百名山・会津駒ヶ岳。想像以上の厳しさに中門岳を諦めてとっとと退散(笑)

2016年10月12日(水) 晴れのち曇り

駐車場(8:05)~滝沢登山口(8:08)~水場分岐(9:18/9:20)~駒ノ小屋(10:28/10:30)~中門岳分岐(10:38)~山頂(10:46/10:55)~駒ノ小屋(11:07/11:30)~水場分岐(12:20)~水場(12:24/12:34)~滝沢登山口(13:31)~駐車場(13:34)

帝釈山から眺めた会津駒ヶ岳

今年になって突然、栃木県北部の山に目覚めた。
日光市の山は群馬県に近い方に数多くあってその代表となるのが白根山であり皇海山といった日本百名山である。他にも錫ヶ岳といった手強い山もあれば、展望抜群の前白根山、厳しい上りの金精山といった個性的な山々が顔を揃えている。そしてこれらは群馬県境あるいはその近くにある。

管理人が住む日光市そのものが県北なのだが目覚めたのは群馬県境ではなく、福島県境にある山である。
昔訪れたことのある鬼怒沼を再訪してみたいと思って計画を組み始めたところ、鬼怒沼山というとても美しい名前の山が目にとまり、鬼怒沼山はまだ群馬県境なのだがその稜線を追っていくと栃木県と群馬県、福島県にまたがる黒岩山がある。3つの県にまたがる山、これはとても気になる。

栃木県は福島県とも接しているのかと今さらながら思うのだが日光市、なかでも合併前の旧日光市に住んでいる管理人には旧日光市の山だけで事足りていて、合併後の日光市にとくに、福島県境の山など遠すぎて意識外のことだったのだ。

黒岩山がある福島県境をさらに北東へ辿っていくと台倉高山、帝釈山、田代山など2千メートル超えあるいは2千メートルに近い山が連なっている。さらに調べていくとこれらの山は、降った雨を太平洋と日本海に分ける分水嶺となっていて管理人の好奇心を嫌でも高めるのだ。
百名山にはなんら興味はない管理人だが分水嶺の山とか、峠から登り始める山などという言葉には強く惹かれる。
これらの山に是非とも登ってみたくなった。

先月15日と今月7日にそれぞれ登山口を変えて帝釈山と田代山を縦走(というほど大した距離ではなく、その間わずか4キロ)したのだが、田代山を経て帝釈山に至るのとその反対とでは登山口に至る車でのアクセスがまるで違ってくる。
田代山であれば登山口まで自宅から50キロ強なのにたいして、帝釈山だと登山口まで130キロメートル、3時間半も車を走らさなくてはならない。登山口は6キロしか離れていないのにだ。

この理由は帝釈山に登るには尾瀬の玄関口といわれる檜枝岐に入らなくてはならないからだ。檜枝岐へは国道121号線、通称会津西街道を会津田島へ北上しそれから352号線を西へ向かって走り、次に檜枝岐に向かって南下するという、四角形の三辺を走ることになる。これが長距離、長時間になる理由である。
ただし、メリットもある。登山口の馬坂峠から帝釈山まで1時間もかからずに登れてしまうことだ。それに惹かれて帝釈山と田代山に登ったのが今月7日であった。結果は37分だった。
9月15日の記録(帝釈山を栃木県から登る)
10月7日の記録(帝釈山を檜枝岐から登る)

地図を眺めていてわかったことがある。
帝釈山の登山口、猿倉峠に行くには檜枝岐の町中(正しくは檜枝岐村なのだが)を通り抜け、次に林道をひた走るのだが、ずっと手前の国道沿いに百名山・会津駒ヶ岳の登山口があるのだ。
ほう、会津駒ヶ岳(以下、会津駒)の登山口って、こんな便利なところにあるんだと思った。
地図によると登山口から山頂まで5.4キロ、3時間はかからないみたいだ。分水嶺から遠ざかるがぜひ登ってみたい。

実は昨夜の予定では、今日は帝釈山と同じ登山口から分水嶺の台倉高山に登るつもりであった。そうすればこれで帝釈山と田代山に台倉高山が分水嶺の山として管理人の山行記録に加わる。
会津駒は分水嶺から10キロ以上も離れていて完全に福島県の山だが、台倉高山の登山口へ向かってオフロードを走っている間に会津駒の中腹まで行けてしまう。それほど登山口に恵まれている。
よし、こうしよう。
第1目標を台倉高山にして、もしも会津駒の駐車場が空いていればその時点で目標を切り替えて会津駒を目指そう。

