スノーシュー最後の下見。

2017年1月19日(木)

今年も昨年同様、暖冬少雪でスノーシューの開催が危ぶまれましたが、14日から降り続いた雪のおかげでスノーシューのフィールドは十分すぎるほど雪が積もりました。
例年に比べて3週遅れの開幕となりましたが、これでお客さんにはスノーシューを存分に楽しんでもらえるでしょう。

明後日、土曜日の今シーズン最初のスノーシューツアー開催を前に積雪は十分とは思うものの、念のためにフィールドの下見をおこないましたのでそのご報告を。


「おとぎの森」コース入口の光徳園地です。
ミズナラの林が広がり気持ちが安らぐ場所。小田代ケ原や戦場ヶ原に比べると人が少なく、この広いフィールドを独り占めしたかのような贅沢な気分になれます。


う~ん、いい青空だ。


道路のカーブミラーで自撮り(笑)
ふだんなら頭上にあるミラーが目の前に。


昨シーズンは終わりが2月と早く、今シーズンはスタートが1月後半という遅さ。
そのため例年だと8ヶ月の空白期間なのに今シーズンは10ヶ月と、2ヶ月も余計に空いてしまった。
無雪期の山歩きで使う筋肉とスノーシューで使う筋肉は別物なので、シーズン始めはとても疲れる。今週は土日にツアーがあるので今日の下見で身体を慣れさせないと。
画像のスノーシューはモンベルが輸入販売しているATLAS社の製品。抜群の登攀能力があるのでツアーに参加するお客さんには同じメーカーのスノーシューをお貸ししています。


はて、なんでしょう?
これを見て即答できる人は自然に精通しています。
答はシカの足跡、いや胴体の跡です。
シカの足は細いので雪が深いとお腹が接するまで潜ります。その状態で前進するとこのような深い溝になります。
昔、今の何倍もの雪が降った頃、胴体まで潜って前進できず、その場で餓死する例が数多くあったとのこと。それで個体調整がされていたんですね。


日光では珍しいブナがここでは見られます。


光徳牧場の牛たち。
グリーンシーズンであればノンビリ草をはむ牛と書くところですが、今は雪の下。牧草は牛舎で食べるのでしょう。


管理人が歩いた跡。


シカに表皮を食われたウラジロモミ。ここではよく見る光景です。


場所を金精沢に移して散策。
笹が茂ってふだんなら歩けない林の中をのんびり歩きました。
画像はドライフラワーと化したツルアジサイ。


白根山登山口を示す道標も間もなく雪に埋もれるでしょう。


今月12日はこんな状態でした。


最近はこの車が管理人の足となって活躍しています。
トラックみたいな乗り心地、スピード出ない、燃費悪いの三拍子ですが頑張ってくれています。

スノーシューツアー開幕!!

2017年1月12日(木)

日本海側と北日本を覆っている寒気の影響で日光もようやく本格的な雪になりました。
市街地はまだ降っていませんがスノーシューのフィールドとなる奥日光と霧降高原はサラサラの雪が降っています。

今日は奥日光の光徳温泉と湯元、霧降高原を見て回りましたがこれなら間違いなく積もるという雪がしきりと降っていて、日曜日頃まで降り続くとの予報です。
昨年は暖冬少雪でなかなか雪が恵まれず、スノーシュー初日は1月23日と、例年よりも3週間も遅いスタートでした。今年も同じような傾向ですが、なんとか開幕にこぎ着けることができ、ホッとしています。

長らくお待たせしましたが、私(ペンションはじめのいっぽ店主・波多江定夫)がガイドを務めるスノーシューツアーは21日(土)を初日としてスタートいたします。

ツアーをご希望の方は開催日程表をご覧になり、奮ってお申し込みください。

ツアーの詳細は専用のホームページで→こちら


途中、中禅寺湖前を通過しようとしたところ、湖は大荒れ。寒気の影響でものすごい風でした。


「おとぎの森」コース入口となる光徳温泉。
さらさらしたいい雪が降っていました。
看板の支柱が半分埋まればスノーシューで歩けるようになります。
週明けになれば大丈夫でしょう。
駐車場の様子(下の動画)


「金精の森」コース入口となる湯元の白根山登山口。
積雪は20センチほど。本格的には笹が隠れるくらいが望ましいですが、しきりに雪が降っているので週明けには大丈夫でしょう。



場所を霧降高原に移し、天空回廊と並行するハイキングコースの様子。丸山コースはこの道を使います。
ここも週明けになれば大丈夫でしょう。

スノーシューの下見で赤薙山にチェーンスパイクで登る(雪はまだ中途半端)。

2017年1月10日(火) 晴れ、気温0~4度

一昨日8日の夕方から降り始めた雪は21時前には止んでしまったが、標高820メートルの我が家で5センチほど積もった。ただし、水分をたっぷり含んだ重たい雪だったことに加えて、気温は夜になっても下がらず、屋根の雪は早くも融け始めてボタボタと庇を叩く音が聞こえる始末だった。

本来なら今頃すでに管理人がガイドを務めるスノーシューツアーが賑わいを見せる時期だが、今年も昨年に続く暖冬少雪で、開催が大幅に遅れる見込みだ。
天気予報によれば11日に日本海側に寒気がやって来て、日本海側と北日本は寒気が通過するまでの間、かなりの降雪になるらしい。日光の山沿いは冬は日本海側の気象の影響を強く受けるため、日本海の上空に寒気が押し寄せるとそのおこぼれに預かり、雪が降る。
8日に降った雪が融ける前に11日から連続して雪が積もれば根雪になりスノーシューができるようになる、そんな期待をしている。

8日に降った雪は我が家の周辺ではすでに融けてなくなってしまったが、山ではどんな具合だろう。
取り急ぎ、近場の山、赤薙山に登って状況を確認することにした。
なお、タイトルに書いたように積雪量が中途半端な雪の降り始めはスノーシューだと木の根や段差に引っかかって危険だし、靴のままだと滑る。そんなときはチェーンスパイクが威力を発揮する。装着が簡単だから場面場面で着けたり外したりできるし、アイゼンほどではないがそこそこのグリップ力があるのでアイスバーンを除けば滑ることはない。なによりも軽いし薄いし柔らかいので、着けていることを意識せず違和感なく歩けるのがいい。
管理人はこれをオールシーズン活用している。→無雪期の使用例


霧降高原道路をキスゲ平に向けて走っていると赤薙山が次第に大きく迫ってくる。
ここは反対車線に待避所があって写真を撮るのに最適な場所。この先へ行くと今度は赤薙山が頭上にかぶさるほど巨大になる。女峰山への通過点に過ぎないマイナーな山だが、目の前にすると山の雄大さがわかる。


赤薙山や丸山そして女峰山登山の起点となるのが霧降高原キスゲ平。
今日、目指す赤薙山は標高2010メートルだが、この1445段の階段がもっとも厳しいかも(^^)


階段を登り始めるとすぐ、ニッコウキスゲなどの高山植物を楽しむための散策路と交わる。標高は1370メートル。
そこにピッケルを突き刺し、シャフトに付着した雪を見ると約20センチと予想外に深いことがわかった。


次は階段700段目の散策路。標高は1470メートル。
先ほどより深く、30センチくらい。


階段の700段目の避難小屋から振り返り関東平野を眺める。
遠方は霞んでいるが筑波山まで見渡せる。この標高でこれだけの展望が得られる場所は奥日光にはないからキスゲ平の環境がいかに優れているかが知れる。


階段の最上部に到達した。
ここの標高は1582メートルだから、麓と赤薙山との標高差670メートルのうち、240メートルを階段で稼いだことになる。残り430メートルは緩やかな稜線歩きと短いが急傾斜。赤薙山は冬でも比較的安全に登れるから冬山入門の山としていいのではないだろうか。


いいっすね~、この大パノラマ。
キスゲ平は麓からも関東平野がよく見えるが標高が上がるにつれて展望はさらに広がりを見せ、大パノラマとなる。
画像は北西に位置する高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)。高原山の左に那須連峰が見える。
奥日光だと2千メートル超えの山頂以外、展望を得るのは難しいが小丸山から赤薙山の稜線は2千メートルに満たないが最高なんである(^^)


お~、今日は富士山が見える。
同じ位置から南南西に180キロ。


標高1601メートルの小丸山に出た。
ここから女峰山(実際には帝釈山)まで実に長い稜線が続く。
ところで、いつもと雰囲気が違うなと思ったら山名板が新しくなっている。以前は「キスゲ平」となっていたが「小丸山」に変わった。だが、地理院地図にキスゲ平も小丸山も表記はないから、国には認知されていない名称だと思う。
強いて言えば昭文社・山と高原地図に記載されている小丸山を通称名とするのが妥当なところか。
整理すると、天空回廊のあるキスゲ平園地全体(元のスキー場)をキスゲ平、キスゲ平を抜けてこの山名板のある場所を小丸山、小丸山から赤薙山を経て女峰山へ続く稜線を赤薙-女峰稜線と呼んで区分けするとわかりやすいと思う。
蛇足ながら、山名板の下の「標高一六〇一米」という表記は非常にわかりづらい。そもそも漢数字を横に並べて書くか?、書くなら縦じゃないのか?


