栃木県最北の2千メートル峰、帝釈山へ。田代山湿原も堪能(?)したが濃霧に泣く。

2016年9月15日(木) 天候:霧雨/濃霧

猿倉登山口(7:07)~小田代(8:27/8 : 32)~田代山頂(9:00/9:10)~弘法大師堂(9:18/9:45)~帝釈山(10:51/11:20)~弘法大師堂(12:25/12:50)~田代山湿原西(12:48/12:55)~小田代(13:23)~猿倉登山口(14:12)

22年も日光に住んでいながら日光以外の市町村のことをよく知らない。
では日光なら隅々まで知り尽くしているのかといえばそんなことはなく、特に平成の大合併がおこなわれて栃木県の面積の1/4を占めるようになってからというもの、市内の別の場所へ行くにもカーナビに頼らざるをえない。

山にしたって昨年になってようやく日光以外の山を楽しむようになった。といってもお隣の宇都宮市にある古賀志山だけど(^^)
それほど山は日光で充分足りていて他に目が向かないのだ。
このままでは井の中の蛙になってしまうからもっと遠くの山へでも行こうかと、昔、家族旅行で歩いたことのある鬼怒沼を思い出し調べたところ、そこも日光市であった。登山口まで車で1時間半もかかるのにだ。

鬼怒沼へは先月25日と今月9日に行ってきた。
期待に違わず鬼怒沼は美しかった。広くて開放感がある。
大小いくつもの池塘が鬼怒沼の美しさを際立たせている。
歩きながら、ここを我がフィールドにしたいと思ったが、車での移動時間に加えて片道4時間もかかる距離の長さがそれを許してくれない。

鬼怒沼の計画を組んでいるとき、鬼怒沼の北西、群馬県境に鬼怒沼山(2141M)という魅力的な名前の山があることを知った。実際には笹藪の中の畳一枚ほどしかない山頂は展望もなく、おそらく二度行くことはしないと思うが、これまで日光西部にしか目が向かなかった管理人にとって、鬼怒沼山に登ったのは日光の奥深さを知るいい機会であった。

興味がわいたので、地図の上でのことだが、県境をさらに北へ辿ってみるとやがて栃木、群馬、福島の3つの県が交わる場所があり、そこに黒岩山という2千メートル峰がある。黒岩山(2163M)の先で福島県境になって大倉高山(2067M)、帝釈山(2060M)、田代山(1926M)、少し間が空いて安ヶ森山(1354M)、荒海山(1581M)へと続いている。そして男鹿岳(1777M)が日光市と那須塩原市との境になる。
いずれ日光市の2千メートル峰すべてを登りたい気持ちのある管理人は北部にも登れそうな山があることで、夢がぐんと広がった。
あぁ、なんと些細な夢で満足できてしまうんだろう、俺って(^^)

手始めに黒岩山にでもと思ったが、昭文社「山と高原地図」によると鬼怒沼からでさえ2時間半と長丁場だ。鬼怒沼まで女夫淵から4時間かかるから片道だけで少なくても6時間半を見ておかなくてはならない。
ましてや日が短くなる一方のこれからの季節だとヘッドランプの灯りを頼りに歩き始め、ヘッドランプを灯して帰っ てこなければならない。日帰りの限界を超える距離と時間で危険すぎる。
まだ実現にはこぎつけていないが、前回9日の山行記録はそこのところを考察してみた。→詳しいことはこちらに

次に候補として挙げたのは帝釈山だ。
黒岩山よりもさらに北へ遠のくが、南会津の猿倉を登山口にすれば往復10キロ、7時間半で行って帰ってこれそうなのだ。途中、鬼怒沼のほぼ倍の広さを誇る田代山湿原を通るため歩く楽しみは大きいらしい。
難易度の高い黒岩山の前に、福島県境の山特有の環境というものがあるとすれば、身体を慣れさせるためにも登っておくべきだろうと思う。

つい先日まで、難易度の高い未踏の山として皇海山と錫ヶ岳を挙げていたのだが、錫ヶ岳をクリアしてホッとする間もなく今度は黒岩山他、日光北部の山が候補に浮上して気持の休まる暇がないw

それでは行って来ま~す。


6:52
帝釈山に登るには田代山を経由しなければならない。
その田代山は日光市栗山から始まる県道249号線を走り、途中で350号線に名称は変わるが同じ道を走って県を跨いで福島県に入り、南会津町の猿倉登山口に車を駐めて歩き始める。
ここまでが長かった。2時間かかった。誤算だった。
距離でいえば50キロ強なので女夫淵まで行くのと変わらないのだが、県道は土呂部をすぎた辺りから大小の石が転がる砂利道となり、それが猿倉登山口までずっと続く。うんざりするほど長い。
速度を上げることができない。20キロ以下での走行を強いられたのが2時間もかかった原因。


7:07
猿倉登山口に着いたのは7時を回っていた。


台倉高山までの行程を示す案内図があったので眺めていると、なんとなく違和感がある。
理由は地図の上が北になっていないからだ。
現在地から田代山へは西、田代山から台倉高山へは南西に向かうのだが、この案内図だと南へ下ってそれから東へ向かうようになる。東西南北が逆転している。
右隅の方角を示すアイコンを見て、あぁそうなのかと知るが、紙の地図を見慣れているとこのような案内図は頭が混乱する。南会津町いや、環境省かな? に減点1。
ここまで予定より30分オーバーで走ってきたので機嫌が悪い。案内板を相手に文句を言ってる管理人なのである。


駐車場の前を流れる沢。地理院地図によるとここから下流に向かって、新道沢という名前が付けられている。
雨ではないが霧の重たいやつが身体にまとわりつく。強い雨にならなければいいが、、、


歩き始めると間もなく、水場を示す案内板があって右を見ると小さいが勢いのいい沢が流れている。
ザックには充分すぎるほどの水が入っているので立ち寄らず、先へ進んだ。


間伐材を利用した階段がある。
丸太の表面は滑るから靴を載せない方が無難。


前方がやや明るい。小田代かな?


8:27
田代山湿原の手前に位置する小さな湿原、小田代に到着。
小田代と書いて「こたしろ」と読むらしい。奥日光のは「おだしろ」。ちなみに、田代とは湿原のことを指す。
やや雨が強くなってきたので雨具を着込む。ズボンをどうしようか迷ったが面倒に思え、上着だけとした。


オオカメノキの真っ赤な実。


8:53
田代山湿原の入口に着いたようだ。長い木道が見える。
入口で木道が分岐している。
地図を見ると木道は湿原を一周するように敷設され、左回りの一方通行になっている。
道標が示す帝釈山方面へ歩き、一周すると画像左に見える木道を歩いてここに戻る。


弘法沼らしき池塘。
鬼怒沼と同じくここも標高2千メートルに近い高層湿原だが鬼怒沼と違って池塘は少ない。目につくのはこの弘法沼くらいだろうか。
それにしてもこれだけ大きい湿原だと植物の種類も多いんだろうなぁ、是非来てみたいが人が多いのはいやだなぁ、やはり花が咲き終わって人がいないこの時期がいいのかなぁ、と心が微妙に揺れ動く管理人なのである。


9:00
弘法沼のすぐ先で木道が分岐する。ここが標高1926メートルの田代山頂らしい。山頂ではあるが周りよりも標高が高いいわゆるピークではない(って、わかるかなぁ、この意味)。
続けて湿原を歩くには左へ行く。右へ行くと木賊温泉だがその距離12キロと刻まれている。
それにしてもなんと見事な霧なんだ。幻想的ではあるが日光霧降高原に住む管理人にとって霧は日常、見慣れている。できれば視界すっきりの湿原を歩きたかったというのが本音。


帝釈山へは田代山頂から南西に向かって歩いて行くが濃い霧のため距離感がつかめない。


9:17
田代山湿原の西の外れ、ここが湿原の折り返し点でなおかつ、これから向かう帝釈山への分岐。


湿原をあとにしてふたたび林の中へ入っていく。
滑る足下を気にするあまり下を向いて歩いているから周りの樹木が目に入らない。顔を上げるとあれはツツジにシャクナゲだろうか。針葉樹はコメツガか。


9:18
林の中から2棟の建物が見えた。
近づくとそれは高床式のトイレと避難小屋であった。


避難小屋と書かれた木札の右には弘法大師堂という木札が並んでいる。はて、弘法大師堂とは?


トイレの階段を上り中へ入ってみた。おぉ、なんときれいな!!
登山靴のまま上がり込むのは躊躇うほどの清潔さだ。


きれいに保たれている理由は清掃が行き届いている上に、土足禁止だったのだ。
床に大小2種類のサンダルが置いてある。右のはごく普通のサイズ。それに比べると左のは相撲の力士用かと思うほど大きい。
なんのためのサンダルなのかと思って壁に目をやると、注意書きがあり、登山靴のまま履けるサンダルなのだ。登山靴を脱ぎ履きするのは実に面倒なのでこの配慮はとてもありがたい。
これほどきれいな上に登山者への配慮がされているとは実に素晴らしい。先ほどの案内板への減点は取り消すことにした。


こちらもきれい。
車いすで入れるくらいの広さがあるがここまで車いすで来ることはできない。


なるほど、チップ制なのか。
管理人、「小」を利用したのだが小銭の持ち合わせがなかったため協力することができなかった。
次は2回分のチップを置いていこう。
いずれにしても管理している南会津町には敬意を表したい。


トイレの脇に設けられている休憩スペース。地面から一段、高くなっているので靴が運んだ土は雨で流されるようになっている。木々に遮られて景色は見えないがそこまで望むのは罰があたるというものだ。ちなみにトイレとこのスペースは平成23年度に建設された。と、トイレ外壁の銘板に書かれているのを見逃さなかった(^^)


こちらは避難小屋の内部。
扉を開けたとたんに目に飛び込んできたのがこのお堂。弘法大師の仏像が祀られている。
建物入口に掲げられている弘法大師堂という木札はこのことだったのね。いやぁ、度肝を抜かれました(^^)
四国巡礼だと同行二人という言葉があり、一人で歩く場合でも弘法大師が常にいっしょにいて安全を守ってくれるそうだ。これから帝釈山に向かうにあたって管理人も弘法大師像に向かって拝んでから扉を閉めた。弘法大師様、同行してくれるのだろうか。

小屋の中はゴミひとつなく、利用者のマナーのほどが伝わってくる。町による管理もされているのだろうか。
雨足が強くなってきたのでここで雨具の下を着けることにした。
きれいな避難小屋にきれいなトイレ。日光では考えられない設備に、登山者を快く迎えようという南会津町の気持ちが表れている。


避難小屋から先は一旦、下って、それから帝釈山まで緩やかなアップダウンを繰り返しながら標高を上げていく。


赤い実を残して枯れゆくゴゼンタチバナ。


今日は足の動きが悪い。
泥濘を避けるようにと地面に敷かれた木材や丸太のせいだと思う。滑るのだ。
木材や丸太は古く、水をたっぷり吸い込んで朽ちかけているものがある。傾いているものがある。丸太は3本、組み合わさって進行方向に長く置かれている。ばらけてしまっているものがある。太さの違うものがある。いずれも濡れていると滑るから慎重に足を運ばなくてはならない。バランスの悪さを自認している管理人としてはとても気をつかう。


アルミ製の脚立を梯子の代わりにした岩が2箇所ある。
古賀志山とは違うから梯子を利用する方が賢明。ここで格好つけて岩を登り、滑落したら笑いものになるはずだ。


ツツジに違いないがヤシオツツジだろうか。


10:51
雨で滑りやすいという悪条件ながら無事に到着。
山名板には南会津町と書かれているが日光市との境界線上でもある。
このまま檜枝岐登山口へ進むと馬坂峠という林道に降りることができ、その林道は日光に続いているらしい。次回、挑戦してみたい。でもそっちの林道も悪路なんだろうなぁ、きっと。


山名板を背にして立つと南を向く。
この方向に日光の山並みが見えるはずなのだが濃い霧のためご覧の通り、、、
今年は霧と縁が深い管理人である(泣)。


帝釈山からの戻りは同じ道を辿って田代山湿原へ向かう。
帝釈山を下りると緩やかな気持ちのいいアップダウンとなる。


12:25
避難小屋(左)とトイレ(右)に到着。
下山まで時間はまだ充分あるのでトイレ脇の休憩スペースで時間をつぶすことにした。


田代山湿原に向かって快適だが滑りやすい木道を歩いて行く。


12:44
田代山湿原の分岐。
正面に見える長い木道が手前に向かっての一方通行で、ここまでが半周。ここを右へ進むと一周できる。また、それ以外に帰る方法がない。
左に見えるのは休憩スペース。


湿原の中に咲いているのはアキノキリンソウのように見えるが、あれって湿原に咲くのだったか?
帰ったら調べることにしよう。
→湿原に咲いていたので惑わされたがアキノキリンソウに間違いないようだ。


高さ10センチほどのモウセンゴケ似の花。
これもあとで調べることに。


これは鬼怒沼でも見たイワショウブ。
花は白いが終わるとこのように朱に染まる。


とにかく広い。鬼怒沼のほぼ倍、25ヘクタールもあるらしい。
木道は湿原を一周しているが部分的に1本しかないため一方通行になっている。
したがって他のハイカーとすれ違う事態にはならないものの花の写真を撮るときなど、後続の人を待たせてしまいそうだ。
花の季節はどのようになってしまうんだろう? 足の遅い管理人としては気になるところだ。


13:10
湿原に別れを告げて林間へ。


これは紛れもなくアキノキリンソウ。


ヤマハハコ


14:00
駐車場近くまで来たので水場になっている沢へ降りてみた。


水は大きな石の隙間に差し込まれた塩ビ管から勢いよく流れ出ている。カップはここに備え付けられているもの。
登山口から10分という場所柄、この水場の有用性についてはわからない。


14:12
雨の平日にもかかわらず車が6台に増えていた。
田代山湿原で折り返すハイカーが多いのかも。


帰りもこの道を走らなければならないと思うと気が重くなるが、他に道はなし。
まだ明るいことだしゆっくり走ることにしましょ。


今日は南会津町(福島県)をスタート地点としたが目指したのは県境にある帝釈山だった。相変わらず日光から外へ出ることのない管理人だ。
福島県から歩き始めるのは今回が初体験。花の季節の田代山湿原はさぞ素晴らしいと思う。
田代山湿原だけでも満足できそうだが自宅から登山口まで2時間もかかるので、どうせなら帝釈山とのセットで登るのがいい。あと2・3度、通ってしまいそう。

3県境の山、黒岩山の下見でひょいと鬼怒沼へ。近ければ毎週でも行きたい魅力があるのだが。

2016年9月9日(金) 天候:変化激しい、気温:19度

女夫淵(6:35)<3.49>八丁ノ湯(8:00/8:02)<0.60>加仁湯(8:10/8:13)<0.65>日光澤温泉(8 : 23/8 : 30)<0.54>丸沼分岐(8:48/8:50)<0.68>オロオソロシ展望台(9:11/9 : 20)<1.88>鬼怒沼南端(10:34)<0.73>鬼怒沼北端(11:26)<0.73>鬼怒沼南端(11:55)<1.88>オロオソロシ展望台(12 : 58/13 : 16)<0.68>丸沼分岐(13 : 33/13:35)<1.30>オロオソロシ滝近くで折り返し(13:59/14:15)<1.30>丸沼分岐(14 : 38)<0.54>日光澤温泉(14:50/15:00)<0.65>加仁湯(15:11)<0.60>八丁ノ湯(15 : 17/15 : 27)<3.49>女夫淵(16 : 30)
( )内は時刻、< >内は推定区間距離

先月25日に続いて今日も鬼怒沼に行った。
鬼怒沼は27年前、家族で行ったときの情景が妙に頭から離れず、いつかは再訪しなければならないと考え、25日に実行した。

160909-096鬼怒沼は管理人が住む同じ日光市にあるのだが起点となる女夫淵まで遠く、さらには女夫淵から10キロもあるから行くにはそれなりの覚悟、たとえば6時に歩き始めるのなら4時に自宅を出発しなくてはならないし、陽の短い季節など6時に歩き始めたとしても下山は日没になるから行くとすれば時期を選ばなくてはならない。脚力も山道を往復20キロ歩くのに耐えられるようにしておかなくてはならない。
その点、女峰山はいいなぁ、自宅を5時半に出ても6時には歩き始められるし古賀志山にいたってはお客さんを送り出してから登り始めても十分、歩く時間がある。

まぁ、そんなわけでどうしても女峰山や古賀志山のような近場の山に足が向いてしまうのだけれど、冒頭に書いたように今年になって無性に鬼怒沼に行きたくなった。鬼怒沼に行かずして管理人の人生を終わりにしたくない(^^)。それを実行したのが先月25日のことだった。

25日に行ったときは事前に綿密な計画を組んだ。距離は長いし時間がかかるからだ。
計画には鬼怒沼だけで終わらず近くの鬼怒沼山と物見山を含んだので距離は21.64キロ、時間は休憩を含んで12時間43分と計算された(実際には11時間14分で女夫淵に戻ることができた)→詳しいことは山行記録で。

計画段階で地図を見ていて気づいたのは、鬼怒沼山へは鬼怒沼からさらに栃木県と群馬県境を北へ向かって歩いて行くのだが鬼怒沼山の先も県境はさらに続き、やがて福島県とも交わる。そこは栃木県と群馬県と福島県、3県が交わる地点である。
そこには標高2163メートルの黒岩山がある。
お~、3つの県にまたがる山かぁ、それは面白そうだなぁ(正確には福島県側に200メートル足りないがそこんとこは良しとしよう)。
しかも県境の栃木県側は我が日光市なのだよ。これはぜひ登っておかなくてはなるまい。

しかし問題は、鬼怒沼まで片道12キロも歩かなくてはならないのに、黒岩山は鬼怒沼の北端からさらに5.8キロも先にあることだ。女夫淵から片道だけで17.8キロ、日帰りで歩くには管理人の能力を超える距離だ。
しかし、なんとか日帰りでできないものか、命をかけてまでとはいかないまでも、女夫淵に辿り着いたらそのまんま車の中に倒れ込むほど疲れ果ててもいいからやってみたい、そんなことを考えている。

だが、無計画、下見なしのぶっつけ本番で臨むほど管理人は若くないし体力もない。遭難で世間を騒がせることになってはお客さん相手のツアーを本業の一部としている管理人にとって今後の仕事に差し支える。
そこで、3つのパターンを考えてみた。

1)出発当日、日光澤温泉に泊まって翌日、黒岩山に登り、下山後、もう一度日光澤温泉に泊まる。
2)出発当日、日光澤温泉に泊まって翌日、黒岩山に登り、下山後、女夫淵まで行ってそのまま帰宅する
3)完全な日帰り

3つのパターンとも距離は同じだが、行程の途中に宿泊を挟むことで疲れはまったく違ってくる。危険性が低減でき、成功率は高まる。
最終的な狙いは完全な日帰りだがそれを成すには場所が場所だけに、1→2とおこなった上で3というのが妥当なところだろう。
いずれにしても綿密な計画を組み、なんどか下見を重ねた上で実踏するしか年老いた管理人に日帰りの可能性はない。