先月7日、帝釈山を下山後、後学のためにと訪れた会津駒の駐車場は平日にもかかわらず満車であった。さすが百名山と言わざるを得ない。
はたして何時に満車になるのか、それが気がかりだった。
近県から日帰りで来る人もいることを考えると朝6時に満車になるとは思えない。とはいえ午後になれば天候が急変する2千メートル峰ゆえに、午後一には下山を始めなくてはならない。登山に3時間かかるとして、逆算すると皆さん、遅くても8時には歩き始めるであろう。
自宅からの移動時間に3時間はかかるが8時までに駐車場に到着できれば、駐車できる可能性は高いと見た。

会津駒の登山口となる滝沢口の駐車場へは7時45分に着いた。読みが当たってまだ4・5台分の余地があった。そこで今日は台倉高山転じて、百名山・会津駒ヶ岳を歩くことにした。

7日に帝釈山の山頂から眺めた会津駒の右手に、なだらかで魅力的な稜線が続いているのを見た。
帰って地図で調べると、会津駒東方の大戸沢岳に向かって延びる1.7キロの長い稜線であることがわかった。あの魅力的な稜線を歩きたいものだ。ただし、地理院地図に道は描かれていない。
実際に歩けるのは会津駒ヶ岳の北にあって隠れて見えないが、大戸沢岳と同じような稜線が続いている中門岳のようだ。とりあえず会津駒まで試しに歩いて、そのときの状況次第で中門岳への稜線に挑戦しよう。
上空は晴れわたり絶好の登山日和だ。時間をかけて楽しみたい。


8:05
国道352号線にある滝沢登山口の案内板にしたがって山道を5分ほど走ると道は行き止まりになりそこが駐車場になっている。
7時45分に着いた時点でご覧の通り。
駐車場は手前になるほど幅が狭くなり、道路にはみ出す。隣の車と並列に駐められるのはここまでだ。
管理人はこの下に道路と並行になるようにして駐めた。


8:08
道の行き止まり(車止め)から3分ほど歩くと斜面を上がる階段があり、ここが実質的な登山口になる。


明るい樹林帯の中の登山道だが展望はない。


なかなか厳しい上りですぞ!!


コハウチワカエデらしき紅葉したカエデ。


これはミズナラらしき色合い。ブナかもな。


9:18
地理院地図には描かれていないが水場があるようだ。
帰りに寄ってみよう。


登るにつれて雲行きが怪しくなってきた。
向こうに見えるなだらかな山が目指す会津駒だと思うが重たそうな雲が覆っている。


ときおり視界が開け南方に位置する白根山がのぞく。


方角から判断して会津駒から東へ延びている稜線だと思う。
大きく見えるのがピーク2098だろうか。するとその右の下がったあたりが大戸沢岳かな。


それにしてもこの登山道は傾斜がきつい。
階段が多いことでそれがわかる。
まるで男体山でも登っているかのように傾斜が変わらない。


傾斜がやや緩み駒ノ小屋に近づいたことを思わせる。


樹林帯から抜け出てようやく視界が開けた。
前方になだらかな稜線が広がっている。米粒ほどだが建物が見える。
あれが駒ノ小屋であろう。


ズームアップしてみると2棟の建物が確認できた。


イワショウブだろうなぁ?


ゴヨウツツジかな?


小屋を目指して木道を歩く、いや、歩くと言うよりは傾斜のついた木道を上っていく。
遠くから見るとなだらかで気持ちのよさそうな斜面だと思ったが、結構、厳しい。ふくらはぎがパンパンになる。


木道はこんな感じ。
傾斜がついている上に段差がある。
雨に濡れると下りはきっと滑るだろう。


10:28
ふ~、歩き始めて2時間23分。ようやく駒ノ小屋の休憩所に着いた。
このすぐ右に池があってとても落ち着ける場所だ。


これが駒ノ大池。
とてもいい雰囲気だ。疲れが吹き飛ぶ。
向こうに見える小高い丘のようなのが会津駒。水面に映る姿もいい。
あと700メートル。山頂に着いたら景色を眺めながらゆっくり昼メシといこう。


10:39
池を取り巻く木道のどちらからでもいいので会津駒へ向かって進む。
木道はここで分岐し直進すると中門岳。会津駒山頂は右に入る。


泣きが入るほどの傾斜だ。
前方が開けているので山頂はすぐなのかな?


