齢七十三の誕生記念に女峰山を霧降から行者堂へ、19キロ。

2021年8月4日(水)晴れのち曇り

今日はめでたい誕生日記念の登山ブログなので小うるさいことを書くのはやめにして、さっそく本題に入りたい。

白根山や男体山といった人気の山に隠れて、その存在は薄いが、女峰山こそ山岳地帯・日光を象徴するに相応しい名山だと管理人は思っている。
でなければまだ数回しか登った経験のない白根山や男体山に対して、たとえ近場の山とはいえ過去21回も登ることなどしない。

この山の魅力として、変化に富んだルートとそれ故の厳しさと楽しさを管理人は挙げたい。
白根山のようにゴンドラを使って一気に標高を稼げる山ではなくまた、男体山のように厳しくはあるが単調な歩きを強いられる山でもない。長い道のりをアップダウンを繰り返してようやく山頂に達するという厳しさだがそれだけに達成感は大きい。

女峰山は近年、登山者が多くなったといえるが白根山や男体山のように山頂が人でいっぱいになることはなく、日を選べば他に人と出会うことがないくらいだ。
万全の体調で臨まないと女峰の神様によって道半ばで追い返される。アルコールは数日前から断ち、その日を体調のピークに持っていくような計画性が求められる。

一般的な霧降ルートの他に4つのルートが選べるがその4つはいずれも霧降ルートよりも難易度が高く(※)、マニアックな登山者にしか勧められないほど辛く、楽しい。
※そのひとつに往復10キロもの舗装された長い林道歩きを強いられる志津ルートを難易度高として入れた(林道歩きを除けば難易度底)。

とまぁ、管理人の強い主観を書き連ねたが、あまりの稚拙さに読者の皆さまには管理人の思いは伝わらないでしょう、きっと。
山の魅力はガイドブックや素人のブログではなかなか伝えられない難しさがあるというもんです。
やはり自分で経験してみるしかないでしょう。
話のタネにぜひ女峰山へお越しください。
ブログで紹介している以上の楽しさが味わえます。
いや、味わうのは辛さと苦しさかな?(笑)

今回と逆のルート。
2017年5月19日 行者堂から女峰山へ、黒岩尾根ルートを歩く

地図にない特殊なルート。
2016年7月20日 禁断の激藪を突破して帝釈山、女峰山へ

結果(GPSはm-241を使用した)
・歩行距離:19.5キロ(GPSログをカシミール3Dで処理した値)
・所要時間:9時間5分(写真撮影と休憩を含む)
・累積標高:2061メートル(アップダウンのうち、上昇分の累積)
※m-241は距離、累積標高ともに大きく出る傾向にあり。

キスゲ平からピストン山行を想定する場合、朝6時に出発すれば午後3時前後、遅くても4時には下山できるが、今日はなんとしても山頂からの360度の展望を楽しみたいと考えて、いつもより1時間半、早く出発することにした。
午後になると霧に包まれるのが女峰山の常のことなので30分でも早く山頂に着きたいと思う。予報はとりあえず午前中いっぱい、晴れるとのことだ。


キスゲ平駐車場からの関東平野の眺め。
間もなく日の出の時間だ。
とはいえ、この場に留まって日の出を待っていたのでは時間がもったいない。
階段を上がり始めた。


階段を上がりながら振り返り振り返りして日の出を待った。
1000段目辺りで振り返るとちょうど、陽が昇るところだった。
あ~、ありがたや!
誕生記念の登山に素晴らしい朝を迎えることができた。
と、このときは女峰山頂で360度の展望が拝めるのを信じて疑いもしていない。


あと300段、ここで急ぐあまり足を速めたら後が続かない。
いつものように100段ごとに1分間のインターバルを取りながら上がっていった。


天空回廊の終わり、1445段目に到着。
日の出を写真に撮るのに要した時間を差し引くと20分くらいかかったことになるが、亀足の管理人にしては上出来である。


階段を終えて小丸山へ行くまで、道の両側には季節の花が咲く。
今の盛りはシモツケソウ。
キスゲ平の斜面一面に咲いている。


チダケサシ(たぶん)。


小丸山(1601m)に着いて女峰山の方向を見上げる。
中央のピークが赤薙山で女峰山は7座目に当たる。
ここからでは見えない。
赤薙山の奥に浮かぶ雲が気になる。


イタドリ
今日は長丁場になるので植物を観察している余裕などないのだが視線はどうしても花に行ってしまう。


前方に女性の話し声が聞こえていたが 追いついた。
女峰山へ行くつもりで4時に駐車場を出発したとのことだ。
30分後に出発した管理人が追いついたわけだが、そのペースで大丈夫なのだろうかと心配になった。


