女峰山、黒岩尾根ルート。10年ぶりだがこのルートの厳しさをあらためて実感する。

2017年5月19日(金) 晴れすぐ曇り

行者堂(5:40)~稚児ヶ墓(6:47/6:52)~水場(7:15/7:20)~八風(8:38)~黒岩(8:56/9:05)~唐沢小屋(10:48/11:05食事)~女峰山(11:46/12:26食事)~P2318(13:06)~一里ヶ曽根(13:35)~P2209(14:04)~奥社跡(14:09/14:15)~赤薙山(15:03/15:13食事)~焼石金剛(15:26)~小丸山(15:50)~キスゲ平(16:20/16:55発のバスで帰宅)
行者堂~女峰山:6時間06分、女峰山~キスゲ平:3時間54分(往復とも休憩多数)
車は行者堂近くの滝尾神社にデポ。下山後、バスで帰宅して引き取る予定。



今や女峰山登山のスタンダードとなったとはいえ霧降からのルートは決して楽とは言えない。
スタート地点の標高は1340メートルなのに対して山頂は2483メートルだから標高差は1140メートルもある。男体山は標高差1200メートルなので厳しいとされているが、一方的に上っていく男体山に比べて女峰山はアップダウンを繰り返しながら上るため、標高差だけで単純に比較したのでは本当の厳しさが見えてこない。
そこで累積標高という概念を取り入れて比較すると、女峰山の方がはるかに厳しいことがわかってくる。
この辺のところはこちらで→「山の厳しさの指標として、累積標高について考えてみた

今日の行者堂から上り始める黒岩尾根ルートは、霧降ルートを上回ってさらに600メートル余計に登る。大盛りどころか特盛りなのである。
とにかく標高740メートルから歩き始めて2483メートルの山頂まで、1740メートルも登らなくてはならない。累積標高も霧降ルートより大きい。
したがって敵は急登、露岩、ガレ場、雪と、手を変え品を変えて登山者を待ち構えている。サービス満点、心してかからなければならない。

この日、管理人は前日のウォーキングの疲れがまだ残っていたのか、黒岩を過ぎて間もなく、足に来た。急登に次ぐ急登で管理人もこれが限界かと思うほどだった。
周りの景色を眺めたり植物などを観察しながら歩いたが、とにかく苦しかった。
元気になったのは雪が現れてからだ。
今日は雪が残っているうちに女峰山に登っておきたいという単純な動機なので、唐沢小屋の手前で雪が現れたときは嬉しくて救われた気持ちになった。管理人の前世は池の中に住む河童に似て雪がなくては生きていけない生物なのかもな(笑)
もっとも、雪が現れてからは急登が緩斜面に変わったのでそれで元気になったとも言えるのだが。

まっ、それはさておいて、登頂までに6時間もかかるこのルートは健脚向きと言えるが管理人は決して健脚ではない。なのにあえて挑戦し、歩ききれたのは自分の脚力を知り、ペース配分を心得ているからだと思う。
いい景色に出会えたら立ち止まって写真を撮ったり地図でその場所を確認したり、小腹が空いたら菓子パンをかじったり、電波が入る場所ではメールやフェイスブックをチェックしたりと、とにかく休みを多めにとる。無理はしない。
疲れたときは息を抜き、体力の回復に努める。それを繰り返しながら目的とする山に近づいていく。日没は覚悟しているが注意して歩けば大丈夫だ。
体力の落ちたハイカーが山に登り続けるためにはいろんな工夫が大切なのだよ。

今年は女峰山を極めることを目標に、最低でも5回(これは昨年の実績)、あわよくば10回は登りたい。日光市に属する山でなんど登ってもいいと思うのが名峰・女峰山なのである。
これほど厳しくも楽しい山は他にないというほど、惚れ込んでいる。その姿を腕や背中に刻んでもいいとさえ思う。
実は他に大真名子山や小真名子山といった展望に恵まれた山があるのだが、登山口への道が閉ざされてしまってからというもの、登る気力が失せてしまった。日光を象徴する山、男体山は二度も登っているから十分だ。
それらの要素が管理人を女峰山へと向かわせているのだと思う。あっ、それと福島県の会津駒ヶ岳ね。
今年はこのふたつの山に特化して、全身全霊をそそいで登るつもりだ(できればの話)。

そして今日がその第2登目だった。

※10年前の同じルートの記録→こちら
※最近の記録(ただし逆回り)→こちら

最近の記録というのは2015年5月20日なので今日と一日しか違わないが、比較すると花の咲き具合がまったく違っている。
今年は雪の降り始めが遅く、その分、遅くまで雪が残っていて花の咲き出しが遅いようだ。

黒岩尾根ルートの登山口となる輪王寺行者堂(んっ? ピンぼけだな)。
ここへ来るにはマイカーだと史跡探勝路になっている滝尾神社に車を置いて徒歩10分。電車の場合だと日光駅からバスで東照宮まで行き、参道から二荒山神社を抜けてここまで20分くらい。


お堂の裏に回り込むとようやく、ここが登山口であることがわかる。
登山届けのポストはこの右側にある。


直径2メートルはある巨大な檜(たぶん)。
御神木たるに相応しく堂々としている。


うっそうとした檜林の斜面を上がっていく。


登山道は一旦、管理道路と交わるが中央に見える赤いプレートからすぐまた檜林へ入る。


厳しい登りですぞ!


殺生禁断境石と刻まれた大きな石の柱がある。
徳川家光が出した殺生禁断令と関連があるらしいがあまり詳しいことは知らない。
ここまで来るのにかなり汗をかいたのでウインドブレーカーを脱ぎ身軽になった。檜の林の中なので日差しは遮られるがそれでも暑い。今は薄手の中間着とその下にfinetrackのスキンメッシュ。finetrackは汗を吸い取る機能に特化した透き通るほど薄い生地なので実質は中間着1枚と同じ。


殺生禁断境石まで急登を強いられたがここで一旦、傾斜が緩くなった。
息を整えるのにちょうどいい。


貧弱だがツクバキンモンソウかな?


檜林から脱出すると青空が広がっていた。
正面に今日のお目当てとなる女峰山が見える。


この辺りからヤマツツジの群落が始まる。
まだ蕾だが数が多く、咲くと見事だ。


稚児の墓。
いつの時代にか将軍に寵愛された稚児なのだろうか?


トウゴクミツバツツジ


広大な笹原の中の登山道。
こうしてあとから画像で見るとじつに気持ちよさそうだが、傾斜はかなり厳しい。


このルートにも水場があるのだが、、、、


急斜面を降りると水場。
ただし流れは弱く、というよりはほとんどなく、どちらかといえば水たまり。
手ですくって飲むにも水深が浅いし、流れが弱いせいか枯れ葉などの堆積物が溜まっていて飲むのは躊躇う。
どうしても水が必要なときは浄水するか煮沸した方が安全であろう。


振り返って関東平野を眺める。
ここに来ていつも思うのだが、この笹原が雪に埋もれたら広大なスノーシューフィールドになるはずだ。思いっきり駆け回ってみたい。
しかしその機会はいまだに訪れることがない。


タチツボスミレ


広大な笹原が終わると芽吹いたばかりのカラマツの林に代わる。


「水呑」と刻まれている石柱。修験道として使われていた頃の名残。
ただし、周りに水が湧いているわけではなく、先ほどの水場への道しるべとしての存在なのかもしれない。


修験者による夏の修験の場所だったそうだ。


アカヤシオの登場


ウヘッ、とんでもない急傾斜。


先ほどよりも男体山が大きく迫ってきた。女峰山よりも男体山に近づいているといった感じだ。


荒々しい露岩の上に立つ道標、八風。
ここも修験で使われた場所だそうだ。


このルートは修験の跡がいくつも残されている。
これは「落葉松金剛」。古い石の祠(金剛堂)がある。


リンドウ


標高1913メートルの黒岩に着いた。
谷底からごうごうというものすごい音が上ってくる。姿は見えないが雲竜瀑だ。
ここまで来るのに3時間以上かかっている。
しかもまだ標高は2千メートルに達していない。女峰山までまだ500メートル以上、登らなくてはならない。
道標の右に見えるピークは一里ヶ曽根(2295m)で、霧降から登る場合に通過するが女峰山まで2時間という位置だ。
対してここからだとあと3時間かかるからこのルートの厳しさがわかるというものだ。


ここからまた急な上りになる。
もう嫌になるな。ウンザリする。
なぜこんなに辛い思いをしてまで女峰山に登らなくてはならないのだ。その答は冒頭に(笑)


遠方に女峰山が見えた。
中央のピーク左に雪が載った小さなピークが見えるだろうか、あれが女峰山。
中央のピークは2359の前女峰山で、修験が盛んだった頃は錫杖嶽と呼ばれていたらしい。ただし、地図には標高が描かれているだけ。また、女峰山に登るのにあそこは通らない。


ズームで撮るとこんな感じ。ピーク2318へ向かって稜線が続いている。
雪はまだたっぷり残っている。


歩き始めて4時間、標高2030メートル辺りまで来て足が急に重たくなってきた。
空腹ではないし、この重たさはなんだ。
会津駒ヶ岳が終わってから数日、雨続きで外出もできなかったが、昨日は雨の降らない一日だったので今日のためにと近所を約8キロ歩いた。その疲れが今になって出たのだろうか。


厳しい上りは続く。
こんなときは周りを観察しながら、とにかくゆっくり歩く。


鮮やかな橙色。
地衣類のダイダイゴケ(?)が岩に付着しているのだと思う。


シャクナゲの花芽


ここも修験の場だったところ。


女峰山は隠れて見えなくなり、代わりに白根山が望めるようになった。


小石が堆積したザレ場を横切る。
歩くそばから小石が崩れて落ちていく。


標高2220メートル辺り。
雪を見るようになった。
雪はしっかり締まっている。危険はない場所なのでチェーンスパイクは装着せず、靴のまま歩くことにした。


唐沢小屋が見えてきた。
これで女峰山を手中に収めることができた。


中はきれいとは言えない。
以前に比べて利用者が置いていったものが目立つようになった。
疲れたのでベンチに腰かけて菓子パンをかじる。


小屋の裏手の急斜面を登ると大規模なガレ場が出現する。
石のほとんどは浮いているので不用意に足を載せるとぐらっとする。
それにしてもこの霧。予報は晴れだったので急遽、出かけてきたのだがこれでは山頂からの眺めは期待できそうにない。


長いガレ場をクリアして再び樹林帯の中へ。


着いた、着いたぞ!
5時40分に歩き始めて延々6時間、ようやく着いた。
管理人、足が遅いのは自覚しているし写真を多く撮る。その結果が6時間とはいえ、やはり長い。このルートの厳しさを物語る時間である。
2組3名の先着者あり。霧降ルートで来たようだ。


女峰の神さま、今日はご機嫌ななめ。
山頂は祠のすぐ先なのだが霧のためずいぶん遠くにあるように見える。


谷底から上昇気流が湧き上がり、稜線を境にして南は深い霧、北は晴れだ。
正面に見えるピークは帝釈山。
天気がよければ帝釈山の奥に太郎山、左に小真名子山、大真名子山、男体山が見えるのだが今はすべて霧の中。


北西に燧ヶ岳から始まる会津の山並みが見える。その向こうは越後の山並みである。


8日は強風で三脚を立てることさえできなかった。
今日は濃い霧とはいえ記念に自撮りができた。


最終バスが出る17時前までに下山すればいいから、気持ちに余裕があった。
久しぶりに40分という長い休憩をとった。コーヒーも飲めた。
足の疲れもだいぶ軽減した。
これから霧降へ向かって降りるとしよう。
山頂から始まる雪の尾根を安全に降りるためにここでチェーンスパイクを着けた。


