女峰山、黒岩尾根ルート。10年ぶりだがこのルートの厳しさをあらためて実感する。

2017年5月19日(金) 晴れすぐ曇り

行者堂(5:40)~稚児ヶ墓(6:47/6:52)~水場(7:15/7:20)~八風(8:38)~黒岩(8:56/9:05)~唐沢小屋(10:48/11:05食事)~女峰山(11:46/12:26食事)~P2318(13:06)~一里ヶ曽根(13:35)~P2209(14:04)~奥社跡(14:09/14:15)~赤薙山(15:03/15:13食事)~焼石金剛(15:26)~小丸山(15:50)~キスゲ平(16:20/16:55発のバスで帰宅)
行者堂~女峰山:6時間06分、女峰山~キスゲ平:3時間54分(往復とも休憩多数)
車は行者堂近くの滝尾神社にデポ。下山後、バスで帰宅して引き取る予定。



今や女峰山登山のスタンダードとなったとはいえ霧降からのルートは決して楽とは言えない。
スタート地点の標高は1340メートルなのに対して山頂は2483メートルだから標高差は1140メートルもある。男体山は標高差1200メートルなので厳しいとされているが、一方的に上っていく男体山に比べて女峰山はアップダウンを繰り返しながら上るため、標高差だけで単純に比較したのでは本当の厳しさが見えてこない。
そこで累積標高という概念を取り入れて比較すると、女峰山の方がはるかに厳しいことがわかってくる。
この辺のところはこちらで→「山の厳しさの指標として、累積標高について考えてみた

今日の行者堂から上り始める黒岩尾根ルートは、霧降ルートを上回ってさらに600メートル余計に登る。大盛りどころか特盛りなのである。
とにかく標高740メートルから歩き始めて2483メートルの山頂まで、1740メートルも登らなくてはならない。累積標高も霧降ルートより大きい。
したがって敵は急登、露岩、ガレ場、雪と、手を変え品を変えて登山者を待ち構えている。サービス満点、心してかからなければならない。

この日、管理人は前日のウォーキングの疲れがまだ残っていたのか、黒岩を過ぎて間もなく、足に来た。急登に次ぐ急登で管理人もこれが限界かと思うほどだった。
周りの景色を眺めたり植物などを観察しながら歩いたが、とにかく苦しかった。
元気になったのは雪が現れてからだ。
今日は雪が残っているうちに女峰山に登っておきたいという単純な動機なので、唐沢小屋の手前で雪が現れたときは嬉しくて救われた気持ちになった。管理人の前世は池の中に住む河童に似て雪がなくては生きていけない生物なのかもな(笑)
もっとも、雪が現れてからは急登が緩斜面に変わったのでそれで元気になったとも言えるのだが。

まっ、それはさておいて、登頂までに6時間もかかるこのルートは健脚向きと言えるが管理人は決して健脚ではない。なのにあえて挑戦し、歩ききれたのは自分の脚力を知り、ペース配分を心得ているからだと思う。
いい景色に出会えたら立ち止まって写真を撮ったり地図でその場所を確認したり、小腹が空いたら菓子パンをかじったり、電波が入る場所ではメールやフェイスブックをチェックしたりと、とにかく休みを多めにとる。無理はしない。
疲れたときは息を抜き、体力の回復に努める。それを繰り返しながら目的とする山に近づいていく。日没は覚悟しているが注意して歩けば大丈夫だ。
体力の落ちたハイカーが山に登り続けるためにはいろんな工夫が大切なのだよ。

今年は女峰山を極めることを目標に、最低でも5回(これは昨年の実績)、あわよくば10回は登りたい。日光市に属する山でなんど登ってもいいと思うのが名峰・女峰山なのである。
これほど厳しくも楽しい山は他にないというほど、惚れ込んでいる。その姿を腕や背中に刻んでもいいとさえ思う。
実は他に大真名子山や小真名子山といった展望に恵まれた山があるのだが、登山口への道が閉ざされてしまってからというもの、登る気力が失せてしまった。日光を象徴する山、男体山は二度も登っているから十分だ。
それらの要素が管理人を女峰山へと向かわせているのだと思う。あっ、それと福島県の会津駒ヶ岳ね。
今年はこのふたつの山に特化して、全身全霊をそそいで登るつもりだ(できればの話)。

