カテゴリー別アーカイブ: ハイキング、登山

奥日光の絶景地、社山で男体山と中禅寺湖を堪能する。

2018年4月20日(金) 晴れ

歌ヶ浜(8:50)~狸窪(9:27)~阿世潟(9:55)~阿世潟峠(10:25)~社山(11:53/12:35)~阿世潟峠(13:40)~半月峠(14:43)~狸窪(15:40)~歌ヶ浜(16:20)

管理人がガイドを務める自然ガイドの中でもっとも需要が多いスノーシューツアーには目もくれず、ひたすら登山のガイドを求めてくる女性がいる。
今から3年前にクリーンハイキングに参加したT.Hさんである。
スノーシューツアーの機会がありながら、冬であればアイゼンで歩きたがるほど、登山に傾倒している。

昨年6月のこと、T.Hさんは管理人との白根山登山を計画しながら直前になって交通事故に遭い、それまで積み上げてきた実績を無に帰すほどの精神的そして身体的なダメージをうけた。
救いはダメージを受けながらも克服しなくてはならないという強い意志と、回復に向けての計画性をT.Hさんが持ち合わせていることだ。ゼロからやり直さなくてはならないというのは大変な苦痛を伴うと思うが、管理人がその手助けとなれるのなら幸いだ。
事故後、管理人とは小田代ケ原(平坦)、赤薙山(2010メートル)を一緒に歩きそして今日の社山(1826メートル)を迎えた。

社山は赤薙山と比べて標高そして登山口との標高差こそ小さいが、距離と累積標高差は2倍強に達する。つまり同じ日に赤薙山を2往復するのと等しいわけだ。
計画的に物事を進める理論派のT.Hさんらしい選択である。

では行ってきます。


金曜日の早い時間にもかかわらず、中禅寺湖の歌ヶ浜駐車場には多くの車が駐まっていた。
解禁になった釣り客の車だろうか?


今日の目的地、社山へは中禅寺湖の東岸を歩いて登山口まで行く。
社山の登山口は狸窪(タヌキ窪と書いてムジナ窪と読む)と、その先の阿世潟のふたつあるが、阿世潟から登る方が距離が短くて往路としては楽。


最初の登山口、狸窪。
ここは通過して次の阿世潟へ向かう。


歩き始めからここまでずっと男体山を見ながら、退屈せずに歩けるのがいいところ。
これから厳しい登りになるためここでひと休み。


中禅寺湖は水深が最大160メートルもある。
水面と湖底とで水温が違うことから水は絶えず対流し、そのため水の透明度が高い。
凍らないのも対流しているからである。


阿世潟に到着。
ここで湖を一周する遊歩道と阿世潟峠への道に分かれるので社山は左(南)へと入る。


中禅寺湖畔から登り始めて阿世潟峠に向かっているが、初めは緩やかだった道は進むにつれて傾斜が厳しくなってくる。


歩き始めて1時間半、阿世潟峠に着いた。
ここを右へ行くと社山、左は半月山に続いている。
今日は気温が高い。
背中にうっすら汗をかいているのでここで上着を脱ぐことにした。

リハビリ中とは言え、T.Hさんは好調のように見える。この分だと管理人の方が先にバテそうだ。


社山へ向かう道。
地図によると社山まで同じような傾斜が続いている。


ここは標高1570メートル付近。
男体山より900メートルも低いにもかかわらず、まるで男体山を見下ろしているかのようだ。
T.Hさんは感受性が強い。この景色に大いに感動している。

それにしても男体山もデカイが中禅寺湖もデカイ。
中禅寺湖は一周する遊歩道があってその距離なんと25キロもある。


右前方には白根山


部分的に笹がせり出して道をふさいでいるところがある。


今まで疎林だったのがコメツガの密生地となった。まもなく山頂である。


歩き始めてちょうど3時間でT.Hさん念願の社山に立つ。
交通事故による後遺症からの回復を目指し、昨年10月に小田代ケ原、先月は残雪の赤薙山と難易度を上げ、そして今日は社山だ。疲れを残さず下山できれば元の身体に戻ったといっていい。
次は男体山、その次は白根山を視野に入れているというT.Hさんだが、ここまで歩ければなにも心配することはないでしょう。


社山は南面の展望が開けていて足尾の山並みがよく見える。


三等三角点
時間をかけて昼食を食べ、これから下山。


阿世潟峠
朝は案内板の左から上がってきた。
帰りは変化をもたせるために阿世潟へは下りず、直進して半月峠へ向かう。

往きものんびりだが帰りものんびりだ。
なにしろ雄大な男体山と中禅寺湖が嫌でも視野に入ってくる。
なんども立ち止まっては嘆息し、写真を撮り、山の雑談をするものだから当然ながら時間がかかる。それが管理人がガイドを務めるツアーというものなのである。


尾根を登り返す。
半月峠まで標高250メートルを一気に上らなくてはならない。


振り返ると社山が視界に入る。
いい形の山だ。
あの尾根を歩いてここまで来た。


上りはまだ続く。
根を上げたくなるような斜面である。


半月峠に到着。
ここを下ると狸窪、直進すると半月山に行く。
半月山から茶ノ木平を経由して歌ヶ浜へ下りる道もあるが、あまりにも距離が長くなるので社山とセットで歩くのは避けたい。


日陰はまだ少し雪が残っている。


狸窪まで下って湖畔の道と合流。


T.Hさんは慎重ながらも管理人と差がなく下りてきた。


出発地の歌ヶ浜に戻ってきた。
男体山は相変わらず悠然と構えていた。


往きと帰りで変化をつけるため図のルートにしてみた。
往路の狸窪→阿世潟に相当するのが帰路の阿世潟峠→半月峠だが、この間、距離1.5キロにもかかわらず標高差は実に250メートルもある。疲れた身体にはつらい区間だ。


阿世潟から社山まで標高差550メートルの一方的な上りが続く。
救いは男体山と中禅寺湖が視界に入ること。
これがもしも霧や雨だとすればこのルートの面白みは半減どころか皆無と言っていい。

古賀志山で見る花たち・三角山~二枚岩ルート(2018年4月19日)

古賀志山は岩場が多くて危険というイメージがある一方で、春から夏は麓から山頂までいろんな花が咲く、花の宝庫でもある。それは古賀志山に咲く花だけを紹介する書籍があることでもわかる。

2015-09-13 20.32.06本の著者は宇都宮市に住むご夫婦で、95年から古賀志山を歩き始めたとプロフィールにあるから、古賀志山4年生の管理人とは年期が違う。古賀志山を隅から隅まで歩き、どこにどんな花が咲いているかを知り尽くしているのであろう。
発行元は地元の日刊紙を発行する下野新聞社で、239種が写真付きで紹介されていて定価は1000円+税。

但し、この本は図鑑とは違うから花の特徴には一切、触れていない。
花を見つけたらこの本でおおよその見当をつけ、帰宅して図鑑やネットでさらに詳しく調べるという使い方が合っている。
それと、紹介されている花が古賀志山のどのへんで咲いているのかが書かれていない。古賀志山山域はそれほど広くはないが、それでも4.5キロ四方あるから咲いている場所が書かれていないというのは探すのにそれなりの努力を必要とする。
場所が書かれていない理由として推測だがいくつか挙げてみた。
1.古賀志山山域ならどこででも見られる。
2.場所は自分で探しなさい。その方が楽しいでしょという出版社の編集方針。
3.古賀志山は100以上の地図にないルートがあるので場所など説明できない。
4.場所を特定すると多くの人が訪れて踏み荒らされたり盗掘される。

花を愛するハイカーの気持ちとしては上記4の理由が妥当だろう。もっともだと思う。
それだけに、この本に紹介されている花を見たいという人はバリエーションルートやときには藪こぎをしてまで、古賀志山をあてどなく歩き回るという積極的な姿勢が求められる(笑)。いや、笑い事ではないな。それは岩をよじ登ったり崖っぷちを歩いたりするので危険だもの。
管理人の経験では古賀志山で出会う地元の人に丁重に尋ねることで教えてもらえることが少なくなかった。

※4月5日(木)の花のようす→こちら

参考
古賀志山の花の情報についてはブログに詳しく書いてありますので参考にしてください。
検索窓に「古賀志山」と打ち込めば出てきます。
花の情報は4月がもっとも多いです。


2018年4月19日(木)

古賀志山は2014年10月から登り始めて今日で60回目となった。
山頂に立った数はそれよりも少ないから広義には古賀志山山域を歩くのが今日で60回目となる。
古賀志山山域には地理院地図に描かれている正規のルートの他に100本以上のいわゆるバリエーションルートがあり、それをすべて歩き尽くすという目標を立てて取り組んだが、100本の中には古賀志山山頂をかすりもしないルートがある。それが必ずしも山頂に立つことがないという理由である。
ところが、それらバリエーションルートがじつに面白い。
花の宝庫であったり滑落の危険がある岩場であったり昔からの信仰の対象が残っていたりと、退屈させない。それらを発見する面白さにつられて60回に結びついているわけだ。
今日の目的はこの時期、古賀志山山域に咲くいろんな花を探し歩くことなのである。


前回5日と同じく、森林公園駐車場からもっとも近い登山口を利用して長倉山経由で鞍掛山へ行くルートを選んだ。
ここはシュンランとスミレが多く、管理人のお気に入りのルートなのである。
ちなみに今日も古賀志山山頂に立つ予定はない。


前回5日から2週間ぶりだったが花もずいぶん変わり、今はこのチゴユリの盛りであった。


ヤマツツジ


ナガバノタチツボスミレ? タチツボスミレ?
特定に迷うところ。


ツボスミレだと思うが自信がない。


ツクバキンモンソウ
筑波山で初めに確認されたところから名がついたそうだ。
筑波金紋草という和名。


ヤブレガサ
葉が集合した部分から花柄が伸びて先端に地味な花をつける。


ミズナラの未生


50分という長い時間をかけて長倉山に到着。
ここも地理院地図には描かれていないが356メートルのピークである。
道(バリエーションルート)はここで鞍掛山(北)とP431(北西)とに分かれる。
鞍掛山は前回歩いているので今日はP431へと向かうことにした。


明るい広葉樹林を緩やかに下っていく。


ツボスミレ


ここでアスファルト道路(林道)と出合うので横断して再び林へと入る。


チゴユリ
今日はチゴユリのオンパレードである。至る所で目にした。


ルートから少し外れたところに石碑が建っている。信仰の対象物に違いない。
石の前面と背面になにやら文字が刻まれているのだが風化して読めなくなっている。


石碑のすぐ近くに見ごろを迎えたトウゴクミツバツツジが。


ツクバキンモンソウ


尾根の北に面した斜面は伐採されていて眺めがいい。
地図とコンパスで山座同定の練習。
中央に見えるのが鞍掛山。あの稜線は明るくてとても気持ちよく歩ける。


伐採されて明るい尾根道。
花はヤマツツジ。


ほう! まだシュンランが残っている。


北西に日光連山の全貌が見えた。
一昨日の雨は奥日光では雪だったらしく、白さが増したようみ見える。


尾根の下を覗くと思いがけず、ヒカゲツツジを見つけた。
これで管理人が見つけたヒカゲツツジは4箇所になった。


これはヒメイワカガミ。
ピンクの花を咲かすイワカガミは日光全域でよく見るが、ヒメイワカガミは日光にはない。反対に古賀志山(正しくは山域)にはイワカガミはなく、すべてヒメイワカガミである。


