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60代男二人、花を愛でに会津駒ヶ岳へ。極上の展望と多くの花に出会えた。

2018年6月25日(月)~26日(火) 両日共に晴れ

1日目
滝沢登山口(11:05)~水場(12:41/12:55)~駒ノ小屋(14:33/14:40)~会津駒ケ
岳(15:06/15:20)~駒ノ小屋(16:00/泊まり)
※当初、中門岳まで行く計画だったが思いの外、花が多く、観察に時間がかかったので諦めた。
※歩行距離:7.5キロ

2日目
駒ノ小屋(5:49)~中門岳(6:40/6:50)~駒ノ小屋(8:05)~大津岐峠(10:17/11:05)~キリンテ(12:44)~バス(13:17)~会津駒登山口で下車して車を回収
※4時に起床後、ご来光を期待したが雲が厚くて拝めず。
※歩行距離:14キロ

会津駒ヶ岳は一昨年10月の初登以来、その登りやすさや展望の良さ、どこまでも続く湿原、その湿原に咲く花に魅せられ昨年までで5回も通った。
気に入った山であれば短期間になんども訪れる傾向、というか性癖のある管理人である。
今年になって5月の残雪期そして今回と、勢いは止まらない。
会津駒ヶ岳の魅力を余すところ無くブログに書くため、このブログのタイトルである「春夏秋冬、日光を歩こう!」の主旨から外れてしまうほどだ。

管理人が経営しているペンションの宿泊客(アウトドアを楽しむ人が多い)のひとり、常連のWさんにはことあるごとに会津駒ヶ岳の魅力を語るためか最近になって興味を示すようになった。Wさん、花好きで知識欲旺盛なことにかけては管理人に勝るから、日光にはない花が会津駒ヶ岳で観られるなら行ってみようかということになった。

今年の開花はどの地域でも早い。
昨年は7月9日に管理人単独で訪れて残雪歩きと花を堪能したが、昨年は3月の気温が低くて花は遅め。今年は反対に早いとのことなので2週前倒しの予定を組んだ。
解決すべき問題は東京住まいのWさんとどこで何時に待ち合わせるかということだ。
ペンションに前泊し翌早朝に出発して8時頃から歩き始め、その日は山小屋に泊まって次の日も山歩きを楽しんで、夕方帰途につくようにすれば会津駒ヶ岳をくまなく歩ける。
しかし、ここに大きな問題が浮上する。せっかく二日も歩くのに、下山後に帰ってしまっては反省会というか打ち上げを開く機会がないのだ(^^;)

Wさんが当ペンションに泊まる場合は必ずといっていいほど、管理人と夕食を共にする。もちろん、ふたりの共通の嗜好であるアルコールもだ。
それを計画のどこに盛り込んだら問題は解決するのか?
山小屋でそれを可能にしようとすれば他の登山者の迷惑になる。なにしろ消灯は8時だし、みなさん朝が早いのだ。

Wさんからの提案は一日目は浅草から東武線、野岩鉄道と乗り継いで(実際には乗り換えなしの直通))会津駒ヶ岳にもっとも近い鉄道の駅「会津高原駅」で待ち合わせてその後、会津駒ヶ岳に向かうというものだ。
浅草駅6:22発だから東京住まいのWさんには無理のない時間だし、日光から向かう管理人は7時過ぎに出発すればいいので楽だ。
登山開始は11時と遅くなるが山小屋に泊まる計画であればまったく差し支えない時間である。

でわでわ出発といきましょう。

会津高原駅東京在住のWさんは浅草から特急に乗り、9時22分着の野岩鉄道でやってくる。
それまで少し時間があるので構内の売店を覗いたりトイレに入って時間を費やす。


Wさんと無事に合流し、9時25分に会津高原駅を出発。
途中で腹ごしらえを済ませてここ登山口手前の駐車場に着いた。
計画では11時ちょうどに登山開始だったのでほぼ予定通り。
会津駒ヶ岳に登るのはこれで7回目だが計画の精度がだいぶ良くなってきた。
20台ほどの駐車場だが時間が時間だけに空いてはいないだろうと思っていたが、運良く登山口にもっとも近い特等席に駐めることができた。
会津駒ヶ岳は30日になって山開きとなるのでまだ数日は駐めやすいのかも?


登山計画書をポストに登山計画書をポストに入れていざ出発!
どんな花が観られるのだろうか、楽しみである。


ヤマツツジ最後の最後まで粘るヤマツツジ。


ハナニガナハナニガナ


会津駒ヶ岳の登山道は山頂近くになってようやく展望が開ける。
それまで右左から木々が迫る樹林帯を歩く。が、決して見通しが悪いわけではないし暗いわけでもない。


ウラジロコヨウラクウラジロコヨウラク


ハウチワカエデの実ハウチワカエデの実。
翼を持ち、熟すと風の勢いで回転しながら飛んでいく。


ブナの木管理人が登った福島の山はブナの木が多い。
ブナは樹高が高くまた、葉が小さいためか日差しをよく通し明るい。


クモイイカリソウクモイイカリソウ


ギンリョウソウギンリョウソウ
まだ生えたばかりなのかとてもきれい。


ナナカマドナナカマド


ヤマトユキザサユキザサ
尾瀨広域には3種類のユキザサがあるそうで、これはヤマトユキザサのようだ。


ハウチワカエデの実これもハウチワカエデの実。
熟しているのか赤っぽい。


カラスシキミカラスシキミ


駒ノ水場歩き始めて1時間35分で水場に到着。
急傾斜を下りた大きな岩から水が流れ落ちている。
Wさんはここで水筒に水を満たしに下りていったが管理人は必要量を持参したので補給せず、Wさんが戻るまで体を休めることにした。


40リットルのザック布団付きの山小屋に泊まるとは言え、自炊道具と食料はそれなりに必要である。
今夜の夕食と明日の朝食、昼食それに酒のつまみ、水3リットルで40リットルのザックは満杯になった。


マイヅルソウマイヅルソウは全行程で見られた。


ムラサキヤシオムラサキヤシオ


大戸沢岳進行右(北)に会津駒ヶ岳から続く稜線がよく見える。
中央は5月に行った大戸沢岳。


ゴゼンタチバナゴゼンタチバナ


オオカメノキオオカメノキ


ノウゴウイチゴノウゴウイチゴ(能郷苺)
なんでも岐阜県能郷に由来した名前らしい。


ツマトリソウツマトリソウ


イワナシイワナシ


コミヤマカタバミ開いたばかりのコミヤマカタバミ


ハクサンシャクナゲハクサンシャクナゲ
この色合いを見るとアズマシャクナゲかとも思うが、ここは標高が2千メートル近いことからハクサンシャクナゲに間違いないと思う。


コヨウラクツツジコヨウラクツツジ


ハクサンシャクナゲハクサンシャクナゲ
実に美しい。


木々の間から今夜の宿泊場所、駒ノ小屋が見えてきた。


ハクサンコザクラ今回の目的であるハクサンコザクラと出会えた。会津駒ヶ岳を代表する花だ。


ワタスゲの花ワタスゲの花
真っ白な穂になるのはまだ数日、先になりそう。


傾斜湿原樹林帯を抜けると目の前に傾斜湿原が広がり、その先に駒ノ小屋が構えている。


ショウジョウバカマショウジョウバカマ


駒ノ小屋歩き始めて3時間28分で駒ノ小屋に到着。
残雪の時期でさえ3時間で来るのに30分も余計にかかった。
そのはずでここに来るまでの間に写真を200枚も撮っているのだ。


駒ノ小屋からこれから登る会津駒ヶ岳を眺める。
駒ノ大池はまだ半分、雪に覆われている。


ミツバノバイカオウレンミツバノバイカオウレン
図鑑で調べるとこの花は至仏山にしか生育していないらしいので管理人が第一発見者か(笑)


駒ノ小屋と中門岳との分岐駒ノ小屋から中門岳に向かうと分岐するので会津駒ヶ岳はここを右へ入る。


ベニサラサドウダンベニサラサドウダン


ショウジョウバカマショウジョウバカマ


キヌガサソウキヌガサソウ


会津駒ヶ岳登~頂~!
歩き始めてちょうど4時間。管理人7回目の会津駒ヶ岳である。


サンカヨウ咲いたばかりのサンカヨウ


ツバメオモトWさんがとても貴重な花を見つけた。
ツバメオモトだ。
日光では非常に珍しい植物だがここでは普通に咲いているのが驚き。


エンレイソウエンレイソウ
直径30センチはあろうかという大きな葉の上に地味で小さな花を咲かせる(画像は実になった状態)。


ツマトリソウツマトリソウ


駒ノ小屋駒ノ小屋に戻ってきた。
今夜はここにお世話になる。


ハクサンコザクラ小屋近くのハクサンコザクラ


まだ早い?
いいえ、山小屋の消灯は8時。
その前に夕食を済ませておかないといけない。
小屋前のテーブルでWさんと向き合い今日、出会った花たちに感謝をこめてまずは乾杯。
そして明日、出会うであろう花たちに敬意をこめてもう1本、さらに1本。


今夜の宿泊客はわれわれをいれて8名と少ない。
他の登山者が夕食を終え寝室へと移動したのを見計らい、気温が下がった屋外からわれわれも自炊室へ。


大戸沢岳の向こうが橙色に染まってきた小屋番(管理人)さんによると日の出は4時18分とのこと。
朝日を拝むため4時に起きて外で待機すること20分。
大戸沢岳の向こうが橙色に染まってきたが雲に覆われて残念ながら陽は上らず。
とはいえ、このような光景を拝めたので良しとする。
さあ、今日はこれから中門岳まで足を延ばし、それから大津岐峠を経由してキリンテに下る予定だ。どんな花が観られるか楽しみ。


会津駒ヶ岳に向かう自炊室で朝食を済ませ、半分雪に覆われた駒ノ大池の上を歩いて会津駒ヶ岳に向かう。


シャクナゲのつぼみシャクナゲのつぼみ


昨年は雪解け時期になっても気温が上がらず、7月でも厚い残雪に覆われていた。それより10日も早いが今年はだいぶ少ない。


ショウジョウバカマショウジョウバカマ


イワナシイワナシ


早朝の中門池早朝の中門池。


最後の池塘木道の終わり、最後の池塘である。
地図ではここがもっとも標高が高く、実質的な中門岳となっている。


ミツバオウレンミツバオウレン


イワカガミこれから咲こうとするイワカガミ


ワタスゲワタスゲ


大津岐峠への稜線振り返ってこれから向かう大津岐峠への稜線を眺める。
ほれぼれする。


駒ノ小屋に戻り軽量化のためにデポしておいた荷物を受け取り、これから花を探しながら大津岐峠へ。


イワカガミイワカガミ


ゴゼンタチバナゴゼンタチバナ


アカモノアカモノ


ミツバオウレンミツバオウレン


シラネアオイ今回の花旅の目的、シラネアオイ。
名前の由来となった日光の白根山ではシカの食害にあって柵で保護しているというのに、ここでは道ばたで見られる。


イワウチワイワウチワ


ハクサンチドリハクサンチドリも多い。


ムラサキヤシオムラサキヤシオ


ジョウエツキバナノコマノツメジョウエツキバナノコマノツメ
「上越黄花の駒の爪」と書くそうだが説明するのが大変ななんとも凄い名前である。


シラネニンジンシラネニンジン(たぶん)


コケモモコケモモ


大津岐峠へのハシゴ大津岐峠への稜線は、緩やかな湿原が続く中門岳への稜線と正反対で岩場が多い。なかにはこのようなハシゴで岩場をクリアしなくてはならない。


シラネアオイシラネアオイ


イワイチョウイワイチョウ


う~ん、わからない。
花や葉っぱの特徴をもっとよく見るべきであった。


ミツバオウレンミツバオウレン


オオカメノキオオカメノキ


ベニバナイチゴベニバナイチゴ


遠方に燧ヶ岳遠方に燧ヶ岳が見える。


ミヤマエンレイソウ花が終わって実になっているが、萼片が緑色なのでもしかするとミヤマエンレイソウ?


ハクサンコザクラハクサンコザクラ
ここでは小群落になっていた。


大津岐峠大津岐峠に到着。
昭文社「山と高原地図」に記載されている時間だと90分だが2時間を超えた。
今朝は5時前の朝食だったのでここで昼メシとする。
管理人はコンビニで買ったランチパックとバナナ、Wさんは袋麺。
さて、これからの行程について考える。
ここから駒ノ小屋に引き返して滝沢登山口に下れば車に乗って帰ることができるが、御池またはキリンテに下山すると路線バスで戻らなくてはならない。路線バスの本数は少なく、乗り遅れると次のバスまで2時間も待つことになる。
昭文社「山と高原地図」によれば御池までは3時間半、キリンテへは2時間20分。ここを11時に発つとして、今から間に合うバスは御池だと14:40発、キリンテだと13:17発なので、標準時間で歩けばどちらも間に合う。
下山したら日光に戻ってWさんと打ち上げを予定しているので帰宅は早いほうがいい。
よっし、13:17のバスに乗ろう。


コバイケイソウキリンテに2時間20分で下山するためには写真を撮る時間を惜しまなくてはならない。
昨日から今日にかけて観た花は割愛してどんどん進もう。
とはいうものの、花が目につくとどうしても撮らずにいられない(笑)
もうすぐ咲きそうなコバイケイソウ。


マイヅルソウマイヅルソウの群落


キリンテへの道キリンテへの道はなだらかで歩きやすい。


ヤグルマソウヤグルマソウ


バスに間に合うよう時間を気にしながらの歩きだったので登山道を歩くには早足だった。
キリンテまで30分という表示を見つけ、バスには十分間に合うことがわかったら急に気が抜けて失速。いつものペースでのんびり歩くことにした。
俊足のWさんはおそらくキリンテに着いていることだろう。


キリンテ沢苔むした岩の間を流れるキリンテ沢


車道が見えてきたらこのルートも終わる。


キリンテ登山口ほどなくキリンテに到着。


滝沢登山口までバスで戻るバス停は「白樺キャンプ場」の前。
ここでバスに乗り「会津駒ヶ岳登山口」で降りるわけだが、車はさらに20分歩いた駐車場に置いてある。


天上の楽園、田代山湿原でワタスゲを堪能してきた。

2018年6月22日(金) 晴れ

猿倉峠(11:32)~田代山(12:59)~弘法大師堂(13:25/14:00)~猿倉峠(15:17)
※距離:6.4キロ

当初の予定
猿倉峠(9:00)~田代山(11:10)~弘法大師堂(11:25)~帝釈山(12:45)~弘法大師堂(14:10)~猿倉峠(15:45)

福島県の山へ行くのに管理人がもっともよく利用するのが国道121号線を北上して会津田島で352号線に乗り換えるというルートである。会津駒ヶ岳に登るのに便利だ。
距離は120キロもあるが自宅から2時間40分で会津駒ヶ岳の登山口に着く。決して楽とは言えないが、それは管理人が日光の山の利便性に慣れてしまっているからであろう。他県の山に登るのだから贅沢は言えない。

とはいえ、欲深い管理人のこと、もっと短い時間で福島の山に行けないだろうかと地図で探したところ、、、あった(笑)
地図によると日光市土呂部(どろぶ)から北へ向かって延びている道が2本ある。1本は田代山と帝釈山の登山口になっている猿倉峠を経て南会津町で国道352号線に合流する。もう1本は帝釈山と台倉高山の登山口である馬坂峠を経て檜枝岐に通じている。
国土地理院地図では前者は県道350号線、後者は軽車道の扱いとなっている。

