尾瀬燧ヶ岳、初のテント泊は20キロのザックをかついでバテバテ。

2017年6月29日(木)~30日(金)

1日目
御池(7:00)~燧ヶ岳(12:18)~浅湖湿原(16:10)~尾瀬沼ヒュッテ(16:30/テント泊)
※午前2時起床、3時過ぎに檜枝岐に向けて出発

2日目
尾瀬沼ヒュッテ(5:40)~三平下(6:00)~沼尻(7:20)~沼山峠(9:56)・・・シャトルバス・・・御池(10:33)

いやぁ、年甲斐もなくひ弱な身体で無理するもんじゃありませんな。
ふだん、10キロのザックでさえ息がゼーゼーするというのにこの日はテント(正確には自立式ツェルト)に寝袋、炊事道具に大量の食料と水3リットルをザックに詰め込んだものだから総重量は20キロにもなりました。

だいたい、これだけの荷物をザックに詰め込むとあってはザックを大きくてしっかりしたものにしなくてはなりません。そんなザックは空の状態でも2キロ以上あります。
今日はあまり使うことのない65リットルのザックを納戸から取り出してきてあれもこれもと詰め込んだ結果が20キロ、ふだんの倍の重さです。

これだけ重いザックを背負うにはそれなりの工夫というものが必要です。10キロのザックなら床から片手でひょいと持ち上げて肩にかけ、両腕をザックの肩ベルトに通せばいいのですが、20キロとなればそうはいきません。
そもそも細腕の管理人には片手じゃ持ち上げられません。
重いザックを背負うには、始めにある程度の高さがある岩や斜面、ベンチにザックを置いてその状態で両腕を肩ベルトに通すのが基本です。
しかし、そんな場所などそう簡単に見つかるわけありませんから、地面に置いたザックに近づくように腰を落として背負うことになります。
次にその姿勢から立ち上がるわけですが、これは20キロのバーベルを肩にかついでスクワットをするのと同じ動作です。実に辛いものです。

20キロのザックをなんとか担ぎ上げたとして、今日は花の写真を撮りたくて尾瀬まで来たので花に近づくために腰を落とし、撮り終わったら立ち上がる、それはまさにスポーツジムでおこなうスクワットの動作そのものです。これを数十回いや100回以上も繰り返すことになりますから、腰にも負担がかかります。太ももなどパンパンです。
ジムでのスクワットなら疲れたらお終いにすればいいのですが、現場だとそうもいきません。
花ある限り、スクワット。
もういい加減やめたいとは思うものの、習性なんですな。花を見つけたらしゃがんで写真を撮るのが、、、

ちなみに、これまでも重いザックのせいで大変な疲労感を味わうことが度々ありましたので、最近になって必要最小限の装備で快適に歩く、ウルトラライトハイキングなる精神でいこうと考えるようになったのですが、だめですね、身に染み込んだ習慣というものは。
やはり、あれもこれもとザックに詰め込むのが習慣になっているんです。
今度計画した山は距離がなんぼだから時間はこれくらいかかる、したがって水と食料はこのくらい見込むとか、傾斜の具合や危険箇所を事前に調べた上で、だから荷物はなにが必要だとか、そういったのが本来の計画だと思うのですが、それができない。
まっ、辛い思いをしながら少しずつウルトラライトハイキングに近づいていくしかないのかと、、、

あっ、そうだ。管理人、撮った写真を紙に焼いて額に入れて飾ったり、コンテストに出したりといった趣味はまったくなく、ただ単に記録のためにPCに保存しておくだけです。
これが後々の山行計画に役立つわけです。

でわでわ、管理人のバテぶりを振り返ってみましょうか。


尾瀬の福島県側の玄関口となる檜枝岐村御池。
300台を収容する大きな駐車場がある。
料金は1000円だが村内の旅館や民宿に泊まる場合は無料になるという、いいシステムになっている。
管理人は1泊800円のキャンプ場に泊まる予定だが、キャンプ場は対象外らしい(当たり前か)。


この日は平日であることと時間が早いことから駐車場はガラガラの状態。
燧ヶ岳の登山口は駐車場の一番奥にあるためこの位置に駐めた。


燧ヶ岳の登山口は駐車場奥の目立たない場所にあるので知らないとあちこち歩く廻ることになる。
管理人は5月に会津駒に登ったときに下調べをしておいた。


うひゃっ、なんだこれは?
キャベツいや、ハクサイか?
そのどちらでもなく、正解はミズバショウ。
いうまでもなく尾瀬を象徴する植物であり、これを目的に尾瀬を訪れる人が多いと言われている。
それにしてもこの大きさはなんだ、50センチはある。富栄養化が進んでいるのだろうか?


ゴゼンタチバナ


いよいよ上りの始まりだ。
ふふっ、なかなかですな。


木で作った階段が現れた。
そもそも山に階段があるということはそこが急傾斜であることを表しているわけで、階段の傾斜もきつい。
今日は初の燧ヶ岳へ登るので心勇んでやって来たがすでにザックの重さに負けている。
重力に逆らって身体を上方へ移動することの大変さは山登りをしている人ならわかるはずだが、20キロの荷を背負ってその動作をおこなうのは負担が大きい。これから先が思いやられそうだ。


入口で見たミズバショウと違って葉はまだ若芽で小さく、これこそ皆が見たくてやってくるミズバショウなのである。純白でたしかに美しい。
ただし、白い花のようなものは実際には花を包み込んでいる「苞」というもので、花は中央のブツブツである。ブツブツのひとつひとつが花で、これが多数集まったもの(花序)である。


ショウジョウバカマ


長い急傾斜から解放されて道は平坦に近くなった。


ミツバオウレン


タテヤマリンドウ


ワタスゲの花(中央のピンクはこれから咲くイワカガミ)


ワタスゲが花から実(果穗)になりかけのもの。


チングルマ


道が平らになったのはここが地図にある広沢田代という湿原だったからだ。


湿原にはこのような池塘の存在が欠かせない。


奥行きのあるいい湿原だ。すばらしい。


ミズバショウ
あぁ、こんな花たちに囲まれたまま山頂までいければ言うことなしなんだが、、、


うんにゃ、またもや階段。
ザックが肩に食い込む。腰ベルトで荷重を分散させても耐えられない重さだ。
重いザックは身体の動きに追随しなくて、反対に身体がザックに振られることになる。トレッキングポールで身体を支えザックの動きに注意を払いながら登っていく。


湿原の池塘群を見下ろす。


再び平坦地に出るとそこは熊沢田代。
田代とは湿原の意味である。
やはり湿原はいい。山の中腹に来て湿原に出合うと気持ちが穏やかになる。


燧ヶ岳が正面に迫ってきた。
いい形をしている。あれなら簡単に登れてしまいそうだ。


ここもお花畑。
ワタスゲにイワカガミ、チングルマが混成している。


なんと、ヒメシャクナゲではないか。
すげ~な、この湿原。


タテヤマリンドウ


チングルマ


熊沢田代を過ぎて雪が現れた。
踏跡はある。雪は腐ってはいるが足が潜ることなく歩ける。
このまま歩いて行けば山頂に達する、、、はず。


と思ったのは油断であった。
間もなく雪は消えて笹藪になってしまった。藪は進むほどに深くなったため進路を東へと変えた。


笹藪を東へ横断すると別の雪渓が現れた。
よしっ、今度はここを山頂に向かって進んでみよう。


雪渓はまたしても消えてなくなり今度はハイマツとシャクナゲの密林となった。
燧ヶ岳を登るのにこんな藪を突破しなくてはならないのかと心配された読者もいることだろう。が、安心してほしい。
実は管理人、初めの雪渓が地図のルートとは違っていることに気づいていたのだが、雪の上ならどこを歩いても山頂に達することを確信して歩いたのだ。
その結果が藪への突入となったわけで、地図のルート通り歩けば管理人のような苦労はしない。
正規のルートに軌道修正するのにわずか100メートルの距離を1時間もかけるという効率の悪い仕事をしてしまった。
2本の雪渓で失敗したわけだが、もう少し時期が早くて藪が雪に埋もれていればあの雪渓を登っていくことで山頂に到達するのではないか、そんなことを思った。
来年5月かな、それとも4月かな、もう一度来てみたい。


地図にある正規のルートに戻ってから山頂までは早かった。
ここは燧ヶ岳山頂の双こぶのうち、俎嵓(まないたぐら)。標高2346.3メートルの立派なピークである。


俎嵓の正面、西に別のピークが見える。
柴安嵓(しばやすぐら)で、標高が10メートル高く、あのピークが燧ヶ岳山頂である。
ここから見ると大きな雪渓の右に黒い筋がついていて山頂に向かっているが、あれが登山道らしい。
登山道は山頂直下で雪渓に突入している。


これが俎嵓から見た上方の雪渓。
ロープがかかっている。傾斜はかなり急である。
靴のままでは登れないのでロープにすがるしかないが、このロープは本格的なクライミング用のもので、体重をかけると伸びる。そうすると身体が弓反りになってしまう。ロープに頼るととても登りづらい。
できる限り露出した地面側に身体を寄せて、右足を地面に置き、左脚は雪面を蹴ってステップを作り足場として登っていく。


ほんの数メートルの雪の傾斜なのに悪戦苦闘した。遠くから見るのと実際とは大違いだ。
大変な苦労が伴ったが山頂だ。
燧ヶ岳の山頂に立ったというもの、ザックの重さに辟易していたため喜びは大きくない。疲れたのだ。
この負担から早く開放されたい。それしか頭にない。
疲れを癒そうとザックから菓子パンを取り出すが極度の疲れのためか食欲がない。
とはいえ、こういうときにこそエネルギーを補給しておかなければ危険なのだということを過去になんども経験している。無理をしてでも菓子パンを口にするのが大切だ。


今日の幕営地である尾瀬沼に下るにはさっき登った俎嵓にもう一度、立たなくてはならない。
菓子パンのエネルギーが体内に取り込まれたのか俎嵓に着いたら周りを見回す余裕が生まれた。
眼下には尾瀬沼が広がっている。
やや霞がかっているがあれが明日歩く予定の、憧れの尾瀬沼である。
長居をせず下山して早く横になろう。


ミヤマキンバイ
リュウキンカであろうと思ったのだが花の形が少し異なっている。
花弁の先端がへこみ、梅の花に似ているのだ。帰って図鑑やネットで調べたところ、ミヤマキンバイの特徴に近い。


ズームで撮ってみた。
まさに梅の花。
切れ込みが入った3つの小葉もリュウキンカと異なる。


エンレイソウ


俎嵓を下り始めると間もなく道は二手に分岐する。
直進するとナデッ窪に至る。今日、下山で予定していた道だ。
ところがロープが張ってあり入ってはいけないらしい。一時的なものなのか閉鎖されてしまったのか、説明がないためわからない。
ここは時間がかかるが長英新道で尾瀬沼に降りることにした。


ミネザクラが見ごろを迎えていた。


つぼみのユキザサ


初めて見るサンカヨウ。
群落を成していた。


同じ場所だがミネザクラをもう一枚。


長英新道は荒れている。
大雨が降ったらコースが水路と化すのは明白である。


今度は泥濘。


おぉ、長い道のりだったがようやく尾瀬沼に着いた。
これで20キロのザックから解放される。


あの建物は長蔵小屋だろうか?
今夜の宿泊地はあのすぐそばにあるはず。


ワタスゲが出迎えてくれた。


この木道の行き着く先が宿泊地である。


リュウキンカ


イワショウブ


オオバタチツボスミレ


立派なトイレの前を通過。
ここを訪れるハイカーやキャンプ場利用者が共用する。


ここが今夜の宿泊地、檜枝岐村営の尾瀬沼ヒュッテ。
このすぐ脇にテント場がある。
今日の行程なら無理をすれば日帰りでも可能な登山なので、ヒュッテもテント場も予約はしないで来た。
燧ヶ岳に登り始めて電話で確認し、ヒュッテかテント場のどちらかが空いていれば泊まるし、空いていなければ帰るつもりでいた。
電話をしたところテント場が空いているというので予約をした。
テント場を使うにはまず、ヒュッテに入って受付をする。料金800円はその際に支払う。料金を支払うとテントサイトが指定されるらしいが今日はガラ空きなのでどこでもいいらしい。
ヒュッテには温泉施設があって日帰り入浴ができるとパンフレットにあるが、今日は宿泊客で混んでいるためテント場利用者は使えないという。
汗で身体がべたついているが温泉で汗を流すのは諦めて、自販機で缶ビール(ロング缶650円)を買いテント場に移動することにした。


