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日本百名山・会津駒ヶ岳。ホワイトアウトの中、こわごわ山頂へ。

2017年5月12日(金) 濃霧のち晴れ

国道(7:13)~滝沢登山口(7:37)~駒ノ小屋(10:42)~駒ヶ岳(11:05/11:20)~駒ノ小屋(11:45/12:25)~滝沢登山口(14:12)~国道(14:38)

昨年10月、初めて県外の山を経験した。
福島県の会津駒ヶ岳である。

その辺りの理由と会津駒ヶ岳(以下、会津駒)を選んだ経緯は過去のブログに詳しく書いてあるので参照いただくことにして、初めて経験する県外の山、会津駒は、これまでの管理人の山にたいする印象を180度ひっくり返すほど新鮮で素晴らしいものであった。
あぁ、山ってホントにいいもんだなぁ、などとありきたりの言葉しか出てこないが、日光そして日光近隣の山しか知らない管理人としてはこれが会津駒を登っての正直な感想なのである。

第1登目:2017/10/12
第2登目:2017/10/19

山にはいろいろな楽しみ方があろうかと思う。
管理人、いまでこそロープや鎖がかかっている岩場やそこに熊が潜んでいるような藪を好んで歩くが、本質は違う。歩きながら遠くの景色が眺められるような開放感のある尾根を歩くことを求めている。
「歩きながら」というのが重要である。
山頂に立てば見晴らしがいいなんてのは山では当たり前だ。
そうじゃなくて、山頂に達するまでの間、歩きながら景色を楽しみたいのだ。

昨年10月に見た会津駒ヶ岳。駒ノ小屋から撮影

 

それが日光では得られない裏返しとして、岩場歩きや藪歩きに楽しさを求めるようになったんではなかろうか、冷静に考えるとそんな気がしている。

今年はもっと真っ当な歩きを楽しもう。
それには福島だ!!

頭の中がかなりショートカット、つまり短絡しているが、どこまでも平らな湿原が広がっている会津駒を経験してからというもの、心は日光から離れてもはや福島県の山にある(笑)

会津駒ヶ岳を極めたい!!!

これが今年の山への取り組み姿勢である。
一冊の本になるくらい、会津駒を徹底的に歩き、知り尽くすのだ(いいのかね、大きな声で言っちゃって)。

それでは3回目の会津駒ヶ岳を目指すことにする。

南北に細長い檜枝岐村を1本の国道、352号線が貫いている。
登山口の入口は民宿などの建物が見え始めるところにある
それらの建物に差しかかるとすぐ、右手に「尾瀬国立公園・会津駒ヶ岳滝沢登山口」と書かれた大きな木の柱が立っているのが目に入る。具体名でいえば民宿「すぎのや」の向かいである。
そこを右へ入ると檜枝岐川へ注ぐ「下ノ沢」が流れていて、並行して急坂をアスファルト道路が上に向かっている。

登山口の入口に清潔なトイレ(画像左)がある。
バスを利用する場合は民宿「すぎのや」の前で降り、ここに見える車道の終わりまで歩く。そこが滝沢登山口である。
マイカーの場合は滝沢登山口まで進入でき、早朝なら登山口手前の駐車スペースに駐めることができる。駐車スペースがいっぱいのときは国道を戻って村の運動公園内の駐車スペースに駐め、バス利用者と同じく登山口まで歩く。

昨年10月に来たときは車道を駐車スペースまで行けたが、この時期はまだ降雪や凍結があるのか通行止めになっていて、今日は歩いて登山口まで行く必要があった。


これが「下ノ沢」。
雪解け水が流れ込んでいるのであろう、ものすごい水量だ。
分類は沢だが、日光の沢のように静かな流れではない。ゴウゴウと音を立てて流れ、氾濫した川といってもおかしくないくらいだ。


車道は登山口に至るまでヘアピンカーブを繰り返すため、歩くには距離が長い。
そこで徒歩の人のためにショートカットする道がつくられていて、歩く距離が短縮されている。


車道でさえ急なのにショートカットの道はさらに急である。


ここで車道と合流。
地図で距離を測定すると車道を歩くのに比べてショートカットは約700メートル短縮される。
ここは駐車スペースになっていて昨年2回目はここに駐めた。


車道はこの先に車止めが設置されていて、通常時期でもそれ以上は行けない。
車止めの手前は駐車スペースになっていて10数台駐めることができる。
昨年1回目はここに駐めることができた。


ここが実質的な登山口となる。登山届けを入れるポストがある。
かなり長い急階段だが霧降高原ほどではない。


階段を登り終えると登山道と変わる。傾斜はきつい。


早くも雪が現れた。


むっ、雪の厚さが増した。それに傾斜はさらに急になった。
靴のままで歩くのはこれが限界と判断した。


アイゼンとチェーンスパイクを持参したが、傾斜と積雪を考慮すると選択肢はアイゼンしかなかった。


山頂まで4.1キロとある。
2時間半から3時間はかかりそう。


モノトーンの世界の中、マンサクが薄黄色の花をつけている。


前を行く男女3名のパーティーに追いつく。
挨拶を交わした後、先へ行かせてもらった。


標高1630メートル付近。
尾根幅が広くなり進むべき方向を見失いがちになる。
地図で尾根の方向を確かめながら進んでいく。


霧が深くなり視界不良。距離感がつかめない。
一方で幻想的な景色が楽しめた。


標高が2020メートルを超えた。
視界がよければこの辺りで駒ノ小屋が確認できるはずなのだが、深い霧でなにも見えず。進むべき方向さえまったくわからない。
無駄な動きをしないよう、手っ取り早くGPSが示す駒ノ小屋を目指して進む。
会津駒ではないが遭難者を発見した場所が避難小屋のすぐ脇だったという事故が昔、実際にあったくらいだ。そんな目に遭いたくはない。ここはGPSを大いに活用すべきだ。


