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南会津・花三昧の旅、3日目は三ッ岩岳へ。広大なブナ林を楽しめたが霧に泣いた。

2017年8月3日

小豆温泉(7:00)~旧道分岐(9:10)~三岩小屋(11:02)~三岩岳(11:59)~三岩小屋(13:08)~旧道分岐(14:16)~小豆温泉(15:44)

3日目を迎えた。
今日、帰宅するが宿の窓から見上げる空は青い。
この二日間、天気に恵まれなかったので今日の青空は貴重だ。
山歩きで欲張るのはケガの元だがそこのところは慎重を期せばいいだろう。ぜひとも最後の一日を無駄にしないようにしたい。

さてどうしよう。
などとわざとらしいことは言わない。
行き先はすでに決めてある。「三ッ岩岳」だ。
登山口が日光へ向かう国道沿いにあって、帰宅日に登る山としてこれほど適している山はない。


昨晩お世話になった会津駒登山口にある民宿「こまどり」。
会津駒に登る登山者でほぼ満室だった。
お上とご主人に別れを告げてこれから三ッ岩岳へ。


三ッ岩岳の登山口となる小豆温泉スノーシェッド(斜面からの落雪が道路を塞がないようにするための開放式のトンネルのようなもので、国道にはいくつもある)の脇に車を駐めた。


登山口はスノーシェッドの出口(入口ともいう)にある。


気になったのはこの案内板だ。
なんとも気にかかる注意書きだ。
実は今日のルートを計画するにあたっては昭文社「山と高原地図」のエリア外なので、昨年発行されたヤマケイ「新・分県ガイド(改訂新版)」を参考にした。
それによるとここから歩き始めて沢をいくつか渡り、旧道と出合ったら山頂へ向かうとある。
どう見ても案内板の方が古いのでガイドブックにしたがってここから歩き始めることにしたのだ。


ガイドブックにしたがってスノーシェッドの上に乗り登山口を目指す。
貴重な体験をしているわけだが滑り落ちそうな傾斜なのでこわごわ歩く。


ガイドブックの通り、階段が見つかった。


おぉ、前途を象徴するかのようだ。
だが、これがガイドブックに紹介されている新道なのだ。自信を持って歩こう。


藪を抜けるとブナが待ち受けていた。


橙色のキノコ。
これはタマゴダケ、タマゴタケと濁らないのが正しいらしい。が開いたもので食用になるそうだ。


沢と出合った。
ガイドブックによるとここを渡渉するらしいが川幅が広く、ジャンプしなくてはならない。
地形的に助走ができないのでその場から飛ぶしかないが、大丈夫かなぁ。


短足ながらも向こう岸に飛び移ることができ、これで第一の難関はクリアしたことになる。
この後、どんな試練が待ち受けているのだろうか?
こんな藪なのかそれとも崩落地なのか?


ヨツバヒヨドリ


オカトラノオだろうねぇ、たぶん。


これが先ほどのタマゴタケが生まれてすぐの状態(?)
このトマトのような部分が開くと先ほどの画像のように普通のキノコの傘になる。
さらに驚くことにこのトマトは卵状の殻に包まれて地面から生えてくるのだ。それが名前の由来らしい。
あまりにも神秘的なので検索してみるとタマゴタケの生態を解明(笑)したウェブサイトが見つかったので紹介しておく→こちら


あまり楽しんでばかりもいられない。
このルートは昨年発行のガイドブックには紹介されているものの、初っぱなから藪を歩かせられたり渡渉を強いられたりと難易度が高いのだ。
この先、どんな難関が待ち受けているかわからない。心してかかろう。


名前のわからない花。


これはノリウツギ


ホツツジ
花がどんどん出てくるが、知ってる花ばかりなのであまり新鮮味は感じない。


藪から解放されてごく普通の道になった。


う~ん、オオバギボウシかなぁ?


遠目にマルバダケブキかと思ったが花の付き方と葉っぱの形が違う。
オタカラコウですね。


これはキンコウカ(金黄花)。
この二日間でよく見た花だ。


このルートには小さい沢が数本流れている。
沢と出合うたびに飲んだり手ぬぐいに水を含ませては汗を拭ったりした。


前述したガイドブックに「旧道分岐」と書かれた地点と交わった。
ガイドブックには管理人が歩いて来た道が現在使われていて、出合った道は旧道と書かれている。が、実際には違っている。
管理人が歩いた道は廃道寸前で、部分的に藪になっている。危険な箇所もあった。
登山口のスノーシューシェッドにある注意書きのほうが正しいようだ。


ここまで来るのに2時間を超えた。
三ッ岩岳までまだ3.3キロ、さらに2時間はかかりそうだ。なかなか手厳しい山である。


マイヅルソウが実になっている。


おっと、これは一体、、、だれかアクセサリーでも落としたのか?
白い球がふたつ並んで、まるで目玉のようだ。黒目が出目金(金魚の種類)のように飛び出している。
う~む、奇っ怪な!!
拾って災いを呼ぶのもいやなのでそっとしておこう。


ツルアリドオシ
なんとも地味~な花だ。蔓蟻通というのが和名だそうだ。


木々にシラビソ(オオシラビソ?)が目立つようになった。
地面はかなり水を含んでいる。


モミジカラマツ


日光でもよく見るギンリョウソウ。
種明かしをすると、先ほどの白い目玉はこれの実なのだ。
実も奇っ怪だが花も奇っ怪。


標高が上がったためか咲いてるマイヅルソウもあった。


シダ、苔の生えた倒木、コメツガにシラビソ。地面はジュクジュクし、靴が沈み込む。


予想外だがハクサンコザクラがあった。


イワイチョウも


そう、猫の額ほどだがここは湿原なのだ。名板は見あたらない。


足下にハクサンコザクラを見つけたのでしゃがんで撮る。


ツボスミレ


モミジカラマツ


道は窓明山へと分岐し、そこに避難小屋があった。
丸太を組んで造った立派な小屋だが内部はアルミの脚立が置かれていたりあちこちにロープがかかっていたりで決してきれいとは言えなかった。


アカモノ


ハナニガナ


 

この辺りから霧が立ちこめるようになり山頂からの眺めは期待できなくなった。


ミツバオウレン


 

あれが山頂かな?


イワカガミだが枯れ始めている。


ふう、ようやく山頂だ。
歩き始めて5時間近くかかった。
ガイドブックに記載されている標準時間は3時間55分になっているので1時間もオーバーしている。
花を撮る時間が長いとはいえ、1時間オーバーとはガイドブックとの乖離が甚だしい。
やはりガイドブックに紹介されている廃道寸前の道を歩いたのが大きな理由だろう。


山頂からの展望はいいと書かれているが濃い霧で望めない。
周りを見回す気持ちもなく、昼食に取りかかった。
自宅を立つ前の日にコンビニで菓子パンを調達したが日数も経過したので車に置いてきた。
代わりは民宿で作ってもらったオニギリ弁当だ。食欲をそそる。
山での食事として菓子パン以外は久しぶりだ。
海苔とシソに包まれたおにぎりが1ヶずつ、それに唐揚げ、味噌のシソ巻き、お新香、デザートがパックになっていた。美味しくいただいた。


上空を赤とんぼが飛び交っている。
よく見るととんぼに混じって大きな蝶もいる。
やがて笹の葉にとまり羽を広げた。
キアゲハだ。


タテヤマリンドウ(ではないかも?)


イワイチョウ


霧は湿原にも立ちこめるようになり朝とは違って幻想的な光景に変わった。


シナノキンバイ


 

この山のルートは全体的は樹林帯の中を歩くが、ほんの部分的に視界が開けることがあってホッとする。
ここから東に人工的に切り拓いた斜面が見える。
地図を広げて確認すると会津高原高畑スキー場らしい。


旧道分岐まで戻ったのでここからはガイドブックにある旧道すなわち、現在使われている道を歩くことにした。


旧道は広大なブナ林だった。
曇天ではあるが薄緑色のブナの葉のおかげで林内は明るい。


ハナホウキタケ


ホツツジ


車道が見えた。
これで8時間半にわたる山行が終わる。
3日間のうち、今日がもっとも疲れた。


現在利用されている登山道にはこのような案内板が。
平成7年国体の山岳縦走競技でどんな競技が行われたのかを調べたかったが、残念ながら詳しい情報は得られなかった。


登山口からスノーシェッドまで400メートルを重い足取りで歩く。



南会津・花三昧の旅、2日目は会津駒へ。お目当てはもちろんハクサンコザクラだ。

2017年8月2日 晴れたり曇ったりと不安定

滝沢登山口(6:49)~駒ノ小屋(9:22)~駒ヶ岳(9:43)~中門岳(10:25)~駒ノ小屋(12:20)~滝沢登山口(14:42)

南会津2日目は今年3登目となる会津駒ヶ岳である。
昨年10月に登ったときに長い稜線そして、広い斜面に広がる湿原を見て、ここに花が咲いたらさぞ素晴らしいだろうなぁという印象をもち、翌週の2度目はさらに細かく観察してそれが決定的となった。
今年になって5月と7月に残雪の感触を確かめ、花の盛りは8月になると確信した。
さあ、それが果たしてどうなのか、楽しみである。

会津駒ヶ岳登山定番の滝沢登山口に着いたのは7時前。
前夜は近くの駐車場で車中泊をして6時半に車を走らせたのだが、駐車場にはすでに10台ほど駐まっていた。登りやすい百名山であることに加えて、花が見ごろの季節ということもあるのだろう。


駐車場から3分で実質的な登山口に着く。
さっそく登山届けをポストに、、、入らない。


すでに登山届けがぎっしり詰まっていて、投函口からはみ出しそうになっている。
ねじり込むようにして無理やり詰め込む。
まさか早朝からポストがいっぱいになるほどの登山者がいるとは思えないし、登山者全員が届けを出すとも思えない。
もしかすると数日間、回収されていないのではないかと考えた。警察それとも村の管理なのだろうか?
登山届けを義務づける山岳エリアがあるというのに、せっかく投函された届けを放置しておくのは安全管理の観点から、管理者の信用を失いかねないと思うのだが。


会津駒へ至る道はいきなり急登で始まる。


アカショウマでしょう。


おなじみのハナニガナ


サンカヨウの実らしい。


歩き始めて1時間50分、標高1900メートル付近になってようやく視界が開けた。
ただし、ここから見えるはずの大戸沢岳は雲に隠れて見えない。


ズームを最大にしたのだが曇天でコントラストが悪いため色がよくわからない。大きさと鋭いくちばしからアカゲラだと思うが、特徴とする赤いベレー帽がハッキリと見えない。でもたぶん、アカゲラだ。


シラネセンキュウ(たぶん)


ゴゼンタチバナ


イワイチョウ。
葉っぱの形がイチョウに似ているからつけられた名前らしい。


ツマトリソウ


ネバリノギラン


タテヤマリンドウ


ツルコケモモ。
周りの丸い葉っぱはイワイチョウ。


展望がどんどん良くなる。
まもなく駒ノ小屋が見えてくるはず。


終わりかけているイワカガミ


チングルマ


右前方に会津駒が見えてきた。
上空は晴れている。期待してもいいのだろうか?


駒ノ小屋が視界に入った。
まずはあそこまで行ってひと休みだ。
木道の両側は湿原になっている。このように傾斜のある湿原のことをそんまんま、傾斜湿原というらしい。


おぉ、待望のハクサンコザクラの登場だ。でも数は少ない。この先に期待。
ハクサンコザクラの周りの丸い葉っぱはイワイチョウ。


駒ノ小屋に到着。
先月6日に来たときはまだこの池(駒ノ池)は雪の下にあったが、今は会津駒を映すようになった。


ひと休みした後、会津駒へ向かった。


ここで中門岳への道に分岐する。


山頂は曇天であった。
女峰山と同じくここも曇天のときが多い。


オトギリソウ


次は中門岳を目指す。


雪の多くは解けてなくなったが残っている部分もある。
ここは100メートルに渡って木道を隠している。
今年は雪解けが遅いと聞いているがもう8月だぜ。すごいものだ。


ハクサンコザクラの群落を見た。


チングルマの群落も。


コバイケイソウ


コバイケイソウをズームで。


池塘を通して大戸沢岳を眺める。


ハクサンコザクラをズームで。
雄しべ雌しべが目立たず、なんだかのっぺりした感じ。そこが和美人のようでいいのかも?


池塘で最大の中門池を従えた中門岳に到着。
中門岳と刻まれた木の大きな柱が立っているが実際にはこの少し先の2060メートル地点が最高標高である。


稜線上の最後の池塘まで来てこのルートが終わる。


木道の出っ張りに陣取り、遠くに見える山を眺めながら食事をしコーヒーを飲む。
実に贅沢な時間を送った。いや、管理人自身のために「贈った」というのが正しいかも。


山での食事は立って食べられるような簡素なものにしている。通常だと食事は10分程度で済ませてしまうが、今日は1時間ほど費やした。
それほど居心地のいい空間であった。
さあ、戻ろう。


モミジカラマツ


これすべてイワイチョウ。
まだ花を咲かすほど成長していないがこれがいっせいに咲いたら見事だと思う。


会津駒へ向かって延びる木道。
いい情景だ。


まだ元気なショウジョウバカマ。


これはコバイケイソウ。


木道側のギザギザの葉っぱはシラネアオイらしい。
群落しているが咲くほどに成熟してはいないように見える。


もう言葉に出せないほど管理人の好きな光景。


ハクサンコザクラ


イワカガミ


御池方向を望む。
燧ヶ岳は雲に隠れて見えなかった。


ツマトリソウ


曇天ながら駒ノ池に映る会津駒。池の手前はハクサンコザクラ。


駒ノ池でも長い休憩をとりいよいよ下山に入る。


ハクサンチドリを見つけた。
背の低いダケカンバに隠れていたが管理人の目はごまかせない(笑)


タテヤマリンドウ


マイヅルソウ


水場まで戻ったが時間はまだたっぷりあるので立ち寄ってみた。
冷たくて甘く感じるのは喉の渇きのせいであろう。


う~ん、これはなんだろう?


登山口に近づいたがまだ2キロある。
気を緩めることなく慎重に歩を進めよう。


滝沢登山口に着いた。
今日は麓の民宿「こまどり」を予約してある。
着いたらまずはビールで喉を潤し、温泉で疲れを癒し、夕食で空腹を満たそう。晩酌はなにがいいかな?