一昨年の9月、福島県境の山が中央分水嶺になっていると知って興味を持ち、そのうちのひとつ帝釈山に登ってみることにした。そのときに利用したのが県道350号線なのである。土呂部から先は未舗装でとんでもない苦労を強いられたが初めて利用する道路ということもあって、半ば楽しみながら走った記憶がある。→田代山と帝釈山(2016/09/15)

帝釈山に登るには猿倉峠から歩き始めて田代山を経由する。
その田代山は全体が高層湿原になっていて雪解けから夏にかけて一面、湿原特有の花で埋め尽くされるのではないかと想像した。
それを確かめたくて今日、訪れることにした。

県道350号線は通行止めぐわ~ん!!
いきなりこれだ(笑)
猿倉峠への県道350号線はゲートが閉じられ「冬期豪雪につき」の立看が、、、
雪はとっくに解けているし、大雨による災害にも遭っていないのに通行止めとは理解できないが、これでは先へ進めない。

※後日わかったのだが、道路を管理する日光土木事務所のホームページには7月20日まで通行止めとあった。工事をしているわけではなく、通年、その期間みたいだ。
だけど、よほどのことがなければ土木事務所のホームページなんか見ないよなぁ。


馬坂林道も通行止め出鼻をくじかれたので、ではもう1本別の道、檜枝岐へ通じる林道はどうかと車を走らせたところこちらも同様、通行禁止であった。
福島県側から猿倉峠そして馬坂峠へ行く道は問題なく通れるのに栃木県側からだと通行禁止になっていることに、その違いが釈然としないが事実を受けとめるしかない。
時間はまだ早い。天気もいい。
こうなったらゲートを突き破ってでも田代山に行ってやる、というのは冗談だが急がば回れだ。国道121号線まで戻って会津田島で352号に乗り、舘岩で県道350号線を南下して猿倉峠まで走ろう。


大回りして猿倉峠へ福島県側の道(県道350号線)は整備が行き届いていて危険はない。
ただし、未舗装路なので時間がかかる。
閉じたゲートから2時間40分かかって猿倉峠の登山口にたどり着いた。ざっと数えて15台ほどの先着があった。
駐車場はこの手前にもあり、そこにはトイレ(チップ制)まである。
管理人、福島県の山はまだ経験が浅いが、会津駒ヶ岳には登山口にも山頂付近にもトイレがある。この山もそうだ。
山に人を迎える市町村の対応が栃木県とはずいぶん違っているように思える。


田代山まで2キロ田代山まで2キロとあるので2時間みておいたほうがいい。
ということは今日は帝釈山は諦めか。


登山届けを持参したが投函口は閉じられていた。
隣の窓口にパンフレットが。


いきなり階段猿倉峠登山口から田代山への道はいきなり階段から始まる。


ベニサラサドウダンベニサラサドウダンが見ごろ。


ゴゼンタチバナゴゼンタチバナ


木の階段倒木したと見られるダケカンバで作られた階段が続く。


マイヅルソウマイヅルソウ


山頂まで1キロ、1時間とあるから時速1キロで計算した妥当な表示。


ベニサラサドウダン見事なベニサラサドウダン


明るい樹林帯明るい樹林帯


高原山が見える南東の方角に高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)。


南には日光連山が南には日光連山が見える。

まもなく小田代木道が出現し、まもなく小田代(こたしろ)。


ワタスゲつ、ついにワタスゲがおでまし。
ワタスゲはこの真っ白、フワフワを見て感激するのが一般的だが、これは花後の実で、花はいたって地味。
花はこちらを。


タテヤマリンドウタテヤマリンドウ?


コバイケイソウコバイケイソウはまだつぼみ


この先、ワタスゲの群落が見られそうな予感。


ワタスゲのアップワタスゲのアップ


小田代(こたしろ)小田代に到着
規模は小さいながら立派な湿原。


ヒメシャクナゲヒメシャクナゲ
奥日光・戦場ヶ原でもここ数年、株が増え、木道から見つけることができる。
ただし、背丈10センチほどの大きさなのでそのつもりで探さないと見つからない。


イワカガミイワカガミ


再び急登小田代はすぐに終わり、再び急登するようになる。


高原山明神ヶ岳(中央左)と高原山(中央右)


イワカガミイワカガミ


視界が開けると田代湿原林間を抜けると視界が開け、そこが田代山湿原である。
木道は湿原を一周するように敷設され左回りの一方通行になっている。
さあ、どんな花が見られるのでしょうか?


モウセンゴケ湿原特有の植物、モウセンゴケ。


弘法沼池塘のうちでもっとも大きい弘法沼。


弘法沼弘法沼


田代山山頂田代山山頂


モウセンゴケこの辺りはモウセンゴケの天下である。


ものすごい数のワタスゲものすごい数のワタスゲ


チングルマ尾瀨ではお馴染みのチングルマ


コバイケイソウコバイケイソウ


ワタスゲがびっしりワタスゲがびっしり


イワカガミイワカガミ


木道を半周すると分岐になるのでここで湿原を抜け出して帝釈山に向かうと、、、


トイレがあるすぐ休憩ポイントに出る。
と、そこにこぎれいな建物がある。トイレである。
山の中腹あるいは山頂にトイレがあるなど日光では考えられないが、福島県(管理人が行ったのはまだ少数だが)では尾瀨を筆頭に会津駒ヶ岳も途中にトイレがある。
国立公園という位置づけは日光も尾瀨も同じで環境省の管理下だが、どうしてここまで違うのか?
実際に管理しているのは市町村だと思うが、山に人を迎え入れる体制(考え方)の違いとしか考えられない。


トイレ脇のテラストイレ脇にある清潔感溢れるテラス。


トイレはチップ制トイレはチップ制で100円を求められるが山の中にトイレがあるのはとてもありがたい。
女性の登山者が多いのもこういった設備のおかげなのであろう。
トイレの床は泥汚れなどはなく、素足で歩いても違和感がないほどキレイ。


トイレ内部そのはずでこのような仕組みになっているのだ。
家庭で使う倍の大きさのスリッパ。靴のまま履く。


帝釈山へは1.9キロ帝釈山まで1.9キロ、2時間の道のりだが今日はとっくに諦めている。
その分、ここでゆっくり休憩しよう。


ミツバオウレン休憩所脇にミツバオウレン


弘法大師小屋トイレに隣接した弘法大師小屋。緊急時の避難小屋である。


中には弘法大師像中には弘法大師像が祀られている。
床にはゴザが敷かれ、ゴミひとつ落ちていない。
日光の避難小屋(唐沢小屋、五色沼避難小屋)のように登山者の残置物はなく、清潔。
ちなみにトイレと避難小屋の維持管理は行政(たしか南会津町?)が人を雇っておこなっている→こちらを


木道の分岐まで戻って残りの木道を歩いて戻ることにしよう。


凄いものだなぁ。このワタスゲ。今が盛りのようだ。


このルートは所々、このような平坦路があるものの多くは急傾斜だから油断はできない。


小田代に到着小田代に到着


咲いているコバイケイソウ咲いているコバイケイソウ発見


ベニサラサドウダンベニサラサドウダン


コケモモコケモモ


水場登山口近くまで降りてきて水場に寄ってみた。
持参した飲み水は十分、残っているが山の水を見つけるとどうしても飲みたくなるというもんだ。


無事に下山登り始めて3時間45分、無事に下山。


オサバグサ祭り今日は行けなかったが帝釈山は毎年6月初めから半ばまで、オサバグサ祭りというのをやっていて登山者をもてなしている。このテントはその名残りではないだろうか?


今年初の会津駒ヶ岳は大戸沢岳まで残雪の縦走を楽しむ。

2018年5月11日(金) 快晴 気温20度

滝沢登山口(6:55)~水場(8:14)~駒ノ小屋(9:30)~駒ヶ岳(9:51)~大戸沢岳(11:30)~駒ノ小屋(13:25)~水場(14:20)~滝沢登山口(15:33)
※歩行距離:15.4キロ
※所要時間:8時間50分(休憩多数)
※累積標高:1386メートル

残雪と新緑と花が5月の自然界のキーワード。
これをどのような順序で巡るかによって満足度が決まってくる。
管理人がいま、もっとも欲しているのは残雪なんである。
陽光降り注ぐまだ厚く積もった雪の上を歩く、あの独特の感触は、一度味わってしまうと身体に忘れることができない快感をもたらす媚薬といえる。

この時期、日光の山で残雪を楽しめるのは白根山と女峰山だが、欠けているものがある。
それは樹林帯が長くて陽光降り注ぐというわけにはいかないことだ。木々に遮られて景色が見えないのはいただけない。それと、傾斜が厳しい。傾斜が20度もあるとすぐ目の前に見えるのは地面であり、景色を眺めながら歩くという体勢をとることができない。

あぁ、快感を得たい! 癒されたい!
という強度の欲求によって突き動かされ、好展望を得るために今年最初の会津駒ヶ岳を目指した。一昨年の10月から数えて6回目、檜枝岐に行くのはこれで通算9回目。日光の山を歩くよりも密度が濃い。
一点集中主義の管理人としては古賀志山にも那須にもそして、檜枝岐にも住まいを構え毎日、山に登りたいほどだ(^^;)

管理人にはすっかりお馴染みになった会津駒ヶ岳の入口にある階段。
ここが登山口になっていて登山届けはここにあるポストに投函する、、、はずなのだが、あれれっ、ポストがない。撤去されている。理由はどこにも書いていない。
山開き(6月30日)前なのでまだ取り付けていないのかそれとも、別の理由でもあるのだろうか?
まっ、ポケットに入れておけば万一のことがあっても身元はすぐにわかるだろう。


階段を上がるといきなり急登になるのが会津駒ヶ岳の厳しいところ。
ウォーミングアップの余裕を与えてくれない。
しかし、これも少しの辛抱である。


ここは標高1550メートル。
ブナの新緑が美しい。


ムラサキヤシオでしょう、たぶん。


タムシバ。
田虫葉と書くそうです。


現在地を国道からの距離と山頂までの距離で表す木の柱がいくつもあって、おぉ、もうここまで来たか。なに、まだこんな所を歩いているのか、とその日の体調によって感じ方が違ってしまう。


うむ、雪だぞ。
だが残雪ではない。ここ数日のうちに降ったものらしい。
それにしても雪が少なくないか、昨年は12日に来ているから一日しか違わないがもっとあった印象だ。


標高1640メートルの水場まで来てようやく、雪らしい雪になった。


ここでチェーンスパイクを装着しこれからの傾斜に備えることにした。


水場を過ぎると広い尾根になる。
先ほど見たブナの新緑から標高で100メートル上がっただけなのにここのブナは芽吹いたばかりだ。


ネズミかなぁ?


雪が締まって歩きやすい季節ということもあって登山者もそれなりにいて踏跡はしっかりついている。迷うことはあり得ないのだがときどき、地図とGPSに表示される緯度経度で現在地を確認するのが管理人の登山スタイルになっている(赤い×印)。
こうすることで地図上の傾斜(等高線の詰まり具合)が実際にはどれくらいなのかが体得できるようになる。すると今度は実際の地形から現在地がなんとなくわかるようになり、好循環が生まれる。


樹林帯を抜けるとルートの北に会津駒ヶ岳から続く緩やかな稜線が顔を出す。
稜線の端は大戸沢岳、今日の縦走の折り返し点である。


はるか南に白根山が見える。


傾斜は一段と緩くなり、残雪歩きの醍醐味が楽しめる。
尾根は広くとても歩きやすい。
アップダウンばかりで危険が伴う女峰山とは大違い。会津駒ヶ岳は実に安全でいい山だ。


南に群馬県の山並みが見える。
中央に見える左が切れ落ちた特徴的な山は、机上で調べると四郎岳らしい。


尾瀨を象徴する燧ヶ岳。
その先鋭的な姿はどこからでもよく見える。



50メートル間隔で赤いポールが立っている。
実はこれ、ホワイトアウトになったときの目印となっている。
昨年はこのおかげで助かった。
昨年5月12日の同じ場所。
霧で10メートル先が見えなかったがポールを辿っていったら無事に駒ノ小屋にたどり着けた。→昨年の様子


この斜面を登り切ったところが山頂直下の駒ノ小屋。
雪が消えるとここに湿原が出現する、って別にダジャレているわけではありませんが、その美しさは格別なものがある。
画像は昨年8月のもの。ほぼ同じ位置。


駒ノ小屋に到着。ここまでゆっくり歩いてちょうど3時間だった。
2棟の建物のうち右が宿泊棟で左は有料のトイレ。
雪の厚みのせいでここからだと小屋の屋根しか見えないが雪のない時期、木道の両側に広がる湿原の向こうにこの小屋が見える場所まで来ると、その景色の美しさに感動する。


山小屋の前から会津駒ヶ岳を見上げる。
雪があるうちはあの斜面を登って山頂に達するが、夏道は左斜面の樹林帯を行き、途中で山頂に向かって急登するようになっている。
なお、手前の雪原の下には駒ノ大池という実に良い感じの池塘が雪解けを待っている。
そして、ここに至るまでと会津駒ヶ岳、その先の中門岳一帯は湿原で花の宝庫なのである。


視線を右に転じるとこれから向かう大戸沢岳へのなだらかな稜線が目に入ってくる。
実に美しく歩きやすそうな稜線である。


目を左(南)に向けると燧ヶ岳が堂々とした姿で構えている。


駒ノ小屋で眺めを楽しんだのでこれから冬道(雪原)であの山頂へと向かうことにする。


夏道は木道が敷設されているが、木道は段差があったり傾いていたりで歩きにくい。それに濡れていると滑って転倒の危険があるが、直登可能なこの時期は実に楽だ。20分弱で到着。


山頂のコメツガに雪が付着して海老の尻尾が見られた。


ゆっくりしている間もなく今日の折り返し点、大戸沢岳へ向かう。
ここから見ると3つのピークが目に入る。
右はピーク2098、中央が大戸沢岳、左は三ッ岩岳である。
管理人がメンバーになっているフェイスブックで知り得た情報によると、会津駒ヶ岳からあの三ッ岩岳まで縦走できるそうだ。ただし、夏道はなく雪が積もっている期間だけらしい。それに距離が長いため、よほどの健脚でないと無理とのことだ。ピストンすると距離が倍になるため、三ッ岩岳から先は夏道を辿るのが常とう手段になっているらしい。
管理人、今日はとりあえず大戸沢岳を往復してみて、来るべき三ッ岩岳縦走への足がかりとしたい。


コメツガの樹林帯の間を縫うようにして進む。


樹林帯から三ッ岩岳を見上げる。
地図から推定すると大戸沢岳から直線距離で3キロもある。
アップダウンが緩やかなのが幸いで、1時間から2時間と見た。
登山口から会津駒ヶ岳まで3時間半、会津駒ヶ岳から大戸沢岳まで60分として、登山口から三ッ岩岳まで5時間半から6時間半というのが管理人の見積もりである。三ッ岩岳から先は約5キロ。下る一方なので2時間として合計7時間半から8時間半。
日帰りでやってやれないことはない。
しかし、相手は自然のこと、どんな困難が待ち受けているかわかったものではない。
あと1・2回は調査を兼ねた山行が必須だと思う。


なるほど、雪が積もっている間にしか歩けないという理由がはっきりわかった。
この雪が消えるとどうなるか、想像できる。
木々の枝は地面に近いほど長い。笹も茂っていることだろう。雪が消えると歩けないほどの藪と化すのだ。


藪の南を踏跡に沿ってトラバースしながら山頂へ向かったが、実はここは怖い場所だ。
尾根上ではなく右側に谷が見える斜面を歩いているのだ。木々がないから足を滑らせたら谷底まで止まらない。
なぜこんな危険な場所を歩くのかというと、左に見える樹林帯が密であるため歩くことができないのであろう。

昨年の1月、ここから北東2.5キロ地点でBCスキーヤーが斜面を滑落して行方不明になっているという事故を地元のWEBニュースで知った。→福島民友のスクリーンショット
滑落したと思われる地点を地図で確認すると、中ノ沢が流れる辺りで登山道には絶対になり得ないほど厳しい斜面だ。それだけに新雪の上を滑るのは格別の面白さがあるのだろう。
その後の5月、登山口に近い民宿に世話になった際に事故のことを聞いたところ、滝壺で亡くなっているのが発見されたとのことだ。


危険地帯を脱してなだらかな場所に出た。
地図の通り広いピークになっているのでここが大戸沢岳(2089m)であろう。
会津駒ヶ岳から約50分。大きなアップダウンもなく苦労なし(危険はあったが)で来てしまった感じ。
コメツガが茂ってはいるものの広い山頂をぐるっとひとまわりしてみたが、眺めは会津駒ヶ岳に匹敵するほど素晴らしい。山名板は見つからなかった。


ここからも燧ヶ岳がよく見える。


これは日光連山なのかなぁ?


