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ツアーの下見にお客さんと某氷瀑(雲竜瀑に非ず)へ

2018年2月5日(月) 晴れ 寒い

今回で4回目となるTさんと来週おこなう、別のお客さんのツアーの下見に奥日光の氷瀑へ行ってきた。
ツアーの下見にお客さんを付き合わせるなど、他社では絶対にしないと思うがそこは管理人とお客さんとの信頼関係で成り立っていることなので、管理人まったく意に介さない。Tさんにとっては初めて観る氷瀑だし下見であることを十分、理解してもらっている。
本来なら管理人ひとりで行く下見と、お客さんを同行する本番とにどのような違いがあるのかといえば、第一にルート上の危険箇所、次に「氷瀑」が本当に凍っているかどうか、次に所要時間などの把握である。所要時間は健脚のお客さんかそうでないお客さんかによって大きく変わるが、来週のツアーは健脚のお客さん(常連客)なので早足で歩いて時間を計測することにする。
それによって本命の氷瀑を観て時間が余れば他にふたつの氷瀑を観ることができる。
下見といえども手の抜けない仕事なのだ。

湯川にかかる木橋湯川にかかる木の橋を渡ると道は小田代ケ原へと向かう。
快晴だが気温が低く、身体がぜんぜん温まりません。


小田代ケ原へ向かってひたすら歩く歩き始めて1キロの地点。
小田代ケ原へのルートは多くの人が歩くため完全に踏み固められていて、スノーシューだとアスファルト道路の上を歩いているようでとても歩きづらい。靴のままあるいはチェーンスパイクで歩いた方がよほど効率がいい。


小田代ケ原入口のシカ避けゲート前方にこんなゲートが見えたら小田代ケ原である。
ゲートはシカが中に侵入して草木を食い荒らさないようにするための防護柵。
画像では見えないが金網の右を見ると針金を横に這わせてあるがそれは電気柵。ところが電気柵に電気を供給する電線が見えない。
さて、この針金にはどのように電気を供給しているのでしょうか?


小田代ケ原展望台から貴婦人を眺める展望台の200メートル奥に小田代ケ原の象徴ともいえる樹齢80年のシラカンバ、通称「貴婦人」が佇んでいる。


間もなく氷瀑沢沿いに歩いて行くと間もなく林の間から氷瀑が望めるようになる。
前を行くのは横浜のTさん。


雲竜瀑と並んで人気の高い氷瀑今日のお目当て、氷瀑に着いた。
落差わずか20メートルに過ぎない小さな滝ながら凍った姿は見事のひと言に尽きる。
凍ってはいるが水は流れており、近くによるとゴウゴウと音がする。


スノーブリッジを慎重に渡る滝の裏側に回り込むため流れにかかるスノーブリッジを渡る。
気温が上がるとブリッジが崩れて水中へドボン。渡れるのは気温が低い今のうちである。


氷瀑の裏側滝の裏側に回り込むと表から見たのとは違った美しさがある。


滝の裏側の右手は氷のカーテンになっている。
どうですか、この氷の色。


さあ、お次の氷瀑へ。


第二の氷瀑、全景。
これからあそこまで近づいてみよう。


第二の滝も見事に凍りついている第二の氷瀑。
段々状の巨大な岩壁を伝って流れる滝が凍ったもの。実に見事。
ちなみにこの位置から写真を撮るのは命がけです。


第三の滝は雪に覆われて見えなかった第三の氷瀑。
ここは雪で覆い隠されてしまって見ることはできなかった。


山の中で沢の流れを見ると気持ちが落ち着きますね。


往復約15キロの氷瀑ツアーでした。
このところ気温の低い日が続いていて実に見事な凍りっぷりでした。
次回は2月15日に健脚の常連さんとのツアーを予定しています。

文中、滝の名前を表記しないで氷瀑とか第二の滝とか第三の滝などと書いているのは管理人の商売上の理由によります。お察しのほどを。

雨ばかりの1月、憂さ晴らしにチェーンスパイクで赤薙山へ。

2018年1月19日(金) 晴れ

レストハウス(8:58)~小丸山(9:38/9:45)~焼石金剛(10:22/10:32)~赤薙山(11:14/11:42)~展望地(11:46/11:54)~焼石金剛(12:18)~小丸山(12:45/12:50)~レストハウス(13:26)

昨年、一昨年と雪なしの1月という異常気象に泣いた。
今年、雪は年末から年始にかけて順調に降り、3年ぶりに真っ白に輝く女峰山そして、赤薙山を仰ぎ見ることができ、これで3年続けての異常気象は免れたことを確信した。

管理人が主催するスノーシューツアーは正月3日に開幕し30センチのパウダースノーを大いに満喫、さあこれから申し込みが殺到して忙しくなるぞ、と期待に胸が膨らんだのも束の間、急転直下、8日は丸一日中雨が降るという最悪の天候となった。

予報が雨だと山岳地帯の日光は雪になるのが相場なのだが、気温が高くて雪はならず、せっかく積もった雪を解かす結果となった。
それだけなら次の雪を待てばいいのだが10日経った17日、またもや雨となりフィールドは致命的なダメージを負ってしまった。

日本海側に大雪をもたらす寒気団や低気圧は群馬県を越えて日光にも雪を降らすのが冬特有の天候であったが、その勢力は年を追って弱くなっているような気がする。
3年連続というのは地球の歴史から観れば一過性に過ぎず、いずれ元に戻るのかもしれない。
そのように考えるのが精神健康にいいとは思うものの、スノーシューツアーを生業としている管理人にとってはダメージが大きすぎる。
平均寿命にはまだ間があるとはいうものの体力には限界があるのだ。
そんなことを考えると気が滅入る。

今月のツアー募集はやめた。予約済みの客には断りのメールを出した。
次に雪が降るまでの間、雪は少ないながら管理人独りなら楽しめる。
憂さ晴らしのために出かけてみた。

登山口の天空回廊スタートはここ、霧降高原・キスゲ平の天空回廊。
元スキー場だけあって幅数十メートルのなだらかな斜面が上方に向かって延びていて、そこは高山植物の宝庫である。園内を散策しながら数十種類の花を観ることができる。
リフトの跡に1445段の長~い階段が設置され、途中に展望台が3箇所、階段トップにも展望台があっていずれも関東平野が一望できる。
積雪が多ければ斜面を歩いて階段トップまで行くことができる(今月3日はそうした)が、1月になって8日と17日にほぼ丸一日中、雨が降り、せっかくのパウダースノーが台無しになってしまった。斜面は地面が剥き出しとなり春を待つ植物のことを考えるととても歩ける状態ではない。
したがって今日は階段を歩いて最上段まで行く必要に迫られるが1445段もの階段は辛い。


階段はこんな具合。
雪は雨で解け、それが気温の低下で凍ってガチガチになっている。
こんな状況だとチェーンスパイクが威力を発揮するのだが、同時に階段の板を傷つけてしまう。
登山靴のままで恐る恐る上っていく。


700段目の避難小屋700段目にある避難小屋に着いた。
ここまで15分かかった。


避難小屋から上はスキー場でいえば中級から上級の斜度がある。
階段の傾斜もここからぐっときつくなる。


階段は避難小屋まではノンストップで、それから上は100段ごとに休憩を挟んで上がっていくと疲れない。
振り返ると高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)がよく見える。この右には関東平野が一望できる。


天空回廊終段階段の最上段に到着。
凍った雪に気をつけながらゆっくり上がってきたため、ここまで34分。


小丸山階段の最上段からさらに上がると標高1601メートルの小丸山に着く。
正面に見えるピークが赤薙山で尾根は女峰山を経て帝釈山まで約7キロも続く。


ここからチェーンスパイクさあ、ここから先はチェーンスパイクで歩くことにしよう。
雪は階段と同じように凍っているはずだし、雪がない場所は地面が凍っている。
靴のままだと滑って脚力のロスが甚だしい。


小丸山から焼石金剛までコメツガの間を縫うようにして歩く。
雪はあったりなかったり。


焼石金剛標高1800メートルの焼石金剛から高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)を望む。
素晴らしいのひと言に尽きる。


前方に赤薙山が迫ってきた。
山頂直下の雪面はヤセ尾根。このルートでもっとも緊張する場所である。


赤薙山直下のヤセ尾根これがヤセ尾根。
この踏跡のとおりに歩けば大丈夫なのだが間違っても左に寄ってはならない。
足を滑らすと35度の斜面を谷に向かって一気に500メートル滑り落ちる。
危ないと感じたら右に見える林に近づいて歩くといい。
なお、これからさらに雪が降り積もると尾根の形状が変化する。幅広になるのだ。
そのとき、進行左側の雪は雪庇になっていて、その下は空間である。画像の状態よりも危険は増すから注意した方がいい。雪庇を踏み抜くと谷に向かって滑り落ちる。


ヤセ尾根南側の斜面。
足がすくむほどの傾斜と深さ。


ヤセ尾根が終わるとこのような道標と出合う。
赤薙山への指示にしたがってもいいし、このまま尾根を行ってもいい。すぐに交わる。


傾斜がきつくなってきた。
積雪は浅く、雨で締まっているので歩きやすいが、新雪が積もっているときは太ももまで潜ることがある。


傾斜が緩くなり前方に大きな岩が見えると山頂はすぐ。


赤薙山山頂登頂!!
天気がいいので今日はここで昼メシと決めた。
その前に、、、
母なる山、女峰山にご挨拶しなくては。


女峰山鳥居をくぐると立入禁止のロープが張ってあり、そこから女峰山と男体山がよく見える。
う~ん、いい眺め!
赤薙山からの展望は唯一、ここだけ。


男体山こちらは男体山。


時間は十分すぎるほどある。
赤薙山から先のルートはこんな感じ。
少し歩くと展望の良い場所がある。


福島県境の山並み展望地から北の眺め。
あの山並みはおそらく福島県境の台倉高山、帝釈山、田代山、枯木山、荒海山といった中央分水嶺の山ではないかと思う。
栃木県の面積の1/4を占める日光市は広い。あそこまで20キロもある。


