禁断の激藪を突破して帝釈山に直登、そして10回目の女峰山へ。

2016年7月20日  晴れのち曇り

野門沢林道ゲート(6:20)~布引滝展望台(7:12/7:20)~林道終点(7:37/7:40)~布引滝分岐(8:04/8:04)~帝釈北尾根分岐(8:31/8:35)~標高点1637~標高点1823~標高点1972~標高点2147(10:26)~帝釈山(12:40/12:43)~女峰山(13:18/13:45)~帝釈山(14:14/14:20)~富士見峠(15:11/15:16)~標高点1935~標高点1862~帝釈北尾根分岐(17:02)~布引滝分岐(17:16/17:20)~林道終点(17:30/17:40)~布引滝展望台(17:53/17:55)~林道ゲート(18:32)
※所要時間:12時間12分(休憩を含む)
※距離:20.1キロ(GPSログをカシミール3Dで処理した値)

去る4日、女峰山へのルートとしてはかなりマイナーな、若子神社からの笹藪ルートで9回目の女峰山登頂を果たした。
地理院地図にも昭文社の「山と高原地図」にも道は描かれているが「山と高原地図」には、“笹多い”という注意書きがある。
距離が長い上に標高にして1700メートルも登らなくてはならないために利用者が少なく、それが原因でルート上に笹が繁茂して藪となったのだろうと思う。
まっ、でも、女峰山の山頂に向かっているすべてのルートを歩いてみたい管理人としては、笹藪ごときで怯んではいられないw
笹藪に大いに遊んでいただこうという寛大な気持ちになって今月4日にやってみたわけだ。
笹は深いところで胸の高さまであって大いに手こずったが、華やかなルートとして人気のある霧降ルートとは違った面白さを味わうことができ大いに満足した。結果はブログにしてあるのでご覧ください。
2016年7月4日のブログ

女峰山のルートはこれまで、裏男体の志津乗越に車を置いて歩き始めるというのがスタンダードだった。
しかし、数年前に駐車スペースが閉鎖されてしまい、現在は志津乗越5キロ手前の駐車場に置いて林道を歩いて登山口まで行かなくてはならなくなった。往復10キロ、2時間以上も余計にかかることになったため管理人は以来、女峰山のルートとして使わなくなった。登山口にたどりつくまで長い林道歩きを強いられるルートは楽しさが半減してしまう。
長い林道をてくてく歩いてやっと登山口、ということを考えれば女峰山へ登るのに志津乗越ルートはもっとも距離が長いといえる。女峰山ルートのスタンダードは一気に難易度高レベルへ昇格した(^^)

その影響もあるのか、交通の便のいい霧降ルートを利用する登山者が増えていることを実感する。天空回廊ができて荒れた登山道を歩かなくてよくなったこと、駐車場が整備されたこと、バス停が天空回廊のすぐ脇に移動したことなどが功を奏したのだと思う。もはやこのルートを利用しない手はない。
このブログにもなんどか書いているが他のルートに比べて眺めのいい稜線歩きが続き、快適なトレッキングが楽しめる。笹藪やこみ入った樹林帯の中を歩くことがない。まるで日本庭園の中を散策するようないい気分で歩ける。イワカガミやシャクナゲが咲く季節に特にお勧めしたいルートだ。雪解けが遅く冬が早いので歩く期間は限定されてしまうが、女峰山登山のスタンダードになりつつある。どうか一度、ご賞味ください。
ただし、それほど簡単なルートではない。時間もかかる。
往路で5.5時間、復路が4.5時間なので計10時間は覚悟する必要がある。とはいえ、亀のごとく歩みの遅い管理人の所要時間なので健脚の方であればそれぞれ1時間ずつ短縮可能であろうと思う。いちおう、参考値として紹介しておきたい。

他のルートでお勧めできるのは好みの問題もあると思うが、東照宮裏の行者堂を起点に標高差1700メートルをひたすら登り続けるロングルートというのがある。稚児ヶ墓から先、広大な笹原(藪ではない)はツツジの宝庫といわれるほどの大群落になっていて、5月はシロヤシオとヤマツツジに圧倒される。それに距離が18キロと長いので健康状態の確認にもなりそう(^^)
行者堂から登り始めて霧降に下りる(あるいはその反対)というのが最良の方法だが、マイカーだと車を取りに戻るという手間がかかる。
したがってこのルートを選択する場合、
1.マイカーを取りに戻る手間と交通費を惜しまないこと。
2.マイカーを2台用意して登山口と下山口にデポできること。当然だが複数人数での登山。
3.路線バスを利用する。ただし、時間的にとても厳しくなる。
といった条件がついてしまう。

例外的には、早朝、身内に登山口まで送ってもらい、歩き終えたら下山口まで迎えに来てもらう方法というのがあるが管理人は以前この方法で家人からひんしゅくを買ったことがあるから、夫婦仲のいいご夫婦に限るというのが条件w

以上で若子神社、志津乗越、霧降、行者堂を起点とする女峰山ルートをおおまかに紹介した。
もっとも無難なのは距離もほどほど、稜線からの眺めのいい霧降からピストンという手かな?
同じルートを往復することになるが変化に富んだコースなのでピストンなら2倍、楽しめる。

これらをやったらあとは栗山の野門(のかど)ルートが残る。
野門をスタートして富士見峠に出てそこから帝釈山を経て女峰山へ登るというかなり厄介なルートだ。野門から富士見峠まで見通しの効かない深い樹林帯の中をただひたすら9キロも歩き、その上で富士見峠から帝釈山を経て女峰山に達するのに、さらに2キロも歩くという苦行を伴うのでマニア向けといっていい。修行増になったつもりで歩く覚悟が必要なほど大変なルートだ。

布引滝展望台から眺める女峰山と帝釈山

野門から歩き始めるルートをもうひとつ。
スタート地点は同じ野門だが富士見峠を経由せずに帝釈山に直登するという方法がある。
野門~富士見峠~帝釈山が直角三角形の2辺と考えれば帝釈山直登ルートは三角形の斜辺を歩くようなものなので、距離はずいぶん短縮できる。
しかし、、、だ。
このルートは藪が予想される。若子神社ルートで笹藪に泣いたのでできれば藪は避けたいところだが、愛しの女峰山へ登るためには致し方ない。
だが、事前の調べでは林道をショートカットしたりルートファインディングを必要としたりといった、山歩きの楽しさを味わえそうなのだ。
そのへんの経緯は7月17日のブログに詳しく書いておいたので参考に。
2016年7月17日のブログ

それにしても多彩なルートを持ち合わせてるな、女峰山は。
稜線歩きが好きな方から藪歩きが好きな方まで、さあ、あなたのお好きなルートで登ってらっしゃい。
でもそんなに簡単じゃないわよ、アタシを攻略するのは。そう言われているようだ。さすが母なる山、手厳しい(^^)

今日はその母なる山の懐に、ちょうど10回目の挑戦として野門から飛び込んでみよう。
心優しく迎えてくれるのかそれとも、厳しさにはじき返されてしまうのか、期待と不安は大きい。

上に書いたように今日予定しているルートは野門から富士見峠へ向かって南下して、途中で帝釈山の北尾根に乗り換えて山頂に達し、女峰山に行くというのが往路で、帰りは帝釈山から富士見峠に出て野門へ戻るというロングコースだ。
管理人が愛用しているフリーソフト「カシミール3D」で距離を試算したところ、約16キロと出た。
ただし、試算ではクネクネと曲がった道も直線としてとらえているので、実際には2割くらい多くなると考えている。所要時間はこれも試算だが休憩を含んで13時間。
いやはや、年甲斐もなくどうしてこんな厳しい山行を考えてしまったのだろう。後悔の念をいだきながらも気持ちを奮い立たせて歩き始めた。
実は昨日、近くの布引滝を見学がてら帝釈山北尾根を標高1800メートルまで登って感触を確かめておいた。

図の赤い線は事前に計画したものではなく、歩き終えた後のGPSの記録を地図に反映させたもの。
このルートに考えが至った経緯は2016年7月17日のブログを参照いただきたい。


川治温泉と川俣温泉を結んでいる県道23号線、野門橋を渡るとすぐ左に立派な門構えの道がある。
なぜここが家康と関係するのか、、、、それを管理人が書いたりするとボロが出るのでこちらを。


6:20
県道から外れて2キロほど走るとここから先、一般車は入れない。
工事車両のじゃまにならないように縁石左の草地に車を突っ込んで歩く支度を済ませた。
地図で見るとこの道は大きく蛇行を繰り返しながら南へ向かっているので、道路上を歩こうとすると大変な時間がかかることがわかる。
そこで事前に、3箇所ほどショートカットするルートを設定しておいた(上の地図)。


遮断機の脇を通り抜け、最初のショートカット地点に向かう。


ショートカットに失敗すると返って時間をくったりすることがあるため、到着地点を決めておき、そこへ間違いなく着けるように地図とコンパスを使って歩く。
1回目のショートカットは距離は短いながら傾斜は急だった。
ショートカットが終わると林道のガードレールの切れ目に出たので少し進む。地図にはすぐ先に林道を横切るようにして登山道がかかれているのだ。しかし、その場所には高さが2メートルほどの擁壁があり、上ることができない。
林道を設けるために斜面を削り、そこに擁壁を作ったことで登山道が寸断され、用をなさなくなってしまったようだ。

歩くつもりだった道がない、、、さあ困ったぞ。計画を修正しないと!!
当初予定していたルート


下図は修正したルート
最初のショートカット(図のA)後、登山道が見つからないまま歩いていると林道の右手に階段が現れた(下の画像)。地図で現在地を確認するとここをショートカットできそうだ。
話が前後するが、図のBのようにショートカットすると鳥居と出合ったので、ここで再度、地図を見て図のCのショートカットをおこなった。
3つのショートカットの末に布引滝展望台に出ることができた。
これによって林道を歩く距離は大きく短縮されたはずだ。ただし、笹の急傾斜を登ったことで消費したエネルギー量は林道を歩くのと同じだったかもわからない(^^)


ショートカットする場所は濡れた落ち葉が堆積した急斜面なので、滑り止め効果と登攀力を増すためにチェーンスパイクが有効だ。


6:42
2回目のショートカットをした階段。
地図に描かれた登山道とは明らかに違う場所だが、人が歩くための階段であろうことに間違いない。
GPSで現在地を確かめ、コンパスをセットして斜面を登り始めた。
階段を昇った右のガレ場を登り、次に笹原をひたすら登っていく。


6:55
2回目のショートカットが終わると再び林道と合流。そこには丸太で組んだ鳥居と石の祠があった。
そうか先ほどの階段はここへ来るための昔の参道だったのだ。
しかしゆるやかに上っていく林道ができたことで急傾斜の参道は廃れ、誰も歩かなくなったようだ。
3回目のショートカットはこの鳥居の奥へと進んでいく。

上のチェーンスパイクの画像に写っている人物と鳥居のそばに写っている人物は今日、同行してくれることになった常連客のWさん。管理人が計画したところ、頼りない管理人のために助っ人として都内から駆けつけてくれた。


7:11
鳥居からのショートカット(図のC)を終えるとこんな構造物の真下に出た。
これが布引滝の展望台。擁壁がもっとも低くなった場所を探して道路の上に乗った。


お~、なかなかの展望ではないか。
はて、これから向かう帝釈山そして、女峰山はどれなんだろう?
どうやら写真中央の右、ピラミッドのように尖っているのが帝釈山らしい。女峰山はその左に見えるピークのうちのどれかなのだろう。
答えは冒頭の写真に。


3つのショートカットが終わると次は林道が尽きるところまで歩く。
管理人のこれまでの経験だと山の中の林道は斜面から落ちた岩が堆積していたり道が崩落していたりするが、ここはそれらはまったく見られない。そればかりでなく、一般車が通行するのになんら差し支えないほど整備されている。


7:36
林道を900メートルほど歩くと、休憩するのに十分な明るい広場に出た。
ここからいよいよ道標にしたがって山の中へと入っていく。

地図によると道は尾根上をまっすぐ南下するように描かれているが実際には急斜面を避け、ジグザグに登っている。


8:03
道はここで布引滝方面と富士見峠方面に分岐するので右へ直角に曲がる。


布引滝への分岐を富士見峠へと向かうとすぐ、木の祠と出合う。「山の神さま」という名板が立木に取り付けられている。


石は苔むして古道の雰囲気が漂ういい道だ。
道のすぐ左が一段高くなっているがこれが地図で見る尾根らしい。


左側の一段高くなったところに石の祠があり、中に石像が納められている。
よく見ると右手を直角に上げてなにかを持っているように見える。背中には炎のようなものを背負っているので不動明王なのかも?
ちなみに、地図によれば、ここが富士見峠と帝釈山の尾根を分ける分岐点になっていて、直進すると帝釈山の尾根に乗り、道の右にある沢を横切ると富士見峠に行くようだ。しかし、道は1本しかないためとりあえずこのまま尾根を直進して富士見峠と帝釈山の分岐を探すことにした。


8:31・・・画像A
石の祠から400メートルほど行くと太い木に赤いペンキのマークがある。
そして道の先はややガレていて沢のように見える。帝釈山へは尾根上を進むはずなので沢は通らない。ということはここが富士見峠と帝釈山との分岐に違いない。分岐は地図よりもずいぶん先にあった。
であれば帝釈山への尾根はここで向きを左へ変えているはずだ。左へ入る踏跡を探す。
ちなみに、赤いマーカーの立木はたくさんあるので当てにはできない。地図で探すのが基本。


8:35
ここが帝釈山北尾根の取り付き部分らしい。
シャクナゲの群落だが目を凝らすと判然とはしないが踏跡らしいのが見えた。
と、わざとらしい書き方をしているが実は昨日、下見をしていて標高1800メートルまで確認済みなのだw


8:51
昨日は登山の定石通り尾根上を歩いたところ、びっしり埋まったシャクナゲに行く手を阻まれ、やむなく尾根から西へ少し下がってみたところ、そこはコメツガ林に変わり、歩き易いことがわかったので今日も同じ方法をとった。
歩き易いと書いたがシャクナゲの藪に比べてということであり、実際には倒木あり、落ちた木の枝あり、横に張り出したコメツガの枝ありでそれなりである。踏み跡は見えない。


9:02
標高1820メートル付近のコメツガ林の中に赤いテープがあった。
この尾根が帝釈山へのルートとして使われていることに間違いないことを確認した。
昨日はこのすぐ手前、標高1800メートルで引き返した。


9:09
コメツガ林はシラビソの林に変わった。
尾根は幅広くなり、ともすればどちらに向かっていいのかわからなくなる。
ほとんど見えない踏跡を探すのは諦めて、斜面の最も高い部分を見失わないように慎重に登っていった。


9:21
標高1880メートル付近。今度はコメツガとシラビソの混在林となった。密度が濃くなる。
幼樹は背丈が低いので、前進するのにじゃまをする。枝のすき間を縫ったり倒木を避けながら歩くので真っ直ぐ歩くことは困難だ。


9:36
はっきりした道があったので辿ったところ、こんなところに出てしまった。
シカ道だったのかそれとも、人の踏跡が崩落したのか、いずれにしてもこの先は行けそうもないので斜面を右へ上った。


9:58
標高2050メートル辺りに来ると尾根幅が広がったのでルートを外さないよう、標高点2147に向けてコンパスをセットする。
参考までに、管理人が手にしている地図は前述のカシミール3Dを使って緯度経度線、磁北線を含めて印刷したもので、より細かいところがわかるように縮尺は1/12500にしてある。


10:12
コメツガとシラビソの林は密となり、枝をかき分けながら木々の間を縫うようにして進む。


10:25
進路が南から東南東へ変わって前方に見えるのが帝釈山らしい。
この辺りが地図にある標高点2147だと思う。


10:41
標高2180メートル付近。
倒木がきれいに切断されているのを見つけた。
切断面は古く変色しているが昔はここにルートがあったことをうかがわせる。登山道だったのかあるいは、狩猟か炭焼きのための道だったのだろうか?


腐生植物のギンリョウソウ。
ここに来るまでギンリョウソウは数多く見たがこれほど密度の高いのは初めてだった。


コメツガの幼樹の新緑がとてもきれい。


11:13
コメツガとシラビソの林は途切れることがなく続いている。
すき間を見つけては枝の下をくぐって前に進んでいくがシャクナゲに比べれば苦痛ではない。


標高2250メートル付近。
ここまで来るとハクサンシャクナゲがまだ見られる。
藪には違いないがほっと一息つける瞬間。


11:40
シャクナゲは尾根上にしかないものと安心していたところ、尾根から一段下がったシラビソ林の中にびっしり。


おっ、ゴゼンタチバナだ。


11:58
標高2360メートル付近。ようやく帝釈山が見えた。
ただし、あそこへ達するためには目の前にびっしり茂っているコメツガとシラビソ、シャクナゲの群落を抜けなくてはならない。
踏跡はない。自分の足下さえよく見えないくらいの藪だ。人が通れるすき間もない。
枝で目を傷つけないように頭を下げ、両手を前に突きだして枝をかき分けながら進んで行くが身体が枝の上に乗ってしまうと足が地面に着かず浮いてしまう。時間ばかりくって先へ進まない。ここが一番の難所だった。
この藪を経験したらもう怖いものはない、そんな気持ちにさえなった(^^)


12:03
激藪は数分で終わった。だが、ずいぶん長い間、藪と格闘したように思えた。
藪を抜けると今度はザレ場となった。このザレ場は地理院地図に「砂れき地」記号として描かれている。
更新頻度の低い地理院地図に描かれているくらいだから、この数年の間にできたザレ場ではなく、十数年あるいは数十年前からこの状態にあるものと思う。
ここを横切って対岸の林の中に入るべきかそれとも、直登した方がいいのか迷ったが、斜度から判断して滑落の危険はないように思えたので上へと向かった。
慎重派のWさんは左に見える林の中へと消えていった。


ザレ場の正体は火山礫だ。
火山礫はその性質から軽く、不安定だ。
靴を載せると潜りまた、滑る。力が入らない。雪の斜面を登っていく要領で、靴のつま先を食い込ますようにして足場を作り、慎重に登っていく。


より安全な場所を選んで慎重に登っていくWさん。
自分で言うのもなんですが、その方が絶対、安全です。


12:30
ザレ場上部の藪を抜けると今度は高さ3メートルほどの岩が立ちはだかっている。
10メートル間隔の等高線だと予測が困難な岩場である。
17日のブログで紹介した「日光連山ひとり山歩き」作者の烏ヶ森の住人さんはここを右へ巻く道があると書いておられたが、ホールドとなる岩の突起がはっきりしているので越えられると判断した。
問題はこの岩の上部であった。
表面が白いのでてっきりそこも岩であろうと思ったのだが、とんでもない見誤りであった。白く見えたのは土の表面の地衣類であった。
さあ、どうしよう。ホールドとなるものがない。
視野を広げて見つめると、地衣類のすき間に太さ2センチほどの木の根が見える。3本ある。
最初の木の根を左手でつかんで身体を引き上げ、右足を50センチ上に移動すれば岩の突起に乗せることができる。次に左手を2本目の木の根に移して空いた木の根に左足を乗せる。そのようにイメージしながら登っていった。
すると間もなく草が生えた斜面だ。そこに枯れたハイマツの枝があった。根はしっかりしているのでつかんでも大丈夫そうだ。
そうやって登ったところが帝釈山のすぐ下だった。


Wさんも無事に岩をクリアした。


きっとこの上が山頂に違いない。


お~、やったぞ。
帝釈山の山名板を裏から見る。この位置から見るのは初めてだ。よく頑張った。


12:39
歩き始めて6時間13分。
ついに北尾根で帝釈山の山頂に達した。感動で言葉が出ない。Wさんも同じらしい。
Wさんに体調を聞くと悪いところはないようだ。では、次は予定通り女峰山だ。
休む時間もなく女峰山へと向かった。


