社山~黒檜岳25キロ歩いて達成感に浸るが修験道歩きで疲労困憊す。

2015年10月8日(木) 晴れだが強風(台風23号)。ときおり雪、というか風花。
歌ヶ浜~狸窪~阿世潟~阿世潟峠~社山~P1792~大平山分岐~黒檜岳~ルート外して修験道へ~大和田沢~梵字岩~阿世潟~狸窪~歌ヶ浜

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黒檜岳への稜線から白根山方面を見ると普通の雲とは明らかに違い、雪が降っているようだ。

去る5日、社山から黒檜岳を歩くつもりで予定を組んだものの、スタート地点の中禅寺湖・歌ヶ浜に着いたら山も見えないほどのすごい霧で、歩き始めてから方針を転換し、社山へも黒檜岳へも行かず茶ノ木平でお茶を濁すという結果に終わった。
たかが霧なので歩くのには差し支えないのだが眺めの良さがこのルート最大のウリなので景色が楽しめないのは致命的と言えるほど気持ちがそがれる。それが叶えられないのは悲しい。

そして3日後の今日、じつは5日の天気は晴れの予報であったが実際は違って濃霧となったのだが、今日こそ晴れてほしいと願って再挑戦を果たした。

ルートは上に書いたとおりだが社山~黒檜岳は必須として、黒檜岳登頂のあとどうするかはルートの状況が読めないため黒檜岳登頂の時間次第で決めよう、そんなつもりで3つの案を考えていた。
1.往復とも同じルート
2.黒檜岳から千手堂へ下り、中禅寺湖南岸ルートで車を置いた歌ヶ浜まで
3.千手堂から千手ヶ浜まで歩き低公害バスで赤沼に行って赤沼から路線バスで歌ヶ浜へ

難易度の高さからいえば1→2→3となるが3はどうしても避けたい。おもしろくない。黒檜岳から下山して体力が消耗しきってこれ以上、歩けないというときの非常手段だ。
したがって実際の選択肢は1または2ということになるが車の場所まで往復、異なるルートを歩ける2は魅力だ。そして、体力測定のために年内に中禅寺湖一周を実施しようと考えていたのでその手間が省ける(^^)
まっ、いずれにしても状況次第ということにしておこう。

ところでタイトルに「修験道歩き」と書いたが実は黒檜岳まで予定の時間内に無事に来られたので気持ちに少し余裕が生まれた。そこである行動を起こした。

黒檜岳は昔、修験者が利用した信仰対象の山でそのとき使った道があるそうだ。池田正夫著「日光修験・三峰五禅頂の道」によると中禅寺湖畔、俵石と梵字岩の間にある大和田沢を発ち、ひとつは沢を遡って黒檜岳山頂へのルート、もうひとつのルートは尾根を辿って黒檜岳山頂に達したらしいことが書かれている。
ただし、本で紹介されているルートは略図なので詳しいことはわからない。それに大和田沢という名称もルートも地理院地図に描かれていない。
地図を子細に眺めておおよその見当をつけたが、山に登るときはルートはわからなくても高みへ高みへと上がっていけば山頂に達するが、今日は黒檜岳の下りに修験道を利用しようと考えた。
尾根や沢を下る場合、登りのように簡単にはいかない。山頂から派生するたくさんの尾根や沢のうち、目的とする場所に辿り着くルートはひとつしかないからだ。
本来とは違う尾根や沢を下ってにっちもさっちもいかなくなり、助けを呼ぶというのが遭難のパターンに多い。今日はあえてそれをやってみることにした。修験の道は厳しいのだよ(^^)


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歌ヶ浜から社山(正面に見える三角山)を眺める。
前回5日とはうって変わってよく見える。今日は景色を期待していいかも知れない。


IMG_4881が、その東、白根山方向を見ると一面の雲。しかもただの雲ではない、雪雲だ。


IMG_4883中禅寺湖を見下ろす快適な道だがアスファルトの車道だ。登山靴だと歩きにくいのでこのような道、管理人は好きではない。
なお、先月29日は中禅寺湖道路第2駐車場から社山へ向かったが、このルートは阿世潟峠までの所要時間は同じだが平坦路が長い分、体力の消耗が抑えられる。


IMG_4886狸窪(むじなくぼ)。
ここから山へ入ると半月峠に至るが時間短縮のためにも今日はこの先の阿世潟まで行く。


IMG_4888狸窪から阿世潟への道。


IMG_4891道は湖面の水位とほぼ同じ高さになり、男体山を水面の高さから眺めるようになる。


IMG_4894ここまで来ると砂浜に降りることができる。


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阿世潟。
湖畔を一周する道と山に入る分岐路となり、ここから山に入ると眺めのいい稜線上に出られる。