尾瀬沼ヒュッテが管理しているテント場。
1本の道を挟んで両側に木のデッキが28基設置されていて、テントはこの上に設営する。
今日は先着のテントが5張、設営されていた。


とにかく早く横になりたい。
テント場につくなりザックを下ろし中からツェルトを取り出して設営。マットを広げて仰向けになり身体を休めること10数分、ときおり半身を起こしてはヒュッテで買った缶ビールをゴクッとやってはまた仰向けになる。
缶ビールが空になった頃、ようやく人心地がつく。
ツェルトは10年以上前に購入したEureka(ヨーレイカ)の自立式のもの。2本のポールをツェルトのスリーブに差し込むだけでテントのように自立する。1分もかからず設営が終わる。
テントとの違いは耐雨性に劣るのと底が立ち上がっていないため雨や虫が侵入すること。それさえ我慢すれば十分、役に立つ。それに軽いし。


照明や水道設備があるキャンプ場と違ってここはなにもないから、日没までにすべてのことを終わらせなくてはならない。
さっそく夕飯の準備に取りかかるとしよう。
ただし、疲れているので手間はかけられないから調理などといった面倒なことはしない。そこで登場するのがアルファ米とレトルトパックのカレーである。
アルファ米は袋の中に熱湯を注いで20分おけば美味しいご飯に化けるから、山では重宝する。それに軽い。
カレー(でなくてもいいのですが)はコッフェルで5分もボイルすれば出来上がる。重いけれどこれも重宝している。
これを時系列で書くと、コッフェルに500ミリリットルほどの水とカレーのレトルトパックを入れてガスストーブにかける。水が沸騰したら500ミリリットルのうち、150ミリリットルをアルファ米が入った袋に注いでチャックを閉める。15分ほど経過したところで再び、ガスストーブを点火してカレーを温める。
ご飯は出来上がっているので器に移し、カレーをかければ一品が完成する。
お湯は350ミリリットル残るが、これはスープやコーヒーなどに使う。水筒に戻して翌日使うのでもいい。


夕食にカレーだけでは酒を飲むのに物足りない。
そこでコンビニで見つけたセロリとその隣にあったビーフジャーキー、さらにその隣にあったごぼうサラダの出番となる。
数日前に作ったキュウリとカリフラワー、パプリカのピクルスも持参した。ピクルスはジップロックに入れたまま食べることにする。
ここまで準備する間に缶ビールを飲み干してしまったので、持参した赤ワインを紙コップに注いだ。

画像でおわかりのように器はすべて使い捨てのものにした。
山での食事のスタイルは人それぞれ異なって当然だと思うが、洗い場のないキャンプ場は使い終わったあとの食器はそのままゴミ袋に入れて持ち帰るのが手っ取り早い。
コッフェルやシェラカップ、マグカップに食材を盛って、食べ終わったら汚れをペーパーで拭き取ってきれいにするという方法もあるが、器に何を盛るか、行程はどれくらいかといった要素で使い捨てやそうでない容器を使い分けるのがいいと思う。


アルファ米は水さえあれば時間はかかるが湧かさなくてもご飯になる。熱湯なら15分から20分でできる。
今日は白米を持参したが他にもいろいろな種類があって選択肢が広い。
長期保存を目的として開発されていて常温で5年間保存できる。レトルト食品のように賞味期限を頻繁に確認する必要もなく、ほったらかしでも安心だ。
管理人が持参したのは賞味期限が2017年4月23日までなので2ヶ月前に切れているが、まっ、それは誤差のうち。
ん~、いや、違うな。2017年ではなく2007年になってる!
なんと、賞味期限が切れて10年も経過しているではないか。
保存期間が5年として2002年つまり今から15年前に製造されたものだ。
なんとなんと、自室に保存しておいたものを無造作にザックに詰め込んだのだが、まさかこんなに古いものだったとは知らなかった。でもここまで来たからには仕方がない。お湯も入れてしまったし、、、
でも美味しく食べられました。すごいぞアルファ米!
いや、すごいのはおいらの胃腸の方か(笑)


夕食を終えたのでそろそろ寝ることにして、その前にトイレを済ませておこう。
トイレはキャンプ場専用ではなく尾瀬沼を訪れるハイカーとの共用で、場所も離れている。
管理人が今いる位置がトイレがある場所で、すぐ近くに長蔵小屋が見える。ハイカー憧れの長蔵小屋である。いつかは泊まってみたい。


6月30日(金)
深夜10時頃、ツェルトを叩く雨音で目が覚めた。
気にはなっていたがとうとう降り出してしまった。
雨は朝になっても降り続いている。
今日は尾瀬沼を一周する予定だ。
コンビニで買ったバターロールにチーズとごぼうサラダを挟んで3ヶ食べた後、雨具を着けてツェルトをたたむ。


濡れた木道は滑る。
雨を想定し「わらじ」を持参した。
ホームセンターでポリプロピレンのロープを購入し、自分で編んだものである。


ニリンソウ


コバイケイソウ


右回りに歩いて三平下の尾瀬沼山荘まで来た。
建物の前が大きな広場になっている。ここへ来てなにやら心の中がざわついた。
今から30年前、末っ子が3歳の頃、家族5人で尾瀬に来て、ハイキングをしたことがあった。
昔のことゆえ、どこをどう歩いたのかほとんど記憶に残っていないが、この広場はなんとなく覚えている。子どもたちが遊んだ場所だったはずだ。


少しの間、30年前の記憶に浸った後、沼尻へと進むことにした。
木道に通行止めの札がかかっている。
残雪が多く危険だからというのが通行止めの理由として書かれている。
残雪? 標高は1600メートルあるもののまさか残雪があるとは思えない。札の外し忘れではないのか?
たとえ残雪が本当の理由であったとしても細心の注意を払って歩けば問題ないはずだ。
通行止めのロープを跨ぐことに罪悪感はあったが、事故は絶対に起こさないことを肝に銘じて先へと進んだ。


ミズバショウの群落


沼尻に到着。
ここに建物があったことを示す基礎がある。建物は2015年9月に火事で全焼してしまったらしい。
そういえば昔、家族で尾瀬沼を歩いたとき、沼の畔の売店で飲み物を買って飲んだことを思い出した。もしかするとここだったのかも?
その時、管理人は紙パックに入った赤ワインをストローで飲んだのだがこれが悪い結果をもたらせた。身体は水を欲していたところへアルコールが入ったものだから悲鳴を上げた。今でいえば脱水症状の身体に輪をかけたことになったわけだ。頭はボーッとし足はふらつき、這々の体で沼山峠にたどり着いた。
余談だが当時、尾瀬の通行規制はまだなく、マイカーで沼山峠まで行くことができた。


建物とは別の場所にあるトイレは焼けずに残っている。
尾瀬の他の場所にあるトイレと同じくバイオシステムを使ったもので、汚物はタンクに溜めて満タンになるとヘリコプターで運び出すようになっている。お金がかかっているのだ。


木道は4叉路になっていて直進すると燧ヶ岳、左は尾瀬ヶ原、右へ行くと昨夜泊まったキャンプ場へ行く。
今日は尾瀬沼を一周したら帰るので右へ折れて尾瀬沼沿いに歩く。
道標の右半分が黒くなっているのは火がここまで達したことを示している。


ここから尾瀬沼北岸となるが沼は木道から少し離れてある。沼のすぐ脇を歩けるわけではないことがわかった。


ミズバショウの群落


オオバタチツボスミレ


次に出発地となる御池へ戻るためのバス乗り場へ。
この分岐は道なりに沼山峠へと向かう。
昨日から今日にかけて食料と水を消費したとはいえザックはまだ重い。
ザックが軽ければ楽に回れた尾瀬沼だが途中でなんども休憩する始末だった。
早く車に乗り込み自宅へ帰りたい。冷たいビールを飲むために。


重い足取りでバスが発車する沼山峠に着いた。
雨の影響があるのか閑散としている。
バスは10時15分に発車するらしい。
それまでベンチに腰を下ろして休憩することにした。


バスは車をデポした御池の駐車場に着いた。
車は駐車場の最奥、燧ヶ岳登山口に置いてある。
そこまでの100メートルが長かった。

横根太陽光発電所建設反対への署名をありがとうございます。

当ブログでは4月20日の記事で、「前日光・横根高原への大規模メガソーラー建設に断固反対する。」として概要をお知らせすると共に、ご賛同いただける方に署名を呼びかけたところですが、当ブログおよび他の媒体をご覧になった方から大変多くの署名を寄せていただくことができました。ありがとうございました。
ここに署名をくださった皆さまにお礼を申し上げると共にその後の状況についてご報告申し上げます。

反対署名はSNS、街頭での呼びかけなどで10,788筆に達しました。

署名をお願いした「横根高原の自然を守る日光市民の会(以下、日光市民の会)」は、署名第一次分6,931筆を添えて5月16日に日光市議会議長に陳情をおこないました(6月14日には第二次署名分3,857筆を追加)。

陳情を所管する産業観光常任委員会と教育建設水道常任委員会からなる合同委員会は、陳情の審査に先立つ6月9日に現地視察をおこなった上で、6月14日に開かれた合同委員会において全会一致で陳情を採択しました。

陳情採択5日後の6月19日、日光市は産業観光常任委員会に、「日光市太陽光発電設備設置事業と地域環境との調和に関する条例(案)」の概要を伝え、9月の議会で太陽光発電についての規制条例の準備を進めることになりました。

現状ではまだ、横根高原への太陽光発電所の建設予定がストップされたわけではありませんが、多くの署名が日光市を動かし、規制条例の準備に進展したことに喜びをかくせません。
現在、第三次署名を呼びかけていますので引き続きご協力ほどをよろしくお願い申し上げます。

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茶臼岳・三本槍岳・朝日岳、那須連峰3座縦走。大展望にうっとり。

2017年6月20日(火) 快晴

峠の茶屋P(8:20)~峰の茶屋跡(9:09)~茶臼岳(9:46/10:00)~牛ヶ首(10:40/10:50)~ひょうたん池~姥ヶ平下(11:33)~水遊び~沼原分岐(12:26)~三斗小屋温泉(12:46/12:56)~隠居倉(14:21/14:30)~熊見曽根東端(14:45)~三本槍岳(15:50/16:00)~熊見曽根東端(16:37)~朝日岳分岐(16:47)~朝日岳(16:51/17:00)~朝日岳分岐(17:09)~峰の茶屋跡(17:33)~峠の茶屋P(18:06)

山で人と出会って話をすると、日光に住んでいることをとても羨ましがられる。
それらの人たちは茨城県や千葉県の自宅を朝早く出発し、2時間も3時間もかけて日光にやってくるという。
そうか、日光に住んでるってのは山歩きをたしなむ人にとってそれほど羨ましいことなのか。山歩きの経験のほとんどを日光で積んでいる管理人には、それは驚きであった。
恵まれている反面、あまりにも便利すぎて日光の山の他に目が向かないというのが10数年、続いた。

昨年10月、分水嶺の山に興味をもち福島県境にある帝釈山と田代山に登った際に、すぐ近くに会津駒ヶ岳の登山口があるのを知った。日本百名山である。
管理人、百名山に興味はないのだが、帝釈山よりも30分も近い距離に会津駒ヶ岳の登山口があるのを知って俄然、興味を持った。それなら登ってみようと。

初登にもかかわらず、会津駒ヶ岳の雄大さにすっかり魅せられて2週続けて登った。今年は先月登ったばかりだ。
遠方までずっと見渡せるなだらかな地形は、深い樹林帯を縫って急斜面を登っていく日光の山と違って開放感に溢れている。とにかく素晴らしいのだよ。
消費したエネルギーで満足度を割り、1単位当たりの満足度を比較してみれば会津駒ヶ岳の方が日光の山に比べてはるかに大きい。あっいや、そんな面倒なことをしなくても、同量のエネルギーを消費するならば、歩きながら景色が見えるかどうかは山を登る楽しさに大きく影響してくるというものだ。

難点は移動時間が長いことそれに尽きるが、茨城県や千葉県から日光にやってくる人のことを考えてみれば、気に入った山を目指すのに、日光から3時間かけて会津へ行くのを惜しむのはあまりにも心が狭いといえる。
日光の山だけで人生終わりにするのはもったいない。見聞を広げ、心をもっと豊かにしよう。
帝釈山と田代山は分水嶺の山に登るという明確な目的があったので3時間という長い移動時間も厭わなかった。そして、慣れた。
会津駒ヶ岳は2時間半だが三度も通って、やはり慣れた。
狎れはいけないが物事に慣れるのは人生を円滑にさせる(なにを言っておるのか)。