今日の管理人の出で立ちはチェーンスパイクにピッケルという、ハイキングにしては大袈裟だし、冬山登山にしては中途半端なもの(^^)
とはいえ管理人、チェーンスパイクはオールシーズン使っているし、ピッケルは冒頭の画像でわかるとおり積雪量を計るのに持参した。


このように雪面に突き刺し、潜った長さで積雪量を知ることができる。
ちなみにこのピッケルの全長は標準の65センチなのでこの場所だとおおよそ50センチの深さ。


焼石金剛。
山名板と雪に埋もれた小さな社がある。
実は焼石金剛という名前だが、ここにはおそらく噴火で飛んできたのであろう大小の石がごろごろしている。
昔の人は大きな石(岩)が夕陽で真っ赤に染まるのを見て、それを神として崇めたのではないかと思う。それともうひとつ、実はふと思ったのだが、雪がまだ浅い今日、この周囲だけ雪がまったくついていない部分がある。地熱が高くすぐに融けてしまうのだろうか。それもやはり神の力と信じられたのかもわからない。


焼石金剛を過ぎると右側に樹林帯、左側に深い谷に挟まれた細い尾根となる。
雪の量が増えると谷側に雪庇ができ非常に危険な尾根に変わる。雪庇を踏み抜くと樹木のない斜面を為す術もないまま300メートル滑り落ちる。
樹林帯のきわが安全ゾーンだ。


赤薙山に導く道標。
道標にしたがって進むと木の根が露出した樹林帯を緩やかに登っていく。わずかでもいいから距離を短縮したい場合は画像正面に向かって進む。雪は深くなるが危険があるというわけではない。


山頂直下はしばし急傾斜が続くがこの林を抜けると、、、


赤薙山に到着。
小丸山から休み休み歩いて1時間42分、焼石金剛から56分。
休み休みというのは、雪の吹き溜まりに入り込んでもがいたり、振り返って景色を眺めたりしたことを指す。無雪期に女峰山へ行くときなどはこんなに時間をかけると登頂前に陽が暮れてしまう。


赤薙山山頂からの眺めは鳥居をくぐったところの崖っぷちからのみ。
そこからだと女峰山と男体山がよく見える。


こちらは男体山。


山頂の空気が冷たくなってきたので早々に退散することにしたが、今日はよく晴れ渡り、いい空の色をしている。


下りでやせ尾根を上から見たところだが進行左側は樹林帯で右は中ノ沢へ落ちる斜面。なかなか怖い。


雪庇にピッケルを突き刺すとヘッドまで埋まる。深さは80センチはあるだろうか。
ピッケルの数十センチ沢側に地面はなく、雪が載っているだけ。


小丸山まで戻りあとは階段で駐車場まで下ってお終いとなる。


最上段から700段目を見おろしたところ。
気温が下がるとこの雪は凍りつき、間違いなく滑る。
これからの季節、階段を利用する方は十分ご注意のほどを。

年の初めはやっぱり古賀志山の岩場でしょ!!

2017年1月6日(金)

膳棚駐車場~林道古賀志線~三叉路~芝山林道から西へ~東稜岩場~東稜見晴台~古賀志山~御嶽山~古賀志山大神~猪落~岩下道~南登山道~坊主山~膳棚駐車場

この冬、一番の冷え込みとなり、管理人が住む霧降高原はマイナス7度を記録した。
この冷え込みのおかげで屋外に設置してある給湯ボイラーの配管が凍結してしまい顔も洗えない始末。いや、洗おうと思えば洗えないことはないのだが、凍傷になるくらい冷たい水で顔を洗うにはそれなりの勇気を必要とする。
石油ストーブを壁付けボイラーの下に移動するとともに、解氷機に通電して待つこと30分。ようやくお湯が出てきたときは嬉しさのあまり万歳、などということはしませんが、普通が一番ありがたいと感じたひとときであった。
その後、商工会議所に出向いて専従者の源泉徴収表を作成するなど、暮ればかりでなく年始めもなかなか忙しい。
新年早々、ボイラー凍結というアクシデントに見舞われるし、雪はいっこうに降る気配がないし、波乱の2017年という予感がするw

あ~そうそう、忘れるところだったけど先月24日、山に行くときの足代わりとして中古の軽自動車を手に入れた。これまでどこへ行くにもステップワゴンに乗って出かけていたが、いつ壊れるかもわからない高年式車ゆえに、稼働日数を少なくして、延命を図ろうというわけだ。平成13年式のステップワゴンは3列席への乗り降りがしやすく、贅を尽くした最近の車にはない使い勝手の良さがある。寿命尽きるまで大切に乗りたいものだ。

で、軽自動車なら細い林道に無理やり入っていけるし、20センチもある地上高と16インチという大きなタイヤは石がごろごろ転がっているような荒れた道でも心配はない(と思う)。深い轍に入り込んでしまっても手動で切り替える方式の4WDだから脱出は容易というものだ(たぶん)。
要するに昨年末の総括で宣言したように、「より遠方の山への開眼」を今年はさらに強化するために、どこへでも入っていくことができる「足」を手に入れた次第だ。
その入手した軽自動車、スズキのジムニーだが、使い勝手をよくするためにあれこれ細工を施すのに時間をとられて山歩きは先月19日以来のご無沙汰で、今年の初歩きは昨年よりも遅く今日6日となってしまった。

今年の管理人の目標は古賀志山でいえば、山域内にたとえ数十メートルでも、まだ歩いていない道があればくまなく歩き、文字通り古賀志山を歩き尽くすことにある。おそらく地図とコンパスが必要になろうかと思うが、それが読図能力の向上につながり、他の山での安全につながる。

古賀志山山域は3.5キロ四方の中にすっぽり収まってしまうほど狭いので、道間違いを起こしても冷静に対応すれば容易に脱出できる。読図の練習には最適なのだ。
これほど身近な場所なのに地図にない道を歩けたり岩場の上り下りができる古賀志山は、登山の基本のキを学べる隠れた名山だと思う。今年も大いに世話になろう。


軽自動車ながら最低地上高200ミリ、16インチもある大きなタイヤ、手動切り替え式の4WDと、本格的なオフロード走行が楽しめるとして根強い人気があるジムニー。
だからといって性能を100パーセント発揮できるような道に踏み込もうというわけではないが、これまでステップワゴンでしてきた苦労が少し軽減されるのではないかと思う。


今日は残り少ない未踏ルートに近い膳棚駐車場をスタート地点にした。日光から県道70号線を宇都宮に向けて走り、レイクランドCCに折れた場所にある。
古賀志山に登るには森林公園駐車場からのアプローチとここ、膳棚駐車場からのアプローチという二通りの方法がある。森林公園駐車場は元々、地元の人の利用が多く、広い駐車場は早朝から満車になることがある。駐車場で出合った地元の顔見知り同士、一緒に歩くのに都合がいいらしい。
しかし、膳棚駐車場は森林公園駐車場ほど広くないのと宇都宮市街から行くのに森林公園駐車場より遠くなるため利用者がほとんどいない。といって古賀志山に至るのにアクセスは決して悪くないので管理人はよく利用する。


車止めの脇を抜けると左に入るアスファルト道路がある。
途中で登山道に変わり、坊主山を経由して古賀志山南登山道で山頂に至る。分岐がいくつかあるため地図とコンパスは必須。
今日は帰りにこの道を利用する予定。


坊主山への道を左に見ながら車止めのある方向に進んでいく。
一般車は通行禁止だし歩く人もいないので散歩気分で歩ける。が、ときおり前方から高速で向かってくる自転車とすれ違う。
この道路は自転車レースとして名高いジャパンカップで利用されていることから、ロードレーサーの間で人気がある道なのだ。一般車もない、人もいないアスファルト道路でなおかつ、下りという好条件が人気を呼んでいるらしい。
それが裏目に出て、2008年には練習中のレーサーが一般車と衝突して亡くなるという事故が起こったそうだ。なぜ一般車が走っていたのかは不明。


ぶらぶらと散歩気分で歩いて行くとアスファルト道路が分岐する場所に出合う。
左の道が林道古賀志線で途中、南登山道と交わる。管理人の予定ルートは右へ進んで途中で山に入るというもの。
なお、分岐の中央に見える林の奥に東南稜ルートと呼ばれる岩場ルートが隠れている。


分岐を右へ進んでいくと右へ曲がるヘアピンカーブがある。
ここでアスファルト道路と分かれて山に入る。


檜の植林地だが陽が差し込んで明るい。


向かう方向は時計のコンパスが示す西。


沢から尾根に転じ、かすかな踏跡を頼りに標高を稼いでいく。


ほっ。なんども歩いている東稜ルートに合流した。
これで本日の未踏ルート歩きは終了。距離にして400メートルという短いものだった。
とはいえせっかくここまで来たのだからおいそれと帰るわけにはいかない。
鈍った身体に活を入れるためにも岩を登って緊張感を高めよう。


東稜ルートを登り詰めると左から来る尾根、東南稜ルートと合流し、合流点にさっそく岩場が待ち構えている。ここから連続する岩をすべてクリアすると東稜見晴台に達する。
なんども登った岩なのにいざ目の前にすると緊張が走る。
久しぶりなので滑落しないように慎重に登ったのは言うまでもない。鎖は使わなかったが、、、


