2019年1月15日(火) 曇り
つっ、ついに、念願の冬の雲竜瀑なのである!!
落差180メートル。あの華厳滝をはるかに凌ぐ、日光最大の滝である。
その大きさゆえ、雲の間から流れ落ちる様は雲を突き抜けて天に向かって昇っていく龍に見え、そこから雲竜瀑という名がついたのだと想像させるほどだ。
ちなみに古い資料では「雲龍瀑」と記載されているがこの方が実態にぴったりする。
※国土地理院の地図には「雲竜瀑」と記載されているので管理人もそれに倣った。
そこへ行くことにした。
初めて行く、「冬」の雲竜瀑なのである。
なぜ冬を強調したのかというと、無雪期には5回(1回は遠望)行ったことがありその荘厳な姿が目に焼き付いているが、冬に行くのが初めてなのである。
雲竜瀑は冬は凍る滝としても知名度が高く、氷瀑に加えて随所に出現する巨大な氷柱を見るために近県から多くのハイカーが訪れる。
アイスクライミングのメッカとしても名が知れていて2月がそのピークである。
今日は1月も半ば。
本来なら管理人は主催するスノーシューツアーで忙しいはずなんである。
しかし、今年はフィールドに雪がなく、無職の日々が続いている。やることといえばストーブの薪づくりと寝ている猫を起こして遊ぶくらいなのである。こんな日々だからこそ、例年なら忙しくて行けない冬の雲竜瀑に行ってみようと思った次第だ。
無雪期の雲竜瀑
2016年05月07日
2010年09月27日
初回は2002年だった。
知人からコウシンソウが見られると聞き雲竜瀑の対岸から全体を遠望したことがあった。
日光市内を流れる一級河川「稲荷川」の右岸に沿った道路を北上していくと道はふたつのゲート(遮断機)がある場所で行き止まる。
実はここまで来るのがひと苦労する。陽のあたらない杉林の中の道は一度雪が積もると凍結し、4WDといえどスタックする。ここへたどり着くまでが大変なのだが今日は凍結している箇所はひとつもなかった。自宅から15分で着いた。
ちなみに日光駅周辺には4社のタクシーが待機しているがここまで運行するのは1社(三英自動車)のみ。雪が降ると道路が凍結し路幅が狭くなってすれ違いができない上にスタックする車が増え、渋滞を引き起こす。他の3社はそれを嫌って運行しないのだ。
画像正面に見えるゲートの向こうは稲荷川にかかる堰堤群を歩きながら見学できる遊歩道になっていて、大正時代に造られた旧い堰堤を目の前に見ながら市街地へ向かうことができる(といっても車がないとここまで来れないが)。
雲竜瀑へ行くには画像左にあるゲートを入り、アスファルトの林道を延々と歩く。
なお、管理人は歩いたことがないが、正面のゲートを進んで堰堤を渡ると渓谷の左岸に出る。そこを上流に向かうルートで日向ダムへ行くことができる(地図には軽車道として描かれている)。
管理人は歩き慣れた右岸の林道(画像左が入口)で雲竜瀑まで行くことにする。
※手前勝手な話だが画像の駐車スペースは車が転回する際などに使われる場所だが本格的なシーズン前の平日ということもあり、今日はここを利用した。
赤薙山南尾根(東南稜)が見え隠れする林道を黙々と歩く。
なにしろこの林道、雲竜瀑の入口まで片道で6キロもある上り坂なのだ。余計なエネルギーを使わないように「黙々」と。
正面に見える尾根はヒネリギ沢の南に位置し、登り詰めると赤薙山と奥社跡の中間に出られる。と、地図では読める。魅力的な尾根だが管理人の技量では無理であろう。
日向ダムを見下ろす展望台に着いた。
テーブル・ベンチと観光地にあるような双眼鏡が備え付けられている。
右に見える金網の中にはダムを監視するための小屋があり、カメラが備え付けられている。
雨量観測所が見えると道は直進(雲竜瀑)と右へ河川の工事現場へと分岐する。
冬は工事を休むのでこれを機会に雲竜渓谷をつぶさに観察してみようと思う。雲竜瀑はその後だ。
日向ダムを見下ろす。
このまま進めばあの堰堤の上に出られそうだ。
なお、入口のゲートを直進すると地図の軽車道を歩いてここまで来られそうなのだ。そうするとつづら折りの林道を回避することができる。いつかやってみよう。
無事に堰堤の上に出られたので河原を上流に向かって進んで行くと、、、早くも氷柱の群れと出遭った。
土壌からしみ出した水が長い時間かけて凍ったものだ。
あそこへ近づいて見たいのだがそれには流れを渡らなくてはならない。
右往左往して短足の管理人でも渡れそうな場所を見つけたのでエイッと飛び越えた(水没することなく無事だった)。
上流へ向かってどんどん進んで行ったが管理人の技量ではここまでらしい。
流れの両側は切り立ち、正面には高さ3メートルほどの堰堤が通せんぼしている。
はたしてここを巻くことはできるのだろうか?