さて、那須の山のことである。
那須にいる仕事仲間を訪ねるのに、とても遠いと感じていた。
これが同じ栃木県なのかと思うほどだった。
だが、福島県の山に慣れてしまったら怖いものはなくなった(笑)。那須に親近感さえ覚えるようになった。
なにしろ登山口まで2時間で行けるのだ。日光の山にはおよばないが会津よりは近い。

17日に布引滝ツアーをおこなった以後の週間予報だと、20日は天候が安定するとあった。
仕事はないし、ここは当然ながら山歩きに充てるべきであろう。
すでに下見は済ませてある。といっても、確認したのは車での移動時間と駐車場の場所だけだが、、、

茶臼岳を中心とする那須連峰を地図で見ると高低差は小さいようだ。
日光でいえば鳴虫山くらいの高低差と読めた。
初めてなので茶臼岳と朝日岳の2座に登れればいい。しかし、この2座だけだと4時間もあれば行って帰ってこれるようだ。
ふだん8時間ないし10時間、歩いている管理人にはやや物足りないと感じる。せめて6時間か8時間は歩きたい。ここで頼りになるのは昭文社「山と高原地図」だ。地図上にコースが赤線で描かれているし主な区間ごとの所要時間までわかる。
あれこれ組み合わせて8時間にしたのが冒頭の行程表である(ただし、三本槍岳は現場で付け加えた)。

予報によれば天気が崩れる心配はないらしい。雷や風のことはわからないが、予報を信じて出かけてみよう。


湯本温泉を抜ける県道17号線は茶臼岳の登山口となるこの大駐車場で行き止まる。昭文社「山と高原地図」には、ここは「峠の茶屋」と表記されている。栃木県内からのアプローチとしてはここがもっともスタンダードな登山口のようだ。
もっとお気軽に登ろうとするならば、駐車場手前にあるロープウェイを利用すればわずか40分で山頂に立てる。
他にも登山口が多数あるし、福島県からのアプローチもある。茶臼岳はとても便利なのである。


トイレを左に見ながら駐車場の奥へ進むと石垣に挟まれて階段があり、ここを上がったところが茶臼岳の実質的な登山口である。
トイレの手前から上り始めれば茶店があるのでなにかが買えるようだ。自販機は数台見た。


階段を上がりきり木立の間を歩いて行くと右手に登山届けを提出するポスト兼登山指導所の建物がある。画像はその建物の脇から撮った。
柱に那須岳登山口と刻んであるが単体の那須岳というのは存在せず、茶臼岳、朝日岳、三本槍岳などの総称を指しているらしい。
地図を見ると茶臼岳のすぐ南に南月山、日笹山、黒尾谷岳というのもあるのでこれらも那須岳に含めてよさそうだ。


鳥居をくぐったところで赤いずきんを被った狛犬の出迎えをうけた。
うむ、ただならぬ雰囲気。荘厳な気持ちになる(笑)


日光ではお目にかかれないが、おそらくムラサキヤシオだと思う。


歩き始めて20分もすると樹林帯を抜けて視界がパッと開ける。周りは山だらけ。素晴らしい展望だ。
右前に見える山の方角を確かめると朝日岳のようだ。


うっひょ~、すげ~!
前方が丸見え(笑)
こんな展望、日光ではあり得ない。


コース脇には植生保護のためロープが張られていて中には入れない(立ち入って写真を撮っているハイカーもいたが)が、白いイワカガミの小群落があった。おそらくヤマイワカガミだと思う。


なにやら建物が見えてきたがあれは避難小屋か?
昭文社「山と高原地図」によれば峰の茶屋跡避難小屋とある。
それにしてもなんだな、この荒々しさは火山そのものといった感じだ。木1本生えていない。


避難小屋の右は先ほど見た朝日岳。先ほどとはずいぶん形が違う。


これが避難小屋だが日光の避難小屋と大きく異なるのは縦走の中継点として泊まるという利用はできないことだ。
あくまでも非常事態たとえば、いま落雷が発生しているとか風速数十メートルの風が吹いているとか、登山道を遮断するような大雨が降っているとか、遭難者が発生したときにここに駆け込むためのものだそうだ。
ただし、休憩は可能らしく、管理人が中を覗いたところ、大勢の登山者が談笑中だった。


避難小屋の前で道は南北にわかれ、右(北)へ向かうと朝日岳、左へ向かうと茶臼岳に行く。
今日の管理人の行動予定はこの両座の他に三斗小屋温泉というのを組み込んである。那須連峰では有名な温泉らしく、旅館があるそうだ。
写真で見ると歴史を刻んだ木造の建物らしく、とても情緒がある。泊まる計画ではないのだがそこをぜひ見てみたいと思う。それが冒頭に書いた行程表である。
なお、行程表には三本槍岳が含まれているが当初の計画すなわち登山届けには入れていなかった。この辺の事情は後ほど。


遠くに実にきれいな山並みが見える。
コンパスで方向を確認すると北西に位置している。
昭文社「山と高原地図」を広げて北西にある山を探すと栃木県と福島県との県境に流石山、大倉山、三倉山が見つかった。山容から判断してこの3座に間違いないらしい。
ちなみに距離は約4キロ先。


茶臼岳には各所にこのような木の柱が設置されている。
なので自分がいま、どこにいるかがわかる。
なのだが、矢印が示す方へ行こうとしてもどっちに進めばいいのかがよくわからない。
茶臼岳は噴火によって盛り上がった山であり、いまでも活動している。地面は火山岩と火山礫で木が1本も生えていないため、ハッキリした道ができにくいのだ。
全体も茫洋としていて山頂がどこなのかもよくわからないという不思議さだ。


周りを見回すと石の鳥居があったのでくぐって進むと石の祠がある。
那須岳神社だ。
なのでここが山頂かと思いきや、山頂を示す柱は別の場所にあった。


おっ、ようやく山頂に立てた。本日の第1座目である。


先ほどよりも標高が高いせいか流石山、大倉山、三倉山がよりハッキリ見える。
ではこれから三斗小屋温泉に向かうことにするが、最初の目標地点である「牛ヶ首」への道がよくわからない。
う~む、なかなか手強いぞ茶臼岳は。
ハイカーは大勢いるのだが道を尋ねるのを潔しとしない頑迷さのある管理人だけに、自力で牛ヶ首への道を探したいと思う。


ようやく探し当てたのはロープウエイ発着駅に向かうこんな立派な道であった。


お~、あったあった!


牛ヶ首への道は見通しが良く、実に快適である。


イワカガミ


ヤマイワカガミ


牛ヶ首に到着。


地図を見るとここで道は3方向に分岐している。
北に向かうと茶臼岳の西側を通って避難小屋に行ける。南への道は南月山の他に白笹山、黒尾谷岳に向かっている。
画像は茶臼岳の西側を通る道。


管理人の次の目標地、姥ヶ平へ行くには西へ向かう。
ここから俯瞰すると、少し北に向かって下ると分岐があってそこを左に折れると姥ヶ平へ行けるように見える。


姥ヶ平への下りをよく見ると広場になった場所がある。
かなり広くテーブルとベンチまである。
地図には湿地帯記号になっているが、まさにここから見るあの広場がそうなのであろう。湿地帯記号の少し北には池の記号が描かれているがここからは見えない。


これもムラサキヤシオだと思う。


まさにツツジそのもの。
ミヤマツツジともいうそうだ。


アズマシャクナゲはまだ堅い蕾だった。


間もなく咲こうというベニサラサドウダン


ひょうたん池への分岐。
往復400メートルなので時間の無駄にはならないだろう、行ってみよう。
地形は平らなので時速4キロで歩くとして400メートルなら6分という計算。


なかなかいい雰囲気のアプローチだ。


木道の行き止まりはテラスになっていて池を見下ろせる。
まっ、一度見ればいいでしょうといった大きさ。


ツマトリソウ


オオカメノキはほぼ終わりだ。


ここで道は南北に分岐する。地図にある「姥ヶ平下」だ。
ここは予定通り三斗小屋温泉に向かうことにする。


大きく特徴ある葉っぱはエンレイソウ。花はついていない。


マイヅルソウだが今日廻ったコースは群落がいくつかあったし、日光で見るマイヅルソウよりも葉っぱが大きいことに驚く。


道を横断するようにして小さな沢が流れている。
水は透明でゴミひとつない。流れが飲んでほしいと訴えているように見える。
当然ながら飲む。旨い!


今度は幅3メートルほどの沢が流れている。ここも水がきれい。
足が蒸れて靴とこすれるようになったので引き締める意味で素足になって水の中へ。
う~、冷たい。2分ほど浸したのが限度。


ヤブレガサですかね?


ここで再び、道はT字に分岐する。
今度は東西に分かれている。


サラサドウダンツツジ


イワカガミの小群落


マイヅルソウの群落


木立の間を抜けると突如として建物が出現した。
なるほど、これが三斗小屋温泉の旅館か。
「大黒屋」と「煙草屋」の2軒が並んでいる。
江戸時代は山岳信仰や会津へ行く旅人でたいそうな賑わいを見せ、明治初期には5軒の旅館があった、、、と近くの説明板にある。


さて、管理人はこれから朝日岳へと向かうわけだが、道は煙草屋旅館の入口をかすめてついている。
いいですな~、この感じ。


昔は参道として使われていた名残か、常夜燈がある。


三斗小屋温泉神社入り口の木の鳥居


神社が建つ樹林帯を抜けると視界が開ける。


ベニサラサドウダン


前方に立ち上るのは噴煙か水蒸気か。


うふぉっ、すごい。
溶岩が噴出してもおかしくない雰囲気。
そこは旅館に温泉を引いている源泉であった。


ここは辛かった。


南の方角に湖のようなのが見えたのでズームしたところ、沼原湿原の入口にある調整池だった。


茶臼岳を西側から眺める。


急斜面を登ると隠居倉に到着。
ピーク状になっていて地図には標高点1819と描かれている。


あのプラミッド状のピークは朝日岳であろう。いい眺めだ。来てよかった。
さてさて、間もなく午後2時。
ふつうなら下山に取りかかる時刻である。
が、、、空は朝と変わらず雲ひとつない快晴である。
雨はおろか雷の心配はまったくない。
那須は日光と同じ栃木県内とはいえ、自宅から車で2時間もかかる。
予定の行程はこの後、朝日岳に登って下山することになっているが、ここから1時間歩けば那須連峰の最高峰、三本槍岳に立てるのだ。
往復2時間を加えても日没にはなるまい。
後日、出直すとしても、それはいつになるかわからないぞ。
チャンスはいまだ!!


ここにもヤマイワカガミの小群落が。


ミツバオウレン
他の植物と混成しているため特徴である3枚葉が隠れているが間違いないと思う。


隠居倉から先は熊見尾根と名前がついていて、800メートルほど進むと三本槍岳への分岐がある。
分岐を北に向かうと地図の湿原記号、清水平である。


ここも視界が開けた道で快適に歩ける。
正面に見えるなだらかな山が目指す三本槍岳。
名前は尖っているが実際は実に穏やかな形をしている。


つ、ついに那須連峰の最高峰に立つ。
展望はほぼ360度と素晴らしいのひと言。
こんな時間なのでハイカーはいないだろうと思ったらカップルが1組、食事をしていた。


三本槍岳から先は福島県に抜ける道があるがそれだと帰れない。
どうしてもピストンせざるを得ない。


南へ下って「朝日の肩」まで来るとこれも荒々しい朝日岳が眼前に見える。
とはいえ、登るのに10分しかかからないらしい。


3座目の朝日岳。
茶臼岳と同じく噴火によって盛り上がった山らしいが形はハッキリしている。


すぐ脇にゴジラの背のような岩が連なっているのが気になったが、岩登りができるような構造にはなっていなかった。


朝日岳からの帰路、避難小屋へ向かう道はエッと驚くような岩の脇を通す。
危険というわけではないのだが日光の山でいえば足尾の庚申山を彷彿させる荒技である。


これは剣ヶ峰かな?


いや~、凄いもんだな!