シラネニンジン


管理人の今日の出で立ち。
下はコロンビアのトレランシューズとTRIMTEXのタイツ。上は半袖とその下にファイントラックのドライレイヤー、腕カバー、メッシュの帽子。
持ち物は水2リットル、ミニあんぱん5ケとランチパック、行動食少し、応急セット、スマホ、デジカメ、GPSロガー。
これらをモンベルのトレランザックに詰めて4.7キロ。
これなら年老いた管理人にも負担にならない。
笹の朝露でこの時点で靴の中はぐしょぐしょになっていた。もちろん、靴下も。


コメツツジ


ソバナ


赤薙山直下の急斜面に差しかかった。


赤薙山山頂
先着は茨城から来たという青年。
この時間なので青年はもちろん女峰山狙いである。


鳥居の先まで行ってこれから歩く長い尾根と女峰山を眺める。
申し分のない天気だ。
今日は女峰の神様が微笑みながら管理人の到着を待ってくれているようだ。
ところで読者の皆さまにおいては女峰山はどれかおわかりになりますか?
ヒントは米粒。
こめつぶ、こめつぶ、と唱えながら中央やや右を見てください。


目を南にやると男体山がくっきり見えた。


さあ、これからアップダウンを繰り返しながら、目指すは奥社跡だ。


おぉ、富士山ではないか。
この時期に富士山を見られるとは、やはり女峰の神様は管理人を歓迎してくださっている。


奥社跡(2203m)に到着。
スタートして2時間なので管理人の標準時間。
休むことなく先へ進んだ。


次のピーク、 2209mへ行くには54メートル下って60メートル上がる。
ここはその鞍部。
なお、道はここから少し西へ向かうため2209のピークに達するわけではない(2209への道はない)。


ヤハズを通過


ハンゴンソウ


バイケイソウ


ピーク2295の一里ヶ曽根。
2209からほとんど平坦な稜線歩きとなり、ここまでが体力を回復できる区間だった。ここからまたアップダウンが始まる。

女峰山頂がぐっと近づいた。
赤薙山では米粒くらいの大きさにしか見えなかった女峰山がここではオニギリ大に見える。


一里ヶ曽根から先が少し厄介である。
まずこのガレた急傾斜を下り、次ぎにピーク2318へ向かって登り返すわけだがそこがもっとも辛い。


鞍部を2318へ少し行ったところに水場がある。
管理人のこれまでの経験だと水が涸れているのを見たことはない。
ちなみに今日は飲料水としてスポーツドリンク500ミリ、ハイドレーションに水道水を1リットル、フラスコボトルにも水道水500ミリ、計2リットル持参した。
ここで給水することを考えればもう少し軽量化できるが万が一、本当に万が一、ここが渇水していたとすると致命的なので安易に当てにしないことにしている。


ピーク2318
ここまで来ると女峰山が近づいたなと実感する。


足場の悪いガレ場を慎重に上がって行く。
これから少しの間、ガレ場、岩場と続く。
実はこの辺りまで来て足がかなり重く感じるようになった。
1日にシミュレーション登山と称して空腹状態で丸山と赤薙山を縦走したのだがその疲れが尾を引いているのだろうか。
筋トレする場合、終わって二日間は筋肉を休ませないと高負荷によって受けたダメージが回復されないと言われている。
1日の登山から丸二日経過して今日は三日目。
歳とともに回復が遅くなっているのかもわからない。


山頂が目前。
山頂の社も見える。


幅30センチしかない荒れた道の上り。


ミヤマダイコンソウの残花。


岩場をロープを使わずに上る。


オトギリソウ


もう頑張る必要はないのだと思うと気持ちが明るくなる。


三角点のあるピーク2463を通過。
あと少し。


ふ~、スタートして4時間8分、着いた着いた!
所要時間はまずまずといったところ。
あと何年、このタイムで女峰山に登れるのだろうか?


