カテゴリー別アーカイブ: 日光北部(福島県境)

高原山5座目の明神岳を果たしたが計画の甘さで大失態。

2017年4月5日(水)

7:50/大鳥居~8:19/枯木沼~9:18/弁天沼~10:36/明神岳分岐~12:47/明神岳~13:08/展望台(昼食)~14:01/P1640~14:15/ゲレンデ下降~14:35/管理道路~15:08/有料道路~15:47/大鳥居

計画では明神岳ピストンの予定だった。
7:30/大鳥居~8:20/枯木沼~9:10/弁天沼~9:50/明神岳分岐~11:30/明神岳~11:45/ゴンドラ駅(昼食)~13:50/明神岳~14:10/御岳山~14:30/弁天沼~15:10/枯木沼分岐~15:40/大鳥居

スノーシューツアーの定番コース、霧降高原丸山へ向かって歩いて行くとまず八平ヶ原で、次に丸山の尾根から高原山がよく見える。
高原山は鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称で日光市に属する鶏頂山から始まり、東へ右回りに釈迦ヶ岳、中岳、西平岳へと尾根が続き、外輪山の様相を呈している。尾根に立って見下ろすとそこは深さ700メートルもある噴火口に見えるから、これら4峰は外輪山に間違いないのであろう。
4峰とも標高1700メートルを超えるが1794.9メートルの釈迦ヶ岳が主峰といえそうだ。実際に八平ヶ原から遠くに見る釈迦ヶ岳は中岳と西平岳を従えて堂々とした山容を見せている。
釈迦ヶ岳は日光市、塩谷町、那須塩原市にまたがり、登山道も釈迦ヶ岳に収束されている。このことから見て、釈迦ヶ岳主峰説に間違いはないであろう。と、管理人は独自のというか、勝手な説を唱えている(笑)遠くに見えるあの山の頂に立ってみたい。
これは山歩きをたしなむ人、共通の思いであり、誰も否定できないはずだ。
昨年3月、主峰・釈迦ヶ岳を目指した。
しかし、せっかく尾根続きの4峰だ。釈迦ヶ岳だけで終わらせるのはもったいない。4峰縦走をやってみようと考えた。9時間かかって駐車場に着いたときは足がふらつく始末であった。雪は少なかったとはいえノートレースの雪の上を自分でルートを考えながら歩かなくてはならなかったし、釈迦ヶ岳から西平岳へ向かうルートは隠れて見えない危険箇所がいくつかあった。距離も長かった。だが、疲れ果てはしたが達成感も大きかった。
高原山9時間の死闘→こちら

釈迦ヶ岳の頂にもう一度。2日後の31日、今度は矢板市・学校平からのルートで登ったのだが、前回とは趣が異なり、このルートは15キロのトレッキングが楽しめることがわかり大きな収穫となった。
こちら

鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の4峰を総称して高原山と呼ぶのは先ほど書いた通りだが、鶏頂山と釈迦ヶ岳を結んでいる尾根の中間に位置する御岳山から北へ向かって延びる尾根があって、御岳山の2キロ先に明神岳がある。さらには明神岳の北東1.3キロの位置に前黒山がある。明神岳はハンターマウンテンスキー場の母体となっている山だ(画像参照:明神岳と前黒山の間の斜面が白く見えるのがスキー場)。
この2峰を高原山に含めていいのかどうか管理人にはわからないが、高原山と尾根でつながっているから同じ山域であることは明らかである。
ならば次の目標は明神岳と前黒山と決め、6峰完登をやってみたい。

問題はルートである。
明神岳はハンターマウンテンスキー場の最上部に位置し、車道からの距離は2.6キロと短い。しかし、地図に道は描かれていない。そこで昨年、4峰を歩いたときのように、鶏頂山の東の麓、大鳥居を起点に地図に描かれているルートで御岳山に出て、そこから尾根伝いに北上する方法を考えた。
地図で見る限り、最初の下りと明神岳直下の登りが厳しそうだがその間は緩やかなアップダウンと読める。だが、歩き始めてからの距離が片道推定6キロ強と長いのがいやな材料だ。
昨年の実績では御岳山までの4キロを2時間半かかっているから、大鳥居から御岳山の往復8キロだと4時間が消費される。残りの2キロに果たしてどれほどの時間がかかるのか。無雪期であれば1時間、浅い残雪だと1.5時間と見ておけばいいのだが、雪が深いと2時間は見ておく必要がある。すなわち、大ざっぱには次のような計画だ。