予定のルートから分かれて久しぶりに三角山へ。
国土地理院地図にはこの山の名称も標高も描かれていないが地元の人が付けたと思われる山名板がある。ここで昼ご飯を食べる人が多いことから「おむすび山」とも呼ばれているらしい。
眺めがよく、静かでいい山頂である。
なお、地理院地図の等高線を読むと470メートル。493メートルはないようだ。


三角山から一気に100メートル下って林道へ出て、次に二枚岩へと向かうことにする。


二枚岩への入口を探して林道を南下。
ここでも目を左へ右へとやりながら花を探したがめぼしいものはなかった。


二枚岩の入口にはNPO法人「古賀志山を守ろう会」の手による立派な道標が立っていた。


クサボケ


鉄塔や送電線の巡視路でよく見る階段があるが、地図にはそれらの記号は見つからない。
二枚岩へのルートとしてあえて敷設したのだろうか。


見上げると大きな岩が立ちはだかっている。
これが二枚岩。


ここにも「古賀志山を守ろう会」による案内板が。
設置日を見ると17年9月になっていた。


これが二枚岩の由来。
ふたつの大きな板状の岩が向かい合っている。
よく見ると向かい合った岩と岩は断面がピタリと一致することから、もともとはひとつの岩だったものがなんらかの要因で割れたのではないかと推察できる。自然界の妙というべきであろうか。


二枚岩をあとに次はピーク559へと向かう。
5日に歩いたときのピーク559はアカヤシオとヒカゲツツジが見事だった。
画像はその途中に小群落を作るカタクリ。花はとっくに終わっている。


ヤマブキ


ピーク559直下の岩をよじ登ると、、、


ここにもヒメイワカガミの小群落があった。


おぉ、なんと、ヒカゲツツジがまだ咲いているではないか。
一緒に咲いていたアカヤシオはすでに終わっているがヒカゲツツジは健在であった。なんという生命力だ。


アングルを変えてもう一枚。
いいですな~、この楚々とした色、形。


ピーク559。
地元の人が造った丸太のベンチがあり、眺めがいいことからここで昼ご飯を食べる人も多い。


ピーク559で今日3回目の食事を終え、下山することにした。
ここからだと一旦、古賀志山に出て4つのルートのどれかで下山する方法と中尾根ルートで下山する方法がある。
今日は中尾根ルートを歩いてみよう。


ヒメイワカガミの小群落を見つけた。


ここで中尾根と交わる。
古い道標にしたがって東へ進む。
画像下(南)へ進むと古賀志山へ行く。


ツボスミレ


中尾根を標高470メートルまで下りた鞍部で直進路と南へ下る道が分岐する。
直進すると中尾根の核心部である岩場の連続である。岩場は上りよりも下りが難しい。
今日は明日のツアーに備えて心身ともに余裕をもって下山しなくてはならないと考え、岩場を回避するルートを選んだ。


ツクバキンモウソウ


古賀志山でもっとも利用者が多い北登山道(地理院地図に記載)と合流。
水場を経て登山口の芝山橋へと向かう。


タチツボスミレは花の色が白に近い紫から濃い紫まで個体差大きく、他のスミレと見間違うことがあるが、葉っぱがハート型していることで見分けがつく。


エイザンスミレ
古賀志山山域でところどころに分布するが日光では見たことがない。
スミレはハート型の葉をしたものが多いがエイザンスミレは葉が大きく切れ込んでいるという特徴をもつ。


水場を通過


チゴユリ(水場の近くで)
チゴユリにしては大柄だしナルコユリにしては蕾がひとつと少ないので悩んだが、周りの環境からチゴユリとした。


咲き始めのチゴユリ


小群落を作っているニリンソウ(水場の近くで)


ニリンソウ
1本の茎から長い花柄を出し二輪の花を咲かすのが特徴。
しかし、面白いのは二輪同時に咲くのではなく、先に一輪だけ咲いてあとからもうひとつの花が咲くこと。


クサボケ


北登山道はここで終わる。
以前ならこの先の赤川に架かる橋が登山口だったが2015年の豪雨によって橋が流されて以来、登山口として使えなくなってしまった。
その後、工事によってここに道が敷かれたのだが登山口としてどのような形で完成するのか、現時点ではわからない。


ここに木の橋が架かっていたが流出してしまって使えない。


宇都宮市森林公園内にある赤川ダム。農業用の水を蓄えるダムで一周できる。
散歩やジョギング、自転車を楽しむ地元の人が多い。


八重桜を通して古賀志山を見上げる。


今年初登の女峰山は積雪多く目前で撤退。次回は5月に。

2018年4月12日(木)

我が母なる山、女峰山は、ときに優しく管理人を迎えてくれ、ときに厳しく管理人を拒絶する、日光では希有な山である。
歳を重ねて体力が衰え、もはやこの山に登る資格など失せたかも知れない管理人がこの山に惹かれるのは、その厳しさなのである。
距離往復16キロ、高低差1140メートル、累積標高1800メートルというのは日光の他の山を圧倒する。女峰山の片道が他の山の往復に相当するわけだ。

この山にあと何年、何回登れるかわからないが、この山に登れるのであれば他の山は問題なく登れるであろう。いわば管理人の体力を測定するには絶好の山なのである。
体調が悪くても登れる山は数多くあるが、女峰山はよほど好調なときでないと困難である。そのとき、女峰山ははっきりと管理人を拒絶する。管理人に万一のことが起こらないようにとの慈悲であろう。

極端に雪が少なかった一昨年は4月6日に登っている。
昨年は5月8日だった。昨年も雪の少ない年であった。
そして今年、雪は少なくはない。例年通り雪深いとまではいかないまでもそこそこの量は降った。
したがって昨年、一昨年より状況は厳しいはずだ。
他の山はどうであれ毎年、女峰山は欠かさない。いずれ登らなくてはならないのなら時期は早いほうがいい。これまで見たこともない顔を拝むためにも。

2017年5月8日の様子→こちら
2016年4月6日の様子→こちら

いい青空が広がっている。
先月7日に今シーズン最後のスノーシューツアーを終え、ここを訪れるのはほぼひと月ぶりだが、すっかり春の様相に変わっている。
目を凝らすとまだ数センチだがニッコウキスゲやカタクリの若芽があちこちに見える。


天空回廊から振り返ると春霞の向こうに高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)が薄ぼんやり見える。まるで墨絵のよう。
歩き始めてわずか10分でこのような素晴らしい景色と出会えるのが霧降高原ルートのいいところ。奥日光の山だとこうはいかない。


階段の700段目。
天空回廊はここから傾斜が厳しくなる。
ここから先は100段ごとにインターバルを入れて今日の長丁場に備えなくてはならない。
向こうに見える山はスノーシューツアーでよく利用する丸山(1689メートル)。ツツジの宝庫でもある。


標高1582メートルの天空回廊の最上段に着いた。
所要時間35分。


小丸山に着いたときはこれから向かう先は霧で真っ白。
天気予報によれば今日はほぼ晴れとなっていたが山岳の天気はこれで普通というもの。


ここでチェーンスパイクを装着。
間もなく雪が現れるだろうしそれまで泥濘を歩かなくてはならない。


天気が良ければ正面に赤薙山が見えるはずなのだが、、、


焼石金剛
所要時間は1時間20分。


これから赤薙山直下のヤセ尾根を通過。
雪が溶けた今はただの尾根だが雪が厚く積もると雪庇ができて怖い尾根に変身する。


陽が差さない樹林帯には雪がたっぷり。


2時間弱で山頂に着いた。
一応、計画していた時間である。


鳥居の奥に女峰山と男体山がよく見える場所がある。


男体山


女峰山は赤薙山からピークで5つ目である。えらく長い。
まずはピーク2203の奥社跡を目指すがその前に立ちはだかるのがこのピーク2070である。尾根は極端に細くまた、岩が多い。


ピーク2070で奥社跡が見えてくる。
ここからの標高差130メートル。かなり厳しい。


ガレた場所にトラロープがかかっているがよく見ると切断されている。
この先(画像手前側)あと3メートルほどの長さがあって立木に縛ってある。そのちょうど、中間部分が切断しているのだが、切断は2箇所にわたっていて20センチほどの破片が落ちている。
トラロープはまだ新しく雪の重みで切断したとは思えないほどの見事な切り口である。なにがあったのだろう?
これ以上は邪推になるのでやめておこう。


部分的にこのような歩きやすい平坦路がある。


赤薙神社奥社跡に到着。
雪が積もった不安定な足場だったためかここまで3時間15分かかった。昨年5月はここへ来るまで雪がなかったので2時間50分。途中の休憩時間もほぼ同じなので25分も余計にかかったわけだ。


昨年5月の様子。
雪の量がまったく違う。


7月に咲くシャクナゲ。
今からたっぷりと栄養を蓄えきれいな花を咲かせてほしい。


奥社跡の次はピーク2209へ向かう。
登山道が細いため雪が積もると夏道の見当がつかず、辿るのが大変。


木々の間から見えるピーク2209。
ただし、夏道はピークへではなくやや西へ向かっていて尾根と交わる。


方向はほぼ北だが赤布や赤黄のプレートにしたがって歩けば問題ない。


ピーク2209の尾根に乗る。無雪期であればこれから一里ヶ曽根まで快適な稜線歩きとなる。


ヤハズを通過。


無雪期であれば快適な稜線歩きが楽しめるのだが、この時期は雪の不規則な堆積によって身体が安定しない。


夏道は幅1メートルくらいと狭く、両側からシャクナゲがせり出している。
雪が積もるとシャクナゲは重みで寝て雪に埋もれる。それを知らずに歩くとどうしても犠牲になってしまう。申し訳ない。


あの真っ白な山並みは新潟の山でしょう。
その手前は栃木県と群馬県の県境にある山でしょう、きっと。


ピーク2295の一里ヶ曽根。
今日のように雪が多い状況でここまで来れたのは上出来と言える。
ここで女峰山までの時間計算をした。
これまでの経験だと無雪期で1時間半、少雪で2時間だから今日の雪だとあと2時間半から3時間かかるはずだ。
山頂へは13時半から14時ころの到着になりそうだ。したがって、下山は日没になる。
夜道を歩くのは差し支えないが、ここから山頂を往復すれば2時間半から3時間プラスされる。身体が保つかどうかが最大の問題だ。
昨年から10キロくらいの距離で疲れを感じるようになってきた。足が重く、下山すると緊張から解放され疲れがどっと出る。認めたくはないのだが加齢の影響もあるのであろう。
それを考えると今日のコンディションで是が非でも女峰山の山頂に立つ必然性はない。雪が減ってもっと歩きやすくなってからでもいいではないか。そう自分に言い聞かせ、ある時間になったらその場で引き返そうと決めた。
その時刻は12時半だ。