高原山こちらは高原山をズームしたもの。
画像左はハンターマウンテンスキー場がある明神岳。
さあ、そろそろ帰るとしましょう。


ヤセ尾根を慎重に通過。


焼石金剛を通過して振り返る。
祠は屋根を残して埋まっている。


丸山全景昨年9月26日、女峰山から下山中に幻覚に襲われた丸山→詳しくはこちら


小丸山まで降りてここでチェーンスパイクを外した。


小丸山展望台階段トップに別れを告げて往きよりもさらに慎重に階段を下りることにする。


凍った雪は上りは良くても下りは怖い。
なるべく雪のない部分に足を置くように心がけても雪がステップを覆っていると滑る。神経をすり減らす。


700段から下は園内を散策できる遊歩道が敷設されている。
遠回りになるが階段よりも安全だし歩き足りない場合など、ここで体力を消費できる。


茶臼岳(那須岳)。茶臼名物の強風に気力が萎えたが遭難覚悟で登ってみた。

2018年1月11日(木) 快晴、強風

昨年から始めた那須連峰登山のうち、茶臼岳は冬でも登れるという感触が得られたので一昨日9日、その下見に訪れた。
今日はその実踏である。

加齢とともに仕事への情熱を失いつつある管理人は反対に山への情熱はますます高まっている。登山歴20年のほとんどを日光の山(※)で過ごすという偏り方は山で出会った人に変人扱いされるが一昨年、日光の山にも飽きたので見聞を広げるべく初めて登った県外の山、会津駒ヶ岳に魅せられこれまでに5回も登った。
とにかく雄大なのだ。中腹まで行くとなだらかで広大な斜面が広がり、遠くの山の稜線まで望めるほど展望がいい。一度登っただけで病みつきになってしまった(※)。
※日光のお隣、宇都宮市の古賀志山はある目的があって60回登っている。
※この辺の経緯については別の記事に詳細→こちら

今日これから登る茶臼岳は那須連峰に属して栃木県の山だが、登りやすさと展望の良さは会津駒ヶ岳に似て福島県の山に近く、管理人を惹きつけるには十分な要素をもつ、とても魅力的な山である。
福島県の山へ行くには3~4時間かかるから、もっと短時間で福島県の山のムードを味わいたいと思って昨年、目をつけたのが那須連峰なのである。動機は不純だがその目的は十分に達している。
懸念はこの時期になるとたえず強い風が吹き荒れて登山者を悩ませるということ。強風は日光の山、特に女峰山で慣れているが果たしてどんなものなのか、身をもって確かめてみたい。


大丸からは茶臼岳がくっきりここ大丸(おおまる)駐車場から見上げる茶臼岳は雪をたっぷり頂いてじつに堂々としていて魅力的な山容を見せつけている。雪は1メートルくらいあるのだろうか?
日光の山だとこうしてすぐ間近から見られるのは男体山くらいで、しかも大きすぎて美しいという感じはしない。なんかこう、気持ちがわくわくするものがないのだ。
遠くから眺めて美しいのは女峰山だが冬は厳しすぎて登れない。冬の女峰山は指をくわえて眺めるに限る。
ではここに車を置いてさっそく歩き始めることにしよう。


茶臼岳への冬道は駐車場のすぐ脇から始まる。
雪は締まっていて歩きやすい。


茶臼岳へのロープウェイ発着場冬道は車道をショートカットするようにして車道の終点、峠の茶屋駐車場までつけられている。何度か車道と交わりながら標高を上げていき、6回目に交わったところがここ、那須岳山頂へ人を運ぶロープウェイの発着場。
冬は運休しているしここまで車も入れない。


ますはチェーンスパイクで歩く初めての冬の茶臼岳ということもあって様子がわからないため、チェーンスパイクにアイゼン、スノーシューを持参した。
ところがここまで来て気づいたのはピッケルを車に置いてきてしまったこと。今さら戻る気にもなれないのでよしとする。

冬道は50センチほどの積雪だが適度に締まっているのでまずはチェーンスパイクを装着して歩いたが深く潜ることはなかった。
これから先、潜ってしまうような深い雪になったらスノーシュー、アイスバーンになったらアイゼンと、状況に応じて使い分けるつもりだ。


峠の茶屋駐車場ロープウェイの発着場から最後の冬道を上がると峠の茶屋がある駐車場に到着する。
駐車場の山側が峠の茶屋、雪が深い。
ここは深い雪を避け、駐車場内を歩いて登山口へ向かうことにする。


駐車場端にトイレがあるがこの時期、閉鎖中。
驚いたのはトイレが使えるようになるのは4月下旬になってからだ。日光ではヤシオツツジが咲くころである。そんなに遅くまで雪が残るのだなぁ、那須は。


登山指導所無雪期であれば駐車場の最奥に階段を見るが雪で斜面と化している。見上げると登山指導所の建物があってここから登山道が始まる。


登山届けを投函ここで登山届けを投函。
自宅を出発するのが遅くなりここを通過するのは42分の遅れとなった。

ちなみに当初の計画は次のようなものである。
9:00/大丸駐車場~10:00/峠の茶屋登山口(※ここのこと)~11:00/峰の茶屋~12:00/茶臼岳~13:00/峰の茶屋~13:40/峠の茶屋登山口~14:10/大丸駐車場


那須岳神社の鳥居建物のすぐ先に那須岳神社の鳥居がある。
雪面と鳥居との間は120センチに合わせたトレッキングポールの長さ。積雪は1メートルくらいあるのだろうか?


無雪期に3回訪れているがここは深い樹林帯だった印象だ。
木々の葉が落ちて見通しがいいのであろう。


茶臼岳が見えてきた前方にこれから登る茶臼岳が見えてきた。


剣ヶ峰と朝日岳右を見ると朝日岳の前峰、剣ヶ峰が。
朝日岳(画像右)へはあの雪の斜面を左から右へ横切らなければ行くことができない。


朝日岳全景これは朝日岳。
今日の目的のひとつはこの時期、朝日岳に登ることが可能なのかどうかを見極めることにある。


茶臼岳のすそ野を「峰の茶屋避難小屋」に向かって歩く。
風が強く冷たい。
しかも前方の避難小屋の方から吹いてくる。
ときおり身体がフワッと浮き上がるような強い風が吹く。
ここで身体がもっていかれたら下手をすると沢側に転倒する恐れがある。
これは心してかからないといけない。


避難小屋に近づくにつれて朝日岳への関門となる剣ヶ峰の斜面がよりいっそう、厳しく見えてきた。あの雪の斜面をトラバースしなくては朝日岳へは行けないのだよ。


峰の茶屋避難小屋避難小屋へは1時間35分で着いた。
机上では2時間と計算した。


避難小屋内部避難小屋の内部。
ここまでアンダーシャツと中間着、アウターの3枚構成で歩いて来たがあまりにも強い風で身体が芯から冷えている。ここで持参したフリースを着込んだ。下は厚手のタイツの上に冬用の防風防寒パンツをはいている。
避難小屋は窓を通して日差しがあるため中は暖かく、人心地がつく。
それにしても凄まじいのはどこから入り込んだのか、土間に堆積しているこの雪だ。建物の構造上、ほんの僅かなどうしようもないすき間から強風によって押し込まれたとしか言いようのない状態だ。
我が安普請の家がもしもここにあったなら部屋という部屋、すべて雪で埋もってしまうだろう。

5時半の朝食、しかも残り飯の雑炊はすっかり消化してしまい空腹となったのでコンビニで調達した菓子パンをかじり、ポットのミルクティーを飲む。


これから茶臼岳へ避難小屋から茶臼岳を見上げる。
茫洋としていてここからだと山頂がどこにあるのかわからない。
さあ、行ってみっか。
風が強くて気力が萎えるがここまで来たからには行くしかないでしょ。
吹き飛ばされないことを祈るばかり。


コースはバリバリに凍っている歩き出しの雪の量からは想像できないほど、茶臼岳は雪が少ない。
降ることは降るのであろう。しかし、管理人が体感したあの風が吹きつけるとあっては飛ばされて積もらないのであろう。

さてこの程度の雪ならば普通の靴で歩ける、とはいえない。雪が日差しで解けてそれが凍ったのかコース上はがちがちになっている。
とはいえアイゼンが必要なほどではないしスノーシューだと歩けない。チェーンスパイクは正解であった。


お釜の手前斜面の向こう側が見えないからここを登れば向こうは平坦なようだ。この上が山頂かな?


斜面を登り切るとここで道は分岐し山頂直下の噴火口をぐるっと回るように一周できる。
左回りで山頂を目指すことにした。


噴煙を上げる茶臼岳立ち上る噴煙。


茶臼岳山頂に到着岩だらけの荒涼とした平坦部が山頂である。標高は1915メートル。
昨年来たのは6月だった。そのときは無数のコバエが飛び交っていた。
この時期は周りに緑も見えず荒涼としているが虫も越冬中でうるさくはなく、極寒を楽しむ気持ちさえあれば快適と言える。


那須岳神社山名板というか柱のすぐ脇に那須岳神社と彫られた真新しい石の祠がある。
ここから見える山並みは福島県。


福島県境の山並み栃木県の山とは雪の量が違って白さが際立っている。
画像中央の白いピークは大倉山でその先、稜線は右へ方向を変え、大倉山の右奥に見えるのが三倉山。
稜線を戻り南からの尾根と交わったなだらかなピークが流石山でニッコウキスゲの見所だそうだ。一番右の稜線が落ちたところが大峠で昨年、通過したことがある。


関東平野も一望東には福島県南部と茨城県の平野部がよく見える。


那須岳三角点山頂から少し離れた見晴らしの良い場所に四等三角点がある(石柱はこのすぐ脇にある)。


吹きっさらしの風から身を守るためのんびりする間もなく下山することにした。
凍った下りの道はチェーンスパイクを着けていても怖い。スリップしないよう慎重に歩いたのはもちろんである。
画像中央の稜線が剣ヶ峰で朝日岳へは右斜面をトラバースする。剣ヶ峰の稜線を乗り越えて朝日岳へ、という手もあるのかな?