さて、先月25日に鬼怒沼そして鬼怒沼山、物見山を日帰りで往復したところ、計画の21.64キロに対してGPSが記録した距離は23.6キロになった。
計画は地図上のルートをマウスでなぞって得た距離であり、実測値ではないため必ずしも正しいとはいえない。
ただし、所要時間を計算する基の値になるのでマウスクリックの間隔を細かくし、できるだけ正確を期すようにした。
GPSは上空を飛んでいる衛星からの電波を受けて演算するため、管理人はこれを正しい値としている。ただし、下山後でなければ知ることができない。
このGPSの記録値と計画との差が少ないほど実際の距離に近いといえるが、今回の差は往復で1.96(GPS:23.60/計画:21.64)キロだった。計画に対して1割未満なので計画の精度は悪くはなかったようだ。

それとは別にいつも頭を悩ますのがGPSの記録を「カシミール3D」を使って処理した結果の値だ。ひとつは27キロ(e-trex30)、もうひとつは30キロ(HOLUX m-241)という距離になった。
これはカシミール3Dの計算ロジックの問題でありどうすることもできないが30キロという値を見ると、いくらなんでもそれはないなとギョッとする。だって、そんな体力は管理人にないもの。
余談おしまい。

下見は目的地までのルート上の危険箇所を把握するとても重要な作業だ。傾斜の緩急も把握できるから所要時間に反映できる。さらには身体に距離感を覚えさせるのにもいい。
長距離長時間にわたる山行や難易度が高い登山をおこなうためにも下見は必須と考えている。
目的地のどの辺りまで下見をすればいいのかだが、黒岩山を目指す場合、管理人は鬼怒沼山に設定して先月25日に済ませておいた。
その先、黒岩山まで4.5キロはアップダウンが多いが標高差は小さく、下りで身体を休めることができる。鬼怒沼山からの最大標高差は200メートル、累積上り標高は390メートルなので女夫淵から鬼怒沼山までの間ほど、厳しくはない。

先月25日の目的は鬼怒沼に行くことだったが、それを黒岩山の1回目の下見とすれば今日は2回目だ。
前回は鬼怒沼までがずいぶん遠くまた、厳しいと感じた。
距離感と厳しさに身体を慣れさせるのが今日の目的である。


駐車場をスタートし、鬼怒川を渡ると鬼怒沼への登山道が始まる。
いきなり急な階段。


「鬼怒の中将乙姫橋=きぬのちゅうしょうおとひめばし」。
鬼怒川にかかる鉄製の長い橋だが支柱は河川の両側にあるだけ。
支えているのは径3センチほどのワイヤー。要するに巨大な吊り橋なのだ。


鬼怒川にかかる3つ目の橋、「砥の岩橋」。
「とのいわはし」、とでも読むんだろうか?
「砥」は砥石の「と」だから、昔は鬼怒川の岩を加工して砥石を作っていたなんてね?


奥鬼怒四湯のうち、最初に出合うのが「八丁ノ湯」。
隣接する大きなログハウスが現在の宿泊棟らしいが、以前はこの本館がメインだった。いまでも使われているのだろうか。
玄関脇のモミジがすでに色づいている。


モミジの隣のナナカマドは実を真っ赤に染めている。


次は「加仁湯」。
通り過ぎようとしたときに番頭さんらしき男性と出会ったのでご挨拶。
所野(管理人が住む日光市の住所)から来たと話したところ、大変驚いた様子だった。


奥鬼怒四湯の三つ目、鬼怒沼への入口にあたるのがここ、「日光澤温泉」。
木造の実に風情ある建物だ。
ここへ来る前、加仁湯から分かれて「手白沢温泉」が四湯目に数えられるが、分岐から30分もかかるため立ち寄らず、鬼怒沼へと向かう。


玄関の手前に流しっぱなしの水道がある。
沢水を桶に溜め、きれいな上水を蛇口から流しているのだろうと思う。
女夫淵からここまで2時間、持参した飲み水が空っぽになるタイミングなので自由(本当は断らなくてはいけないのだろうが)に使えるのはありがたい。


登山計画書をポストに入れて、、、


鬼怒沼への道を進む。


根名草山への分岐を鬼怒沼へと向かうとすぐ、これも鬼怒川に架かる橋で「荿音橋=おさおとばし」を渡る。
見慣れない漢字だが「荿」とははた織り機の部品のことだそうだ。鬼怒川の流れがはた織り機の動く音に似ていることから付けられたのだろうか。


いよいよ山道の様相を呈してきた。
傾斜が厳しくなるのもこの辺りから。


群馬県の丸沼へと行く分岐を通り過ぎる。
ヒナタオソロシ滝とあるのが丸沼方面。
鬼怒沼からの帰りに行ってみようと思う。


オロオソロシ滝を遠くに眺める観瀑台。その距離600メートルもあるがちゃんと肉眼で見える。


鬼怒沼へのルートは階段が多い。
それだけ傾斜が急であることを表している。


ここ数度の台風によるものだろうか、倒木が、、、
すき間を通り抜けて進む。


鬼怒沼南端まで残り900メートル。
山道の900メートルを長いと感じるか短いと感じるかはそのときの体調と気分次第。今日は二度目なので身体が慣れたのか、もうすぐのように感じる。


笹がじゃまだがここを通り抜けると視界がパッと広がり、そこが鬼怒沼の入口である。


今日も空は一面、雲に覆われている。
前回と同じように到着したときは管理人一人だけ。
こうして写真で見ると景色にメリハリがないというか、遠近感が出ていないというか、パッとしないが実際には感動するほど雄大な景色なのだよ。要は写真の腕が悪いだけ(^^)


モウセンゴケの葉が前回よりもずいぶんと赤くなった。→2週間前


天気が良ければこの方角に白根山などが見えるはずなんだが、、、
先月25日も視界不良でなにも見えず。


少し角度を変えて撮っても景色がパッとしない。


イワショウブが咲き終わって実になっている。
中央の深紅が花後の実で周りのは萼片だと思う。
咲いている状態はこちら


鬼怒沼の良さを引き出す撮影ポイントがなかなか見いだせなかったが、ここは沼に奥行きがあって良い感じだ。
引き上げる頃になってようやく、空が見えるようになった。青い空が少し入るだけでも雰囲気が違って見える。


今日はじっくり時間をかけて鬼怒沼を堪能した。
朝は計画に対して出発が35分遅れた。
遅れはすでに取り戻し、計画通りの時間となったがそろそろ帰らなくては。
オオカメノキの葉が色づいている。


丸沼への分岐まで戻ってヒナタオソロシ滝の観瀑台へ向かう。
この吊り橋、けっこう揺れる。
中間辺りまで行って写真を撮ろうとカメラのモニターを覗いていると揺れは最大となり、その揺れのためにシャッターボタンがなかなか押せない。
う~む、これはなかなかだ。覚悟して渡るべきだった(^^)


道標が朽ち、かしいでいる。管理人には自然で好ましく思える。


道が左に折れる角に木製の小さな観瀑台があり、ヒナタオソロシ滝はここから眺めるようだった。


ヒナタオソロシ滝は観瀑台はるか遠方、100メートルくらい先に流れ落ちている。
カメラのズームを最大にして撮ったがまるで地元の霧降滝のような形だ。


観瀑台の先の道は湯沢峠を経て群馬県の丸沼に続く。
地図を見るとオロオソロシ滝のすぐ脇を通るようになっているので行ってみることにした。


オロオソロシ滝は道の右斜面のずっと下に落ち口が見える程度で、近づけそうにない。
丸沼への道がオロオソロシ滝の上流と交わるところまで行き、折り返すことにした。


再び吊り橋を渡る。
ちなみに観瀑台と吊り橋の間で見たハイカーは鬼怒沼よりも多かったので、ヒナタオソロシ滝を目当てに訪れる人がいるのかもしれない。


日光澤温泉に辿り着いた。
いずれ近いうちにここにお世話になるであろう。
挨拶を兼ねて黒岩山のこと、冬の鬼怒沼のことなど教えていただくつもりで玄関を入った。
いくつかわかったこと。
ここを起点にしても黒岩山を往復するには10~12時間かかること、10月は日没が早くなること、鬼怒沼へは冬でも行けるがラッセルは覚悟することなどであった。対応はこころよかった。

栗?
いや、近づいてよく見ると栃の実でした。
実を包んでいる厚い皮がなければ栗とそっくり。
食用にできるそうだが口に入るまでの工程に大変な手間がかかるらしい。


「きぬのちゅうしょうおとひめばし」を渡る。


車道へと下る階段。


女夫淵駐車場に戻った。
歩き始めるときは6台だったが10数台に増えている。


ヒナタオソロシ滝から鬼怒沼まで、地理院地図の道から大きく外れた箇所が2つあるが、道の崩落によって現在は赤い線のルートになっているようだ。

前回は鬼怒沼山と物見山4.5キロを歩いたが今日はパス。その代わりに丸沼への道を往復で2.7キロ歩いたので差し引き1.8キロ少なかった。

計画は平地を時速3キロに設定(すると大まかには緩やかな上りで同2キロ、急な上りで同1キロくらいにセットされる)して区間距離毎の所要時間を計算(といっても機械が)。往復の所要時間は10時間5分と出た。
実績は8時間33分だったので計画時間は十分に余裕のあるものだった。それを休憩時間に充てたがそれでも休憩を含んだ計画所要時間10時間55分に対して10時間1分と余裕があった。
まっ、これくらいの余裕を持たせておかないと気が急いて仕方がない。

距離が1.8キロ少なかったのと休憩を長く取ったためか疲れは前回に比べてずいぶん軽減されている。
今日のペースを身体が覚えてくれれば黒岩山も夢ではなくなる。
さあ、次は日光澤温泉泊で黒岩山かな?

通算50回目の古賀志山。課題は鎖を使わずに岩を登ること(夏の水分補給についても考えてみた)。

2016年9月5日(月) 晴、猛暑

膳棚P~坊主山~南登山道~岩下道~観音岩~瀧神社~カニの横這い縦這い~中岩~赤岩山~猿岩~赤岩山~御嶽山~古賀志山~御嶽山~古賀志山大神~モアイ像~岩下道~南登山道~坊主山~膳棚P

DSCF1668低山ながら独立峰ゆえの展望の良さと多くの岩場、100以上あるとされるバリエーションルートの魅力にはまり一昨年10月から通い始めて、昨年は33回、今年になっても勢いは衰えず今月2日に通算で49回を数えた。

多くのハイカーが利用している昭文社の「山と高原地図」に古賀志山は収録されていない。古賀志山の説明があるのは栃木県の山を紹介しているガイドブックに、それもせいぜい地理院地図に道が描かれたコースくらいだ。
管理人が初めて古賀志山に登ったときは麓にある宇都宮市森林公園のウェブサイトに掲載されているコース案内を参考にした。それが地理院地図に描かれたコースだった。
初めて古賀志山に登るきっかけになったはこのブログで再三にわたって説明してあるので参考にしていただきたい→こちら

そのときわかったのは、登山コースから枝分かれした地図にない道いわゆる、バリエーションルートがたくさんあること、鎖やロープを使わなくてはならない岩場があること、眺めの良いことであった。
日光の山しか知らない管理人にとってそれらはとても新鮮なことであり、低山とはゆえ、自分の中の可能性を切り拓いてくれそうな予感が十分ある山として、強烈な印象として残ったのである。

道が明瞭で道標も整備されている日光の山を歩く限り、道に迷う心配はまったくないし危険もない、そんなルートに物足りなさを感じているところだっただけに古賀志山の出現は管理人に大きな刺激を与えてくれた。どこへ行ってしまうかもわからない枝道は地図とコンパスを使うことを余儀なくされたが、行くたびに違う道を歩けるのは大きな魅力に感じた。
ロープや鎖があるとはいえ、岩場の通過には緊張と恐怖が伴った。危険がないことを知ると次にロープや鎖を使わず、岩の小さな凹凸を見つけて手足だけで上ることを覚えた。身体を垂直に移動する感覚、これは経験した者でなければわからない、異次元の不思議な体験で病みつきになる。

昔から信仰の対象にされている石仏や祠、岩などがあちこちにあって、狭い山域ながら荘厳な雰囲気が漂っているのも気が引き締まる。

100以上あるとされるバリエーションルートを歩き尽くすという目標はほぼ達成したといっていいが、古賀志山は管理人の中に魅力を損なうことなく存在している。さらに深く突き詰めたい。

今日はちょうど50回目。
だからといって特別なことを考えているわけではないが、行ってみたい岩場がある。怖い思いをした岩場だ。
怖い体験をそのままにしておくと時間の経過と共に恐怖は増幅され、克服するのが困難になってしまう。50回という節目に恐怖を克服し、先へ進みたいと思う。


今日は赤川ダムの1キロ南に位置する膳棚駐車場に車を置いて、坊主山経由で古賀志山山域に入ることにした。
行ってみたい岩場というのは古賀志山山域を南から入った方がアプローチがいい。
車止めのすぐ先に、左に入るアスファルト道路があるので左折する。


この道路は地図にないのでどこへ行くのかわからない。
分岐を右に進むのが正しいのだが道標はないので、初めて行く場合はコンパスで坊主山への方角を確かめた方がいい。


5分も歩けばアスファルト道路は終わりとなり、登山道になる。
藪にはなっていない。


ヤマジノホトトギス


アスファルト道路が尽き登山道に入ったところ。
膳棚駐車場はいつ行ってもガラガラだしこのルートはマイナーなのだが藪にはなっていない。


坊主山を下りると林道・古賀志線と出合い、横断したところから古賀志山南登山道が始まる(向こうに見える階段)。
いやぁ、ここまで来るのにすでに汗をかいている。道路の上は暑そうだな。


南登山道の階段を上っていくと左への分岐があり、岩下道という名前になる。もちろん、道もその名前も地図にはない。
岩下道は大日窟まで続く。途中、猪落(ししおとし)への分岐を過ぎさらに対面岩の入口を過ぎると間もなく、右手の斜面上に2本の長いロープが下がっている岩がある。よほど注意して見ないとわからないが、、、
今日、最初の岩場はここに決めてあった。
傾斜は急だがロープを使わず自分の手と足だけで登ることを今日の課題にしてある。


岩場はまだ続く。危険箇所も多い。
今日は古賀志山山域の中で特に危険と思われるルートを選んで歩いている。
ここは過去、4回ほど通過したことがあるが恐怖が薄らぐことはない。
その恐怖を克服するにはなんどもなんども繰り返し経験し、その岩固有の特性を覚えることが大切だ。
岩を見上げて手がかり足がかりとなりそうな凹凸を探して冷静に落ち着いて行動すれば事故は起こらない、それを身体に覚え込ませることが恐怖を克服する第一歩であろうと思う。
ちなみに、このルートは古賀志山主稜線と岩下道に挟まれていて、目立たないばかりかその危険性が敬遠されて歩く人はほとんどいない。それだけに事故で身動きが取れなくなったら発見もされない。
なお、古賀志山山域は宇都宮中心街から10キロしか離れていないにもかかわらず、携帯圏外の場所がある。


いくつかの岩場を過ぎると観音岩で終わる。
観音岩は高さ20メートルほどの岩壁で下部は洞窟になっていて観音様が祀られている。
う~ん、素晴らしい眺め。筑波山まで見える。


観音岩を降りると御嶽山の滝コースと交わり、御嶽山と反対へ進む(南)と瀧神社がある。
高さ10メートルほどの岩の岩窟にあり、すぐ脇を男瀧が流れ落ちている。
周りの岩壁はクライミング場となっていて利用者が多い。


この時期、あちこちで見られるイワギボウシ。
名前の通り、岩陰に生育している。楚々として涼しげ。


大きな洞窟の中に建つ弁天三社。
昨年まで弁天、天狗宮、風神雷神と独立した社があったのだが老朽化に伴って取り壊され、現在はひとつにまとめられている→以前の弁天三社
洞窟の中は冷気いや、霊気か、が漂い、ひんやりしている。
岩壁からしみ出た水が滴り落ち、その音が洞窟内に響く。


岩下道から分岐し地図の岩記号に向かって歩くと行く手を岩壁が塞いでいる。ここがカニの横這いの始まり。横這いは長さ5メートルほどで足場はしっかりしている。ロープを握っていれば落ちる心配はない。


横這いが終わると次が難関の縦這いだ。2段構成になっている。
数年前まで鎖やロープがあったらしいが取り外され、現在は両手両脚で登るしかない。かなり怖い岩場だ。
この岩を登ると一旦、平坦になるが、その先にもうひとつ難関が待ち構えている。


縦這いの下部が終わると尾根が平坦になり背中当山(せなかあてやま)の道標と出合う。
しかし、縦這いはこれで終わったわけではない。次に長い鎖場が待っている。


古賀志山主稜線が見えてきた。
中央のピークが標高546の中岩。カニの縦這いはあそこまで続く。


中岩直下の長い鎖場。
今日の課題のふたつ目はここを鎖を使わずに登ることだ。
いざとなったら鎖をつかめばいいなどと甘く考えていると、そのときは手遅れである。鎖はないものと考え、落ち着いて慎重に登らなくてはならない。


カニの縦這いが終わると古賀志山主稜線の御嶽山と赤岩山の中間に位置する中岩に飛び出す。
地理院地図には546と表示されている。


赤岩山山頂
ここは休憩するスペースも展望もないのでいつも通過。
ただし、このわずか手前に使われなくなったパラグライダーの離陸場があってそこからの眺めがいい。


赤岩山を通過して北ノ峰に向かう途中、左へ降りる踏跡がある。急な斜面を下っていくともう一度、左へ降りる踏跡がある。そこを下りきるととてつもなく大きな岩と出合う。そこが猿岩。
猿にしか登れない岩、猿でさえ落ちる岩、そんな例えから名付けられたのだろう。
道はここで終わるが岩へは行ける。
岩の上からの眺めは素晴らしく、鹿沼から日光にかけて視界が広がり休憩にはもってこいの場所だ。
今日はここが折り返し点となる。
それにしても暑い。シャツもパンツも流れ出る汗でぐっしょり。
スポーツドリンクは飲むそばから汗となり、飲む量が汗に追いつかない。


猿岩のトップに腰を下ろす。
岩の上は遮るものがなにもないので暑いが、動きを止めたためか発汗はいくぶん和らいだ。
あまりの暑さで食欲はないが体力を回復するためにも岩の上で二度目の昼食とする。
栃木県北部の我が家から南へ、標高820メートルの我が家よりも低い古賀志山へ来たのだから、それは暑いに決まっている。早いとこ切り上げて高原の風が吹く我が家に帰りたいw
しかしなんだな、なにもこんな暑い場所じゃなくて、日差しを遮ってくれる林の中で休憩すればいいのにと思う。