日光の山では見たことがないが、たぶんウラジロコヨウラク。


峰の茶屋跡避難小屋が見えてきた。
朝は左に見える緩やかな斜面を歩いて小屋前に出て、それから茶臼岳に向かった。


朝は中に人が大勢いたため遠慮したが誰もいないこの時間なのでゆっくり見てみた。実にきれいに利用されている。手前にも部屋があって非常時には50人は入れそう。


茶臼岳の見納め。


こちらはいま降りた朝日岳。


東に向かって朝歩いた道を進む。
時間が許せばもっと長居をしたい気持ちだが、車での移動時間が長いので居眠り運転をしないためにも限度となる時間だ。


それにしても凄いものだな、那須の山は。火山そのものだ。


火山帯の道を過ぎると樹林帯の中に入るが距離は短く、駐車場までは近い。


鳥居をくぐり抜けとすぐ左に登山届けポストの建物がある。
時間は18時を回った。


朝の混雑がうそのように大きな駐車場は閑散としていた。


今日の歩行距離は20キロ。休憩を含んで10時間だが疲れるほどではなかった。
登山口とそれぞれの山頂との標高差は500メートルしかないし、アップダウンも多くはない。ロングトレッキングというに相応しいルートなのだ。
福島県の会津駒ヶ岳も素晴らしかったが那須の山もよかった。いっぺんに気に入ってしまった。


茶臼岳から先、牛ヶ首まではハイカーがいたが、その先はひょうたん池の手前でひとりと三本槍岳の山頂でカップルを見かけただけだった。
思うに一般的にはロープウエイあるいは峰の茶屋避難小屋から茶臼岳を目指し、茶臼岳の西側を歩いて同じ場所に戻るというパターンが多いのかもしれない。朝日岳はそのオプションという位置づけではないのだろうか。
ましてや牛ヶ首から先、三斗小屋温泉へは距離が長くまた、樹林帯であるため見通しが悪いのであまり利用されていないのではと思う。

いずれにしても花の季節のこの快晴の下、人の少なさはありがたかった。
行きたい山がどんどん膨らんで、日光の山から遠ざかる一方の管理人なのである。
このブログの名称も変えなくてはならないか?(笑)

天上から静かに舞い落ちる華麗な滝、布引滝へ。

2017年6月17日(土)

スノーシューツアーが終わって以後、初めてのツアーである。
管理人が運営しているスノーシューのホームページやペンションのホームページをつぶさに見てもこのツアーは探せない。
つまり、日頃からコンタクトをとっているリピーターのための、非公開ツアーなのである。

スノーシューツアーは距離も時間も短いので初めて参加する人も歓迎しているが、6時間も7時間もかかりその上、急斜面のアップダウンがあるツアーだと脚力の知れない人を誘うのは躊躇う。どのようなアクシデントがあるかわからないからだ。

今日おこなった布引滝ツアーもそのひとつで、長い林道歩きを避けるためにあえて林の中の急斜面に入り、ショートカットすることで距離と時間を短縮する必要がある。丸太で組んだ階段は朽ちており、バランスを崩すと転倒する恐れがあるし、岩の上を歩くには慣れを必要とする。不本意ながら参加してもらうのに条件を付けざるを得ない。

その条件というのがリピーターすなわち、過去に管理人が主催するツアーに参加したことがありなおかつ、それなりの脚力と精神力を有している人、ということになる。
今日は今年2月、スノーシューツアーに参加してくれたHKさんをご案内することになった。
スノーシューツアーでお会いしたのが初めてではあるが、安定した歩きは他にスポーツをたしなんでいると判断した。

今日の記事ではいきなり2度目のショートカットから始まる。
1度目のショートカットは30度もある斜面を登るのに、同行のHKさんのことが気になり、写真など撮っている余裕がなかったというのが正直なところだ。
その斜面を難なくこなしたHKさんを見て、ここに来てようやく写真を撮る余裕が出てきた。


2度目のショートカットはガレ場から始まる。
ガレ場が終わると笹原に変わるが安定性に変わることのないHKさん。


コンパスで狙ったとおりの場所に出るとそこが3度目のショートカット入口である。


すべてのショートカットを終えて車道の上に出るとそこに、日光連山をバックにした布引滝の展望台がある。
歩き始めでいきなり急斜面のショートカットを強いられてさぞ面食らったであろうHKさんだが、この展望の良さとまったりした空気に、爽やかな笑顔を見せてくれた。


展望台をあとに車道を進むとやがて道は尽き、そこに木製のテーブルとベンチが置かれた広場がある。
布引滝への入口部分である。
広場には鉄骨で組まれた大きな櫓が建っていた。
聞くと斜面の崩落が激しいため工事を始めるらしく、そのための資材などを運搬する設備らしい。


ここで道は布引滝と富士見峠にわかれるので布引滝へは直進する。
直角に右に曲がると富士見峠に行き、女峰山と小真名子山に登ることができる。


布引滝へは分岐からかなり急な下りとなる。
急だから歩きやすいようにと丸太で組んだ階段が敷設されているのだが、年月の経過に伴って土はえぐれて段差が大きいわ、丸太は朽ちて傾いてるわでとても歩きにくい。自然の中に設置した人工物の維持管理の難しさが表れている。


朽ちた階段を下り終えると歩きやすくなる。
さらには小さいがゆえに地図に描かれない沢が数本流れている。流れは清冽である。


2回目の渡渉。
水深は5センチくらいなので足を濡らす心配はない。


3回目の渡渉。
ここも地図には描かれていない。


バイケイソウの群落の間を縫って歩く。
和名は梅慧草。花はまだついていない。
茎が伸びて先に梅に似た花をつける。


丸太の階段の次は岩畳。岩畳からロープを伝って降りるとようやく野門沢に降り立つことができる。布引滝の最上部が見える。
これからしばらくの間、河原の大きな岩を縫いながらあの滝を目指す。


沢はここで行き止まり、目の前に落差10メートルほどの小ぶりな滝が落ちている。布引滝の末端部分だ。
目標とする布引滝本体はこの壁の上だがここを乗り越えるのは無理。
この手前にロープがあるので高巻きする。


沢の左岸にかかっているロープを頼りに急斜面を登っていく。


マイヅルソウ


ロープが終わって平らになった。
シロヨメナの間を縫って行くと、、、


そこにとてつもなく大きな滝が出現して訪れる人の度肝を抜く。布引滝の本体である。


落差は120メートル。華厳滝を凌ぐ大きさだ。
カメラを縦に構えてようやく全体が収まる。


露出を変えてもう一枚。


HKさんは健脚である。
ゲレンデスキーの長いキャリアがあり、ボードもこなすという。
山歩きは始めて間もないらしいが何ごとも前向きに取り組むスタイルなので上達も早いはずだ。これからの成長を応援して差し上げたい。


HKさんに撮っていただいた。


滝の上部をズームで撮ったところだがものすごい飛沫。水量の多さと流れの強さがわかるというもの。


石伝いに渡渉して滝に近づいてみたが、降りかかる飛沫でこれが限界。これより先は水浴びをするようなものだ。
昨年、管理人がソロで訪れたときに気づいたのだが、これだけ水量が多くまた落差が大きいのに妙に静かであることを不思議に思ったものだ。
それがここへ来て理解できた。
流れは滝壺に直接落ちているのではなく、大きな岩に当たってから滝壺に入っている。岩が消音効果を果たしているようだ。

ここでHKさんと二人っきり、滝を眺めながら至福の昼食を、、、という目論みであったが天はそんな管理人の心を見透かしたのか、そうはさせてくれなかった(泣)
布引滝がある栗山(日光市)は、豊かな自然を利用したさまざまな自然体験ツアーをおこなっていて、今日がその日だったようだ。
衆人環視(といっても7人だったが)の下で黙々と菓子パンをほおばる管理人であった。
5秒でくりやま


ネコノメソウ
花がふたつ横に並んで咲く様子が猫の目に似ていることから名がついている。


ズダヤクシュ
長野県の方言の喘息薬種(ぜんそくやく)が転じたと図鑑にある。


HKさんに気に入ってもらった苔むした岩海。
往きはさっと通り過ぎてしまったが映画のシーンに相応しいような景観と出合い、それが心にしみ入る。


沢の流で喉を潤すHKさん。
この水は無味無臭、冷たくて旨かった。
沢水には清濁あって、場所によっては細菌で腹を下す場合がある。
ではどんな沢なら安全なのかといった見極めはとても難しく、自分の感覚に頼るしかない。ひとくち、口に含んでなんらかの味がするとか臭いがあるといった場合は飲み水には適していないと考えるべきである。
管理人の場合、沢幅が広く緩やかな流れは水温が高く細菌が繁殖しやすいので飲んだりしない。沢岸の流れの弱い場所に泡が立っているのは富栄養化でプランクトンが繁殖しているためなので論外。近くに寄っただけで臭いを感じる。
あちこちにシカを見る場所も不適である。シカが沢を横切ったり水を飲むような場所には細菌が繁殖している可能性が大きいとみるべきである。


やがて、遊歩道という名の段差だらけの道は終わりとなり、工事中の広場にたどり着いた。


展望台から下に向けてのショートカットも上手くいった。


ここまで管理人がなんら不安を感じることなく着いてきてくれたHKさん。
ショートカットはあと1箇所を残すのみとなった。

沼原湿原散策と那須の視察

2017年6月11日(日)

次回のためのメモ
那須連峰を歩くための交通、登山口の確認と近くの沼原(ぬまっぱら)湿原の散策。
お客さんをガイドすることを視野に入れ、混雑状況を把握するため、あえて快晴の日曜日を選んだ。

茶臼岳登山にもっとも便利な那須ロープウエイ山麓駅。
駐車場は3箇所あるがどれもほぼ満杯状態。
山頂直下まで5分で到着し、そこから山頂へは30分程度で行けるらしい。
ロープウエイは20分間隔で運行しているが、観光客らしき手ぶらで乗り込む人の方が多かった。
道路はここからさらに上へと続いていて、行き止まりが茶臼岳に徒歩で登るための登山口らしい。


道路の行き止まりから階段を5分ほど上ると「那須岳登山口」に達する。
那須岳とは茶臼岳、朝日岳を筆頭にいくつかのピークの総称で、単体としての那須岳は存在しない。最高峰は福島県境の三本槍岳で1916.9メートル。


登山口手前に登山指導所があって登山届けはここにあるポストに投函するが、用紙はなかった。
単独行動でなおかつ人っ子ひとりいない山に入ることが多い管理人は登山の際、あらかじめ届けを3通作成し1通は自宅、1通はポスト、1通はザックに入れておく。
こうしておけば管理人の遭難はまず、家人が気づく。家人は警察または消防に届けを出すであろう。警察、消防は山中に倒れている管理人を発見し、身元を確かめるために管理人のザックの中をあらためるはずだ。その際、登山届けが入っていればそれで身元が知れる。
こうすることで管理人の遺体は速やかに家に届くことになる。とまあ、そこまで緻密に考えているわけではないが、遭難時における発見、救助(あるいは遺体搬送)の効率は上がるであろう。


ベニサラサドウダンが深紅の花で迎えてくれた。


登山口をあとに元来た道を車で戻って町営の那須温泉ファミリースキー場へ。
今年3月、雪山訓練に来ていた県内の高校生ら8人が大規模な雪崩に巻き込まれて亡くなった現場である。慰霊所が設置されているので向かった。


茶臼岳を見上げる公園風の広場に献花台が置かれ、亡くなった高校生にために花やスナック類が手向けられていた。


遭難の状況を知りたくて現場となったスキー場に行ってみた。
ゲレンデはこの時期、地元のアウトドアスクールによるパラグライダー教室がおこなわれていて、数人の受講生がランディングの練習をしていた。

こんもりした大地が茶臼岳の一部(東面)で、中央に見える出べそのようなのが「天狗の鼻」と呼ばれる大きな岩(たぶん)。高校生達はスキー場のゲレンデから離れ、画像の真ん中当たりの林を尾根に向かって急斜面をラッセルしながら上って尾根に達し、さらに天狗の鼻に向かって進んでいたときに、天狗の鼻から落ちてきた大量の雪に埋もれたのだ。

ここから見ると天狗の鼻の斜面に木々がないことがわかるが、地質が溶岩であるために大きな植物は育たないのであろう。あるいは雪崩の常習地帯となっているために木々が生えないのかも知れない。
傾斜も30度くらいあるから雪崩が起こりやすい斜面といえる。と、素人の管理人にもその程度の知識はある。絶対に近寄りたくない地形だ。