南会津・花三昧の旅、1日目は尾瀬三条ノ滝へ。濡れた木道でこけまくる。

2017年8月1日 小雨

御池~天神田代~兎田代分岐~三条ノ滝~赤田代~<段吉新道>~兎田代分岐~天神田代~御池

3日続く山行なのでいつものように序はやめにして、先を急ごう(たぶん後で追加するでしょう)。

冒険ではあったが思いきって日光から檜枝岐への最短ルートを走ってみることにした。
ここがその入口。檜枝岐までわずか13キロしかない。
冒険とは、、、ここへ来るまで実際に檜枝岐に行けるかどうかわからないということにある。
ほとんど使われない林道ゆえ崩落で通行止めになることがあり、実際、昨年9月、地図に道があることを発見したのでトライしたとき、ここのゲートが閉まっていて、引き返したことがあった。
そうなるととんでもない遠回りを強いられることになるのだ。
2度目のトライということになるがもしもダメなら遠回りになるがもう1本、別の林道(これはしっかりした道)で檜枝岐に行くことにしよう。


ゲートは幸いなことに閉じてはいなかった。
しかし使われていない林道なので斜面や路肩に崩落があって、先へ進めないかもわからない。
そんなリスクはあるが、檜枝岐への最短ルートというのは大きな魅力があり捨てがたい。

こんな幻想的な光景が、、、リスクを冒して踏み込んだ甲斐はあった。
まるで上高地の大正池のような、でもないか(笑)


案の定、斜面の崩落があった。
道の1/3が塞がっている。
路肩から転落しないよう、片輪を崩れた部分に乗り上げて進んだ。


ここはちょうど、栃木県と福島県の県境、馬坂峠だ。
中央分水嶺の峠でもある。
振り返ると通行止めの案内板が設置されていて、福島県側から日光へは行けないかのように見える。でもその反対、日光からは通行止めの案内もないことからこうして来れてしまった。
ここから林道は福島県側を走るが栃木県側に比べると林道とはいえ整備され、走りやすい。


林道は国道352号線の檜枝岐中心部で交わる。
左折して20分ほど走ると尾瀬ハイキングの起点となる御池駐車場に着く。
いつものように国道を利用すれば自宅から3時間で来れるところなのに悪路を走ったために、返って時間がかかり4時間半もかかってしまった。まっ、なにごとも経験が大切。


御池から尾瀬に入る道は数本あり、三条ノ滝へは駐車場の奥まで進んでこの木道を探す。


今日から三日間は花を探し求める旅なので、どんな小さな花も見落とさないよう、注意深く歩く。
日光の花の盛りは7月だが、より北に位置する尾瀬は8月のようだ。
目立つ花が多い。これはモミジカラマツ。


カニコウモリ


歩き始めてすぐ、燧ヶ岳との分岐に差しかかるので三条ノ滝へは尾瀬ヶ原(見晴)への道を進む。


コオニユリ


ノアザミ


この湿原ではニッコウキスゲがちらほら見られた。


オタカラコウ、和名は雄宝香と書く。


サワラン


キンコウカ


ノメリ田代付近のワタスゲ。
戦場ヶ原のワタスゲも見応えがあるがここのもいい。


コオニユリ


ゴゼンタチバナ


湿原はノメリ田代から上田代へと変わった。


コバギボウシとキンコウカ


先ほどのサワランと形が似ているがこちらは色がやや薄い。
それにサワランは横向きに咲くが上を向いている。
別の花なんだろうか?


御池から三条ノ滝の滝に至る燧裏林道は大小の湿原が続く。
中でも上田代湿原は最も大きい。


入深沢にかかる木橋。
濡れた木は滑るので慎重に慎重に、、、


ヤグルマソウが花をつけていた。


ヤグルマソウの花をマクロで撮ってみると白い粒それぞれ花であることがわかる。


行程のちょうど中間に当たる天神田代だが笹の侵入が激しく、もはや湿原(田代とは湿原のこと)とはいえないようだ。


天神田代を過ぎると湿原は樹林帯に変わりブナが目立つ。


裏燧橋と書かれた吊り橋を渡る。
けっこうな揺れですこと(笑)


今日は歩き始めから霧→小雨→霧と目まぐるしく変化するあいにくの天候で、8月だというのに日差しがまったくない。


 

やっと三条ノ滝への案内板がでてきた。
でもまだ1.2キロもある。


支柱が朽ち横倒しになった案内板。
地中の水分が多いのだろう。


うへっ、とんでもなく急な階段だ。
踏み外しそうな恐怖が、、、


書かれている意味がわからず、立ち止まってしばらく考えたがやはりわからない。


道の行き止まり、眼下に木製のテラスが見える。
あそこへ行くにも急な階段を降りる必要があった。


テラスに降り立つと目の前にごうごうと音をたてて流れ落ちる巨大な滝があった。
落差は80メートルと華厳滝にほんのわずかに届かないが、その迫力たるやものすごい。
テラスが小刻みに震動していることに気づいたのは滝の迫力に慣れた頃だった。
地震か? と思ったが震動はほぼ一定で、それに収まる気配がない。滝が落ちる勢いが強く、地盤が震動しているのだ。
日光の滝はずいぶん訪ねたがこんな経験はしたことがない。恐るべし尾瀬の滝。


滝の上部をズームで。


中段部分


滝壺(水しぶきで見えない)。


三条ノ滝の凄さを動画でどうぞ。


今日の目的は達したのでこれからどうするか?
明日は会津駒の予定なので今夜は泊まる必要があるが、宿の予約はしていない。車中で寝るつもりだ。
したがって帰りの時間は決めていない。日没までに御池にたどり着き、それから村営の温泉に浸かって明日への活力を取り戻す、そんなつもりだ。
せっかくここまで来たのだからもう少し先を歩くのもいいかもしれない。
裏燧林道まで戻ってここから尾瀬ヶ原(見晴)の方へ行ってみよう。


三条ノ滝になる只見川に沿って歩くとやがて2軒の山小屋がならぶ場所に着いた。赤田代である。


ノアザミ


小ぶりの湿原でこのまま進むと見晴に至る。
時間はこれが限界と見た。


同じ道を戻って無料休憩所を通り過ぎると分岐する。
ここを御池の方へ行くとこの区間だけ別の道を歩ける。


雨に濡れて滑りやすくなっている木道が続いている。
尾瀬といえば美しい湿原がどこまでも続いているようなイメージを抱くが、ここはそんなイメージとはかけ離れてうら寂しい。


たぶんトリアシショウマだがヤマブキショウマの可能性もある。トリアシの線が濃厚だが。


ここで裏燧林道と交わり同じ道で御池に戻ることになる。


先ほどの裏燧橋を見上げる。


ほんの少しの間、ブナを中心とした林間を歩く。


花が開いていないのでよくわからないが、葉っぱの特徴から察してオトギリソウだと思う。


なんとも奇妙な花を見つけたのでしゃがみ込んで観察するが、管理人の記憶に該当する花がない。
よく見ると雄しべも雌しべも見あたらない。ということは、これは咲き終わった花ということか?
そうか、ショウジョウバカマがこんな形をしていたな。間違いないであろう。


往復7時間かかって御池に戻ってきた。
昭文社「山と高原地図」に記載されている標準時間も7時間なのでまずまずか。
ただし、管理人の場合、一度の山行で写真を300枚近く撮る。花を撮るのにしゃがみ込んだり寝そべったりするので時間がかかる。
それに今日は濡れた木道で滑って転ぶこと3回。
それを考えたら雨中の山行としては上出来だろう。


那須から福島へぐるりとお花見のつもりが20キロ、10時間の激旅となった。

読者の皆さまへ

いつも管理人の稚拙なブログをご覧くださってありがとうございます。
このところ那須や福島の山ばかり登っているため、このブログの主旨である“日光の旬の情報を発信“ することから遠ざかるばかりで大変心苦しく思っています。

せっかくこのブログにアクセスしたのに最新情報に日光が載っていないとお叱りをうけるかもしれません。
このブログでもっとも人気のある古賀志山に至っては、3月の次は5月、5月の次は、、、いつにするか考えてもいません。

あまりにも心苦しいので、ブログタイトルの
「春夏秋冬、日光を歩こう!」を、
「春夏秋冬、日光と那須、福島を歩こう!」
とか、
「春夏秋冬、那須と福島、ときどき日光を歩こう!」とかに変更しようかと考えてもみました。

しかし、今から12年も前に始めたブログですし、googleで検索すると上位に表示されますので今さらタイトルを変えるわけにはいきません。
日光の情報が途絶えていても、管理人の心は日光にあるのだということをどうかお察しください。
管理人、なにか気になるととことん追求しなくては落ち着かない性癖の持ち主で、今がその時期なのです。いずれまた日光に戻りますので、それまでどうかご辛抱のほど、お願い申し上げます。

それでは今日のブログを。

今日もご期待に添えず那須と福島の山になりました。なんとも心苦しいばかりですm(,_,)m


2017年7月19日(水) 梅雨明け初日

峠の茶屋(8:00)~峰の茶屋跡(8:43)~朝日の肩(9:17)~朝日岳(9:25/9:30)~朝日の肩(9:36)~熊見曽根(9:44)~北温泉分岐(10:12)~三本槍岳(10:43/11:00)~大峠分岐(11:18))~鏡ヶ沼東分岐(11:52)~須立山(12:06/12:16)~鏡ヶ沼東分岐(12:30)~鏡ヶ沼(12:54/13:07)~鏡ヶ沼西分岐(13:48/13:53)~大峠(14:15/14:30)~三斗小屋(15:55)~沼原分岐(16:21)~峰の茶屋跡(17:16/17:30)~峠の茶屋(18:02)
※朝日岳は計画外だったが時間が早かったので登った。
※須立山は計画外だったが15分で登れそうなので行ってみた。360度の大展望に満足。

 

この時期、毎日のように変わる花が見逃せない。

どこへ行くか、、、迷う。
なにしろ花が咲く時期は限られているからこの機会を逃すと次の季節が来るまで一年も待たなくてはいけない。
だからといって花を求めて毎日のように山へ、、、というわけにはいかない。
これでもまだ現役の自営業者として生活の糧を得なくてはならない身だ。山歩きはせいぜい、週に1回あるいは2回にして、他の日は仕事に充てている(、、、つもりになっている日もあるが)。

だから、花の時期は花が咲くタイミングを注視して無駄足とならないよう、計画を綿密に組む必要がある。できれば花が咲く前にも訪れればタイミングがつかみやすくなると言うものだが、そこまでできるのはごく限られた人だけであろう。

まっ、それはさておき、今週どこへ行くかが課題だった。
今月6日、会津駒ヶ岳・駒ノ小屋から中門岳に至る湿原の花を見ようと出かけてみたものの、湿原はまだ分厚い雪に覆われて花どころではなかった。
実は5月半ばに同じ場所を訪れていてその際に積雪の状況を把握し、2ヶ月経ったからもう雪はないだろうと行ってみたところ、驚くことに雪は溶けていなかったのだ。日光では考えられない状況だ。
その分、帰り道に設定した駒ノ小屋から尾瀬御池のルートは花の宝庫だったが→こちら
それから2週後の今週はどうかと考えたがあの雪の厚さだと溶けるのに3週間はかかるから、花の見ごろは今月末から8月初旬になるだろう。それまで待つことにした。

さて、どこへ行こうかな???

行き先を決めるのに花のことはちょっと置いといて、那須の山は標高が低いにもかかわらず展望がいいということを先月、行って知った。
ルートがたくさんあってそのうち何本かは福島の山とつながっていて、福島の山に積極的に登ってみたい管理人には親しみが湧く。
茶臼岳から朝日岳にかけて花はないが、その外へ出てみるとかなりの種類の花が見られた。これといって珍しい花はないものの、その対比が面白い。火山の特徴を知ることができる。

地図には朝日岳の北に清水平という湿地帯や三本槍岳の北、標高1550メートルに鏡ヶ沼という魅力的な名前の沼がある。峠沢、中ノ沢、赤岩沢という水の流れる沢(涸沢に対して)もある。
ハイマツや広葉樹の記号がたくさん描かれているから花が期待できるかもわからない。
清水平は6日に行っているが鏡ヶ沼には惹かれる。福島県に位置するということもあるし。

よっしっ、会津駒ヶ岳に雪が残ってる間は那須と福島の山で遊ぼう!

先月6日に行ったときは茶臼岳を中心にして約20キロ歩いたが、今回はその時とは異なるルートを歩いてみよう。
それが冒頭の行程である。
異なるルートを歩こうとしても登山口から朝日岳、三本槍岳へのルートは重複する。が、この山は面白いから重複してもかまわない。那須岳(あるいは那須連峰は茶臼岳、朝日岳、三本槍岳の総称)をより深く知るためにもなんども登っておきたい。

県内なのに檜枝岐に行くのと変わらない長時間の車の運転が苦痛だが、その苦痛を解消してくれるほどの雄大な展望と花が待っている。


那須の温泉街を抜けて走る県道17号線の行き止まりが那須連峰の登山口で「峠の茶屋」がある。
8時という時間は登山には遅い。自宅を5時半に出てコンビニで昼食用のパンを調達し、トイレを使い、駐車場について身支度を調えるとこの時間になる。日光の山の登山口と比べて遠いのだ。


駐車場の隅っこの階段を上ると登山指導所の建物があって登山届けのポストがある。
管理人の場合、登山届けを3通作り、1通は家人にわかるように自室の目立つ場所に置き、1通はザックのこれもわかりやすい場所に収納し、もう1通を登山届けのポストに入れる。
こうすることで万一の場合に備えている。


建物の前を通過するとすぐ、那須岳登山口と書かれた柱とその先に石の鳥居があるので鳥居をくぐって先へ進む。


早くも花が登場。アカショウマだ。


登山口から600メートルほど上ると視界が開け、そこに実に荒々しい光景が広がっている。
火山特有の砂礫や溶岩が冷えて固まったと見られる大きな石がころがり、植物もまばらな山裾が見える。


これは朝日岳の手前の剣ヶ峰(たぶん)。


ウラジロタデ
火山のような栄養の少ない地は成育する植物が限られるが、これなど貧栄養の地で育つらしい。
富士山ではオンタデと呼ぶらしい。


マルバシモツケ(のはず)


コメツツジ


峰の茶屋跡避難小屋へ行く道沿いはウラジロタデとマルバシモツケが続いている。


ウラジロタデの花
小さい花の集合だが近づいて見ると可愛い。


歩き始めて40分、峰の茶屋跡避難小屋に到着。
ここは茶臼岳や朝日岳、三斗小屋温泉などへの分岐路、すなわち峠のような存在になっていて、さあこれからあそこへ、という気力を与えてくれる。
ちなみに小屋は中で休憩するのはいいが宿泊は禁じられている。


北に朝日岳が望める。
人影が見えたのでカメラのズームで覗くと山頂にふたり、中腹にも人が見えた。


ハナニガナ


ウラジロヨウラク(和名:裏白瓔珞)
管理人、これをずっとウラジロコヨウラクと表記していたが、ウラジロヨウラク(ロとヨの間に「コ」が入っていない)の間違いであることがわかった。
日光にコヨウラクツツジがあって同じツツジ科であることから混同していたようだ。


朝日岳へと続く荒々しい道。
地図によるとこの道は剣ヶ峰の中腹らしい。


恵比寿大黒と呼ばれる巨大な溶岩石。


火山地帯ゆえ木々はなく荒々しい。
しかし、遠くの山々はよく見える。


朝日岳は計画外であった。
登ったら同じ道を降りなければならず、長距離を歩く今日の計画だとその時間がもったいないからだ。
とはいえ、今日のルートから朝日岳まで10分で登れるのと時間もまだ早く、計画に支障は来さないだろうと判断した。
那須の山に共通していえることだが山頂はもちろんのこと、中腹からでも展望が素晴らしい。この朝日岳も例外ではなく大いに楽しめた。