避難小屋まで降りて二度目の昼食で菓子パンをかじりミルクティーを飲む。
朝日岳の前に剣ヶ峰が立ちはだかっている。
右(東面)の斜面をトラバースしなくては朝日岳へは行くことができない。斜度は目視で30度を超えている。雪が多いと雪崩れる傾斜だ。
危険性を確かめるために近くへ行ってみることにした。


朝日岳へのトラバース道雪の斜面は下方に100メートルほど続いていてその先は砂礫が露出している。
10数歩、進んでみたがチェーンスパイクは雪にしっかり食い込んで安定している。
万一、スリップしても凍ってはいないので雪の抵抗により途中で止まりそうな感じだ。
さあ、進め。と心の中の悪魔の声がする。
おい、なんてことを。ちょっと待てよ。
大丈夫だよ。これまでずいぶん危険な場面をくぐり抜けてきたじゃないか。と再び悪魔の声。
オイラ、歳は取ったけど、まだ登ってみたい山がたくさんあるんだ。今日は止めておくよ。予定にない行動は心の準備も装備も足りないので事故を招く結果となるからね。
きわめて常識的な判断で踏みとどまることができた。
ここで引き返して次回のために作戦を検討しよう。


振り返って茶臼岳を見上げる避難小屋から下山するにあたり、もう一度茶臼岳を見上げて今日の印象を強く刻みつけることにした。
それにしても雪が少ないな。
これが1月初めの本当の姿なのか、2月になればこんなものじゃないのかな、それも確かめてみたくなった。


雪は麓の方が多い下山につれて雪が多くなるというのも妙な感じだがこれが茶臼岳というものなのであろう。


鳥居まで戻った登山口の鳥居が見えてきた。
ほっと一息、と行きたいところだが冬はさらに1キロ歩いた先が駐車場である。


峠の茶屋駐車場から振り返って朝日岳(左)を眺める。
無雪期ならここから車で帰れるところだがあと30分ほど行程を残している。


駐車場の2本手前の車道と交わった。


無事に大丸へ身体が温まる頃になってようやく大丸駐車場に戻った。


往復9キロ、約5時間の旅が終わった。
それにしても先ほどの強風には参った。
むかし、登山者が強い風にあおられて転倒し、大怪我を負ったという新聞記事を読んだ記憶があるが、今日はそれを実感した。
ここ大丸の標高は1261メートルで雪はたっぷりある。それが標高が上がるにつれて少なくなっていくという現象は風による影響が大きいとみて間違いはないようだ。
この事実を頭にたたき込み次回に備えよう。


茶臼岳(那須岳)、スノーシュー登山の下見

2018年1月9日(火)

昨年、6月を初回に9月まで3回、訪れてその雄大さというか荒々しさにすっかり魅せられてしまった那須連峰。栃木県の山とは異にした山容は福島県の山に近い印象をもった。
”福島県の山”といってもまだ始めたばかりで、会津駒ヶ岳や帝釈山、田代山くらいしか管理人は知らないのだが、それらは栃木県特に、日光の山のように樹林帯を抜けて山頂近くになって初めて展望が開けるというのではなく、山頂に行くまでの過程で好展望が得られるのが気に入ってしまった。

登山口まで2時間という所要時間は厳しいがそれでも千葉県や茨城県から3時間もかけて日光の山を目指す人たちから見れば、管理人が2時間で気に入った山へ行くことができるのは恵まれていると言えるであろう。

那須連峰というのは茶臼岳、朝日岳、三本槍岳の総称らしいが地図で見るとこの三峰を取り巻くようにしていくつもの山があり広義にはそれらも含めていいようだ。
具体的には茶臼岳の南に南月山、白笹山、北には須立山、流石山、大倉山、三倉山などがある。

那須連峰の主峰は標高がもっとも高い三本槍岳(1917m)となっているが、人気は噴煙を上げる茶臼岳(1915m)といってもいい。ロープウェイを利用すれば展望の良い山頂まで30分で到着してしまうという手軽さがいいのだろう。ロープウェイを利用する人の何割が山頂まで行くのかどうかはわからないが、たしかに軽装の人が多かった。

だがそれは春から秋までのことであり、冬はロープウェイが運休となる。その上、ロープウェイ駅までの道路は閉ざされてしまうのでマイカーはそのずっと手前の「大丸」で行き止まりとなる。
大丸からは道路をショートカットするようにして道があるが、登山口のある「峠の茶屋」まで1キロを余計に歩かなくてはならない。
雪道の上り1キロは1時間ほどかかるから無雪期よりも歩き始めを1時間、早める必要がある。と、机上で計算した。

そこまでの事前準備をしたから次は実践、ということは管理人はしない。
場数は踏んでいるつもりだが、管理人の実像は小心者で臆病者である。
初めて行く場所は入念な下見をおこなった上で実践することが多い。特に様相がガラッと変わる冬はなおさらである。

今日、2時間かけて下見に訪れたのは冬の茶臼岳に登ってみたいと思っているからだ。
車をどこに駐めるのか、登山口はどこか、ルート上の積雪はどのくらいか、那須は風が強いと聞いているが実際はどうか、などなどをこの目で確かめておきたい。


この時期、車で行けるのはここ「大丸」までであった。
無雪期だとこの先、道の終点「峠の茶屋」駐車場まで行けるのだが道は鉄柵で閉鎖されている。
それにしても風が強い。車が風であおられまるで台風の中、船に乗っているようだ(とそこまでではありませんが)。


前方に茶臼岳の東面が見える。
山頂は斜面に隠れて見えない。


冬の登山口はここ、「大丸」から始まっている。
もちろん無雪期にも歩けるが登山口にもっと近いところに駐車場があるのに、ここから歩き始める人はいないだろう。


地理院地図で見るとここは階段の記号が描かれているが雪で斜面と化している。
手摺りが腰高とすると積雪は40~50センチくらいだろうか。


雪は昨日の雨で締まっていて長靴で歩いても潜ることはなかった。


林間の登山道は車道をショートカットするようにつけられている。
車道に出ると展望が開け前方に朝日岳が見えた。
あの山には登れるのだろうか?


雪がなければ山頂まで1時間半といったところだがおそらく2時間半から3時間はかかるだろうと思う。

というわけで下見は終わった。
あとは実践を待つだけだが昨日の雨と高温で雪が薄くなってしまったのであと一降りほしいところ。
週間予報によると今週の木・金あたりに雪マークが付いているので来週はいいコンディションなりそうである。それまでイメージトレーニング、いや筋トレだな。

初歩きは吹雪の赤薙山あきらめ丸山へ。が、丸山でも吹雪に泣いた。

2018年1月3日(水)

ほぼ2ヶ月ぶりの山歩きとなった。
とはいえ、これまでの延長の夏山歩きではなく、この時期であれば雪山ということになる。
そして標高2千メートルを超える山が多い日光でこの時期に登れる山は限られる。

我が母なる山、女峰山に最後に登ったのは9月末、紅葉の時期だった。2017年は4回登り、5回目を12月初めあたりに計画していたのだが11月に建物改装という予定が入ってしまい、業者との打ち合わせや工事の立ち会いが毎日のようにあってとうとう年末まで遠出ができなくなった。

建物改装、具体的には老朽化した浴室の改装なのだが新築とは違って設計図も工程表もなく職人の手作業になるため、正確な納期は未定。なにも問題がなければ年内には完了するであろうという実に大ざっぱな工程である。

山には行きたし現場は気になるしという悶々とした日々を送りながら、ついに完成の目処がついた。引き渡しは年も押し迫った12月30日と決まった。ほっと胸をなで下ろしたのは言うまでもない。あぁ、これで自由の身になれる、と(画像は改装が終わった浴室。まったく別の浴室に生まれ変わった)。改装が終わった浴室。まったく別の浴室となった。


おりしもこの冬の降雪は順調である。
昨年、一昨年と雪のない年末年始だったがペンションから眺める日光連山、特に女峰山と赤薙山は銀色に輝いている。年が明けたら雪の上を歩いてみたい、そう思っていたところ昨年3月にスノーシューツアーに参加してくれたFさんから、山に登りたいというリクエストが届いた。
Fさん、健脚である。ハーフからフルマラソンまでこなす女性アスリートであることを昨年、知った。そんなFさんにお薦めの山は赤薙山(2010m)である。

赤薙山は冬でも比較的安全に登れる2千メートル峰として、管理人はよく登っている。雪庇ができるヤセ尾根があるが雪庇から距離を測って歩けば問題ない。
問題があるとすればこの雪だ。まだぜんぜん締まっていないのだ。ツボ足ではもちろんのこと、スノーシューでさえラッセルを強いられそうだ。
まっ、途中まで行って無理そうならすぐ脇の丸山登山という手もあるのでFさんには満足していただけるだろう。


さあこれから赤薙山へ。赤薙山と女峰山の登山口にあたる天空回廊はご覧の通り、さらさらの新雪にすっぽり覆われている。
ここの標高は1350メートルで戦場ヶ原とほぼ同じ。女峰山とは稜線続きなので気象の影響を強くうける。以前ここがパウダースノーで人気のスキーだったことが今日の雪質でよくわかる。


厚い雪で段差が隠れ斜面と化した天空回廊。段差が見えないほどたっぷり積もり、斜面と化した天空回廊。
Fさんも管理人も登山靴であることはもちろんだが脚力をロスしないよう、靴にチェーンスパイクを装着している。それに標高の上昇で積雪量は増すだろうからとスノーシューをザックにくくりつけている。


圧雪された上に30センチの新雪。天空回廊の中段、700段目から先はスキー場でいえば斜度約25度の上級者コースである。
積雪量を計った上で可能であればスノーシューに履き替えてゲレンデを歩く方が快適だし安全である。
手袋をはめた手で雪を掘ると30センチの新雪があり、その下は固く圧雪された雪の層になっていた。ここまで積もればスノーシューで歩いても雪の下に埋もれている植物を痛めることはない。


天候は荒れ模様。
薄日が差したと思うとすぐ雪がちらつき始め、強風が吹くといった繰り返しである。


キスゲ平上部だいぶ標高を稼いだ。
このあたりでおおよそ1550メートル。
塩谷や塩原の山並み、月山とか高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)が視界に入ってきた。


北東に高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)おぁ、青空だ。
予報では曇りのち晴れとなっていたのでこれから天気は急速に回復しそうな予感がする。


気温が低いためか天空回廊の終段に差しかかってようやく身体が温まったというFさん。体脂肪をたっぷり蓄え歩くとすぐに熱くなる管理人と比べて持久力系のFさんはエンジンの掛かりが遅いという。


小丸山から見る赤薙山は吹雪階段が終わってシカ柵の外へ出たところが標高1601メートルの小丸山。
正面に見える尾根を上がっていくと最初のピークが赤薙山、そしてその5つ先のピークが女峰山、右へ分岐すると丸山である。
ここから見る赤薙山は薄ぼんやりと霞んでいる。雪が舞っているのだ。それだけではない。吹雪いているであろうことがここに吹きつける強い風からわかる。
時刻は現在9時52分。今日のコンディションだとここから2時間半はかかるだろうから体力が奪われること必至である。
持久力に長けるFさんは大丈夫だとしてもこの2ヶ月もの間、山歩きはおろかウォーキングさえしていない管理人に大いに不安がある。端的に言えばFさんをガイドして無事に行って帰ってこれる自信がない。
Fさん:「もしもし、警察ですか? 私を連れてきたガイドが疲労で動けなくなってしまいました。私は大丈夫なんですがガイドがダメそうなので助けに来てください」、などという事態になりかねない。
Fさんは育ちの良さなのであろう、とても心が優しいし気遣いのできる女性である。
管理人の心中を察して自ら目的地の変更を申し出てくれた。「赤薙山は吹雪いていて私には無理そう。丸山でも十分、満足です」、と。


丸山をバックに吹雪の赤薙山をあきらめ、小丸山から近い丸山へと目的地を変更することにした。山頂はなんとなく青空っぽい。が、雲も厚い。どうなるかは行ってみないとわからないようだ。


丸山山頂は間近今日は天気が猫の目のようによく変わる。
丸山山頂を目前にしてさっきの青空はなくなり灰色の空気に包まれた。風が再び強くなってきた。


登~頂~!!
2月に比べると雪の量は少ないが、すべて新雪ということもあってここまでラッセルの連続であった。それだけに登頂の喜びは大きい。
1月初めでこれだけの積雪は文句なし!