帝釈山と女峰山を結んでいる稜線はわずかなアップダウンはあるが快適だ。
今日のルートのハイライト部分なのだが、深い霧で景色は見えない。


霧の中に専女山の山名板が見える。


コケモモ。
美しさに立ち止まって何枚も写真を撮った。


間もなく女峰山のはずだが霧に包まれて見えない。


コメツツジ


ミヤマダイコンソウ


最後の登りは岩場だ。
岩は脆いので足を乗せる場所に注意しながら登っていく。


13:18
数えて10回目の登頂を果たした。
母なる山、女峰山は今日も快く迎えてくれた。
2002年に初めてこの山頂に立ちそれから14年かかってようやく10回だが、この間、怪我による長いブランクがあったことを思えばよくぞ10回も登ったものだと我ながら感心する。
生涯であと何回登れるかわからないが、この素晴らしい女峰山とは末永くお付き合いしたい。


13:45
27分の休憩の後、帝釈山へと向かった。


タカネニガナ


14:14
再び帝釈山に戻ってきた。
ここからが帰りのルートになる。
富士見峠に向かって急降下していく。


富士見峠への樹林帯の下りはこれで4回目となる。
これまでの3回の記憶だとかなりの悪路という印象が残っていたが、4回目の今日はそれほど悪い道ではないという感じがして、我ながら驚いた。
当時はまだ未熟者で山道を歩き慣れていなかったためであろうと思う。それからいろんな道を経験したからだろうか、いまではごく普通の道のように思える。


15:04
大雨で水路が拡大し渡れなくなってしまったのか、溝に丸太が渡してある。


15:11
富士見峠は4差路になっていて南は志津乗越へ、西は小真名子山へ向かっている。
車を置いた野門へは道標を右、北へと進んでいく。
調べてみないとわからないが、昔は日光と福島県を結ぶ街道として利用されていたのではないか、そんな風情を感じさせてくれるいい峠だ。


管理人がこのルートを歩くのは初めてだが悪い道ではない。
地図では富士見峠からしばらくの間、道は九十九折となる。
厳しい山道でない限り、普通、登山道が九十九折にはならないはずなので、この道は工事用の林道として敷設されたものであろう。林道の用が済み、このように木が茂ったと考える。


15:26
標高2020メートル付近のガレ場を通過する。
前を行くのは相変わらずWさん。


Wさんからの提案で、最初のUターン部分から標高点1935までの間をショートカットすることになった。


ショートカットを終えて元の道に戻る。
木がうるさいが藪ではないので歩き易い。


標高1850メートル付近。
道は部分的に荒れていてわかりづらいところがある。


大雨が降ったときにはおそらく水路となるのであろう、道はガレていて滑りやすい。


17:18
朝、通過した布引滝と富士見峠との分岐点まで来ると霧が晴れて布引滝がはっきり見えるようになった。
落差120メートル。華厳滝よりも大きい。
実は昨日、下見のついでに布引滝に近づいてみたのだが、間近で見るためには崖をよじ登らなくてはならないらしい。次の課題として帰ってきた。


林道へ向かってゆるやかに下る。


17:29
林道を下に見る位置まで来た。これでもうなにも心配することはない。


17:45
林道終点部分から九十九折りへ向かう。
朝、時間を短縮するために林道を3回、ショートカットしたが、時間も遅くなり辺りは薄暗くなったのでショートカットは2回にとどめ、最後は林道を忠実に歩いて駐車地へ向かった。


18:32
距離は試算の16キロを少し上回って17.1キロ。所要時間は30分下回って12時間23分だった。
このGPSが示す距離はある速度を超えないと計測されない仕様らしいので、実際には20キロは歩いていると思う。


標高点2147から帝釈山の山頂まで、計画を大きく上回り2時間14分もかかってしまった。
激藪、ザレ場、岩場といった時間のかかる難所が続いたためだが、想定していたものの計画に甘さがあったようだ。
まあ、でも、結果だけを考えれば予定より20分遅れて出発した割に、ゴールは30分早かったので良しとしよう。ちょっと待て、その考えがいけないんだよ、山というものはw

17日のブログにも書いた通り、この山行を計画するにあたって次の2つのサイトを参考にさせていただきました。この場をお借りして御礼申し上げます。
※「日光稜線紀行」、starionさんによる「野門~帝釈山北尾根~女峰山周回」・・・2006/07/02
※「日光連山ひとり山歩き」、烏ヶ森の住人さんによる「野門から北尾根経由で帝釈山」・・・2006/07/14

女峰山ルート考察。野門から帝釈山に直登して女峰山というのはどう?

営業許可更新の準備に追われて連日、忙しい思いをしていた。
許可制の仕事であるため万一、更新できないとなれば明日から営業できなくなる。家族三人路頭に迷う、そんなことを想像した。だから無我夢中、一心不乱に全力で取り組んだ。
日頃から整理・整頓・清潔を心がけていれば間近になってあたふたすることもないのだが、それはやはり性格というものなのでしょう。
営業許可は無事に更新できたがこの間、管理人としては珍しいほど、山歩きのことを忘れていた。

息抜きに外へ出てみると赤薙山そして、女峰山が梅雨空の雲の間から見える。
ふと我に返って、山歩きのことが頭に浮かんだ。
前回の山行はいつだったんだろう、そんなことも思い出せない精神状態だった。
記録を見ると前回は今月4日だった。
そうかもう2週間も経つのか。
え~と、前回はどこへ行ったんだっけ? いえいえ、そこまで忘れてはいないw
前回はいま眺めている女峰山に登ったのだ。今年3回目、通算9回目だった。

さあ、そろそろ次の山行計画を立てなくては。
一気呵成に女峰山10回目を目指そうか?
そうであれば、これまでと同じルートで登ったのでは面白くない。
10回目はひとつの区切りにふさわしく、これまで歩いていないというか、食指が動かなかったルートにしてみたいものだ。

それは野門ルートだ。
栗山村の野門(のかど)をスタートしてアスファルトの林道そして登山道を歩いて富士見峠に出て、富士見峠から帝釈山を経て女峰山に至るというルートである。
地図によると林道の終点まで長い九十九折りがあってそれから先、想像だが陽も差さないような薄暗い樹林帯の中を歩いて富士見峠に至る、地図からはそう読み取れる。さらに富士見峠から帝釈山への樹林帯をただ黙々と登っていく。これは過去3度、経験済みだ。道はえぐれ倒木がある。陽は差さない。それがこれまで食指が動かなかった理由である。
ところがここへきて目から鱗の面白い発見をした。

管理人の仕事机の上や寝床にはPCから印刷した地図が整然いや、散乱しているw
そのうちの一枚をトイレに持って入ったり風呂に浸かりながら次の計画を練るのが管理人の生活の一部となっている。
野門ルートを子細に眺めていると、野門から富士見峠に至るルートの東に、帝釈山から派生している明瞭な尾根があるのを見つけた(図の四角印)。
もしもこの尾根が使えるのであれば、富士見峠を経なくても女峰山に行けるのではないか、その方が距離を短縮できるしなんといっても尾根歩きが楽しめる、そんな気持ちがしてきた。
う~ん、なぜ今までそこに気がつかなかったのだろう。
やはりあれだな、野門ルートはアクセスの悪さゆえに端から頭になかったのだ。それしかない。
これで30ワットくらいの灯りが差した。

ネットで調べたところ、管理人が考えているルートを歩いた記録が残る2つのサイトが見つかった。
※「日光稜線紀行」、starionさんによる「野門~帝釈山北尾根~女峰山周回」・・・2006/07/02
※「日光連山ひとり山歩き」、烏ヶ森の住人さんによる「野門から北尾根経由で帝釈山」・・・2006/07/14
烏ヶ森の住人さんはstarionさんの記録を参考にされたそうだ。
今から10年前に歩かれたとすれば、当時はおふたりとも管理人よりも若いはずだ。それでも10時間半を要している。
管理人であればさらに2時間は余計にみておかなければならない。

おふたりの山行記録を見ると、いずれも管理人とは比べものにならないほど日光をくまなく歩かれていて、信頼するに十分な山行記録だ。
普段、他者の山行記録を読むことなどしない管理人だが、未知のルートを歩く場合は念のためネットで調べて、役に立ちそうなものは参考にすることがる。それが上に紹介した2つのサイトだった。
地図上の尾根は明瞭だがそこが藪になっているかどうかは地図を見ただけではわからないし、10メートル間隔の等高線からは10メートルに満たない崖や岩があっても読み取れない。だからこのような先達のリポートはとてもありがたい。
おふたりのリポートによると、帝釈山から派生している尾根上は一部、密藪で難儀するものの、他は歩けないほど酷い藪ではないということ、標高点2147の先、帝釈山直下に滑りやすいザレ場と大きな岩がありそこは巻いた方が安全であることがわかった(管理人が読み間違えもあるかもわからないが)。
灯りは30ワットから60ワットへと昇格した。
ただし、リポートは10年前のものだ。
藪は成長しさらに激しくなっているかもしれない。
60ワットは50ワットに下った。

野門ルートの登山口は日光市栗山なのだが同じ市内でありながら栗山は遠い。
実踏を前に道路状況と所要時間、車を駐めるスペースを確認するため下見に行ってみた。
川治温泉と川俣温泉を結ぶ県道23号線を川俣へ向かって走り、鬼怒川にかかっている短い橋を渡って左折すると家康の里と呼ばれる集落に入る。細い道沿いに数件の民宿と栗山東照宮がある。
さらに進んで行くと人家はなくなり、山の中を走る林道になった。集落から2キロほど走ると鉄製の遮断機が設置されていて、一般車はそこまでしか入れない。車は路肩に2・3台、置けるスペースがある。
遮断機まで自宅から37キロ、60分だった。アスファルトのいい道なんだが、車はここまでか。

地図を見るとここから先、帝釈山の尾根の取り付きまで九十九折の林道が続いている。ただ、幸いなことに遮断機の手前、標高1030付近から林道をショートカットするようにして登山道が付いているので、これを歩けば長い林道歩きは避けられそうだ。
ただし、距離の短縮にはなるが時間の短縮になるかどうかはその登山道次第ということになる。
なんてったって地理院の地図は更新が遅く、とっくの昔に笹藪化している登山道が描かれた地図が最新版として流通(同院のオンライン地図)しているくらいだ。どうなっているかは歩いてみないとわからない。
ちなみにstarionさんも烏ヶ森の住人さんも、林道を歩かれているようだ。ということは地理院地図にある登山道の存在に気がつかないほど、林道は藪になっていたということも考えられる。
しかし、九十九折の林道はなんとしても避けたい。

林道はそこを車が通るように設計されているから急斜面を避け、大回りしながら少しずつ高度を上げていく。したがって距離が長い。登山向きではないのだ。
緩やかだが長い車道を歩くかそれとも、急だが短い登山道を歩くか、どちらがいいかと問われれば管理人は即座に後者と答える。いえね、急な登山道が好きというわけではなく、登山靴で硬いアスファルトの道路を歩くのは疲れるからイヤなんですよ。

だらだらした林道歩きをできるだけ避けて最短距離のルートを考えたのが左図だ。
野門からアスファルトの林道を南下して遮断機手前に車を置いて歩き始め、A地点から始まるヘアピンカーブを避けて、山の中をB地点にショートカットする。
あとはB→C→Dと地図にある登山道を歩いてDで車道と合流し、車道終了点のEから富士見峠への登山道を歩き、Fで帝釈山の尾根に乗るというルートだ。
これなら少なくともA地点からD地点までの九十九折の林道歩きは避けられるはずだ。ただし、地図に描かれている登山道が現在もあればの話w

で、前述のstarionさんと烏ヶ森の住人さんに倣って行程を次のように考えてみた。
野門沢林道ゲート(6:00)~林道終点(7:45)~帝釈北尾根分岐(9:00)~標高点1823(9:45)~標高点1972(10:18)~標高点2147(11:06)~帝釈山(12:10)~女峰山(12:53)~帝釈山(13:56)~富士見峠 (15:01)~帝釈北尾根分岐(17:27)~林道ゲート(19:04)
休憩時間を含めて13時間4分。取り急ぎおふたりの記録を参考にして所要時間を算出してみた。

上に書いた行程の元になるのが下図なのである。
行程を作成するためのツールとして管理人が愛用しているフリーーソフト、「カシミール3D」で予定のルートを設定すると区間距離や区間推定所要時間が算出される。
それをエクセルで作成したフォームに転記すると予定した出発時刻に対して終了時刻が計算される。計算結果に休憩を反映させなければ区間推定所要時間が総時間になるが、休憩時間を加味すると区間推定所要時間プラス90分~120分を見ておいた方がいい。それが13時間4分だ(下図赤枠)。

う~ん、13時間とはねぇ、、、、やってみたい気もするしこの計画はなかったことにしてしまいたい気もするし、心中複雑w

それにしても梅雨の盛りで晴れる日がない。梅雨入りが早かったのでそろそろ明けるのかと思いながら天気図を見ているが梅雨前線は停滞したままだ。せめて雨をまったく心配しなくてもいい日が一日でもあればなぁ、、、、いや進退窮まって野営することも考慮して二日は必要か。

後記
この記事を書いた3日後の20日、気持ちがウズウズして我慢できずさっそく実行しました→こちら

 

今年3度目の女峰山は若子神社から笹藪ルートで。1700Mの登りで疲れ果てたが達成感あり。

2016年7月4日(月) 曇天、雨、強風、一瞬の晴れ間が入り交じる

5:20/若子神社(810M)~7:11/裏見滝出合(1408M)~8:22/荒沢出合(1732M)~9:38/水場(2110M)~10:11/唐沢小屋(2230M)~10:55/女峰山(2483M)~12:26/一里ヶ曽根(2295M)~13:18/奥社跡(2203M)~14:06/赤薙山(2010M)~15:00/小丸山(1601M)~15:30/レストハウス(1345M)

※全行程:18キロ
※所要時間:10時間10分(上記各ポイントで5~10分の休憩を含むが昼食場所は決めず、空腹を感じた時点で食べる)
※累積標高:2318メートル(GPSの記録を元にカシミール3Dで算出)
※「/」の前は時刻、地名のあとのカッコ内は標高


我が家から見る冬の女峰山と赤薙山

女峰山。
日光に数多く存在する2千メートル超えの山で、この山ほど管理人を魅了するものはない。
管理人が山歩きを始めたのは1999年(※)からなので今年18年目になるが、女峰山に初めて登ったのは3年後の2002年であった。
もっとも登りやすいとされる志津乗越の先、馬立から歩き始めて、2時間50分で山頂に達した。このときはたしか、偶然にも林道のゲートの鍵をもつ知人と志津乗越でバッタリ出会い、一般車が入れない馬立まで車で進入した記憶がある。

管理人、それまで2千メートル超えの山は赤薙山(2010M)にしか登ったことがないので、日光の山の魅力を知っていたというわけではない。
だが2002年の女峰山の経験が管理人のその後の山歩きを決定づけた、それほど魅力ある登山だったのである。
いまでこそ、5時間も6時間もかけて山頂に達するのが当たり前になっている管理人だが当時、3時間弱とはいえ管理人を苦しめ、花と景色で感動させるに十分な登山だった。

※山歩きを始めたのは1999年と書いたが、PCに保存してあるもっとも古いデジカメの画像を元に書いている。この年の画像にはザックはもちろんのこと、登山靴や山用のウエアも写っているので、記憶にないだけで実際にはもっと早かったのかもわからない。
このことからも記録することの大切さを思わざるを得ない。

樹林帯の中の急斜面を登り、ガレた沢を恐る恐る渡るとそこに勢いよく流れ落ちる沢水があった。水は高いところから下に流れ落ちるという当たり前の原理なのに、標高2千メートルを超えるこんな高い場所から水が流れ落ちていることに驚いた。
樹林の間から垣間見るすぐ近くの山、いま思うとそれは男体山や大真名子といった日光連山なのだが、その雄大さに感激した。広いガレ場をトラバースして再び樹林帯の急斜面を登るといきなり女峰山の頂上に出た。なるほど、頂上というのはこのようにいきなり出現するものなのだ、と意表を突かれて妙に納得したものだった。
古びた祠があり、そのすぐ先に山頂を示す木柱を囲むようにして石が積まれ、そこが最高標高点の2483メートルであった。男体山とはわずか1メートルしか違わないのだ。
※その後、男体山の最高標高点は2486メートルに変わった。

山頂からの眺めは抜群だった。当時、まだ方角を知る術はなかったので山の名前は特定できなかったが、どこを見ても山、山、山であった。それらの山は形だけでなく緑も美しかった。7月半ばだというのに青空の下を赤トンボが元気に飛び交っていた。

これをきっかけに管理人の本格的な登山が始まったといっていい。
女峰山へはその後、このときと同じルートで2回、難関とされる行者堂から霧降に抜けるルートとその逆ルートが1回ずつ、霧降からのピストンが3回そして今日は行者堂ルートと同じくらい難易度の高い、寂光滝から登ることにした。数えると今日で9回目だ。

多彩なルート

上に書いたとおり女峰山への登り口は日帰りを前提とするなら志津乗越=シヅノッコシ(※)、霧降、東照宮裏の行者堂そして若子神社がある。
さらに加えるとすればアクセスが非常に悪いが野門(栗山村)からのルートがあって多彩だ(※)。標高差も距離も違えばルート上からの眺めも違う。
管理人がもっとも勧めたいのは霧降からのルートだ。駐車場あるいはバス停が即、登山口になっているというアクセスの良さがなんといっても便利。
距離往復14キロ、標高差は1140メートルなので登山の経験があって健脚の人であれば十分、日帰りが可能だ。
ただし、バスだと朝一でも8時到着なので登山には遅い時間となる。午後は天気が急変するので朝6時には歩き始めたい。

※志津乗越からのルートは現在、駐車場が三本松側に5キロも移動(遠ざかる)されてしまい、往復10キロの余計な林道歩きを強いられることになった。以前なら志津乗越から往復14キロで済んでいたものが今は24キロと、女峰山ルートの中で最長距離になり、楽とはいえなくなった。
※野門ルートは上図、富士見峠の北から入山する。

焼石金剛から女峰への稜線

霧降からのルートを勧める理由はなんといっても稜線からの眺めの良さだ。歩き始めて赤薙山の手前まで続く稜線とピーク2209から山頂まで、約3キロにもわたって続く稜線からの眺めが文句なしに素晴らしい。稜線自体が日本庭園のごとく美しいのもいい。

花の季節であれば稜線上に10数種類の花を観ることができる。その代表がハクサンシャクナゲとイワカガミだ。5月は残雪と向き合うのもいい。
他の登山口からだと見通しの悪い樹林帯の中を山頂まで歩かなくてはならないので、ピークハントという目的があるのなら別だが、霧降を登山口とするルートに比べて楽しみは半減する。

ここで蛇足ながら、管理人の女峰山歴というか、女峰山への熱の入れ込みよう(^^)を紹介しておきたい。

行者堂からのルートの高低グラフ

2007年5月に女峰山へのルートで最長かつ標高差がもっとも大きい、東照宮裏の行者堂から登ったことがある。
それまでに一度、志津乗越から登ったことはあるがたった一度で女峰山の虜になり、次は別のルートから挑戦してみたいと思っていたのだ。
もっと登り甲斐のあるルートはないかと探して見つけたのが行者堂から登り始めて女峰山に達し霧降高原に下山するルートだった。
行者堂からの記録

計画段階でわかったのは距離18キロ、登山口から山頂までの標高差が1700メートルもあり、そんな登山は管理人には初めてである。覚悟が必要であった。男体山でさえ標高差は1200メートルなのでそれより500メートルも余計に登らなければならない。標高差1700メートルと言えば男体山の上に鳴虫山が乗っかっているようなものだ(^^)