すぐ先にこのような目印となるポールが目に入った。
おおよそ50メートルおきに設置されている。


次の50メートルの間はご覧の通り。なにも見えない。

霧がなければおそらくこんな光景(もっと近づいていると思う)。



お~、あれはもしや駒ノ小屋か?
2棟の建物のうち1棟の屋根には無線のアンテナが立っている。
間違いない。


正面に廻ってみると入口の扉の前は雪がかいてある。
人が出入りしている証だ。
それにしてもなんだ、この光景はおとぎ話に出てくる家のような雰囲気ではないか。中はどうなっているのかあとで見学させてもらおう。


さあ、今日の目的地、会津駒の山頂を目指そう。
山頂は駒ノ小屋の脇に佇む駒ノ大池を回り込み、湿原の中の木道を歩いて最後に深い樹林帯を急登したところだ。だが、霧でほとんどなにも見えない今は雪のない時期のイメージとほど遠い情景である。
もうただ霧の中を高みへと向かって黙々と歩くしかない。


傾斜が緩くなった。
ということは山頂が近いのか。
昨年歩いた急傾斜は通り過ぎたのだろうか。


やったぞっ、山頂だ。
先ほどの駒ノ小屋と同じく、霧の中にいきなり出現した。
ここまで来て、昨年10月に比べて歩いた感じがかなり違うことに思い当たった。
雪の有無という違いはもちろんあるのだが、そうではない。
それがわかったのは駒ノ小屋まで下山して振り返ったときだ。


この山名を刻んだ木の柱は高さ3メートルもある大きなものだ。
まだ半分埋もれているのでここの積雪は1メートル50はあると思う。
標高2132メートル、麓との標高差は1200メートルだから標高差だけを考えると女峰山よりも大きい。それに雪の量は桁違いだ。
初めて登る残雪の会津駒ヶ岳。よくやった!
深い霧で景色はまったく見えないがそれでも大きな達成感を得ることができた。満足感が管理人の心を満たしている。
晴れていればここから中門岳に向かって湿原を従えた長い稜線がよく見えるはずだが、そこまで贅沢は望まない。次の機会までとっておこう。
霧に包まれた山頂をあとに下山することにした。
さあ、これから駒ノ小屋まで戻って昼メシだ。


駒ノ小屋まで下りて振り向くと雲間から青空がのぞいている。
このまま雲が流れ去ってくれるとありがたい。
先ほど、雪のない季節に登ったときと今日とでは感じが違うと書いたが、霧が晴れてその謎が解けた。
今日はここから見える雪の斜面を山頂まで行った。
昨年10月はここから黒っぽく見える斜面(樹林帯)に入り、途中で右に折れて同じく樹林帯を歩いて山頂に達したはずだ。


雲がほぼとれて先ほどよりもさらに青空が広がった。
おぉ、ついにやったぞ。どんなもんだい!
べつに管理人がなにかをしたというわけではないが、そんな気持ちになった。
う~ん、なんと素晴らしい景色だ。
目の前にこのような景色が見られるのは日光では女峰山くらいしか思い当たらない。福島県に引っ越したい(笑)

雪のない季節の光景



駒ノ小屋の南西には尾瀬を象徴する燧ヶ岳が見える。
あそこも今年の目標だ。
燧ヶ岳の手前からこちらへ向かって延びているのは富士見林道。
昨年2回目はキリンテ(富士見林道の燧ヶ岳側)から登り始めてここまでやって来たのだ。すばらしい稜線歩きが楽しめた。尾根のサイドは湿原になっていて木道を歩くようになっている。湿原は高山植物の宝庫らしいことがわかった。


下山途中で振り返って富士見林道を見ると、斜面中腹の地面が露出して黒々としている。
あの部分で全層雪崩が発生したようだ。
目測だが雪の厚さは1メートル以上、幅30メートル、長さ50メートルという規模だ。
雪の重さは水の1/3程度らしいから、雪崩れた雪の重さは1×30×50×0.3=450トンということになる。これに飲み込まれたら人間なんてひとたまりもない。


遠くに山を眺めながらの下山は気持ちがいい。
雪は適度に締まっていてアイゼンがよく食い込むから不安はまったくない。
上りでは急な傾斜に苦しんだがその分、下りは快適だ。


ルートのすぐ脇に大きなクラックがあるのを見た。
尾根脇の傾斜は緩いので雪崩れてはいないが、全層雪崩の正体を見るような光景だ。


雪がなくなった。ゴールは近い。


無事に下山。



登山口から山頂まで一方的な上りが続くが中腹に差しかかると前方に駒ノ小屋を見ながら歩くようになる。その位置まで来ると道の両側に湿原が広がり、いい雰囲気となる。きつい上りの厳しさも忘れさせてくれる。


オマケ

10日に檜枝岐に入り、今日で3日。
昨日予定していたのに暴風雨で中断して今日に延期した。
あまり長い間、留守もできないので下山したら帰るつもりだった。
その時間は十分あったが駒ノ小屋で出合った青年と話をしていると今夜、村内で伝統の芸能がおこなわれると聞いた。青年はそれが主目的で岐阜県からやって来たとのことだ。
伝統芸能とは270年以上も前から受け継がれている歌舞伎のことで、村民による演出、演技だそうだ。「檜枝岐歌舞伎」という県指定の重要無形民俗文化財になっている。

この時間に帰宅するなら深夜にはならない。しかし年に3回しか上演されない貴重な日に会津駒に登ったのもなにかの縁だ。
この縁を大切にし、これからも無事に会津駒に登れることを祈念して、檜枝岐歌舞伎を観賞することにした。

ただし、上演は夜になるため終わったら泊まることを前提に考えなくてはならない。
実は10日と11日の二日間、車の中で寝た。しかも軽自動車ジムニーという、狭い空間でだ。
登山口に朝早く着いたときに仮眠したり、下山が遅くなったときに夜を明かせるようにと、改造を施してある。二日間、快適に寝ることができた。
しかし、せっかく檜枝岐歌舞伎を観賞するのだ。その余韻を味わいながらもっと快適に寝たいものだ。