景色を眺めながらゆっくり昼メシを食べ折り返すことにした。
まず目に入ったのが会津駒ヶ岳から中門岳に向かう、こちらもなだらかな稜線である。稜線の脇すべて湿原という、素晴らしい環境を携えている。


そこだけ雪が地面に吸収された一帯があった。
おそらく湿原なのであろう、ワタスゲの花が咲いていた。


雪に埋もれたシャクナゲ。
想像だが、雪が消えるとたくさんのシャクナゲが出現するのであろう。
ちなみにシャクナゲは藪として手強い相手の代表である。


会津駒ヶ岳へと向かう上り斜面。


会津駒ヶ岳の山頂が見えてきた。
傾斜は10度前後と緩い。
が、ここで邪(よこしま)な考えが頭をもたげた。
大したことのない斜面だが山頂まで行かず、ここを左に巻いて駒ノ小屋に向かってみてはどうだろうか、と。
決して時間を短縮したいわけではなく、会津駒ヶ岳の山頂を通らずに駒ノ小屋へ行ってみるのも面白い、ただそれだけの理由である。


50メートルほど歩いただろうか、滑ったときに受けとめてくれる木々はなくなり、谷底が見えるような場所に来た。なんとまぁ、けっこうな急斜面ですこと。万一、滑ったら止まらないこと必至。
樹林帯の最後の木のところでチェーンスパイクをアイゼンに替えて、2・3回キックしてはステップを作るを繰り返しながら慎重に歩いたのはもちろんである。
あ~、怖かった!


危険地帯を通り抜けると尾根は広くなり、駒ノ小屋が見える位置まで来た。
自ら墓穴を掘り、時間がかかってしまった。


小屋前の露出した木製ベンチに腰をかけ、下山の準備に取りかかった。
来たルートをそのまま戻るだけのことなのだが一応、地図で地形の変化を確認しておく。
すると、あぁここは地図のあそこ辺りだなということがわかってくる。


水場まで下ってアイゼンを外した。
気温の上昇で雪解けが進み、登山道を雪解け水が流れている。水は地面とその上の雪のすき間に吸い込まれていき、雪を解かす。それを繰り返しながら次第に地面が露出する。


オオカメノキ


ムラサキヤシオ


ハウチワカエデの若葉。
遠目に見るとまるで紅葉しているかのようで美しい。


終わりに近いトウゴクミツバツツジ


登山口の階段に到着。


駐車場にはまだ6台ほど駐まっているがこの時間に下山する登山者はおそらく管理人が最後であろう。
他は小屋泊まりの人の車である。


オマケの写真

御池湿原のミズバショウ

翌日、栃木県境の帝釈山と田代山に登るつもりで林道を馬坂峠へ向けて走らせていたところ、カーブに雪が堆積していて先へ進めず、馬坂峠のすぐ手前で引き返す結果となった。
う~ん、読みが甘かった!
ではどうしよう?
時間も遅くなってしまったのでどこか軽く歩ける所へ行って時間をつぶそう。
実は今日、12日は村の祭事である檜枝岐歌舞伎が上演されるのだ。
今回の檜枝岐入りは会津駒ヶ岳に登るほかに歌舞伎を観るのも目的だったのである。
15時には下山して温泉でサッパリして、夕食を済ませて18時の入場開始に間に合わせたい。

代替えとして選んだのが尾瀬御池の湿原めぐりである。
尾瀨は尾瀬ヶ原に代表される湿原の宝庫である。
地図で見ると名前のついている湿原が20ほどある。名前のついていない湿原もたくさんある。
これらのうち、もっとも手軽に回れる場所として御池から三条ノ滝へ向かう登山道に点在する湿原を歩いてみようと考えた。


ミズバショウのアップ


田代湿原のワタスゲ


この時期、重装備必須の尾瀨を歩くにはまだ早いのだろう、御池駐車場は週末にもかかわらずガラガラだった。
登山靴やスパッツを地面に広げて乾かす。
昨日、村の売店で買ったロックアイスが溶けないうちにと、持参したポーションタイプのアイスコーヒーを作って2杯、続けて飲んだ。昨日の喉の渇きがまだ続いていたらしい。
10日からのゴミを車内から集めてルーフボックスに移動。温泉に行くのに着替えを用意するなどして1時間が過ぎた。
これから燧ヶ岳に登るのだろうか、山スキーをザックにくくりつけた10名ほどの団体が登山口を探していた。昨年よりも雪が少ないようだがスキーの出番はあるのだろうか?

さて、檜枝岐歌舞伎が始まる前に夕食を済ませておく必要があるのだが、今夜はなにを食べようかな?


檜枝岐歌舞伎が上演される舞台への参道。


その昔、お伊勢参りに行った村人が歌舞伎をみて、これを村で上演できれば村人が喜ぶであろうと始め、270年以上も受け継がれている伝統芸能である。以来、村の娯楽として、年に3回上演される。
演出と演技は村民および村民OBによるものだそうだ。県指定の重要無形民俗文化財になっている。


午後8時半を回って参道を戻る人々。
地元の人はそれぞれ家に、観光客は旅館や民宿へ帰っていく。


南会津・花三昧の旅、3日目は三ッ岩岳へ。広大なブナ林を楽しめたが霧に泣いた。

2017年8月3日

小豆温泉(7:00)~旧道分岐(9:10)~三岩小屋(11:02)~三岩岳(11:59)~三岩小屋(13:08)~旧道分岐(14:16)~小豆温泉(15:44)

3日目を迎えた。
今日、帰宅するが宿の窓から見上げる空は青い。
この二日間、天気に恵まれなかったので今日の青空は貴重だ。
山歩きで欲張るのはケガの元だがそこのところは慎重を期せばいいだろう。ぜひとも最後の一日を無駄にしないようにしたい。

さてどうしよう。
などとわざとらしいことは言わない。
行き先はすでに決めてある。「三ッ岩岳」だ。
登山口が日光へ向かう国道沿いにあって、帰宅日に登る山としてこれほど適している山はない。


昨晩お世話になった会津駒登山口にある民宿「こまどり」。
会津駒に登る登山者でほぼ満室だった。
お上とご主人に別れを告げてこれから三ッ岩岳へ。


三ッ岩岳の登山口となる小豆温泉スノーシェッド(斜面からの落雪が道路を塞がないようにするための開放式のトンネルのようなもので、国道にはいくつもある)の脇に車を駐めた。


登山口はスノーシェッドの出口(入口ともいう)にある。


気になったのはこの案内板だ。
なんとも気にかかる注意書きだ。
実は今日のルートを計画するにあたっては昭文社「山と高原地図」のエリア外なので、昨年発行されたヤマケイ「新・分県ガイド(改訂新版)」を参考にした。
それによるとここから歩き始めて沢をいくつか渡り、旧道と出合ったら山頂へ向かうとある。
どう見ても案内板の方が古いのでガイドブックにしたがってここから歩き始めることにしたのだ。


ガイドブックにしたがってスノーシェッドの上に乗り登山口を目指す。
貴重な体験をしているわけだが滑り落ちそうな傾斜なのでこわごわ歩く。


ガイドブックの通り、階段が見つかった。


おぉ、前途を象徴するかのようだ。
だが、これがガイドブックに紹介されている新道なのだ。自信を持って歩こう。


藪を抜けるとブナが待ち受けていた。


橙色のキノコ。
これはタマゴダケ、タマゴタケと濁らないのが正しいらしい。が開いたもので食用になるそうだ。


沢と出合った。
ガイドブックによるとここを渡渉するらしいが川幅が広く、ジャンプしなくてはならない。
地形的に助走ができないのでその場から飛ぶしかないが、大丈夫かなぁ。


短足ながらも向こう岸に飛び移ることができ、これで第一の難関はクリアしたことになる。
この後、どんな試練が待ち受けているのだろうか?
こんな藪なのかそれとも崩落地なのか?


ヨツバヒヨドリ


オカトラノオだろうねぇ、たぶん。


これが先ほどのタマゴタケが生まれてすぐの状態(?)
このトマトのような部分が開くと先ほどの画像のように普通のキノコの傘になる。
さらに驚くことにこのトマトは卵状の殻に包まれて地面から生えてくるのだ。それが名前の由来らしい。
あまりにも神秘的なので検索してみるとタマゴタケの生態を解明(笑)したウェブサイトが見つかったので紹介しておく→こちら


あまり楽しんでばかりもいられない。
このルートは昨年発行のガイドブックには紹介されているものの、初っぱなから藪を歩かせられたり渡渉を強いられたりと難易度が高いのだ。
この先、どんな難関が待ち受けているかわからない。心してかかろう。


名前のわからない花。


これはノリウツギ


ホツツジ
花がどんどん出てくるが、知ってる花ばかりなのであまり新鮮味は感じない。


藪から解放されてごく普通の道になった。


う~ん、オオバギボウシかなぁ?


遠目にマルバダケブキかと思ったが花の付き方と葉っぱの形が違う。
オタカラコウですね。


これはキンコウカ(金黄花)。
この二日間でよく見た花だ。


このルートには小さい沢が数本流れている。
沢と出合うたびに飲んだり手ぬぐいに水を含ませては汗を拭ったりした。


前述したガイドブックに「旧道分岐」と書かれた地点と交わった。
ガイドブックには管理人が歩いて来た道が現在使われていて、出合った道は旧道と書かれている。が、実際には違っている。
管理人が歩いた道は廃道寸前で、部分的に藪になっている。危険な箇所もあった。
登山口のスノーシューシェッドにある注意書きのほうが正しいようだ。


ここまで来るのに2時間を超えた。
三ッ岩岳までまだ3.3キロ、さらに2時間はかかりそうだ。なかなか手厳しい山である。


マイヅルソウが実になっている。


おっと、これは一体、、、だれかアクセサリーでも落としたのか?
白い球がふたつ並んで、まるで目玉のようだ。黒目が出目金(金魚の種類)のように飛び出している。
う~む、奇っ怪な!!
拾って災いを呼ぶのもいやなのでそっとしておこう。


ツルアリドオシ
なんとも地味~な花だ。蔓蟻通というのが和名だそうだ。


木々にシラビソ(オオシラビソ?)が目立つようになった。
地面はかなり水を含んでいる。


モミジカラマツ


日光でもよく見るギンリョウソウ。
種明かしをすると、先ほどの白い目玉はこれの実なのだ。
実も奇っ怪だが花も奇っ怪。


標高が上がったためか咲いてるマイヅルソウもあった。


シダ、苔の生えた倒木、コメツガにシラビソ。地面はジュクジュクし、靴が沈み込む。


予想外だがハクサンコザクラがあった。


イワイチョウも


そう、猫の額ほどだがここは湿原なのだ。名板は見あたらない。


足下にハクサンコザクラを見つけたのでしゃがんで撮る。


ツボスミレ


モミジカラマツ


道は窓明山へと分岐し、そこに避難小屋があった。
丸太を組んで造った立派な小屋だが内部はアルミの脚立が置かれていたりあちこちにロープがかかっていたりで決してきれいとは言えなかった。


アカモノ


ハナニガナ


この辺りから霧が立ちこめるようになり山頂からの眺めは期待できなくなった。


ミツバオウレン


あれが山頂かな?


イワカガミだが枯れ始めている。


ふう、ようやく山頂だ。
歩き始めて5時間近くかかった。
ガイドブックに記載されている標準時間は3時間55分になっているので1時間もオーバーしている。
花を撮る時間が長いとはいえ、1時間オーバーとはガイドブックとの乖離が甚だしい。
やはりガイドブックに紹介されている廃道寸前の道を歩いたのが大きな理由だろう。


山頂からの展望はいいと書かれているが濃い霧で望めない。
周りを見回す気持ちもなく、昼食に取りかかった。
自宅を立つ前の日にコンビニで菓子パンを調達したが日数も経過したので車に置いてきた。
代わりは民宿で作ってもらったオニギリ弁当だ。食欲をそそる。
山での食事として菓子パン以外は久しぶりだ。
海苔とシソに包まれたおにぎりが1ヶずつ、それに唐揚げ、味噌のシソ巻き、お新香、デザートがパックになっていた。美味しくいただいた。


上空を赤とんぼが飛び交っている。
よく見るととんぼに混じって大きな蝶もいる。
やがて笹の葉にとまり羽を広げた。
キアゲハだ。


タテヤマリンドウ(ではないかも?)