見晴台直下の岩。
ここはほぼ垂直なので慎重に、、、鎖を使わずに、、、


東稜見晴台から多気山(たげさん)を通して宇都宮市街地を望む。
雲が多いながらも筑波山も見えた。


ほぼ真北に高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)が見える。


西には日光連山。


見晴台から目と鼻の先に古賀志山がある。
山頂は広場になっていて昼食時になると多くの人で賑わう。眺めはよくないので長居はせずに次の御嶽山へ向かう。


古賀志山から西へ向かって1キロ半もの尾根が延びている。
この尾根こそ古賀志山山域の主稜線であり、里山ながらいろんな顔をもつ古賀志山の神髄が味わえるいい稜線と言える。
稜線はまず、御嶽山へ続くが行く手を阻むような大きな岩に出くわす。昨年3月、向こうからこの岩を通過しようとした女性ハイカーが、地面まであと一歩というところで足を滑らせて谷へ転落し亡くなっている。
ここには巻道が設けられているのだがその存在を知っていてあえて岩を乗り越えようとしたのか、知らずに乗り越えようとしたのか、そこまでは知らない。
いずれにしても古賀志山の危険性を物語る事故である。


ここも巻道があるのであえて乗り越える必要はない。


最後は鉄製のハシゴ。


ハシゴを超えるとすぐ御嶽山山頂に着く。山頂からの眺めは抜群で、周りに障害物がなく、目の前には大パノラマが広がっている。


通称「小マラ岩」と呼ばれている岩尾根。
過去二度、通過したことがあるが、正直言って古賀志山山域の岩場の中ではあれがもっとも怖い。
※2015年6月09日の小マラ岩の様子→こちら
※2016年9月18日の小マラ岩の様子→こちら


時間はたっぷりあるので近くの岩に腰を据え、カップラーメンと菓子パン、そして魚肉ソーセージという贅沢な昼飯を味わう。最後にコーヒーのサービスも(^^)
腹が満ちたのでここを立つ前に御嶽山の神様に今年の無事を祈願する。


主稜線はまだ先が長いが今日は御嶽山で折り返す計画にしている。
といっても同じルートで戻ることはしない。これが古賀志山のいいところだ。
日光の山だと車を置いた場所まで同じルートで戻らなくてはならないが、古賀志山は行き帰り、まったく別のルートを使えるのがいい。
今日はこれから古賀志山大神(こがしさんおおかみ)、猪落(ししおとし)と歩いて坊主山を経て膳棚駐車場に戻ることにする。
画像は古賀志山大神への道。


これが古賀志山大神。
古賀志山山域は古くから地元の人の信仰の対象になっている。
古賀志山には山域のあちこちに祠や社、石像があることでそれがわかる。山の頂でいえば石祠のある御嶽山がそうである。
しかし古賀志山の山頂は御神酒が供えられていることはあっても祠や社があるわけではない。
では古賀志山の神様はどこに?
地図で見ると古賀志山と御嶽山を結ぶ主稜線の中間あたりから南へ大きな尾根が張り出していて、麓から仰ぎ見ると威風堂々とした山に見える。そこを古賀志山の神として崇め祠を祀ったらしい。
そして、古賀志山と区別して、「こがしさん」というのが正しいそうだ。と、ここまで臆面もなく書けるのはNPO法人「古賀志山を守ろう会」会長の池田正夫氏が記した「古賀志の里 歳時記」のおかげ(^^)。古賀志山を深く知るには必須の書です。


古賀志山大神のある尾根の末端は崖である。
崖の手前を左へ回り込むようにして踏跡がつけられている。
踏跡に沿って歩いて行くと画像の猪落の上部に出る。
ここから岩下道に出るまで、つかの間だが画像のような岩尾根が楽しめる。東の眺めもいい。


猪落を下りきると岩下道に合流するので不明瞭な道を東へ歩いて行くと南登山道に出合う。
この階段を下りると林道古賀志線と合流する。


林道古賀志線に合流。
左へ行くと森林公園、右へ行くと宇都宮市営の南駐車場へ行く。
道路を横断し階段を登ったところが坊主山である。


林道から100メートルほど歩くと地図の小ピーク、坊主山である。
眺めはまったくない。


坊主山から膳棚駐車場へ向かう静かな小道。


約400メートルの未踏ルート歩きを終え、無事に戻ることができました。


2016年総括。初めての県外遠征、会津駒ヶ岳は圧巻だった。

2016年12月31日(土)

暖冬少雪で明けた2016年。
期待した年末も雪がなく、この分だと2017年は雪なしで明けそうです。
それにしてもねぇ、例年ならすでに雪のフィールドを歩き回っている時期なのに、建物の窓から見える女峰山と赤薙山の山肌は黒々として、寂しさが漂っています。
その雪のない日光連山を恨めしげに眺めながら2016年を終えようとしています。雪のない連山。右から丸山、赤薙山、少し白いのは女峰山。


さて、皆さまには今年一年、私(ペンションはじめのいっぽ店主・波多江定夫)の書く勝手気ままなブログにお付き合いくださいましてありがとうございました。とても感謝しております。

このブログは長野県や山梨県といった話題性に富んだエリアの山、誰もが行きたいと思うような華やかなエリアの山ではなく、東照宮など世界遺産の名に埋もれて目立たない日光の山と、標高600メートルに満たない古賀志山のことばかり書いています。
山がお好きな方に見ていただいているブログですから、山歩きの記事に引っかけてペンションの宣伝をやれば少しは商売に貢献すると思う一方で、冷静に考えると、私が登る山は日没になるくらい長い時間を要したり、ロープや鎖、ときにはなにもない岩を上り下りしたり、藪を歩いたりといった、大袈裟に言えば身の危険を感じるような山ばかりなので、まさかそんな山歩きを宣伝してお客さんに来ていただくというわけにはいきません。やはり山歩きと商売は切り離して考えた方がいいようです。

ただ、書く以上は、ブログを読んでくれた方が危険を冒してまで行くことを念頭に、できるだけ多くの写真を使い、なおかつ客観的な視点で詳しく書くことを心がけています。
それが他のブログと一線を画しているので、一定の評価を得ているのではないかと思います。

というわけで今年も今日で終わりますので、おおざっぱではありますがこの辺で今年の山歩きを総括しておきます。

昨年の同じ日の総括で、2015年は、山への「再帰」あるいは「復帰」元年と名付けました。
怪我による長い空白からようやく抜け出て、数年ぶりに満足のゆく山登りができるようになった嬉しさのあまり、上の表現になったのでした。それを裏付けるのが61回という山行の多さでした。
61回のうち古賀志山だけで33回を占めたので、古賀志山以外の山が28回ということになります。→昨年の総括

それにたいして今年は52回なので昨年より9日ほど少ないわけですが、この理由は古賀志山の回数がぐっと減ったからでした。具体的には昨年の33回にたいして今年は11回と、22回も減りました。
減ったとはいっても古賀志山への意欲が薄れたというわけではなく、私の古賀志山への取り組みは100以上あるといわれているバリエーションルートを歩き尽くすことにあるので、それが今年でほぼ終わったことを表しています。

古賀志山が33回から11回へと22回も減った割に全体では9回しか減っていませんが、実はこれが今年の総括に結びついてくるわけです。

昨年を山への「再帰」あるいは「復帰」元年とすれば今年は、より遠方の山への開眼とでも申しましょうか、栃木県の山にとどまらず、私の山歩き経験初となる栃木県外の山に登ったのでした。
といってもそれは偶然の産物でしたが、まっ、動機はどうあれ私が初めて県外の山に登ったという歴史的事実が起こったのが今年でした。

もうひとつの出来事、というか新たな発見として、栃木県と福島県の県境にとても魅力的な山があるということでした。
これまで県境といえば群馬県境しか頭になかったのですが、27年ぶりに鬼怒沼へ行こうと地図を眺めていたところ、鬼怒沼のわずか10センチ先(^^)は福島県であることがわかりました。いやぁ、実際には5キロ先なのですが5万分の1という広域地図で見ると実に近くに県境があります。

その福島県境には群馬県とも接する黒岩山、台倉高山、帝釈山、田代山といった私には未知の山が続いていて気持ちがそそられます。
さらに、さらにですよ、県境から少し福島県側に入るとそこには日本百名山で知られる会津駒ヶ岳がありました。名前は聞いたことがありますが県境から意外に近い場所にあるのだということがわかりました。

ガイドブックに紹介されている日光の山はずいぶん登ったし、古賀志山にいたっては地元の人しか歩かないような山域の隅っこまで歩きましたので、このへんで見聞を広げるためにもこれまで行ったことのない山を探して登ってみよう、それが課題となりました。
それと女峰山。
女峰山はすでになんども登っていますが、これまでと別のルートで登ってみようと考え、帝釈山を北尾根から登って女峰山に至る激藪ルート、寂光滝からの笹藪ルートにも挑戦しました。

以下は今年初めて登った山
日光広域(※)の山
錫ヶ岳鬼怒沼山と物見山(鬼怒沼を含む)、月山夫婦山高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳)、石裂山

福島県境の山
台倉高山帝釈山、田代山

福島県の山
会津駒ヶ岳

私は気に入った山なら何度でも登ってその山を極めるというスタイルです。
これまで登った女峰山、鳴虫山、古賀志山がそのいい例ですが、今年初めて登った上記の山で言えば、会津駒ヶ岳を筆頭に、帝釈山と田代山、鬼怒沼を付け加えます。