猿岩を降り赤岩山を通過して往路で下ったこの岩を今度は登る。
ロープは使わない。


ナツハゼに、、、


ママコナと秋の雰囲気たっぷり。


中岩を通過して御嶽山へ向かう途中の通称、カミソリ岩。
鎖があるが使わずに下る。


御嶽山を通過して古賀志山へ。
今日で50回目だがすべて山頂に立ったわけではない。むしろ稜線続きの御嶽山の山頂に立つ方が多い。
さて、古賀志山へは写真を撮るだけに立ち寄っただけ。このあとは御嶽山近くまで戻り、古賀志山大神(こがしさんおおかみ)に寄ってから下山しよう。


し、しまった。
古賀志山大神に行くつもりだったのに道を間違えて猪落(ししおとし)に来てしまった。
ここを下れば駐車場は近いのだが今日はどうしても古賀志山大神に行きたい。が、そのためには急傾斜を登り返さなくてはならない。


ふ~、着いた。
昨年、地図とコンパスを頼りに苦労して探したのがこの古賀志山大神なのだ。
しかし、次にまた来ようとしてもどうしても違う道を行ってしまう。その行き着く先が先ほどの猪落。今日も同じ間違いをしたがなんとか辿り着くことができた。
50回目を迎えられたことに感謝して手を合わせる。


すぐそばにあるアブラツツジが葉、実ともに色づいている。


古賀志山大神から岩下道へ向かって急傾斜を下っていくとこんな岩が見える。対面岩だ。
特徴のある形から、モアイ像と言う方が通りがいいかもしれない。


対面岩と岩下道は近いがそこも岩場だ。一枚岩でなおかつ、苔が生えているので滑る。
おそらく今年になってからであろう、有志の手によるものなのか他の岩場には見られないほどの頑丈な鎖が取り付けられている。しかも長い。


岩下道から南コースへ出て朝歩いたのと同じ道で膳棚駐車場へ向かう。


今日のルート
GPSの記録をフリーソフト「カシミール3D」で処理し、往路を赤い線、復路を青い線で表している。


今日、歩いたルートの断面図。
起点とした膳棚駐車場の標高は208メートル。山域の最高標高点は古賀志山の583メートルなので標高差は375メートルに過ぎないが、アップダウンの登り分だけを足した累積標高は1454メートルにもなる。
低山だからと侮ると大変な目に遭うぞ(笑)


一昨年10月を初回として今日まで50回の軌跡(赤い線)。
地理院地図やガイドブックに紹介されているルートはほんの数本しかない。他は地図に描かれていない。
踏跡があるからといって不用意に入り込むとそこは急な岩場だったりする。見通しが効かないためどっちへ向かって歩いているのかさえわからなくなることがある。バリエーションルートを歩くには絶対の安全を心がけることが大切なのだ。
管理人の読図力は古賀志山の経験に基づいている。


map古賀志山山域を探求するにはNPO法人「古賀志山を守ろう会」が作成公開している、「めぐり図」が役に立つ。
地元の人の信仰対象になっている山、岩、社などの位置関係が一目瞭然だ。
ただし、概略図なので実際に歩くにあたっては地理院発行の1/25000または1/12500地図とコンパスが必須。



地理院地図にある正規の登山ルートの他に、地元のハイカーが長年にわたって開拓してきた多くのバリエーションルートが存在するのが古賀志山の特徴といえる。
栃木県の山しか知らない管理人だが、古賀志山で学んだ読図と岩登りの技術はどこへ行っても通用すると信じて疑わない。それほどこの山は難易度が高い。たくさんの事故が発生していることでもそれがわかる。

古賀志山は山域全体の半分が個人の所有物すなわち、財産であり、所有者の理解があるから利用できる。
し たがって、古賀志山を歩くにあたっては所有者に感謝の意を表わすとともに自然を良好な状態に維持しなおかつ、信仰の対象となっている社や山、岩を敬うとともに事故を起こさないことが大切だと思っている。事故は山の所有者に多大な迷惑をかけるばかりでなく、ことの大きさによっては入山禁止にもつながり、他のハイカーにも影響が及ぶ。

繰り返しになるが、古賀志山は難しい山だがここで学んだ技術は必ず他の山で役に立つ。
自分の山登りに疑問が生じたら、古賀志山へ来るといい。
山のいろいろな要素を併せ持つ古賀志山に来れば自分がなにを求めているのか自分になにが不足しているのか、その答が見つかると思う。
その結果、管理人に例えるなら、バリエーションルートの多さは読図の練習に最適で道間違いからの脱出が楽になった。地図に道のない山を歩くのが楽しくなった。低山を楽しめるようになった。退却する決断ができるようになった。藪を厭わなくなった。急斜面の上り下りに躊躇いがなくなったなど、山で必要(必須とはいわないが)とされる知識と技術に変化が出ていることを実感している。
欲を言えば、もしも10年前に古賀志山と出会っていたならば、後遺症でいまだに管理人を苦しめている怪我を未然に防ぐ技術を習得できていたかもしれない。

今日は猛暑の中を歩いたのでついでに書いておきたいことがある。
登山中に必要な水分補給に関して現在、考察中のことだ。といっても、ほとんどネットに書かれていることだけど。

古賀志山から帰宅して入浴後、体重を計ったら53.6キロに減っていた。
管理人の平時の体重は55キロなので1.4キロ減少したということだ。
しかし、いくらなんでもお腹にたっぷり蓄えた脂肪が一度の登山で1.4キロも減るなどいうことはあり得ないから、多くは発汗による体重減であるのは明かである。

登山中の発汗量を計算する簡単な方法がある(鹿屋体育大学・山本正嘉教授の研究による)。
発汗量=(体重+荷物)×行動時間×5(※)・・・単位ミリリットル
この式で計算された発汗量の70パーセント以上を補給することが推奨されている。

これによれば、今日の山行で予測される発汗量は、
65×6.3×5=2048ミリリットルになり、最小補給率を70パーセントとすれば1434ミリリットル補給する必要があった。

もうひとつ、別の計算式を紹介しておく。
昨年12月のブログ「山でバテないために山での食事について考える」の中で、登山における消費エネルギーの計算式を紹介した。・・・安藤真由子著・登山体をつくる秘密のメソッド(地球丸)
同著によれば登山中に補給すべき水分量も同じ式を用いて計算できると書かれている。

DSCF5838計算式を引用すると、
水分消費量=(体重+靴などを含む携行品の総重量)×(1.8×行動時間+0.3×水平歩行距離+10.0×累積上昇距離+0.6×累積下降距離)・・・単位ミリリットル

この計算式を使って今日の古賀志山における水分消費量をあらためて計算してみると、
65×(1.8×6.3+0.3×10+10×1.453+0.6×1.454)=1933ミリリットルと計算された。

なんと、簡便計算と100ミリしか違わない。

ただし、この式だと水平歩行距離はわかるとして累積上昇(下降)距離を測定するのは一般の人には難しい。ここは簡便な計算式で十分、使えそうだ。

今日、管理人が持参した飲物は自作のスポーツドリンク1.5リットルに水道水1リットル、260ミリの微糖の缶コーヒーだった。実際に飲んだ量は、残量から推定してスポー ツドリンク1.2リットルに水道水0.5リットルだったから計1.7リットルと、計算上の発汗量2048ミリリットルに対して83パーセント補給したこと になり、推奨される最小補給量70パーセントを上回った。

さて、別の見方をしてみる。
平時の体重55キロの管理人が飲んだ水分は1.7リットルだったから、もしも汗を一滴もかかなかったとすれば計算上の体重は56.7(=55+1.7)キロということになる。
実際には53.6キロまで減ったので、56.7-53.6=3.1キロすなわち、1ミリリットル=1グラムの水道水として考えれば3.1リットルの汗が身体から排出されたことになる。

計算上の発汗量2048ミリリットルと推測上の発汗量3100ミリリットルとの差、1リットルは大きい。
計算式が間違っている?

この差が生じる原因は発汗量の計算式(簡便法の)で用いられている「5」という値の妥当性ではないだろうか。この値の根拠はよくわからないが、おそらく運動強度(※)のことではないかと思う。
そこで、より現実に近づけるために気温や湿度などの特性を考慮して、「5」に固定せず、自分で決めてあげればいいのではないのか、そう思っている。
※厚労省では身体活動の強さを表す単位として「メッツ」を用いているが、それとは異なるようだ。なぜなら、厚労省では登山時のメッツを7.5としているから。

今日の環境での発汗量を基に、上式の値「5」をどれくらいにしてあげれば現実的なのか、算出してみた。
値=実際の発汗量÷((体重+荷物)×行動時間)
=3100÷(65×6)
=7.57≒8・・・計算を簡素化するため大幅に切り上げて整数にした。

つまり、今日のような炎天下の里山を歩く場合は値を8として発汗量を計算し、持参すべき水分を用意する必要があるということだ。反対に汗をかかない冬は元の値通り、5でいいかもわからない。

発汗量=(体重+荷物)×行動時間×5=2048ミリリットル・・・汗をかかない季節

発汗量=(体重+荷物)×行動時間×8=3276ミリリットル・・・高温高湿時

今日を高温高湿日とすれば、予想発汗量3276ミリリットルに対して補給が1700ミリリットルだったから補給率52パーセントとなり、推奨される最小補給率70パーセントを下回ったわけだが、暑さで苦しんだとはいえ意識障害や痙攣など脱水症や熱中症特有の症状は出なかったから、健康には問題なかったようだ。
ただし、帰宅すると同時に大きめのグラスの氷を入れ、蛇口から水をたっぷり注いで一気に飲み干したから、喉の渇きとは別に身体は水分をほしがっていたのだろうと思う。

要は最大の備えをして補給は行動中の身体の状況に応じて適時おこなう、という危機管理の心構えが大切なのだろうと思う。
その積み重ねが経験知として役に立つはずである。
でも3リッターもの水は肩が凝るほど重いよ(^^)

さらに余談。
スポーツドリンクはアクエリアスの粉末を規定の2倍の水で作り、それに塩とクエン酸の粉末を加えている。
アクエリアスやポカリスエットはアイソトニック飲料に分類され、登山のような長時間にわたる運動には不向きだそうだ。糖分が濃いために吸収が悪いのが理由とされている。
体内への吸収を高めるにはアクエリアスの場合だと2倍に薄めるのがいいらしい。ケチをしているのではないのだよ管理人はw
ただし、塩分も半分に薄まってしまうので塩をひとつまみ加えることが重要なポイントである。発汗で失われた塩分を補給しないでいると意識障害や痙攣を引き起こす。これは経験者の言うこととして信じてほしい。
塩分を過剰に摂取することを問題視するのは山ではかえって危険である。日常生活の中でコントロールすべきであろうと思う。
クエン酸は良い効果をもたらすらしいが管理人は甘さを相殺するために加えている。

あっ、缶コーヒーはとてもではないが飲む気になれなれず、持ち帰ってきた。
いつも感じることだが、いつもより水分を多く必要とするような高温高湿時の登山では、スポーツドリンクや缶コーヒーの甘さを身体が受け付けなくなってしまう。

そのようなときのためにも水道水は欠かせない。
生ぬるい水でもスポーツドリンクより旨く感じるのはどういった生理の働きなんだろう。極上の飲物のように感じてしまう。
ただし、その場合は塩分が不足してしまうので管理人は塩粒あるいは塩分が含まれるタブレットを水道水といっしょに飲むようにしている。スポーツドリンクを飲んでいても痙攣が起こることがあって、そんな場合は追加で塩を摂取すると治まることがある。
強くお勧めはしないが念のため、参考にどうぞ。

満水に期待して行ったが干上がって見る影もなかった西ノ湖。が、意外な事実に謎が解けた。

2016年8月31日(水) 晴れ

極端に少ない雪、長梅雨、晴れる日のない夏といった異常気象を象徴する今年の日光は、秋(8月下旬の日光はすでに秋)に入ってもおかしな天気が続いていて、これは日光だけの現象だけではないのだが、台風が南海上から直接、北上して関東を直撃するなど異常はとどまることを知らない。一刻も早く例年通りの天候に戻ってほしいものだがこれは地球規模の問題であり、一国民の手に負える問題ではない。

夏と秋の自然現象、なかでも台風に伴う大雨は水害や土砂災害などをもたらせ深刻だが人への被害を心配する必要のない、建物も植林地も人工物も一切ない場所では恵みの雨となり、普段では見ることができない自然の美というものが我々の前に現れる。
奥日光でいえばその代表が「小田代湖」の出現である。
台風が強い勢力を保ったまま奥日光を直撃したときだけに見られる現象で、頻度は実に希で数年に一度しかないが、その美しさには惹きつけられる。
小田代ケ原の象徴、貴婦人が湖に映り、そこをカモが悠然と泳いでいるなど、小田代ケ原に足繁く通っている人でさえ滅多に見ることのない光景がそこに展開する(画像は11年10月、台風直後の小田代ケ原)。

一方で、干上がった湖が水位を取り戻すのも大雨による恩恵だ。
中禅寺湖西端のさらに奥にある西ノ湖は、流入する川がないため雨の降らない期間が長く続くと水が湖底にしみこんで水位が低下し、渇水期におけるダム同様、干上がってしまう。
干上がった湖の水位が元に戻るにははやり、雨が降らないことにはどうしようもないわけであり、その雨こそ台風に依存するしかない。

今月になって台風9号と10号が相次いで関東を直撃した。日光もそれなりの降雨量とはなったが、とはいえ日光は栃木県北部に位置するので多くの場合、通過するのは勢力がだいぶ弱まってからだ。
長梅雨そして、台風9号と10号の恩恵にあずかれたのかどうか、この目で確かめられずにはいられない。
画像上は07年9月の台風で氾濫した西ノ湖。ここまで望まないがそこそこあってほしい。


西ノ湖へは赤沼駐車場から出ている低公害バスに乗り、西ノ湖入口で下車するのが一般的。
他には低公害バスの車道を歩くという手があるが、2時間は覚悟しなくてはならない。
ハイキングのつもりなら龍頭滝から中禅寺湖に沿って千手ヶ浜まで歩き、さらに千手ヶ原を歩いて西ノ湖まで、景色やツツジ(5月)を楽しみながら約3時間で行ける。


バス停・西ノ湖入口で下車し道標にしたがって西ノ湖へと向かう。


カラマツとシラカバに挟まれた道は開放的でとても気持ちが良いものだ。
一応、車道なのだが一般車は入ってこない。が、熊が歩いてることがたまにあるらしい。


柳沢川にかかる吊り橋。


鬱蒼とした林の中は夏でも涼しい。
この時期はシロヨメナが咲き誇っている。


バス停から約20分で西ノ湖に到着。
水はずっと後退してこの有様。
満水時はここまで水があるのに今年の長梅雨と台風でもだめだったか。


湖の西から見たところ。
平時なら左の木立ぎりぎりまで水があるのに、まさに渇水状態である。


水際に近づこうと歩いていると不思議な光景を目にした。
干上がった湖底から水が湧き出ていてわずかに残った湖に向かって流れていくではないか。
西ノ湖は外からの水の流入がないばかりでなく、湖底から水が湧いているという話もこれまで聞いたことがない。はたしてどうしてここに水が湧き出しているのか、長年通っているが新しい発見だ。


流れは水際に近づくにつれて幅が広くなり、湖底を潤している。


今度は西ノ湖を東側から眺めてみた。
画像の右の方から水が流れ込んでいる。
今日の現象を考えてみると、湖底に水源があって常時、水が湧き出ているのなら西ノ湖は渇水しない。したがって湖底に水源があるとは考えにくい。
この謎を解く鍵は西ノ湖の北、350メートルに流れる柳沢川だ。
地図で見るとわかるが柳沢川と西ノ湖の水面は標高1300メートルで同じだ。
もしも柳沢川の一部が西ノ湖の近くで伏流しているとすれば、湖底が見えるほど西ノ湖の水位が低下した場合だけ伏流水が湖底からひょっこり顔を出すということが考えられる。管理人がいま見ている現象はまさにそうなのであろう。
ということは、柳沢川の流れが十分にあるのなら雨が降らなくても西ノ湖の水位は復活する、そう考えても良さそうだ。ただし、そのためには西ノ湖の水が湖底にしみ込む量を柳沢川の伏流水の量が上回るという条件がつく。

これまで管理人は、西ノ湖の水位は雨の量で決まる、そう思い込んでいた。
ところが湖底から水が湧き出しているのを目にして、それが答だとは言えない、そう考えるようにした。


西ノ湖が干上がるのはよくあることだ。
そして干上がった湖底のあちこちにイトキンポウゲの愛らしい姿を見ることができる。
花は直径5ミリほど、目を凝らさなければわからないほど小さい。


林の向こうに白根山が見える。
満水状態で言えばここは水の中なので平時は見ることができない。


巨大なハルニレの木。


さて、次は小田代ケ原と戦場ヶ原をぐるっと回って花を見ることにしよう。
同じバス停から乗ったのでは面白くないので、千手ヶ原を中禅寺湖まで歩いて低公害バスの終点から乗ろう。


中禅寺湖の西端、千手ヶ浜。
男体山の眺めが実にいい。
6月になるとこの近くのクリンソウの群落を見る観光客でごった返すが、季節外れの今は静かだ。


バスが小田代ケ原に着いた。
まずは小田代ケ原全体を見回すことに。
残念ながら小田代湖はできていなかった。
これから半周して次に戦場ヶ原に入り、車を置いた赤沼まで歩く。


アキノキリンソウ


木道が整備され途中までなら車椅子が入れる。


ニッコウアザミ


ホザキシモツケ


トネアザミ


ハクサンフウロ


トモエシオガマ


戦場ヶ原から男体山を眺める。


ワレモコウ


ウメバチソウ


エゾリンドウ


戦場ヶ原を龍頭滝へ向かって流れる湯川。


今日はCanonのG9Xで撮ってみました。初撮りです(^^)
この画像を撮ったのは左に写っている、RICOH のCaplio R6。720万画素の古いカメラですが写りのよさといい手の平にすっぽり収まるサイズといい、山歩きに携行するのに最適で管理人のお気に入り。
1台目はストロボの発光が弱くなったのでボツにして、中古を2台買って使っています。
黒いボディはRICOH のCX5。名機と言われていました。

27年前の夏、家族を救ってくれたハイカーに、礼を言いたくて鬼怒沼に行ってきた。

2016年8月25日(木) 天候は不安定

女夫淵(05:27)~八丁ノ湯(06:53/07:02)~加仁湯(07:10)~日光澤温泉(07:25/07:30)~丸沼分岐(07:50)~オロオソロシ滝展望台(08:12/08:22)~鬼怒沼南(09:41/09:45)~巡視小屋(10:02/10:05)~鬼怒沼山分岐(10:29/10:30)~鬼怒沼山(10:40/10:45)~鬼怒沼山分岐(10:52)~三叉路(11:20)~物見山(11:45/11:50)~三叉路(12:12)~鬼怒沼南 (12:45)~オロオソロシ滝展望台(13:52/14:07)~丸沼分岐(14:25/14:28)~日光澤温泉(14:40/14:48)~加仁湯(14:58)~八丁ノ湯(15:12/15:24)~女夫淵(16:41)