10分ほどの休憩をとったのち、次のピーク2318へと向かった。
雪の堆積したガレ場を50メートルほど下り、次に急斜面を70メートル上らなくてはならない。


ピーク2318との鞍部に水場がある。
無雪期ならきれいな沢水が流れていて喉を潤すことができる。
しかしこの雪だと沢は埋もれていて水は確保できそうにない。


道はピーク2318で南へ転じ、正面に女峰山への美しい稜線が広がる。
ここから見る女峰山は右端の小さなピークで目を凝らすと山名板が見える(画像はズーム)。


同じ場所から思いきりズームで撮ると山名板が見える。
しかしまだ遠い。


地図にある崖記号のすぐ脇。
歩きにくい嫌らしい部分である。


おぉ、燧ヶ岳だ!
ものすごい雪の量。
昨年6月末に苦労して登ったがその記憶がよみがえる。
今年はいつになったら登れるのだろう。


時計は12時半を回った。
女峰山まで残すところ500メートルとわずかである。肉眼でも山頂がはっきり見える。
あと30~40分も歩けば山頂に立てる。往復1時間強の仕事だ。
力を振り絞って山頂までいけないことはない。
しかし今日は状況がこれまでとかなり違っている。
すでに疲れているだ。
山頂を踏んで再びここまで戻ってくるころには体力を使い果たしてしまうだろう。
帰りの行程も易しくはない。体力の蓄えがなくては下山できなくなる。
悪条件の中、ここまで来ることができただけで十分満足すべきだ。ここで引き返そう。


幅30センチしかない怖い部分。左は切れ落ちている。
この先、急なガレ場を下らなくてはならない。


歩きやすい稜線に乗った。


気温の上昇で雪が緩んだのか、踏み抜く頻度が多くなってきた。
バランスを崩してから体制を整えるのにかなり体力を使う。


ピーク2318からの下りはこれで終わり間もなく水場のある鞍部に着くはず。


水場を指す標識
この時期の水場がどうなっているか、読者にご覧いただくために覗いてみることにしよう。


ここに細い沢が流れていて水を補給できるがこの時期はご覧の通りだ。
雪がなくなって沢が露出するには5月いっぱいかかるであろう。
もう少し下り地面が露出した場所で10分ほど休憩し菓子パンをかじる。


ガレ場を上って一里ヶ曽根。


雪が地面に吸収されて1メートルほどの空洞になっている。
ここで見ると積雪はまだ1メートルくらいある。


ピーク2209の手前、木々の間から奥社跡が見える。


一里ヶ曽根からピーク2209へかけての稜線にはシャクナゲが多く、開花する7月はまるで日本庭園の中を歩いているかのよう。


「ヤハズ」のナナカマド。


日光市栗山の黒部ダムと青柳大橋。
今日の行程が厳しかっただけに下界を俯瞰すると気持ちが和む。


ピーク2209と奥社跡への鞍部を通過。


鞍部から50メートル登り返して奥社跡に到着。
疲れが激しい。ここで10分ほど休憩をとった。
粉末のスープをお湯で溶かして飲み行動食を食べたが疲労の回復には至らない。
この先、赤薙山までギャップをなんどもクリアしなくてはならないため、不安定なアイゼンは外してチェーンスパイクに履き替えた。


目の前にピーク2070。
管理人、これをニセ赤薙山と称している。
女峰山からの帰り、重い足を引きずるようにして赤薙山まで来ればもう安心なのだが、その前に出現するのがこの山である。
早く赤薙山にたどり着きたいと気が急いているいるところへ出現するため、赤薙山はまだ先かと気落ちするのだ。これが赤薙山であったならどれほど楽かと思う。


赤薙山を通過。


ヤセ尾根に向けての笹原を下っていく。


ヤセ尾根から小丸山までの稜線を俯瞰する。


う~ん、いい眺め。疲れが吹き飛ぶ、、、ということはない。


焼石金剛は休まず通過。


ガレ場は浮き石に気をつけながら歩く。


やっとの思いで小丸山まで下ってきた。
この先は階段なのでここでチェーンスパイクを外す。


ここから標高差230メートルを一気に下らなくてはならない。
足がもつれて階段を転げ落ちるなどということがないよう慎重に。手摺りをしっかり握ることも忘れなかった。


カタクリの若芽だ。


これはニッコウキスゲの若芽。


歩き始めて11時間強かかって下山。
張り詰めていた緊張が解け、ここから50メートル先の車までふらつきながら歩いて行った。


古賀志山で見る花たち・鞍掛山ルート(2018年4月5日)

古賀志山は岩場が多くて危険というイメージがある一方で、春から夏は麓から山頂までいろんな花が咲く、花の宝庫でもある。それは古賀志山に咲く花だけを紹介する書籍があることでもわかる。

2015-09-13 20.32.06本の著者は宇都宮市に住むご夫婦で、95年から古賀志山を歩き始めたとプロフィールにあるから、古賀志山4年生の管理人とは年期が違う。古賀志山を隅から隅まで歩き、どこにどんな花が咲いているかを知り尽くしているのであろう。
発行元は地元の日刊紙を発行する下野新聞社で、239種が写真付きで紹介されていて定価は1000円+税。

但し、この本は図鑑とは違うから花の特徴には一切、触れていない。
花を見つけたらこの本でおおよその見当をつけ、帰宅したら図鑑やネットでさらに詳しく調べるという使い方が合っている。
それと、紹介されている花が古賀志山のどのへんで咲いているのかが書かれていない。古賀志山山域はそれほど広くはないが、それでも4.5キロ四方あるから咲いている場所が書かれていないというのは探すのにそれなりの努力を必要とする。
場所が書かれていない理由として推測だがいくつか挙げてみた。
1.古賀志山山域ならどこででも見られる。
2.場所は自分で探しなさい。その方が楽しいでしょという出版社の編集方針。
3.古賀志山は100以上の地図にないルートがあるので場所など説明できない。
4.場所を特定すると多くの人が訪れて踏み荒らされたり盗掘される。

花を愛するハイカーの気持ちとしては上記4の理由が妥当だろう。もっともだと思う。
それだけに、この本に紹介されている花を見たいという人はバリエーションルートやときには藪こぎをしてまで、古賀志山をあてどなく歩き回るという積極的な姿勢が求められる(笑)。いや、笑い事ではないな。それは岩をよじ登ったり崖っぷちを歩いたりするので危険だもの。
管理人の経験では古賀志山で出会う地元の人に丁重に尋ねることで教えてもらえることが少なくなかった。

参考
古賀志山の花の情報についてはブログに詳しく書いてありますので参考にしてください。
検索窓に「古賀志山」と打ち込めば出てきます。
花の情報は4月がもっとも多いです。


2018年4月5日(木)

土日は8時前に満車になるほど利用者の多い宇都宮市森林公園の駐車場。平日は十分な空きスペースがあった。
ただし、ここは時間外は閉門するため、その日に歩くルートによって時間に制約されない隣の駐車場を利用した方がいい。
今日は15時くらいに戻る予定なのでここを利用した。


駐車場を出てすぐ右にアスファルトの林道が奥へ延びている。
この林道を入って10メートル先の右斜面を上る道が鞍掛山へのルート。


すぐ見つかったのはタチツボスミレ。
古賀志山のみならず県内の山ならどこででも見られる一般的なスミレである。


緩やかな歩きやすい道を進んでいくと、、、


すぐにシュンランのお出ましである。
このルートはシュンランが多い。


スミレサイシン
スミレは種類が多いし同じ種類でも個体差があって管理人のような素人には特定が難しい。
これは葉っぱが細長く、先端が尖っているという特徴からスミレサイシンと特定したが、もしかするとナガバノタチツボスミレかもわからない。


右へ左へと目をやりながら咲いている花を見逃さないように注意深く歩いて行く。
だから歩速は時速1キロ程度。犬の散歩のときよりも遅い。


咲いているシュンランすべて写真に撮ったものの、ほとんどがピンぼけ。
下からのアングルだとAFといえども焦点が合わないのだよ。


これもスミレサイシン


やがて長倉山に到着。
地図に長倉山の名称はなく、地元の人がつけた名前である。標高は360メートル。
道はここから北へ向かって下りになる。


トウゴクミツバツツジ


常緑低木のミヤマシキミ


キクザキイチゲ
長倉山を下りきると林道と交わりそこに沢が流れている。
沢の降り口で見つけた。


林道を横切ると道は再び山へと入る。
この両側はスミレの宝庫だがまだ1株もない。


咲き始まったばかりのスミレ。
う~ん、なんでしょうね、これは?
ツボスミレかなぁ?、、、


鞍掛山への上りで見つけたヤマツツジ。
まだ固い蕾の中で咲いていたのはこの場所だけだった。


これは間違いなくツボスミレ


トウゴクミツバツツジ


鞍掛山手前の大岩に到着。
ここは古賀志山や宇都宮市街の展望がいい。


古賀志山


ズミ
まさか古賀志山にズミとは、3年前に初めて見たときは目を疑ったが間違いなくズミであった。
日光に住んでいる者の感覚として、ズミは小田代ケ原や戦場ヶ原といった湿気を多く含む土壌を好んで成育すると思い込んでいるだけに、乾燥した岩場にあることが信じられなかった。

ここで地元の人と出会ったので20分ほど立ち話をする。
花の情報や管理人がまだ歩いたことのないルートなどを教えてくれた。


大岩から平坦路を数分歩くと三等三角点のある492メートルの鞍掛山に着く。
山頂手前まで視界が開けているが先は檜林。


鞍掛山から先の薄暗い檜林を脱けると北面の眺めのいい尾根歩きとなってこの辺からヤシオツツジが多くなる。


地図には表記されていないが北面の眺めがいい小さいピークに乗る。
標高は480メートルで地元の人によって「シゲト山」という名前が付けられている。


根元から枝分かれした巨大なリョウブ。
鞍掛山ルートを歩く際の格好の目印となる。
ここを右へ行く尾根もあるが盗人山へ行く以外、他に行き先のない尾根である。


シゲト山から先、ルートは西南西、南西、南へと向きを変えやがて猪倉峠に出る。


猪倉峠からピーク431へ向かう途中のヤシオツツジ


これはヒメイワカガミ。
古賀志山一帯に多いがとっくに終わっていた。


鞍掛山ルートと馬蹄形ルートとの分岐点、手岡峠(※)まで来た。
直進するとピーク559、伐採地を経て古賀志山へと至る。
馬蹄形ルートを歩く場合は鞍掛山ルートで来たらここを右斜めに入る。
なお、ここからピーク559、伐採地を経て古賀志山へ至るルートは鞍掛山ルートと馬蹄形ルート共通である。


手岡峠とはここが日光市手岡(ちょうか)であることから、識別するために管理人がつけた名前である。地図に道は描かれていないし名前も当然ながらない。
一般に、目印となる場所を覚えておくには、そこになんらかの記号(識別名)がないと不便である。もしも記号をつけないとどうなるか?
檜林の中の道で真ん中に大きな岩があって倒木もある見通しは良くない場所で直進すると古賀志山へ行く。そこを右斜めに下る道が馬蹄形ルートの入口。
とあるのを手岡峠を右斜めに下ると馬蹄形ルートに入る、と覚えておけば後々、楽というもの。


