27年前の夏、家族を救ってくれたハイカーに、礼を言いたくて鬼怒沼に行ってきた。

2016年8月25日(木) 天候は不安定

女夫淵(05:27)~八丁ノ湯(06:53/07:02)~加仁湯(07:10)~日光澤温泉(07:25/07:30)~丸沼分岐(07:50)~オロオソロシ滝展望台(08:12/08:22)~鬼怒沼南(09:41/09:45)~巡視小屋(10:02/10:05)~鬼怒沼山分岐(10:29/10:30)~鬼怒沼山(10:40/10:45)~鬼怒沼山分岐(10:52)~三叉路(11:20)~物見山(11:45/11:50)~三叉路(12:12)~鬼怒沼南 (12:45)~オロオソロシ滝展望台(13:52/14:07)~丸沼分岐(14:25/14:28)~日光澤温泉(14:40/14:48)~加仁湯(14:58)~八丁ノ湯(15:12/15:24)~女夫淵(16:41)

日光の山を登るようになってたしか、18年か19年になる。
それまでなにもしていなかったのかというとそんなことはなく、サラリーマンだった頃、家族で尾瀬や鬼怒沼を歩いたことがある。
ただそれが主目的ではなく、観光だけではつまらないからつけ加えたというレベルであり、ハイキングはあくまでも旅行の付録にすぎなかった。

はるか昔のことなので当時、どのようなウエアを着てどのような靴を履き、ザックはどんなものを使ったのか、今となっては思い出すことはできないが、装備に安全を求めて投資するようになったのは日光の山を登るようになってからなので、当時はかなり粗末なものだったに違いない。

無知とは怖いもので尾瀬ではカメラを紛失するし、山小屋で休憩した際に飲んだワインのせいで身体に変調を来すし、鬼怒沼では飲み水を切らしてしまい、見かねたハイカーが分け与えてくれるといった失敗があった。
今から25年以上も前のことなのに失敗はよく覚えている。

そんな失敗を懐かしみ、その現場に行ってみたいと思うようになった。
尾瀬は広すぎてカメラをなくした場所などわからないし、山小屋はたくさんあるのでどこでワインを飲んだかなど、今となっては迷宮入りである。
だが、鬼怒沼のことはよく覚えている(↓)。
広い湿原の中に木道が敷設されていて歩ける。木道の脇に木のベンチがあり、ベンチの背もたれ側に池があった。水をほしがる子供に親としてなにもしてあげることができず、この池の水を汲んで与えようかとさえ思った。
隣のベンチにいたハイカーが我が家の窮状を察し、水筒をそっと差し出してくれた。その好意をまさに命水と受けとめ、ありがたく頂戴したのはいうまでもない。
古い話なのでそのとき、感謝の気持ちをきちんと伝えられたのかどうかは覚えていないが、そのハイカーの好意はいまでも心に深く染みついている。
その現場に行ってみたくなった。

行って当時の情景に触れ、そのハイカーに礼を述べよう。
そんなことを思うようになったのは歳のせいかもしれない。
心の奥底に沈殿している気にかかることをすべて洗い出し、気持ちを軽くしてあの世に行きたい。山のあちこちが信仰の対象になっている古賀志山を知ってからというもの管理人、この歳になって信仰心が芽生えたのか、先の短い人生を悔いなく生きたいと思うようになった。
よっし、まずは家族を救ってくれたあの鬼怒沼へ行って気持ちを軽くすることから始めてみよう。
明確に意識はしていないが終活に向かっているのかもしれない管理人である。


5:27
県道23号線の最終地点、女夫淵。
同じ日光市内でも自宅からここまで1時間半もかかるから早朝出発を考慮して、昨夜のうちに着いて車中で仮眠することにした。
座席の背もたれを倒すと大人二人が横になれるだけの大きな空間ができるが、ベッドのようにフラットになるわけではなく寝心地は悪い。あくまでも仮眠だ。
したがってこういう日は寝不足状態で歩かなくてはならず、それが年老いた身体には辛い。まぁ、もっとも、加齢とともに睡眠時間はどんどん短くなっていて毎日が睡眠不足だから同じようなものだけど。


駐車場から先、道はまだ続いているが一般車は入れない。
この奥にある4つの温泉宿の車と堰堤工事の作業車に限られる。


5:34
林道入口の橋を渡るとすぐ右に鉄製の急な階段がある。
ここが奥鬼怒へ向かうハイキングコースの入口となる。
初っぱなからこの階段の傾斜に怖じ気づいてしまった。だって普通、コースに階段が設置されているというのは傾斜が急だからなのだ。はたしてこの先、なにが待ち構えているのか?


階段を昇るとごく普通のハイキング道に変わった。かなり整備されていてここは石畳だ。


5:51
鬼怒川にかかる大きな吊り橋の名前は「鬼怒の中将乙姫橋」。“きぬのちゅうしょうおとひめばし”と読むらしい。
なにやら深い由来がありそうで興味が湧く→こちらに詳しい


道は鬼怒川の右側(左岸)につけられていて川のせせらぎ、というかゴウゴウという大きな音を耳にしながら歩いて行く。


6:16
これも鬼怒川で橋の名は「二ツ岩橋」。


6:23
道の右の方からもの凄い水音が聞こえてくる。
すぐ目の前の木橋の下に水量豊かな流れがある。流れを追っていくと大きな岩に挟まれて、落差は小さいながらも野性味たっぷりの滝があった。名前はわからない。
滝壺の水面と河原とがほぼ同じ高さなのに水は一定方向にしか流れていかない。なんとも不思議な感覚だ。


鬼怒沼へ行くには奥鬼怒四湯を経由する。
四湯のうちふたつの旅館は車による送迎があるが、他ふたつは女夫淵から歩いて行かなくてはならない。それがこの道。左に鬼怒川が流れている。


6:34
女夫淵から1時間強、歩いたがまだ行程の1/3。これはなかなか手強いぞ。


四湯のうち女夫淵にもっとも近い「八丁ノ湯」に着いた。
大きなログハウスが6棟はあっただろうか、秘湯とは思えない立派さだ。


6:55
これは本館。
ログハウスの片隅に隠れるようにしてある。
27年前、まだサラリーマンだった管理人が家族で泊まったのがこの宿だ。
当時はログハウスはなかったのでこの建物だったはず(と、記憶が曖昧)。
1日目はここに泊まり翌日、鬼怒沼を歩いて日光澤に泊まった記憶がある。


7:11
ふたつめの加仁湯。
八丁ノ湯から鬼怒沼へ行くのにこの前を通過したはずだが、こんな立派な建物ではなかったような。


加仁湯の前を左へ回って坂を上がるとこのような案内板がある。
三湯目の手白沢温泉へ導く説明だ。


7:26
加仁湯から15分、奥鬼怒温泉の四湯目がここ、日光澤温泉。
他の3館が立派な建物として生まれ変わった中で、ここだけが時の流れに乗ることなく昔のままの姿で営業を続けている。建物は旧いが実にいい感じ。
家族旅行の2日目に泊まったのがこの宿だ。鬼怒沼を歩いた帰りだった。
この宿と先ほどの手白沢温泉は送迎はやっていない。客は女夫淵から2時間かけて歩くしかないので客層は登山者に絞られるであろう。いや、ハイキングもしないでここでのんびり過ごすのもいいなぁ。


登山届け入れがある。
ということは、ここまでは遭難の心配のないハイキングだが、ここから先は登山なのだよということなのであろう。もちろん、そのつもりなので届けはあらかじめ用意し、ここに入れた。


鬼怒沼へは旧館の下をくぐって進んで行く。


旧館をくぐり抜けたところ。
道は二手に分かれ、右が鬼怒沼。左は根名草山へと行く。


日光澤温泉全景。
岩壁と建物の間を鬼怒川が流れている。


7:35
「おさおとばし」と読むそうだ。
ここまで鬼怒川本流、支流あわせて4つの橋を渡ったのだろうか。


オオカメノキ


日光澤温泉から先はやたらと階段が多い。
傾斜が急ということであろう。


8:12
オロオソロシの滝展望台。
かなり先に大きな滝が流れているのが見える。地図でおおよその距離を測ってみるとここから669メートルと出た(細かい・笑)。


コース上に水が流れている。
岩は濡れていていかにも滑りそう。
特に下りはスリップしないよう心して歩かなくては。


9:31
お~、鬼怒沼まであと400メートルまで来た。


木道の両脇は笹藪化して先が見えないが、なんとなくこの先すぐが鬼怒沼のような、、、


9:42
つ、ついに夢にまで見た鬼怒沼にやってきた。
27年ぶり。感動の再会だ。


ふむふむ、そうなのか。と、説明を読み納得する管理人である。


入口の案内板によると鬼怒沼全体は東西に410メートル、南北720メートルあり、その中に大小250もの沼(池塘=ちとう)があるらしい。見た限り、250はないようだが見応えは十分。管理人、大いに満足している。
中央に見えるのがこれから登ろうと思っている鬼怒沼山だ。


モウセンゴケ
戦場ヶ原の湿地にもあるがごく一部の地点なのに対して、ここには無数とも言えるほどある。


確かこんな感じの池だったなぁ、水を切らして池の水でもいいから飲もうと思ったのは。
実際には見知らぬハイカーに助けられたわけだが、その好意にあらためてここで感謝の気持ちを伝えた。


う~ん、テガタチドリかなぁ?
それにしては花の付き方が違うし、大きさも違う。
とりあえず写真だけ撮り帰ってから調べてみると「イワショウブ」と言うんだそうだ。管理人が初めて見る花だ。


鬼怒沼でもっとも大きい「金沼」。
池塘の周りの草がわずかに色づいている。草紅葉が始まっているといっていいのだろうか。
9月になったらもっと色が濃くなるはずだから、これからが草紅葉の見ごろかもしれない。
右に見えるこんもりした山が鬼怒沼山。今日のオマケだ。


10:03
木道は金沼の先で二手に分かれている。
鬼怒沼山は右に見えるので右に進んでみた。
木道が途切れたところに東京電力の巡視小屋がある。非常時は避難小屋として使ってもいいらしい。
なぜここに東電? そんな疑問が生じたが帰ってから調べることにして、取り急ぎ中を見るだけにして先へ進んだ。
そういえば明治の頃、尾瀬の豊かな水源を利用してダムを造る計画があったらしいが、尾瀬と隣り合わせの鬼怒沼も東電が水利権を所有しているのだろうか?
ちなみに、中は内壁に沿ってベンチがあり中央は土間になっている。寝るとしたら土間の上に直接か幅30センチのベンチでということになる。


鬼怒沼山への道は緩やかだ。
木立に囲まれて見通しはきかないが歩きづらくはない。


見事なスギゴケ


巡視小屋からここまで緩やかな上りだったがここで一旦、20メートルほど下る。


10:31
山頂へ導くりっぱな道標。
ここの標高は2080メートルなので山頂まで60メートルの上りとなる。
山頂への道を辿らず直進すると栃木、群馬、福島の3県にまたがる黒岩山に至る。それと尾瀬沼にも行ける。
鬼怒沼山を目指したのは黒岩山を意識してのことだ。女夫淵から日帰りで行けないものかどうか、その感触を確かめるのが今日の目的のひとつなのだが、黒岩山はここからまだ5キロもある。女夫淵から日帰りで往復するのは無理かもしれない。


10:40
ややきつい傾斜を登っていくと最後に笹藪となり、畳1枚ほどの平らな場所があってそこが山頂だった。三等三角点がある。
景色が見えるのはこの方角だけ。鬼怒沼の雄大な景色と比べるとなんとも寂しい眺めだ。
地理院の地図によるとこの東北東、360メートルに同じ名前の鬼怒沼山というのがあり、標高もほぼ同じで2135メートル。ここから見えるあの山がもうひとつの鬼怒沼山だと思う。
滞在時間5分で早々に下山し次の目的地、物見山(毘沙門山)へ向かうことにした。


11:20
同じ道を下っていき、巡視小屋にさしかかる手前の分岐を右へ進むと再び木道と出合う。ここが鬼怒沼の北端で三叉路の木道になっている。道標の尾瀬沼とあるのが鬼怒沼山からの道。物見山へは大清水方面へ向かう。
ちなみに、この道標にある大清水方面に向かうとそこはすぐ群馬県である。


沢と化した道を歩いたり渡渉したりしながら最後の登りはカニコウモリの群落だ。


11:45
なんとなく山頂に着いてしまったという感じ。
そのはずで三叉路から100メートルも登っていない。


12:12
同じ道を先ほどの三叉路まで戻りここで再び鬼怒沼を歩く。
往路とは違う顔が見られるかもしれない。


金沼
木道は南に向かっているので晴れていればここから白根山や日光連山が見えるはずなのだが、、、


そうだ、今日は長丁場で時間を気にしながら歩いているため記念写真を撮っていなかった。
タイマーを10秒にセットして分岐している向こうの木道へと猛ダッシュするも正面を向く前にシャッターが切れてしまった。


12:46
鬼怒沼南端まで来て、下山に取りかかる。
ちなみに北端の三叉路からここまで人の姿は6人、見ただけ。
朝は管理人以外、誰もなく、もちろん鬼怒沼山も物見山にも誰もおらず独占。ずいぶん贅沢をさせてもらった。


水が流れる道を滑らないように気をつけて下っていく。


日光澤から鬼怒沼へは道が1本しかなく迷いようがない。
だがときおり、このような赤テープを目にする。テープは地上3メートルの枝に付けられているが、きっと雪が積もっているときに付けたものであろう。ということは、冬でも鬼怒沼を訪れる人がいるということか。


崩落した斜面を歩く。


日光澤温泉のすぐ下の鬼怒川では、朝は無人だったがこの時間は作業者がいて護岸工事がおこなわれていた。
ここまで戻ると急に日差しが強くなった。いままでが涼しかったのでこの暑さに閉口する。


16:01
鬼怒川にかかる二ツ岩橋を渡って、、、


これも初めて見る花だなぁ?


林道に降りる階段が見えほっとする。駐車場まであと5分。


16:40
車を置いた女夫淵駐車場に到着。
それにしても疲れた。
鬼怒沼は遠かった。
GPSの記録は23.6キロを示している。
鬼怒沼をもっとゆっくり楽しむには鬼怒沼山と物見山は余計だったかもしれない。花の季節であれば今日の2倍、3倍の時間をかけたい。
まぁでも、これで感触がつかめた。
次の目標は積雪時の鬼怒沼そして、花の季節だ。それが終わったら黒岩山さらには尾瀬沼、尾瀬ヶ原へと足を伸ばそう。燧ヶ岳にも登ってみたい。
終活の気持ちとは裏腹に、目標が膨らむばかりの管理人である。


地理院地図上にGPSの記録を描画したもの。処理はフリーソフト「カシミール3D」を利用。


同じカシミール3Dを使って標高×距離を図にしたもの。
GPS本体に表示された距離は23.6キロだがそれをカシミール3Dを使って処理すると上図のように距離が1割強、多くなる。計算のアルゴリズムの違いだと思うが、前もって計画した平面上の距離は21.48キロなのでGPSの方が実態に近い気がする。

さて、栃木、群馬、福島の3県境(※)にまたがる「黒岩山」を目標にする場合、距離が9キロばかり長くなる。
GPSで計測した距離23.6キロには鬼怒沼往復0.5キロと物見山往復1.84キロといったオマケが含まれているのでそれらを差し引いても、女夫淵から黒岩山を目指すと往復で30キロという長丁場になる。
う~ん、30キロねぇ。皇海山と同じだ。

皇海山はその距離の長さゆえ、日帰りを躊躇っているところにもってきて、同じ距離の黒岩山が行きたい山のひとつとして急浮上してきた。
困りましたねぇ、考えると頭が痛くなりますw
※実際には福島県境に200メートル足りない。

五色山~前白根山縦走ルートから百名山の白根山を眺める。ここは花の宝庫だ。

2016年8月15日(月) 曇り

昨年6月、管理人主催のフラワーウォッチングのツアーに参加した宇都宮在住のHさんから、盆最後の15日にガイドをお願いしたいとの依頼があった。

希望は白根山。言わずもがな日光で最高の人気を誇る山である。

百名山として全国的に知られていること、関東以北最高峰の山であること、標高2578メートルのうち2000メートルまで一気にゴンドラで上昇できる手軽さ、山頂からの展望が素晴らしいことなどが人気の理由になっている。

Hさんはフラワーウォッチングの後、鳴虫山高山赤薙山といった順に標高と難易度を上げながら山女子としてのスキルを磨いてきた。そろそろ白根山への要求が生じてもおかしくない時期にきている。
管理人も大賛成なのだがいかんせん、日程が悪い。
レジャー業界に身を置く管理人は盆中は忙しい。一見客であれば即、断ってしまうケースだ。
それに超人気の白根山は平日も週末もなく混む。盆休み中の15日ならばなおさら、登山者が殺到するはずだし、車を置く場所さえ確保できない恐れがある。

Hさんにはこの時期の白根山の状況を説明し、今回は白根山を諦めてもらうことにした。その代案として、白根山以上に満足のゆくルートを提案して差し上げた。
具体的には、白根山とその麓にある五色沼を目の前に見ながら歩く、五色山から前白根山を縦走するルートだ。五色山と前白根山を結ぶ稜線は、距離は700メートルしかないが西側に広がる白根山と五色沼の眺めが素晴らしい。
歩きながら眺める景色の中ではこのルートと、男体山と中禅寺湖を眺めながら歩ける白錫尾根ルートが他を圧倒する。
このルートであれば距離も時間も菅沼口から白根山に登るのとほぼ同じだから、歩いて物足りないということはない。むしろアップダウンが多かったり難所があったりするので難易度は白根山より上だ。

コースは決まったとして問題は、今日は午後から雨の予報になっていることだ。それと帰宅したら宿泊のお客さんのために夕食の準備を整えなくてはならない。したがってできるだけ早い時間に登り始めて早い時間に下山する必要がある。帰宅のリミットは16時だ。
そこでHさんには朝一の電車で来てもらうことにした。といってもローカルのことゆえ始発は遅い。宇都宮始発でも日光駅着が6時39分だから移動時間を考慮すると登り始めは8時になってしまう。天気が目まぐるしく変わる夏山ゆえ、6時には歩き始めたいところだがこればかりは仕方がない。
8時に歩き始めて16時には自宅に戻っている必要があるから、どんなに遅くなっても下山は15時だ。いや、レジャー客の車で国道が混雑することを考えると14時半を目標にすべきであろう。
そのためにも行程中は綿密な時間管理をおこなうことが重要になる。

そうして組んだ行程が左図である。
Hさんにとって2千メートル峰は今回で2度目だが、1登目の赤薙山に比べるとアップダウンを繰り返す分、累積標高差が大きくなる。
したがって所要時間にゆとりを持たせると同時に、各ポイントごとに休み、身体に負担がかからないようにした。
休憩時間はときに計画よりも長く、ときに短くとることで全体の進み遅れを調整することにした。
計画では登り開始から下山までの6時間半のうち、1時間10分の休憩を含むから、息の上がらないゆっくりペースだと思う。

行程全体の流れは次のようになる。
金精トンネル(8:00)~0.5km~金精峠(8:40/8:45)~0.83km~金精山(9:40/9:45)~0.53km~国境平(10:05/10:10)~0.76km~五色山(10:50/11:05)~0.76km~前白根山(11:35/11:55)~0.76km~五色山(12:25/12:30)~0.76km~国境平(12:55/13:00)~0.53km~金精山(13:25/13:30)~0.83km~金精峠(14:00/14:05)~0.5km~金精トンネル(14:30)