IMG_4900広葉樹林帯の気持ちのいい道だ。


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阿世潟峠に到着。
ここからが今日のルートの真骨頂、厳しいアップダウンが始まる。


IMG_4905阿世潟峠から社山への道を眺める。
天気は今のところいい。
5日はここまで来て濃霧で断念し茶ノ木平へと向かった。


IMG_4910山の紅葉は日増しに濃くなっている。
今はヤシオツツジやカエデ類だ。


IMG_4913男体山にはまだ雲がかかっているが雪雲ではない。


IMG_4914尾根の両側は笹原だが道はハッキリしていて歩きやすい。


IMG_4918笹の背は次第に高くなるとともに道にせり出しているので歩きにくくなる。


IMG_4925振り返ると遠くに筑波山が見える。ここは社山の手前、標高1770メートル辺り。


IMG_4927先ほどまで見上げていた、紅葉がきれいな山も今は紅葉を見下ろす高さになった。
車を走らせているときは景色がすっと後に流れてしまうけれど山ではゆっくりゆっくりスローモーションで見る動画よりもゆっくりと変化していく。立ち止まって初めてその変化がわかるくらいに。


IMG_4928社山への最後の登り。
山頂辺りに生い茂っている木はコメツガなので、山頂から男体山や中禅寺湖は見えない。だけど山頂前後の眺めが素晴らしいので失望にはあたらない。


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社山山頂。出発してから2時間15分だからまずまずのペースだ。
青空が広がりここまで男体山と中禅寺湖の眺めを楽しんで歩いて来れた。
ただ、出発してからずっと強風に悩まされてきた。やせ尾根を歩いているときなど体があおられて谷側にもっていかれそうなほどの強い風だった。
おそらく北海道に向かって進んでいる台風23号の影響だろうと思う。


IMG_4940社山からはアップダウンを繰り返して黒檜岳へ向かうが、まず初めは道がハッキリしないこんな樹林帯の下り。


IMG_4941樹林帯を抜けると視界がぐっと広がる。
これから歩くなだらかな稜線が見通せる。


IMG_4945腰高の笹に被われて道の見えない斜面をとにかく、上に向かって進む。


IMG_4948道標のある広場に出た。
ここを道標にしたがって黒檜岳へと向かう。


IMG_4953シラカンバが生い茂る緩やかな斜面だがここも笹に隠れて道は見えない。


IMG_4955P1792の少し手前から眺める黒檜岳への稜線。
一見、気持ちよさそうに見えるが、、、
先月29日は黒檜岳の下見でここまで来て折り返した地点だ。


IMG_4975P1792への登り斜面。笹に隠れて踏み跡は見えない。というか、踏み跡などあるのかといったレベル。


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社山から30分。地図に描かれた窪地。道標がある。笹は薄く、踏み跡もわかりやすい。


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標高1945メートル。黒檜岳への道標が見つかった。
黒檜岳の南に位置する大平山との分岐点だ。
ここから大平山まで800メートルあるが未踏の山なので途中まで行ってみることにした。大平山はこの道標の向こうに位置する。当然ながら道はない。


IMG_499410分ほど歩いたろうか、大平山が見えてきた。
この位置からさらに10分くらいで山頂だと思うが時間がもったいなのでここで引き返す。次の機会に登ってみよう。


IMG_4998黒檜岳への道はコメツガの樹林帯の中なので方向感覚が麻痺するが、目印がたくさんあるので迷うことはないであろう。


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ここで中禅寺湖・千手堂跡から登ってくる道と合流するが黒檜岳を示す目印はこの金属板だけ。
赤テープもたくさんあって迷うことなく黒檜岳まで行ける。方向は北西だ。


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ふ~、ようやく到着した。
歩き始めて5時間。いちおう、机上で立てた予定通りだ。
ひとつの山なのにここには山名板が4つもある。
山名板があるということはここが山頂であることを示している。
が、、、はたしてそうなのか?