まずは目の前のピークへ。
三角点のある2469メートルのピークだ(ただし、地図に三角点記号はない)。


燧ヶ岳をズームで撮ってみた。
燧ヶ岳は福島県の山なのでその左右に見える山も同じかと思ったのだが、地図で調べると新潟の山であることがわかった。


振り返って女峰山を見上げる。


密生したハイマツの間を下っていく。
今月8日は風速20メートルを超える風にあおられて、このハイマツの中に倒れ込んでしまった。


ロープがかかる岩場を下る。


ピーク2318を通過


これから一里ヶ曽根の手前まで、しばらくはこんな歩きが楽しめる。


このルートはイワカガミが多い。
このくすんだ茶色の葉っぱがやがて緑色に変わり、6月半ばから花を咲かせる。


一里ヶ曽根を前に鞍部にある水場を通過する。
8日はまだ厚い雪に埋もれて水場が確認できなかった。
きょうもまだ雪に覆われていた。


これから一里ヶ曽根に向かって50メートルほど登る。


ここで女峰山山頂で出合った年配男性に追いついたので先に行かせてもらった。


次はピーク2209に向かって快適な稜線歩きとなる。


ルートはピーク2209のすぐ手前でピークを巻くようにして奥社跡(P2203)に向かって下る。


奥社跡との鞍部。
夏道が雪に埋もれていると迷いやすい場所だが今はもう大丈夫だ。


奥社跡。
8日はまだ雪が残っていたが今はご覧の通り。
スポーツドリンク750ミリを飲み干したのでここで空になったボトルに粉末を入れて水から500ミリ作る。
ちなみに今日持参した飲料水はスポーツドリンク750ミリ、水道水1リットル、お湯450ミリの計2.2リットル。お湯はコーヒーを飲むのに使ったので残りは1.3リットルになった。下山まで十分すぎる量だ。
先ほどの水場が利用できればもう少し減らせるであろう。


奥社跡から赤薙山に向かってロープがかかっている岩場を降りる。


赤薙山
ここで今日3回目の食事。菓子パンをかじる。


関東平野が一望できる赤薙山直下のやせ尾根部分。
こんもりしたピークは丸山。


焼石金剛を通過。
この道標のすぐ脇に木の祠があってその風情が好きなのだが、ハイカーが置いていくのであろう、ここ数年で雰囲気を損なうような飾り物が増えた。


小丸山
正面に見える構造物はシカが中に侵入しないようにするネット。人は出入りできるように回転扉になっている。


さあ、降りるぞ。


10日前、大きな規模の群落を作っていたカタクリも終盤となり、代わりにニッコウキスゲの芽が出てきた。


オオカメノキ


階段で足がもつれることなく、無事に下山した。
バスの発車までまだ30分ある。
レストハウスの水道設備を借りて泥で汚れた靴とスパッツを洗い、バスに乗る備えとする。


16:55発の最終バス。
途中、霧降滝で降り、家内の車に便乗して車を回収しに滝尾神社へと向かうことに。


往きにこのルートを歩く場合の面白さというか苦しさというか、そのハイライト部分を地図上に追加した。
霧降ルートはアップダウンを繰り返しながら標高を上げていくがこのルートはアップまたアップの繰り返し。


こうしてグラフにしてみると霧降ルート(女峰山より右)との違いがよくわかる。
黒岩ルートから霧降ルートへ下山と霧降ルート往復を距離、標高差などの数値で比較してみた。男体山往復も参考に。
※霧降ルート往復は去る5月8日の記録(図ではレストハウスが出発点)

距離標高差上り累積標高下り累積標高
黒岩ルート→霧降ルート18キロ1740メートル2315メートル1686メートル
霧降ルート往復16キロ1140メートル1980メートル1980メートル
男体山(参考)8.5キロ1210メートル1248メートル1248メートル

日本百名山・会津駒ヶ岳。ホワイトアウトの中、こわごわ山頂へ。

2017年5月12日(金) 濃霧のち晴れ

国道(7:13)~滝沢登山口(7:37)~駒ノ小屋(10:42)~駒ヶ岳(11:05/11:20)~駒ノ小屋(11:45/12:25)~滝沢登山口(14:12)~国道(14:38)

昨年10月、初めて県外の山を経験した。
福島県の会津駒ヶ岳である。

その辺りの理由と会津駒ヶ岳(以下、会津駒)を選んだ経緯は過去のブログに詳しく書いてあるので参照いただくことにして、初めて経験する県外の山、会津駒は、これまでの管理人の山にたいする印象を180度ひっくり返すほど新鮮で素晴らしいものであった。
あぁ、山ってホントにいいもんだなぁ、などとありきたりの言葉しか出てこないが、日光そして日光近隣の山しか知らない管理人としてはこれが会津駒を登っての正直な感想なのである。

第1登目:2017/10/12
第2登目:2017/10/19

山にはいろいろな楽しみ方があろうかと思う。
管理人、いまでこそロープや鎖がかかっている岩場やそこに熊が潜んでいるような藪を好んで歩くが、本質は違う。歩きながら遠くの景色が眺められるような開放感のある尾根を歩くことを求めている。
「歩きながら」というのが重要である。
山頂に立てば見晴らしがいいなんてのは山では当たり前だ。
そうじゃなくて、山頂に達するまでの間、歩きながら景色を楽しみたいのだ。

昨年10月に見た会津駒ヶ岳。駒ノ小屋から撮影

 

それが日光では得られない裏返しとして、岩場歩きや藪歩きに楽しさを求めるようになったんではなかろうか、冷静に考えるとそんな気がしている。

今年はもっと真っ当な歩きを楽しもう。
それには福島だ!!

頭の中がかなりショートカット、つまり短絡しているが、どこまでも平らな湿原が広がっている会津駒を経験してからというもの、心は日光から離れてもはや福島県の山にある(笑)

会津駒ヶ岳を極めたい!!!

これが今年の山への取り組み姿勢である。
一冊の本になるくらい、会津駒を徹底的に歩き、知り尽くすのだ(いいのかね、大きな声で言っちゃって)。

それでは3回目の会津駒ヶ岳を目指すことにする。

南北に細長い檜枝岐村を1本の国道、352号線が貫いている。
登山口の入口は民宿などの建物が見え始めるところにある
それらの建物に差しかかるとすぐ、右手に「尾瀬国立公園・会津駒ヶ岳滝沢登山口」と書かれた大きな木の柱が立っているのが目に入る。具体名でいえば民宿「すぎのや」の向かいである。
そこを右へ入ると檜枝岐川へ注ぐ「下ノ沢」が流れていて、並行して急坂をアスファルト道路が上に向かっている。

登山口の入口に清潔なトイレ(画像左)がある。
バスを利用する場合は民宿「すぎのや」の前で降り、ここに見える車道の終わりまで歩く。そこが滝沢登山口である。
マイカーの場合は滝沢登山口まで進入でき、早朝なら登山口手前の駐車スペースに駐めることができる。駐車スペースがいっぱいのときは国道を戻って村の運動公園内の駐車スペースに駐め、バス利用者と同じく登山口まで歩く。

昨年10月に来たときは車道を駐車スペースまで行けたが、この時期はまだ降雪や凍結があるのか通行止めになっていて、今日は歩いて登山口まで行く必要があった。


これが「下ノ沢」。
雪解け水が流れ込んでいるのであろう、ものすごい水量だ。
分類は沢だが、日光の沢のように静かな流れではない。ゴウゴウと音を立てて流れ、氾濫した川といってもおかしくないくらいだ。


車道は登山口に至るまでヘアピンカーブを繰り返すため、歩くには距離が長い。
そこで徒歩の人のためにショートカットする道がつくられていて、歩く距離が短縮されている。


車道でさえ急なのにショートカットの道はさらに急である。


ここで車道と合流。
地図で距離を測定すると車道を歩くのに比べてショートカットは約700メートル短縮される。
ここは駐車スペースになっていて昨年2回目はここに駐めた。


車道はこの先に車止めが設置されていて、通常時期でもそれ以上は行けない。
車止めの手前は駐車スペースになっていて10数台駐めることができる。
昨年1回目はここに駐めることができた。


ここが実質的な登山口となる。登山届けを入れるポストがある。
かなり長い急階段だが霧降高原ほどではない。


階段を登り終えると登山道に変わる。傾斜はきつい。


早くも雪が現れた。


むっ、雪の厚さが増した。それに傾斜はさらに急になった。
靴のままで歩くのはこれが限界と判断した。


アイゼンとチェーンスパイクを持参したが、傾斜と積雪を考慮すると選択肢はアイゼンしかなかった。


山頂まで4.1キロとある。
2時間半から3時間はかかりそう。


モノトーンの世界の中、マンサクが薄黄色の花をつけている。


前を行く男女3名のパーティーに追いつく。
挨拶を交わした後、先へ行かせてもらった。


標高1630メートル付近。
尾根幅が広くなり進むべき方向を見失いがちになる。
地図で尾根の方向を確かめながら進んでいく。


霧が深くなり視界不良。距離感がつかめない。
一方で幻想的な景色が楽しめた。


標高が2020メートルを超えた。
視界がよければこの辺りで駒ノ小屋が確認できるはずなのだが、深い霧でなにも見えず。進むべき方向さえまったくわからない。
無駄な動きをしないよう、手っ取り早くGPSが示す駒ノ小屋を目指して進む。
会津駒ではないが遭難者を発見した場所が避難小屋のすぐ脇だったという事故が昔、実際にあったくらいだ。そんな目に遭いたくはない。ここはGPSを大いに活用すべきだ。


すぐ先にこのような目印となるポールが目に入った。
おおよそ50メートルおきに設置されている。


次の50メートルの間はご覧の通り。なにも見えない。

霧がなければおそらくこんな光景(もっと近づいていると思う)。



お~、あれはもしや駒ノ小屋か?
2棟の建物のうち1棟の屋根には無線のアンテナが立っている。
間違いない。


正面に廻ってみると入口の扉の前は雪がかいてある。
人が出入りしている証だ。
それにしてもなんだ、この光景はおとぎ話に出てくる家のような雰囲気ではないか。中はどうなっているのかあとで見学させてもらおう。


さあ、今日の目的地、会津駒の山頂を目指そう。
山頂は駒ノ小屋の脇に佇む駒ノ大池を回り込み、湿原の中の木道を歩いて最後に深い樹林帯を急登したところだ。だが、霧でほとんどなにも見えない今は雪のない時期のイメージとほど遠い情景である。
もうただ霧の中を高みへと向かって黙々と歩くしかない。


傾斜が緩くなった。
ということは山頂が近いのか。
昨年歩いた急傾斜は通り過ぎたのだろうか。


やったぞっ、山頂だ。
先ほどの駒ノ小屋と同じく、霧の中にいきなり出現した。
ここまで来て、昨年10月に比べて歩いた感じがかなり違うことに思い当たった。
雪の有無という違いはもちろんあるのだが、そうではない。
それがわかったのは駒ノ小屋まで下山して振り返ったときだ。


この山名を刻んだ木の柱は高さ3メートルもある大きなものだ。
まだ半分埋もれているのでここの積雪は1メートル50はあると思う。
標高2132メートル、麓との標高差は1200メートルだから標高差だけを考えると女峰山よりも大きい。それに雪の量は桁違いだ。
初めて登る残雪の会津駒ヶ岳。よくやった!
深い霧で景色はまったく見えないがそれでも大きな達成感を得ることができた。満足感が管理人の心を満たしている。
晴れていればここから中門岳に向かって湿原を従えた長い稜線がよく見えるはずだが、そこまで贅沢は望まない。次の機会までとっておこう。
霧に包まれた山頂をあとに下山することにした。
さあ、これから駒ノ小屋まで戻って昼メシだ。


駒ノ小屋まで下りて振り向くと雲間から青空がのぞいている。
このまま雲が流れ去ってくれるとありがたい。
先ほど、雪のない季節に登ったときと今日とでは感じが違うと書いたが、霧が晴れてその謎が解けた。
今日はここから見える雪の斜面を山頂まで行った。
昨年10月はここから黒っぽく見える斜面(樹林帯)に入り、途中で右に折れて同じく樹林帯を歩いて山頂に達したはずだ。


雲がほぼとれて先ほどよりもさらに青空が広がった。
おぉ、ついにやったぞ。どんなもんだい!
べつに管理人がなにかをしたというわけではないが、そんな気持ちになった。
う~ん、なんと素晴らしい景色だ。
目の前にこのような景色が見られるのは日光では女峰山くらいしか思い当たらない。福島県に引っ越したい(笑)

