女峰山、この厳しくも魅力溢れる日光の名山に14回目の登頂。

2018年5月21日(月) 曇りのち晴れ

キスゲ平(6:20)~小丸山(6:53)~焼石金剛(7:24)~赤薙山(7:53/7:58)~奥社(8:51)~一里ヶ曽根(9:38/9:40)~女峰山(10:54/11:00)~帝釈山(11:35/12:00)~女峰山(12:32)~一里ヶ曽根(13:45)~奥社(14:32/14:45)~赤薙山(15:22)~焼石金剛(15:44)~小丸山(16:07)~キスゲ平(16:30)

歩行距離:16.6キロメートル
所要時間:10時間10分(休憩を含む)
累積標高:1983メートル(最後の画像参照)
※残雪を想定して靴は登山靴を履き、滑り止めとしてチェーンスパイクを持参した(ただし、未使用)。

女峰山に初めて登ったのは2002年。登山が楽しくなってきた頃だった。
その後、散発的に登っていたが、この山を生涯登り続ける山と決めて登るようになったのはつい最近のことで、2015年になってからだ。
それまで無謀な性格、言い換えれば技術的な未熟さが災いしてケガが多く、そのたびに数ヶ月から数年という空白期間があって登ることができなかったが、慎重派に転じた2015年からは毎年、数回登るようになり今回で14回目の登頂になった(他に途中撤退が2回)。

なにがこの山の魅力かといえば日光の山にありがちな上り一方の単調な山容とは違ってアップダウンが楽しめることであろう(それだけ疲れますが)。
しかも傾斜がきつい上に岩場はあるしガレ場はあるしで退屈させてくれない。長く眺めのいい稜線歩きが楽しめるのもこの山の特徴で、しかもそこはシャクナゲなど植物の宝庫である。

間もなく古稀を迎え、この山に登ることができれば日光の他の山は問題なく登れる、そんな体力年齢の尺度となるのが女峰山である。このブログに女峰山の新しい記事が投稿されなくなったら、それは管理人の体力が著しく衰えて女峰山を諦めたときと思っていただいて間違いないであろう。

※女峰山の記事は他にも多数あります。検索窓に「女峰山」と打ち込んでご覧ください。

画像に含まれている可能性があるもの:1人、立ってる、空、山、屋外、自然

女峰山の登山口で登山者によく利用されている霧降は我が家からマイカーで20分と近い。
予定では6時ちょうどに登山開始のつもりだったが、事前準備不足で出発が遅れてこの時間になってしまった。


キスゲ平園地は元スキー場の跡地を公園として整備し、リフト跡に1445段もの階段が敷設されている。この階段の他に登山道があるが階段が完成してからは利用者はなく、現在は藪化してしまっている。


シロヤシオとヤマツツジ


ユキザサの蕾


終わりかけているがトウゴクミツバツツジがまだ観られた。


階段の中間地点、700段目に着いた。
ここまでの13分は休憩なしで上ってこれるのだがこの先はスキー場で言う上級者コースとなり傾斜が急になる。
女峰山は遠い。
下山時の体力を蓄えておくように、できるだけゆっくり歩く必要がある。
管理人であれば700段から上は100段上るたびに休憩し、深呼吸を10回。そうやって体力の消耗を抑えるようにしている。


800段目で休憩。
振り返って景色を眺める。


30分という長い時間をかけて階段のトップに到着。
空身であれば20分台だが10キロのザックを背負い、重たい登山靴を履くと30分はしかたがない。


階段トップからほんの少し上がると標高1601メートルの小丸山に着く。
この地形で「山」と名付けることに不思議な感じはするが昔から小丸山と呼ばれている。
なお、国土地理院地図には小丸山の名称はなく、標高点記号があるのみ。
正面に見える山は赤薙山で標高2010メートル。
女峰山は赤薙山を含めて7つ目のピークに当たる。実に遠い。


赤薙山直下の焼石金剛を通過


赤薙山への急登が始まる。


おっ、アズマシャクナゲだ。
咲いたばかりと見えてとても美しい。


ほどなく山頂。
先着の人と挨拶を交わす。まもなく下山していった。


山頂はコメツガに囲まれて展望が悪い。
唯一、鳥居の奥が開けていてそこから女峰山と男体山が見える。
女峰山はこのところご機嫌ななめで、途中で追い返されたり景色を霧で隠してしまったりしているので今日はそのようなことのないように丁重にお願いした。


赤薙山の次のピーク、奥社跡(2206M)に向かう前に、地理院地図に描かれていないがピークを通過する。これが岩場ときている。


ピークを過ぎるとガレ場。


岩場はまだ続く。


ミネザクラが目立ち始めた。


う~ん、きれいだ!


道は険しさを増して奥社跡へと向かっている。


標高2203メートルの奥社跡(地図に名称なし)に着いた。
歩き始めて2時間20分だからまずまずのペース。


奥社跡から一旦、60メートルほど下って次に66メートル登り返したところが次のピーク2209。なかなか厳しいですぞ。


奥社跡と次の2209との鞍部。
ほんの少しの時間だが身体が休まる。


ピーク2209へ向かって登り返す。
なお、地図に登山道は描かれているが実際には道は鞍部でピークを回避するように西へ向きを変える。


ピーク2209の稜線に乗るとピーク2295(一里ヶ曽根)まで平坦な気持ちのいい道が続く。
その先の厳しい道のりの前に体力回復に務める。


間もなく開花するシャクナゲのつぼみ。


しばしの間、このような快適な道を歩く。


北の方角に会津と新潟の山並みが見えてくる。


平坦な稜線もここ一里ヶ曽根まで。
道はここから厳しくなる。


すでに5キロは歩いているが女峰山はあと2キロとまだ遠い。


一里ヶ曽根から次のピーク2318へ向かうのにこのガレ場を50メートルほど下る。


ガレ場を下ると広い鞍部と出合う。
テントを張れそうな平らな面があるがここは国立公園内なので緊急避難以外は構造物の設置は認められていない。


水場の脇を通過。
帰りに寄って水量を確かめたい。


立ち枯れした木が特徴のピーク2318。
道はここから南に転じる。


女峰山が目視できるようになった。
あと1キロを切っているはずだ。


道はピーク2318からさらに険しくなる。
その前にこの日本庭園を楽しんでおこう。


足場の悪い嫌らしい場所である。


尾瀨の燧ヶ岳


あと500メートルにまで近づいた。
前回はあまりの疲れと残雪でここで引き返した。


同じ位置からズームで見ると山頂に人がいるのがわかる。
山名板もはっきり見える。


ここはロープに頼らず両手両足で上る。


女峰山ひとつ手前のピーク2463に向かう。


ピーク2463。次のピークが女峰山である。


いよいよ最後の上り。


ほんのわずかだが雪の堆積が見られた。


ふ~、やった!


苦節4時間と34分。14回目の登頂を果たした。


今日の女峰山はご機嫌な様子だ。
前回、4月12日は500メートル手前で追い返されたが今日は管理人を歓迎してくれた。遠方の山がよく見える。


さて、今日の目標はあの帝釈山を往復することである。
距離1000メートル弱、推定時間は40分。
女峰山だけでも疲れるがあの山が視界に入るとどうしても抗えない魔力に引かれるのだ。


女峰山と帝釈山のちょうど中間、専女山。
信仰の対象になっているらしく、山頂にお札が置かれている。


ここから山頂まで一気に50メートルの高さを上る。


女峰山から35分。推定が40分だったからほぼ予定通りだ。


ここからの眺めは女峰山よりもいい。
燧ヶ岳がよく見える。
その後の山並みは上越あたりであろう。


太郎山(中央)と小真名子山(左)、遠方に見えるのは白根山。


右から小真名子山、大真名子山、男体山


振り返って女峰山を見る。
両側は切り立ち名前とは裏腹の厳しい面を見せている。


帰りも長丁場なので30分ほど休んで疲れを癒した。


女峰山には男性5名ほどが景色を楽しんでいた。


さあ、これからあの長い稜線をキスゲ平まで戻らなくてはならない。
ウンザリするほど長い。


南会津の山並み


ヒメイチゲ


ピーク2318まで来て女峰山を振り返ってみた。
山頂に人影は見えない。
先ほどのグループは下山を始めたのだろうか。


朝通過した水場に寄ってみた。
雪解けが済んだものの流れは弱い。


水場のすぐ先の鞍部。
バイケイソウの小群落が見られる。


一里ヶ曽根に向かって上る。


開花を待つミネザクラのつぼみ。


しばらくの間、平坦路。


ピーク2209手前から下りに転じて奥社跡へ向かう。


奥社跡に到着。
ここで10分ほど休憩し、この先に備える。


間もなく赤薙山というのに嫌らしいピークが立ちはだかっている。


オオカメノキ


赤薙山はさっと通過


小丸山へのなだらかな稜線を急ぐ。


小丸山


階段トップから700段目を見下ろす。


朝とは違って気持ちにゆとりがあるので花をゆっくり観賞しながら階段を下っていく。


ニッコウキスゲがずいぶん大きくなった。


手前からトウゴクミツバツツジ、ヤマツツジ、シロヤシオ


眼下に日光市内を見る。
12月ならこの時間、日が暮れて街の灯りが見える。もはやその心配はない。


ヤマツツジ


ベニサラサドウダン


歩き始めて10時間。無事に帰ることができた。




天気がいいので栃木県民の森を散策。ここは探索の面白さが味わえる。

2018年5月20日 晴れ

今月1日、矢板市のミツモチ山へ登るのに、下調べで地図を見ていたら登山道と林道が絡み合ってとても複雑な構成になっていることがわかった。
ガイドブックを頼りに栃木県民の森キャンプ場を起点にルートを設定して歩き始めたが帰りはルートを外して地図にない道を歩いていることに気がつき、このエリアの道の複雑さに興味をそそられた。

実は2014年から宇都宮市の古賀志山を歩くようになったのは地図にない、いわゆるバリエーションルートが100以上あることがわかり、それをすべて歩き尽くそうという思いに駆られたからだ。
何処に通じているかわからない、未知なる道を進む。
そういうのってロマン(ささやかだが)があって楽しいと思いませんか?

栃木県民の森の中の道も古賀志山に通じるものがあって楽しいのではないだろうか。
少し探索でもしてみようか。

県民の森の入口部、森林展示館。
日光で言う湯元ビジターセンターのように森に住む動物や野鳥、植物が展示されていて自然がお好きな方であれば1時間は楽しめそうだ。


森林展示館に隣接する駐車場。
ここには10数台しか置けないがこの少し下方に大駐車場が完備されている。


駐車場の隅に「宮川渓谷歩道」なるものがあって、ここを起点に上流部と下流部をそれぞれ散策できる。まずは上流部から。


おぉ、これはいい。
流れは弱いが涼しげである。


風情ある木橋


流れから少し離れて歩くこともできる。


人工物をできるだけ廃した作りがいい。


案内図によるとここで渓谷歩道は終わりとなり、折り返すようになっている。
ただし道はまだ続いているので芝生広場へ向かうことにした。
といってもその場所がどの辺にあるのかさっぱりわからない。


丸太で組んだ階段を上っていくと、、、


道は杉林の中の林道に変わった。


ここで林道は二股に分かれる。
どちらが正解かは案内板がないからわからないが、なんとなく路幅の広い方へ。


トチノキの花ですな。


ミツモチ山へはいろいろなアプローチがあるようだ。
ここは育樹祭跡地へと向かう。


アスファルトの道路と出合ったが林道の方が面白そうなので直進。


鉄扉のある道を見つけたのでロックを外して侵入、いや進入すると道は二手に分かれ、真ん中に木製のテラスが。下に沢が流れていた。


その沢を危険を冒して渡る(^^)


新緑の広葉樹の中を歩く。


どちらへも行ってみたいところだが、とりあえず芝生広場へ向かうことにした。


なるほど、元畑が森に変わっていく過程が見られるというわけか。


きのこの森、昆虫の森を経て芝生広場に着いた。
子どもたちが大勢で遊んでいたりするんだろうか。


広い!
実に広い。そして歩いてみると気持ちがいい。
しかし人っ子ひとりいない。


次に昆虫の森、きのこの森と戻り、途中で体験の森に入り込んだ。


マムシグサ
黒っぽいのを仏炎包といい、その中に実際の花がある。
各地に分布しているが日光のは仏炎包が緑のものが多い。


どこをどう歩いているのかわからなくなったので地図を広げてGPSのデータから現在地を確認した(×印)。歩き始めた森林展示館に戻るには車道の方に向かっていけばいいらしい。


案内板を見つけてひと安心。


ここにも案内板が。
行き先は森林展示館とキャンプ場。
キャンプ場はミツモチ山へ登る起点にした場所だ。頭の中でその位置関係を整理しようとするがなかなかまとまらない。


森林展示館へ向かう途中に「山ノ神」があったので脇道に入ることに。


立派な剣が祀られている。
ご神体だそうだ。
足尾銅山が盛んだった頃、燃料にする木材をこの山から切り出していたことから、足尾銅山ゆかりの人が寄進したそうだ。
以上、案内板からの抜粋。


下方にいくつかの建物が見える。
どこへ来たのだろう?