ツェルトの中でランチ風は衰えることなく吹き続けている。
体感はマイナス10度ほど。凍えるような寒さだ。
スノーシューツアーのときに必ず携行しているツェルトをかぶってランチにした。薄いナイロン生地一枚だけだが風を直接、身体で受けないだけでも快適さがずいぶん違う。


帰りは旧登山道で下山丸山山頂でそこそこ時間を費やした後、下山となったが、往復同じルートを歩くことはしない。天空回廊の出現によって使われなくなった旧登山道を下る。
ただしここは天空回廊と同じような傾斜がありなおかつ、深い樹林になっていて歩きづらい。それにルートを間違うと自然と深い沢に入り込んでしまい脱出が困難になる。地形を熟知していない人にはお勧めできないルートである。


八平ヶ原への分岐登山口まであと15分の位置にある八平ヶ原への分岐。
ここまで来ると傾斜は緩くなる。


今から12年前の2006年1月4日にスノーシューツアーで刈込湖へ行ったことがある。
暮れに大雪が降ったおかげで正月明けのフィールドは新雪がたっぷり積もり、それはもう大変な思いをしたことがある。
特に傾斜が急になる小峠手前の斜面は太ももまで雪があり、このラッセルで力を使い果たしてしまい目的地に着いたときは疲労困憊して意識朦朧の状態であった。
冬の日光は気温は極寒とも言えるほど下がるが群馬県や福島県に比べると雪の量は少ない。それだけに1月早々から深い雪に行く手を阻まれるというのは管理人の20年の経験でも珍しい。
この雪が吉となれば嬉しい。

高原山5座目の明神岳を果たしたが計画の甘さで大失態。

2017年4月5日(水)

7:50/大鳥居~8:19/枯木沼~9:18/弁天沼~10:36/明神岳分岐~12:47/明神岳~13:08/展望台(昼食)~14:01/P1640~14:15/ゲレンデ下降~14:35/管理道路~15:08/有料道路~15:47/大鳥居

計画では明神岳ピストンの予定だった。
7:30/大鳥居~8:20/枯木沼~9:10/弁天沼~9:50/明神岳分岐~11:30/明神岳~11:45/ゴンドラ駅(昼食)~13:50/明神岳~14:10/御岳山~14:30/弁天沼~15:10/枯木沼分岐~15:40/大鳥居

スノーシューツアーの定番コース、霧降高原丸山へ向かって歩いて行くとまず八平ヶ原で、次に丸山の尾根から高原山がよく見える。
高原山は鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称で日光市に属する鶏頂山から始まり、東へ右回りに釈迦ヶ岳、中岳、西平岳へと尾根が続き、外輪山の様相を呈している。尾根に立って見下ろすとそこは深さ700メートルもある噴火口に見えるから、これら4峰は外輪山に間違いないのであろう。
4峰とも標高1700メートルを超えるが1794.9メートルの釈迦ヶ岳が主峰といえそうだ。実際に八平ヶ原から遠くに見る釈迦ヶ岳は中岳と西平岳を従えて堂々とした山容を見せている。
釈迦ヶ岳は日光市、塩谷町、那須塩原市にまたがり、登山道も釈迦ヶ岳に収束されている。このことから見て、釈迦ヶ岳主峰説に間違いはないであろう。と、管理人は独自のというか、勝手な説を唱えている(笑)遠くに見えるあの山の頂に立ってみたい。
これは山歩きをたしなむ人、共通の思いであり、誰も否定できないはずだ。
昨年3月、主峰・釈迦ヶ岳を目指した。
しかし、せっかく尾根続きの4峰だ。釈迦ヶ岳だけで終わらせるのはもったいない。4峰縦走をやってみようと考えた。9時間かかって駐車場に着いたときは足がふらつく始末であった。雪は少なかったとはいえノートレースの雪の上を自分でルートを考えながら歩かなくてはならなかったし、釈迦ヶ岳から西平岳へ向かうルートは隠れて見えない危険箇所がいくつかあった。距離も長かった。だが、疲れ果てはしたが達成感も大きかった。
高原山9時間の死闘→こちら

釈迦ヶ岳の頂にもう一度。2日後の31日、今度は矢板市・学校平からのルートで登ったのだが、前回とは趣が異なり、このルートは15キロのトレッキングが楽しめることがわかり大きな収穫となった。
こちら

鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の4峰を総称して高原山と呼ぶのは先ほど書いた通りだが、鶏頂山と釈迦ヶ岳を結んでいる尾根の中間に位置する御岳山から北へ向かって延びる尾根があって、御岳山の2キロ先に明神岳がある。さらには明神岳の北東1.3キロの位置に前黒山がある。明神岳はハンターマウンテンスキー場の母体となっている山だ(画像参照:明神岳と前黒山の間の斜面が白く見えるのがスキー場)。
この2峰を高原山に含めていいのかどうか管理人にはわからないが、高原山と尾根でつながっているから同じ山域であることは明らかである。
ならば次の目標は明神岳と前黒山と決め、6峰完登をやってみたい。

問題はルートである。
明神岳はハンターマウンテンスキー場の最上部に位置し、車道からの距離は2.6キロと短い。しかし、地図に道は描かれていない。そこで昨年、4峰を歩いたときのように、鶏頂山の東の麓、大鳥居を起点に地図に描かれているルートで御岳山に出て、そこから尾根伝いに北上する方法を考えた。
地図で見る限り、最初の下りと明神岳直下の登りが厳しそうだがその間は緩やかなアップダウンと読める。だが、歩き始めてからの距離が片道推定6キロ強と長いのがいやな材料だ。
昨年の実績では御岳山までの4キロを2時間半かかっているから、大鳥居から御岳山の往復8キロだと4時間が消費される。残りの2キロに果たしてどれほどの時間がかかるのか。無雪期であれば1時間、浅い残雪だと1.5時間と見ておけばいいのだが、雪が深いと2時間は見ておく必要がある。すなわち、大ざっぱには次のような計画だ。

大鳥居~4.0キロ/2時間半~御岳山~2.3キロ/1時間半から2時間~明神岳=計6.3キロ/4時間から4時間半
もちろん、これは片道なので、往復だと帰りの御岳山からの長い下りを減算して7~8時間といったところ。まっ、いつものことながら10時間以内ならば良しとして、実行に移すことにした。


鶏頂山の登山口はふたつある。
いずれも日塩有料道路に面していて日光に近い方の赤鳥居の建つ登山口と、そこから800メートル先の元鶏頂山スキー場だ。両者並行し枯木沼で交わるからどちらから歩き始めても時間のロスはない。
昨年は元スキー場から歩き始めたので今回は赤鳥居にしようと考えたのだが道路脇の駐車場にはまだ雪がごっそり積もっていて使えず、昨年と同じように元スキー場を出発点とした。
なお、昨年はこの大鳥居を車でくぐって大駐車場まで入れたが、今年はご覧の通りだ。道路脇の待避所に車を置いて歩き始めた。先着車が1台駐まっていた。
ちなみに、ここから歩き始める場合は鳥居をくぐると遠回りになる。鳥居の反対、鳥居に背を向けて歩くのが正解。



元スキー場のロッジ脇が登山口で信仰対象の山らしく、案内板には登拝口と書いてある。この奥に見える林に向かって歩いて行く。



雪は締まっているので始めはチェーンスパイクで歩いてみよう。
深くなったらスノーシュー、アイスバーンの急な斜面に出合ったらアイゼンにピッケルをと、今日は冬道具満載で歩き始めた。ザックの重さは12キロほどになっている。



この斜面など荒れてもいないのでスキー場のゲレンデとしてまだ十分に使えそうだ。
踏跡がいくつか確認できるが真新しいのがある。先着車の持ち主かもわからない。


振り返ると展望が開けていた。
おそらく会津の山並みだと思うがあまりにも遠くて山名は特定できず。


これはゲレンデなのか登山道なのかわからないが広く歩きやすい。


歩き始めて30分。枯木沼入口に到着した。
鳥居の先は湿地帯になっている。
昨年は池塘が見られたし木道も露出していたが今年はまだ厚い雪に被われている→昨年3月29日の枯木沼


枯木沼を抜けた辺りから雪が深くなり、ここでチェーンスパイクからスノーシューに履き替えることにした。



おそらくリフト券売り場だったのであろう朽ちた小屋。
1961年にオープンしたらしいが当時、日本は好景気に沸いていたはずだ。
バブル景気崩壊後、数年は営業を続けたが隣接する大規模かつ近代的なスキー場に規模、設備とも勝てず、2000年に閉鎖されたという。


弁天沼
雪のない季節の状況は知らないが質素な鳥居に石碑、鐵の鐘楼、祠などがあり、ずいぶんと神々しい雰囲気が漂っている。


地名から察してどこかに沼でもあるのだろうことを想定し、念のため地図にある道の通りに歩くことにする。
道を外して沼にどぼん、などといった事態にならないようにするためだ(笑)


弁天沼からはこれ以上スノーシューで歩くのに適したフィールドはないというほど、平坦で広い林が広がっている。周りを見回しながらのんびり歩いているうちに傾斜が変わった。


傾斜がきつくなった先が鶏頂山と釈迦ヶ岳を結ぶ稜線だ。
ここを右へ行くと鶏頂山、左が釈迦ヶ岳。
先行者の踏跡はここから鶏頂山へ向かっている。管理人は釈迦ヶ岳方面に向かう。