雪のない季節の光景



駒ノ小屋の南西には尾瀬を象徴する燧ヶ岳が見える。
あそこも今年の目標だ。
燧ヶ岳の手前からこちらへ向かって延びているのは富士見林道。
昨年2回目はキリンテ(富士見林道の燧ヶ岳側)から登り始めてここまでやって来たのだ。すばらしい稜線歩きが楽しめた。尾根のサイドは湿原になっていて木道を歩くようになっている。湿原は高山植物の宝庫らしいことがわかった。


下山途中で振り返って富士見林道を見ると、斜面中腹の地面が露出して黒々としている。
あの部分で全層雪崩が発生したようだ。
目測だが雪の厚さは1メートル以上、幅30メートル、長さ50メートルという規模だ。
雪の重さは水の1/3程度らしいから、雪崩れた雪の重さは1×30×50×0.3=450トンということになる。これに飲み込まれたら人間なんてひとたまりもない。


遠くに山を眺めながらの下山は気持ちがいい。
雪は適度に締まっていてアイゼンがよく食い込むから不安はまったくない。
上りでは急な傾斜に苦しんだがその分、下りは快適だ。


ルートのすぐ脇に大きなクラックがあるのを見た。
尾根脇の傾斜は緩いので雪崩れてはいないが、全層雪崩の正体を見るような光景だ。


雪がなくなった。ゴールは近い。


無事に下山。



登山口から山頂まで一方的な上りが続くが中腹に差しかかると前方に駒ノ小屋を見ながら歩くようになる。その位置まで来ると道の両側に湿原が広がり、いい雰囲気となる。きつい上りの厳しさも忘れさせてくれる。


オマケ

10日に檜枝岐に入り、今日で3日。
昨日予定していたのに暴風雨で中断して今日に延期した。
あまり長い間、留守もできないので下山したら帰るつもりだった。
その時間は十分あったが駒ノ小屋で出合った青年と話をしていると今夜、村内で伝統の芸能がおこなわれると聞いた。青年はそれが主目的で岐阜県からやって来たとのことだ。
伝統芸能とは270年以上も前から受け継がれている歌舞伎のことで、村民による演出、演技だそうだ。「檜枝岐歌舞伎」という県指定の重要無形民俗文化財になっている。

この時間に帰宅するなら深夜にはならない。しかし年に3回しか上演されない貴重な日に会津駒に登ったのもなにかの縁だ。
この縁を大切にし、これからも無事に会津駒に登れることを祈念して、檜枝岐歌舞伎を観賞することにした。

ただし、上演は夜になるため終わったら泊まることを前提に考えなくてはならない。
実は10日と11日の二日間、車の中で寝た。しかも軽自動車ジムニーという、狭い空間でだ。
登山口に朝早く着いたときに仮眠したり、下山が遅くなったときに夜を明かせるようにと、改造を施してある。二日間、快適に寝ることができた。
しかし、せっかく檜枝岐歌舞伎を観賞するのだ。その余韻を味わいながらもっと快適に寝たいものだ。

観賞しようと決めてからの行動は早かった。
昨年、2回目の会津駒登山の際にお世話になった民宿に電話で申し込み、予約を取った。
昨年泊まったときの対応がよかったし、料理は物珍しいものばかりで酒の肴にぴったりだったのだ。
→民宿「こまどり」。
画像は檜枝岐に昔から伝わる「山人(やもうど)料理」、この他に裁ち蕎麦とご飯がつく。


歌舞伎の舞台への道


県指定重要無形民俗文化財の檜枝岐歌舞伎。
舞台は国指定重要有形民俗文化財になっている。

今年1登目の女峰山は凄まじい風で11時間超え(画像多数につき閲覧注意・笑)

2017年5月8日(月) 快晴、強風

キスゲ平(5:40)~小丸山(6:12/6:20)~焼石金剛(6:46/7:00靴替)~赤薙山(7:30/7:35)~奥社跡(8:28/8:38)~P2209(8:47)~一里ヶ曽根(9:36)~(鞍部でスパ着)~P2318(10:23)~女峰山(11:30/12:00食事)~P2318(12:48)~一里ヶ曽根(13:28/13:35水場)~P2209(14:14)~奥社跡(14:36)~赤薙山(15:36/15:45食事)~焼石金剛(16:05/16:11靴替)~小丸山(16:27/16:36)~キスゲ平(17:00)

今日はイントロなしでいきなり書き始めるぞ(笑)
画像が多くその説明だけでも大変なので前口上を書いている余裕がない(公開してから追加するかもね)。

今年の初登だ。
無事に下山することだけを念じ、身を軽くして登ることにした。
天空回廊は疲れないようにランニングシューズで上る。登山靴はレジ袋に入れて階段を上がりきるまで手に持って歩くことにする。
アイゼンは不要とみて置いてきた。小物を入れるサコッシュも行動食も置いてきた。カメラは1台にした。着替え用の衣類として持ち歩いている中から下着は外した。いつも3枚持ち歩いている手ぬぐいは1枚だけにした。これで1キロ半は軽くなる。


5月特有の青空とカラッとした空気。実に気持ちがいい。
ゴールデンウイーク中の仕事の疲れを今日という日で癒したいと思う。
明日になると雲が多くなるとの予報だし、雪は日一日と融けて少なくなる。
残雪の女峰山を堪能しようと思うなら、今日を逃したら他にない。


早朝のカタクリはみな一様に花を閉じてうつむいている。
こちらを向いてごらんよ。
いやん、まだ寝起きで化粧もしていないんだもん、恥ずかしいわ。
そんなことないよ、素顔の君はとてもきれいだよ。
そお、そんなこと言ってくれるのあなただけね。

階段を上る苦しみから逃れるため、カタクリを仮想の女性として現実にはあり得ない会話で気を紛らわす管理人なのである。


天空回廊の中段、700段目に到着した。
園地は元スキー場を再利用して造られていて、ここからは30度もある上級者コースの上に階段が設置されている。厳しいっすよ、ここから先!
100段ごとに段数が書かれたプレートが貼ってあるので、100段上がったら息を整えさらに100段、そんな工夫をすることで疲れを最小限に抑える。
靴を入れたレジ袋を片手に持ち、空いているもう片方の手は手摺りを握り身体を引き上げるようにすると足の負担が軽減される。


階段が終わると標高1601メートルの小丸山に乗る。
正面に赤薙山が見える。
赤薙山は標高2010メートルだが冬でも備えさえしっかりしていれば安全に登れる山で、管理人は好んで登っている。
管理人が経営している宿の常連さんと同行することもあるが、山頂へ行くまでの稜線上に広がる展望にみなさん例外なく感動してくれる。
なお、女峰山は赤薙山を超えてさらに5つ目のピーク。遠いぞ~。


焼石金剛
名前の由来は過去のブログでどうぞ。


焼石金剛から振り返って北東の方角を見ると高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)が望める。
遠くから見る形もいいし登って損のない山である→こちら


数百グラムとはいえ、靴を軽くすることの意味は大きい。ここまで軽快に歩くことができた。
できることならこのままランニングシューズで歩き通したいところだが、そうもいくまい。
防水ではないし甲の部分がヤワだ。小石や木の根にぶつかっただけでも痛い。
脱いだランニングシューズはレジ袋に入れて目印となる場所を選んでデポしておく。
チェーンスパイクの出番はまだない。


赤薙山直下のやせ尾根を通過。
ランニングシューズはこの樹林帯にデポして帰りに回収するつもり。


右に赤薙山を示す道標だがここは直進してもすぐに交わるからどちらへ行ってもいい。


次は女峰山へ導く道標が表れるが、赤薙山と指している方へ行く。
女峰山方面に行くと途中、斜面が崩落していて危険なのだ。
それに道は赤薙山の先で交わるから遠回りにはならない。


赤薙山直下の斜面。
この辺りから雪が表れる。
雪はしっかり締まっているので潜る心配はない。
つま先でカットしながら登れば滑る心配もない。


5時40分に階段を登り始めて1時間40分。
この間、写真をたくさん撮ったり靴を履き替えたりしたので実質1時間20分くらいだろうか。


山頂から見る女峰山


こちらは男体山


さあ、これから赤薙神社奥社跡(以後、奥社跡と書く)へ向かって進もう。
赤薙山から見る奥社跡への道は平坦でいかにも快適そうだが、、、


なんのなんの、歩き始めるとすぐ、こんな岩場を通過するスリルが味わえる。
岩場はここだけではなく、奥社跡に着くまで随所に現れて退屈はしない。
それに大きな段差があったりして息つかせぬくらい変化に富んでいる。
ちなみに正面に見える大きなピークのことを管理人は「偽赤薙山」と呼んでいる。理由は後ほど。
ピークの左に見える雪を被った山が女峰山。


岩場の他に木の根が露出した段差もたくさんある。
こういう場所こそ注意が必要で、不用意に木の根に足を置いたりするとツルッと滑ることがある。足の置き場を慎重に選んで身体を上へと移動する。


奥社跡(P2203)を正面にとらえた。
その右のピークは2209。
雪を被った女峰山が奥社跡の左に見えるがそこへ行くには奥社跡からピーク2209に移動して、次に方向を西へ変えてアップダウンが続く長い稜線を辿る。これがまた長い。だから女峰山は厄介なんだよなぁ。


この上が奥社跡。


長かった~
歩き始めて2時間50分。
赤薙山から1時間53分もかかっている。
そして女峰山へはここからまだ3時間はかかる。


雪はこれまでよりもずいぶん増えた。
ここから50メートル下るのでチェーンスパイクを着けるかどうか、ここで見極めることにしたが、傾斜が緩いので滑ったとしても尻餅をつくくらいだ。靴のままで行こう。

奥社跡と次のピーク2209とは標高でわずか6メートルしか違わない。
しかし、ピーク2209へ行くには奥社から一旦、2154メートルの鞍部に下り、そこから登り返すため、下りと上りの標高差を合計すると100メートルに達する。決して楽ではない。


広くて気持ちのいい鞍部。
ところがこれがくせ者なんである。
深い樹林帯なので無雪期でもわかりにくいのに道が雪に埋もれてしまうとお手上げだ。この時期はコンパスをセットして歩く。
しかし悪いことに、地図に描かれている道は実際とはずれていて、地図にある道のようにピークには続いていない。ピークの少し西側を通るようになっているのだ。地図を使ってコンパスをセットするのではなく、コンパスが示す磁北線に向かって忠実に歩いて行く。少しでも外れると藪に入り込んでしまうから注意。


雪がたっぷりあるので無雪期だと登れないピーク2209の上に立ってみた。
山頂は狭くコメツガが目立つ。


ピークを西へ向かうと2・3分で正しい道と合流する。
快適な稜線歩きが楽しめるのもここから先。


ハクサンシャクナゲの花芽。
開花は7月。


「ヤハズ」


ヤハズまで来ると女峰山が大きく見える。
だがまだ遠い。


う~ん、いいですなぁ、この雪の稜線。
たまらんです(笑)


こんな場所もあるが見た目ほど危険はない。
チェーンスパイクはまだ着けていないが滑ることもなかった。


どこまでも続いてほしい雪の稜線(^^)
しっかり締まって潜ることもない。


会津の山並みが見える。
右端の平らな台地は会津駒ヶ岳から大戸沢岳へ向かっている稜線だと思う。


曲がりくねったダケカンバがまるでオブジェのように見える。
ここを通り過ぎると、、、、


ピーク2295の一里ヶ曽根。
これで赤薙山から数えて4つ目のピーク。この先2つ目が女峰山だ。
風は先ほどより強くなっている。


一里ヶ曽根はすぐに急でガレた下りに転じ、水場の横を通り次のピーク2318(稜線右のピーク)へと向かう。
画像中央に見えるのはピーク2469で三角点がある。ただし地図にその記載はなく、等高線が閉じられていることでピークであることを知る。
女峰山はその先、160メートルの場所にあって2469に隠れて見えない。