そして今日がその第2登目だった。

※10年前の同じルートの記録→こちら
※最近の記録(ただし逆回り)→こちら

最近の記録というのは2015年5月20日なので今日と一日しか違わないが、比較すると花の咲き具合がまったく違っている。
今年は雪の降り始めが遅く、その分、遅くまで雪が残っていて花の咲き出しが遅いようだ。

黒岩尾根ルートの登山口となる輪王寺行者堂(んっ? ピンぼけだな)。
ここへ来るにはマイカーだと史跡探勝路になっている滝尾神社に車を置いて徒歩10分。電車の場合だと日光駅からバスで東照宮まで行き、参道から二荒山神社を抜けてここまで20分くらい。


お堂の裏に回り込むとようやく、ここが登山口であることがわかる。
登山届けのポストはこの右側にある。


直径2メートルはある巨大な檜(たぶん)。
御神木たるに相応しく堂々としている。


うっそうとした檜林の斜面を上がっていく。


登山道は一旦、管理道路と交わるが中央に見える赤いプレートからすぐまた檜林へ入る。


厳しい登りですぞ!


殺生禁断境石と刻まれた大きな石の柱がある。
徳川家光が出した殺生禁断令と関連があるらしいがあまり詳しいことは知らない。
ここまで来るのにかなり汗をかいたのでウインドブレーカーを脱ぎ身軽になった。檜の林の中なので日差しは遮られるがそれでも暑い。今は薄手の中間着とその下にfinetrackのスキンメッシュ。finetrackは汗を吸い取る機能に特化した透き通るほど薄い生地なので実質は中間着1枚と同じ。


殺生禁断境石まで急登を強いられたがここで一旦、傾斜が緩くなった。
息を整えるのにちょうどいい。


貧弱だがツクバキンモンソウかな?


檜林から脱出すると青空が広がっていた。
正面に今日のお目当てとなる女峰山が見える。


この辺りからヤマツツジの群落が始まる。
まだ蕾だが数が多く、咲くと見事だ。


稚児の墓。
いつの時代にか将軍に寵愛された稚児なのだろうか?


トウゴクミツバツツジ


広大な笹原の中の登山道。
こうしてあとから画像で見るとじつに気持ちよさそうだが、傾斜はかなり厳しい。


このルートにも水場があるのだが、、、、


急斜面を降りると水場。
ただし流れは弱く、というよりはほとんどなく、どちらかといえば水たまり。
手ですくって飲むにも水深が浅いし、流れが弱いせいか枯れ葉などの堆積物が溜まっていて飲むのは躊躇う。
どうしても水が必要なときは浄水するか煮沸した方が安全であろう。


振り返って関東平野を眺める。
ここに来ていつも思うのだが、この笹原が雪に埋もれたら広大なスノーシューフィールドになるはずだ。思いっきり駆け回ってみたい。
しかしその機会はいまだに訪れることがない。


タチツボスミレ


広大な笹原が終わると芽吹いたばかりのカラマツの林に代わる。


「水呑」と刻まれている石柱。修験道として使われていた頃の名残。
ただし、周りに水が湧いているわけではなく、先ほどの水場への道しるべとしての存在なのかもしれない。


修験者による夏の修験の場所だったそうだ。


アカヤシオの登場


ウヘッ、とんでもない急傾斜。


先ほどよりも男体山が大きく迫ってきた。女峰山よりも男体山に近づいているといった感じだ。


荒々しい露岩の上に立つ道標、八風。
ここも修験で使われた場所だそうだ。


このルートは修験の跡がいくつも残されている。
これは「落葉松金剛」。古い石の祠(金剛堂)がある。


リンドウ


標高1913メートルの黒岩に着いた。
谷底からごうごうというものすごい音が上ってくる。姿は見えないが雲竜瀑だ。
ここまで来るのに3時間以上かかっている。
しかもまだ標高は2千メートルに達していない。女峰山までまだ500メートル以上、登らなくてはならない。
道標の右に見えるピークは一里ヶ曽根(2295m)で、霧降から登る場合に通過するが女峰山まで2時間という位置だ。
対してここからだとあと3時間かかるからこのルートの厳しさがわかるというものだ。