とくに会津駒ヶ岳は高山植物の宝庫と見ましたので、花の季節は最高でしょう。私が会津駒ヶ岳に登ったのは10月だったので花は終わっていたのですが、この広大な湿原一面に花が咲くんだと思うと気持ちが踊りました。
とにかく、見渡す限り湿原の稜線が続いています。戦場ヶ原なんてものじゃありません。圧巻でした。日光からもっと近くへ移住したいとさえ思います(^^)
ぜひともブログをご覧ください→こちら
どこまで続くのかと思わせるような、会津駒ヶ岳の素晴らしい稜線


最後になりますが、来年も私の書く稚拙なブログにお付き合い願えれば幸いです。
どうかよいお年をお迎えください。

あっ、ひとつお知らせを。
私は1月から3月の間、スノーシューツアーのガイドをしているのですが冒頭に書いたように、現在、フィールドに雪はありません。
2月になれば可能かと思い、現在受付中ですが、1月はどうなるのかわかりません。
状況が変わったらこのブログやフェイスブックでお知らせしますので、スノーシューをやってみたいという方は最新記事でご確認ください。

読図の練習で古賀志山のP444から岩崎観音へ(一部、馬蹄形)。

2016年12月19日(月) 晴れ

林道背中当線・籠岩入口~籠岩~無縫塔~林道内倉線~腰掛岩~P444~P408~P359~岩崎観音~県道を徒歩で戻る
本日の歩行距離:岩崎観音まで6キロ。車を取りに戻るのに県道を3キロ、計9キロ。

100以上あるとされる古賀志山のバリエーションルートをすべて歩くことを目標に、地図と睨めっこしながら未踏のバリエーションルートを探しては次回の予定としているが、それもずいぶん残り少なくなってきたように見える(下図)。

見えるというのは今、PCに映し出した地図を見ているからで、地図には歩き終えた後のGPSのログが再現されている。ログを赤線で再現させるようにしているからなのだが、地図の上をまるでミミズがのたくっているかのように、古賀志山山域を赤線が埋めている。
ところが、赤線が描かれていない部分を子細に眺めると、ところどころにまだ歩いていない空白地帯が見つかる。とはいっても沢や林道などは歩いてもつまらないので、目で探すのはもっぱらピークとピークを結ぶ稜線である。


先日目にしたのは、古賀志山の北西2キロにあるピーク444から北に向かって延びる尾根で、尾根の末端のお寺記号(卍)まで、5つのピークが連なりそこそこ楽しめそうな感じだ。距離を測ってみるとピーク444から2キロもある立派な稜線である(下図の青線)。藪でない限りいや、藪だとしてもこの時期は冬枯れで木々には葉がないから見通しがいいし、枝をかき分けながら歩くことはないはずだ。それに5つのピークのうち、ピーク408.8には三角点記号がついている。期待が裏切られることはないであろう。
とはいえ、歩いていたらいきなり崖に出くわしてにっちもさっちもいかなくなるというのが古賀志山の常のことなので、安全のために8ミリ20メートルのロープをザックに詰めた。
古賀志山山域のバリエーションルートを歩き尽くしたい管理人としては、わくわくどきどきの未踏ルートである。

なお、今日の本命となる未踏ルートは時間が読めない。そこで、ピーク444までの時間を短縮し、残った時間を有効に使うようにした。そのためには県道70号線から林道背中当線に入り、最初の目標地を籠岩とした。


県道70号線を文挟から宇都宮へ向かって走ると途中、なん本もの枝道がある。
奥まったところにある農家への道であったり工事中の道であったり林業用の道であったりして、それを見極めるのは難しいが、これまでの経験でなんとなく区別がつくようになった。
ここは県道70号線から入ってすぐのところ、背中当線という林道。


林道背中当線に入ってすぐ、道は分岐する。
目指す籠岩はこの道標にしたがって進む。
この写真を撮るときに気がついたのだが、道標の支柱に近い部分が変形している。かなり強い力が加わったようだが重機がぶつかりでもしたのだろうか。それとも例の人物による人為的なものなのだろうか。


道標にしたがって進んでいくと砂利が敷かれた林道から分岐して林に入る道がある。
どうしてもいい道に行きたくなるがここはぐっと我慢して林に入っていく。


葉が茂っている時期だと藪こぎを強いられそうな踏跡。
実際、夏はこんな感じ→こちら


籠岩への道のりは最大斜度30度を超える急斜面。足にかなり負担がかかり悲鳴が漏れる。


ここまで広い斜面をひたすら登ってきたが、ここまで来てなんとなく尾根らしい地形に変わった。
籠岩はもうすぐだろうと思う。


籠岩の基部に達した。
ここは標高370メートル。地図によると標高370メートルから標高400メートルに渡って岩記号が描かれている。10メートル以上の岩が連なっているのだ。


岩の基部に沿って左へ回り込んでいくが路幅は30センチに満たない。怖いッすね~。


ロープが出てきたができるだけ使わず、両手両足を使ってカエルが這うようにしてよじ登っていく。


お~。
男体山とその左に真っ白な白根山が、、、


これが籠岩だが感じとして、先ほど出合った巨大な岩塊の一部のような気がする。


今日の予定のルートだと籠岩から先は難ルートの通称馬蹄形と呼ばれるルートの一部を歩くことになるわけだが、今日はピーク432.7(北ノ峰)の手前で無縫塔へ下り、それから作業小屋→腰掛岩→ピーク444へと向かうことにする。


まずは無縫塔へ。
落ち葉が積もった急斜面を下るが対策をとらないと滑って尻餅をつくこと必至という場所である。


落ち葉対策のキモはこのチェーンスパイクだろう。
脚力が衰え力が入らない管理人にとって必須となる道具である。
ストックは高齢者がよく使っている取っ手がT型になっているものを愛用。正直言って、ストレートタイプのトレッキングポールは30度を超えるような急斜面では役に立たない。T型とストレートでは持ち方が異なり、ストレートだと地面に対して突く力が弱いのだ。それに比べてT型は、地面に対して真上から突くので力が強いという利点がある。
ピッケルを使ったことがある人であればその有用性がわかると思うが、管理人は無雪期でもピッケルを使いたいと思っている。ただし、ピッケルは冬山用だと思われているため無雪期に使うのは気が引ける。
そこでピッケルの有用性と使いやすさを追求(というほど大袈裟なものではありませんが・笑)した結果がこの「杖」になったのである。


備えは万全。ではこれから、落ち葉の積もった急斜面をチェーンスパイクで下っていく。


薄い踏跡にしたがって下っていくと右手に巨大は岩壁が見えてくる。


岩壁の基部、地上から3メートルほどの高さに天然の岩窟があり、中に無縫塔というお坊さんの墓が納められている。
その大きさゆえに地元の人に神宿る岩として崇められ、そこに坊さんの墓が収められたのはごく自然なことのように思える。


さあ、ここから探し物。
見つからないとそれは道迷いをしていることになる。


無事に発見(笑)
探していたのは今は使われていないプレハブの作業小屋である。馬蹄形ルートを歩く上で見落としてはならない重要なポイントだ。
馬蹄形ルートのランドマークと言うべき目標物がこの小屋なのである。
あ~それと余計なことだけど、ここは不気味だよ。廃屋だけとなんかいそうな気配、、、


作業小屋の脇をすり抜けるとこのようなプレートがあるので間違うことはないと思うが、左へ曲がって5分ほど歩いたら今度は右へ直角に曲がるのが正しい馬蹄形ルート。


プレートにあった林道内倉線に合流、とそう簡単にはいかない(笑)
2本の道(1本は林道、もう1本は水路)を横切り、3本目がこの内倉線だ。2本目は正確には武子川が流れる水路を指す。水路は昨年9月の豪雨でピーク444のすそ野が崩落して埋まり、そのせいで今は土砂が堆積して幅20メートルほど道のようになっている。現在は工事がおこなわれている。
話が逸れたが次の目標地点となる腰掛岩はこの内倉線を横切り、画像正面の林に入っていく。


林道内倉線から腰掛岩へは3つの尾根を選べる。
東に位置する尾根がもっとも明瞭で歩きやすく、その西側に尾根が2つある。西側の尾根は藪になると同時に傾斜も厳しくなる。
今日は中央の尾根を選んでみた。


やっとの思いで腰掛岩に到着。
ここは眺めがよく休憩に最適。
ちょうど昼時になったので日光連山を眺めながらここで昼食にした。
その前に、急斜面の登りで汗をかいたのでジャケットを脱ぐ。下半身は汗でびっしょりなのでアンダータイツも脱ぐことに。


腰掛岩でくつろいでからピーク444に移動。
馬蹄形ルート歩きはここで終わりになり、ここからいよいよ未踏ルート歩きだ。
石の祠の裏側がこれから歩くルート。さてどんな苦難が待ち受けているのだろう。


ピーク444からこれから向かう北尾根を見る。
ピーク444はこれまで6回、通過したことがあるが、北に向かってルートがあることなど気がつかなかった。わかりやすいではないか。それにおそれていた藪ではない。


地図にあるとおり、鉄塔のすぐ脇を通過。


鉄塔の周囲が藪になっていたがまたすぐ明瞭な道に変わった。
誰も歩きそうにないこんな道にも赤リボンがありました。


ピーク408.8に到着。
三等三角点がある。


三角点のすぐ脇に石の祠があり、そこから岩崎(日光市の町の名前)の町並みがよく見える。


むむっ、垂直の岩(^^;)
三角点を過ぎるとさっそく難所が待ち受けていた。
ロープはかかっているが地面が見えない。大丈夫かい(笑)
地図上で見る限り、まさかこのような断崖があることなど想像できない。
10メートル未満の大きさの岩や落差の断崖は地図ではその存在がわからないから困る。これが古賀志山の怖いところだ。短足を悔やみながら慎重に下りたのはもちろんのことだ。