一里ヶ曽根とピーク2318との鞍部に降り立ったので地面が露出した場所にザックを下ろして、疲れを回復することにした。


これから先の急登を考えてここでチェーンスパイクを装着。


水場を示す道標。
この雪だと水場は埋まっているんじゃないだろうか。
帰りに見てみよう。


ピーク2318
立ち枯れした木が十数本ある特徴のある場所だ。
なぜ木がこれほどまとまって立ち枯れたのか?
本で知ったのだが原因のひとつに強風説があるそうだ。この場所のように強い風にさられていると木は根っこごと激しく揺れ動くため根が痛み、やがて枯れてしまうらしい。
ここで道は南に転じて女峰山を目指す。


肉眼ではっきりと女峰山をとらえられるのもこの辺りから。
中央に見える大きなピークは稜線の少し下に30センチくらいしかない怖い道がある場所。その右のごつごつしたところにロープがあり、岩をよじ登る。ごつごつした右端は三角点のあるピーク2463(ただし地図にはない)、その右の小さいピークが女峰山。
と、地図を見ながらこの記事を書いているが、これらをすべて頭に入れるのは大変なんだよ。現場でスラスラと言えればいいのだが。


これまで北風をうけながら歩いてきたが、風はこの辺りからさらに強くなり、身をかがめないと歩けなくなった。
まずいぞ、これから先、危険箇所が待ち構えているというのに。


白根山
身の危険を感じながらも見るものはちゃんと見ている(笑)


燧ヶ岳


これが細くて怖い道。右は深く切れ込んでいる。
ダケカンバやコメツガが南側に傾いでいてここの風の強さを物語っている。
いま、風は北すなわち画像の右から激しく吹きつけている。
あおられて転倒しないように両手を斜面につけ、風が治まるのを待つ。


同じ場所から目を上げて前を見る。
中央に見える稜線の右、左の斜面が白い小さなピークが女峰山だ。
あの斜面がどうなっているかはこれからわかる。


ズームで見るとこんな感じ。
山名板がハッキリわかる。


雪は厚く堆積している。


これでもか、これでもかと続く厚い雪。


福島県そしてその向こうに越後の山並みが見える。


高みへ、高みへと歩を進めていく。


3メートルほどの岩場にロープがかかっている。
ふだんならロープを使わず登ってしまうところだが強風で体勢が不安定なため、今日はロープにすがって岩場をよじ登る。


次はハイマツ帯だ。
飽きることのない女峰山への道。


すでに遮るものはなく山頂が目の前に迫ってきた。
この雪の斜面を上りきれば山頂である。
遠くから左の斜面が白く見えたのはこの部分。


おぉ、女峰神社が見える。
強い風の抵抗にあったが女峰の神がここまで導いてくれた。


山頂は女峰神社のすぐ先。


天候は朝と変わらず快晴のまま。
我が母なる山、女峰山は管理人の初登を祝ってくれているかのように見える。が、それにしてもこの風には悩まされる。我が母なる女峰山は管理人の体力と精神力が試しているのだろうか。
いつもならここに三脚を立て、タイマーで自撮りするのだが強い風に三脚などなんの役にも立たず、諦めた。となればスマホを使っての自撮りだが、とてもではないがこのブログに載せることはできない。


山頂からの展望はほぼ360度。
日光市に属する山はもちろんのこと、群馬、福島、新潟の山が見える。


山頂からの展望
大真名子山の左に男体山がある。


祠を風よけにして昼メシを済ませ、帰路につくことにした。
道標が示す先は唐沢小屋。行者道、寂光神社に降りるルートだ。いずれも下り一方なので楽だが距離は2キロほど長い。


ハイマツの樹林帯までこの白い稜線が続く。
風がなければ雪の稜線歩きの醍醐味を味わえるところだが、そんな気持ちの余裕はない。


ハイマツの間を抜けるとき、強い風にあおられて身体が横倒しになった。女峰山に来てこんなこと初めて経験する。


振り返ると女峰山がもうあんなに遠くに見える。
この場所のように稜線からほんの1メートルでも下に身を置くと風はまったく感じない。
風は稜線の上を舐めるようにして通り過ぎるからだ。
実はここまで来る間に、往きに通過した細い道そして、ロープのある岩場ではあまりにも強い風に、停滞と移動を繰り返す羽目になった。


女峰山の下は深い谷になっている。
その谷底からモヤが湧き上がっている。
いや、モヤではない。茶色の煙だ。
まさか山火事?
違う、黄砂だ。
崩落により地肌がむき出した斜面の土が強風にさらわれて土埃が舞っているのだ。


ピーク2318を通過。
一時的なのか、風は止み、人心地がつく。
さて、道はここから東へと変わる。


一里ヶ曽根への下りは広い斜面なので前方に見えるピークをよく見ながら慎重に。


鞍部手前の水場を示す道標。
ここを左に折れるとすぐ水が流れている場所があるのだが、、、


水場はまだ厚い雪に埋もれている。
今日の飲み水はスポーツドリンク750ミリ、水道水1リットル、お湯450ミリを用意してきた。
この水場が使えれば半分の量でいいのだが、この時期は期待してはいけない。
水場の雪がなくなるのは早くて今月末、遅ければ来月半ばになるだろうか。


一里ヶ曽根へのガレ場を登っていく。


一里ヶ曽根を通過し次はピーク2209を目指して快適な尾根を歩いて行く。
気温は15度を超えているが雪はまだ締まっていて潜ることはない。しかしあと数日もすれば雪は緩み、膝まで潜るようになるのだろう。


ヤハズを通過


ピーク2209の下り斜面からピーク2203(奥社跡)を見あげる。


鞍部へ降り、これから奥社跡へ向かって上りに転じる。ルートはわかりにくい。


奥社跡では立ち止まらずにさっと通過。
予定の時間よりも90分ほど遅れている。
日没になる心配はないが疲れも出ていることから足が自然と急いでいる。


アップダウンの連続でだいぶ足に来ている。
赤薙山と女峰山を結んでいる尾根は標高差473メートルなので単純にいえば低山レベルだが、往きも帰りも激しいアップダウンがあるため数値では計り知れない厳しさがある。
これを累積標高という指標で表すと、女峰山の場合は上り2000メートル、下り2000メートルという言い方をする。厳しいのだ。
奥社跡から赤薙山へ向かって足を引きずるようにして歩いていると、画像の大きなピークが迫ってくる。
一刻も早く下山したい気持ちから、このピークがどうしても赤薙山に見えてくる。ところが違うのだ。
これを超えたのが本当の赤薙山なのだ。そこで管理人はこれを「偽赤薙山」と呼んでいる。


急な岩場を下る。


着いた~
ここまで来ればもうなにも心配することはない。
気持ちはすでに下山したつもりになっているが気を引き締めよう。


やせ尾根を下って小丸山へ。
デポしておいたランニングシューズを回収することは忘れなかった。


登山靴を脱ぐとムッとする匂い、じゃない臭いか、が立ちこめる。
汗で靴下が濡れている。ゴアテックスとはいえ10時間も履きっぱなしだと致し方ない。


足下のいい場所を選んで縫うようにして下っていく。


小丸山に着き、これから園地の中へ。


最後の難関は1445段の階段を下って駐車場に降りること。
今日の山行で足はくたびれているからステップを踏み外さないよう、慎重に降りたことはいうまでもない。


園地一面に咲くカタクリ。
20数万株といわれるニッコウキスゲに匹敵するほどの数ではないだろうか。


ふ~、なんとか無事に戻ることができたものの11時間をオーバー。
残雪に加えて強風の中を歩いたので時間がかかったのはやむを得なかったとはいえ、さすがに厳しかった。
それにしてもなんだな、こんな山行は先の短い命をさらに縮めるようなものだ。
まっでも、これができるうちが華だと思い、これからも苦しみを我が友として歩んでいこう。


所要時間は11時間24分と長いがこの中には多くの休憩時間他が含まれる。
管理人の場合、記録用に数百枚という写真を撮るし遠くに山が見えれば山座同定をおこなう。
したがって一般の登山者であれば、管理人の所要時間の7・8割が標準ではないかと思う。


本日の取得物。
半袖Tシャツに手袋、フェイスタオルなど。
落とし主には申し訳ありませんがゴミとして処理しました。



累積標高の多さがこのルートの厳しさを物語っている。

女峰山のトレーニングで鳴虫山へ。アカヤシオに間に合った!

2017年5月6日(土)

天候不順に泣かされつつも日光に春は訪れた。
ただし今年は3月末になって大雪が降ったりしたため、花の開花は遅めだ。
日光駅からもっとも近い、ツツジが咲く山として知名度の高い鳴虫山はどうだろうか。毎年、4月末にはアカヤシオを観ることができるが、今年はやはり遅いように思える。
遅いとはいってもせいぜい1週間から10日だ。
ちょうどゴールデンウイークと重なるから悩ましい。

ゴールデンウイーク中はたとえ時間の余裕があっても外出は控えたい。ふだんなら15分で鳴虫山の登山口まで行けるのに、1時間あるいはそれ以上かかってしまう。それほどこの期間中の日光市内の渋滞は凄まじい。
したがって花が咲く時期が遅い年だと、鳴虫山へ行くのはどうしてもゴールデンウイークが終わって渋滞が治まった頃になる。

渋滞もやや緩和した今日、チェックアウトするお客さんを見送るのとほぼ同時に鳴虫山に向かった。
前回の山行は先月28日だったため8日ぶりだ。週明けには残雪の女峰山を予定しているので体力をつけるためにも急傾斜が続く鳴虫山はちょうどいい。良いトレーニングになるといいのだが。

国道119号は昨日までのような渋滞はないものの土曜日とあってそれなりに混雑している。こんなときは国道の南に並行して走る県道14号に入り込み、御幸町(ごこうまち)まで行くのがいい。県道に至るのにかなり迂回するがそれでも時間の短縮にはなる。
御幸町まで行けば元消防署に隣接する市営の駐車場と土日なら旧日光市役所の駐車場が利用でき、そこから歩き始めるのがガイドブックに解説されているノーマルなルートである。
ただし、管理人はここ数年、ノーマルルートは使っていない。
この時期のノーマルルートはツツジを目的に訪れるハイカーで混雑するし、それに歩く面白みに欠けるため、一般のハイカーが知らないバリエーションルートを好んで歩くようにしている。


管理人が鳴虫山に登る際の定番ルートとしている志度淵川堰堤に車をデポ。ここから歩き始める。


ここまで山間を流れてきた志度淵川はここからは市街地を流れて大谷川と合流する。昨年(だったかな?)、ここに巨大な堰堤が完成した。
堰堤の下流には人家が多いことから、大水や土石流が発生したときの備え。


ここが登山口。
といっても地理院地図に道は描かれていない。


んっ、霜?
いや、シカの死骸らしい。食い尽くされて体毛だけになったものだ。


このルート、急登があるかと思えば平坦があったりで、適当に息が抜ける。


山頂を除いて唯一、視界が開ける場所。
男体山から女峰山まで一望できる。


男体山


かなり汗をかいたのでアンダーシャツを脱ぎ、中間着1枚だけになった。
再び遠方を見ようとしたとき、地上から1~2メートルくらいのところでカラマツの幹が切られているのが目に入った。よく見ると他にも十数本のカラマツが切ってある。すべて幹が切られている。画像のは幹の他に上に延びている枝が切られているが水平の枝は残っている。とても不自然な切り方だ。
はたしてこれは伐採なのかという疑問が湧いた。
いや、伐採ではないだろう。
間伐のために切ることはあってもここのは密生というほどの本数ではない。それに2本ならんでいるのが切られている。間伐以外の明らかになんらかの意図があってのことだ。
悪い推測だが、この場所から日光連山を眺めるのにこれらのカラマツがじゃまになると考えた人がいて切った、管理人にはそう思える。
管理人の推測はたぶん正しいだろう。


左に尾根が見える。
これまで歩いてきた尾根とは違う別の尾根で、「中ソネ」という。
ソネあるいは曽根とは今でいう尾根のことで、ここから地図のピーク1058へと続いている。