先着していた茨城の青年に無理を言って撮ってもらった73歳の登頂記念写真。
たしか今日で22回目の登頂のはずだ。
50回は無理だとしても30回は狙いたい。


谷底から霧が湧き出し、わずか数分で展望は目の前に見える帝釈山だけになってしまった。
これからも日頃のおこないを良くして、女峰の神様のご機嫌を取るようにしよう。そのうちいいことがあるだろう、と神頼みする管理人なのである。


1ケ127kcalのあんぱんを2ケ食べて帰りのエネルギーとした。
ちなみに朝食はランチパックをトーストしたものと作り置きの野菜ミックススープを出発の1時間前に食べた。
昼食と合わせて500kcalに満たないが登頂するまでの体調から察して管理人には十分な量に思えた。
ここに来るまでの間に靴とズボンがどろんどろんになっていることが画像を通して分かる。


山頂で30分という長い休憩を取った後、行者堂へ向かって下山を始めた。
女峰山は昔であれば男体山の裏手、志津乗越(しづのっこし、志津峠)から登るのが一般的だった。
当時は山頂まで3時間という手頃な登山ができたが、志津乗越への車の乗り入れが閉ざされたことから、いまでは霧降ルートを利用するのが一般的となった。
だが、それは片道4~5時間あるいはそれ以上かかることから決して楽な登山とは言えない。万全の体調で望む必要がある。
その霧降ルート以上に厄介なのが管理人がいま下山している山頂の南東、東照宮裏手の行者堂へ下る、黒岩ルートなのである。
女峰山頂まで霧降ルートでさえ8キロ弱と長いのに黒岩ルートはさらに2キロ長い。
特筆すべきは霧降ルートの標高差が1140メートルなのに対して、黒岩ルートは600メートルも余計に下らなくてはならないことだ。すなわち標高差1700メートルを下るのである。
起点の標高の違いなのだがそれはもう厳しいものだ。
それが災いして黒岩ルートはマニアックな登山者の他に利用する人がなく、人と出会うことがない。大げさかもわからないが黒岩ルートで登山者と出会うのは奇跡といっていいだろう。


ガレ場があったりこのような日本庭園風があったりして変化があるのがこのルートの魅力だ。
と、苦しいのを我慢して宣伝しておこう。


唐沢小屋(無人の避難小屋)に着いた。
扉を開けると炊事と食事が出来るテーブルがあり、その左右に寝床(小窓の部分)がある。
ここから先、登山道はふたつに分岐している。
管理人が下山しようとしている行者堂へは小屋を正面に見て右へ行くがやや分かりづらい。
もうひとつは寂光神社へ下りる道だがこの場所で180度、振り向くと道が見える。
なお後者は「荒沢出合」で寂光神社と志津乗越へとさらに分岐する。


再びガレ場。
たしかガレ場は3箇所(?)あった。


鬱蒼とした日本庭園風の中を歩く。
時折、うしろで人の声が聞こえるので振り向いたりするがそこに人の姿はない。野鳥の鳴き声が人の囁く声に聞こえるのだ。神経がピーンと張り詰めているためなのだろう。


谷底から上昇気流に乗って霧が湧き上がって幻想的、というより単独登山であることの不安が先に立つ。
携帯は圏外だ。
他に登山者はいない。
万が一の場合、発見されるのは数週間後ということもあり得る。
事故は絶対に起こしてはならない。


シモツケソウ
久しぶりに明るい色を見た。


巨大な岩のある遙拝所。
谷底から轟々と不気味な音が立ち上ってくる。
この下には氷瀑として名高い「雲竜瀑」を始めとする女峰直下の滝が集まっている。


3箇所目(?)のガレ場を慎重に歩く。


八風(はっぷう)を通過。
修験道の遙拝所になっている。


秋の花、シロヨメナ。
白無垢の花嫁を想像させることからついた名前だそうだ。


この笹には最後まで手こずった。
ここはまだ地面が見えるからマシな方だ。


生長し管理人の肩まで伸びた笹の中を歩く。
地面が見えない藪の中は段差や倒木、石、木の根、笹の茎などが隠れていて気を抜けない。ズリ足で慎重に歩かざるを得ない。


「水呑」と彫られた石柱。
修験道時代の名残と見られる。


肩までの笹藪はウンザリするほど長く続く。
これでもかこれでもかと襲ってくる笹藪につい笑ってしまう。
このルートはもう二度と歩くまいと決めた。この時期は。
登山道の管理は日光市の担当だが、ルート厳しい→登山者少ない→笹刈っても無駄→藪化進むという悪循環になっている。
このルートの狙い目は笹の生長が始まる6月までだ。