日光の山を登るようになってたしか、18年か19年になる。
それまでなにもしていなかったのかというとそんなことはなく、サラリーマンだった頃、家族で尾瀬や鬼怒沼を歩いたことがある。
ただそれが主目的ではなく、観光だけではつまらないからつけ加えたというレベルであり、ハイキングはあくまでも旅行の付録にすぎなかった。

はるか昔のことなので当時、どのようなウエアを着てどのような靴を履き、ザックはどんなものを使ったのか、今となっては思い出すことはできないが、装備に安全を求めて投資するようになったのは日光の山を登るようになってからなので、当時はかなり粗末なものだったに違いない。

無知とは怖いもので尾瀬ではカメラを紛失するし、山小屋で休憩した際に飲んだワインのせいで身体に変調を来すし、鬼怒沼では飲み水を切らしてしまい、見かねたハイカーが分け与えてくれるといった失敗があった。
今から25年以上も前のことなのに失敗はよく覚えている。

そんな失敗を懐かしみ、その現場に行ってみたいと思うようになった。
尾瀬は広すぎてカメラをなくした場所などわからないし、山小屋はたくさんあるのでどこでワインを飲んだかなど、今となっては迷宮入りである。
だが、鬼怒沼のことはよく覚えている(↓)。
広い湿原の中に木道が敷設されていて歩ける。木道の脇に木のベンチがあり、ベンチの背もたれ側に池があった。水をほしがる子供に親としてなにもしてあげることができず、この池の水を汲んで与えようかとさえ思った。
隣のベンチにいたハイカーが我が家の窮状を察し、水筒をそっと差し出してくれた。その好意をまさに命水と受けとめ、ありがたく頂戴したのはいうまでもない。
古い話なのでそのとき、感謝の気持ちをきちんと伝えられたのかどうかは覚えていないが、そのハイカーの好意はいまでも心に深く染みついている。
その現場に行ってみたくなった。

行って当時の情景に触れ、そのハイカーに礼を述べよう。
そんなことを思うようになったのは歳のせいかもしれない。
心の奥底に沈殿している気にかかることをすべて洗い出し、気持ちを軽くしてあの世に行きたい。山のあちこちが信仰の対象になっている古賀志山を知ってからというもの管理人、この歳になって信仰心が芽生えたのか、先の短い人生を悔いなく生きたいと思うようになった。
よっし、まずは家族を救ってくれたあの鬼怒沼へ行って気持ちを軽くすることから始めてみよう。
明確に意識はしていないが終活に向かっているのかもしれない管理人である。


5:27
県道23号線の最終地点、女夫淵。
同じ日光市内でも自宅からここまで1時間半もかかるから早朝出発を考慮して、昨夜のうちに着いて車中で仮眠することにした。
座席の背もたれを倒すと大人二人が横になれるだけの大きな空間ができるが、ベッドのようにフラットになるわけではなく寝心地は悪い。あくまでも仮眠だ。
したがってこういう日は寝不足状態で歩かなくてはならず、それが年老いた身体には辛い。まぁ、もっとも、加齢とともに睡眠時間はどんどん短くなっていて毎日が睡眠不足だから同じようなものだけど。


駐車場から先、道はまだ続いているが一般車は入れない。
この奥にある4つの温泉宿の車と堰堤工事の作業車に限られる。


5:34
林道入口の橋を渡るとすぐ右に鉄製の急な階段がある。
ここが奥鬼怒へ向かうハイキングコースの入口となる。
初っぱなからこの階段の傾斜に怖じ気づいてしまった。だって普通、コースに階段が設置されているというのは傾斜が急だからなのだ。はたしてこの先、なにが待ち構えているのか?


階段を昇るとごく普通のハイキング道に変わった。かなり整備されていてここは石畳だ。


5:51
鬼怒川にかかる大きな吊り橋の名前は「鬼怒の中将乙姫橋」。“きぬのちゅうしょうおとひめばし”と読むらしい。
なにやら深い由来がありそうで興味が湧く→こちらに詳しい


道は鬼怒川の右側(左岸)につけられていて川のせせらぎ、というかゴウゴウという大きな音を耳にしながら歩いて行く。


6:16
これも鬼怒川で橋の名は「二ツ岩橋」。


6:23
道の右の方からもの凄い水音が聞こえてくる。
すぐ目の前の木橋の下に水量豊かな流れがある。流れを追っていくと大きな岩に挟まれて、落差は小さいながらも野性味たっぷりの滝があった。名前はわからない。
滝壺の水面と河原とがほぼ同じ高さなのに水は一定方向にしか流れていかない。なんとも不思議な感覚だ。


鬼怒沼へ行くには奥鬼怒四湯を経由する。
四湯のうちふたつの旅館は車による送迎があるが、他ふたつは女夫淵から歩いて行かなくてはならない。それがこの道。左に鬼怒川が流れているが温泉街をゆったり流れる川幅の広い鬼怒川と違ってその姿は荒々しい。


6:34
女夫淵から1時間強、歩いたがまだ行程の1/3。
ここでざっと今日の歩行距離を計算してみた。
女夫淵から鬼怒沼までは道標にあるように9.5キロ。道標の鬼怒沼は入口を指しているはずで、北端まで700メートルある。
北端から鬼怒沼山と物見山に登るがその距離は4.4キロだから、合計は、
9.5×2+0.7×2+4.4=24.8キロの行程となかなか手強い。大丈夫かい?


四湯のうち女夫淵にもっとも近い「八丁ノ湯」に着いた。
大きなログハウスが6棟はあっただろうか、秘湯とは思えない立派さだ。


6:55
これは本館。
ログハウスの片隅に隠れるようにしてある。
27年前、まだサラリーマンだった管理人が家族で泊まったのがこの宿だ。
当時はログハウスはなかったのでこの建物だったはず(と、記憶が曖昧)。
1日目はここに泊まり翌日、鬼怒沼を歩いて日光澤に泊まった記憶がある。


7:11
ふたつめの加仁湯。
八丁ノ湯から鬼怒沼へ行くのにこの前を通過したはずだが、こんな立派な建物ではなかったような。


加仁湯の前を左へ回って坂を上がるとこのような案内板がある。
三湯目の手白沢温泉へ導く説明だ。


7:26
加仁湯から15分、奥鬼怒温泉の四湯目がここ、日光澤温泉。
他の3館が立派な建物として生まれ変わった中で、ここだけが時の流れに乗ることなく昔のままの姿で営業を続けている。建物は旧いが実にいい感じ。
家族旅行の2日目に泊まったのがこの宿だ。鬼怒沼を歩いた帰りだった。
この宿と先ほどの手白沢温泉は送迎はやっていない。客は女夫淵から2時間かけて歩くしかないので客層は登山者に絞られるであろう。いや、ハイキングもしないでここでのんびり過ごすのもいいなぁ。


登山届け入れがある。
ということは、ここまでは遭難の心配のないハイキングだが、ここから先は登山なのだよということなのであろう。もちろん、そのつもりなので届けはあらかじめ用意し、ここに入れた。


鬼怒沼へは旧館の下をくぐって進んで行く。


旧館をくぐり抜けたところ。
道は二手に分かれ、右が鬼怒沼。左は根名草山へと行く。


日光澤温泉全景。
岩壁と建物の間を鬼怒川が流れている。


7:35
「おさおとばし」と読むそうだ。
ここまで鬼怒川本流、支流あわせて4つの橋を渡ったのだろうか。


オオカメノキ


日光澤温泉から先はやたらと階段が多い。
傾斜が急ということであろう。


8:12
オロオソロシの滝展望台。
かなり先に大きな滝が流れているのが見える。地図でおおよその距離を測ってみるとここから600メートルと出た。


コース上に水が流れている。
岩は濡れていていかにも滑りそう。
特に下りはスリップしないよう心して歩かなくては。


9:31
お~、鬼怒沼まであと400メートルまで来た。


木道の両脇は笹藪化して先が見えないが、なんとなくこの先すぐが鬼怒沼のような、、、


9:42
つ、ついに夢にまで見た鬼怒沼にやってきた。
27年ぶり。感動の再会だ。


ふむふむ、そうなのか。と、説明を読み納得する管理人である。


入口の案内板によると鬼怒沼全体は東西に410メートル、南北720メートルあり、その中に大小250もの沼(池塘=ちとう)があるらしい。見た限り、250はないようだが見応えは十分。管理人、大いに満足している。
中央に見えるのがこれから登ろうと思っている鬼怒沼山だ。


モウセンゴケ
戦場ヶ原の湿地にもあるがごく一部の地点なのに対して、ここには無数とも言えるほどある。


確かこんな感じの池だったなぁ、水を切らして池の水でもいいから飲もうと思ったのは。
実際には見知らぬハイカーに助けられたわけだが、その好意にあらためてここで感謝の気持ちを伝えた。


う~ん、テガタチドリかなぁ?
それにしては花の付き方が違うし、大きさも違う。
とりあえず写真だけ撮り帰ってから調べてみると「イワショウブ」と言うんだそうだ。管理人が初めて見る花だ。


鬼怒沼でもっとも大きい「金沼」。
池塘の周りの草がわずかに色づいている。草紅葉が始まっているといっていいのだろうか。
9月になったらもっと色が濃くなるはずだから、これからが草紅葉の見ごろかもしれない。
右に見えるこんもりした山が鬼怒沼山。今日のオマケだ。


10:03
木道は金沼の先で二手に分かれている。
鬼怒沼山は右に見えるので右に進んでみた。
木道が途切れたところに東京電力の巡視小屋がある。非常時は避難小屋として使ってもいいらしい。
なぜここに東電? そんな疑問が生じたが帰ってから調べることにして、取り急ぎ中を見るだけにして先へ進んだ。
そういえば明治の頃、尾瀬の豊かな水源を利用してダムを造る計画があったらしいが、尾瀬と隣り合わせの鬼怒沼も東電が水利権を所有しているのだろうか?
ちなみに、中は内壁に沿ってベンチがあり中央は土間になっている。寝るとしたら土間の上に直接か幅30センチのベンチでということになる。


鬼怒沼山への道は緩やかだ。
木立に囲まれて見通しはきかないが歩きづらくはない。


見事なスギゴケ


巡視小屋からここまで緩やかな上りだったがここで一旦、20メートルほど下る。


10:31
山頂へ導くりっぱな道標。
ここの標高は2080メートルなので山頂まで60メートルの上りとなる。
山頂への道を辿らず直進すると栃木、群馬、福島の3県にまたがる黒岩山に至る。それと尾瀬沼にも行ける。
鬼怒沼山を目指したのは黒岩山を意識してのことだ。女夫淵から日帰りで行けないものかどうか、その感触を確かめるのが今日の目的のひとつなのだが、黒岩山はここからまだ5キロもある。女夫淵から日帰りで往復するのは無理かもしれない。


10:40
ややきつい傾斜を登っていくと最後に笹藪となり、畳1枚ほどの平らな場所があってそこが山頂だった。三等三角点がある。
景色が見えるのはこの方角だけ。鬼怒沼の雄大な景色と比べるとなんとも寂しい眺めだ。
地理院の地図によるとこの東北東、360メートルに同じ名前の鬼怒沼山というのがあり、標高もほぼ同じで2135メートル。ここから見えるあの山がもうひとつの鬼怒沼山だと思う。
滞在時間5分で早々に下山し次の目的地、物見山(毘沙門山)へ向かうことにした。


11:20
同じ道を下っていき、巡視小屋にさしかかる手前の分岐を右へ進むと再び木道と出合う。ここが鬼怒沼の北端で三叉路の木道になっている。道標の尾瀬沼とあるのが鬼怒沼山からの道。物見山へは大清水方面へ向かう。
ちなみに、この道標にある大清水方面に向かうとそこはすぐ群馬県である。


沢と化した道を歩いたり渡渉したりしながら最後の登りはカニコウモリの群落だ。


11:45
なんとなく山頂に着いてしまったという感じ。
そのはずで三叉路から100メートルも登っていない。


12:12
同じ道を先ほどの三叉路まで戻りここで再び鬼怒沼を歩く。
往路とは違う顔が見られるかもしれない。


金沼
木道は南に向かっているので晴れていればここから白根山や日光連山が見えるはずなのだが、、、


そうだ、今日は長丁場で時間を気にしながら歩いているため記念写真を撮っていなかった。
タイマーを10秒にセットして分岐している向こうの木道へと猛ダッシュするも正面を向く前にシャッターが切れてしまった。我が鈍足を嘆く。


12:46
鬼怒沼南端まで来て、下山に取りかかる。
ちなみに北端の三叉路からここまで人の姿は6人、見ただけ。
朝は管理人以外、誰もなく、もちろん鬼怒沼山も物見山にも誰もおらず独占。ずいぶん贅沢をさせてもらった。


水が流れる道を滑らないように気をつけて下っていく。


日光澤から鬼怒沼へは道が1本しかなく迷いようがない。
だがときおり、このような赤テープを目にする。テープは地上3メートルの枝に付けられているが、きっと雪が積もっているときに付けたものであろう。ということは、冬でも鬼怒沼を訪れる人がいるということか。


崩落した斜面を歩く。


日光澤温泉のすぐ下の鬼怒川では、朝は無人だったがこの時間は作業者がいて護岸工事がおこなわれていた。
ここまで戻ると急に日差しが強くなった。いままでが涼しかったのでこの暑さに閉口する。


16:01
鬼怒川にかかる二ツ岩橋を渡って、、、


これも初めて見る花だなぁ?


林道に降りる階段が見えほっとする。駐車場まであと5分。


16:40
車を置いた女夫淵駐車場に到着。
それにしても疲れた。
鬼怒沼は遠かった。
GPSの記録は23.6キロを示している。
鬼怒沼をもっとゆっくり楽しむには鬼怒沼山と物見山は余計だったかもしれない。花の季節であれば今日の2倍、3倍の時間をかけたい。
まぁでも、これで感触がつかめた。
次の目標は積雪時の鬼怒沼そして、花の季節だ。それが終わったら黒岩山さらには尾瀬沼、尾瀬ヶ原へと足を伸ばそう。燧ヶ岳にも登ってみたい。
終活の気持ちとは裏腹に、目標が膨らむばかりの管理人である。


地理院地図上にGPSの記録を描画したもの。処理はフリーソフト「カシミール3D」を利用。


同じカシミール3Dを使って標高×距離を図にしたもの。
GPS本体に表示された距離は23.6キロだがそれをカシミール3Dを使って処理すると上図のように距離が1割強、多くなる。計算のアルゴリズムの違いだと思うが、前もって計画した平面上の距離は21.48キロなのでGPSの方が実態に近い気がする。

さて、栃木、群馬、福島の3県境(※)にまたがる「黒岩山」を目標にする場合、距離が9キロばかり長くなる。
GPSで計測した距離23.6キロには鬼怒沼往復0.5キロと物見山往復1.84キロといったオマケが含まれているのでそれらを差し引いても、女夫淵から黒岩山を目指すと往復で30キロという長丁場になる。
う~ん、30キロねぇ。皇海山と同じだ。

皇海山はその距離の長さゆえ、日帰りを躊躇っているところにもってきて、同じ距離の黒岩山が行きたい山のひとつとして急浮上してきた。
困りましたねぇ、考えると頭が痛くなりますw
※実際には福島県境に200メートル足りない。

五色山~前白根山縦走ルートから百名山の白根山を眺める。ここは花の宝庫だ。

2016年8月15日(月) 曇り

昨年6月、管理人主催のフラワーウォッチングのツアーに参加した宇都宮在住のHさんから、盆最後の15日にガイドをお願いしたいとの依頼があった。

希望は白根山。言わずもがな日光で最高の人気を誇る山である。

百名山として全国的に知られていること、関東以北最高峰の山であること、標高2578メートルのうち2000メートルまで一気にゴンドラで上昇できる手軽さ、山頂からの展望が素晴らしいことなどが人気の理由になっている。

Hさんはフラワーウォッチングの後、鳴虫山高山赤薙山といった順に標高と難易度を上げながら山女子としてのスキルを磨いてきた。そろそろ白根山への要求が生じてもおかしくない時期にきている。
管理人も大賛成なのだがいかんせん、日程が悪い。
レジャー業界に身を置く管理人は盆中は忙しい。一見客であれば即、断ってしまうケースだ。
それに超人気の白根山は平日も週末もなく混む。盆休み中の15日ならばなおさら、登山者が殺到するはずだし、車を置く場所さえ確保できない恐れがある。

Hさんにはこの時期の白根山の状況を説明し、今回は白根山を諦めてもらうことにした。その代案として、白根山以上に満足のゆくルートを提案して差し上げた。
具体的には、白根山とその麓にある五色沼を目の前に見ながら歩く、五色山から前白根山を縦走するルートだ。五色山と前白根山を結ぶ稜線は、距離は700メートルしかないが西側に広がる白根山と五色沼の眺めが素晴らしい。
歩きながら眺める景色の中ではこのルートと、男体山と中禅寺湖を眺めながら歩ける白錫尾根ルートが他を圧倒する。
このルートであれば距離も時間も菅沼口から白根山に登るのとほぼ同じだから、歩いて物足りないということはない。むしろアップダウンが多かったり難所があったりするので難易度は白根山より上だ。

コースは決まったとして問題は、今日は午後から雨の予報になっていることだ。それと帰宅したら宿泊のお客さんのために夕食の準備を整えなくてはならない。したがってできるだけ早い時間に登り始めて早い時間に下山する必要がある。帰宅のリミットは16時だ。
そこでHさんには朝一の電車で来てもらうことにした。といってもローカルのことゆえ始発は遅い。宇都宮始発でも日光駅着が6時39分だから移動時間を考慮すると登り始めは8時になってしまう。天気が目まぐるしく変わる夏山ゆえ、6時には歩き始めたいところだがこればかりは仕方がない。
8時に歩き始めて16時には自宅に戻っている必要があるから、どんなに遅くなっても下山は15時だ。いや、レジャー客の車で国道が混雑することを考えると14時半を目標にすべきであろう。
そのためにも行程中は綿密な時間管理をおこなうことが重要になる。

そうして組んだ行程が左図である。
Hさんにとって2千メートル峰は今回で2度目だが、1登目の赤薙山に比べるとアップダウンを繰り返す分、累積標高差が大きくなる。
したがって所要時間にゆとりを持たせると同時に、各ポイントごとに休み、身体に負担がかからないようにした。
休憩時間はときに計画よりも長く、ときに短くとることで全体の進み遅れを調整することにした。
計画では登り開始から下山までの6時間半のうち、1時間10分の休憩を含むから、息の上がらないゆっくりペースだと思う。

行程全体の流れは次のようになる。
金精トンネル(8:00)~0.5km~金精峠(8:40/8:45)~0.83km~金精山(9:40/9:45)~0.53km~国境平(10:05/10:10)~0.76km~五色山(10:50/11:05)~0.76km~前白根山(11:35/11:55)~0.76km~五色山(12:25/12:30)~0.76km~国境平(12:55/13:00)~0.53km~金精山(13:25/13:30)~0.83km~金精峠(14:00/14:05)~0.5km~金精トンネル(14:30)