遭難の現場をあとに沼原湿原に向かう途中、那須高原ビジターセンターがあったので立ち寄ってみた。
展示・解説コーナーがあるのは管理人の地元・湯元ビジターセンターと同じだが、建物は近代建築を思わせるようで実に立派だ。
しかし、茶臼岳の賑わいをよそに訪問者が少なかったのは、茶臼岳までまだ道のりがあるという立地のせいなのだろうか。


車を「一軒茶屋」の交差点まで戻し、板室方面に右折すると別荘地を縫うようにして道が続く。板室温泉の近くでさらに右折すると本格的な山道となり、行き止まりが沼原湿原の遊歩道入口だった。
緩やかに下っていくと湿原の際に出た。


湿原入口に設置されている説明板。
さあ、どんな花が見られるのか楽しみ。


南北に細長い湿原は植生保護のため木道が敷設され、湿原を一周できるようになっている。


ツボスミレ


ハルリンドウ


南北に細長い湿原は北方面の視界が開けている。
中央に見えるのは福島県境の1800メートル峰、右から流石山に大倉山、三倉山らしい。


カラマツの雌花を見つけた。


ズミも目立った。


カエルの卵らしい。


ほう、ここから三斗小屋温泉に行けるんだ。いつか挑戦しよう。


一周を終えて駐車場に戻るとトイレの脇に茶臼岳への道標があるのを見つけた。
地図と見比べてみたが複数のルートがあるようだ。
いずれ歩くことになるだろう。

矢板市のミツモチ山。下って下って山頂に(笑)。レンゲツツジを堪能。

2017年6月2日(金)

夜半の雷を伴う激しい雨も止み、今朝は青空がのぞいた。
宿泊のお客さんを送り出し、予定していた八方ヶ原のレンゲツツジを観に行くことにした。
先月23日、スッカン沢の滝を見た帰りに八方ヶ原に立ち寄ったところ、大半の木がまだ蕾の状態だったのを見て、例年の開花日は知らないが今年は6月になってからと考えたのだ。

予定の行程は学校平の駐車場から歩き始めて大間々まで、ツツジを眺めながら1時間かけてのんびり歩き、大間々に着いたらレンゲツツジの群落地をぐるっと一周する、そんなことを考えていた。
自宅の出発は遅いが歩く距離は短いから問題ないと思う。
ところがもうすぐ現地に到着する頃になって空が急に黒くなり、大粒の雨が降り出した。ワイパーを高速にしても視界不良が解消されないほどの激しい雨だ。雨に混じって霰(あられ)が落ちてきた。それに強風だ。出かける前の天気予報によると大気の状態は不安定とのことだったが、あれほど青空におおわれていたのにこの雨と風だ。意気消沈する管理人なのである。

雨と風は学校平に到着してもなお続き、しずまる気配はない。
よしっ、今日は潔くあきらめよう。
その代わり、学校平から大間々まで、歩くのをやめて手っ取り早く車で行って、窓越しにレンゲツツジを眺めて帰ろう。そのくらいのことをしなくては自宅から1時間半かけてやって来た甲斐がない。

車を走らせながら花を窓越しに観ようとしてもそれには限界がある。学校平から大間々までの約10分、道路沿いにヤマツツジとレンゲツツジが観られたがやはり違うんだよな、歩きながら眺めるのとはね。
大間々に着いてからも雨と風は強く、トイレに行くのに傘を広げることもできないほどだった。

レンゲツツジは日光でも見ることができる。湯ノ湖の兎島、光徳沼、湯川沿い、戦場ヶ原などにだ。
ただし群落ではない。
群落ではないが新緑の中、大柄で橙色の花は目だつ。低木なので咲いていれば遠目にもあれはレンゲツツジだということがわかる。
これらが群落を成すとどうなるのか、それをぜひ見てみたいものだ。
ふつふつと湧き上がる欲望とレンゲツツジの誘惑(笑)

幸いなことに雨は止んだ。空が明るくなった。あとはこの風さえしずまってくれれば絶好の観賞日和になる。
ここで気が変わった。
ツツジばかりで風を遮るもののないこの場所で写真を撮るのは難しい。
であればツツジの観賞は後回しにして、先に近くの山に登ってしまおう。山の中なら風が防げる。下山するころにはこの風もしずまっているだろう。レンゲツツジを観賞するのはそれからでも遅くはない。
選んだのは大間々からもっとも近いミツモチ山(1248M)である。


八方ヶ原の駐車場からはいろいろなコースがとれる。
今日はもっとも近いミツモチ山を目指すが、剣ヶ峰を経て釈迦ヶ岳に行けるし剣ヶ峰、大入道を経て戻ってくる周回ルートもあってなかなか楽しめる。
ミツモチ山も往復、異なるコースを歩けるようになっている。


登山道はこんな感じ。
昨年3月、学校平から歩き始めてここ大間々を経て、釈迦ヶ岳に登ったときもこの道を歩いた。


歩き始めてすぐ、ミツモチ山への分岐に差しかかる。
ここから入ると右回りに周回して「青空コース」で戻ってくるわけだが、管理人の習性として、半径が小さい場合、なんとなく左回りの方がしっくり来る。
車の場合だと右カーブよりも左カーブの方が楽だし、右折よりも左折の方が楽という心理的なものなのかもしれない。あるいは右利き、左利きというヒトの生理に関わるのかもしれないが、とにかくここは左回りだ。もう少し歩いて「青空コース」から入ろう。


今度は剣ヶ峰コースとの分岐。剣ヶ峰コースを進むと釈迦ヶ岳や鶏頂山へ行ける。
直進するとミツモチ山の青空コース。


笹原の中の一本道だが、山へ向かって進んでいるという気がしないほど平坦いや、明らかに下っている。道を間違えてる?


先ほどの雨のせいかコースを水が流れている。
これから登るミツモチ山に向かって流れているという不思議な感じ(笑)


残り700メートル地点にミツモチ山へのもう一本のルート、「やしおコース」に連絡する道があった。


雨水が溜まってできた池なのかそれとも恒常的に水が溜まっているのか、林の中に2つ、このような池を見た。動物の水飲み場として使われるのかも?


林を抜けると開放感たっぷりの広い笹っ原に出た。展望もいい。道は相変わらず平らで車でも十分、走れるくらいの広い道だ。


木で造られたテーブルとベンチが現れ、ここが山頂らしい。
結局、ここまで、下りながら山頂に達するという貴重な体験をしたのだった(笑)


おやっ、展望台があるぞ。


階段を数段上がると展望台。
ここが山頂ということか?


お~、いい眺め!
南側に展望が開け、見えるのはおそらく矢板市街と思う。
あの雲がとれれば宇都宮市街まで見えるのかもしれない。


いつものように菓子パンで昼食とし、下山することにした。
ここまでが「青空コース」で、ここからは「やしおコース」を行く。


「やしおコース」を歩き始めたところ。
コースが水たまりとなっている。
ここはやむを得ないが笹が茂っている側に避けるべきだろうな。それを何百人、何千人もが繰り返すうちに笹原が裸地化することになるが、、、


おっ、シロヤシオがまだ見られた。
コース上に落ちている花はずいぶん見てきたがまだ咲いているのもあったのだ。


直径1メートル以上もある大きな木。立派である。
案内板によるとイラモミという針葉樹で、日本ではここ栃木県北部が分布の北限だそうだ。


水が流れるコースはまだ続く。
景観として悪くはないが歩くには苦労が伴う。


先ほど通過した分岐に飛び出した。車も見える。


さて、では最後にツツジでも観賞しましょうか。
午前中のあの強風もしずまり、木々の枝が風になびくこともなくなった。これで写真が撮れそう。
大間々の駐車場から学校平に向かって緩やかな下り傾斜となっていて、そこに広大なツツジ林が広がっている。広さは300ヘクタールもあるらしい。これを東京ドームに換算すると64ヶ分に相当する、と計算できた。
林内には遊歩道があって歩きながら目の前のツツジを観賞できるが、駐車場から見下ろすだけでも十分、楽しめる。


前方に見えるピークは方角から判断して剣ヶ峰と学校平を結ぶ縦走路にある大入道(1402M)らしい。


場所を少し移動して前の画像と同じく大入道を見る方角で撮ったレンゲツツジ。とにかくものすごい数のレンゲツツジが斜面に成育している。


見晴らし台を降りて林内を歩いてみるとヤマツツジが多い。
張り出した枝で行く手を遮られることもある。いやぁ、それにしてもすごい数だな。


今日は標高1280メートルの学校平から歩き始めたため、1250メートルのミツモチ山まで下りながら登山をしたわけだが、ミツモチ山へは他に山頂の南に位置する標高700メートルの栃木県民の森を登山口とするコースがある。
そうすると当然ながら斜面を登ることになる。次はそっちのコースに挑んでみよう。
なお、大間々駐車場から青空コースを辿ってミツモチ山へ至る道は、地理院地図では軽車道(細い実線)の扱いになっている。道幅が広くまた平坦だったのはその理由による。山頂のテーブルとベンチ、展望台を建設するにあたってはおそらく、管理人が歩いた道を資材を積んだ車が走ったのであろうと思う。

それにしてもなんですな、自宅からの移動時間はかかるもののこれほど手軽にハイキングが楽しめる場所があるというのはいいものです。日光でいえば小田代ケ原や戦場ヶ原がそれに当たるかな?
大きな違いは展望とハイカーの数。
展望の良さと静かに楽しめるという点では今日、管理人が歩いたコースが絶対に優位。
交通の便でいえば奥日光が断然優位だが、どちらの優位性を重視するかでいえば管理人は今日のコースを推す。と、日光の他にも楽しめるエリア探しに腐心する管理人なのである。
今日は大きな収穫だった。

夏日の古賀志山でホットなランチ(^^)。未踏ルート発見という収穫も。

2017年5月31日(水) 晴れのち曇り

数日続いた天気も今日までらしい。
雨の日のあのしっとりした感じもいいものだが、ここ数年で晴耕雨読が身についてしまった管理人は山を歩くのに晴れの日を選べるという、一般のハイカーに比べれば恵まれた暮らしをしているので、なにもわざわざ雨の日に出かける必要もない。
などと書くとえらそうにっ、とご批判を受けかねないが要はそれだけ本業が暇というわけ(笑)。

今夜から明日にかけて雨が降るらしいので今日はやはり山行に充てるべきであろう。
ちょうどお米が切れて、一年分を玄米のまま預けている農家へ取りに行く用事ができたのでそのついでに、農家とは目と鼻の先にある古賀志山へ行くことにした。

前回いつ行ったのか記憶にないくらいご無沙汰している。
昨年は古賀志山に咲く花を追い求めて週一のペースで通ったものだが日光や会津の山に登るのに忙しくなり、足が向かなくなってしまった。花はもう咲き終わっているだろう。
古賀志山は2014年10月から数えて今日で56回目となるわけだが昨年9月以後、ペースはぐっと落ちて半年でまだ6回と少ない。
とはいえ、この山は花だけではなく、いろいろな楽しみ方ができるので気に入っている。
ちょっと空いた時間を活用して楽しめるのがいい。
管理人の今日の持ち時間である4時間を有効に活かしたいと思う。


前回来たときと比べて水位が低下した赤川ダム。
大丈夫かね、農作物などは。梅雨を期待するのみ。


赤川ダムの畔にある公園管理棟の脇からコースに入る。


コアジサイ


ニガナ? ハナニガナ?
微妙なところ。


木立の中の歩きやすいコース。
思わず走りたくなりますな(笑)
なお、この道は車道に出てお終いになる。


クロイチゴ発見。
日光では珍しいのにここでは道路脇にびっしり。


車道を古賀志山南コースに向かって歩いていると、斜面を上る小径を見つけた。方向は古賀志山へと向かっている。
なんども通っている道なのにここから古賀志山へ行ったことはないような気がする。
古賀志山のバリエーションルートは歩き尽くした感があるが、こんな身近にまだ未踏ルートがあったとは、、、


おぉ、巨大な岩が前を塞いでいる。
見たことのない光景だからやはりこのルートは初めてらしい。
乗り越えられるかと思って岩のすぐ下まで行ったところ、ロープや鎖など手がかりがないため巻道を探すことにした。


この辺から登ってみることに。


なんとなく見覚えのある場所に出た。
ここはもしかすると古賀志山の岩コース?
※岩コースは地図にある南コースから派生する山頂への近道でバリエーションルートのひとつ。南コースの東に位置する。


岩を上った先は古賀志山の山頂だった。
山頂広場では2グループ、10名ほどのハイカーが昼食を楽しんでいた。


古賀志山を通り過ぎて次にハシゴを上ると、、、


そこは展望抜群の御嶽山。
時間は12時ちょうど。
古賀志山の賑わいとは違ってここは無人だった。
古賀志山にくらべて御嶽山は展望がいいので人が集まるのに今日は珍しい。


予報によると天気は下り坂らしく日光連山は霞の中にある。


山頂を少し西へ行くとコースから外れて平らな場所がある。宇都宮市街が望める。
ではこの辺でランチでも。


いつも菓子パンばかり食ってる管理人だが今日は趣向を変えてちょっと凝ったものを作るぞ(笑)
そのためにコンビニで食材をいろいろ買い込んだ。これでも一応、ペンションではお客さんに提供する料理を作ってる身なんである(笑)
さて、何を作ろうとしているんでしょうか?