見回すとたしかにゴヨウツツジ(五葉躑躅)が多い。
でももう終わっていた。


見たことのある車道と出合った。
なんと、管理人のジムニーがあるではないか。
ということは、、、


そこは歩き始めた森林展示館であった。
温室風の建物も見えたがこうしてみるとその存在はわからない。
いつか確かめてみたい。


さて、最後に宮川渓谷の下流部を歩いてみよう。
案内板を見ると三つの滝があるらしい。


始めはこの「創造の滝」


んっ、流れが、、、
滝となる段差はあるのだがね。


「反省の滝」、「五条の滝」も流れがない。
上流部には流れがあったのだが、どこかへ行ってしまった(^^)
伏流したのかも?


五条の滝まで来て戻るのもアレなので車道に上がってぶらぶら帰ることにした。
いや、実は野鳥観察の人が多く、物音を立てたり声を出すのを躊躇ったのだ。


森林展示館脇の広場で昼食とした。
暑くもなく屋外で食べるに相応しい日差しの下、快適なランチタイムだった。


テーブルとベンチがあるのはこんな場所。
陽光注ぐ初夏の気候の中、気持ちのいい散策ができた。

ツツジ満開の釈迦ヶ岳。初めから終わりまでツツジに圧倒される。

2018年5月16日(水) 晴れ

学校平(8:45)~大間々台(9:31)~八海山神社(10:30)~剣ヶ峰分岐(10:51)~釈迦ヶ岳(12:19/12:55)~剣ヶ峰(13:56)~大入道(14:52)~学校平(16:05)
※歩行距離:16.2キロ
※所要時間:7時間30分(写真撮影多数)
※累積標高:1364メートル

5月は天気が目まぐるしく変化するのが常のことだがいい天気の日を選べば雨の心配はまったくなく、一日中、快適に楽しめる。
十年来のお客さんであるWさんとは年に数回、山を歩いているが、歩く日をいつにするかは直前の予報を睨み、晴れがほぼ確実となった日にしている。
Wさんも管理人も雨の日が嫌いではないが、共通の趣味である花の写真を撮るには雨の日は都合が悪い。だいたい、カメラが防水ではないしコントラストが悪いといい写真が撮れない。素人が撮る花の写真は環境に多くの影響をうけるのである(それでなくてもピンぼけが多いのに)。

行き先はWさんからの提案で高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)のうち、主峰の釈迦ヶ岳(1795メートル)に決まった。天候は安定し、雨の心配はまったくない。
高原山は日光市、那須塩原市、塩谷町にまたがり、また登山口は矢板市にあることから、一度の山行で3つの市と1つの町に足跡を残すことができる。
さらには釈迦ヶ岳山頂は日光市と塩谷町との境界線上にあって、日光市に属する山の中ではもっとも東に位置している(と思う)。
だからどうした? というなかれ!
日光市の山と言えば男体山から始まるいわゆる日光連山と白根山が有名だが、連山の東端、赤薙山の北東、直線距離で20キロも離れた日光市の山が釈迦ヶ岳なのである。
もう一度、だからどうした? ということになりそうなので先に結論を画像で示そう。

これでどうだっ!

アカヤシオ シロヤシオ
トウゴクミツバツツジ ヤマツツジ

日光連山およびその周辺でツツジが観賞できる山はたくさんあるが、トンネルを形成するほど多くのツツジが自生している山を管理人は知らない。
とにかく呆れて声も出ないほどツツジが多いのだ。
これが日光連山から20キロ北東に位置しているという、環境差によるものではないかと思う。


釈迦ヶ岳の登山口となる学校平。
車はこの先、より釈迦ヶ岳に近い大間々台まで行くことができるがツツジが見頃の時期は大混雑する。大間々台まで行けば2.5キロの短縮になるが植物を楽しむのならここから歩き始めた方がいい。


駐車場の出入口まで戻って登山開始。


小間々台まではヤマツツジの林の中を歩いて行く。
ヤマツツジはまだ咲き始まったばかりだ。


タチツボスミレ


マムシグサ


小間々台と大間々台の間はレンゲツツジの宝庫として知名度が高い。
画像はまだ固い蕾のレンゲツツジだが今月末には開花すると思う。


トウゴクミツバツツジ


大間々台の駐車場に着いた。ここまで2.5キロ。
レンゲツツジの季節にはまだ早いが満車状態。


大間々台から釈迦ヶ岳へ行くにはこのような緩やかな道を2キロほど歩く。
道は「見晴コース」と「林間コース」の2本あり、2キロ先で合流するからどちらでかまわない。今日は見晴コースを利用した。


シロヤシオを見つけた。
まだ蕾もあるのでこれから標高が上がるとどうなるのだろう?
咲いててくれるといいのだが。


オオカメノキもかなりの数、目に入った。


フデリンドウ


2本の道の合流地点。
ここから山へ入り八海山神社、剣ヶ峰を経て釈迦ヶ岳に行く。
写っている人物がWさん。健脚である。


八海山神社の山門を示す鳥居をくぐると地形はガラッと変わり、山道となる。


なかなかの傾斜


遠方から見るとアカヤシオかと思わせるような色合い。
トウゴクミツバツツジであった。


八海山神社と剣ヶ峰方向を見上げる。
目を凝らすとガレ場に神社の祠が見える。


八海山神社
老朽化した祠は屋根と柱を残すのみ。
あと何年、この形を保てるのだろうか。


剣ヶ峰に到着。
帰りは変化をつけるためここを大入道に向かうことにする。


おぉ、アカヤシオが残っていた。
これでヤマツツジにトウゴクミツバツツジ、シロヤシオと4種のツツジを見ることができた。


剣ヶ峰から先は緩やかなアップダウンを繰り返しながら距離を詰めていくのだが、、、


釈迦ヶ岳に近づくにつれて傾斜は厳しくなり歩く速度はぐっと落ちる。
常に管理人の先を歩くWさん。


ここで鶏頂山から延びている尾根と合流。
釈迦ヶ岳へは左へ行く。


樹林帯を抜け出すと視界がパッと開け、そこが釈迦ヶ岳の山頂だった。
多くの登山者で賑わっている。


まずはお釈迦様にご挨拶を。


山頂からの展望は抜群でほぼ360度、見渡せる。
南に見えるふたつのピークは中岳と西平岳。


下山するタイミングにちょうど山名板が空いたのでパチリと。
今日は気温が上がるとの予報だったため水は2Lのハイドレーションと氷水が入ったポットを持参した。重いザックは老いた身体には堪えるがその分、コッヘルやストーブは自宅に置いてきた。靴は軽いローカットにした。


登ってくるときは気がつかなかったが戻り始めてすぐ、ミネザクラ(タカネザクラ)を見つけた。


ギャップだらけの道が終わって歩きやすくなった。


剣ヶ峰を過ぎて下りになるとWさんの足取りが速くなった。
いつものことだが6キロ/時で飛ばすWさんに管理人はついていけず、差を開けられる。


剣ヶ峰から大入道にかけてはシロヤシオの宝庫だ。
並木やトンネルになるほど数が多い。


木全体が白い綿帽子に見える。


下手な写真で美しさをお伝えできないのが残念。


釈迦ヶ岳をバックにトウゴクミツバツツジとシロヤシオ。


今度はトウゴクミツバツツジだけで撮ってみた。


シロヤシオのトンネル。


緩やかなアップダウンを繰り返しながら大入道(1402メートル)に到着。
三等三角点がある。


カタクリの葉が目立つようになった。
見ごろは4月末あたりだろうか?


ここのヤマツツジはまだ蕾なのでまだしばらくは楽しめそうだ。


ここは岩伝いに渡渉する。
帰宅して国土地理院地図を見るとこの流れは桜沢で、下流の「雷ていノ滝」まで続いている。


涸沢を渡渉
地図には沢記号になっているので大雨の際には流れるのかもしれない。


ギンリョウソウがお辞儀でお出迎え


国土地理院の地図には表記がないがここはキャンプ場の跡地だそうだ。


小間々台のヤマツツジ。


ズミ?
いや、少し違うな。
葉っぱも花もズミそのものだがズミ特有の赤い蕾ではない。蕾も白いのだ。
もう間もなくゴールだというのに課題を抱えてしまった。帰ったら調べなくては。

帰宅して調べたところ、エゾノコリンゴの可能性が大きい。


水はたくさん飲んだつもりだが、昨夜のアルコールと16キロもの歩きで身体は大量の水分を欲している。
いつもなら下山したらすぐ車に乗り込んで帰るところだが余りにも激しい喉の渇きに、ハイドレーションパックに入れた残りの水を飲み干し、それだけでは足らず氷を詰めたポットの中の十分に冷たい水で、ポーションタイプのコーヒーを作って飲む。それでようやく人心地がついた。


今年初の会津駒ヶ岳は大戸沢岳まで残雪の縦走を楽しむ。

2018年5月11日(金) 快晴 気温20度

滝沢登山口(6:55)~水場(8:14)~駒ノ小屋(9:30)~駒ヶ岳(9:51)~大戸沢岳(11:30)~駒ノ小屋(13:25)~水場(14:20)~滝沢登山口(15:33)
※歩行距離:15.4キロ
※所要時間:8時間50分(休憩多数)
※累積標高:1386メートル

残雪と新緑と花が5月の自然界のキーワード。
これをどのような順序で巡るかによって満足度が決まってくる。
管理人がいま、もっとも欲しているのは残雪なんである。
陽光降り注ぐまだ厚く積もった雪の上を歩く、あの独特の感触は、一度味わってしまうと身体に忘れることができない快感をもたらす媚薬といえる。

この時期、日光の山で残雪を楽しめるのは白根山と女峰山だが、欠けているものがある。
それは樹林帯が長くて陽光降り注ぐというわけにはいかないことだ。木々に遮られて景色が見えないのはいただけない。それと、傾斜が厳しい。傾斜が20度もあるとすぐ目の前に見えるのは地面であり、景色を眺めながら歩くという体勢をとることができない。

あぁ、快感を得たい! 癒されたい!
という強度の欲求によって突き動かされ、好展望を得るために今年最初の会津駒ヶ岳を目指した。一昨年の10月から数えて6回目、檜枝岐に行くのはこれで通算9回目。日光の山を歩くよりも密度が濃い。
一点集中主義の管理人としては古賀志山にも那須にもそして、檜枝岐にも住まいを構え毎日、山に登りたいほどだ(^^;)

管理人にはすっかりお馴染みになった会津駒ヶ岳の入口にある階段。
ここが登山口になっていて登山届けはここにあるポストに投函する、、、はずなのだが、あれれっ、ポストがない。撤去されている。理由はどこにも書いていない。
山開き(6月30日)前なのでまだ取り付けていないのかそれとも、別の理由でもあるのだろうか?
まっ、ポケットに入れておけば万一のことがあっても身元はすぐにわかるだろう。


階段を上がるといきなり急登になるのが会津駒ヶ岳の厳しいところ。
ウォーミングアップの余裕を与えてくれない。
しかし、これも少しの辛抱である。


ここは標高1550メートル。
ブナの新緑が美しい。


ムラサキヤシオでしょう、たぶん。


タムシバ。
田虫葉と書くそうです。


現在地を国道からの距離と山頂までの距離で表す木の柱がいくつもあって、おぉ、もうここまで来たか。なに、まだこんな所を歩いているのか、とその日の体調によって感じ方が違ってしまう。


うむ、雪だぞ。
だが残雪ではない。ここ数日のうちに降ったものらしい。
それにしても雪が少なくないか、昨年は12日に来ているから一日しか違わないがもっとあった印象だ。


標高1640メートルの水場まで来てようやく、雪らしい雪になった。


ここでチェーンスパイクを装着しこれからの傾斜に備えることにした。


水場を過ぎると広い尾根になる。
先ほど見たブナの新緑から標高で100メートル上がっただけなのにここのブナは芽吹いたばかりだ。


ネズミかなぁ?