IMG_5008記念に自撮り。
さて、ここで読図の問題。
管理人が立っている場所は標高1976メートルの黒檜岳。ところが地理院の地図には黒檜岳とは描かれてなく、標高点の記号「・」があるだけの無名の場所なのだ。
地理院地図によると黒檜岳はこの北西200メートル先の別の場所になっている。そこへ行ってみることにした。


IMG_5009案の定、そこにも黒檜岳という山名板があった。
いったい、どちらが本当の山頂なのかという疑問が残る。
それを最後で推測してみたい。


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昼食を簡単に済ませて下山することにした。
ここを下っていくと中禅寺湖畔の千手堂跡に出るが、冒頭に書いたように黒檜岳は修験者が登った山で、昔は現在のルートとは違う道があったらしい。
それを探すのも今回の目的であった。
この辺り、標高1780メートルで右(東)へ行けそうな尾根が見つかったので正規のルートから外れて降りてみることにした。


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修験の道はそう簡単ではなかったw
傾斜は急で足を滑らせたらひとたまりもない。慎重に、慎重にと自分自身に言い聞かせながら降りていった。
あとで気付いたのだが地図を確認するとここよりももっと東になだらかな尾根があってそこが本来の修験道なのかもしれない。


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悪戦苦闘の末、ようやく沢の流れに出た。地図には描かれていないがおそらくこれが修験道の入口、大和田沢であろう。
ここは中禅寺湖南岸の俵石と梵字岩の中間点である。
南岸は過去4回歩いていてこの沢の存在は知っていたがそれが修験道というのは意識外であった。


IMG_5030ここから湖畔に沿って車を置いた歌ヶ浜まで歩く。残りまだ10キロはある。
先ほどの急斜面を下るのに体力を使い果たしてしまい、体はもうヘロヘロである。はたして無事に戻れるのだろうか。
食料と水はまだたっぷりあるしツェルトもある。防寒着もあるのでいざというときは適当な場所で野営、、、とまあそこまでしなくても大丈夫そうだが(^^)


IMG_5040南岸は樹木が多く眺めは北岸ほど良くはないが、それでも樹木の間から北岸を見通せる。
遠くに見えるのは太郎山とその左は山王帽子山である。


IMG_5041周遊歩道と名が付けられてはいるが侮れない。


IMG_5047地面から露出した木の根だが黒ずんでいる。落雷によって電気が走り、焼け焦げたもの。


IMG_5054ミズナラの実、ドングリ。クマにとっていい餌になる。
中禅寺湖畔はこのように野生動物にとって食物が豊富なのでクマの格好の生息地帯となっている。
湖畔を歩くたびに、出遭わないものかと楽しみにしているのだが、そういうよこしまなことを考える人間の前には現れてくれないものだ。


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阿世潟に戻れた。
朝はここは右(北)に入り阿世潟峠に至ったが8時間44分かかって戻ってきたわけだ。
ここでザックに残っているパンを食べ缶入りコーヒーを飲み、最後のエネルギー生産に努めた。


IMG_5073歌ヶ浜に至るまで、このような景色は随所で見られる。


IMG_5080振り返ると朝、登った社山が見える。
紅葉はウリハダカエデ。


IMG_5087元イタリア大使館別荘先にヤマブドウが紅葉していてきれい。


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無事に戻ってきた。
歩行25.9キロ、10時間46分というハードな山歩きであった。



日光に修験の跡がたくさん残されていることを知ったのは、池田正夫著「日光修験・三峰五禅頂の道」を手にしてからである。
日光に移住して22年、あちこち歩き回っているが過去に歩いた山の中に修験に使われた山や道がたくさんあることがこの本によってわかった。焼き直しになるが今また、それらを歩き直しているところだ。

著者は定年退職後、6年という歳月をかけて修験に使われたすべての道を歩き尽くしたそうだが、年老いた管理人にその元気はない。だから歩きやすい場所を選んでは足を運ぶようにしている。
日光駅から近い鳴虫山など、往時を偲ばせる貴重な祠などが現在もなお残っていて、それらを見て回るのはピークハントよりもおもしろい。
湖畔から黒檜岳への修験道は2本あるとされるが今日、歩いたのはそのうちのひとつだ。次回は大和田沢を遡るルートに挑戦してみたい。

map1今日の迷走ルート
黒檜岳からの下山中、標高1780mから進路を北東へ変えて湖畔に降りたがこのルート(修験道)は厳しかった。傾斜が急すぎるのだ。
強引に下ってなんとか修験道の入口とされる大和田沢に降りることができた。地図に流れは描かれていないが水量は多かった。