朝日岳から三本槍岳へと向かうことにする。
ハクサンシャクナゲが美しい。


清水平の入口付近。
地理院地図には湿原の記号として描かれているが乾燥化が進んでいるのか湿地部分はわずかだ。


清水平をすぎるとしばらくの間、平坦で歩きやすい道が続く。


東へ折れると北温泉に至る分岐路。
正面に見える山が三本槍岳である。尖った名前とは裏腹になだらかで優しい山という感じ。


ハクサンシャクナゲ
ややピンクがかっているが時間の経過と共に白が強調されてくると思う。


ナナカマドはほとんどが実になっていてこれなど残った貴重な花。


樹林の間を抜けると視界が開けて三本槍岳の山頂。すでに人がいる。


う~ん、いい眺め。
西に栃木県と福島県にまたぐ流石山から三倉山にかけての稜線が見える。
今日はこれからあの稜線のもっとも三本槍岳に近い大峠という場所を通過することになる。ここからだと登山道を西へ一直線に進めば大峠に行くが、計画では鏡ヶ沼に行ってから大峠という順路をたどる。
その前に、自宅で朝食をとってから6時間経過したのでここで軽く腹ごしらえ。

余談と言えるかどうか、、、
三本槍岳の山頂にはここが一等三角点であることを示す石柱が設置されていて、地図には三角記号が描かれている。
その場所だが、地図でもっとも利用者の多い昭文社「山と高原地図」だと山頂は栃木県と福島県の県境に位置しているが、国土地理院の地図だと県境からわずか数10メートル栃木県側に位置している。
両者(地図)の違いを発見したのは前回、那須岳を計画したときだったが、山頂がどこの県に属するかは管理上、かなり大きな問題となるはずだ。実際のところを知りたいものである。


ノビネチドリ
一見、ハクサンチドリかと思ったが色が薄い。また、ここは湿原ではないことから別の花であると断定した。
とりあえず写真だけ撮って下山後に調べたところ、ノビネチドリであることがわかった。
ハクサンチドリとは花の付き方がまばらであることと、葉っぱの幅が広いという違いがある。
なお、名前の「ノビネ」とは根が横に延びるという意味があるそうだ。


こいつもまた管理人を悩ませる。
背が高く花が大きいこと、葉っぱにトゲがあることからトネアザミといいたいところだが、ノハラアザミにも似ていて区別のつけようがない。
ここではトネアザミまたはノハラアザミとしておく。
頭が痛いよ、花の名前を言い当てるのは。


お~、オノエランがあった。
背が低く他の植物が覆い被さっていたが管理人、しっかり見た。


ハナニガナは見飽きるほど分布している。


ネバリノギランだ!
かなりの数あったぞ。


これはミヤマザクラらしい。


今日の計画では大峠に出て三斗小屋温泉に向かって南下するようになっているが、この道標にしたがって大峠へ向かうと鏡ヶ沼へは行けない。
鏡ヶ沼に行くには須立山と書かれた方向に進む必要がある。


道はハッキリしている。


いい眺めじゃないか。
眼下に鏡ヶ沼らしき水面が見える。


崩落で道が途切れている。
崩れてはいるが丸太の柵があることからここが道であることに違いない。
下方に踏跡が見えたのでここを下ることにした。


ガレ場を下ると再び樹林帯となり道もついている。
これはミヤマハンノキかな?


大きな松ぼっくりを付けたこいつはハイマツなんでしょうかねぇ?
あ~いや、そんなことに感心している場合ではなく、道は藪になってきて歩きづらい。


鏡ヶ池が間近に見える。
地図によればあの沼の畔を歩くようになっている。
果たしてどんな沼なのか楽しみである。


オトギリソウのつぼみ。どこかで咲いているのが見えるのだろうか。


咲いているオトギリソウはすぐ近くにあった。


ここが鏡ヶ沼への分岐。
ここを西へ折れて鏡ヶ池を経由して大峠方面に行く予定だ。
ところが北へ400メートル行くと須立山というのがあるらしい。
県境ではなく、完全に福島県の山である。
福島の山の魅力に取り憑かれている管理人はここは是が非でも行くべきであると判断した。たとえ藪の中の山頂であってもいい、とにかく福島の山を経験するのが管理人の責務なのだ。


あれが須立山らしいぞ。
展望はどうなんだろう?
山頂が藪でなければいいのだが、、、


歩き始めると間もなく、藪になった。
いちおう、足下に道は見えるので迷う心配はないが、それよりも山頂からの展望が心配になった。


須立山へは道標から13分で着いた。
藪は部分的で山頂は開けている。


素晴らしい眺めだ。
ほぼ360度の展望といっていい。
計画外の行動だったが来てよかった。ここで少し時間をつぶそう。


眺めのいい須立山にもう少しいたかったが、今日はロングトレッキングであるため次の目的地、あの鏡ヶ沼へと急ぐ。


先ほどの道標まで同じ道を戻り分岐を鏡ヶ沼へ向かったところ、すぐ藪に突入。
視界が利かないのでときどき笛を吹いてこちらの存在を他にアピールすることに。


お次はこんなところだ。
道が途切れ2メートルに近い段差を降りることになった。
ロープがあるが2メートルの空間を降りることはできない。
どうすれば安全に降りることができるのか、結論に達するまで数分かかった。


ふたたび藪。
肩の高さまである。


笹の向こうに鏡ヶ沼が見えた。
地図で見るとわずか250メートルの下りなのに30分もかかるという有様だ。
このまま笹を放置しておくといずれ廃道になってしまいそうな茂り方だ。


鏡ヶ沼は実に静かだ。水の透明度は高く、沼というより湖に近いきれいさだ。


すぐ近くでエゾイトトンボが集団で交尾していた。
初めて見る種類のトンボだがきれいな色をしている。


種保存という大切な営みのところを失礼して、マクロで撮らせてもらった。


沼をボーッと眺めながら菓子パンをかじり缶コーヒーを飲んで、それから腰を上げた。


沢状の道を進む。


お~、ショウキランだ。
咲いたばかりと見える。いいねぇ~。


笹と雑草に囲まれて苔むした石の祠が佇む。里が近いのだろうか。


別の道と交差しあれが林道の大峠線らしい。
左から来るハイカーと出合ったので挨拶と立ち話をする。


鏡ヶ沼のことを詳しく説明してある。
先ほどの石の祠は「おせんが宮」というらしい。


大峠への道はハッキリしているがここからだと上りになり、それほど易しい道とはいえない。


あそこが大峠らしい。
昔は会津(福島県)と下野(栃木県)を結ぶ交易の道として使われていたのではないだろう。四差路になっている。


ここで花の出迎えをうけた。
明るい色のシモツケである。


ニッコウキスゲも咲いている。


四差路のうち、流石山方向から降りてきたハイカーがいたので話を聞くと、この峠から流石山にかけてはニッコウキスゲが群生し、地元の人に親しまれているそうだ。
ならばニッコウキスゲが咲く時期にあらためて来てみたいものだ。

時間が迫ってきた。
山歩きの基本としてこの時間はすでに下山していなければならないところだが、今日もまた下山は18時だ。
これから三斗小屋温泉まで1時間半かかる。先を急ごう。
花はウツボグサ(ミヤマウツボグサかな?)。


う~、この道も藪だ。


地図には沢を3本、渡ることになっている。
ただし、地図だと橋が架かっているのかどうかまではわからない。
ひとつ目の渡渉点。幅は2メートルほどで橋は架かっていない。
渡れそうな場所を探して石伝いに向こう岸へ。


実に見事な咲き具合。
これもアカショウマにしておこう。


藪はあるわこんなスリリングな場所があるわ、この道はあまり使われていないようだ。


3つ目の沢も無事に渡り終えた。
これで三斗小屋温泉にぐっと近づいたはずだ。


三斗小屋温泉を示す道標と出合った。
間もなく2軒の旅館に出合うはずだ。


三斗小屋温泉にはふたつの旅館がある。
どちらも旧い木造の建物だ。
いい佇まいである。


渡り廊下でつながった別館。
今日の宿泊客だろうか人影が見えた。


表に回ってみるとこんな感じ。
昭和の初め、いや大正時代か明治時代の建築だろうか?
いつかは泊まってみたい雰囲気を感じさせる。


沢から引いた水飲み場。
水を受ける木の桶がこの旅館の歴史を物語っているようだ。
旅館に断ることなく飲ませてもらった。


次は道標の峰の茶屋と書かれた方へ進む。


もう一軒の旅館、「煙草屋旅館」。
熊見曽根で峰の茶屋跡へ行くには煙草屋旅館の軒下を通る。


三斗小屋温泉から単調な道を1時間ほど歩くとそこにも建物があった。那須岳避難小屋だ。
朝、峰の茶屋で帰り道を確かめたところ、眼下に建物が見えたがそれがこの小屋らしい。
平屋だが中はロフトのある2層式となっていて20人くらい泊まれそうだ。
女峰山の唐沢小屋や白根山の避難小屋のように利用者が置き去りにする荷物はこの小屋には見られず、清潔に保たれている。


避難小屋を離れると道は険しくなる。
歩き始めてからの距離は17キロを超え、疲労が激しい。
この上りが最後なのだと考え、気持ちを奮い立たせる。


視界が開け間もなく峰の茶屋であることがわかる。
ようやくゴールの目処がついてホッとする。


疲れた身体への負担はまだ続く。


え~と、これはなんだったかな?
疲れで思考がままならない。


重い足を引きずりながらようやく峰の茶屋に到着した。
ここまで来ればあとはずっと下りだ。ひと休みして少しでも体力の回復に努めよう。


氷だけを入れて持ってきた水筒に残りの缶コーヒーを注ぎ、アイスコーヒーにする。
ふだんなら甘ったるくて飲む気にもなれない缶コーヒーだが、その甘さが疲れを癒してくれる。山の必需品である。


道も見えなくなるような霧がでてきた。
いつもは霧で道が隠れて迷子にならないだろうかなどと冗談を書くところだが、疲れているので霧を呆然と見ているだけだ。


この辺一帯に成育するガンコウラン。


オトシブミを見つけた。
葉の表面に卵を産みつけ、それを保護するために丹念に折りたたんでこのようにする。
地面に落とすようにするのは枯れ草に潜り込ませて他から守るためなのかもしれない。
しかしときにはその作戦が失敗し、人が歩く道の上に落とすことがあるようだ。
踏んづけられないように林の中へ放り入れた。


なんとか登山口にたどり着けた。
いつもながらの身体が悲鳴を上げる山歩きが終わる。


広い駐車場に車は数台しか残っていない。
こんな時間なんだから当たり前だな。


今日歩いたルートと前回、6月20日歩いたルートを地図上に再現した。
青い線が6月20日、赤い線が今回。
那須連峰あるいは那須岳は茶臼岳、朝日岳、三本槍岳を総称した呼び名だが、これらの山、単体で登っても楽しいし、縦走すればもっと楽しい。
それに加えて、大回りするルートもあってこれはこれで楽しい、というか1周20キロあるので自分の脚力を確かめられるのでいいのではないかと思う。今日はそれを実践した。


今日歩いたルートの断面図。
那須連峰の最高峰は三本槍岳の1916メートルなので登山口との標高差は450メートルと小さいが、ぐるっと大回りするとかなりのアップダウンを経験する。
その累積標高は1816メートルに達するから厳しいと言ってもいいであろう。

日本百名山・会津駒ヶ岳で初めての小屋泊まり。ハクサンコザクラ、シラネアオイ、ハクサンチドリにうっとり。

2017年7月6日(木)~7月7日(金)

7月6日
滝沢登山口(7:00)~水場(8:30)~駒ノ小屋(9:53)~駒ヶ岳(10:28)~中門岳(11:17)~駒ヶ岳(12:48)~駒ノ小屋(13:20/宿泊)
※駒ノ小屋から中門岳は残雪多い。
※前日17時に檜枝岐に着いて車中泊。

7月7日
駒ノ小屋(4:48)~大津岐(6:50)~大杉岳(9:33)~御池(10:30)
※花多数。撮影に多くの時間を費やした。

昨年10月、初めて訪れた会津駒ヶ岳の雄大さに魅了されてからというもの地元、日光から離れて福島の山ばかりを登るようになり、すっかり「福島の人」と化した管理人だが、先週の燧ヶ岳に続いて今日は会津駒ヶ岳(以下、会津駒)だ。
会津駒は山頂を中心にして高層湿原が広がり、雪解けの季節になると高山植物の宝庫になるといわれている。
昨年10月に来たときその広い湿原を見て、ここに花が咲いたらさぞかし見事だろうなぁと思い、花の季節が訪れるのを心待ちにしていたのだ。

いや、花の季節だけではない。山頂までなだらかな傾斜が続く地形は雪の季節でも危険がないように思えた。とはいっても豪雪地帯の山なので雪は3メートルにも達するらしい。そんな時期に行ったら10メートル進むのに精いっぱい頑張ってラッセルをしても1時間はかかる。行くとすれば雪が落ち着く4月か5月ということになろう。
そんな考えがあったものだから実は今年5月、来年の下見を兼ねて行ってみた→こちら

残雪の会津駒は期待に違わず、5月も半ばだというのに雪はたっぷり。危ない場所もないことを知って帰ってきた。来年はもう少し雪の多い時期に行ってみよう。

あれから2ヶ月、いくら豪雪の山でも7月になった今、まさか雪の上を歩くようなことはないだろう。
湿原には高山植物が咲き誇り、山全体が花の楽園になっているはずだ。
持参するカメラは最高画質で2000枚を記録できるSDカードが入っている。予備のバッテリも携行する。さらには花をマクロで撮りたいので別にもう1台、持参することにした。

国道を離れ村道を上っていくと道は行き止まりになり、そこに20台ほど駐まれる駐車場がある。
平日のこの時間、すでに8台の先着があった。昨年の10月に来たときは6時だというのに満車のことがあった。


ここが滝沢登山口。
登山ポストに計画書を入れて階段を上がる。


コースはブナが多い。樹林帯なので眺めはよくないが明るくまた、歩きやすい。


早くも花が、、、レンゲツツジだ。


ウラジロコヨウラク


山頂までの距離を示す柱が各所に設置されていて目安になる。


ムラサキヤシオ


先週、燧ヶ岳から下山するときにも見たサンカヨウ。


マイヅルソウの群落


角材を組んで敷設された階段をペースを乱さないように登っていく。


雪が現れたが5月とは違ってすでにアイゼンなど必要としないほど少なくなっている。


木々のすき間から実になだらかな稜線が覗き見える。
方向が北なので会津駒から北東に延びる稜線にある大戸沢岳(2089m)だ。


木道が現れると間もなく湿原である。


前方右手に会津駒が見えてきた。
今日はあの山頂に立ち、それから中門岳まで湿原をゆっくり歩くつもりだ。
天気がいいので湿原に咲く花が浮かんで見えることだろう。


駒ノ小屋へと続く木道の両側は湿原。とても気持ちよく歩ける。
前方に今日の宿泊地、駒ノ小屋が小さく見える。


青空の下、会津駒と大戸沢岳へと続く稜線がくっきり。


木道脇に咲くイワカガミとコバイケイソウの若芽。


ミツバオウレン


ショウジョウバカマ


駒ノ小屋への最後の斜面。
まるでスキー場のゲレンデを思わせるような広い斜面。山を歩いているという感じがしない。


今夜の宿泊場所、駒ノ小屋に到着。
とはいってもこんなに早い時間に泊まるわけにはいかない。
これから会津駒に登りさらに中門岳まで行く予定だからチェックインは14時ころになるだろう。