イワイチョウ


霧は湿原にも立ちこめるようになり朝とは違って幻想的な光景に変わった。


シナノキンバイ


この山のルートは全体的は樹林帯の中を歩くが、ほんの部分的に視界が開けることがあってホッとする。
ここから東に人工的に切り拓いた斜面が見える。
地図を広げて確認すると会津高原高畑スキー場らしい。


旧道分岐まで戻ったのでここからはガイドブックにある旧道すなわち、現在使われている道を歩くことにした。


旧道は広大なブナ林だった。
曇天ではあるが薄緑色のブナの葉のおかげで林内は明るい。


ハナホウキタケ


ホツツジ


車道が見えた。
これで8時間半にわたる山行が終わる。
3日間のうち、今日がもっとも疲れた。


現在利用されている登山道にはこのような案内板が。
平成7年国体の山岳縦走競技でどんな競技が行われたのかを調べたかったが、残念ながら詳しい情報は得られなかった。


登山口からスノーシェッドまで400メートルを重い足取りで歩く。



南会津・花三昧の旅、2日目は会津駒へ。お目当てはもちろんハクサンコザクラだ。

2017年8月2日 晴れたり曇ったりと不安定

滝沢登山口(6:49)~駒ノ小屋(9:22)~駒ヶ岳(9:43)~中門岳(10:25)~駒ノ小屋(12:20)~滝沢登山口(14:42)

南会津2日目は今年3登目となる会津駒ヶ岳である。
昨年10月に登ったときに長い稜線そして、広い斜面に広がる湿原を見て、ここに花が咲いたらさぞ素晴らしいだろうなぁという印象をもち、翌週の2度目はさらに細かく観察してそれが決定的となった。
今年になって5月と7月に残雪の感触を確かめ、花の盛りは8月になると確信した。
さあ、それが果たしてどうなのか、楽しみである。

会津駒ヶ岳登山定番の滝沢登山口に着いたのは7時前。
前夜は近くの駐車場で車中泊をして6時半に車を走らせたのだが、駐車場にはすでに10台ほど駐まっていた。登りやすい百名山であることに加えて、花が見ごろの季節ということもあるのだろう。


駐車場から3分で実質的な登山口に着く。
さっそく登山届けをポストに、、、入らない。


すでに登山届けがぎっしり詰まっていて、投函口からはみ出しそうになっている。
ねじり込むようにして無理やり詰め込む。
まさか早朝からポストがいっぱいになるほどの登山者がいるとは思えないし、登山者全員が届けを出すとも思えない。
もしかすると数日間、回収されていないのではないかと考えた。警察それとも村の管理なのだろうか?
登山届けを義務づける山岳エリアがあるというのに、せっかく投函された届けを放置しておくのは安全管理の観点から、管理者の信用を失いかねないと思うのだが。


会津駒へ至る道はいきなり急登で始まる。


アカショウマでしょう。


おなじみのハナニガナ


サンカヨウの実らしい。


歩き始めて1時間50分、標高1900メートル付近になってようやく視界が開けた。
ただし、ここから見えるはずの大戸沢岳は雲に隠れて見えない。


ズームを最大にしたのだが曇天でコントラストが悪いため色がよくわからない。大きさと鋭いくちばしからアカゲラだと思うが、特徴とする赤いベレー帽がハッキリと見えない。でもたぶん、アカゲラだ。


シラネセンキュウ(たぶん)


ゴゼンタチバナ


イワイチョウ。
葉っぱの形がイチョウに似ているからつけられた名前らしい。


ツマトリソウ


ネバリノギラン


タテヤマリンドウ


ツルコケモモ。
周りの丸い葉っぱはイワイチョウ。


展望がどんどん良くなる。
まもなく駒ノ小屋が見えてくるはず。


終わりかけているイワカガミ


チングルマ


右前方に会津駒が見えてきた。
上空は晴れている。期待してもいいのだろうか?


駒ノ小屋が視界に入った。
まずはあそこまで行ってひと休みだ。
木道の両側は湿原になっている。このように傾斜のある湿原のことをそんまんま、傾斜湿原というらしい。


おぉ、待望のハクサンコザクラの登場だ。でも数は少ない。この先に期待。
ハクサンコザクラの周りの丸い葉っぱはイワイチョウ。


駒ノ小屋に到着。
先月6日に来たときはまだこの池(駒ノ池)は雪の下にあったが、今は会津駒を映すようになった。


ひと休みした後、会津駒へ向かった。


ここで中門岳への道に分岐する。


山頂は曇天であった。
女峰山と同じくここも曇天のときが多い。


オトギリソウ


次は中門岳を目指す。


雪の多くは解けてなくなったが残っている部分もある。
ここは100メートルに渡って木道を隠している。
今年は雪解けが遅いと聞いているがもう8月だぜ。すごいものだ。


ハクサンコザクラの群落を見た。


チングルマの群落も。


コバイケイソウ


コバイケイソウをズームで。


池塘を通して大戸沢岳を眺める。


ハクサンコザクラをズームで。
雄しべ雌しべが目立たず、なんだかのっぺりした感じ。そこが和美人のようでいいのかも?


池塘で最大の中門池を従えた中門岳に到着。
中門岳と刻まれた木の大きな柱が立っているが実際にはこの少し先の2060メートル地点が最高標高である。


稜線上の最後の池塘まで来てこのルートが終わる。


木道の出っ張りに陣取り、遠くに見える山を眺めながら食事をしコーヒーを飲む。
実に贅沢な時間を送った。いや、管理人自身のために「贈った」というのが正しいかも。


山での食事は立って食べられるような簡素なものにしている。通常だと食事は10分程度で済ませてしまうが、今日は1時間ほど費やした。
それほど居心地のいい空間であった。
さあ、戻ろう。


モミジカラマツ


これすべてイワイチョウ。
まだ花を咲かすほど成長していないがこれがいっせいに咲いたら見事だと思う。


会津駒へ向かって延びる木道。
いい情景だ。


まだ元気なショウジョウバカマ。


これはコバイケイソウ。


木道側のギザギザの葉っぱはシラネアオイらしい。
群落しているが咲くほどに成熟してはいないように見える。


もう言葉に出せないほど管理人の好きな光景。


ハクサンコザクラ


イワカガミ


御池方向を望む。
燧ヶ岳は雲に隠れて見えなかった。


ツマトリソウ


曇天ながら駒ノ池に映る会津駒。池の手前はハクサンコザクラ。


駒ノ池でも長い休憩をとりいよいよ下山に入る。


ハクサンチドリを見つけた。
背の低いダケカンバに隠れていたが管理人の目はごまかせない(笑)


タテヤマリンドウ


マイヅルソウ


水場まで戻ったが時間はまだたっぷりあるので立ち寄ってみた。
冷たくて甘く感じるのは喉の渇きのせいであろう。


う~ん、これはなんだろう?


登山口に近づいたがまだ2キロある。
気を緩めることなく慎重に歩を進めよう。


滝沢登山口に着いた。
今日は麓の民宿「こまどり」を予約してある。
着いたらまずはビールで喉を潤し、温泉で疲れを癒し、夕食で空腹を満たそう。晩酌はなにがいいかな?


南会津・花三昧の旅、1日目は尾瀬三条ノ滝へ。濡れた木道でこけまくる。

2017年8月1日 小雨

御池~天神田代~兎田代分岐~三条ノ滝~赤田代~<段吉新道>~兎田代分岐~天神田代~御池

3日続く山行なのでいつものように序はやめにして、先を急ごう(たぶん後で追加するでしょう)。

冒険ではあったが思いきって日光から檜枝岐への最短ルートを走ってみることにした。
ここがその入口。檜枝岐までわずか13キロしかない。
冒険とは、、、ここへ来るまで実際に檜枝岐に行けるかどうかわからないということにある。
ほとんど使われない林道ゆえ崩落で通行止めになることがあり、実際、昨年9月、地図に道があることを発見したのでトライしたとき、ここのゲートが閉まっていて、引き返したことがあった。
そうなるととんでもない遠回りを強いられることになるのだ。
2度目のトライということになるがもしもダメなら遠回りになるがもう1本、別の林道(これはしっかりした道)で檜枝岐に行くことにしよう。


ゲートは幸いなことに閉じてはいなかった。
しかし使われていない林道なので斜面や路肩に崩落があって、先へ進めないかもわからない。
そんなリスクはあるが、檜枝岐への最短ルートというのは大きな魅力があり捨てがたい。

こんな幻想的な光景が、、、リスクを冒して踏み込んだ甲斐はあった。
まるで上高地の大正池のような、でもないか(笑)


案の定、斜面の崩落があった。
道の1/3が塞がっている。
路肩から転落しないよう、片輪を崩れた部分に乗り上げて進んだ。


ここはちょうど、栃木県と福島県の県境、馬坂峠だ。
中央分水嶺の峠でもある。
振り返ると通行止めの案内板が設置されていて、福島県側から日光へは行けないかのように見える。でもその反対、日光からは通行止めの案内もないことからこうして来れてしまった。
ここから林道は福島県側を走るが栃木県側に比べると林道とはいえ整備され、走りやすい。


林道は国道352号線の檜枝岐中心部で交わる。
左折して20分ほど走ると尾瀬ハイキングの起点となる御池駐車場に着く。
いつものように国道を利用すれば自宅から3時間で来れるところなのに悪路を走ったために、返って時間がかかり4時間半もかかってしまった。まっ、なにごとも経験が大切。


御池から尾瀬に入る道は数本あり、三条ノ滝へは駐車場の奥まで進んでこの木道を探す。


今日から三日間は花を探し求める旅なので、どんな小さな花も見落とさないよう、注意深く歩く。
日光の花の盛りは7月だが、より北に位置する尾瀬は8月のようだ。
目立つ花が多い。これはモミジカラマツ。


カニコウモリ


歩き始めてすぐ、燧ヶ岳との分岐に差しかかるので三条ノ滝へは尾瀬ヶ原(見晴)への道を進む。


コオニユリ


ノアザミ


この湿原ではニッコウキスゲがちらほら見られた。


オタカラコウ、和名は雄宝香と書く。


サワラン


キンコウカ


ノメリ田代付近のワタスゲ。
戦場ヶ原のワタスゲも見応えがあるがここのもいい。


コオニユリ


ゴゼンタチバナ


湿原はノメリ田代から上田代へと変わった。


コバギボウシとキンコウカ


先ほどのサワランと形が似ているがこちらは色がやや薄い。
それにサワランは横向きに咲くが上を向いている。
別の花なんだろうか?


御池から三条ノ滝の滝に至る燧裏林道は大小の湿原が続く。
中でも上田代湿原は最も大きい。


入深沢にかかる木橋。
濡れた木は滑るので慎重に慎重に、、、


ヤグルマソウが花をつけていた。


ヤグルマソウの花をマクロで撮ってみると白い粒それぞれ花であることがわかる。


行程のちょうど中間に当たる天神田代だが笹の侵入が激しく、もはや湿原(田代とは湿原のこと)とはいえないようだ。


天神田代を過ぎると湿原は樹林帯に変わりブナが目立つ。


裏燧橋と書かれた吊り橋を渡る。
けっこうな揺れですこと(笑)


今日は歩き始めから霧→小雨→霧と目まぐるしく変化するあいにくの天候で、8月だというのに日差しがまったくない。


 

やっと三条ノ滝への案内板がでてきた。
でもまだ1.2キロもある。


支柱が朽ち横倒しになった案内板。
地中の水分が多いのだろう。


うへっ、とんでもなく急な階段だ。
踏み外しそうな恐怖が、、、


書かれている意味がわからず、立ち止まってしばらく考えたがやはりわからない。


道の行き止まり、眼下に木製のテラスが見える。
あそこへ行くにも急な階段を降りる必要があった。


テラスに降り立つと目の前にごうごうと音をたてて流れ落ちる巨大な滝があった。
落差は80メートルと華厳滝にほんのわずかに届かないが、その迫力たるやものすごい。
テラスが小刻みに震動していることに気づいたのは滝の迫力に慣れた頃だった。
地震か? と思ったが震動はほぼ一定で、それに収まる気配がない。滝が落ちる勢いが強く、地盤が震動しているのだ。
日光の滝はずいぶん訪ねたがこんな経験はしたことがない。恐るべし尾瀬の滝。


滝の上部をズームで。


中段部分


滝壺(水しぶきで見えない)。


三条ノ滝の凄さを動画でどうぞ。


今日の目的は達したのでこれからどうするか?
明日は会津駒の予定なので今夜は泊まる必要があるが、宿の予約はしていない。車中で寝るつもりだ。
したがって帰りの時間は決めていない。日没までに御池にたどり着き、それから村営の温泉に浸かって明日への活力を取り戻す、そんなつもりだ。
せっかくここまで来たのだからもう少し先を歩くのもいいかもしれない。
裏燧林道まで戻ってここから尾瀬ヶ原(見晴)の方へ行ってみよう。


三条ノ滝になる只見川に沿って歩くとやがて2軒の山小屋がならぶ場所に着いた。赤田代である。


ノアザミ


小ぶりの湿原でこのまま進むと見晴に至る。
時間はこれが限界と見た。


同じ道を戻って無料休憩所を通り過ぎると分岐する。
ここを御池の方へ行くとこの区間だけ別の道を歩ける。


雨に濡れて滑りやすくなっている木道が続いている。
尾瀬といえば美しい湿原がどこまでも続いているようなイメージを抱くが、ここはそんなイメージとはかけ離れてうら寂しい。


たぶんトリアシショウマだがヤマブキショウマの可能性もある。トリアシの線が濃厚だが。


ここで裏燧林道と交わり同じ道で御池に戻ることになる。


先ほどの裏燧橋を見上げる。


ほんの少しの間、ブナを中心とした林間を歩く。


花が開いていないのでよくわからないが、葉っぱの特徴から察してオトギリソウだと思う。


なんとも奇妙な花を見つけたのでしゃがみ込んで観察するが、管理人の記憶に該当する花がない。
よく見ると雄しべも雌しべも見あたらない。ということは、これは咲き終わった花ということか?
そうか、ショウジョウバカマがこんな形をしていたな。間違いないであろう。


往復7時間かかって御池に戻ってきた。
昭文社「山と高原地図」に記載されている標準時間も7時間なのでまずまずか。
ただし、管理人の場合、一度の山行で写真を300枚近く撮る。花を撮るのにしゃがみ込んだり寝そべったりするので時間がかかる。
それに今日は濡れた木道で滑って転ぶこと3回。
それを考えたら雨中の山行としては上出来だろう。


那須から福島へぐるりとお花見のつもりが20キロ、10時間の激旅となった。

読者の皆さまへ

いつも管理人の稚拙なブログをご覧くださってありがとうございます。
このところ那須や福島の山ばかり登っているため、このブログの主旨である“日光の旬の情報を発信“ することから遠ざかるばかりで大変心苦しく思っています。

せっかくこのブログにアクセスしたのに最新情報に日光が載っていないとお叱りをうけるかもしれません。
このブログでもっとも人気のある古賀志山に至っては、3月の次は5月、5月の次は、、、いつにするか考えてもいません。

あまりにも心苦しいので、ブログタイトルの
「春夏秋冬、日光を歩こう!」を、
「春夏秋冬、日光と那須、福島を歩こう!」
とか、
「春夏秋冬、那須と福島、ときどき日光を歩こう!」とかに変更しようかと考えてもみました。

しかし、今から12年も前に始めたブログですし、googleで検索すると上位に表示されますので今さらタイトルを変えるわけにはいきません。
日光の情報が途絶えていても、管理人の心は日光にあるのだということをどうかお察しください。
管理人、なにか気になるととことん追求しなくては落ち着かない性癖の持ち主で、今がその時期なのです。いずれまた日光に戻りますので、それまでどうかご辛抱のほど、お願い申し上げます。

それでは今日のブログを。

今日もご期待に添えず那須と福島の山になりました。なんとも心苦しいばかりですm(,_,)m


2017年7月19日(水) 梅雨明け初日

峠の茶屋(8:00)~峰の茶屋跡(8:43)~朝日の肩(9:17)~朝日岳(9:25/9:30)~朝日の肩(9:36)~熊見曽根(9:44)~北温泉分岐(10:12)~三本槍岳(10:43/11:00)~大峠分岐(11:18))~鏡ヶ沼東分岐(11:52)~須立山(12:06/12:16)~鏡ヶ沼東分岐(12:30)~鏡ヶ沼(12:54/13:07)~鏡ヶ沼西分岐(13:48/13:53)~大峠(14:15/14:30)~三斗小屋(15:55)~沼原分岐(16:21)~峰の茶屋跡(17:16/17:30)~峠の茶屋(18:02)
※朝日岳は計画外だったが時間が早かったので登った。
※須立山は計画外だったが15分で登れそうなので行ってみた。360度の大展望に満足。

 

この時期、毎日のように変わる花が見逃せない。

どこへ行くか、、、迷う。
なにしろ花が咲く時期は限られているからこの機会を逃すと次の季節が来るまで一年も待たなくてはいけない。
だからといって花を求めて毎日のように山へ、、、というわけにはいかない。
これでもまだ現役の自営業者として生活の糧を得なくてはならない身だ。山歩きはせいぜい、週に1回あるいは2回にして、他の日は仕事に充てている(、、、つもりになっている日もあるが)。

だから、花の時期は花が咲くタイミングを注視して無駄足とならないよう、計画を綿密に組む必要がある。できれば花が咲く前にも訪れればタイミングがつかみやすくなると言うものだが、そこまでできるのはごく限られた人だけであろう。

まっ、それはさておき、今週どこへ行くかが課題だった。
今月6日、会津駒ヶ岳・駒ノ小屋から中門岳に至る湿原の花を見ようと出かけてみたものの、湿原はまだ分厚い雪に覆われて花どころではなかった。
実は5月半ばに同じ場所を訪れていてその際に積雪の状況を把握し、2ヶ月経ったからもう雪はないだろうと行ってみたところ、驚くことに雪は溶けていなかったのだ。日光では考えられない状況だ。
その分、帰り道に設定した駒ノ小屋から尾瀬御池のルートは花の宝庫だったが→こちら
それから2週後の今週はどうかと考えたがあの雪の厚さだと溶けるのに3週間はかかるから、花の見ごろは今月末から8月初旬になるだろう。それまで待つことにした。

さて、どこへ行こうかな???