ピーク559への尾根。


その先で見つけたエイザンスミレ


巨大な岩が立ちはだかるがここは岩の基部を巻くことができる。


通称559と呼ばれている地図にあるピーク559。
地元の愛好家が設けた丸太のベンチがある。古賀志山に賑わいとは異なりいつ来ても静かだ。
ここでのお目当てはヤシオツツジとヒカゲツツジである。


ここからの眺めはよく、北に高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)、西に日光連山、東から南に宇都宮市街がよく見える。


切り立った斜面にヤシオツツジ(アカヤシオ)が圧倒的な姿を見せている。


どうです? この色、この形の美しさ。
ツツジの女王様ですぞ(^^;)


数は少ないがこれもツツジの仲間。
ヒカゲツツジといって限りなく透明に近い「緑」色をした、なんとも幽玄的で魅入ってしまうようなツツジです。
分布は狭く、管理人はここと二枚岩、鞍掛山の西の3箇所しかしらない。
いずれも急峻な斜面に育成しているため花をアップで撮ろう思ったら命がけ覚悟(ホントに)。


ピーク559と次の目標地点、富士見峠との中間に伐採地と呼ばれている場所がある。
元々は桧の植林地だったがその桧が育ったために伐採してはげ山になった場所である。
そこに新たな桧を育てるべく幼樹が植林してある。
昨年、悪意ある何者かの手によって20数本の幼樹の幹が折られるという、実に信じられないことが起こった。当然ながら将来の木材としての価値がなくなる。
折られた桧は遠目には育っているかのように見えるが、育っているのは枝ばかりで幹は成長していない。→詳しいことはこちら


ピーク559から古賀志山を目指すがこの先はアブラツツジが数本あるだけ。
画像は富士見峠。左へ行くと赤川ダムへの近道、というか北登山という地図にある道。直進すると突き当たって右へ行くと古賀志山、左へ行くと東稜見晴台へ行く。


古賀志山山頂
地元の人の憩いの場所になっていて昼時は多くの人で賑わうがこの時間、誰もいない。
ちなみに管理人、2014年10月から数えて今日で59回目となるが、必ずしもすべて古賀志山の山頂に立ったわけではない。
ルートによっては山頂から遠くを歩くこともある。
そういう意味では古賀志山山域を59回、歩いたと言うべきところだが、それをいちいち説明するのも面倒なので古賀志山××回と書くことにしている。


東稜見晴台
古賀志山からの下山ルートはいくつかあるが、今日は岩場が続く東稜コースで下ることにした。


東稜最後の岩を下って振り向いたところ。
ここからルートを東へと変えてどんどん下っていくと北登山道入口へ出て終わりとなる。


あれれっ、あの道路に下りたいのだが道がなくなっている。道が削り取られて崖になっているではないか。これは一体、、、


う~む、降り口が見つからない。


斜面の擁壁が見つかったので足がかりとし、命がけで道路に下りて振り返ると、カメラの位置まであるはずの斜面が削り取られている。
2015年の豪雨によってこの下を流れる赤川が氾濫し、甚大な被害が発生した。
今後、水害が起こらないようにするための工事が行われているようだ。
それにしてもなんですな、この岩の凄さ。岩の上にかろうじて土壌が乗っかってるといった感じ。
山域全体がこのような岩盤で構成されているのが古賀志山の特徴というもんです。


桜が満開の赤川ダムの畔をゆっくり歩いて駐車場へと向かった。


上の地図は管理人が今日、歩いたルート。下の図はその高低差を表した断面図。
地図は説明書きが多くて昭文社「山と高原地図」風になってしまったが、赤川ダム手前、宇都宮市森林公園駐車場をスタートして長倉山から鞍掛山へ向かう左回りのルートを歩いた。
出発点と最高標高の古賀志山との標高差は370メートルしかないが、このルートはアップダウンが激しく累積標高で見ると1530メートルにもなる。距離にしても15キロに近いからかなり厳しいと言える。
これに馬蹄形ルートを加えると累積標高は2000メートルを超えるし距離は20キロにもなる。年老いた管理人、あと何回、馬蹄形ルート+鞍掛山ルートを歩けるだろうか?

ゴンドラ運行終了の那須連峰・三本槍岳への再訪は完全徒歩で。

2018年3月27日(火)

県道駐車地(9:03)~この間、尾根の肩を歩く~P1462(10:37)~1714(12:03)~清水平分岐(13:11)~三本槍岳(13:53/14:20)~清水平分岐(14:41)~1714(15:18)~P1462(16:07)~この間、尾根を下る~県道駐車地(16:50)
※上り4時間50分(2時間35分)、下り2時間30分(1時間19分)
※距離:12.6キロメートル(9.3キロメートル)
※カッコ内は前回ゴンドラ利用時


那須の山々はどれも荒々しくてなおかつ、雄大で、管理人の好みにぴったりである。
昨年だけで4度しかも6月から歩き始めて4度なので密度が濃いといえる。
冬の那須連峰もいいのではないかと今年は1月に茶臼岳に登っている。いずれも期待に違わず、管理人を満足させてくれた。
であれば次に目指すのは茶臼岳のすぐ隣の朝日岳ということになるが、そこへ行くには剣ヶ峰という難所をクリアしなくてはならず、管理人には敷居が高い。→こちらで想像ください。
ところが驚いたことに朝日岳よりもさらに北に位置する、那須連峰最高峰の三本槍岳へは管理人の技術、体力でも行けるらしいという大発見をした。といっても某情報サイトのおかげであるが(^^)

管理人、2年前に福島県の山に目覚め、登り始めた。
地理的な問題もあってまだ栃木県境および県境に近い福島の山しか登っていないが、見聞を広げるためにも山の情報をもっと知りたいと考えて、福島県の山の情報交換を目的とするフェイスブックのメンバーとなった。800名を超えるメンバーからの情報は多彩で、嫌でも管理人の夢を膨らませてくれる。あるときMt.ジーンズ那須スキー場のゴンドラを利用して三本槍岳に登ったという投稿があった。
ほう、なるほど、へぇ、それはそれはと訳のわからない言葉が口をついて出、さっそく地図を広げると同時に、スキー場のウエブサイトにアクセスしてゴンドラの情報を収集することにした。
その上で念には念を入れ、現地へ飛んである心配事についてスキー場のスタッフに質問したのだ。
それはゴンドラの運行時間についてであった。
管理人はとにかく足が遅いのだ。普通の体力の人の2割から3割、余分にかかる。
要因はいろいろあるが、時間がかかるようになったのは山が本当に楽しめるようになったここ数年のことである。歩みが遅いのではなく、立ち止まって景色を眺めたり地図で山座同定したり、写真を撮ったりするのが管理人の山歩きのスタイルである。花の季節になると写真を撮るために立ち止まる回数がさらに増す。
時間を気にしながら歩かなくてはならないとこれら管理人の楽しみが奪われる。
そこでズバリ、もしもゴンドラの終了時間に間に合わなかったらどうなるのか、これがスキー場のスタッフにぶつけた質問である。
はたしてそれにたいする答は、、、こちらをご覧ください。

時間に追われることなくマイペースで三本槍岳を往復するにはゴンドラを利用しないのがベスト、それが結論であった。
そのためには下調べは欠かせない。
前提はスキー場に迷惑をかけないよう管理地内には立ち入らないようなルート設定をすることである。
地図を子細に眺めると中の大倉尾根に乗るまでに、2本の尾根があることがわかる。スキー場に近い尾根と遠い尾根である。
そこでその2本の尾根を探しに現地に行ったのが先月の12日と28日である。その上で尾根の入口近くに駐車スペースがないかどうかも下調べの対象とした。
幸いなことに2本の尾根ともにすぐ近くに2・3台と狭いながら駐車スペースがあった。厳冬期はここを雪の堆積場にするのであろう。しかし3月ともなれば車が邪魔になることはないだろう。
管理人が選んだ尾根はスキー場から遠い方だ。福島県境まで270メートルしかない。ここならスキー場の管理地内から外れるはずだ。

実践の前にもうひとつ、調べておかなくてはならないことがある。
三本槍岳への一般ルートとして使われる、中の大倉尾根の状況である。
ゴンドラを使わずに歩き始めたとして、中の大倉尾根が厳しくて三本槍岳にたどり着けなかったら本末転倒である。
まずは三本槍岳に立つことを目標に、ゴンドラを利用して歩いてみよう。
そう考えて今月14日、管理人が経営するペンションの古い常連さんを誘い、Mt.ジーンズ那須スキー場のゴンドラを利用して登ってみた。→そのときの様子

メインルートで感触をつかみ、それに地図で把握した尾根の状況を加味して計画を立ててみた。それを実践したのが今日なのである。

ゴンドラを使わないルート中の大倉尾根へ向かうにはピーク1462と県道290号線を結ぶ尾根を利用する。
ここを入口とすることは過去2回の下見で決めてあった。
しかしその尾根に乗るには道路に敷設されている高さ5メートルほどの擁壁を乗り越えなくてはならず、それは無理だ。
下見の際に観察したところ、擁壁は5メートルの高さがずっと続いているのではなく、円を描いて両側が地面と同じ高さになる。画像がその位置である。


今日もチェーンスパイクで道具はチェーンスパイクにした。
ただし、昨日あたりから4月並の気温になるとのことなので雪が緩んで足が潜ってしまうようになることも想定し、スノーシューをザックにくくりつけて歩き始めた。
なお、前回14日はスキー場のゴンドラで直接、中の大倉尾根まで行って歩き始めたわけだが、その際も足回りは同じ、チェーンスパイクとスノーシューであった。つまり、地形図から判断してアイゼンは必要ないのだ。
この場所から中の大倉尾根までのルートは傾斜が10度くらいなので中の大倉尾根よりも緩い。


歩きやすいいいルートだ尾根に乗るにはまず車道から歩き始めて限りなく西に近い北すなわち、西西西西北(こんな呼び名、実際にはありませんからね。念のため※)に向かって進んでいく。
すると1500メートルほどで尾根に乗ることができる。
林は笹が隠れているためか歩きやすい。
※32方位での呼び名だと「西微北」に相当するようだ。


尾根を見上げる進行右の斜面、尾根を見上げる。
当初の予定では早いところ尾根に乗って中の大倉尾根に向かおうと思っていた。普通、尾根の方が安全だし見通しもいいのでより確実に目標に向かって進めるからだ。
ところが、尾根に乗るにはこの傾斜を直登しなくてはならない。傾斜は30度くらいある。
それに尾根に沿ったいま管理人が歩いているところは尾根と並行した緩やかな斜面だ。いずれ尾根と交わるならばこのまま歩いていった方が無駄な労力を使わずにすむ。
尾根は帰りに歩いてみよう。


尾根と合流。広い。尾根と並行した林を進んで行くとここで尾根と合流した。
リボンが付いていることからこの尾根、やはり管理人の予想通り、中の大倉尾根に行くために使われているようだ。


素晴らしい尾根とても広々していて素晴らしい尾根だ。
来てよかった!


