今年の古賀志山記念日は久しぶりに岩場でも(途中、怖い場面も)。

2019年11月19日(火) 快晴/暑い

古賀志山の面白さは当ブログでなんどもなんども繰り返し書いている。
標高わずか583メートルという、東京の高尾山よりも低い典型的な里山である。
管理人が見るところ、登山者のおよそ8割くらいは地元の古賀志山愛好家で占められている。
管理人は高齢者に属する年代だが、管理人よりも上の年配の人が目立つ。
日参する人がいて、皆さん日々の健康管理のために古賀志山に通って来られているようだ。
待ち合わせたわけでもないだろうに、車から降りた地元の人は始め1人だったのが、小顔見知りに出会って2人になり、そのうちに3人になり、小さなグループを構成するに至るという微笑ましい光景が見られる。

古くから古賀志山を歩いている地元の人達は危険な場所には行かないから、古賀志山に登りたくても不安な人はこれら地元の人と見られるグループに声をかけ、案内してもらうといい。拒否されることは絶対にないはずだ。
それほどオープンなのが古賀志山をこよなく愛する地元の人たちなのだ。

管理人がこの山に取り憑かれてはやくも5年という節目を迎えた。
最初は2014年の10月、紅葉が見頃の時節を迎えて、人と車でごった返す日光を嫌って、反対方面になにかおもしろい山はないかと探して見つけたのが古賀志山であった。
登山口のある宇都宮市森林公園のウェブサイトに、詳しい地図と主要なポイントを画像で説明した初心者向けのパンフレットが見つかったので、事前に印刷して望んだ。
目標は古賀志山山頂と、その稜線続きの東稜見晴台に行くことであった。展望がとてもいいらしい。
説明資料に沿って忠実に歩き、無事に両者を制覇(笑)したのだが、そのとき目に入った光景があまりにも強烈過ぎて忘れることができなかった。

景色が素晴らしかった?
いや、そんな生易しい印象ではなかったのだよ。
足がすくみ、心臓が高鳴るほど怖かったのである。
でも、いつかは必ず、、、

この辺の詳しいことは管理人が初めて古賀志山に登ったときのブログで→こちら

以来、のめり込むようにして古賀志山に通い続けることになるのだが、初めて登ったのが10月27日なので、家族の誕生日や結婚記念日は忘れることがあってもこのときの印象は忘れないように、10月を「古賀志山記念日」と名付け、新たな気持ちで古賀志山に登ることにしている。慣れからくる緊張感の欠如で事故を起こさないようにするためにも。

今年は3週間遅れの古賀志山記念日だが、10月は悪天続きで行きたくても行けなかったのと、福島の山にも行きたかったというのが遅くなった理由。


古賀志山は他にも数多く記事にしています。右上の検索窓に「古賀志山」と打ち込んで結果をご覧ください。

でわでわ。

たくさんある登山口の中でもっともよく利用されているのが福岡町にある宇都宮市森林公園で、そこへは県道70号線・田野町信号から北へ向かって走る森林公園通りを進む。
途中、視界が開けると左になんとも奇っ怪な姿をした山並みが見えてくる。それが古賀志山である。
「里山」=優しくて簡単に登れる山というイメージとは程遠く、登る人を拒むようなその山容は、異様とも言える。
実際、その姿形から、事故が絶えないのも頷けるというものだ。


この(遅い)時間にもかかわらず駐車場ががら空きなのはワケがある。
昨日はこのあたりでもかなり激しい雨が降ったのであろう。
雨後の古賀志山は危ないことを地元の人たちはよく知っているのだ。


車を離れ、まず赤川ダムへ向かった。


赤川ダムを通してみる古賀志山は全体の景観が実に美しい。
快晴無風、さざ波ひとつ立っていない。
逆さ古賀志山と木々が水面に映える。
紅葉がだいぶ進んだ。


湖畔の木々も美しい。


ダムの堰堤を渡ると管理センターがあり、その前は整備された広場になっている。


紅葉の写真を撮るために1時間近くウロウロし、あらためて古賀志山に向かった。


登山口手前の分岐路を左へ行く。


赤川にかかる芝山橋を渡たり崖が崩れたようなところを入っていった終点が地図にある北登山道の始まり。
北登山道は地図に描かれているとはいっても西へ向かって破線が描かれているだけで名称は見当たらないし、標識もない。
歩いている人がいればそれが北登山である。