左岸を少し戻ると巻けそうな場所があったので上ったところ、こんな奇妙な光景と出遭う。
石膏で造られたような像が数十体。う~ん、なんだろう?
両手の間に「玉」を抱いている。顔は幼く造られている。
水子地蔵?
すぐ脇には木造の観音像もあった。管理人も手を合わせて一礼した。
さらに進むと立派な建物があり、玄関に某宗教団体の木札がかかっていた。
これだけ大きな建物であれば航空写真に写るだろうから地理院地図に描かれるはずだ。
しかし、それはない。
なんだか場違いなところへ侵入してしまったかのようだ。
それにしても車が入れない山の中にこんな立派な建物があるなんて想像もしていなかっただけに驚きである。
工事用の道からここまでかなりの距離がある。
資材はどうやってここまで運んだのだろう?
前の画像の建物の脇を下りて再び河原へ。
先ほどの堰堤は乗り越えたはずだ。
さらに進むと河原はなくなり流れの両側は岩になった。
この流れが凍って上を歩けるようになればもう少し進んで先行きを確かめられるのだが、時期的にまだ無理。今日はここで折りかえすことにした。
帰宅後、GPSのログを見るとここから左の斜面をよじ登れば林道に合流することがわかった。その距離45メートル、傾斜は20度。やってやれなくはない。次回の課題としよう。
元来た道を雨量観測所まで戻り、次に雲竜瀑へのメインストリートを洞門岩と書かれた道標まで来た(先ほど折りかえした場所はこの下に位置する)。
さて、毎回不思議に思うのはここを覗き込んでも名に値する岩が見つからないことだ。
きっと河原に下りなくては見つけることができないのであろう。
よし、休工中のこの時期だから河原に下りて探してみよう。ただし、雲竜瀑の帰りに。
余談だが、ネットで見る情報に「洞門岩」と書かれているのはこの道標を指している。洞門岩そのものを見たという記述を管理人は知らない。
ここが雲竜渓谷に下りる入口。手摺り付きのコンクリート製の階段で河原に下りられるようになっている。
ここへは林道が左カーブするところの分岐を右へ入る。
奥に見える建物は日向ダムにあったのと同じ、河川の監視カメラ。
手前が階段。かなり急なので手摺りにつかまってゆっくりと。
ここへ来て河原の様子が前と違っていることに気づいた。
ハイカーが写っているが沢はあの位置を流れていたのだ。
よく見ると元の流れの位置から5メートルほど向こうにコンクリート製の擁壁ができていて、その脇を流れるように変わっている。
階段も含めて雲竜瀑を見に来る人への配慮?