07:40
国道120号線の湯元への分岐を過ぎたあたりで名称が通称、金精道路に変わる。
いくつかのカーブを曲がると金精トンネルを目の前にする。その入口部分が金精山の登山口で駐車場がある。
天気予報は数日前から曇りのち雨となっていたのでそれで敬遠されたのか、10数台ほど駐まれるスペースは先着車が5台。苦労することなく駐めることができた。


7:50
登山道は駐車場の隅っこにあり、大きな案内板と登山カード入れが設置されている。
道は金精トンネルの管理小屋(おそらく電光掲示板や照明などの)の裏手を回り込んでから本格的な登りになる。


うふぇっ、いきなり岩が出てきた。


岩の次は崩落した斜面を横切るといった冒険をしなくてはならない。幅30センチほどの踏跡がついてはいるが、火山礫なので滑りやすい。足の置き場所を間違えると数十メートル下の沢底に至る。


早くも花が見つかった。オヤマリンドウ。


登山口から金精峠まで距離は約420メートルと短いが、標高差は190メートルもあるからそれなりに厳しい。
フィールドアスレチック的な冒険気分を味わいたい方にはお勧めかも(^^)


アキノキリンソウ。
笹の葉が濡れているがこれは夜露。雨はまだ降っていない。


ハンゴンソウ。
初めはキオンかと思ったが分裂している葉はハンゴンソウの特徴だ。


帽子をかぶったような独特の形をしたトリカブト(ヤマトリカブト)。猛毒を持つ。
葉がヨモギに似ていることから若芽のうちはトリカブトと気づかず、食して死に至った事例も多いらしい。


8:27
Hさんに花を解説しながら荒れた急斜面を登り切るといきなり平らな地面の上に出て、そこが金精峠。
写真の手前に向かうと金精山、奥が温泉ヶ岳、左斜めが菅沼へのルートだ。


左を見ると古びた社がある。金精神社だ。
扉は閉ざされていてさらに、扉にはまっている格子は内部から板が打ちつけられているのでのぞき見ることができないが、中には「金精神」が祀ってあるそうだ。
子宝、安産、子孫繁栄に霊験があるとされるが管理人、これ以上のことを書くと赤面してしまうので、興味がある方はウィキペディアの説明を読んでほしい。


登山口から金精峠、金精峠から縦走路にかけて、植物が多い。
これはヤマハハコ。中央の黄色の部分が花で、白いのは花を包む萼片。


これから向かう先は金精山。
なかなか歩き易い道のような、、、


真っ赤な実をつけたオオカメノキ


ホタルブクロ


ウスユキソウ。
花はとっくに終わっているがあたかも白っぽい花のように見えるのは葉。きっと虫集めの用をなすのでしょう。


カニコウモリ


シラネニンジン


歩き易くはなかった。
峠から金精山に至る道もトンネルからの急登と同じような厳しさだ。
アルミ製の梯子を登るHさん。


いやぁ、なかなか楽しめるルートですな(^^)


9:18
第1座目の金精山に到着。
地図で見るとわかるがこの山は山頂にナイフを入れて真っ二つに切った形をしていて、湯元側から仰ぎ見る金精山は切った断面だ。
そして山頂からは遮るものなく湯元温泉と湯ノ湖、男体山が一望できる絶好のロケーションなのだ。


山頂から湯元を見下ろすとほら、ご覧の通り。
まっ、こんな日もあるわなw


山頂から下って国境平に至る道は踏跡がいくつかあってわかりづらいが、どれもどこかで交わるからあまり気にすることもない。


9:54
国境平
今日、計画したルートは金精峠から五色山まで、群馬県との県境を歩く。
ここは湯元へ下る道との分岐点となっているため他の山名と同様、識別するためにその地に似合う名前が付けられたのだと思う。


ハンゴンソウが群落をつくっている。
天気が良ければ青空と黄色とのコントラストが見事だろうと思う。


笹とシャクナゲ、シャクナゲと笹の間を縫って歩く。


10:24
2座目の五色山に到着した。
ここで初めて白根山が見えるようになる。


おぉ、悪天候ながら白根山の全貌が見える。
眼下に五色沼もクッキリ見える。悪くない。


ハクサンフウロに、、、


ソバナ


五色山から前白根山に向かう700メートルの稜線は、適度なアップダウンと白根山や白錫尾根の眺めが楽しめる。Hさん、大いに感動してくれる。


岩陰に咲くヒメシャジン


実をつけたコケモモ


11:14
今日の3座目、前白根山に到着。


白根山転じて前白根山となったわけだが、Hさんには大いに喜んでもらえた。


前白根山からの眺め。
白根山は雲に隠れてしまったが五色沼でしっかり目に焼き付けているので雲の中の形はイメージできる。


今日のルートは前白根山で折り返して同じ道を戻るいわゆる、ピストンだが、稜線歩きは景色の変化が楽しめるので飽きることはないはずだ。Hさん、疲れている様子もない。

この時点でHさんの手からストックが消えているのが写真からわかると思う。
ストックは身体のバランスが崩れたときに立て直したり、急傾斜での足への負担を軽減するのに大いに役立つが、頼りすぎると平衡感覚を磨く妨げになる。
これまでHさんを見ていて、ストックに意識が向くあまり、手と足の動きがぎこちないことに気がついたので、帰りは使わずに歩いてみることを提案した。山歩きのキャリアが豊富とはいえないHさんには、足に神経を集中して歩く感覚を身につけてほしいと思った。

そうすることで平衡感覚が磨け、浮き石に乗ってバランスを崩した場合なども自力で体勢を立て直すことができるようになる。大きな段差を安定した姿勢でクリアしたり、ぬかるんだ道を滑ることなく歩けるようになる。平衡感覚を養うことは大切だ。難易度の高い山ほど重要になってくる。
若くそして、脚力のあるHさんがストックを使うのはそれらスキルアップが図れてからでも遅くない。
写真は全体のほんの一瞬を切り取ったものに過ぎないが、ストックから開放されたHさんの歩きはまるで別人のように滑らかにそして、速くなったように管理人には思える。


ハクサンフウロ
花の下に見えるモミジ状の葉は紅葉し、きれいな草紅葉(くさもみじ)となる。


ハンゴンソウの群落の間を国境平へと向かう。


金精山も無事に通過し、トンネルへの悪路を進む。
ストックを手に持つ必要がなくなったので梯子を下りるのも楽になったはずだ。
ザックにカバーがかかっているがこれは金精山に着いた頃、今にも雨が降りそうな気配に備えたもの。幸い最後まで降られることはなかったが。


往きも通った崩落地を慎重に通り抜けるHさん。
だが、ここはさすがに怖かったらしい。


14:44
駐車場を見下ろす場所まで戻った。


駐車場への到着は計画よりも15分遅れた。スタート時間が10分早かったので全体で25分のオーバーとなった。
この理由として、次のことが考えられる。というか間違いない。
(1)15分を超える休憩が都合、3回あったこと。
(2)帰路、五色山から国境平へ向かうところをあろうことか弥陀ヶ池への道を辿ってしまうという凡ミスをやってしまい、17分のロスが発生したこと。
(3)金精峠~金精山は往きは計画55分にたいして実績は49分だったが、帰りは計画30分に対して45分と、計画よりも15分も余計にかかったこと。

休憩時間を長く取ったのはよかったとしても、道間違いはいただけない。なんの疑いももたずに90度も方角が違う道を歩いたのだから我ながら開いた口がふさがらない。花の説明やらなんやらに夢中になっていたのかも?
金精峠~金精山の計画VS実績の大きな差異は理由がわからない。それも気持ちの悪いものなので計画VS実績、往路VS復路の実績という二面でとらえてみた。

      計画    実績
往路    0:55   0:49
復路    0:30   0:45

計画時間は地図上の傾斜と距離から推定したもので、かなりゆとりを持たせてある。復路は下りなので計算上は当然ながら往路よりも時間が短い。
往路での実績は計画よりも6分少なく、これはほぼ計画通りと言っていい。問題は復路の実績だ。往路はほぼ計画通りだったのに復路は15分もオーバーした。
歩いているときの記憶など実に曖昧なもので、帰宅すればすぐに忘れてしまう。そこで撮り溜めた写真を見ながらそして、地図を見ながら記憶を呼び起こすと、金精峠~金精山はたしか梯子やロープが数カ所あったことに思い当たった。そうか、それに間違いない。
地図という平面ではとらえられない障害物が現場にあると上り下りとも思いの外、時間がかかる。まさにそれが原因であろうと思う。次回の計画策定では考慮しよう。
よっし、これで今夜はいや、今夜も気持ちよく飲めそうだ(^^)

山はすっかり秋模様。霧降高原丸山そして赤薙山で秋の花を堪能。

2016年8月10日(水) 晴れのち曇り

霧降滝駐車場(6:25)~徒歩~キスゲ平(8:10/8:20)~八平ヶ原(8:49/8:55)~丸山(9:10/9:20)~丸山分岐(9:37)~焼石金剛(9:58/10:05)~赤薙山(9:19/9:30)~小丸山(11:05)~階段700段目(11:15)~キスゲ平(11:33/11:50)~徒歩~霧降滝駐車場(13:14)

※所要時間:6時間49分
※歩行距離:24キロ(うち、車道歩きが16キロ)

かつてに比べて売り上げが落ちたとはいえ、8月はやはり忙しい。
レジャー業界に身を置いているとお客さんなくしては経営が成り立たないわけだが、8月の忙しさが他の季節に分散してくれればいつもの月のように山歩きが楽しめるのに仕事の性格上、こればかりは管理人にはどうすることもできない。
お客さんからの電話も多いから常に携帯の圏内にいて、家人から電話で呼び出されたらその場で山歩きを中断して帰らなくてはならない。
だから8月は、ほんの少しのすき間時間を利用して、計画したとおりに事が運ぶような山歩きとなる。当然だが藪に阻まれてにっちもさっちもいかなくなってしまうような山は避けるし、滑落して身動きが取れなくなったら数日から数週間、発見されないというような山も避ける。努めて健全な山歩きを行うようにしている。

明日からまた数日間、本業で家を空けられないから、今週は今日しか機会がない。
危険のない安全な山でなおかつ、遭難しても発見されやすい山へ行って、明日からの仕事でバテない身体を作ろう。でも5キロや10キロでは物足りない。最低でも15キロいや、できればもっと長い距離を歩いて体力をつけたいと思う。

携帯圏内で、家人から呼び出しがあったらすぐに帰れて、安全で、遭難しても発見者がいてくれて、その上15キロ以上歩ける山、、、、う~ん、ちょっと思いあたらない。それは自分で言うのもなんだが、これまでの管理人の山歩きのスタイルを覆すような条件だ(^^)
寝床で地図を広げて考えたのはいつものように登山口から歩き始めて15キロ以上の山となるとやはり奥日光になってしまうから、上に書いた条件には合致しない。
そこで閃いたのが、登山口に達するまでの道のりで距離を稼いでしまおうという、我ながら目から鱗のアイデアだ(^^)
いつもなら登山口まで車で行くところを、ずっと手前に車を置いて歩き出せばいい。よしっ、これで15キロは確実だ。

場所は霧降高原の丸山にしよう。
登山口から北斜面へ回り込んで山頂に達し、小丸山を経て天空回廊をキスゲ平に降りることにしよう。キスゲ平は今頃、秋の植物で賑やかだろうから写真を撮りながら散策気分で歩こう。
さて、車をどこへ置こうかということになるわけだが自宅から丸山の登山口まで歩くことももちろん可ではあるが、より距離を延ばすためには駐車地を登山口からより離して霧降滝の駐車場を利用した。
霧降滝とキスゲ平間は路線バスが走っているから家人から呼び出しがあってもバスで駐車地まで戻れる。

1608010-1281608010-108

オヤマリンドウ(左)、ウメバチソウ(右)


6:32
霧降高原道路の霧降滝付近。
いつもなら車で通過するところを今日は歩く距離を稼ぐため、この道路を歩いてキスゲ平へ向かう。初めての体験なのでドキドキ(^^)


いい天気だ。
日光連山のうち、もっとも北西にある赤薙山(雲のかかった中央の山)と小丸山からのなだらかな稜線そして、丸山(右)が見える。
今日はあの丸山を裏側から登って手前の稜線へ降り、小丸山を経て登山口のキスゲ平に降りる予定だ。


霧降高原道路の両側は深い沢になっていて斜面にいろんな植物が生育している、ということが歩いて初めてわかる。
これはタマアジサイ。
手前に見える球形が蕾でこのひとつの玉の中に花の集合体が収まっている。なんだかとても神秘的。


シモツケ
シモツケという名のつくのは他にシモツケソウ、ホザキシモツケ、オニシモツケなどがあるが、「シモツケ」とは下野=栃木県のこと。すなわち、栃木県特有の花であるとか栃木県で最初に見つかった花であるという意味であり、同じ種類の植物というわけではない。


赤薙山がグンと近づいた(中央の雲がかかった山)。
日光ではもっとも低い2千メートル峰で楽に登れる。また、積雪期でも登りやすいので雪山入門の山としてうってつけだ。
冬の赤薙山へ登る。


8:10
歩き始めて1時間40分で丸山(1669M)、小丸山(1601M)、赤薙山(2010M)、女峰山(2483M)の登山口となるキスゲ平に到着。ここまで1時間40分かかったが当初の予定では2時間だった。
正面に見える小高い丘のようなのが小丸山でその右が丸山。小丸山はここからだと標高差が260メートルしかないが、1445段もの階段を昇る必要があるので管理人がもっとも苦手とするところ。
むしろ登山道を使って丸山に登ってから小丸山に降りる方が楽(^^)


まず丸山に登るのでここを右へ入る。
ハイキングコースとなっているが、厳しさから言って立派な登山コースです(^^)


笹がきれいに刈られていて路幅は広く、歩き易い。
笹は年に一度刈られるだけなのでグッドタイミング。


ニガナ、ハナニガナかな?微妙なところ。


ここで登山道は分岐する。直進すると天空回廊と並行して小丸山に達するが道は笹が伸び放題で荒れている。
丸山へはここを右に折れる。
なお、道標は丸山と赤薙山が同じ向きを指しているが上に書いたように荒れて廃道寸前。


丸山の北登山口となる八平ヶ原への道も笹が刈られて歩きやすい。


8:49
一面、笹におおわれて気持ちのいい八平ヶ原。
樹木のほとんどはダケカンバで新緑の頃はとてもきれいだ。
空気が澄んだ冬は遠く筑波山、高原山がよく見える。
これから写真に写っている丸山へと向かう。


オトギリソウ
昔、仲の良い兄弟がこの植物を使って秘伝薬を作っていた。製法は門外不出としていたが、金に目のくらんだ弟がノウハウを持ち出そうとした。それに怒った兄が弟を切り倒してしまったことから名がついたそうだ。と、本からの受け売りw


赤い実をつけたオオカメノキ


丸山の北斜面は傾斜が厳しい。
そのため、このような階段が2箇所、他に丸太を組んだ階段もある。


山頂近くから北東を眺める。
天気がよければ高原山が一望できるがご覧の通り、上空は灰色の雲が垂れこめている。


丸山山頂に到着。
濃霧。誰もいない。


9:15
今日の管理人の出で立ちは短パンに半袖、トレラン用の小型ザックに靴はランニングニューズという軽装。昼食は持たずお腹が空いたら行動食を食べながら歩くといった、長距離向きのスタイルにした。
やはり荷物の軽量化は身軽に動けるし機動力がまったく違ってくる。
女峰山などもこの身軽さで登れば時間は大幅に短縮できるのにねぇ。


丸山山頂ではすでに葉を赤く染めたヤシオツツジが見られた。
これはシロヤシオでしょう。この夏は短いのかも?


オヤマリンドウ


小丸山と赤薙山を結ぶ稜線に出てこれから天空回廊で降りることに、、、、


と思って時計を見ると、まだこんな時間か。
ここで帰ってしまうのもなんだなぁ、悔いが残りそう(^^)


魅力的な稜線が手招きしている(笑)


シロバナニガナ


このガレ場、管理人がどこへ向かっているのか赤薙山や女峰山に登ったことがある方にはこの光景を見て思い当たると思う(^^)


9:58
とうとう焼石金剛まで来てしまった。
ここまで来れば往復20キロは稼げるはずだが、赤薙山がすぐ目の前に迫っている。30分で行ける距離だ。
赤薙山が管理人を呼んでいる(笑)


おぉ、信じられないことにこんな場所にウメバチソウが。本来、戦場ヶ原のような湿地帯に生育する植物なのだがウメバチソウに間違いないと思う。


やせ尾根には濃いガスがかかり前方が見えない。


山頂直下の岩場を這い上がって、、、


10:19
とうとうここまで来てしまった。
では次は女峰山へ?
いや、そこまで欲張ってはだめだ。事故の元だ、と冷静さを失わない管理人なのである。いつもそうだと良いのだが(^^)


アキノキリンソウ


それにしてもオヤマリンドウが多い。
至る処で目につく。


シラネニンジンでしょう、きっと。


11:05
小丸山に降り、これからあの回転扉の向こうへ。さあ、今度はなにが待っているのか?


ヤマハハコ


ノハラアザミ


天空回廊の近くまで来てようやく前方の景色が見えるようになった。中央に見えるのは大山。


11:08
天空回廊の最上段。
ここから急降下して700段目から園地の散策路を歩く予定だ。


天空回廊は700段目まで一直線に続いている。
下からぞろぞろとハイカーや観光客が上ってくる。すれ違うにはまだ時間があるからランニングシューズの身軽さで駆け下りよう。


シロヨメナ


11:15
700段目に立てられている避難小屋が見えてきた。
この手前から園地内の散策路に入れるので、これから先は花を眺めながらゆっくり歩くことにする。


ヨツバヒヨドリだがほぼ咲き終わっている。


ドクゼリかな?


