再びチェーンスパイクで赤薙山に登ったが目的は道まちがいで滑落に至ったSさんの足跡を辿ることにあった。

男勝りの健脚でかなり激しい山さえも独りで登る知人女性のSさんが、日光の2千メートル級の山としては低い方に入りまた、ルートが明確であることから積雪期でも登りやすい赤薙山に登ったまではよかったのだが下山する途中、あろうことか尾根を間違えさらに悪いことには急斜面を30メートルほど滑り落ち、倒木に引っかかって停止するという事故があった。

管理人はそれをまず電話で聞かされまさか赤薙山で、と驚く。登ることは事前に聞いていたので注意すべき箇所は教えてあったから道まちがえはおろか、滑落などまったく想像もしていなかっただけに、その事故は管理人に大きな衝撃をもたらせたのは言うまでもない。
管理人の説明に手落ちでもあったのだろうか、いやそんなはずはない。赤薙山に登るには“あの場所”だけ気をつければ問題ないはずなのだ。

管理人がもっとも危険視する“あの場所”とは、小丸山から赤薙山中腹にかけてのなだらかな稜線の一部のやせ尾根のことを指す。幅50センチくらいしかない登山道なので積雪期は三角屋根のてっぺんを歩く感じとなり、一歩間違うと開放された南斜面をノンストップで300メートルほど滑落するのである。
Sさんに強調したのはそのやせ尾根のことであった。そこさえ注意して通過すれば山頂まで危険はないはずなのだ。

地図も読めるし慎重なSさんだけに、管理人の忠告にしたがって登頂したのは言うまでもない。
電話があった後、管理人宅に立ち寄ってもらってより詳しい話を聞くにつれ、明確になってきたことがあった。しかし、ここに管理人の大きな見落としというか、説明する上での盲点があったことに気がついた。やせ尾根を無事に通過した後、地図にしたがって歩けば100人中99人の人が見るであろう道標を見逃してしまったらしいことがSさんの話で明確になった。地図に書かれた道よりも数メートルにすぎないが南を歩いたらしい。それが目印を見逃す結果となったのである。
このとき、もしも後述するロープと道標の存在に気づいていれば、下山は当然ながら往路の自分の踏跡を辿るはずだから、道を間違うはずがない。
ロープと道標の存在はもちろん、管理人は知っている。それをSさんに説明しなかったのはその存在は誰にでも気がつくはず、という管理人の思い込みであった。そこが盲点であった。

五十歩譲ってロープと道標に気がつかないまま登頂したとしても、帰りの道で往きに歩いたやせ尾根が見えるので、やせ尾根へと進路を変えればいい。
ところがここにSさんの過ちがあった。往路で辿ったルートと異なる、一見、尾根らしき傾斜を下ってしまったのだ。そこは広く緩やかな下りが続いているため、どうしてもそっちへ行ってしまいたい欲求を抑えることができないくらい魅力的な斜面であり、なんの疑いもなく下ってしまったらしい。
そころがその斜面はその先、急激に落ち込み崖になっているのだ。

今日の管理人の目的は、上に書いたSさんの話から推測したことを実際に確認しその上で、もしも積雪期に単独で赤薙山に登りたいという人がいた場合に管理人としてどんなアドバイスが適切なのかを検討することにあった。

なお、管理人は今年2月4日、まだ雪深い時期にチェーンスパイクを装着して登っていて今日も同じく、チェーンスパイクを使用した。
しかし、販売元は2千メートル級の山での使用を想定していない。本来ならば10本爪か12本爪のアイゼンを着用して登るべきだ。ピッケルとセットで。
管理人にとって赤薙山は地元の山であるし無雪期、残雪期、積雪期あわせて10数回の経験があるのと雪の状況によりアイゼンと使い分けている。管理人がチェーンスパイクで登ったとはいえ、くれぐれも真似などしないように願いたい。


IMG_0929ゲレンデの雪はほぼ溶けて地肌が剥き出しになっているので今日はこの階段を使って小丸山へ達し、それから稜線を赤薙山へと向かう。

IMG_0938昨日の積雪は10センチほど。4月にしては異例の量だ。

IMG_0951むひょ~、すんげぇ。
辺り一面、霧氷であるw

IMG_0958天空回廊の700段あたりまで来ると積雪はぐっと減り、3センチほどになった。
太平洋側の低気圧による積雪は日光の場合、西へ行くほど少なくなる。

IMG_09651000段を越える頃になると西の空が青い。今日は期待できそうだ。

IMG_0969天空回廊の終段。標高1582メートルに着いた。
ここまで写真を撮ったり眺めを堪能しながらゆっくり歩いて35分。
ちなみに管理人は雪のない時期はトレーニング代わりにこの階段をよく使うが、自己最高は25分である。700段を越えるあたりから傾斜が厳しくなり、以後、100段ごとに立ち止まっては息を整えなくてはならないほどだ。
なんとかノンストップで終段まで行ってみたい。
ちなみに女峰山へ行くにはこの階段を登るのが必須となる。