雪が締まって歩きやすい季節ということもあって登山者もそれなりにいて踏跡はしっかりついている。迷うことはあり得ないのだがときどき、地図とGPSに表示される緯度経度で現在地を確認するのが管理人の登山スタイルになっている(赤い×印)。
こうすることで地図上の傾斜(等高線の詰まり具合)が実際にはどれくらいなのかが体得できるようになる。すると今度は実際の地形から現在地がなんとなくわかるようになり、好循環が生まれる。


樹林帯を抜けるとルートの北に会津駒ヶ岳から続く緩やかな稜線が顔を出す。
稜線の端は大戸沢岳、今日の縦走の折り返し点である。


はるか南に白根山が見える。


傾斜は一段と緩くなり、残雪歩きの醍醐味が楽しめる。
尾根は広くとても歩きやすい。
アップダウンばかりで危険が伴う女峰山とは大違い。会津駒ヶ岳は実に安全でいい山だ。


南に群馬県の山並みが見える。
中央に見える左が切れ落ちた特徴的な山は、机上で調べると四郎岳らしい。


尾瀨を象徴する燧ヶ岳。
その先鋭的な姿はどこからでもよく見える。



50メートル間隔で赤いポールが立っている。
実はこれ、ホワイトアウトになったときの目印となっている。
昨年はこのおかげで助かった。
昨年5月12日の同じ場所。
霧で10メートル先が見えなかったがポールを辿っていったら無事に駒ノ小屋にたどり着けた。→昨年の様子


この斜面を登り切ったところが山頂直下の駒ノ小屋。
雪が消えるとここに湿原が出現する、って別にダジャレているわけではありませんが、その美しさは格別なものがある。
画像は昨年8月のもの。ほぼ同じ位置。


駒ノ小屋に到着。ここまでゆっくり歩いてちょうど3時間だった。
2棟の建物のうち右が宿泊棟で左は有料のトイレ。
雪の厚みのせいでここからだと小屋の屋根しか見えないが雪のない時期、木道の両側に広がる湿原の向こうにこの小屋が見える場所まで来ると、その景色の美しさに感動する。


山小屋の前から会津駒ヶ岳を見上げる。
雪があるうちはあの斜面を登って山頂に達するが、夏道は左斜面の樹林帯を行き、途中で山頂に向かって急登するようになっている。
なお、手前の雪原の下には駒ノ大池という実に良い感じの池塘が雪解けを待っている。
そして、ここに至るまでと会津駒ヶ岳、その先の中門岳一帯は湿原で花の宝庫なのである。


視線を右に転じるとこれから向かう大戸沢岳へのなだらかな稜線が目に入ってくる。
実に美しく歩きやすそうな稜線である。


目を左(南)に向けると燧ヶ岳が堂々とした姿で構えている。


駒ノ小屋で眺めを楽しんだのでこれから冬道(雪原)であの山頂へと向かうことにする。


夏道は木道が敷設されているが、木道は段差があったり傾いていたりで歩きにくい。それに濡れていると滑って転倒の危険があるが、直登可能なこの時期は実に楽だ。20分弱で到着。


山頂のコメツガに雪が付着して海老の尻尾が見られた。


ゆっくりしている間もなく今日の折り返し点、大戸沢岳へ向かう。
ここから見ると3つのピークが目に入る。
右はピーク2098、中央が大戸沢岳、左は三ッ岩岳である。
管理人がメンバーになっているフェイスブックで知り得た情報によると、会津駒ヶ岳からあの三ッ岩岳まで縦走できるそうだ。ただし、夏道はなく雪が積もっている期間だけらしい。それに距離が長いため、よほどの健脚でないと無理とのことだ。ピストンすると距離が倍になるため、三ッ岩岳から先は夏道を辿るのが常とう手段になっているらしい。
管理人、今日はとりあえず大戸沢岳を往復してみて、来るべき三ッ岩岳縦走への足がかりとしたい。


コメツガの樹林帯の間を縫うようにして進む。


樹林帯から三ッ岩岳を見上げる。
地図から推定すると大戸沢岳から直線距離で3キロもある。
アップダウンが緩やかなのが幸いで、1時間から2時間と見た。
登山口から会津駒ヶ岳まで3時間半、会津駒ヶ岳から大戸沢岳まで60分として、登山口から三ッ岩岳まで5時間半から6時間半というのが管理人の見積もりである。三ッ岩岳から先は約5キロ。下る一方なので2時間として合計7時間半から8時間半。
日帰りでやってやれないことはない。
しかし、相手は自然のこと、どんな困難が待ち受けているかわかったものではない。
あと1・2回は調査を兼ねた山行が必須だと思う。


なるほど、雪が積もっている間にしか歩けないという理由がはっきりわかった。
この雪が消えるとどうなるか、想像できる。
木々の枝は地面に近いほど長い。笹も茂っていることだろう。雪が消えると歩けないほどの藪と化すのだ。


藪の南を踏跡に沿ってトラバースしながら山頂へ向かったが、実はここは怖い場所だ。
尾根上ではなく右側に谷が見える斜面を歩いているのだ。木々がないから足を滑らせたら谷底まで止まらない。
なぜこんな危険な場所を歩くのかというと、左に見える樹林帯が密であるため歩くことができないのであろう。

昨年の1月、ここから北東2.5キロ地点でBCスキーヤーが斜面を滑落して行方不明になっているという事故を地元のWEBニュースで知った。→福島民友のスクリーンショット
滑落したと思われる地点を地図で確認すると、中ノ沢が流れる辺りで登山道には絶対になり得ないほど厳しい斜面だ。それだけに新雪の上を滑るのは格別の面白さがあるのだろう。
その後の5月、登山口に近い民宿に世話になった際に事故のことを聞いたところ、滝壺で亡くなっているのが発見されたとのことだ。


危険地帯を脱してなだらかな場所に出た。
地図の通り広いピークになっているのでここが大戸沢岳(2089m)であろう。
会津駒ヶ岳から約50分。大きなアップダウンもなく苦労なし(危険はあったが)で来てしまった感じ。
コメツガが茂ってはいるものの広い山頂をぐるっとひとまわりしてみたが、眺めは会津駒ヶ岳に匹敵するほど素晴らしい。山名板は見つからなかった。


ここからも燧ヶ岳がよく見える。


これは日光連山なのかなぁ?


景色を眺めながらゆっくり昼メシを食べ折り返すことにした。
まず目に入ったのが会津駒ヶ岳から中門岳に向かう、こちらもなだらかな稜線である。稜線の脇すべて湿原という、素晴らしい環境を携えている。


そこだけ雪が地面に吸収された一帯があった。
おそらく湿原なのであろう、ワタスゲの花が咲いていた。


雪に埋もれたシャクナゲ。
想像だが、雪が消えるとたくさんのシャクナゲが出現するのであろう。
ちなみにシャクナゲは藪として手強い相手の代表である。


会津駒ヶ岳へと向かう上り斜面。


会津駒ヶ岳の山頂が見えてきた。
傾斜は10度前後と緩い。
が、ここで邪(よこしま)な考えが頭をもたげた。
大したことのない斜面だが山頂まで行かず、ここを左に巻いて駒ノ小屋に向かってみてはどうだろうか、と。
決して時間を短縮したいわけではなく、会津駒ヶ岳の山頂を通らずに駒ノ小屋へ行ってみるのも面白い、ただそれだけの理由である。


50メートルほど歩いただろうか、滑ったときに受けとめてくれる木々はなくなり、谷底が見えるような場所に来た。なんとまぁ、けっこうな急斜面ですこと。万一、滑ったら止まらないこと必至。
樹林帯の最後の木のところでチェーンスパイクをアイゼンに替えて、2・3回キックしてはステップを作るを繰り返しながら慎重に歩いたのはもちろんである。
あ~、怖かった!


危険地帯を通り抜けると尾根は広くなり、駒ノ小屋が見える位置まで来た。
自ら墓穴を掘り、時間がかかってしまった。


小屋前の露出した木製ベンチに腰をかけ、下山の準備に取りかかった。
来たルートをそのまま戻るだけのことなのだが一応、地図で地形の変化を確認しておく。
すると、あぁここは地図のあそこ辺りだなということがわかってくる。


水場まで下ってアイゼンを外した。
気温の上昇で雪解けが進み、登山道を雪解け水が流れている。水は地面とその上の雪のすき間に吸い込まれていき、雪を解かす。それを繰り返しながら次第に地面が露出する。


オオカメノキ


ムラサキヤシオ


ハウチワカエデの若葉。
遠目に見るとまるで紅葉しているかのようで美しい。


終わりに近いトウゴクミツバツツジ


登山口の階段に到着。


駐車場にはまだ6台ほど駐まっているがこの時間に下山する登山者はおそらく管理人が最後であろう。
他は小屋泊まりの人の車である。


オマケの写真

御池湿原のミズバショウ

翌日、栃木県境の帝釈山と田代山に登るつもりで林道を馬坂峠へ向けて走らせていたところ、カーブに雪が堆積していて先へ進めず、馬坂峠のすぐ手前で引き返す結果となった。
う~ん、読みが甘かった!
ではどうしよう?
時間も遅くなってしまったのでどこか軽く歩ける所へ行って時間をつぶそう。
実は今日、12日は村の祭事である檜枝岐歌舞伎が上演されるのだ。
今回の檜枝岐入りは会津駒ヶ岳に登るほかに歌舞伎を観るのも目的だったのである。
15時には下山して温泉でサッパリして、夕食を済ませて18時の入場開始に間に合わせたい。

代替えとして選んだのが尾瀬御池の湿原めぐりである。
尾瀨は尾瀬ヶ原に代表される湿原の宝庫である。
地図で見ると名前のついている湿原が20ほどある。名前のついていない湿原もたくさんある。
これらのうち、もっとも手軽に回れる場所として御池から三条ノ滝へ向かう登山道に点在する湿原を歩いてみようと考えた。


ミズバショウのアップ


田代湿原のワタスゲ


この時期、重装備必須の尾瀨を歩くにはまだ早いのだろう、御池駐車場は週末にもかかわらずガラガラだった。
登山靴やスパッツを地面に広げて乾かす。
昨日、村の売店で買ったロックアイスが溶けないうちにと、持参したポーションタイプのアイスコーヒーを作って2杯、続けて飲んだ。昨日の喉の渇きがまだ続いていたらしい。
10日からのゴミを車内から集めてルーフボックスに移動。温泉に行くのに着替えを用意するなどして1時間が過ぎた。
これから燧ヶ岳に登るのだろうか、山スキーをザックにくくりつけた10名ほどの団体が登山口を探していた。昨年よりも雪が少ないようだがスキーの出番はあるのだろうか?

さて、檜枝岐歌舞伎が始まる前に夕食を済ませておく必要があるのだが、今夜はなにを食べようかな?