登山口に続く林道。
ここは元々、山の斜面になっていたところを削って道路にしたもの。
大きな亀裂が入っているが台風による大雨によって山から大量の雨水が林道を流れ下ったのであろう、抉られてしまったようだ。
山を切り開いてそこに人工物を造るとこうなる、そんな怖さを見る思いがする。


登山道は林道の終わりから始まるが、そこで立ち止まってすこし左を見ると緩やかな尾根が見つかる。
今年の古賀志山記念日は初心にかえって岩の上り下りを緊張感を持って体験するため、地理院地図に描かれていない東稜コースを歩くことにする。
その尾根の始まりが北登山道との分岐部分である。


始めは疎林の中の気持ちのいい登山道。
やがて現れる急斜面と岩を除けば。


きれいに染まったアブラツツジ。


地元の人に「反省岩」と呼ばれている大きな岩。
岩の上に立つとこの北に連なる「中尾根」がよく見える。


桧林の急登が始まった。


左に切れ落ちた急斜面を上って行くと、、、


ここで南から来る岩場ルートの東南稜と交わり、東稜見晴台へと向かう。
始めから東南稜を歩く場合は難易度の高い大岩を2つクリアしてここに至る。
ただし、東南稜の取り付きへ至るまでの道のりが長い。


東南稜と交わった場所にある落差3メートルほどのほぼ垂直の岩。
太く頑丈な鎖が下がっているので落ち着いて上れば大丈夫(と思う)。
管理人の言う初心とは、鎖を使わず、初めて両手両足で岩を上ったときの緊張感のことを指していて、この日も初心にかえって緊張感をもって望んだ。


鎖はNPO法人「古賀志山を守ろう会」が取り付けたもので、取り付け後は毎年同時期に、安全性の確認が行われている。
次(NEXT)の確認(CK=check)は2020年2月におこなうと読める。


1本目の鎖はおよそ15メートルほど続いており、鎖が尽きてようやく両手フリーで上れるようになる。


もう1本の鎖を上ると東稜見晴台なのだが、、、
この岩は落差は小さいものの垂直なのでより慎重さが要求される(鎖を使えば大丈夫だが)。


岩を上り切ると展望がぐっと開いてそこが東稜見晴台。
宇都宮市街と鹿沼市外が一望できる。
遠く筑波山まで見渡せる。


見晴台は全体が岩稜で構成されている。
そこには地元の愛好家が造ったと見られるテーブルとベンチがあって、憩いの場となっている。


宇都宮市街地
筑波山は霞んで見えなかった。


高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)


日光連山


見晴台と古賀志山はお隣さん同士。
数分で行き来できる。


古賀志山は広い山頂を持ちながら展望が南にごく一部しかないのが残念。
写真を1枚撮っただけで次の御嶽山へ急いだ。


古賀志山と御嶽山を結ぶ稜線(古賀志山主稜線)の鞍部に巨大な岩がある。
その岩を乗り越えても御嶽山に行けるし、岩の基部を巻いて行くこともできる。
画像は巻道から岩を見上げたものだが2016年3月、御嶽山から古賀志山に向かっていたグループのうちの女性メンバーが、あと一歩で岩から降りられるというところで巻道(この場所)に滑落、バウンドしてさらに斜面を転げ落ちて亡くなるという、岩場の恐ろしさを物語る事故があった。


巻道の終わりで鉄製のハシゴとぶつかる。


ハシゴを登りきるとそこが御嶽山。
祠は御嶽神社。
御嶽神社は弘化3年(1846年)に古賀志村住民の勧請によって木曾御嶽山から分社されたもので、いわば親戚同士である。
木曾御嶽山は2014年9月に大爆発を起こして多くの登山者が亡くなるという惨事があったが、管理人はここにもその霊が眠っているという考え方をしている。合掌。