前もって白根山に登ったり中禅寺湖を1周するなどして体力の強化に努めて実戦に備えたものの、所要時間が10時間もかかり下山時はふらふらの状態であった。
ちなみにその当時、まだ霧降高原の天空回廊はなく小丸山からの下山は地図にある登山道を使う必要があった。この登山道が癖物で、大きな段差はあるわ泥濘はあるわで難路なのだ。天空回廊が完成した現在は笹藪化して歩く人がいなくなった。

同じ年の9月と翌年に志津乗越から二度、これはお客さんとのツアーで登っているが、その翌年の2009年に足首を骨折して2年のブランク、2012年には膝の靱帯断裂でやはり2年ものブランクが生じ、復帰したのは2014年になってからであった。齢60過ぎての4年ものブランクは厳しい。怪我の後遺症は今も残る。
読者の皆さま、登山に限らず怪我でいいことはなにもありません。手術をすると怪我した部分は治ってもその周囲の神経や血管は手術によって傷つくので、痛みや痺れ、関節の動きが制限されたりといった後遺症が必ず発生します。老婆心ながらどうかくれぐれもご注意のほどを。

復帰第1戦は霧降からのピストン

ブランクの期間はリハビリ代わりに低山ばかりを登って体力の回復に努め、昨年5月になってようやく、5回目の女峰登山を果たすことができた。
このときは女峰登山の醍醐味が味わえる霧降高原からのピストンであった。距離14キロ、標高差1140メートルだが雪が残っていたため11時間を要した。

11時間もかかりながらも女峰山に登れたのは、ケガで低山歩きを余儀なくされていた管理人の自信につながったのはいうまでもない。
復帰第1戦の様子

逆バージョン

その2週間後、今度は長年のお客さんであり山友であるWさんと霧降から登り始めて行者堂へ下るという、管理人が2007年に経験しているルートの逆バージョンをおこなった。
距離は18キロ、所要時間は10時間だったので2007年と同じであった。
実は逆バージョンの場合、登山口から女峰山への標高差は1140メートルなのだが、帰りは距離11キロ、標高にして1700メートルも降下しなくてはならないから登りよりも下りを上手にコントロールしなくてはならない。
コントロールに失敗すると一気に体力を消耗してしまう。まっ、早い話が太腿に負担をかけないように意識してゆっくり下る、それに尽きますな。
それと、登りでも体力を消耗しているので、11キロもある長い下りは食べ物の補給を小まめにすることかな。
逆バージョンの記録

今年になっても女峰詣は続いている。
4月の残雪期と6月に霧降高原からピストンをおこなった。

今年4月の様子
今年6月の様子

さて今日、予定している若子神社を登山口とするルートについて説明しておきたい。

寂光神社からのルートの高低グラフ

距離、標高差ともに行者堂からのルートとほぼ同じだ。
距離が18キロと長く、標高差は1700メートルあることから一般的ではなく、栃木県の山だけを紹介するガイドブックにもこのルートの説明はない。
多くのハイカーが利用している昭文社の「山と高原地図」2014年版に道は描かれているが、「ササ深い」と記載されているため歩く人は少ないとみていい。
ササが深いから歩く人が少ない、しかし手入れは莫大なコストがかかるからやらない、この悪循環なので地図に道はあってもやがて完全な笹藪と化してしまう。現在、まさにそのようになっていることが想像できる。

寂光滝の流れを遡っていくとあるところで流れがなくなり、回りから水が湧く、管理人が源流と呼んでいる場所に着く。そこからの帰りは女峰山へのルートに出て登山道を寂光滝へ下るようにしているのだがそのルートに合流して女峰山方面を見やると、道は膝丈の笹に覆われていてこの先ずっと、笹が続いているのだろうことがわかる。山と高原地図に「ササ深い」と描かれている通りだ。

管理人、目的地を決めて歩く際に笹藪に突入し、やむを得ず藪こぎをすることはあっても、藪こぎしたさにあえて藪を狙って計画を組むことなどしない。いたって真っ当な歩きを好むスタイルだw
だが、これまで志津乗越、霧降、行者堂を登山口として女峰山に登ってきたからには、このへんであらたな登山口から登ってみたいと思った。我が愛しの女峰山を極めたいのである。
笹藪を歩くのは本意ではないが、女峰山を極めるためにはそれもやむを得ない。

※上4枚の図はGPSの記録を元にカシミール3Dで描画したもの。縦軸が標高、横軸が距離を表している。

今まさに梅雨の盛り、週間予報に晴れマークの日はない。したがって、降水確率のもっとも少ない日を選ぶしかないが、それが今日だった。
昨夜21時の予報によると降水確率は60パーセントとある。6日以後は40パーセントと少なくなるがそれは直前になってどのように変化するかわからない。100パーセントでなければ良しとしよう、それが今日、決行した理由である。

標高差1700メートルを登るロングコースは2007年以来だから、体力面で不安がある。
荷物はできるだけ軽量化して負担を減らしたい。

錫ヶ岳のときは野営を覚悟したのでザックは15キロになり、老体には堪えた。
今日はテントとマット他、数点を外した。これだけで2キロ以上、軽くなる。
さらにはザックを65リットルから30リットルへと小型のものにした。
これらの工夫で10キロをわずかに下回るまで軽量化できた。

今日の携行品
雨具、防寒着、手袋、シュラフカバー、ツェルト、レスキューシート、行動食多数、スポーツドリンク2Lと補充用の粉末、水道水1L、缶コーヒー、サプリ数種、ヘッドランプ、救急セット、チェーンスパイク、ロールペーパー、デジカメ2台と三脚と予備電池、GPSとGPSロガー、筆記具、コンパス、ラジオ、紙地図、熊避けの笛、折りたたみ傘、手ぬぐい4枚、紙おしぼり数本、ゴミ袋多数、携帯シャワー、携帯電話、スマホ。これに食料が加わる。

なにもそこまで揃えなくても、と自分自身で思うが、歩く人など皆無という道のしかも単独行であるがゆえに非常事態のことを考えると最低、これだけは必要になる。
錫ヶ岳から外したのはテントとマット、無線機、浄水器、GPS用の予備電池くらいか。
それでも10キロを下回るザックは軽く感じる。
ちなみにシュラフカバーとは寝袋が湿気で濡れないようにする防水カバーのことで、夏はこれだけで寝袋の代わりになる。使う機会はこれまでなかったが、ツェルトとこれがあれば非常時でも大丈夫でしょう、たぶんw

今日の行程だと雨は覚悟しておかなくてはならないし、笹の藪こぎも想定しておかなければならないだろう。
両者を合わせると疲れは相当なものになるに違いない。
先週の錫ヶ岳に匹敵するくらい、疲れるだろうか?
雨と笹藪だけならまだいい、雷が怖い。クマも心配だ。
不安で案の定、昨夜は眠りが浅くまた、短かった。
起きて1時間も経つのにまだボーッとしている。錫ヶ岳と同じ健康状態での出発となった→錫ヶ岳はこちら

ふふぁ~、眠い。


5:23
自宅を出発する際は小雨だったが若子神社の駐車場に着いて東の空を見上げると雲間に青空が覗いている。しかし、これから向かう北西側はぶ厚い雲に覆われている。この青空が吉と出るか凶と出るか、管理人にそこまで予測できる知識はない。
雨を想定してあらかじめ雨具を着用して歩き始めるべきかどうか迷ったが、暑さを考えると雨具は避けたい。スパッツだけにした。


出発点となる寂光神社の鳥居。標高は我が家とほぼ同じ810メートルだ。
この鳥居をくぐって石の階段を昇ると落差70メートルの寂光滝があり、登山道はそのすぐ脇につけられている。


鳥居前の登山カード入れにあらかじめ用意した3通の登山計画書のうち、1通を入れた。
他の2通のうち1通は家族の目につくように管理人の仕事机の上に置き、もう1通はザックの中に入れて家族から家出捜査、じゃなかった捜索願いが出たときに身元がわかるようにしている。
これ、実は管理人がガイドした女性客から教わったもの。家族のいる女性としてよく考えられた方法だ。


石段を数分上ると若子神社。
ここで滝と女峰山への登山道に分かれる。登山道は神社の真裏にある。


いきなり急登。
足はまだ眠っているので辛いところだ。


おっ、日差しが、、、
いいじゃないか!!
このままであってほしい。


急斜面を登るとゆるやかになる。ここはアカヤシオのトンネルになるいい道。


広いミズナラ林。
秋から春にかけて熊棚が見られることがある。
この尾根の左が寂光滝の流れで右が田茂沢。
先ほどの日差しはホンの一瞬であった。ここに来ると空は厚い雲に覆われた。


6:10
標高1100メートル付近。
この辺りから膝丈の笹がかぶさって道が怪しくなる。笹は濡れているのでズボンを脱いで雨具に換えた。スパッツはもちろん着けた。
雨がいつ降り出すかわからないような天気なのでザックから折りたたみ傘を出し、手に持って歩く。


標高1200メートル付近。
寂光源流の少し上、聖天岩と同じ等高線上。
ここから先、荒沢出合までが管理人にとって未踏のルートだ。
たが、この時点ですでにどんなルートなのかが明らかになった。藪歩きは避けられない。


7:11
ここで裏見滝からのルートと合流。
ここまで一時、腰高の笹に見舞われたが笹は低くなり、道が見えるようになった。
標高は1410メートル。緩やかな勾配が続いていたが出発してすでに600メートルも上ったようだ。しかし、女峰山まであと1000メートル以上も上らなくてはならない。


さあ、本格的に始まったぞ。
腰高の笹だ。先週の錫ヶ岳を彷彿させる(^^)
笹は雨で濡れている。


人が歩いた形跡などないのに道標だけがやけに立派だ。
先ほどからスズメバチが頭上を旋回している。巣の下を通過したのかもわからない。傘を広げて防御したが20分ほど付きまとわれた末、管理人に害がないことがわかったのか、やがて去っていった。


8:04
標高は1700メートルを超えた。腰高の笹はなくなり、道が見えるようになった。
道は広大な斜面の笹原をトラバースするように付いている。
このまま進むと地図の「荒沢出合」に達するが、道から外れてこの斜面を登ると行者堂からのルートと交わるようだ。
管理人の人生と同じように道を外してみたい衝動に駆られたが今日のところは見える道を素直に歩いて行こう。


8:16
地図に名前のない広い沢が見えてきた。沢はこの少し下で荒沢と合流、上流は唐沢小屋直下まで続いている。
女峰山へはこの沢を渡って志津乗越から来る道と合流するので上流へと向かう。


流れのないガレた沢を横切って対岸の志津乗越から来る道へ。
未踏ルートはここまでで歩き終えた。これから先はこれまで3回歩いている。
なお、このガレ場に出るまでかなりの悪路。


沢の対岸に渡るとさすがに道ははっきりする。
志津乗越からのルートは一般的なので利用者も多い。


道の所々に沢を見下ろせる場所がある。
堰堤群がこの山の崩落の厳しさを物語っている。


おぉ、シャクナゲが、、、
標高1900メートルに達しているからハクサンシャクナゲでしょう。


道はずっと樹林帯の中に付いていて眺めはない。ただひたすら登っていく。


9:34
沢の上流部まで来ると、ガレの間から水が流れ落ちているのが目に入った。
水は女峰山直下の伏流水のようだ。
女峰山へはここの足場のいいところを選んで渡渉する。


沢を渡ると道標があり、ここが水場。


9:40
本流から数メートル離れたところにパイプが差し込まれていて、きれいな水が流れ出ている。
手ですくって口に含むと文句なしに美味い。
手は氷水に浸したかのように瞬く間に冷たくなった。
ここまで700ミリのスポーツドリンクのうち、500ミリほど消費したので、ボトルに粉末を入れて水を満たした。
700ミリのボトルはもう1本、それと水道水を1リットル持参しているので、これで帰りまで大丈夫であろう。


水場から急登になる。


10:11
水場から15分ほどで唐沢小屋に着いた。


避難小屋という扱いなので無人。
水も自炊設備もトイレもないが利用者は多いようだ。


この小屋の利用記録として用意されているノートの最新の日付は今月2日になっていた。


避難小屋を正面に見て右へ行くと東照宮裏の行者堂へ下る。
女峰山へは左へ向かいさらに急登を続ける。


10:28
避難小屋から10分でガレ場のトラバースにさしかかる。
岩や石は安定しているが、上に登山者がいれば念のため自分で安全確保を。


ガレ場を抜けると再び樹林帯となる。
ミヤマダイコンソウと遭遇。


マイヅルソウ


先ほども見たがハクサンシャクナゲ。


10:55
花を眺めながら急斜面を登っていると突然、視界が開け、そこが山頂だった。
目の前に女峰神社の祠が見える。


10:57
祠の左手に見慣れた山名板がある。
歩き始めて5時間半、9回目の女峰山登頂だ。
三脚を使って自撮りしたがこのあとすぐ、カメラを載せた三脚が風で倒れた。
強風で身体が傾く管理人(そんな馬鹿な・笑)。


山頂には濃いガスが立ちこめ視界不良。嵐のような風が吹いている。
まずは防寒のためにウインドブレーカーを着て周りを見回した。
ほんの数秒、ガスが切れて帝釈山が見えたので急いでカメラを構えた。後にも先にも景色が見えたのはこのときだけだった。


今日はピークハントが目的だったので山頂での滞在時間は約15分。
目的は達したしこの風の中、じっとしているのは辛いので早々に山頂を去って霧降へと向かった。


11:18
女峰山の隣のピーク、2463メートル。
地理院地図に記載はないが三角点がある。


コケモモ。
女峰山山頂から霧降へ向かっての稜線は花の宝庫でもある。


ガレ場の急な下りにミヤマダイコンソウが。


先月10日に来たときは盛りだったイワカガミはほとんどなくなり、これは最後のひと株だった。


11:48
地図にあるピーク2318まで来ると樹林が風を遮ってくれるので、ここで山頂で食べるつもりだった菓子パンとバナナをお腹に収めた。


ツマトリソウ


12:11
ピーク2318を下った鞍部に水場がある。
手持ちはまだ十分だったが念のため、水量を確認しに行った。
正面に見えるピークは一里ヶ曽根。


土中に差し込まれた2本の塩ビ管の1本から、水が流れている。
梅雨に入り、先月10日に確認したときに比べると水量は多かった→先月の様子


水場がある鞍部からピーク2295の一里ヶ曽根を見上げる。
ここから標高で約50メートル上がる。


ピーク2295の一里ヶ曽根。
名前の由来は不明だが曽根とは尾根のこと。一里はどこかの場所を起点とした距離のことだと思うが、管理人にはわからない。昔は距離を「里」で表す方法がとられ、1里=4キロとされていたがその地域独自の尺度があったのだろうと思う。


シャクナゲがもの凄いことになっている。


道がシャクナゲ林の中を通っている。
まるで日本庭園の中を歩いているような贅沢な気分を味わえる。


ナナカマド(七竈)。
木は堅く、竈で七回、燃やしても燃え尽きないという例えだ。


ベニサラサドウダン


ハクサンシャクナゲ
これまでシャクナゲと説明してきたのは正確にはハクサンシャクナゲといって高地のもの。


ゴゼンタチバナ
この辺りで雨が激しくなってきた。
雨具はすでに上下を着用している。


ピーク2209から奥社跡へと向かう鞍部。


13:18
ピーク2203の奥社跡を通過。
休みは取らない。


奥社跡からの激しい道を下っていくとこのようなピークが見える。急いた気持ちからこれが赤薙山かと見間違えるが、赤薙山はこのピークに達してさらに400メートル先。


両側が切れ落ちた細い尾根を歩く。


14:06
ふ~、ようやく赤薙山だ。人心地がついたというか、ここまで来ればゴールは目前だ。


焼石金剛へのやせ尾根にさしかかる頃、霧はもっとも濃くなった。


焼石金剛手前の笹原。
赤薙山を下り始めて焼石金剛の先の小丸山までは、雨が降ると道が泥濘化して滑るので注意。


コメツツジ


ハナニガナ


これは開花間近のクルマユリ。
茎の根元の方の葉っぱを見ると輪状になっているのがわかる。これが名前の由来。


15:00
無事に小丸山まで下山した。
正面に見える回転扉を開けて入るとニッコウキスゲが咲くキスゲ平園地だ。


15:05
ここから1445段の天空回廊が始まる。
終わりまでの標高差は237メートル。
途中、ニッコウキスゲの他にも高山植物がたくさん見られる。
この雨にもかかわらず、キスゲ目当ての観光客がちらほら。


今が盛りのニッコウキスゲ。


斜面に群落するニッコウキスゲ


ヤマブキショウマ


ヨツバヒヨドリ


コバギボウシ


15:30
途中、花の写真を撮りながら1445段の階段を下りきった。
いつものことながら足はふらふら、余力なしの状態だ。


15:40発のこのバスで帰る。
16:55発の最終バスを覚悟していたのだが3本前のに乗れることになった。
身体はふらふらだが頭も同じだ。さあ、帰ったら風呂に入って、ビールを飲んで、それからゆっくり晩酌して疲れを取ろう、、、しかし、バスに乗ったとたんにそんな考えは吹き飛んでしまった。
そうだ、帰ったらすぐ、スタート地点の寂光滝まで車を取りに行かなくては(泣)。風呂もビールも晩酌もそれまでお預けだ。

かくして10時間にわたる9回目の女峰山が終わった。
曇天、雨と霧、強風、笹藪の女峰山だったが、霧降ルートとは別の顔を見ることができた。
登山口から山頂まで1700メートルも登らなければならない厳しい山行だったが、期待を裏切られることはなかった。達成感があった。
厳しいけれど胸を大きく開いて管理人を迎え入れてくれる、本当は心優しい、母なる山なのだ。
さて、10回目はどんなルートにしようかな。冥土の土産になるような楽しいルートがいいなぁ。

悲願の『錫ヶ岳』日帰り。あまりの厳しさに精根尽き果てるも無事に生還。

2016年6月27日(月) 晴れのち濃霧

5:23/湯元スキー場~7:12/外山鞍部~7:37/天狗平~8:01/前白根山~8:21/避難小屋分岐~9:11/白根隠山~9:43/白桧岳(25分休憩)~10:45/P2296~11:17/錫の水場案内板~11:23/標高点2170~12:17/錫ヶ岳~13:12/標高点2170~13:25/錫の水場で給水~14:09/P2296~14:57/白桧岳~15:26/白根隠山~15:58/避難小屋分岐~16:19/前白根山~16:43/天狗平~17:00/外山鞍部~18:39/湯元
※全行程:22キロ
※所要時間:13時間16分(ただし、上記各ポイントで5~10分の休憩を含む)
※累積標高:2485メートル(GPSの記録を元にカシミール3Dで算出)


2012年7月4日、白錫尾根からの男体山と中禅寺湖

『事前調査』
前白根山から錫ヶ岳へと延びる緩やかな稜線、通称、白錫尾根は4年前の7月に白桧岳まで歩いている。錫ヶ岳の下見のつもりだった。→2012年7月4日の様子
眺望がじつに素晴らしかった。
男体山を目の高さあるいは、それよりも低く眺め、その足下には一周25キロもある大きな中禅寺湖が広がっている。
大真名子山と小真名子山、太郎山が見える。中禅寺湖の西には西ノ湖の、水を満々とたたえた姿が美しかった。絶景と言っていい。

map今日、錫ヶ岳へ行くにあたり4年前と違うのは、白桧岳から先が未経験のルートであることだ。
地図を見る限り、難しくはない。ただし、距離が長い。白桧岳から片道3.5キロもある。
白桧岳から高度を下げながら地図にある標高点を2つ越え、3つ目のピークが錫ヶ岳だ。錫ヶ岳の手前に等高線が詰まった急登があるが標高差は200メートル、これは頑張ればなんとかなるだろう。
藪などの障害物がないと仮定して時速2キロのペースで1時間半、白桧岳から往復3時間はかかる。