07:40
国道120号線の湯元への分岐を過ぎたあたりで名称が通称、金精道路に変わる。
いくつかのカーブを曲がると金精トンネルを目の前にする。その入口部分が金精山の登山口で駐車場がある。
天気予報は数日前から曇りのち雨となっていたのでそれで敬遠されたのか、10数台ほど駐まれるスペースは先着車が5台。苦労することなく駐めることができた。


7:50
登山道は駐車場の隅っこにあり、大きな案内板と登山カード入れが設置されている。
道は金精トンネルの管理小屋(おそらく電光掲示板や照明などの)の裏手を回り込んでから本格的な登りになる。


うふぇっ、いきなり岩が出てきた。


岩の次は崩落した斜面を横切るといった冒険をしなくてはならない。幅30センチほどの踏跡がついてはいるが、火山礫なので滑りやすい。足の置き場所を間違えると数十メートル下の沢底に至る。


早くも花が見つかった。オヤマリンドウ。


登山口から金精峠まで距離は約420メートルと短いが、標高差は190メートルもあるからそれなりに厳しい。
フィールドアスレチック的な冒険気分を味わいたい方にはお勧めかも(^^)


アキノキリンソウ。
笹の葉が濡れているがこれは夜露。雨はまだ降っていない。


ハンゴンソウ。
初めはキオンかと思ったが分裂している葉はハンゴンソウの特徴だ。


帽子をかぶったような独特の形をしたトリカブト(ヤマトリカブト)。猛毒を持つ。
葉がヨモギに似ていることから若芽のうちはトリカブトと気づかず、食して死に至った事例も多いらしい。


8:27
Hさんに花を解説しながら荒れた急斜面を登り切るといきなり平らな地面の上に出て、そこが金精峠。
写真の手前に向かうと金精山、奥が温泉ヶ岳、左斜めが菅沼へのルートだ。


左を見ると古びた社がある。金精神社だ。
扉は閉ざされていてさらに、扉にはまっている格子は内部から板が打ちつけられているのでのぞき見ることができないが、中には「金精神」が祀ってあるそうだ。
子宝、安産、子孫繁栄に霊験があるとされるが管理人、これ以上のことを書くと赤面してしまうので、興味がある方はウィキペディアの説明を読んでほしい。


登山口から金精峠、金精峠から縦走路にかけて、植物が多い。
これはヤマハハコ。中央の黄色の部分が花で、白いのは花を包む萼片。


これから向かう先は金精山。
なかなか歩き易い道のような、、、


真っ赤な実をつけたオオカメノキ


ホタルブクロ


ウスユキソウ。
花はとっくに終わっているがあたかも白っぽい花のように見えるのは葉。きっと虫集めの用をなすのでしょう。


カニコウモリ


シラネニンジン


歩き易くはなかった。
峠から金精山に至る道もトンネルからの急登と同じような厳しさだ。
アルミ製の梯子を登るHさん。


いやぁ、なかなか楽しめるルートですな(^^)


9:18
第1座目の金精山に到着。
地図で見るとわかるがこの山は山頂にナイフを入れて真っ二つに切った形をしていて、湯元側から仰ぎ見る金精山は切った断面だ。
そして山頂からは遮るものなく湯元温泉と湯ノ湖、男体山が一望できる絶好のロケーションなのだ。


山頂から湯元を見下ろすとほら、ご覧の通り。
まっ、こんな日もあるわなw


山頂から下って国境平に至る道は踏跡がいくつかあってわかりづらいが、どれもどこかで交わるからあまり気にすることもない。


9:54
国境平
今日、計画したルートは金精峠から五色山まで、群馬県との県境を歩く。
ここは湯元へ下る道との分岐点となっているため他の山名と同様、識別するためにその地に似合う名前が付けられたのだと思う。


ハンゴンソウが群落をつくっている。
天気が良ければ青空と黄色とのコントラストが見事だろうと思う。


笹とシャクナゲ、シャクナゲと笹の間を縫って歩く。


10:24
2座目の五色山に到着した。
ここで初めて白根山が見えるようになる。


おぉ、悪天候ながら白根山の全貌が見える。
眼下に五色沼もクッキリ見える。悪くない。


ハクサンフウロに、、、


ソバナ


五色山から前白根山に向かう700メートルの稜線は、適度なアップダウンと白根山や白錫尾根の眺めが楽しめる。Hさん、大いに感動してくれる。


岩陰に咲くヒメシャジン


実をつけたコケモモ


11:14
今日の3座目、前白根山に到着。


白根山転じて前白根山となったわけだが、Hさんには大いに喜んでもらえた。


前白根山からの眺め。
白根山は雲に隠れてしまったが五色沼でしっかり目に焼き付けているので雲の中の形はイメージできる。


今日のルートは前白根山で折り返して同じ道を戻るいわゆる、ピストンだが、稜線歩きは景色の変化が楽しめるので飽きることはないはずだ。Hさん、疲れている様子もない。

この時点でHさんの手からストックが消えているのが写真からわかると思う。
ストックは身体のバランスが崩れたときに立て直したり、急傾斜での足への負担を軽減するのに大いに役立つが、頼りすぎると平衡感覚を磨く妨げになる。
これまでHさんを見ていて、ストックに意識が向くあまり、手と足の動きがぎこちないことに気がついたので、帰りは使わずに歩いてみることを提案した。山歩きのキャリアが豊富とはいえないHさんには、足に神経を集中して歩く感覚を身につけてほしいと思った。

そうすることで平衡感覚が磨け、浮き石に乗ってバランスを崩した場合なども自力で体勢を立て直すことができるようになる。大きな段差を安定した姿勢でクリアしたり、ぬかるんだ道を滑ることなく歩けるようになる。平衡感覚を養うことは大切だ。難易度の高い山ほど重要になってくる。
趣味でヒップホップの教室に通っているHさんは身体のバランスがよくそして、脚力があるのでストックを使うのはそれらスキルアップが図れてからでも遅くない。
写真は全体のほんの一瞬を切り取ったものに過ぎないが、ストックから開放されたHさんの歩きはまるで別人のように滑らかにそして、速くなったように管理人には思える。


ハクサンフウロ
花の下に見えるモミジ状の葉は紅葉し、きれいな草紅葉(くさもみじ)となる。


ハンゴンソウの群落の間を国境平へと向かう。


金精山も無事に通過し、トンネルへの悪路を進む。
ストックを手に持つ必要がなくなったので梯子を下りるのも楽になったはずだ。
ザックにカバーがかかっているがこれは金精山に着いた頃、今にも雨が降りそうな気配に備えたもの。幸い最後まで降られることはなかったが。


往きも通った崩落地を慎重に通り抜けるHさん。
だが、ここはさすがに怖かったらしい。


14:44
駐車場を見下ろす場所まで戻った。


駐車場への到着は計画よりも15分遅れた。スタート時間が10分早かったので全体で25分のオーバーとなった。
この理由として、次のことが考えられる。というか間違いない。
(1)15分を超える休憩が都合、3回あったこと。
(2)帰路、五色山から国境平へ向かうところをあろうことか弥陀ヶ池への道を辿ってしまうという凡ミスをやってしまい、17分のロスが発生したこと。
(3)金精峠~金精山は往きは計画55分にたいして実績は49分だったが、帰りは計画30分に対して45分と、計画よりも15分も余計にかかったこと。

休憩時間を長く取ったのはよかったとしても、道間違いはいただけない。なんの疑いももたずに90度も方角が違う道を歩いたのだから我ながら開いた口がふさがらない。花の説明やらなんやらに夢中になっていたのかも?
金精峠~金精山の計画VS実績の大きな差異は理由がわからない。それも気持ちの悪いものなので計画VS実績、往路VS復路の実績という二面でとらえてみた。

      計画    実績
往路    0:55   0:49
復路    0:30   0:45

計画時間は地図上の傾斜と距離から推定したもので、かなりゆとりを持たせてある。復路は下りなので計算上は当然ながら往路よりも時間が短い。
往路での実績は計画よりも6分少なく、これはほぼ計画通りと言っていい。問題は復路の実績だ。往路はほぼ計画通りだったのに復路は15分もオーバーした。
歩いているときの記憶など実に曖昧なもので、帰宅すればすぐに忘れてしまう。そこで撮り溜めた写真を見ながらそして、地図を見ながら記憶を呼び起こすと、金精峠~金精山はたしか梯子やロープが数カ所あったことに思い当たった。そうか、それに間違いない。
地図という平面ではとらえられない障害物が現場にあると上り下りとも思いの外、時間がかかる。まさにそれが原因であろうと思う。次回の計画策定では考慮しよう。
よっし、これで今夜はいや、今夜も気持ちよく飲めそうだ(^^)

山はすっかり秋模様。霧降高原丸山そして赤薙山で秋の花を堪能。

2016年8月10日(水) 晴れのち曇り

霧降滝駐車場(6:25)~徒歩~キスゲ平(8:10/8:20)~八平ヶ原(8:49/8:55)~丸山(9:10/9:20)~丸山分岐(9:37)~焼石金剛(9:58/10:05)~赤薙山(9:19/9:30)~小丸山(11:05)~階段700段目(11:15)~キスゲ平(11:33/11:50)~徒歩~霧降滝駐車場(13:14)

※所要時間:6時間49分
※歩行距離:24キロ(うち、車道歩きが16キロ)

かつてに比べて売り上げが落ちたとはいえ、8月はやはり忙しい。
レジャー業界に身を置いているとお客さんなくしては経営が成り立たないわけだが、8月の忙しさが他の季節に分散してくれればいつもの月のように山歩きが楽しめるのに仕事の性格上、こればかりは管理人にはどうすることもできない。
お客さんからの電話も多いから常に携帯の圏内にいて、家人から電話で呼び出されたらその場で山歩きを中断して帰らなくてはならない。
だから8月は、ほんの少しのすき間時間を利用して、計画したとおりに事が運ぶような山歩きとなる。当然だが藪に阻まれてにっちもさっちもいかなくなってしまうような山は避けるし、滑落して身動きが取れなくなったら数日から数週間、発見されないというような山も避ける。努めて健全な山歩きを行うようにしている。

明日からまた数日間、本業で家を空けられないから、今週は今日しか機会がない。
危険のない安全な山でなおかつ、遭難しても発見されやすい山へ行って、明日からの仕事でバテない身体を作ろう。でも5キロや10キロでは物足りない。最低でも15キロいや、できればもっと長い距離を歩いて体力をつけたいと思う。

携帯圏内で、家人から呼び出しがあったらすぐに帰れて、安全で、遭難しても発見者がいてくれて、その上15キロ以上歩ける山、、、、う~ん、ちょっと思いあたらない。それは自分で言うのもなんだが、これまでの管理人の山歩きのスタイルを覆すような条件だ(^^)
寝床で地図を広げて考えたのはいつものように登山口から歩き始めて15キロ以上の山となるとやはり奥日光になってしまうから、上に書いた条件には合致しない。
そこで閃いたのが、登山口に達するまでの道のりで距離を稼いでしまおうという、我ながら目から鱗のアイデアだ(^^)
いつもなら登山口まで車で行くところを、ずっと手前に車を置いて歩き出せばいい。よしっ、これで15キロは確実だ。

場所は霧降高原の丸山にしよう。
登山口から北斜面へ回り込んで山頂に達し、小丸山を経て天空回廊をキスゲ平に降りることにしよう。キスゲ平は今頃、秋の植物で賑やかだろうから写真を撮りながら散策気分で歩こう。
さて、車をどこへ置こうかということになるわけだが自宅から丸山の登山口まで歩くことももちろん可ではあるが、より距離を延ばすためには駐車地を登山口からより離して霧降滝の駐車場を利用した。
霧降滝とキスゲ平間は路線バスが走っているから家人から呼び出しがあってもバスで駐車地まで戻れる。

1608010-1281608010-108

オヤマリンドウ(左)、ウメバチソウ(右)


6:32
霧降高原道路の霧降滝付近。
いつもなら車で通過するところを今日は歩く距離を稼ぐため、この道路を歩いてキスゲ平へ向かう。初めての体験なのでドキドキ(^^)


いい天気だ。
日光連山のうち、もっとも北西にある赤薙山(雲のかかった中央の山)と小丸山からのなだらかな稜線そして、丸山(右)が見える。
今日はあの丸山を裏側から登って手前の稜線へ降り、小丸山を経て登山口のキスゲ平に降りる予定だ。


霧降高原道路の両側は深い沢になっていて斜面にいろんな植物が生育している、ということが歩いて初めてわかる。
これはタマアジサイ。
手前に見える球形が蕾でこのひとつの玉の中に花の集合体が収まっている。なんだかとても神秘的。


シモツケ
シモツケという名のつくのは他にシモツケソウ、ホザキシモツケ、オニシモツケなどがあるが、「シモツケ」とは下野=栃木県のこと。すなわち、栃木県特有の花であるとか栃木県で最初に見つかった花であるという意味であり、同じ種類の植物というわけではない。


赤薙山がグンと近づいた(中央の雲がかかった山)。
日光ではもっとも低い2千メートル峰で楽に登れる。また、積雪期でも登りやすいので雪山入門の山としてうってつけだ。
冬の赤薙山へ登る。


8:10
歩き始めて1時間40分で丸山(1669M)、小丸山(1601M)、赤薙山(2010M)、女峰山(2483M)の登山口となるキスゲ平に到着。ここまで1時間40分かかったが当初の予定では2時間だった。
正面に見える小高い丘のようなのが小丸山でその右が丸山。小丸山はここからだと標高差が260メートルしかないが、1445段もの階段を昇る必要があるので管理人がもっとも苦手とするところ。
むしろ登山道を使って丸山に登ってから小丸山に降りる方が楽(^^)


まず丸山に登るのでここを右へ入る。
ハイキングコースとなっているが、厳しさから言って立派な登山コースです(^^)


笹がきれいに刈られていて路幅は広く、歩き易い。
笹は年に一度刈られるだけなのでグッドタイミング。


ニガナ、ハナニガナかな?微妙なところ。


ここで登山道は分岐する。直進すると天空回廊と並行して小丸山に達するが道は笹が伸び放題で荒れている。
丸山へはここを右に折れる。
なお、道標は丸山と赤薙山が同じ向きを指しているが上に書いたように荒れて廃道寸前。


丸山の北登山口となる八平ヶ原への道も笹が刈られて歩きやすい。


8:49
一面、笹におおわれて気持ちのいい八平ヶ原。
樹木のほとんどはダケカンバで新緑の頃はとてもきれいだ。
空気が澄んだ冬は遠く筑波山、高原山がよく見える。
これから写真に写っている丸山へと向かう。


オトギリソウ
昔、仲の良い兄弟がこの植物を使って秘伝薬を作っていた。製法は門外不出としていたが、金に目のくらんだ弟がノウハウを持ち出そうとした。それに怒った兄が弟を切り倒してしまったことから名がついたそうだ。と、本からの受け売りw


赤い実をつけたオオカメノキ


丸山の北斜面は傾斜が厳しい。
そのため、このような階段が2箇所、他に丸太を組んだ階段もある。


山頂近くから北東を眺める。
天気がよければ高原山が一望できるがご覧の通り、上空は灰色の雲が垂れこめている。


丸山山頂に到着。
濃霧。誰もいない。


9:15
今日の管理人の出で立ちは短パンに半袖、トレラン用の小型ザックに靴はランニングニューズという軽装。昼食は持たずお腹が空いたら行動食を食べながら歩くといった、長距離向きのスタイルにした。
やはり荷物の軽量化は身軽に動けるし機動力がまったく違ってくる。
女峰山などもこの身軽さで登れば時間は大幅に短縮できるのにねぇ。


丸山山頂ではすでに葉を赤く染めたヤシオツツジが見られた。
これはシロヤシオでしょう。この夏は短いのかも?


オヤマリンドウ


小丸山と赤薙山を結ぶ稜線に出てこれから天空回廊で降りることに、、、、


と思って時計を見ると、まだこんな時間か。
ここで帰ってしまうのもなんだなぁ、悔いが残りそう(^^)


魅力的な稜線が手招きしている(笑)


シロバナニガナ


このガレ場、管理人がどこへ向かっているのか赤薙山や女峰山に登ったことがある方にはこの光景を見て思い当たると思う(^^)


9:58
とうとう焼石金剛まで来てしまった。
ここまで来れば往復20キロは稼げるはずだが、赤薙山がすぐ目の前に迫っている。30分で行ける距離だ。
赤薙山が管理人を呼んでいる(笑)


おぉ、信じられないことにこんな場所にウメバチソウが。本来、戦場ヶ原のような湿地帯に生育する植物なのだがウメバチソウに間違いないと思う。


やせ尾根には濃いガスがかかり前方が見えない。


山頂直下の岩場を這い上がって、、、


10:19
とうとうここまで来てしまった。
では次は女峰山へ?
いや、そこまで欲張ってはだめだ。事故の元だ、と冷静さを失わない管理人なのである。いつもそうだと良いのだが(^^)


アキノキリンソウ


それにしてもオヤマリンドウが多い。
至る処で目につく。


シラネニンジンでしょう、きっと。


11:05
小丸山に降り、これからあの回転扉の向こうへ。さあ、今度はなにが待っているのか?


ヤマハハコ


ノハラアザミ


天空回廊の近くまで来てようやく前方の景色が見えるようになった。中央に見えるのは大山。


11:08
天空回廊の最上段。
ここから急降下して700段目から園地の散策路を歩く予定だ。


天空回廊は700段目まで一直線に続いている。
下からぞろぞろとハイカーや観光客が上ってくる。すれ違うにはまだ時間があるからランニングシューズの身軽さで駆け下りよう。


シロヨメナ


11:15
700段目に立てられている避難小屋が見えてきた。
この手前から園地内の散策路に入れるので、これから先は花を眺めながらゆっくり歩くことにする。


ヨツバヒヨドリだがほぼ咲き終わっている。


ドクゼリかな?