尾根と交わったところに、むかし、ここが修験道として使われていたことを示す石の道しるべがある。
池田正夫著「日光修験・三峰五禅頂の道」によれば道しるべには「右なきむし山」、「左かんおん堂」と刻まれているとある。
かんおん堂とは、これから訪ねる岩屋観音のことだ。
画像の左上隅に黄色のプレートが見えるが、山によくある赤と黄色のプレートである。
プレートには右鳴虫山、左岩屋観音と書かれている。ごく最近、古いプレートの上に重ねるようにして取り付けたらしい。
管理人には古い石の道しるべだけで十分、用が足りるのだが。


道しるべから見て北東50メートルの方向に人が立って入れるくらいの大きな洞窟があって、中に観音像が鎮座している。
洞窟の中には三体の石柱がある。そのひとつに「承應四乙未年二月十八日」と彫られている(本によると)。江戸末期だそうだ。


岩屋観音から中ソネをピーク1058へ向かって歩くと、そこはもうツツジの宝庫である。
アカヤシオはこの標高では咲き終わっているが、シロヤシオは咲いたばかりで純白の花を開いている。


トウゴクミツバツツジも咲き始まったばかりだ。


ヤマツツジは蕾なので今月半ばまで楽しめるであろう。


起伏だらけの中ソネを、花を探しながらゆっくり歩を進める。


マイヅルソウも多い。
蕾はまだ堅く、花を見るには来月まで待たなくてはならない。


ピーク1058直下で別の尾根と合流する。
ピーク1058から下ってきた場合は別の尾根の方に導かれ、行った先は沢になるので注意が必要だ。


おぉ、ようやくアカヤシオに出会えた。
わずか千メートルという低い山だが少し標高が違うだけで咲き終わっている場所と見ごろの場所がある。ここから山頂まで期待できそう。


同じ場所だが別のアカヤシオ


蕾のシロヤシオ


ピーク1058に達すると御幸町から登ってくるノーマルルートと合流する。


ここから鳴虫山山頂に至る尾根はアカヤシオはもちろんのこと、足下にはカタクリが点在する。踏んづけないよう足下をよく見ながら歩かなくては。


アカヤシオは葉っぱが出るよりも先に花を咲かすから見応えがあるというもんだ。
桜の樹が少ない日光はアカヤシオの開花で春を知るというほど、市民に親しまれている。


枝がこみ入っているが向こうに女峰山が見える。


アカヤシオとカタクリを愛でながら無事に山頂に着いた。先着4名が食事中。
自宅から登山口までの移動距離が短い管理人はまだ腹は空かない。この先の合峰まで行って昼食にしよう。


アカヤシオ越しに日光連山を眺める。


山頂から合峰を経由して含満淵へ下山するにはまずこの急な階段を降りる。


ここからだとアカヤシオ越しに男体山が望める。


緩やかなアップダウンがあるものの、全体としては下っている(当たり前か・笑)


含満淵と銭沢不動尊との分岐となる合峰、地図でいうところのピーク1084。
木の根をイス代わりにして座り、コンビニで買った菓子パンをほおばる。飲み物は缶コーヒー。
ポツポツと冷たいものを感じた。予報通り、これから雨が降るようだ。早々に下山しよう。


合峰から銭沢不動尊へ向けて歩きだろうと腰を上げたところ、何かが足りない気配を感じた。
そうだ、いつもの作業用手袋が見あたらない。
暑いから外して無造作にザックの腰ベルトに挟んでおいたのがいけなかった。ここまで来る間に落としたらしい。下山口を含満淵にする予定だったがここを折り返し点にして往路を忠実に辿って手袋を探すことにした。色とりどりのツツジ咲く鳴虫山のゴミにしたくない。
ピーク1058まで戻ってこれから急傾斜を下るため靴にチェーンスパイクを装着した。


往きで見たのとは別のシロヤシオを見つけた。


あった、あった!
ゴミにならなくてよかった。


岩屋観音への分岐


薄暗い檜林の間を歩き、、、


有料道路が貫通している上を歩いて志度淵川の堰堤へ降りた。

女峰山の下見で赤薙山へ。女峰山は雪が楽しめそう。

2017年4月28日(金)

今年の女峰山初登をいつにするか考えている。
昨年は極端な暖冬少雪であったため4月早々に登ることができたが、今年の積雪量は例年並み、というよりは3月になって大量の雪が降ったためにこの時期になってもなお、山々には雪がたくさん残っている。
膝まで潜ってしまうほどの雪だと女峰山を日帰りでやるには無理がある。といってスノーシューで登れるような安全な山ではない。
昨年4月の女峰山→こちら

6月になれば雪はほぼ消えてなくなるが、どうしても雪のあるうちに登っておきたい。雪のない地面の上を歩くなんてつまらない。
などと贅沢なことを言ってるがこのすき間を狙うタイミングを計るのがとてもむずかしい。毎年のように悩み、そして苦しむだよ。楽しくもあるんだが、、、、

判断の基準になるのは赤薙山あたりだ。
赤薙山山頂まで雪がまったくなければその先、赤薙奥社までの稜線で雪が登場する。この間がもっとも危険な箇所だ。赤薙奥社まで行っても雪がなければ、あとは女峰山までの稜線上の日陰と女峰山直下の雪とガレ場に気をつければいい。

明日からゴールデンウイークで本業が忙しくなる。
このところ毎日が山日和だったがゴールデンウイークはそうはいかない。
これを頑張らなくては家族3人路頭に迷うことになる。山歩きを犠牲にしてでも本業に精を出さなくてはならない(悲)

ということでゴールデンウイーク前の一日を有意義に過ごすためにも、気になる女峰山の状況を確認してみようと思う。


雪が消えたキスゲ平の斜面は高山植物の開花を待つのみとなった。
でわでわ、1445段の階段をば、、、


赤薙山と丸山への分岐となる小丸山へは25分で着いた。
今日は荷物の軽量化に努めるため食料は行動食のみ持参。飲み水も500ミリのペットボトル1本だけ。だから身が軽い。朝食も昼食も採らずに歩くつもりだ。
できることなら女峰山もこのペースで登れるといい。でもそうはいかないだろうな。


焼石金剛まで来ると赤薙山が目の前に迫ってくる。
手前の茂みはコメツツジ。ツツジの仲間では1センチにも満たない小さい花で開花は7月。


女峰山への分岐(別にここを右へ行く必要はない)まで来ると雪はだいぶ多くなってくる。


今日はローカットのトレッキングシューズ。トレッキングポールも使わない。汗の元になるスパッツは着けない。


赤薙山直下はまだ50センチほどあるがしっかり締まっているので潜ることはなかった。


歩き始めて1時間12分か、いいぞ。いや、早すぎだ。
こんなペースだと本番の女峰山ではバテてしまう。通常の装備ならここまで2時間はかけたいところだ。


赤薙山からの展望は鳥居の奥の一箇所しかない。
だがそこからは女峰山がよく見える。
ここから見ると雪はまだたっぷり残っている。
初登をゴールデンウイーク明けにするとした場合、ルート上で数十センチ、日陰や吹き溜まりは膝まで潜るかもわからない。
装備として必要なのはチェーンスパイクまたはアイゼンのどちらかにピッケルは必須、スノーシューもあった方がいいかもしれない。一里ヶ曽根の水場は雪に埋もれているはずだから、水の補給は無理だろう。う~ん、やはり重装備になりそうだ。
朝の6時に歩き始めて少なく見積もっても10時間、足がズブズブと潜るようだと11~12時間は見ておかなくてはならないから下山は毎度のことながら日没か。


山頂ではスポーツドリンクを一口飲んだだけで下山することにした。滞在時間は5分。
早く帰って明日からの仕事に備えよう。


小丸山。


階段トップから下を眺める。ここから700段目まで一直線に同じ傾斜が続いている。
幸いなことに上ってくる人はいない。
一気に駆け下ることにした。足がもつれて転げ落ちないよう手摺りを握って、、、
700段目まで下ったところで上ってくる年配のハイカーと出合い10分ほど立ち話となった。東照宮の先に住む地元の人で、今年はすでに50回も来ているとのことだった。


700段目から下には階段から分かれて園内を散策できる小径が数本ある。
そこで開いたばかりのカタクリと出合ったがまだ数株だ。今年は遅い。


赤薙山往復、2時間20分。
往きに比べて帰りに時間がかかったのは二度の立ち話と花を探して園内をゆっくり歩いたから。



荷物を少なく、軽くすると登山がこれまで快適になるということを身をもって体験した一日である。
限りなく古稀に近づき、重い荷物は身体に堪えるようになった。そればかりか時間ばかりくってしかたがない。下山で日没を迎えるなどしょっちゅう経験している。
ここらで山行のスタイルを変えてより身軽に歩ける方法を身につけなくては長続きしないのではないか、最近そんなことを考えるようになった。
今日の軽装備は極端だとしてもこれまでの装備は見直す必要に迫られている。なにが必要でなにが不要なのかを精査するとともに、携行品そのものを1グラムでも軽いものに変えていく。
同時に、これこそ根源的なことだが、ケガから復帰してそれまでの空白を取り戻すかのようにハードな山行を繰り返しているのが現状だが、そこで生じる苦しさを楽しんでいるような感がなきにしもあらずだ。それは危険でもある。この気持ちこそ転換しなくてはならない時期にきているようだ。

横根高原(鹿沼市)探索。広大な自然林はツツジの宝庫らしい。

2017年4月24日(月)

今月20日のブログに日光市と境界線を接した横根高原(鹿沼市)に、東京ドーム23ヶ分に相当する面積に太陽光発電が設置されると書いた→こちら
管理人は長い間、日光の山を歩いているが横根高原のことなど地図でその存在を知っている程度で、行ったこともなければ歩いたこともないというほど、意識の外であった。知人からの説明で初めて、ことの重大さに気づいた次第だ。

太陽光や風力、川の流れなど自然エネルギーを利用した発電には大いに賛成するが、問題はその規模の大きさであろうと思う。
建物の屋根を利用したり休耕地の一部を利用するなど自然を壊さず、景観を損なわないで電気を生み出すというのが自然エネルギー発電の前提であろう。
東京ドーム23ヶ分に相当する自然林を切り拓いてまで発電する必然性が管理人には理解できない。

太陽光をパネルに当てるには、草木が1本も生えないよう設置後の維持管理が欠かせない。そのためには強力な除草剤を大量に散布するのは必至である。おそらく地中に埋め込んだ自動散布機から除草剤が撒かれるのであろう。それとも無人ヘリから空中散布されるのだろうか。
いずれにしても除草剤は地下に浸透するからパネルを設置した場所だけにとどまらず、広い範囲に影響をもたらせるはずだ。横根高原全体の死地化が問題となる。

横根高原を予定地とする太陽光発電はその規模から、自然環境を守ることと相反するものであり、管理人は反対の立場をとっている。
反対の気持ちを強くもって活動するにはまず現場を知らなくてはいけない、そんな思いから去る16日にドライブがてら全体を把握したが今日は現地の探索を目的に歩いてみることにした。


横根高原の入口、粕尾峠。この林を切り拓いて17万枚もの太陽光発電パネルが設置される予定がある。
ここがミズナラ他、林を守る役割を果たす広葉樹林にもかかわらずだ。


井戸湿原と横根高原ハイキングの拠点となる前日光ハイランドロッジは県営牧場内にあり、開放感たっぷり。
遠くに皇海山(茶色の構造物の先の三角形の山)がよく見える。


まず最初の目的地、井戸湿原へ向かう。
どこを見ても柵が張り巡らされているがこれらは放牧している牛が逃げ出さないようにするためのもの。


牧柵に沿った整備された道を歩く。


うひょ~、振り返ると日光連山が一望だ。


コース上にはこのような案内板がいくつかあるが、どれも非常にわかりにくい。
理由は一般的な地図と違って「北」が定まっていないからだ。
ここのは地図の上が東になっていることがわかりにくい理由となっている。


案内板には書かれていない分岐。
ここは井戸湿原に行ってみることに。


お~、シロヤシオだ。
この辺の標高は1300メートル前後なので開花は5月半ばかな?