雪の上に段ボールが10数箱、積まれている。
先ほどから上空を飛ぶヘリコプターの音が気になっていたが駒ノ小屋へ物資を運んでいたらしい。
山での飲食は高価と言われるが運搬費を考えるとやむを得ないと思う。


駒ノ小屋から見る会津駒。
手前の雪が消えるとそこに実に美しい池、駒の大池が出現するのだが、、、

昨年10月、同じ場所から。


通算、4回目の登頂。
昨年10月に2週続けて登ったのと今年5月と今日だ。


すぐ近くにショウジョウバカマが、、
奥日光で見ることはできないがここではごく当たり前のように見かけた。


さて、これから中門岳に向かうのだがものすごい霧だ。
ついさっきまで青空だったのに急転直下、山特有の天候の変化である。


会津駒から中門岳へのルートは時折、木道が現れるが多くは雪に埋もれている。
雪が消えて地温が上がればたくさんの花が咲くのだろうがこの辺はまだかなり先になると思う。


ワタスゲの花


中門岳に到着。
山名が刻まれたこの柱が立っている場所は標高2040メートルの位置で、地図によると山頂はこの先2060メートルとなっている。
柱をよく見るとそのへんのことは承知しているらしく、中門岳とはこの辺一帯をさすのだと刻まれている。
地図の山頂まですぐなので足を延ばすことにしよう。


咲いたばかりのショウジョウバカマとコバイケイソウの若芽。


ここが地図にある標高2060メートルの中門岳。
やや大きい池塘があって。木道もここで終わっている。
天候は相変わらずだが昼時になったのでここで昼メシとしよう。


30分ほど時間をかけて菓子パンを食べ、駒ノ小屋へと折り返す。


今日、二度目の会津駒山頂。


たぶんハクサンシャクナゲ


花芽をつけた針葉樹。
特定できなかったので帰宅して調べたところ、どうやらシラビソとその花らしいことがわかった。


キヌガサソウ
一瞬、ミヤマエンレイソウかと思い喜んだのだが葉っぱの形も枚数も違っていた。


霧が収まる様子はない。


ミツバオウレン


ここにもショウジョウバカマが


いい稜線だとつくづく思う。
雪が消え、湿原と木道が現れると稜線の美しさは際立って見える。


無事に駒ノ小屋に到着。
このまま下山するのに十分早い時間だがこの小屋にはぜひとも泊まってみたかったのだ。


前の画像の三角屋根の部分が寝室になっていて、部屋はふたつある。
男女別というわけではなく、夫婦や男女のグループなら同室になる。単独者はそのどちらかと同室になる。
布団は14組、すべてを敷くと床が見えなくなるものと想像する。部屋から出るには布団と布団の境目に足を置き、バランスを崩さないように歩かねばならないはずだ。
今日の宿泊客はこの部屋に7人と隣に3人だ。
ちなみに料金は税込で3千円。
食事の提供はなく、1階に設けられた自炊室を使う。ただし、自炊用具はなにもないからすべて持参する。
営業期間中は管理人というのか小屋番というのか、人が常駐する。トイレは隣の建物でチップ制。

駒ノ小屋に興味のある方は→こちら


電気は来ていないので照明はこのアルコールランプである。
日没に点灯し、20時に消灯となる。


夕飯の時間までにはずいぶんと時間がある。
缶ビール(500円)を買って外へ出て、霧の会津駒を眺めながら喉を潤すことにした。
電気が来ていないくらいだから当然ながら冷蔵庫はない。水で冷やしているそうだ。十分に冷たい。


会津駒の上空にかかっていた雲がとれ、青空が覗いた。
明日の天気はどうかな?


7月7日(七夕)
午前4時近く。同室の人の起きる気配で目が覚めた。
身支度を調えるのにすでに灯りは必要なかった。
自炊室へ行って朝食を簡単に済ませ、外へ出てカメラを構えた。
大戸沢岳を通して朝日が昇った。良い一日になりそうな予感がする。


濃霧だった昨日とは一転し、快晴だ。


駒ノ小屋をあとにこれから御池に向かって南下するのが今日の行程。


御池に行く稜線の向こうに燧ヶ岳が見える。


日光では見たことのない球状の花を咲かす「アカモノ」。
赤い実になることから付けられた名前だそうだ。


ゴゼンタチバナ


ナナカマド


これはシラネアオイではないのか?
花はまだついていないがシラネアオイに間違いない。


イワカガミ


ショウジョウバカマ


なんとまぁ、ハクサンチドリだ。
駒ノ小屋を出てまだ1時間と経っていないのに花がどんどん出てくる。
昨日は残雪で花が限られてしまったがこのルートは花の宝庫だ。すばらしい。


極めつけはこのシラネアオイだ。
シラネアオイが最初に発見された日光白根山ではシカの食害にあって激減し、今では柵を設けて保護しているというのに、ここではなんの保護もされていないのにコース上に数多く見ることができる。
ちょっとよそ見をすると踏んづけてしまいそうな距離に平然とあるから驚く。


振り向くと檜枝岐村の上空あたりが雲海になっている。
下界は曇りなのだろうか。


このコースは残雪と露出した地面との繰り返しだ。
残雪が終わって地面に移る際、コースが見つからないときがある。
林の際を歩きながら道を探す必要があった。


ここにもシラネアオイが、、、
とにかく次から次へと現れてくるのである。


コース沿いに数株ずつ、かなり長い距離、点在していた。


展望が素晴らしく、歩き甲斐のある稜線。
雪が消えると木道が出現する。


池塘も多く気持ちを和ませてくれる。


う~ん、いいねぇ!


シラネアオイはまだ続く。


ハクサンコザクラと出会えた。


ハクサンコザクラはここ一カ所でしか見ることができなかったが、小群落を作っている。


ハクサンチドリは合計すると10数株はあったと思う。


一株だけ、開花したコバイケイソウを見た。
コバイケイソウの「バイ」は梅という字を当てる。
その名の通り、梅に似た花を咲かせる。


これは日光でもよく見るハナニガナ


ユキザサ


サンカヨウ


キヌガサソウ


地図にある送電線の鉄塔が見えてきた。
今日の目的地、御池に着実に近づいている。


うひょ~、今度はオノエランだ。
日光でも見られるが数は少ない。ここでは2カ所で6株くらいあった。


分岐があったので地図を見ると新潟県境にある奥只見湖へ通じているらしい。


ムラサキヤシオ


タケシマラン(ちょっとピンぼけ)


燧ヶ岳へもぐっと近づいた。


オノエランの蕾


タニウツギ(たぶん)


一株のミズバショウを見つけた。
尾瀬に近づいたからだろうか?


ここも道を探して右往左往した場所。


大杉岳
展望はない。


サンカヨウ


ギンリョウソウ


標高が低くなったのだろう、いつの間にかブナ林の中を歩いていることに気がついた。


林が終わってアスファルトの道路が見える。
御池に着いたのだ。
駒ノ小屋から約10キロ、5時間の花の旅が終わる。


眼下に御池ロッジと「山の駅」が見える。
ここからバスに乗り、車を置いた滝沢登山口まで戻る。
バスの発車までn30分ほどあるのでザックに残っている菓子パンで早めの昼メシとする。5日に買った菓子パンはザックの中で温まり、今日が限度であろう。帰宅したら残りは捨てよう。


バスは11時05分に発車する。
ちょうどいい時間に下山したものだ。
これを逃すと次は13時まで、2時間も待たなくてはならない。


バスを降りたところが会津駒への滝沢ルートだ。
駐車場までの約20分、最後の力を振り絞って山道を登ることにしよう。

尾瀬燧ヶ岳、初のテント泊は20キロのザックをかついでバテバテ。

2017年6月29日(木)~30日(金)

1日目
御池(7:00)~燧ヶ岳(12:18)~浅湖湿原(16:10)~尾瀬沼ヒュッテ(16:30/テント泊)
※午前2時起床、3時過ぎに檜枝岐に向けて出発

2日目
尾瀬沼ヒュッテ(5:40)~三平下(6:00)~沼尻(7:20)~沼山峠(9:56)・・・シャトルバス・・・御池(10:33)

いやぁ、年甲斐もなくひ弱な身体で無理するもんじゃありませんな。
ふだん、10キロのザックでさえ息がゼーゼーするというのにこの日はテント(正確には自立式ツェルト)に寝袋、炊事道具に大量の食料と水3リットルをザックに詰め込んだものだから総重量は20キロにもなりました。

だいたい、これだけの荷物をザックに詰め込むとあってはザックを大きくてしっかりしたものにしなくてはなりません。そんなザックは空の状態でも2キロ以上あります。
今日はあまり使うことのない65リットルのザックを納戸から取り出してきてあれもこれもと詰め込んだ結果が20キロ、ふだんの倍の重さです。

これだけ重いザックを背負うにはそれなりの工夫というものが必要です。10キロのザックなら床から片手でひょいと持ち上げて肩にかけ、両腕をザックの肩ベルトに通せばいいのですが、20キロとなればそうはいきません。
そもそも細腕の管理人には片手じゃ持ち上げられません。
重いザックを背負うには、始めにある程度の高さがある岩や斜面、ベンチにザックを置いてその状態で両腕を肩ベルトに通すのが基本です。
しかし、そんな場所などそう簡単に見つかるわけありませんから、地面に置いたザックに近づくように腰を落として背負うことになります。
次にその姿勢から立ち上がるわけですが、これは20キロのバーベルを肩にかついでスクワットをするのと同じ動作です。実に辛いものです。

20キロのザックをなんとか担ぎ上げたとして、今日は花の写真を撮りたくて尾瀬まで来たので花に近づくために腰を落とし、撮り終わったら立ち上がる、それはまさにスポーツジムでおこなうスクワットの動作そのものです。これを数十回いや100回以上も繰り返すことになりますから、腰にも負担がかかります。太ももなどパンパンです。
ジムでのスクワットなら疲れたらお終いにすればいいのですが、現場だとそうもいきません。
花ある限り、スクワット。
もういい加減やめたいとは思うものの、習性なんですな。花を見つけたらしゃがんで写真を撮るのが、、、

ちなみに、これまでも重いザックのせいで大変な疲労感を味わうことが度々ありましたので、最近になって必要最小限の装備で快適に歩く、ウルトラライトハイキングなる精神でいこうと考えるようになったのですが、だめですね、身に染み込んだ習慣というものは。
やはり、あれもこれもとザックに詰め込むのが習慣になっているんです。
今度計画した山は距離がなんぼだから時間はこれくらいかかる、したがって水と食料はこのくらい見込むとか、傾斜の具合や危険箇所を事前に調べた上で、だから荷物はなにが必要だとか、そういったのが本来の計画だと思うのですが、それができない。
まっ、辛い思いをしながら少しずつウルトラライトハイキングに近づいていくしかないのかと、、、

あっ、そうだ。管理人、撮った写真を紙に焼いて額に入れて飾ったり、コンテストに出したりといった趣味はまったくなく、ただ単に記録のためにPCに保存しておくだけです。
これが後々の山行計画に役立つわけです。

でわでわ、管理人のバテぶりを振り返ってみましょうか。


尾瀬の福島県側の玄関口となる檜枝岐村御池。
300台を収容する大きな駐車場がある。
料金は1000円だが村内の旅館や民宿に泊まる場合は無料になるという、いいシステムになっている。
管理人は1泊800円のキャンプ場に泊まる予定だが、キャンプ場は対象外らしい(当たり前か)。


この日は平日であることと時間が早いことから駐車場はガラガラの状態。
燧ヶ岳の登山口は駐車場の一番奥にあるためこの位置に駐めた。


燧ヶ岳の登山口は駐車場奥の目立たない場所にあるので知らないとあちこち歩く廻ることになる。
管理人は5月に会津駒に登ったときに下調べをしておいた。


うひゃっ、なんだこれは?
キャベツいや、ハクサイか?
そのどちらでもなく、正解はミズバショウ。
いうまでもなく尾瀬を象徴する植物であり、これを目的に尾瀬を訪れる人が多いと言われている。
それにしてもこの大きさはなんだ、50センチはある。富栄養化が進んでいるのだろうか?


ゴゼンタチバナ


いよいよ上りの始まりだ。
ふふっ、なかなかですな。


木で作った階段が現れた。
そもそも山に階段があるということはそこが急傾斜であることを表しているわけで、階段の傾斜もきつい。
今日は初の燧ヶ岳へ登るので心勇んでやって来たがすでにザックの重さに負けている。
重力に逆らって身体を上方へ移動することの大変さは山登りをしている人ならわかるはずだが、20キロの荷を背負ってその動作をおこなうのは負担が大きい。これから先が思いやられそうだ。


入口で見たミズバショウと違って葉はまだ若芽で小さく、これこそ皆が見たくてやってくるミズバショウなのである。純白でたしかに美しい。
ただし、白い花のようなものは実際には花を包み込んでいる「苞」というもので、花は中央のブツブツである。ブツブツのひとつひとつが花で、これが多数集まったもの(花序)である。


ショウジョウバカマ


長い急傾斜から解放されて道は平坦に近くなった。


ミツバオウレン


タテヤマリンドウ


ワタスゲの花(中央のピンクはこれから咲くイワカガミ)


ワタスゲが花から実(果穗)になりかけのもの。


チングルマ


道が平らになったのはここが地図にある広沢田代という湿原だったからだ。


湿原にはこのような池塘の存在が欠かせない。


奥行きのあるいい湿原だ。すばらしい。


ミズバショウ
あぁ、こんな花たちに囲まれたまま山頂までいければ言うことなしなんだが、、、


うんにゃ、またもや階段。
ザックが肩に食い込む。腰ベルトで荷重を分散させても耐えられない重さだ。
重いザックは身体の動きに追随しなくて、反対に身体がザックに振られることになる。トレッキングポールで身体を支えザックの動きに注意を払いながら登っていく。


湿原の池塘群を見下ろす。


再び平坦地に出るとそこは熊沢田代。
田代とは湿原の意味である。
やはり湿原はいい。山の中腹に来て湿原に出合うと気持ちが穏やかになる。


燧ヶ岳が正面に迫ってきた。
いい形をしている。あれなら簡単に登れてしまいそうだ。


ここもお花畑。
ワタスゲにイワカガミ、チングルマが混成している。


なんと、ヒメシャクナゲではないか。
すげ~な、この湿原。


タテヤマリンドウ


チングルマ


熊沢田代を過ぎて雪が現れた。
踏跡はある。雪は腐ってはいるが足が潜ることなく歩ける。
このまま歩いて行けば山頂に達する、、、はず。


と思ったのは油断であった。
間もなく雪は消えて笹藪になってしまった。藪は進むほどに深くなったため進路を東へと変えた。


笹藪を東へ横断すると別の雪渓が現れた。
よしっ、今度はここを山頂に向かって進んでみよう。


雪渓はまたしても消えてなくなり今度はハイマツとシャクナゲの密林となった。
燧ヶ岳を登るのにこんな藪を突破しなくてはならないのかと心配された読者もいることだろう。が、安心してほしい。
実は管理人、初めの雪渓が地図のルートとは違っていることに気づいていたのだが、雪の上ならどこを歩いても山頂に達することを確信して歩いたのだ。
その結果が藪への突入となったわけで、地図のルート通り歩けば管理人のような苦労はしない。
正規のルートに軌道修正するのにわずか100メートルの距離を1時間もかけるという効率の悪い仕事をしてしまった。
2本の雪渓で失敗したわけだが、もう少し時期が早くて藪が雪に埋もれていればあの雪渓を登っていくことで山頂に到達するのではないか、そんなことを思った。
来年5月かな、それとも4月かな、もう一度来てみたい。