オカトラノオだと思う。


ツリガネニンジンも至る処で見られた。可愛いねぇ。


コバギボウシ


11:51
天空回廊を降り振り返ると、朝とは違って小丸山と丸山に黒い雲が。間もなく降り出すかも?
さてと、ここまで無事に来れたので駐車地までバスに乗ることもない。
道は下りなので走ったり歩いたりしながら戻ることにしよう。


1リットル持参したスポーツドリンクは200ミリほど残った。8月にしては異例のことだと思う。
曇天で気温が上がらなかったのと適度な風でダラダラと流れ落ちるほどの大汗をかくことがなかったからだが、これが長距離を歩くのに幸いしたようだ。なんとか24キロを歩ききることができた。

自宅に戻ったら風呂に入ってその後、ビールをグビッとやろうと考えていたのだが、いざ入浴を済ませるとビールではなく冷たい水が無性に飲みたくなった。
生暖かいスポーツドリンクは残したけれど身体はきっと、もっと多くの水分を欲していたのだろうと思う。
汗はかいたものの気温が上がらなかったので喉の渇きを感じることがなく、それで少量のスポーツドリンクで済んだのだが、実際には現場でもっと多くのスポーツドリンクを飲んでおくべきケースだったのかもしれない。
まあでも、熱中症になったわけではなく、帰りの車道は走って駐車地まで行けたので問題なしとしよう。

高山植物が足下で見られる絶好の場所、小田代ケ原や戦場ヶ原へは今年はまだ一度も行っていない。
この季節でも高原を吹き抜ける風は涼しいし開放的な景色が好きでよく通ったものだが、行くとかならず小学生の団体と遭遇して、すれ違いや追い越しに苦労する。
小田代ケ原と戦場ヶ原は5月から始まる体験学習や夏の林間学校の定番になっているからこの季節は賑やかだ。その点、霧降高原は静かな環境でゆっくりと花を見るのに適している。
我が家から近くに位置し、散策やハイキング、赤薙山や女峰山への登山にも便利だ。冬はパウダースノーシューの中、スノーシューを楽しめるという、万能性がある。ここに小学生の団体は似合わない。

湯元から刈込湖・切込湖へ。イトキンポウゲは盛りは過ぎたが健在だった。

2016年8月5日(金) 晴れのち雷雨

湯元駐車場(9:23)~湯元源泉(9:28)~刈込湖(10:27)~切込湖(10:52)~涸沼(11:18)~山王峠(12:04)~光徳温泉(12:36)~湯元駐車場(14:15)

8月に入ってすっきりした青空が広がり朝から気温が上がる日が多くなってきた。そして午後はお決まりのごとく雷を伴った夕立となる。これが夏特有の山の天候なので驚くことはないのだが、いざその中に自分の身を置くことを考えると落雷は怖い。
したがってこの時期の山は日の出と同時に歩き始めて午後早々に戻ってしまうか、短時間で歩けるコースを設定するのが賢明だ。

先月29日は自宅を6時前に出発して歩き始め、14時過ぎに駐車場に戻った。これが夏山のスタンダードである。
今日もそうすべきだったのに実は昨日、買ったばかりのザックを前に、メーカーが違えばザックの構造も違うので、何をどのポケットに移せばそのザック本来の使いやすさが得られるのかについて迷いに迷って知恵熱を出し、何もせずに寝てしまったのだ。

熱の原因は後で考えてみると昨日は買い物をするのにほぼ半日、炎天下を走るのにエアコンを22度に設定した車の中にいたため冷房病になったらしいことがわかったのだが、いずれにしても何もする気にならず今まで使っていたザックから荷物を移したのは朝になってからという準備の悪さだ。そんなこんなで支度は今朝、慌てて済ませたので出発が遅くなってしまった。

行き先は健康維持になるのならばどこでもよかった。10キロくらい歩ければ満足。
ただこの暑さなので古賀志山は避けたい。
なにしろ我が家よりも標高が低いうえに南に位置しているので暑いに決まっている。
となればやはり行き先は標高の高い奥日光しかない。
とはいっても明日からの本業を控えて疲れて帰るようなハードな山行は避けたい。
暑いのはいやだ、疲れるのはいやだとわがままばかり言っているが盛夏の山歩きは暑さによる発汗で、疲れが普段の3割り増しになるからほどほどにしたいものだ。

そうだ、刈込湖あたりはどうだろうか。
この時間からでも十分、間に合うし、起点となる湯元温泉との標高差は300メートルもないから、汗がとまらず脱水症になることもないであろう。
盛りは過ぎているが刈込湖のイトキンポウゲが見られるかもしれないという期待もある。

荷物はとりあえずそのまんま新しいザックに放り込んだ。なんの工夫もないw
家に帰ったら山行データを整理しながら新しいザックの使い勝手なども振り返ってみよう。


9:28
刈込湖への起点となる湯元源泉。
小屋の中に温泉の湧き出し口があって、パイプラインで湯元と中禅寺湖の各旅館へ温泉を供給している。
地面からも湧き出していて手を入れては歓声を上げている観光客がいる。草津の湯畑ほどの規模ではないし華やかさもないが、田舎の温泉地の素朴さに癒される。
今日は市営の駐車場をスタートして同じ場所に戻ってくるという、約15キロの手頃なハイキングにした。


源泉をスタートしてこの笹の間を上がると国道120号線に出るので、それから本コースに入る。


国道120号線通称、金精道路。首都圏に近い国道なのに一年のうちの1/3は雪に閉ざされ通行止めになる山岳道路だ。雪崩も多い。
湯元と群馬県の沼田を結んでいるが生活道路ではないため冬は除雪をしない。


9:38
国道脇にある本コースの入口。
大きな案内板を右にみながら傾斜を登っていく。
冬は案内板のコースの他に雪が積もって初めて歩ける、ドビン沢コースというのが出現し、夏道よりも面白い。


案内板にある夏道。傾斜は緩く歩き易い。
冬は斜面からの雪崩があるのであまり勧められない。


間もなく休憩に適した小峠だが傾斜はややきつくなる。
小峠に到着したら休憩しようと考えていたところ数十人もの小学生の団体で埋まっていた。記録として峠を示す道標を撮ろうとしても立つスペースがない。やむなくそのまま通過。


10時ちょうど、小峠を通過。
小峠はソバナが多い。


10:15
平坦路が終わると刈込湖へ向かって急降下する。
たしか階段が12箇所だったかな、樹林帯の中に敷設されている。


階段の傾斜はまちまちで冬は雪で埋まりすべり台として遊べる。


最後の階段まで来ると刈込湖が見下ろせる。


10:27
刈込湖に到着。
雨不足の影響か、水位は低いようだ。


お目当てのイトキンポウゲはまだ少し残っていた。
花は直径1センチにも満たない大きさで、花弁はキンポウゲ科特有の光沢がある。
茎は地面を横に這い、葉は糸のように細いことからその名が与えられている。くすんだ緑色のが葉っぱ(上に見える葉の集まりは雑草)。
全国でも生育地域が限られているようで環境省のホームページによると「絶滅危惧ⅠB類」に指定されている。
日光では他に西ノ湖で見られる。


古い写真だが2009年7月15日に西ノ湖で見たイトキンポウゲ。本当に小さい。


木立の中の刈込湖


満開のカニコウモリの群落が見られた。
葉がカニの甲羅のような文様でなおかつ、コウモリが羽を広げた形に似ていることから名がついている。


カニコウモリ近撮。
ワタクシ、これでも咲き乱れているのよ、ほほほっ。


11:13
涸沼全景
以前はこの原全体がお花畑だったらしいが小田代ケ原や戦場ヶ原にようにネットで囲われてはいないため、植物はシカによって食い荒らされたそうだ。
管理人が到着したとき、先着していた小学生の団体がいたが休憩が済んだのか先へ進んでいった。


マルバダケブキ


トネアザミ


先着していた小学生たちは山王峠へと向かって行く。
無人になったのでここで昼食とするが、小峠で追い越した小学生の団体がいつ到着するかもしれないので、のんびりとはしていられない。
この時期の日光は小学生の団体の動向を気にしながら行動しなければならないのが難点。


先行した小学生の姿が見えなくなったのとほぼ同時に、後続の団体が到着。ゆっくりしている間もなく、管理人も山王峠へ向かうことにした。


ヤマオダマキ


涸沼から山王峠への斜面は急なので道は斜面を横切るようにジグザグについている。


11:58
この辺りが山王林道の峠。


山王林道と接する辺りからハイキングコースの山王峠まで、木道が敷設されているが距離は短い。


山王峠から光徳までは深い樹林帯の中を下っていく。
遠くで雷が鳴っている。上空は暗く、この辺も雨になるのは間違いないようだ。


12:36
足早に歩き光徳に辿り着いた頃には雨になった。
取り急ぎ、市営駐車場のトイレに駆け込んでザックから折りたたみ傘を取り出しさらに、ザックにカバーをかけた。
雨がひどくなるようならバスで湯元に戻ることにして、バス停で10分ほど待機。夕立とは違って止みそうにはなくといってこれ以上、激しくなることもないようだ。予定通り、5キロの道のりを歩いて湯元に戻ることにした。


光徳牧場の片隅で草を食べる牛たち。
端から端まで見渡せるほどの小さな牧場なのだが実に素朴な光景が広がっている。
小学生の団体は光徳駐車場からバスに乗り今夜の宿泊地へ向かうので、ここは人っ子ひとりいない。今日、初めて訪れる静寂を噛みしめるようにしてゆっくり歩く。


コバギボウシ


13:07
バスの通る車道よりも牧場の脇から光徳沼を経て国道に出る方がいろんな楽しみがある。
光徳沼は土砂が堆積して川の流れそのものと化し、以前の形をとどめていない。


かつての光徳沼(1999年6月21日撮影)。
逆川(さかさがわ)からの流れはここで一旦、とどまり、沼を潤したあと戦場ヶ原に向かってゆっくりと流れていく。
この姿を再び見ることはないであろう。


バイカモが見られた。


ウツボグサ(ミヤマウツボグサかも)


逆川沿いのコースを国道へ向けて歩いて行く。
雨はかなり激しくなり傘なしではいられないほど。


13:30
国道に出たところで前方に目をやると雲に覆われた五色山がわずかに見える。


湯滝の落ち口付近で国道と分かれて湯ノ湖周遊歩道に入る。
湖畔に沿って歩くと湯元温泉と金精道路との分岐があるのでここを湯元温泉へ。


14:06
歩き始めた湯元に到着。
総距離15キロ。疲れもせずといって物足りなくはない、いい距離だった。



で、ザックのことはどうなったかというと、モンベルの30リットルのを2年ほど使っているが、薄着の季節だとお腹が空いてくると腰ベルトをいくら締めても腰回りにすき間が空いてザックがずり下がってくる。その結果、ザックの荷重を腰で受けとめることができず肩に負担がかかってそれが辛い。
ザックの荷重は基本、腰でしっかり受けとめて肩への負担はできるだけ少なくするほうが長時間、歩いても疲れない。
それだけのためにモンベルからカリマーのザックに替えた。

カリマーリッジ40という製品にしたところ、腰回りにフィットして肩が軽くなった。お腹が空いても腰ベルトにまだ締められるだけの余裕があるから、食糧が尽きて飢餓状態になってもザックがずり落ちてくるようなことはなさそう。
まっ、このように、ほんのわずかな違和感だけで別の製品に取っ替えてしまう傾向が管理人にはあって、自室の壁にはザックがずら~っとかかり、押し入れには登山用品がぎっしり詰まり、衣装ケースにはウエアがはみ出すほど溜まる。溜まらないのはお金だけというのは管理人の性癖からして致し方なしといったところか。

カリマーリッジの背負い心地は良いとして、それとは別の観点からモンベルのザックはよくできていると思う。
最近では水分補給するのにハイドレーションシステムといって、ザックの中に水袋を収納し、水袋から取り出した吸水管を顔の横に配置してどのような状況下でもザックを下ろすことなく水分補給を可能にする構造になっている製品が当たり前となっているが、水袋に入れる飲物として水道水にするかスポーツドリンクにするかで事後のメンテナンスが大きく違ってくる。
すなわち、水道水であれば次の山行までなにもしなくても大丈夫だがスポーツドリンクだと山行後、すぐに洗浄しないと雑菌が繁殖して、大変なことになる。
水袋を洗えばいいというだけの話ではない。水袋も吸水管も吸い口もすべて洗剤をつけたブラシで洗って乾燥させないと黴びてしまい、使い物にならなくなってしまう。大変なのだよ、ハイドレーションシステムのメンテナンスは。

スポーツドリンクの有用性を信じて疑わない管理人はそんな面倒なことはしたくないから、ハイドレーションシステムは使わずもっぱら使い捨てのペットボトルあるいは洗浄しやすい広口の飲料ボトル派だ。
問題はザックのサイドポケットに収納したボトルの取り出しと、飲んだあと、元の場所に戻すという動作。これは普通、身体を思いっきりよじらなければ不可能であり、皆さんとても苦労している。

管理人が主催するスノーシューツアーにふたりで参加した場合など、お互いに相手のペットボトルを取り出し収納するといったほほえましい光景が見られるのだが、独り参加の場合はそうはいかない。孤軍奮闘する姿がそこに見える。

モンベルの一部の製品は、ザックを背負ったままサイドポケットからのボトルの出し入れを容易にしている。構造は簡単で、要するにボトルをサイドポケットに真上からも、斜め上からも収納できるようになっていて右のポケットなら右手1本で左も同様に出し入れできてとても便利なのだ。
立ち止まってザックを下ろす必要はなく、歩きながらでもボトルを取り出して飲むことができるから、利用者の立場をよく考慮した設計といえる。

水袋を使ったハイドレーションシステムを優先するあまり、サイドポケットの機能が旧態依然のままで進化が停止しているザックを、カリマーリッジの新モデルにも見てしまった管理人である(まっ、そこんとこは工夫しましたが)。

あっ、それから、なぜ水分補給に水道水だけではいけないのかというと、登山という数時間にもおよぶ激しい運動で発汗すると体内のナトリウムやカリウム、カルシウムなどのミネラル成分も同時に排出され、水道水を飲むとミネラル成分の比率の低下を防ごうとして、飲んだ分の水分を排出する作用が働き、水分を体内に取り込めなくなる。つまり、登山中の熱中症はミネラル成分を含まない水道水他の飲物では防げない。
したがって水分と同時に塩分を積極的に採らないと大量の発汗による足の痙攣や集中力の欠落、意識障害につながってしまうのだ、と本からの知識の受け売りをしておく。

だから管理人はハイドレーションシステムの事後のメンテナンスの煩わしさを考えて、スポーツドリンクはペットボトルや広口ボトルで飲むようにして、ボトルの取り出しやすさだけでザックを選んだり、飲みやすさの工夫をしている。
今回の結論として、ザックの背負い心地はカリマーに分があるがボトルの取り出しやすさはモンベルに軍配を上げる。
ただし、背負い心地はその人の体型と体力で決まってしまうので管理人、もっと太く逞しくならなくては。

日光にこんな華麗な滝があるなんて得した気分、野門の布引滝。

2016年7月29日(金) 曇り

野門沢林道ゲート(7:10)~階段(7:28)~鳥居(7:39)~展望台(7:55/8:02)~林道終点広場(8:18/8:20)~布引滝分岐(8:37)~野門沢ロープ(9:29)~布引滝(10:12/10:25)~野門沢ロープ(10:57/11:15)~布引滝分岐(12:09/12:25)~林道終点広場(12:57/13:08)~展望台(13:21/13:35)~林道ゲート(14:10)
※所要時間 7時間
※距離 13キロ


梅雨が明けた。
平年より3日早く梅雨入りし、平年より7日遅い梅雨明けとなった。
しかし、梅雨明け特有のあのジリジリした日差しがない。そればかりか管理人が住む日光霧降は梅雨明け間近に必ずあるはずの雷がなかったし、7月だというのに気温が上がらず、暖房を使うほど寒い日があった。
それでも梅雨は明けた。が、時期が時期だけに無理やり明けさせたといった感じでメリハリがない。
こんな年の夏は短い、そんな予感がする。

さて、本業よりも山歩きに重きを置くようになっている管理人にとっては雨さえ降らなければ山歩きには差し支えないので、はっきりしないもののこの梅雨明けをありがたく受けとめたい。
で、明日から5日続けて本業が忙しいので、梅雨明け初日の今日を有効に使いたいと思う。
いくつかある候補地でプライオリティ1は野門の布引滝と決めてあった。

布引滝の存在を知ったのは、今月20日に常連さんと帝釈山の北尾根で女峰山に登ることになり、その計画を組んでいるときであった。
帝釈山北尾根を女峰山へのルートに設定したのだが、地図を見るとその東側に女峰山から派生する野門沢がある。源頭部は標高1980メートル付近にありそこから鬼怒川まで長い流れが続いている。
帝釈山北尾根から沢のもっとも深いところまで落差400メートルという、とてつもなく深い沢だ。
布引滝は沢の途中、標高1610メートル付近から流れ落ちる落差120メートルもある大きな滝であることを事前の調べで知った。

落差120メートルといえば日光最大の滝、雲竜瀑に次ぐ大きさで、観光スポットとして人気のある華厳滝など問題としない。これはぜひ見ておかなくてはいけないと思った。

常連さんとのツアーを控え、前日19日に帝釈山の北尾根を探すため下見に行った際に、布引滝へも行くことにした。
布引滝はそのルートの途中、分岐を沢に向かって下ったところにあるので北尾根探しとの二兎を追ったわけだ。

布引滝は野門沢に降りた沢の行き止まりにあった。
あったと言うのは正確ではなく、そこで見たものはいくつかの段差にぶつかりながら、角度を微妙に変えて流れ落ちる布引滝の、末端10メートルほどの滝であり、布引滝全体を見るにはその滝の上部に出なくてはならないらしい。
ネットで調べたところ末端の滝の手前にロープがあるのでそれを伝っていけば布引滝本体の滝壺に出られるとあったが、19日は肝心のロープが見つからなかった。
だが、ここを登れば滝壺だと思われる斜面は見つかった。

その斜面は崩落によってガレ場となっていてとても危険そうだ。斜面の取り付き部分は1メートルほどの段差になっていて、管理人の場合は諸事情あって足が届かない。やはり既存のロープで登るのが正しいようだ。
まっ、「二兎を追う者は一兎をも得ず」のたとえもあることだし、19日の下見の本目的は帝釈山の北尾根を探すことにあったので、布引滝を見るためのロープ探しは日を改めることにした。
その方が楽しみを先延ばしにできるではないか、と簡単に引き下がる管理人であった。

登山口となる野門は今でこそ合併して日光市だがそれ以前は塩谷郡栗山村であった。
当時(合併前)、日光の山にしか目が向かなかった管理人にとって市外の山のことにはまったく無知であり、行こうともしなかった。管理人にとって自然を楽しむには日光の山だけで十分なのであった。
それが宇都宮市の古賀志山を知ってからというもの突然、地図にない道をコンパスを使って歩くいわゆるルートファインディングと藪歩きに開眼してしまい、昨年3月から今年にかけて48回も通うといったご執心ぶりであった。とにかくおもしろいですよ、古賀志山は。技術面においても精神面においても鍛えられます。
古賀志山との最初の出合い

その古賀志山に端を発し、日光市に属していても地図に道が描かれていない山をコンパスを使ってルートファインディングしながら歩く楽しさを覚え、道間違いや滑落寸前という危ない目に遭いながらも今日に至っている。
そんなわけなので藪には慣れたし地図に道がない場所を歩くのも平気になった。
だから今は、ピークハントも目的のひとつだがどうせ登るのなら遭難と隣り合わせになるが、そのプロセスを楽しみたい、そんな思いをいだきながら歩いている。