オカトラノオだと思う。


ツリガネニンジンも至る処で見られた。可愛いねぇ。


コバギボウシ


11:51
天空回廊を降り振り返ると、朝とは違って小丸山と丸山に黒い雲が。間もなく降り出すかも?
さてと、ここまで無事に来れたので駐車地までバスに乗ることもない。
道は下りなので走ったり歩いたりしながら戻ることにしよう。


1リットル持参したスポーツドリンクは200ミリほど残った。8月にしては異例のことだと思う。
曇天で気温が上がらなかったのと適度な風でダラダラと流れ落ちるほどの大汗をかくことがなかったからだが、これが長距離を歩くのに幸いしたようだ。なんとか24キロを歩ききることができた。

自宅に戻ったら風呂に入ってその後、ビールをグビッとやろうと考えていたのだが、いざ入浴を済ませるとビールではなく冷たい水が無性に飲みたくなった。
生暖かいスポーツドリンクは残したけれど身体はきっと、もっと多くの水分を欲していたのだろうと思う。
汗はかいたものの気温が上がらなかったので喉の渇きを感じることがなく、それで少量のスポーツドリンクで済んだのだが、実際には現場でもっと多くのスポーツドリンクを飲んでおくべきケースだったのかもしれない。
まあでも、熱中症になったわけではなく、帰りの車道は走って駐車地まで行けたので問題なしとしよう。

高山植物が足下で見られる絶好の場所、小田代ケ原や戦場ヶ原へは今年はまだ一度も行っていない。
この季節でも高原を吹き抜ける風は涼しいし開放的な景色が好きでよく通ったものだが、行くとかならず小学生の団体と遭遇して、すれ違いや追い越しに苦労する。
小田代ケ原と戦場ヶ原は5月から始まる体験学習や夏の林間学校の定番になっているからこの季節は賑やかだ。その点、霧降高原は静かな環境でゆっくりと花を見るのに適している。
我が家から近くに位置し、散策やハイキング、赤薙山や女峰山への登山にも便利だ。冬はパウダースノーシューの中、スノーシューを楽しめるという、万能性がある。ここに小学生の団体は似合わない。

湯元から刈込湖・切込湖へ。イトキンポウゲは盛りは過ぎたが健在だった。

2016年8月5日(金) 晴れのち雷雨

湯元駐車場(9:23)~湯元源泉(9:28)~刈込湖(10:27)~切込湖(10:52)~涸沼(11:18)~山王峠(12:04)~光徳温泉(12:36)~湯元駐車場(14:15)

8月に入ってすっきりした青空が広がり朝から気温が上がる日が多くなってきた。そして午後はお決まりのごとく雷を伴った夕立となる。これが夏特有の山の天候なので驚くことはないのだが、いざその中に自分の身を置くことを考えると落雷は怖い。
したがってこの時期の山は日の出と同時に歩き始めて午後早々に戻ってしまうか、短時間で歩けるコースを設定するのが賢明だ。

先月29日は自宅を6時前に出発して歩き始め、14時過ぎに駐車場に戻った。これが夏山のスタンダードである。
今日もそうすべきだったのに実は昨日、買ったばかりのザックを前に、メーカーが違えばザックの構造も違うので、何をどのポケットに移せばそのザック本来の使いやすさが得られるのかについて迷いに迷って知恵熱を出し、何もせずに寝てしまったのだ。

熱の原因は後で考えてみると昨日は買い物をするのにほぼ半日、炎天下を走るのにエアコンを22度に設定した車の中にいたため冷房病になったらしいことがわかったのだが、いずれにしても何もする気にならず今まで使っていたザックから荷物を移したのは朝になってからという準備の悪さだ。そんなこんなで支度は今朝、慌てて済ませたので出発が遅くなってしまった。

行き先は健康維持になるのならばどこでもよかった。10キロくらい歩ければ満足。
ただこの暑さなので古賀志山は避けたい。
なにしろ我が家よりも標高が低いうえに南に位置しているので暑いに決まっている。
となればやはり行き先は標高の高い奥日光しかない。
とはいっても明日からの本業を控えて疲れて帰るようなハードな山行は避けたい。
暑いのはいやだ、疲れるのはいやだとわがままばかり言っているが盛夏の山歩きは暑さによる発汗で、疲れが普段の3割り増しになるからほどほどにしたいものだ。

そうだ、刈込湖あたりはどうだろうか。
この時間からでも十分、間に合うし、起点となる湯元温泉との標高差は300メートルもないから、汗がとまらず脱水症になることもないであろう。
盛りは過ぎているが刈込湖のイトキンポウゲが見られるかもしれないという期待もある。

荷物はとりあえずそのまんま新しいザックに放り込んだ。なんの工夫もないw
家に帰ったら山行データを整理しながら新しいザックの使い勝手なども振り返ってみよう。


9:28
刈込湖への起点となる湯元源泉。
小屋の中に温泉の湧き出し口があって、パイプラインで湯元と中禅寺湖の各旅館へ温泉を供給している。
地面からも湧き出していて手を入れては歓声を上げている観光客がいる。草津の湯畑ほどの規模ではないし華やかさもないが、田舎の温泉地の素朴さに癒される。
今日は市営の駐車場をスタートして同じ場所に戻ってくるという、約15キロの手頃なハイキングにした。


源泉をスタートしてこの笹の間を上がると国道120号線に出るので、それから本コースに入る。


国道120号線通称、金精道路。首都圏に近い国道なのに一年のうちの1/3は雪に閉ざされ通行止めになる山岳道路だ。雪崩も多い。
湯元と群馬県の沼田を結んでいるが生活道路ではないため冬は除雪をしない。


9:38
国道脇にある本コースの入口。
大きな案内板を右にみながら傾斜を登っていく。
冬は案内板のコースの他に雪が積もって初めて歩ける、ドビン沢コースというのが出現し、夏道よりも面白い。


案内板にある夏道。傾斜は緩く歩き易い。
冬は斜面からの雪崩があるのであまり勧められない。


間もなく休憩に適した小峠だが傾斜はややきつくなる。
小峠に到着したら休憩しようと考えていたところ数十人もの小学生の団体で埋まっていた。記録として峠を示す道標を撮ろうとしても立つスペースがない。やむなくそのまま通過。


10時ちょうど、小峠を通過。
小峠はソバナが多い。


10:15
平坦路が終わると刈込湖へ向かって急降下する。
たしか階段が12箇所だったかな、樹林帯の中に敷設されている。


階段の傾斜はまちまちで冬は雪で埋まりすべり台として遊べる。


最後の階段まで来ると刈込湖が見下ろせる。


10:27
刈込湖に到着。
雨不足の影響か、水位は低いようだ。


お目当てのイトキンポウゲはまだ少し残っていた。
花は直径1センチにも満たない大きさで、花弁はキンポウゲ科特有の光沢がある。
茎は地面を横に這い、葉は糸のように細いことからその名が与えられている。くすんだ緑色のが葉っぱ(上に見える葉の集まりは雑草)。
全国でも生育地域が限られているようで環境省のホームページによると「絶滅危惧ⅠB類」に指定されている。
日光では他に西ノ湖で見られる。


古い写真だが2009年7月15日に西ノ湖で見たイトキンポウゲ。本当に小さい。


木立の中の刈込湖


満開のカニコウモリの群落が見られた。
葉がカニの甲羅のような文様でなおかつ、コウモリが羽を広げた形に似ていることから名がついている。


カニコウモリ近撮。
ワタクシ、これでも咲き乱れているのよ、ほほほっ。


11:13
涸沼全景
以前はこの原全体がお花畑だったらしいが小田代ケ原や戦場ヶ原にようにネットで囲われてはいないため、植物はシカによって食い荒らされたそうだ。
管理人が到着したとき、先着していた小学生の団体がいたが休憩が済んだのか先へ進んでいった。


マルバダケブキ


トネアザミ


先着していた小学生たちは山王峠へと向かって行く。
無人になったのでここで昼食とするが、小峠で追い越した小学生の団体がいつ到着するかもしれないので、のんびりとはしていられない。
この時期の日光は小学生の団体の動向を気にしながら行動しなければならないのが難点。


先行した小学生の姿が見えなくなったのとほぼ同時に、後続の団体が到着。ゆっくりしている間もなく、管理人も山王峠へ向かうことにした。


ヤマオダマキ


涸沼から山王峠への斜面は急なので道は斜面を横切るようにジグザグについている。


11:58
この辺りが山王林道の峠。


山王林道と接する辺りからハイキングコースの山王峠まで、木道が敷設されているが距離は短い。


山王峠から光徳までは深い樹林帯の中を下っていく。
遠くで雷が鳴っている。上空は暗く、この辺も雨になるのは間違いないようだ。


12:36
足早に歩き光徳に辿り着いた頃には雨になった。
取り急ぎ、市営駐車場のトイレに駆け込んでザックから折りたたみ傘を取り出しさらに、ザックにカバーをかけた。
雨がひどくなるようならバスで湯元に戻ることにして、バス停で10分ほど待機。夕立とは違って止みそうにはなくといってこれ以上、激しくなることもないようだ。予定通り、5キロの道のりを歩いて湯元に戻ることにした。


光徳牧場の片隅で草を食べる牛たち。
端から端まで見渡せるほどの小さな牧場なのだが実に素朴な光景が広がっている。
小学生の団体は光徳駐車場からバスに乗り今夜の宿泊地へ向かうので、ここは人っ子ひとりいない。今日、初めて訪れる静寂を噛みしめるようにしてゆっくり歩く。


コバギボウシ


13:07
バスの通る車道よりも牧場の脇から光徳沼を経て国道に出る方がいろんな楽しみがある。
光徳沼は土砂が堆積して川の流れそのものと化し、以前の形をとどめていない。


かつての光徳沼(1999年6月21日撮影)。
逆川(さかさがわ)からの流れはここで一旦、とどまり、沼を潤したあと戦場ヶ原に向かってゆっくりと流れていく。
この姿を再び見ることはないであろう。


バイカモが見られた。


ウツボグサ(ミヤマウツボグサかも)


逆川沿いのコースを国道へ向けて歩いて行く。
雨はかなり激しくなり傘なしではいられないほど。


13:30
国道に出たところで前方に目をやると雲に覆われた五色山がわずかに見える。


湯滝の落ち口付近で国道と分かれて湯ノ湖周遊歩道に入る。
湖畔に沿って歩くと湯元温泉と金精道路との分岐があるのでここを湯元温泉へ。


14:06
歩き始めた湯元に到着。
総距離15キロ。疲れもせずといって物足りなくはない、いい距離だった。



で、ザックのことはどうなったかというと、モンベルの30リットルのを2年ほど使っているが、薄着の季節だとお腹が空いてくると腰ベルトをいくら締めても腰回りにすき間が空いてザックがずり下がってくる。その結果、ザックの荷重を腰で受けとめることができず肩に負担がかかってそれが辛い。
ザックの荷重は基本、腰でしっかり受けとめて肩への負担はできるだけ少なくするほうが長時間、歩いても疲れない。
それだけのためにモンベルからカリマーのザックに替えた。

カリマーリッジ40という製品にしたところ、腰回りにフィットして肩が軽くなった。お腹が空いても腰ベルトにまだ締められるだけの余裕があるから、食糧が尽きて飢餓状態になってもザックがずり落ちてくるようなことはなさそう。
まっ、このように、ほんのわずかな違和感だけで別の製品に取っ替えてしまう傾向が管理人にはあって、自室の壁にはザックがずら~っとかかり、押し入れには登山用品がぎっしり詰まり、衣装ケースにはウエアがはみ出すほど溜まる。溜まらないのはお金だけというのは管理人の性癖からして致し方なしといったところか。

カリマーリッジの背負い心地は良いとして、それとは別の観点からモンベルのザックはよくできていると思う。
最近では水分補給するのにハイドレーションシステムといって、ザックの中に水袋を収納し、水袋から取り出した吸水管を顔の横に配置してどのような状況下でもザックを下ろすことなく水分補給を可能にする構造になっている製品が当たり前となっているが、水袋に入れる飲物として水道水にするかスポーツドリンクにするかで事後のメンテナンスが大きく違ってくる。
すなわち、水道水であれば次の山行までなにもしなくても大丈夫だがスポーツドリンクだと山行後、すぐに洗浄しないと雑菌が繁殖して、大変なことになる。
水袋を洗えばいいというだけの話ではない。水袋も吸水管も吸い口もすべて洗剤をつけたブラシで洗って乾燥させないと黴びてしまい、使い物にならなくなってしまう。大変なのだよ、ハイドレーションシステムのメンテナンスは。

スポーツドリンクの有用性を信じて疑わない管理人はそんな面倒なことはしたくないから、ハイドレーションシステムは使わずもっぱら使い捨てのペットボトルあるいは洗浄しやすい広口の飲料ボトル派だ。
問題はザックのサイドポケットに収納したボトルの取り出しと、飲んだあと、元の場所に戻すという動作。これは普通、身体を思いっきりよじらなければ不可能であり、皆さんとても苦労している。

管理人が主催するスノーシューツアーにふたりで参加した場合など、お互いに相手のペットボトルを取り出し収納するといったほほえましい光景が見られるのだが、独り参加の場合はそうはいかない。孤軍奮闘する姿がそこに見える。

モンベルの一部の製品は、ザックを背負ったままサイドポケットからのボトルの出し入れを容易にしている。構造は簡単で、要するにボトルをサイドポケットに真上からも、斜め上からも収納できるようになっていて右のポケットなら右手1本で左も同様に出し入れできてとても便利なのだ。
立ち止まってザックを下ろす必要はなく、歩きながらでもボトルを取り出して飲むことができるから、利用者の立場をよく考慮した設計といえる。

水袋を使ったハイドレーションシステムを優先するあまり、サイドポケットの機能が旧態依然のままで進化が停止しているザックを、カリマーリッジの新モデルにも見てしまった管理人である(まっ、そこんとこは工夫しましたが)。

あっ、それから、なぜ水分補給に水道水だけではいけないのかというと、登山という数時間にもおよぶ激しい運動で発汗すると体内のナトリウムやカリウム、カルシウムなどのミネラル成分も同時に排出され、水道水を飲むとミネラル成分の比率の低下を防ごうとして、飲んだ分の水分を排出する作用が働き、水分を体内に取り込めなくなる。つまり、登山中の熱中症はミネラル成分を含まない水道水他の飲物では防げない。
したがって水分と同時に塩分を積極的に採らないと大量の発汗による足の痙攣や集中力の欠落、意識障害につながってしまうのだ、と本からの知識の受け売りをしておく。

だから管理人はハイドレーションシステムの事後のメンテナンスの煩わしさを考えて、スポーツドリンクはペットボトルや広口ボトルで飲むようにして、ボトルの取り出しやすさだけでザックを選んだり、飲みやすさの工夫をしている。
今回の結論として、ザックの背負い心地はカリマーに分があるがボトルの取り出しやすさはモンベルに軍配を上げる。
ただし、背負い心地はその人の体型と体力で決まってしまうので管理人、もっと太く逞しくならなくては。

日光にこんな華麗な滝があるなんて得した気分、野門の布引滝。

2016年7月29日(金) 曇り

野門沢林道ゲート(7:10)~階段(7:28)~鳥居(7:39)~展望台(7:55/8:02)~林道終点広場(8:18/8:20)~布引滝分岐(8:37)~野門沢ロープ(9:29)~布引滝(10:12/10:25)~野門沢ロープ(10:57/11:15)~布引滝分岐(12:09/12:25)~林道終点広場(12:57/13:08)~展望台(13:21/13:35)~林道ゲート(14:10)
※所要時間 7時間
※距離 13キロ


梅雨が明けた。
平年より3日早く梅雨入りし、平年より7日遅い梅雨明けとなった。
しかし、梅雨明け特有のあのジリジリした日差しがない。そればかりか管理人が住む日光霧降は梅雨明け間近に必ずあるはずの雷がなかったし、7月だというのに気温が上がらず、暖房を使うほど寒い日があった。
それでも梅雨は明けた。が、時期が時期だけに無理やり明けさせたといった感じでメリハリがない。
こんな年の夏は短い、そんな予感がする。

さて、本業よりも山歩きに重きを置くようになっている管理人にとっては雨さえ降らなければ山歩きには差し支えないので、はっきりしないもののこの梅雨明けをありがたく受けとめたい。
で、明日から5日続けて本業が忙しいので、梅雨明け初日の今日を有効に使いたいと思う。
いくつかある候補地でプライオリティ1は野門の布引滝と決めてあった。

布引滝の存在を知ったのは、今月20日に常連さんと帝釈山の北尾根で女峰山に登ることになり、その計画を組んでいるときであった。
帝釈山北尾根を女峰山へのルートに設定したのだが、地図を見るとその東側に女峰山から派生する野門沢がある。源頭部は標高1980メートル付近にありそこから鬼怒川まで長い流れが続いている。
帝釈山北尾根から沢のもっとも深いところまで落差400メートルという、とてつもなく深い沢だ。
布引滝は沢の途中、標高1610メートル付近から流れ落ちる落差120メートルもある大きな滝であることを事前の調べで知った。

落差120メートルといえば日光最大の滝、雲竜瀑に次ぐ大きさで、観光スポットとして人気のある華厳滝など問題としない。これはぜひ見ておかなくてはいけないと思った。

常連さんとのツアーを控え、前日19日に帝釈山の北尾根を探すため下見に行った際に、布引滝へも行くことにした。
布引滝はそのルートの途中、分岐を沢に向かって下ったところにあるので北尾根探しとの二兎を追ったわけだ。

布引滝は野門沢に降りた沢の行き止まりにあった。
あったと言うのは正確ではなく、そこで見たものはいくつかの段差にぶつかりながら、角度を微妙に変えて流れ落ちる布引滝の、末端10メートルほどの滝であり、布引滝全体を見るにはその滝の上部に出なくてはならないらしい。
ネットで調べたところ末端の滝の手前にロープがあるのでそれを伝っていけば布引滝本体の滝壺に出られるとあったが、19日は肝心のロープが見つからなかった。
だが、ここを登れば滝壺だと思われる斜面は見つかった。

その斜面は崩落によってガレ場となっていてとても危険そうだ。斜面の取り付き部分は1メートルほどの段差になっていて、管理人の場合は諸事情あって足が届かない。やはり既存のロープで登るのが正しいようだ。
まっ、「二兎を追う者は一兎をも得ず」のたとえもあることだし、19日の下見の本目的は帝釈山の北尾根を探すことにあったので、布引滝を見るためのロープ探しは日を改めることにした。
その方が楽しみを先延ばしにできるではないか、と簡単に引き下がる管理人であった。

登山口となる野門は今でこそ合併して日光市だがそれ以前は塩谷郡栗山村であった。
当時(合併前)、日光の山にしか目が向かなかった管理人にとって市外の山のことにはまったく無知であり、行こうともしなかった。管理人にとって自然を楽しむには日光の山だけで十分なのであった。
それが宇都宮市の古賀志山を知ってからというもの突然、地図にない道をコンパスを使って歩くいわゆるルートファインディングと藪歩きに開眼してしまい、昨年3月から今年にかけて48回も通うといったご執心ぶりであった。とにかくおもしろいですよ、古賀志山は。技術面においても精神面においても鍛えられます。
古賀志山との最初の出合い

その古賀志山に端を発し、日光市に属していても地図に道が描かれていない山をコンパスを使ってルートファインディングしながら歩く楽しさを覚え、道間違いや滑落寸前という危ない目に遭いながらも今日に至っている。
そんなわけなので藪には慣れたし地図に道がない場所を歩くのも平気になった。
だから今は、ピークハントも目的のひとつだがどうせ登るのなら遭難と隣り合わせになるが、そのプロセスを楽しみたい、そんな思いをいだきながら歩いている。

きちんと整備され眺めもいい道を歩くよりも、日差しも入り込まないほど鬱蒼とした樹林帯の中を地図とコンパスを手に、道迷いという恐怖と闘いながら歩く方が管理人の性に合っている、そんな気がする。やはり性格暗いか、俺って?
あ~、いや、そうではなく探求心旺盛ということにしておきたい(^^)
帝釈山北尾根で女峰山に登ったのもその延長であるし、もちろん今日の布引滝探訪も。

栗山村が日光市栗山となって早10年。もしも合併がおこなわれなかったすれば、管理人は今でも布引滝の存在を知らなかったかもわからない。帝釈山の北尾根を歩く計画の過程で偶然見つけた布引滝の存在を、ずっと大切にしたい。
でわでわ、そろそろ出発しましょうか。


7:10
県道23号線を川俣へ向かって走ると鬼怒川に架かる橋を渡る。
橋を渡ると左に折れる道があり、「家康の里」と彫られた黒塗りの大きな門が待ち構えている。
門をくぐってしばらく走ると小さな集落があって数件の民宿と栗山東照宮がある。この栗山東照宮が家康の里と密接に関係しているらしいが、管理人にそこまでの知識はない。
集落を抜けて先へ進むと道は写真のゲートで行き止まる。
この道と並行して流れる野門沢に堰堤を建設する工事がおこなわれ、そのために敷設された道路(林道)らしい。


7:12
ゲートから先、林道の終点までこのアスファルト道路(林道)が続くが、道は大きく蛇行を繰り返しながら斜面を上っていくため距離が長い。
そこで林道をショートカットすることで距離を短縮したい。ここが第1番目のショートカット開始点。
ガードレールの切れ目を入り、斜面をトラバースしながら標高を上げていく。