地図にある正規のルートに戻ってから山頂までは早かった。
ここは燧ヶ岳山頂の双こぶのうち、俎嵓(まないたぐら)。標高2346.3メートルの立派なピークである。


俎嵓の正面、西に別のピークが見える。
柴安嵓(しばやすぐら)で、標高が10メートル高く、あのピークが燧ヶ岳山頂である。
ここから見ると大きな雪渓の右に黒い筋がついていて山頂に向かっているが、あれが登山道らしい。
登山道は山頂直下で雪渓に突入している。


これが俎嵓から見た上方の雪渓。
ロープがかかっている。傾斜はかなり急である。
靴のままでは登れないのでロープにすがるしかないが、このロープは本格的なクライミング用のもので、体重をかけると伸びる。そうすると身体が弓反りになってしまう。ロープに頼るととても登りづらい。
できる限り露出した地面側に身体を寄せて、右足を地面に置き、左脚は雪面を蹴ってステップを作り足場として登っていく。


ほんの数メートルの雪の傾斜なのに悪戦苦闘した。遠くから見るのと実際とは大違いだ。
大変な苦労が伴ったが山頂だ。
燧ヶ岳の山頂に立ったというもの、ザックの重さに辟易していたため喜びは大きくない。疲れたのだ。
この負担から早く開放されたい。それしか頭にない。
疲れを癒そうとザックから菓子パンを取り出すが極度の疲れのためか食欲がない。
とはいえ、こういうときにこそエネルギーを補給しておかなければ危険なのだということを過去になんども経験している。無理をしてでも菓子パンを口にするのが大切だ。


今日の幕営地である尾瀬沼に下るにはさっき登った俎嵓にもう一度、立たなくてはならない。
菓子パンのエネルギーが体内に取り込まれたのか俎嵓に着いたら周りを見回す余裕が生まれた。
眼下には尾瀬沼が広がっている。
やや霞がかっているがあれが明日歩く予定の、憧れの尾瀬沼である。
長居をせず下山して早く横になろう。


ミヤマキンバイ
リュウキンカであろうと思ったのだが花の形が少し異なっている。
花弁の先端がへこみ、梅の花に似ているのだ。帰って図鑑やネットで調べたところ、ミヤマキンバイの特徴に近い。


ズームで撮ってみた。
まさに梅の花。
切れ込みが入った3つの小葉もリュウキンカと異なる。


エンレイソウ


俎嵓を下り始めると間もなく道は二手に分岐する。
直進するとナデッ窪に至る。今日、下山で予定していた道だ。
ところがロープが張ってあり入ってはいけないらしい。一時的なものなのか閉鎖されてしまったのか、説明がないためわからない。
ここは時間がかかるが長英新道で尾瀬沼に降りることにした。


ミネザクラが見ごろを迎えていた。


つぼみのユキザサ


初めて見るサンカヨウ。
群落を成していた。


同じ場所だがミネザクラをもう一枚。


長英新道は荒れている。
大雨が降ったらコースが水路と化すのは明白である。


今度は泥濘。


おぉ、長い道のりだったがようやく尾瀬沼に着いた。
これで20キロのザックから解放される。


あの建物は長蔵小屋だろうか?
今夜の宿泊地はあのすぐそばにあるはず。


ワタスゲが出迎えてくれた。


この木道の行き着く先が宿泊地である。


リュウキンカ


イワショウブ


オオバタチツボスミレ


立派なトイレの前を通過。
ここを訪れるハイカーやキャンプ場利用者が共用する。


ここが今夜の宿泊地、檜枝岐村営の尾瀬沼ヒュッテ。
このすぐ脇にテント場がある。
今日の行程なら無理をすれば日帰りでも可能な登山なので、ヒュッテもテント場も予約はしないで来た。
燧ヶ岳に登り始めて電話で確認し、ヒュッテかテント場のどちらかが空いていれば泊まるし、空いていなければ帰るつもりでいた。
電話をしたところテント場が空いているというので予約をした。
テント場を使うにはまず、ヒュッテに入って受付をする。料金800円はその際に支払う。料金を支払うとテントサイトが指定されるらしいが今日はガラ空きなのでどこでもいいらしい。
ヒュッテには温泉施設があって日帰り入浴ができるとパンフレットにあるが、今日は宿泊客で混んでいるためテント場利用者は使えないという。
汗で身体がべたついているが温泉で汗を流すのは諦めて、自販機で缶ビール(ロング缶650円)を買いテント場に移動することにした。


尾瀬沼ヒュッテが管理しているテント場。
1本の道を挟んで両側に木のデッキが28基設置されていて、テントはこの上に設営する。
今日は先着のテントが5張、設営されていた。


とにかく早く横になりたい。
テント場につくなりザックを下ろし中からツェルトを取り出して設営。マットを広げて仰向けになり身体を休めること10数分、ときおり半身を起こしてはヒュッテで買った缶ビールをゴクッとやってはまた仰向けになる。
缶ビールが空になった頃、ようやく人心地がつく。
ツェルトは10年以上前に購入したEureka(ヨーレイカ)の自立式のもの。2本のポールをツェルトのスリーブに差し込むだけでテントのように自立する。1分もかからず設営が終わる。
テントとの違いは耐雨性に劣るのと底が立ち上がっていないため雨や虫が侵入すること。それさえ我慢すれば十分、役に立つ。それに軽いし。


照明や水道設備があるキャンプ場と違ってここはなにもないから、日没までにすべてのことを終わらせなくてはならない。
さっそく夕飯の準備に取りかかるとしよう。
ただし、疲れているので手間はかけられないから調理などといった面倒なことはしない。そこで登場するのがアルファ米とレトルトパックのカレーである。
アルファ米は袋の中に熱湯を注いで20分おけば美味しいご飯に化けるから、山では重宝する。それに軽い。
カレー(でなくてもいいのですが)はコッフェルで5分もボイルすれば出来上がる。重いけれどこれも重宝している。
これを時系列で書くと、コッフェルに500ミリリットルほどの水とカレーのレトルトパックを入れてガスストーブにかける。水が沸騰したら500ミリリットルのうち、150ミリリットルをアルファ米が入った袋に注いでチャックを閉める。15分ほど経過したところで再び、ガスストーブを点火してカレーを温める。
ご飯は出来上がっているので器に移し、カレーをかければ一品が完成する。
お湯は350ミリリットル残るが、これはスープやコーヒーなどに使う。水筒に戻して翌日使うのでもいい。


夕食にカレーだけでは酒を飲むのに物足りない。
そこでコンビニで見つけたセロリとその隣にあったビーフジャーキー、さらにその隣にあったごぼうサラダの出番となる。
数日前に作ったキュウリとカリフラワー、パプリカのピクルスも持参した。ピクルスはジップロックに入れたまま食べることにする。
ここまで準備する間に缶ビールを飲み干してしまったので、持参した赤ワインを紙コップに注いだ。

画像でおわかりのように器はすべて使い捨てのものにした。
山での食事のスタイルは人それぞれ異なって当然だと思うが、洗い場のないキャンプ場は使い終わったあとの食器はそのままゴミ袋に入れて持ち帰るのが手っ取り早い。
コッフェルやシェラカップ、マグカップに食材を盛って、食べ終わったら汚れをペーパーで拭き取ってきれいにするという方法もあるが、器に何を盛るか、行程はどれくらいかといった要素で使い捨てやそうでない容器を使い分けるのがいいと思う。


アルファ米は水さえあれば時間はかかるが湧かさなくてもご飯になる。熱湯なら15分から20分でできる。
今日は白米を持参したが他にもいろいろな種類があって選択肢が広い。
長期保存を目的として開発されていて常温で5年間保存できる。レトルト食品のように賞味期限を頻繁に確認する必要もなく、ほったらかしでも安心だ。
管理人が持参したのは賞味期限が2017年4月23日までなので2ヶ月前に切れているが、まっ、それは誤差のうち。
ん~、いや、違うな。2017年ではなく2007年になってる!
なんと、賞味期限が切れて10年も経過しているではないか。
保存期間が5年として2002年つまり今から15年前に製造されたものだ。
なんとなんと、自室に保存しておいたものを無造作にザックに詰め込んだのだが、まさかこんなに古いものだったとは知らなかった。でもここまで来たからには仕方がない。お湯も入れてしまったし、、、
でも美味しく食べられました。すごいぞアルファ米!
いや、すごいのはおいらの胃腸の方か(笑)


夕食を終えたのでそろそろ寝ることにして、その前にトイレを済ませておこう。
トイレはキャンプ場専用ではなく尾瀬沼を訪れるハイカーとの共用で、場所も離れている。
管理人が今いる位置がトイレがある場所で、すぐ近くに長蔵小屋が見える。ハイカー憧れの長蔵小屋である。いつかは泊まってみたい。


6月30日(金)
深夜10時頃、ツェルトを叩く雨音で目が覚めた。
気にはなっていたがとうとう降り出してしまった。
雨は朝になっても降り続いている。
今日は尾瀬沼を一周する予定だ。
コンビニで買ったバターロールにチーズとごぼうサラダを挟んで3ヶ食べた後、雨具を着けてツェルトをたたむ。


濡れた木道は滑る。
雨を想定し「わらじ」を持参した。
ホームセンターでポリプロピレンのロープを購入し、自分で編んだものである。


ニリンソウ


コバイケイソウ


右回りに歩いて三平下の尾瀬沼山荘まで来た。
建物の前が大きな広場になっている。ここへ来てなにやら心の中がざわついた。
今から30年前、末っ子が3歳の頃、家族5人で尾瀬に来て、ハイキングをしたことがあった。
昔のことゆえ、どこをどう歩いたのかほとんど記憶に残っていないが、この広場はなんとなく覚えている。子どもたちが遊んだ場所だったはずだ。


少しの間、30年前の記憶に浸った後、沼尻へと進むことにした。
木道に通行止めの札がかかっている。
残雪が多く危険だからというのが通行止めの理由として書かれている。
残雪? 標高は1600メートルあるもののまさか残雪があるとは思えない。札の外し忘れではないのか?
たとえ残雪が本当の理由であったとしても細心の注意を払って歩けば問題ないはずだ。
通行止めのロープを跨ぐことに罪悪感はあったが、事故は絶対に起こさないことを肝に銘じて先へと進んだ。


ミズバショウの群落


沼尻に到着。
ここに建物があったことを示す基礎がある。建物は2015年9月に火事で全焼してしまったらしい。
そういえば昔、家族で尾瀬沼を歩いたとき、沼の畔の売店で飲み物を買って飲んだことを思い出した。もしかするとここだったのかも?
その時、管理人は紙パックに入った赤ワインをストローで飲んだのだがこれが悪い結果をもたらせた。身体は水を欲していたところへアルコールが入ったものだから悲鳴を上げた。今でいえば脱水症状の身体に輪をかけたことになったわけだ。頭はボーッとし足はふらつき、這々の体で沼山峠にたどり着いた。
余談だが当時、尾瀬の通行規制はまだなく、マイカーで沼山峠まで行くことができた。


建物とは別の場所にあるトイレは焼けずに残っている。
尾瀬の他の場所にあるトイレと同じくバイオシステムを使ったもので、汚物はタンクに溜めて満タンになるとヘリコプターで運び出すようになっている。お金がかかっているのだ。


木道は4叉路になっていて直進すると燧ヶ岳、左は尾瀬ヶ原、右へ行くと昨夜泊まったキャンプ場へ行く。
今日は尾瀬沼を一周したら帰るので右へ折れて尾瀬沼沿いに歩く。
道標の右半分が黒くなっているのは火がここまで達したことを示している。


ここから尾瀬沼北岸となるが沼は木道から少し離れてある。沼のすぐ脇を歩けるわけではないことがわかった。


ミズバショウの群落


オオバタチツボスミレ


次に出発地となる御池へ戻るためのバス乗り場へ。
この分岐は道なりに沼山峠へと向かう。
昨日から今日にかけて食料と水を消費したとはいえザックはまだ重い。
ザックが軽ければ楽に回れた尾瀬沼だが途中でなんども休憩する始末だった。
早く車に乗り込み自宅へ帰りたい。冷たいビールを飲むために。


重い足取りでバスが発車する沼山峠に着いた。
雨の影響があるのか閑散としている。
バスは10時15分に発車するらしい。
それまでベンチに腰を下ろして休憩することにした。


バスは車をデポした御池の駐車場に着いた。
車は駐車場の最奥、燧ヶ岳登山口に置いてある。
そこまでの100メートルが長かった。

日本百名山・会津駒ヶ岳。ホワイトアウトの中、こわごわ山頂へ。

2017年5月12日(金) 濃霧のち晴れ

国道(7:13)~滝沢登山口(7:37)~駒ノ小屋(10:42)~駒ヶ岳(11:05/11:20)~駒ノ小屋(11:45/12:25)~滝沢登山口(14:12)~国道(14:38)

昨年10月、初めて県外の山を経験した。
福島県の会津駒ヶ岳である。

その辺りの理由と会津駒ヶ岳(以下、会津駒)を選んだ経緯は過去のブログに詳しく書いてあるので参照いただくことにして、初めて経験する県外の山、会津駒は、これまでの管理人の山にたいする印象を180度ひっくり返すほど新鮮で素晴らしいものであった。
あぁ、山ってホントにいいもんだなぁ、などとありきたりの言葉しか出てこないが、日光そして日光近隣の山しか知らない管理人としてはこれが会津駒を登っての正直な感想なのである。

第1登目:2017/10/12
第2登目:2017/10/19

山にはいろいろな楽しみ方があろうかと思う。
管理人、いまでこそロープや鎖がかかっている岩場やそこに熊が潜んでいるような藪を好んで歩くが、本質は違う。歩きながら遠くの景色が眺められるような開放感のある尾根を歩くことを求めている。
「歩きながら」というのが重要である。
山頂に立てば見晴らしがいいなんてのは山では当たり前だ。
そうじゃなくて、山頂に達するまでの間、歩きながら景色を楽しみたいのだ。

昨年10月に見た会津駒ヶ岳。駒ノ小屋から撮影

 

それが日光では得られない裏返しとして、岩場歩きや藪歩きに楽しさを求めるようになったんではなかろうか、冷静に考えるとそんな気がしている。

今年はもっと真っ当な歩きを楽しもう。
それには福島だ!!