行く手をシカ避けネットがふさぐ。
湿原に成育する植物をシカの害から防ぐためのもので、進むには扉に相当する部分を手で開ける。


井戸湿原の入口に佇む四阿(あずまや)。
昔はここに湿原荘という建物があったらしい。


ここを降りたところが井戸湿原。


規模は小さいながら情緒漂う井戸湿原。
木道が走る南北に100メートルほど、東西に500メートルほどの広さをもつ中層湿原で昭和45年に天然記念物に指定されたそうだ。


木道を渡りきると分岐があって直進すると「象の鼻」、左は「五段の滝」となっている。
この道標によると象の鼻はあたかも井戸湿原の南に位置しているかのように思ってしまうが、実際には右へ大きく回り込み、井戸湿原よりもハイランドロッジに近い位置にあることが地理院地図でわかる。
その象の鼻は帰りに寄ることにして五段の滝へ行ってみることにした。


これはバイケイソウかな?
オオバギボウシと間違えて食べ、重篤な食中毒を引き起こす毒草である。


尾根(右の斜面)のすぐ下についている道を東へと進む。


ここが五段の滝なのだが肝心の滝が見つからない。


強いていえばこれがそうか?
堆積した岩を伝って水が流れ落ちている。


さて次は岩海(がんかい)が見られる場所を探しに、道標にある「入粟野・日瓢鉱山」方面に進んでみることにした。
しかし、進むほどに沢から遠ざかるばかりで岩海らしき景観と出合わない。このまま進むと林道に出てしまいかねないので諦めて戻ることにした。岩海探しは次回の課題としておく。


アカヤシオ。
ゴールデンウイークあたりに開花かな?


ナナカマドがあるから紅葉も見事だろうと思う。


別の道から井戸湿原を見下ろす。


ノリウツギ


見晴台という草地に出た。
関東平野が一望できるとある。


前方は木々に遮られ、道標にあるような眺めはない。すぐに退散して元の道に戻ることに。


お次は象の鼻を目指そう。



仏岩という名の大きな岩。
修験僧がつけた名だそうだ。
岩の基部に小さな祠がある。


象の鼻展望台からの眺めは雄大で、ほぼ180度開けている。
展望台にある山座同定板に倣ってパノラマで撮った写真に山名を入れてみた。
ちなみに象の鼻というのはここにある岩の名前で、象の鼻の形に似ていることから名がついたそうだ。


今日は時間がたっぷりあるのでマルタイの「山の棒ラーメン」で久しぶりに本格的なランチでも(笑)
一般的な袋麺だと形状が四角なので丸鍋に収まらないが、マルタイのはスパゲティと同じように棒状なのでそこそこ深さがあれば調理できる。
マルタイの棒ラーメンはコシがあって麺がやや粘るのが特徴。
一昨年だったか、販売不振で経営危機に直面しているというニュースがあったが、こんなに旨くそして一風変わったラーメンが食べられなくなるのはもったいない。皆さん、積極的に食べてくださいな。


象の鼻をあとに今来た道を少し戻ってから分岐を別の道に入るとここへ出た。
先ほど通った分岐路だ。右は井戸湿原、左はハイランド。これから横根山に行くので道を横切って林の中へ向かう。


ヤマツツジだが至る所で目にした。


横根山への道は歩きやすい。


あそこが山頂らしいな。


標高1373メートル、二等三角点がある。
山頂は狭く、眺めはいいとはいえない。


「方寒山」とあるのが駐車場の方角。


ここもツツジの宝庫。


下山はここで終わって朝、横断した牧道と出合う。ここまで来れば駐車場は近い。
で、今日は探索が目的なので行き帰り、できるだけ違う道を歩きたい。
ここには朝通った丸太で組んだ新しい階段と古い階段が並行している。どうせ駐車場で交わるはずだから帰りは古い階段を歩いてみよう。


マユミの木


ズミもある。


この道はほとんど使われていないらしい。
丸太の階段は土が流されて空洞になり、朽ちるに任せている。


おっと、牧柵に出てしまった。
よく見ると道は柵に沿って右に続いている。その行く先が方寒山だ。
ロッジと駐車場は目の前に見えるのだが、そこへ行く道がない。


藪の中を柵に沿って左へ回り込んでようやく駐車場に到着。
横根高原の探索はこれで終わりにして、帰りに日光修験の跡が残る巴の宿に寄ってみよう。



番外
横根高原の北に室町時代、日光を舞台に四季を通して盛んに修験がおこなわれその跡が残っている。
巴の宿は厳冬期にひと月にわたって修験がおこなわれた場所でだが、今は車のアクセスもよく、その跡をだれもが容易に見ることができる。
日光修験、巴の宿について詳しいことは随想社・池田正夫著「日光修験 三峰五禅頂の道」でどうぞ。

巴の宿は県道58号線の古峯ヶ原高原入口辺り(標高1144)に車を置き、古峯ヶ原湿原に沿って南下したところにある。


現在は古峯神社の禊(みそぎ)所として使われている、と案内板の説明にある。
鳥居の奥が広場になっていることから、そこに建物があって修行僧の寝食の場にしていたのではないだろうか。


広場の隅。御神木と思われる大木の脇に石の祠があった。


流れの畔に立つ獅子に抱かれた観音様。
この場合は獅子に食われそうな観音様というのでは夢がない。獅子に守られていると解釈するべきなんでしょうね。

前日光・横根高原への大規模メガソーラー建設に断固反対する。

前日光県立自然公園内の横根高原に、東京ドーム23ヶ分に相当する大規模な太陽光発電設備が設置される計画が浮上しました。
設置予定地は日光市と鹿沼市にまたがる広大な自然林で、すぐ近くに貴重種が成育する井戸湿原を控えた自然の宝庫です。
現在、鹿沼市民の強い反対によって、設置面積の多くが日光市に移りつつあります。東京ドーム23ヶ分の広さに167,222枚(計画段階)という途方もない数の太陽光パネルが設置される弊害として、
・大規模伐採により保水力が低下し地滑りなどの危険性が高まる。
・大量の除草剤散布により
広大なエリアが死地と化し、鳥獣への害が甚大。
・除草剤が井戸湿原に流入し、植物の枯死をまねく。同時に死地化。
・太陽光がパネルで反射されるため周辺温度が上昇、温暖化対策に逆行。
・景観の破壊により観光客やハイカー、釣り人が激減。
などが予想されます。

小田代ケ原や戦場ヶ原は国立公園法の下で自然が守られているのに、横根高原の自然は破壊されようとしている現実を憂い、日光市民有志により「横根高原の自然を守る日光市民の会」を立ち上げました。
手始めに、日光市長ならびに日光市議会議長あてに、私たちの声を届けるための署名活動をおこなうことになりました。
日光市内外を問わず、多くの方の声を届けたいと思います。

署名にご協力いただける方には署名用紙(※)を郵送しますので、管理人(波多江定夫)あてに、メールまたは電話でお知らせください。
メール:minomushikun@gmail.com
電 話:0288-53-2122
なお、署名は自筆に限るためネット署名はおこないません。
また、記入いただく項目はお名前とご住所だけです。

※署名用紙はダウンロードすることもできます。プリンターをお持ちの方は→こちら
送り先は〒321-1421 日光市所野1541-2371 ペンションはじめのいっぽ 波多江 定夫宛です。
その場合、恐縮ですが切手代をご負担願えるとありがたいと存じます。


当ブログをご覧になった以下の方から署名をいただきました。ありがとうございます。
4月21日 茨城県古河市 SAさん

高原山5座目の明神岳を果たしたが計画の甘さで大失態。

2017年4月5日(水)

7:50/大鳥居~8:19/枯木沼~9:18/弁天沼~10:36/明神岳分岐~12:47/明神岳~13:08/展望台(昼食)~14:01/P1640~14:15/ゲレンデ下降~14:35/管理道路~15:08/有料道路~15:47/大鳥居

計画では明神岳ピストンの予定だった。
7:30/大鳥居~8:20/枯木沼~9:10/弁天沼~9:50/明神岳分岐~11:30/明神岳~11:45/ゴンドラ駅(昼食)~13:50/明神岳~14:10/御岳山~14:30/弁天沼~15:10/枯木沼分岐~15:40/大鳥居

スノーシューツアーの定番コース、霧降高原丸山へ向かって歩いて行くとまず八平ヶ原で、次に丸山の尾根から高原山がよく見える。
高原山は鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称で日光市に属する鶏頂山から始まり、東へ右回りに釈迦ヶ岳、中岳、西平岳へと尾根が続き、外輪山の様相を呈している。尾根に立って見下ろすとそこは深さ700メートルもある噴火口に見えるから、これら4峰は外輪山に間違いないのであろう。
4峰とも標高1700メートルを超えるが1794.9メートルの釈迦ヶ岳が主峰といえそうだ。実際に八平ヶ原から遠くに見る釈迦ヶ岳は中岳と西平岳を従えて堂々とした山容を見せている。
釈迦ヶ岳は日光市、塩谷町、那須塩原市にまたがり、登山道も釈迦ヶ岳に収束されている。このことから見て、釈迦ヶ岳主峰説に間違いはないであろう。と、管理人は独自のというか、勝手な説を唱えている(笑)遠くに見えるあの山の頂に立ってみたい。
これは山歩きをたしなむ人、共通の思いであり、誰も否定できないはずだ。
昨年3月、主峰・釈迦ヶ岳を目指した。
しかし、せっかく尾根続きの4峰だ。釈迦ヶ岳だけで終わらせるのはもったいない。4峰縦走をやってみようと考えた。9時間かかって駐車場に着いたときは足がふらつく始末であった。雪は少なかったとはいえノートレースの雪の上を自分でルートを考えながら歩かなくてはならなかったし、釈迦ヶ岳から西平岳へ向かうルートは隠れて見えない危険箇所がいくつかあった。距離も長かった。だが、疲れ果てはしたが達成感も大きかった。
高原山9時間の死闘→こちら

釈迦ヶ岳の頂にもう一度。2日後の31日、今度は矢板市・学校平からのルートで登ったのだが、前回とは趣が異なり、このルートは15キロのトレッキングが楽しめることがわかり大きな収穫となった。
こちら

鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の4峰を総称して高原山と呼ぶのは先ほど書いた通りだが、鶏頂山と釈迦ヶ岳を結んでいる尾根の中間に位置する御岳山から北へ向かって延びる尾根があって、御岳山の2キロ先に明神岳がある。さらには明神岳の北東1.3キロの位置に前黒山がある。明神岳はハンターマウンテンスキー場の母体となっている山だ(画像参照:明神岳と前黒山の間の斜面が白く見えるのがスキー場)。
この2峰を高原山に含めていいのかどうか管理人にはわからないが、高原山と尾根でつながっているから同じ山域であることは明らかである。
ならば次の目標は明神岳と前黒山と決め、6峰完登をやってみたい。

問題はルートである。
明神岳はハンターマウンテンスキー場の最上部に位置し、車道からの距離は2.6キロと短い。しかし、地図に道は描かれていない。そこで昨年、4峰を歩いたときのように、鶏頂山の東の麓、大鳥居を起点に地図に描かれているルートで御岳山に出て、そこから尾根伝いに北上する方法を考えた。
地図で見る限り、最初の下りと明神岳直下の登りが厳しそうだがその間は緩やかなアップダウンと読める。だが、歩き始めてからの距離が片道推定6キロ強と長いのがいやな材料だ。
昨年の実績では御岳山までの4キロを2時間半かかっているから、大鳥居から御岳山の往復8キロだと4時間が消費される。残りの2キロに果たしてどれほどの時間がかかるのか。無雪期であれば1時間、浅い残雪だと1.5時間と見ておけばいいのだが、雪が深いと2時間は見ておく必要がある。すなわち、大ざっぱには次のような計画だ。

大鳥居~4.0キロ/2時間半~御岳山~2.3キロ/1時間半から2時間~明神岳=計6.3キロ/4時間から4時間半
もちろん、これは片道なので、往復だと帰りの御岳山からの長い下りを減算して7~8時間といったところ。まっ、いつものことながら10時間以内ならば良しとして、実行に移すことにした。