間もなく中の大倉尾根広い尾根はずっと続いている。


ピーク1462にある展望台おっ、これはピーク1462にある展望台ではないか。
無事に中の大倉尾根と合流したわけだ。


暑くて下着1枚歩き始めて1時間半、これは計算通りであった。
どんな計算か?
事前に地図を使って計測したところ、県道からここまで距離が2.3キロと出た。
管理人、山の平坦路で時速3キロ(強度Ⅰ)、ごく緩い傾斜で時速2キロ(同Ⅱ)、それよりきつい傾斜だと時速1.5キロ(同Ⅲ)、急な傾斜だと時速1キロ(同Ⅳ)という速度で歩けば疲労せずに長時間歩けるというのを経験則にしている。
地形図を見て、10度くらいの傾斜だと強度Ⅲになるので時速1.5キロで距離2.3キロを歩いた結果が1時間半というわけだ。

それにしても暑いぞ。
気温が上がることは予報で知っていたので軽装で来たがすでにアウターを脱ぎ、中間着を脱ぎ、今はアンダーのみで歩いている。


茶臼岳と朝日岳中の大倉尾根に乗ると展望はさらに良くなって茶臼岳や朝日岳がすぐ近くに迫ってくる。


スノーシューに履き替えた気温は20度に達した。
雪が緩んでチェーンスパイクが潜る。
ここでスノーシューに履き替えてみた。多少でも足の負担を減らせればいいと思う。


標高1714標高1714を含む斜面が見えてきた。
三本槍岳はあそこの最上部(画像右のピーク)に隠れてまだ見えない。


左から茶臼岳、鬼面山、朝日岳、ピーク1900、1856いい眺めだ。
左から茶臼岳、鬼面山、朝日岳、ピーク1900、1856


シャクナゲのつぼみシャクナゲのつぼみ。
アズマだろうかそれともハクサンだろうか?


前岳と赤面山が望める中の大倉尾根の少し北に前岳と赤面山が望める。これもきれいな稜線だ。いつか歩いてみたい。


朝日岳がよく見える左には朝日岳がよく見える。


この辺で尾根の5メートルくらい下を歩くようになる。右側は斜面になっている。


ちょっと怖い斜面進行右に長い斜面が広がっている。
傾斜は急ではないのだがこのルートでもっとも緊張する部分である。


ガレ場に差しかかるガレ場に差しかかる。
ここまでスノーシューを着けてきたが、ここで再びチェーンスパイクにつけ替えた。


前岳への分岐を少し過ぎると特徴的な大きな岩が見えてくる。
この上り斜面もあの岩で終わってその後、距離は短いが下りに転じる。


特徴的な形の旭岳右に目をやると特徴的な形の旭岳が見える。


旭岳をズームで旭岳をズームでとらえる。
実に魅力的な山のように見えるが地図には登山道が描かれていない。研究の余地あり。


ルートは平坦に近い下りとでも言っていいだろうか、大展望を楽しみながら三本槍岳へ向かっていく。


そうそう、山頂手前はこんな感じだった。


三本槍岳に登頂ふ~、長かった~。
4時間50分かかって登頂した。
前回14日は中の大倉尾根に乗ってからここまで2時間35分だった。今日は中の大倉尾根に乗ってからも3時間10分かかっている。
これすべて雪質が軟化して歩きにくくなったためである(ということにしておこう)。


快晴微風という実に穏やかな中、管理人の他に人はいない。独り占めである。
ゴンドラの冬季運行が25日で終わり、中の大倉尾根に乗る手段が途絶えたのがその理由であろう。ゴンドラの距離と標高差を歩くという苦労はあったが、その甲斐はあったというものだ。


この景色にしばしうっとりする管理人である。


旭岳


大峠山、流石山、三倉山の見事な稜線。
三座同定を楽しみたい方はこちらで。


遅い昼食遅い昼食となったが途中で行動食を食べているから二度目ということになる。
実はこの他にコンビニのパンが2袋、ザックに入っているのだが24日あたりから風邪気味で、身体はだるいわ食欲はないわ、鼻が詰まって息苦しいわで体調最悪、食欲不振なのである。無理して胃に押し込んでいるというほうが相応しい。


山頂には30分いただろうか。
この時期、もう日没を心配する必要はないとはいえ、昼食が14時過ぎというのはいただけない。眺めを楽しみながら下山することにした。


ときどき振り返っては眺めを惜しむ。


県道に出る尾根に乗った中の大倉尾根が終わって県道に出る尾根に乗った。
帰路は県道に出るまでずっと尾根を歩いてみるつもりだ。


尾根は県道に近くなるにつれて細くなり、木々が多くなってきた。


藪とは言えないまでも木々を避けながら歩く必要に迫られた。


尾根の末端。車道がすぐ目の前尾根の末端まで来ると県道に向かって切れ落ちていて、木につかまりながら慎重に下る必要があった。


県道との段差、1メートルほどまで下り、手にしたポールを道路についてエイヤッと飛び降りた。


常連さんの要望で赤薙山へ雪山登山。この冬、初めてアイゼンを使った。

2018年3月23日(金) 雪質悪い、天候目まぐるしく変化

レストハウス(9:00)~小丸山(10:00)~焼石金剛(11:26)~赤薙山(12:45/13:30)~焼石金剛(14:15)~小丸山(14:53)~レストハウス(15:38)
※歩行:6.6キロメートル

21日、春分の日に降った雪は市街地で10センチ、山沿いで20センチほどの積雪となったが、これを”季節外れの雪”とは日光ではいわない。
ウグイスの声を聞く4月半ばになっても雪が降ることがあるくらいで、それほど珍しいことではないのである。
したがって3月になったからといってスタッドレスタイヤを夏タイヤに替えるようなあわてん坊は日光にはいない(はず)。
ちなみに管理人は宿泊客の送迎に車を使っていることから、万一の降雪に備えて夏タイヤに替えるのは、もう絶対に雪が降ることはないというゴールデンウィーク明けになってからだ。夏タイヤを半年、冬タイヤも半年というローテーションである。

タイヤはまだ冬用のままだが、管理人の商売道具であるスノーシューは7日に最後のお務めを終えて納戸にしまった。桜の便りが届くこの時期、フィールドに雪はあってもスノーシューで山を歩きたいという奇特な人などいないことを過去の経験でわかっているからだ。
この時期、仮にスノーシューのガイドを依頼されてもフィールドの状況を詳しく説明してアイゼンかチェーンスパイクで歩くことを承知してもらっている。

クリーンハイキング中のTさん今日の依頼主は宇都宮市のTさんである。
Tさんは今から3年前、管理人が主催する「クリーンハイキング」に参加してくれた後、毎年、数回ツアーに参加するようになった常連さんである。
Tさんは昨年、通勤中に交通事故に遭い現在、病院通いの身である。Tさんが交通事故で負ったのは神経系の痛みであるため治療が難しく、それがTさんの心に堪えていることがメールのやり取りでわかる。
まだ回復途上のTさんにはいくつかの候補地をピックアップして事前に教えてあった。その中からTさんが選んだのが赤薙山であった。
赤薙山は一昨年、無雪期に管理人と登ったことがあり勝手がわかっていること、Tさんにとって初めての2千メートル超えの冬山であることが選んだ理由だそうだ。
赤薙山は現在の身体状況を確認するためにも最適なようだ。そして今日、赤薙山に登って痛みが出なければ次は山王帽子山(2077メートル)、その次に白根山(2578メートル)に挑戦したいと意欲を見せるTさんに、最大限の協力をしてあげたい。
ちなみにTさんとは今日で7回目のツアーとなる。

天空回廊は再び雪に被われた。雪が降る前、すなわち20日であったなら階段もゲレンデも雪などなかったはずだが21日の降雪で再び雪に被われた。


天空回廊の700段目、ここでチェーンスパイクをつける。1445段の中間地点、700段目には順調に着いた。


チェーンスパイクをつけ終わったところ。ここから先は階段の傾斜が厳しくまた、階段上の雪が凍っているため安全対策としてチェーンスパイクを装着した。


天空回廊トップ階段トップまで残り745段を20分かけて上りきった。


青空の下、丸山がくっきり階段トップから丸山を望む。
山頂は青空におおわれている。


赤薙山をバックに小丸山でひと休み階段トップから少し上がると標高1601メートルの小丸山である。
赤薙山への快適な稜線はここから始まる。


丸山の奥には高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)それほど急いでなければ、ときどき振り返って雄大な景色を見ながら歩くといい。


高原山をズームで日光市と塩谷町、矢板市にまたがる高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)が美しい。


前方に赤薙山前方には赤薙山とその手前のヤセ尾根が間近に迫っている。


コメツツジの中を歩くコメツツジの間を縫うようにして進んで行くと、、、


焼石金剛に到着焼石金剛、標高1800メートルに達した。


素晴らしい眺め丸山(右下)より100メートルほど高く、視界はさらに広がる。


赤薙山直下のヤセ尾根丸山で小休止の後、赤薙山山頂へと向かうが、ここで注意することがある。
このヤセ尾根である。


ヤセ尾根の南斜面尾根の南側が急斜面の沢になっていて傾斜は40度以上ある。
ヤセ尾根で足を滑らすと沢の最深部まで一気に滑り落ちる。


急登を登るTさんヤセ尾根を過ぎると急登が待っている。


赤薙山に到着山頂直下のふたつの大きな岩を回り込むと鳥居が見えてくる。
標高2010メートルの赤薙山山頂である。


登頂のポーズTさんにとって初の冬の2千メートル超え。
回復途上のTさんにとって夢が叶ったようだ。とても嬉しそう。


木々の切れ目から女峰山を望む鳥居の奥に1箇所だけ、展望が得られる場所があって女峰山と男体山が望める。
中央が女峰山。


こちらは男体山目を少し左にやると男体山が見える。


下山に備えてアイゼンをつける昼食を食べ終えたので帰ることにするが、下りは安全を考慮してチェーンスパイクからアイゼンに替えた。
靴はスカルパ、アイゼンはブラックダイアモンド製と、装備にはお金をかけてしっかりしたものを選ぶのがTさんの山にたいする心構えだ。


ここは尾根が広くてどこへでも行けそうな感じがするのだが、来たルートを外してしまうとその先は急傾斜、さらに崖へと行ってしまうので怖い。


ヤセ尾根を見下ろすヤセ尾根を見下ろす地点。
画像の手前(下側)が注意すべきヤセ尾根である。


ヤセ尾根をクリアし広い斜面を焼石金剛へ向かう。


朝、Tさんと歩いた跡がまだそのまま残っている。
今日は他に誰もここまで来ていない。


焼石金剛を通過焼石金剛を通過。


シカの足跡コースを横切るようにシカの足跡(小丸山で)


GPSの記録クラストした雪は歩きにくく、10センチから深いところで20センチくらい潜る。そこから足を抜くにも体力を消耗するわけで、所要時間は計画よりも1時間半ほど余計にかかった。

参考(当初の計画)
9:00/レストハウス~9:50/小丸山~10:50/焼石金剛~12:00/赤薙山(食事)~13:15/焼石金剛~13:45/小丸山~14:15/レストハウス