きちんと整備され眺めもいい道を歩くよりも、日差しも入り込まないほど鬱蒼とした樹林帯の中を地図とコンパスを手に、道迷いという恐怖と闘いながら歩く方が管理人の性に合っている、そんな気がする。やはり性格暗いか、俺って?
あ~、いや、そうではなく探求心旺盛ということにしておきたい(^^)
帝釈山北尾根で女峰山に登ったのもその延長であるし、もちろん今日の布引滝探訪も。

栗山村が日光市栗山となって早10年。もしも合併がおこなわれなかったすれば、管理人は今でも布引滝の存在を知らなかったかもわからない。帝釈山の北尾根を歩く計画の過程で偶然見つけた布引滝の存在を、ずっと大切にしたい。
でわでわ、そろそろ出発しましょうか。


7:10
県道23号線を川俣へ向かって走ると鬼怒川に架かる橋を渡る。
橋を渡ると左に折れる道があり、「家康の里」と彫られた黒塗りの大きな門が待ち構えている。
門をくぐってしばらく走ると小さな集落があって数件の民宿と栗山東照宮がある。この栗山東照宮が家康の里と密接に関係しているらしいが、管理人にそこまでの知識はない。
集落を抜けて先へ進むと道は写真のゲートで行き止まる。
この道と並行して流れる野門沢に堰堤を建設する工事がおこなわれ、そのために敷設された道路(林道)らしい。


7:12
ゲートから先、林道の終点までこのアスファルト道路(林道)が続くが、道は大きく蛇行を繰り返しながら斜面を上っていくため距離が長い。
そこで林道をショートカットすることで距離を短縮したい。ここが第1番目のショートカット開始点。
ガードレールの切れ目を入り、斜面をトラバースしながら標高を上げていく。


ただ闇雲に林道を近道しようとしても狙った地点に出なくてはショートカットの意味をなさない。
開始点と終了点をコンパスにセットして、コンパスの指示通り進んで行く。


蛇行を繰り返す林道をショートカットするので当然だが深くて急な林の中を歩く。
傾斜が急な上、落ち葉が堆積しているので滑落に注意しながら歩いたのはもちろんである。
本来、雪山の軽登山を目的とするチェーンスパイクは、滑り止め効果と駆動力アップに優れているので管理人は無雪期でもよく利用する。


ただいまショートカット中。
けっこう厳しいですよ。すでに大汗でシャツはぐっしょり。


狙い通りガードレールの切れ目に出た。
ここで林道を少し歩いて第2番目のショートカット開始点を探す。いえ、19日と20日にすでに歩いているから今日で3回目だ。
地図を見るとこの少し先に登山道が描かれている。その登山道を進むのがもっとも近道なのだが、、、


ここが地図に描かれている登山道。ということなど、わかるはずもない。しかし、尾根であることは一目瞭然だ。
つまり昔はこの尾根が、野門から富士見峠を経て日光まで交易の道に利用されていたのである。やがて交通の発達によって道は廃れさらには、林道ができたことで用無しになったのである。と勝手に推察し断定するが地図から何を読み取るか、それは読み手の想像力次第で無限に広がるというものだ。だから地図はおもしろい。


7:28
曲がりくねった林道を歩く時間を短縮するためにも、どこかショートカットできる場所を探さなくてはならない。
地図に描かれた登山道のすぐ先の擁壁に階段が設けられている。
地図の登山道の位置とは異なるがなんらかの意味があってのことだろう。
ショートカットするには都合がいい。ここを2回目のショートカットの開始点とした。


階段を上るとこんな感じ。
1番目のショートカットと同じく、セットしたコンパスにしたがって進んで行く。


7:39
2回目のショートカットが終わると林道脇に丸太で組んだ素朴な鳥居と石の祠のある場所に出る。
先ほどの階段はここに至る参道の名残だったことがこれではっきりした。
ちなみにこのような林道は一般車は入ることができないが、地権者や神仏を管理する人、工事関係者であればゲートの鍵を所有していて車の通行ができる。
例の階段から鳥居まで、昔は樹林帯の斜面を歩いたが参拝する人の高齢化によって車に頼らざるを得なくなり、車で行き来するようになったのであろうと思う。それが廃道になった原因、とこれも地図からの推察。


最後のショートカットは鳥居の前を真南よりほんのわずか西へ向かって進んで行く。
ここは地形が少し複雑なのでセットしたコンパスに忠実にしたがって歩かないとロスが生じる。
白樺が茂る自然林の中を登っていくのだが3つのショートカットの中でここがもっとも気持ちがよかった。帰りはこの斜面ではなく尾根を歩いてみた。


ショートカットがうまくいくと林道脇に設置された構造物の下に出る。


7:55
構造物の正体は林道脇の展望台だ。
南面にこれから向かう布引滝そして滝の源頭部がある帝釈山や女峰山が見渡せる、、、天気のいい日なら。


一瞬、霧が晴れて帝釈山から女峰山へ続く稜線の一部がのぞいた。


展望台から先はもう時短の方法はなく、林道の終わりまで緩やかなアスファルト道路を歩く。
林道脇に太いウリハダカエデを見つけた。紅葉の季節はいいだろうなぁ。


林道とは思えないほど整備された道だ。一般車に開放してほしいくらい。


8:17
林道終点の広場にはテーブルが1卓、ポツンと置かれている。
これから山道へ入るが、一段高くなっているのが尾根の部分で、帝釈山そして富士見峠へと続いている。


遊歩道という名に欺されるな!!
理由はこれから先の説明で(^^)


8:37
遊歩道入口から20分弱で分岐に着く。直進して丸太の階段を下っていくと布引滝。
右へ曲がると富士見峠と帝釈山の北尾根に至るがそのへんのことは前回のブログに書いておいた。
7月20日、帝釈山北尾根で女峰山へ


分岐を数歩、歩くと布引滝がよりはっきり見える場所がある。
ここがそう(^^)


丸太で組んだ階段は足を乗せる部分の土がえぐられ、足を大きく持ち上げないと先へ進めない。そればかりか丸太の多くは朽ち果て、もの悲しい雰囲気が漂う。
造ったらそれっきり、そんな遊歩道だ。ここまで荒れると遊歩道などと侮ってはいけない。怖いし危ないです(笑)


丸太の急階段を下っていくと斜面の上部から水が勢いよく流れている場所に出る。
水は苔むした石を避けるようにして流れている。
地図に水の流れは描かれていないが布引滝へ行くのに4つか5つの沢を横切るようになっているので、この流れはそのうちのひとつのようだ。


地面をスギゴケが覆い隠しその上にシャクナゲ、コメツガ、シダが茂っている。霊気漂う場所である。


流れのある沢を3本渡ると道は登りに転じる。丸太の階段はまだ続いているからここはまだ遊歩道として設計されている場所なのであろう。
とはいえかなりの荒廃ぶりにこの先はどうなってしまうんだろうという雰囲気だ。でもこういう異界に導かれるような雰囲気って管理人、大好きなのだ。


遊歩道はとうとう異界に突入した(^^)
どういう作用からなのか周りは岩だらけだ。岩は長い年月の経過で苔むして自然の美というものを感じる。
はっきりした道ではないし不用意に岩の上に足を乗せると滑るし、これを遊歩道と称していいものかどうかわからない。ここまで来て引き返してしまうハイカーもいるんじゃなかろうか。


9:26
岩を通過すると布引滝の流れ、野門沢の河原に下りる場所に来た。
斜面に河原に降りるためのトラロープがある。ロープを使わなくては河原に降りられないので、ここはもはや遊歩道とは呼ばないだろうなぁ。
ロープを下る場所から布引滝の全貌が見えるので遊歩道としての機能はここまででしょう。


河原に降りた。
砂利の歩き易い河原とは違って大きな岩がゴロゴロしている。
岩の上に乗っては下りの繰り返しで上流へと進んで行く。シロヨメナの藪の中を歩くこともある。


前方に布引滝が迫ってきた。
いい形をしている。
全長120メートル、180メートルの雲竜瀑に次ぐ長さだ。


幸いなことに岩の多くは乾燥していて乗っても滑ることはなかった。
だが、岩と岩の間に靴が挟まったり足首がカクンとなったり、なんどかは危ない目に遭った。


進行右手(左岸)にこんな斜面がある。
19日の下見のときはこのガレた斜面を登れば滝壺に出られるのではないかと見当をつけておいたのだが、その後、ネットで調べたところロープが垂れている斜面があるらしいことがわかった。ここにはロープはかかっていない。


9:47
19日と同じようにとうとう河原の行き止まりまで来てしまった。布引滝の末端部分だと思う。
ロープは見つからなかった。
ネットの情報が古く、ロープはなくなってしまったのかもしれないと思った。


末端の滝は落差10メートルはあろうか、これだけでも十分な見応えがある。
だが、布引滝の全貌を見るにはこの滝の上部に出なくてはならない。
今日は布引滝を間近に見るためのやってきたので、諦めることなく斜面を登るロープを探すことにした。


おっ、あった。
河原の行き止まりからロープを探しながら引き返すと、草むらに隠れているロープが見つかった。
ロープは古く、退色して岩と同じ色をしているので19日は見つからなかったのだ。今日は時間をかけて探して正解だった。
ロープの行く手は先ほどのガレた斜面と一致しているから、19日の管理人の勘はあながち間違いではなかったようだ。
ロープはクライミングに使われる10ミリ径で、引っ張ると伸びることから古いとはいってもその機能はまだ損なわれてはいないようだ。


河原に垂れていたロープは、岩に打ち込まれたピトン、それに結ばれたスリングが支点になっていた。
スリングとロープは長い間、野ざらしの状態が続いて養分を含んだのであろう苔が生え、ナイロン製とはとても思えない見栄えだ。
布引滝がいつの頃から探求されだしたのか、スリングとロープへの苔のつき方から察してその歴史は古いようだ。


上の画像のロープの支点を右へ追うと、さらに上へとロープが続いている。うっすらとだが踏跡もある。


古いロープと並行して新しいトラロープが取り付けられている。
この辺りはロープに頼らなくても歩けた。


ひょ~、センジュガンピだ。しかも群落になっている。


ノリウツギに、、、


ソバナに、、、


タマガワホトトギスも盛りだ。


布引滝の河原が間近に迫った。
ここまでロープは6本かかっていた。


河原を目の前にしてシロヨメナの群落に突入。

10:12
ついに布引滝の滝壺に降り立った。
いや~、とてもいい形をしている。きれいだ。雲竜瀑にも劣らない美しさ。
日光市に存在する48の滝を紹介している書籍があるが出版当時、布引滝は日光市ではなかったので紹介されていないが、第2版が出るとすれば間違いなく採りあげられるであろう。
水量が少ないということはないのだが不思議なことにとても静かだ。
この距離まで近づいても水しぶきがかからない優しさがいい。

独り占めする贅沢。得した気分になれる。
次回は椅子と文庫本を持参し、この水でいれた珈琲を飲みながら時間を過ごそう。あっ、でも帰りは日没になるな。


マルバダケブキ


滝をあとに帰路につくことにした。
遊歩道は往路とはまた違った趣がある。苔むした大きな石がゴロゴロしていて自然の美しさのような風情を感じる。


この丸太の階段の上りはずいぶん厳しい。
ステップ間の土がえぐれているので足を大きく持ち上げないと上のステップに届かない。
階段ではなく斜面である方が管理人には楽だ。


シロヨメナ
地味な夏の花だ。


12:09
急階段に疲れたがなんとか富士見峠への分岐まで辿り着くことができた。
ここから先は下りになるが、ひと休みして息を整えることにした。
振り返ると布引滝が見える場所なのだが滝は相変わらず霧の中。


この美しく開放的な林をスマホで撮ろうとザックをまさぐったところ、、、ない。スマホが。
そうか先ほど分岐で休憩したときにザックから取り出して写真を撮り、しまい忘れたのだ。
やれやれ、また登りかよ。


12:57
スマホは無事に回収でき、登山道を歩き終えて林道終点に着いた。
これから約900メートル、この林道を歩いて布引滝の展望台まで行くがここで今日、3回目の食事とする。


13:21
林道終点から布引滝展望台までは10数分と近い。
ここで帰りのショートカット、第1回目をおこなう。
左カーブの部分にガードレールの切れ目があるのでそこから笹原に踏み込む。


13:49
展望台から鳥居までのショートカットはルートを少し変化させてみた。
往路は鳥居の奥へ歩いて行ったのだが帰路は尾根を利用して画像の左隅に見える踏跡から林道に降り立った。


14:07
最後のショートカットが終わって林道が視野に入った。
駐車地まであと5分。今日はすべてがうまくいった。

登山口までのアクセスが非常に悪いので訪れる人は少ないと思うが一応、地図を掲載。
林道終点までの道のりが長いため管理人はショートカットで距離を短縮したが、地図とコンパスが必須になるのと急斜面を登るため、距離の短縮イコール時間の短縮になるかどうかはわからない。

林道終点から富士見峠との分岐点までは緩やかな上り斜面。地理院地図と実際の道にズレはあるが、これはGPSを携帯していなければわからないことなので気にすることはない。道は明瞭なので迷わない。

分岐点から布引滝へは丸太を組んだ急な階段を下っていくが丸太がじゃまして足を引っかけることがある。それと丸太の上に靴を載せると滑るから、ここが最大の難関だったりして(^^)

野門沢の河原に降りると大きな岩がゴロゴロしているのでつまずいたり、岩で滑ることがある。ここで転ぶと痛い目に遭う。

河原の行き止まり付近に布引滝の滝壺へ上がるロープがかかっているが、それはご自分で探してください。それも楽しみのひとつです。

禁断の激藪を突破して帝釈山に直登、そして10回目の女峰山へ。

2016年7月20日  晴れのち曇り

野門沢林道ゲート(6:20)~布引滝展望台(7:12/7:20)~林道終点(7:37/7:40)~布引滝分岐(8:04/8:04)~帝釈北尾根分岐(8:31/8:35)~標高点1637~標高点1823~標高点1972~標高点2147(10:26)~帝釈山(12:40/12:43)~女峰山(13:18/13:45)~帝釈山(14:14/14:20)~富士見峠(15:11/15:16)~標高点1935~標高点1862~帝釈北尾根分岐(17:02)~布引滝分岐(17:16/17:20)~林道終点(17:30/17:40)~布引滝展望台(17:53/17:55)~林道ゲート(18:32)
※所要時間:12時間12分(休憩を含む)
※距離:20.1キロ(GPSログをカシミール3Dで処理した値)

去る4日、女峰山へのルートとしてはかなりマイナーな、若子神社からの笹藪ルートで9回目の女峰山登頂を果たした。
地理院地図にも昭文社の「山と高原地図」にも道は描かれているが「山と高原地図」には、“笹多い”という注意書きがある。
距離が長い上に標高にして1700メートルも登らなくてはならないために利用者が少なく、それが原因でルート上に笹が繁茂して藪となったのだろうと思う。
まっ、でも、女峰山の山頂に向かっているすべてのルートを歩いてみたい管理人としては、笹藪ごときで怯んではいられないw
笹藪に大いに遊んでいただこうという寛大な気持ちになって今月4日にやってみたわけだ。
笹は深いところで胸の高さまであって大いに手こずったが、華やかなルートとして人気のある霧降ルートとは違った面白さを味わうことができ大いに満足した。結果はブログにしてあるのでご覧ください。
2016年7月4日のブログ

女峰山のルートはこれまで、裏男体の志津乗越に車を置いて歩き始めるというのがスタンダードだった。
しかし、数年前に駐車スペースが閉鎖されてしまい、現在は志津乗越5キロ手前の駐車場に置いて林道を歩いて登山口まで行かなくてはならなくなった。往復10キロ、2時間以上も余計にかかることになったため管理人は以来、女峰山のルートとして使わなくなった。登山口にたどりつくまで長い林道歩きを強いられるルートは楽しさが半減してしまう。
長い林道をてくてく歩いてやっと登山口、ということを考えれば女峰山へ登るのに志津乗越ルートはもっとも距離が長いといえる。女峰山ルートのスタンダードは一気に難易度高レベルへ昇格した(^^)

その影響もあるのか、交通の便のいい霧降ルートを利用する登山者が増えていることを実感する。天空回廊ができて荒れた登山道を歩かなくてよくなったこと、駐車場が整備されたこと、バス停が天空回廊のすぐ脇に移動したことなどが功を奏したのだと思う。もはやこのルートを利用しない手はない。
このブログにもなんどか書いているが他のルートに比べて眺めのいい稜線歩きが続き、快適なトレッキングが楽しめる。笹藪やこみ入った樹林帯の中を歩くことがない。まるで日本庭園の中を散策するようないい気分で歩ける。イワカガミやシャクナゲが咲く季節に特にお勧めしたいルートだ。雪解けが遅く冬が早いので歩く期間は限定されてしまうが、女峰山登山のスタンダードになりつつある。どうか一度、ご賞味ください。
ただし、それほど簡単なルートではない。時間もかかる。
往路で5.5時間、復路が4.5時間なので計10時間は覚悟する必要がある。とはいえ、亀のごとく歩みの遅い管理人の所要時間なので健脚の方であればそれぞれ1時間ずつ短縮可能であろうと思う。いちおう、参考値として紹介しておきたい。

他のルートでお勧めできるのは好みの問題もあると思うが、東照宮裏の行者堂を起点に標高差1700メートルをひたすら登り続けるロングルートというのがある。稚児ヶ墓から先、広大な笹原(藪ではない)はツツジの宝庫といわれるほどの大群落になっていて、5月はシロヤシオとヤマツツジに圧倒される。それに距離が18キロと長いので健康状態の確認にもなりそう(^^)
行者堂から登り始めて霧降に下りる(あるいはその反対)というのが最良の方法だが、マイカーだと車を取りに戻るという手間がかかる。
したがってこのルートを選択する場合、
1.マイカーを取りに戻る手間と交通費を惜しまないこと。
2.マイカーを2台用意して登山口と下山口にデポできること。当然だが複数人数での登山。
3.路線バスを利用する。ただし、時間的にとても厳しくなる。
といった条件がついてしまう。

例外的には、早朝、身内に登山口まで送ってもらい、歩き終えたら下山口まで迎えに来てもらう方法というのがあるが管理人は以前この方法で家人からひんしゅくを買ったことがあるから、夫婦仲のいいご夫婦に限るというのが条件w

以上で若子神社、志津乗越、霧降、行者堂を起点とする女峰山ルートをおおまかに紹介した。
もっとも無難なのは距離もほどほど、稜線からの眺めのいい霧降からピストンという手かな?
同じルートを往復することになるが変化に富んだコースなのでピストンなら2倍、楽しめる。

これらをやったらあとは栗山の野門(のかど)ルートが残る。
野門をスタートして富士見峠に出てそこから帝釈山を経て女峰山へ登るというかなり厄介なルートだ。野門から富士見峠まで見通しの効かない深い樹林帯の中をただひたすら9キロも歩き、その上で富士見峠から帝釈山を経て女峰山に達するのに、さらに2キロも歩くという苦行を伴うのでマニア向けといっていい。修行増になったつもりで歩く覚悟が必要なほど大変なルートだ。