ただ闇雲に林道を近道しようとしても狙った地点に出なくてはショートカットの意味をなさない。
開始点と終了点をコンパスにセットして、コンパスの指示通り進んで行く。


蛇行を繰り返す林道をショートカットするので当然だが深くて急な林の中を歩く。
傾斜が急な上、落ち葉が堆積しているので滑落に注意しながら歩いたのはもちろんである。
本来、雪山の軽登山を目的とするチェーンスパイクは、滑り止め効果と駆動力アップに優れているので管理人は無雪期でもよく利用する。


ただいまショートカット中。
けっこう厳しいですよ。すでに大汗でシャツはぐっしょり。


狙い通りガードレールの切れ目に出た。
ここで林道を少し歩いて第2番目のショートカット開始点を探す。いえ、19日と20日にすでに歩いているから今日で3回目だ。
地図を見るとこの少し先に登山道が描かれている。その登山道を進むのがもっとも近道なのだが、、、


ここが地図に描かれている登山道。ということなど、わかるはずもない。しかし、尾根であることは一目瞭然だ。
つまり昔はこの尾根が、野門から富士見峠を経て日光まで交易の道に利用されていたのである。やがて交通の発達によって道は廃れさらには、林道ができたことで用無しになったのである。と勝手に推察し断定するが地図から何を読み取るか、それは読み手の想像力次第で無限に広がるというものだ。だから地図はおもしろい。


7:28
曲がりくねった林道を歩く時間を短縮するためにも、どこかショートカットできる場所を探さなくてはならない。
地図に描かれた登山道のすぐ先の擁壁に階段が設けられている。
地図の登山道の位置とは異なるがなんらかの意味があってのことだろう。
ショートカットするには都合がいい。ここを2回目のショートカットの開始点とした。


階段を上るとこんな感じ。
1番目のショートカットと同じく、セットしたコンパスにしたがって進んで行く。


7:39
2回目のショートカットが終わると林道脇に丸太で組んだ素朴な鳥居と石の祠のある場所に出る。
先ほどの階段はここに至る参道の名残だったことがこれではっきりした。
ちなみにこのような林道は一般車は入ることができないが、地権者や神仏を管理する人、工事関係者であればゲートの鍵を所有していて車の通行ができる。
例の階段から鳥居まで、昔は樹林帯の斜面を歩いたが参拝する人の高齢化によって車に頼らざるを得なくなり、車で行き来するようになったのであろうと思う。それが廃道になった原因、とこれも地図からの推察。


最後のショートカットは鳥居の前を真南よりほんのわずか西へ向かって進んで行く。
ここは地形が少し複雑なのでセットしたコンパスに忠実にしたがって歩かないとロスが生じる。
白樺が茂る自然林の中を登っていくのだが3つのショートカットの中でここがもっとも気持ちがよかった。帰りはこの斜面ではなく尾根を歩いてみた。


ショートカットがうまくいくと林道脇に設置された構造物の下に出る。


7:55
構造物の正体は林道脇の展望台だ。
南面にこれから向かう布引滝そして滝の源頭部がある帝釈山や女峰山が見渡せる、、、天気のいい日なら。


一瞬、霧が晴れて帝釈山から女峰山へ続く稜線の一部がのぞいた。


展望台から先はもう時短の方法はなく、林道の終わりまで緩やかなアスファルト道路を歩く。
林道脇に太いウリハダカエデを見つけた。紅葉の季節はいいだろうなぁ。


林道とは思えないほど整備された道だ。一般車に開放してほしいくらい。


8:17
林道終点の広場にはテーブルが1卓、ポツンと置かれている。
これから山道へ入るが、一段高くなっているのが尾根の部分で、帝釈山そして富士見峠へと続いている。


遊歩道という名に欺されるな!!
理由はこれから先の説明で(^^)


8:37
遊歩道入口から20分弱で分岐に着く。直進して丸太の階段を下っていくと布引滝。
右へ曲がると富士見峠と帝釈山の北尾根に至るがそのへんのことは前回のブログに書いておいた。
7月20日、帝釈山北尾根で女峰山へ


分岐を数歩、歩くと布引滝がよりはっきり見える場所がある。
ここがそう(^^)


丸太で組んだ階段は足を乗せる部分の土がえぐられ、足を大きく持ち上げないと先へ進めない。そればかりか丸太の多くは朽ち果て、もの悲しい雰囲気が漂う。
造ったらそれっきり、そんな遊歩道だ。ここまで荒れると遊歩道などと侮ってはいけない。怖いし危ないです(笑)


丸太の急階段を下っていくと斜面の上部から水が勢いよく流れている場所に出る。
水は苔むした石を避けるようにして流れている。
地図に水の流れは描かれていないが布引滝へ行くのに4つか5つの沢を横切るようになっているので、この流れはそのうちのひとつのようだ。


地面をスギゴケが覆い隠しその上にシャクナゲ、コメツガ、シダが茂っている。霊気漂う場所である。


流れのある沢を3本渡ると道は登りに転じる。丸太の階段はまだ続いているからここはまだ遊歩道として設計されている場所なのであろう。
とはいえかなりの荒廃ぶりにこの先はどうなってしまうんだろうという雰囲気だ。でもこういう異界に導かれるような雰囲気って管理人、大好きなのだ。


遊歩道はとうとう異界に突入した(^^)
どういう作用からなのか周りは岩だらけだ。岩は長い年月の経過で苔むして自然の美というものを感じる。
はっきりした道ではないし不用意に岩の上に足を乗せると滑るし、これを遊歩道と称していいものかどうかわからない。ここまで来て引き返してしまうハイカーもいるんじゃなかろうか。


9:26
岩を通過すると布引滝の流れ、野門沢の河原に下りる場所に来た。
斜面に河原に降りるためのトラロープがある。ロープを使わなくては河原に降りられないので、ここはもはや遊歩道とは呼ばないだろうなぁ。
ロープを下る場所から布引滝の全貌が見えるので遊歩道としての機能はここまででしょう。


河原に降りた。
砂利の歩き易い河原とは違って大きな岩がゴロゴロしている。
岩の上に乗っては下りの繰り返しで上流へと進んで行く。シロヨメナの藪の中を歩くこともある。


前方に布引滝が迫ってきた。
いい形をしている。
全長120メートル、180メートルの雲竜瀑に次ぐ長さだ。


幸いなことに岩の多くは乾燥していて乗っても滑ることはなかった。
だが、岩と岩の間に靴が挟まったり足首がカクンとなったり、なんどかは危ない目に遭った。


進行右手(左岸)にこんな斜面がある。
19日の下見のときはこのガレた斜面を登れば滝壺に出られるのではないかと見当をつけておいたのだが、その後、ネットで調べたところロープが垂れている斜面があるらしいことがわかった。ここにはロープはかかっていない。


9:47
19日と同じようにとうとう河原の行き止まりまで来てしまった。布引滝の末端部分だと思う。
ロープは見つからなかった。
ネットの情報が古く、ロープはなくなってしまったのかもしれないと思った。


末端の滝は落差10メートルはあろうか、これだけでも十分な見応えがある。
だが、布引滝の全貌を見るにはこの滝の上部に出なくてはならない。
今日は布引滝を間近に見るためのやってきたので、諦めることなく斜面を登るロープを探すことにした。


おっ、あった。
河原の行き止まりからロープを探しながら引き返すと、草むらに隠れているロープが見つかった。
ロープは古く、退色して岩と同じ色をしているので19日は見つからなかったのだ。今日は時間をかけて探して正解だった。
ロープの行く手は先ほどのガレた斜面と一致しているから、19日の管理人の勘はあながち間違いではなかったようだ。
ロープはクライミングに使われる10ミリ径で、引っ張ると伸びることから古いとはいってもその機能はまだ損なわれてはいないようだ。


河原に垂れていたロープは、岩に打ち込まれたピトン、それに結ばれたスリングが支点になっていた。
スリングとロープは長い間、野ざらしの状態が続いて養分を含んだのであろう苔が生え、ナイロン製とはとても思えない見栄えだ。
布引滝がいつの頃から探求されだしたのか、スリングとロープへの苔のつき方から察してその歴史は古いようだ。


上の画像のロープの支点を右へ追うと、さらに上へとロープが続いている。うっすらとだが踏跡もある。


古いロープと並行して新しいトラロープが取り付けられている。
この辺りはロープに頼らなくても歩けた。


ひょ~、センジュガンピだ。しかも群落になっている。


ノリウツギに、、、


ソバナに、、、


タマガワホトトギスも盛りだ。


布引滝の河原が間近に迫った。
ここまでロープは6本かかっていた。


河原を目の前にしてシロヨメナの群落に突入。

10:12
ついに布引滝の滝壺に降り立った。
いや~、とてもいい形をしている。きれいだ。雲竜瀑にも劣らない美しさ。
日光市に存在する48の滝を紹介している書籍があるが出版当時、布引滝は日光市ではなかったので紹介されていないが、第2版が出るとすれば間違いなく採りあげられるであろう。
水量が少ないということはないのだが不思議なことにとても静かだ。
この距離まで近づいても水しぶきがかからない優しさがいい。

独り占めする贅沢。得した気分になれる。
次回は椅子と文庫本を持参し、この水でいれた珈琲を飲みながら時間を過ごそう。あっ、でも帰りは日没になるな。


マルバダケブキ


滝をあとに帰路につくことにした。
遊歩道は往路とはまた違った趣がある。苔むした大きな石がゴロゴロしていて自然の美しさのような風情を感じる。


この丸太の階段の上りはずいぶん厳しい。
ステップ間の土がえぐれているので足を大きく持ち上げないと上のステップに届かない。
階段ではなく斜面である方が管理人には楽だ。


シロヨメナ
地味な夏の花だ。


12:09
急階段に疲れたがなんとか富士見峠への分岐まで辿り着くことができた。
ここから先は下りになるが、ひと休みして息を整えることにした。
振り返ると布引滝が見える場所なのだが滝は相変わらず霧の中。


この美しく開放的な林をスマホで撮ろうとザックをまさぐったところ、、、ない。スマホが。
そうか先ほど分岐で休憩したときにザックから取り出して写真を撮り、しまい忘れたのだ。
やれやれ、また登りかよ。


12:57
スマホは無事に回収でき、登山道を歩き終えて林道終点に着いた。
これから約900メートル、この林道を歩いて布引滝の展望台まで行くがここで今日、3回目の食事とする。


13:21
林道終点から布引滝展望台までは10数分と近い。
ここで帰りのショートカット、第1回目をおこなう。
左カーブの部分にガードレールの切れ目があるのでそこから笹原に踏み込む。


13:49
展望台から鳥居までのショートカットはルートを少し変化させてみた。
往路は鳥居の奥へ歩いて行ったのだが帰路は尾根を利用して画像の左隅に見える踏跡から林道に降り立った。


14:07
最後のショートカットが終わって林道が視野に入った。
駐車地まであと5分。今日はすべてがうまくいった。

登山口までのアクセスが非常に悪いので訪れる人は少ないと思うが一応、地図を掲載。
林道終点までの道のりが長いため管理人はショートカットで距離を短縮したが、地図とコンパスが必須になるのと急斜面を登るため、距離の短縮イコール時間の短縮になるかどうかはわからない。

林道終点から富士見峠との分岐点までは緩やかな上り斜面。地理院地図と実際の道にズレはあるが、これはGPSを携帯していなければわからないことなので気にすることはない。道は明瞭なので迷わない。

分岐点から布引滝へは丸太を組んだ急な階段を下っていくが丸太がじゃまして足を引っかけることがある。それと丸太の上に靴を載せると滑るから、ここが最大の難関だったりして(^^)

野門沢の河原に降りると大きな岩がゴロゴロしているのでつまずいたり、岩で滑ることがある。ここで転ぶと痛い目に遭う。

河原の行き止まり付近に布引滝の滝壺へ上がるロープがかかっているが、それはご自分で探してください。それも楽しみのひとつです。

禁断の激藪を突破して帝釈山に直登、そして10回目の女峰山へ。

2016年7月20日  晴れのち曇り

野門沢林道ゲート(6:20)~布引滝展望台(7:12/7:20)~林道終点(7:37/7:40)~布引滝分岐(8:04/8:04)~帝釈北尾根分岐(8:31/8:35)~標高点1637~標高点1823~標高点1972~標高点2147(10:26)~帝釈山(12:40/12:43)~女峰山(13:18/13:45)~帝釈山(14:14/14:20)~富士見峠(15:11/15:16)~標高点1935~標高点1862~帝釈北尾根分岐(17:02)~布引滝分岐(17:16/17:20)~林道終点(17:30/17:40)~布引滝展望台(17:53/17:55)~林道ゲート(18:32)
※所要時間:12時間12分(休憩を含む)
※距離:20.1キロ(GPSログをカシミール3Dで処理した値)

去る4日、女峰山へのルートとしてはかなりマイナーな、若子神社からの笹藪ルートで9回目の女峰山登頂を果たした。
地理院地図にも昭文社の「山と高原地図」にも道は描かれているが「山と高原地図」には、“笹多い”という注意書きがある。
距離が長い上に標高にして1700メートルも登らなくてはならないために利用者が少なく、それが原因でルート上に笹が繁茂して藪となったのだろうと思う。
まっ、でも、女峰山の山頂に向かっているすべてのルートを歩いてみたい管理人としては、笹藪ごときで怯んではいられないw
笹藪に大いに遊んでいただこうという寛大な気持ちになって今月4日にやってみたわけだ。
笹は深いところで胸の高さまであって大いに手こずったが、華やかなルートとして人気のある霧降ルートとは違った面白さを味わうことができ大いに満足した。結果はブログにしてあるのでご覧ください。
2016年7月4日のブログ

女峰山のルートはこれまで、裏男体の志津乗越に車を置いて歩き始めるというのがスタンダードだった。
しかし、数年前に駐車スペースが閉鎖されてしまい、現在は志津乗越5キロ手前の駐車場に置いて林道を歩いて登山口まで行かなくてはならなくなった。往復10キロ、2時間以上も余計にかかることになったため管理人は以来、女峰山のルートとして使わなくなった。登山口にたどりつくまで長い林道歩きを強いられるルートは楽しさが半減してしまう。
長い林道をてくてく歩いてやっと登山口、ということを考えれば女峰山へ登るのに志津乗越ルートはもっとも距離が長いといえる。女峰山ルートのスタンダードは一気に難易度高レベルへ昇格した(^^)

その影響もあるのか、交通の便のいい霧降ルートを利用する登山者が増えていることを実感する。天空回廊ができて荒れた登山道を歩かなくてよくなったこと、駐車場が整備されたこと、バス停が天空回廊のすぐ脇に移動したことなどが功を奏したのだと思う。もはやこのルートを利用しない手はない。
このブログにもなんどか書いているが他のルートに比べて眺めのいい稜線歩きが続き、快適なトレッキングが楽しめる。笹藪やこみ入った樹林帯の中を歩くことがない。まるで日本庭園の中を散策するようないい気分で歩ける。イワカガミやシャクナゲが咲く季節に特にお勧めしたいルートだ。雪解けが遅く冬が早いので歩く期間は限定されてしまうが、女峰山登山のスタンダードになりつつある。どうか一度、ご賞味ください。
ただし、それほど簡単なルートではない。時間もかかる。
往路で5.5時間、復路が4.5時間なので計10時間は覚悟する必要がある。とはいえ、亀のごとく歩みの遅い管理人の所要時間なので健脚の方であればそれぞれ1時間ずつ短縮可能であろうと思う。いちおう、参考値として紹介しておきたい。

他のルートでお勧めできるのは好みの問題もあると思うが、東照宮裏の行者堂を起点に標高差1700メートルをひたすら登り続けるロングルートというのがある。稚児ヶ墓から先、広大な笹原(藪ではない)はツツジの宝庫といわれるほどの大群落になっていて、5月はシロヤシオとヤマツツジに圧倒される。それに距離が18キロと長いので健康状態の確認にもなりそう(^^)
行者堂から登り始めて霧降に下りる(あるいはその反対)というのが最良の方法だが、マイカーだと車を取りに戻るという手間がかかる。
したがってこのルートを選択する場合、
1.マイカーを取りに戻る手間と交通費を惜しまないこと。
2.マイカーを2台用意して登山口と下山口にデポできること。当然だが複数人数での登山。
3.路線バスを利用する。ただし、時間的にとても厳しくなる。
といった条件がついてしまう。

例外的には、早朝、身内に登山口まで送ってもらい、歩き終えたら下山口まで迎えに来てもらう方法というのがあるが管理人は以前この方法で家人からひんしゅくを買ったことがあるから、夫婦仲のいいご夫婦に限るというのが条件w

以上で若子神社、志津乗越、霧降、行者堂を起点とする女峰山ルートをおおまかに紹介した。
もっとも無難なのは距離もほどほど、稜線からの眺めのいい霧降からピストンという手かな?
同じルートを往復することになるが変化に富んだコースなのでピストンなら2倍、楽しめる。

これらをやったらあとは栗山の野門(のかど)ルートが残る。
野門をスタートして富士見峠に出てそこから帝釈山を経て女峰山へ登るというかなり厄介なルートだ。野門から富士見峠まで見通しの効かない深い樹林帯の中をただひたすら9キロも歩き、その上で富士見峠から帝釈山を経て女峰山に達するのに、さらに2キロも歩くという苦行を伴うのでマニア向けといっていい。修行増になったつもりで歩く覚悟が必要なほど大変なルートだ。

布引滝展望台から眺める女峰山と帝釈山

野門から歩き始めるルートをもうひとつ。
スタート地点は同じ野門だが富士見峠を経由せずに帝釈山に直登するという方法がある。
野門~富士見峠~帝釈山が直角三角形の2辺と考えれば帝釈山直登ルートは三角形の斜辺を歩くようなものなので、距離はずいぶん短縮できる。
しかし、、、だ。
このルートは藪が予想される。若子神社ルートで笹藪に泣いたのでできれば藪は避けたいところだが、愛しの女峰山へ登るためには致し方ない。
だが、事前の調べでは林道をショートカットしたりルートファインディングを必要としたりといった、山歩きの楽しさを味わえそうなのだ。
そのへんの経緯は7月17日のブログに詳しく書いておいたので参考に。
2016年7月17日のブログ

それにしても多彩なルートを持ち合わせてるな、女峰山は。
稜線歩きが好きな方から藪歩きが好きな方まで、さあ、あなたのお好きなルートで登ってらっしゃい。
でもそんなに簡単じゃないわよ、アタシを攻略するのは。そう言われているようだ。さすが母なる山、手厳しい(^^)

今日はその母なる山の懐に、ちょうど10回目の挑戦として野門から飛び込んでみよう。
心優しく迎えてくれるのかそれとも、厳しさにはじき返されてしまうのか、期待と不安は大きい。

上に書いたように今日予定しているルートは野門から富士見峠へ向かって南下して、途中で帝釈山の北尾根に乗り換えて山頂に達し、女峰山に行くというのが往路で、帰りは帝釈山から富士見峠に出て野門へ戻るというロングコースだ。
管理人が愛用しているフリーソフト「カシミール3D」で距離を試算したところ、約16キロと出た。
ただし、試算ではクネクネと曲がった道も直線としてとらえているので、実際には2割くらい多くなると考えている。所要時間はこれも試算だが休憩を含んで13時間。
いやはや、年甲斐もなくどうしてこんな厳しい山行を考えてしまったのだろう。後悔の念をいだきながらも気持ちを奮い立たせて歩き始めた。
実は昨日、近くの布引滝を見学がてら帝釈山北尾根を標高1800メートルまで登って感触を確かめておいた。