食パンの上にガーリックをぬり、その上に薄切りハム、スライスチーズ、きんぴらを載せさらに食パンをもう1枚重ねて、、、
あっ、七味唐辛子があればよかった。


次にこいつで挟んでストーブの上に載せて、、、
ひっくり返しては焼き具合を見てを3回ほど繰り返す。


いい焼き加減、、、
厚みのあるアルミダイキャスト製のホットサンドメーカーなので火の強さはかなりいい加減でも大丈夫。要は途中、なんどか焼き加減を見るのがポイント。
ではいただきます。飲み物はサラッとしたスープが合うようで。
うん、旨い。
旨いが熱い。とろけるチーズが熱を保持してなかなか冷めない。そして暑い。
今日は初夏の気候、秋から春にかけてだったら最高のランチになるな(笑)
いずれ機会があったら常連のお客さんに実験台いや、モニターになっていただいて反応を確かめたい。


お客さんがチェックインする15時にはまだ余裕があるので往きとは異なるルートで帰ることにした。


猪落(ししおとし)は距離は短いながらも全体が岩尾根になっているので落ちたら大怪我は免れない。
焦らず慎重に。


御嶽山からの下りに利用される階段の道(南コース)と合流した。


再び公園内の快適な道を歩いて駐車場へ向かっていく。


ログはGeographicaで記録した。
ただし、バッテリを節約するため記録間隔は1分の設定なのでやや直線的となった。

スッカン沢は滝だらけ。素簾の滝、仁三郎の滝、雄飛の滝へ。 

2017年5月23日(火) 晴れ

晴れと夏日の続くここ数日、涼を求めて昨年行ったことのある栃木北部、那須塩原市の滝巡りをしてきた。
管理人が住む日光市は今から10年前に広域合併がおこなわれ、日光市は栃木県の面積の1/4を占めるほどに広がった。
すなわち、それまでの今市市、藤原町、足尾町、栗山村が合併によって日光市となったわけだが管理人、合併前のそれら市町村のフィールドをほとんど知らない。
山歩きをするのに合併前の日光市(便宜上、現在の日光市にたいして旧日光市あるいは旧日光とする)だけで事足りていたからだ。

管理人が初めて旧日光以外の山に登ったのは足尾町(旧上都賀郡足尾町、現在は日光市足尾町)の薬師岳~地蔵岳~夕日岳を縦走したときだ。
とはいえ、それさえ合併から8年も経ってからのことだ。さっきも書いたけど、それまで山歩きをするのに合併前の日光市だけで十分だったのだ。
日本百名山や二百名山を目指して全国を歩く人たちに比べて管理人は、ただひたすら旧日光の山を登り続けてきたのである。偏執的な傾向があるのかなぁ、おいらは?
もとい、気に入った山なら極めるまでなんども登るという気持ちが人一倍強いのだよ(笑)

そんな管理人の“タガ“が外れたのは宇都宮市の低山、古賀志山を知ってからだった。この山なくして現在の管理人の山への取り組み姿勢を語るのは困難である(そのへんのところは「古賀志山」と検索してください)。
日光じゃなくてもこれほど管理人の心を魅了する山があるんだ、というのが古賀志山の印象であった。それからだ、旧日光にとらわれず、あちこちの山に登るようになったのは。

古賀志山は日光の南に位置するが、日光の北に目をやると昔、家族で行った奥鬼怒がある。その近くには降った雨を太平洋と日本海とに分ける分水嶺の山、黒岩山や帝釈山、田代山、荒海山などが連なっている。それらは現在、日光市に属する(正確には福島県境)が合併前は塩谷郡栗山村だった。荒海山は藤原町だったかな?
旧日光以外の山を知れば知るほど、管理人には栃木県の奥深さが理解できるようなった。栃木県はとてつもなく広い。そしてまだまだ魅力的な山がたくさんある。
いままで旧日光の山に固執していたのが我ながらウソのように思える。

今日、訪れたスッカン沢は日光市の北西、栃木県北部の那須塩原市にある。
昨年10月、矢板市八方ヶ原の学校平から雷霆ノ滝と咆哮霹靂ノ滝を目指したのだがその際、案内板には他にも雄飛の滝、素簾の滝、仁三郎の滝とあるのを見て、機会ができたら是非行ってみようと計画を温めていた→雷霆ノ滝と咆哮霹靂ノ滝

じつは案内板にはこれら5つの滝は沢は異なるものの、連続して見ることが可能となっている。雷霆ノ滝と咆哮霹靂ノ滝は桜沢に、素簾の滝、仁三郎の滝、雄飛滝はスッカン沢にかかる滝で、案内板を見ると1本のハイキングコースで結ばれているのだ。
ただし、2011年の東日本大震災によってハイキングコースの一部が崩落したため、学校平を起点にした場合は雷霆ノ滝と咆哮霹靂ノ滝へは行けても素簾の滝、仁三郎の滝、雄飛滝への道は閉ざされて行くことができない。これら3つの滝へ行くには別の入口に改める必要があった。
そこで今日、別の入口から歩き始めてスッカン沢にかかる雄飛の滝、素簾の滝、仁三郎の滝を見てきた次第だ。


塩原と矢板を結んでいる県道56号線にスッカン沢にかかる橋がある。
橋のたもとの駐車場に車を置くとこの画像のような光景となる。
スッカン沢へはここから見える橋(雄飛橋)を渡り、階段を下る。


雄飛橋から見下ろしたスッカン沢。
遊歩道は沢の左岸(流れに向かって左)についている。
河原の石や岩が光沢のない茶色であるのが目につく。


これが遊歩道。
沢から10メートルくらいの高さにある。アップダウンはなくほとんどフラット。


この沢にかかる3つの滝のうち、最初に出合うのが素簾の滝でここだけ川原に降りて眺めることができる。
素簾とは「すだれ」の意味だが、実際に見て初めて名前の由来がわかった。


スッカン沢の対岸は高さ10メートルはあろうかと思える岩壁が連なっており、岩壁を伝って水が流れ落ちている。、その幅は100メートルはあろうかと思える。
これら全体が「すだれ」状に見えることから素簾の滝という名前が付いたのであろうが、管理人にはすだれに見える流れの個々が独立した滝に見えてしまうほどだ。
全体を見て素簾の滝というよりも、個々に名前を付けてあげたいくらいだ。


こんな素晴らしい光景にも出会えた。
天然の岩風呂かと思ってしまいそうな光景だ。
右の流れがスッカン沢の本流で左は素簾の滝の一部。
ここで注目すべきは水の色である。
硫黄泉のように濁っている。
高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)を源流とするスッカン沢は火山の成分が含まれているため、このように青白く見えるそうだ。
ちなみにスッカンとは酢っ辛いが転じたらしい。魚も住めないとある。
雄飛橋から見下ろしたときに石や岩が茶色に見えたのは火山成分によるものと思う。


次は仁三郎の滝。
橋のすき間から覗くと全体が見える。


仁三郎の滝。
落差はそれほど大きくはなく、5メートルほど。


最後が雄飛の滝。
素簾の滝からここまで200メートルちょっと。
日光には霧降三滝という3つの滝を巡るコースがあるが、それよりもお手軽。


雄飛滝は仁三郎の滝より少し大きいかなといったところ。


雄飛の滝を過ぎるとスッカン沢を渡る橋と出合う。
木製の大きな橋だが吊り橋ではない。


この橋を境にして名前がスッカン沢から鹿股川に変わるようだ。
構造はかなり複雑でこの平らな橋を渡ったら階段に変わり、次に対岸の階段を上って下るようになる(記憶では)。


上りの階段は右岸の岩壁から落下したと見られる岩によってふさがれていた。
6年前の地震は大きな傷跡を残したまま現在に至っている。


この先が崩落地らしく通行止めになっていた。
今日はツアーではないため同行者はいないが、お客さんを安全に目的地まで案内するのを生業としている管理人としてはここまでを視察すれば十分であった。引き返すことにした。
先ほどの立派な橋や階段は朽ちるに任せるのだろうか、とてももったいない気がする。


この階段を上ると県道56号線。


雷霆ノ滝と咆哮霹靂ノ滝がかかる桜沢へ行くにも、素簾の滝、仁三郎の滝、雄飛滝がかかるスッカン沢へ行くにも交通のアクセスは非常に悪い。
電車やバスだと絶望的である。
したがってどうしてもマイカーが必須となる。
だから空いているだろうと思って雄飛橋の駐車場に入ったところ、7・8台の車が駐まっていた。辺鄙な場所にありながら知られているのかもわからない。大きな三脚を肩にしたカメラマンが多かった。

女峰山、黒岩尾根ルート。10年ぶりだがこのルートの厳しさをあらためて実感する。

2017年5月19日(金) 晴れすぐ曇り

行者堂(5:40)~稚児ヶ墓(6:47/6:52)~水場(7:15/7:20)~八風(8:38)~黒岩(8:56/9:05)~唐沢小屋(10:48/11:05食事)~女峰山(11:46/12:26食事)~P2318(13:06)~一里ヶ曽根(13:35)~P2209(14:04)~奥社跡(14:09/14:15)~赤薙山(15:03/15:13食事)~焼石金剛(15:26)~小丸山(15:50)~キスゲ平(16:20/16:55発のバスで帰宅)
行者堂~女峰山:6時間06分、女峰山~キスゲ平:3時間54分(往復とも休憩多数)
車は行者堂近くの滝尾神社にデポ。下山後、バスで帰宅して引き取る予定。



今や女峰山登山のスタンダードとなったとはいえ霧降からのルートは決して楽とは言えない。
スタート地点の標高は1340メートルなのに対して山頂は2483メートルだから標高差は1140メートルもある。男体山は標高差1200メートルなので厳しいとされているが、一方的に上っていく男体山に比べて女峰山はアップダウンを繰り返しながら上るため、標高差だけで単純に比較したのでは本当の厳しさが見えてこない。
そこで累積標高という概念を取り入れて比較すると、女峰山の方がはるかに厳しいことがわかってくる。
この辺のところはこちらで→「山の厳しさの指標として、累積標高について考えてみた

今日の行者堂から上り始める黒岩尾根ルートは、霧降ルートを上回ってさらに600メートル余計に登る。大盛りどころか特盛りなのである。
とにかく標高740メートルから歩き始めて2483メートルの山頂まで、1740メートルも登らなくてはならない。累積標高も霧降ルートより大きい。
したがって敵は急登、露岩、ガレ場、雪と、手を変え品を変えて登山者を待ち構えている。サービス満点、心してかからなければならない。

この日、管理人は前日のウォーキングの疲れがまだ残っていたのか、黒岩を過ぎて間もなく、足に来た。急登に次ぐ急登で管理人もこれが限界かと思うほどだった。
周りの景色を眺めたり植物などを観察しながら歩いたが、とにかく苦しかった。
元気になったのは雪が現れてからだ。
今日は雪が残っているうちに女峰山に登っておきたいという単純な動機なので、唐沢小屋の手前で雪が現れたときは嬉しくて救われた気持ちになった。管理人の前世は池の中に住む河童に似て雪がなくては生きていけない生物なのかもな(笑)
もっとも、雪が現れてからは急登が緩斜面に変わったのでそれで元気になったとも言えるのだが。