延々と続く笹藪(動画・26秒)


将軍に寵愛されたのであろう、お稚児さんの墓がある。


今度は笹藪に加えて赤土の道だ。
大雨の際は水路になるのだろう、深く抉れている。


日光市街地に向けて建立されている「殺生禁断の碑」。
ここまで来るとゴールは近い。


おぉ、見えたぞ、あれがゴールの行者堂だ。


行者堂を背にして階段を下り、振り向く。
4時半にスタートして9時間かかったが無事に下山できた。
感無量。
この分なら体調を崩さない限り女峰山にはまだ登れそうだというのが下山したときの感想だった。
さあ、次はいつにしようかな?


さて問題は行者堂から車を置いてあるキスゲ平まで、車を回収しに戻らなくてはならないことだ。
最寄りのバス停は東照宮側の「西参道入口」とキスゲ平方面の「丸美」の2箇所。
実は我が家は行者堂とキスゲ平の中間地点にある。
そこで行者堂から我が家に近い「丸美」まで車道を3キロ歩くことにした。
バスがすぐに到着すればバスで、待ち時間が長ければバス停からキスゲ平まで家人が運転する車で送ってもらうことにした。
バス停で時刻表を見ると15分待ちでバスが到着することになっていたが、その15分があればキスゲ平まで行ってしまう。
全身汗びっしょり、靴の中はぐしょぐしょ、歯医者の予約もあるので早く家に戻って風呂に入り、歯医者に行くのに身だしなみを整えたい。
そんな思いで帰宅した。
遠方からマイカーでお越しになる読者は管理人のようにはいかないでしょうから、上に載せた地図に車の回収方法について書きました。どうか参考にしてください。

朝露に濡れた笹の中を歩くのはあまり気持ちのいいものではない。
今日は軽さを追求してトレランシューズを履いていったが防水ではないためすぐに濡れた。
朝露は靴を通して中に浸入し靴下までもぐしょぐしょにした。
山頂に着く頃には乾いたが下りの笹藪で再び濡れた。
それはやむを得ないこととして、帰宅して足がずいぶん痒いことに気がついた。
靴下のゴムが当たっていたふくらはぎ部分が赤くかぶれていた。
湿布やサポーター、テーピングといった、肌に直接貼り付けるものに弱い管理人の柔肌は、濡れた靴下でも弱点を晒す結果となった。
身体は鍛えることができても肌の弱さはいかんともしがたい。

疲労困憊して下山したという経験は誰にもあるだろうと思う。
管理人はなんども経験していて下山中に幻覚に襲われたこともある。
下山後、晩酌のアルコールを美味いと感じなかったことも度々ある。
今回、確かに疲れはしたが、行者堂からバス停まで3キロ歩く余裕があったし晩酌のアルコールもしっかり飲んだ(缶酎ハイ1本だけだったが)。
ただ、とても眠かった。
4時半に歩き始めるためアラームをセットした3時より1時間も早く目が覚めてしまい、そのまま起きて朝食にした。
5時間の睡眠だったわけだが歳を重ねるに連れて睡眠時間が短く、というより熟睡できないことが多く、昼間眠くなる。
自宅に戻って緊張が解けたためか晩酌がしっかり効いて、寝床に入ったのは8時を少し過ぎた時間だった。
いい夢が見られるだろうか?

これで夏までの課題としていた中禅寺湖一周と女峰山が終わった。
福島遠征はコロナ禍で延期せざるを得ないだろう。
次の目標を失ったような感があるが、さてどうしよう?
古賀志山は暑いしなぁ、この夏はビールを浴びながら過ごそうかな(笑)