図の赤い線は事前に計画したものではなく、歩き終えた後のGPSの記録を地図に反映させたもの。
このルートに考えが至った経緯は2016年7月17日のブログを参照いただきたい。


川治温泉と川俣温泉を結んでいる県道23号線、野門橋を渡るとすぐ左に立派な門構えの道がある。
なぜここが家康と関係するのか、、、、それを管理人が書いたりするとボロが出るのでこちらを。


6:20
県道から外れて2キロほど走るとここから先、一般車は入れない。
工事車両のじゃまにならないように縁石左の草地に車を突っ込んで歩く支度を済ませた。
地図で見るとこの道は大きく蛇行を繰り返しながら南へ向かっているので、道路上を歩こうとすると大変な時間がかかることがわかる。
そこで事前に、3箇所ほどショートカットするルートを設定しておいた(上の地図)。


遮断機の脇を通り抜け、最初のショートカット地点に向かう。


ショートカットに失敗すると返って時間をくったりすることがあるため、到着地点を決めておき、そこへ間違いなく着けるように地図とコンパスを使って歩く。
1回目のショートカットは距離は短いながら傾斜は急だった。
ショートカットが終わると林道のガードレールの切れ目に出たので少し進む。地図にはすぐ先に林道を横切るようにして登山道がかかれているのだ。しかし、その場所には高さが2メートルほどの擁壁があり、上ることができない。
林道を設けるために斜面を削り、そこに擁壁を作ったことで登山道が寸断され、用をなさなくなってしまったようだ。

歩くつもりだった道がない、、、さあ困ったぞ。計画を修正しないと!!
当初予定していたルート


下図は現場で修正したルート
最初のショートカット(図のA)後、登山道が見つからないまま歩いていると林道の右手に階段が現れた(下の画像)。地図で現在地を確認するとここをショートカットできそうだ。
話が前後するが、図のBのようにショートカットすると鳥居と出合ったので、ここで再度、地図を見て図のCのショートカットをおこなった。
3つのショートカットの末に布引滝展望台に出ることができた。
これによって林道を歩く距離は大きく短縮されたはずだ。ただし、笹の急傾斜を登ったことで消費したエネルギー量は林道を歩くのと同じだったかもわからない(^^)


ショートカットする場所は濡れた落ち葉が堆積した急斜面なので、滑り止め効果と登攀力を増すためにチェーンスパイクが有効だ。


6:42
2回目のショートカットをした階段。
地図に描かれた登山道とは明らかに違う場所だが、人が歩くための階段であろうことに間違いない。
GPSで現在地を確かめ、コンパスをセットして斜面を登り始めた。
階段を昇った右のガレ場を登り、次に笹原をひたすら登っていく。


6:55
2回目のショートカットが終わると再び林道と合流。そこには丸太で組んだ鳥居と石の祠があった。
そうか先ほどの階段はここへ来るための昔の参道だったのだ。
しかしゆるやかに上っていく林道ができたことで急傾斜の参道は廃れ、誰も歩かなくなったようだ。
3回目のショートカットはこの鳥居の奥へと進んでいく。

上のチェーンスパイクの画像に写っている人物と鳥居のそばに写っている人物は今日、同行してくれることになった常連客のWさん。管理人が計画したところ、頼りない管理人のために助っ人として都内から駆けつけてくれた。


7:11
鳥居からのショートカット(図のC)を終えるとこんな構造物の真下に出た。
これが布引滝の展望台。擁壁がもっとも低くなった場所を探して道路の上に乗った。


お~、なかなかの展望ではないか。
はて、これから向かう帝釈山そして、女峰山はどれなんだろう?
どうやら写真中央の右、ピラミッドのように尖っているのが帝釈山らしい。女峰山はその左に見えるピークのうちのどれかなのだろう。
答えは冒頭の写真に。


3つのショートカットが終わると次は林道が尽きるところまで歩く。
管理人のこれまでの経験だと山の中の林道は斜面から落ちた岩が堆積していたり道が崩落していたりするが、ここはそれらはまったく見られない。そればかりでなく、一般車が通行するのになんら差し支えないほど整備されている。


7:36
林道を900メートルほど歩くと、休憩するのに十分な明るい広場に出た。
ここからいよいよ道標にしたがって山の中へと入っていく。

地図によると道は尾根上をまっすぐ南下するように描かれているが実際には急斜面を避け、ジグザグに登っている。


8:03
道はここで布引滝方面と富士見峠方面に分岐するので右へ直角に曲がる。
布引滝は19日に帝釈山の北尾根を見つけるために来た帰りに近くまで行ってみたが、最後に周りを直角の壁に阻まれてにっちもさっちもいかず、諦めて引き返した。


布引滝への分岐を富士見峠へと向かうとすぐ、木の祠と出合う。「山の神さま」という名板が立木に取り付けられている。


石は苔むして古道の雰囲気が漂ういい道だ。
道のすぐ左が一段高くなっているがこれが地図で見る尾根らしい。


左側の一段高くなったところに石の祠があり、中に石像が納められている。
よく見ると右手を直角に上げてなにかを持っているように見える。背中には炎のようなものを背負っているので不動明王なのかも?
ちなみに、地図によれば、ここが富士見峠と帝釈山の尾根を分ける分岐点になっていて、直進すると帝釈山の尾根に乗り、道の右にある沢を横切ると富士見峠に行くようだ。しかし、道は1本しかないためとりあえずこのまま尾根を直進して富士見峠と帝釈山の分岐を探すことにした。


8:31・・・画像A
石の祠から400メートルほど行くと太い木に赤いペンキのマークがある。
そして道の先はややガレていて沢のように見える。帝釈山へは尾根上を進むはずなので沢は通らない。ということはここが富士見峠と帝釈山との分岐に違いない。分岐は地図よりもずいぶん先にあった。
であれば帝釈山への尾根はここで向きを左へ変えているはずだ。左へ入る踏跡を探す。
ちなみに、赤いマーカーの立木はたくさんあるので当てにはできない。地図で探すのが基本。


8:35
ここが帝釈山北尾根の取り付き部分らしい。
シャクナゲの群落だが目を凝らすと判然とはしないが踏跡らしいのが見えた。
と、わざとらしい書き方をしているが実は昨日、下見でこの藪を突き抜け標高1800メートルまで確認済みなのだw


8:51
昨日は登山の定石通り尾根上を歩いたところ、びっしり埋まったシャクナゲに行く手を阻まれ、やむなく尾根から西へ少し下がってみたところ、そこはコメツガ林に変わり、歩き易いことがわかったので今日も同じ方法をとった。
歩き易いと書いたがシャクナゲの藪に比べてということであり、実際には倒木あり、落ちた木の枝あり、横に張り出したコメツガの枝ありでそれなりである。踏み跡は見えない。


9:02
標高1820メートル付近のコメツガ林の中に赤いテープがあった。
この尾根が帝釈山へのルートとして使われていることに間違いないことを確認した。
昨日はこのすぐ手前、標高1800メートルで引き返した。


9:09
コメツガ林はシラビソの林に変わった。
尾根は幅広くなり、ともすればどちらに向かっていいのかわからなくなる。
ほとんど見えない踏跡を探すのは諦めて、斜面の最も高い部分を見失わないように慎重に登っていった。


9:21
標高1880メートル付近。今度はコメツガとシラビソの混在林となった。密度が濃くなる。
幼樹は背丈が低いので、前進するのにじゃまをする。枝のすき間を縫ったり倒木を避けながら歩くので真っ直ぐ歩くことは困難だ。


9:36
はっきりした道があったので辿ったところ、こんなところに出てしまった。
シカ道だったのかそれとも、人の踏跡が崩落したのか、いずれにしてもこの先は行けそうもないので両手まで使って斜面を右へ上った。


9:58
標高2050メートル辺りに来ると尾根幅が広がったのでルートを外さないよう、標高点2147に向けてコンパスをセットする。
参考までに、管理人が手にしている地図は前述のカシミール3Dを使って緯度経度線、磁北線を含めて印刷したもので、より細かいところがわかるように縮尺は1/12500にしてある。


10:12
コメツガとシラビソの林は密となり、枝をかき分けながら木々の間を縫うようにして進む。


10:25
進路が南から東南東へ変わって前方に見えるのが帝釈山らしい。
この辺りが地図にある標高点2147だと思う。


10:41
標高2180メートル付近。
倒木がきれいに切断されているのを見つけた。
切断面は古く変色しているが昔はここにルートがあったことをうかがわせる。登山道だったのかあるいは、狩猟か炭焼きのための道だったのだろうか?


腐生植物のギンリョウソウ。
ここに来るまでギンリョウソウは数多く見たがこれほど密度の高いのは初めてだった。


コメツガの幼樹の新緑がとてもきれい。


11:13
コメツガとシラビソの林は途切れることがなく続いている。
すき間を見つけては枝の下をくぐって前に進んでいくがシャクナゲに比べれば苦痛ではない。


標高2250メートル付近。
ここまで来るとハクサンシャクナゲがまだ見られる。
藪には違いないがほっと一息つける瞬間。


11:40
シャクナゲは尾根上にしかないものと安心していたところ、尾根から一段下がったシラビソ林の中にびっしり。


おっ、ゴゼンタチバナだ。


11:58
標高2360メートル付近。ようやく帝釈山が見えた。
ただし、あそこへ達するためには目の前にびっしり茂っているコメツガとシラビソ、シャクナゲの群落を抜けなくてはならない。
踏跡はない。自分の足下さえよく見えないくらいの藪だ。人が通れるすき間もない。
枝で目を傷つけないように頭を下げ、両手を前に突きだして枝をかき分けながら進んで行くが身体が枝の上に乗ってしまうと足が地面に着かず浮いてしまう。時間ばかりくって先へ進まない。ここが一番の難所だった。
この藪を経験したらもう怖いものはない、そんな気持ちにさえなった(^^)


12:03
激藪は数分で終わった。だが、ずいぶん長い間、藪と格闘したように思えた。
藪を抜けると今度はザレ場となった。このザレ場は地理院地図に「砂れき地」記号として描かれている。
更新頻度の低い地理院地図に描かれているくらいだから、この数年の間にできたザレ場ではなく、十数年あるいは数十年前からこの状態にあるものと思う。
ここを横切って対岸の林の中に入るべきかそれとも、直登した方がいいのか迷ったが、斜度から判断して滑落の危険はないように思えたので上へと向かった。
慎重派のWさんは左に見える林の中へと消えていった。


ザレ場の正体は火山礫だ。
火山礫はその性質から軽く、不安定だ。
靴を載せると潜りまた、滑る。力が入らない。雪の斜面を登っていく要領で、靴のつま先を食い込ますようにして足場を作り、慎重に登っていく。


より安全な場所を選んで慎重に登っていくWさん。
自分で言うのもなんですが、その方が絶対、安全です。


12:30
ザレ場上部の藪を抜けると今度は高さ3メートルほどの岩が立ちはだかっている。
10メートル間隔の等高線だと予測が困難な岩場である。
17日のブログで紹介した「日光連山ひとり山歩き」作者の烏ヶ森の住人さんはここを右へ巻く道があると書いておられたが、ホールドとなる岩の突起がはっきりしているので越えられると判断した。
問題はこの岩の上部であった。
表面が白いのでてっきりそこも岩であろうと思ったのだが、とんでもない見誤りであった。白く見えたのは土の表面の地衣類であった。
さあ、どうしよう。ホールドとなるものがない。
視野を広げて見つめると、地衣類のすき間に太さ2センチほどの木の根が見える。3本ある。
最初の木の根を左手でつかんで身体を引き上げ、右足を50センチ上に移動すれば岩の突起に乗せることができる。次に左手を2本目の木の根に移して空いた木の根に左足を乗せる。そのようにイメージしながら登っていった。
すると間もなく草が生えた斜面だ。そこに枯れたハイマツの枝があった。根はしっかりしているのでつかんでも大丈夫そうだ。
そうやって登ったところが帝釈山のすぐ下だった。


Wさんも無事に岩をクリアした。


きっとこの上が山頂に違いない。


お~、やったぞ。
帝釈山の山名板を裏から見る。この位置から見るのは初めてだ。よく頑張った。


12:39
歩き始めて6時間13分。
ついに北尾根で帝釈山の山頂に達した。感動で言葉が出ない。Wさんも同じらしい。
Wさんに体調を聞くと悪いところはないようだ。では、次は予定通り女峰山だ。
休む時間もなく女峰山へと向かった。


帝釈山と女峰山を結んでいる稜線はわずかなアップダウンはあるが快適だ。
今日のルートのハイライト部分なのだが、深い霧で景色は見えない。


霧の中に専女山の山名板が見える。


コケモモ。
美しさに立ち止まって何枚も写真を撮った。


間もなく女峰山のはずだが霧に包まれて見えない。


コメツツジ


ミヤマダイコンソウ


最後の登りは岩場だ。
岩は脆いので足を乗せる場所に注意しながら登っていく。


13:18
数えて10回目の登頂を果たした。
母なる山、女峰山は今日も快く迎えてくれた。
2002年に初めてこの山頂に立ちそれから14年かかってようやく10回だが、この間、怪我による長いブランクがあったことを思えばよくぞ10回も登ったものだと我ながら感心する。
生涯であと何回登れるかわからないが、この素晴らしい女峰山とは末永くお付き合いしたい。


13:45
27分の休憩の後、帝釈山へと向かった。


タカネニガナ


14:14
再び帝釈山に戻ってきた。
ここからが帰りのルートになる。
富士見峠に向かって急降下していく。


富士見峠への樹林帯の下りはこれで4回目となる。
これまでの3回の記憶だとかなりの悪路という印象が残っていたが、4回目の今日はそれほど悪い道ではないという感じがして、我ながら驚いた。
当時はまだ未熟者で山道を歩き慣れていなかったためであろうと思う。それからいろんな道を経験したからだろうか、いまではごく普通の道のように思える。


15:04
大雨で水路が拡大し渡れなくなってしまったのか、溝に丸太が渡してある。


15:11
富士見峠は4差路になっていて南は志津乗越へ、西は小真名子山へ向かっている。
車を置いた野門へは道標を右、北へと進んでいく。
調べてみないとわからないが、昔は日光と福島県を結ぶ街道として利用されていたのではないか、そんな風情を感じさせてくれるいい峠だ。


管理人がこのルートを歩くのは初めてだが悪い道ではない。
地図では富士見峠からしばらくの間、道は九十九折となる。
厳しい山道でない限り、普通、登山道が九十九折にはならないはずなので、この道は工事用の林道として敷設されたものであろう。林道の用が済み、このように木が茂ったと考える。


15:26
標高2020メートル付近のガレ場を通過する。
前を行くのは相変わらずWさん。


Wさんからの提案で、最初のUターン部分から標高点1935までの間をショートカットすることになった。


ショートカットを終えて元の道に戻る。
木がうるさいが藪ではないので歩き易い。


標高1850メートル付近。
道は部分的に荒れていてわかりづらいところがある。


大雨が降ったときにはおそらく水路となるのであろう、道はガレていて滑りやすい。


17:18
朝、通過した布引滝と富士見峠との分岐点まで来ると霧が晴れて布引滝がはっきり見えるようになった。
落差120メートル。華厳滝よりも大きい。
実は昨日、下見のついでに布引滝に近づいてみたのだが、間近で見るためには崖をよじ登らなくてはならないらしい。次の課題として帰ってきた。


林道へ向かってゆるやかに下る。


17:29
林道を下に見る位置まで来た。これでもうなにも心配することはない。


17:45
林道終点部分から九十九折りへ向かう。
朝、時間を短縮するために林道を3回、ショートカットしたが、時間も遅くなり辺りは薄暗くなったのでショートカットは2回にとどめ、最後は林道を忠実に歩いて駐車地へ向かった。


18:32
距離は試算の16キロを少し上回って17.1キロ。所要時間は30分下回って12時間23分だった。
このGPSが示す距離はある速度を超えないと計測されない仕様らしいので、実際には20キロは歩いていると思う。


標高点2147から帝釈山の山頂まで、計画を大きく上回り2時間14分もかかってしまった。
激藪、ザレ場、岩場といった時間のかかる難所が続いたためだが、想定していたものの計画に甘さがあったようだ。
まあ、でも、結果だけを考えれば予定より20分遅れて出発した割に、ゴールは30分早かったので良しとしよう。ちょっと待て、その考えがいけないんだよ、山というものはw

17日のブログにも書いた通り、この山行を計画するにあたって次の2つのサイトを参考にさせていただきました。この場をお借りして御礼申し上げます。
※「日光稜線紀行」、starionさんによる「野門~帝釈山北尾根~女峰山周回」・・・2006/07/02
※「日光連山ひとり山歩き」、烏ヶ森の住人さんによる「野門から北尾根経由で帝釈山」・・・2006/07/14

女峰山ルート考察。野門から帝釈山に直登して女峰山というのはどう?