観賞しようと決めてからの行動は早かった。
昨年、2回目の会津駒登山の際にお世話になった民宿に電話で申し込み、予約を取った。
昨年泊まったときの対応がよかったし、料理は物珍しいものばかりで酒の肴にぴったりだったのだ。
→民宿「こまどり」。
画像は檜枝岐に昔から伝わる「山人(やもうど)料理」、この他に裁ち蕎麦とご飯がつく。


歌舞伎の舞台への道


県指定重要無形民俗文化財の檜枝岐歌舞伎。
舞台は国指定重要有形民俗文化財になっている。

2登目の百名山・会津駒ヶ岳はキリンテから登って滝沢へ下るロングコース。中門岳の大展望に圧倒される。

2016年10月19日(水) 晴れ

キリンテ登山口(6:45)~大津岐峠(9:27/9:45)~駒ノ小屋(11:10/11:26)~会津駒ヶ岳(11:38/11:45)~中門岳(12:20/12:33)~駒ノ小屋(13:23/13:30)~滝沢登山口(15:29)
※距 離:19キロメートル(GPSログより)
※時 間:8時間44分(1時間の休憩を含む)

会津駒ヶ岳から中門岳へ向かう雄大な稜線

今月7日、栃木県と福島県の県境にある馬坂峠から帝釈山に登った帰りに檜枝岐の国道を通過中、旅館や民宿が集まる一角に、会津駒ヶ岳(以下、会津駒)の登山口があるのを見つけた。あれれっ、帝釈山よりも近いところに会津駒の登山口があるんだと驚いて、5日後の12日、さっそく登ってみた→こちら

そして今日、2週続けて会津駒に登ることにしたわけだがこの辺、管理人の性格とでもいうか、初登でなにか気にかかることがあるとそれを次回、次々回、、、さらに次の機会にと同じ山に通ってこの目で確認してみないことには気持ちが治まらないのだ。アタシって偏執的なのかしら?

会津駒初登でなにが気になったかといえば、山頂から中門岳(ちゅうもんだけ)に向かって実になだらかな稜線が延び、そこは池塘が点在する広大な湿原になっているらしい。その湿原は初夏になるとさまざまな植物の花で賑わいを見せ、それは見事だそうだ。
さらには管理人が見つけた登山口(滝沢登山口)の他にもキリンテという登山口があって、往復、別のルートを歩くことができ、そうすると20キロほどの長いトレッキングが可能という、まさに管理人好みのルート設定ができそうだということが地図とガイドブックでわかった。
12日は会津駒まで行ったところで天候が急変したため、やむを得ず下山。中門岳を諦めた経緯がある。
それだけに次は中門岳までの稜線と、キリンテと会津駒を結ぶ稜線を歩いてみたいという思いが強くなった。

そんなことを考えていたところに、解決しなくてはならないふたつの大きな問題にぶつかった。
登山口と下山口を別にすると下山後、車を置いた登山口まで戻る必要がある。それは当然のこととして、問題はその手段だ。
登山口と下山口はそれぞれ国道沿いにある。バスが運行しているが日に数本しかないことがわかった。登山口と下山口との距離は約5キロ、徒歩で1時間以上かかる。登山靴でアスファルト道路を5キロも歩くのは勘弁してほしい。
そこでこの問題を解決するための手段として、登山口と下山口の間を自転車で移動しようと考えた。
自転車をキリンテにデポし、車は滝沢登山口の駐車場に置いて歩き始め、キリンテに下山して自転車で滝沢登山口に戻るというものだ。

ただし、この反対はだめだ。致命的な疲れとなって現れる。
なぜなら滝沢登山口からキリンテに向かって上り坂になっているからだ。20キロも歩いて最後に上り坂を自転車で走ろうものなら疲れ果て、帰りは居眠り運転必至だ。

もうひとつの問題は12日は日帰りだったのだが、登山に要する時間が短かったのが救いとなった。下山後は檜枝岐から自宅まで3時間の運転だったが、なんとか無事に自宅に帰り着いた。しかし今度はそうはいかない。
推定20キロ、歩行9~10時間としてその上に往復6時間もの車の運転が加わる。年老いた管理人にそれを日帰りでおこなえというのはいくらなんでも無理がある。
前の日に宿泊して翌日、朝早く登り始める、それが答だ。それしか問題を解決する方法はない。

解決方法が決まれば行動は早い。
折りたたみ自転車、一人用のテントと寝袋、自炊道具他、野営道具一式を車に積み込んで出発に備えた。
檜枝岐を通る国道に面して清潔なトイレを備えた駐車場があるので、そこで一晩明かす予定だ。テントは気温が下がるのを想定し、車内に張るつもりで持参する。
国道は尾瀬御池で行き止まりになるので、駐車場前を走る車は少ない。夜間は皆無とみた。静かな環境で十分な睡眠が約束される、そんな考えであった。

そこまで準備を進めたところでふと、別の案件が頭をよぎった。
会津駒に登るのにどのガイドブックを見ても滝沢登山口を推奨していて下山も同じルート。
キリンテを登山口にする場合は距離が長くなるので山小屋に泊まって翌日、下山することを推奨している。キリンテは駐車場が数台分しかないこともその理由らしいが、大きな理由はルートの厳しさらしい。もしもキリンテを利用する場合は下りのみだそうだ。
昭文社「山と高原地図」に書かれている所要時間を比較すると、滝沢登山口から会津駒山頂へは3時間20分が標準らしいがキリンテからだと5時間かかる。だからガイドブックは小屋泊まりを推奨しているわけだ。たしかに山歩きでの1時間40分の差は大きい。疲労度に大きな違いが出てくるものねぇ。

であるならば、ガイドブックと反対のルートすなわち、キリンテから登ってみたい、と偏屈な管理人は考えるのである。山小屋も利用しない。
山と高原地図で所要時間を計算すると、キリンテから登り始めて会津駒を経て中門岳を往復し、滝沢登山口に下る場合の標準時間は9時間、もちろん休憩は含まない。前泊したとしてもこれに自宅までの運転に3時間は必要だ。しかも夜間の慣れない道を。
なかなかの苦行である。苦しいだろうなぁ、辛いだろうなぁ、と思う。
この苦行を想像するとなんだかとても可笑しくなって、我ながら笑い出してしまう。
汝、苦痛を愛し、苦痛を友として生きよ!
ぜひともキリンテから登ってみたい。その方法はないものか。下山後の移動手段さえ確保できればそれが可能になるのだ。そうすれば苦痛を味わいながら歩くことができる(笑)