ここからまた急な上りになる。
もう嫌になるな。ウンザリする。
なぜこんなに辛い思いをしてまで女峰山に登らなくてはならないのだ。その答は冒頭に(笑)


遠方に女峰山が見えた。
中央のピーク左に雪が載った小さなピークが見えるだろうか、あれが女峰山。
中央のピークは2359の前女峰山で、修験が盛んだった頃は錫杖嶽と呼ばれていたらしい。ただし、地図には標高が描かれているだけ。また、女峰山に登るのにあそこは通らない。


ズームで撮るとこんな感じ。ピーク2318へ向かって稜線が続いている。
雪はまだたっぷり残っている。


歩き始めて4時間、標高2030メートル辺りまで来て足が急に重たくなってきた。
空腹ではないし、この重たさはなんだ。
会津駒ヶ岳が終わってから数日、雨続きで外出もできなかったが、昨日は雨の降らない一日だったので今日のためにと近所を約8キロ歩いた。その疲れが今になって出たのだろうか。


厳しい上りは続く。
こんなときは周りを観察しながら、とにかくゆっくり歩く。


鮮やかな橙色。
地衣類のダイダイゴケ(?)が岩に付着しているのだと思う。


シャクナゲの花芽


ここも修験の場だったところ。


女峰山は隠れて見えなくなり、代わりに白根山が望めるようになった。


小石が堆積したザレ場を横切る。
歩くそばから小石が崩れて落ちていく。


標高2220メートル辺り。
雪を見るようになった。
雪はしっかり締まっている。危険はない場所なのでチェーンスパイクは装着せず、靴のまま歩くことにした。


唐沢小屋が見えてきた。
これで女峰山を手中に収めることができた。


中はきれいとは言えない。
以前に比べて利用者が置いていったものが目立つようになった。
疲れたのでベンチに腰かけて菓子パンをかじる。


小屋の裏手の急斜面を登ると大規模なガレ場が出現する。
石のほとんどは浮いているので不用意に足を載せるとぐらっとする。
それにしてもこの霧。予報は晴れだったので急遽、出かけてきたのだがこれでは山頂からの眺めは期待できそうにない。


長いガレ場をクリアして再び樹林帯の中へ。


着いた、着いたぞ!
5時40分に歩き始めて延々6時間、ようやく着いた。
管理人、足が遅いのは自覚しているし写真を多く撮る。その結果が6時間とはいえ、やはり長い。このルートの厳しさを物語る時間である。
2組3名の先着者あり。霧降ルートで来たようだ。


女峰の神さま、今日はご機嫌ななめ。
山頂は祠のすぐ先なのだが霧のためずいぶん遠くにあるように見える。


谷底から上昇気流が湧き上がり、稜線を境にして南は深い霧、北は晴れだ。
正面に見えるピークは帝釈山。
天気がよければ帝釈山の奥に太郎山、左に小真名子山、大真名子山、男体山が見えるのだが今はすべて霧の中。


北西に燧ヶ岳から始まる会津の山並みが見える。その向こうは越後の山並みである。


8日は強風で三脚を立てることさえできなかった。
今日は濃い霧とはいえ記念に自撮りができた。


最終バスが出る17時前までに下山すればいいから、気持ちに余裕があった。
久しぶりに40分という長い休憩をとった。コーヒーも飲めた。
足の疲れもだいぶ軽減した。
これから霧降へ向かって降りるとしよう。
山頂から始まる雪の尾根を安全に降りるためにここでチェーンスパイクを着けた。