IMG_0956ここでチェーンスパイクを着装。以後、外すことはなかった。

IMG_0972階段終段から10分で小丸山に着く。視界のいい日はここから赤薙山への稜線がじつに美しい。
ところで、ここに昔からある道標にはキスゲ平1635メートルとなっていて、地理院地図と異なっていることを知っている人はいるだろうか。

IMG_0973小丸山のほぼ北にそびえるのは丸山だ。管理人が主催するスノーシューツアーではずいぶんお世話になっている。
この冬はツアーで20回、ソロで5回登っている。
今日は赤薙山の戻りに立ち寄ってみよう。

IMG_0974温度計は10度を示している。暑い。

IMG_0975視界がクリアになり小丸山から赤薙山へと続く気持ちのいい稜線が見える。稜線は赤薙山の先にも続いていて、赤薙山から5座目が女峰山だ。

IMG_0986目の保養にと360度の展望を楽しむことにした。

IMG_0992北西には雲海から高原山がのぞく。
この日、霧降高原の東側のすべてがこの雲海であった。

IMG_1010焼石金剛手前から稜線を眺める。
あの切り立ったあたりがやせ尾根だ。

IMG_1011山頂まで直線で500メートル。40~50分で到着するであろう。

IMG_1025いよいよやせ尾根に入る。雪はかなり溶けているので雪でスリップして落ちる心配はない。といっても尾根を踏み外せばころがり落ちるが。

IMG_1027やせ尾根につけられた幅50センチほど登山道。雪が積もるとここが三角屋根となり、なかなかのスリルを味わえるw

IMG_1028やせ尾根から谷を見下ろす。もっとも低いところまで300メートルもある。積雪期、樹木はないので一度滑ったらよほどの経験者でないと止まれない。
谷底まで落ちる過程を想像すれば、後悔→諦め→身体が360度回転→やがて失神ということになるであろうか、途中に障害物がなければの話。
ここから障害物はみえないが、さて実際はどうなることか。

IMG_1036やせ尾根を過ぎると樹林帯となる。

IMG_8705ルート北側の樹林帯だがこの斜面の少し下がったところに進入禁止のためのロープが張ってあり、これが第1番目の目標である。
右にロープを見ながら歩けば積雪期でも道まちがいの心配はない。
Sさんはおそらく、ここは通過していないであろう。

IMG_1038ロープから離れて斜面を登る。

IMG_1043第2の目標がこの道標だがここは重要なポイントになる。
往きにここを通過しておくことが帰りに道まちがいを起こさないことにつながる。
Sさんは往きにこの道標のかなり南(写真奥側)を歩いたはずだ。

IMG_1047山頂直下の傾斜はかなり厳しい。

IMG_105211:30
山頂に到着。歩き始めて2時間20分。
景色をゆっくり眺め、写真をたくさん撮り、地図を確認しながら歩いた割にそこそこだ。
ちなみに雪の深さのピークだった2月4日も同じ所要時間であった。

IMG_1060う~ん、いいですなぁw

IMG_1064時間はまだ早かったがこれから道まちがいの実地検分をするため、昼飯とする。

IMG_1068山頂からの下りはルートを往きよりも南に外してみた。地図を子細に見るとわかるのだが、道標からやせ尾根へ向かう明瞭な尾根と、広くて不明瞭な尾根に分岐していることがわかる。ここは後者の方だ。
なるほどSさんはここを下っていったのか。
このまま進むと標高1850メートル手前で傾斜を急に変え、さらにその先は崖になる。
Sさんはその崖の一歩手前で数少ない木を見つけ、身体をぶつけて止めたという。きわめて冷静な行動であった。
理由がわかったのでこのへんで検分を終了し、やせ尾根に向かうことにした。

IMG_1085やせ尾根に向かっているときに残った雪の上に古い踏跡を見つけた。これはもしかすると、、、、
Sさんの話では滑落現場からやせ尾根に戻るのにトラバースしたというから、これはそのときの踏跡であろうと確信した。
なぜならSさんの滑落は先月27日で、その後、雪はまったく降っていない。なによりも。谷底まで300メートルもあるこの斜面をトラバースする人など皆無だからだ。

IMG_1091再び、検分することにした。
踏跡を逆に辿って滑落停止したあたりを探してみた。倒木に引っかかって止まったと言っていたからこれかな?
そして、動転した気持ちを落ち着かせるためにSさんは30分あまりここで独り、身じろぎせずに耐えたという。