会津駒の登山情報をネットで探していたところ、登山口まで車で送迎してくれる宿が数件みつかった。もしもキリンテまで送ってくれるのなら管理人の望みが叶う。
滝沢登山口に近い「こまどり」という民宿に管理人の計画を伝えたところ、滝沢登山口に管理人の車を置いた後、キリンテまで宿の車で送ってくれることになった。
その上、ありがたいことに、朝食は5時半に用意してくれるそうだ。9時間の山行計画を遂行するには早い朝食は願ってもないことだ。この2点が決め手となった。予約は宿泊当日というタイミングの悪さだったが電話の応対は快かった。
尾瀬檜枝岐温泉 会津駒ヶ岳登山口 そばと山人料理 尾瀬の宿 こまどり

これでキリンテから登って滝沢登山口に下りてくる計画は準備万端整った。
夕食は6時なので翌朝5時半の朝食まで、十分な睡眠時間が確保できる。
自宅からここまで運転した疲れを宿の温泉で癒し、ぐっすり寝て明日の山行に備えよう。
そして今夜はアルコールを慎もう、、、、


6:45
国道352号線にあるキリンテ登山口。
滝沢登山口の駐車場に車を置いた後、ここまで宿のご主人に送っていただいた。
国道からすぐに登り始めることができるのは便利この上ない。
ちなみに、この道をさらに進んでいくと尾瀬御池で行き止まりになる。袋小路の道なので尾瀬ハイキングのトップシーズン以外、それほど混雑はないそうだ。
それにしても頭が重い。右こめかみの辺りがズキンと痛む。胃も重い。昨夜はアルコールを慎もうと考えながら銚子を2本空けてしまった。山行前夜に飲み過ぎという節操のなさだ。大丈夫かね、今日は長丁場だというのに。


始めは杉がこみ入った林だったが、杉林はすぐに終わって明るい広葉樹林に変わった。ブナが多い。黄葉真っ盛りだ。


直径1メートルはあろうかという大きなブナ。


コハウチワカエデの紅葉。


黄葉しているのはブナとミズナラ、赤いのはカエデ類。


笹がきれいに刈られていて手入れの良さがわかる。


んっ、傾斜が変わったぞ。かなりきつい。
救いはこの先に空が見えること。こういう地形になった場合、この先がピークだったり見晴らしのいい峠であることが期待できる。


9:27
急傾斜を登りきるといきなり視界が開け、そこは大津岐峠だった。
人がいるが登山者ではなさそうだ。
やはりこのルートは長い。ここまで2時間42分かかった。
滝沢登山口からだと会津駒の山頂に立っている時間だ。


聞くと、倒れた道標を元の位置に戻すための作業をおこなっているとのことだ。
そういえば先ほどから上空をヘリが行き来していたがこの作業をおこなうために資材や発電機、人を運んでいたらしい。


ヤッホ~、大津岐峠からの展望は素晴らしい。
南南西に燧ヶ岳が一望できる。燧ヶ岳の右に見えるのは至仏山だろうか。


これから向かう方向には木道を挟んでなだらかな草原が広がり、その向こうには会津駒を中央にして、右へ大戸沢岳への稜線が、左に中門岳への稜線が見える。これからあの山を越えてさらに左へ続く稜線を歩いて中門岳まで。
う~ん、なんて素晴らしい眺めなんだ。日光では得られない絶景!!
日光から檜枝岐に引っ越したい(笑)


草原に見えたのは湿原だった。
標高1900メートルの高層湿原だ。


肉眼でも駒ノ小屋の存在がわかるほど会津駒に近づいた。
先を見ると草原はこの辺りで終わり、一度、林の中に入るようだ。
いや~、素晴らしいねぇ、この稜線。
登山者の多くは滝沢登山口から会津駒へのルートを歩くらしいが、この稜線を歩かないのはもったいない気がする。


なだらかに見えても実際にその中に入ってみないとなにが待ち受けているかわからないものだ。
樹林帯の中にはこんな仕掛けがあって楽しませてくれる(笑)


管理人好みのガレ場まで用意してくれている。


11:10
樹林帯から駒ノ小屋が見えた。
ここがキリンテからのルートの終着点だ。
このすぐ先で滝沢登山口からのルートと交わる。
キリンテから登り始めてここまで、大津岐峠での休憩を含んで4時間25分。山と高原地図に書かれている標準時間が4時間40分なのでまずまずといったところ。


この時期は係員が常駐する山小屋として営業している。
利用者は多いらしい。
管理人、花が終わった時期だから標準時間を下回っているが、花の季節だったら立ち止まって観察したり写真を撮るため標準時間を大きく上回る。そうなると今日、歩くルートの日帰りは厳しい。
いずれこの小屋を起点に2・3日、滞在して花をゆっくり楽しみたいものだ。


駒ノ小屋のすぐ下には駒ノ大池があり、そこから眺める会津駒ヶ岳がいい。
管理人が今いる場所には木製のテーブルとベンチがあって休憩できる。今、そのベンチに腰かけて写真を撮っているところだ。
気温は15度。暑くもなく寒くもなく長居をするにはちょうどいいが、これからあの会津駒ヶ岳に登り、さらに中門岳まで足を延ばす予定だ。あまりゆっくりしていられない。
それにしてもあれだな、この景色を目の前に、さっと通り過ぎてしまうのはもったいない。ベンチに腰をかけ、缶ビール片手に、時間無制限でこの景色を眺めるのが会津駒にもっとも似合うのかもしれない。そのために駒ノ小屋が存在するようなものだ。次は是非、そうしよう。
でその時期だが、やはり花の季節だろう。6月半ばから8月にかけてだろうか。来年の予定に組み入れておこう。でも混み合うだろうな。