檜枝岐歌舞伎が上演される舞台への参道。


その昔、お伊勢参りに行った村人が歌舞伎をみて、これを村で上演できれば村人が喜ぶであろうと始め、270年以上も受け継がれている伝統芸能である。以来、村の娯楽として、年に3回上演される。
演出と演技は村民および村民OBによるものだそうだ。県指定の重要無形民俗文化財になっている。


午後8時半を回って参道を戻る人々。
地元の人はそれぞれ家に、観光客は旅館や民宿へ帰っていく。


栃木県県民の森からツツジ咲くミツモチ山へ

2018年5月1日(火) 晴れ

県民の森キャンプ場(6:50)~第一展望台(7:26)~第二展望台(7:56)~ミツモチ山(8:53)~見晴ピーク(9:10)~休憩地で昼食(9:24)~分岐(9:49)~軽車道出合い(10:41)~トチノキ園(10:51)~キャンプ場(11:08)~キャンプ場内散策
※距離:9.8キロメートル(散策は含まず)
※時間:4時間18分(同)

大型連休まっただなかとはいえ、暦では平日だし、宣伝もしない我がペンションに宿泊客はいない。3日と4日はちょっと忙しくなるのでその前にお務めでもしようと考え、昨年訪れたことがある管理人向きの緩やかな歩きが楽しめるミツモチ山に行くことにした。

昨年は6月になってようやく近場の山にいけるようになり、レンゲツツジの群落で名高い大間々(栃木県矢板市)へ出かけた。しかしそれだけだと観光になってしまうので大間々からもっとも近いミツモチ山に登った次第だ。
ところがだ、、、、登るつもりできたのに実際には下って下ってようやくミツモチ山の山頂に立つという、実に貴重な経験をした。そのときの様子→ちら
だから次は、上りながら山頂に立ってみたい(笑)という思いが今回の山行に結びついたわけだ。

地理院地図を見るとミツモチ山へ登るルートはミツモチ山の南からしか実現しないようだ。
随想社「栃木の山150」の大ざっぱな説明文を参考にルートを組んでみたがこのエリアは登山道(黒い点線)と軽車道(黒い細線/幅3メートル未満の道路)とが入り交じってとても複雑だ。
マーカー(青い線)でなぞってみると登山道だけではミツモチ山へは行けなくて、軽車道も歩くらしい。
軽車道→工事用林道→大小の砂利とわだち→歩きにくい→石につまずく→顔から転倒→顔面血だらけ、という情報が管理人の頭にインプットされているため、できることなら軽車道=林道は歩きたくないのだが。
※縦と横の線は緯度経度線、赤の斜線は磁北線でこれらはカシミール3Dのオプション設定で描いたもの。


スタートは県民の森キャンプ場にした。


駐車場内にミツモチ山へ導く道標があるので車道を進んでいく。


車道脇にミツモチ山の登山口があったので丸太を組んだ階段を登ると、、


林間に入った。
なかなか快適。

登山道に入ったところなのでまずは地形を地図で確認しておこう。
と、いつもなら現在地や次の目標、目的地などを地図と照合しながら歩くのが管理人の登山スタイルなのだがどうしたわけか地図を入れたサコッシュを身につけていないことに気がついた。
今なら車に戻るのも遅くはない、取りに行こう。そうしないとこれから先が不安だ。

数メートル戻ったところで、なんかおかしいなとふと思う。
そうだ、サコッシュは自室のフックにかけてあるのをそのままにして、ザックひとつ持って車に乗り込んだのを思い出した。サコッシュには地図のほかにコンパスや行動食、筆記具をセットにしてある。それらすべてを忘れてきたのだ。

このところ充電していないカメラを持ってきたり、手首に目をやっても時計をしていなかったりドアをロックしないで車から離れたり、眼鏡をかけないまま歩き始めたりと管理人の身に尋常ならざる事態が起こっている。いったい、なにがそうさせているのか、不可解である。
あぁ、もしかするとあれなのかなぁ、原因は。
そのうちザックも持たず、サンダルのまま山を彷徨う姿が現実のものになるのかと思うと、愕然とする管理人なのである。


山を歩くのに地図がなくてはどうしようもない。
そこで今日はスマホの地図アプリ「Geographica」を起動して紙の地図の代わりとした。地理院地図でいう1/25000と1/12500が表示できるので不自由はない。
管理人、この手のアプリは好きで他にYamaNaviやYAMAP、山レコ地図なども使ったことがある。しかし、地図機能の使いやすさはGeographicaが圧倒している。紙地図の代用として十分なのである。
紙地図と異なるのは陽があたる場所だと視認性が悪いことだ。それと紙一枚と異なり、それなりの重さがあるし手から滑り落ちてスマホを壊してしまう心配がある。スマホのスリープから復帰するのにも数秒かかる。
もっとも、それらはGeographicaに限ったことではなく、スマホ用の地図アプリすべてに言えることなのでどのような場面で利用するかで十分な性能を発揮するというものだ。
管理人は紙地図とともにGARMIN社のGPSとHOLUX社のGPSロガーを携行しているが、用途はGPSに表示される緯度経度を紙地図に投影して現在地を知ることにある。そのため紙地図がなくてはお手上げである。その点、Geographicaはスマホの5インチ画面に地理院地図と現在地が表示されるので心強い。
※Geographicaについて詳しく書いたブログがあるのでご覧ください→こちら
※Geographica作者による詳しい説明→こちら


事前の調べではコース上にふたつの展望台があり、見晴らしがいいそうだ。
道はここで分岐するが第一展望台へはどちらの道でも行けることになっている。
だたし直進路は現在、通行できないらしく、左へ迂回する。


ツクバキンモンソウだと思う。古賀志山山域で見るのは葉脈の色が紫なのでそこが異なるが、、、


道はかなり細かくジグザグにつけられている。
その理由はこの傾斜にありそうだ。推定20度くらいあるので直登は厳しい。道は画像の右から来てわずかに上りながら左へ向かっている。数十メートル進むと今度は右に鋭角に曲がって同じように緩やかに上っていく。それを繰り返しながら脚に負担がかからないように山頂へ導いてくれるのである。
ここは栃木県営の園地なので歩きやすい設計にしているのであろう。


歩いているとカタクリが目につく。
道の両側にも斜面にも、とにかく多い。
来年はカタクリが咲く4月半ばに来てみたい。
いや、ちょっと待てよ。カタクリは花が終わると花柄の先に大きな実が成るはずだ。それらしきものは見あたらない。それに葉はずいぶん若い。
ということは花はこれからか? しかし、時期的にいってそんなはずはないよな。近々もう一度、見に来なくてはならないかもね。


鮮やかな新緑と共にヤマツツジの美しい朱色がいい。


標高800メートル付近ではヤマツツジの他にトウゴクミツバツツジが見られた。ほぼ終わりかけているが標高が上がればトウゴクミツバツツジが期待できそうだ。


木製の構造物が現れた。
第一展望台でしょう。


展望台の上に立つとなるほど好展望である。
矢板市や塩谷町が見渡せる。標高は860メートル。


第一展望台のすぐ脇に、第二展望台そしてミツモチ山へ導く道標があり迷うことがない。
ではこれからあの新緑の中へ。


このように道標があちこちにあるのがいい。


あっ、シロヤシオだ。
ここは標高920メートル付近、期待通りである。


アカヤシオは終わっているようだが今日はこのシロヤシオと出会えただけでも幸せだ。


ここまで上がってくるとヤマツツジはまだ蕾。


おぉ、すごい!
盛りのトウゴクミツバツツジにヤマツツジ、その向こうにはシロヤシオ。


トウゴクミツバツツジをアップで。


次はヤマツツジ


圧巻はなんといってもこのシロヤシオ。


きれいだ!
アカヤシオとともにツツジ界の女王と称せられるシロヤシオ様なのである。


振り返ってもう一度、眺める。


第二展望台に到着した。
造りは第一展望台よりもしっかりしている。
ここからはどんな景色が見られるのだろうか?


ありゃ~、老朽化していて上ってはいけないらしい。
見ると20センチはあろうかという支柱が腐っている。そればかりか、あちこち朽ちて痛んでいる。


第二展望台から先は地図にある軽車道になっていて、まずは送電線の下をくぐる。


軽車道はまだ続いているが登山道は軽車道のカーブ部分をショートカットするようについている。


ここもショートカット。
初めはショートカットがいくつあるかを数えていたのだが、あまりの数の多さに諦めた。
ちなみに直進しているのが軽車道=林道で、いくつものカーブを描きながら緩やかに上がっている。登山道は軽車道を歩いたり軽車道をショートカットしながら山頂へと向かっている。
軽車道は当初、心配していたように歩きづらいことはない。快適に歩ける。


スミレの中ではごく一般的なタチツボスミレ。


リンドウ


山頂直下の休憩地に出た。
昨年はたしか、この向こうからやって来たはずだ。
ここまでの間、軽車道をずいぶん歩いたがつまずくほどの砂利道ではなく、車のわだちもなくとても歩きやすかった。


「見晴ピーク100M」と書かれた木の柱がある。
昨年はパスしたので今日は後ほど行ってみたい。


ミツモチ山山頂の展望台。


この上に立ち景色を見ながら10分ほど過ごす。


もやがかかってクリヤとは言えないが好展望。
休憩していると中高年の夫婦と出合い、ご婦人から、八海山にいきたいのだがどうすればいいのかと尋ねられた。
ここから八海山へは釈迦ヶ岳登山の起点となる大間々の近くまで戻って西へ向かうのが一般的なのだが、そうしなくても行けるコースがあるはずだとご婦人は主張する。
う~ん、紙地図の代わりにGeographicaで見てもご婦人主張のコースは見あたらない。もしも地図にあるコース外を歩くとすれば八海山に向かって急峻な沢を遡行しなくてはならないと読める。やはり大間々の近くまで戻ってからでないと八海山へは行けないはずだ。
ご婦人からの主張は二度あったがおそらく思い込みに違いない。管理人はそれ以上、なにも言わなかった。


展望台で休憩の後、先ほどの見晴ピークへ行ってみた。
木の柱があって「ミツモチ山頂」となっているがここの標高は1230メートルなので地図にある山頂、1248メートルとは違う。


ここからの眺めもいい。


休憩地まで戻るとさっきは気がつかなかったがアカヤシオ発見。
この木も終わりかけている。


朝食は5時前だったので腹が減っている。
まだ9時台だが早めの昼食と行こう。


長めの休憩をとった後、下山することにした。
それにしてもまだ10時前だ。
他の山だとこの時間は大汗をかきながらせっせと登っている頃だ。
こんな時間に下山してしまっていいのだろうか(笑)


先ほどのリンドウは花弁が欠けていたのでもう少しまともな写真を撮りたいと思って探したところ、3輪のが見つかった。


ここで下山路が分岐することを上って来るときに確かめてあった。
事前の計画では帰りは異なる道を歩くつもりだったので、ここは右へ進む。


あまり利用されていないのか道は荒れている。
が、苦になるほどではない。
見上げるとブナの新緑の間を日差しが通過している。


トウゴクミツバツツジ


ブナの新緑


アブラツツジ


やがて広大な桧の林に入った。
踏跡はあるのだがコースに指定されるほど明確ではない。
事前の計画だとこの辺りは軽車道を歩くことになっている。どこで間違えたのかはわからない。


ナガバノタチツボスミレ


やがて軽車道に合流。
ここからはトチノキ園→緑の広場を経由してスタート地点のキャンプ場に戻ることになっているので、左へ折れることにする。


ここにもミツモチ山への登山道がある。
往路にとった登山道の西のコースだ。


ミツモチ山入口の反対側はトチノキ園


名前の通り、トチノキが多く生育しているエリアだ。


いやぁ、これだけ同じ種の木が集まると凄いものだ。
ちなみにトチノキは栃木県の県木に指定されている。


道はキャンプ場に向かって南下していくが整備されていてとても歩きやすい。


キャンプ場の前を通る車道と合流。ここも左へ。


往路で使ったミツモチ山登山口の前を通過。
とりあえずこれで今日の行動は終わり。


時間は十分すぎるほどあるのでキャンプ場の中を散策してみた。
画像のコテージの他に高床式常設テントサイト、持ち込みテントサイトもある。
静かな林間にテントを設営して過ごすのもいいなぁと思いきや、爆音が近づいてきた。車が少ないのをいいことに、バイクが猛スピードで走り抜けていった。


帰りに桧の林間に入り込んだがその他は一応、計画通り。
このエリアは那須に行く途中にあるので当然ながら那須よりも移動時間が短い。奥日光・湯元に行くよりは少し時間がかかるがそれを十二分に補うほどの魅力を持つことが、今回の山行で理解できた。ミツモチ山は1248メートルなので決して高いとは言えない。だが山頂へ行くまでの展望がとてもいい。道も整備が行き届いていて歩きやすい。両側から木の枝がせり出しているようなことがないので見通しが良く、開放感たっぷりである。

管理人のように年とって山を厳しいと感じるようになると、今日のように10キロ前後歩けてしかも疲れない山は大歓迎。他にもルートが数本あるようなので、女峰山や古賀志山を登る合間の息抜きとして楽しめそうだ。

奥日光の絶景地、社山で男体山と中禅寺湖を堪能する。

2018年4月20日(金) 晴れ

歌ヶ浜(8:50)~狸窪(9:27)~阿世潟(9:55)~阿世潟峠(10:25)~社山(11:53/12:35)~阿世潟峠(13:40)~半月峠(14:43)~狸窪(15:40)~歌ヶ浜(16:20)

管理人がガイドを務める自然ガイドの中でもっとも需要が多いスノーシューツアーには目もくれず、ひたすら登山のガイドを求めてくる女性がいる。
今から3年前にクリーンハイキングに参加したT.Hさんである。
スノーシューツアーの機会がありながら、冬であればアイゼンで歩きたがるほど、登山に傾倒している。

昨年6月のこと、T.Hさんは管理人との白根山登山を計画しながら直前になって交通事故に遭い、それまで積み上げてきた実績を無に帰すほどの精神的そして身体的なダメージをうけた。
救いはダメージを受けながらも克服しなくてはならないという強い意志と、回復に向けての計画性をT.Hさんが持ち合わせていることだ。ゼロからやり直さなくてはならないというのは大変な苦痛を伴うと思うが、管理人がその手助けとなれるのなら幸いだ。
事故後、管理人とは小田代ケ原(平坦)、赤薙山(2010メートル)を一緒に歩きそして今日の社山(1826メートル)を迎えた。

社山は赤薙山と比べて標高そして登山口との標高差こそ小さいが、距離と累積標高差は2倍強に達する。つまり同じ日に赤薙山を2往復するのと等しいわけだ。
計画的に物事を進める理論派のT.Hさんらしい選択である。

では行ってきます。


金曜日の早い時間にもかかわらず、中禅寺湖の歌ヶ浜駐車場には多くの車が駐まっていた。
解禁になった釣り客の車だろうか?