まっ、それはさておいて、登頂までに6時間もかかるこのルートは健脚向きと言えるが管理人は決して健脚ではない。なのにあえて挑戦し、歩ききれたのは自分の脚力を知り、ペース配分を心得ているからだと思う。
いい景色に出会えたら立ち止まって写真を撮ったり地図でその場所を確認したり、小腹が空いたら菓子パンをかじったり、電波が入る場所ではメールやフェイスブックをチェックしたりと、とにかく休みを多めにとる。無理はしない。
疲れたときは息を抜き、体力の回復に努める。それを繰り返しながら目的とする山に近づいていく。日没は覚悟しているが注意して歩けば大丈夫だ。
体力の落ちたハイカーが山に登り続けるためにはいろんな工夫が大切なのだよ。

今年は女峰山を極めることを目標に、最低でも5回(これは昨年の実績)、あわよくば10回は登りたい。日光市に属する山でなんど登ってもいいと思うのが名峰・女峰山なのである。
これほど厳しくも楽しい山は他にないというほど、惚れ込んでいる。その姿を腕や背中に刻んでもいいとさえ思う。
実は他に大真名子山や小真名子山といった展望に恵まれた山があるのだが、登山口への道が閉ざされてしまってからというもの、登る気力が失せてしまった。日光を象徴する山、男体山は二度も登っているから十分だ。
それらの要素が管理人を女峰山へと向かわせているのだと思う。あっ、それと福島県の会津駒ヶ岳ね。
今年はこのふたつの山に特化して、全身全霊をそそいで登るつもりだ(できればの話)。

そして今日がその第2登目だった。

※10年前の同じルートの記録→こちら
※最近の記録(ただし逆回り)→こちら

最近の記録というのは2015年5月20日なので今日と一日しか違わないが、比較すると花の咲き具合がまったく違っている。
今年は雪の降り始めが遅く、その分、遅くまで雪が残っていて花の咲き出しが遅いようだ。

黒岩尾根ルートの登山口となる輪王寺行者堂(んっ? ピンぼけだな)。
ここへ来るにはマイカーだと史跡探勝路になっている滝尾神社に車を置いて徒歩10分。電車の場合だと日光駅からバスで東照宮まで行き、参道から二荒山神社を抜けてここまで20分くらい。


お堂の裏に回り込むとようやく、ここが登山口であることがわかる。
登山届けのポストはこの右側にある。


直径2メートルはある巨大な檜(たぶん)。
御神木たるに相応しく堂々としている。


うっそうとした檜林の斜面を上がっていく。


登山道は一旦、管理道路と交わるが中央に見える赤いプレートからすぐまた檜林へ入る。


厳しい登りですぞ!


殺生禁断境石と刻まれた大きな石の柱がある。
徳川家光が出した殺生禁断令と関連があるらしいがあまり詳しいことは知らない。
ここまで来るのにかなり汗をかいたのでウインドブレーカーを脱ぎ身軽になった。檜の林の中なので日差しは遮られるがそれでも暑い。今は薄手の中間着とその下にfinetrackのスキンメッシュ。finetrackは汗を吸い取る機能に特化した透き通るほど薄い生地なので実質は中間着1枚と同じ。


殺生禁断境石まで急登を強いられたがここで一旦、傾斜が緩くなった。
息を整えるのにちょうどいい。


貧弱だがツクバキンモンソウかな?


檜林から脱出すると青空が広がっていた。
正面に今日のお目当てとなる女峰山が見える。


この辺りからヤマツツジの群落が始まる。
まだ蕾だが数が多く、咲くと見事だ。


稚児の墓。
いつの時代にか将軍に寵愛された稚児なのだろうか?


トウゴクミツバツツジ


広大な笹原の中の登山道。
こうしてあとから画像で見るとじつに気持ちよさそうだが、傾斜はかなり厳しい。


このルートにも水場があるのだが、、、、


急斜面を降りると水場。
ただし流れは弱く、というよりはほとんどなく、どちらかといえば水たまり。
手ですくって飲むにも水深が浅いし、流れが弱いせいか枯れ葉などの堆積物が溜まっていて飲むのは躊躇う。
どうしても水が必要なときは浄水するか煮沸した方が安全であろう。


振り返って関東平野を眺める。
ここに来ていつも思うのだが、この笹原が雪に埋もれたら広大なスノーシューフィールドになるはずだ。思いっきり駆け回ってみたい。
しかしその機会はいまだに訪れることがない。


タチツボスミレ


広大な笹原が終わると芽吹いたばかりのカラマツの林に代わる。


「水呑」と刻まれている石柱。修験道として使われていた頃の名残。
ただし、周りに水が湧いているわけではなく、先ほどの水場への道しるべとしての存在なのかもしれない。


修験者による夏の修験の場所だったそうだ。


アカヤシオの登場


ウヘッ、とんでもない急傾斜。


先ほどよりも男体山が大きく迫ってきた。女峰山よりも男体山に近づいているといった感じだ。


荒々しい露岩の上に立つ道標、八風。
ここも修験で使われた場所だそうだ。


このルートは修験の跡がいくつも残されている。
これは「落葉松金剛」。古い石の祠(金剛堂)がある。


リンドウ


標高1913メートルの黒岩に着いた。
谷底からごうごうというものすごい音が上ってくる。姿は見えないが雲竜瀑だ。
ここまで来るのに3時間以上かかっている。
しかもまだ標高は2千メートルに達していない。女峰山までまだ500メートル以上、登らなくてはならない。
道標の右に見えるピークは一里ヶ曽根(2295m)で、霧降から登る場合に通過するが女峰山まで2時間という位置だ。
対してここからだとあと3時間かかるからこのルートの厳しさがわかるというものだ。


ここからまた急な上りになる。
もう嫌になるな。ウンザリする。
なぜこんなに辛い思いをしてまで女峰山に登らなくてはならないのだ。その答は冒頭に(笑)


遠方に女峰山が見えた。
中央のピーク左に雪が載った小さなピークが見えるだろうか、あれが女峰山。
中央のピークは2359の前女峰山で、修験が盛んだった頃は錫杖嶽と呼ばれていたらしい。ただし、地図には標高が描かれているだけ。また、女峰山に登るのにあそこは通らない。


ズームで撮るとこんな感じ。ピーク2318へ向かって稜線が続いている。
雪はまだたっぷり残っている。


歩き始めて4時間、標高2030メートル辺りまで来て足が急に重たくなってきた。
空腹ではないし、この重たさはなんだ。
会津駒ヶ岳が終わってから数日、雨続きで外出もできなかったが、昨日は雨の降らない一日だったので今日のためにと近所を約8キロ歩いた。その疲れが今になって出たのだろうか。


厳しい上りは続く。
こんなときは周りを観察しながら、とにかくゆっくり歩く。


鮮やかな橙色。
地衣類のダイダイゴケ(?)が岩に付着しているのだと思う。


シャクナゲの花芽


ここも修験の場だったところ。


女峰山は隠れて見えなくなり、代わりに白根山が望めるようになった。


小石が堆積したザレ場を横切る。
歩くそばから小石が崩れて落ちていく。


標高2220メートル辺り。
雪を見るようになった。
雪はしっかり締まっている。危険はない場所なのでチェーンスパイクは装着せず、靴のまま歩くことにした。


唐沢小屋が見えてきた。
これで女峰山を手中に収めることができた。


中はきれいとは言えない。
以前に比べて利用者が置いていったものが目立つようになった。
疲れたのでベンチに腰かけて菓子パンをかじる。


小屋の裏手の急斜面を登ると大規模なガレ場が出現する。
石のほとんどは浮いているので不用意に足を載せるとぐらっとする。
それにしてもこの霧。予報は晴れだったので急遽、出かけてきたのだがこれでは山頂からの眺めは期待できそうにない。


長いガレ場をクリアして再び樹林帯の中へ。


着いた、着いたぞ!
5時40分に歩き始めて延々6時間、ようやく着いた。
管理人、足が遅いのは自覚しているし写真を多く撮る。その結果が6時間とはいえ、やはり長い。このルートの厳しさを物語る時間である。
2組3名の先着者あり。霧降ルートで来たようだ。


女峰の神さま、今日はご機嫌ななめ。
山頂は祠のすぐ先なのだが霧のためずいぶん遠くにあるように見える。


谷底から上昇気流が湧き上がり、稜線を境にして南は深い霧、北は晴れだ。
正面に見えるピークは帝釈山。
天気がよければ帝釈山の奥に太郎山、左に小真名子山、大真名子山、男体山が見えるのだが今はすべて霧の中。


北西に燧ヶ岳から始まる会津の山並みが見える。その向こうは越後の山並みである。


8日は強風で三脚を立てることさえできなかった。
今日は濃い霧とはいえ記念に自撮りができた。


最終バスが出る17時前までに下山すればいいから、気持ちに余裕があった。
久しぶりに40分という長い休憩をとった。コーヒーも飲めた。
足の疲れもだいぶ軽減した。
これから霧降へ向かって降りるとしよう。
山頂から始まる雪の尾根を安全に降りるためにここでチェーンスパイクを着けた。


まずは目の前のピークへ。
三角点のある2469メートルのピークだ(ただし、地図に三角点記号はない)。


燧ヶ岳をズームで撮ってみた。
燧ヶ岳は福島県の山なのでその左右に見える山も同じかと思ったのだが、地図で調べると新潟の山であることがわかった。


振り返って女峰山を見上げる。


密生したハイマツの間を下っていく。
今月8日は風速20メートルを超える風にあおられて、このハイマツの中に倒れ込んでしまった。


ロープがかかる岩場を下る。


ピーク2318を通過


これから一里ヶ曽根の手前まで、しばらくはこんな歩きが楽しめる。


このルートはイワカガミが多い。
このくすんだ茶色の葉っぱがやがて緑色に変わり、6月半ばから花を咲かせる。


一里ヶ曽根を前に鞍部にある水場を通過する。
8日はまだ厚い雪に埋もれて水場が確認できなかった。
きょうもまだ雪に覆われていた。


これから一里ヶ曽根に向かって50メートルほど登る。


ここで女峰山山頂で出合った年配男性に追いついたので先に行かせてもらった。


次はピーク2209に向かって快適な稜線歩きとなる。


ルートはピーク2209のすぐ手前でピークを巻くようにして奥社跡(P2203)に向かって下る。


奥社跡との鞍部。
夏道が雪に埋もれていると迷いやすい場所だが今はもう大丈夫だ。


奥社跡。
8日はまだ雪が残っていたが今はご覧の通り。
スポーツドリンク750ミリを飲み干したのでここで空になったボトルに粉末を入れて水から500ミリ作る。
ちなみに今日持参した飲料水はスポーツドリンク750ミリ、水道水1リットル、お湯450ミリの計2.2リットル。お湯はコーヒーを飲むのに使ったので残りは1.3リットルになった。下山まで十分すぎる量だ。
先ほどの水場が利用できればもう少し減らせるであろう。


奥社跡から赤薙山に向かってロープがかかっている岩場を降りる。


赤薙山
ここで今日3回目の食事。菓子パンをかじる。


関東平野が一望できる赤薙山直下のやせ尾根部分。
こんもりしたピークは丸山。


焼石金剛を通過。
この道標のすぐ脇に木の祠があってその風情が好きなのだが、ハイカーが置いていくのであろう、ここ数年で雰囲気を損なうような飾り物が増えた。


小丸山
正面に見える構造物はシカが中に侵入しないようにするネット。人は出入りできるように回転扉になっている。


さあ、降りるぞ。


10日前、大きな規模の群落を作っていたカタクリも終盤となり、代わりにニッコウキスゲの芽が出てきた。


オオカメノキ


階段で足がもつれることなく、無事に下山した。
バスの発車までまだ30分ある。
レストハウスの水道設備を借りて泥で汚れた靴とスパッツを洗い、バスに乗る備えとする。


16:55発の最終バス。
途中、霧降滝で降り、家内の車に便乗して車を回収しに滝尾神社へと向かうことに。


往きにこのルートを歩く場合の面白さというか苦しさというか、そのハイライト部分を地図上に追加した。
霧降ルートはアップダウンを繰り返しながら標高を上げていくがこのルートはアップまたアップの繰り返し。


こうしてグラフにしてみると霧降ルート(女峰山より右)との違いがよくわかる。
黒岩ルートから霧降ルートへ下山と霧降ルート往復を距離、標高差などの数値で比較してみた。男体山往復も参考に。
※霧降ルート往復は去る5月8日の記録(図ではレストハウスが出発点)

距離標高差上り累積標高下り累積標高
黒岩ルート→霧降ルート18キロ1740メートル2315メートル1686メートル
霧降ルート往復16キロ1140メートル1980メートル1980メートル
男体山(参考)8.5キロ1210メートル1248メートル1248メートル