鶏頂山の登山口はふたつある。
いずれも日塩有料道路に面していて日光に近い方の赤鳥居の建つ登山口と、そこから800メートル先の元鶏頂山スキー場だ。両者並行し枯木沼で交わるからどちらから歩き始めても時間のロスはない。
昨年は元スキー場から歩き始めたので今回は赤鳥居にしようと考えたのだが道路脇の駐車場にはまだ雪がごっそり積もっていて使えず、昨年と同じように元スキー場を出発点とした。
なお、昨年はこの大鳥居を車でくぐって大駐車場まで入れたが、今年はご覧の通りだ。道路脇の待避所に車を置いて歩き始めた。先着車が1台駐まっていた。
ちなみに、ここから歩き始める場合は鳥居をくぐると遠回りになる。鳥居の反対、鳥居に背を向けて歩くのが正解。



元スキー場のロッジ脇が登山口で信仰対象の山らしく、案内板には登拝口と書いてある。この奥に見える林に向かって歩いて行く。



雪は締まっているので始めはチェーンスパイクで歩いてみよう。
深くなったらスノーシュー、アイスバーンの急な斜面に出合ったらアイゼンにピッケルをと、今日は冬道具満載で歩き始めた。ザックの重さは12キロほどになっている。



この斜面など荒れてもいないのでスキー場のゲレンデとしてまだ十分に使えそうだ。
踏跡がいくつか確認できるが真新しいのがある。先着車の持ち主かもわからない。


振り返ると展望が開けていた。
おそらく会津の山並みだと思うがあまりにも遠くて山名は特定できず。


これはゲレンデなのか登山道なのかわからないが広く歩きやすい。


歩き始めて30分。枯木沼入口に到着した。
鳥居の先は湿地帯になっている。
昨年は池塘が見られたし木道も露出していたが今年はまだ厚い雪に被われている→昨年3月29日の枯木沼


枯木沼を抜けた辺りから雪が深くなり、ここでチェーンスパイクからスノーシューに履き替えることにした。



おそらくリフト券売り場だったのであろう朽ちた小屋。
1961年にオープンしたらしいが当時、日本は好景気に沸いていたはずだ。
バブル景気崩壊後、数年は営業を続けたが隣接する大規模かつ近代的なスキー場に規模、設備とも勝てず、2000年に閉鎖されたという。


弁天沼
雪のない季節の状況は知らないが質素な鳥居に石碑、鐵の鐘楼、祠などがあり、ずいぶんと神々しい雰囲気が漂っている。


地名から察してどこかに沼でもあるのだろうことを想定し、念のため地図にある道の通りに歩くことにする。
道を外して沼にどぼん、などといった事態にならないようにするためだ(笑)


弁天沼からはこれ以上スノーシューで歩くのに適したフィールドはないというほど、平坦で広い林が広がっている。周りを見回しながらのんびり歩いているうちに傾斜が変わった。


傾斜がきつくなった先が鶏頂山と釈迦ヶ岳を結ぶ稜線だ。
ここを右へ行くと鶏頂山、左が釈迦ヶ岳。
先行者の踏跡はここから鶏頂山へ向かっている。管理人は釈迦ヶ岳方面に向かう。


分岐から釈迦ヶ岳へのルートの積雪は多くない。
それが返って足を遅くした。
傾斜がきつくまた、木々がこみ入っているのでスノーシューがじゃまになった。といってアイゼンあるいはチェーンスパイクに履き替えようという気持ちにもなれなかったのは、先を急ごうという焦りがあったのかもしれない。


尾根の南側は切り立っていて大きな雪庇が張り出している。木がある場所までなら大丈夫と思って近づくと雪のブロックもろとも数百メートル落下する。なにしろ足は地面の上ではなく雪の上にあるのだから。


ピーク1690。このすぐ手前が御岳山。
ここで道は釈迦ヶ岳方面と明神岳方面に分岐する。
昨年はここを直進して釈迦ヶ岳へと向かった。800メートル先、1時間弱で釈迦ヶ岳に着いた。
今日は明神岳方面へ北上するが未踏ルートであるため時間が読みづらいところだ。
地図を見ると分岐から明神岳に向かって市境線が続いているのだが、この分岐は市境線よりやや東に位置していることがあとからわかった。ただし、明神岳へ向かうのになんら差し支えはない。
まずはいきなり30度もある急斜面を下ることになった。斜面は広く、尾根にはなっていないため、とにかく北へ向かって下ることにする。


ピーク1690からの急な下りをクリアすると、そこは広い雪原が広がっていた。
今いる位置が市境線の上らしいことがGPSが示す緯度経度でわかった。
市境線の次の変曲点に向かってコンパスを合わせる。


なんとなく尾根らしくなってきた。
それにしても広くていい尾根だ。


ふたたびだだっ広い雪原と化す。


ミズナラの古木。


急斜面への進入を防止するロープがある。
明らかに人が歩いている証。


ヤシオツツジに違いない。


見上げると木の構造物が見えた。
見晴らし台なのだろうか。
傾斜も急になったしここは明神岳直下と思われる。


明神岳への道を示す道標の脇をすり抜けると、、、、


先ほどの見晴らし台よりも大きい構造物が見えた。
ここから左へ杭が一定間隔で並んでいる。雪の下は木道らしい。
一応、順当に杭に沿って歩いてみた。だが、杭は明神岳を巻いて敷設されていることがわかった。


見当をつけて杭から外れて斜面を上がったところ、そこが明神岳山頂だった。
木々に囲まれて視界はない。山名板は明神岳西峰山頂、標高は1640メートルとある。
おかしい。
GPSで現在地を確認するとここは地理院地図にある1627メートルの明神岳に間違いない。しかしなぜか、山名板は1640メートルになっている。それに地理院地図には西峰という記載はない。
地図を見るとこの北北東にもうひとつのピークがある。そこの標高が1640メートルだ。
この山名板にある標高1640メートルとは、もうひとつ先のピークを表していることは明らかだ。山名板の制作ミスであろう。


山頂をあとにさらに北へ向かって歩いてみると、ふたつの展望台があることを示す道標があった。
右つまり、いま来た道を戻ったところに日光連山を眺める展望台があるらしい。ということはさきほどの大きな構造物がそうなのか?
今日の目的は高原山そして明神岳から振り返って日光連山を眺めることにある。
時間のロスはやむを得ないが先ほどの構造物すなわち、展望台に戻ろう。


丸太の杭に沿って戻り、展望台にやってきた。


展望台に立って眺めると高原山がすぐ目の前に見える。いい眺めだ。
ここからだと丸山から眺める山の位置関係が逆転し、左が釈迦ヶ岳、すぐ右の小さなピークが中岳、西平岳は釈迦ヶ岳に隠れて見えない。
その右のこんもりしたのが御岳山でその右のきれいな三角形を描いているのが鶏頂山である。


高原山の右が日光連山のはずなのだが今日はかすんで見えない。
おそらく気温が高まるこれからの季節はかすんでしまうのだろう。

今日は思いの外、時間をくってしまった。
計画だと明神岳山頂に11時半に着く予定だった。
歩き始めが計画よりも20分遅くなったことにくわえて雪が深かったこと、さらには御岳山からのルートが広すぎてわかりづらかったことなどが理由である。
これから昼メシを食べて、いま来たルートを辿って戻るとすれば日没の可能性もある。高原山5座目は終わったのだから欲張らず、時間をかけて探索してみたいと思う。
帰りはスキー場のゴンドラで下山すればいい。同じルートを戻って日没を迎えるよりもその方が安全だ。
そう思ったら気持ちに余裕が出た。山頂を隅々まで歩いて次の目標とする前黒山の参考にしよう。


ゴンドラで帰ることに決めたことで時間は気にしなくてもよくなった。
展望台を降り、さきほどの明神岳山頂を通りすぎ、道標にあった関東平野展望台までやって来た。ここが地図にあるもうひとつのピークで標高は1640メートル。祠のある明神岳よりも高い。

山名板が立木にくくりつけてあった。
山名板は明神岳となっているがここは地理院地図に山名が描かれていない。
地理院地図にある明神岳は先ほどの祠のある場所、正確には北緯36度55分14.10秒、東経139度46分18.60秒の場所なのであり、ここではない。

察するに、祠のある場所が明神岳「西峰」となっているので、そこは本当の明神岳ではないと考えた取り付け主は、西峰よりも標高が高いこの場所を本当の明神岳だと思い込んで山名板を取り付けた、そう考えると合点がいく。
ただし、それは地理院地図が間違っていることを前提とした場合だ。はたして地理院地図が間違っているのかどうか、それは管理人にはわからない。

いずれにしても地理院地図のピーク1627が山名板だと1640になっていたり、地図にない場所が明神岳になっていたり、とてもややこしく不自然な感じがした。


さらにおかしいのは同じ場所に別の山名板があって、それには標高1627とあることだ。ここは地図で明らかなように標高1640メートルなのである。
同じ場所に標高1640メートルと1627メートルの山名板が並んでいることの違和感。こうなるともう、基本となる地理院地図の記載を無視した自己主張争い、山名板取り付け争いというほかに言いようがない。
山の所有者の許可なく山名板を取り付けることの是非は別問題として、山名板を取り付けるのなら地形図を読む能力を身につけてからにしてほしいと願う。
地理院地図にも間違い、というよりも長い間、更新されないことによる現状との不一致(特に登山道)が散見されるが、標高や山名は間違いないはずだ。
したがって、明神岳を例にとると、山名板に記載されている標高が地図に記載されている標高と違っている場合は、山名板を取り付ける側の地図の誤読あるいは無視に原因があるように思える。
いずれにしてもこのようなデタラメは登山者を惑わすだけである。


山頂をあとにして、ご覧の通り管理人はいま、スキー場のゲレンデ内を歩いて下っている。
山頂からゴンドラ乗り場まで行ってみると、4月になって運行を終了したことがわかった。
リフトはまだ動いているが下りでは利用できないことは知っている。リフトの係員に相談したところ、ゲレンデの端なら歩いてもかまわないとのことだった。
ゲレンデの端、まさにこの部分を下っていたところ、パトロール員に咎められ、丁重ながらも厳しく注意された。リフトの係員よりも権限が強いはずなので素直に従うことにした。
が、ここから明神岳に登り返して同じルートで帰ることなどとてもできそうにない。パトロール員監視の下、このまま降りることを許してくれた。
山姿の男がゲレンデを降りていく様は周りには奇異に映ったであろう。それを許したスキー場は利用者に非難されるかもわからない。大げさかもわからないが、それくらいの感性は管理人にもある。
シーズン終了間際の平日ということもあって例外扱いをしてくれたものと考え、自分の不甲斐なさを恥ながら下っていった。
ゴンドラで降りることなど計画外であったため、当然ながら運行期間は調べていない。その迂闊さに気持ちが萎えた。
のんびりと昼メシなど食べず、山頂で余計な探索などせず、山名板になど気を取られずにいたならば同じルートで戻れたはずだ。計画の変更が災いをもたらせた。思考はどんどんマイナス側に振れていく。気持ちはますます萎えていく。


最後のリフト降り場の手前にスキー場の管理道路があって、そこから有料道路に出るようにとの指示があった。


ようやく有料道路に出られたが管理道路はやけに長く感じられた。
ここから大鳥居までどれくらいの距離なんだろう。そんなことを思いながら重い足を運んだ。


ハンターマウンテンスキー場より一足早くシーズンを終えたエーデルワイススキー場。


管理道路から歩き始めて5キロ、1時間10分かかってようやくスタート地点の大鳥居まで戻った。実に長い道のりだった。


昨年、初めて歩いたとき、大鳥居から弁天沼を抜けて鶏頂山と釈迦ヶ岳を結ぶ稜線に出るまでの間の雪原の素晴らしさに感嘆した。
今日も昨年と同じルートを辿ったわけだが、この雪原こそスノーシューで歩くのに相応しいことを確信した。
稜線に出るまで約2時間、往復4時間ならツアーに最適である。ルートがわかりづらいという難点はあるが、これはなんどか通うことで克服できる。
明るく開放的で変化に富んだ景色。危険な場所はなくまた、読図の練習にもってこいのフィールドの広さはきっとお客さんに満足してもらえることだろう。問題は日光から遠いということ、これさえ解消できれば頻繁に利用したい。

フォーラム(掲示板)を設置しました。

2017年4月2日(日)