頭の中がかなりショートカット、つまり短絡しているが、どこまでも平らな湿原が広がっている会津駒を経験してからというもの、心は日光から離れてもはや福島県の山にある(笑)

会津駒ヶ岳を極めたい!!!

これが今年の山への取り組み姿勢である。
一冊の本になるくらい、会津駒を徹底的に歩き、知り尽くすのだ(いいのかね、大きな声で言っちゃって)。

それでは3回目の会津駒ヶ岳を目指すことにする。

南北に細長い檜枝岐村を1本の国道、352号線が貫いている。
登山口の入口は民宿などの建物が見え始めるところにある
それらの建物に差しかかるとすぐ、右手に「尾瀬国立公園・会津駒ヶ岳滝沢登山口」と書かれた大きな木の柱が立っているのが目に入る。具体名でいえば民宿「すぎのや」の向かいである。
そこを右へ入ると檜枝岐川へ注ぐ「下ノ沢」が流れていて、並行して急坂をアスファルト道路が上に向かっている。

登山口の入口に清潔なトイレ(画像左)がある。
バスを利用する場合は民宿「すぎのや」の前で降り、ここに見える車道の終わりまで歩く。そこが滝沢登山口である。
マイカーの場合は滝沢登山口まで進入でき、早朝なら登山口手前の駐車スペースに駐めることができる。駐車スペースがいっぱいのときは国道を戻って村の運動公園内の駐車スペースに駐め、バス利用者と同じく登山口まで歩く。

昨年10月に来たときは車道を駐車スペースまで行けたが、この時期はまだ降雪や凍結があるのか通行止めになっていて、今日は歩いて登山口まで行く必要があった。


これが「下ノ沢」。
雪解け水が流れ込んでいるのであろう、ものすごい水量だ。
分類は沢だが、日光の沢のように静かな流れではない。ゴウゴウと音を立てて流れ、氾濫した川といってもおかしくないくらいだ。


車道は登山口に至るまでヘアピンカーブを繰り返すため、歩くには距離が長い。
そこで徒歩の人のためにショートカットする道がつくられていて、歩く距離が短縮されている。


車道でさえ急なのにショートカットの道はさらに急である。


ここで車道と合流。
地図で距離を測定すると車道を歩くのに比べてショートカットは約700メートル短縮される。
ここは駐車スペースになっていて昨年2回目はここに駐めた。


車道はこの先に車止めが設置されていて、通常時期でもそれ以上は行けない。
車止めの手前は駐車スペースになっていて10数台駐めることができる。
昨年1回目はここに駐めることができた。


ここが実質的な登山口となる。登山届けを入れるポストがある。
かなり長い急階段だが霧降高原ほどではない。


階段を登り終えると登山道に変わる。傾斜はきつい。


早くも雪が現れた。


むっ、雪の厚さが増した。それに傾斜はさらに急になった。
靴のままで歩くのはこれが限界と判断した。


アイゼンとチェーンスパイクを持参したが、傾斜と積雪を考慮すると選択肢はアイゼンしかなかった。


山頂まで4.1キロとある。
2時間半から3時間はかかりそう。


モノトーンの世界の中、マンサクが薄黄色の花をつけている。


前を行く男女3名のパーティーに追いつく。
挨拶を交わした後、先へ行かせてもらった。


標高1630メートル付近。
尾根幅が広くなり進むべき方向を見失いがちになる。
地図で尾根の方向を確かめながら進んでいく。


霧が深くなり視界不良。距離感がつかめない。
一方で幻想的な景色が楽しめた。


標高が2020メートルを超えた。
視界がよければこの辺りで駒ノ小屋が確認できるはずなのだが、深い霧でなにも見えず。進むべき方向さえまったくわからない。
無駄な動きをしないよう、手っ取り早くGPSが示す駒ノ小屋を目指して進む。
会津駒ではないが遭難者を発見した場所が避難小屋のすぐ脇だったという事故が昔、実際にあったくらいだ。そんな目に遭いたくはない。ここはGPSを大いに活用すべきだ。


すぐ先にこのような目印となるポールが目に入った。
おおよそ50メートルおきに設置されている。


次の50メートルの間はご覧の通り。なにも見えない。

霧がなければおそらくこんな光景(もっと近づいていると思う)。



お~、あれはもしや駒ノ小屋か?
2棟の建物のうち1棟の屋根には無線のアンテナが立っている。
間違いない。


正面に廻ってみると入口の扉の前は雪がかいてある。
人が出入りしている証だ。
それにしてもなんだ、この光景はおとぎ話に出てくる家のような雰囲気ではないか。中はどうなっているのかあとで見学させてもらおう。


さあ、今日の目的地、会津駒の山頂を目指そう。
山頂は駒ノ小屋の脇に佇む駒ノ大池を回り込み、湿原の中の木道を歩いて最後に深い樹林帯を急登したところだ。だが、霧でほとんどなにも見えない今は雪のない時期のイメージとほど遠い情景である。
もうただ霧の中を高みへと向かって黙々と歩くしかない。


傾斜が緩くなった。
ということは山頂が近いのか。
昨年歩いた急傾斜は通り過ぎたのだろうか。


やったぞっ、山頂だ。
先ほどの駒ノ小屋と同じく、霧の中にいきなり出現した。
ここまで来て、昨年10月に比べて歩いた感じがかなり違うことに思い当たった。
雪の有無という違いはもちろんあるのだが、そうではない。
それがわかったのは駒ノ小屋まで下山して振り返ったときだ。


この山名を刻んだ木の柱は高さ3メートルもある大きなものだ。
まだ半分埋もれているのでここの積雪は1メートル50はあると思う。
標高2132メートル、麓との標高差は1200メートルだから標高差だけを考えると女峰山よりも大きい。それに雪の量は桁違いだ。
初めて登る残雪の会津駒ヶ岳。よくやった!
深い霧で景色はまったく見えないがそれでも大きな達成感を得ることができた。満足感が管理人の心を満たしている。
晴れていればここから中門岳に向かって湿原を従えた長い稜線がよく見えるはずだが、そこまで贅沢は望まない。次の機会までとっておこう。
霧に包まれた山頂をあとに下山することにした。
さあ、これから駒ノ小屋まで戻って昼メシだ。


駒ノ小屋まで下りて振り向くと雲間から青空がのぞいている。
このまま雲が流れ去ってくれるとありがたい。
先ほど、雪のない季節に登ったときと今日とでは感じが違うと書いたが、霧が晴れてその謎が解けた。
今日はここから見える雪の斜面を山頂まで行った。
昨年10月はここから黒っぽく見える斜面(樹林帯)に入り、途中で右に折れて同じく樹林帯を歩いて山頂に達したはずだ。


雲がほぼとれて先ほどよりもさらに青空が広がった。
おぉ、ついにやったぞ。どんなもんだい!
べつに管理人がなにかをしたというわけではないが、そんな気持ちになった。
う~ん、なんと素晴らしい景色だ。
目の前にこのような景色が見られるのは日光では女峰山くらいしか思い当たらない。福島県に引っ越したい(笑)

雪のない季節の光景



駒ノ小屋の南西には尾瀬を象徴する燧ヶ岳が見える。
あそこも今年の目標だ。
燧ヶ岳の手前からこちらへ向かって延びているのは富士見林道。
昨年2回目はキリンテ(富士見林道の燧ヶ岳側)から登り始めてここまでやって来たのだ。すばらしい稜線歩きが楽しめた。尾根のサイドは湿原になっていて木道を歩くようになっている。湿原は高山植物の宝庫らしいことがわかった。


下山途中で振り返って富士見林道を見ると、斜面中腹の地面が露出して黒々としている。
あの部分で全層雪崩が発生したようだ。
目測だが雪の厚さは1メートル以上、幅30メートル、長さ50メートルという規模だ。
雪の重さは水の1/3程度らしいから、雪崩れた雪の重さは1×30×50×0.3=450トンということになる。これに飲み込まれたら人間なんてひとたまりもない。


遠くに山を眺めながらの下山は気持ちがいい。
雪は適度に締まっていてアイゼンがよく食い込むから不安はまったくない。
上りでは急な傾斜に苦しんだがその分、下りは快適だ。


ルートのすぐ脇に大きなクラックがあるのを見た。
尾根脇の傾斜は緩いので雪崩れてはいないが、全層雪崩の正体を見るような光景だ。


雪がなくなった。ゴールは近い。


無事に下山。



登山口から山頂まで一方的な上りが続くが中腹に差しかかると前方に駒ノ小屋を見ながら歩くようになる。その位置まで来ると道の両側に湿原が広がり、いい雰囲気となる。きつい上りの厳しさも忘れさせてくれる。


オマケ

10日に檜枝岐に入り、今日で3日。
昨日予定していたのに暴風雨で中断して今日に延期した。
あまり長い間、留守もできないので下山したら帰るつもりだった。
その時間は十分あったが駒ノ小屋で出合った青年と話をしていると今夜、村内で伝統の芸能がおこなわれると聞いた。青年はそれが主目的で岐阜県からやって来たとのことだ。
伝統芸能とは270年以上も前から受け継がれている歌舞伎のことで、村民による演出、演技だそうだ。「檜枝岐歌舞伎」という県指定の重要無形民俗文化財になっている。

この時間に帰宅するなら深夜にはならない。しかし年に3回しか上演されない貴重な日に会津駒に登ったのもなにかの縁だ。
この縁を大切にし、これからも無事に会津駒に登れることを祈念して、檜枝岐歌舞伎を観賞することにした。

ただし、上演は夜になるため終わったら泊まることを前提に考えなくてはならない。
実は10日と11日の二日間、車の中で寝た。しかも軽自動車ジムニーという、狭い空間でだ。
登山口に朝早く着いたときに仮眠したり、下山が遅くなったときに夜を明かせるようにと、改造を施してある。二日間、快適に寝ることができた。
しかし、せっかく檜枝岐歌舞伎を観賞するのだ。その余韻を味わいながらもっと快適に寝たいものだ。

観賞しようと決めてからの行動は早かった。
昨年、2回目の会津駒登山の際にお世話になった民宿に電話で申し込み、予約を取った。
昨年泊まったときの対応がよかったし、料理は物珍しいものばかりで酒の肴にぴったりだったのだ。
→民宿「こまどり」。
画像は檜枝岐に昔から伝わる「山人(やもうど)料理」、この他に裁ち蕎麦とご飯がつく。


歌舞伎の舞台への道


県指定重要無形民俗文化財の檜枝岐歌舞伎。
舞台は国指定重要有形民俗文化財になっている。

2登目の百名山・会津駒ヶ岳はキリンテから登って滝沢へ下るロングコース。中門岳の大展望に圧倒される。

2016年10月19日(水) 晴れ

キリンテ登山口(6:45)~大津岐峠(9:27/9:45)~駒ノ小屋(11:10/11:26)~会津駒ヶ岳(11:38/11:45)~中門岳(12:20/12:33)~駒ノ小屋(13:23/13:30)~滝沢登山口(15:29)
※距 離:19キロメートル(GPSログより)
※時 間:8時間44分(1時間の休憩を含む)

会津駒ヶ岳から中門岳へ向かう雄大な稜線

今月7日、栃木県と福島県の県境にある馬坂峠から帝釈山に登った帰りに檜枝岐の国道を通過中、旅館や民宿が集まる一角に、会津駒ヶ岳(以下、会津駒)の登山口があるのを見つけた。あれれっ、帝釈山よりも近いところに会津駒の登山口があるんだと驚いて、5日後の12日、さっそく登ってみた→こちら

そして今日、2週続けて会津駒に登ることにしたわけだがこの辺、管理人の性格とでもいうか、初登でなにか気にかかることがあるとそれを次回、次々回、、、さらに次の機会にと同じ山に通ってこの目で確認してみないことには気持ちが治まらないのだ。アタシって偏執的なのかしら?

会津駒初登でなにが気になったかといえば、山頂から中門岳(ちゅうもんだけ)に向かって実になだらかな稜線が延び、そこは池塘が点在する広大な湿原になっているらしい。その湿原は初夏になるとさまざまな植物の花で賑わいを見せ、それは見事だそうだ。
さらには管理人が見つけた登山口(滝沢登山口)の他にもキリンテという登山口があって、往復、別のルートを歩くことができ、そうすると20キロほどの長いトレッキングが可能という、まさに管理人好みのルート設定ができそうだということが地図とガイドブックでわかった。
12日は会津駒まで行ったところで天候が急変したため、やむを得ず下山。中門岳を諦めた経緯がある。
それだけに次は中門岳までの稜線と、キリンテと会津駒を結ぶ稜線を歩いてみたいという思いが強くなった。

そんなことを考えていたところに、解決しなくてはならないふたつの大きな問題にぶつかった。
登山口と下山口を別にすると下山後、車を置いた登山口まで戻る必要がある。それは当然のこととして、問題はその手段だ。
登山口と下山口はそれぞれ国道沿いにある。バスが運行しているが日に数本しかないことがわかった。登山口と下山口との距離は約5キロ、徒歩で1時間以上かかる。登山靴でアスファルト道路を5キロも歩くのは勘弁してほしい。
そこでこの問題を解決するための手段として、登山口と下山口の間を自転車で移動しようと考えた。
自転車をキリンテにデポし、車は滝沢登山口の駐車場に置いて歩き始め、キリンテに下山して自転車で滝沢登山口に戻るというものだ。

ただし、この反対はだめだ。致命的な疲れとなって現れる。
なぜなら滝沢登山口からキリンテに向かって上り坂になっているからだ。20キロも歩いて最後に上り坂を自転車で走ろうものなら疲れ果て、帰りは居眠り運転必至だ。

もうひとつの問題は12日は日帰りだったのだが、登山に要する時間が短かったのが救いとなった。下山後は檜枝岐から自宅まで3時間の運転だったが、なんとか無事に自宅に帰り着いた。しかし今度はそうはいかない。
推定20キロ、歩行9~10時間としてその上に往復6時間もの車の運転が加わる。年老いた管理人にそれを日帰りでおこなえというのはいくらなんでも無理がある。
前の日に宿泊して翌日、朝早く登り始める、それが答だ。それしか問題を解決する方法はない。

解決方法が決まれば行動は早い。
折りたたみ自転車、一人用のテントと寝袋、自炊道具他、野営道具一式を車に積み込んで出発に備えた。
檜枝岐を通る国道に面して清潔なトイレを備えた駐車場があるので、そこで一晩明かす予定だ。テントは気温が下がるのを想定し、車内に張るつもりで持参する。
国道は尾瀬御池で行き止まりになるので、駐車場前を走る車は少ない。夜間は皆無とみた。静かな環境で十分な睡眠が約束される、そんな考えであった。

そこまで準備を進めたところでふと、別の案件が頭をよぎった。
会津駒に登るのにどのガイドブックを見ても滝沢登山口を推奨していて下山も同じルート。
キリンテを登山口にする場合は距離が長くなるので山小屋に泊まって翌日、下山することを推奨している。キリンテは駐車場が数台分しかないこともその理由らしいが、大きな理由はルートの厳しさらしい。もしもキリンテを利用する場合は下りのみだそうだ。
昭文社「山と高原地図」に書かれている所要時間を比較すると、滝沢登山口から会津駒山頂へは3時間20分が標準らしいがキリンテからだと5時間かかる。だからガイドブックは小屋泊まりを推奨しているわけだ。たしかに山歩きでの1時間40分の差は大きい。疲労度に大きな違いが出てくるものねぇ。