分岐から釈迦ヶ岳へのルートの積雪は多くない。
それが返って足を遅くした。
傾斜がきつくまた、木々がこみ入っているのでスノーシューがじゃまになった。といってアイゼンあるいはチェーンスパイクに履き替えようという気持ちにもなれなかったのは、先を急ごうという焦りがあったのかもしれない。


尾根の南側は切り立っていて大きな雪庇が張り出している。木がある場所までなら大丈夫と思って近づくと雪のブロックもろとも数百メートル落下する。なにしろ足は地面の上ではなく雪の上にあるのだから。


ピーク1690。このすぐ手前が御岳山。
ここで道は釈迦ヶ岳方面と明神岳方面に分岐する。
昨年はここを直進して釈迦ヶ岳へと向かった。800メートル先、1時間弱で釈迦ヶ岳に着いた。
今日は明神岳方面へ北上するが未踏ルートであるため時間が読みづらいところだ。
地図を見ると分岐から明神岳に向かって市境線が続いているのだが、この分岐は市境線よりやや東に位置していることがあとからわかった。ただし、明神岳へ向かうのになんら差し支えはない。
まずはいきなり30度もある急斜面を下ることになった。斜面は広く、尾根にはなっていないため、とにかく北へ向かって下ることにする。


ピーク1690からの急な下りをクリアすると、そこは広い雪原が広がっていた。
今いる位置が市境線の上らしいことがGPSが示す緯度経度でわかった。
市境線の次の変曲点に向かってコンパスを合わせる。


なんとなく尾根らしくなってきた。
それにしても広くていい尾根だ。


ふたたびだだっ広い雪原と化す。


ミズナラの古木。


急斜面への進入を防止するロープがある。
明らかに人が歩いている証。


ヤシオツツジに違いない。


見上げると木の構造物が見えた。
見晴らし台なのだろうか。
傾斜も急になったしここは明神岳直下と思われる。


明神岳への道を示す道標の脇をすり抜けると、、、、


先ほどの見晴らし台よりも大きい構造物が見えた。
ここから左へ杭が一定間隔で並んでいる。雪の下は木道らしい。
一応、順当に杭に沿って歩いてみた。だが、杭は明神岳を巻いて敷設されていることがわかった。


見当をつけて杭から外れて斜面を上がったところ、そこが明神岳山頂だった。
木々に囲まれて視界はない。山名板は明神岳西峰山頂、標高は1640メートルとある。
おかしい。
GPSで現在地を確認するとここは地理院地図にある1627メートルの明神岳に間違いない。しかしなぜか、山名板は1640メートルになっている。それに地理院地図には西峰という記載はない。
地図を見るとこの北北東にもうひとつのピークがある。そこの標高が1640メートルだ。
この山名板にある標高1640メートルとは、もうひとつ先のピークを表していることは明らかだ。山名板の制作ミスであろう。


山頂をあとにさらに北へ向かって歩いてみると、ふたつの展望台があることを示す道標があった。
右つまり、いま来た道を戻ったところに日光連山を眺める展望台があるらしい。ということはさきほどの大きな構造物がそうなのか?
今日の目的は高原山そして明神岳から振り返って日光連山を眺めることにある。
時間のロスはやむを得ないが先ほどの構造物すなわち、展望台に戻ろう。


丸太の杭に沿って戻り、展望台にやってきた。


展望台に立って眺めると高原山がすぐ目の前に見える。いい眺めだ。
ここからだと丸山から眺める山の位置関係が逆転し、左が釈迦ヶ岳、すぐ右の小さなピークが中岳、西平岳は釈迦ヶ岳に隠れて見えない。
その右のこんもりしたのが御岳山でその右のきれいな三角形を描いているのが鶏頂山である。


高原山の右が日光連山のはずなのだが今日はかすんで見えない。
おそらく気温が高まるこれからの季節はかすんでしまうのだろう。

今日は思いの外、時間をくってしまった。
計画だと明神岳山頂に11時半に着く予定だった。
歩き始めが計画よりも20分遅くなったことにくわえて雪が深かったこと、さらには御岳山からのルートが広すぎてわかりづらかったことなどが理由である。
これから昼メシを食べて、いま来たルートを辿って戻るとすれば日没の可能性もある。高原山5座目は終わったのだから欲張らず、時間をかけて探索してみたいと思う。
帰りはスキー場のゴンドラで下山すればいい。同じルートを戻って日没を迎えるよりもその方が安全だ。
そう思ったら気持ちに余裕が出た。山頂を隅々まで歩いて次の目標とする前黒山の参考にしよう。


ゴンドラで帰ることに決めたことで時間は気にしなくてもよくなった。
展望台を降り、さきほどの明神岳山頂を通りすぎ、道標にあった関東平野展望台までやって来た。ここが地図にあるもうひとつのピークで標高は1640メートル。祠のある明神岳よりも高い。

山名板が立木にくくりつけてあった。
山名板は明神岳となっているがここは地理院地図に山名が描かれていない。
地理院地図にある明神岳は先ほどの祠のある場所、正確には北緯36度55分14.10秒、東経139度46分18.60秒の場所なのであり、ここではない。

察するに、祠のある場所が明神岳「西峰」となっているので、そこは本当の明神岳ではないと考えた取り付け主は、西峰よりも標高が高いこの場所を本当の明神岳だと思い込んで山名板を取り付けた、そう考えると合点がいく。
ただし、それは地理院地図が間違っていることを前提とした場合だ。はたして地理院地図が間違っているのかどうか、それは管理人にはわからない。

いずれにしても地理院地図のピーク1627が山名板だと1640になっていたり、地図にない場所が明神岳になっていたり、とてもややこしく不自然な感じがした。


さらにおかしいのは同じ場所に別の山名板があって、それには標高1627とあることだ。ここは地図で明らかなように標高1640メートルなのである。
同じ場所に標高1640メートルと1627メートルの山名板が並んでいることの違和感。こうなるともう、基本となる地理院地図の記載を無視した自己主張争い、山名板取り付け争いというほかに言いようがない。
山の所有者の許可なく山名板を取り付けることの是非は別問題として、山名板を取り付けるのなら地形図を読む能力を身につけてからにしてほしいと願う。
地理院地図にも間違い、というよりも長い間、更新されないことによる現状との不一致(特に登山道)が散見されるが、標高や山名は間違いないはずだ。
したがって、明神岳を例にとると、山名板に記載されている標高が地図に記載されている標高と違っている場合は、山名板を取り付ける側の地図の誤読あるいは無視に原因があるように思える。
いずれにしてもこのようなデタラメは登山者を惑わすだけである。


山頂をあとにして、ご覧の通り管理人はいま、スキー場のゲレンデ内を歩いて下っている。
山頂からゴンドラ乗り場まで行ってみると、4月になって運行を終了したことがわかった。
リフトはまだ動いているが下りでは利用できないことは知っている。リフトの係員に相談したところ、ゲレンデの端なら歩いてもかまわないとのことだった。
ゲレンデの端、まさにこの部分を下っていたところ、パトロール員に咎められ、丁重ながらも厳しく注意された。リフトの係員よりも権限が強いはずなので素直に従うことにした。
が、ここから明神岳に登り返して同じルートで帰ることなどとてもできそうにない。パトロール員監視の下、このまま降りることを許してくれた。
山姿の男がゲレンデを降りていく様は周りには奇異に映ったであろう。それを許したスキー場は利用者に非難されるかもわからない。大げさかもわからないが、それくらいの感性は管理人にもある。
シーズン終了間際の平日ということもあって例外扱いをしてくれたものと考え、自分の不甲斐なさを恥ながら下っていった。
ゴンドラで降りることなど計画外であったため、当然ながら運行期間は調べていない。その迂闊さに気持ちが萎えた。
のんびりと昼メシなど食べず、山頂で余計な探索などせず、山名板になど気を取られずにいたならば同じルートで戻れたはずだ。計画の変更が災いをもたらせた。思考はどんどんマイナス側に振れていく。気持ちはますます萎えていく。


最後のリフト降り場の手前にスキー場の管理道路があって、そこから有料道路に出るようにとの指示があった。


ようやく有料道路に出られたが管理道路はやけに長く感じられた。
ここから大鳥居までどれくらいの距離なんだろう。そんなことを思いながら重い足を運んだ。


ハンターマウンテンスキー場より一足早くシーズンを終えたエーデルワイススキー場。


管理道路から歩き始めて5キロ、1時間10分かかってようやくスタート地点の大鳥居まで戻った。実に長い道のりだった。


昨年、初めて歩いたとき、大鳥居から弁天沼を抜けて鶏頂山と釈迦ヶ岳を結ぶ稜線に出るまでの間の雪原の素晴らしさに感嘆した。
今日も昨年と同じルートを辿ったわけだが、この雪原こそスノーシューで歩くのに相応しいことを確信した。
稜線に出るまで約2時間、往復4時間ならツアーに最適である。ルートがわかりづらいという難点はあるが、これはなんどか通うことで克服できる。
明るく開放的で変化に富んだ景色。危険な場所はなくまた、読図の練習にもってこいのフィールドの広さはきっとお客さんに満足してもらえることだろう。問題は日光から遠いということ、これさえ解消できれば頻繁に利用したい。

雪の山王帽子山と赤薙奥社へ。Tさんの要望はそれは過酷なものであった。

日光駅を起点にいくつものスノーシューのフィールドを有し、そればかりか冬でも安全に登ることのできる2千メートル峰もある、それが冬の日光を際立たせる魅力ではないかと思っている。

管理人が日光をスノーシューのフィールドとして利用を始めたのは1998年のこと。翌99年には商業ツアーとして確立し、現在に至っているわけだがその間、延べ2000名ほどの人が管理人が主催するスノーシューツアーに参加してくれた。
そのごく一部、ほんのひとにぎりではあるがリピート、そして常連に至ってくれているのがありがたい。

管理人も高齢者群に属するようになりこの先、あと何年ガイドを続けられるかわからない。今の体力、脚力が維持できるならばあと2シーズンは務まるだろうが、以後はわからない。
そこで以後は参加者を常連客に限定して、管理人も楽しめる有意義な時間を過ごしたい。いわば冥土の土産になるような楽しく、充実したツアーにしたいのだ(お客さんを冥土に連れて行くつもりはありませんのでご安心ください)。

スノーシューのガイドとしての終末を、常連客だけを対象に、いっしょに管理人も楽しめるツアーができればベストである。ときにはお弁当を担いでピクニック気分で(チーズフォンデュパーティーのように)、ときには重装備で冬山へ挑むというように、相手に応じてスタイルを変え、難易度を変える。ガイドと客という垣根を取り払い、体調が悪いときは健脚の常連さんに管理人がガイドされるというのもありだ。それが管理人の終末にふさわしいスタイルではないかと思っている。

ピクニックにするか冬山登山にするかは常連さんの脚力と精神力次第ということになるが、後者の最右翼として、2012年から毎年ツアーに参加しているTさんを挙げる。脚力が群を抜いている。たぐいまれな脚力の持ち主といって過言ではない。
なにしろ同時に歩き始めて10分もすれば、管理人と100メートルもの差がついてしまうくらいだ。管理人、足が遅いのは自認しているが、それにしても恐ろしいほどの速さだ。
その上で特筆できるのは、強靱な精神力をもっていることだ。
危険と隣り合わせで挑むスキューバダイビングの長い経験が山でも生きているのであろう。
終末の管理人をガイドしてくれる常連さんとしてTさんほど適役の人はいない。
そんなTさんからの今回のリクエストは2日間、ガッツリ歩きたい、というものであった。

管理人に100メートルもの差をつけてしまうTさんの“ガッツリ“とはどんなレベルなのか、これまでの付き合いでおおよそのことは想像できる。
つまり、距離が長くなおかつ高低差が大きいこと。端的に言えばスノーシューによるハイキングなどではなく、雪山登山だ。
Tさん、冬の丸山にも赤薙山にも登っているし、満足してもらえる山は他にどこがある?