大鳥居~4.0キロ/2時間半~御岳山~2.3キロ/1時間半から2時間~明神岳=計6.3キロ/4時間から4時間半
もちろん、これは片道なので、往復だと帰りの御岳山からの長い下りを減算して7~8時間といったところ。まっ、いつものことながら10時間以内ならば良しとして、実行に移すことにした。


鶏頂山の登山口はふたつある。
いずれも日塩有料道路に面していて日光に近い方の赤鳥居の建つ登山口と、そこから800メートル先の元鶏頂山スキー場だ。両者並行し枯木沼で交わるからどちらから歩き始めても時間のロスはない。
昨年は元スキー場から歩き始めたので今回は赤鳥居にしようと考えたのだが道路脇の駐車場にはまだ雪がごっそり積もっていて使えず、昨年と同じように元スキー場を出発点とした。
なお、昨年はこの大鳥居を車でくぐって大駐車場まで入れたが、今年はご覧の通りだ。道路脇の待避所に車を置いて歩き始めた。先着車が1台駐まっていた。
ちなみに、ここから歩き始める場合は鳥居をくぐると遠回りになる。鳥居の反対、鳥居に背を向けて歩くのが正解。



元スキー場のロッジ脇が登山口で信仰対象の山らしく、案内板には登拝口と書いてある。この奥に見える林に向かって歩いて行く。



雪は締まっているので始めはチェーンスパイクで歩いてみよう。
深くなったらスノーシュー、アイスバーンの急な斜面に出合ったらアイゼンにピッケルをと、今日は冬道具満載で歩き始めた。ザックの重さは12キロほどになっている。



この斜面など荒れてもいないのでスキー場のゲレンデとしてまだ十分に使えそうだ。
踏跡がいくつか確認できるが真新しいのがある。先着車の持ち主かもわからない。


振り返ると展望が開けていた。
おそらく会津の山並みだと思うがあまりにも遠くて山名は特定できず。


これはゲレンデなのか登山道なのかわからないが広く歩きやすい。


歩き始めて30分。枯木沼入口に到着した。
鳥居の先は湿地帯になっている。
昨年は池塘が見られたし木道も露出していたが今年はまだ厚い雪に被われている→昨年3月29日の枯木沼


枯木沼を抜けた辺りから雪が深くなり、ここでチェーンスパイクからスノーシューに履き替えることにした。



おそらくリフト券売り場だったのであろう朽ちた小屋。
1961年にオープンしたらしいが当時、日本は好景気に沸いていたはずだ。
バブル景気崩壊後、数年は営業を続けたが隣接する大規模かつ近代的なスキー場に規模、設備とも勝てず、2000年に閉鎖されたという。


弁天沼
雪のない季節の状況は知らないが質素な鳥居に石碑、鐵の鐘楼、祠などがあり、ずいぶんと神々しい雰囲気が漂っている。


地名から察してどこかに沼でもあるのだろうことを想定し、念のため地図にある道の通りに歩くことにする。
道を外して沼にどぼん、などといった事態にならないようにするためだ(笑)


弁天沼からはこれ以上スノーシューで歩くのに適したフィールドはないというほど、平坦で広い林が広がっている。周りを見回しながらのんびり歩いているうちに傾斜が変わった。


傾斜がきつくなった先が鶏頂山と釈迦ヶ岳を結ぶ稜線だ。
ここを右へ行くと鶏頂山、左が釈迦ヶ岳。
先行者の踏跡はここから鶏頂山へ向かっている。管理人は釈迦ヶ岳方面に向かう。


分岐から釈迦ヶ岳へのルートの積雪は多くない。
それが返って足を遅くした。
傾斜がきつくまた、木々がこみ入っているのでスノーシューがじゃまになった。といってアイゼンあるいはチェーンスパイクに履き替えようという気持ちにもなれなかったのは、先を急ごうという焦りがあったのかもしれない。