日本百名山・会津駒ヶ岳。ホワイトアウトの中、こわごわ山頂へ。

2017年5月12日(金) 濃霧のち晴れ

国道(7:13)~滝沢登山口(7:37)~駒ノ小屋(10:42)~駒ヶ岳(11:05/11:20)~駒ノ小屋(11:45/12:25)~滝沢登山口(14:12)~国道(14:38)

昨年10月、初めて県外の山を経験した。
福島県の会津駒ヶ岳である。

その辺りの理由と会津駒ヶ岳(以下、会津駒)を選んだ経緯は過去のブログに詳しく書いてあるので参照いただくことにして、初めて経験する県外の山、会津駒は、これまでの管理人の山にたいする印象を180度ひっくり返すほど新鮮で素晴らしいものであった。
あぁ、山ってホントにいいもんだなぁ、などとありきたりの言葉しか出てこないが、日光そして日光近隣の山しか知らない管理人としてはこれが会津駒を登っての正直な感想なのである。

第1登目:2017/10/12
第2登目:2017/10/19

山にはいろいろな楽しみ方があろうかと思う。
管理人、いまでこそロープや鎖がかかっている岩場やそこに熊が潜んでいるような藪を好んで歩くが、本質は違う。歩きながら遠くの景色が眺められるような開放感のある尾根を歩くことを求めている。
「歩きながら」というのが重要である。
山頂に立てば見晴らしがいいなんてのは山では当たり前だ。
そうじゃなくて、山頂に達するまでの間、歩きながら景色を楽しみたいのだ。

昨年10月に見た会津駒ヶ岳。駒ノ小屋から撮影

 

それが日光では得られない裏返しとして、岩場歩きや藪歩きに楽しさを求めるようになったんではなかろうか、冷静に考えるとそんな気がしている。

今年はもっと真っ当な歩きを楽しもう。
それには福島だ!!

頭の中がかなりショートカット、つまり短絡しているが、どこまでも平らな湿原が広がっている会津駒を経験してからというもの、心は日光から離れてもはや福島県の山にある(笑)

会津駒ヶ岳を極めたい!!!

これが今年の山への取り組み姿勢である。
一冊の本になるくらい、会津駒を徹底的に歩き、知り尽くすのだ(いいのかね、大きな声で言っちゃって)。

それでは3回目の会津駒ヶ岳を目指すことにする。

南北に細長い檜枝岐村を1本の国道、352号線が貫いている。
登山口の入口は民宿などの建物が見え始めるところにある
それらの建物に差しかかるとすぐ、右手に「尾瀬国立公園・会津駒ヶ岳滝沢登山口」と書かれた大きな木の柱が立っているのが目に入る。具体名でいえば民宿「すぎのや」の向かいである。
そこを右へ入ると檜枝岐川へ注ぐ「下ノ沢」が流れていて、並行して急坂をアスファルト道路が上に向かっている。

登山口の入口に清潔なトイレ(画像左)がある。
バスを利用する場合は民宿「すぎのや」の前で降り、ここに見える車道の終わりまで歩く。そこが滝沢登山口である。
マイカーの場合は滝沢登山口まで進入でき、早朝なら登山口手前の駐車スペースに駐めることができる。駐車スペースがいっぱいのときは国道を戻って村の運動公園内の駐車スペースに駐め、バス利用者と同じく登山口まで歩く。

昨年10月に来たときは車道を駐車スペースまで行けたが、この時期はまだ降雪や凍結があるのか通行止めになっていて、今日は歩いて登山口まで行く必要があった。


これが「下ノ沢」。
雪解け水が流れ込んでいるのであろう、ものすごい水量だ。
分類は沢だが、日光の沢のように静かな流れではない。ゴウゴウと音を立てて流れ、氾濫した川といってもおかしくないくらいだ。


車道は登山口に至るまでヘアピンカーブを繰り返すため、歩くには距離が長い。
そこで徒歩の人のためにショートカットする道がつくられていて、歩く距離が短縮されている。


車道でさえ急なのにショートカットの道はさらに急である。


ここで車道と合流。
地図で距離を測定すると車道を歩くのに比べてショートカットは約700メートル短縮される。
ここは駐車スペースになっていて昨年2回目はここに駐めた。


車道はこの先に車止めが設置されていて、通常時期でもそれ以上は行けない。
車止めの手前は駐車スペースになっていて10数台駐めることができる。
昨年1回目はここに駐めることができた。


ここが実質的な登山口となる。登山届けを入れるポストがある。
長さは短いが急階段。


階段を登り終えると登山道に変わる。傾斜はきつい。


早くも雪が現れた。


むっ、雪の厚さが増した。それに傾斜はさらに急になった。
靴のままで歩くのはこれが限界と判断した。


アイゼンとチェーンスパイクを持参したが、傾斜と積雪を考慮すると選択肢はアイゼンしかなかった。


山頂まで4.1キロとある。
2時間半から3時間はかかりそう。


モノトーンの世界の中、マンサクが薄黄色の花をつけている。


前を行く男女3名のパーティーに追いつく。
挨拶を交わした後、先へ行かせてもらった。


標高1630メートル付近。
尾根幅が広くなり進むべき方向を見失いがちになる。
地図で尾根の方向を確かめながら進んでいく。


霧が深くなり視界不良。距離感がつかめない。
一方で幻想的な景色が楽しめた。


標高が2020メートルを超えた。
視界がよければこの辺りで駒ノ小屋が確認できるはずなのだが、深い霧でなにも見えず。進むべき方向さえまったくわからない。
無駄な動きをしないよう、手っ取り早くGPSが示す駒ノ小屋を目指して進む。
会津駒ではないが遭難者を発見した場所が避難小屋のすぐ脇だったという事故が昔、実際にあったくらいだ。そんな目に遭いたくはない。ここはGPSを大いに活用すべきだ。


すぐ先にこのような目印となるポールが目に入った。
おおよそ50メートルおきに設置されている。


次の50メートルの間はご覧の通り。なにも見えない。

霧がなければおそらくこんな光景(もっと近づいていると思う)。



お~、あれはもしや駒ノ小屋か?
2棟の建物のうち1棟の屋根には無線のアンテナが立っている。
間違いない。


正面に廻ってみると入口の扉の前は雪がかいてある。
人が出入りしている証だ。
それにしてもなんだ、この光景はおとぎ話に出てくる家のような雰囲気ではないか。中はどうなっているのかあとで見学させてもらおう。


さあ、今日の目的地、会津駒の山頂を目指そう。
山頂は駒ノ小屋の脇に佇む駒ノ大池を回り込み、湿原の中の木道を歩いて最後に深い樹林帯を急登したところだ。だが、霧でほとんどなにも見えない今は雪のない時期のイメージとほど遠い情景である。
もうただ霧の中を高みへと向かって黙々と歩くしかない。


傾斜が緩くなった。
ということは山頂が近いのか。
昨年歩いた急傾斜は通り過ぎたのだろうか。


やったぞっ、山頂だ。
先ほどの駒ノ小屋と同じく、霧の中にいきなり出現した。
ここまで来て、昨年10月に比べて歩いた感じがかなり違うことに思い当たった。
雪の有無という違いはもちろんあるのだが、そうではない。
それがわかったのは駒ノ小屋まで下山して振り返ったときだ。


この山名を刻んだ木の柱は高さ3メートルもある大きなものだ。
まだ半分埋もれているのでここの積雪は1メートル50はあると思う。
標高2132メートル、麓との標高差は1200メートルだから標高差だけを考えると女峰山よりも大きい。それに雪の量は桁違いだ。
初めて登る残雪の会津駒ヶ岳。よくやった!
深い霧で景色はまったく見えないがそれでも大きな達成感を得ることができた。満足感が管理人の心を満たしている。
晴れていればここから中門岳に向かって湿原を従えた長い稜線がよく見えるはずだが、そこまで贅沢は望まない。次の機会までとっておこう。
霧に包まれた山頂をあとに下山することにした。
さあ、これから駒ノ小屋まで戻って昼メシだ。


駒ノ小屋まで下りて振り向くと雲間から青空がのぞいている。
このまま雲が流れ去ってくれるとありがたい。
先ほど、雪のない季節に登ったときと今日とでは感じが違うと書いたが、霧が晴れてその謎が解けた。
今日はここから見える雪の斜面を山頂まで行った。
昨年10月はここから黒っぽく見える斜面(樹林帯)に入り、途中で右に折れて同じく樹林帯を歩いて山頂に達したはずだ。


雲がほぼとれて先ほどよりもさらに青空が広がった。
おぉ、ついにやったぞ。どんなもんだい!
べつに管理人がなにかをしたというわけではないが、そんな気持ちになった。
う~ん、なんと素晴らしい景色だ。
目の前にこのような景色が見られるのは日光では女峰山くらいしか思い当たらない。福島県に引っ越したい(笑)

雪のない季節の光景



駒ノ小屋の南西には尾瀬を象徴する燧ヶ岳が見える。
あそこも今年の目標だ。
燧ヶ岳の手前からこちらへ向かって延びているのは富士見林道。
昨年2回目はキリンテ(富士見林道の燧ヶ岳側)から登り始めてここまでやって来たのだ。すばらしい稜線歩きが楽しめた。尾根のサイドは湿原になっていて木道を歩くようになっている。湿原は高山植物の宝庫らしいことがわかった。


下山途中で振り返って富士見林道を見ると、斜面中腹の地面が露出して黒々としている。
あの部分で全層雪崩が発生したようだ。
目測だが雪の厚さは1メートル以上、幅30メートル、長さ50メートルという規模だ。
雪の重さは水の1/3程度らしいから、雪崩れた雪の重さは1×30×50×0.3=450トンということになる。この膨大な量の雪に飲み込まれたら人間なんてひとたまりもないことがわかる。


遠くに山を眺めながらの下山は気持ちがいい。
雪は適度に締まっていてアイゼンがよく食い込むから不安はまったくない。
上りでは急な傾斜に苦しんだがその分、下りは快適だ。


ルートのすぐ脇に大きなクラックがあるのを見た。
尾根脇の傾斜は緩いので雪崩れてはいないが、全層雪崩の正体を見るような光景だ。


雪がなくなった。ゴールは近い。


無事に下山。



登山口から山頂まで一方的な上りが続くが中腹に差しかかると前方に駒ノ小屋を見ながら歩くようになる。その位置まで来ると道の両側に湿原が広がり、いい雰囲気となる。きつい上りの厳しさも忘れさせてくれる。


オマケ

10日に檜枝岐に入り、今日で3日。
昨日予定していたのに暴風雨で中断して今日に延期した。
あまり長い間、留守もできないので下山したら帰るつもりだった。
その時間は十分あったが駒ノ小屋で出合った青年と話をしていると今夜、村内で伝統の芸能がおこなわれると聞いた。青年はそれが主目的で岐阜県からやって来たとのことだ。
伝統芸能とは270年以上も前から受け継がれている歌舞伎のことで、村民による演出、演技だそうだ。「檜枝岐歌舞伎」という県指定の重要無形民俗文化財になっている。

この時間に帰宅するなら深夜にはならない。しかし年に3回しか上演されない貴重な日に会津駒に登ったのもなにかの縁だ。
この縁を大切にし、これからも無事に会津駒に登れることを祈念して、檜枝岐歌舞伎を観賞することにした。

ただし、上演は夜になるため終わったら泊まることを前提に考えなくてはならない。
実は10日と11日の二日間、車の中で寝た。しかも軽自動車ジムニーという、狭い空間でだ。
登山口に朝早く着いたときに仮眠したり、下山が遅くなったときに夜を明かせるようにと、改造を施してある。二日間、快適に寝ることができた。
しかし、せっかく檜枝岐歌舞伎を観賞するのだ。その余韻を味わいながらもっと快適に寝たいものだ。

観賞しようと決めてからの行動は早かった。
昨年、2回目の会津駒登山の際にお世話になった民宿に電話で申し込み、予約を取った。
昨年泊まったときの対応がよかったし、料理は物珍しいものばかりで酒の肴にぴったりだったのだ。
→民宿「こまどり」。
画像は檜枝岐に昔から伝わる「山人(やもうど)料理」、この他に裁ち蕎麦とご飯がつく。


歌舞伎の舞台への道


県指定重要無形民俗文化財の檜枝岐歌舞伎。
舞台は国指定重要有形民俗文化財になっている。