会津駒ヶ岳に向かって歩くと木道が分岐する。
ここを右へ急登すると会津駒ヶ岳の山頂、直進すると中門岳へ行く。


11:38
歩き始めて4時間55分。大津岐峠からだと駒ノ小屋での16分の休憩を含んで1時間53分。
先週に続いて百名山・会津駒ヶ岳に立つ。先客8名。


会津駒山頂から中門岳(画像右端)に向かってなだらかな稜線がずっと続いている。
実に雄大な光景にうっとりする。大津岐峠からの稜線も素晴らしいがここも実にいい。
大津岐峠から駒ノ小屋に至る稜線も、会津駒から中門岳に至る稜線も管理人が夢に見る理想の稜線だ。いつかはこのような稜線の上を歩いてみたいと思っていたが、それがいま現実のものとなって目の前にある。


ここも大小の池塘が点在する。
池塘の数からいえば鬼怒沼を凌いでいる。それに広大だ。
夏はここがお花畑になるという。


遠方に見えるピークは三岩岳だろうか?


道標が立つ大きな池に着いた。
近づいてみると「中門岳」とある。ただし、中門岳(ちゅうもんだけ)という明確なピークがあるわけではなく、この辺り一帯を指す、と道標に書かれている。


12:38
道標の先、木道はまだ続いていたので、木道の外れまで行ってみるとそこに最後の池塘があった。
地図を見るとここが標高がもっとも高く、2060メートルになっていて地図には中門岳と描いてある。
ここでふと疑問がわいた。
鬼怒沼は標高2000メートルにあって日本でもっとも標高の高い湿原だという。会津駒から中門岳に至るいくつもの池塘が点在するこの草原が湿原であるならば、こここそ鬼怒沼よりも標高の高い高層湿原ということになる。ここを湿原とは呼ばないのであろうか?


木道の最終地点で菓子パンをかじり昼ご飯とする。
帰りも同じ木道を会津駒に向かって進むが景観が異なるので飽きることはない。


燧ヶ岳が見える。


ここからも燧ヶ岳が、、、
燧ヶ岳は中門岳から会津駒に戻る木道からずっと見えるのだ。


13:14
会津駒への分岐まで来た。
ここは会津駒の側道になっていて会津駒の山頂を迂回して駒ノ小屋に行くことができる。


13:24
前方に駒ノ小屋が見えてきた。


駒ノ小屋直下の湿原を抜けると樹林帯に入る。
あとは滝沢登山口に向かってひたすら下る。


コハウチワカエデ
下りルートの紅葉も見事。


かなりバテ気味なので黄葉した木々の種類まで特定するに至らず、ただただこの美しさを呆然と眺めていた。


15:29
滝沢登山口
ふ~、2登目にしてキリンテから会津駒へ、会津駒から中門岳を往復そして下山は滝沢登山口という20キロに渡るロングコースを無事に歩き終えた。しかも二日酔いの身体で(笑)


15:36
滝沢登山口の駐車場に着いた。
ここは今朝、6時半にはすでに満車になっていた。
駐車場は登山口にもっとも近いこの場所と、ここから下がった国道寄りに3ヶ所ある。
管理人はこの次に登山口に近い場所に車を置いた。


先週12日は滝沢登山口から駒ノ小屋を経て会津駒ヶ岳を往復した。このコースの見所は駒ノ小屋の下に広がる草原であろう。樹林帯から抜け出すといきなり視界が開けてハッとするような光景が広がっている。
花はすべて咲き終わっていたが初夏にはたくさんの花で彩られるだろうことが想像できる。
ただし、登山口から草原に至るまでは眺めのない樹林帯を歩くので面白みはない。

今日はキリンテ登山口から大津岐峠を経て会津駒ヶ岳、さらには中門岳を往復して滝沢登山口へ下りた。
大津岐峠から会津駒ヶ岳そして会津駒ヶ岳から中門岳へと延びる稜線はなだらかかつ雄大で、実に気持ちよく歩けた。これぞ会津駒ヶ岳の醍醐味、魅力といえるのではないだろうか。もちろん、初夏には花も期待できそうだ。

その花のことだが、登山コースで花を見つけるとじっと魅入ってしまい足が先に進まない。写真をたくさん撮るので時間がかかる。
今日は休憩を含んで8時間44分を要したが花の季節であれば10時間をはるかに超えるであろうと思う。そう考えると会津駒をたっぷり楽しむには宿泊が必須である。初日は大津岐峠から駒ノ小屋に至る草原の花を観察、次の日は駒ノ小屋から中門岳に至る花を観察という具合に、2泊3日の行程を考える必要がありそうだ。ただし、2泊とも駒ノ小屋にだ。
初日に駒ノ小屋まで行くのに6時間はみておきたいので、自宅からの移動を考慮すると今回と同じように檜枝岐で前泊したい。う~ん、そうすると3泊4日になるな。いくら仕事が暇だからとはいえ、4日も留守できるのかね。でも実現に向けて計画だけは組んでおきたい。


昨夜お世話になった会津駒登山口のすぐ近くにある民宿「こまどり」。
翌日はここに車を置き宿の車でキリンテに送ってもらうつもりでいた。
管理人の計画を話したところ、車2台で出発し滝沢登山口の駐車場に管理人の車を置いてキリンテまで送ってくれることになった。
もしもここに車を置いてキリンテから登り始めた場合、下山時は滝沢登山口からここまで1.8キロのアスファルト道路を歩かなくてはならない。滝沢登山口の駐車場に車を置けるのは願ってもないことなのだ。こまどりさんのご配慮に感謝。