尾根の南側は切り立っていて大きな雪庇が張り出している。木がある場所までなら大丈夫と思って近づくと雪のブロックもろとも数百メートル落下する。なにしろ足は地面の上ではなく雪の上にあるのだから。


ピーク1690。このすぐ手前が御岳山。
ここで道は釈迦ヶ岳方面と明神岳方面に分岐する。
昨年はここを直進して釈迦ヶ岳へと向かった。800メートル先、1時間弱で釈迦ヶ岳に着いた。
今日は明神岳方面へ北上するが未踏ルートであるため時間が読みづらいところだ。
地図を見ると分岐から明神岳に向かって市境線が続いているのだが、この分岐は市境線よりやや東に位置していることがあとからわかった。ただし、明神岳へ向かうのになんら差し支えはない。
まずはいきなり30度もある急斜面を下ることになった。斜面は広く、尾根にはなっていないため、とにかく北へ向かって下ることにする。


ピーク1690からの急な下りをクリアすると、そこは広い雪原が広がっていた。
今いる位置が市境線の上らしいことがGPSが示す緯度経度でわかった。
市境線の次の変曲点に向かってコンパスを合わせる。


なんとなく尾根らしくなってきた。
それにしても広くていい尾根だ。


ふたたびだだっ広い雪原と化す。


ミズナラの古木。


急斜面への進入を防止するロープがある。
明らかに人が歩いている証。


ヤシオツツジに違いない。


見上げると木の構造物が見えた。
見晴らし台なのだろうか。
傾斜も急になったしここは明神岳直下と思われる。


明神岳への道を示す道標の脇をすり抜けると、、、、


先ほどの見晴らし台よりも大きい構造物が見えた。
ここから左へ杭が一定間隔で並んでいる。雪の下は木道らしい。
一応、順当に杭に沿って歩いてみた。だが、杭は明神岳を巻いて敷設されていることがわかった。


見当をつけて杭から外れて斜面を上がったところ、そこが明神岳山頂だった。
木々に囲まれて視界はない。山名板は明神岳西峰山頂、標高は1640メートルとある。
おかしい。
GPSで現在地を確認するとここは地理院地図にある1627メートルの明神岳に間違いない。しかしなぜか、山名板は1640メートルになっている。それに地理院地図には西峰という記載はない。
地図を見るとこの北北東にもうひとつのピークがある。そこの標高が1640メートルだ。
この山名板にある標高1640メートルとは、もうひとつ先のピークを表していることは明らかだ。山名板の制作ミスであろう。


山頂をあとにさらに北へ向かって歩いてみると、ふたつの展望台があることを示す道標があった。
右つまり、いま来た道を戻ったところに日光連山を眺める展望台があるらしい。ということはさきほどの大きな構造物がそうなのか?
今日の目的は高原山そして明神岳から振り返って日光連山を眺めることにある。
時間のロスはやむを得ないが先ほどの構造物すなわち、展望台に戻ろう。


丸太の杭に沿って戻り、展望台にやってきた。


展望台に立って眺めると高原山がすぐ目の前に見える。いい眺めだ。
ここからだと丸山から眺める山の位置関係が逆転し、左が釈迦ヶ岳、すぐ右の小さなピークが中岳、西平岳は釈迦ヶ岳に隠れて見えない。
その右のこんもりしたのが御岳山でその右のきれいな三角形を描いているのが鶏頂山である。


高原山の右が日光連山のはずなのだが今日はかすんで見えない。
おそらく気温が高まるこれからの季節はかすんでしまうのだろう。

今日は思いの外、時間をくってしまった。
計画だと明神岳山頂に11時半に着く予定だった。
歩き始めが計画よりも20分遅くなったことにくわえて雪が深かったこと、さらには御岳山からのルートが広すぎてわかりづらかったことなどが理由である。
これから昼メシを食べて、いま来たルートを辿って戻るとすれば日没の可能性もある。高原山5座目は終わったのだから欲張らず、時間をかけて探索してみたいと思う。
帰りはスキー場のゴンドラで下山すればいい。同じルートを戻って日没を迎えるよりもその方が安全だ。
そう思ったら気持ちに余裕が出た。山頂を隅々まで歩いて次の目標とする前黒山の参考にしよう。