営業許可更新の準備に追われて連日、忙しい思いをしていた。
許可制の仕事であるため万一、更新できないとなれば明日から営業できなくなる。家族三人路頭に迷う、そんなことを想像した。だから無我夢中、一心不乱に全力で取り組んだ。
日頃から整理・整頓・清潔を心がけていれば間近になってあたふたすることもないのだが、それはやはり性格というものなのでしょう。
営業許可は無事に更新できたがこの間、管理人としては珍しいほど、山歩きのことを忘れていた。

息抜きに外へ出てみると赤薙山そして、女峰山が梅雨空の雲の間から見える。
ふと我に返って、山歩きのことが頭に浮かんだ。
前回の山行はいつだったんだろう、そんなことも思い出せない精神状態だった。
記録を見ると前回は今月4日だった。
そうかもう2週間も経つのか。
え~と、前回はどこへ行ったんだっけ? いえいえ、そこまで忘れてはいないw
前回はいま眺めている女峰山に登ったのだ。今年3回目、通算9回目だった。

さあ、そろそろ次の山行計画を立てなくては。
一気呵成に女峰山10回目を目指そうか?
そうであれば、これまでと同じルートで登ったのでは面白くない。
10回目はひとつの区切りにふさわしく、これまで歩いていないというか、食指が動かなかったルートにしてみたいものだ。

それは野門ルートだ。
栗山村の野門(のかど)をスタートしてアスファルトの林道そして登山道を歩いて富士見峠に出て、富士見峠から帝釈山を経て女峰山に至るというルートである。
地図によると林道の終点まで長い九十九折りがあってそれから先、想像だが陽も差さないような薄暗い樹林帯の中を歩いて富士見峠に至る、地図からはそう読み取れる。さらに富士見峠から帝釈山への樹林帯をただ黙々と登っていく。これは過去3度、経験済みだ。道はえぐれ倒木がある。陽は差さない。それがこれまで食指が動かなかった理由である。
ところがここへきて目から鱗の面白い発見をした。

管理人の仕事机の上や寝床にはPCから印刷した地図が整然いや、散乱しているw
そのうちの一枚をトイレに持って入ったり風呂に浸かりながら次の計画を練るのが管理人の生活の一部となっている。
野門ルートを子細に眺めていると、野門から富士見峠に至るルートの東に、帝釈山から派生している明瞭な尾根があるのを見つけた(図の四角印)。
もしもこの尾根が使えるのであれば、富士見峠を経なくても女峰山に行けるのではないか、その方が距離を短縮できるしなんといっても尾根歩きが楽しめる、そんな気持ちがしてきた。
う~ん、なぜ今までそこに気がつかなかったのだろう。
やはりあれだな、野門ルートはアクセスの悪さゆえに端から頭になかったのだ。それしかない。
これで30ワットくらいの灯りが差した。

ネットで調べたところ、管理人が考えているルートを歩いた記録が残る2つのサイトが見つかった。
※「日光稜線紀行」、starionさんによる「野門~帝釈山北尾根~女峰山周回」・・・2006/07/02
※「日光連山ひとり山歩き」、烏ヶ森の住人さんによる「野門から北尾根経由で帝釈山」・・・2006/07/14
烏ヶ森の住人さんはstarionさんの記録を参考にされたそうだ。
今から10年前に歩かれたとすれば、当時はおふたりとも管理人よりも若いはずだ。それでも10時間半を要している。
管理人であればさらに2時間は余計にみておかなければならない。

おふたりの山行記録を見ると、いずれも管理人とは比べものにならないほど日光をくまなく歩かれていて、信頼するに十分な山行記録だ。
普段、他者の山行記録を読むことなどしない管理人だが、未知のルートを歩く場合は念のためネットで調べて、役に立ちそうなものは参考にすることがる。それが上に紹介した2つのサイトだった。
地図上の尾根は明瞭だがそこが藪になっているかどうかは地図を見ただけではわからないし、10メートル間隔の等高線からは10メートルに満たない崖や岩があっても読み取れない。だからこのような先達のリポートはとてもありがたい。
おふたりのリポートによると、帝釈山から派生している尾根上は一部、密藪で難儀するものの、他は歩けないほど酷い藪ではないということ、標高点2147の先、帝釈山直下に滑りやすいザレ場と大きな岩がありそこは巻いた方が安全であることがわかった(管理人が読み間違えもあるかもわからないが)。
灯りは30ワットから60ワットへと昇格した。
ただし、リポートは10年前のものだ。
藪は成長しさらに激しくなっているかもしれない。
60ワットは50ワットに下った。

野門ルートの登山口は日光市栗山なのだが同じ市内でありながら栗山は遠い。
実踏を前に道路状況と所要時間、車を駐めるスペースを確認するため下見に行ってみた。
川治温泉と川俣温泉を結ぶ県道23号線を川俣へ向かって走り、鬼怒川にかかっている短い橋を渡って左折すると家康の里と呼ばれる集落に入る。細い道沿いに数件の民宿と栗山東照宮がある。
さらに進んで行くと人家はなくなり、山の中を走る林道になった。集落から2キロほど走ると鉄製の遮断機が設置されていて、一般車はそこまでしか入れない。車は路肩に2・3台、置けるスペースがある。
遮断機まで自宅から37キロ、60分だった。アスファルトのいい道なんだが、車はここまでか。

地図を見るとここから先、帝釈山の尾根の取り付きまで九十九折の林道が続いている。ただ、幸いなことに遮断機の手前、標高1030付近から林道をショートカットするようにして登山道が付いているので、これを歩けば長い林道歩きは避けられそうだ。
ただし、距離の短縮にはなるが時間の短縮になるかどうかはその登山道次第ということになる。
なんてったって地理院の地図は更新が遅く、とっくの昔に笹藪化している登山道が描かれた地図が最新版として流通(同院のオンライン地図)しているくらいだ。どうなっているかは歩いてみないとわからない。
ちなみにstarionさんも烏ヶ森の住人さんも、林道を歩かれているようだ。ということは地理院地図にある登山道の存在に気がつかないほど、林道は藪になっていたということも考えられる。
しかし、九十九折の林道はなんとしても避けたい。

林道はそこを車が通るように設計されているから急斜面を避け、大回りしながら少しずつ高度を上げていく。したがって距離が長い。登山向きではないのだ。
緩やかだが長い車道を歩くかそれとも、急だが短い登山道を歩くか、どちらがいいかと問われれば管理人は即座に後者と答える。いえね、急な登山道が好きというわけではなく、登山靴で硬いアスファルトの道路を歩くのは疲れるからイヤなんですよ。

だらだらした林道歩きをできるだけ避けて最短距離のルートを考えたのが左図だ。
野門からアスファルトの林道を南下して遮断機手前に車を置いて歩き始め、A地点から始まるヘアピンカーブを避けて、山の中をB地点にショートカットする。
あとはB→C→Dと地図にある登山道を歩いてDで車道と合流し、車道終了点のEから富士見峠への登山道を歩き、Fで帝釈山の尾根に乗るというルートだ。
これなら少なくともA地点からD地点までの九十九折の林道歩きは避けられるはずだ。ただし、地図に描かれている登山道が現在もあればの話w

で、前述のstarionさんと烏ヶ森の住人さんに倣って行程を次のように考えてみた。
野門沢林道ゲート(6:00)~林道終点(7:45)~帝釈北尾根分岐(9:00)~標高点1823(9:45)~標高点1972(10:18)~標高点2147(11:06)~帝釈山(12:10)~女峰山(12:53)~帝釈山(13:56)~富士見峠 (15:01)~帝釈北尾根分岐(17:27)~林道ゲート(19:04)
休憩時間を含めて13時間4分。取り急ぎおふたりの記録を参考にして所要時間を算出してみた。

上に書いた行程の元になるのが下図なのである。
行程を作成するためのツールとして管理人が愛用しているフリーーソフト、「カシミール3D」で予定のルートを設定すると区間距離や区間推定所要時間が算出される。
それをエクセルで作成したフォームに転記すると予定した出発時刻に対して終了時刻が計算される。計算結果に休憩を反映させなければ区間推定所要時間が総時間になるが、休憩時間を加味すると区間推定所要時間プラス90分~120分を見ておいた方がいい。それが13時間4分だ(下図赤枠)。

う~ん、13時間とはねぇ、、、、やってみたい気もするしこの計画はなかったことにしてしまいたい気もするし、心中複雑w

それにしても梅雨の盛りで晴れる日がない。梅雨入りが早かったのでそろそろ明けるのかと思いながら天気図を見ているが梅雨前線は停滞したままだ。せめて雨をまったく心配しなくてもいい日が一日でもあればなぁ、、、、いや進退窮まって野営することも考慮して二日は必要か。

後記
この記事を書いた3日後の20日、気持ちがウズウズして我慢できずさっそく実行しました→こちら

 

今年3度目の女峰山は若子神社から笹藪ルートで。1700Mの登りで疲れ果てたが達成感あり。

2016年7月4日(月) 曇天、雨、強風、一瞬の晴れ間が入り交じる

5:20/若子神社(810M)~7:11/裏見滝出合(1408M)~8:22/荒沢出合(1732M)~9:38/水場(2110M)~10:11/唐沢小屋(2230M)~10:55/女峰山(2483M)~12:26/一里ヶ曽根(2295M)~13:18/奥社跡(2203M)~14:06/赤薙山(2010M)~15:00/小丸山(1601M)~15:30/レストハウス(1345M)

※全行程:18キロ
※所要時間:10時間10分(上記各ポイントで5~10分の休憩を含むが昼食場所は決めず、空腹を感じた時点で食べる)
※累積標高:2318メートル(GPSの記録を元にカシミール3Dで算出)
※「/」の前は時刻、地名のあとのカッコ内は標高


我が家から見る冬の女峰山と赤薙山

女峰山。
日光に数多く存在する2千メートル超えの山で、この山ほど管理人を魅了するものはない。
管理人が山歩きを始めたのは1999年(※)からなので今年18年目になるが、女峰山に初めて登ったのは3年後の2002年であった。
もっとも登りやすいとされる志津乗越の先、馬立から歩き始めて、2時間50分で山頂に達した。このときはたしか、偶然にも林道のゲートの鍵をもつ知人と志津乗越でバッタリ出会い、一般車が入れない馬立まで車で進入した記憶がある。

管理人、それまで2千メートル超えの山は赤薙山(2010M)にしか登ったことがないので、日光の山の魅力を知っていたというわけではない。
だが2002年の女峰山の経験が管理人のその後の山歩きを決定づけた、それほど魅力ある登山だったのである。
いまでこそ、5時間も6時間もかけて山頂に達するのが当たり前になっている管理人だが当時、3時間弱とはいえ管理人を苦しめ、花と景色で感動させるに十分な登山だった。

※山歩きを始めたのは1999年と書いたが、PCに保存してあるもっとも古いデジカメの画像を元に書いている。この年の画像にはザックはもちろんのこと、登山靴や山用のウエアも写っているので、記憶にないだけで実際にはもっと早かったのかもわからない。
このことからも記録することの大切さを思わざるを得ない。

樹林帯の中の急斜面を登り、ガレた沢を恐る恐る渡るとそこに勢いよく流れ落ちる沢水があった。水は高いところから下に流れ落ちるという当たり前の原理なのに、標高2千メートルを超えるこんな高い場所から水が流れ落ちていることに驚いた。
樹林の間から垣間見るすぐ近くの山、いま思うとそれは男体山や大真名子といった日光連山なのだが、その雄大さに感激した。広いガレ場をトラバースして再び樹林帯の急斜面を登るといきなり女峰山の頂上に出た。なるほど、頂上というのはこのようにいきなり出現するものなのだ、と意表を突かれて妙に納得したものだった。
古びた祠があり、そのすぐ先に山頂を示す木柱を囲むようにして石が積まれ、そこが最高標高点の2483メートルであった。男体山とはわずか1メートルしか違わないのだ。
※その後、男体山の最高標高点は2486メートルに変わった。

山頂からの眺めは抜群だった。当時、まだ方角を知る術はなかったので山の名前は特定できなかったが、どこを見ても山、山、山であった。それらの山は形だけでなく緑も美しかった。7月半ばだというのに青空の下を赤トンボが元気に飛び交っていた。

これをきっかけに管理人の本格的な登山が始まったといっていい。
女峰山へはその後、このときと同じルートで2回、難関とされる行者堂から霧降に抜けるルートとその逆ルートが1回ずつ、霧降からのピストンが3回そして今日は行者堂ルートと同じくらい難易度の高い、寂光滝から登ることにした。数えると今日で9回目だ。

多彩なルート

上に書いたとおり女峰山への登り口は日帰りを前提とするなら志津乗越=シヅノッコシ(※)、霧降、東照宮裏の行者堂そして若子神社がある。
さらに加えるとすればアクセスが非常に悪いが野門(栗山村)からのルートがあって多彩だ(※)。標高差も距離も違えばルート上からの眺めも違う。
管理人がもっとも勧めたいのは霧降からのルートだ。駐車場あるいはバス停が即、登山口になっているというアクセスの良さがなんといっても便利。
距離往復14キロ、標高差は1140メートルなので登山の経験があって健脚の人であれば十分、日帰りが可能だ。
ただし、バスだと朝一でも8時到着なので登山には遅い時間となる。午後は天気が急変するので朝6時には歩き始めたい。

※志津乗越からのルートは現在、駐車場が三本松側に5キロも移動(遠ざかる)されてしまい、往復10キロの余計な林道歩きを強いられることになった。以前なら志津乗越から往復14キロで済んでいたものが今は24キロと、女峰山ルートの中で最長距離になり、楽とはいえなくなった。
※野門ルートは上図、富士見峠の北から入山する。

焼石金剛から女峰への稜線

霧降からのルートを勧める理由はなんといっても稜線からの眺めの良さだ。歩き始めて赤薙山の手前まで続く稜線とピーク2209から山頂まで、約3キロにもわたって続く稜線からの眺めが文句なしに素晴らしい。稜線自体が日本庭園のごとく美しいのもいい。

花の季節であれば稜線上に10数種類の花を観ることができる。その代表がハクサンシャクナゲとイワカガミだ。5月は残雪と向き合うのもいい。
他の登山口からだと見通しの悪い樹林帯の中を山頂まで歩かなくてはならないので、ピークハントという目的があるのなら別だが、霧降を登山口とするルートに比べて楽しみは半減する。

ここで蛇足ながら、管理人の女峰山歴というか、女峰山への熱の入れ込みよう(^^)を紹介しておきたい。

行者堂からのルートの高低グラフ

2007年5月に女峰山へのルートで最長かつ標高差がもっとも大きい、東照宮裏の行者堂から登ったことがある。
それまでに一度、志津乗越から登ったことはあるがたった一度で女峰山の虜になり、次は別のルートから挑戦してみたいと思っていたのだ。
もっと登り甲斐のあるルートはないかと探して見つけたのが行者堂から登り始めて女峰山に達し霧降高原に下山するルートだった。
行者堂からの記録

計画段階でわかったのは距離18キロ、登山口から山頂までの標高差が1700メートルもあり、そんな登山は管理人には初めてである。覚悟が必要であった。男体山でさえ標高差は1200メートルなのでそれより500メートルも余計に登らなければならない。標高差1700メートルと言えば男体山の上に鳴虫山が乗っかっているようなものだ(^^)

前もって白根山に登ったり中禅寺湖を1周するなどして体力の強化に努めて実戦に備えたものの、所要時間が10時間もかかり下山時はふらふらの状態であった。
ちなみにその当時、まだ霧降高原の天空回廊はなく小丸山からの下山は地図にある登山道を使う必要があった。この登山道が癖物で、大きな段差はあるわ泥濘はあるわで難路なのだ。天空回廊が完成した現在は笹藪化して歩く人がいなくなった。

同じ年の9月と翌年に志津乗越から二度、これはお客さんとのツアーで登っているが、その翌年の2009年に足首を骨折して2年のブランク、2012年には膝の靱帯断裂でやはり2年ものブランクが生じ、復帰したのは2014年になってからであった。齢60過ぎての4年ものブランクは厳しい。怪我の後遺症は今も残る。
読者の皆さま、登山に限らず怪我でいいことはなにもありません。手術をすると怪我した部分は治ってもその周囲の神経や血管は手術によって傷つくので、痛みや痺れ、関節の動きが制限されたりといった後遺症が必ず発生します。老婆心ながらどうかくれぐれもご注意のほどを。

復帰第1戦は霧降からのピストン

ブランクの期間はリハビリ代わりに低山ばかりを登って体力の回復に努め、昨年5月になってようやく、5回目の女峰登山を果たすことができた。
このときは女峰登山の醍醐味が味わえる霧降高原からのピストンであった。距離14キロ、標高差1140メートルだが雪が残っていたため11時間を要した。

11時間もかかりながらも女峰山に登れたのは、ケガで低山歩きを余儀なくされていた管理人の自信につながったのはいうまでもない。
復帰第1戦の様子

逆バージョン

その2週間後、今度は長年のお客さんであり山友であるWさんと霧降から登り始めて行者堂へ下るという、管理人が2007年に経験しているルートの逆バージョンをおこなった。
距離は18キロ、所要時間は10時間だったので2007年と同じであった。
実は逆バージョンの場合、登山口から女峰山への標高差は1140メートルなのだが、帰りは距離11キロ、標高にして1700メートルも降下しなくてはならないから登りよりも下りを上手にコントロールしなくてはならない。
コントロールに失敗すると一気に体力を消耗してしまう。まっ、早い話が太腿に負担をかけないように意識してゆっくり下る、それに尽きますな。
それと、登りでも体力を消耗しているので、11キロもある長い下りは食べ物の補給を小まめにすることかな。
逆バージョンの記録

今年になっても女峰詣は続いている。
4月の残雪期と6月に霧降高原からピストンをおこなった。

今年4月の様子
今年6月の様子

さて今日、予定している若子神社を登山口とするルートについて説明しておきたい。

寂光神社からのルートの高低グラフ

距離、標高差ともに行者堂からのルートとほぼ同じだ。
距離が18キロと長く、標高差は1700メートルあることから一般的ではなく、栃木県の山だけを紹介するガイドブックにもこのルートの説明はない。
多くのハイカーが利用している昭文社の「山と高原地図」2014年版に道は描かれているが、「ササ深い」と記載されているため歩く人は少ないとみていい。
ササが深いから歩く人が少ない、しかし手入れは莫大なコストがかかるからやらない、この悪循環なので地図に道はあってもやがて完全な笹藪と化してしまう。現在、まさにそのようになっていることが想像できる。

寂光滝の流れを遡っていくとあるところで流れがなくなり、回りから水が湧く、管理人が源流と呼んでいる場所に着く。そこからの帰りは女峰山へのルートに出て登山道を寂光滝へ下るようにしているのだがそのルートに合流して女峰山方面を見やると、道は膝丈の笹に覆われていてこの先ずっと、笹が続いているのだろうことがわかる。山と高原地図に「ササ深い」と描かれている通りだ。

管理人、目的地を決めて歩く際に笹藪に突入し、やむを得ず藪こぎをすることはあっても、藪こぎしたさにあえて藪を狙って計画を組むことなどしない。いたって真っ当な歩きを好むスタイルだw
だが、これまで志津乗越、霧降、行者堂を登山口として女峰山に登ってきたからには、このへんであらたな登山口から登ってみたいと思った。我が愛しの女峰山を極めたいのである。
笹藪を歩くのは本意ではないが、女峰山を極めるためにはそれもやむを得ない。

※上4枚の図はGPSの記録を元にカシミール3Dで描画したもの。縦軸が標高、横軸が距離を表している。

今まさに梅雨の盛り、週間予報に晴れマークの日はない。したがって、降水確率のもっとも少ない日を選ぶしかないが、それが今日だった。
昨夜21時の予報によると降水確率は60パーセントとある。6日以後は40パーセントと少なくなるがそれは直前になってどのように変化するかわからない。100パーセントでなければ良しとしよう、それが今日、決行した理由である。

標高差1700メートルを登るロングコースは2007年以来だから、体力面で不安がある。
荷物はできるだけ軽量化して負担を減らしたい。

錫ヶ岳のときは野営を覚悟したのでザックは15キロになり、老体には堪えた。
今日はテントとマット他、数点を外した。これだけで2キロ以上、軽くなる。
さらにはザックを65リットルから30リットルへと小型のものにした。
これらの工夫で10キロをわずかに下回るまで軽量化できた。

今日の携行品
雨具、防寒着、手袋、シュラフカバー、ツェルト、レスキューシート、行動食多数、スポーツドリンク2Lと補充用の粉末、水道水1L、缶コーヒー、サプリ数種、ヘッドランプ、救急セット、チェーンスパイク、ロールペーパー、デジカメ2台と三脚と予備電池、GPSとGPSロガー、筆記具、コンパス、ラジオ、紙地図、熊避けの笛、折りたたみ傘、手ぬぐい4枚、紙おしぼり数本、ゴミ袋多数、携帯シャワー、携帯電話、スマホ。これに食料が加わる。

なにもそこまで揃えなくても、と自分自身で思うが、歩く人など皆無という道のしかも単独行であるがゆえに非常事態のことを考えると最低、これだけは必要になる。
錫ヶ岳から外したのはテントとマット、無線機、浄水器、GPS用の予備電池くらいか。
それでも10キロを下回るザックは軽く感じる。
ちなみにシュラフカバーとは寝袋が湿気で濡れないようにする防水カバーのことで、夏はこれだけで寝袋の代わりになる。使う機会はこれまでなかったが、ツェルトとこれがあれば非常時でも大丈夫でしょう、たぶんw

今日の行程だと雨は覚悟しておかなくてはならないし、笹の藪こぎも想定しておかなければならないだろう。
両者を合わせると疲れは相当なものになるに違いない。
先週の錫ヶ岳に匹敵するくらい、疲れるだろうか?
雨と笹藪だけならまだいい、雷が怖い。クマも心配だ。
不安で案の定、昨夜は眠りが浅くまた、短かった。
起きて1時間も経つのにまだボーッとしている。錫ヶ岳と同じ健康状態での出発となった→錫ヶ岳はこちら