こまどりさんの夕食。
天ぷら、山菜、イワナの塩焼きなど9品に自家製果実酒。これに裁ち蕎麦とご飯、味噌汁がつく。
十分すぎる量だ。それに野菜類が多いのはありがたい。
問題はだね、管理人にはこれらすべてが酒の肴に見えてしまうことだ。
ふだんなら山行前のアルコールは控え目にしているのだが、これだけのご馳走を前にして大いに迷った。
起床まで10時間はある。ぐっすり眠るためにも血流をよくしておくことが大切だ。先月ひいた風邪がまだ治らないので身体を芯から温めたい。
諸事情を踏まえ、銚子1本注文し飲む。しかし、小鉢や小皿に盛られた料理がなかなかなくならない。すべてを食べるにはもう1本必要だと判断した。こうして1本が2本となり、ふらつく足で階段を上がっていった。

百名山・会津駒ヶ岳。想像以上の厳しさに中門岳を諦めてとっとと退散(笑)

2016年10月12日(水) 晴れのち曇り

駐車場(8:05)~滝沢登山口(8:08)~水場分岐(9:18/9:20)~駒ノ小屋(10:28/10:30)~中門岳分岐(10:38)~山頂(10:46/10:55)~駒ノ小屋(11:07/11:30)~水場分岐(12:20)~水場(12:24/12:34)~滝沢登山口(13:31)~駐車場(13:34)

帝釈山から眺めた会津駒ヶ岳

今年になって突然、栃木県北部の山に目覚めた。
日光市の山は群馬県に近い方に数多くあってその代表となるのが白根山であり皇海山といった日本百名山である。他にも錫ヶ岳といった手強い山もあれば、展望抜群の前白根山、厳しい上りの金精山といった個性的な山々が顔を揃えている。そしてこれらは群馬県境あるいはその近くにある。

管理人が住む日光市そのものが県北なのだが目覚めたのは群馬県境ではなく、福島県境にある山である。
昔訪れたことのある鬼怒沼を再訪してみたいと思って計画を組み始めたところ、鬼怒沼山というとても美しい名前の山が目にとまり、鬼怒沼山はまだ群馬県境なのだがその稜線を追っていくと栃木県と群馬県、福島県にまたがる黒岩山がある。3つの県にまたがる山、これはとても気になる。

栃木県は福島県とも接しているのかと今さらながら思うのだが日光市、なかでも合併前の旧日光市に住んでいる管理人には旧日光市の山だけで事足りていて、合併後の日光市にとくに、福島県境の山など遠すぎて意識外のことだったのだ。

黒岩山がある福島県境をさらに北東へ辿っていくと台倉高山、帝釈山、田代山など2千メートル超えあるいは2千メートルに近い山が連なっている。さらに調べていくとこれらの山は、降った雨を太平洋と日本海に分ける分水嶺となっていて管理人の好奇心を嫌でも高めるのだ。
百名山にはなんら興味はない管理人だが分水嶺の山とか、峠から登り始める山などという言葉には強く惹かれる。
これらの山に是非とも登ってみたくなった。

先月15日と今月7日にそれぞれ登山口を変えて帝釈山と田代山を縦走(というほど大した距離ではなく、その間わずか4キロ)したのだが、田代山を経て帝釈山に至るのとその反対とでは登山口に至る車でのアクセスがまるで違ってくる。
田代山であれば登山口まで自宅から50キロ強なのにたいして、帝釈山だと登山口まで130キロメートル、3時間半も車を走らさなくてはならない。登山口は6キロしか離れていないのにだ。

この理由は帝釈山に登るには尾瀬の玄関口といわれる檜枝岐に入らなくてはならないからだ。檜枝岐へは国道121号線、通称会津西街道を会津田島へ北上しそれから352号線を西へ向かって走り、次に檜枝岐に向かって南下するという、四角形の三辺を走ることになる。これが長距離、長時間になる理由である。
ただし、メリットもある。登山口の馬坂峠から帝釈山まで1時間もかからずに登れてしまうことだ。それに惹かれて帝釈山と田代山に登ったのが今月7日であった。結果は37分だった。
9月15日の記録(帝釈山を栃木県から登る)
10月7日の記録(帝釈山を檜枝岐から登る)

地図を眺めていてわかったことがある。
帝釈山の登山口、猿倉峠に行くには檜枝岐の町中(正しくは檜枝岐村なのだが)を通り抜け、次に林道をひた走るのだが、ずっと手前の国道沿いに百名山・会津駒ヶ岳の登山口があるのだ。
ほう、会津駒ヶ岳(以下、会津駒)の登山口って、こんな便利なところにあるんだと思った。
地図によると登山口から山頂まで5.4キロ、3時間はかからないみたいだ。分水嶺から遠ざかるがぜひ登ってみたい。

実は昨夜の予定では、今日は帝釈山と同じ登山口から分水嶺の台倉高山に登るつもりであった。そうすればこれで帝釈山と田代山に台倉高山が分水嶺の山として管理人の山行記録に加わる。
会津駒は分水嶺から10キロ以上も離れていて完全に福島県の山だが、台倉高山の登山口へ向かってオフロードを走っている間に会津駒の中腹まで行けてしまう。それほど登山口に恵まれている。
よし、こうしよう。
第1目標を台倉高山にして、もしも会津駒の駐車場が空いていればその時点で目標を切り替えて会津駒を目指そう。

先月7日、帝釈山を下山後、後学のためにと訪れた会津駒の駐車場は平日にもかかわらず満車であった。さすが百名山と言わざるを得ない。
はたして何時に満車になるのか、それが気がかりだった。
近県から日帰りで来る人もいることを考えると朝6時に満車になるとは思えない。とはいえ午後になれば天候が急変する2千メートル峰ゆえに、午後一には下山を始めなくてはならない。登山に3時間かかるとして、逆算すると皆さん、遅くても8時には歩き始めるであろう。
自宅からの移動時間に3時間はかかるが8時までに駐車場に到着できれば、駐車できる可能性は高いと見た。

会津駒の登山口となる滝沢口の駐車場へは7時45分に着いた。読みが当たってまだ4・5台分の余地があった。そこで今日は台倉高山転じて、百名山・会津駒ヶ岳を歩くことにした。