そういえば2年前の3月、山王帽子山に挑戦したときはあまりの雪の多さにラッセルの連続そして、ふだんなら頭上にあるはずの木の枝が目の前に立ちはだかり、時間ばかりくって途中で断念したことがあった。再挑戦してはどうだろうかという考えが浮かんだ。
しかしだな、今回は2日間のツアーだ。初日に山王帽子山に登ったとした場合、では2日目の候補はどこにすればいいかという問題が浮上する。Tさんのことだからもっと難易度の高い山へなどと言い出しかねない。
いや、待てよ。初日は丸山か赤薙山でお茶を濁して2日目に山王帽子山という方法もあるな。しかし、そんな子どもだましが通用するTさんではない。う~ん、答が見つからない。
いや、それどころではない。2日続けての冬山登山など管理人の身体が耐えられそうにない。管理人の考えは右へ左へと揺れ動く。

まっ、山王帽子山とてそれほど易しい山ではないから、初日でTさんを疲れさせれば、「あぁ、身体中が痛くてダメよ、アタシ。明日はもっと簡単な山にして」、と弱音を吐くかもわからない。そうすれば管理人のもくろみ通りだ。よしっ、この手で行こう!


2017年3月6日(月)
光徳駐車場~太郎山登山口~山王帽子山~太郎山登山口~山王峠~旧山王峠~光徳駐車場

11:14
光徳駐車場をスタートして山王林道の太郎山登山口に到着。
ここまでスノーシューで歩いてきた。
9:35の出発だったから1時間40分というゆったりペースだ。
一般客のツアーとは違うルートを歩いたのも時間がかかった理由。
ちなみに道標は「太郎山」となっているが太郎山へ行くには山王帽子山が経由地になる。
今日はその山王帽子山を目的地としている。


山王帽子山山頂へはコメツガの深い樹林帯を歩く。
コメツガは常緑樹なので林内は陽が差さず、雪は固く締まっている。
このような状況ではスノーシューよりもチェーンスパイクの方が効率がいい。


ここからはスノーシューをザックにくくりつけて歩くが、今日は管理人が所有するスノーシューの中でもっとも軽いタイプを選んだ。むかし、イワタニが輸入販売した「TUBBS」社製で小型ながら靴のサイズを選ばない優れものだ。ただし現在は入手困難なレアものである。


山頂近くに展望が開けた場所があり、西からやや南寄りに白根山が望める。空が青ければ見栄えがするんですが。


12:39
登山口から1時間25分で無事に山頂に到達。標高は2077メートルだから赤薙山より67メートル高いが、冬でも安全に登れる山の筆頭だ。ただし、今年のように雪が少なければ。
さて、ここでランチといきたいところだが風が強く、冷たい。
早々に退散して樹林帯に潜り込んでランチとした。


山頂からの男体山の眺め。
山頂の向こう側が二荒山神社の登山口で右の裾野に戦場ヶ原が広がっている。


14:05
無雪期ならば山王帽子山だけで終わりとせず、太郎山とセットで登るべきだが、冬は厳しい。
足早に下山して山王峠を横切って、、、


むかし、登山道に利用されていた旧山王峠へ。
現在とは別のルートで涸沼とを結んでいたらしいことが朽ちた道標に刻まれた文字からわかる。
こういう風情、郷愁をそそられて好きだなぁ。
いつ頃まで使われていたルートなのか知りたいのだが、資料らしきものはない。
ちなみに夏は背丈ほどの笹に阻まれてこれを探すのは大変な仕事だ。
場所は秘密にしておく。山王峠とそれほど離れていないからどうかご自分で。


帰りは地図にある登山道で光徳駐車場へ向かう。
今夜のペンションの宿泊者はTさんひとりだけ。帰りの時間を気にすることはないのでアストリアホテルの温泉で疲れを癒して帰路についた。



2017年3月7日(火)
キスゲ平(8:23)~小丸山(9:09)~焼石金剛(9:46/9:50)~赤薙山(10:26/10:40)~奥社(11:34/12:14)~赤薙山(13:00)~焼石金剛(13:09)~丸山鞍部(13:40)~小丸山(13:48)~キスゲ平(14:14)

※登山計画書に記載したタイムスケジュール
キスゲ平(8:30)~小丸山(9:15)~焼石金剛(9:50)~赤薙山(10:35)~奥社(11:55/12:15)~赤薙山(13:35)~焼石金剛(14:15)~小丸山(14:50)~キスゲ平(16:00)

昨日、山王帽子山を降りたTさん、根を上げたかと淡い期待はしたのだが、それほど甘くはなかった。
管理人:「かなりの傾斜でしたね、疲れたでしょ?」
Tさん:「2年前の豪雪に比べたら楽に歩けてとっても楽しめました」
管理人:「ははは、そうですか。緊張してたからそう感じるんですよ。疲れはあとから出てくるもんです」
Tさん:「ううん、ようやくエンジンがかかったところなの。もっと歩けそう」
管理人:「いやぁ、あんまり無理をするもんじゃありません。寝てるときに足が痙ったりしますよ。あれは痛いですよ~」
2日目は軽くすまそうと、“疲れ“という暗示をTさんに植え付けようと必死になっている管理人なのであるw

さあ困ったぞ。
初日で疲れさせて2日目は軽いコースをという管理人のもくろみはすっかり外れてTさん、元気そのものである。まるで疲れを知らない子どものように元気なのだ。
こうなったら山王帽子山を凌ぐ厳しい山へ案内するしかTさんを満足させる方法はないとみた。

8:23
2日目はここをスタート地点にした。
おなじみのキスゲ平である。
目指すは赤薙山のひとつ先のピーク、赤薙神社・奥社跡だ。地理院地図に奥社跡という明記はなく、ピーク2203となっている場所だ。
奥社跡は女峰山への中間点に当たるが、仮に女峰山を目指そうとした場合は奥社跡までが厳しい。キスゲ平からの標高差は850メートルもあり、これは全体の70パーセントにもなる。達成感はあるし自信がつくことは確実だ。今日はそこを目指すことにする。


キスゲ平は元スキー場を園地としたもの。
ここはスキー場の上級者コース部分だ。傾斜は30度ほどある。
今日は全行程をチェーンスパイクで歩こうと考えている。もちろんスノーシューはザックにくくりつけてある。


9:09
標高1601メートルの小丸山へは46分で着いた。
正面に見えるピークが赤薙山(2010M)で奥社跡はそのふたつ右のピーク。


小丸山から先はだだっ広い尾根が続く。道は複数つけられているがこの時期、当然ながら雪に隠れて見えない。赤薙山を正面に見ながら上へ上へと向かっていけば道迷いの心配はないし安全上の問題もない。
管理人と先を行くTさんとの差は広がるばかりだ。画像はズームしたものなので実際はもっと離れている。
お~い、待ってくれ~。ガイドを置いてかないでくれ~(笑)


進行右を見るといつも登っている丸山と、その向こうに高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)が見える。ここは標高1700メートル台だが雄大な景色が広がる。


9:46
標高1810メートルの焼石金剛。
小丸山と赤薙山を結ぶ稜線からの眺めはいいが標高が上がるにつれて視野はさらに広がる。
奥日光に魅力的な山は多いが2千メートル未満でこれだけの眺めが得られる山はない。


眺めのいい稜線も終わりに近づき、次に谷底まで300メートルというやせ尾根を通過する。
左が中ノ沢への斜面。ここは右に見える樹林帯に沿って歩くのが正解。


やせ尾根から中ノ沢をのぞき込む。
怖いっすねぇ。
雪庇を踏み抜いたら滑り落ち、冷たい水が流れる沢にぽっちゃん、などという生やさしいものではないはずだ。なにしろ沢まで300メートルを一気に滑り落ちるのだ。雪の上とはいっても凹凸があるからそのたびにバウンドして雪面にたたきつけられ、そのうちに意識をなくす。身体はなんども回転し、腕や足はねじ曲がり、無残な姿で収容されるというのが滑落遭難らしい(幸いなことにここでの事故はありません)。


10:12
女峰山と赤薙山を分ける分岐路。
女峰山へ行く場合も赤薙山方面に行った方がいい。
斜面が崩落している場所があるし、あまり歩かれていないため笹藪化している場所がある。雪のあるこの時期なら危険性はもっと高いはずだ。


10:26
赤薙山に到着。スタートして2時間03分だった。
積雪期でこのタイムはまずまずだろう。これもTさんに引っ張られたのが理由。


赤薙山山頂からのビューポイントは鳥居の奥の一箇所のみ。
女峰山がよく見える。来月になれば雪が少なくなるからあの頂へでも。
それでは、これからが今日の核心部分なので先を急ぐとしよう。Tさんにとって未知の領域へと。


赤薙山山頂を過ぎるといきなりこのような場所と出くわす。
尾根は切り立っている。尾根のトップは岩なのですぐ下についている道を行く。


11:34
唐突と思われるかもわからないが、着いた。
ここが奥社跡だ。
Tさんのペースが速すぎてこの間、写真を撮る余裕がなかった(^^;)
スタートして3時間11分は早い。
昨年4月、雪がもっと少ない時期に管理人がソロで歩いたときは3時間25分かかったから、やはりTさんのペースだ。
ちなみに地図を見ればわかると思うが、女峰山への道のりで厳しい場所はここまでで、ここから先は緩やかな稜線歩きとなる。行程の半分がここで終わるのであとは女峰山を眺めながらゆっくり歩けばいい。
それにしても相変わらず風が強い。のんびりとランチなどとはいかない。樹林帯に潜って食べたのは昨日と同じ。