まずは目の前のピークへ。
三角点のある2469メートルのピークだ(ただし、地図に三角点記号はない)。


燧ヶ岳をズームで撮ってみた。
燧ヶ岳は福島県の山なのでその左右に見える山も同じかと思ったのだが、地図で調べると新潟の山であることがわかった。


振り返って女峰山を見上げる。


密生したハイマツの間を下っていく。
今月8日は風速20メートルを超える風にあおられて、このハイマツの中に倒れ込んでしまった。


ロープがかかる岩場を下る。


ピーク2318を通過


これから一里ヶ曽根の手前まで、しばらくはこんな歩きが楽しめる。


このルートはイワカガミが多い。
このくすんだ茶色の葉っぱがやがて緑色に変わり、6月半ばから花を咲かせる。


一里ヶ曽根を前に鞍部にある水場を通過する。
8日はまだ厚い雪に埋もれて水場が確認できなかった。
きょうもまだ雪に覆われていた。


これから一里ヶ曽根に向かって50メートルほど登る。


ここで女峰山山頂で出合った年配男性に追いついたので先に行かせてもらった。


次はピーク2209に向かって快適な稜線歩きとなる。


ルートはピーク2209のすぐ手前でピークを巻くようにして奥社跡(P2203)に向かって下る。


奥社跡との鞍部。
夏道が雪に埋もれていると迷いやすい場所だが今はもう大丈夫だ。


奥社跡。
8日はまだ雪が残っていたが今はご覧の通り。
スポーツドリンク750ミリを飲み干したのでここで空になったボトルに粉末を入れて水から500ミリ作る。
ちなみに今日持参した飲料水はスポーツドリンク750ミリ、水道水1リットル、お湯450ミリの計2.2リットル。お湯はコーヒーを飲むのに使ったので残りは1.3リットルになった。下山まで十分すぎる量だ。
先ほどの水場が利用できればもう少し減らせるであろう。


奥社跡から赤薙山に向かってロープがかかっている岩場を降りる。


赤薙山
ここで今日3回目の食事。菓子パンをかじる。


関東平野が一望できる赤薙山直下のやせ尾根部分。
こんもりしたピークは丸山。


焼石金剛を通過。
この道標のすぐ脇に木の祠があってその風情が好きなのだが、ハイカーが置いていくのであろう、ここ数年で雰囲気を損なうような飾り物が増えた。


小丸山
正面に見える構造物はシカが中に侵入しないようにするネット。人は出入りできるように回転扉になっている。


さあ、降りるぞ。


10日前、大きな規模の群落を作っていたカタクリも終盤となり、代わりにニッコウキスゲの芽が出てきた。


オオカメノキ


階段で足がもつれることなく、無事に下山した。
バスの発車までまだ30分ある。
レストハウスの水道設備を借りて泥で汚れた靴とスパッツを洗い、バスに乗る備えとする。


16:55発の最終バス。
途中、霧降滝で降り、家内の車に便乗して車を回収しに滝尾神社へと向かうことに。


往きにこのルートを歩く場合の面白さというか苦しさというか、そのハイライト部分を地図上に追加した。
霧降ルートはアップダウンを繰り返しながら標高を上げていくがこのルートはアップまたアップの繰り返し。


こうしてグラフにしてみると霧降ルート(女峰山より右)との違いがよくわかる。
黒岩ルートから霧降ルートへ下山と霧降ルート往復を距離、標高差などの数値で比較してみた。男体山往復も参考に。
※霧降ルート往復は去る5月8日の記録(図ではレストハウスが出発点)

距離標高差上り累積標高下り累積標高
黒岩ルート→霧降ルート18キロ1740メートル2315メートル1686メートル
霧降ルート往復16キロ1140メートル1980メートル1980メートル
男体山(参考)8.5キロ1210メートル1248メートル1248メートル