7日に帝釈山の山頂から眺めた会津駒の右手に、なだらかで魅力的な稜線が続いているのを見た。
帰って地図で調べると、会津駒東方の大戸沢岳に向かって延びる1.7キロの長い稜線であることがわかった。あの魅力的な稜線を歩きたいものだ。ただし、地理院地図に道は描かれていない。
実際に歩けるのは会津駒ヶ岳の北にあって隠れて見えないが、大戸沢岳と同じような稜線が続いている中門岳のようだ。とりあえず会津駒まで試しに歩いて、そのときの状況次第で中門岳への稜線に挑戦しよう。
上空は晴れわたり絶好の登山日和だ。時間をかけて楽しみたい。


8:05
国道352号線にある滝沢登山口の案内板にしたがって山道を5分ほど走ると道は行き止まりになりそこが駐車場になっている。
7時45分に着いた時点でご覧の通り。
駐車場は手前になるほど幅が狭くなり、道路にはみ出す。隣の車と並列に駐められるのはここまでだ。
管理人はこの下に道路と並行になるようにして駐めた。


8:08
道の行き止まり(車止め)から3分ほど歩くと斜面を上がる階段があり、ここが実質的な登山口になる。


明るい樹林帯の中の登山道だが展望はない。


なかなか厳しい上りですぞ!!


コハウチワカエデらしき紅葉したカエデ。


これはミズナラらしき色合い。ブナかもな。


9:18
地理院地図には描かれていないが水場があるようだ。
帰りに寄ってみよう。


登るにつれて雲行きが怪しくなってきた。
向こうに見えるなだらかな山が目指す会津駒だと思うが重たそうな雲が覆っている。


ときおり視界が開け南方に位置する白根山がのぞく。


方角から判断して会津駒から東へ延びている稜線だと思う。
大きく見えるのがピーク2098だろうか。するとその右の下がったあたりが大戸沢岳かな。


それにしてもこの登山道は傾斜がきつい。
階段が多いことでそれがわかる。
まるで男体山でも登っているかのように傾斜が変わらない。


傾斜がやや緩み駒ノ小屋に近づいたことを思わせる。


樹林帯から抜け出てようやく視界が開けた。
前方になだらかな稜線が広がっている。米粒ほどだが建物が見える。
あれが駒ノ小屋であろう。


ズームアップしてみると2棟の建物が確認できた。


イワショウブだろうなぁ?


ゴヨウツツジかな?


小屋を目指して木道を歩く、いや、歩くと言うよりは傾斜のついた木道を上っていく。
遠くから見るとなだらかで気持ちのよさそうな斜面だと思ったが、結構、厳しい。ふくらはぎがパンパンになる。


木道はこんな感じ。
傾斜がついている上に段差がある。
雨に濡れると下りはきっと滑るだろう。


10:28
ふ~、歩き始めて2時間23分。ようやく駒ノ小屋の休憩所に着いた。
このすぐ右に池があってとても落ち着ける場所だ。


これが駒ノ大池。
とてもいい雰囲気だ。疲れが吹き飛ぶ。
向こうに見える小高い丘のようなのが会津駒。水面に映る姿もいい。
あと700メートル。山頂に着いたら景色を眺めながらゆっくり昼メシといこう。


10:39
池を取り巻く木道のどちらからでもいいので会津駒へ向かって進む。
木道はここで分岐し直進すると中門岳。会津駒山頂は右に入る。


泣きが入るほどの傾斜だ。
前方が開けているので山頂はすぐなのかな?


10:46
歩き始めて2時間40分、ようやく木道から解放され山頂に着いた。
燧ヶ岳がよく見える。
ここまで休憩といえば暑かったのでジャケットを脱いだときと写真を撮るときだけ。ここで昼食としたいが風が冷たい。
いっそのことこれから中門岳まで足を延ばしてそこで昼食、と考えたのだが上空は鉛色の雲が垂れ込め、今にも降りそうだ。
中門岳は往復1時間半だが、それまで雨が降らずにいてくれるかどうか、微妙なところだ。
まっその~、今日は中門岳の下見と考えてここまで来れたのだから、これで良しとしようではないか。と、目標を簡単に引っ込める管理人なのである。
風が強いし寒いし、雨が降れば木道は濡れて滑るはずだし雨が雪に変わったら車を動かせない。下山したらもうひとつの登山口、キリンテを見に行かなければならないし、、、目標を引っ込める理由が次から次へと出てきた(笑)
要は雨が降る前に潔く撤退するのが山の掟なのだ。ここまでのきつい上りでバテたからではないのだよ、と自分に言い聞かせる。


一等三角点らしい。


日光連山がよく見える。日光方面の天候は悪くないようだ。


駒ノ大池まで戻って小屋をバックにパチリ。いいですなぁ、この感じ。
往きは小屋の屋根が見えるところで方向を右に変え、池のほとりを歩いて会津駒へと向かった。


11:07
2棟の建物は山小屋とトイレだった。
オンシーズン中は係員が常駐していて予約で泊まれるらしい。
管理人が汗をかきながら登っていると下ってくる人とすれ違い、管理人が下っていると登ってくる人とすれ違った。それぞれこの小屋を利用した人、する人らしい。それほどこの小屋を利用する登山者が多いということだろうか。


山小屋に隣接するトイレ。
ここも有料制。そして清潔。
山頂あるいは山頂の近くにトイレがあるのはその山を身近なものにする。百名山だからトイレがあるのは当たり前?
いや、そんなことはない。
我が日光は百名山が3座、他に2千メートル峰がいくつもあるが、山頂にトイレのある山などない。山以外に多くの観光資源をもつ日光だからこそのお粗末さといえるが、豊かな自然を多くの人に利用してもらうための、トイレは基本だと思っている。などと関係者の前でこういう話をすると、日光は国立公園だから構造物はNGだとか維持管理するためには莫大な費用がかかるといった、決まり切った答えが返ってくる(と、管理人の想像)。


左前方の草地のようなところが一面、白く見える。
肉眼では見えないし10倍のズームでもこれが限界。
雪なんだろうかそれとも霜?