目的は達したのでTさんは満足そうだ。
でもここは岩尾根、気を抜かずに帰ろう。


振り向くと女峰山が吹雪いているように見える。


Tさん曰く、ここが一番怖かったという岩場。


12:54
二度目の赤薙山通過。


山頂直下は傾斜が急なのでスリル満点なのである。
尾根さえ間違えなければ危険はないから積極的に行こう。


13:12
やせ尾根を通過するTさん。


13:19
続いて焼石金剛を通過。
さて、ここから小丸山へ向かって下るかそれとも、冒険するか?
Tさんの答はもちろん後者だ。


冒険コースにはこんな魅力的な斜面が待っている。ここを降りない手はないだろう。
ただし、商売上の観点からルートは秘密(笑)


適度に締まった雪は快適なのだ。
スノーシューにすべきかとも思ったが履き替えるのも面倒に思え、チェーンスパイクのまま下る。


降りた先は丸山の鞍部。
ここからは地図にあるルートで小丸山へ。


13:50
鞍部から登り返して小丸山に着いた。
ここでもう一度、冒険を!
だが先ほどと同じくルートは秘密だ(ケチ・笑)。
20分かけてスタート地点に戻った。


赤薙山までは山頂直下のやせ尾根に気をつければ安全ですが、赤薙山から奥社跡までは切り立った尾根や片側急斜面があります。
また、3月初旬なのに奥社跡まで行けたのは雪が少ないことが理由。例年並みの積雪だと残雪を楽しめるのは4月後半以後です。くれぐれもご注意ください。

いつもの男3人、強風をついて刈込湖を目指したが深い新雪に四苦八苦する。

2017年2月3日(金)

栃木県の面積の1/4を占める日光市は広いだけに気象状況が異なり、人の住む地域でいえば標高200メートルの市街地と1500メートルの湯元では天気も気温も大きく違ってくる。
標高530メートルの日光駅からわずか4キロしか離れていない我が家(820M)でも同じことが言えて、日光駅前が晴れているのに我が家には雪が舞い落ちているなどというのが日常的な光景なのである。夏で言うなら市街地にギラギラと日差しが降り注いでいるというのに、我が家の上空には赤薙山から押し寄せる真っ黒な雲が立ちこめ、雷雨だ。
標高1500メートルに位置する湯元など、季節は市街地とひと月も違うから別世界である。
昔、仕事で日本にやってきた欧米人が東京の暑さに閉口し、避暑地として奥日光を選んだという話がよくわかる。

それだけの環境差のある日光市だからスノーシューのフィールドは多彩だ。
管理人がお客さん相手にツアーを始めた19年前の1999年、グリーンシーズンと様相を異にするフィールドを、おっかなびっくり歩いたのを皮切りに、毎年あらたなフィールドを開拓していき、今では参加者の経験や性別、年齢を問わず、ほぼすべての人に的確なフィールドを提供できるまでになった。
ツアーのフィールドを決めるのは管理人の役割なので参加者に選択権はないが、選択の判断は概ね正しいようだ。次の年もまた参加してくれることでそれがわかる。

だが、フィールドの選択の妥当性とそこでの気象は別物であり、ときに過酷な体験をすることがある。
今日の参加者、Kさんは2010年に初参加だからツアーの古株で、その後2013年に同僚のTさんを誘って参加してくれるようになり、おふたりでの参加は今年で5回目だ。
実はふたりで来るようになって過去4回、管理人が主催するスノーシューツアー史上、他の参加者が経験しえない過酷な出来事を経験している。低気温と強風である。
・2013年 刈込湖→マイナス15度の吹きさらし。体感気温マイナス20度の中で昼食(※)
・2015年 丸 山→強風でツェルトが張れず昼食を断念
といった具合だ。

※管理人はこの他に昼食時にマイナス17度を経験しているがそれは想像を絶する寒さだった。パンをくわえたまま凍死してしまうのではないかとさえ思った(ホントの話し)。

KさんとTさんのどちらかが嵐を呼ぶのか、あるいはそこに管理人が入り込むことで悪天候となるのか、理由はわからないが、過去4回のうち2回も過酷な思いをしているのはなんらかの因縁があるに違いない。
そして5回目の今回だ。
果たして今日はなにが起こるのだろう。戦々恐々としてツアーに臨んだ。こうなったら記録を塗り替えてやるぞw


刈込湖コースの起点は湯元温泉の源泉である。
ここから湧き出た湯が旅館に供給されている。
雪こそ降っていないが空は鉛色で今にも降りそうだ。今日の前途を予兆している。


源泉からいきなり急登が始まり、一度、金精道路に乗り、金精道路から蓼ノ湖に冬道を降りる。
金精道路まで通常は10分程度だが今日は雪が深いから15分ほど見る必要がある。


金精道路脇にある刈込湖コース入口。実質的にここが登山口となる。
積雪期はここで地図にある登山道、いわゆる夏道と、雪が積もったときだけ歩ける冬道に分かれる。往きに夏道、帰りに冬道あるいはその逆というコースが取れるが、夏道は三岳の裾野をトラバースするため雪崩の危険がありお勧めはできない。
③という標識があるのが冬道。
※冬道も雪崩の危険箇所はいくつもある。くれぐれもご注意のほどを。


夏は道がないため降りることのできない蓼ノ湖。
荒涼として神秘的だ。


蓼ノ湖から小峠を目指す。
斜面は広く方向を見失いがちだが木の枝につけられたリボンを探して歩けば問題ない。


40分かかって小峠に着いた。
高さ2メートルの道標が半分埋もれている。
なお、ここまで古い踏跡を辿って歩いたが小峠から先、踏跡はない。ラッセル必至だ。


ここからは3人で協力し合ってラッセルなのだ。
それにしてもこの深さだものなぁ、先頭は辛い。


今度は管理人が先頭に立つ。
今シーズンこれで8日目のツアーなので身体が慣れているとはいえ、深い雪に潜ったスノーシューを持ち上げるにはそれなりの脚力を必要とする。順繰りにラッセルするのが疲れない方法。
ちなみにここに女性が混じるとどうなるか。
見栄っ張りの男達はいいところを見せようと思って疲れても交代を言い出さない。その結果、疲れ果てる。今日は男3人で良かった(笑)


さあ、これから刈込湖へ向かって階段を一気に下る。
道標の下に半分以上埋もれた階段があるが、道は雪の下にあって見えないから見当をつけて次の階段を見つける。


階段の段差は埋もれて斜面になっている。
今日はまっさらな雪なので滑ることがないが圧雪されているとよく滑る。それもまた楽しい。


さて、次の階段はいずこに。
雪が深いと階段を探すのも容易ではない。


最後の階段を下りるとそこは大きな雪原が広がる刈込湖だ。


ふ~、2時間半もかかった。


下を向いてなにかをしているKさんとTさん。
ここは凍った湖の上。氷の厚さを確かめているのでしょう。


とにかく風が強い。常時、強い風が吹き荒れている。
男3人、かつてのように寒さと強風に耐える身体に今はない。
迷わずツェルトを張って風よけとし、ランチは中でと決め込んだ。
ナイロン生地1枚だが、あるとないとでは大違いというもので、中でストーブを焚くと寒さとは無縁の別世界に変わる。
本日のランチは自家製のサンドウィッチとウインナ(この日のオプション)にKさんが持参したワインをホットで。もちろん食後はコーヒーを忘れなかった。

※ツアーは基本的にランチ(サンドウィッチ)がつきますがコースによっては例外があります。また、飲み物はつきません。


刈込湖からの戻りは冬道が面白い。
岩場に積もった深い雪をかき分けながら小峠に向かう。
ときに岩と岩の隙間にはまってしまい、ひとりでは脱出できなくなることがある。


ドビン沢に差しかかる頃になってようやく青空が広がった。
風は相変わらず強いが上空が曇天なのと青空なのとでは気分が変わる。


再び小峠。
往きにつけた踏跡は強風で飛ばされてきた雪で埋まっている。


帰りに別角度で見る蓼ノ湖もまたいい。
面積の3/4ほど凍るがここは北から沢の流入があるため凍ることはない。
なお、水辺にカワガラスが棲んでいて、ときおり人の足音に驚いて飛び立つ姿が見られる。


蓼ノ湖から金精道路に這い上がるダラダラした傾斜が疲れた身体に堪える。
これが終わると金精道路に乗り、あとは源泉に向かって下りを残すのみ。
このあと男3人は日帰り温泉に寄って冷えた身体を温め、ペンションに戻って無事に生還したことの祝杯を挙げた。

で、結果である。
5回のツアー中、3回は強風と低気温を味わったのでKさん、Tさんそして管理人が揃うと「何かが起きる」ことは間違いないらしいw
・2017年 刈込湖→強風、ツェルトの中でぬくぬくとランチ
・2015年 丸 山→強風でツェルトが張れず昼食を断念
・2013年 刈込湖→マイナス15度の吹きさらし。体感気温マイナス20度の中で昼食

スノーシューツアー開幕早々から赤薙山登山で疲労困憊す。

2017年1月22日(日)

14日から丸4日間、降り続いた雪はさらさらの粉雪でスノーシューを楽しむには絶好のコンディションとなった。
とはいえ、ツアーの予約は少なく、予定表は空白が目立つ。
なにしろ年が明けてもフィールドに雪はなく、これでは昨年と同じくスノーシューツアーのスタートが大幅に遅れるとみて、情報発信もおこなわないできた。
そこへもってきていきなりの降雪に急遽、下見をおこない、その結果をブログやFacebookで知らせてはみたものの、情報が浸透するにはそれなりの日数がかかるというもので、予約は今のところ少なく、しかも2月の予約ばかりだ。

その数少ない予約のうち、昨日は「おとぎの森」をフィールドにしてご婦人ばかり5名のツアーをおこなった。まだ誰も歩いていないまっさらな雪という“ご馳走”を前に、皆さんに楽しんでいただけたのは言うまでもない。
続く今日、大量の雪が積もったとの情報を見て、急遽申し込んでくれたスノーシューの常連Oさんとのツアーをおこなった。