4年前の記録そして、今年になって2度歩いた前白根山の記録を元に行程時間を大まかに推定してみると、湯元~180分~前白根山~90分~白桧岳~90分~錫ヶ岳となり、片道で6時間だ。
ただし、推定なので最低、6時間と見るべきでありこれは霧降から女峰山へ行くよりも長い。
霧降~女峰山はこれまで5回、経験しているから時間が読める。錫ヶ岳は初挑戦にして女峰山よりも距離が長いのだ。それが最大の懸念材料になる。

このルートを選定した理由

『登山前』
長丁場なので4時に湯元をスタートする予定であった。
そのため自宅からの移動時間を節約するため前夜は湯元で車中泊することにした。寝る環境が変わっても熟睡できる自信が管理人にはあった。それは長年にわたるキャンプ生活で身につけたものだ。
携帯電話のアラームを3時に設定し寝袋に潜り込んだが寝付けず、こんなときのためにと持参した睡眠導入剤を服用したもののそれでも眠気は来ない。

明日、初めて歩くルートの難易度のことが頭から離れず、気が高ぶっているのであろう。背もたれを倒して簡易ベッドにしたシートの凸凹が身体に馴染めず、それも安眠を妨げることになったようだ。
テント内で寝ること長じて、キャンピングカーで寝る生活ははるか昔のことであり、すでに身体が受け付けなくなっていたのだ。

うとうとしかかったところでアラームが鳴った。予定の3時だった。しかし、睡眠導入剤はまだ効いていて頭はボーッとしていた。
無理だ。こんな状態では歩けない。せめて薬の効果が切れるまで待とう。
目を一瞬、閉じたらそのまま寝てしまったようだ。だが、頭の片隅では予定の起床時間を過ぎていることが気になっていたのか、アラームをかけていないのに4時に目覚めた。浅い眠りであったが3時間は眠れたのであろうか。

実際の出発までにそれから1時間20分も要したのは、これをやっておかないと気が済まないという、管理人にとっての儀式のようなものが盛り込まれているからだ。
すなわち、腸脛靭帯部分へのテーピング、膝とかかとへのサポーターの装着。着替えて朝食の準備。昨夜のうちにコンビニで買っておいたオニギリをコッフェルに入れ、野菜入りの乾燥スープを使って雑炊を作って食べた。雑炊の水は多めの500ミリにした。山行前の水分補給を兼ねたつもりだ。
歯磨きもきちんとしたしトイレも済ませた。

儀式は多くの項目で成り立っているが、ひとつの組合せによるもので登山がうまくいくと、しばらくの間、同じ組合せが続く。それは山行にあたっての管理人のジンクス、縁起担ぎのようなものであり、これをきちんとやらないと事故が起きそうな気がして落ち着かない。まっ、早い話が小心で臆病なんですね。それとも信心深いのかなぁ(^^)
それから車を登山口に最も近い、スキー場脇の駐車場に移動して登山靴を履いた。
あっ、いけねっ。儀式のひとつ、顔を洗っていなかったw


Impression
『白桧岳から錫ヶ岳へ』
白桧岳へ行くにはいくつかのルートがある。
そのどれも魅力的なのだが錫ヶ岳初挑戦の今日は、前白根山まで行くのに歩き慣れている湯元からにした。
スキー場を抜けて外山鞍部、天狗平を経て前白根山に達し、それから白錫尾根を歩いて予定の4時間30分を少し下回る、4時間23分で白桧岳に達した。ただし、7分は誤差の範囲。
白桧岳の手前は笹原だが踏跡はしっかりしていて歩き易い。しかし、そこからが厳しかった。
笹は膝まである。踏跡はあるのだが笹によって覆い隠されていて見えない。救いは目印となる赤テープと木に取り付けられたブリキ板そして、木の枝に塗布された赤色のペンキだ。地図を見る代わりに目印を見つけることに神経を集中することにした。
踏跡にかぶった笹を足で払いながら進むのはかなりの力を必要とした。コメツガの藪も始末が悪い。枝が顔の前にあるので両手で払い避けながら進まなくてはならず、これも疲れる。
どちらにしても踏跡を見逃さないように、丁寧に歩く必要に迫られた。
笹が踏跡上に倒れているのが見えず、不用意に靴を載せたらスリップし、横倒しとなった。泥濘部分で同じくスリップしてやはり横倒しとなった。笹に隠された倒木に足を取られて、顔から前に倒れた。
ときおり現れるコメツガの深い樹林帯は下草が生えてなく、これは救いとなった。
藪が終わり急登が始まったのでこれを登れば錫ヶ岳の山頂であろうと想像できた。笹藪を抜けてコメツガの樹林帯に入ると傾斜が緩くなりそこが山頂であった。
コメツガの木の地上2メートルの高さに山名板が取り付けられていた。
山頂はのっぺりしたコメツガ林の中にあり、展望は東面のみ。そこから男体山と中禅寺湖が望めるから想像していたほど悪くはない。ただし、山頂は狭く10人も立てば埋まってしまうほどだ。
山頂からさらに境界線に沿って南へと道が延びている。
地図を追うと宿堂坊山を経て皇海山に行けるようだ。しかし、その距離たるや半端ではない。途中、幕営は避けられない。とても行く気にはなれない。

『錫ヶ岳から避難小屋分岐へ』
錫ヶ岳から白桧岳までの藪を抜けると疲れがどっと出た。
藪をかき分けて進むのは力がいる。これを行きと帰りにやったわけだ。
白根隠山本峰から北峰にかけてのなだらかな斜面でさえ、足が重い。
辺り一面、霧が立ちこめている。この霧がいつ雨に変わるとも限らない空の色だ。
前白根山が目前に迫ってきた。
朝、通過した避難小屋への道標前まで来た。疲れはさらに増し、足が前に出ない。
直進すると前白根山、左へ下ると10分で五色沼避難小屋がある。いま、その分岐にいる。

160602-128

五色沼避難小屋(2016/06/02)

テントも寝袋もマットも持参している。食料も水もまだ充分、残っている。保温着もある。
錫ヶ岳は長丁場なので非常時に野営することを想定して、重くなるのを覚悟の上でもってきたのだ。
ここから10分も歩けば避難小屋だ。なにも辛い思いをしてまで今日、下山することはないのだ。このまま避難小屋に駆け込めば足を延ばして横になれる。そして寝不足を補うためにも十分な睡眠をとり、明日の朝、ゆっくり下山すればいい。
今日の山行はオマエの能力をはるかに超えたものだろう、疲れてるんだから無理すんなよ。
どうして、そこまで日帰りにこだわってるんだ?
錫ヶ岳登頂という目的は達したのだから、それで満足すべきじゃないのかね?
さあ、避難小屋へ駆け込んでメシでも食って早く寝ろよ。

いや、錫ヶ岳日帰りは長年の夢であり目標だった。そう簡単に撤回するわけにはいかないのだ。
小屋に泊まれば楽であることは初めからわかってる。
だけどオレは、そんな簡単な登山はしたくない。
難易度が高い山を日帰りでやることに意義があるんだ。
ここまで戻ってきたんだから這ってでも帰ってやる。

自問自答はしばらく続いた。
葛藤があった。
避難小屋に泊まって翌日、疲れが回復してから下山するかそれとも、疲れ切っていつ事故が起こるかわからない身体でこのまま下山を強行するか、答えはどちらかしかない。
選んだのが後者であった。
齢を考えると錫ヶ岳を日帰りできることなどおそらく、今後、望めないであろう。
日帰りでやってみたい、それは自己満足というなんの役にも立たない心の問題であるが、管理人を山へ駆りたてる大きな動機でもある。矜持のようなものでもある。
ここは最大、細心の注意をはらって下山することで自己満足を得ることに力を注ごう。

『避難小屋分岐から前白根山そして湯元へ』
避難小屋分岐を過ぎ五色沼水場から登ってくる道と合流すると前白根山へのザレ場となる。ザレ場の上りは始末が悪い。靴が滑って足に力が入らない。
時間をかけて前白根の山頂に立つとこれが今朝、雲ひとつない空の下で白根山を仰いだ前白根なのかと思うほどあたりは薄暗く、日没を思わせるような空が広がっていた。途中、コマクサが美しい花を咲かしていたが疲れが極致に達していたのでなんの癒しにもならなかった。

前白根山から外山鞍部間は緩やかな下りが続く。
本来なら疲れた身体を歩きながら休ませるのに最適な部分でありながら、この道でさえ苦痛に感じた。
外山鞍部とスキー場を結ぶルートは傾斜が厳しい。大小の石がゴロゴロしているガレ場でもある。ほとんどの石は地面から浮いているため足を着く場所を選んで歩かないとバランスを崩す。一度、浮き石に不用意に足を乗せたとたんに石が動いて尻餅をついた。これで今日、4度目の転倒だ。
50センチ程度の段差になると一度、腰を落として、それから片足ずつ下ろすのが基本の降り方だが、疲弊した太腿の筋肉は硬直し、膝が曲がらない。
段差の前で立ち止まり、腰を落として、片足を下ろし、両手を腰の脇につき、もう片方の足を下ろす。頭でわかっていることをいちいち言葉にしながら身体を動かしていく。傍からはロボットを見ているような動きであったに違いない。

外山鞍部と白根山登山口との標高差は500メートルもある。距離は800メートルしかないのでその傾斜の厳しさが想像できると思う。62.5パーセント、32度という急勾配だ。
登山口へ下りてホッとする間もなく、次はスキー場の中に敷設されている砂利道を1.3キロ歩いて駐車場に戻らなくてはならない。ザレ場と同じような不安定な道を、足を引きずるようにして駐車場に向かう管理人であった。

これで終わりではありません。
説明はここからです。 m(_ _)m


5:23
早朝の湯元温泉スキー場。
この時期はキャンプ場になる。ブルーのテントがひと張り、ぽつんと見える。
正面の茂みの奥に前白根山への登山道がある。


登山道から振り返るとスキー場に隣接する湯ノ湖、その奥に男体山が朝日に照らされている。


登山道はスキー場の管理道路を兼ねている。砂利が敷かれた道なので登山靴だと歩きにくい。登山口まで30分はかかる。
正面に見えるのは五色山。五色山の手前、左の急斜面を登っていくと外山鞍部へ行く。


5:49
砂利道が終わって登山口に到着。これから30度という急勾配が始まる。


五色沢の堰堤にヤマオダマキが。
そういえばこの辺りは植物の種類が多かった記憶がある。


これはアカショウマ、のはず。ショウマの仲間は見分けが難しい。


外山鞍部への道はガレた急斜面でその上、大きな段差がいくつもある。前白根山に行く難関のひとつとされている。


例年ならこの時期が盛りのイワカガミだが今年は10日ほど早く、そろそろ終わりに近い。


ゴゼンタチバナ
これは葉っぱが6枚だが4枚、5枚と成長して6枚になると花が咲く。


7:12
急傾斜が終わると外山鞍部。
前白根山への難関が終わった。


外山鞍部から前白根山への道は平坦で気持ちよく歩ける。
新緑のダケカンバがとても美しい。


7:37
天狗平に到着。
道は尾根からほんのわずか北側に寄っている。
展望がいいとは言えないが広々していてまるで山頂のようだ。
ちなみに標高は2260メートル。地理院地図に天狗平の記載はない。


天狗平からややトラバース気味に登っていくと再び稜線に乗り、正面に前白根山と白根山をとらえる。
中央右が前白根山、左が白根山。白根山の方が奥に位置しているからその巨大さがわかるというものだ。


同じ位置から白根山の左の斜面を追っていくと実になだらかで魅力的な稜線が見える。
これが錫ヶ岳へと続く白錫尾根。
前白根山から歩いて行くとP2362(地図に記載なし)→白根隠北峰(地図にP2385と記載)→白根隠本峰(地図に名称も標高点も記載なし)→白桧岳(地図には標高点2394と記載)→錫ヶ岳(P2388)に達する。ただし、錫ヶ岳は白桧岳のずっと奥にあってここからは見えない。

なお、白根隠本峰と白根隠北峰といった名称は地理院地図になく、ピークを識別するために管理人が便宜上使っている名称。
昭文社の「山と高原地図」には管理人がいう白根隠本峰が白根隠山(P2410)と描かれている。


8:01
今年になってこれで三度目の前白根山。
積雪期の白根山に登るために3月に、錫ヶ岳の下見のために6月に、そして今日。
そうか、今月二度目になるのだ。


ピークから少し先に行くとこのような展望が待っている。
白根山と五色沼だ。
一度、目にすると病みつきになる美しさだ。


前白根山からザレ場を滑るようにして下りるとこの道。
この手前に五色沼そして、先には避難小屋へ導く分岐がある。


8:21
五色沼避難小屋へはこの道標にしたがって急傾斜を10分ほど下りる。
ちなみに地理院地図にも「山と高原地図」にも道はここまでしか描かれていない。
錫ヶ岳へ行くにはそのまま直進する。
白錫尾根の面白さはここから始まる。


ここから先はハクサンシャクナゲの群落。
いままさに咲き始まったところだ。


8:37
白錫尾根を歩く際のシンボルになっている掘っ立て小屋。
昔はなにかの観測所として使われていたらしい。
かなり前、白根山を下っているときにこの小屋が見えたので、五色沼避難小屋とは別にもうひとつ、山小屋があるのかと思ったのだが、それがこの小屋であった。


シャクナゲの群落をぬって歩く。
今年はシャクナゲの当たり年らしく、どの株にもたくさんの蕾がついている。


白根山の右奥に燧ヶ岳がその独特の形を見せている。


8:51
避難小屋分岐からひと登りすると白根隠北峰に着く。
地理院地図には標高点2385と記されている。
山名板はないがケルンがあるのでそれとなくここがピークであることがわかる。
なお、「山と高原地図」には標高点の記載はない。


男体山と中禅寺湖の眺めが良くなるのもこの辺りから。


白根隠北峰から約50メートル下って次の白根隠本峰を見上げる。
ここから標高で70メートルほど登ると山頂。時間が許すならこのなだらかな稜線を、景色を眺めながらのんびり歩きたいものだ。


9:11
白根隠山本峰と白根山。
白根山は日光でもっとも高い山として知られているが、白根隠山は5番目(※)に高く、標高2410メートルの堂々たるピークである。日光連山で知名度のある太郎山や大真名子山よりも高いのだ。展望も素晴らしい。
奥に見える白根山は平日でも多くの登山者で賑わうが、ここは地図に道がないので歩く人もなくひっそりしている。ただし、管理人は平日しか歩かないので週末の人出は知らない。
※白根山(2578M)→男体山(2486M)→女峰山(2483M)→帝釈山(2455M)→白根隠山(2410M)という順。


次の目的地、白桧岳を目指す。
白根隠本峰から先はガレ場なので踏跡がわかりづらい。尾根筋を見失わないように丁寧に歩いて行く。


9:26
白根隠山と白桧岳のちょうど中間に位置する岩場。地図の岩記号がある場所だ。岩場を巻くようにして踏跡がついているが危険はない。


岩場をクリアしてシャクナゲの群落の間を進んでいく。
歩き易いのはこの辺りまで。


白桧岳にさしかかる頃から笹藪となる。
だが笹はくるぶし程度だし踏跡もハッキリ見えるので道を間違う心配はない。


9:43
白桧岳山頂。
4年前に来て以来、二度目だ。
コメツガやダケカンバ、立ち枯れした木が多い山頂だが眺めが悪いというほどではない。
ここでもシャクナゲの群落が見られる。


さあ、ここから先は管理人にとって未知のルートだ。
気を引き締めて行こう。
水たまりはシカのぬた場。


あれが錫ヶ岳だな。
地図でその姿を想像していたがようやく全貌をとらえることができた。


ミツバオウレン


コメツガの樹林帯だが踏跡はしっかりついていて歩き易い。
だがこのようにしっかりした道になっているのは全体のごく一部だ。


コメツガの枝が顔の前に迫るので両手でかき分けながら前進また前進。


腰高の笹に手こずる。両脚でかき分けながら進んでいく。
踏跡があっても見えないのでそこが尾根筋であることを確かめながら歩く。もっとも、目印も多いので迷うことはないが。


11:17
錫の水場への入口。
白錫尾根で標高がもっとも低い場所だ。水場まで1分とある。
時間が気にかかるのでここは帰りに立ち寄ることにしてさっと通過する。


錫ヶ岳の山頂がすぐ目の前に迫ってきた。
ここから200メートル登ると山頂なのだが、、、


またしても腰高の藪だ。
サービス満点。手を変え品を変え、山頂まで飽きさせることなく登らせてくれるww


あれっ、池塘なのかな、それともただの水たまり?
いずれにしても2千メートル超えの山中で静かな池を見ると癒されるね。


藪はしつこいほど続くw
もう勘弁してくれい。


12:17
深い笹藪を抜けホッとしたと思ったら、そこが山頂だった。
スキー場を出発してなんと、7時間もかかったが長年の悲願達成、錫ヶ岳に登れた。
白桧岳からの予定は1時間半としたが甘すぎた。2時間を超えた。藪こぎを強いられ放しだったのでやむを得なかったことにしておこう。
帰りも同じ藪こぎになることを考えると登頂した喜びは湧かない。難事業の喜びは帰ってからじっくり噛みしめよう。
ここで先着していた男女3人組と出会った。まさかここで他に登山者を見かけるとは思いも寄らなかったので驚く。聞くと、県内さくら市から来られたようだ。
丸沼高原スキー場からゴンドラで2千メートルまで上り、そこから沢に沿って登ってきたのだという。それは管理人が昨年、下見で歩いたルートだった。今年はそのルートも狙っている。
写真は3人組の中のご婦人に撮っていただいた。


山頂は樹林帯の中なので展望がないとの情報であったが東面は開けていて、男体山と中禅寺湖が望める。
時間が迫っているので菓子パンをかじって早々に下山することにした。


13:25
水場への目印まで戻ったので下りてみた。
水量は少ないながらも短時間で給水できるほどの流れだ。
空になったボトルにスポーツドリンクの粉末を入れ水を満たした。


同じルートを戻るので藪は避けられないが、下りの藪と登りの藪では使う力が違ってくる。苦しい。


コミヤマカタバミ


14:37
白桧岳山頂にさしかかる頃になると辺り一面、霧が立ちこめてきた。
雨に変わらなければいいのだが。
山頂にはこの20分後に到着。


白桧岳から先、これまでと違って笹は薄くなり踏跡が見えるようになってきた。


15:08
白桧岳を過ぎると左手に地図でいう凹地が見えてくる。
避難小屋まで続いている。
4年前はここを下りて凹地を歩き避難小屋まで行ったのだが、結構な種類の植物があって楽しめた。。


白根隠本峰への上り。
向こう側から見るときれいな笹原だがこちらからは砂礫帯である。


これもあちこちで見た。コケモモ。


15:26
白根隠山。
朝はクッキリ見えていた白根山が上昇気流にすっぽり覆い隠されてしまった。


白根隠北峰から五色沼を見おろす。


ツマトリソウ


目印となる掘っ立て小屋が見えると避難小屋分岐はもうすぐ。


う~ん、たまらないね、この雰囲気。
まるで異界の中へ吸い込まれる感じ。


15:58
避難小屋への分岐に戻ってきた。
あとは前白根山に登り返せば日没前に帰ることができる。
が、疲れは限界に達している。
ここを避難小屋へ向かえば今日の安眠が約束される。
いま、足を投げ出して横になれるのは大きな魅力だ。
どうする?
この疲れた身体を引きずって帰るかそれとも、いますぐにでも寝袋にくるまって一夜を明かすか。その準備は十分整っているではないか。錫ヶ岳に登頂できたのだから無理して帰ることもない。
心は揺れ動いたが錫ヶ岳登頂はどうしても日帰りでなくてはならないことを、疲れ切った脳に伝え、前白根山へと進むことにした。


五色沼から上がってくる道と合流。
ここから前白根山への登り返しだ。


前白根山頂に向かってザレ場を登っていく。
滑って足に力が入らない。
振り返ると白根山と五色沼が見えるが朝のあの青空とは大きな違いだ。


砂礫帯を好んで生育するコマクサ。
高山植物として人気があるが、環境省の調べによると前白根山のコマクサは本来、ここにある種のものではなく、別の場所から運んできて移植した可能性が高いらしい→詳しいことは環境省の資料で


16:19
ホッとため息。
前白根山頂に戻れた。
ここまで来ればひとまず安心できる。

16:43
天狗平を通過。
疲れているがここで休んでしまったら二度と立てなくなりそうな気がする。なので通過。


外山鞍部から急傾斜をスキー場めがけて下っていく。
早く帰って風呂に入りたい、それだけの意志だけで歩いている。
疲れすぎているのかアルコールのことはまったく頭に浮かばなかったw


18:39
スキー場を抜けて出発点となった駐車場に戻ることができた。
疲労困憊、精根尽き果てながらもなんとか無事に生還したぞ。
日没を覚悟していたが明るいうちに戻れたので上出来だわな。が車の運転、大丈夫か?