10:46
歩き始めて2時間40分、ようやく木道から解放され山頂に着いた。
燧ヶ岳がよく見える。
ここまで休憩といえば暑かったのでジャケットを脱いだときと写真を撮るときだけ。ここで昼食としたいが風が冷たい。
いっそのことこれから中門岳まで足を延ばしてそこで昼食、と考えたのだが上空は鉛色の雲が垂れ込め、今にも降りそうだ。
中門岳は往復1時間半だが、それまで雨が降らずにいてくれるかどうか、微妙なところだ。
まっその~、今日は中門岳の下見と考えてここまで来れたのだから、これで良しとしようではないか。と、目標を簡単に引っ込める管理人なのである。
風が強いし寒いし、雨が降れば木道は濡れて滑るはずだし雨が雪に変わったら車を動かせない。下山したらもうひとつの登山口、キリンテを見に行かなければならないし、、、目標を引っ込める理由が次から次へと出てきた(笑)
要は雨が降る前に潔く撤退するのが山の掟なのだ。ここまでのきつい上りでバテたからではないのだよ、と自分に言い聞かせる。


一等三角点らしい。


日光連山がよく見える。日光方面の天候は悪くないようだ。


駒ノ大池まで戻って小屋をバックにパチリ。いいですなぁ、この感じ。
往きは小屋の屋根が見えるところで方向を右に変え、池のほとりを歩いて会津駒へと向かった。


11:07
2棟の建物は山小屋とトイレだった。
オンシーズン中は係員が常駐していて予約で泊まれるらしい。
管理人が汗をかきながら登っていると下ってくる人とすれ違い、管理人が下っていると登ってくる人とすれ違った。それぞれこの小屋を利用した人、する人らしい。それほどこの小屋を利用する登山者が多いということだろうか。

山小屋に隣接するトイレ。
ここも有料制。そして清潔。
山頂あるいは山頂の近くにトイレがあるのはその山を身近なものにする。百名山だからトイレがあるのは当たり前?
いや、そんなことはない。
我が日光は百名山が3座、他に2千メートル峰がいくつもあるが、山頂にトイレのある山などない。山以外に多くの観光資源をもつ日光だからこそのお粗末さといえるが、豊かな自然を多くの人に利用してもらうための、トイレは基本だと思っている。などと関係者の前でこういう話をすると、日光は国立公園だから構造物はNGだとか維持管理するためには莫大な費用がかかるといった、決まり切った答えが返ってくる(と、管理人の想像)。


左前方の草地のようなところが一面、白く見える。
肉眼では見えないし10倍のズームでもこれが限界。
雪なんだろうかそれとも霜?


12:20
水場への分岐。
往きはスルーしたので水場に寄ってみることにした。


12:24
急な下り斜面を下りること数分、水場はこんな感じ。
流れは細いが高さがあるのでペットボトルに注ぐにはいいかもわからない。
ただ場所が登山口寄りなので、往きは不要だし帰りは少し我慢すれば国道で飲物が買えるから活用は登山者それぞれかも。


我が日光でも紅葉が始まっているはずだが混雑を嫌ってまだ観ていない。
ここは色づきが良くないがこんなものなのか、それとも天候不順の影響なのだろうか。


13:31
無事に登山口の階段へ。
このときになって雨がポツポツ始まった。


13:35
駐車場に戻る。
こんな時間に下山してしまうなんて古賀志山でもなかったことだ(^^)
管理人が駐めたのは路肩だがここも区割りされていて5・6台、駐めることができる。この先にもこのような場所がある。
車に乗り込むと雨はかなり激しくなった。山頂で折り返した判断は間違ってなかったようだ。


今日は滝沢登山口から会津駒を往復したのだが、次は会津駒の北にある中門岳を目指したい。
その次は滝沢登山口から登ってキリンテに下り、さらに滝沢登山口へ戻るという会津駒をぐるっと一周するコースを歩いてみたい。
ネックとなるのは自宅から3時間という移動時間だ。これを解消しなければならない。
今日も睡眠3時間という最悪の状態で檜枝岐まで車を走らせたが、睡眠不足は登山に必要な気力と体力を奪いとる。
国道に沿って宿はたくさんあるので睡眠不足は解消できるにしても、次なる問題は滝沢登山口とキリンテを結ぶ国道をどのように移動するかだ。5キロものアスファルト道路を徒歩で移動するのは避けたい。タクシーはもちろんない。バスは一日に4・5本だという。
う~ん、あと数回、現地に通って調査しなければ解決できない問題に思える。
こと山に関しては課題が積もる一方で、本業に身が入らないから困る。