黒檜岳の正規のルートは道標はあるにもかかわらず最新版の地理院地図に描かれていない。ただし、実際には踏み跡がしっかり付いているので迷うことなく上り下りできるが、修験者が通った道などは描かれていない。だから読図の力は欠かせない。
ここぞと思った場所、今日はルートの途中、標高1780メートルあたりで抜け出て中禅寺湖へ向かう尾根を下った。
30度以上の急傾斜の連続で足を滑らせば一気に500メートル下の中禅寺湖にドボン、ということはあり得ないのだが大怪我必至という厳しい傾斜だ。1メート ル進むのに10数秒かけて慎重に歩かなくてはならなかった。昔は装備も粗末であったろうに、修験者はよくもこれほど急な傾斜を上り下りしたものだと感心する。

なお、自宅に戻ってGPSの記録(図)を確認すると、もう1本南の尾根が修験道で使われた尾根のような気がしてきた。いずれ再検証するつもりだ。


map2先ほど述べた黒檜岳を示す山名板が200メートル離れて2カ所に分散されている問題について、管理人は次のように考えた(難しいので間違いがあると思う)。

地理院の地図によると山頂には「△」または「・」記号が付けられている(ただし、記号のない山頂も多数ある。当記事では黒檜岳にふたつあるピークのうち、どちらが本当の山頂なのかを推察するのが目的なので、ピーク1976に「・」が付いているからそこを山頂として話を進める)。

「△」は測量の基準となる三角点が存在する山頂、「・」は三角点がない山頂という意味である(再度断っておくが「△」や「・」があるからそこが必ず山頂とは限らない)。
そして、山名は「△」または「・」のすぐ上または下に描かれている(縦書きの場合は左右どちらか)。ただし、「△」や「・」が付けられていてもそれらすべてに山名があるわけではない。また、「・」は山頂を表す場合もあるし単にそこの標高を表すために用いる場合がある。さらには、、、「△」が付いていてもそこが山頂とは限らない。市街地の中にも存在するというややこしさだ。。

さて黒檜岳には三角点は存在しない。したがって、「黒檜岳」と描かれた右斜め下にある「・」が山頂であることを示しているはずだ。しかし、おかしいのは、他の山と比べて山名と「・」とはずいぶん離れて描かれている。しかも、斜めの位置関係だ。ここに山名板が200メートル離れて2カ所に分散されて存在する理由があるのだと思う。

つまり地図に描かれた山名の位置から、黒檜岳の山頂は山名が描かれたすぐ下のピーク(「△」も「・」もない、地図でいえば等高線がもっとも小さくなる部分)であろうと考えた個人あるいは山岳会関係者によって、本当の山頂とは違う位置に山名板が設置されたと考えるのが普通であろう。説明が難しい。

誤解を生む描かれ方なので国土地理院には早く直してほしいところだが、地理院地図の更新サイクルは非常に長い。10数年かかってようやく新しい情報が盛り込まれるといった状況だ。私たちハイカーが気付かないでいるだけで、廃道がそのままになっていたり新道が描かれていないということなど当たり前にある。
その点、昭文社発行の「山と高原地図」は毎年、更新されているし情報量も多い。所要時間が明記されていたり危険箇所や見所も地図上に書かれている。いってみれば地図とガイドブックが一緒になったようなものだ。コースや道標がきちんと整備されていて絶対に迷うことがないというところを歩くには必要にして十分な地図である。
その点、地理院地図は、利用者自らが間違いを発見したり地図が語りかけてくることを読んだりしなくてはならず面倒ではあるが、頭を使わなくてはならない。斜面の緩急も地図から判断しなくてはいけない。地理院地図にないルートなどたくさんあるのでそこを歩くのならコンパスを使わなくてはならない。
検索すれば一瞬にして必要な情報が得られるデジタル化時代にあって、地理院の地図は年老いた管理人の頭を活性化させてくれる貴重な道具なのである。それに眺めているだけでも楽しいしね。