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そこでWordPressのプラグインを導入しフォーラム(掲示板)式に変更しました。
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7回目の馬蹄形は腸脛靭帯炎発症で杖つきながら下山(涙)。

2017年3月29日(水)

最後のスノーシューツアーから10日ぶり、アップダウンの激しいスノーシューツアーから数えると3週間ぶり、雪のない地面の上を歩くのは2ヶ月ぶり、古賀志山も2ヶ月ぶり。この間、デスクワークばかり、夜は飲んでばかり。
とくればなにか悪いことが起こりそうな、嫌な予感が頭をかすめる(笑)

歳とともに身体の変調を前もってわかるようになったのは成長の証なのだろうか。どれくらいの日数、運動をしないでいると身体に変調を来すかがわかる。
管理人の場合、最低でも週に一度はそこそこアップダウンのある山を歩かないと下半身の筋が固まってしまい、次に歩くと太ももの痙攣や膝の外側の痛みを引き起こす。
致命的なのは膝の外側の痛みでこれはのちに腸脛靭帯炎という病名であることがわかったのだが、歩いている途中、曲げた膝を伸ばすときに痛む。一度発症すると下山まで痛みをこらえながら歩かなくてはならならず、これは辛い。

長い間、同じ姿勢でデスクワークを続けているときなど、大臀筋や大腿筋膜張筋が緊張しそれらとつながっている腸脛靭帯が引っ張られて柔軟性がなくなり、膝関節とのすき間が狭くなるのが原因といわれている。
その状態で膝の曲げ伸ばしを数千回繰り返すと、腸脛靭帯が膝関節とこすれて炎症を起こして痛みとなる、というのが腸脛靭帯炎だそうだ。
ただし、膝の曲げ伸ばしが数千回とはいっても、ウォーキングだと膝の曲げ角度が小さいので、炎症には至らないらしい。

だから、大臀筋と大腿筋膜張筋の緊張を解きほぐしてあげる必要上、デスクワークはほどほどに、仕事をほっぽり出して山を歩くのが腸脛靭帯炎を発症させない秘訣ということになる。これが長い時間をかけて習得した管理人の結論である。
今月は本業とそれにまつわる雑用が特別に多かったが、月末になって一段落つき、これから繁忙期を迎えるまで山歩きに没頭できそうだ。天気予報を見つめ、狙った日が晴れとわかれば即、行動。そんな日々となりそうだ。



宇都宮市立森林公園・赤川ダムの堰堤から眺める古賀志山全景。ふたこぶの左が古賀志山で右は東稜見晴台。
新緑の時期を迎えると湖面に映る古賀志山も緑になって実に美しい光景となる。


赤川ダムに並行するアスファルト道路を歩いて行くと赤川にかかる芝山橋と出合う。


橋を渡ると赤川に沿った道と斜面の道に分かれる。
今日は地理院地図にある正規の道を行く(少しだけ)ので、川に沿って歩いて行く。
斜面を登る道は東稜コースといって岩場を経由して東稜見晴台そして古賀志山に至る。


川沿いの道はこんな感じ。
このまま5分ほど進むと地図にある北コースとぶつかる。


古賀志山に至る北コースにぶつかるとカタクリの小群落が見られる。
花どころかまだ蕾さえない。


荒れた北コースを10分ほど歩くと憩いの場、水場である。
伏流水だと思うがとても美味しい水が飲める。
昨年気づいたが、土中に差し込まれた塩ビ管のうち、左側は涸れている。水脈が変わったのかもしれない。


北コースは一昨年の水害で土砂が堆積して荒れている。
沢を渡り、、、


水場のすぐ先にこんな案内板を見つけた。
昨年11月末に歩いたときはなかったので今年になって設置されたのだと思う。
左に古賀志山山頂となっているが、地理院地図の正規ルートは直進するようになっている。
管理人の今日の目的のひとつはカタクリの開花状況を調べることにあった。そこで正規のルートではなく、案内板にある「お花畑」に行くことにする。


カタクリの群落。
ほとんどが葉っぱだけ。


丹念に見ていくとようやく蕾があった。
蕾はまだ堅く、開くにはあと数日、必要とするみたいだ。


さらに堅い蕾。
柄が伸びて蕾が下を向いてようやく咲く体制が整う。


カタクリの群落地をすぎると道が分岐している地点に来た。
北へ向かう明瞭な道と南へ向かう不明瞭な尾根道である。
足は自然と不明瞭な道へと向かった。


ん~?
古賀志山の岩場はこれまでずいぶん経験しているがここは見覚えがないような。
もしかするとこのルートは初めて歩くのだろうか?
それにしても厳しそうだ。


 

おっ、ロープがあった。


ロープはたしか4本だったか、ようやく岩から解放されて平坦になった。


人の姿が見える。
東稜見晴台に違いない。
しかし、この位置から見晴台を見上げるのは初めてだ。やはり、ここまでのルートは未踏だったのだ。


いつも見慣れている見晴台からの宇都宮市街。
あいにくの天気だが晴れていれば筑波山が見える。


見晴台の突端にルート図がある。
初めての人にはとても理解できないと思うので見晴台に来る地元の人に尋ねてみるといい。
「24」と書かれた黄色のプレートはNPO法人「古賀志山を守ろう会」が今年になって取り付けた現在地番号。
事故が発生した場合などこの番号を警察と消防に通報すれば場所が特定され、すみやかに対応されるらしい。→こちらに詳しい

古賀志山を守ろう会によればプレートは1~27まであり、このようにルート図や案内板につけられているものもあれば、立木につけられているものもあるとのことだ。


27日の悪天候は日光の南40キロの古賀志山山域にも雪をもたらせたようだ。積雪は3センチに達している。


久しぶりに古賀志山の山頂に立った。1月6日以来だ。
昼時には早いのでお孫さんを連れたご婦人と年配夫婦がくつろいでいるだけ。


先を急ぐので古賀志山をさっと通過して御嶽山へと向かう。
ここは昨年3月、滑落事故でハイカーが亡くなった岩場。岩を避けて巻道を歩く方が無難。


古賀志山は展望が良くないが御嶽山は東から北まで見通せるから管理人はこちらの方が好き。
日光連山を眺めながら菓子パンでエネルギー補給だ。


これから先、急な下りになるので大事を取ってチェーンスパイクを装着しスリップに備える。


正式名称ではないが、地元の人からカミソリ岩と呼ばれている高さ5メートルほどの岩場。
有志が設置した古い鎖とロープの他に、古賀志山を守ろう会の手により新しい鎖が取り付けられている。
ここは鎖もロープも使わずに登ってみる。


アップダウンを繰り返しながら中岩に到着。ここも展望がいい。


中岩から、多気山を通して宇都宮市街を望む。


二尊岩を通過。
大きな岩がふたつ並んでいて、地蔵菩薩と不動明王に見立てて崇められたことから名がついたそうだ。
先月、ここで年配男性が滑落して死に至ったとのニュースがあった。
二尊岩について詳しい説明があります→こちら


古賀志山から続く主稜線も2/3に達した。
初めての岩場を命がけでよじ登ったためか、ここまで3時間半近くかかってしまった。
まずは今日2回目のエネルギー補給。菓子パンとコロッケを腹に入れた。


主稜線最後のピーク、北ノ峰(433メートル)。四等三角点がある。


馬蹄形ルートは北ノ峰から急に厳しくなる。
これまでのアップダウンとは比べものにならないほどだ。
ルートがわかりづらいのも主稜線とは異なる。
遠く、白根山を眺めてしばし休憩。


急降下の途中で1番を見つけた。
めったに人が歩かない馬蹄形ルートにも現在地番号がつけられている。
いずれ1番から27番まで、日帰り完全踏破をやってみよう(笑)


画像左上から来て急な岩場を下る。


急降下を終えるとこのようなプレートが見つかる。
左に垂直の大きな岩が続いていて途中の岩窟に無縫塔と呼ばれる坊さんの墓が祀られている。
馬蹄形はこのプレートを正面に見て、緩やかな斜面を下っていく。不明瞭な踏跡を丹念に追いながら、次にプレハブ小屋を探すのがポイントである。


踏跡は目を凝らさなければ見えないほどうっすら付いているだけ。


おっ、ミツマタだ。


馬蹄形のランドマークともいえるプレハブ小屋を発見。
しかし、これからまだ大変なのだ。
ざっと説明すると、小屋の裏側に回り込んで左に曲がり、大きな檜が見つかったら右へ曲がる。次に林道を渡って藪に入り、土砂が堆積した沢(工事中)を渡って再び林道に出たら横断し、腰掛岩への道を進む。となるわけだが、実際はそれほど簡単ではない。


1本目の林道は伐採作業の現場と化し、前回とは様相がガラッと変わっていた。


ピーク444の中腹が崩落し、土砂が堆積した沢を渡る。
あちこちで工事車両が動いているので注意。


2本目の林道を渡ってお次は腰掛岩への道だ。
ここに見える道は途中で途切れるので、茂みの間から尾根を探す。3本ある尾根のどれかを高みへと登っていく。3本の尾根は腰掛岩で収束する。


こんな雰囲気になると間もなく腰掛岩。


地理院地図を見ればわかるが腰掛岩はピーク444から南西に下る尾根の、岩記号の一番外れの部分。
下から登ってくる場合、尾根のどこかに出るはずなので、尾根をピーク444とは反対方向(西)に下っていくと腰掛岩に出合う。


腰掛岩で進路を東に変えて10分ほど歩くとピーク444だ。
傾斜は緩やかで丘状のピークに石の祠がある。道標はない。


なんとまぁ、ヤマツツジが蕾をつけている。


これはタヌキの糞ですね。
一度にこれだけ多くの糞をするわけではなく、いわゆる溜め糞。タヌキのトイレですな。


尾根は途中で途絶え、そこにロープが下がっている。
尾根はロープで下りて一段下がったところにつながっている。
目指すは正面の三角形へ。


上の画像の三角形に達してからあとが難しい。
今日初めて、地図とコンパスを取りだした。
馬蹄形を歩くのは今日で7回目だが、ここらは地形が複雑で、小ピークから派生する尾根がいくつもあってわかりづらい。今日も一箇所、地図を見ながら右往左往。遭難するかと思った(笑)


延々と続く急斜面を登り終えてようやく手岡分岐に着いた。
ここは日光市手岡(ちょうか)に属しているので識別のために管理人が勝手に付けた名である。ちなみに腰掛岩からここまで、完全に日光市に属している。
足は重くストックに頼るようになったのもこの手前からだった。
このときの足への負担がこの先で腸脛靭帯炎の痛みとなって表れた。
道はここで古賀志山(右)と鞍掛山(左)に分かれる。あわよくば鞍掛山を廻って20キロ歩こうとも思ったが、膝の痛みに耐えかねて古賀志山へと向かった。


古賀志山へ南下する途中、ピーク559手前に分岐がある。
直進すると5分でピーク559、右へ下ると古賀志山へ行く。


痛む膝を杖をついてかばう。
管理人愛用の杖はT型グリップのもので、長さはピッケルに合わせて70センチにしてある。一般的なストックはグリップを横から握るために腕の力が発揮できないが、T型グリップは上から握るため腕の力が地面に対して直接加わる。30度を超えるような斜面には効果的だ。


夕暮れが近づいてきた。
振り向くと二股山(鹿沼市)の空が薄い朱色に染まっている。
12月だったらこの時間、すでに日没になっているが、陽が延びていることを実感した。


富士見峠。
直進すると古賀志山だが疲れもピークに達しているので、ここから北コースで降りることにした。


傾斜が緩んで膝への負担も軽くなり、痛みも和らぐ。


地元の人の憩いの場として使われている、通称「広場」。
当然ながらこの時間、だれもいない。


ふ~、歩き始めて8時間、ようやく戻れた。今日はとっても厳しかっただよ。


読図ができない人に馬蹄形ルートはお勧めできませんが、危険を最小に抑えることを目的に地図と注意事項を掲載しておきます。黒枠が間違いやすい場所。
また、危険な岩場が数カ所ありますが巻道もないので細心の注意が必要です。危険だと思ったら引き返すこと、それがもっとも賞賛に値することだと思います。