いや、そんな馬鹿な。
きっと工事をやりやすいようにしたのであろう。
ここでチェーンスパイクを装着。
ここまでに書いた通りこの時期の雲竜渓谷は河原に雪が被っているし氷柱が無数にある。渡渉の際に足が滑って流れに浸かったり、氷柱は昼間、気温が上昇すると緩んで落下する。物珍しさで氷柱に近づくとその直撃に遭うことも頭に入れておかなくてはならない。
したがって滑り止めとヘルメットは必須と言える。
と書きながら管理人は滑り止めとしてアイゼンではなくチェーンスパイクである。
これは4年間の経験によるものとご理解願いたい。
チェーンスパイクを使ったことがない方にはこの使い勝手の良さは理解できないだろうし、効果もわからないだろうから、管理人を軽率だと非難するかもわからない。
要は使い分けの問題である。
今日、管理人はアイゼンも持参している。
河原に被っている雪や沢の表面が固く凍っているとチェーンスパイクの短くてヤワな爪では歯が立たない。それを見極めた上でアイゼンに替えればいい。それが管理人の考え方なのである。
チェーンスパイクもアイゼンも持っていないという人は厳冬期の雲竜渓谷には入るべきではない、この原則は曲げられないと思う。
それとトレッキングポールもあったほうがいい。渡渉する場所が決まったら2本のポールを沢に挿して身体を安定させることができる。歩いている時にバランスを崩したときもポールは役に立つ。
露天風呂(笑)
部分的だが流れが凍っているおかげで渡渉も楽。
2月なってさらに気温が下がれば流れも氷の下になるだろうから、もっと楽に歩けるはずだ。
さっきよりもさらに大きな氷柱に圧倒される。
下には直径20~30センチほどもある折れた氷柱がゴロゴロころがっている。
氷のカーテン。
すごいのひと言。
岩や土壌からチョロチョロとしみ出た水が流れ落ちる途中で凍った状態。
正面に雲竜瀑をとらえた。
しかし、無雪期に見る、流れている雲竜瀑に比べるとやや小ぶりになった感じ。
渇水期なのに加えて流れの飛沫がないためであろう。
無雪期の雲竜瀑(2010/09/27)
あえて天気の悪い日を選んで来てみた。
滝の上部に雲がかかり、龍が雲を突いて天に昇る(あるいは天から舞い降りる)様子そのものの姿が見られた。
最下部。
氷の膜の下を水が流れている。
この手前の斜面をよじ登って河原に行けるようになっているがそれなりの覚悟を必要とする。
管理人、午前中の寄り道で時間を食ったし帰りも寄り道をするつもりなので、ここまでが限界。
写真を撮るなどして20分ほど滞在して帰路につくことにした。
「友知らず」を通過。
「洞門岩」の道標が立っている場所まで戻り、次に堰堤の工事現場への入口から河原へ下りる。
上から覗いたのではその存在がわからない「洞門岩」を見つけたいのだ。
結局、見つけることはできなかった。
随想社・奥村隆志著「日光四十八滝を歩く」38頁によれば今は跡形もないとのことだ。
まもなくこれまで出遭ったことのない変わった形の堰堤が現れた。
完成したらここを水が流れるのだと思うが、この鉄パイプの櫓はなんなのだろう?
増水時に上流から運ばれてくる流木や岩石をここでくい止めるためのものかも?
ここにはかなり旧いと思われる石積みの堰堤があった(奥の堰堤は崩れている)。
雲竜瀑(他に七滝、大鹿滝など)から始まる流れは初め無名だが下流は稲荷川と名前がつく。稲荷川はその昔、暴れ川と呼ばれ幾度にもよる洪水で大きな被害をもたらせてきた。下流にあった町全体を飲み込んだこともあったらしい。
そのため稲荷川とその上流、雲竜渓谷には大正時代から砂防堰堤が造られるようになり、当時の堰堤は現在もなお残っている。
地図によると渓谷伝いに雲竜瀑へ行くにはこの堰堤とこの先の堰堤のふたつを乗り越える必要がある。もしも沢が凍り、その上に雪がたっぷり載れば渓谷伝いに雲竜瀑まで行けそう、と読めるがはたしてどうか?
参考
日光砂防事務所
堰堤下部をズームで。
水は氷の膜の下を流れているが流れそのものが凍ることはない。
結局、ここまで来る間に「洞門岩」らしき岩は探し出せなかった。
地理院地図によれば洞門岩は先ほど工事中の堰堤のすぐ近くにあるように読める。しかし、見つけることはできなかった。信頼できる情報(奥村隆志著「日光四十八滝を歩く」2000年3月発行)によれば、洞門岩は崩落により瓦礫の下に埋まってしまったとある。
であれば名前だけが残ったということか?
林道の雪は2~3センチといったところ。
往路は靴で歩けたが復路は緩やかだが下りなので滑り止めにチェーンスパイクを着けたまま歩いた。
メモ
・歩行距離:20.2キロ(GPSログをカシミール3Dで処理した値)
・所要時間:7時間53分(写真撮影と休憩を含む)
・累積標高:1806メートル(アップダウンのうち、上昇分の累積)