行で長期滞在した深山巴ノ宿(のはず)である。


地理院地図に描かれている南西へ向かうだだっ広く快適な尾根だが踏跡はまったくない。


おやっ、地形が複雑になったぞ。
地理院地図で見るといくつもの沢が入り組んでいるように見える。
そこでスマホを取りだし、地図アプリで現在地とこれから進むべき方向を確認した。
地図アプリは確実性を高めるため「Geographica」と「スーパー地形」という2種類を併用している。
現在地は地図上に示される。
また、身体が向いている方向は矢印で示され、歩けば矢印が追従する
その機能のおかげでどっちへ進んでいるかがすぐにわかる。

地図アプリに表示されている地理院地図にはルートが2本描かれている。
西南西へのルートと南西へのルートである。
この2本のルートのうち、南西へのルートを辿っていけば深山巴ノ宿に行き着く。
ルートを決めて歩き始めれば矢印が追従するので正しいルートを歩いているかどうかがわかる。

先へ進んだが、なんかオカシイ。
管理人が移動しても矢印が追従しない。
そればかりか、身体の向きを変えても矢印の向きが変わらない。フリーズしたように動かなくなった。
スマホがGPSの電波をロストして、地図アプリが機能しなくなってしまったらしい。

緊張が走った。
現在地がわからないし身体が東西南北どちらを向いているのかもわからない。
金縛りに遭ったようにその場から動けなくなった。
背筋が凍る思いとはこのことであろう。
気持ちを落ち着かせようと言い聞かせるものの、あまりの緊張感にどうすることもできない。
こういう場合は無闇に歩き回るのは危険であることを察し、緊張が解けるまでの間、同じ場所に留まっている方が安全である。

管理人は今日一日、神の領域に身を置いた。
その最後、残り1キロメートルで下山というところで事態が発生した。
地理院地図に道は描かれているが地形が複雑で踏跡もない。
これより先はオマエの能力では危険だから行ってはならない、という山の神のお告げなのかもしれない。
その考えに至ったと同時に冷静さを取り戻し、元来た道を引き返した。
君子危うきに近寄らず、だ。


尾根から林道に変わる大天狗乃大神に戻って来た(鳥居の向こうは行者沼)。


一時はどうなることかと思ったが、こうして無事に戻ることができた。
あのとき、山の神の忠告を無視して先へ進んでいたら、この時間もきっと山の中を徘徊していたであろう。
山に入ったら山の掟に従うべし、、、ということを身を持って体験した一日であった。


日光修験・三峰五禅頂の道」に掲載されている地図(同著53頁)によると、今日歩かず欠落した行者道は管理人が途中で引き返した道ではなく、地理院地図には描かれていないが、行者沼から緩やかで広い尾根に沿ってに深山巴ノ宿へ向かっているように読める。
それはちょうど、日光市と鹿沼市との境界上を通って深山巴ノ宿の入口となる県道と交わっている。
わずか840メートルの短い区間だがここを飛ばしたのは悔いが残る。
記憶に頼ったのが間違いの元、書籍の地図を印刷して持参すべきだった。
神のお告げは正しかったのである(笑)
これで次の予定は決まった。

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