あらかじめ進路をマークした紙地図を見ると尾根はここで真西に向かうようになる。
尾根も踏跡も明瞭なので迷うことはなさそうだがそこは古賀志山、踏跡が分岐していることを想定し、進行方向に向かってコンパスをセット。


傾斜が弱まりピーク359の近くまで来たことを知る。
檜林の中の道だがよく手入れがされていて明るい。


ここがピーク359らしい。
石の祠があってその後に三峰山という山名板がある。初めて聞く名前だ。


今度は北に向かって90度、進路が変わる。


大きな石の祠と遭遇、かなり歴史がありそう。
地図を見るとこの下あたりがお寺記号になっているが降り方がわからない。道がないのだ。
でもここに祠があるということは、これを担いで登ってきた道があるはずだ。5分ほど右往左往したところ、えっこれが道か、と思うような斜面が見つかった。


斜面を下ると大きな建物が見え、その右に急な階段がある。
ここは当然行ってみるべきだ。


うひょ~、すげぇ!!
大きな岩窟の中に建物が、、、


岩窟内の建物には階段があって最奥まで入ることができる。
すると立派な観音像と出逢った。といっても内部は暗く肉眼では見ることができない。カメラに収めて初めて、観音像だとわかった。


日光連山をバックに住宅街が見える。あれは文挟の町並みだろうか。


なるほどねぇ、先ほど見た像がこれなのか。
県道沿いに岩崎神社というのがあるがここは初めてだ。県道から脇道を入った場所にあるので気づかずにいた。
ちなみに岩崎というのは日光市(旧今市市)の町の名前。

白根山は駐車場で門前払い。しかたなく刈込湖から光徳へ。

2016年12月15日(木)

国道120号・金精道路~小峠~刈込湖~涸沼~山王峠~光徳~バスで湯元温泉へ

日本海側の気象の影響を受ける群馬県は日光に比べて断然、雪が多いから、県境に近い菅沼あたりの積雪を見ればその年の日光の積雪がおおよそ予想できる。

去年の12月20日、金精道路の冬季閉鎖前に白根山に登っておこうと、群馬県の菅沼まで車を走らせたが、あまりの雪の少なさに拍子抜けしたことがあった→こちら
年が明け、案の定、日光は雪が積もらず、管理人の冬の収入源たるスノーシューツアーは2月になってようやく開催できるといった状態であった。

来年はどうだろう、それが気にかかり、仕事が空いた今日、菅沼まで車を走らせることにした。そして、どうせ菅沼へ行くのなら白根山に登らない手はない、そんなつもりであった。
厳冬期の白根山だと管理人の手に負えるものではないが、雪の降り始めと残雪期であれば頑張って登れないことはない→残雪期の白根山
ただし、身の危険を感じたらその場で引き返す、それが大前提である。


国道120号線は湯元で通称金精道路に名を変えて山岳道路になる。
その道路は金精トンネルの途中で群馬県となるがトンネルを抜けると景色が一変し、真冬の光景が目に飛び込んでくる。
トンネルの手前と向こうでなぜこうも違うのか。それは群馬県側が日本海側の気象の影響をうけるからで、日光はそのおこぼれを頂戴しているようなものだ。

ここは白根山登山口の菅沼。
この奥、木立に挟まれた部分が駐車場。
積雪は10センチくらいだが圧雪されていないため、我がへたれ四駆だと一度はいったら出ることができなくなってしまいそう。といって路上(一応、国道)は危険だし、ここは無理をしないのがベスト。我が身よりも我が車の遭難が懸念される。
よって白根山は諦めることにした管理人である(泣)


7時前には白根山に登り始めようと自宅を5時半に出たものの、駐車場で門前払いをくらってしまい途方にくれる管理人。まさかこれから宇都宮まで走って古賀志山でもないだろう。
近場でいいところはないかと考えながら車を走らせていたところ、目にしたのがこの案内板。そうだ刈込湖という手があった!
白根山転じて刈込湖というのはあまりにも落差が大きいが、このまま引き下がるよりはいいだろう。前回の山行から2週も空いてしまっているし、光徳まで10キロくらい歩ける。距離に不足はない。


積雪は3センチくらいなのでまだ本格的な雪とはいえない。
ここをスノーシューで歩けるようになるにはあとどれくらい待つのだろう。
なお、ここは地図にあるハイキングコースだが、雪がたっぷり積もるとこれとは別に冬道という、積雪時専用の道ができ、そちらの方が安全。つまり、地図にあるこの道は積雪量と気温によって雪崩の危険があるのだ。


これくらいの積雪なら靴のままで十分歩けるが、スリップは体力を奪うので、チェーンスパイクを装着して疲労の軽減に努めることにした。
年老いた管理人はこのように物理的、科学的な力を借りて山歩きをしている。そうでなかったら身が持ちません(笑)


小峠には30分弱で着いた。
ここは刈込湖ハイキングの際の休憩ポイントになる。
ここまで来ると積雪は5センチほど。ようやく雪の上を歩いてるんだという感触が得られる。
ちなみに例年だと2月になると道標板の下すれすれまで雪が積もる。管理人が経験したもっとも多いときは2メートルある道標がすっぽりと雪に埋もれたことがある。
また、ここから先、地図にある夏道の他に積雪時は冬道もでき、往きは夏道、帰りは冬道というふたつのコースが楽しめる。どちらも安全。


小峠を過ぎるとすぐ、刈込湖方面を示す道標があるのでそれにしたがって歩く。
その道標でクランク状に曲がる場所がある。
ここはアスナロが茂っているが積雪が多くなるとその分、人の位置が高くなるため、これらの枝が胸から顔の位置に来て、歩く邪魔をする。そんなときはここを這いつくばって通過する。


小峠から1キロほどは平らな道が続いているが今度は刈込湖に向かっていくつかの階段を下るようになる。階段の数は12ヶ。地面を歩く距離よりも階段を歩く方が長い。
階段はコメツガやアスナロが茂る林を縫うように設置されている。雪が積もっていると道がわからないため次の階段を探すのに苦労する。そればかりか階段が雪に埋もれてしまうと探しようがない。
そんなときは階段の形をした雪のかたまりを探して歩くわけだが、それはそれでゲームでもしているかのようで楽しみながら歩けるというものだ。


12ヶの階段を下りきると眼前に刈込湖が現れる。
グリーンシーズンは自然美を提供してくれるがこの時期はただ荒涼とした景色が広がっているだけ。
グリーンシーズンの刈込湖→こちら


刈込湖は早くも氷結が始まっている。
1月半ばを過ぎると全面、氷に覆われる。
中央、遠くに見えるのは太郎山。
ちなみに管理人が主催している刈込湖のスノーシューツアーだとここでランチにして折り返す。
ところがここは太郎山から吹き込んでくる風が厳しくて、ゆっくりランチを食べられることなど希だ。マイナス17度というとてつもない寒さを経験したのもここ。若い参加者よりも老齢の管理人の方が先に逝ってしまいそう(^^)


湖からハイキングコースに戻り、これから光徳に向かう。


刈込湖と水路で結ばれている切込湖。


冬は野生動物が活動がよくわかる。
これはホンドリスの足跡。他にノウサギ、キツネ、シカがさかんに活動しておりました(足跡で)。


涸沼。
山から吹き下ろす風に凍えそう。


いよいよ本日のハイライト部分、涸沼から山王峠へ向かって急斜面の登り。
距離は短いながら標高差120メートルも斜面を一気に(途中で休んでもいいのですが・笑)に登る。
地図(最後の画像)で見てわかるとおり、この道はジグザグにつけられている。積雪が多くなると当然ながら道は見えなくなる。そんな場合は雪に埋もれている道を探して歩くなどいうことはできなくなる。でどうするかというと、見当をつけて涸沼から山王峠までほぼ直線的に登っていくのである。傾斜は約30度、実に気持ちのいい登りが楽しめる(^^)


山王林道の峠付近。
生活道路ではないためここも冬は閉鎖してしまう。
最後に通過したであろう車の跡を横目に、ここから再び林間に入っていく。


ハイキングコースの山王峠。
ここから光徳までコメツガ林の中の長い下りだ。


雪の重みで笹が道をふさいでしまっている。
が、それも今のうちだけ。積雪が増すと笹は雪に隠れて歩きやすくなる。


ハイキングコースの始点終点となる光徳に着いた。
マイカー登山の場合、登山口と下山口が異なると、登山口まで車を取りに行かなくてはいけない。今日だとその距離5キロ。白根山を予定していたため重たい冬パンツに冬ジャケット、ザックもいつもより重いから汗をかくこと必至となる。冬の汗は身体を冷やす。
ここんところはお手軽にバスで移動しよう。今日は白根山を断念せざるを得なかったが、駐車場に雪が積もっていたためという理由はサマにならない。その時点で気分が萎えていた。今さら頑張ってもしかたがないと考える管理人なのである(笑)