GPSのデータを基にフリーソフト「カシミール3D」で描画。
縦軸が標高を表しているが、意外にも知名度の低い白根隠山(本峰)が他に比べて高いのがわかると思う。
なお、お勧めできるのは稜線からの眺めがいい白根隠山あるいは白桧岳までで、そこから先は深い藪歩きとなり、その手の歩きが好きな人以外には勧められない。

錫ヶ岳、日帰り山行におけるルートの考察。

管理人未踏の山として錫ヶ岳のことはこのブログでなんどかとりあげている。
地図で白根山山頂から群馬県との境界線を南南西に辿っていくと白桧岳があり、さらに3キロ先が錫ヶ岳だ。
標高は2388メートルだから白根山よりも男体山よりも女峰山よりも低い。錫ヶ岳への通過点となる白桧岳でさえ錫ヶ岳よりも高い。山頂は樹林帯の中にあるため展望はないらしい。
そして地理院地図にも、一般的なハイカーがよく利用している「山と高原地図」にもルートは描かれていない。要するにアプローチが悪すぎるのと山頂からの展望がないから、一般的には登る価値のない山として見られているのが錫ヶ岳であり、それゆえにあの「山と高原地図」でさえルートとして価値を見いだすことができない、そんな山なのである。

フリーソフト「カシミール3D」で描画した錫ヶ岳他

冬、管理人が主催するスノーシューツアーで奥日光へ向かって走っていると中禅寺湖畔でほんの数秒だけ、他に比べてひときわ白い、白根山が見える場所がある。
そして稜線を左に見ていくとピラミッド型をした実に美しく整った形の山が見える。それが錫ヶ岳である。
走行中に数秒、見えるだけなので注意していないとすぐに視界から消えてしまい、記憶にも残らない。
だがスノーシューツアーで18年も同じ景色を見ていている管理人にはその美しい姿が記憶として焼き付いている。
そしていつしか、白根山からあんなに離れていてルートもないあの山に登ってみたい、そんな大それた考えをいだくようになった。
標高など低くてもいい、展望などなくてもかまわない。そのアプローチの悪さゆえ心惹かれるのだ。

地図を子細に眺めてルートを検討するも、これまでの管理人の登山経験からするとどれをとっても難易度が高そうだ。
考えられるルートは次の通りだ。
1.湯元から前白根山、白桧岳を経由して錫ヶ岳へ
2.菅沼から五色沼に達して上記1のルートに合流して錫ヶ岳へ
3.金精道路から金精峠に達し、金精山、五色山を経て上記1のルートに合流
4.西ノ湖脇から赤岩滝へ向かい、滝の手前からピーク2077に達して錫ヶ岳へ
5.丸沼スキー場を横切って蛍塚山脇から沢伝いに登って錫ヶ岳へ

数少ない錫ヶ岳に関するネット情報を見ても、これといって特に多く利用されているルートはない。みなさん、それぞれ工夫されているようだ。
管理人、今から4年前に上記1のルートで錫ヶ岳手前3キロ地点の白桧岳まで下見に行ったことがあるが、それはもう大変な苦労をした。往復で24キロもあって湯元の駐車場に戻ったとたんに地面に座り込み、しばらく動けない状態だった。ちょうど、左膝の靱帯断裂で手術する前の山行だったから、痛みに耐えながらの苦行だった。
※2012年7月4日の湯元~白桧岳の様子→こちら

ルートにこだわらず錫ヶ岳登頂を目的とするなら、5がもっとも実現の可能性が高い。
昨年の9月、下見で錫ヶ岳手前3キロ地点まで行ってみたが、これは割と楽だった。プラス2時間見れば登頂できるという確信を得て帰ってきたが、長年夢にまで見た未踏の山にそう簡単に登れてしまったら困る。このルートはリピートするときに選択しよう。
※2015年9月の錫ヶ岳下見の様子→こちら

4のルートは厳しい藪こぎがあるらしいから、それだと返って時間をくってしまい日帰りが困難になることも考えておかなくてはならない。これもリピートの対象にとっておこう。

さあ、どうするどうする?
残るのは1~3のルートだ。
念のため推定時間を含めて所要時間を比較してみた(区間時間の単位は分)。
1.湯元からのルート(6時間)
湯元~180~前白根山~90~白桧岳~90~錫ヶ岳

2.菅沼からのルート(5時間40分)
菅沼~145~五色沼~20~避難小屋~15~白錫尾根~70~白桧岳~90~錫ヶ岳

3.金精道路からのルート(5時間45分)
トンネル~35~金精峠~40~金精山~60~五色山~30~前白根山~90~白桧岳~90~錫ヶ岳

1~3の差は20分。長い距離であることを踏まえると20分は誤差の範囲と考えて差し支えないと思う。
う~ん、迷うなぁ(^^)

湯元を起点としたルート図

よしっ、ここは歩き慣れた湯元からのルートに照準を合わせよう。
そして管理人がまだ元気なうちに2と3、それが終わったら4と5、という順番で行こう。

とはいえ管理人、ニュースを賑わす高齢ハイカーに類する年齢となり山に賭ける時間はこの先、それほど長くない。その間に5回も登れるのかね?

いつもの60代コンビ、コウシンソウを愛でに雨の中を足尾の庚申山へ。

2016年6月15日(水) 曇り→雨→濃霧

銀山平(7:12)~一の鳥居(8:03)~お山巡りコースへの分岐(9:18)~お山巡りコース~庚申山荘コースとの合流点(11:37)~庚申山(12:36→見晴台→13:10)~合流点(13:45)~庚申山荘(14:28)~分岐(14:36)~一の鳥居(15:28)~銀山平(16:23)
各ポイントで10分ほど休憩。写真撮影で立ち止まること多数。

梅雨とはいえ2日前、13日の予報だと晴れのち曇り、少なくとも雨にはならないはずであった。ただし、天気は下り坂であることは間違いなかった。

常連客のWさんは年に4・5回、管理人が経営するペンションを訪れては管理人と山行を共にすることが習わしとなっていて、すでに10年になる。
雨の日の山歩きは独特の風情があって管理人、嫌いではないが、雨具を着ていることによる汗で衣類が濡れる、あの感じがどうもよろしくない。
汗が逃げないから濡れるのかそれとも、雨具のすき間から雨が浸入して濡れるのかがわからないあの感じ、どちらにしても雨具の襟元部分から立ち上ってくるあのムワッとする汗の臭い、これが我が身の臭いなのだと思うとなんだか悲しくもあり、情けなくなる。
どうせ濡れるんだからいっそのこと雨具を脱いでしまおうかと思うこともあるが、そうすると体温が下がって身の危険が増す。やはり、我慢するしかない。

前夜、すなわち14日の夜はこれも習わしになっている作戦会議をおこなった。
雨あしが強いことが安普請の建物の中にいてわかる。
Wさんは大学講師としてフランス文学に精通していてワインにも詳しい。この日もビールのあと、赤ワインを飲みながら明日のコースを検討した。
いや、検討したというのは正しくなくて、予定していたコースの見直しだ。

コースは当初、中禅寺湖から社山に登って黒檜岳を縦走し、車を置いた歌ヶ浜に戻る20キロから25キロの行程を予定していた。25キロというのは登山ルートとしては長いのだが、Wさんも管理人も登山中の事故の半数を占める中高年者ではあるもののそれくらいの距離なら問題ない。
このコースは一度、稜線に乗ってしまえば足下に中禅寺湖、前方になだらかな稜線を眺めながら歩くことができる、とても快適なコースだ。ただし、晴れていればの話。
難点は地図(※)に社山から先、ルートが描かれていないため歩く人が少なくしたがって、笹藪化していることだ。笹はくるぶし程度のところもあれば膝下、腰、背丈といったところもあって歩くのにじゃまになる。そして、笹が覆い被さって踏跡が見えない。ただし、道迷いを心配するほどではない(管理人の経験では)。


ここでいう地図は地理院の地形図を指している。昭文社「山と高原地図」だとルートは描かれているが破線(難路)となっている。

さて、問題はだ、、、
この雨で笹藪は当然ながら濡れている。仮に雨が止んだとしても笹の水滴はそう簡単に乾いてくれない。つまり、雨上がりで高湿度の中、雨具を着たまま歩かなくては全身、ぐしょ濡れになり、これはとても苦痛だ。繰り返すけれどムワッとくる。天気が回復して日差しが出ても笹が濡れていれば同じだ。その場合は蒸し鶏状態になってしまう。
それともうひとつ、問題が。
このコースの魅力はなんといってもその雄大な景色にある。先ほども書いたように足下に中禅寺湖、前方になだらかな稜線を見ながら歩けるのが最大の魅力なのに、雨でガスってしまったら台無しになってしまう。
昨年10月に歩いた様子

次候補としては足尾の庚申山だった。コウシンソウが咲く山として名高い。また、百名山の皇海山に登る経由地でもある。
下野新聞の9日付けの記事にコウシンソウ見頃とあったのを管理人、見逃さなかった。
足尾の山はこれまで縁遠く昨年、皇海山の下見で庚申山に登ったのがお初である。事前の調べでは山域全体が岩で構成されているため起伏が激しく、厳しい岩場には梯子がかかっていてそれらの岩陰にへばりつくようにしてコウシンソウが咲くのだという。ちなみにコウシンソウは国の天然記念物でなおかつ、絶滅危惧Ⅱ類に指定されている貴重種。
下見で行ったのは7月だったのでコウシンソウはすでに咲き終えていた。だから機会を改めてぜひ見たいとは思っていた。
昨年7月に歩いた様子

作戦会議では結論は出なかった。とりあえず朝食の時間と出発の時間だけを決めておき、コースは朝の雨の具合で決めようということになった。

4時半に起床して、股関節と膝の屈伸をして両脚の腸脛靭帯部分にテーピングをした。さらに、膝サポーターとかかとサポーターを着ける、とこれは10日に女峰山に行ったときと同じ。この作業はどうやら長距離を歩くときの定番になりそう。

雨は止んでいたが外は濃い霧が立ちこめ空気は灰色をしている。天気の回復の兆しはない。
雑炊と焼き魚を黙々と食べるWさんと管理人。やがてWさんの口から、庚申山にしましょうとぽつり。やはり、Wさんも濡れた笹藪と濃い霧を想像したらしい。
雨でも霧でも庚申山ならばコウシンソウが見られるという楽しみがある。そそくさと支度をすませて出発することにした。

管理人もWさんも花を見つけたら気に入った写真が撮れるまでその場を動かないという、あまり効率的でない山歩きをする質なので、普通の人の3割増しの時間を要する。
今日は行程も長いので花を撮る時間を考慮して少なく見積もって8時間を考えているから、出発は早いほうがいい。
それでは行ってきます。


7:12
日光市営の国民宿舎「かじか荘」がある銀山平が庚申山の登山口となる。
林道はまだ続いているが関係者以外、通行できないので登山者はここまでで、実質的な登山口となる一の鳥居まで、この林道を4キロ、てくてくと歩かなくてはならない。
標高にして200メートル、進行左に深い谷、右に急峻な斜面に挟まれた林道上は斜面から落ちてきた大小の石がごろごろ、ころがっている。新旧はわからないがこんな石の直撃にあったらひとたまりもない。
先を行くのはWさん。
いつもこんな調子でWさんの後ろに管理人が従うようにして歩いている。


林道は途中から砂利道に変わり、歩きづらくなる。地図の標高点902がアスファルト道と砂利道の分岐点らしい。
ガードレールは落石にあったとみられる痕跡があちこちにある。斜面からの倒木が道に横たわり跨がなくてはならなかった。
と、こと林道に関しては管理人、よく言ったためしがない。どういうわけか林道歩きを苦手としていてどこへいっても悪印象をもって帰ってくるほど、なんらかの恨みがあるようだ。いつかその原因を突きとめたいと思っている。


7:51
一の鳥居700メートル手前に奇妙な光景が見られる。
斜面の幅100メートルくらいにわたって大きな石が堆積している場所がある。斜面の上から下に向かって天狗が石を下げ落とした跡、という設定らしい。俗世界に対する天狗の怒りの跡、そのように見ることもできる。


8:03
着いた~、一の鳥居だ。
これで林道歩きという管理人苦手の林道歩きから解放される(^^)
あたりは昨夜からの雨と濃くなった緑で鬱蒼としている。これからいよいよ山へ入るのだという実感がわく。
だけどこの鳥居の色、蛍光色に見える。昨年はもっとくすんで見えたけど、天候のせいか?


これからしばらく間はこのような流れに沿って歩く。
地図だと登山道は沢筋に沿って登っていくが地図に流れは描かれていない。
実はこの日、霧が立ちこめて薄暗くシャッターを切るごとにフラッシュが光って画像が暗くなるため、発光を停止していた。その御陰で水の流れがこのようにきれいに撮れた。ただし、他はピンぼけが多い。


8:38
ボルダリングでもできそうな巨大な岩、鏡岩。
説明板によると「孝子別れの処」という、なにやら悲しい伝説があるらしい。


庚申山までの行程には奇岩が多い。そしてそれぞれに名前が付けられている。
これは「夫婦蛙岩(めおとかえるいわ)」。ついニヤリとしてしまう形の岩だ。


8:59
お次はこれ。
前方のふたつの岩を庚申山を守る仁王象に見立てたものであろう。


9:18
庚申山荘へ行く道とお山巡りをしながら庚申山へ行く道との分岐。ところが、庚申山へは庚申山荘を経由しても行けるしその方が近くて早い。
でもこの道標だと庚申山へ行くには「お山巡り」へと導いている。


道標にしたがって右へ進むとこんな案内板が、、、
だったらわざわざこちらへ導くなっていうのに(^^)
明らかに設置場所のミスである。上の道標と同じ場所にすべきだ。
まぁ、でもご安心のほど。急斜面に梯子がかかっているようなところもあるが注意して歩けば問題はない。


この斜面は結構な傾斜でした。


傾斜がさらに急だったりガレ場にはこのような階段、というか梯子が設置されている。この場所は3連になっている。
クイズ。さて、この梯子はどのように昇ればいいのでしょうか?
1.両手両脚を使って昇っていく。
2.手を使わず足だけで昇っていく。
「1」だと地面の上を四つ足で歩く感じでぎこちない、といって「2」は靴が滑りそうで怖い。
まっ、どちらか安全な方法で、と答えるしかないほど中途半端な傾斜にかかる梯子でした。


おっ、コウシンソウ?
いや、色も大きさも違う。
近づいてみるとユキワリソウであった。ここではコウシンザクラともいうそうだ。サクラとはサクラソウからとったのであろう。ユキワリソウはサクラソウの仲間だからだ。
今が盛りらしく、ほとんどの岩で見られた。
昨年はちょうどひと月違いの7月14日に来ていて、ユキワリソウも見たがこれほど密生はしていなかった。今日でよかったぁ。


深い谷に吊り橋がかかっている。
去年通ったときは落石にやられたらしくワイヤーが支柱もろともひしゃげていたが、補修されたらしい。


オノエランに間違いないと思う。
これも絶滅危惧種Ⅱ類にリストされている。


ヤマオダマキ。
これは小田代ケ原や戦場ヶ原でよく見る。とにかく庚申山は植物の宝庫。


さっきと同じような梯子を今度は下る。
かなり急。垂直に近い。


真ん中の柱が太いのでがに股で下りていく。
雨と霧でスパッツがぐしょ濡れになっているのがおわかりだろうか。少しでも油断すると靴が滑ってバランスを崩す結果に。


別の場所の梯子でこんな下り方もしてみた。
地面が見えるので管理人にはこの方が安心して下れたが、真似はしない方がいいかもです(^^)


お次はぐらぐらする鉄梯子を下って滑り止めのついた木道を上る。
うん、いろいろと楽しませてくれるではないか。


10:53
眼鏡岩と呼ばれる浸食された岩。
元は板状の岩。昔はここを絶えず水が流れていてそれで浸食されたのではないかと想像する。


ウスユキソウ


この花は正体不明。
草のようにも見えるが周りを見ると高さ1メートルほどの木がたくさんある。
名前の特定は課題としておくことに。


危険な箇所にはちゃんと鎖が設置してあって安全に歩ける。
入口のあの注意書きは必要ないような。


とうとう見つけた!
ルートから少し外れた場所でコウシンソウを発見。
そうか、これがあれかぁ、などと喜びのあまり訳のわからないことを口走る管理人である。
たしかに相手は岩だ。岩のわずかな隙間に根を生やして生育しているらしい。ただし、この岩では1株のみで他はすでに咲き終わっていた。


これが胎内くぐりというやつですな。
産道から這い出てくるWさん(^^)
これも水の流れによって浸食されたものでしょう。


11:37
ここで「お山巡り」は終わりとなり、庚申山荘から来た道と合流する。
目指す庚申山はこの太い木の向こうへと進む。


お目当てのコウシンソウが目につくようになってきた。
ただし、ルート上ではなく枝分かれした道の岩壁。
コウシンソウは岩壁のほんのわずかな凹みに根を生やて生育するようだ。それは自衛手段のようにも思える。つまり、地面に生えている植物と異なり人が盗掘しようとしても根は硬い岩に埋まっているから引き抜くことができず、ちぎれてしまうと想像できる。盗掘するのは無意味だよ、そんな声をコウシンソウは発しているようだ。


よく見ると1株から5~10センチほどの2本の花茎が延び、その先にうす紫色の花をつけている。
事前に調べたところ、コウシンソウはタヌキモ科ムシトリスミレ属という聞き慣れない分類で食虫植物だそうだ。この小さな可憐な花が虫を捕らえて喰ってしまうのかと思ったら、花茎や葉っぱが分泌する粘液で虫を捕らえるそうだ。安心したw


12:36
コウシンソウを探しながら歩いたためずいぶん時間をとられてしまったが無事に庚申山に到着。
山頂は木々に囲まれて眺めはない。


山頂から西、皇海山方向に5分ほど歩くと切れ落ちたガレ場で行き止まる。
晴れていればこの正面に皇海山と鋸山が望める好展望の場所である。
今日はあいにく雲に遮られてどちらも全貌を見ることができなかったが、昨年はじつに見事な展望に感動したものだ→こちら
ちなみに皇海山へは管理人がいる場所の左側についている道を下っていく。