行き先を決めるのに花のことはちょっと置いといて、那須の山は標高が低いにもかかわらず展望がいいということを先月、行って知った。
ルートがたくさんあってそのうち何本かは福島の山とつながっていて、福島の山に積極的に登ってみたい管理人には親しみが湧く。
茶臼岳から朝日岳にかけて花はないが、その外へ出てみるとかなりの種類の花が見られた。これといって珍しい花はないものの、その対比が面白い。火山の特徴を知ることができる。

地図には朝日岳の北に清水平という湿地帯や三本槍岳の北、標高1550メートルに鏡ヶ沼という魅力的な名前の沼がある。峠沢、中ノ沢、赤岩沢という水の流れる沢(涸沢に対して)もある。
ハイマツや広葉樹の記号がたくさん描かれているから花が期待できるかもわからない。
清水平は6日に行っているが鏡ヶ沼には惹かれる。福島県に位置するということもあるし。

よっしっ、会津駒ヶ岳に雪が残ってる間は那須と福島の山で遊ぼう!

先月6日に行ったときは茶臼岳を中心にして約20キロ歩いたが、今回はその時とは異なるルートを歩いてみよう。
それが冒頭の行程である。
異なるルートを歩こうとしても登山口から朝日岳、三本槍岳へのルートは重複する。が、この山は面白いから重複してもかまわない。那須岳(あるいは那須連峰は茶臼岳、朝日岳、三本槍岳の総称)をより深く知るためにもなんども登っておきたい。

県内なのに檜枝岐に行くのと変わらない長時間の車の運転が苦痛だが、その苦痛を解消してくれるほどの雄大な展望と花が待っている。


那須の温泉街を抜けて走る県道17号線の行き止まりが那須連峰の登山口で「峠の茶屋」がある。
8時という時間は登山には遅い。自宅を5時半に出てコンビニで昼食用のパンを調達し、トイレを使い、駐車場について身支度を調えるとこの時間になる。日光の山の登山口と比べて遠いのだ。


駐車場の隅っこの階段を上ると登山指導所の建物があって登山届けのポストがある。
管理人の場合、登山届けを3通作り、1通は家人にわかるように自室の目立つ場所に置き、1通はザックのこれもわかりやすい場所に収納し、もう1通を登山届けのポストに入れる。
こうすることで万一の場合に備えている。


建物の前を通過するとすぐ、那須岳登山口と書かれた柱とその先に石の鳥居があるので鳥居をくぐって先へ進む。


早くも花が登場。アカショウマだ。


登山口から600メートルほど上ると視界が開け、そこに実に荒々しい光景が広がっている。
火山特有の砂礫や溶岩が冷えて固まったと見られる大きな石がころがり、植物もまばらな山裾が見える。


これは朝日岳の手前の剣ヶ峰(たぶん)。


ウラジロタデ
火山のような栄養の少ない地は成育する植物が限られるが、これなど貧栄養の地で育つらしい。
富士山ではオンタデと呼ぶらしい。


マルバシモツケ(のはず)


コメツツジ


峰の茶屋跡避難小屋へ行く道沿いはウラジロタデとマルバシモツケが続いている。


ウラジロタデの花
小さい花の集合だが近づいて見ると可愛い。


歩き始めて40分、峰の茶屋跡避難小屋に到着。
ここは茶臼岳や朝日岳、三斗小屋温泉などへの分岐路、すなわち峠のような存在になっていて、さあこれからあそこへ、という気力を与えてくれる。
ちなみに小屋は中で休憩するのはいいが宿泊は禁じられている。


北に朝日岳が望める。
人影が見えたのでカメラのズームで覗くと山頂にふたり、中腹にも人が見えた。


ハナニガナ


ウラジロヨウラク(和名:裏白瓔珞)
管理人、これをずっとウラジロコヨウラクと表記していたが、ウラジロヨウラク(ロとヨの間に「コ」が入っていない)の間違いであることがわかった。
日光にコヨウラクツツジがあって同じツツジ科であることから混同していたようだ。


朝日岳へと続く荒々しい道。
地図によるとこの道は剣ヶ峰の中腹らしい。


恵比寿大黒と呼ばれる巨大な溶岩石。


火山地帯ゆえ木々はなく荒々しい。
しかし、遠くの山々はよく見える。


朝日岳は計画外であった。
登ったら同じ道を降りなければならず、長距離を歩く今日の計画だとその時間がもったいないからだ。
とはいえ、今日のルートから朝日岳まで10分で登れるのと時間もまだ早く、計画に支障は来さないだろうと判断した。
那須の山に共通していえることだが山頂はもちろんのこと、中腹からでも展望が素晴らしい。この朝日岳も例外ではなく大いに楽しめた。


朝日岳から三本槍岳へと向かうことにする。
ハクサンシャクナゲが美しい。


清水平の入口付近。
地理院地図には湿原の記号として描かれているが乾燥化が進んでいるのか湿地部分はわずかだ。


清水平をすぎるとしばらくの間、平坦で歩きやすい道が続く。


東へ折れると北温泉に至る分岐路。
正面に見える山が三本槍岳である。尖った名前とは裏腹になだらかで優しい山という感じ。


ハクサンシャクナゲ
ややピンクがかっているが時間の経過と共に白が強調されてくると思う。


ナナカマドはほとんどが実になっていてこれなど残った貴重な花。


樹林の間を抜けると視界が開けて三本槍岳の山頂。すでに人がいる。


う~ん、いい眺め。
西に栃木県と福島県にまたぐ流石山から三倉山にかけての稜線が見える。
今日はこれからあの稜線のもっとも三本槍岳に近い大峠という場所を通過することになる。ここからだと登山道を西へ一直線に進めば大峠に行くが、計画では鏡ヶ沼に行ってから大峠という順路をたどる。
その前に、自宅で朝食をとってから6時間経過したのでここで軽く腹ごしらえ。

余談と言えるかどうか、、、
三本槍岳の山頂にはここが一等三角点であることを示す石柱が設置されていて、地図には三角記号が描かれている。
その場所だが、地図でもっとも利用者の多い昭文社「山と高原地図」だと山頂は栃木県と福島県の県境に位置しているが、国土地理院の地図だと県境からわずか数10メートル栃木県側に位置している。
両者(地図)の違いを発見したのは前回、那須岳を計画したときだったが、山頂がどこの県に属するかは管理上、かなり大きな問題となるはずだ。実際のところを知りたいものである。


ノビネチドリ
一見、ハクサンチドリかと思ったが色が薄い。また、ここは湿原ではないことから別の花であると断定した。
とりあえず写真だけ撮って下山後に調べたところ、ノビネチドリであることがわかった。
ハクサンチドリとは花の付き方がまばらであることと、葉っぱの幅が広いという違いがある。
なお、名前の「ノビネ」とは根が横に延びるという意味があるそうだ。


こいつもまた管理人を悩ませる。
背が高く花が大きいこと、葉っぱにトゲがあることからトネアザミといいたいところだが、ノハラアザミにも似ていて区別のつけようがない。
ここではトネアザミまたはノハラアザミとしておく。
頭が痛いよ、花の名前を言い当てるのは。


お~、オノエランがあった。
背が低く他の植物が覆い被さっていたが管理人、しっかり見た。


ハナニガナは見飽きるほど分布している。


ネバリノギランだ!
かなりの数あったぞ。


これはミヤマザクラらしい。


今日の計画では大峠に出て三斗小屋温泉に向かって南下するようになっているが、この道標にしたがって大峠へ向かうと鏡ヶ沼へは行けない。
鏡ヶ沼に行くには須立山と書かれた方向に進む必要がある。


道はハッキリしている。


いい眺めじゃないか。
眼下に鏡ヶ沼らしき水面が見える。


崩落で道が途切れている。
崩れてはいるが丸太の柵があることからここが道であることに違いない。
下方に踏跡が見えたのでここを下ることにした。


ガレ場を下ると再び樹林帯となり道もついている。
これはミヤマハンノキかな?


大きな松ぼっくりを付けたこいつはハイマツなんでしょうかねぇ?
あ~いや、そんなことに感心している場合ではなく、道は藪になってきて歩きづらい。


鏡ヶ池が間近に見える。
地図によればあの沼の畔を歩くようになっている。
果たしてどんな沼なのか楽しみである。


オトギリソウのつぼみ。どこかで咲いているのが見えるのだろうか。


咲いているオトギリソウはすぐ近くにあった。


ここが鏡ヶ沼への分岐。
ここを西へ折れて鏡ヶ池を経由して大峠方面に行く予定だ。
ところが北へ400メートル行くと須立山というのがあるらしい。
県境ではなく、完全に福島県の山である。
福島の山の魅力に取り憑かれている管理人はここは是が非でも行くべきであると判断した。たとえ藪の中の山頂であってもいい、とにかく福島の山を経験するのが管理人の責務なのだ。


あれが須立山らしいぞ。
展望はどうなんだろう?
山頂が藪でなければいいのだが、、、


歩き始めると間もなく、藪になった。
いちおう、足下に道は見えるので迷う心配はないが、それよりも山頂からの展望が心配になった。


須立山へは道標から13分で着いた。
藪は部分的で山頂は開けている。


素晴らしい眺めだ。
ほぼ360度の展望といっていい。
計画外の行動だったが来てよかった。ここで少し時間をつぶそう。


眺めのいい須立山にもう少しいたかったが、今日はロングトレッキングであるため次の目的地、あの鏡ヶ沼へと急ぐ。


先ほどの道標まで同じ道を戻り分岐を鏡ヶ沼へ向かったところ、すぐ藪に突入。
視界が利かないのでときどき笛を吹いてこちらの存在を他にアピールすることに。


お次はこんなところだ。
道が途切れ2メートルに近い段差を降りることになった。
ロープがあるが2メートルの空間を降りることはできない。
どうすれば安全に降りることができるのか、結論に達するまで数分かかった。


ふたたび藪。
肩の高さまである。


笹の向こうに鏡ヶ沼が見えた。
地図で見るとわずか250メートルの下りなのに30分もかかるという有様だ。
このまま笹を放置しておくといずれ廃道になってしまいそうな茂り方だ。


鏡ヶ沼は実に静かだ。水の透明度は高く、沼というより湖に近いきれいさだ。


すぐ近くでエゾイトトンボが集団で交尾していた。
初めて見る種類のトンボだがきれいな色をしている。


種保存という大切な営みのところを失礼して、マクロで撮らせてもらった。


沼をボーッと眺めながら菓子パンをかじり缶コーヒーを飲んで、それから腰を上げた。


沢状の道を進む。


お~、ショウキランだ。
咲いたばかりと見える。いいねぇ~。


笹と雑草に囲まれて苔むした石の祠が佇む。里が近いのだろうか。


別の道と交差しあれが林道の大峠線らしい。
左から来るハイカーと出合ったので挨拶と立ち話をする。


鏡ヶ沼のことを詳しく説明してある。
先ほどの石の祠は「おせんが宮」というらしい。


大峠への道はハッキリしているがここからだと上りになり、それほど易しい道とはいえない。


あそこが大峠らしい。
昔は会津(福島県)と下野(栃木県)を結ぶ交易の道として使われていたのではないだろう。四差路になっている。


ここで花の出迎えをうけた。
明るい色のシモツケである。


ニッコウキスゲも咲いている。


四差路のうち、流石山方向から降りてきたハイカーがいたので話を聞くと、この峠から流石山にかけてはニッコウキスゲが群生し、地元の人に親しまれているそうだ。
ならばニッコウキスゲが咲く時期にあらためて来てみたいものだ。

時間が迫ってきた。
山歩きの基本としてこの時間はすでに下山していなければならないところだが、今日もまた下山は18時だ。
これから三斗小屋温泉まで1時間半かかる。先を急ごう。
花はウツボグサ(ミヤマウツボグサかな?)。


う~、この道も藪だ。


地図には沢を3本、渡ることになっている。
ただし、地図だと橋が架かっているのかどうかまではわからない。
ひとつ目の渡渉点。幅は2メートルほどで橋は架かっていない。
渡れそうな場所を探して石伝いに向こう岸へ。


実に見事な咲き具合。
これもアカショウマにしておこう。


藪はあるわこんなスリリングな場所があるわ、この道はあまり使われていないようだ。


3つ目の沢も無事に渡り終えた。
これで三斗小屋温泉にぐっと近づいたはずだ。


三斗小屋温泉を示す道標と出合った。
間もなく2軒の旅館に出合うはずだ。


三斗小屋温泉にはふたつの旅館がある。
どちらも旧い木造の建物だ。
いい佇まいである。


渡り廊下でつながった別館。
今日の宿泊客だろうか人影が見えた。


表に回ってみるとこんな感じ。
昭和の初め、いや大正時代か明治時代の建築だろうか?
いつかは泊まってみたい雰囲気を感じさせる。


沢から引いた水飲み場。
水を受ける木の桶がこの旅館の歴史を物語っているようだ。
旅館に断ることなく飲ませてもらった。


次は道標の峰の茶屋と書かれた方へ進む。


もう一軒の旅館、「煙草屋旅館」。
熊見曽根で峰の茶屋跡へ行くには煙草屋旅館の軒下を通る。


三斗小屋温泉から単調な道を1時間ほど歩くとそこにも建物があった。那須岳避難小屋だ。
朝、峰の茶屋で帰り道を確かめたところ、眼下に建物が見えたがそれがこの小屋らしい。
平屋だが中はロフトのある2層式となっていて20人くらい泊まれそうだ。
女峰山の唐沢小屋や白根山の避難小屋のように利用者が置き去りにする荷物はこの小屋には見られず、清潔に保たれている。


避難小屋を離れると道は険しくなる。
歩き始めてからの距離は17キロを超え、疲労が激しい。
この上りが最後なのだと考え、気持ちを奮い立たせる。


視界が開け間もなく峰の茶屋であることがわかる。
ようやくゴールの目処がついてホッとする。


疲れた身体への負担はまだ続く。


え~と、これはなんだったかな?
疲れで思考がままならない。


重い足を引きずりながらようやく峰の茶屋に到着した。
ここまで来ればあとはずっと下りだ。ひと休みして少しでも体力の回復に努めよう。


氷だけを入れて持ってきた水筒に残りの缶コーヒーを注ぎ、アイスコーヒーにする。
ふだんなら甘ったるくて飲む気にもなれない缶コーヒーだが、その甘さが疲れを癒してくれる。山の必需品である。