残雪の那須連峰、三本槍岳。登り始めからずっと息をのむ絶景だった。

2018年3月14日(水)快晴、山頂は強風

Mt.ジーンズ那須ゴンドラ~山頂駅(10:05)~P1462(10:20)~P1714(11:28)~清水平分岐(12:12)~三本槍岳(12:40/13:15)~清水平分岐(13:30)~P1714(13:52)~P1462(14:25)~山頂駅(14:34)~ゴンドラ
※上り2時間35分、下り1時間19分
※距離:9.3キロメートル
※ゴンドラ:往復1410円、運行8:30~15:45、3月25日まで

昨年、那須の山に惹かれて、6月から10月までの間に4回訪れた。
それぞれ異なる山に登ったわけだがいずれも期待が外れることがないほど那須の山は雄大で、山頂に立つまでもなく絶景が楽しめた。
日光の山はずいぶん登ったが多くは長い林間歩きの末に山頂に立ってようやく展望が得られるというパターンに、そろそろこういう山歩きから脱けて、手軽に展望を楽しみたいと思うようになっていた。

60代後半になり体力が衰えた身体には苦しみながらの登山は厳しい。
陽のあたらない長い樹林帯を歩いていると、ついつい先行きの見えない我が人生と重ねていまい、気持ちが暗くなってしまう。
できるなら始めから終わりまで、遠くの山並みを眺めながらのんびり山を楽しみたい。そのほうが同じ距離歩くにしても疲れが少ないに決まっている。それに気持ちまで明るくなるし。
そんな願望が一昨年、とある山のおかげで会津駒ヶ岳に引き合わせてくれた。
樹林帯を脱けて中腹に達すると目の前にどこまで続いているのかと思わせるような広大な湿原が待ちうけていた。そうなんだよ、おいらが求めていた山歩きはこういうことを言うのだよ→そのときの感動はこちらに詳しく

日光の山は自宅から登山口まで、車で60分以内で行ける。会津駒ヶ岳だと登山口の檜枝岐まで3時間かかるからその差は大きい。しかし、時間差を埋めるに十分なほどの感動を与えてくれるから移動時間の長さが気にならない。
そうやって一昨年から昨年にかけて5回も行く結果となったのだ。お泊まり登山を経験したのも会津駒ヶ岳が初めてであった(ジムニーによる車中泊も経験 ^^;)。

三本槍岳山頂から見た福島県の山並みさて、那須の山のこと。
会津に行くほどの時間の余裕がないときは那須の山々が管理人の気持ちを満たしてくれる。
会津駒ヶ岳に行かなくても展望のいい山はないか、栃木県の山だけを解説している本で探したところ、どうやら那須の山が管理人のニーズを満たしてくれることがわかった。
正確には那須連峰といって茶臼岳、朝日岳、三本槍岳ら主峰に加えて南月山、黒尾谷岳の五峰を指しているが、地図を広げるとわかるとおり、これらの山の稜線を北に辿っていくと福島県の山に通じていることも親しみが湧く。
おっと、そんな精神的なことではなく、那須の山々は展望がいいのだ。
標高こそ日光の山には敵わないが、とにかく展望がいい。労さずして大展望が望めるのだ。一度登ったら病みつきになる。いや、すでに病人と化している管理人なのである(^^;)

前回のブログから1ヶ月以上も間が空いたがこれはその間、スノーシューツアーのガイドを務めていたためで、山歩きをしていなかったわけではありません。

マウントジーンズ那須スキー場朝、7時40分に自宅を出発したものの、起点となるマウントジーンズスキー場に着いたのはこんな時間になった。道路は渋滞もないし全線乾燥していたにもかかわらずにだ。
日光の山へのアクセスに慣れきっている管理人だが、井の中の蛙から抜け出すためにも2時間という移動時間に目をつむらなくてはいけない。

さて、管理人はガイドの依頼を受ける以外、単独行である。山仲間はいない。
ただし、今日のように10数年という常連さんでなおかつ、信頼に足るお客さんとはガイドというよりか、よきパートナーとして一緒に歩くことがある。
今日は十分な経験があり健脚のWさんと一緒だから心強い。


スキー場エスカレーター入口駐車場脇の地下道をくぐると建物の入口と出合う。しかし見てわかるとおり、玄関しかない妙な構造になっている。
実はこれ、受け付けやレストランなどが集合するベースロッジとよばれる建物へ導く長いエスカレーターの乗降口なのだ。


スキー場のゴンドラ乗り場エスカレーターを降り受け付けで登山届けを書いて受付嬢に提出し、同じ場所でゴンドラのチケットを買う仕組みになっている。
スキーをやるためにゴンドラを利用するには片道券でいいのだが、三本槍岳の登山だと往復券(1410円)を購入する必要がある。なぜなら、ゲレンデの中を歩いて登るあるいは下ることは禁じられているからだ。
それとゴンドラの運行は15:45が最終だからそれまでに下山するようにと強く言われた。
実は先月28日に下見で立ち寄った際、ある重要な疑問があったので事務所のスタッフに率直にぶつけてみた。まさにゴンドラの運行時間についてであった。
万一、なんらかの事情で最終のゴンドラに乗れなかった場合、どうすればいいのかと。
答は明快であった。
遭難したと見なして警察に通報する、というのがスキー場の対応らしいのだ。そうしないためには電話で連絡をしてくださいとのことだった。ただし、それによって事態が変わるのかどうかまでは聞かなかった。


ゴンドラは標高950メートルのベースロッジから「中の大倉尾根」が始まる1410メートルまでを数分で運んでくれる。標高差にして460メートル上がるわけだが山での標高差としては大きい。ゴンドラの長さは公称1845メートルなので歩けば1時間半はかかる。


ゴンドラを降り立つと真っ平らゴンドラを降りて外に出てみるとそこは地図の通り、真っ平らな空間が広がっていた。
ここにはドッグランやスノーシューのエリアがしつらえてあるとのことだ。


整備されたコースを北に向かって進む。


ピーク1462にある展望台小高い丘のようなところに展望台のような構造物のある場所に来た。
地図には1462メートルのピークとして描かれている場所である。
なお、地理院地図だと八幡温泉からここまで登山道が描かれているが下山後、GPSのログで見るとゴンドラ駅からここまでの道は地図にある登山道とは違っていることがわかった。


三本槍岳が木々の間に見える先ほどの展望台の手前で左(西)に折れると地図にある「中の大倉尾根」が始まる。
那須連峰に詳しい常連客のTさんによると、この尾根からの眺めは雄大で素晴らしいのひと言に尽きるとのことだ。


進行前方にP1714なるほど、目の前に早くも山が迫ってきた。
地図と対比させると、しばらくの間、緩やかな上りが続いてそれから傾斜が急になっていることから、ここから見るあの小高い山は標高点1714を含む斜面であることがわかる。


遮るものがなくなり茶臼岳がさらに進むと眺めをじゃまする木々はなくなり那須連峰がよりいっそう、際立つようになってきた。中央に見えるのは茶臼岳に違いない。
右端に見える尖った山は朝日岳のはずだ。


茶臼岳の右に朝日岳今度は朝日岳を中央に納めて左に茶臼岳を眺める。


P1714に近づいた先ほど標高点1714を眺めた位置から10分経過した地点で、再び目線を正面に向ける。
標高点1714を中央にしてその奥左が標高点1856、さらに左がピーク1900。
三本槍岳はここからだと見えない。


朝日岳をズームで茶臼岳や朝日岳、それを取り巻く山はどこからでもよく見える。


同じ画像だがわかりやすいように山名を入れてみた。


標高点1714は目の前標高点1714はすぐ目の前になった。
写真を撮る頻度が多くなるにつれて先を行くWさんとの距離は遠のくばかり。


ガレ場。雪はない標高点1714を通過するとガレ場と遭遇。雪はまったく付いていない。


間もなく清水平への分岐三本槍岳と清水平を示す標識だが、清水平へはこの先で南へ分岐して行く。


時刻は12時を回った。
この位置から三本槍岳まで約1キロ、40分かかるとして登頂は12時40分だ。
下山に2時間半は必要と考えるとゴンドラの最終便が15:45だから13時10分には山頂を発たなくてはいけない。したがって山頂にいられるのは30分が限度とみた。
写真を撮るのに10分は費やしたいし絶景も堪能したい。地図とコンパスを使って周りに見える山の名前を同定したい。昼メシも食べなくてはならない。
これらすべてを30分でおこなう必要がある。
脳内は時間の計算で活発に働いている。まるで渋滞する中、車で結婚式場へ向かっているかのようで気持ちが落ち着かない。
いやだ、山でこういう面倒な計算をするのは!! 快適さが失われるというもんだ。


1714に隠れて見えなかった三本槍岳が見えたこれまで標高点1714に隠れて見えなかった三本槍岳を正面にとらえた。


三本槍岳、もうすぐ三本槍岳は昨年、3回登っているが、傾斜はここから眺めるよりもきつかったような気がする。雪が積もっているために緩やかに見えるのだろうか。


旭岳進行右(北)に旭岳が先鋭的な姿を見せている。


山頂が間近に迫った。


人の姿が見える。目の前が山頂である。


三本槍岳山頂やったぞ!
ついに残雪の三本槍岳に登頂!!
歩き始めて2時間35分か、思っていたよりも時間は短かった。
下りは2時間半かかると見ていたがこれなら2時間でいいかもわからない。

驚くことに山頂には雪がまったくない。
その理由はすぐにわかった。


昨年、3回訪れているがここから白い山並みを眺めるのは初めてである。
それにしても凄まじい風だ。身体がふらついて真っ直ぐ立っていられない。
山頂に雪が積もらないのはこの風のせいだ。すべて吹き飛ばされてしまうのだ。



あまりにも凄まじい風で立っているのがやっとの状態。


旭岳旭岳。
そのすぐ手前は須立山かもしれない。


流石山や三倉山などを結んでいる稜線山頂の西に実に美しい稜線が見える。
栃木県と福島県との境に位置する流石山や三倉山などを結んでいる稜線である。
県境にある山だが栃木県側から登ろうとすると日帰りは困難であることから、福島県の山としたほうがいいようだ。
今年はあの稜線を歩いてみたいものだ。


ズームで撮ってみるとその美しさがより際立つ。


ひとつ前の画像に山名を加えてみた。


山頂からの360度写真 マウスで回転させてみてください。


今日の出で立ち山頂の強風を避けるためブッシュに身を寄せて昼食にする。
ゴンドラの終点からここまでスノーシューをザックにくくりつけ、チェーンスパイクのまま歩いて来た。雪は適度に締まっていて潜ることなく快適に歩けた。