ガレ場のすぐ下にアズマシャクナゲが見られた。


アズマシャクナゲはこのような蕾もあれば咲き終わったのもあって見ごろがいつなのか判然としない。


見晴台で少しノンビリし、13時10分に下山にかかるがコウシンソウ探しは続いた。
この岩壁ではユキワリソウに混じってかなりの数が見られた。
なるほど、なんとなくコウシンソウの生育環境がわかってきた。
急峻な岩壁であること、直射が当たらないこと、冷温で多湿であること、空気の流れがある環境を好むらしい。とすればやはり庚申山は最適地といえる。そして、おおよそユキワリソウが咲いている場所、と見当をつければいいようだ。


13:45
お山巡りから来る道と庚申山荘から来る道が合流する地点まで戻り、今度は庚申山荘への道を辿ることにした。まずはこんな奇岩と出合う。


急な鉄梯子は相変わらず続く。


14:21
クリンソウの小群落と出合う。間もなく庚申山荘だ。
ここのクリンソウは千手ヶ浜と違って紫に近い赤、一色だ。白やピンクは一輪もないことから自然種であると想像する。


14:28
無人の山小屋、庚申山荘。管理は銀山平のかじか荘がおこなっている。
右手前に見える小屋はバイオ式トイレ。
管理人、どうしても日帰りで皇海山を往復してみたいのだが、今のところその手立ては見つかっていない。だから初回はこの山小屋に泊まり翌日、皇海山に達し、そのまま銀山平まで戻ってみようと思っている。その次に狙うのが完全な日帰りである。


14:36
往きに通過した分岐点。
朝はこの案内板を向こうへ進んでいった。
ここで宇都宮から来たという男女5人組と出会ったのでコウシンソウの情報交換。


15:28
深い霧の中、一の鳥居まできた。
しかし、まだ終わりではない。これから林道を4キロ歩いて銀山平に戻らなくてはならない。あぁ、林道歩きの苦手意識を克服しなくては、、、、


今日、歩いたルートをGPSで記録して、フリーソフト「カシミール3D」を使って地理院地図の上に重ねてみた。
往復でルートが異なるのは庚申山の手前、お山巡りの部分のみで他は同じルートを辿る。お山巡りコースは面白いので時間が許せば往復、異なるルートをお勧めします。
また、地理院地図の登山コースと実際とが微妙にずれているがこれはおそらく地理院地図のコースの方が古く、実態に合っていないのではないかと思う。

赤薙山から女峰山そして、帝釈山へ。今日も12時間の山歩きで心は晴れ晴れ、足はガクガク。

2016年6月10日(金) 晴れのち曇り

5:12/キスゲ平~5:53/小丸山~6:28/焼石金剛~7:05/赤薙山~8:09/奥社~8:30/P2209~09:10/一里ヶ曽根~9:51/P2318~10:35/女峰山~11:18/帝釈山~12:15/女峰山~13:03/P2318~13:30/一里ヶ曽根~14:05/P2209~14:38/奥社~15:35/赤薙山~15:58/焼石金剛~16:25/小丸山~17:05/キスゲ平

梅雨に入った。
山歩きを趣味としている人には憂鬱な季節であろうと思う。
仕事のある平日に晴れ、週末は雨という日がずっと続いたらきっと泣いてしまうに違いない。と、第三者的に書いている。

管理人、歳を重ねるにつれて仕事への意欲がなくなり、客商売ながら宣伝もしないから売り上げは最盛期の1/3程度に落ち込んでいる。それはすなわち仕事のない日が多いということを表しているわけで、時間だけはたっぷりある。
その時間をせっせと山歩きに有効利用しているというのがここ数年の、管理人の生活様式となっている。

だから梅雨時であっても、前夜の天気予報を凝視して、翌日は雨の心配がないとわかれば急いで支度を済ませて出かける。ここが定職に就いている人との違いであろう。
今日10日、前夜の天気予報では晴れとなっていた。梅雨の合間の貴重な日だ。当然ながら山歩きの日に充てる。
行き先はできるだけ厳しいところ、と決めてある。距離は15キロ以上、標高差が1千メートル以上あってなおかつ、アップダウンをなんども繰り返す山だ。古賀志山ではどれほどルートを工夫してもこの条件に合致しない。

管理人の今年の最重要課題がふたつある。
これまでまだ登ったことのない山に挑戦することだ。
度重なるケガで山から遠ざかっていたが、一昨年になってだいぶ良くなり昨年はかなりの数、こなすことができるまで回復した。
それでも管理人に、まだ手が出せない山が2座ある。
距離が長いので日帰りでは困難と位置づけている山だ。
錫ヶ岳と皇海山である。

両座とも下見(※)のために近くまで行ったことがあるが、やはり遠かった。
途中、避難小屋を利用すれば可能なのだが、仕事の都合で日帰り山行を原則とする管理人にとって小屋泊まりは避けなくてはならない。それに歩き終えたら風呂にも入りたいし晩酌もしたいしw
もとい、管理人の山行様式は疲れ果ててもうこれ以上、無理というまで歩くこと、それが管理人の満足に結びついているから、危険きわまりない登山といえる。
『登山道で高齢ハイカーが倒れているのを別の登山者が発見、病院に収容されたが疲労が激しく事情聴取に応じられず。倒れていたのは下山口までわずか200メートルという場所でした。』といったニュースになってもおかしくない歩き方をする(体力的に問題が、、、)。

そんな我が身を想像してしまう山が錫ヶ岳と皇海山なのである。
それを体調のいい今年こそやり遂げたい。
ただし、並大抵の準備では困難であることは十分、承知している。両座、往復で30キロもある。これまでそんな距離を日帰りで歩いたことがない。
今をその準備期間と位置づけ、長距離、急傾斜、アップダウンの訓練を積んでいるところだ。

錫ヶ岳の下見の様子
皇海山の下見の様子

で、今日の目的地だが、錫ヶ岳あるいは皇海山を成功させるのに必須となる脚力と持久力を養うために、管理人お気に入りの女峰山とした。
女峰山はその優しい名前とは裏腹に、厳しさでは定評のある日光の名山である。
このブログでもいくつか紹介しているのでここで繰り返すはやめておくが、アップダウンの激しい長い稜線歩きと稜線からの眺めの良さが気に入っている。
ここを余裕を持って下山できれば錫ヶ岳や皇海山に一歩、近づくことができる。
もしも時間に余裕がでたら、女峰山の700メートル先にある帝釈山まで行くつもりだ。

今朝は3時半に目覚ましをかけ、起床後、股関節と膝の屈伸をして両脚の腸脛靭帯部分にテーピングをした。さらに、膝サポーターとかかとサポーターを着け、故障に備える。ケガの予防のためには自分でできることはなんでもやってみる、という境地に至っている。
それから朝食を作り始めた。
これからの大仕事に備えて昨夜は袋麺のうどんとバナナを食べ、今朝はスパゲティとバナナ。山歩きにはエネルギー源となる炭水化物の摂取が必須なのだ。
非常時に備えて野営ができるほどの荷物を詰めこんだザックは15キロの重さになった。これを車に積み込むが寝起きの身体にはズシッとくる。

4時40分に自宅を出発。
女峰山の登山口となるキスゲ平へは15分で行けるから、この時間に出発すれば5時少し過ぎた頃から歩き始めることができる。所要時間は帝釈山まで行くことを考えて往復12時間と計算し、日没前に下山するためには5時台にスタートしなくてはならない。

でもこのところ、下山中に両膝が痛くなったり右足に腸脛靭帯炎が出たりと、年寄り特有の症状で苦しんでいる。そこのところが最大の心配ごと(泣)

それでは行ってきます。


5:12
昨夜の予報の通り、よく晴れた。
あの小高いのが小丸山でその先が赤薙山。
女峰山は赤薙山から地理院地図に描かれた5つ目のピークだ。とても遠い。


5:31
天空回廊と名付けられた1445段の階段の700段目。
傾斜はここから急になる。ここでバテてしまっては女峰山を断念しなければならないので、意識してゆっくり上っていく。今日はザックが重いので100段ごとに休憩し、息を整えてはまた上るという繰り返し。


階段はこの傾斜に設置されているのでその厳しさがわかるでしょ。
ちなみに積雪時は登山者のためにこの斜面が開放され楽しさもぐっと増す。


5:47
階段を上り始めてちょうど35分。
空身なら20分で上れるところだが登山靴を履いた上に15キロの荷物はこたえた。
管理人、食事後の体重が55キロなので体重の30パーセント近い荷物を背負っていることになる。


5:52
標高1601メートルの小丸山。
ここが赤薙山と女峰山への登山コースの始まりで正面に緩やかな稜線が続いているが、これがなんともいえない気持ちのいい歩きが楽しめる。奥日光の山だとそうはいかない。
この稜線からの眺めとくに、振り返ったときの広い関東平野の眺めは最高の清涼剤となる。ときに富士山やスカイツリー、都心の高層ビル群が見えることもある。


稜線から振り返った眺め。今日は雲が多い。
真冬の澄んだ空気であればこの向こうに筑波山と富士山、都心の高層ビル群そして、スカイツリーが見える。


小丸山から赤薙山へ進んでいくと左(南側)に大きな尾根が現れる。
左は急に落ち込んでいて霧降高原道路の「高原歩道入口」というバス停で終わる。尾根を登っていくと赤薙山に至る。
管理人、この尾根に長年憧れつい先日、とうとう歩いてしまった。地図に道は描かれていないし実際に道はない。地図を読みながら尾根筋を忠実に歩き、ツツジと笹の藪を突き進みようやく赤薙山の山頂に達したときは喜びに泣いた。

この尾根を歩いたときのブログ


大小の石や岩がゴロゴロしている場所に来ると焼石金剛が近い。
これらの石と岩、赤い地肌は火山特有のものと思う。


6:28
焼石金剛に到着。
ガレ場はここで終わり、これから笹原を歩いて赤薙山直下の樹林帯に入る。


焼石金剛から先、やせ尾根となる。
左側の斜面がストンと落ちているので積雪期はとても怖い思いをするがこの時期はまったく問題ない。
尾根の先に見える樹林帯に突入すると山頂はすぐ。
日光でもっとも楽に登れる2千メートル峰が赤薙山なのだ。


7:05
赤薙山山頂に着いた。
歩き始めて2時間弱だからまずまずといったところか。
女峰山はここから5つ目のピーク。先はまだ長い。
昨夜と今朝は麺類でお腹を満たしているので空腹感はまだない。水分だけ補給して歩きを再開した。


赤薙山から先はほんのわずかな間、平坦な樹林帯の中を歩けるが、この先に試練が待ち受けていることなど想像もつかない。


視界が開けピーク2203の奥社跡(左)とピーク2209(右)が見えてきた。アップダウンが始まるのもこの辺りから。


あっ、白いイワカガミ(岩鏡)だ。文字通り、岩にへばりつくようにして生育する植物。
先週、赤薙山南尾根でも見て古賀志山と同じヒメイワカガミかと思ったのだが、萼片の色が異なるため特定できなかった。あとで調べてヤマイワカガミとしたのだが子細に観察するとヤマイワカガミともなんとなく違うようだ。いまはシロバナイワカガミではないかと思っている。


バイケイソウやシャクナゲ、マツ科の植物群の間をぬって歩く。
奥社直下の急傾斜はこの先から始まる。


8:09
赤薙山神社の奥社跡に着いた。
昔はより高い場所、より奥まった場所に神が宿るとされていたのであろう、赤薙山神社があってその奥にも神社があったようだ。ここがその場所。現在、その形跡はない。


奥社から進路を北に変えてピーク2209の稜線に出た。
ここからが女峰山登山の真髄、緩やかで眺めのいい快適な稜線歩きが楽しめる。


シャクナゲ。
ここはすでに2200メートルを超えているのでハクサンシャクナゲが生育する環境だが、これはピンクの花なのでアズマシャクナゲかもしれない。


おぉ、女峰山だ。いいですな~、でもはるか彼方に見える。
中央が女峰山で左がピーク2359、。
女峰山をよく見るとふたこぶになっている。これは位置関係でそのように見えるが、ふたこぶの右が女峰山の手前に位置するピーク2463。地理院地図にはなんの記載もないが三角点がある山だ。
上昇気流に乗って雲が湧き出た。


こちらは日光に広く分布しているイワカガミ。


ピーク2209と一里ヶ曽根の中間あたり。緩やかで気持ちのいい歩きを楽しめる。


9:10
赤薙山を過ぎて3つ目のピークとなる2295メートル地点。一里ヶ曽根と呼ばれている。
ここまでが女峰山までの2/3。もう一頑張りすれば女峰山に立てる。
後で書くがここで菓子パンをかじっていると間もなく、思いがけない人がやってきた。
やあやあやあ~、なんとなんと! などと挨拶にもならない言葉を交わして管理人、先へ進んでいった。


一里ヶ曽根から先はガレ場の下りとなる。
急なガレ場を下ると平坦な鞍部となり、そこに水場がある。
水場からは急な上りになりピーク2318に達する。


9:32
ここが水場。
細い沢に塩ビ管が差し込まれていて水をすくい取っている。
ここまでで700ミリのスポーツドリンクを空にしたのでボトルに粉末を入れて水を満たした。
今年は雪が少なかったためか流れは細く、ボトルに給水するのに時間がかかった。


9:52
水場から先、ふたたび急斜面を上るとピーク2318。その先で一時的に道は平坦になる。一息つけるわずかな時間だ。


10:05
やがて幅30センチしかない細い道に変わりワイルドな歩きが楽しめるようになる(^^)
と、そんなことを言えるのはこの時期だけで、残雪期は道が雪に隠れて見えずとても怖い。


10:17
山頂400メートル手前に岩場がある。
ロープがかかっているのでまったく問題なく上ることができる。
ただし岩は脆く、足を置く場所によって崩れることがあるので注意が必要。とくにすぐ下にいる人は。
できることならロープを使わずに登る方が岩にかかる荷重が分散するので、岩崩れを防ぐことができるかもしれない。


10:28
地理院の地図には描かれていないがピーク2463。三角点(画像右端の石の柱)がある。
ここまで来ると女峰山はもう目の前に見える。


とうとう女峰山をとらえた。
山頂に人がいるのが肉眼でも見える。
カメラの望遠で見ると5人いる。
管理人が登っている途中、3人に追い越されたので5人のうち3人はそれらの人であろうと思う。


10:33
山頂の女峰神社。やった~、女峰山に着いたぞ!!
今日も苦しかっただけに感無量。
4月に登っているから今年2度目の登頂ということになる。
時間の計測ポイントごとに10分の休憩、花を見つけてはカメラに収めるために休憩、遠くに見える女峰山を眺めては感嘆し、歩き始めて5時間と20分。
途中、3人の登山者に追い越されながらも焦らず、マイペースを守り通した。
4月の残雪期は6時間36分かかったから管理人にとっては好タイムだ。

4月に登ったときの記録


石が積まれた山名板で記念写真を。
右が管理人で左はKIさん。一里ヶ曽根で出会った思いがけない人というのがこのKIさんである。
じつはKIさんと管理人は顔見知りなのだ。しかし、まさかここでお会いするとは!
KIさんは今年の冬、管理人が主催するスノーシューツアーに参加してくれて、話をするうちにトレランの選手であることを知った。国内外の長距離レースに出場しているが夏に開催される240キロのレースに出場するためのトレーニングで来たそうだ。
なんだ、それじゃ管理人と同じ目的ではないか。距離に雲泥の差はあるが(^^)


せっかく山頂に達したのにガスで視界は不良。
天気が良ければ360度の展望があるのに残念だが山ではこのくらいのことは承知しておかなければならない。
さてと、管理人の今日の最終目標は女峰山ではない。女峰山の西700メートルにある帝釈山だ。休憩もそこそこにこのガスの中を突き進むことにする。


女峰山山頂は全体がガレ場だ。
そこを西へ向かって急な斜面を降りていく。
ハイマツの茂る稜線を歩いて行くとこのような大きな岩と出合う。2002年7月、初めてここを歩いたときはこの岩の大きさに恐れをなしたことを覚えている。
恥ずかしい話だがそのとき、気が動転していたのか鎖の存在に気がつかず、この岩を登るのは無理と考え、巻き道を探してかえって危険な目に遭ったのだ。良き思い出として残るこの岩が管理人を古賀志山へと導いてくれたのかもしれない。
いまは古賀志山の経験でこの程度なら驚くことはなくなった。鎖を使わずに登れる。


鎖を上ると専女山。名前の由来はわからない。
いまだに信仰の対象とされているらしく、いろんな御札が添えられている。


ハイマツの生い茂るこの稜線はとても魅力的。
女峰山と帝釈山はわずか700メートルしか離れていないがその間、じつにワイルドな歩きが楽しめる。いい稜線だ。


間もなく山頂。
風の強さを物語るかのように木の枝が南へ向かっている。


11:18
標高2455メートル、女峰山と28メートルしか違わない帝釈山に到着。
ここも女峰山と同じように360度の展望がある。しかしガスで視界不良。
ケガをする前の絶頂期だった2002年に訪れたのが最初でその後、2007年と2008年に来ている。
今日はじつに8年ぶりだ。
携帯圏内だったので友人知人らに無事を知らせるべく、ここでfacebookに投稿しておいた。


ほんの一瞬だが流れたガスの合間から太郎山が見えた。


北側は比較的ガスが少なく、川俣ダムが見える。


さて、戻ろうか。
女峰山が鋭い姿を見せている。
麓から見上げる女峰山は東西に延びた長い稜線を見るので、それが日光アルプスという冠にふさわしいのだが、帝釈山から東に見ると地図の通り、尖って鋭く見える。岩峰なのだ。


12:15
女峰山に戻ると裏男体の志津乗越から登ってきたという男性がいたので挨拶を交わす。
志津乗越の手前に車を置いて林道を登山口まで歩いたのだという。
以前なら志津乗越の登山口に車が置けたのだが現在は駐車スペースが閉鎖され、5キロ手前に新設された駐車場から、傾斜のある林道を歩かなくてはならない。林道を5キロもだ。
それは登山者にとって苦痛以外の何物でもない。
以来、管理人も志津乗越から女峰山に登ることはしていない。登山口に達するのに登山者にもっと快適な方法を提供することはできないものだろうか。


12:44
地図にはないがこれもいちおう、ピークの標高2380地点。
ルートの目印のためにも管理人が頭に入れている。


幅30センチのガレた道を歩く。


あれっ?
遠くにかすんで見えるのは、もしや燧岳では?