NPO法人「古賀志山を守ろう会」が設置した俯瞰図。
正面に日光連山、少し離れて皇海山が見えた。


次なる岩場を求めて主稜線上の赤岩山を目指す。


地元の人に「カミソリ岩」と呼ばれている落差5メートルほどの岩場を登る。
鎖は人ひとりが通過できるくらいの岩の狭い割れ目に下がっている。
ここはホールドがしっかりしているので鎖は使わずに登る。


御嶽山から先は歩く人が少ないため草が茂った細い道を歩くことになる。
注意すべきは草に隠れて見えないが、両側とも切れ落ちていることだ。


主稜線の中間地点、中岩。
展望良し。


遮るものなく遠くまでよく見渡せる。
奥は鹿沼市街地。
ここではパラグライダーがよく空を飛び交っているところだが、今日は定休日なのだろうか1翼も見かけない。


今日の折り返し点の赤岩山がすぐ目の前に迫った。
パラグライダースクールの基地はあそこにある。


長い岩場を今度は下る(画像は下っている途中)。
この鎖は中央部分にあった方がホールドがしっかりしていて使いやすい。
鎖の支点が取りにくいためあえてこの位置にしたのだと推測する。


真っ白な花を咲かすヒメイワカガミ。
そういえば今年は見る機会を逃してしまった。


振り返って二尊岩。


折り返し点の赤岩山に着いた。
休憩できるようなスペースはない。


北に高原山が見えるが視角は狭い。


少し戻って昔使われていたパラグライダーの離陸場に腰を据えて昼ごはんにした。
管理人としては珍しく、火を使った料理である。
まずはクッカーをストーブにかけてレトルトパックの親子丼をボイル。沸騰したところでフリーズドライの「フカヒレスープ」を作る。残った湯はアルファ米が入った袋に注水する。
アルファ米が十分に蒸れるまで15分かかるのでその間、スープをすすり、セブンで買ったコロッケをチビチビ食べる。
ちなみにこのメニューでのエネルギーは親子丼100kcal、ごはん360kcal、コロッケ2ケ420kcal、スープ40kcal、合計920kcalと山を歩くには十分すぎるほどの量であった。


アルファ米がふっくらしたので飲み干したスープの器に移し替え、その上にボイルした親子丼を乗せる。
親子丼をスプーンで3口食べたらコロッケをひとかじりするという、実につましい食べ方で豪華ランチは終了した。お湯を沸かしただけが唯一、手間だったという料理であった(笑)
ちなみに、今日はレトルトの親子丼を使ったがフリーズドライのもあって、それだと重量が大幅に軽減できる。自炊小屋での調理にうってつけ。
なお、アルミ箔のカップは食べ終わったら小さく折りたたんで空になったアルファ米の袋に入れ、チャックを閉じれば液漏れすることはない。潰れても簡単に復元できるのでザックの中に入れておくと何かと便利。


ずいぶんのんびりした。
先を急ごう。
赤岩山から先の予定はまったく検討してこなかった。
とりあえず、そこに道があればその道を進んで行こう。なにしろ古賀志山には100本以上の道があるから、間違って画像のような藪に入り込んでしまっても必ず道が見つかる。


なんか見覚えがあるなと思ったらそこは大日堂の上部、「大日山」だった。
さ~て、ここに来てしまったからには次に目指すのは「背中当山=せなかあてやま」しかないぞ。


その前にちょっと冒険して、「荒沢瀧」の源頭部へ。
深い樹林帯の地面から滲み出る水が20メートルの落差を伴って落ちている。
荒沢瀧は岩下道にありパワースポット的な雰囲気を感じさせる。今日はこれから岩下道へ降りるがその位置は滝からずいぶん離れるため立ち寄ることはしない。

とりあえず、背中当山まで来た。
ここからゴールへの早道は「岩下道」へ降りることである。
ただし、そのためには落差30メートルほどの岩を下る必要がある。
以前、岩下道から背中当山に向かって岩を二度上り、一度下ったことがあったが、どんな岩場だったのか記憶は薄れている。
岩は上がるよりも下るほうが難易度が高い。
上りはホールドが目に入るが下りだと足でまさぐるようにしてホールドを探さなくてはならず、危険が増す。
とりあえず岩場まで行ってどうするか考えることにした。