今日の目的地、社山へは中禅寺湖の東岸を歩いて登山口まで行く。
社山の登山口は狸窪(タヌキ窪と書いてムジナ窪と読む)と、その先の阿世潟のふたつあるが、阿世潟から登る方が距離が短くて往路としては楽。


最初の登山口、狸窪。
ここは通過して次の阿世潟へ向かう。


歩き始めからここまでずっと男体山を見ながら、退屈せずに歩けるのがいいところ。
これから厳しい登りになるためここでひと休み。


中禅寺湖は水深が最大160メートルもある。
水面と湖底とで水温が違うことから水は絶えず対流し、そのため水の透明度が高い。
凍らないのも対流しているからである。


阿世潟に到着。
ここで湖を一周する遊歩道と阿世潟峠への道に分かれるので社山は左(南)へと入る。


中禅寺湖畔から登り始めて阿世潟峠に向かっているが、初めは緩やかだった道は進むにつれて傾斜が厳しくなってくる。


歩き始めて1時間半、阿世潟峠に着いた。
ここを右へ行くと社山、左は半月山に続いている。
今日は気温が高い。
背中にうっすら汗をかいているのでここで上着を脱ぐことにした。

リハビリ中とは言え、T.Hさんは好調のように見える。この分だと管理人の方が先にバテそうだ。


社山へ向かう道。
地図によると社山まで同じような傾斜が続いている。


ここは標高1570メートル付近。
男体山より900メートルも低いにもかかわらず、まるで男体山を見下ろしているかのようだ。
T.Hさんは感受性が強い。この景色に大いに感動している。

それにしても男体山もデカイが中禅寺湖もデカイ。
中禅寺湖は一周する遊歩道があってその距離なんと25キロもある。


右前方には白根山


部分的に笹がせり出して道をふさいでいるところがある。


今まで疎林だったのがコメツガの密生地となった。まもなく山頂である。


歩き始めてちょうど3時間でT.Hさん念願の社山に立つ。
交通事故による後遺症からの回復を目指し、昨年10月に小田代ケ原、先月は残雪の赤薙山と難易度を上げ、そして今日は社山だ。疲れを残さず下山できれば元の身体に戻ったといっていい。
次は男体山、その次は白根山を視野に入れているというT.Hさんだが、ここまで歩ければなにも心配することはないでしょう。


社山は南面の展望が開けていて足尾の山並みがよく見える。


三等三角点
時間をかけて昼食を食べ、これから下山。


阿世潟峠
朝は案内板の左から上がってきた。
帰りは変化をもたせるために阿世潟へは下りず、直進して半月峠へ向かう。

往きものんびりだが帰りものんびりだ。
なにしろ雄大な男体山と中禅寺湖が嫌でも視野に入ってくる。
なんども立ち止まっては嘆息し、写真を撮り、山の雑談をするものだから当然ながら時間がかかる。それが管理人がガイドを務めるツアーというものなのである。


尾根を登り返す。
半月峠まで標高250メートルを一気に上らなくてはならない。


振り返ると社山が視界に入る。
いい形の山だ。
あの尾根を歩いてここまで来た。


上りはまだ続く。
根を上げたくなるような斜面である。


半月峠に到着。
ここを下ると狸窪、直進すると半月山に行く。
半月山から茶ノ木平を経由して歌ヶ浜へ下りる道もあるが、あまりにも距離が長くなるので社山とセットで歩くのは避けたい。


日陰はまだ少し雪が残っている。


狸窪まで下って湖畔の道と合流。


T.Hさんは慎重ながらも管理人と差がなく下りてきた。


出発地の歌ヶ浜に戻ってきた。
男体山は相変わらず悠然と構えていた。


往きと帰りで変化をつけるため図のルートにしてみた。
往路の狸窪→阿世潟に相当するのが帰路の阿世潟峠→半月峠だが、この間、距離1.5キロにもかかわらず標高差は実に250メートルもある。疲れた身体にはつらい区間だ。


阿世潟から社山まで標高差550メートルの一方的な上りが続く。
救いは男体山と中禅寺湖が視界に入ること。
これがもしも霧や雨だとすればこのルートの面白みは半減どころか皆無と言っていい。

古賀志山で見る花たち・三角山~二枚岩ルート(2018年4月19日)

古賀志山は岩場が多くて危険というイメージがある一方で、春から夏は麓から山頂までいろんな花が咲く、花の宝庫でもある。それは古賀志山に咲く花だけを紹介する書籍があることでもわかる。

2015-09-13 20.32.06本の著者は宇都宮市に住むご夫婦で、95年から古賀志山を歩き始めたとプロフィールにあるから、古賀志山4年生の管理人とは年期が違う。古賀志山を隅から隅まで歩き、どこにどんな花が咲いているかを知り尽くしているのであろう。
発行元は地元の日刊紙を発行する下野新聞社で、239種が写真付きで紹介されていて定価は1000円+税。

但し、この本は図鑑とは違うから花の特徴には一切、触れていない。
花を見つけたらこの本でおおよその見当をつけ、帰宅して図鑑やネットでさらに詳しく調べるという使い方が合っている。
それと、紹介されている花が古賀志山のどのへんで咲いているのかが書かれていない。古賀志山山域はそれほど広くはないが、それでも4.5キロ四方あるから咲いている場所が書かれていないというのは探すのにそれなりの努力を必要とする。
場所が書かれていない理由として推測だがいくつか挙げてみた。
1.古賀志山山域ならどこででも見られる。
2.場所は自分で探しなさい。その方が楽しいでしょという出版社の編集方針。
3.古賀志山は100以上の地図にないルートがあるので場所など説明できない。
4.場所を特定すると多くの人が訪れて踏み荒らされたり盗掘される。

花を愛するハイカーの気持ちとしては上記4の理由が妥当だろう。もっともだと思う。
それだけに、この本に紹介されている花を見たいという人はバリエーションルートやときには藪こぎをしてまで、古賀志山をあてどなく歩き回るという積極的な姿勢が求められる(笑)。いや、笑い事ではないな。それは岩をよじ登ったり崖っぷちを歩いたりするので危険だもの。
管理人の経験では古賀志山で出会う地元の人に丁重に尋ねることで教えてもらえることが少なくなかった。

※4月5日(木)の花のようす→こちら

参考
古賀志山の花の情報についてはブログに詳しく書いてありますので参考にしてください。
検索窓に「古賀志山」と打ち込めば出てきます。
花の情報は4月がもっとも多いです。


2018年4月19日(木)

古賀志山は2014年10月から登り始めて今日で60回目となった。
山頂に立った数はそれよりも少ないから広義には古賀志山山域を歩くのが今日で60回目となる。
古賀志山山域には地理院地図に描かれている正規のルートの他に100本以上のいわゆるバリエーションルートがあり、それをすべて歩き尽くすという目標を立てて取り組んだが、100本の中には古賀志山山頂をかすりもしないルートがある。それが必ずしも山頂に立つことがないという理由である。
ところが、それらバリエーションルートがじつに面白い。
花の宝庫であったり滑落の危険がある岩場であったり昔からの信仰の対象が残っていたりと、退屈させない。それらを発見する面白さにつられて60回に結びついているわけだ。
今日の目的はこの時期、古賀志山山域に咲くいろんな花を探し歩くことなのである。


前回5日と同じく、森林公園駐車場からもっとも近い登山口を利用して長倉山へ行くルートを選んだ。
ここはシュンランとスミレが多く、管理人のお気に入りのルートなのである。
ちなみに今日も古賀志山山頂に立つ予定はない。


前回5日から2週間ぶりだったが花もずいぶん変わり、今はこのチゴユリの盛りであった。


ヤマツツジ


ナガバノタチツボスミレ? タチツボスミレ?
特定に迷うところ。


ツボスミレだと思うが自信がない。


ツクバキンモンソウ
筑波山で初めに確認されたところから名がついたそうだ。
筑波金紋草という和名。


ヤブレガサ
葉が集合した部分から花柄が伸びて先端に地味な花をつける。


ミズナラの未生


50分という長い時間をかけて長倉山に到着。
ここも地理院地図には描かれていないが356メートルのピークである。
道(バリエーションルート)はここで鞍掛山(北)とP431(北西)とに分かれる。
鞍掛山は前回歩いているので今日はP431へと向かうことにした。


明るい広葉樹林を緩やかに下っていく。


ツボスミレ


ここでアスファルト道路(林道)と出合うので横断して再び林へと入る。


チゴユリ
今日はチゴユリのオンパレードである。至る所で目にした。


ルートから少し外れたところに石碑が建っている。信仰の対象物に違いない。
石の前面と背面になにやら文字が刻まれているのだが風化して読めなくなっている。


石碑のすぐ近くに見ごろを迎えたトウゴクミツバツツジが。


ツクバキンモンソウ


尾根の北に面した斜面は伐採されていて眺めがいい。
地図とコンパスで山座同定の練習。
中央に見えるのが鞍掛山。あの稜線は明るくてとても気持ちよく歩ける。


伐採されて明るい尾根道。
花はヤマツツジ。


ほう! まだシュンランが残っている。


北西に日光連山の全貌が見えた。
一昨日の雨は奥日光では雪だったらしく、白さが増したようみ見える。


尾根の下を覗くと思いがけず、ヒカゲツツジを見つけた。
これで管理人が見つけたヒカゲツツジは4箇所になった。


これはヒメイワカガミ。
ピンクの花を咲かすイワカガミは日光全域でよく見るが、ヒメイワカガミは日光にはない。反対に古賀志山(正しくは山域)にはイワカガミはなく、すべてヒメイワカガミである。


予定のルートから分かれて久しぶりに三角山へ。
国土地理院地図にはこの山の名称も標高も描かれていないが地元の人が付けたと思われる山名板がある。ここで昼ご飯を食べる人が多いことから「おむすび山」とも呼ばれているらしい。
眺めがよく、静かでいい山頂である。
なお、地理院地図の等高線を読むと470メートル。493メートルはないようだ。


三角山から一気に100メートル下って林道へ出て、次に二枚岩へと向かうことにする。


二枚岩への入口を探して林道を南下。
ここでも目を左へ右へとやりながら花を探したがめぼしいものはなかった。


二枚岩の入口にはNPO法人「古賀志山を守ろう会」の手による立派な道標が立っていた。


クサボケ


鉄塔や送電線の巡視路でよく見る階段があるが、地図にはそれらの記号は見つからない。
二枚岩へのルートとしてあえて敷設したのだろうか。


見上げると大きな岩が立ちはだかっている。
これが二枚岩。


ここにも「古賀志山を守ろう会」による案内板が。
設置日を見ると17年9月になっていた。


これが二枚岩の由来。
ふたつの大きな板状の岩が向かい合っている。
よく見ると向かい合った岩と岩は断面がピタリと一致することから、もともとはひとつの岩だったものがなんらかの要因で割れたのではないかと推察できる。自然界の妙というべきであろうか。