ふふぁ~、眠い。


5:23
自宅を出発する際は小雨だったが若子神社の駐車場に着いて東の空を見上げると雲間に青空が覗いている。しかし、これから向かう北西側はぶ厚い雲に覆われている。この青空が吉と出るか凶と出るか、管理人にそこまで予測できる知識はない。
雨を想定してあらかじめ雨具を着用して歩き始めるべきかどうか迷ったが、暑さを考えると雨具は避けたい。スパッツだけにした。


出発点となる寂光神社の鳥居。標高は我が家とほぼ同じ810メートルだ。
この鳥居をくぐって石の階段を昇ると落差70メートルの寂光滝があり、登山道はそのすぐ脇につけられている。


鳥居前の登山カード入れにあらかじめ用意した3通の登山計画書のうち、1通を入れた。
他の2通のうち1通は家族の目につくように管理人の仕事机の上に置き、もう1通はザックの中に入れて家族から家出捜査、じゃなかった捜索願いが出たときに身元がわかるようにしている。
これ、実は管理人がガイドした女性客から教わったもの。家族のいる女性としてよく考えられた方法だ。


石段を数分上ると若子神社。
ここで滝と女峰山への登山道に分かれる。登山道は神社の真裏にある。


いきなり急登。
足はまだ眠っているので辛いところだ。


おっ、日差しが、、、
いいじゃないか!!
このままであってほしい。


急斜面を登るとゆるやかになる。ここはアカヤシオのトンネルになるいい道。


広いミズナラ林。
秋から春にかけて熊棚が見られることがある。
この尾根の左が寂光滝の流れで右が田茂沢。
先ほどの日差しはホンの一瞬であった。ここに来ると空は厚い雲に覆われた。


6:10
標高1100メートル付近。
この辺りから膝丈の笹がかぶさって道が怪しくなる。笹は濡れているのでズボンを脱いで雨具に換えた。スパッツはもちろん着けた。
雨がいつ降り出すかわからないような天気なのでザックから折りたたみ傘を出し、手に持って歩く。


標高1200メートル付近。
寂光源流の少し上、聖天岩と同じ等高線上。
ここから先、荒沢出合までが管理人にとって未踏のルートだ。
たが、この時点ですでにどんなルートなのかが明らかになった。藪歩きは避けられない。


7:11
ここで裏見滝からのルートと合流。
ここまで一時、腰高の笹に見舞われたが笹は低くなり、道が見えるようになった。
標高は1410メートル。緩やかな勾配が続いていたが出発してすでに600メートルも上ったようだ。しかし、女峰山まであと1000メートル以上も上らなくてはならない。


さあ、本格的に始まったぞ。
腰高の笹だ。先週の錫ヶ岳を彷彿させる(^^)
笹は雨で濡れている。


人が歩いた形跡などないのに道標だけがやけに立派だ。
先ほどからスズメバチが頭上を旋回している。巣の下を通過したのかもわからない。傘を広げて防御したが20分ほど付きまとわれた末、管理人に害がないことがわかったのか、やがて去っていった。


8:04
標高は1700メートルを超えた。腰高の笹はなくなり、道が見えるようになった。
道は広大な斜面の笹原をトラバースするように付いている。
このまま進むと地図の「荒沢出合」に達するが、道から外れてこの斜面を登ると行者堂からのルートと交わるようだ。
管理人の人生と同じように道を外してみたい衝動に駆られたが今日のところは見える道を素直に歩いて行こう。


8:16
地図に名前のない広い沢が見えてきた。沢はこの少し下で荒沢と合流、上流は唐沢小屋直下まで続いている。
女峰山へはこの沢を渡って志津乗越から来る道と合流するので上流へと向かう。


流れのないガレた沢を横切って対岸の志津乗越から来る道へ。
未踏ルートはここまでで歩き終えた。これから先はこれまで3回歩いている。
なお、このガレ場に出るまでかなりの悪路。


沢の対岸に渡るとさすがに道ははっきりする。
志津乗越からのルートは一般的なので利用者も多い。


道の所々に沢を見下ろせる場所がある。
堰堤群がこの山の崩落の厳しさを物語っている。


おぉ、シャクナゲが、、、
標高1900メートルに達しているからハクサンシャクナゲでしょう。


道はずっと樹林帯の中に付いていて眺めはない。ただひたすら登っていく。


9:34
沢の上流部まで来ると、ガレの間から水が流れ落ちているのが目に入った。
水は女峰山直下の伏流水のようだ。
女峰山へはここの足場のいいところを選んで渡渉する。


沢を渡ると道標があり、ここが水場。


9:40
本流から数メートル離れたところにパイプが差し込まれていて、きれいな水が流れ出ている。
手ですくって口に含むと文句なしに美味い。
手は氷水に浸したかのように瞬く間に冷たくなった。
ここまで700ミリのスポーツドリンクのうち、500ミリほど消費したので、ボトルに粉末を入れて水を満たした。
700ミリのボトルはもう1本、それと水道水を1リットル持参しているので、これで帰りまで大丈夫であろう。


水場から急登になる。


10:11
水場から15分ほどで唐沢小屋に着いた。


避難小屋という扱いなので無人。
水も自炊設備もトイレもないが利用者は多いようだ。


この小屋の利用記録として用意されているノートの最新の日付は今月2日になっていた。


避難小屋を正面に見て右へ行くと東照宮裏の行者堂へ下る。
女峰山へは左へ向かいさらに急登を続ける。


10:28
避難小屋から10分でガレ場のトラバースにさしかかる。
岩や石は安定しているが、上に登山者がいれば念のため自分で安全確保を。


ガレ場を抜けると再び樹林帯となる。
ミヤマダイコンソウと遭遇。


マイヅルソウ


先ほども見たがハクサンシャクナゲ。


10:55
花を眺めながら急斜面を登っていると突然、視界が開け、そこが山頂だった。
目の前に女峰神社の祠が見える。


10:57
祠の左手に見慣れた山名板がある。
歩き始めて5時間半、9回目の女峰山登頂だ。
三脚を使って自撮りしたがこのあとすぐ、カメラを載せた三脚が風で倒れた。
強風で身体が傾く管理人(そんな馬鹿な・笑)。


山頂には濃いガスが立ちこめ視界不良。嵐のような風が吹いている。
まずは防寒のためにウインドブレーカーを着て周りを見回した。
ほんの数秒、ガスが切れて帝釈山が見えたので急いでカメラを構えた。後にも先にも景色が見えたのはこのときだけだった。


今日はピークハントが目的だったので山頂での滞在時間は約15分。
目的は達したしこの風の中、じっとしているのは辛いので早々に山頂を去って霧降へと向かった。


11:18
女峰山の隣のピーク、2463メートル。
地理院地図に記載はないが三角点がある。


コケモモ。
女峰山山頂から霧降へ向かっての稜線は花の宝庫でもある。


ガレ場の急な下りにミヤマダイコンソウが。


先月10日に来たときは盛りだったイワカガミはほとんどなくなり、これは最後のひと株だった。


11:48
地図にあるピーク2318まで来ると樹林が風を遮ってくれるので、ここで山頂で食べるつもりだった菓子パンとバナナをお腹に収めた。


ツマトリソウ


12:11
ピーク2318を下った鞍部に水場がある。
手持ちはまだ十分だったが念のため、水量を確認しに行った。
正面に見えるピークは一里ヶ曽根。


土中に差し込まれた2本の塩ビ管の1本から、水が流れている。
梅雨に入り、先月10日に確認したときに比べると水量は多かった→先月の様子


水場がある鞍部からピーク2295の一里ヶ曽根を見上げる。
ここから標高で約50メートル上がる。


ピーク2295の一里ヶ曽根。
名前の由来は不明だが曽根とは尾根のこと。一里はどこかの場所を起点とした距離のことだと思うが、管理人にはわからない。昔は距離を「里」で表す方法がとられ、1里=4キロとされていたがその地域独自の尺度があったのだろうと思う。


シャクナゲがもの凄いことになっている。


道がシャクナゲ林の中を通っている。
まるで日本庭園の中を歩いているような贅沢な気分を味わえる。


ナナカマド(七竈)。
木は堅く、竈で七回、燃やしても燃え尽きないという例えだ。


ベニサラサドウダン


ハクサンシャクナゲ
これまでシャクナゲと説明してきたのは正確にはハクサンシャクナゲといって高地のもの。


ゴゼンタチバナ
この辺りで雨が激しくなってきた。
雨具はすでに上下を着用している。


ピーク2209から奥社跡へと向かう鞍部。


13:18
ピーク2203の奥社跡を通過。
休みは取らない。


奥社跡からの激しい道を下っていくとこのようなピークが見える。急いた気持ちからこれが赤薙山かと見間違えるが、赤薙山はこのピークに達してさらに400メートル先。


両側が切れ落ちた細い尾根を歩く。


14:06
ふ~、ようやく赤薙山だ。人心地がついたというか、ここまで来ればゴールは目前だ。


焼石金剛へのやせ尾根にさしかかる頃、霧はもっとも濃くなった。


焼石金剛手前の笹原。
赤薙山を下り始めて焼石金剛の先の小丸山までは、雨が降ると道が泥濘化して滑るので注意。


コメツツジ


ハナニガナ


これは開花間近のクルマユリ。
茎の根元の方の葉っぱを見ると輪状になっているのがわかる。これが名前の由来。


15:00
無事に小丸山まで下山した。
正面に見える回転扉を開けて入るとニッコウキスゲが咲くキスゲ平園地だ。


15:05
ここから1445段の天空回廊が始まる。
終わりまでの標高差は237メートル。
途中、ニッコウキスゲの他にも高山植物がたくさん見られる。
この雨にもかかわらず、キスゲ目当ての観光客がちらほら。


今が盛りのニッコウキスゲ。


斜面に群落するニッコウキスゲ


ヤマブキショウマ


ヨツバヒヨドリ


コバギボウシ


15:30
途中、花の写真を撮りながら1445段の階段を下りきった。
いつものことながら足はふらふら、余力なしの状態だ。


15:40発のこのバスで帰る。
16:55発の最終バスを覚悟していたのだが3本前のに乗れることになった。
身体はふらふらだが頭も同じだ。さあ、帰ったら風呂に入って、ビールを飲んで、それからゆっくり晩酌して疲れを取ろう、、、しかし、バスに乗ったとたんにそんな考えは吹き飛んでしまった。
そうだ、帰ったらすぐ、スタート地点の寂光滝まで車を取りに行かなくては(泣)。風呂もビールも晩酌もそれまでお預けだ。

かくして10時間にわたる9回目の女峰山が終わった。
曇天、雨と霧、強風、笹藪の女峰山だったが、霧降ルートとは別の顔を見ることができた。
登山口から山頂まで1700メートルも登らなければならない厳しい山行だったが、期待を裏切られることはなかった。達成感があった。
厳しいけれど胸を大きく開いて管理人を迎え入れてくれる、本当は心優しい、母なる山なのだ。
さて、10回目はどんなルートにしようかな。冥土の土産になるような楽しいルートがいいなぁ。

悲願の『錫ヶ岳』日帰り。あまりの厳しさに精根尽き果てるも無事に生還。

2016年6月27日(月) 晴れのち濃霧

5:23/湯元スキー場~7:12/外山鞍部~7:37/天狗平~8:01/前白根山~8:21/避難小屋分岐~9:11/白根隠山~9:43/白桧岳(25分休憩)~10:45/P2296~11:17/錫の水場案内板~11:23/標高点2170~12:17/錫ヶ岳~13:12/標高点2170~13:25/錫の水場で給水~14:09/P2296~14:57/白桧岳~15:26/白根隠山~15:58/避難小屋分岐~16:19/前白根山~16:43/天狗平~17:00/外山鞍部~18:39/湯元
※全行程:22キロ
※所要時間:13時間16分(ただし、上記各ポイントで5~10分の休憩を含む)
※累積標高:2485メートル(GPSの記録を元にカシミール3Dで算出)


2012年7月4日、白錫尾根からの男体山と中禅寺湖

『事前調査』
前白根山から錫ヶ岳へと延びる緩やかな稜線、通称、白錫尾根は4年前の7月に白桧岳まで歩いている。錫ヶ岳の下見のつもりだった。→2012年7月4日の様子
眺望がじつに素晴らしかった。
男体山を目の高さあるいは、それよりも低く眺め、その足下には一周25キロもある大きな中禅寺湖が広がっている。
大真名子山と小真名子山、太郎山が見える。中禅寺湖の西には西ノ湖の、水を満々とたたえた姿が美しかった。絶景と言っていい。

map今日、錫ヶ岳へ行くにあたり4年前と違うのは、白桧岳から先が未経験のルートであることだ。
地図を見る限り、難しくはない。ただし、距離が長い。白桧岳から片道3.5キロもある。
白桧岳から高度を下げながら地図にある標高点を2つ越え、3つ目のピークが錫ヶ岳だ。錫ヶ岳の手前に等高線が詰まった急登があるが標高差は200メートル、これは頑張ればなんとかなるだろう。
藪などの障害物がないと仮定して時速2キロのペースで1時間半、白桧岳から往復3時間はかかる。

4年前の記録そして、今年になって2度歩いた前白根山の記録を元に行程時間を大まかに推定してみると、湯元~180分~前白根山~90分~白桧岳~90分~錫ヶ岳となり、片道で6時間だ。
ただし、推定なので最低、6時間と見るべきでありこれは霧降から女峰山へ行くよりも長い。
霧降~女峰山はこれまで5回、経験しているから時間が読める。錫ヶ岳は初挑戦にして女峰山よりも距離が長いのだ。それが最大の懸念材料になる。

このルートを選定した理由

『登山前』
長丁場なので4時に湯元をスタートする予定であった。
そのため自宅からの移動時間を節約するため前夜は湯元で車中泊することにした。寝る環境が変わっても熟睡できる自信が管理人にはあった。それは長年にわたるキャンプ生活で身につけたものだ。
携帯電話のアラームを3時に設定し寝袋に潜り込んだが寝付けず、こんなときのためにと持参した睡眠導入剤を服用したもののそれでも眠気は来ない。

明日、初めて歩くルートの難易度のことが頭から離れず、気が高ぶっているのであろう。背もたれを倒して簡易ベッドにしたシートの凸凹が身体に馴染めず、それも安眠を妨げることになったようだ。
テント内で寝ること長じて、キャンピングカーで寝る生活ははるか昔のことであり、すでに身体が受け付けなくなっていたのだ。

うとうとしかかったところでアラームが鳴った。予定の3時だった。しかし、睡眠導入剤はまだ効いていて頭はボーッとしていた。
無理だ。こんな状態では歩けない。せめて薬の効果が切れるまで待とう。
目を一瞬、閉じたらそのまま寝てしまったようだ。だが、頭の片隅では予定の起床時間を過ぎていることが気になっていたのか、アラームをかけていないのに4時に目覚めた。浅い眠りであったが3時間は眠れたのであろうか。

実際の出発までにそれから1時間20分も要したのは、これをやっておかないと気が済まないという、管理人にとっての儀式のようなものが盛り込まれているからだ。
すなわち、腸脛靭帯部分へのテーピング、膝とかかとへのサポーターの装着。着替えて朝食の準備。昨夜のうちにコンビニで買っておいたオニギリをコッフェルに入れ、野菜入りの乾燥スープを使って雑炊を作って食べた。雑炊の水は多めの500ミリにした。山行前の水分補給を兼ねたつもりだ。
歯磨きもきちんとしたしトイレも済ませた。

儀式は多くの項目で成り立っているが、ひとつの組合せによるもので登山がうまくいくと、しばらくの間、同じ組合せが続く。それは山行にあたっての管理人のジンクス、縁起担ぎのようなものであり、これをきちんとやらないと事故が起きそうな気がして落ち着かない。まっ、早い話が小心で臆病なんですね。それとも信心深いのかなぁ(^^)
それから車を登山口に最も近い、スキー場脇の駐車場に移動して登山靴を履いた。
あっ、いけねっ。儀式のひとつ、顔を洗っていなかったw


Impression
『白桧岳から錫ヶ岳へ』
白桧岳へ行くにはいくつかのルートがある。
そのどれも魅力的なのだが錫ヶ岳初挑戦の今日は、前白根山まで行くのに歩き慣れている湯元からにした。
スキー場を抜けて外山鞍部、天狗平を経て前白根山に達し、それから白錫尾根を歩いて予定の4時間30分を少し下回る、4時間23分で白桧岳に達した。ただし、7分は誤差の範囲。
白桧岳の手前は笹原だが踏跡はしっかりしていて歩き易い。しかし、そこからが厳しかった。
笹は膝まである。踏跡はあるのだが笹によって覆い隠されていて見えない。救いは目印となる赤テープと木に取り付けられたブリキ板そして、木の枝に塗布された赤色のペンキだ。地図を見る代わりに目印を見つけることに神経を集中することにした。
踏跡にかぶった笹を足で払いながら進むのはかなりの力を必要とした。コメツガの藪も始末が悪い。枝が顔の前にあるので両手で払い避けながら進まなくてはならず、これも疲れる。
どちらにしても踏跡を見逃さないように、丁寧に歩く必要に迫られた。
笹が踏跡上に倒れているのが見えず、不用意に靴を載せたらスリップし、横倒しとなった。泥濘部分で同じくスリップしてやはり横倒しとなった。笹に隠された倒木に足を取られて、顔から前に倒れた。
ときおり現れるコメツガの深い樹林帯は下草が生えてなく、これは救いとなった。
藪が終わり急登が始まったのでこれを登れば錫ヶ岳の山頂であろうと想像できた。笹藪を抜けてコメツガの樹林帯に入ると傾斜が緩くなりそこが山頂であった。
コメツガの木の地上2メートルの高さに山名板が取り付けられていた。
山頂はのっぺりしたコメツガ林の中にあり、展望は東面のみ。そこから男体山と中禅寺湖が望めるから想像していたほど悪くはない。ただし、山頂は狭く10人も立てば埋まってしまうほどだ。
山頂からさらに境界線に沿って南へと道が延びている。
地図を追うと宿堂坊山を経て皇海山に行けるようだ。しかし、その距離たるや半端ではない。途中、幕営は避けられない。とても行く気にはなれない。

『錫ヶ岳から避難小屋分岐へ』
錫ヶ岳から白桧岳までの藪を抜けると疲れがどっと出た。
藪をかき分けて進むのは力がいる。これを行きと帰りにやったわけだ。
白根隠山本峰から北峰にかけてのなだらかな斜面でさえ、足が重い。
辺り一面、霧が立ちこめている。この霧がいつ雨に変わるとも限らない空の色だ。
前白根山が目前に迫ってきた。
朝、通過した避難小屋への道標前まで来た。疲れはさらに増し、足が前に出ない。
直進すると前白根山、左へ下ると10分で五色沼避難小屋がある。いま、その分岐にいる。

160602-128

五色沼避難小屋(2016/06/02)

テントも寝袋もマットも持参している。食料も水もまだ充分、残っている。保温着もある。
錫ヶ岳は長丁場なので非常時に野営することを想定して、重くなるのを覚悟の上でもってきたのだ。
ここから10分も歩けば避難小屋だ。なにも辛い思いをしてまで今日、下山することはないのだ。このまま避難小屋に駆け込めば足を延ばして横になれる。そして寝不足を補うためにも十分な睡眠をとり、明日の朝、ゆっくり下山すればいい。
今日の山行はオマエの能力をはるかに超えたものだろう、疲れてるんだから無理すんなよ。
どうして、そこまで日帰りにこだわってるんだ?
錫ヶ岳登頂という目的は達したのだから、それで満足すべきじゃないのかね?
さあ、避難小屋へ駆け込んでメシでも食って早く寝ろよ。

