女峰山の下見で赤薙山へ。女峰山は雪が楽しめそう。

2017年4月28日(金)

今年の女峰山初登をいつにするか考えている。
昨年は極端な暖冬少雪であったため4月早々に登ることができたが、今年の積雪量は例年並み、というよりは3月になって大量の雪が降ったためにこの時期になってもなお、山々には雪がたくさん残っている。
膝まで潜ってしまうほどの雪だと女峰山を日帰りでやるには無理がある。といってスノーシューで登れるような安全な山ではない。
昨年4月の女峰山→こちら

6月になれば雪はほぼ消えてなくなるが、どうしても雪のあるうちに登っておきたい。雪のない地面の上を歩くなんてつまらない。
などと贅沢なことを言ってるがこのすき間を狙うタイミングを計るのがとてもむずかしい。毎年のように悩み、そして苦しむだよ。楽しくもあるんだが、、、、

判断の基準になるのは赤薙山あたりだ。
赤薙山山頂まで雪がまったくなければその先、赤薙奥社までの稜線で雪が登場する。この間がもっとも危険な箇所だ。赤薙奥社まで行っても雪がなければ、あとは女峰山までの稜線上の日陰と女峰山直下の雪とガレ場に気をつければいい。

明日からゴールデンウイークで本業が忙しくなる。
このところ毎日が山日和だったがゴールデンウイークはそうはいかない。
これを頑張らなくては家族3人路頭に迷うことになる。山歩きを犠牲にしてでも本業に精を出さなくてはならない(悲)

ということでゴールデンウイーク前の一日を有意義に過ごすためにも、気になる女峰山の状況を確認してみようと思う。


雪が消えたキスゲ平の斜面は高山植物の開花を待つのみとなった。
でわでわ、1445段の階段をば、、、


赤薙山と丸山への分岐となる小丸山へは25分で着いた。
今日は荷物の軽量化に努めるため食料は行動食のみ持参。飲み水も500ミリのペットボトル1本だけ。だから身が軽い。朝食も昼食も採らずに歩くつもりだ。
できることなら女峰山もこのペースで登れるといい。でもそうはいかないだろうな。


焼石金剛まで来ると赤薙山が目の前に迫ってくる。
手前の茂みはコメツツジ。ツツジの仲間では1センチにも満たない小さい花で開花は7月。


女峰山への分岐(別にここを右へ行く必要はない)まで来ると雪はだいぶ多くなってくる。


今日はローカットのトレッキングシューズ。トレッキングポールも使わない。汗の元になるスパッツは着けない。


赤薙山直下はまだ50センチほどあるがしっかり締まっているので潜ることはなかった。


歩き始めて1時間12分か、いいぞ。いや、早すぎだ。
こんなペースだと本番の女峰山ではバテてしまう。通常の装備ならここまで2時間はかけたいところだ。


赤薙山からの展望は鳥居の奥の一箇所しかない。
だがそこからは女峰山がよく見える。
ここから見ると雪はまだたっぷり残っている。
初登をゴールデンウイーク明けにするとした場合、ルート上で数十センチ、日陰や吹き溜まりは膝まで潜るかもわからない。
装備として必要なのはチェーンスパイクまたはアイゼンのどちらかにピッケルは必須、スノーシューもあった方がいいかもしれない。一里ヶ曽根の水場は雪に埋もれているはずだから、水の補給は無理だろう。う~ん、やはり重装備になりそうだ。
朝の6時に歩き始めて少なく見積もっても10時間、足がズブズブと潜るようだと11~12時間は見ておかなくてはならないから下山は毎度のことながら日没か。


山頂ではスポーツドリンクを一口飲んだだけで下山することにした。滞在時間は5分。
早く帰って明日からの仕事に備えよう。


小丸山。


階段トップから下を眺める。ここから700段目まで一直線に同じ傾斜が続いている。
幸いなことに上ってくる人はいない。
一気に駆け下ることにした。足がもつれて転げ落ちないよう手摺りを握って、、、
700段目まで下ったところで上ってくる年配のハイカーと出合い10分ほど立ち話となった。東照宮の先に住む地元の人で、今年はすでに50回も来ているとのことだった。


700段目から下には階段から分かれて園内を散策できる小径が数本ある。
そこで開いたばかりのカタクリと出合ったがまだ数株だ。今年は遅い。


赤薙山往復、2時間20分。
往きに比べて帰りに時間がかかったのは二度の立ち話と花を探して園内をゆっくり歩いたから。



荷物を少なく、軽くすると登山がこれまで快適になるということを身をもって体験した一日である。
限りなく古稀に近づき、重い荷物は身体に堪えるようになった。そればかりか時間ばかりくってしかたがない。下山で日没を迎えるなどしょっちゅう経験している。
ここらで山行のスタイルを変えてより身軽に歩ける方法を身につけなくては長続きしないのではないか、最近そんなことを考えるようになった。
今日の軽装備は極端だとしてもこれまでの装備は見直す必要に迫られている。なにが必要でなにが不要なのかを精査するとともに、携行品そのものを1グラムでも軽いものに変えていく。
同時に、これこそ根源的なことだが、ケガから復帰してそれまでの空白を取り戻すかのようにハードな山行を繰り返しているのが現状だが、そこで生じる苦しさを楽しんでいるような感がなきにしもあらずだ。それは危険でもある。この気持ちこそ転換しなくてはならない時期にきているようだ。