二枚岩をあとに次はピーク559へと向かう。
5日に歩いたときのピーク559はアカヤシオとヒカゲツツジが見事だった。
画像はその途中に小群落を作るカタクリ。花はとっくに終わっている。


ヤマブキ


ピーク559直下の岩をよじ登ると、、、


ここにもヒメイワカガミの小群落があった。


おぉ、なんと、ヒカゲツツジがまだ咲いているではないか。
一緒に咲いていたアカヤシオはすでに終わっているがヒカゲツツジは健在であった。なんという生命力だ。


アングルを変えてもう一枚。
いいですな~、この楚々とした色、形。


ピーク559。
地元の人が造った丸太のベンチがあり、眺めがいいことからここで昼ご飯を食べる人も多い。


ピーク559で今日3回目の食事を終え、下山することにした。
ここからだと一旦、古賀志山に出て4つのルートのどれかで下山する方法と中尾根ルートで下山する方法がある。
今日は中尾根ルートを歩いてみよう。


ヒメイワカガミの小群落を見つけた。


ここで中尾根と交わる。
古い道標にしたがって東へ進む。
画像下(南)へ進むと古賀志山へ行く。


ツボスミレ


中尾根を標高470メートルまで下りた鞍部で直進路と南へ下る道が分岐する。
直進すると中尾根の核心部である岩場の連続である。岩場は上りよりも下りが難しい。
今日は明日のツアーに備えて心身ともに余裕をもって下山しなくてはならないと考え、岩場を回避するルートを選んだ。


ツクバキンモウソウ


古賀志山でもっとも利用者が多い北登山道(地理院地図に記載)と合流。
水場を経て登山口の芝山橋へと向かう。


タチツボスミレは花の色が白に近い紫から濃い紫まで個体差大きく、他のスミレと見間違うことがあるが、葉っぱがハート型していることで見分けがつく。


エイザンスミレ
古賀志山山域でところどころに分布するが日光では見たことがない。
スミレはハート型の葉をしたものが多いがエイザンスミレは葉が大きく切れ込んでいるという特徴をもつ。


水場を通過


チゴユリ(水場の近くで)
チゴユリにしては大柄だしナルコユリにしては蕾がひとつと少ないので悩んだが、周りの環境からチゴユリとした。


咲き始めのチゴユリ


小群落を作っているニリンソウ(水場の近くで)


ニリンソウ
1本の茎から長い花柄を出し二輪の花を咲かすのが特徴。
しかし、面白いのは二輪同時に咲くのではなく、先に一輪だけ咲いてあとからもうひとつの花が咲くこと。


クサボケ


北登山道はここで終わる。
以前ならこの先の赤川に架かる橋が登山口だったが2015年の豪雨によって橋が流されて以来、登山口として使えなくなってしまった。
その後、工事によってここに道が敷かれたのだが登山口としてどのような形で完成するのか、現時点ではわからない。


ここに木の橋が架かっていたが流出してしまって使えない。


宇都宮市森林公園内にある赤川ダム。農業用の水を蓄えるダムで一周できる。
散歩やジョギング、自転車を楽しむ地元の人が多い。


八重桜を通して古賀志山を見上げる。


今年初登の女峰山は積雪多く目前で撤退。次回は5月に。

2018年4月12日(木)

我が母なる山、女峰山は、ときに優しく管理人を迎えてくれ、ときに厳しく管理人を拒絶する、日光では希有な山である。
歳を重ねて体力が衰え、もはやこの山に登る資格など失せたかも知れない管理人がこの山に惹かれるのは、その厳しさなのである。
距離往復16キロ、高低差1140メートル、累積標高1800メートルというのは日光の他の山を圧倒する。女峰山の片道が他の山の往復に相当するわけだ。

この山にあと何年、何回登れるかわからないが、この山に登れるのであれば他の山は問題なく登れるであろう。いわば管理人の体力を測定するには絶好の山なのである。
体調が悪くても登れる山は数多くあるが、女峰山はよほど好調なときでないと困難である。そのとき、女峰山ははっきりと管理人を拒絶する。管理人に万一のことが起こらないようにとの慈悲であろう。

極端に雪が少なかった一昨年は4月6日に登っている。
昨年は5月8日だった。昨年も雪の少ない年であった。
そして今年、雪は少なくはない。例年通り雪深いとまではいかないまでもそこそこの量は降った。
したがって昨年、一昨年より状況は厳しいはずだ。
他の山はどうであれ毎年、女峰山は欠かさない。いずれ登らなくてはならないのなら時期は早いほうがいい。これまで見たこともない顔を拝むためにも。

2017年5月8日の様子→こちら
2016年4月6日の様子→こちら

いい青空が広がっている。
先月7日に今シーズン最後のスノーシューツアーを終え、ここを訪れるのはほぼひと月ぶりだが、すっかり春の様相に変わっている。
目を凝らすとまだ数センチだがニッコウキスゲやカタクリの若芽があちこちに見える。


天空回廊から振り返ると春霞の向こうに高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)が薄ぼんやり見える。まるで墨絵のよう。
歩き始めてわずか10分でこのような素晴らしい景色と出会えるのが霧降高原ルートのいいところ。奥日光の山だとこうはいかない。


階段の700段目。
天空回廊はここから傾斜が厳しくなる。
ここから先は100段ごとにインターバルを入れて今日の長丁場に備えなくてはならない。
向こうに見える山はスノーシューツアーでよく利用する丸山(1689メートル)。ツツジの宝庫でもある。


標高1582メートルの天空回廊の最上段に着いた。
所要時間35分。


小丸山に着いたときはこれから向かう先は霧で真っ白。
天気予報によれば今日はほぼ晴れとなっていたが山岳の天気はこれで普通というもの。


ここでチェーンスパイクを装着。
間もなく雪が現れるだろうしそれまで泥濘を歩かなくてはならない。


天気が良ければ正面に赤薙山が見えるはずなのだが、、、


焼石金剛
所要時間は1時間20分。


これから赤薙山直下のヤセ尾根を通過。
雪が溶けた今はただの尾根だが雪が厚く積もると雪庇ができて怖い尾根に変身する。


陽が差さない樹林帯には雪がたっぷり。


2時間弱で山頂に着いた。
一応、計画していた時間である。


鳥居の奥に女峰山と男体山がよく見える場所がある。


男体山


女峰山は赤薙山からピークで5つ目である。えらく長い。
まずはピーク2203の奥社跡を目指すがその前に立ちはだかるのがこのピーク2070である。尾根は極端に細くまた、岩が多い。


ピーク2070で奥社跡が見えてくる。
ここからの標高差130メートル。かなり厳しい。


ガレた場所にトラロープがかかっているがよく見ると切断されている。
この先(画像手前側)あと3メートルほどの長さがあって立木に縛ってある。そのちょうど、中間部分が切断しているのだが、切断は2箇所にわたっていて20センチほどの破片が落ちている。
トラロープはまだ新しく雪の重みで切断したとは思えないほどの見事な切り口である。なにがあったのだろう?
これ以上は邪推になるのでやめておこう。


部分的にこのような歩きやすい平坦路がある。


赤薙神社奥社跡に到着。
雪が積もった不安定な足場だったためかここまで3時間15分かかった。昨年5月はここへ来るまで雪がなかったので2時間50分。途中の休憩時間もほぼ同じなので25分も余計にかかったわけだ。


昨年5月の様子。
雪の量がまったく違う。


7月に咲くシャクナゲ。
今からたっぷりと栄養を蓄えきれいな花を咲かせてほしい。


奥社跡の次はピーク2209へ向かう。
登山道が細いため雪が積もると夏道の見当がつかず、辿るのが大変。


木々の間から見えるピーク2209。
ただし、夏道はピークへではなくやや西へ向かっていて尾根と交わる。


方向はほぼ北だが赤布や赤黄のプレートにしたがって歩けば問題ない。


ピーク2209の尾根に乗る。無雪期であればこれから一里ヶ曽根まで快適な稜線歩きとなる。


ヤハズを通過。


無雪期であれば快適な稜線歩きが楽しめるのだが、この時期は雪の不規則な堆積によって身体が安定しない。


夏道は幅1メートルくらいと狭く、両側からシャクナゲがせり出している。
雪が積もるとシャクナゲは重みで寝て雪に埋もれる。それを知らずに歩くとどうしても犠牲になってしまう。申し訳ない。


あの真っ白な山並みは新潟の山でしょう。
その手前は栃木県と群馬県の県境にある山でしょう、きっと。


ピーク2295の一里ヶ曽根。
今日のように雪が多い状況でここまで来れたのは上出来と言える。
ここで女峰山までの時間計算をした。
これまでの経験だと無雪期で1時間半、少雪で2時間だから今日の雪だとあと2時間半から3時間かかるはずだ。
山頂へは13時半から14時ころの到着になりそうだ。したがって、下山は日没になる。
夜道を歩くのは差し支えないが、ここから山頂を往復すれば2時間半から3時間プラスされる。身体が保つかどうかが最大の問題だ。
昨年から10キロくらいの距離で疲れを感じるようになってきた。足が重く、下山すると緊張から解放され疲れがどっと出る。認めたくはないのだが加齢の影響もあるのであろう。
それを考えると今日のコンディションで是が非でも女峰山の山頂に立つ必然性はない。雪が減ってもっと歩きやすくなってからでもいいではないか。そう自分に言い聞かせ、ある時間になったらその場で引き返そうと決めた。
その時刻は12時半だ。


10分ほどの休憩をとったのち、次のピーク2318へと向かった。
雪の堆積したガレ場を50メートルほど下り、次に急斜面を70メートル上らなくてはならない。


ピーク2318との鞍部に水場がある。
無雪期ならきれいな沢水が流れていて喉を潤すことができる。
しかしこの雪だと沢は埋もれていて水は確保できそうにない。


道はピーク2318で南へ転じ、正面に女峰山への美しい稜線が広がる。
ここから見る女峰山は右端の小さなピークで目を凝らすと山名板が見える(画像はズーム)。


同じ場所から思いきりズームで撮ると山名板が見える。
しかしまだ遠い。


地図にある崖記号のすぐ脇。
歩きにくい嫌らしい部分である。


おぉ、燧ヶ岳だ!
ものすごい雪の量。
昨年6月末に苦労して登ったがその記憶がよみがえる。
今年はいつになったら登れるのだろう。


時計は12時半を回った。
女峰山まで残すところ500メートルとわずかである。肉眼でも山頂がはっきり見える。
あと30~40分も歩けば山頂に立てる。往復1時間強の仕事だ。
力を振り絞って山頂までいけないことはない。
しかし今日は状況がこれまでとかなり違っている。
すでに疲れているだ。
山頂を踏んで再びここまで戻ってくるころには体力を使い果たしてしまうだろう。
帰りの行程も易しくはない。体力の蓄えがなくては下山できなくなる。
悪条件の中、ここまで来ることができただけで十分満足すべきだ。ここで引き返そう。


幅30センチしかない怖い部分。左は切れ落ちている。
この先、急なガレ場を下らなくてはならない。


歩きやすい稜線に乗った。


気温の上昇で雪が緩んだのか、踏み抜く頻度が多くなってきた。
バランスを崩してから体制を整えるのにかなり体力を使う。


ピーク2318からの下りはこれで終わり間もなく水場のある鞍部に着くはず。


水場を指す標識
この時期の水場がどうなっているか、読者にご覧いただくために覗いてみることにしよう。


ここに細い沢が流れていて水を補給できるがこの時期はご覧の通りだ。
雪がなくなって沢が露出するには5月いっぱいかかるであろう。
もう少し下り地面が露出した場所で10分ほど休憩し菓子パンをかじる。