地理院地図=国土交通省・国土地理院が発行するものを指し地理院のWEBサイトで無料で閲覧できます。

社山~黒檜岳25キロ歩いて達成感に浸るが修験道歩きで疲労困憊す。」への2件のフィードバック

  1. 日光 一太郎

    たまたまこの記事を拝見しました。大変僭越ですが大きな誤解があるようにお見受けしましたので、一言書き添えさせていただきます。daidaimiyabi@gmail.com
     まず「△」や「・」は山頂を表すものではありません。「△」は三角点標が設置されている位置を表示しているだけで山頂を表す表示ではありません。明治時代の国土基本測量は三角測量で行いました。その基点が三角点であり、その基点は三角測量の技術的性質上から四方が見渡せる場所でなければなりません。その為結果的に高い山に設置する事になっただけで、山頂だから作ったわけでもなければ山頂を表す物でもありません。よく山に登ると三角点にタッチして満足してる人を見ますが、これはなんの意味もありません。三角点は、日本全体から見ればその大部分は都市部を含む平地にあり、その場合は高い櫓を建てて測量したそうです。
     また「・」は、独立標高点と称し(通称「独標」、西穂独標が有名)、三角点などの基準が少ない場所で、それを補うために作るもので現地に表示はありません。現在の1/25.000地形図は航空写真測量が主体ですから、機械上(写真図化機)に設けるだけなので、地図には記載されますが現地に表示はありません。
     地図が間違っているように誤解されているようですが、それは逆に貴殿の大きな間違いです。私も社山、黒檜岳、大平山及び足尾側の周辺をよく歩いているのであの辺の地形は良く把握していますが地形図の間違いはありません。
    せっかく立派な記事を書かれているにも関わらず、この地図に関する内容はあまりにも的外れで残念です。この記事を読んで誤解される人が居ないとも限らないので早急に訂正されることを希望します。

    1. 亀歩き 投稿作成者

      日光 一太郎さま
      コメントをありがとうございます。

      ご指摘の件、次の2点あると思います。
      (1)「△」や「・」は山頂を表すものではないこと
      (2)地図が間違っているように誤解(私=管理人が)していること

      (1)はおそらく最後の画像につけた、『山頂を表すのに地図には、「△」または「・」の記号が付けられている。』という文言が違っているとのご指摘ではないかと思います。
      正しくはその後に続けて、『「△」も「・」も付いていない山頂も数多く存在する』と書くべきところですが、ここでは黒檜岳になぜ、山名板のある場所が2箇所存在するのかを推察するのが主旨でしたので、2つのピークのうち他の山によくあるように「△」や「・」が付いている方(1976メートルのピーク)が山頂ではないかと強調して書いた次第です。
      黒檜岳と描かれたすぐ下にピーク1970がありますが、地図上の山名とピークとの位置関係を他の場所で見ると、多くはピークのすぐ近くに山名が描かれています。それに倣えばピーク1970を山頂としても不思議ではないのに山名の右斜め下、山名からかなり離れたところに「・」が描かれていて、なおかつ標高が6メートル高いことからこちらを山頂としても不思議ではない、それが山名板が2箇所に存在する理由になっていると私は考えました。
      どちらが本当の山頂なのか、私には答を見いだせませんが、200メートルしか離れていない場所にピークが2つあってどちらにも黒檜岳という山名板が付いているのはナゼが、それを推察し書き表すために記事にあるような書き方をしました。
      ただし、言葉たらずで読者に誤解を与えるのは私の本意ではありませんので、冒頭に書いたような文言を追加するようにしましょう。

      (2)については離れた場所に山名板が2箇所に分かれて計6枚も存在するのは設置者(6名は確実)に誤解があったからであろうと思います。
      その誤解の原因を推察したのが記事に書いたことであり、『国土地理院には早く直してほしい』と書きました。ただし、この記事では地理院地図が間違っているとは書いていないつもりです(もしその箇所が見つかったらあらためてご指摘いただけると幸いです)。
      他の記事で地図のルートが実際とは違っていると書くことはありますが、それは地図の改訂サイクルが長いことゆえ、なかなか反映されないからだと理解しています。

      2年前に書いた記事ですがご指摘があったので全体を読み直したところ、他にもそのときには気がつかなかった間違いが見つかりました。
      ただし、知見は時間軸で変化していくものですので過去の記事の間違いは、その時点での私の知識が乏しかったのだとして、致命的な間違いでない限り、そのまま残すようにしています。貴兄にとって不本意なことであってもそれはご容赦ください。
      いずれにしても貴重なご指摘に感謝申し上げますとともに、地図と日光の地形には詳しいとお見受けしますので、私がいまでも疑問に思っている黒檜岳に山名板が離れて2箇所存在する理由がわかればお教えいただけるでしょうか。2つあるピークのうちどちらが本当の黒檜岳かという疑問なのですが。

      最後にこちらこそ僭越だと思いますが、三角点にタッチする人にとって、その意味は大いにあるのではないかと思います。
      大汗をかいて山頂に達し、そこに三角点があれば自分へのご褒美としてタッチして、登頂の記念に写真を撮り、それをブログやSNSなどで公開する気持ちには共感をおぼえます。ぜひとも温かい目で見てあげてください。

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