12:52
ピーク2318前の急なガレ場を下る。
この頃になって両膝に痛みを感じるようになった。


13:03
ピーク2318を通過


13:21
水場の前を通過して次のピーク、一里ヶ曽根を見上げる。
疲れも出てきた。ゆっくり行こう。


13:29
ピーク2295の一里ヶ曽根でひと休みする。
雲行きが怪しくなってきたので雨に備えて、ザック内の雨具を取り出しやすい位置に移す。


アズマシャクナゲの群落地帯に入る。といってもこの中を突き進むのではなく、脇の道を歩くのだが。


シャクナゲやコメツガそして岩。じつに見事に配置され、美しい日本庭園の中を歩いているような気分になれる。


山中でこんな色の花に出会うと癒されるね。でもそれで体力が回復するわけではないのだが。


14:14
ピーク2209から奥社へ向かう鞍部。
こんなにハッキリした道があるのに、ここは斜面、鞍部ともに広いため積雪時は方向を見失いやすい。二年前はここで道迷い遭難が発生した。


14:38
奥社跡。
ここから赤薙山まで厳しいアップダウンがあるので少し休憩して体力を回復させる。


シロバナイワカガミ


いやらしい部分だ。
疲れて膝が深く曲がらなくなっているので、木の根っこや岩につかまって慎重に降りることにする。


赤薙山を目の前にしてなんとか人心地がつく。


15:36
休憩せずに通過


赤薙山の樹林帯から稜線に出るとシロヤシオが見られた。といってもほぼ終わり尽くして残骸といった程度。


例のやせ尾根。
上昇気流によって濃いガスが立ちこめている。


16:24
やっと小丸山まで降りてきた。
ここまで来ればもう安心、いや、この先まだ長い階段があった。


16:29
最後の力を振り絞って天空回廊を降りることにする。
足がもつれて転げ落ちないように手すりをしっかり握り、慎重に降りる。
この直線の下が700段目。避難小屋があるところだ。


16:38
700段目から下は階段の他に園内を散策できる遊歩道がある。
ニッコウキスゲなど初夏の植物が歩きながら楽しめるようにと設計されている。階段も飽きたので遊歩道を歩いてみよう。
さて、どんな花が見られるでしょうか。


ハルカラマツ
これは園内でずいぶん多く見られた。


レンゲツツジ


アヤメが2株。散策路のすぐ近くで見られた。


ベニサラサドウダン


ニッコウキスゲ
なんとまあ、足下で咲いているではありませんか。
今年は開花が早いのかもね。
例年だと7月2週目に見ごろを迎えるけれど、今年はどうなることやら。


ユキザサ
葉が笹に似ていて、その先に白い花を咲かせるのでついた名前らしい。


今日、歩いたルートは東西に長いため小丸山から東側をカットして掲載する。
帝釈山は馴染みが薄いと思われるが女峰山の西、約700メートルに位置する眺望最高の山だ。
帝釈山を西へ下ると富士見峠に出て富士見峠を南へ下れば裏男体山林道へ行くことができる。
また、富士見峠から小真名子山を経て大真名子山を縦走し裏男体山林道に降りることもできる。とても魅力的な縦走ではあるが管理人にそこまでの勇気はない。


ルートの断面はこんな感じ。
かなり厳しい傾斜だがところどころ平坦な部分があって息を抜ける。


フリーソフト「カシミール3D」を使って東武日光駅前から見える赤薙山~女峰山~帝釈山の稜線を描画してみた。赤線が今日、管理人が歩いた軌跡。地理院地図と見比べるとおもしろいと思う。
実際には建物がじゃまをしてこの図のように全体を見ることはできない。
赤薙山から奥社、P2209までは樹林帯の中を歩くので展望が悪いが、その他はとてもいい。

6月の前白根山、そこには雪の花が咲く感動の光景が、、、

2016年6月2日(木) 晴れ/強風

湯元スキー場(8:11)~外山鞍部(9:50)~天狗平(10:15)~前白根山(10:49)~避難小屋(11:19)~五色沼(11:56)~前白根山(12:30)~五色山(13:07)~国境平(13:40)~湯元(15:44)

我が憧れの錫ヶ岳を今年の目標に据えて、湯元スキー場を起点に3月2日は外山まで、翌週8日は前白根山(白根山を含む)まで予備山行をした。いずれも積雪時という足場の悪い時期の重負荷となる山行だった。
そして今日は無雪期の前白根山だ。
これで予備山行は今年になって今日で3回目となる。
外山も前白根山も錫ヶ岳の通過点となるから、時間の計測を兼ねている。錫ヶ岳は片道15キロと長丁場なのでよほど綿密な計画を組まないと途中で敗退するのは目に見えてわかっているから慎重にならざるを得ない。

錫ヶ岳へのルートは距離が長いため次の3つに分け、それぞれの区間ごとに考えるのがいいと思う。
1.湯元~前白根山の8.7キロ・・・外山鞍部まで急傾斜を上った後は平坦路歩きで前白根山
2.前白根山~白桧岳の3.9キロ・・・緩やかなアップダウンの連続
3.白桧岳~錫ヶ岳の2.9キロ・・・緩やかな稜線を下って最後に標高差200メートルを一気に上がる

今から4年前の7月、やはり錫ヶ岳への下見で白桧岳まで行ったことがある。→こちら
GPSの記録によると片道12キロと、管理人のそれまでの経験を大きく上回る距離であった。
非常時に備えて60リットルのザックに野営の道具一式を詰め込むと、背負うのに足下がふらつくほどの重さとなった。その上、この日はジリジリと照りつける日差しで歩き始めから汗が噴き出し、それだけで体力を消耗した。

命からがら湯元に戻ったときは地面にへたり込み、そのまま動けない状態がしばらくの間、続いた。いまでこそ20キロを超える長距離山行は珍しくないが当時は相次ぐケガで長い空白期間があったから、往復24キロ、12時間の山行がよほど堪えたのだと思う。
錫ヶ岳はさらに6キロも余計に歩かなくてはならない。絶対に無理だ、それしか言葉に出せなかった。

なのに、昨年になって再びというか、懲りずにまたもや錫ヶ岳を思い浮かべるようになってしまった。自分の手の届かない高嶺の花いや、山だからこそ、なおさら挑戦してみたい。そんな気持ちがふつふつと湧き上がってきたのだ。
この先、過酷な山歩きができる時間は限られている。せいぜいあと2年か3年、その間に未踏の山を含めて思い残すことのない人生を送りたい。
それには体調のいい今年こそ、多くの山に登ろう。そして良い思い出も辛い思い出も冥土の土産にもっていこう。

今日は上に書いた区間の1番目、湯元から前白根山を本番前の最終確認のつもりで歩いてみたい。2番目も4年前に経験済みで、緩やかな稜線歩きなので時間が読める。
3番目の区間は試し歩きとは行かない。そこまで行くために1番と2番をやるのだから、本番しかあり得ない。


8:11
朝の湯元スキー場、というかこの時期はキャンプ場。
駐車場から中央の茂みに向かって歩くと砂利道と出合う。それが登山道で前白根山へのルートになる。


スキー場の初級コースなので傾斜は緩やかだが振り向くとわずかに登っていることがわかる。


中ッ曽根(右)と外山への尾根(左)に挟まれて中央に見えるのは五色山。
山頂がなんとなく白いがあれはなんだろう?


思いっきりズームにしてみると白い正体はなんとなく霧氷のように見える。


スキー場歩きが終わると外山への登山道が始まる。


これはなんの花なんだろう。
葉は紛れもなくヤマツツジだが花の色が赤と紫の中間で、園芸種のような色気を醸し出している。


この画像が傾斜の実態を表している。30度の傾斜が外山鞍部まで続く。


おぉ、ハクサンシャクナゲだ。美しい!
この尾根には赤に近い色もあるのでハクサンシャクナゲと断定することはできない。


ここなど大雨のときは水路と化してしまうのだろう、地面がえぐり取られている。


んっ、霜?
いや、手に取るとサラサラしているので雪みたい。


9:50
登り初めて最初の道標がこれ。
外山鞍部に着いた。道標が示す右方向が前白根山だ。
外山はこの南西、約150メートルにあるピークだが登山道はない。
厳しい傾斜はここまでで、これから前白根山まで歩き易い稜線が続いている。


外山鞍部で進路を西へ変え、前白根山へ。


これはミツバオウレンかな?
うん、葉っぱを見ると間違いない。


バイケイソウの群落を抜けて、、、


10:15
天狗平に到着。
これだけ歩くと汗をかいて上着を1枚脱ぐのがこの時期の気温だが北からの風がもの凄く、寒いくらい。帽子の上からフードを被っている。


日光の2千メートル級の山に多いイワカガミだが、ここは特に多い気がする。


満開のミネザクラ(タカネザクラ)


おやっ、風が吹くたびにパリパリという音と共に氷状のものが落ちてくる。
こりゃぁ間違いなく氷だよな。


氷の正体はこれだ。そしてスキー場から見上げた五色山が白かったのもこれだ。
なんとまぁ、6月だというのに霧氷だよ。
あちこちの木が真っ白。まるで白い花が咲いたようだ。


いやぁ、もの凄いことになっている。


ムヒョー、海老の尻尾が見られた、と驚く(^^)


満開のミネザクラにも。


これが前白根山から錫ヶ岳へと続く、通称「白錫尾根」。
じつになだらかな曲線を描いていて美しい。
一番高く見えるのが白根隠山本峰。下りがあって鞍部の奥に見えるのが白桧岳、その右のピークが白根隠山北峰という順。錫ヶ岳はここからでは見えない。


う~ん、素晴らしい光景。それにしても寒いな(^^)


振り返って男体山を眺めると、その手前の斜面が真っ白。


10:49
時季外れの白い花に見とれながら歩いているうちに前白根山に到着。
ここまでの時間は2時間38分と予定した3時間を切っている。まずまずといったところか。


前白根山山頂からはルートがいくつかに分かれる。
この道標にしたがって稜線を北へ向かうと五色山へ、南西に向かうと五色沼避難小屋を経由して白根山へ、その途中に五色沼へ下りる道がある。
管理人の今日の目的はここまでの時間を計測することだったので、あとは自由時間。さあ、どうしようかな?
でもその前に、あまりにも寒いので避難小屋へ下りて昼食としよう。ついでに防寒着の代わりに雨具上下を着ようではないか。


前白根山から白根山と五色沼を眺める。
五色沼の水の色がとてもいい。
紺碧とかエメラルドグリーンなどという洋風の色ではなく、藍染めの中間的な色とでも表現しておこうか。


10:58
前白根山からガレ場を南西に向かって数分、下りると道は分岐する。白根山や白桧岳に行くには直進、五色沼に行くには右へ行く。


白錫尾根からは男体山も望める。
手前の山がじゃまをしているが白桧岳までいくと遮るものなく見渡せる。


11:07
この稜線が白根隠山を経て白桧岳、錫ヶ岳へと続く「2」の区間。
ただし、道標に指示はないし地図に道は描かれていない。


11:19
10分ほど下ると避難小屋がある。
標高で80メートルほど下りただけなのに風はまったくなく、別天地だった。
しかし身体は冷えたままだ。中に入って雨具を着込み外の日差しの下、食事とする。


11:56
今日のもうひとつの目的は五色沼の水場を確認することにある。
避難小屋から北へ向かって20分ほど歩くと五色沼、水場は湖畔(というべきか?)に沿って右へ歩いて行く。


道標があるので従えばいい。前白根山に戻るのも同じルートになる。


12:07
錫ヶ岳への日帰りに失敗し避難小屋に泊まることになった場合、小屋の近くに水場はないからここまで30分かけて水を汲みに来ることになる。
しかし、時節柄なのか流れは細く、大量の水を汲むには不向きだ。それに万一、涸れたことを考えたらとてもではないがこの水場はあてにできない。往復1時間が徒労に終わる。
荷が重くなるが水は持参するしかないらしい。


12:24
水場を先に進み再び稜線に乗る。
先ほど下りてきた前白根山が目の前に座っている。
ここから登り返して次に五色山に向かおう。


コケモモ。
実になると甘酸っぱくてなかなか美味。


すごいね、これは。
枝がぜんぶ東に向いているダケカンバ。幼木の頃から強風に晒されているとこうなってしまうのだろう。


五色山への稜線から右を見下ろすと湯元の温泉街が一望できる。
ズームで撮った画像だが肉眼でもよく見える。


山頂間近の岩場。といっても岩を上り下りすることはない。


山頂付近から右(東側)を見ると日光連山が一望できる。
右から男体山、大真名子山、小真名子山、太郎山。


13:07
五色山山頂。
避難小屋で着込んだ雨具でここまで来たが、暑さを感じることはなかった。
温度は計測しなかったが  体感的におそらく5度くらいではないだろうか。


山頂付近から眺める白根山と五色沼も悪くない。


山頂から国境平へ向かう途中でゴミが入っているレジ袋を見つけたので回収する。


13:40
五色山と金精山のちょうど中間にある国境平。
これを湯元方面に向かう尾根が中ッ曽根という名だたる悪路だ。


目の前に立ちはだかる笹、笹、笹。
両手でかき分けながら前進また前進だ。


時折、視界が開けたりシャクナゲが目に入るがなんの慰めにもならない。


湯元から外山鞍部へ登る尾根が厳しいからといっても、この中ッ曽根の悪路には敵うまい。


15:27
湯元の白根山登山口に飛び出した。
これから先は車道を歩いて途中、スキー場を抜けて駐車場へ。


15:44
朝、歩き出した駐車場に戻って終わりとなった。

この娘たちを古賀志山で自己防御のできる山ガールにしてあげたい。

2016年5月29日(日) 晴れ

一昨年の秋、自宅から奥日光へ行くのと変わらない距離に宇都宮市の里山、古賀志山があることを知った。
標高583メートルという低山である。登山口からの標高差にしてもわずか340メートルだからこれまで日光の2千メートルを超える山を登ってきた管理人には、未知の山といえる(^^)
なぜこんな低い山に目をつけたのか、動機は単純である。

秋の日光は首都圏各地から紅葉を見に来る車で大渋滞する。普段なら湯元まで1時間で行くことができるのに、3時間、渋滞のピークともなると5時間かかるのが普通だ。
紅葉目当てなら渋滞の車内から楽しむという方法がある(これは冗談ではなく本当のこと)が、山に登るのにこの渋滞は致命的だ。
紅葉で大渋滞する時期に日光の山に登ろうというのは大いなる時間の浪費なのだ。
そこで、渋滞する国道とは反対方面にある古賀志山に目をつけたという次第である。

標高は低いけれど、それでも山だ。
340メートルという標高差は物足りないが平地を歩くよりはマシ、そんなつもりで足を踏み入れた。それが古賀志山の虜となった初めの一歩だ。
たしかに、地図に描かれている道を歩く限り、山頂まで1時間もあれば達してしまう。
管理人は初めての山に登る際、地形を覚えるために地図とコンパスを手から離さない。ルートの変曲点に来ると地図とコンパスを見比べる。そのようにして歩いているから第1登は時間がかかる。この日は1時間半かかった。

その1時間半の間に見たものは管理人が想像もしなかった、枝道(バリエーションルート)の多さであった。
地理院地図には登山口から古賀志山山頂までハイキングコースは1本の点線で結ばれている。ところが、そこを歩いているうちに道がいくつもに分かれる。地図を見てもその場所に道は描かれていない。
どうしてもそれらの枝道が気にかかる。
その後、知ったのは枝道は100本以上存在し、中には急峻な岩場があって危険箇所がいくつもあるらしい。岩場にはロープや鎖がかけられているものあれば両手両足でよじ登らなければ越えられないものがあるという。

第1登目だから地図にしたがって歩いて古賀志山の山頂に立ったとき、低山ながら見晴らしの良さに驚いた。古賀志山は低山ながら独立峰なのだ。さらには、ガイドブックにある見晴台に行くとそこは古賀志山山頂よりも視界がさらに広がりを見せ、宇都宮市街の奥に筑波山が、北面には鶏頂山や釈迦ヶ岳が、北西には日光連山が見える。
その見晴台の下は岩場になっていて鎖を利用して下っていくらしい。興味本意で見にいった。
見晴台から急斜面を降りその岩場に達するとなるほど、鎖がある。上から覗いても鎖の末端すなわち地面が見えない。足が震えた。もちろん、この日は下見で来たので降りることはしなかった。

そんな山なので事故は日常的に起こっているらしい。
岩から転落したり足を滑らせて尾根から滑落したり石につまずいて転倒したり、地図にない道に入り込み進退窮まってレスキューを呼んだりと地元紙の事故ネタに困らないほどの頻度のようだ。

その古賀志山に魅了された。
100本もあるといわれる地図にない道をすべて歩き尽くしてみたい、事故がよく起こるといわれている岩場によじ登ってみたい。いずれも日光の山にはない魅力、というよりも魔力が潜んでいるような気がして、心が惹かれる。

一昨年10月の下見の後、2回目は翌年の3月末だった。その間、管理人はスノーシューツアーで忙しくシーズンが終了するのを待って、第2登に取りかかったのだ。
それから今日に至るまで、期待が裏切られることはない。
岩を上り下りするのはロープや鎖があっても怖かった。けれど、岩の凹凸が見極められるようになると垂直に近い岩もそれほど危険ではないとことがわかってきた。さらには、気持ちに余裕があるときはロープや鎖に頼らないで上り下りするほうが安全であることもわかってきた(画像はこれまで管理人が歩いた枝道)。

日光の山のように道が一本しかないのと違い、どこへ行ってしまうともわからない枝道を進むのは大いに不安だった。ただ、長い間、GPSを使ってきたのでいざというときは頼ることができる。
それよりも日光の山ではあまり使う必要のない地図とコンパスが、古賀志山では必須の道具となった。枝道がさらに枝道へと別れると、もうなにがなんだかわからない。それを地図から推測するのは骨の折れる作業になるが読図の勉強に大いに役立つ。
枝道に出合ったらそれが東西南北のどちらへ向かっているのか、それは尾根筋なのか沢筋なのかを見て地図と照合する。根気と時間を要する作業になるが、枝道が分岐するごとにその作業を繰り返していくと頭の中に地図が出来上がる。

今年になっても古賀志山への探求は続いていて、もうすぐ50回を数える。
そのすべてが古賀志山に登頂するというわけではなく、ルートの選び方によって古賀志山をかすりもしない場合がある。したがって、広い意味で古賀志山山域を50回、というのが正しい。
古賀志山は標高が低いだけに、登頂の喜びは日光の2千メートル峰に比べると少ない。古賀志山の良さはそのプロセスにあると断言できる。
プロセス上でさまざまな体験ができるという観点で、日光の山を上回る大きな魅力をもつのが古賀志山だ。

話はころっと変わるが、上に書いたように管理人は冬、スノーシューツアーのガイドをしていてこの冬で18年を迎えた。日光は交通の便の良さから、県内(ちなみに日光は栃木県です)から日帰りで参加する人も多い。
この記事で紹介するKAさん、KJさんのおふたりも県内在住だ。昨年のスノーシューツアーに参加している。じつは今年も申し込みをもらったのだが今年はスノーシューツアー始まって以来の小雪で、せっかく楽しみに待っていてくれたのに開催日を待たずに雪がなくなり、開催が困難になってしまった。
では日程を変更してフィールドでチーズフォンデュでも楽しもうと計画したものの、それは管理人の都合で中止という不運がつきまとったおふたりである。

管理人、客商売をしていながら心はウエットだ。ときに損得勘定抜きでお客さんと付き合うことがあるからそれが元で家庭内紛争へと発展することがある。
まっ、でも、そういった身勝手な振る舞いができるのが自営業、いやもはや山歩きが仕事のようなものだから自由業といった方がいいかも、、、のいいところだし性に合っている。

二度の計画とも流れてしまったKAさんとKJさんには来年のスノーシューツアーを待たずにどこかを案内してあげたいというのが管理人の嘘偽りのない気持ちであった。それにもっともふさわしいのがプロセスを楽しむことができる古賀志山だ。

往きに3つ続く東陵の岩を登って見晴台からの展望を楽しみ、次は主稜線を古賀志山、御嶽山と歩いてその後、大きな岩をふたつ上り下りして赤岩山まで行き、さらに足を延ばして猿岩で昼食。帰りは大日窟へ下りて荒澤滝を見せてあげ、そのまま岩下道を東へ歩いて最後にモアイ像とヒカリゴケを見て駐車場へ戻る、そんな見どころ盛りだくさんのルートを考えてみた。
そう、いろんな要素を併せ持つ古賀志山で経験を積むことは、他の山へ登るときの安全性が高まるのだ。これを機におふたりには山で起こる様々な出来事に対応する術を、管理人のこれまでの経験から教えてあげよう。
でもちょっと多いか(^^)

この欲張った計画が後にKAさんとKJさんから気力を奪い去り、さらには管理人が見どころを見落として通り過ぎてしまうという結果になろうとは、、、、過ぎたるは及ばざるがごとし、を地でいく管理人であった(トホホ)。


宇都宮市森林公園に車を置き、地図にある北コース入口に行くとそこにすでに枝道が待ち構えている。
地元の人の間で東陵コースと呼ばれている、岩場が連続する道だ。
急斜面を20分ほど登っていくとまず初めに、5メートルほどの大きな岩が出迎えてくれる。鎖がある。


まず、KJさんが取り付いた。
こうやって離れて眺めると、岩には大小の凹凸があることがわかる。だが、取り付いている本人の目には全体が見えない。落ち着いて行動するに限る。