自宅に戻ってGPSの記録で確認すると倒木はここではなく、もっと南(写真奥)のようであった。が、ここをトラバースしながらやせ尾根に向かったのは間違いないようだ。

IMG_1098上の写真の倒木からやせ尾根に向かってSさんの踏跡を辿ってみることにした。

IMG_1103管理人もトラバース体勢に入る。足下はチェーンスパイクなので頼りないがピッケルは手にしている。写真だとこの傾斜を再現できないが結構、怖いものだ。

IMG_1108管理人も昔、残雪の白根山で10本爪アイゼンのままで50メートルほど滑落したことがあってそのときはピッケルのおかげで命拾いした。
アイゼンをつけていても樹林ではない斜面をピッケルなしで歩くことの怖さはそのときに嫌というほど味わっている管理人である。

IMG_1105やせ尾根から谷底への傾斜よりはやや緩いが、これが全面積雪であったなら怖い。
Sさんはここをピッケル(ストックは使ったらしいが)なしアイゼンのままでやせ尾根に向かったという。
滑落した直後だっただけに、その恐怖心ったらなかったはずだ。その恐怖に耐えたSさんを心から讃えたい。

IMG_1112ここでやせ尾根に乗る。
話からの推定だと滑落停止地点からここまで、200メートルほどトラバースしたようだ。

IMG_1120Sさんの道まちがいと滑落の理由がおおよそわかったので、次は仕事を離れて管理人が遊ぶ番だ。
丸山へ行ってみることにした。
スノーシューツアーで利用しているあの丸山だ。

IMG_1126焼石金剛からここまで直行できるのは雪がまだあるのと笹が成長する前のこの時期だけだ。

IMG_1128陽あたりのいい山頂は雪がすっかり溶けていた。
最後に行ったのは3月13日だったからその変貌ぶりはすごい。

IMG_03083月13日の様子。まるで違う場所のようだ。地上のすべてを覆い隠してしまうのが雪の良さであるし怖さでもある。
3月13日のツアーはブログでも紹介しているのでご覧ください→こちら

IMG_1138山頂からは先ほど登頂した赤薙山と稜線がよく見える。

IMG_1140ここはコーヒーでもいかが、というわけで赤薙山を眺めながら一服。

IMG_1152東側は朝と同じく雲海が広がり、地上の景色はまったく見えない。

IMG_1166帰りは北斜面を利用して冬の名残を楽しむことにした。
写真は霧氷となったサルオガセ。

IMG_1159雪のピーク時は埋もれていた階段が見えるようになっていた。

IMG_1177八平ヶ原はダケカンバの林だ。緑の季節は笹も新芽を出して美しい。

IMG_1181丸山の裾野を歩いて登山口となっているレストハウスへ向かう。

IMG_1183アカヤシオの蕾。
開花まであと2週間か?

IMG_1188小丸山へ向かう登山道と合流。あと10分でゴールだ。

IMG_1192あれだけいい天気だったのに麓、とはいっても標高1340メートルまで下りると、空はどんよりしていた。


Sさんの道まちがいの検証を終えて帰ってきたが、Sさんに赤薙山を勧めた管理人として考えるべきことの多い一日であった。
間違った情報でない限り、その量は多い方がいい。たくさんの情報の中から取捨選択し、それを自分の役に立つよう加工することで情報は生きる。それは情報を得る側の処理技術と言える。
Sさんの道まちがいは結果として滑落事故になってしまったわけであるが、いま思えば管理人はSさんが情報を処理するに必要十分な量を提供していたのだろうか、と考えている。たとえば往路では樹林帯の北斜面にあるロープと、それを通過した後の道標は、目にするのが当たり前だと管理人は認識していた。
ところがそうではなかったことが現実に起こってしまった。
ここに情報提供者と情報の受け手の認識の差異が存在する。
差異を埋めるには提供者である管理人がだれよりも精通し、正しい情報として提供できるようなスキルが必要であると考えた一日であった。

こと赤薙山でいえば、次の通りである。
1.やせ尾根を過ぎたら北斜面のロープを目指す。
2.ロープを右に見て次に、道標を探す。
3.山頂からの下りは自分の踏跡を忠実に辿り道標次に、ロープの順に進む。
4.下りで道標が見つけられなかった場合は左を見て、やせ尾根を探す。
5.やせ尾根から大きく外れた場合、そこは滑落の危険がある場所である。トラバース(近道)は絶対にしてはならない。
6.このルートは南斜面を下ることはないし、北斜面を下ることもしない。
ということになるであろうか。