おっ、ロープがあるぞ。
前からあったかな?
初めて見る岩のような気もするが、別の岩と勘違いしてるかな?
なんとも心もとない記憶である。
ロープは古いがしっかりしてるので下ってみよう。


1本目のロープが終わって下に降りると別のロープがあった。
これを使えば岩下道に降りられるはずだ。
だが、なんかおかしい。
ロープが足りず、末端が岩の基部に届いていないのだ。
目を凝らして見るとロープの末端は刃物で切られたかのように、ズタズタになっている。
上から覗き込むようにして見るからであろう、ロープの末端とその下との距離感がつかめない。
万一、ロープの末端まで降りて地面(実際は岩)とのギャップが大きくて足が届かなかったらコトである。
君子危うきに近寄らずだ。
とっとと諦めて別の道を探すことにした。


進路を東にとって「雨乞岩」。
岩穴の奥から滲み出る水に大雨が降ることを託してつけた名なのかもしれない。
この日は一滴の水も流れていなかった。

実はここに来るまで「女瀧」の落口へと寄り道をしたのだが写真を撮り忘れるという結果に。


ボルダリング愛好家が集まる「瀧神社」近くの「聖観音=せいかんのん」。
二体の仁王象(?)に守られるようにしてその奥に観音像がある。

ここでようやく岩下道と交わったわけだが雨乞岩からここに来る間、すんなりとはいかず、紆余曲折があったことを正直に告白しておきましょう。
世間では道間違いと称されているが古賀志山のバリエーションルートを歩いていれば道間違いは日常的に起こる(なにしろ100本以上の道があるからね)。
大切なことは間違いにいち早く気づくことと、その場から脱出する術を身につけることである。そのためにもいまいる場所を把握することと、地図とコンパスを使った読図が必須となる。
スマホの地図アプリは現在地がわかるのと、どちらへ向かって歩いているのかがわかるので、活用しない手はない(ただし、古賀志山で役に立つかどうかは経験度による)。


しばし深い樹林帯を歩くといきなり展望が広がる。
陽が昇る鹿島灘方面を眺める。

ここは陽も差さないような深いヒノキの林だったが広範囲に伐採された場所。
古賀志山山域の約半分は民有林が占めていて、地権者(地主)がヒノキやスギを生育していて大きく成長した木は木材として活用すべく伐採される。それがこの姿である。


筑波山


遥か彼方の霞の中に、異様に大きな物体が見えた。
南方だから都心の高層ビルのひとつなのだろうか?


ヒカリゴケが生育する洞窟がある。
本来なら陽が差すことのない暗く湿った環境を好む植物だが、伐採されて陽が直接差し込むようになったいま、無事に育ってくれるのだろうか?


岩下道はここで南登山道(この階段)と交わって終わる。


南登山道は林道古賀志線と交わって終わり。
アスファルトの林道を左へ行くと赤川ダム。


管理センターの前を通って、、、


陽が沈みかけ、朝とは様変わりした古賀志山(赤川ダムの堰堤から)。


古賀志山(御嶽山)へ行くには北登山道を歩き、帰りは南登山道を下るのが一般的。
管理人が辿った東稜は当記事にあるように大きな岩が2つあります。鎖をしっかり握り、落ち着いて行動すれば大丈夫とは思いますが、油断をすれば命の保証はありません。念のため。

古賀志山と赤岩山を結ぶ主稜線にも大きな岩があり、それなりの恐怖を味わうことになりましょう。同じく、鎖をしっかり握り、落ち着いて行動することが求められます。

管理人が赤岩山からの帰りに辿ったルートの赤岩山から聖観音まではわかりづらさと危険箇所があるという点で、古賀志山のバリエーションルートの中では絶対にお薦めできません。
そこから脱出しようとして、岩下道に向かって南に下るにも主稜線に向かって北に上がるにも岩と崖に阻まれて、にっちもさっちもいかなくなること必至です。