今日のコースを断面にしたのが上の図。
一方的に登って一方的に下るというのは男体山に似て、息をつける場所がないのが難点だ。
救いは駒ノ小屋にさしかかる辺りから視界が開け、雄大な稜線が望めることと、駒ノ大池の美しさだろうか。それでも登りの厳しさに変わりはないが、、、


下山後、滝沢登山口から5キロ尾瀬側にあるキリンテ登山口に行った。
ここは登山道が国道に直結しているので便利だが、駐車場がないのでどうしても滝沢登山口を選んでしまう。
どうすればこの登山口を利用できるのかが課題だ。


キリンテ登山口からの帰路、国道沿の「ミニ尾瀬公園」に立ち寄った。
国道に面して大きな駐車場があり、国道を挟んだ向かい側に施設がある。


檜枝岐川を渡ると管理棟がある。尾瀬に咲く植物などの実物が見られるそうだ。
今日は帰りを急ぐので立ち寄らなかったが、別棟には尾瀬とゆかりのある著名人の作品が展示されているらしい。
詳しいことはこちら


駐車場のトイレを覗いてみた。
なんと公共施設なのにシャワートイレだ。
いまでこそデパートやスーパー、ホームセンターでは当たり前になっているが、ここは公共の駐車場しかも、村営の施設だ。驚くほかに言葉がない。

滝沢登山口から登り会津駒ヶ岳を一周してキリンテ登山口に下りたいと考えているのだが問題は下山後の交通だ。
もしもこの駐車場を上手く利用すれば実現可能かもしれない、とふと思った。
キリンテ登山口に自転車をデポした後、車で滝沢登山口に行って登り始め、キリンテ登山口に下りてくる。今度は自転車をこいで車を置いた滝沢登山口に戻るという方法だ。その反対だと国道が上り坂になっているので自転車は厳しい。
ではこの駐車場はなんのために利用するのか? トイレが清潔なので車中泊するためである。あっ、そう考えると麓の旅館に泊まって同じ方法を採ればいいわけか(^^)


会津駒ヶ岳は言わずと知れた日本百名山である。
深田久弥は昭和11年(1936年)6月にひとりで訪れている。深田久弥33歳のときだ(※)。
国道(当時はどうだったか?)から登山口に通じる橋のたもとに遭難碑が立っているのを深田久弥は目にしている。その碑には大正15年(1926年)の10月19日、霧で道を見失い、おまけに季節外れの雪で2名が疲労凍死したとの記述がある。
深田もまた、登頂後、大津岐峠を経て下山する途中で沢に迷い込み、悪戦苦闘の末に檜枝岐に着いたと書いている。
その頃はまだ登山道は今ほど整備されていなかっただろうから、霧が出たり雪が積もったりすれば見失ってしまうことが容易に想像できる。

『・・・立木も疎らになり、前面に目のさめるような景色が現れた。会津駒ヶ岳の全容である。どこが最高点か察しかねるような長大な山が伸びていて、それがおびただしい残雪で輝いている。会津駒を天馬の疾駆するさまに見たのはその時である。写真を二枚つなぎ合わせても、その全容を収めかねた』、『頂上は、私が今までに得た多くの頂上の中でも、もっとも素晴らしい一つであった。どちらを向いても山ばかり、その山々を名指すことで一時間は素早くすぎた。六月半ばの快晴の日、ただ一人この山に在るという幸福感が私を恍惚とさせた・・・』・・・深田久弥「日本百名山」より。

深田が得た会津駒ヶ岳の雄大さがもたらす感動を、管理人も味わった。
駒ノ小屋までは厳しかったが、下から見上げる駒ノ小屋の斜面はとても素晴らしい。
幸福感が深田を恍惚とさせ、下山で道を見失わせたというのも本当のことのように思える。
樹林帯の切れ目から垣間見える会津駒から大戸沢岳へ延びる雄大な尾根、会津駒を映す駒ノ大池の姿は目に焼きつくほどに美しい。若き深田が恍惚とする気持ちが手に取るようにわかる。

管理人68歳の秋に日本百名山の会津駒ヶ岳に登る。
登山中に亡なった深田久弥の享年と同じ齢に達した管理人である。

※深田久弥選集「百名山紀行」によると、昭和10年(1935年)の誤りであろうとの注釈が付いている。

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