本日の歩行、約9キロ、3時間50分。

古賀志山の「赤岩」。垂直の壁に足が震える。

2016年12月02日(金) 晴れ、春の陽気

森林公園駐車場~芝山橋~北コース途中から滝岩へ~中尾根~ピーク559~弁天岩~伐採地~富士見峠~古賀志山~東陵見晴台~東陵コース~芝山橋~森林公園駐車場

日光市の健康福祉の一環で市の補助による人間ドックを隔年で受けている。脳ドックと人間ドックを交互に受けているのだが今年は人間ドックの番。
人間ドックでは毎回、良好な結果が出ていて身体には問題はないらしい。山登りは健康にいいから続けた方がいいと言われている。アルコールは適量なら差し支えないと言われているいや、そう解釈している。

昨日がその受診日だった。
ここ数ヶ月、気になっていることがある。
突然、咳が出て止まらないこと、深夜に胃痛で目が覚めることだ。咳と胃の痛みは逆流性食道炎が関係しているらしいので、医師に申し出て胃カメラを使って詳しく診てもらうことにした。検査をしながら説明があって胃と食道にはまったく問題ないと言われた。原因は別にあるのかもわからない。
ひととおりの検査が終わり最後に総合診断があった。

長い間、同じ病院に通っているが総合診断を担当した医師は初対面だった。
こちらが挨拶をしてもなんら反応がない。デスクの上に置かれた結果表をじっと見ているだけだ。聴診器のあと、診察台に寝かされて膝の下を叩いてその反応を見るいわゆる、膝蓋腱反射がおこなわれた。この間、医師は無言だった。看護師が医師の代わりに指示を与えてくれた。
医師が初めて喋った。
「白米を止めて玄米にしなさい。そうしないと寝たきりになる。あなたは脚気だ」、と。
それを言い終わると医師は背中を見せて、デスクに向かい合った。とりつくしまもなく、否応なく部屋から追い出された。
う~む、白米はNGで玄米はOK、寝たきりに脚気という言葉の他に発しないこの医師は正しいのか?

自宅に戻り脚気をキーワードに情報をネットで探しまくる。
脚気はビタミンB1の欠乏による末梢神経障害であることがわかった。
ビタミンB1の欠乏など管理人にあり得ない。健康にはひと一倍気を遣っているから食べ物に偏りはないはずだ。
ビタミンB1を含んだ食品を調べてもどれもよく食べている。
唯一例外はウナギである。
そういえばここ数年、ウナギなど口にしたことがないなぁ、匂いすらかいだことがない(^^)
でもウナギ以外はよく食べているからビタミンB1が足りないことなどあり得ないのだ。

管理人、両足を手術している。
2009年に右足の踝(腓骨)を骨折し手術で骨をつないだ。2011年には左膝の靱帯を交換(再建というらしい)した。
手術は健康な神経や血管をメスで切断するので術後は後遺症が残っても不思議ではなく、管理人の場合は氷水に足を漬けたかのような冷たさを感じることがあるし、つねっても痛みを感じない部分があるなど、いまでも自分の足ではないような違和感がある。それが膝蓋腱反射を鈍らせているのではないか、そんな気がしている。

ただ気になる記述があった。
管理人の山での主食は高エネルギーを作り出す菓子パンやエネルギーバーだが、これら炭水化物食品をエネルギーに変換する際にビタミンB1が使われるそうだ。スポーツドリンクに含まれている糖分もエネルギーの基だから、同じようにビタミンB1が使われる。
つまりその日、摂取したビタミンB1は山で消費しきってしまい、食べ物だけでは補えず、登山中はビタミンB1の欠乏状態にあるという仮説が成り立つ。
ちなみに、白米を多く食べる場合も当てはまるようだが、管理人が食べる白米は一日あたりせいぜいご飯茶碗1杯半と少ない。
それにしてもだ、山歩きの頻度が多いとはいえ週に1回から2回だ。その間の食生活はきちんとやっている。それゆえ、脚気の原因がビタミンB1の欠乏にあるとは信じられないのだ。

翌日、すなわち今日の山行後、近所の薬局へ寄ってビタミンB群中心の医薬品とサプリを3種類、買い込んだ。
成人が一日に必要とするビタミンB1は1.4ミリグラムだそうだが購入した薬とサプリを規定量を守って服用すると200ミリグラムに達する。これは重篤患者が病院で投与される量を上回るがビタミンB群はとりすぎても排出されるので量が多くても問題はないらしい。
管理人の脚気がいつ始まったのかはわからない。脚気など昔の病気だと考え膝蓋腱反射などおこなったことがない。
まずは薬とサプリを続け、膝蓋腱反射を小まめにやろう。
改善の見込みがなければ他に原因があると考え、そのときは専門医をさがして相談しよう。きちんと説明してくれる医師をさがして。

昨日はそんなことがあったので今日の山行は気分を晴らすのが目的となった。
でわでわ、、、

赤川ダムの水面に映る古賀志山。
気温は10度。緑があれば春と間違ってしまうような穏やかさだ。昨日のイヤな気分を忘れさせてくれる。


赤川ダムの畔を左に見ながら古賀志山の入口に向かってゆっくり歩く。


芝山橋脇の登山口。
ここから赤川に沿って北コースへ向かうが、北コースと出合うまでの道は細く、また滑りやすいので注意。


北コースに入ったばかりの登山道。
古賀志山を目標にするのであればこの道の続く限り歩けば迷わず着ける。
管理人はちょいと脇道へ、、、


北コースを5分ほど歩いたらコースと分かれて薄い踏跡のある斜面を登っていく。
10分ほど歩くと大きな岩壁と出合う。ここまで来ると踏跡はなくなり岩壁に沿って斜面の上に向かっていく。
踏跡は消えているがここが昔の参道であることを前に確かめてある。


岩は左へ湾曲し、コーナー部分に石の像が見える。


石の像は炎を背負っていることから不動明王だ。
小柄で可愛らしい顔をしている。


不動明王を右に見ながら岩壁に沿って進む。


地面から1メートル半くらい上に小さな洞窟があり中に石の祠が置かれている。「山ノ神」である。
この辺りは宇都宮市福岡町細野に属し、昔は霊地として参拝されていたそうだ。
手前にあった不動明王は山ノ神を守っているであろう。
ここで山ノ神に手を合わせこれから神聖な岩に足をかける許しを請う。
Mt.masaoのブログ「古賀志山にあらず細野山なり 」に詳しい→こちら


不動明王→山ノ神と歩いてそのすぐ先にほぼ垂直に切り立った大きな岩がある。8メートルくらいの巨大な岩だ。ネットにおける情報は少ないがこれが滝岩、と管理人はこれまで呼んでいたが、実は「古賀志山を守ろう会」代表の池田正夫さんが、この岩の正式名は「赤岩」だと教えてくれた。したがって、以後、「赤岩」と呼ぶことにするが過去4回、ここを訪れては弄ばれている。はたして今日はいかに?
※過去の記事はあえて訂正せず、当時の知識のまま「滝岩」としておく。
※古賀志山山域の岩にそれぞれ名前がついているのは信仰の対象として古くから崇められてきた証である。ただし、間違った名前で呼ばれている岩も多々ある。


古賀志山山域にある岩はこれまでずいぶん経験し、多くの岩はロープや鎖を使わないで上り下りできるようになった。
しかしこの岩は管理人の技量では無理だ。垂直なので重力の影響をまともに受ける。
手がかり足がかりとなる凹凸が岩にないために、10キロのザックを背負い、登山靴で上るのは自殺行為に等しい。
そこでこのトラロープにすがって登っていくのだが、万一、手が滑ったりしたらそのまま地面に激突する。
持参したスリングでハーネスをつくり身体にくくりつけ、別のスリングでハーネスとトラロープを結んで命綱とする。これで最悪の事態は避けられる(たぶん)。
あぁ、しかしこのトラロープも怖いね。角度のついた岩であれば補助的に使うだけだが、垂直の岩だとロープが切れないことに100パーセント賭けなければならないものな。

滝岩改め「赤岩」に関する過去記事
2015年11月24日
2015年11月17日
2015年11月12日


あと1メートル半、気を緩めるなよ!
赤岩はふたつの巨大な岩が直角に合わさっていて、左側には凹凸がないため手足を引っかけることができない。右足だけ岩の凹凸に引っかけてロープを握った両手で身体を移動していく。左脚は身体のバランスをとる役にしか立っていない。


ひぇ~~~!!
見上げるのと見下すのとではえらい違いだ。
登り終えて足が震えているのがわかった(^^)
岩の基部に着いてロープに手をかけるまでの心の準備に10分、登り始めてここまで10分かかった。
わずか8メートル上がるのに10分もかかるというは水平移動と垂直移動との違い。
でもいずれはここをロープを使わず、自分の手足だけで上りたいという大それたことを考えていないわけではない(笑)


上った後のご褒美はこれ。


「赤岩」を上りきると前方に大きな岩の塊が見えてくる。
細野ダムから始まる中尾根である。まずはあそこへ。


目の前が中尾根。
あ~、やはり地面はいい(^^)


地図のピーク496手前に1本の枯木がある。
特徴的な場所なのでここが中尾根に間違いないことがわかる。


尾根の右側に2本の大きな檜が寄り添うように並んでいる。
二枚岩の入口である。
ただし今日の進行方向だと檜は1本にしか見えないので要注意。


斜面に向かって直進(西)する道と斜面を巻くように右(北)へ行く道との分岐がある。
直進すると古賀志山から北へ延びる尾根道に突き当たり、右へ行くと途中で西へ向きを変えて沢に入り込む。
ピーク559へはここを直進した方がわかりやすい。が、へそ曲がりの管理人は巻道を行く。ピーク559を目指すのにその方が複雑で面白いからだ。