道も見えなくなるような霧がでてきた。
いつもは霧で道が隠れて迷子にならないだろうかなどと冗談を書くところだが、疲れているので霧を呆然と見ているだけだ。


この辺一帯に成育するガンコウラン。


オトシブミを見つけた。
葉の表面に卵を産みつけ、それを保護するために丹念に折りたたんでこのようにする。
地面に落とすようにするのは枯れ草に潜り込ませて他から守るためなのかもしれない。
しかしときにはその作戦が失敗し、人が歩く道の上に落とすことがあるようだ。
踏んづけられないように林の中へ放り入れた。


なんとか登山口にたどり着けた。
いつもながらの身体が悲鳴を上げる山歩きが終わる。


広い駐車場に車は数台しか残っていない。
こんな時間なんだから当たり前だな。


今日歩いたルートと前回、6月20日歩いたルートを地図上に再現した。
青い線が6月20日、赤い線が今回。
那須連峰あるいは那須岳は茶臼岳、朝日岳、三本槍岳を総称した呼び名だが、これらの山、単体で登っても楽しいし、縦走すればもっと楽しい。
それに加えて、大回りするルートもあってこれはこれで楽しい、というか1周20キロあるので自分の脚力を確かめられるのでいいのではないかと思う。今日はそれを実践した。


今日歩いたルートの断面図。
那須連峰の最高峰は三本槍岳の1916メートルなので登山口との標高差は450メートルと小さいが、ぐるっと大回りするとかなりのアップダウンを経験する。
その累積標高は1816メートルに達するから厳しいと言ってもいいであろう。

日本百名山・会津駒ヶ岳で初めての小屋泊まり。ハクサンコザクラ、シラネアオイ、ハクサンチドリにうっとり。

2017年7月6日(木)~7月7日(金)

7月6日
滝沢登山口(7:00)~水場(8:30)~駒ノ小屋(9:53)~駒ヶ岳(10:28)~中門岳(11:17)~駒ヶ岳(12:48)~駒ノ小屋(13:20/宿泊)
※駒ノ小屋から中門岳は残雪多い。
※前日17時に檜枝岐に着いて車中泊。

7月7日
駒ノ小屋(4:48)~大津岐(6:50)~大杉岳(9:33)~御池(10:30)
※花多数。撮影に多くの時間を費やした。

昨年10月、初めて訪れた会津駒ヶ岳の雄大さに魅了されてからというもの地元、日光から離れて福島の山ばかりを登るようになり、すっかり「福島の人」と化した管理人だが、先週の燧ヶ岳に続いて今日は会津駒ヶ岳(以下、会津駒)だ。
会津駒は山頂を中心にして高層湿原が広がり、雪解けの季節になると高山植物の宝庫になるといわれている。
昨年10月に来たときその広い湿原を見て、ここに花が咲いたらさぞかし見事だろうなぁと思い、花の季節が訪れるのを心待ちにしていたのだ。

いや、花の季節だけではない。山頂までなだらかな傾斜が続く地形は雪の季節でも危険がないように思えた。とはいっても豪雪地帯の山なので雪は3メートルにも達するらしい。そんな時期に行ったら10メートル進むのに精いっぱい頑張ってラッセルをしても1時間はかかる。行くとすれば雪が落ち着く4月か5月ということになろう。
そんな考えがあったものだから実は今年5月、来年の下見を兼ねて行ってみた→こちら

残雪の会津駒は期待に違わず、5月も半ばだというのに雪はたっぷり。危ない場所もないことを知って帰ってきた。来年はもう少し雪の多い時期に行ってみよう。

あれから2ヶ月、いくら豪雪の山でも7月になった今、まさか雪の上を歩くようなことはないだろう。
湿原には高山植物が咲き誇り、山全体が花の楽園になっているはずだ。
持参するカメラは最高画質で2000枚を記録できるSDカードが入っている。予備のバッテリも携行する。さらには花をマクロで撮りたいので別にもう1台、持参することにした。

国道を離れ村道を上っていくと道は行き止まりになり、そこに20台ほど駐まれる駐車場がある。
平日のこの時間、すでに8台の先着があった。昨年の10月に来たときは6時だというのに満車のことがあった。


ここが滝沢登山口。
登山ポストに計画書を入れて階段を上がる。


コースはブナが多い。樹林帯なので眺めはよくないが明るくまた、歩きやすい。


早くも花が、、、レンゲツツジだ。


ウラジロコヨウラク


山頂までの距離を示す柱が各所に設置されていて目安になる。


ムラサキヤシオ


先週、燧ヶ岳から下山するときにも見たサンカヨウ。


マイヅルソウの群落


角材を組んで敷設された階段をペースを乱さないように登っていく。


雪が現れたが5月とは違ってすでにアイゼンなど必要としないほど少なくなっている。


木々のすき間から実になだらかな稜線が覗き見える。
方向が北なので会津駒から北東に延びる稜線にある大戸沢岳(2089m)だ。


木道が現れると間もなく湿原である。


前方右手に会津駒が見えてきた。
今日はあの山頂に立ち、それから中門岳まで湿原をゆっくり歩くつもりだ。
天気がいいので湿原に咲く花が浮かんで見えることだろう。


駒ノ小屋へと続く木道の両側は湿原。とても気持ちよく歩ける。
前方に今日の宿泊地、駒ノ小屋が小さく見える。


青空の下、会津駒と大戸沢岳へと続く稜線がくっきり。


木道脇に咲くイワカガミとコバイケイソウの若芽。


ミツバオウレン


ショウジョウバカマ


駒ノ小屋への最後の斜面。
まるでスキー場のゲレンデを思わせるような広い斜面。山を歩いているという感じがしない。


今夜の宿泊場所、駒ノ小屋に到着。
とはいってもこんなに早い時間に泊まるわけにはいかない。
これから会津駒に登りさらに中門岳まで行く予定だからチェックインは14時ころになるだろう。

雪の上に段ボールが10数箱、積まれている。
先ほどから上空を飛ぶヘリコプターの音が気になっていたが駒ノ小屋へ物資を運んでいたらしい。
山での飲食は高価と言われるが運搬費を考えるとやむを得ないと思う。


駒ノ小屋から見る会津駒。
手前の雪が消えるとそこに実に美しい池、駒の大池が出現するのだが、、、

昨年10月、同じ場所から。


通算、4回目の登頂。
昨年10月に2週続けて登ったのと今年5月と今日だ。


すぐ近くにショウジョウバカマが、、
奥日光で見ることはできないがここではごく当たり前のように見かけた。


さて、これから中門岳に向かうのだがものすごい霧だ。
ついさっきまで青空だったのに急転直下、山特有の天候の変化である。


会津駒から中門岳へのルートは時折、木道が現れるが多くは雪に埋もれている。
雪が消えて地温が上がればたくさんの花が咲くのだろうがこの辺はまだかなり先になると思う。


ワタスゲの花


中門岳に到着。
山名が刻まれたこの柱が立っている場所は標高2040メートルの位置で、地図によると山頂はこの先2060メートルとなっている。
柱をよく見るとそのへんのことは承知しているらしく、中門岳とはこの辺一帯をさすのだと刻まれている。
地図の山頂まですぐなので足を延ばすことにしよう。


咲いたばかりのショウジョウバカマとコバイケイソウの若芽。


ここが地図にある標高2060メートルの中門岳。
やや大きい池塘があって。木道もここで終わっている。
天候は相変わらずだが昼時になったのでここで昼メシとしよう。


30分ほど時間をかけて菓子パンを食べ、駒ノ小屋へと折り返す。


今日、二度目の会津駒山頂。


たぶんハクサンシャクナゲ


花芽をつけた針葉樹。
特定できなかったので帰宅して調べたところ、どうやらシラビソとその花らしいことがわかった。


キヌガサソウ
一瞬、ミヤマエンレイソウかと思い喜んだのだが葉っぱの形も枚数も違っていた。


霧が収まる様子はない。


ミツバオウレン


ここにもショウジョウバカマが


いい稜線だとつくづく思う。
雪が消え、湿原と木道が現れると稜線の美しさは際立って見える。


無事に駒ノ小屋に到着。
このまま下山するのに十分早い時間だがこの小屋にはぜひとも泊まってみたかったのだ。


前の画像の三角屋根の部分が寝室になっていて、部屋はふたつある。
男女別というわけではなく、夫婦や男女のグループなら同室になる。単独者はそのどちらかと同室になる。
布団は14組、すべてを敷くと床が見えなくなるものと想像する。部屋から出るには布団と布団の境目に足を置き、バランスを崩さないように歩かねばならないはずだ。
今日の宿泊客はこの部屋に7人と隣に3人だ。
ちなみに料金は税込で3千円。
食事の提供はなく、1階に設けられた自炊室を使う。ただし、自炊用具はなにもないからすべて持参する。
営業期間中は管理人というのか小屋番というのか、人が常駐する。トイレは隣の建物でチップ制。

駒ノ小屋に興味のある方は→こちら


電気は来ていないので照明はこのアルコールランプである。
日没に点灯し、20時に消灯となる。


夕飯の時間までにはずいぶんと時間がある。
缶ビール(500円)を買って外へ出て、霧の会津駒を眺めながら喉を潤すことにした。
電気が来ていないくらいだから当然ながら冷蔵庫はない。水で冷やしているそうだ。十分に冷たい。


会津駒の上空にかかっていた雲がとれ、青空が覗いた。
明日の天気はどうかな?


7月7日(七夕)
午前4時近く。同室の人の起きる気配で目が覚めた。
身支度を調えるのにすでに灯りは必要なかった。
自炊室へ行って朝食を簡単に済ませ、外へ出てカメラを構えた。
大戸沢岳を通して朝日が昇った。良い一日になりそうな予感がする。


濃霧だった昨日とは一転し、快晴だ。


駒ノ小屋をあとにこれから御池に向かって南下するのが今日の行程。


御池に行く稜線の向こうに燧ヶ岳が見える。


日光では見たことのない球状の花を咲かす「アカモノ」。
赤い実になることから付けられた名前だそうだ。


ゴゼンタチバナ


ナナカマド


これはシラネアオイではないのか?
花はまだついていないがシラネアオイに間違いない。


イワカガミ


ショウジョウバカマ


なんとまぁ、ハクサンチドリだ。
駒ノ小屋を出てまだ1時間と経っていないのに花がどんどん出てくる。
昨日は残雪で花が限られてしまったがこのルートは花の宝庫だ。すばらしい。


極めつけはこのシラネアオイだ。
シラネアオイが最初に発見された日光白根山ではシカの食害にあって激減し、今では柵を設けて保護しているというのに、ここではなんの保護もされていないのにコース上に数多く見ることができる。
ちょっとよそ見をすると踏んづけてしまいそうな距離に平然とあるから驚く。


振り向くと檜枝岐村の上空あたりが雲海になっている。
下界は曇りなのだろうか。


このコースは残雪と露出した地面との繰り返しだ。
残雪が終わって地面に移る際、コースが見つからないときがある。
林の際を歩きながら道を探す必要があった。


ここにもシラネアオイが、、、
とにかく次から次へと現れてくるのである。


コース沿いに数株ずつ、かなり長い距離、点在していた。


展望が素晴らしく、歩き甲斐のある稜線。
雪が消えると木道が出現する。


池塘も多く気持ちを和ませてくれる。


う~ん、いいねぇ!


シラネアオイはまだ続く。


ハクサンコザクラと出会えた。


ハクサンコザクラはここ一カ所でしか見ることができなかったが、小群落を作っている。


ハクサンチドリは合計すると10数株はあったと思う。


一株だけ、開花したコバイケイソウを見た。
コバイケイソウの「バイ」は梅という字を当てる。
その名の通り、梅に似た花を咲かせる。


これは日光でもよく見るハナニガナ


ユキザサ


サンカヨウ


キヌガサソウ


地図にある送電線の鉄塔が見えてきた。
今日の目的地、御池に着実に近づいている。


うひょ~、今度はオノエランツバメオモトだ。
日光でも見られるが数は少ない。ここでは2カ所で6株くらいあった。


分岐があったので地図を見ると新潟県境にある奥只見湖へ通じているらしい。


ムラサキヤシオ


タケシマラン(ちょっとピンぼけ)


燧ヶ岳へもぐっと近づいた。


オノエランツバメオモトの蕾


タニウツギ(たぶん)


一株のミズバショウを見つけた。
尾瀬に近づいたからだろうか?


ここも道を探して右往左往した場所。


大杉岳
展望はない。


サンカヨウ


ギンリョウソウ


標高が低くなったのだろう、いつの間にかブナ林の中を歩いていることに気がついた。


林が終わってアスファルトの道路が見える。
御池に着いたのだ。
駒ノ小屋から約10キロ、5時間の花の旅が終わる。


眼下に御池ロッジと「山の駅」が見える。
ここからバスに乗り、車を置いた滝沢登山口まで戻る。
バスの発車まで30分ほどあるのでザックに残っている菓子パンで早めの昼メシとする。5日に買った菓子パンはザックの中で温まり、今日が限度であろう。帰宅したら残りは捨てよう。


バスは11時05分に発車する。
ちょうどいい時間に下山したものだ。
これを逃すと次は13時まで、2時間も待たなくてはならない。


バスを降りたところが会津駒への滝沢ルートだ。
駐車場までの約20分、最後の力を振り絞って山道を登ることにした。

尾瀬燧ヶ岳、初のテント泊は20キロのザックをかついでバテバテ。

2017年6月29日(木)~30日(金)

1日目
御池(7:00)~燧ヶ岳(12:18)~浅湖湿原(16:10)~尾瀬沼ヒュッテ(16:30/テント泊)
※午前2時起床、3時過ぎに檜枝岐に向けて出発

2日目
尾瀬沼ヒュッテ(5:40)~三平下(6:00)~沼尻(7:20)~沼山峠(9:56)・・・シャトルバス・・・御池(10:33)

いやぁ、年甲斐もなくひ弱な身体で無理するもんじゃありませんな。
ふだん、10キロのザックでさえ息がゼーゼーするというのにこの日はテント(正確には自立式ツェルト)に寝袋、炊事道具に大量の食料と水3リットルをザックに詰め込んだものだから総重量は20キロにもなりました。

だいたい、これだけの荷物をザックに詰め込むとあってはザックを大きくてしっかりしたものにしなくてはなりません。そんなザックは空の状態でも2キロ以上あります。
今日はあまり使うことのない65リットルのザックを納戸から取り出してきてあれもこれもと詰め込んだ結果が20キロ、ふだんの倍の重さです。

これだけ重いザックを背負うにはそれなりの工夫というものが必要です。10キロのザックなら床から片手でひょいと持ち上げて肩にかけ、両腕をザックの肩ベルトに通せばいいのですが、20キロとなればそうはいきません。
そもそも細腕の管理人には片手じゃ持ち上げられません。
重いザックを背負うには、始めにある程度の高さがある岩や斜面、ベンチにザックを置いてその状態で両腕を肩ベルトに通すのが基本です。
しかし、そんな場所などそう簡単に見つかるわけありませんから、地面に置いたザックに近づくように腰を落として背負うことになります。
次にその姿勢から立ち上がるわけですが、これは20キロのバーベルを肩にかついでスクワットをするのと同じ動作です。実に辛いものです。