であるならば、ガイドブックと反対のルートすなわち、キリンテから登ってみたい、と偏屈な管理人は考えるのである。山小屋も利用しない。
山と高原地図で所要時間を計算すると、キリンテから登り始めて会津駒を経て中門岳を往復し、滝沢登山口に下る場合の標準時間は9時間、もちろん休憩は含まない。前泊したとしてもこれに自宅までの運転に3時間は必要だ。しかも夜間の慣れない道を。
なかなかの苦行である。苦しいだろうなぁ、辛いだろうなぁ、と思う。
この苦行を想像するとなんだかとても可笑しくなって、我ながら笑い出してしまう。
汝、苦痛を愛し、苦痛を友として生きよ!
ぜひともキリンテから登ってみたい。その方法はないものか。下山後の移動手段さえ確保できればそれが可能になるのだ。そうすれば苦痛を味わいながら歩くことができる(笑)

会津駒の登山情報をネットで探していたところ、登山口まで車で送迎してくれる宿が数件みつかった。もしもキリンテまで送ってくれるのなら管理人の望みが叶う。
滝沢登山口に近い「こまどり」という民宿に管理人の計画を伝えたところ、滝沢登山口に管理人の車を置いた後、キリンテまで宿の車で送ってくれることになった。
その上、ありがたいことに、朝食は5時半に用意してくれるそうだ。9時間の山行計画を遂行するには早い朝食は願ってもないことだ。この2点が決め手となった。予約は宿泊当日というタイミングの悪さだったが電話の応対は快かった。
尾瀬檜枝岐温泉 会津駒ヶ岳登山口 そばと山人料理 尾瀬の宿 こまどり

これでキリンテから登って滝沢登山口に下りてくる計画は準備万端整った。
夕食は6時なので翌朝5時半の朝食まで、十分な睡眠時間が確保できる。
自宅からここまで運転した疲れを宿の温泉で癒し、ぐっすり寝て明日の山行に備えよう。
そして今夜はアルコールを慎もう、、、、


6:45
国道352号線にあるキリンテ登山口。
滝沢登山口の駐車場に車を置いた後、ここまで宿のご主人に送っていただいた。
国道からすぐに登り始めることができるのは便利この上ない。
ちなみに、この道をさらに進んでいくと尾瀬御池で行き止まりになる。袋小路の道なので尾瀬ハイキングのトップシーズン以外、それほど混雑はないそうだ。
それにしても頭が重い。右こめかみの辺りがズキンと痛む。胃も重い。昨夜はアルコールを慎もうと考えながら銚子を2本空けてしまった。山行前夜に飲み過ぎという節操のなさだ。大丈夫かね、今日は長丁場だというのに。


始めは杉がこみ入った林だったが、杉林はすぐに終わって明るい広葉樹林に変わった。ブナが多い。黄葉真っ盛りだ。


直径1メートルはあろうかという大きなブナ。


コハウチワカエデの紅葉。


黄葉しているのはブナとミズナラ、赤いのはカエデ類。


笹がきれいに刈られていて手入れの良さがわかる。


んっ、傾斜が変わったぞ。かなりきつい。
救いはこの先に空が見えること。こういう地形になった場合、この先がピークだったり見晴らしのいい峠であることが期待できる。


9:27
急傾斜を登りきるといきなり視界が開け、そこは大津岐峠だった。
人がいるが登山者ではなさそうだ。
やはりこのルートは長い。ここまで2時間42分かかった。
滝沢登山口からだと会津駒の山頂に立っている時間だ。


聞くと、倒れた道標を元の位置に戻すための作業をおこなっているとのことだ。
そういえば先ほどから上空をヘリが行き来していたがこの作業をおこなうために資材や発電機、人を運んでいたらしい。


ヤッホ~、大津岐峠からの展望は素晴らしい。
南南西に燧ヶ岳が一望できる。燧ヶ岳の右に見えるのは至仏山だろうか。


これから向かう方向には木道を挟んでなだらかな草原が広がり、その向こうには会津駒を中央にして、右へ大戸沢岳への稜線が、左に中門岳への稜線が見える。これからあの山を越えてさらに左へ続く稜線を歩いて中門岳まで。
う~ん、なんて素晴らしい眺めなんだ。日光では得られない絶景!!
日光から檜枝岐に引っ越したい(笑)


草原に見えたのは湿原だった。
標高1900メートルの高層湿原だ。


肉眼でも駒ノ小屋の存在がわかるほど会津駒に近づいた。
先を見ると草原はこの辺りで終わり、一度、林の中に入るようだ。
いや~、素晴らしいねぇ、この稜線。
登山者の多くは滝沢登山口から会津駒へのルートを歩くらしいが、この稜線を歩かないのはもったいない気がする。


なだらかに見えても実際にその中に入ってみないとなにが待ち受けているかわからないものだ。
樹林帯の中にはこんな仕掛けがあって楽しませてくれる(笑)


管理人好みのガレ場まで用意してくれている。


11:10
樹林帯から駒ノ小屋が見えた。
ここがキリンテからのルートの終着点だ。
このすぐ先で滝沢登山口からのルートと交わる。
キリンテから登り始めてここまで、大津岐峠での休憩を含んで4時間25分。山と高原地図に書かれている標準時間が4時間40分なのでまずまずといったところ。


この時期は係員が常駐する山小屋として営業している。
利用者は多いらしい。
管理人、花が終わった時期だから標準時間を下回っているが、花の季節だったら立ち止まって観察したり写真を撮るため標準時間を大きく上回る。そうなると今日、歩くルートの日帰りは厳しい。
いずれこの小屋を起点に2・3日、滞在して花をゆっくり楽しみたいものだ。


駒ノ小屋のすぐ下には駒ノ大池があり、そこから眺める会津駒ヶ岳がいい。
管理人が今いる場所には木製のテーブルとベンチがあって休憩できる。今、そのベンチに腰かけて写真を撮っているところだ。
気温は15度。暑くもなく寒くもなく長居をするにはちょうどいいが、これからあの会津駒ヶ岳に登り、さらに中門岳まで足を延ばす予定だ。あまりゆっくりしていられない。
それにしてもあれだな、この景色を目の前に、さっと通り過ぎてしまうのはもったいない。ベンチに腰をかけ、缶ビール片手に、時間無制限でこの景色を眺めるのが会津駒にもっとも似合うのかもしれない。そのために駒ノ小屋が存在するようなものだ。次は是非、そうしよう。
でその時期だが、やはり花の季節だろう。6月半ばから8月にかけてだろうか。来年の予定に組み入れておこう。でも混み合うだろうな。


会津駒ヶ岳に向かって歩くと木道が分岐する。
ここを右へ急登すると会津駒ヶ岳の山頂、直進すると中門岳へ行く。


11:38
歩き始めて4時間55分。大津岐峠からだと駒ノ小屋での16分の休憩を含んで1時間53分。
先週に続いて百名山・会津駒ヶ岳に立つ。先客8名。


会津駒山頂から中門岳(画像右端)に向かってなだらかな稜線がずっと続いている。
実に雄大な光景にうっとりする。大津岐峠からの稜線も素晴らしいがここも実にいい。
大津岐峠から駒ノ小屋に至る稜線も、会津駒から中門岳に至る稜線も管理人が夢に見る理想の稜線だ。いつかはこのような稜線の上を歩いてみたいと思っていたが、それがいま現実のものとなって目の前にある。


ここも大小の池塘が点在する。
池塘の数からいえば鬼怒沼を凌いでいる。それに広大だ。
夏はここがお花畑になるという。


遠方に見えるピークは三岩岳だろうか?


道標が立つ大きな池に着いた。
近づいてみると「中門岳」とある。ただし、中門岳(ちゅうもんだけ)という明確なピークがあるわけではなく、この辺り一帯を指す、と道標に書かれている。


12:38
道標の先、木道はまだ続いていたので、木道の外れまで行ってみるとそこに最後の池塘があった。
地図を見るとここが標高がもっとも高く、2060メートルになっていて地図には中門岳と描いてある。
ここでふと疑問がわいた。
鬼怒沼は標高2000メートルにあって日本でもっとも標高の高い湿原だという。会津駒から中門岳に至るいくつもの池塘が点在するこの草原が湿原であるならば、こここそ鬼怒沼よりも標高の高い高層湿原ということになる。ここを湿原とは呼ばないのであろうか?


木道の最終地点で菓子パンをかじり昼ご飯とする。
帰りも同じ木道を会津駒に向かって進むが景観が異なるので飽きることはない。


燧ヶ岳が見える。


ここからも燧ヶ岳が、、、
燧ヶ岳は中門岳から会津駒に戻る木道からずっと見えるのだ。


13:14
会津駒への分岐まで来た。
ここは会津駒の側道になっていて会津駒の山頂を迂回して駒ノ小屋に行くことができる。


13:24
前方に駒ノ小屋が見えてきた。


駒ノ小屋直下の湿原を抜けると樹林帯に入る。
あとは滝沢登山口に向かってひたすら下る。


コハウチワカエデ
下りルートの紅葉も見事。


かなりバテ気味なので黄葉した木々の種類まで特定するに至らず、ただただこの美しさを呆然と眺めていた。


15:29
滝沢登山口
ふ~、2登目にしてキリンテから会津駒へ、会津駒から中門岳を往復そして下山は滝沢登山口という20キロに渡るロングコースを無事に歩き終えた。しかも二日酔いの身体で(笑)


15:36
滝沢登山口の駐車場に着いた。
ここは今朝、6時半にはすでに満車になっていた。
駐車場は登山口にもっとも近いこの場所と、ここから下がった国道寄りに3ヶ所ある。
管理人はこの次に登山口に近い場所に車を置いた。


先週12日は滝沢登山口から駒ノ小屋を経て会津駒ヶ岳を往復した。このコースの見所は駒ノ小屋の下に広がる草原であろう。樹林帯から抜け出すといきなり視界が開けてハッとするような光景が広がっている。
花はすべて咲き終わっていたが初夏にはたくさんの花で彩られるだろうことが想像できる。
ただし、登山口から草原に至るまでは眺めのない樹林帯を歩くので面白みはない。

今日はキリンテ登山口から大津岐峠を経て会津駒ヶ岳、さらには中門岳を往復して滝沢登山口へ下りた。
大津岐峠から会津駒ヶ岳そして会津駒ヶ岳から中門岳へと延びる稜線はなだらかかつ雄大で、実に気持ちよく歩けた。これぞ会津駒ヶ岳の醍醐味、魅力といえるのではないだろうか。もちろん、初夏には花も期待できそうだ。

その花のことだが、登山コースで花を見つけるとじっと魅入ってしまい足が先に進まない。写真をたくさん撮るので時間がかかる。
今日は休憩を含んで8時間44分を要したが花の季節であれば10時間をはるかに超えるであろうと思う。そう考えると会津駒をたっぷり楽しむには宿泊が必須である。初日は大津岐峠から駒ノ小屋に至る草原の花を観察、次の日は駒ノ小屋から中門岳に至る花を観察という具合に、2泊3日の行程を考える必要がありそうだ。ただし、2泊とも駒ノ小屋にだ。
初日に駒ノ小屋まで行くのに6時間はみておきたいので、自宅からの移動を考慮すると今回と同じように檜枝岐で前泊したい。う~ん、そうすると3泊4日になるな。いくら仕事が暇だからとはいえ、4日も留守できるのかね。でも実現に向けて計画だけは組んでおきたい。


昨夜お世話になった会津駒登山口のすぐ近くにある民宿「こまどり」。
翌日はここに車を置き宿の車でキリンテに送ってもらうつもりでいた。
管理人の計画を話したところ、車2台で出発し滝沢登山口の駐車場に管理人の車を置いてキリンテまで送ってくれることになった。
もしもここに車を置いてキリンテから登り始めた場合、下山時は滝沢登山口からここまで1.8キロのアスファルト道路を歩かなくてはならない。滝沢登山口の駐車場に車を置けるのは願ってもないことなのだ。こまどりさんのご配慮に感謝。


こまどりさんの夕食。
天ぷら、山菜、イワナの塩焼きなど9品に自家製果実酒。これに裁ち蕎麦とご飯、味噌汁がつく。
十分すぎる量だ。それに野菜類が多いのはありがたい。
問題はだね、管理人にはこれらすべてが酒の肴に見えてしまうことだ。
ふだんなら山行前のアルコールは控え目にしているのだが、これだけのご馳走を前にして大いに迷った。
起床まで10時間はある。ぐっすり眠るためにも血流をよくしておくことが大切だ。先月ひいた風邪がまだ治らないので身体を芯から温めたい。
諸事情を踏まえ、銚子1本注文し飲む。しかし、小鉢や小皿に盛られた料理がなかなかなくならない。すべてを食べるにはもう1本必要だと判断した。こうして1本が2本となり、ふらつく足で階段を上がっていった。

百名山・会津駒ヶ岳。想像以上の厳しさに中門岳を諦めてとっとと退散(笑)

2016年10月12日(水) 晴れのち曇り

駐車場(8:05)~滝沢登山口(8:08)~水場分岐(9:18/9:20)~駒ノ小屋(10:28/10:30)~中門岳分岐(10:38)~山頂(10:46/10:55)~駒ノ小屋(11:07/11:30)~水場分岐(12:20)~水場(12:24/12:34)~滝沢登山口(13:31)~駐車場(13:34)

帝釈山から眺めた会津駒ヶ岳

今年になって突然、栃木県北部の山に目覚めた。
日光市の山は群馬県に近い方に数多くあってその代表となるのが白根山であり皇海山といった日本百名山である。他にも錫ヶ岳といった手強い山もあれば、展望抜群の前白根山、厳しい上りの金精山といった個性的な山々が顔を揃えている。そしてこれらは群馬県境あるいはその近くにある。

管理人が住む日光市そのものが県北なのだが目覚めたのは群馬県境ではなく、福島県境にある山である。
昔訪れたことのある鬼怒沼を再訪してみたいと思って計画を組み始めたところ、鬼怒沼山というとても美しい名前の山が目にとまり、鬼怒沼山はまだ群馬県境なのだがその稜線を追っていくと栃木県と群馬県、福島県にまたがる黒岩山がある。3つの県にまたがる山、これはとても気になる。

栃木県は福島県とも接しているのかと今さらながら思うのだが日光市、なかでも合併前の旧日光市に住んでいる管理人には旧日光市の山だけで事足りていて、合併後の日光市にとくに、福島県境の山など遠すぎて意識外のことだったのだ。

黒岩山がある福島県境をさらに北東へ辿っていくと台倉高山、帝釈山、田代山など2千メートル超えあるいは2千メートルに近い山が連なっている。さらに調べていくとこれらの山は、降った雨を太平洋と日本海に分ける分水嶺となっていて管理人の好奇心を嫌でも高めるのだ。
百名山にはなんら興味はない管理人だが分水嶺の山とか、峠から登り始める山などという言葉には強く惹かれる。
これらの山に是非とも登ってみたくなった。