檜林から下ると沢と出合う。ここを559Pと書いてある方へ。


地形を地図と見比べながらガレた沢を上っていく。
ピーク559へは途中から右へ入る。たしか踏跡があったと思う。


無事にピーク559への道と合流。


ピーク559に到着。
丸太で組んだベンチがあり地元の人の憩いの場になっている。


ここからの眺めはよく、日光連山が一望できる。
画像はズームしたものだが男体山の裾野に冠雪した白根山が見える。雪が深くなる前に登っておきたいものだ。


ピーク559の少し先で古賀志山から北へ延びる道と合流する。
そのまま北へ向かっていくと道は大きな岩に阻まれる。


これがその岩。ロープがかかっている。
地元では弁天岩と呼ばれているがこの部分だけを指すのか岩全体を指すのか管理人にはわからない。


弁天岩のトップは遮るものがなにもなく、日光連山を見渡せる。
今日はここを昼食の場としよう。


弁天岩を降り、元来た道をピーク559に向かって進む。


中尾根の末端と合流する。
ここを左へ折れると中尾根を歩いて下山口の細野ダムまで行けるが最後は急な岩場を下ることになる。


今日は最後に古賀志山に立ち寄るので中尾根末端を左に見て直進し、伐採地→富士見峠という順路を辿る。ここは伐採地と呼ばれる開放的な場所。


育った檜を伐採した跡に幼樹が育つ。
幼樹の幹の先端が折られているのがわかる。
詳しいことは別の記事をお読みください→こちら


伐採地に立ち止まり、振り返るとここからも日光連山がよく見える。


富士見峠を通過。
道標を左に折れると北コースとなり芝山橋が下山口となる。
古賀志山へはここを直進する。


富士見峠から急斜面を登ると古賀志山と東陵見晴台との鞍部に出る。
古賀志山はここを右へ2分。


古賀志山山頂。
昼時は地元に人で賑わうがこの時間になると誰もいない。


先ほどの鞍部まで戻って次は東稜見晴台に立つ。
宇都宮市街が一望できるのと遠く筑波山まで見渡せるので人気の場所になっている。
今日はここから下山することにした。


東稜見晴台から下山するには岩を3つ降りるのと5つ降りるという、ふたつのルートがある。
後者は岩場をふたつ余計に経験できる東南稜コースだが、最後に森林公園の中を30分ほど歩かなくてはならない。
今日は欲張らず、岩を3つ降りる東稜コースで下る。って、どちらにしても所要時間に変わりはないのだが。


いい色に染まったアブラツツジ。


岩を3つ下ってからの東稜コースは長い尾根が芝山橋まで続くため、滑り止めにチェーンスパイクを装着した。


落ち葉が堆積し地面を覆い隠している。スリップしやすいのがこういったロケーションだ。こんな場面ではチェーンスパイクが活躍してくれる。


地元の人が反省岩と呼んでいる休憩スポット。
岩の上に乗ることもできるし巻くこともできる。


岩の上に乗ると北に位置する中尾根の全貌が見渡せる。


下山口の赤川に戻ってきた。今日はまだ明るいうちに下山できた(笑)
赤川の流れの方向に歩いて行くと芝山橋に行き着く。


コースのGPSデータをご入り用の方は
ここをクリックしてダウンロードしてください。
なお、危険箇所が多数ありますのでご利用にあたっては事故のないように十分、ご注意ください。

無残、傷だらけの古賀志山。

2016年12月2日(金)

古賀志山での不祥事については過去2回取り上げた。
ひとつは岩場に取り付けられているロープや鎖が取り外され、登山者を危険な目に遭わせていること。もうひとつは目印となる地名板が損壊されたことである。当記事で3回目の不祥事の報告になる。
2016年01月18日 ロープ外し
2016年11月03日 地名板損壊

古賀志山山頂から富士見峠を経てピーク559に至るルートの、富士見峠とピーク559の中間に古賀志山や御嶽山、日光連山が見渡せる展望のいい場所がある。
もともとは檜の植林地だが成長した檜が伐採されたためにとても見通しがいい。登山者の間で「伐採地」と呼ばれている場所である。
そこにはいま、人が歩く道の両側に、檜の幼樹が育っている。樹齢はわからないが小さいもので1メートル、大きいもので2メートルくらいある。ただし、斜面に植えられているので見通しの妨げにはなっていない。

古賀志山には100以上もルートがあるとされ、管理人が古賀志山を歩く際も毎回、同じルートというわけではない。この伐採地を通過するのは前回、いつだったのかさえ覚えていない。それほど歩くルートに事欠かないのが古賀志山の面白いところである。

まるで春のような穏やかな日差しに誘われて古賀志山に足を向けた。
古賀志山の登山口となる宇都宮市森林公園に着いたのは9時30分。登山をするには遅い時間だが古賀志山であればこの時間からでも十分に楽しめる。それが里山のいいところである。ただし、歩く場所を選べばの話。
ルートはあらかじめ決めてあった。
古賀志山北コースに入ってすぐ進路を北に変え、久しぶりに滝岩という垂直の壁をよじ登って中尾根に乗り、次にピーク559、その次に弁天岩に乗って日光連山を眺めながら昼ご飯にし、古賀志山に向かって南下するというものである。距離が短いので時間に追われることのない、まったりした歩きだ。その途中で冒頭に書いた伐採地を通過する。


これが伐採地。
檜の幼樹が育ついつもと変わりない光景。道は画像の右端についている。


正面に古賀志山を望む明るい道。
道の両側は斜面になっていて檜の幼樹が育っている。


日光連山がよく見える管理人のお気に入りの場所でもある。


檜は幅広の葉をもつ常緑樹なので枝振りがよく見えない。
だがよく見ると幹の先端が折れているのがわかる。
この1本だけなら強風で折れたとか雪の重みに耐えられずに折れたとも考えられるが、数えてみると道の両側だけで折れているのが23本もあった。
これだけの数になると風雪によるものとは考えられない。明らかに人為的なものだ。誰かが故意に折ったのだ。樹木の成長に欠かせない幹の先端だけを折っていることから、犯人は樹木の生態に詳しい人物のように見える。

道の左右すなわち、斜面に成育している檜は被害に遭っていないように見える。
道から丸見えの斜面(1枚目の画像)に入り込んで檜を折ろうとすれば他の登山者に不審の目を向けられる。そこで道を歩く素振りを装い、道に沿って成育している檜だけを狙って、何食わぬ顔で折ったのであろう。
前後に登山者がいないかどうか、キョロキョロと眼を這わせ、他に登山者がいないことを確かめた上で犯行に及んでいることがよくわかる。
やっていることが陰湿で変質的である。

前回、地名板損壊のことでも書いたが、この人物は子供の頃から古賀志山に通っているので、古賀志山を自分の山と考えている節がある。
この伐採地が昔、広葉樹の林であった頃から親しんでいたのであろう。その広葉樹が伐採され、代わりに檜が植えられたために自分のお気に入りの遊び場がなくなってしまった。そのことに恨みをいだき、老齢になったいまでも恨みを引きずっているように管理人には見える。幼稚なのだ。

状況の変化に対応するという、大人としての知恵が身につかないまま成長したために、自分がこうなったのは広葉樹を伐採して檜を植えたのが原因なのだと、思い違いをしている。
人格的に見れば、自分にとって不都合な出来事は他人に原因があるとしなければ自分を守ることができない、強い自己愛に支配されているように管理人には見える。
生い立ち、環境がそうさせるのか、勉強不足、能力不足がそうさせるのか、家庭不和がそうさせるのかはわからない。いずれにしてもなんらかの治療を必要とする人物に見受けられる。


古賀志山にもっと多くの人が訪れ、常に山域のどこかに登山者がいること、それが犯行をやりにくくすることに結びつき抑止力になるのではないか、管理人はそのように考えている。
そのためには古賀志山に関する情報を拡散し、情報が乏しいゆえに二の足を踏んでいる人たちに、古賀志山の敷居を低くしてあげる配慮が必要だ。
当ブログは2014年10月に初めて古賀志山の記事を書き、以来、古賀志山に行ったときは欠かさず詳細にわたりリポートしている。当ブログの記事を参考にして古賀志山を歩いたという人も多くいるから、世間の役には立っているのであろう。

古賀志山の記事はこれで53回目だ。
記事はできるだけ詳しく書いているつもりだが、それでも読者にはピンと来ないのではないかと思う。ネットの情報などそのレベルだと思っていただきたい。
実際に歩いて初めて、情報が自分の血肉になるというものだ。

では、ひとりでも多くのブログ読者に足を運んでもらえるよう、古賀志山の敷居を下げる工夫はないものか。
管理人はこれまで多くのバリエーションルートを歩いたと自負している。
ただし、地元の人が長い年月をかけて開拓したルートであることを踏まえ、先人の労に報いるためについ最近まで、地図は掲載しないできた。
それとバリエーションルートの中には危険な岩場や急斜面、尾根の分岐があるため当ブログ記事が原因で事故を誘発する懸念も大きいと考えてきた。
だが、それを理由にいつまでも秘密主義を続けていたら初めて古賀志山を歩く人にとって古賀志山の敷居の高さは変えられないと思うようになった。
より正しく詳しい情報を提供することで多くの人に古賀志山に足を運んでいただく、そうやって古賀志山のファンになってもらえれば結果として、犯行への抑止力になる、そう考えるようになった。