ガレ場を上って一里ヶ曽根。


雪が地面に吸収されて1メートルほどの空洞になっている。
ここで見ると積雪はまだ1メートルくらいある。


ピーク2209の手前、木々の間から奥社跡が見える。


一里ヶ曽根からピーク2209へかけての稜線にはシャクナゲが多く、開花する7月はまるで日本庭園の中を歩いているかのよう。


「ヤハズ」のナナカマド。


日光市栗山の黒部ダムと青柳大橋。
今日の行程が厳しかっただけに下界を俯瞰すると気持ちが和む。


ピーク2209と奥社跡への鞍部を通過。


鞍部から50メートル登り返して奥社跡に到着。
疲れが激しい。ここで10分ほど休憩をとった。
粉末のスープをお湯で溶かして飲み行動食を食べたが疲労の回復には至らない。
この先、赤薙山までギャップをなんどもクリアしなくてはならないため、不安定なアイゼンは外してチェーンスパイクに履き替えた。


目の前にピーク2070。
管理人、これをニセ赤薙山と称している。
女峰山からの帰り、重い足を引きずるようにして赤薙山まで来ればもう安心なのだが、その前に出現するのがこの山である。
早く赤薙山にたどり着きたいと気が急いているいるところへ出現するため、赤薙山はまだ先かと気落ちするのだ。これが赤薙山であったならどれほど楽かと思う。


赤薙山を通過。


ヤセ尾根に向けての笹原を下っていく。


ヤセ尾根から小丸山までの稜線を俯瞰する。


う~ん、いい眺め。疲れが吹き飛ぶ、、、ということはない。


焼石金剛は休まず通過。


ガレ場は浮き石に気をつけながら歩く。


やっとの思いで小丸山まで下ってきた。
この先は階段なのでここでチェーンスパイクを外す。


ここから標高差230メートルを一気に下らなくてはならない。
足がもつれて階段を転げ落ちるなどということがないよう慎重に。手摺りをしっかり握ることも忘れなかった。


カタクリの若芽だ。


これはニッコウキスゲの若芽。


歩き始めて11時間強かかって下山。
張り詰めていた緊張が解け、ここから50メートル先の車までふらつきながら歩いて行った。


古賀志山で見る花たち・鞍掛山ルート(2018年4月5日)

古賀志山は岩場が多くて危険というイメージがある一方で、春から夏は麓から山頂までいろんな花が咲く、花の宝庫でもある。それは古賀志山に咲く花だけを紹介する書籍があることでもわかる。

2015-09-13 20.32.06本の著者は宇都宮市に住むご夫婦で、95年から古賀志山を歩き始めたとプロフィールにあるから、古賀志山4年生の管理人とは年期が違う。古賀志山を隅から隅まで歩き、どこにどんな花が咲いているかを知り尽くしているのであろう。
発行元は地元の日刊紙を発行する下野新聞社で、239種が写真付きで紹介されていて定価は1000円+税。

但し、この本は図鑑とは違うから花の特徴には一切、触れていない。
花を見つけたらこの本でおおよその見当をつけ、帰宅したら図鑑やネットでさらに詳しく調べるという使い方が合っている。
それと、紹介されている花が古賀志山のどのへんで咲いているのかが書かれていない。古賀志山山域はそれほど広くはないが、それでも4.5キロ四方あるから咲いている場所が書かれていないというのは探すのにそれなりの努力を必要とする。
場所が書かれていない理由として推測だがいくつか挙げてみた。
1.古賀志山山域ならどこででも見られる。
2.場所は自分で探しなさい。その方が楽しいでしょという出版社の編集方針。
3.古賀志山は100以上の地図にないルートがあるので場所など説明できない。
4.場所を特定すると多くの人が訪れて踏み荒らされたり盗掘される。

花を愛するハイカーの気持ちとしては上記4の理由が妥当だろう。もっともだと思う。
それだけに、この本に紹介されている花を見たいという人はバリエーションルートやときには藪こぎをしてまで、古賀志山をあてどなく歩き回るという積極的な姿勢が求められる(笑)。いや、笑い事ではないな。それは岩をよじ登ったり崖っぷちを歩いたりするので危険だもの。
管理人の経験では古賀志山で出会う地元の人に丁重に尋ねることで教えてもらえることが少なくなかった。

参考
古賀志山の花の情報についてはブログに詳しく書いてありますので参考にしてください。
検索窓に「古賀志山」と打ち込めば出てきます。
花の情報は4月がもっとも多いです。


2018年4月5日(木)

土日は8時前に満車になるほど利用者の多い宇都宮市森林公園の駐車場。平日は十分な空きスペースがあった。
ただし、ここは時間外は閉門するため、その日に歩くルートによって時間に制約されない隣の駐車場を利用した方がいい。
今日は15時くらいに戻る予定なのでここを利用した。


駐車場を出てすぐ右にアスファルトの林道が奥へ延びている。
この林道を入って10メートル先の右斜面を上る道が鞍掛山へのルート。


すぐ見つかったのはタチツボスミレ。
古賀志山のみならず県内の山ならどこででも見られる一般的なスミレである。


緩やかな歩きやすい道を進んでいくと、、、


すぐにシュンランのお出ましである。
このルートはシュンランが多い。


スミレサイシン
スミレは種類が多いし同じ種類でも個体差があって管理人のような素人には特定が難しい。
これは葉っぱが細長く、先端が尖っているという特徴からスミレサイシンと特定したが、もしかするとナガバノタチツボスミレかもわからない。


右へ左へと目をやりながら咲いている花を見逃さないように注意深く歩いて行く。
だから歩速は時速1キロ程度。犬の散歩のときよりも遅い。


咲いているシュンランすべて写真に撮ったものの、ほとんどがピンぼけ。
下からのアングルだとAFといえども焦点が合わないのだよ。


これもスミレサイシン


やがて長倉山に到着。
地図に長倉山の名称はなく、地元の人がつけた名前である。標高は360メートル。
道はここから北へ向かって下りになる。


トウゴクミツバツツジ


常緑低木のミヤマシキミ


キクザキイチゲ
長倉山を下りきると林道と交わりそこに沢が流れている。
沢の降り口で見つけた。


林道を横切ると道は再び山へと入る。
この両側はスミレの宝庫だがまだ1株もない。


咲き始まったばかりのスミレ。
う~ん、なんでしょうね、これは?
ツボスミレかなぁ?、、、


鞍掛山への上りで見つけたヤマツツジ。
まだ固い蕾の中で咲いていたのはこの場所だけだった。


これは間違いなくツボスミレ


トウゴクミツバツツジ


鞍掛山手前の大岩に到着。
ここは古賀志山や宇都宮市街の展望がいい。


古賀志山


ズミ
まさか古賀志山にズミとは、3年前に初めて見たときは目を疑ったが間違いなくズミであった。
日光に住んでいる者の感覚として、ズミは小田代ケ原や戦場ヶ原といった湿気を多く含む土壌を好んで成育すると思い込んでいるだけに、乾燥した岩場にあることが信じられなかった。

ここで地元の人と出会ったので20分ほど立ち話をする。
花の情報や管理人がまだ歩いたことのないルートなどを教えてくれた。


大岩から平坦路を数分歩くと三等三角点のある492メートルの鞍掛山に着く。
山頂手前まで視界が開けているが先は檜林。


鞍掛山から先の薄暗い檜林を脱けると北面の眺めのいい尾根歩きとなってこの辺からヤシオツツジ(画像はアカヤシオ)が多くなる。


地図には表記されていないが北面の眺めがいい小さいピークに乗る。
標高は480メートルで地元の人によって「シゲト山」という名前が付けられている。


根元から枝分かれした巨大なリョウブ。
鞍掛山ルートを歩く際の格好の目印となる。
ここを右へ行く尾根もあるが盗人山へ行く以外、他に行き先のない尾根である。


シゲト山から先、ルートは西南西、南西、南へと向きを変えやがて猪倉峠に出る。


猪倉峠からピーク431へ向かう途中のヤシオツツジ


これはヒメイワカガミ。
古賀志山一帯に多いがとっくに終わっていた
あとでわかったがこの時点で終わっていたというのは見間違いで、枯れた花弁のように見えたのは他の植物だったようだ。2週後に訪れたときは満開、盛りだった。


鞍掛山ルートと馬蹄形ルートとの分岐点、手岡峠(※)まで来た。
直進するとピーク559、伐採地を経て古賀志山へと至る。
馬蹄形ルートを歩く場合は鞍掛山ルートで来たらここを右斜めに入る。
なお、ここからピーク559、伐採地を経て古賀志山へ至るルートは鞍掛山ルートと馬蹄形ルート共通である。


手岡峠とはここが日光市手岡(ちょうか)であることから、識別するために管理人がつけた名前である。地図に道は描かれていないし名前も当然ながらない。
一般に、目印となる場所を覚えておくには、そこになんらかの記号(識別名)がないと不便である。もしも記号をつけないとどうなるか?
檜林の中の道で真ん中に大きな岩があって倒木もある見通しは良くない場所で直進すると古賀志山へ行く。そこを右斜めに下る道が馬蹄形ルートの入口。
とあるのを手岡峠を右斜めに下ると馬蹄形ルートに入る、と覚えておけば後々、楽というもの。


ピーク559への尾根。


その先で見つけたエイザンスミレ


巨大な岩が立ちはだかるがここは岩の基部を巻くことができる。


通称559と呼ばれている地図にあるピーク559。
地元の愛好家が設けた丸太のベンチがある。古賀志山に賑わいとは異なりいつ来ても静かだ。
ここでのお目当てはヤシオツツジとヒカゲツツジである。


ここからの眺めはよく、北に高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)、西に日光連山、東から南に宇都宮市街がよく見える。


切り立った斜面にヤシオツツジ(アカヤシオ)が圧倒的な姿を見せている。


どうです? この色、この形の美しさ。
ツツジの女王様ですぞ(^^;)


数は少ないがこれもツツジの仲間。
ヒカゲツツジといって限りなく透明に近い「緑」色をした、なんとも幽玄的で魅入ってしまうようなツツジです。
分布は狭く、管理人はここと二枚岩、鞍掛山の西の3箇所しかしらない。
いずれも急峻な斜面に育成しているため花をアップで撮ろう思ったら命がけ覚悟(ホントに)。


ピーク559と次の目標地点、富士見峠との中間に伐採地と呼ばれている場所がある。
元々は桧の植林地だったがその桧が育ったために伐採してはげ山になった場所である。
そこに新たな桧を育てるべく幼樹が植林してある。
昨年、悪意ある何者かの手によって20数本の幼樹の幹が折られるという、実に信じられないことが起こった。当然ながら将来の木材としての価値がなくなる。
折られた桧は遠目には育っているかのように見えるが、育っているのは枝ばかりで幹は成長していない。→詳しいことはこちら


ピーク559から古賀志山を目指すがこの先はアブラツツジが数本あるだけ。
画像は富士見峠。左へ行くと赤川ダムへの近道、というか北登山という地図にある道。直進すると突き当たって右へ行くと古賀志山、左へ行くと東稜見晴台へ行く。


古賀志山山頂
地元の人の憩いの場所になっていて昼時は多くの人で賑わうがこの時間、誰もいない。
ちなみに管理人、2014年10月から数えて今日で59回目となるが、必ずしもすべて古賀志山の山頂に立ったわけではない。
ルートによっては山頂から遠くを歩くこともある。
そういう意味では古賀志山山域を59回、歩いたと言うべきところだが、それをいちいち説明するのも面倒なので古賀志山××回と書くことにしている。


東稜見晴台
古賀志山からの下山ルートはいくつかあるが、今日は岩場が続く東稜コースで下ることにした。


東稜最後の岩を下って振り向いたところ。
ここからルートを東へと変えてどんどん下っていくと北登山道入口へ出て終わりとなる。


あれれっ、あの道路に下りたいのだが道がなくなっている。道が削り取られて崖になっているではないか。これは一体、、、


う~む、降り口が見つからない。


斜面の擁壁が見つかったので足がかりとし、命がけで道路に下りて振り返ると、カメラの位置まであるはずの斜面が削り取られている。
2015年の豪雨によってこの下を流れる赤川が氾濫し、甚大な被害が発生した。
今後、水害が起こらないようにするための工事が行われているようだ。
それにしてもなんですな、この岩の凄さ。岩の上にかろうじて土壌が乗っかってるといった感じ。
山域全体がこのような岩盤で構成されているのが古賀志山の特徴というもんです。


桜が満開の赤川ダムの畔をゆっくり歩いて駐車場へと向かった。


上の地図は管理人が今日、歩いたルート。下の図はその高低差を表した断面図。
地図は説明書きが多くて昭文社「山と高原地図」風になってしまったが、赤川ダム手前、宇都宮市森林公園駐車場をスタートして長倉山から鞍掛山へ向かう左回りのルートを歩いた。
出発点と最高標高の古賀志山との標高差は370メートルしかないが、このルートはアップダウンが激しく累積標高で見ると1530メートルにもなる。距離にしても15キロに近いからかなり厳しいと言える。
これに馬蹄形ルートを加えると累積標高は2000メートルを超えるし距離は20キロにもなる。年老いた管理人、あと何回、馬蹄形ルート+鞍掛山ルートを歩けるだろうか?