いや、錫ヶ岳日帰りは長年の夢であり目標だった。そう簡単に撤回するわけにはいかないのだ。
小屋に泊まれば楽であることは初めからわかってる。
だけどオレは、そんな簡単な登山はしたくない。
難易度が高い山を日帰りでやることに意義があるんだ。
ここまで戻ってきたんだから這ってでも帰ってやる。

自問自答はしばらく続いた。
葛藤があった。
避難小屋に泊まって翌日、疲れが回復してから下山するかそれとも、疲れ切っていつ事故が起こるかわからない身体でこのまま下山を強行するか、答えはどちらかしかない。
選んだのが後者であった。
齢を考えると錫ヶ岳を日帰りできることなどおそらく、今後、望めないであろう。
日帰りでやってみたい、それは自己満足というなんの役にも立たない心の問題であるが、管理人を山へ駆りたてる大きな動機でもある。矜持のようなものでもある。
ここは最大、細心の注意をはらって下山することで自己満足を得ることに力を注ごう。

『避難小屋分岐から前白根山そして湯元へ』
避難小屋分岐を過ぎ五色沼水場から登ってくる道と合流すると前白根山へのザレ場となる。ザレ場の上りは始末が悪い。靴が滑って足に力が入らない。
時間をかけて前白根の山頂に立つとこれが今朝、雲ひとつない空の下で白根山を仰いだ前白根なのかと思うほどあたりは薄暗く、日没を思わせるような空が広がっていた。途中、コマクサが美しい花を咲かしていたが疲れが極致に達していたのでなんの癒しにもならなかった。

前白根山から外山鞍部間は緩やかな下りが続く。
本来なら疲れた身体を歩きながら休ませるのに最適な部分でありながら、この道でさえ苦痛に感じた。
外山鞍部とスキー場を結ぶルートは傾斜が厳しい。大小の石がゴロゴロしているガレ場でもある。ほとんどの石は地面から浮いているため足を着く場所を選んで歩かないとバランスを崩す。一度、浮き石に不用意に足を乗せたとたんに石が動いて尻餅をついた。これで今日、4度目の転倒だ。
50センチ程度の段差になると一度、腰を落として、それから片足ずつ下ろすのが基本の降り方だが、疲弊した太腿の筋肉は硬直し、膝が曲がらない。
段差の前で立ち止まり、腰を落として、片足を下ろし、両手を腰の脇につき、もう片方の足を下ろす。頭でわかっていることをいちいち言葉にしながら身体を動かしていく。傍からはロボットを見ているような動きであったに違いない。

外山鞍部と白根山登山口との標高差は500メートルもある。距離は800メートルしかないのでその傾斜の厳しさが想像できると思う。62.5パーセント、32度という急勾配だ。
登山口へ下りてホッとする間もなく、次はスキー場の中に敷設されている砂利道を1.3キロ歩いて駐車場に戻らなくてはならない。ザレ場と同じような不安定な道を、足を引きずるようにして駐車場に向かう管理人であった。

これで終わりではありません。
説明はここからです。 m(_ _)m


5:23
早朝の湯元温泉スキー場。
この時期はキャンプ場になる。ブルーのテントがひと張り、ぽつんと見える。
正面の茂みの奥に前白根山への登山道がある。


登山道から振り返るとスキー場に隣接する湯ノ湖、その奥に男体山が朝日に照らされている。


登山道はスキー場の管理道路を兼ねている。砂利が敷かれた道なので登山靴だと歩きにくい。登山口まで30分はかかる。
正面に見えるのは五色山。五色山の手前、左の急斜面を登っていくと外山鞍部へ行く。


5:49
砂利道が終わって登山口に到着。これから30度という急勾配が始まる。


五色沢の堰堤にヤマオダマキが。
そういえばこの辺りは植物の種類が多かった記憶がある。


これはアカショウマ、のはず。ショウマの仲間は見分けが難しい。


外山鞍部への道はガレた急斜面でその上、大きな段差がいくつもある。前白根山に行く難関のひとつとされている。


例年ならこの時期が盛りのイワカガミだが今年は10日ほど早く、そろそろ終わりに近い。


ゴゼンタチバナ
これは葉っぱが6枚だが4枚、5枚と成長して6枚になると花が咲く。


7:12
急傾斜が終わると外山鞍部。
前白根山への難関が終わった。


外山鞍部から前白根山への道は平坦で気持ちよく歩ける。
新緑のダケカンバがとても美しい。


7:37
天狗平に到着。
道は尾根からほんのわずか北側に寄っている。
展望がいいとは言えないが広々していてまるで山頂のようだ。
ちなみに標高は2260メートル。地理院地図に天狗平の記載はない。


天狗平からややトラバース気味に登っていくと再び稜線に乗り、正面に前白根山と白根山をとらえる。
中央右が前白根山、左が白根山。白根山の方が奥に位置しているからその巨大さがわかるというものだ。


同じ位置から白根山の左の斜面を追っていくと実になだらかで魅力的な稜線が見える。
これが錫ヶ岳へと続く白錫尾根。
前白根山から歩いて行くとP2362(地図に記載なし)→白根隠北峰(地図にP2385と記載)→白根隠本峰(地図に名称も標高点も記載なし)→白桧岳(地図には標高点2394と記載)→錫ヶ岳(P2388)に達する。ただし、錫ヶ岳は白桧岳のずっと奥にあってここからは見えない。

なお、白根隠本峰と白根隠北峰といった名称は地理院地図になく、ピークを識別するために管理人が便宜上使っている名称。
昭文社の「山と高原地図」には管理人がいう白根隠本峰が白根隠山(P2410)と描かれている。


8:01
今年になってこれで三度目の前白根山。
積雪期の白根山に登るために3月に、錫ヶ岳の下見のために6月に、そして今日。
そうか、今月二度目になるのだ。


ピークから少し先に行くとこのような展望が待っている。
白根山と五色沼だ。
一度、目にすると病みつきになる美しさだ。


前白根山からザレ場を滑るようにして下りるとこの道。
この手前に五色沼そして、先には避難小屋へ導く分岐がある。


8:21
五色沼避難小屋へはこの道標にしたがって急傾斜を10分ほど下りる。
ちなみに地理院地図にも「山と高原地図」にも道はここまでしか描かれていない。
錫ヶ岳へ行くにはそのまま直進する。
白錫尾根の面白さはここから始まる。


ここから先はハクサンシャクナゲの群落。
いままさに咲き始まったところだ。


8:37
白錫尾根を歩く際のシンボルになっている掘っ立て小屋。
昔はなにかの観測所として使われていたらしい。
かなり前、白根山を下っているときにこの小屋が見えたので、五色沼避難小屋とは別にもうひとつ、山小屋があるのかと思ったのだが、それがこの小屋であった。


シャクナゲの群落をぬって歩く。
今年はシャクナゲの当たり年らしく、どの株にもたくさんの蕾がついている。


白根山の右奥に燧ヶ岳がその独特の形を見せている。


8:51
避難小屋分岐からひと登りすると白根隠北峰に着く。
地理院地図には標高点2385と記されている。
山名板はないがケルンがあるのでそれとなくここがピークであることがわかる。
なお、「山と高原地図」には標高点の記載はない。


男体山と中禅寺湖の眺めが良くなるのもこの辺りから。


白根隠北峰から約50メートル下って次の白根隠本峰を見上げる。
ここから標高で70メートルほど登ると山頂。時間が許すならこのなだらかな稜線を、景色を眺めながらのんびり歩きたいものだ。


9:11
白根隠山本峰と白根山。
白根山は日光でもっとも高い山として知られているが、白根隠山は5番目(※)に高く、標高2410メートルの堂々たるピークである。日光連山で知名度のある太郎山や大真名子山よりも高いのだ。展望も素晴らしい。
奥に見える白根山は平日でも多くの登山者で賑わうが、ここは地図に道がないので歩く人もなくひっそりしている。ただし、管理人は平日しか歩かないので週末の人出は知らない。
※白根山(2578M)→男体山(2486M)→女峰山(2483M)→帝釈山(2455M)→白根隠山(2410M)という順。


次の目的地、白桧岳を目指す。
白根隠本峰から先はガレ場なので踏跡がわかりづらい。尾根筋を見失わないように丁寧に歩いて行く。


9:26
白根隠山と白桧岳のちょうど中間に位置する岩場。地図の岩記号がある場所だ。岩場を巻くようにして踏跡がついているが危険はない。


岩場をクリアしてシャクナゲの群落の間を進んでいく。
歩き易いのはこの辺りまで。


白桧岳にさしかかる頃から笹藪となる。
だが笹はくるぶし程度だし踏跡もハッキリ見えるので道を間違う心配はない。


9:43
白桧岳山頂。
4年前に来て以来、二度目だ。
コメツガやダケカンバ、立ち枯れした木が多い山頂だが眺めが悪いというほどではない。
ここでもシャクナゲの群落が見られる。


さあ、ここから先は管理人にとって未知のルートだ。
気を引き締めて行こう。
水たまりはシカのぬた場。


あれが錫ヶ岳だな。
地図でその姿を想像していたがようやく全貌をとらえることができた。


ミツバオウレン


コメツガの樹林帯だが踏跡はしっかりついていて歩き易い。
だがこのようにしっかりした道になっているのは全体のごく一部だ。


コメツガの枝が顔の前に迫るので両手でかき分けながら前進また前進。


腰高の笹に手こずる。両脚でかき分けながら進んでいく。
踏跡があっても見えないのでそこが尾根筋であることを確かめながら歩く。もっとも、目印も多いので迷うことはないが。


11:17
錫の水場への入口。
白錫尾根で標高がもっとも低い場所だ。水場まで1分とある。
時間が気にかかるのでここは帰りに立ち寄ることにしてさっと通過する。


錫ヶ岳の山頂がすぐ目の前に迫ってきた。
ここから200メートル登ると山頂なのだが、、、


またしても腰高の藪だ。
サービス満点。手を変え品を変え、山頂まで飽きさせることなく登らせてくれるww


あれっ、池塘なのかな、それともただの水たまり?
いずれにしても2千メートル超えの山中で静かな池を見ると癒されるね。


藪はしつこいほど続くw
もう勘弁してくれい。


12:17
深い笹藪を抜けホッとしたと思ったら、そこが山頂だった。
スキー場を出発してなんと、7時間もかかったが長年の悲願達成、錫ヶ岳に登れた。
白桧岳からの予定は1時間半としたが甘すぎた。2時間を超えた。藪こぎを強いられ放しだったのでやむを得なかったことにしておこう。
帰りも同じ藪こぎになることを考えると登頂した喜びは湧かない。難事業の喜びは帰ってからじっくり噛みしめよう。
ここで先着していた男女3人組と出会った。まさかここで他に登山者を見かけるとは思いも寄らなかったので驚く。聞くと、県内さくら市から来られたようだ。
丸沼高原スキー場からゴンドラで2千メートルまで上り、そこから沢に沿って登ってきたのだという。それは管理人が昨年、下見で歩いたルートだった。今年はそのルートも狙っている。
写真は3人組の中のご婦人に撮っていただいた。


山頂は樹林帯の中なので展望がないとの情報であったが東面は開けていて、男体山と中禅寺湖が望める。
時間が迫っているので菓子パンをかじって早々に下山することにした。


13:25
水場への目印まで戻ったので下りてみた。
水量は少ないながらも短時間で給水できるほどの流れだ。
空になったボトルにスポーツドリンクの粉末を入れ水を満たした。


同じルートを戻るので藪は避けられないが、下りの藪と登りの藪では使う力が違ってくる。苦しい。


コミヤマカタバミ


14:37
白桧岳山頂にさしかかる頃になると辺り一面、霧が立ちこめてきた。
雨に変わらなければいいのだが。
山頂にはこの20分後に到着。


白桧岳から先、これまでと違って笹は薄くなり踏跡が見えるようになってきた。


15:08
白桧岳を過ぎると左手に地図でいう凹地が見えてくる。
避難小屋まで続いている。
4年前はここを下りて凹地を歩き避難小屋まで行ったのだが、結構な種類の植物があって楽しめた。。


白根隠本峰への上り。
向こう側から見るときれいな笹原だがこちらからは砂礫帯である。


これもあちこちで見た。コケモモ。


15:26
白根隠山。
朝はクッキリ見えていた白根山が上昇気流にすっぽり覆い隠されてしまった。


白根隠北峰から五色沼を見おろす。


ツマトリソウ


目印となる掘っ立て小屋が見えると避難小屋分岐はもうすぐ。


う~ん、たまらないね、この雰囲気。
まるで異界の中へ吸い込まれる感じ。


15:58
避難小屋への分岐に戻ってきた。
あとは前白根山に登り返せば日没前に帰ることができる。
が、疲れは限界に達している。
ここを避難小屋へ向かえば今日の安眠が約束される。
いま、足を投げ出して横になれるのは大きな魅力だ。
どうする?
この疲れた身体を引きずって帰るかそれとも、いますぐにでも寝袋にくるまって一夜を明かすか。その準備は十分整っているではないか。錫ヶ岳に登頂できたのだから無理して帰ることもない。
心は揺れ動いたが錫ヶ岳登頂はどうしても日帰りでなくてはならないことを、疲れ切った脳に伝え、前白根山へと進むことにした。


五色沼から上がってくる道と合流。
ここから前白根山への登り返しだ。


前白根山頂に向かってザレ場を登っていく。
滑って足に力が入らない。
振り返ると白根山と五色沼が見えるが朝のあの青空とは大きな違いだ。


砂礫帯を好んで生育するコマクサ。
高山植物として人気があるが、環境省の調べによると前白根山のコマクサは本来、ここにある種のものではなく、別の場所から運んできて移植した可能性が高いらしい→詳しいことは環境省の資料で


16:19
ホッとため息。
前白根山頂に戻れた。
ここまで来ればひとまず安心できる。

16:43
天狗平を通過。
疲れているがここで休んでしまったら二度と立てなくなりそうな気がする。なので通過。


外山鞍部から急傾斜をスキー場めがけて下っていく。
早く帰って風呂に入りたい、それだけの意志だけで歩いている。
疲れすぎているのかアルコールのことはまったく頭に浮かばなかったw


18:39
スキー場を抜けて出発点となった駐車場に戻ることができた。
疲労困憊、精根尽き果てながらもなんとか無事に生還したぞ。
日没を覚悟していたが明るいうちに戻れたので上出来だわな。が車の運転、大丈夫か?


GPSのデータを基にフリーソフト「カシミール3D」で描画。
縦軸が標高を表しているが、意外にも知名度の低い白根隠山(本峰)が他に比べて高いのがわかると思う。
なお、お勧めできるのは稜線からの眺めがいい白根隠山あるいは白桧岳までで、そこから先は深い藪歩きとなり、その手の歩きが好きな人以外には勧められない。

錫ヶ岳、日帰り山行におけるルートの考察。

管理人未踏の山として錫ヶ岳のことはこのブログでなんどかとりあげている。
地図で白根山山頂から群馬県との境界線を南南西に辿っていくと白桧岳があり、さらに3キロ先が錫ヶ岳だ。
標高は2388メートルだから白根山よりも男体山よりも女峰山よりも低い。錫ヶ岳への通過点となる白桧岳でさえ錫ヶ岳よりも高い。山頂は樹林帯の中にあるため展望はないらしい。
そして地理院地図にも、一般的なハイカーがよく利用している「山と高原地図」にもルートは描かれていない。要するにアプローチが悪すぎるのと山頂からの展望がないから、一般的には登る価値のない山として見られているのが錫ヶ岳であり、それゆえにあの「山と高原地図」でさえルートとして価値を見いだすことができない、そんな山なのである。

フリーソフト「カシミール3D」で描画した錫ヶ岳他

冬、管理人が主催するスノーシューツアーで奥日光へ向かって走っていると中禅寺湖畔でほんの数秒だけ、他に比べてひときわ白い、白根山が見える場所がある。
そして稜線を左に見ていくとピラミッド型をした実に美しく整った形の山が見える。それが錫ヶ岳である。
走行中に数秒、見えるだけなので注意していないとすぐに視界から消えてしまい、記憶にも残らない。
だがスノーシューツアーで18年も同じ景色を見ていている管理人にはその美しい姿が記憶として焼き付いている。
そしていつしか、白根山からあんなに離れていてルートもないあの山に登ってみたい、そんな大それた考えをいだくようになった。
標高など低くてもいい、展望などなくてもかまわない。そのアプローチの悪さゆえ心惹かれるのだ。

地図を子細に眺めてルートを検討するも、これまでの管理人の登山経験からするとどれをとっても難易度が高そうだ。
考えられるルートは次の通りだ。
1.湯元から前白根山、白桧岳を経由して錫ヶ岳へ
2.菅沼から五色沼に達して上記1のルートに合流して錫ヶ岳へ
3.金精道路から金精峠に達し、金精山、五色山を経て上記1のルートに合流
4.西ノ湖脇から赤岩滝へ向かい、滝の手前からピーク2077に達して錫ヶ岳へ
5.丸沼スキー場を横切って蛍塚山脇から沢伝いに登って錫ヶ岳へ

数少ない錫ヶ岳に関するネット情報を見ても、これといって特に多く利用されているルートはない。みなさん、それぞれ工夫されているようだ。
管理人、今から4年前に上記1のルートで錫ヶ岳手前3キロ地点の白桧岳まで下見に行ったことがあるが、それはもう大変な苦労をした。往復で24キロもあって湯元の駐車場に戻ったとたんに地面に座り込み、しばらく動けない状態だった。ちょうど、左膝の靱帯断裂で手術する前の山行だったから、痛みに耐えながらの苦行だった。
※2012年7月4日の湯元~白桧岳の様子→こちら

ルートにこだわらず錫ヶ岳登頂を目的とするなら、5がもっとも実現の可能性が高い。
昨年の9月、下見で錫ヶ岳手前3キロ地点まで行ってみたが、これは割と楽だった。プラス2時間見れば登頂できるという確信を得て帰ってきたが、長年夢にまで見た未踏の山にそう簡単に登れてしまったら困る。このルートはリピートするときに選択しよう。
※2015年9月の錫ヶ岳下見の様子→こちら

4のルートは厳しい藪こぎがあるらしいから、それだと返って時間をくってしまい日帰りが困難になることも考えておかなくてはならない。これもリピートの対象にとっておこう。

さあ、どうするどうする?
残るのは1~3のルートだ。
念のため推定時間を含めて所要時間を比較してみた(区間時間の単位は分)。
1.湯元からのルート(6時間)
湯元~180~前白根山~90~白桧岳~90~錫ヶ岳

2.菅沼からのルート(5時間40分)
菅沼~145~五色沼~20~避難小屋~15~白錫尾根~70~白桧岳~90~錫ヶ岳

3.金精道路からのルート(5時間45分)
トンネル~35~金精峠~40~金精山~60~五色山~30~前白根山~90~白桧岳~90~錫ヶ岳

1~3の差は20分。長い距離であることを踏まえると20分は誤差の範囲と考えて差し支えないと思う。
う~ん、迷うなぁ(^^)

湯元を起点としたルート図

よしっ、ここは歩き慣れた湯元からのルートに照準を合わせよう。
そして管理人がまだ元気なうちに2と3、それが終わったら4と5、という順番で行こう。

とはいえ管理人、ニュースを賑わす高齢ハイカーに類する年齢となり山に賭ける時間はこの先、それほど長くない。その間に5回も登れるのかね?