20キロのザックをなんとか担ぎ上げたとして、今日は花の写真を撮りたくて尾瀬まで来たので花に近づくために腰を落とし、撮り終わったら立ち上がる、それはまさにスポーツジムでおこなうスクワットの動作そのものです。これを数十回いや100回以上も繰り返すことになりますから、腰にも負担がかかります。太ももなどパンパンです。
ジムでのスクワットなら疲れたらお終いにすればいいのですが、現場だとそうもいきません。
花ある限り、スクワット。
もういい加減やめたいとは思うものの、習性なんですな。花を見つけたらしゃがんで写真を撮るのが、、、

ちなみに、これまでも重いザックのせいで大変な疲労感を味わうことが度々ありましたので、最近になって必要最小限の装備で快適に歩く、ウルトラライトハイキングなる精神でいこうと考えるようになったのですが、だめですね、身に染み込んだ習慣というものは。
やはり、あれもこれもとザックに詰め込むのが習慣になっているんです。
今度計画した山は距離がなんぼだから時間はこれくらいかかる、したがって水と食料はこのくらい見込むとか、傾斜の具合や危険箇所を事前に調べた上で、だから荷物はなにが必要だとか、そういったのが本来の計画だと思うのですが、それができない。
まっ、辛い思いをしながら少しずつウルトラライトハイキングに近づいていくしかないのかと、、、

あっ、そうだ。管理人、撮った写真を紙に焼いて額に入れて飾ったり、コンテストに出したりといった趣味はまったくなく、ただ単に記録のためにPCに保存しておくだけです。
これが後々の山行計画に役立つわけです。

でわでわ、管理人のバテぶりを振り返ってみましょうか。


尾瀬の福島県側の玄関口となる檜枝岐村御池。
300台を収容する大きな駐車場がある。
料金は1000円だが村内の旅館や民宿に泊まる場合は無料になるという、いいシステムになっている。
管理人は1泊800円のキャンプ場に泊まる予定だが、キャンプ場は対象外らしい(当たり前か)。


この日は平日であることと時間が早いことから駐車場はガラガラの状態。
燧ヶ岳の登山口は駐車場の一番奥にあるためこの位置に駐めた。


燧ヶ岳の登山口は駐車場奥の目立たない場所にあるので知らないとあちこち歩く廻ることになる。
管理人は5月に会津駒に登ったときに下調べをしておいた。


うひゃっ、なんだこれは?
キャベツいや、ハクサイか?
そのどちらでもなく、正解はミズバショウ。
いうまでもなく尾瀬を象徴する植物であり、これを目的に尾瀬を訪れる人が多いと言われている。
それにしてもこの大きさはなんだ、50センチはある。富栄養化が進んでいるのだろうか?


ゴゼンタチバナ


いよいよ上りの始まりだ。
ふふっ、なかなかですな。


木で作った階段が現れた。
そもそも山に階段があるということはそこが急傾斜であることを表しているわけで、階段の傾斜もきつい。
今日は初の燧ヶ岳へ登るので心勇んでやって来たがすでにザックの重さに負けている。
重力に逆らって身体を上方へ移動することの大変さは山登りをしている人ならわかるはずだが、20キロの荷を背負ってその動作をおこなうのは負担が大きい。これから先が思いやられそうだ。


入口で見たミズバショウと違って葉はまだ若芽で小さく、これこそ皆が見たくてやってくるミズバショウなのである。純白でたしかに美しい。
ただし、白い花のようなものは実際には花を包み込んでいる「苞」というもので、花は中央のツブツブである。ツブツブのひとつひとつが花で、これが多数集まったもの(花序)である。


ショウジョウバカマ


長い急傾斜から解放されて道は平坦に近くなった。


ミツバオウレン


タテヤマリンドウ


ワタスゲの花(中央のピンクはこれから咲くイワカガミ)


ワタスゲが花から実(果穗)になりかけのもの。


チングルマ


道が平らになったのはここが地図にある広沢田代という湿原だったからだ。


湿原にはこのような池塘の存在が欠かせない。


奥行きのあるいい湿原だ。すばらしい。


ミズバショウ
あぁ、こんな花たちに囲まれたまま山頂までいければ言うことなしなんだが、、、


うんにゃ、またもや階段。
ザックが肩に食い込む。腰ベルトで荷重を分散させても耐えられない重さだ。
重いザックは身体の動きに追随しなくて、反対に身体がザックに振られることになる。トレッキングポールで身体を支えザックの動きに注意を払いながら登っていく。


湿原の池塘群を見下ろす。


再び平坦地に出るとそこは熊沢田代。
田代とは湿原の意味である。
やはり湿原はいい。山の中腹に来て湿原に出合うと気持ちが穏やかになる。


燧ヶ岳が正面に迫ってきた。
いい形をしている。あれなら簡単に登れてしまいそうだ。


ここもお花畑。
ワタスゲにイワカガミ、チングルマが混成している。


なんと、ヒメシャクナゲではないか。
すげ~な、この湿原。


タテヤマリンドウ


チングルマ


熊沢田代を過ぎて雪が現れた。
踏跡はある。雪は腐ってはいるが足が潜ることなく歩ける。
このまま歩いて行けば山頂に達する、、、はず。


と思ったのは油断であった。
間もなく雪は消えて笹藪になってしまった。藪は進むほどに深くなったため進路を東へと変えた。


笹藪を東へ横断すると別の雪渓が現れた。
よしっ、今度はここを山頂に向かって進んでみよう。


雪渓はまたしても消えてなくなり今度はハイマツとシャクナゲの密林となった。
燧ヶ岳を登るのにこんな藪を突破しなくてはならないのかと心配された読者もいることだろう。が、安心してほしい。
実は管理人、初めの雪渓が地図のルートとは違っていることに気づいていたのだが、雪の上ならどこを歩いても山頂に達することを確信して歩いたのだ。
その結果が藪への突入となったわけで、地図のルート通り歩けば管理人のような苦労はしない。
正規のルートに軌道修正するのにわずか100メートルの距離を1時間もかけるという効率の悪い仕事をしてしまった。
2本の雪渓で失敗したわけだが、もう少し時期が早くて藪が雪に埋もれていればあの雪渓を登っていくことで山頂に到達するのではないか、そんなことを思った。
来年5月かな、それとも4月かな、もう一度来てみたい。


地図にある正規のルートに戻ってから山頂までは早かった。
ここは燧ヶ岳山頂の双こぶのうち、俎嵓(まないたぐら)。標高2346.3メートルの立派なピークである。


俎嵓の正面、西に別のピークが見える。
柴安嵓(しばやすぐら)で、標高が10メートル高く、あのピークが燧ヶ岳山頂である。
ここから見ると大きな雪渓の右に黒い筋がついていて山頂に向かっているが、あれが登山道らしい。
登山道は山頂直下で雪渓に突入している。


これが俎嵓から見た上方の雪渓。
ロープがかかっている。傾斜はかなり急である。
靴のままでは登れないのでロープにすがるしかないが、このロープは本格的なクライミング用のもので、体重をかけると伸びる。そうすると身体が弓反りになってしまう。ロープに頼るととても登りづらい。
できる限り露出した地面側に身体を寄せて、右足を地面に置き、左脚は雪面を蹴ってステップを作り足場として登っていく。


ほんの数メートルの雪の傾斜なのに悪戦苦闘した。遠くから見るのと実際とは大違いだ。
大変な苦労が伴ったが山頂だ。
燧ヶ岳の山頂に立ったというもの、ザックの重さに辟易していたため喜びは大きくない。疲れたのだ。
この負担から早く開放されたい。それしか頭にない。
疲れを癒そうとザックから菓子パンを取り出すが極度の疲れのためか食欲がない。
とはいえ、こういうときにこそエネルギーを補給しておかなければ危険なのだということを過去になんども経験している。無理をしてでも菓子パンを口にするのが大切だ。


今日の幕営地である尾瀬沼に下るにはさっき登った俎嵓にもう一度、立たなくてはならない。
菓子パンのエネルギーが体内に取り込まれたのか俎嵓に着いたら周りを見回す余裕が生まれた。
眼下には尾瀬沼が広がっている。
やや霞がかっているがあれが明日歩く予定の、憧れの尾瀬沼である。
長居をせず下山して早く横になろう。


ミヤマキンバイ
リュウキンカであろうと思ったのだが花の形が少し異なっている。
花弁の先端がへこみ、梅の花に似ているのだ。帰って図鑑やネットで調べたところ、ミヤマキンバイの特徴に近い。


ズームで撮ってみた。
まさに梅の花。
切れ込みが入った3つの小葉もリュウキンカと異なる。


エンレイソウ


俎嵓を下り始めると間もなく道は二手に分岐する。
直進するとナデッ窪に至る。今日、下山で予定していた道だ。
ところがロープが張ってあり入ってはいけないらしい。一時的なものなのか閉鎖されてしまったのか、説明がないためわからない。
ここは時間がかかるが長英新道で尾瀬沼に降りることにした。


ミネザクラが見ごろを迎えていた。


つぼみのユキザサ


初めて見るサンカヨウ。
群落を成していた。


同じ場所だがミネザクラをもう一枚。


長英新道は荒れている。
大雨が降ったらコースが水路と化すのは明白である。


今度は泥濘。


おぉ、長い道のりだったがようやく尾瀬沼に着いた。
これで20キロのザックから解放される。


あの建物は長蔵小屋だろうか?
今夜の宿泊地はあのすぐそばにあるはず。


ワタスゲが出迎えてくれた。


この木道の行き着く先が宿泊地である。


リュウキンカ


イワショウブ


オオバタチツボスミレ


立派なトイレの前を通過。
ここを訪れるハイカーやキャンプ場利用者が共用する。


ここが今夜の宿泊地、檜枝岐村営の尾瀬沼ヒュッテ。
このすぐ脇にテント場がある。
今日の行程なら無理をすれば日帰りでも可能な登山なので、ヒュッテもテント場も予約はしないで来た。
燧ヶ岳に登り始めて電話で確認し、ヒュッテかテント場のどちらかが空いていれば泊まるし、空いていなければ帰るつもりでいた。
電話をしたところテント場が空いているというので予約をした。
テント場を使うにはまず、ヒュッテに入って受付をする。料金800円はその際に支払う。料金を支払うとテントサイトが指定されるらしいが今日はガラ空きなのでどこでもいいらしい。
ヒュッテには温泉施設があって日帰り入浴ができるとパンフレットにあるが、今日は宿泊客で混んでいるためテント場利用者は使えないという。
汗で身体がべたついているが温泉で汗を流すのは諦めて、自販機で缶ビール(ロング缶650円)を買いテント場に移動することにした。


尾瀬沼ヒュッテが管理しているテント場。
1本の道を挟んで両側に木のデッキが28基設置されていて、テントはこの上に設営する。
今日は先着のテントが5張、設営されていた。


とにかく早く横になりたい。
テント場につくなりザックを下ろし中からツェルトを取り出して設営。マットを広げて仰向けになり身体を休めること10数分、ときおり半身を起こしてはヒュッテで買った缶ビールをゴクッとやってはまた仰向けになる。
缶ビールが空になった頃、ようやく人心地がつく。
ツェルトは10年以上前に購入したEureka(ヨーレイカ)の自立式のもの。2本のポールをツェルトのスリーブに差し込むだけでテントのように自立する。1分もかからず設営が終わる。
テントとの違いは耐雨性に劣るのと底が立ち上がっていないため雨や虫が侵入すること。それさえ我慢すれば十分、役に立つ。それに軽いし。


照明や水道設備があるキャンプ場と違ってここはなにもないから、日没までにすべてのことを終わらせなくてはならない。
さっそく夕飯の準備に取りかかるとしよう。
ただし、疲れているので手間はかけられないから調理などといった面倒なことはしない。そこで登場するのがアルファ米とレトルトパックのカレーである。
アルファ米は袋の中に熱湯を注いで20分おけば美味しいご飯に化けるから、山では重宝する。それに軽い。
カレー(でなくてもいいのですが)はコッフェルで5分もボイルすれば出来上がる。重いけれどこれも重宝している。
これを時系列で書くと、コッフェルに500ミリリットルほどの水とカレーのレトルトパックを入れてガスストーブにかける。水が沸騰したら500ミリリットルのうち、150ミリリットルをアルファ米が入った袋に注いでチャックを閉める。15分ほど経過したところで再び、ガスストーブを点火してカレーを温める。
ご飯は出来上がっているので器に移し、カレーをかければ一品が完成する。
お湯は350ミリリットル残るが、これはスープやコーヒーなどに使う。水筒に戻して翌日使うのでもいい。


夕食にカレーだけでは酒を飲むのに物足りない。
そこでコンビニで見つけたセロリとその隣にあったビーフジャーキー、さらにその隣にあったごぼうサラダの出番となる。
数日前に作ったキュウリとカリフラワー、パプリカのピクルスも持参した。ピクルスはジップロックに入れたまま食べることにする。
ここまで準備する間に缶ビールを飲み干してしまったので、持参した赤ワインを紙コップに注いだ。

画像でおわかりのように器はすべて使い捨てのものにした。
山での食事のスタイルは人それぞれ異なって当然だと思うが、洗い場のないキャンプ場は使い終わったあとの食器はそのままゴミ袋に入れて持ち帰るのが手っ取り早い。
コッフェルやシェラカップ、マグカップに食材を盛って、食べ終わったら汚れをペーパーで拭き取ってきれいにするという方法もあるが、器に何を盛るか、行程はどれくらいかといった要素で使い捨てやそうでない容器を使い分けるのがいいと思う。


アルファ米は水さえあれば時間はかかるが湧かさなくてもご飯になる。熱湯なら15分から20分でできる。
今日は白米を持参したが他にもいろいろな種類があって選択肢が広い。
長期保存を目的として開発されていて常温で5年間保存できる。レトルト食品のように賞味期限を頻繁に確認する必要もなく、ほったらかしでも安心だ。
管理人が持参したのは賞味期限が2017年4月23日までなので2ヶ月前に切れているが、まっ、それは誤差のうち。
ん~、いや、違うな。2017年ではなく2007年になってる!
なんと、賞味期限が切れて10年も経過しているではないか。
保存期間が5年として2002年つまり今から15年前に製造されたものだ。
なんとなんと、自室に保存しておいたものを無造作にザックに詰め込んだのだが、まさかこんなに古いものだったとは知らなかった。でもここまで来たからには仕方がない。お湯も入れてしまったし、、、
でも美味しく食べられました。すごいぞアルファ米!
いや、すごいのはおいらの胃腸の方か(笑)


夕食を終えたのでそろそろ寝ることにして、その前にトイレを済ませておこう。
トイレはキャンプ場専用ではなく尾瀬沼を訪れるハイカーとの共用で、場所も離れている。
管理人が今いる位置がトイレがある場所で、すぐ近くに長蔵小屋が見える。ハイカー憧れの長蔵小屋である。いつかは泊まってみたい。


6月30日(金)
深夜10時頃、ツェルトを叩く雨音で目が覚めた。
気にはなっていたがとうとう降り出してしまった。
雨は朝になっても降り続いている。
今日は尾瀬沼を一周する予定だ。
コンビニで買ったバターロールにチーズとごぼうサラダを挟んで3ヶ食べた後、雨具を着けてツェルトをたたむ。