下山開始ゴンドラの終了時間が気になって仕方がないので下山にとりかかった。
この時刻なら2時間とみても最終には間に合うはずだ。


ゴンドラの山頂駅が見える眼下に先ほどのゴンドラ駅が見える。


振り返って朝日岳時間に追われているとはいえ、この絶景を楽しまないわけにはいかない。


傾斜は緩くなりゴンドラ駅に近くなったことがわかる。


ゴンドラ駅間近ブナとミズナラ、ダケカンバの自然林の中を歩く。傾斜はない。


ゴンドラ駅に到着ゴンドラ駅に到着した。


時刻は14時34分。
計算よりも1時間ほど早く下山できた。ベースロッジに戻って無事に下山したことを告げて今日の山行は終了した。


本日歩いたルートスキー場からのピストンなのでGPSの軌跡は1本のみ。
ゴンドラに乗って途中まで行くというのは時間と労力の軽減にはなるがお手軽登山という感じもする。ただし、今日の目的は「中の大倉尾根」の感触を得るのと、尾根の始まりから三本槍岳までの時間計測にあったので良しとする。
実は本心は時間に制約のあるゴンドラを利用せず、県道290号線からピーク1462に達してそれから中の大倉尾根で三本槍岳に登ることなのだ。
最適な登り口は下見を2回おこなってすでに見つけてある。
290号線脇に駐車できる場所が2箇所あって、そこからピーク1462を目指すことができそうだ。
距離約1.6キロの緩やかな傾斜なので残雪期ならば90分みておけば大丈夫だと思う。それにそのルートはスキー場の敷地外であるはずだ。迷惑をかけることはないだろう。
今日の結果だとゴンドラ駅から三本槍岳往復で4時間だったのでプラス2時間すればいい。今年はすでに遅いので来年の課題としたい。

ツアーの下見にお客さんと某氷瀑(雲竜瀑に非ず)へ

2018年2月5日(月) 晴れ 寒い

今回で4回目となるTさんと来週おこなう、別のお客さんのツアーの下見に奥日光の氷瀑へ行ってきた。
ツアーの下見にお客さんを付き合わせるなど、他社では絶対にしないと思うがそこは管理人とお客さんとの信頼関係で成り立っていることなので、管理人まったく意に介さない。Tさんにとっては初めて観る氷瀑だし下見であることを十分、理解してもらっている。
本来なら管理人ひとりで行く下見と、お客さんを同行する本番とにどのような違いがあるのかといえば、第一にルート上の危険箇所、次に「氷瀑」が本当に凍っているかどうか、次に所要時間などの把握である。所要時間は健脚のお客さんかそうでないお客さんかによって大きく変わるが、来週のツアーは健脚のお客さん(常連客)なので早足で歩いて時間を計測することにする。
それによって本命の氷瀑を観て時間が余れば他にふたつの氷瀑を観ることができる。
下見といえども手の抜けない仕事なのだ。

湯川にかかる木橋湯川にかかる木の橋を渡ると道は小田代ケ原へと向かう。
快晴だが気温が低く、身体がぜんぜん温まりません。


小田代ケ原へ向かってひたすら歩く歩き始めて1キロの地点。
小田代ケ原へのルートは多くの人が歩くため完全に踏み固められていて、スノーシューだとアスファルト道路の上を歩いているようでとても歩きづらい。靴のままあるいはチェーンスパイクで歩いた方がよほど効率がいい。


小田代ケ原入口のシカ避けゲート前方にこんなゲートが見えたら小田代ケ原である。
ゲートはシカが中に侵入して草木を食い荒らさないようにするための防護柵。
画像では見えないが金網の右を見ると針金を横に這わせてあるがそれは電気柵。ところが電気柵に電気を供給する電線が見えない。
さて、この針金にはどのように電気を供給しているのでしょうか?


小田代ケ原展望台から貴婦人を眺める展望台の200メートル奥に小田代ケ原の象徴ともいえる樹齢80年のシラカンバ、通称「貴婦人」が佇んでいる。


間もなく氷瀑沢沿いに歩いて行くと間もなく林の間から氷瀑が望めるようになる。
前を行くのは横浜のTさん。


雲竜瀑と並んで人気の高い氷瀑今日のお目当て、氷瀑に着いた。
落差わずか20メートルに過ぎない小さな滝ながら凍った姿は見事のひと言に尽きる。
凍ってはいるが水は流れており、近くによるとゴウゴウと音がする。


スノーブリッジを慎重に渡る滝の裏側に回り込むため流れにかかるスノーブリッジを渡る。
気温が上がるとブリッジが崩れて水中へドボン。渡れるのは気温が低い今のうちである。


氷瀑の裏側滝の裏側に回り込むと表から見たのとは違った美しさがある。


滝の裏側の右手は氷のカーテンになっている。
どうですか、この氷の色。


さあ、お次の氷瀑へ。


第二の氷瀑、全景。
これからあそこまで近づいてみよう。


第二の滝も見事に凍りついている第二の氷瀑。
段々状の巨大な岩壁を伝って流れる滝が凍ったもの。実に見事。
ちなみにこの位置から写真を撮るのは命がけです。


第三の滝は雪に覆われて見えなかった第三の氷瀑。
ここは雪で覆い隠されてしまって見ることはできなかった。


山の中で沢の流れを見ると気持ちが落ち着きますね。


往復約15キロの氷瀑ツアーでした。
このところ気温の低い日が続いていて実に見事な凍りっぷりでした。
次回は2月15日に健脚の常連さんとのツアーを予定しています。

文中、滝の名前を表記しないで氷瀑とか第二の滝とか第三の滝などと書いているのは管理人の商売上の理由によります。お察しのほどを。

登山での疲労の原因について考察してみた。解決策は筋トレの再開。

2018年2月2日(金)

昨年から考えていることがある。
いくらゆっくりとはいえ、10時間に及ぶ長時間、長距離の登山はもう無理なのではないだろうかということを。
特に8月(2017年)以後、山歩きに自信をなくしてしまった。
中盤を過ぎると疲れが激しくてその場にへたり込んでしまうことが多いのだ。
下山後、自宅に戻ったらひと風呂浴びてビールをグビッ、という気持ちになれないほど疲れる。

9月の古賀志山など車こそ運転できたが帰宅したら汗をたっぷり吸い込んだウエアのままベッドに倒れ込んで寝てしまった。
この日は20キロ歩いたから疲れるのは覚悟していたが、まさかこれほど疲れるとは想像できないほどであった。

馬蹄形ルートは過去に単体で4回、鞍掛山ルートとの複合では4回歩いていて、後者は距離が長いだけにたしかに疲れる。しかし8回目となる9月ほど疲れた経験はなかった。→古賀志山馬蹄形ルート

疲れは10キロを過ぎたあたりから始まる。
休憩を重ねなければ足が前に進まなくなるのもそのあたりからだ。15キロになると足が前に出ないほど疲れが激しく、その場でへたり込んでしまい大休止となる。残り5キロの下りは足が硬直して膝が曲がらず、トレッキングポールにすがって歩かなくてはならなかった。

同じく10月、女峰山のときは激しい疲れから下山中に幻覚に襲われるという尋常ならざる事態に陥った。このときの歩行距離は18キロだった。→女峰山~帝釈山

きっと管理人の身体になにか異変が起きたのであろう、そんな強迫観念にとらわれるようになり、山を歩くのが怖くなってしまった。
ブログではしばしば疲労困憊とか遭難とか、もうダメとかへろへろとかといった言葉を冗談交じりに用いることがあるが、それが現実のものとなる恐れがある。これからは冗談でも使わないようにしなくてはオオカミ少年になりかねない。

考えられる原因のひとつが左上半身の痛みというか痺れで、5月から飲み始めた痛み止めの薬の副作用である。
3つの病院を廻って最後にわかったのだが、頸椎にヘルニアがあって頸椎の中から左上半身に延びている神経の根を圧迫しているのが原因らしい。
発生すると数ヶ月続いて自然に治るそうだ。昨年は5月に始まって10月まで続いた。薬を処方されたがヘルニアを治すためのものではなく、痛みを緩和する役目しかないとのことだ。そして、この薬は眠気と目まい、怠さを引き起こすと言われた。したがって高所での作業や車の運転は控えるようにと注意されている。ハンドルを握っている間は緊張しているので副作用の症状は出ないが、山を歩いていると緊張と弛緩の繰り返しになり、弛緩のときが危ない。足のふらつきと眠気に襲われる。

疲れのもうひとつの原因は体重増である。
これまで10数年というもの55~56キロの間を保っていたのに、昨年8月から増え始め、変動はあるものの最近では58キロを超えるようになった。
いつもの10キロのザックに500ミリのペットボトルを4本、計2キロを追加して歩くのと同じだ。これじゃぁ疲れるわけだわね。

ここで疑問が湧いた。
毎週のように激しい登山をしているのに体重増とは如何に??

混濁した頭を整理する目的で思い当たることをマインドマップに列記して考えたところ、好調時とは異なるいくつかの変化が明らかになった。

 ・加齢
 ・ジムをやめたこと
 ・山歩きのし過ぎ

加齢は生き物である以上、避けられない現象だ。
認めたくはないが歳を重ねればいやでも身体能力は落ちる。
顕著なのは筋肉の衰えだ。重いザックが苦痛になったしコース上の小さな岩を避けるのに必要な瞬発力が落ちているような気がする。加えて柔軟性も低下している。
主観的に見て、高齢者の山での事故を我が身に置き換えて考えてしまう。
それらを承知した上で山に登り続けるためには加齢による身体能力の低下をなんらかの方法によってくい止めなくてはならないと思っている。

山歩きを始めて間もなく、山をもっと楽に登りたいと考えてスポーツジムに通うようになった。息切れが激しかったし筋肉痛にも悩まされていたのでなんとかもっと楽に登りたい。そして山頂からの景色を楽しみたい。
それを実現するには脚力と心肺機能を強化すべきであろうと考え、ジムに通うようになった。

山を歩くときの負荷よりも強い負荷を身体に課すことを習慣化しなくては、山歩きは楽にならない(過負荷の原理)。
それを理解したから、山歩きを始めて間もなくスポーツジムに通うようになったのにもかかわらず、毎週のように山歩きをするようになった2015年以後、「トレーニングは山で十分」という考えが強くなるとともに、通う日数が減り、昨年はとうとうジムをやめた(※)。

やめた理由は他にもある。日光市は栃木県の1/4という広大な面積を占める割にスポーツジムは現在、1店しかない(それまで管理人は3店に通ったがいずれも経営不振でクローズした)。
やめる直前のジムはトレーナーはいないしマシンは古くまた数が少なく、ランニングマシンなど30分という制限がある。嫌気がさしたともいえる。

2015年以後の過度な山歩きがもたらしたもの。
無謀な管理人の性格であろう、怪我が多い。
2008年に左足首を捻ってしまい、それを放置したのがいけなかったのであろう、足底が痛むようになった。翌2009年は右足首を骨折し手術によって治療したものの、痛みはまだ続く。2012年には左膝の靱帯が損傷してこれも手術したが左脚を蹴り出すのが困難になった。2014年は岩から転げ落ちて左脚の頸を抉ってしまった。
怪我をすると当然だが山歩きに空白期間が生じる。目の前に見える山に行きたくてもいけない、これは辛い。大きなストレスとなる。
ハードな歩きが差し支えなくなった2015年から、怪我による空白を埋めるべく、週に2・3回というペースで登り続けた。
ジムに通わなくなったのもこの時期からである。
会費だけ払って通わないのはもったいないが、ジムを保険と考え、雨で山に行けないときだけ通うようにして、山を筋トレの場として利用することに頭を切り換えたのだ。
こうして2015年が過ぎ2016年が過ぎ、2017年を迎えると身体に変化が起こっていることに気がついた。