ついに鎖の支点に達することができた。
ここで鎖から手を離すことになるが事故は意外とそんなときに起こるから、鎖を離した手で木の枝や岩をつかんで身体を確保することが大切だ。


続いてKAさんが取り付く。
見た感じ、まったく問題ない。


ふたつ目の岩は構造がやや複雑で、右左へとジグザグに登っていく。


先に登ったKJさんは岩のトップで待っている。あとへ続く人は気持ちが焦りがちとなるものだがKAさんはまったく問題ないようだ。落ち着いてゆっくり登っていく。


東陵コースを無事に歩き抜けて御嶽山に着いた。
続いて御嶽山から赤岩山へ続く主稜線の岩に取り付くことになる。
同じ規模の岩がふたつあり、登って下る。


御嶽山から赤岩山へ向かって歩くと間もなく、カミソリ岩と呼ばれる複雑な形状をした岩と出合うので乗り越える。


先頭が入れ替わってKAさんが取り付いた。


少し大股になってしまったけれど十分、安定している。鎖を離した左手はしっかりと岩をつかんでいる。


今度はKJさん。
この人は慎重派だ。といって怖がっているのとは違う。
もしかすると岩場をいくつか経験しているのかもしれない。


古賀志山の岩場にはコメツツジが多い。
つぼみがたくさんついているから咲き始めかな。


今度は7メートルほどの岩を下る。
ロープは太くコブが作ってあるから握りやすい。ロープを握っている限り落ちる心配は皆無だ。


苦行は岩だけではなかった。
木の根が露出した急斜面を木の根をロープの代わりにしてよじ登っていく。このような斜面も古賀志山でよく出合う。
上にいるのがKAさん。下にいるKJさんとの高度差がわかるだろうか。


着いた。
今日の折り返し点となる猿岩である。猿にしか登れない岩あるいは、猿でも落ちる岩にたとえてつけられた名称であろう、急峻である。
この岩の上に乗って昼食としよう。


猿岩からの眺めは抜群だ。
鹿沼から日光、塩原方面まで見渡せる。
赤岩山の山頂付近を離陸場とするパラグライダー基地があり、いい気流の日には多くの愛好家で賑わう。


昼食が終わってその離陸場に来てみた。
ちょうどこれから飛び立とうとする絶妙のタイミングであった。


離陸場を下方に向かって走ったと思うと、あっという間に足が離れ上昇気流に乗って舞い上がっていった。
ちなみにこのパラグライダースクールは当ペンションと提携していて、宿泊者は体験フライトが割り引きになる。どうか鳥になった気分を味わってみてください。


主稜線から岩下道へ降りる。起伏に富んだ古賀志山山域はいくつかの滝がある。
これは荒澤滝。水量が少ないため乾燥が続くと流れが途絶えてしまうことがあるが、その細い流れもまた美しい。


滝を見たあと、最後にモアイ像とヒカリゴケを見てもらうつもりだったのに、どうしたわけか岩下道から枝道に入り込んでしまい気がついたときには手遅れとなっていた。
歩き始めて6時間を過ぎていたのでビールの味が恋しくなったのかもしれない。戻る気持ちにもなれずそのままゴールへと突き進む管理人であった。
この頃、KAさんとKJさんにも疲労感が見えていた。集中力を持続させる限界を超えてしまったようだ。


ちょっと手強かった赤薙山南尾根。でもそこは嬉しいことにツツジと藪の宝庫だった(^^)

2016年5月28日(土) 晴れ

6:40/高原歩道入口~(0.5キロ)~6:54/中ノ沢渡渉点~(2.3キロ)~8:17/P1404~(1.2キロ)~9:54/ピーク1767~(1.3キロ)~10:41/赤薙山~(1.3キロ)~12:12/P1767~(1.2キロ)13:06/P1404~(2.3キロ)~14:00/中ノ沢渡渉点(休憩)~(0.5キロ)14:31/高原歩道入口

管理人の主催でおこなっている霧降高原・丸山のスノーシューツアーは丸山北コースから山頂を目指し、南斜面を降りて赤薙山稜線に出る。冬の赤薙山稜線からの眺めはガイド役の管理人だけでなく、ツアー参加者が例外なく感嘆の声を挙げるほど素晴らしく、条件が良ければ富士山やスカイツリー、都内の高層ビル群が目に入る。
もちろん、それより近い山並みは手に取るほど間近に迫り、その光景を奥日光で見ようと思ったら2千メートル峰の山頂に立たなくては困難なほどだ。

赤薙山稜線から見る光景で、管理人が前々から気になっていることがある。
赤薙山稜線の上に立つと左側に大きな尾根が見える。下は深い谷になっていて、谷底が中ノ沢。その中ノ沢から斜面が立ち上がっていて斜面の最上部に広い尾根を形成している。
その尾根は積雪期だと広大な雪原となり無雪期には緑の草原として赤薙山稜線から見える。実に魅力的な尾根だ。
いつかあの尾根を歩いてみたい。赤薙山稜線を歩くたびにその想いは強くなる一方だ。

地図で調べると尾根は赤薙山山頂の南から始まり南東へ向かって延び、霧降高原道路の少し西側で終わっている。そこは霧降高原歩道という立派な名称のついたハイキングコースの入口でもある。
しかし、地図を子細に眺めているうちに不安がわき起こってきた。それは等高線の詰まっている箇所がふたつあって、傾斜が30度もあることだ。果たして管理人の脚力で登れるものだろうか。古賀志山のように地図には描かれていない岩場などはないのだろうか。
それと、これこそもっとも恐れなくてはならない、クマとの遭遇だ。藪も想定しなければならないから、あるとき藪の中でクマさんとばったり出遭うことも考えておかなければならない。食料はたくさん持っていくつもりなので、挨拶代わりにお裾分けして済むものならそれでいいが、もっといいものを寄こせといわれても困る。

とまぁ、不安要素満載のルートだが長年いだいてきた夢の実現のためにはそれくらいの覚悟は必要かもしれない。
時期は天候が安定している5月がいい。木々はまだ芽を吹いたばかりなので見通しはいいはずだし、笹の成長もこれからであろう。赤薙山稜線からは見えない景色が広がっているかもわからない。ツツジだってまだ見られるかもしれない。
幸いなことに体調は今がベストだ。うまい具合に山頂に立つことができたら夜は祝杯を挙げよう。と、不安要素を払拭すべく、あれこれ考えを巡らすがそれでもやはり、不安の方が大きい。

まぁでも、初めてのルートを歩くときはいつも不安がつきまとうものだ。
そんなときは早いところ現場に入って仕事をするに限る。
前日の予定では7時から歩き始めるつもりだったが、今朝は緊張のあまり4時半に目覚めてしまった。袋麺で朝食とし、予定を20分早めて6時40分から歩き始めた。


6:40
県道169号線、霧降高原道路をキスゲ平へ向かって走ると「高原歩道入口」というバス停があって、バス停のすぐ脇に見落としてしまいそうな細い道がある。砂利道を走って50メートルくらい行った右側に車1台分のスペースが、そのさらに50メートルほど先の左側にも1台分の駐車スペースがあるので、そこに車を置いた。
駐車スペースに前から入れたがこれには理由がある。駐車スペースの際から先は深い沢へ落ち込んでいるため、後ろ向きに入って万一、ブレーキを踏むタイミングを誤ると沢へ向かって転落してしまう。命がけの駐車、ということになる。もちろん、タイヤストッパーをかけるのを忘れなかった。
ちなみに、この先まだ車が入れそうに見えるが路面が荒れているので車高の高い四駆車でないと無理。


霧降高原歩道は入口を同じとして広大な笹の斜面を西へ向かって歩き、稲荷川上流部あるいは萩垣面を終点とするルート。
2014年12月に歩いたことがある→ブログ記事


道標があるがここは道が分岐していて地図によると直進が高原歩道へのルートになっている。が、下山してわかったのは南尾根に乗るにはここを右へ進んだ方が近道だということ。


道の行き止まりに堰堤がある。
ヒネリギ沢の堰堤なのだがこのすぐ上で中ノ沢が合流している。
今日のルートはヒネリギ沢と中ノ沢に挟まれた尾根を登っていくのだが、尾根に乗るには中ノ沢を渡渉する。その中ノ沢へ行くには堰堤右の林の中を進んで堰堤を乗り越え、斜面を上ると車1台幅の道と出合うのでその道の行き止まりまで行く。
その道とは、前の写真で見る分岐の右の道だったことがあとでわかった。


ここが分岐右の道の行き止まり。
大きな鉄の構造物が地中に埋め込まれている。沢の取水口なのかしら?
この斜面を降りると中ノ沢の河原に出る。


6:54
中ノ沢へ出たので水深の浅いところを選んで渡ることに。


対岸の斜面を登りながら尾根を探す。
おぉ、なんだかとてもいい雰囲気の斜面。まるで日本庭園のような、、、


斜面が終わって平坦になっても日本庭園風はまだ続く。
なんだ、ちゃんと道があるではないか。これなら想像していたほど難しくないような、、、


と思ったのもつかの間で、道はすぐに尽き、笹藪になった。
上の写真の道はシカ道だったのね。


麓ではとっくに終わっているヤマツツジがまだ十分、見られる。
カラマツの若芽がいい色している。ミズナラもある。
が、笹は深くなるばかりだ。


レンゲツツジだ。
ツツジが見られるとは予想していたがまさかレンゲツツジまであるとは、、、なんだかとても贅沢な気分。
こうして花を間近で見るため右へ左へとジグザグに歩くから効率が悪い。
それにしてもこの笹藪、なんとかしてほしい。


笹が生えていない部分に白い花びらが落ちている。シロヤシオだ。
見上げても咲いているのはないからすべて終わってしまったようだ。


これぜんぶ、ツツジの木。
いま咲いているのはヤマツツジしかないがアカヤシオにシロヤシオ、トウゴクミツバツツジもあるのだろう。


ツツジは行く手を阻むほど密生している。
木々のすき間を見つけては枝をかき分けたり、かいくぐったりしながら前進する。


ツツジの藪を抜けると展望が開けて女峰山が見えてきた。


8:17
ここは地図にある標高点1404らしい。
ピークではないので特定するのはむずかしい。


この先、30度以上の傾斜になるので滑り止めにチェーンスパイクを装着した。


進行左手に男体山が見えるようになった。


うへっ、またしてもツツジの藪だ。
ツツジは低木なので枝が地面から横に張り出していてまたいだり、くぐったりと忙しい。


ところどころこのような部分があるが長続きはしない。すぐに藪となる。


藪歩きに疲れて息抜きに後ろを振り返ると墨絵のような風景が広がっていた。
中央の長い尾根が鳴虫山でその左後方は鹿沼市の二股山だろうか。


いや~、もの凄い光景だな。
深紅のヤマツツジにシロヤシオ、トウゴクミツバまで咲いている。極楽だよ。


ツツジの藪を抜けると前方に標高点1767らしき小高い斜面が見えてきた。
あそこに達すれば赤薙山までの4/5は終了したことになる。


いい斜面だ。まるで牧場の中を歩いているようだ。異なるのは牧草の代わりに笹が生い茂っていること。
これが赤薙山稜線から見える広い尾根だろうと思う。
これが笹藪でなく、花咲く植物であったならどれほど素晴らしいことか。


ところどころこのような単独のシロヤシオがあって、これもまた見応えがある。


この白さ、この美しさ。アカヤシオと並んでまさにツツジの女王といえる。

進行右手に赤薙山稜線が見えてきた。
いつも歩いている尾根をこうやって離れて眺めると感慨深いものがある。
右端に見える急斜面が元スキー場のゲレンデ。現在はキスゲ平園地という。
急斜面の少し左に見えるピーク状が標高1601メートルの小丸山。しばらく平坦が続き、緩やかな登りとなってシロヤシオの陰に消えているが、あそこが焼石金剛へと続く歩き易い稜線でその向こうに見えるピークが標高1669メートルの丸山。
さらにその奥に見えるピークの連なりが鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳。


ここで再びツツジの藪。
この標高になるとさすがにヤマツツジはなくなりシロヤシオに変わる。厄介なのは背の低いコメツツジの群落だ。跨ぐこともくぐることもできない。10センチくらいのすき間を見つけてそこを強引に突き抜けるしか方法がない。


女峰山が見え始める。


崩落が激しいのであろう樹木も笹も生えていない斜面がある。
正面に見えるピークが赤薙山に違いない。ここからだと右斜めに進んであの林の中を抜けるようだ。


10:31
ここは赤薙山山頂から南に向かって始まる尾根の等高線の間隔が開いているあたり。標高でいえば1960メートル。


赤薙山の山頂が目の前に迫ってきた。
あとひと踏ん張り。


急傾斜を登り詰めるとハイマツだろうか、低木針葉樹に阻まれる。
すき間を見つけて抜け出すと、、、、


10:41
そこは山頂だった。いきなりの山頂の出現にいささかビックリする管理人であった。
このロープの向こうが地図にある登山道。ロープをくぐるとすぐ赤薙神社の鳥居だ。
赤薙山は身近な山なのでなんども来ているが、南尾根を使ったのは初めての経験。あの笹藪とツツジの藪に手こずったがよくやった。


山頂の到着時刻は予定通りだったがスタートを20分早めたので、所要は4時間ちょうど。予定より20分オーバーした。
しかし、あの笹藪とツツジの藪に手こずったことを考えれば20分は誤差の範囲だ。良しとしよう。

それにしてもなんだな、正規のルートなら2時間半で来れるところを4時間もかけるという非効率的な登山はよほどの物好きでなければ普通、しない。
管理人もとうとう普通ではなくなったか(^^)


山頂は賑わっていたが展望が悪いためか長い時間ここにとどまる人はいない。
ここを折り返し点とする女性2人組やご夫婦。小型のザックにもかかわらず先へ進んでいった単独の男性が数名、女峰山へ向かったのだろうか。70リットルの大型ザックを背負った男性2人組はきっと女峰山直下の唐沢小屋に泊まるんだろうな。管理人、平日に来ることが多いのでこれほどの人の数に驚くほどだった。

さて、今日の目的は南尾根を使って赤薙山に登ることにあったので山頂でひと休みした後は下山だ。
しかし、下山するにあたって考えた。
予定だと一般ルートで小丸山へ降りてその先は天空回廊を下る。そこからバスに乗り、車を置いた高原歩道入口まで行き、マイカーで帰るというものだ。下山は早足で1時間半もあれば十分だ。
一般ルートはこれからも使い続けるだろうから、今日は上りと同じルートで下山してはどうだろうか。
このルートは厳しすぎてお客さんとのツアーには使えない。管理人自身、これから先、二度三度と歩くこともないであろう。
滅多にない機会だ。上りは設定したルートをはみ出すこともなく、問題はな かった。では、下りもまったく問題は起こらないのか、それを検証してみたくなった。上りではわからなかった新しい発見があるかもしれない。
菓子パンでエネルギー補給したあと、さっそくあのロープをくぐり抜けて下山に取りかかった。


下り始めてすぐ、上りでは気がつかなかったがイワカガミが見つかった。
花の色が白いので古賀志山でよく見るヒメイワカガミであろうと思ったのだが、いくつかの相違点がある。ひとつは花の付け根を包み込んでいる萼の色だ。ヒメイワカガミの萼は白いがこれは赤い。それと葉っぱの形だ。ヒメイワカガミの葉は丸く、葉の縁に細かいギザギザ(鋸歯)があるのだが、これは鋸歯が大まかで亀の甲羅に似ている。
家に帰って時間をかけて調べたがここで見たイワカガミに該当するのは見つからなかった。かろうじて、ヤマイワカガミが似てなくもない。課題としておこう。


今度はユキワリソウだ。
日光で見たのはこれで三度目。女峰山の南面と赤薙山稜線そして、今日ここで。


11:41
花と戯れている間に上ってきたルートを見失い、20分ほど彷徨うことになったが無事に尾根に乗ることができた。
これからまた、急斜面を下り藪を抜けなくてはならないと思うと気が重いが、上りのルートしか知らないのは片手落ちになる。と、自分に檄を飛ばして下っていく。


11:46
ここは上りで通ったね。


ガレ場の途中で見つけた、これはケルンだろうか?
でも上りでは気がつかなかった。


見事というほかに言葉が見つからないシロヤシオの群落。紅一点のトウゴクミツバツツジが映える。


12:32
コメツツジの群落が始まった。
進む方向、見渡す限りのコメツツジだ。幹も枝も硬いのですき間を通り抜けるにも苦労する。


コメツツジの藪はもう慣れっこになってしまった。
意識を前方のシロヤシオやヤマツツジに注ぐと藪も平気になるというものだ(苦笑)


深紅といえばいいのだろうか、こんな色のヤマツツジはそうざらにあるものではない。


レンゲツツジの群落に戻ってきた。


13:49
朝も通った日本庭園の中の道。ただし、シカ道。


14:00
尾根は終わり、中ノ沢に降り立った。
そういえば、今日は登るのに夢中になって食事は赤薙山で食べただけだ。
ここまで降りてきて緊張から解放されたためか、急に空腹を感じた。ここで2回目の食事としよう。スポーツドリンクはもはや飲む必要はなくなったので、持参した缶コーヒーを飲み菓子パンをかじる。


赤薙山稜線と赤薙山南尾根に挟まれた谷を源にする中ノ沢はここに至るまで人工物はなく、とてもきれいだ。浮遊物ひとつない。この時期、他の沢で見るようなプランクトンの発生によって生じる石けん状の泡も見ない。


総距離 :10.6キロメートル
標高差 :1045メートル
累積標高:1281メートル
※GPSデータを基にカシミール3Dで算出

雑感
尾根に乗るには中ノ沢を探して渡渉するが水量次第で渡れないこともありそう。数日前からの雨量を頭に入れて置いた方がいいと思う。
尾根に乗ってしまえば道迷いの心配はないと思うが、牧場のような広い部分があって方向を見失うこともあり得る。特にツツジの藪を避ける場合など、避けたあとの進行方向には注意を要する。
また、今日は30度を超える笹の急斜面を経験した。さすがに怖かった。笹を束にして握り、滑落しないよう、慎重に登ったのは言うまでもない。

上に載せた地図で往路と帰路のルートにずれがある。
山頂直下のずれは管理人のミス。
方角を確かめないで下ったところ、真南へ向かうべきところを西へ向かっていた。気がついて修正にかかったが危険箇所があったりして元のルートに戻るのにかなり時間がかかってしまった。下る際にコンパスをセットすべきだった。
そのおかげでイワカガミとユキワリソウに出会えたので悪いことばかりとは言えないが、、、と言い訳。
標高点1767から下のずれはツツジの藪を避けているうちに往路と違ったものだが、これは誤差の範囲。

クマとの出合いは幸いなことになかった。
広葉樹の深い林だし登山者のいないルートなので見通しのきかない場所では笛を吹いてこちらの存在をアピールしながら歩いた。
笛は音が大きくまた、遠くまで届くので、クマに知らしめるにはいいのではないだろうか。
それと鳴らすタイミングだ。
熊鈴は常時、チリンチリン鳴っているから付けている本人が安心してしまって、クマへの注意が疎かになりそうで管理人は使わない。やはり五感を頼りにクマの存在に注意しながら歩き、必要に応じて音を出す方がクマ避けの効果はあるのではないかと思っている。

日光に2千メートル超えの山は多いがどうしてもピークハントが目的になってしまい、プロセスを楽しむことをしなくなってきている。それが理由で積雪期の登山や宇都宮市の古賀志山といった、そのプロセスが面白い山へと管理人を向かわせている。
今日の赤薙山南尾根は、ピークハントよりもプロセスを楽しむことができたので満足している。丹念に探せば日光にもまだ楽しめるルートがあるのだということがわかった。