ゴンドラ運行終了の那須連峰・三本槍岳への再訪は完全徒歩で。

2018年3月27日(火)

県道駐車地(9:03)~この間、尾根の肩を歩く~P1462(10:37)~1714(12:03)~清水平分岐(13:11)~三本槍岳(13:53/14:20)~清水平分岐(14:41)~1714(15:18)~P1462(16:07)~この間、尾根を下る~県道駐車地(16:50)
※上り4時間50分(2時間35分)、下り2時間30分(1時間19分)
※距離:12.6キロメートル(9.3キロメートル)
※カッコ内は前回ゴンドラ利用時


那須の山々はどれも荒々しくてなおかつ、雄大で、管理人の好みにぴったりである。
昨年だけで4度しかも6月から歩き始めて4度なので密度が濃いといえる。
冬の那須連峰もいいのではないかと今年は1月に茶臼岳に登っている。いずれも期待に違わず、管理人を満足させてくれた。
であれば次に目指すのは茶臼岳のすぐ隣の朝日岳ということになるが、そこへ行くには剣ヶ峰という難所をクリアしなくてはならず、管理人には敷居が高い。→こちらで想像ください。
ところが驚いたことに朝日岳よりもさらに北に位置する、那須連峰最高峰の三本槍岳へは管理人の技術、体力でも行けるらしいという大発見をした。といっても某情報サイトのおかげであるが(^^)

管理人、2年前に福島県の山に目覚め、登り始めた。
地理的な問題もあってまだ栃木県境および県境に近い福島の山しか登っていないが、見聞を広げるためにも山の情報をもっと知りたいと考えて、福島県の山の情報交換を目的とするフェイスブックのメンバーとなった。800名を超えるメンバーからの情報は多彩で、嫌でも管理人の夢を膨らませてくれる。あるときMt.ジーンズ那須スキー場のゴンドラを利用して三本槍岳に登ったという投稿があった。
ほう、なるほど、へぇ、それはそれはと訳のわからない言葉が口をついて出、さっそく地図を広げると同時に、スキー場のウエブサイトにアクセスしてゴンドラの情報を収集することにした。
その上で念には念を入れ、現地へ飛んである心配事についてスキー場のスタッフに質問したのだ。
それはゴンドラの運行時間についてであった。
管理人はとにかく足が遅いのだ。普通の体力の人の2割から3割、余分にかかる。
要因はいろいろあるが、時間がかかるようになったのは山が本当に楽しめるようになったここ数年のことである。歩みが遅いのではなく、立ち止まって景色を眺めたり地図で山座同定したり、写真を撮ったりするのが管理人の山歩きのスタイルである。花の季節になると写真を撮るために立ち止まる回数がさらに増す。
時間を気にしながら歩かなくてはならないとこれら管理人の楽しみが奪われる。
そこでズバリ、もしもゴンドラの終了時間に間に合わなかったらどうなるのか、これがスキー場のスタッフにぶつけた質問である。
はたしてそれにたいする答は、、、こちらをご覧ください。

時間に追われることなくマイペースで三本槍岳を往復するにはゴンドラを利用しないのがベスト、それが結論であった。
そのためには下調べは欠かせない。
前提はスキー場に迷惑をかけないよう管理地内には立ち入らないようなルート設定をすることである。
地図を子細に眺めると中の大倉尾根に乗るまでに、2本の尾根があることがわかる。スキー場に近い尾根と遠い尾根である。
そこでその2本の尾根を探しに現地に行ったのが先月の12日と28日である。その上で尾根の入口近くに駐車スペースがないかどうかも下調べの対象とした。
幸いなことに2本の尾根ともにすぐ近くに2・3台と狭いながら駐車スペースがあった。厳冬期はここを雪の堆積場にするのであろう。しかし3月ともなれば車が邪魔になることはないだろう。
管理人が選んだ尾根はスキー場から遠い方だ。福島県境まで270メートルしかない。ここならスキー場の管理地内から外れるはずだ。

実践の前にもうひとつ、調べておかなくてはならないことがある。
三本槍岳への一般ルートとして使われる、中の大倉尾根の状況である。
ゴンドラを使わずに歩き始めたとして、中の大倉尾根が厳しくて三本槍岳にたどり着けなかったら本末転倒である。
まずは三本槍岳に立つことを目標に、ゴンドラを利用して歩いてみよう。
そう考えて今月14日、管理人が経営するペンションの古い常連さんを誘い、Mt.ジーンズ那須スキー場のゴンドラを利用して登ってみた。→そのときの様子

メインルートで感触をつかみ、それに地図で把握した尾根の状況を加味して計画を立ててみた。それを実践したのが今日なのである。

ゴンドラを使わないルート中の大倉尾根へ向かうにはピーク1462と県道290号線を結ぶ尾根を利用する。
ここを入口とすることは過去2回の下見で決めてあった。
しかしその尾根に乗るには道路に敷設されている高さ5メートルほどの擁壁を乗り越えなくてはならず、それは無理だ。
下見の際に観察したところ、擁壁は5メートルの高さがずっと続いているのではなく、円を描いて両側が地面と同じ高さになる。画像がその位置である。


今日もチェーンスパイクで道具はチェーンスパイクにした。
ただし、昨日あたりから4月並の気温になるとのことなので雪が緩んで足が潜ってしまうようになることも想定し、スノーシューをザックにくくりつけて歩き始めた。
なお、前回14日はスキー場のゴンドラで直接、中の大倉尾根まで行って歩き始めたわけだが、その際も足回りは同じ、チェーンスパイクとスノーシューであった。つまり、地形図から判断してアイゼンは必要ないのだ。
この場所から中の大倉尾根までのルートは傾斜が10度くらいなので中の大倉尾根よりも緩い。


歩きやすいいいルートだ尾根に乗るにはまず車道から歩き始めて限りなく西に近い北すなわち、西西西西北(こんな呼び名、実際にはありませんからね。念のため※)に向かって進んでいく。
すると1500メートルほどで尾根に乗ることができる。
林は笹が隠れているためか歩きやすい。
※32方位での呼び名だと「西微北」に相当するようだ。


尾根を見上げる進行右の斜面、尾根を見上げる。
当初の予定では早いところ尾根に乗って中の大倉尾根に向かおうと思っていた。普通、尾根の方が安全だし見通しもいいのでより確実に目標に向かって進めるからだ。
ところが、尾根に乗るにはこの傾斜を直登しなくてはならない。傾斜は30度くらいある。
それに尾根に沿ったいま管理人が歩いているところは尾根と並行した緩やかな斜面だ。いずれ尾根と交わるならばこのまま歩いていった方が無駄な労力を使わずにすむ。
尾根は帰りに歩いてみよう。


尾根と合流。広い。尾根と並行した林を進んで行くとここで尾根と合流した。
リボンが付いていることからこの尾根、やはり管理人の予想通り、中の大倉尾根に行くために使われているようだ。


素晴らしい尾根とても広々していて素晴らしい尾根だ。
来てよかった!


間もなく中の大倉尾根広い尾根はずっと続いている。


ピーク1462にある展望台おっ、これはピーク1462にある展望台ではないか。
無事に中の大倉尾根と合流したわけだ。


暑くて下着1枚歩き始めて1時間半、これは計算通りであった。
どんな計算か?
事前に地図を使って計測したところ、県道からここまで距離が2.3キロと出た。
管理人、山の平坦路で時速3キロ(強度Ⅰ)、ごく緩い傾斜で時速2キロ(同Ⅱ)、それよりきつい傾斜だと時速1.5キロ(同Ⅲ)、急な傾斜だと時速1キロ(同Ⅳ)という速度で歩けば疲労せずに長時間歩けるというのを経験則にしている。
地形図を見て、10度くらいの傾斜だと強度Ⅲになるので時速1.5キロで距離2.3キロを歩いた結果が1時間半というわけだ。

それにしても暑いぞ。
気温が上がることは予報で知っていたので軽装で来たがすでにアウターを脱ぎ、中間着を脱ぎ、今はアンダーのみで歩いている。


茶臼岳と朝日岳中の大倉尾根に乗ると展望はさらに良くなって茶臼岳や朝日岳がすぐ近くに迫ってくる。


スノーシューに履き替えた気温は20度に達した。
雪が緩んでチェーンスパイクが潜る。
ここでスノーシューに履き替えてみた。多少でも足の負担を減らせればいいと思う。


標高1714標高1714を含む斜面が見えてきた。
三本槍岳はあそこの最上部(画像右のピーク)に隠れてまだ見えない。


左から茶臼岳、鬼面山、朝日岳、ピーク1900、1856いい眺めだ。
左から茶臼岳、鬼面山、朝日岳、ピーク1900、1856


シャクナゲのつぼみシャクナゲのつぼみ。
アズマだろうかそれともハクサンだろうか?


前岳と赤面山が望める中の大倉尾根の少し北に前岳と赤面山が望める。これもきれいな稜線だ。いつか歩いてみたい。


朝日岳がよく見える左には朝日岳がよく見える。


この辺で尾根の5メートルくらい下を歩くようになる。右側は斜面になっている。


ちょっと怖い斜面進行右に長い斜面が広がっている。
傾斜は急ではないのだがこのルートでもっとも緊張する部分である。


ガレ場に差しかかるガレ場に差しかかる。
ここまでスノーシューを着けてきたが、ここで再びチェーンスパイクにつけ替えた。


前岳への分岐を少し過ぎると特徴的な大きな岩が見えてくる。
この上り斜面もあの岩で終わってその後、距離は短いが下りに転じる。


特徴的な形の旭岳右に目をやると特徴的な形の旭岳が見える。


旭岳をズームで旭岳をズームでとらえる。
実に魅力的な山のように見えるが地図には登山道が描かれていない。研究の余地あり。


ルートは平坦に近い下りとでも言っていいだろうか、大展望を楽しみながら三本槍岳へ向かっていく。


そうそう、山頂手前はこんな感じだった。


三本槍岳に登頂ふ~、長かった~。
4時間50分かかって登頂した。
前回14日は中の大倉尾根に乗ってからここまで2時間35分だった。今日は中の大倉尾根に乗ってからも3時間10分かかっている。
これすべて雪質が軟化して歩きにくくなったためである(ということにしておこう)。


快晴微風という実に穏やかな中、管理人の他に人はいない。独り占めである。
ゴンドラの冬季運行が25日で終わり、中の大倉尾根に乗る手段が途絶えたのがその理由であろう。ゴンドラの距離と標高差を歩くという苦労はあったが、その甲斐はあったというものだ。


この景色にしばしうっとりする管理人である。


旭岳


大峠山、流石山、三倉山の見事な稜線。
三座同定を楽しみたい方はこちらで。


遅い昼食遅い昼食となったが途中で行動食を食べているから二度目ということになる。
実はこの他にコンビニのパンが2袋、ザックに入っているのだが24日あたりから風邪気味で、身体はだるいわ食欲はないわ、鼻が詰まって息苦しいわで体調最悪、食欲不振なのである。無理して胃に押し込んでいるというほうが相応しい。


山頂には30分いただろうか。
この時期、もう日没を心配する必要はないとはいえ、昼食が14時過ぎというのはいただけない。眺めを楽しみながら下山することにした。


ときどき振り返っては眺めを惜しむ。


県道に出る尾根に乗った中の大倉尾根が終わって県道に出る尾根に乗った。
帰路は県道に出るまでずっと尾根を歩いてみるつもりだ。


尾根は県道に近くなるにつれて細くなり、木々が多くなってきた。


藪とは言えないまでも木々を避けながら歩く必要に迫られた。


尾根の末端。車道がすぐ目の前尾根の末端まで来ると県道に向かって切れ落ちていて、木につかまりながら慎重に下る必要があった。


県道との段差、1メートルほどまで下り、手にしたポールを道路についてエイヤッと飛び降りた。