ジムに通う日数が減り、身体に負荷をかけなくなったら筋肉が著しく減少してしまった。
山歩きでは上半身はザックを背負えるだけの筋肉で十分たりるし、下半身は傾斜をゆっくり上れればいい程度にまで筋肉が減少し、細い脚になった。
ジムに通わなくなった管理人の身体は過負荷から解放されて、山歩きに必要な最低量の筋肉だけになったわけだ。
人はこれほど簡単に環境に順応するんだねぇ。

過負荷を与え続けないと筋肉は元に戻ってしまうがこの他に、もしかすると筋肉の減少は山歩きのし過ぎも原因なのではないかと管理人は考えるようになった。

山歩きはいうまでもなく有酸素運動である。
しかも有酸素運動の代表格とされるウォーキングやジョギング、マラソンに比べるとその時間は長く、4~5倍にも達する、高強度の有酸素運動といえる。
そのエネルギーは筋肉と脂肪が供給元になっていることが本を読むとわかる。
筋肉からも脂肪からもエネルギーが供給されるのであれば体脂肪が減るはずだと思うが、登山で運動強度が高まっていくと脂肪からのエネルギー供給は低下して、筋肉からのエネルギー供給に依存するようになると本に書かれている。
したがって多くのエネルギーが筋肉から供給されるとすれば筋肉は細っていくことになる。
食べ物が体内で消化吸収されてエネルギーになっても筋肉が少ないと歩くためのエネルギーに足りないし、摂取したエネルギーの方が多ければ脂肪に変換されて蓄積されてしまうことがわかった(管理人の理解が正しければの話ね)。

登山に役立つ書籍

なるほど、カギは筋肉にある。筋肉はエネルギーの貯蔵庫であると同時に、エネルギー消費のお得意様なのだ。

つまり、筋肉が細ると蓄えるエネルギー量も少なくなるため山歩きで消費されるエネルギーをまかなえなくなり、それが疲労に結びつくわけだ。
と同時に、山歩きをしない日など、筋肉が少ないと摂取したエネルギーが消費されずに脂肪に変換されて、それが肥満に結びつくのだ。

管理人でいえば筋トレをしなくなったのと過度な山歩きによって筋肉量が減り、それが山歩きでの疲れと肥満につながったと見るのが正しいようだ。

筋肉量が増えると運動をしなくても日常生活で必要なエネルギーを大量に消費するので太ることがない。日常生活も運動にたとえると、そこで消費されるエネルギーのことを基礎代謝といって筋肉量で左右されるらしい。

筋肉、筋肉、筋肉だ~
ほし~
い、筋肉が~(^^;)

あらためて筋トレを。
筋肉量を増やすことが山歩きで多くのエネルギーを供給することになるし、肥満の防止にもつながることがわかった。
そのためにも筋トレを再開しよう。
ただし、20分もかけて通わなければならないスポーツジムではなく、自宅をトレーニングの場にする。それなら仕事の合間にでもできるし、終わったらすぐ風呂に入れる(ジムはシャワーしかないのでリラックスできない)。

実はかなり前に自宅の一室にランニングマシンとエアロクライム(登山を模した機械)を設置してトレーニングをしていたのだが、これらは有酸素運動のためのマシンであり筋トレには向かない。
そこで昨年12月、十数種目の筋トレが1台のマシンでできる、ホームジムという家庭用の安価なマシンを購入した。溶接がずさんでセンターがずれていたり、バーを引っ張るとフレームがぐらついたり、いつ切れるともわからない細いワイヤーでウエイトをつり上げるなど、1種目しかできないのに50~100万もする業務用マシンには信頼性や堅牢さ、安定性はおよばないが、なんとか使えている。スポーツジムの会費、6ヶ月分で買えるマシンだ。

こうして管理人の再スタートが始まった。
古稀を目前に控え、20キロ、10時間の行程を疲れずに歩くことを目標に掲げ、筋トレに励む管理人なのである。

子供のころから虚弱体質な管理人なので筋肉がついたとしてもそれでようやく、普通の人の筋肉レベルです。マッチョな管理人を想像、期待すると失望しますよ(^^;)

雨ばかりの1月、憂さ晴らしにチェーンスパイクで赤薙山へ。

2018年1月19日(金) 晴れ

レストハウス(8:58)~小丸山(9:38/9:45)~焼石金剛(10:22/10:32)~赤薙山(11:14/11:42)~展望地(11:46/11:54)~焼石金剛(12:18)~小丸山(12:45/12:50)~レストハウス(13:26)

昨年、一昨年と雪なしの1月という異常気象に泣いた。
今年、雪は年末から年始にかけて順調に降り、3年ぶりに真っ白に輝く女峰山そして、赤薙山を仰ぎ見ることができ、これで3年続けての異常気象は免れたことを確信した。

管理人が主催するスノーシューツアーは正月3日に開幕し30センチのパウダースノーを大いに満喫、さあこれから申し込みが殺到して忙しくなるぞ、と期待に胸が膨らんだのも束の間、急転直下、8日は丸一日中雨が降るという最悪の天候となった。

予報が雨だと山岳地帯の日光は雪になるのが相場なのだが、気温が高くて雪はならず、せっかく積もった雪を解かす結果となった。
それだけなら次の雪を待てばいいのだが10日経った17日、またもや雨となりフィールドは致命的なダメージを負ってしまった。

日本海側に大雪をもたらす寒気団や低気圧は群馬県を越えて日光にも雪を降らすのが冬特有の天候であったが、その勢力は年を追って弱くなっているような気がする。
3年連続というのは地球の歴史から観れば一過性に過ぎず、いずれ元に戻るのかもしれない。
そのように考えるのが精神健康にいいとは思うものの、スノーシューツアーを生業としている管理人にとってはダメージが大きすぎる。
平均寿命にはまだ間があるとはいうものの体力には限界があるのだ。
そんなことを考えると気が滅入る。

今月のツアー募集はやめた。予約済みの客には断りのメールを出した。
次に雪が降るまでの間、雪は少ないながら管理人独りなら楽しめる。
憂さ晴らしのために出かけてみた。

登山口の天空回廊スタートはここ、霧降高原・キスゲ平の天空回廊。
元スキー場だけあって幅数十メートルのなだらかな斜面が上方に向かって延びていて、そこは高山植物の宝庫である。園内を散策しながら数十種類の花を観ることができる。
リフトの跡に1445段の長~い階段が設置され、途中に展望台が3箇所、階段トップにも展望台があっていずれも関東平野が一望できる。
積雪が多ければ斜面を歩いて階段トップまで行くことができる(今月3日はそうした)が、1月になって8日と17日にほぼ丸一日中、雨が降り、せっかくのパウダースノーが台無しになってしまった。斜面は地面が剥き出しとなり春を待つ植物のことを考えるととても歩ける状態ではない。
したがって今日は階段を歩いて最上段まで行く必要に迫られるが1445段もの階段は辛い。


階段はこんな具合。
雪は雨で解け、それが気温の低下で凍ってガチガチになっている。
こんな状況だとチェーンスパイクが威力を発揮するのだが、同時に階段の板を傷つけてしまう。
登山靴のままで恐る恐る上っていく。


700段目の避難小屋700段目にある避難小屋に着いた。
ここまで15分かかった。


避難小屋から上はスキー場でいえば中級から上級の斜度がある。
階段の傾斜もここからぐっときつくなる。


階段は避難小屋まではノンストップで、それから上は100段ごとに休憩を挟んで上がっていくと疲れない。
振り返ると高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)がよく見える。この右には関東平野が一望できる。


天空回廊終段階段の最上段に到着。
凍った雪に気をつけながらゆっくり上がってきたため、ここまで34分。


小丸山階段の最上段からさらに上がると標高1601メートルの小丸山に着く。
正面に見えるピークが赤薙山で尾根は女峰山を経て帝釈山まで約7キロも続く。


ここからチェーンスパイクさあ、ここから先はチェーンスパイクで歩くことにしよう。
雪は階段と同じように凍っているはずだし、雪がない場所は地面が凍っている。
靴のままだと滑って脚力のロスが甚だしい。


小丸山から焼石金剛までコメツガの間を縫うようにして歩く。
雪はあったりなかったり。


焼石金剛標高1800メートルの焼石金剛から高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)を望む。
素晴らしいのひと言に尽きる。


前方に赤薙山が迫ってきた。
山頂直下の雪面はヤセ尾根。このルートでもっとも緊張する場所である。


赤薙山直下のヤセ尾根これがヤセ尾根。
この踏跡のとおりに歩けば大丈夫なのだが間違っても左に寄ってはならない。
足を滑らすと35度の斜面を谷に向かって一気に500メートル滑り落ちる。
危ないと感じたら右に見える林に近づいて歩くといい。
なお、これからさらに雪が降り積もると尾根の形状が変化する。幅広になるのだ。
そのとき、進行左側の雪は雪庇になっていて、その下は空間である。画像の状態よりも危険は増すから注意した方がいい。雪庇を踏み抜くと谷に向かって滑り落ちる。


ヤセ尾根南側の斜面。
足がすくむほどの傾斜と深さ。


ヤセ尾根が終わるとこのような道標と出合う。
赤薙山への指示にしたがってもいいし、このまま尾根を行ってもいい。すぐに交わる。


傾斜がきつくなってきた。
積雪は浅く、雨で締まっているので歩きやすいが、新雪が積もっているときは太ももまで潜ることがある。


傾斜が緩くなり前方に大きな岩が見えると山頂はすぐ。


赤薙山山頂登頂!!
天気がいいので今日はここで昼メシと決めた。
その前に、、、
母なる山、女峰山にご挨拶しなくては。


女峰山鳥居をくぐると立入禁止のロープが張ってあり、そこから女峰山と男体山がよく見える。
う~ん、いい眺め!
赤薙山からの展望は唯一、ここだけ。


男体山こちらは男体山。


時間は十分すぎるほどある。
赤薙山から先のルートはこんな感じ。
少し歩くと展望の良い場所がある。


福島県境の山並み展望地から北の眺め。
あの山並みはおそらく福島県境の台倉高山、帝釈山、田代山、枯木山、荒海山といった中央分水嶺の山ではないかと思う。
栃木県の面積の1/4を占める日光市は広い。あそこまで20キロもある。


高原山こちらは高原山をズームしたもの。
画像左はハンターマウンテンスキー場がある明神岳。
さあ、そろそろ帰るとしましょう。


ヤセ尾根を慎重に通過。


焼石金剛を通過して振り返る。
祠は屋根を残して埋まっている。


丸山全景昨年9月26日、女峰山から下山中に幻覚に襲われた丸山→詳しくはこちら


小丸山まで降りてここでチェーンスパイクを外した。


小丸山展望台階段トップに別れを告げて往きよりもさらに慎重に階段を下りることにする。


凍った雪は上りは良くても下りは怖い。
なるべく雪のない部分に足を置くように心がけても雪がステップを覆っていると滑る。神経をすり減らす。


700段から下は園内を散策できる遊歩道が敷設されている。
遠回りになるが階段よりも安全だし歩き足りない場合など、ここで体力を消費できる。