布引滝展望台から眺める女峰山と帝釈山

野門から歩き始めるルートをもうひとつ。
スタート地点は同じ野門だが富士見峠を経由せずに帝釈山に直登するという方法がある。
野門~富士見峠~帝釈山が直角三角形の2辺と考えれば帝釈山直登ルートは三角形の斜辺を歩くようなものなので、距離はずいぶん短縮できる。
しかし、、、だ。
このルートは藪が予想される。若子神社ルートで笹藪に泣いたのでできれば藪は避けたいところだが、愛しの女峰山へ登るためには致し方ない。
だが、事前の調べでは林道をショートカットしたりルートファインディングを必要としたりといった、山歩きの楽しさを味わえそうなのだ。
そのへんの経緯は7月17日のブログに詳しく書いておいたので参考に。
2016年7月17日のブログ

それにしても多彩なルートを持ち合わせてるな、女峰山は。
稜線歩きが好きな方から藪歩きが好きな方まで、さあ、あなたのお好きなルートで登ってらっしゃい。
でもそんなに簡単じゃないわよ、アタシを攻略するのは。そう言われているようだ。さすが母なる山、手厳しい(^^)

今日はその母なる山の懐に、ちょうど10回目の挑戦として野門から飛び込んでみよう。
心優しく迎えてくれるのかそれとも、厳しさにはじき返されてしまうのか、期待と不安は大きい。

上に書いたように今日予定しているルートは野門から富士見峠へ向かって南下して、途中で帝釈山の北尾根に乗り換えて山頂に達し、女峰山に行くというのが往路で、帰りは帝釈山から富士見峠に出て野門へ戻るというロングコースだ。
管理人が愛用しているフリーソフト「カシミール3D」で距離を試算したところ、約16キロと出た。
ただし、試算ではクネクネと曲がった道も直線としてとらえているので、実際には2割くらい多くなると考えている。所要時間はこれも試算だが休憩を含んで13時間。
いやはや、年甲斐もなくどうしてこんな厳しい山行を考えてしまったのだろう。後悔の念をいだきながらも気持ちを奮い立たせて歩き始めた。
実は昨日、近くの布引滝を見学がてら帝釈山北尾根を標高1800メートルまで登って感触を確かめておいた。

図の赤い線は事前に計画したものではなく、歩き終えた後のGPSの記録を地図に反映させたもの。
このルートに考えが至った経緯は2016年7月17日のブログを参照いただきたい。


川治温泉と川俣温泉を結んでいる県道23号線、野門橋を渡るとすぐ左に立派な門構えの道がある。
なぜここが家康と関係するのか、、、、それを管理人が書いたりするとボロが出るのでこちらを。


6:20
県道から外れて2キロほど走るとここから先、一般車は入れない。
工事車両のじゃまにならないように縁石左の草地に車を突っ込んで歩く支度を済ませた。
地図で見るとこの道は大きく蛇行を繰り返しながら南へ向かっているので、道路上を歩こうとすると大変な時間がかかることがわかる。
そこで事前に、3箇所ほどショートカットするルートを設定しておいた(上の地図)。


遮断機の脇を通り抜け、最初のショートカット地点に向かう。


ショートカットに失敗すると返って時間をくったりすることがあるため、到着地点を決めておき、そこへ間違いなく着けるように地図とコンパスを使って歩く。
1回目のショートカットは距離は短いながら傾斜は急だった。
ショートカットが終わると林道のガードレールの切れ目に出たので少し進む。地図にはすぐ先に林道を横切るようにして登山道がかかれているのだ。しかし、その場所には高さが2メートルほどの擁壁があり、上ることができない。
林道を設けるために斜面を削り、そこに擁壁を作ったことで登山道が寸断され、用をなさなくなってしまったようだ。

歩くつもりだった道がない、、、さあ困ったぞ。計画を修正しないと!!
当初予定していたルート


下図は現場で修正したルート
最初のショートカット(図のA)後、登山道が見つからないまま歩いていると林道の右手に階段が現れた(下の画像)。地図で現在地を確認するとここをショートカットできそうだ。
話が前後するが、図のBのようにショートカットすると鳥居と出合ったので、ここで再度、地図を見て図のCのショートカットをおこなった。
3つのショートカットの末に布引滝展望台に出ることができた。
これによって林道を歩く距離は大きく短縮されたはずだ。ただし、笹の急傾斜を登ったことで消費したエネルギー量は林道を歩くのと同じだったかもわからない(^^)


ショートカットする場所は濡れた落ち葉が堆積した急斜面なので、滑り止め効果と登攀力を増すためにチェーンスパイクが有効だ。


6:42
2回目のショートカットをした階段。
地図に描かれた登山道とは明らかに違う場所だが、人が歩くための階段であろうことに間違いない。
GPSで現在地を確かめ、コンパスをセットして斜面を登り始めた。
階段を昇った右のガレ場を登り、次に笹原をひたすら登っていく。


6:55
2回目のショートカットが終わると再び林道と合流。そこには丸太で組んだ鳥居と石の祠があった。
そうか先ほどの階段はここへ来るための昔の参道だったのだ。
しかしゆるやかに上っていく林道ができたことで急傾斜の参道は廃れ、誰も歩かなくなったようだ。
3回目のショートカットはこの鳥居の奥へと進んでいく。

上のチェーンスパイクの画像に写っている人物と鳥居のそばに写っている人物は今日、同行してくれることになった常連客のWさん。管理人が計画したところ、頼りない管理人のために助っ人として都内から駆けつけてくれた。


7:11
鳥居からのショートカット(図のC)を終えるとこんな構造物の真下に出た。
これが布引滝の展望台。擁壁がもっとも低くなった場所を探して道路の上に乗った。


お~、なかなかの展望ではないか。
はて、これから向かう帝釈山そして、女峰山はどれなんだろう?
どうやら写真中央の右、ピラミッドのように尖っているのが帝釈山らしい。女峰山はその左に見えるピークのうちのどれかなのだろう。
答えは冒頭の写真に。


3つのショートカットが終わると次は林道が尽きるところまで歩く。
管理人のこれまでの経験だと山の中の林道は斜面から落ちた岩が堆積していたり道が崩落していたりするが、ここはそれらはまったく見られない。そればかりでなく、一般車が通行するのになんら差し支えないほど整備されている。


7:36
林道を900メートルほど歩くと、休憩するのに十分な明るい広場に出た。
ここからいよいよ道標にしたがって山の中へと入っていく。

地図によると道は尾根上をまっすぐ南下するように描かれているが実際には急斜面を避け、ジグザグに登っている。


8:03
道はここで布引滝方面と富士見峠方面に分岐するので右へ直角に曲がる。
布引滝は19日に帝釈山の北尾根を見つけるために来た帰りに近くまで行ってみたが、最後に周りを直角の壁に阻まれてにっちもさっちもいかず、諦めて引き返した。


布引滝への分岐を富士見峠へと向かうとすぐ、木の祠と出合う。「山の神さま」という名板が立木に取り付けられている。


石は苔むして古道の雰囲気が漂ういい道だ。
道のすぐ左が一段高くなっているがこれが地図で見る尾根らしい。


左側の一段高くなったところに石の祠があり、中に石像が納められている。
よく見ると右手を直角に上げてなにかを持っているように見える。背中には炎のようなものを背負っているので不動明王なのかも?
ちなみに、地図によれば、ここが富士見峠と帝釈山の尾根を分ける分岐点になっていて、直進すると帝釈山の尾根に乗り、道の右にある沢を横切ると富士見峠に行くようだ。しかし、道は1本しかないためとりあえずこのまま尾根を直進して富士見峠と帝釈山の分岐を探すことにした。


8:31・・・画像A
石の祠から400メートルほど行くと太い木に赤いペンキのマークがある。
そして道の先はややガレていて沢のように見える。帝釈山へは尾根上を進むはずなので沢は通らない。ということはここが富士見峠と帝釈山との分岐に違いない。分岐は地図よりもずいぶん先にあった。
であれば帝釈山への尾根はここで向きを左へ変えているはずだ。左へ入る踏跡を探す。
ちなみに、赤いマーカーの立木はたくさんあるので当てにはできない。地図で探すのが基本。


8:35
ここが帝釈山北尾根の取り付き部分らしい。
シャクナゲの群落だが目を凝らすと判然とはしないが踏跡らしいのが見えた。
と、わざとらしい書き方をしているが実は昨日、下見でこの藪を突き抜け標高1800メートルまで確認済みなのだw


8:51
昨日は登山の定石通り尾根上を歩いたところ、びっしり埋まったシャクナゲに行く手を阻まれ、やむなく尾根から西へ少し下がってみたところ、そこはコメツガ林に変わり、歩き易いことがわかったので今日も同じ方法をとった。
歩き易いと書いたがシャクナゲの藪に比べてということであり、実際には倒木あり、落ちた木の枝あり、横に張り出したコメツガの枝ありでそれなりである。踏み跡は見えない。


9:02
標高1820メートル付近のコメツガ林の中に赤いテープがあった。
この尾根が帝釈山へのルートとして使われていることに間違いないことを確認した。
昨日はこのすぐ手前、標高1800メートルで引き返した。


9:09
コメツガ林はシラビソの林に変わった。
尾根は幅広くなり、ともすればどちらに向かっていいのかわからなくなる。
ほとんど見えない踏跡を探すのは諦めて、斜面の最も高い部分を見失わないように慎重に登っていった。


9:21
標高1880メートル付近。今度はコメツガとシラビソの混在林となった。密度が濃くなる。
幼樹は背丈が低いので、前進するのにじゃまをする。枝のすき間を縫ったり倒木を避けながら歩くので真っ直ぐ歩くことは困難だ。


9:36
はっきりした道があったので辿ったところ、こんなところに出てしまった。
シカ道だったのかそれとも、人の踏跡が崩落したのか、いずれにしてもこの先は行けそうもないので両手まで使って斜面を右へ上った。


9:58
標高2050メートル辺りに来ると尾根幅が広がったのでルートを外さないよう、標高点2147に向けてコンパスをセットする。
参考までに、管理人が手にしている地図は前述のカシミール3Dを使って緯度経度線、磁北線を含めて印刷したもので、より細かいところがわかるように縮尺は1/12500にしてある。


10:12
コメツガとシラビソの林は密となり、枝をかき分けながら木々の間を縫うようにして進む。


10:25
進路が南から東南東へ変わって前方に見えるのが帝釈山らしい。
この辺りが地図にある標高点2147だと思う。


10:41
標高2180メートル付近。
倒木がきれいに切断されているのを見つけた。
切断面は古く変色しているが昔はここにルートがあったことをうかがわせる。登山道だったのかあるいは、狩猟か炭焼きのための道だったのだろうか?


腐生植物のギンリョウソウ。
ここに来るまでギンリョウソウは数多く見たがこれほど密度の高いのは初めてだった。


コメツガの幼樹の新緑がとてもきれい。


11:13
コメツガとシラビソの林は途切れることがなく続いている。
すき間を見つけては枝の下をくぐって前に進んでいくがシャクナゲに比べれば苦痛ではない。


標高2250メートル付近。
ここまで来るとハクサンシャクナゲがまだ見られる。
藪には違いないがほっと一息つける瞬間。


11:40
シャクナゲは尾根上にしかないものと安心していたところ、尾根から一段下がったシラビソ林の中にびっしり。


おっ、ゴゼンタチバナだ。


11:58
標高2360メートル付近。ようやく帝釈山が見えた。
ただし、あそこへ達するためには目の前にびっしり茂っているコメツガとシラビソ、シャクナゲの群落を抜けなくてはならない。
踏跡はない。自分の足下さえよく見えないくらいの藪だ。人が通れるすき間もない。
枝で目を傷つけないように頭を下げ、両手を前に突きだして枝をかき分けながら進んで行くが身体が枝の上に乗ってしまうと足が地面に着かず浮いてしまう。時間ばかりくって先へ進まない。ここが一番の難所だった。
この藪を経験したらもう怖いものはない、そんな気持ちにさえなった(^^)


12:03
激藪は数分で終わった。だが、ずいぶん長い間、藪と格闘したように思えた。
藪を抜けると今度はザレ場となった。このザレ場は地理院地図に「砂れき地」記号として描かれている。
更新頻度の低い地理院地図に描かれているくらいだから、この数年の間にできたザレ場ではなく、十数年あるいは数十年前からこの状態にあるものと思う。
ここを横切って対岸の林の中に入るべきかそれとも、直登した方がいいのか迷ったが、斜度から判断して滑落の危険はないように思えたので上へと向かった。
慎重派のWさんは左に見える林の中へと消えていった。


ザレ場の正体は火山礫だ。
火山礫はその性質から軽く、不安定だ。
靴を載せると潜りまた、滑る。力が入らない。雪の斜面を登っていく要領で、靴のつま先を食い込ますようにして足場を作り、慎重に登っていく。


より安全な場所を選んで慎重に登っていくWさん。
自分で言うのもなんですが、その方が絶対、安全です。


12:30
ザレ場上部の藪を抜けると今度は高さ3メートルほどの岩が立ちはだかっている。
10メートル間隔の等高線だと予測が困難な岩場である。
17日のブログで紹介した「日光連山ひとり山歩き」作者の烏ヶ森の住人さんはここを右へ巻く道があると書いておられたが、ホールドとなる岩の突起がはっきりしているので越えられると判断した。
問題はこの岩の上部であった。
表面が白いのでてっきりそこも岩であろうと思ったのだが、とんでもない見誤りであった。白く見えたのは土の表面の地衣類であった。
さあ、どうしよう。ホールドとなるものがない。
視野を広げて見つめると、地衣類のすき間に太さ2センチほどの木の根が見える。3本ある。
最初の木の根を左手でつかんで身体を引き上げ、右足を50センチ上に移動すれば岩の突起に乗せることができる。次に左手を2本目の木の根に移して空いた木の根に左足を乗せる。そのようにイメージしながら登っていった。
すると間もなく草が生えた斜面だ。そこに枯れたハイマツの枝があった。根はしっかりしているのでつかんでも大丈夫そうだ。
そうやって登ったところが帝釈山のすぐ下だった。


Wさんも無事に岩をクリアした。


きっとこの上が山頂に違いない。


お~、やったぞ。
帝釈山の山名板を裏から見る。この位置から見るのは初めてだ。よく頑張った。


12:39
歩き始めて6時間13分。
ついに北尾根で帝釈山の山頂に達した。感動で言葉が出ない。Wさんも同じらしい。
Wさんに体調を聞くと悪いところはないようだ。では、次は予定通り女峰山だ。
休む時間もなく女峰山へと向かった。


帝釈山と女峰山を結んでいる稜線はわずかなアップダウンはあるが快適だ。
今日のルートのハイライト部分なのだが、深い霧で景色は見えない。


霧の中に専女山の山名板が見える。


コケモモ。
美しさに立ち止まって何枚も写真を撮った。


間もなく女峰山のはずだが霧に包まれて見えない。


コメツツジ


ミヤマダイコンソウ


最後の登りは岩場だ。
岩は脆いので足を乗せる場所に注意しながら登っていく。


13:18
数えて10回目の登頂を果たした。
母なる山、女峰山は今日も快く迎えてくれた。
2002年に初めてこの山頂に立ちそれから14年かかってようやく10回だが、この間、怪我による長いブランクがあったことを思えばよくぞ10回も登ったものだと我ながら感心する。
生涯であと何回登れるかわからないが、この素晴らしい女峰山とは末永くお付き合いしたい。


13:45
27分の休憩の後、帝釈山へと向かった。


タカネニガナ


14:14
再び帝釈山に戻ってきた。
ここからが帰りのルートになる。
富士見峠に向かって急降下していく。


富士見峠への樹林帯の下りはこれで4回目となる。
これまでの3回の記憶だとかなりの悪路という印象が残っていたが、4回目の今日はそれほど悪い道ではないという感じがして、我ながら驚いた。
当時はまだ未熟者で山道を歩き慣れていなかったためであろうと思う。それからいろんな道を経験したからだろうか、いまではごく普通の道のように思える。


15:04
大雨で水路が拡大し渡れなくなってしまったのか、溝に丸太が渡してある。


15:11
富士見峠は4差路になっていて南は志津乗越へ、西は小真名子山へ向かっている。
車を置いた野門へは道標を右、北へと進んでいく。
調べてみないとわからないが、昔は日光と福島県を結ぶ街道として利用されていたのではないか、そんな風情を感じさせてくれるいい峠だ。


管理人がこのルートを歩くのは初めてだが悪い道ではない。
地図では富士見峠からしばらくの間、道は九十九折となる。
厳しい山道でない限り、普通、登山道が九十九折にはならないはずなので、この道は工事用の林道として敷設されたものであろう。林道の用が済み、このように木が茂ったと考える。


15:26
標高2020メートル付近のガレ場を通過する。
前を行くのは相変わらずWさん。


Wさんからの提案で、最初のUターン部分から標高点1935までの間をショートカットすることになった。


ショートカットを終えて元の道に戻る。
木がうるさいが藪ではないので歩き易い。


標高1850メートル付近。
道は部分的に荒れていてわかりづらいところがある。


大雨が降ったときにはおそらく水路となるのであろう、道はガレていて滑りやすい。


17:18
朝、通過した布引滝と富士見峠との分岐点まで来ると霧が晴れて布引滝がはっきり見えるようになった。
落差120メートル。華厳滝よりも大きい。
実は昨日、下見のついでに布引滝に近づいてみたのだが、間近で見るためには崖をよじ登らなくてはならないらしい。次の課題として帰ってきた。


林道へ向かってゆるやかに下る。


17:29
林道を下に見る位置まで来た。これでもうなにも心配することはない。


17:45
林道終点部分から九十九折りへ向かう。
朝、時間を短縮するために林道を3回、ショートカットしたが、時間も遅くなり辺りは薄暗くなったのでショートカットは2回にとどめ、最後は林道を忠実に歩いて駐車地へ向かった。


18:32
距離は試算の16キロを少し上回って17.1キロ。所要時間は30分下回って12時間23分だった。
このGPSが示す距離はある速度を超えないと計測されない仕様らしいので、実際には20キロは歩いていると思う。


標高点2147から帝釈山の山頂まで、計画を大きく上回り2時間14分もかかってしまった。
激藪、ザレ場、岩場といった時間のかかる難所が続いたためだが、想定していたものの計画に甘さがあったようだ。
まあ、でも、結果だけを考えれば予定より20分遅れて出発した割に、ゴールは30分早かったので良しとしよう。ちょっと待て、その考えがいけないんだよ、山というものはw

17日のブログにも書いた通り、この山行を計画するにあたって次の2つのサイトを参考にさせていただきました。この場をお借りして御礼申し上げます。
※「日光稜線紀行」、starionさんによる「野門~帝釈山北尾根~女峰山周回」・・・2006/07/02
※「日光連山ひとり山歩き」、烏ヶ森の住人さんによる「野門から北尾根経由で帝釈山」・・・2006/07/14