そこで、古賀志山に関する記事に次の工夫を施すことにした。
(1)ブログに出てくる山名や地名、ルートがどこを指しているのかをわかるようにする→こちら
(2)管理人がその日、歩いたルートを地図に重ねて掲載する→上図
その上で、
(3)GPSを利用している登山者向けに、管理人が歩いたログを提供する

(1)は現在、進行中。(2)は最近の記事には反映するようにした。(3)はこれからの作業だ。
古賀志山を隅々まで歩くのはとても難しいと思うし、危険だとも思っている。それを承知の上で事故のないように利用してもらうことが大前提であることは言うまでもない。

どうしてもというのであればメールを使って情報を提供してもいい。希望に沿って同行するというのは困難だが、現地で偶然出合えばバリエーションルートを案内できるかもわからない。
いずれにしてもひとりでも多くの人に古賀志山のファンになってもらい、傷だらけの古賀志山に歯止めをかける力になってほしいと願っている。
古賀志山に日参するという人が多いことは知っているし、管理人以上に詳しい人がいることも知っている。それら先達を差し置いて、新参者でなおかつ地元の者ではない管理人が出しゃばることに躊躇いはあるが、古賀志山がこれ以上傷つくことに耐えられない。
ブログは管理人の自己表現の場であるが、自己満足に終わらせたくはない。古賀志山の健全性を保つ役に立ちたいと考えている。

鹿沼の石裂山。まるで古賀志山のような荒々しさに怖じ気づくw

2016年11月29日(火) 晴れ、10度

加蘇山神社~石裂山・月山分岐~行者返し~奥ノ宮~剣ノ峰~石裂山~月山~石裂山・月山分岐~加蘇山神社

先週の金曜日に古賀志山を歩いた後、日曜日あたりから両太ももとふくらはぎに筋肉痛が出はじめた。
やはり2週間以上のブランクがあったので筋力が弱っていたのかもしれない。
週一の山歩きを課していたのに間を開けてしまったのがいけなかった。
ゼロから鍛え直しとまではいかないまでも、二歩も三歩も後退したのは事実だ。
早いところ元の調子に戻すために少し間を詰めて歩くようにしよう。

栃木県の山を紹介するガイドブックの中から、近場で面白そうな山はないかと物色していたところ、管理人の重い腰を上げさせるような、食指の動く山が見つかった。
『はしごとやせ尾根をたどる信仰の山』・・下野新聞社「栃木百名山」
『ハシゴと岩稜をたどる信仰の山』・・随想社「栃木の山150」
『展望とスリルの信仰の山』・・山と渓谷社「栃木県の山」
はしご・やせ尾根・岩稜・スリルというキーワードがいい。まるで古賀志山みたいじゃないか。
場所は鹿沼市郊外。昨年登った岩山よりも奥にあるが車で1時間半くらいで行けそうだ。

それにしてもどの出版社も同じようなキャッチコピーとは能がない(笑)。最後は3社とも、信仰の山などというありきたりの言葉で締めくくっている(爆)

山の名前は石裂山(おざくさん)。
石を裂く山?、裂けた石の山? 由来はわからないがなんとも強烈な名前だ(笑)

よしっ、行ってみよう!


石裂山の登山口にあり古色蒼然とした佇まいの加蘇山(かそやま)神社。歴史は古いらしい。


神社の脇から歩き始める。


歩き始めは工事用の林道風だったが山道らしくなった。


竜ヶ滝。落差は3メートルほど。


滝のすぐ上に四阿(あずまや)があって休憩できるようになっている。


四阿のすぐ先で道は二手に分かれる。
左が石裂山で右が石裂山と峰続きの月山へ。
1周するとここで交わるわけだが、初回は石裂山から月山へと廻ってみることにした。


直径2メートルはあろうかという巨大な杉。
加蘇山神社にもこの規模の杉の木があることからこの辺り一帯、昔から杉の植林がおこなわれていたのだろうか。あるいは大きさから見て天然の杉なのだろうか。


これはカツラ。
樹齢は推定で1000年以上。高さ23メートル、幹の直径は杉と同じく2メートルもある。昭和32年に栃木県の天然記念物に指定されている。と、近くの説明板に書いてある。


中の宮


中の宮から進行方向に目をやると巨大な岩に鎖がかかっているのが見えた。
あそこを登るのか?


岩の基部まで来て左下に目をやると洞窟らしき穴を見つけた。
降りてみると高さ3メートルほどの岩がふたつ、150センチほどのすき間を空けて向き合い、その上に1メートルほどの岩がかぶさっている。ひとつの大きな岩が、あたかもふたつに割れているようにも見える。
読めたぞ。
これが石裂山の名前の由来だ! って、そんなわけないか(笑)


お~、すっごい!
ガイドブックによるとこの岩場を「行者返し」と言うそうな。
厳しい修行に鍛えられている行者さえもここを登れず、引き返したという言い伝えなのだろうか。
岩は苔むしていかにも滑りそう。鎖を使わず登りたいとは思うものの、どうも無理そう。


鎖は太い。古賀志山の鎖よりも太い。
握るにはかなりの握力を必要とする。それにあまりにも重いので身体に引き寄せるのも大変だ。


鎖場を登ると次は奥ノ宮だ。
ジェットコースターのレールを思わせるような長いはしごが設置されている。


アルミ製の階段、というかハシゴ。
その左には古い鎖が。


ハシゴを上った先に巨大な岩(石裂岩)があり、下部が洞窟になっていて鳥居と祠がおさまっている。
祠が奥ノ宮でしょう。
この先に道はないので戻る。


なんだかとてもワイルドだぞ(笑)


この荒々しさは古賀志山並だ。


木を見て森を見ず(?)
道はここで鋭角に左へ曲がるが、気づかずに直進して5分のロスタイム。
全体を通して言えることだが、道標はしっかりしているものの背が高いためうっかりすると見落としてしまう。
この道標は道の左上、斜面側に立っているため余計に背が高く、丸太の支柱が木の幹に見えて通り過ぎてしまったのだ。そりゃオマエの目が悪いからだ。えぇ、ごもっともでw


道が平坦になった。
山頂はもうすぐか?


いや、そんなに甘くはなかった。
今度はハシゴだ。しかも下り。


お次は岩尾根。


視界が開けて西剣ノ峰。


西剣ノ峰のすぐ脇に視界が開けた場所があり、目の前に全体が岩でできている山が見える。
これが石裂山に違いない。
この岩の頂点に行かなければならないわけだが、あそこに道なんかあるのだろうか?


西剣ノ峰から下る。


登り返す。
先ほど正面から見た石裂山を右から回り込んでいるらしい。


石裂山と月山との分岐。


ふ~、幾多の難関を乗り越えてやっと着いただよ。
標高は低いが登山口から550メートル上がるのでそれなりに楽しめた。


ここが三角点であることを示す石柱だが文字から察して相当、古そうだ。
そもそもこれは旧字体なのか?
調べると「三」を除いて旧字体にもない。かなりデフォルメされている。


山頂は北西だけ視界が開けていて日光連山がよく見える。


30分ほど休憩をとり昼食。久しぶりにカップラーメンにした。
それから先ほどの分岐まで戻って月山に向かう。


地図で見る限り緩やかな稜線になっているが実態はご覧の通りだ。


石裂山から10分ほどで月山に到着。
朽ちて柱だけになった神社がとてもクラシック(^^)


石裂山よりもこちらの方が日光連山がよく見える。
左から男体山、男体山のすそ野に小さく見えるのは太郎山か?、その右は大真名子山、大真名子山のすそ野に見えるのが小真名子山、、、、そして我が母なる女峰山だ。どの山よりも雪が多い。


これはヤシオツツジでしょう、きっと。
ここまでの道すがら、結構見つかったので5月はいいのかも?


丸太で組んだ階段があるところなど、古賀志山の南コースによく似ている。


道がない。
さて、どちらへ行ったらいいものやら?
注意書きのプレートがあるくらいだから間違いではないはずなのだが、、、、
とりあえずあのプレートまで行ってみることにしよう。


道は落ち葉に隠れて見えなかったが無事に通過。
次はかなり荒れた斜面の下りだ。


下りはこれで終わりかな?


往きに通った石裂山と月山との分岐まで戻ることができた。
写真は振り向いて撮ったもの。
往きでは気がつかなかったが月山との距離は1.2キロと刻まれている。いや、そんなはずはない。鎖やハシゴはなかったがこの疲労感は5キロは歩いたような感覚だ。


10時35分に歩き始めたので4時間44分かかって駐車場に戻った。
参考にしたガイドブックによるとそれぞれ3時間40分、3時間55分となっている。
今日は初めてなので地図とコンパスを使って地形と照らし合わせながら歩いたので妥当なところか。


ついでに登山口にある加蘇山神社に寄ることにした。
戻りにこの階段を数えたら100段あった。
なお、ここから見える3本の木は杉。樹齢500年以上、高さ50メートル、幹の径2メートルもある(と説明板に書いてある・笑)。


無人の神社だがなかなか荘厳な佇まい。