先月15日と今月7日にそれぞれ登山口を変えて帝釈山と田代山を縦走(というほど大した距離ではなく、その間わずか4キロ)したのだが、田代山を経て帝釈山に至るのとその反対とでは登山口に至る車でのアクセスがまるで違ってくる。
田代山であれば登山口まで自宅から50キロ強なのにたいして、帝釈山だと登山口まで130キロメートル、3時間半も車を走らさなくてはならない。登山口は6キロしか離れていないのにだ。

この理由は帝釈山に登るには尾瀬の玄関口といわれる檜枝岐に入らなくてはならないからだ。檜枝岐へは国道121号線、通称会津西街道を会津田島へ北上しそれから352号線を西へ向かって走り、次に檜枝岐に向かって南下するという、四角形の三辺を走ることになる。これが長距離、長時間になる理由である。
ただし、メリットもある。登山口の馬坂峠から帝釈山まで1時間もかからずに登れてしまうことだ。それに惹かれて帝釈山と田代山に登ったのが今月7日であった。結果は37分だった。
9月15日の記録(帝釈山を栃木県から登る)
10月7日の記録(帝釈山を檜枝岐から登る)

地図を眺めていてわかったことがある。
帝釈山の登山口、猿倉峠に行くには檜枝岐の町中(正しくは檜枝岐村なのだが)を通り抜け、次に林道をひた走るのだが、ずっと手前の国道沿いに百名山・会津駒ヶ岳の登山口があるのだ。
ほう、会津駒ヶ岳(以下、会津駒)の登山口って、こんな便利なところにあるんだと思った。
地図によると登山口から山頂まで5.4キロ、3時間はかからないみたいだ。分水嶺から遠ざかるがぜひ登ってみたい。

実は昨夜の予定では、今日は帝釈山と同じ登山口から分水嶺の台倉高山に登るつもりであった。そうすればこれで帝釈山と田代山に台倉高山が分水嶺の山として管理人の山行記録に加わる。
会津駒は分水嶺から10キロ以上も離れていて完全に福島県の山だが、台倉高山の登山口へ向かってオフロードを走っている間に会津駒の中腹まで行けてしまう。それほど登山口に恵まれている。
よし、こうしよう。
第1目標を台倉高山にして、もしも会津駒の駐車場が空いていればその時点で目標を切り替えて会津駒を目指そう。

先月7日、帝釈山を下山後、後学のためにと訪れた会津駒の駐車場は平日にもかかわらず満車であった。さすが百名山と言わざるを得ない。
はたして何時に満車になるのか、それが気がかりだった。
近県から日帰りで来る人もいることを考えると朝6時に満車になるとは思えない。とはいえ午後になれば天候が急変する2千メートル峰ゆえに、午後一には下山を始めなくてはならない。登山に3時間かかるとして、逆算すると皆さん、遅くても8時には歩き始めるであろう。
自宅からの移動時間に3時間はかかるが8時までに駐車場に到着できれば、駐車できる可能性は高いと見た。

会津駒の登山口となる滝沢口の駐車場へは7時45分に着いた。読みが当たってまだ4・5台分の余地があった。そこで今日は台倉高山転じて、百名山・会津駒ヶ岳を歩くことにした。

7日に帝釈山の山頂から眺めた会津駒の右手に、なだらかで魅力的な稜線が続いているのを見た。
帰って地図で調べると、会津駒東方の大戸沢岳に向かって延びる1.7キロの長い稜線であることがわかった。あの魅力的な稜線を歩きたいものだ。ただし、地理院地図に道は描かれていない。
実際に歩けるのは会津駒ヶ岳の北にあって隠れて見えないが、大戸沢岳と同じような稜線が続いている中門岳のようだ。とりあえず会津駒まで試しに歩いて、そのときの状況次第で中門岳への稜線に挑戦しよう。
上空は晴れわたり絶好の登山日和だ。時間をかけて楽しみたい。


8:05
国道352号線にある滝沢登山口の案内板にしたがって山道を5分ほど走ると道は行き止まりになりそこが駐車場になっている。
7時45分に着いた時点でご覧の通り。
駐車場は手前になるほど幅が狭くなり、道路にはみ出す。隣の車と並列に駐められるのはここまでだ。
管理人はこの下に道路と並行になるようにして駐めた。


8:08
道の行き止まり(車止め)から3分ほど歩くと斜面を上がる階段があり、ここが実質的な登山口になる。


明るい樹林帯の中の登山道だが展望はない。


なかなか厳しい上りですぞ!!


コハウチワカエデらしき紅葉したカエデ。


これはミズナラらしき色合い。ブナかもな。


9:18
地理院地図には描かれていないが水場があるようだ。
帰りに寄ってみよう。


登るにつれて雲行きが怪しくなってきた。
向こうに見えるなだらかな山が目指す会津駒だと思うが重たそうな雲が覆っている。


ときおり視界が開け南方に位置する白根山がのぞく。


方角から判断して会津駒から東へ延びている稜線だと思う。
大きく見えるのがピーク2098だろうか。するとその右の下がったあたりが大戸沢岳かな。


それにしてもこの登山道は傾斜がきつい。
階段が多いことでそれがわかる。
まるで男体山でも登っているかのように傾斜が変わらない。


傾斜がやや緩み駒ノ小屋に近づいたことを思わせる。


樹林帯から抜け出てようやく視界が開けた。
前方になだらかな稜線が広がっている。米粒ほどだが建物が見える。
あれが駒ノ小屋であろう。


ズームアップしてみると2棟の建物が確認できた。


イワショウブだろうなぁ?


ゴヨウツツジかな?


小屋を目指して木道を歩く、いや、歩くと言うよりは傾斜のついた木道を上っていく。
遠くから見るとなだらかで気持ちのよさそうな斜面だと思ったが、結構、厳しい。ふくらはぎがパンパンになる。


木道はこんな感じ。
傾斜がついている上に段差がある。
雨に濡れると下りはきっと滑るだろう。


10:28
ふ~、歩き始めて2時間23分。ようやく駒ノ小屋の休憩所に着いた。
このすぐ右に池があってとても落ち着ける場所だ。


これが駒ノ大池。
とてもいい雰囲気だ。疲れが吹き飛ぶ。
向こうに見える小高い丘のようなのが会津駒。水面に映る姿もいい。
あと700メートル。山頂に着いたら景色を眺めながらゆっくり昼メシといこう。


10:39
池を取り巻く木道のどちらからでもいいので会津駒へ向かって進む。
木道はここで分岐し直進すると中門岳。会津駒山頂は右に入る。


泣きが入るほどの傾斜だ。
前方が開けているので山頂はすぐなのかな?


10:46
歩き始めて2時間40分、ようやく木道から解放され山頂に着いた。
燧ヶ岳がよく見える。
ここまで休憩といえば暑かったのでジャケットを脱いだときと写真を撮るときだけ。ここで昼食としたいが風が冷たい。
いっそのことこれから中門岳まで足を延ばしてそこで昼食、と考えたのだが上空は鉛色の雲が垂れ込め、今にも降りそうだ。
中門岳は往復1時間半だが、それまで雨が降らずにいてくれるかどうか、微妙なところだ。
まっその~、今日は中門岳の下見と考えてここまで来れたのだから、これで良しとしようではないか。と、目標を簡単に引っ込める管理人なのである。
風が強いし寒いし、雨が降れば木道は濡れて滑るはずだし雨が雪に変わったら車を動かせない。下山したらもうひとつの登山口、キリンテを見に行かなければならないし、、、目標を引っ込める理由が次から次へと出てきた(笑)
要は雨が降る前に潔く撤退するのが山の掟なのだ。ここまでのきつい上りでバテたからではないのだよ、と自分に言い聞かせる。


一等三角点らしい。


日光連山がよく見える。日光方面の天候は悪くないようだ。


駒ノ大池まで戻って小屋をバックにパチリ。いいですなぁ、この感じ。
往きは小屋の屋根が見えるところで方向を右に変え、池のほとりを歩いて会津駒へと向かった。


11:07
2棟の建物は山小屋とトイレだった。
オンシーズン中は係員が常駐していて予約で泊まれるらしい。
管理人が汗をかきながら登っていると下ってくる人とすれ違い、管理人が下っていると登ってくる人とすれ違った。それぞれこの小屋を利用した人、する人らしい。それほどこの小屋を利用する登山者が多いということだろうか。


山小屋に隣接するトイレ。
ここも有料制。そして清潔。
山頂あるいは山頂の近くにトイレがあるのはその山を身近なものにする。百名山だからトイレがあるのは当たり前?
いや、そんなことはない。
我が日光は百名山が3座、他に2千メートル峰がいくつもあるが、山頂にトイレのある山などない。山以外に多くの観光資源をもつ日光だからこそのお粗末さといえるが、豊かな自然を多くの人に利用してもらうための、トイレは基本だと思っている。などと関係者の前でこういう話をすると、日光は国立公園だから構造物はNGだとか維持管理するためには莫大な費用がかかるといった、決まり切った答えが返ってくる(と、管理人の想像)。


左前方の草地のようなところが一面、白く見える。
肉眼では見えないし10倍のズームでもこれが限界。
雪なんだろうかそれとも霜?


12:20
水場への分岐。
往きはスルーしたので水場に寄ってみることにした。


12:24
急な下り斜面を下りること数分、水場はこんな感じ。
流れは細いが高さがあるのでペットボトルに注ぐにはいいかもわからない。
ただ場所が登山口寄りなので、往きは不要だし帰りは少し我慢すれば国道で飲物が買えるから活用は登山者それぞれかも。


我が日光でも紅葉が始まっているはずだが混雑を嫌ってまだ観ていない。
ここは色づきが良くないがこんなものなのか、それとも天候不順の影響なのだろうか。


13:31
無事に登山口の階段へ。
このときになって雨がポツポツ始まった。


13:35
駐車場に戻る。
こんな時間に下山してしまうなんて古賀志山でもなかったことだ(^^)
管理人が駐めたのは路肩だがここも区割りされていて5・6台、駐めることができる。この先にもこのような場所がある。
車に乗り込むと雨はかなり激しくなった。山頂で折り返した判断は間違ってなかったようだ。


今日は滝沢登山口から会津駒を往復したのだが、次は会津駒の北にある中門岳を目指したい。
その次は滝沢登山口から登ってキリンテに下り、さらに滝沢登山口へ戻るという会津駒をぐるっと一周するコースを歩いてみたい。
ネックとなるのは自宅から3時間という移動時間だ。これを解消しなければならない。
今日も睡眠3時間という最悪の状態で檜枝岐まで車を走らせたが、睡眠不足は登山に必要な気力と体力を奪いとる。
国道に沿って宿はたくさんあるので睡眠不足は解消できるにしても、次なる問題は滝沢登山口とキリンテを結ぶ国道をどのように移動するかだ。5キロものアスファルト道路を徒歩で移動するのは避けたい。タクシーはもちろんない。バスは一日に4・5本だという。
う~ん、あと数回、現地に通って調査しなければ解決できない問題に思える。
こと山に関しては課題が積もる一方で、本業に身が入らないから困る。


今日のコースを断面にしたのが上の図。
一方的に登って一方的に下るというのは男体山に似て、息をつける場所がないのが難点だ。
救いは駒ノ小屋にさしかかる辺りから視界が開け、雄大な稜線が望めることと、駒ノ大池の美しさだろうか。それでも登りの厳しさに変わりはないが、、、


下山後、滝沢登山口から5キロ尾瀬側にあるキリンテ登山口に行った。
ここは登山道が国道に直結しているので便利だが、駐車場がないのでどうしても滝沢登山口を選んでしまう。
どうすればこの登山口を利用できるのかが課題だ。



キリンテ登山口からの帰路、国道沿の「ミニ尾瀬公園」に立ち寄った。
国道に面して大きな駐車場があり、国道を挟んだ向かい側に施設がある。



檜枝岐川を渡ると管理棟がある。尾瀬に咲く植物などの実物が見られるそうだ。
今日は帰りを急ぐので立ち寄らなかったが、別棟には尾瀬とゆかりのある著名人の作品が展示されているらしい。
詳しいことはこちら



駐車場のトイレを覗いてみた。
なんと公共施設なのにシャワートイレだ。
いまでこそデパートやスーパー、ホームセンターでは当たり前になっているが、ここは公共の駐車場しかも、村営の施設だ。驚くほかに言葉がない。

滝沢登山口から登り会津駒ヶ岳を一周してキリンテ登山口に下りたいと考えているのだが問題は下山後の交通だ。
もしもこの駐車場を上手く利用すれば実現可能かもしれない、とふと思った。
キリンテ登山口に自転車をデポした後、車で滝沢登山口に行って登り始め、キリンテ登山口に下りてくる。今度は自転車をこいで車を置いた滝沢登山口に戻るという方法だ。その反対だと国道が上り坂になっているので自転車は厳しい。
ではこの駐車場はなんのために利用するのか? トイレが清潔なので車中泊するためである。あっ、そう考えると麓の旅館に泊まって同じ方法を採ればいいわけか(^^)



会津駒ヶ岳は言わずと知れた日本百名山である。
深田久弥は昭和11年(1936年)6月にひとりで訪れている。深田久弥33歳のときだ(※)。
国道(当時はどうだったか?)から登山口に通じる橋のたもとに遭難碑が立っているのを深田久弥は目にしている。その碑には大正15年(1926年)の10月19日、霧で道を見失い、おまけに季節外れの雪で2名が疲労凍死したとの記述がある。
深田もまた、登頂後、大津岐峠を経て下山する途中で沢に迷い込み、悪戦苦闘の末に檜枝岐に着いたと書いている。
その頃はまだ登山道は今ほど整備されていなかっただろうから、霧が出たり雪が積もったりすれば見失ってしまうことが容易に想像できる。

『・・・立木も疎らになり、前面に目のさめるような景色が現れた。会津駒ヶ岳の全容である。どこが最高点か察しかねるような長大な山が伸びていて、それがおびただしい残雪で輝いている。会津駒を天馬の疾駆するさまに見たのはその時である。写真を二枚つなぎ合わせても、その全容を収めかねた』、『頂上は、私が今までに得た多くの頂上の中でも、もっとも素晴らしい一つであった。どちらを向いても山ばかり、その山々を名指すことで一時間は素早くすぎた。六月半ばの快晴の日、ただ一人この山に在るという幸福感が私を恍惚とさせた・・・』・・・深田久弥「日本百名山」より。

深田が得た会津駒ヶ岳の雄大さがもたらす感動を、管理人も味わった。
駒ノ小屋までは厳しかったが、下から見上げる駒ノ小屋の斜面はとても素晴らしい。
幸福感が深田を恍惚とさせ、下山で道を見失わせたというのも本当のことのように思える。
樹林帯の切れ目から垣間見える会津駒から大戸沢岳へ延びる雄大な尾根、会津駒を映す駒ノ大池の姿は目に焼きつくほどに美しい。若き深田が恍惚とする気持ちが手に取るようにわかる。

管理人68歳の秋に日本百名山の会津駒ヶ岳に登る。
登山中に亡なった深田久弥の享年と同じ齢に達した管理人である。

※深田久弥選集「百名山紀行」によると、昭和10年(1935年)の誤りであろうとの注釈が付いている。