濡れた木道は滑る。
雨を想定し「わらじ」を持参した。
ホームセンターでポリプロピレンのロープを購入し、自分で編んだものである。


ニリンソウ


コバイケイソウ


右回りに歩いて三平下の尾瀬沼山荘まで来た。
建物の前が大きな広場になっている。ここへ来てなにやら心の中がざわついた。
今から30年前、末っ子が3歳の頃、家族5人で尾瀬に来て、ハイキングをしたことがあった。
昔のことゆえ、どこをどう歩いたのかほとんど記憶に残っていないが、この広場はなんとなく覚えている。子どもたちが遊んだ場所だったはずだ。


少しの間、30年前の記憶に浸った後、沼尻へと進むことにした。
木道に通行止めの札がかかっている。
残雪が多く危険だからというのが通行止めの理由として書かれている。
残雪? 標高は1600メートルあるもののまさか残雪があるとは思えない。札の外し忘れではないのか?
たとえ残雪が本当の理由であったとしても細心の注意を払って歩けば問題ないはずだ。
通行止めのロープを跨ぐことに罪悪感はあったが、事故は絶対に起こさないことを肝に銘じて先へと進んだ。


ミズバショウの群落


沼尻に到着。
ここに建物があったことを示す基礎がある。建物は2015年9月に火事で全焼してしまったらしい。
そういえば昔、家族で尾瀬沼を歩いたとき、沼の畔の売店で飲み物を買って飲んだことを思い出した。もしかするとここだったのかも?
その時、管理人は紙パックに入った赤ワインをストローで飲んだのだがこれが悪い結果をもたらせた。身体は水を欲していたところへアルコールが入ったものだから悲鳴を上げた。今でいえば脱水症状の身体に輪をかけたことになったわけだ。頭はボーッとし足はふらつき、這々の体で沼山峠にたどり着いた。
余談だが当時、尾瀬の通行規制はまだなく、マイカーで沼山峠まで行くことができた。


建物とは別の場所にあるトイレは焼けずに残っている。
尾瀬の他の場所にあるトイレと同じくバイオシステムを使ったもので、汚物はタンクに溜めて満タンになるとヘリコプターで運び出すようになっている。お金がかかっているのだ。


木道は4叉路になっていて直進すると燧ヶ岳、左は尾瀬ヶ原、右へ行くと昨夜泊まったキャンプ場へ行く。
今日は尾瀬沼を一周したら帰るので右へ折れて尾瀬沼沿いに歩く。
道標の右半分が黒くなっているのは火がここまで達したことを示している。


ここから尾瀬沼北岸となるが沼は木道から少し離れてある。沼のすぐ脇を歩けるわけではないことがわかった。


ミズバショウの群落


オオバタチツボスミレ


次に出発地となる御池へ戻るためのバス乗り場へ。
この分岐は道なりに沼山峠へと向かう。
昨日から今日にかけて食料と水を消費したとはいえザックはまだ重い。
ザックが軽ければ楽に回れた尾瀬沼だが途中でなんども休憩する始末だった。
早く車に乗り込み自宅へ帰りたい。冷たいビールを飲むために。


重い足取りでバスが発車する沼山峠に着いた。
雨の影響があるのか閑散としている。
バスは10時15分に発車するらしい。
それまでベンチに腰を下ろして休憩することにした。


バスは車をデポした御池の駐車場に着いた。
車は駐車場の最奥、燧ヶ岳登山口に置いてある。
そこまでの100メートルが長かった。

日本百名山・会津駒ヶ岳。ホワイトアウトの中、こわごわ山頂へ。

2017年5月12日(金) 濃霧のち晴れ

国道(7:13)~滝沢登山口(7:37)~駒ノ小屋(10:42)~駒ヶ岳(11:05/11:20)~駒ノ小屋(11:45/12:25)~滝沢登山口(14:12)~国道(14:38)

昨年10月、初めて県外の山を経験した。
福島県の会津駒ヶ岳である。

その辺りの理由と会津駒ヶ岳(以下、会津駒)を選んだ経緯は過去のブログに詳しく書いてあるので参照いただくことにして、初めて経験する県外の山、会津駒は、これまでの管理人の山にたいする印象を180度ひっくり返すほど新鮮で素晴らしいものであった。
あぁ、山ってホントにいいもんだなぁ、などとありきたりの言葉しか出てこないが、日光そして日光近隣の山しか知らない管理人としてはこれが会津駒を登っての正直な感想なのである。

第1登目:2017/10/12
第2登目:2017/10/19

山にはいろいろな楽しみ方があろうかと思う。
管理人、いまでこそロープや鎖がかかっている岩場やそこに熊が潜んでいるような藪を好んで歩くが、本質は違う。歩きながら遠くの景色が眺められるような開放感のある尾根を歩くことを求めている。
「歩きながら」というのが重要である。
山頂に立てば見晴らしがいいなんてのは山では当たり前だ。
そうじゃなくて、山頂に達するまでの間、歩きながら景色を楽しみたいのだ。

昨年10月に見た会津駒ヶ岳。駒ノ小屋から撮影

 

それが日光では得られない裏返しとして、岩場歩きや藪歩きに楽しさを求めるようになったんではなかろうか、冷静に考えるとそんな気がしている。

今年はもっと真っ当な歩きを楽しもう。
それには福島だ!!

頭の中がかなりショートカット、つまり短絡しているが、どこまでも平らな湿原が広がっている会津駒を経験してからというもの、心は日光から離れてもはや福島県の山にある(笑)

会津駒ヶ岳を極めたい!!!

これが今年の山への取り組み姿勢である。
一冊の本になるくらい、会津駒を徹底的に歩き、知り尽くすのだ(いいのかね、大きな声で言っちゃって)。

それでは3回目の会津駒ヶ岳を目指すことにする。

南北に細長い檜枝岐村を1本の国道、352号線が貫いている。
登山口の入口は民宿などの建物が見え始めるところにある
それらの建物に差しかかるとすぐ、右手に「尾瀬国立公園・会津駒ヶ岳滝沢登山口」と書かれた大きな木の柱が立っているのが目に入る。具体名でいえば民宿「すぎのや」の向かいである。
そこを右へ入ると檜枝岐川へ注ぐ「下ノ沢」が流れていて、並行して急坂をアスファルト道路が上に向かっている。

登山口の入口に清潔なトイレ(画像左)がある。
バスを利用する場合は民宿「すぎのや」の前で降り、ここに見える車道の終わりまで歩く。そこが滝沢登山口である。
マイカーの場合は滝沢登山口まで進入でき、早朝なら登山口手前の駐車スペースに駐めることができる。駐車スペースがいっぱいのときは国道を戻って村の運動公園内の駐車スペースに駐め、バス利用者と同じく登山口まで歩く。

昨年10月に来たときは車道を駐車スペースまで行けたが、この時期はまだ降雪や凍結があるのか通行止めになっていて、今日は歩いて登山口まで行く必要があった。


これが「下ノ沢」。
雪解け水が流れ込んでいるのであろう、ものすごい水量だ。
分類は沢だが、日光の沢のように静かな流れではない。ゴウゴウと音を立てて流れ、氾濫した川といってもおかしくないくらいだ。


車道は登山口に至るまでヘアピンカーブを繰り返すため、歩くには距離が長い。
そこで徒歩の人のためにショートカットする道がつくられていて、歩く距離が短縮されている。


車道でさえ急なのにショートカットの道はさらに急である。


ここで車道と合流。
地図で距離を測定すると車道を歩くのに比べてショートカットは約700メートル短縮される。
ここは駐車スペースになっていて昨年2回目はここに駐めた。


車道はこの先に車止めが設置されていて、通常時期でもそれ以上は行けない。
車止めの手前は駐車スペースになっていて10数台駐めることができる。
昨年1回目はここに駐めることができた。


ここが実質的な登山口となる。登山届けを入れるポストがある。
長さは短いが急階段。


階段を登り終えると登山道に変わる。傾斜はきつい。


早くも雪が現れた。


むっ、雪の厚さが増した。それに傾斜はさらに急になった。
靴のままで歩くのはこれが限界と判断した。


アイゼンとチェーンスパイクを持参したが、傾斜と積雪を考慮すると選択肢はアイゼンしかなかった。


山頂まで4.1キロとある。
2時間半から3時間はかかりそう。


モノトーンの世界の中、マンサクが薄黄色の花をつけている。


前を行く男女3名のパーティーに追いつく。
挨拶を交わした後、先へ行かせてもらった。


標高1630メートル付近。
尾根幅が広くなり進むべき方向を見失いがちになる。
地図で尾根の方向を確かめながら進んでいく。


霧が深くなり視界不良。距離感がつかめない。
一方で幻想的な景色が楽しめた。


標高が2020メートルを超えた。
視界がよければこの辺りで駒ノ小屋が確認できるはずなのだが、深い霧でなにも見えず。進むべき方向さえまったくわからない。
無駄な動きをしないよう、手っ取り早くGPSが示す駒ノ小屋を目指して進む。
会津駒ではないが遭難者を発見した場所が避難小屋のすぐ脇だったという事故が昔、実際にあったくらいだ。そんな目に遭いたくはない。ここはGPSを大いに活用すべきだ。


すぐ先にこのような目印となるポールが目に入った。
おおよそ50メートルおきに設置されている。


次の50メートルの間はご覧の通り。なにも見えない。

霧がなければおそらくこんな光景(もっと近づいていると思う)。



お~、あれはもしや駒ノ小屋か?
2棟の建物のうち1棟の屋根には無線のアンテナが立っている。
間違いない。


正面に廻ってみると入口の扉の前は雪がかいてある。
人が出入りしている証だ。
それにしてもなんだ、この光景はおとぎ話に出てくる家のような雰囲気ではないか。中はどうなっているのかあとで見学させてもらおう。


さあ、今日の目的地、会津駒の山頂を目指そう。
山頂は駒ノ小屋の脇に佇む駒ノ大池を回り込み、湿原の中の木道を歩いて最後に深い樹林帯を急登したところだ。だが、霧でほとんどなにも見えない今は雪のない時期のイメージとほど遠い情景である。
もうただ霧の中を高みへと向かって黙々と歩くしかない。


傾斜が緩くなった。
ということは山頂が近いのか。
昨年歩いた急傾斜は通り過ぎたのだろうか。


やったぞっ、山頂だ。
先ほどの駒ノ小屋と同じく、霧の中にいきなり出現した。
ここまで来て、昨年10月に比べて歩いた感じがかなり違うことに思い当たった。
雪の有無という違いはもちろんあるのだが、そうではない。
それがわかったのは駒ノ小屋まで下山して振り返ったときだ。


この山名を刻んだ木の柱は高さ3メートルもある大きなものだ。
まだ半分埋もれているのでここの積雪は1メートル50はあると思う。
標高2132メートル、麓との標高差は1200メートルだから標高差だけを考えると女峰山よりも大きい。それに雪の量は桁違いだ。
初めて登る残雪の会津駒ヶ岳。よくやった!
深い霧で景色はまったく見えないがそれでも大きな達成感を得ることができた。満足感が管理人の心を満たしている。
晴れていればここから中門岳に向かって湿原を従えた長い稜線がよく見えるはずだが、そこまで贅沢は望まない。次の機会までとっておこう。
霧に包まれた山頂をあとに下山することにした。
さあ、これから駒ノ小屋まで戻って昼メシだ。


駒ノ小屋まで下りて振り向くと雲間から青空がのぞいている。
このまま雲が流れ去ってくれるとありがたい。
先ほど、雪のない季節に登ったときと今日とでは感じが違うと書いたが、霧が晴れてその謎が解けた。
今日はここから見える雪の斜面を山頂まで行った。
昨年10月はここから黒っぽく見える斜面(樹林帯)に入り、途中で右に折れて同じく樹林帯を歩いて山頂に達したはずだ。


雲がほぼとれて先ほどよりもさらに青空が広がった。
おぉ、ついにやったぞ。どんなもんだい!
べつに管理人がなにかをしたというわけではないが、そんな気持ちになった。
う~ん、なんと素晴らしい景色だ。
目の前にこのような景色が見られるのは日光では女峰山くらいしか思い当たらない。福島県に引っ越したい(笑)

雪のない季節の光景



駒ノ小屋の南西には尾瀬を象徴する燧ヶ岳が見える。
あそこも今年の目標だ。
燧ヶ岳の手前からこちらへ向かって延びているのは富士見林道。
昨年2回目はキリンテ(富士見林道の燧ヶ岳側)から登り始めてここまでやって来たのだ。すばらしい稜線歩きが楽しめた。尾根のサイドは湿原になっていて木道を歩くようになっている。湿原は高山植物の宝庫らしいことがわかった。


下山途中で振り返って富士見林道を見ると、斜面中腹の地面が露出して黒々としている。
あの部分で全層雪崩が発生したようだ。
目測だが雪の厚さは1メートル以上、幅30メートル、長さ50メートルという規模だ。
雪の重さは水の1/3程度らしいから、雪崩れた雪の重さは1×30×50×0.3=450トンということになる。この膨大な量の雪に飲み込まれたら人間なんてひとたまりもないことがわかる。


遠くに山を眺めながらの下山は気持ちがいい。
雪は適度に締まっていてアイゼンがよく食い込むから不安はまったくない。
上りでは急な傾斜に苦しんだがその分、下りは快適だ。


ルートのすぐ脇に大きなクラックがあるのを見た。
尾根脇の傾斜は緩いので雪崩れてはいないが、全層雪崩の正体を見るような光景だ。


雪がなくなった。ゴールは近い。


無事に下山。



登山口から山頂まで一方的な上りが続くが中腹に差しかかると前方に駒ノ小屋を見ながら歩くようになる。その位置まで来ると道の両側に湿原が広がり、いい雰囲気となる。きつい上りの厳しさも忘れさせてくれる。


オマケ

10日に檜枝岐に入り、今日で3日。
昨日予定していたのに暴風雨で中断して今日に延期した。
あまり長い間、留守もできないので下山したら帰るつもりだった。
その時間は十分あったが駒ノ小屋で出合った青年と話をしていると今夜、村内で伝統の芸能がおこなわれると聞いた。青年はそれが主目的で岐阜県からやって来たとのことだ。
伝統芸能とは270年以上も前から受け継がれている歌舞伎のことで、村民による演出、演技だそうだ。「檜枝岐歌舞伎」という県指定の重要無形民俗文化財になっている。

この時間に帰宅するなら深夜にはならない。しかし年に3回しか上演されない貴重な日に会津駒に登ったのもなにかの縁だ。
この縁を大切にし、これからも無事に会津駒に登れることを祈念して、檜枝岐歌舞伎を観賞することにした。

ただし、上演は夜になるため終わったら泊まることを前提に考えなくてはならない。
実は10日と11日の二日間、車の中で寝た。しかも軽自動車ジムニーという、狭い空間でだ。
登山口に朝早く着いたときに仮眠したり、下山が遅くなったときに夜を明かせるようにと、改造を施してある。二日間、快適に寝ることができた。
しかし、せっかく檜枝岐歌舞伎を観賞するのだ。その余韻を味わいながらもっと快適に寝たいものだ。

観賞しようと決めてからの行動は早かった。
昨年、2回目の会津駒登山の際にお世話になった民宿に電話で申し込み、予約を取った。
昨年泊まったときの対応がよかったし、料理は物珍しいものばかりで酒の肴にぴったりだったのだ。
→民宿「こまどり」。
画像は檜枝岐に昔から伝わる「山人(やもうど)料理」、この他に裁ち蕎麦とご飯がつく。


歌舞伎の舞台への道


県指定重要無形民俗文化財の檜枝岐歌舞伎。
舞台は国指定重要有形民俗文化財になっている。