12:20
水場への分岐。
往きはスルーしたので水場に寄ってみることにした。


12:24
急な下り斜面を下りること数分、水場はこんな感じ。
流れは細いが高さがあるのでペットボトルに注ぐにはいいかもわからない。
ただ場所が登山口寄りなので、往きは不要だし帰りは少し我慢すれば国道で飲物が買えるから活用は登山者それぞれかも。


我が日光でも紅葉が始まっているはずだが混雑を嫌ってまだ観ていない。
ここは色づきが良くないがこんなものなのか、それとも天候不順の影響なのだろうか。


13:31
無事に登山口の階段へ。
このときになって雨がポツポツ始まった。


13:35
駐車場に戻る。
こんな時間に下山してしまうなんて古賀志山でもなかったことだ(^^)
管理人が駐めたのは路肩だがここも区割りされていて5・6台、駐めることができる。この先にもこのような場所がある。
車に乗り込むと雨はかなり激しくなった。山頂で折り返した判断は間違ってなかったようだ。


今日は滝沢登山口から会津駒を往復したのだが、次は会津駒の北にある中門岳を目指したい。
その次は滝沢登山口から登ってキリンテに下り、さらに滝沢登山口へ戻るという会津駒をぐるっと一周するコースを歩いてみたい。
ネックとなるのは自宅から3時間という移動時間だ。これを解消しなければならない。
今日も睡眠3時間という最悪の状態で檜枝岐まで車を走らせたが、睡眠不足は登山に必要な気力と体力を奪いとる。
国道に沿って宿はたくさんあるので睡眠不足は解消できるにしても、次なる問題は滝沢登山口とキリンテを結ぶ国道をどのように移動するかだ。5キロものアスファルト道路を徒歩で移動するのは避けたい。タクシーはもちろんない。バスは一日に4・5本だという。
う~ん、あと数回、現地に通って調査しなければ解決できない問題に思える。
こと山に関しては課題が積もる一方で、本業に身が入らないから困る。


今日のコースを断面にしたのが上の図。
一方的に登って一方的に下るというのは男体山に似て、息をつける場所がないのが難点だ。
救いは駒ノ小屋にさしかかる辺りから視界が開け、雄大な稜線が望めることと、駒ノ大池の美しさだろうか。それでも登りの厳しさに変わりはないが、、、


下山後、滝沢登山口から5キロ尾瀬側にあるキリンテ登山口に行った。
ここは登山道が国道に直結しているので便利だが、駐車場がないのでどうしても滝沢登山口を選んでしまう。
どうすればこの登山口を利用できるのかが課題だ。



キリンテ登山口からの帰路、国道沿の「ミニ尾瀬公園」に立ち寄った。
国道に面して大きな駐車場があり、国道を挟んだ向かい側に施設がある。



檜枝岐川を渡ると管理棟がある。尾瀬に咲く植物などの実物が見られるそうだ。
今日は帰りを急ぐので立ち寄らなかったが、別棟には尾瀬とゆかりのある著名人の作品が展示されているらしい。
詳しいことはこちら



駐車場のトイレを覗いてみた。
なんと公共施設なのにシャワートイレだ。
いまでこそデパートやスーパー、ホームセンターでは当たり前になっているが、ここは公共の駐車場しかも、村営の施設だ。驚くほかに言葉がない。

滝沢登山口から登り会津駒ヶ岳を一周してキリンテ登山口に下りたいと考えているのだが問題は下山後の交通だ。
もしもこの駐車場を上手く利用すれば実現可能かもしれない、とふと思った。
キリンテ登山口に自転車をデポした後、車で滝沢登山口に行って登り始め、キリンテ登山口に下りてくる。今度は自転車をこいで車を置いた滝沢登山口に戻るという方法だ。その反対だと国道が上り坂になっているので自転車は厳しい。
ではこの駐車場はなんのために利用するのか? トイレが清潔なので車中泊するためである。あっ、そう考えると麓の旅館に泊まって同じ方法を採ればいいわけか(^^)



会津駒ヶ岳は言わずと知れた日本百名山である。
深田久弥は昭和11年(1936年)6月にひとりで訪れている。深田久弥33歳のときだ(※)。
国道(当時はどうだったか?)から登山口に通じる橋のたもとに遭難碑が立っているのを深田久弥は目にしている。その碑には大正15年(1926年)の10月19日、霧で道を見失い、おまけに季節外れの雪で2名が疲労凍死したとの記述がある。
深田もまた、登頂後、大津岐峠を経て下山する途中で沢に迷い込み、悪戦苦闘の末に檜枝岐に着いたと書いている。
その頃はまだ登山道は今ほど整備されていなかっただろうから、霧が出たり雪が積もったりすれば見失ってしまうことが容易に想像できる。

『・・・立木も疎らになり、前面に目のさめるような景色が現れた。会津駒ヶ岳の全容である。どこが最高点か察しかねるような長大な山が伸びていて、それがおびただしい残雪で輝いている。会津駒を天馬の疾駆するさまに見たのはその時である。写真を二枚つなぎ合わせても、その全容を収めかねた』、『頂上は、私が今までに得た多くの頂上の中でも、もっとも素晴らしい一つであった。どちらを向いても山ばかり、その山々を名指すことで一時間は素早くすぎた。六月半ばの快晴の日、ただ一人この山に在るという幸福感が私を恍惚とさせた・・・』・・・深田久弥「日本百名山」より。

深田が得た会津駒ヶ岳の雄大さがもたらす感動を、管理人も味わった。
駒ノ小屋までは厳しかったが、下から見上げる駒ノ小屋の斜面はとても素晴らしい。
幸福感が深田を恍惚とさせ、下山で道を見失わせたというのも本当のことのように思える。
樹林帯の切れ目から垣間見える会津駒から大戸沢岳へ延びる雄大な尾根、会津駒を映す駒ノ大池の姿は目に焼きつくほどに美しい。若き深田が恍惚とする気持ちが手に取るようにわかる。

管理人68歳の秋に日本百名山の会津駒ヶ岳に登る。
登山中に亡なった深田久弥の享年と同じ齢に達した管理人である。

※深田久弥選集「百名山紀行」によると、昭和10年(1935年)の誤りであろうとの注釈が付いている。