管理人にとって2日続けてのツアーとなるわけだが、シーズン始めのスノーシューはまだ身体が慣れていないため疲れる。
無雪期のハイキングや登山に比べて雪の上を歩くのは、その運動量が倍にも3倍にも達するとてつもなくハードな運動なのである。
冬のツアー開幕、2日目にして、管理人の身体がまだ雪になれていないというのに、Oさんからのリクエストはハイキングを超えて赤薙山登山という過酷なものであった。

この無謀なリクエストを回避すべく説得を試みたのだがOさん、頑として受け入れてくれない(悲)
管理人:「あのね、雪は降ったばかりのふかふかで、スノーシューを履いても膝まで潜りますよ。小田代のほうが無難な気が、、、」
Oさん:「だったらなおさら、やってみた~い。膝まで潜ってみた~い」
管理人:「その~、赤薙山の手前にさしかかると雪庇が張り出したやせ尾根があってとても危険なのだよ。300メートル下の谷に滑落するかも」
Oさん:「あ~、その場所知ってる。去年歩いてちゃんと頭に入ってる」
管理人:「え~と、私、加齢と運動不足で体力面で不安があるのでもっと楽なコースを」
Oさん:「いっぽさんにもしものことがあったらアタシが助けてあげるから安心して」
万事がこんな調子なのである。どちらがガイドなんだか、まったくw

単独登山女子として自立を目指すOさんの今回の目的は、一歩でもいいから女峰山に近づきたいというものであった。昨年、二度の無雪期単独女峰山登山を果たしたOさん、すっかり女峰山の虜となってしまい今年もまた挑戦への意欲を燃やしている。そのためにも今から訓練を重ねておきたいらしい。赤薙山は女峰山に向かう稜線上に位置しているので、女峰山を目指すための訓練には最適なのだ。
ただし、さすがにこの時期は不安なのだろう、こんな老ガイドを頼みの綱とするOさんに敬意を表し、ガイドを務めることにした。

※管理人が主催するツアーは赤薙山登山も含んでいますが、それなりの登山経験がないと厳しいと思います。事前の相談をおこなった上で応じたいと考えます。


9:21
気持ちのいい青空だ。実に素晴らしい!!


ここはまだ標高1400メートルくらいなのに関東平野が一望という素晴らしい展望が得られる。
画像中央は高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)。


キスゲ平園地はスキー場の跡地を利用している。
こんなに狭いスキー場ながら傾斜は初級、中級、上級とあってその変化が楽しめる。ここは中級コース。これからが厳しくなる。


上級コースの斜面を真横から撮ったところ。
傾斜の程度がおわかりだろうか。


女峰山登頂へ向けての訓練登山。きっと楽しいんだろうなぁ、笑顔のOさん。
今日の出で立ちはスノーシューを履いて手にピッケルという変則的なもの。ザックにはあとで使うことを考えてトレッキングポールをくくりつけてある。
ピッケルはこの程度の積雪量、新雪、傾斜では役に立たない。つまり、いまは両足だけの力で急な斜面を登っているわけだ。脚に大きな負担がかかってスクワットと同じ効果がある。厳しいのひと言に尽きるがこれも訓練。


10:12
歩き始めて50分。長い斜面を登りきり小丸山(1601M)に達した。
正面に今日の目的地、赤薙山とそこまでの稜線が見通せる。振り返ると関東平野の大展望が待っている。
写真を撮ろうとしたらOさん、なにを思ったか、雪の上でジャンプをした。30センチほど浮き上がった。
陸でのジャンプは完成したので、今年は雪上ジャンプを完成させるのだという。


小丸山の右に目を転じるとツアーメニューにある丸山がそびえている。
丸山にも雪はたっぷり積もっているようだ。


さあ、小丸山をあとに赤薙山へ向かいましょう。
正面の大きな尾根は仮称・赤薙山南尾根といってツツジが生い茂る藪尾根。昨年挑戦した→こちらに詳しく


11:05
赤薙山直下の焼石金剛。
ここまで来れば赤薙山はすぐだ。
息を整え、小腹を満たすためにやや長い休憩を取る。


赤薙山は稜線上のどこからでもよく見えるが、焼石金剛まで来ると時間が読めるようになる。あと30分くらいかな。


11:31
ここが例のやせ尾根。
無雪期であればなんてことのない尾根だが、北からの風で雪が堆積し片側が雪庇になる。
正しい道は雪庇に近い側にあるが、踏む位置を間違えると雪庇ごと深い谷に落ちてしまう。
ここは樹林帯の際を歩くのが正しい。
余談だがここで柴のワン子を連れたご夫婦とすれ違った。
挨拶すると即座に、管理人の名前(本名)を言い当てられた。ご夫婦は当ブログの読者で市内在住のHさんであると名乗られた。
管理人、このブログに自撮りした顔を晒しているので記憶してくれていたらしいが、挨拶しただけでブログ主であることを言い当てられたことに驚く。それほどこのブログと管理人の顔が知られていることにありがたみを感じると同時に、責任ある情報提供を心がけないといけないなと思う次第だ。


やせ尾根を抜けると山頂はすぐ目の前。
大きな岩が見えたらあと一息だ。


12:03
登頂~~!
無雪期であれば頭上にある鳥居が今はご覧の通り。
冬山を制したという気分になれるというもんです。


赤薙山山頂は樹林帯に阻まれ展望は良くないが、一箇所だけ、木の間から女峰山と男体山が望める。
画像中央、一番奥に見えるのが女峰山。ここからだと近いように見えるが、ピークをいくつも越えなければ到達できない、難関の山である。
Oさん、昨年だけで3回登頂しそのうち2回は単独。管理人はルートを替えて5回登った。生涯あと何回登れるかわからないが、Oさんと同様、女峰山は管理人にとっても挑戦意欲をかき立ててくれる名山なのである。


Oさんのいる場所が赤薙山唯一のビューポイント。
女峰山にじっと魅入っていたOさんがにこやかな顔で戻ってくる。女峰山を前になにを思ったのであろうか。


2千メートル級の山としてはもっとも低い赤薙山だが、長居していると身体が冷える。
昼ご飯を食べたら早々に下山するに限る。
段差が大きいコースは雪が積もると斜面になってスノーシューでも滑る。そこでピッケルの出番である。雪面深く突き刺すとしっかり固定されるから、片手でヘッドを握って身体を支え、ゆっくり歩を進ませる。
管理人のうしろから「キャー、怖い」、「滑る~」、「たすけて~」とOさんの叫び声が聞こえる。が、もちろんそれは楽しんでいるからである。


昨年に続いてピッケル二度目の経験のOさんだが、急な下りもだいぶ慣れてきた。


ここで尾根は二手に分かれる。
広く、緩やかで歩きやすそうな尾根が右に見えるが、それは正しい尾根ではない。尾根の末端が急激に落ち込んでいて谷に続いているので絶対に進んではならない。
往きに登ってきた踏跡に沿って忠実に、同じ道を戻る。


やせ尾根を上方から眺める。なんと素晴らしい景色なんだ。
雪庇の危険性を認識し、安全ゾーンを歩く限り危険がないことがこの画像からわかると思う。


焼石金剛近くの笹原だが、どういうわけかここだけ雪が薄い。
おそらく地熱が高く雪が融けやすいのではないかと想像している。それが焼石金剛の由来ではないのだろうか。そのように考えた方がロマンがあって登山が楽しくなるというものだ。


13:20
小丸山へ向かって稜線を下るOさん。
この展望はなんど見ても素晴らしい。霧降の誇りでもある。


小丸山から先はスキー場を使わず、登山道で下るのが面白い。
無雪期は藪と化しているが冬は雪が積もって歩き甲斐がある。ここではスノーシューはそのままに、ピッケルをトレッキングポールに持ち替えて歩くことにする。
50センチほどの細い踏跡はシカが歩いた跡。


これは野ウサギ。
このように雪が積もると冬でも野生動物が活発に動き回っていることがわかり、自然に対する親しみがより深くなる。

スノーシュー最後の下見。

2017年1月19日(木)

今年も昨年同様、暖冬少雪でスノーシューの開催が危ぶまれましたが、14日から降り続いた雪のおかげでスノーシューのフィールドは十分すぎるほど雪が積もりました。
例年に比べて3週遅れの開幕となりましたが、これでお客さんにはスノーシューを存分に楽しんでもらえるでしょう。

明後日、土曜日の今シーズン最初のスノーシューツアー開催を前に積雪は十分とは思うものの、念のためにフィールドの下見をおこないましたのでそのご報告を。


「おとぎの森」コース入口の光徳園地です。
ミズナラの林が広がり気持ちが安らぐ場所。小田代ケ原や戦場ヶ原に比べると人が少なく、この広いフィールドを独り占めしたかのような贅沢な気分になれます。


う~ん、いい青空だ。


道路のカーブミラーで自撮り(笑)
ふだんなら頭上にあるミラーが目の前に。


昨シーズンは終わりが2月と早く、今シーズンはスタートが1月後半という遅さ。
そのため例年だと8ヶ月の空白期間なのに今シーズンは10ヶ月と、2ヶ月も余計に空いてしまった。
無雪期の山歩きで使う筋肉とスノーシューで使う筋肉は別物なので、シーズン始めはとても疲れる。今週は土日にツアーがあるので今日の下見で身体を慣れさせないと。
画像のスノーシューはモンベルが輸入販売しているATLAS社の製品。抜群の登攀能力があるのでツアーに参加するお客さんには同じメーカーのスノーシューをお貸ししています。


はて、なんでしょう?
これを見て即答できる人は自然に精通しています。
答はシカの足跡、いや胴体の跡です。
シカの足は細いので雪が深いとお腹が接するまで潜ります。その状態で前進するとこのような深い溝になります。
昔、今の何倍もの雪が降った頃、胴体まで潜って前進できず、その場で餓死する例が数多くあったとのこと。それで個体調整がされていたんですね。


日光では珍しいブナがここでは見られます。


光徳牧場の牛たち。
グリーンシーズンであればノンビリ草をはむ牛と書くところですが、今は雪の下。牧草は牛舎で食べるのでしょう。


管理人が歩いた跡。


シカに表皮を食われたウラジロモミ。ここではよく見る光景です。


場所を金精沢に移して散策。
笹が茂ってふだんなら歩けない林の中をのんびり歩きました。
画像はドライフラワーと化したツルアジサイ。


白根山登山口を示す道標も間もなく雪に埋もれるでしょう。


今月12日はこんな状態でした。


最近はこの車が管理人の足となって活躍しています。
トラックみたいな乗り心地、スピード出ない、燃費悪いの三拍子ですが頑張ってくれています。