無残、傷だらけの古賀志山。

2016年12月2日(金)

古賀志山での不祥事については過去2回取り上げた。
ひとつは岩場に取り付けられているロープや鎖が取り外され、登山者を危険な目に遭わせていること。もうひとつは目印となる地名板が損壊されたことである。当記事で3回目の不祥事の報告になる。
2016年01月18日 ロープ外し
2016年11月03日 地名板損壊

古賀志山山頂から富士見峠を経てピーク559に至るルートの、富士見峠とピーク559の中間に古賀志山や御嶽山、日光連山が見渡せる展望のいい場所がある。
もともとは檜の植林地だが成長した檜が伐採されたためにとても見通しがいい。登山者の間で「伐採地」と呼ばれている場所である。
そこにはいま、人が歩く道の両側に、檜の幼樹が育っている。樹齢はわからないが小さいもので1メートル、大きいもので2メートルくらいある。ただし、斜面に植えられているので見通しの妨げにはなっていない。

古賀志山には100以上もルートがあるとされ、管理人が古賀志山を歩く際も毎回、同じルートというわけではない。この伐採地を通過するのは前回、いつだったのかさえ覚えていない。それほど歩くルートに事欠かないのが古賀志山の面白いところである。

まるで春のような穏やかな日差しに誘われて古賀志山に足を向けた。
古賀志山の登山口となる宇都宮市森林公園に着いたのは9時30分。登山をするには遅い時間だが古賀志山であればこの時間からでも十分に楽しめる。それが里山のいいところである。ただし、歩く場所を選べばの話。
ルートはあらかじめ決めてあった。
古賀志山北コースに入ってすぐ進路を北に変え、久しぶりに滝岩という垂直の壁をよじ登って中尾根に乗り、次にピーク559、その次に弁天岩に乗って日光連山を眺めながら昼ご飯にし、古賀志山に向かって南下するというものである。距離が短いので時間に追われることのない、まったりした歩きだ。その途中で冒頭に書いた伐採地を通過する。


これが伐採地。
檜の幼樹が育ついつもと変わりない光景。道は画像の右端についている。


正面に古賀志山を望む明るい道。
道の両側は斜面になっていて檜の幼樹が育っている。


日光連山がよく見える管理人のお気に入りの場所でもある。


檜は幅広の葉をもつ常緑樹なので枝振りがよく見えない。
だがよく見ると幹の先端が折れているのがわかる。
この1本だけなら強風で折れたとか雪の重みに耐えられずに折れたとも考えられるが、数えてみると道の両側だけで折れているのが23本もあった。
これだけの数になると風雪によるものとは考えられない。明らかに人為的なものだ。誰かが故意に折ったのだ。樹木の成長に欠かせない幹の先端だけを折っていることから、犯人は樹木の生態に詳しい人物のように見える。

道の左右すなわち、斜面に成育している檜は被害に遭っていないように見える。
道から丸見えの斜面(1枚目の画像)に入り込んで檜を折ろうとすれば他の登山者に不審の目を向けられる。そこで道を歩く素振りを装い、道に沿って成育している檜だけを狙って、何食わぬ顔で折ったのであろう。
前後に登山者がいないかどうか、キョロキョロと眼を這わせ、他に登山者がいないことを確かめた上で犯行に及んでいることがよくわかる。
やっていることが陰湿で変質的である。

前回、地名板損壊のことでも書いたが、この人物は子供の頃から古賀志山に通っているので、古賀志山を自分の山と考えている節がある。
この伐採地が昔、広葉樹の林であった頃から親しんでいたのであろう。その広葉樹が伐採され、代わりに檜が植えられたために自分のお気に入りの遊び場がなくなってしまった。そのことに恨みをいだき、老齢になったいまでも恨みを引きずっているように管理人には見える。幼稚なのだ。

状況の変化に対応するという、大人としての知恵が身につかないまま成長したために、自分がこうなったのは広葉樹を伐採して檜を植えたのが原因なのだと、思い違いをしている。
人格的に見れば、自分にとって不都合な出来事は他人に原因があるとしなければ自分を守ることができない、強い自己愛に支配されているように管理人には見える。
生い立ち、環境がそうさせるのか、勉強不足、能力不足がそうさせるのか、家庭不和がそうさせるのかはわからない。いずれにしてもなんらかの治療を必要とする人物に見受けられる。


古賀志山にもっと多くの人が訪れ、常に山域のどこかに登山者がいること、それが犯行をやりにくくすることに結びつき抑止力になるのではないか、管理人はそのように考えている。
そのためには古賀志山に関する情報を拡散し、情報が乏しいゆえに二の足を踏んでいる人たちに、古賀志山の敷居を低くしてあげる配慮が必要だ。
当ブログは2014年10月に初めて古賀志山の記事を書き、以来、古賀志山に行ったときは欠かさず詳細にわたりリポートしている。当ブログの記事を参考にして古賀志山を歩いたという人も多くいるから、世間の役には立っているのであろう。

古賀志山の記事はこれで53回目だ。
記事はできるだけ詳しく書いているつもりだが、それでも読者にはピンと来ないのではないかと思う。ネットの情報などそのレベルだと思っていただきたい。
実際に歩いて初めて、情報が自分の血肉になるというものだ。

では、ひとりでも多くのブログ読者に足を運んでもらえるよう、古賀志山の敷居を下げる工夫はないものか。
管理人はこれまで多くのバリエーションルートを歩いたと自負している。
ただし、地元の人が長い年月をかけて開拓したルートであることを踏まえ、先人の労に報いるためについ最近まで、地図は掲載しないできた。
それとバリエーションルートの中には危険な岩場や急斜面、尾根の分岐があるため当ブログ記事が原因で事故を誘発する懸念も大きいと考えてきた。
だが、それを理由にいつまでも秘密主義を続けていたら初めて古賀志山を歩く人にとって古賀志山の敷居の高さは変えられないと思うようになった。
より正しく詳しい情報を提供することで多くの人に古賀志山に足を運んでいただく、そうやって古賀志山のファンになってもらえれば結果として、犯行への抑止力になる、そう考えるようになった。

そこで、古賀志山に関する記事に次の工夫を施すことにした。
(1)ブログに出てくる山名や地名、ルートがどこを指しているのかをわかるようにする→こちら
(2)管理人がその日、歩いたルートを地図に重ねて掲載する→上図
その上で、
(3)GPSを利用している登山者向けに、管理人が歩いたログを提供する

(1)は現在、進行中。(2)は最近の記事には反映するようにした。(3)はこれからの作業だ。
古賀志山を隅々まで歩くのはとても難しいと思うし、危険だとも思っている。それを承知の上で事故のないように利用してもらうことが大前提であることは言うまでもない。

どうしてもというのであればメールを使って情報を提供してもいい。希望に沿って同行するというのは困難だが、現地で偶然出合えばバリエーションルートを案内できるかもわからない。
いずれにしてもひとりでも多くの人に古賀志山のファンになってもらい、傷だらけの古賀志山に歯止めをかける力になってほしいと願っている。
古賀志山に日参するという人が多いことは知っているし、管理人以上に詳しい人がいることも知っている。それら先達を差し置いて、新参者でなおかつ地元の者ではない管理人が出しゃばることに躊躇いはあるが、古賀志山がこれ以上傷つくことに耐えられない。
ブログは管理人の自己表現の場であるが、自己満足に終わらせたくはない。古賀志山の健全性を保つ役に立ちたいと考えている。

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