ゴンドラで帰ることに決めたことで時間は気にしなくてもよくなった。
展望台を降り、さきほどの明神岳山頂を通りすぎ、道標にあった関東平野展望台までやって来た。ここが地図にあるもうひとつのピークで標高は1640メートル。祠のある明神岳よりも高い。

山名板が立木にくくりつけてあった。
山名板は明神岳となっているがここは地理院地図に山名が描かれていない。
地理院地図にある明神岳は先ほどの祠のある場所、正確には北緯36度55分14.10秒、東経139度46分18.60秒の場所なのであり、ここではない。

察するに、祠のある場所が明神岳「西峰」となっているので、そこは本当の明神岳ではないと考えた取り付け主は、西峰よりも標高が高いこの場所を本当の明神岳だと思い込んで山名板を取り付けた、そう考えると合点がいく。
ただし、それは地理院地図が間違っていることを前提とした場合だ。はたして地理院地図が間違っているのかどうか、それは管理人にはわからない。

いずれにしても地理院地図のピーク1627が山名板だと1640になっていたり、地図にない場所が明神岳になっていたり、とてもややこしく不自然な感じがした。


さらにおかしいのは同じ場所に別の山名板があって、それには標高1627とあることだ。ここは地図で明らかなように標高1640メートルなのである。
同じ場所に標高1640メートルと1627メートルの山名板が並んでいることの違和感。こうなるともう、基本となる地理院地図の記載を無視した自己主張争い、山名板取り付け争いというほかに言いようがない。
山の所有者の許可なく山名板を取り付けることの是非は別問題として、山名板を取り付けるのなら地形図を読む能力を身につけてからにしてほしいと願う。
地理院地図にも間違い、というよりも長い間、更新されないことによる現状との不一致が散見されるが、山名板のつけ間違いはおおかた、取り付ける側の地形図の誤読あるいは無視に原因があるようだ。このようなデタラメは登山者を惑わすだけだ。


山頂をあとにして、ご覧の通り管理人はいま、スキー場のゲレンデ内を歩いて下っている。
山頂からゴンドラ乗り場まで行ってみると、4月になって運行を終了したことがわかった。
リフトはまだ動いているが下りでは利用できないことは知っている。リフトの係員に相談したところ、ゲレンデの端なら歩いてもかまわないとのことだった。
ゲレンデの端、まさにこの部分を下っていたところ、パトロール員に咎められ、丁重ながらも厳しく注意された。リフトの係員よりも権限が強いはずなので素直に従うことにした。
が、ここから明神岳に登り返して同じルートで帰ることなどとてもできそうにない。パトロール員監視の下、このまま降りることを許してくれた。
山姿の男がゲレンデを降りていく様は周りには奇異に映ったであろう。それを許したスキー場は利用者に非難されるかもわからない。大げさかもわからないが、それくらいの感性は管理人にもある。
シーズン終了間際の平日ということもあって例外扱いをしてくれたものと考え、自分の不甲斐なさを恥ながら下っていった。
ゴンドラで降りることなど計画外であったため、当然ながら運行期間は調べていない。その迂闊さに気持ちが萎えた。
のんびりと昼メシなど食べず、山頂で余計な探索などせず、山名板になど気を取られずにいたならば同じルートで戻れたはずだ。計画の変更が災いをもたらせた。思考はどんどんマイナス側に振れていく。気持ちはますます萎えていく。


最後のリフト降り場の手前にスキー場の管理道路があって、そこから有料道路に出るようにとの指示があった。


ようやく有料道路に出られたが管理道路はやけに長く感じられた。
ここから大鳥居までどれくらいの距離なんだろう。そんなことを思いながら重い足を運んだ。


ハンターマウンテンスキー場より一足早くシーズンを終えたエーデルワイススキー場。


管理道路から歩き始めて5キロ、1時間10分かかってようやくスタート地点の大鳥居まで戻った。実に長い道のりだった。


昨年、初めて歩いたとき、大鳥居から弁天沼を抜けて鶏頂山と釈迦ヶ岳を結ぶ稜線に出るまでの間の雪原の素晴らしさに感嘆した。
今日も昨年と同じルートを辿ったわけだが、この雪原こそスノーシューで歩くのに相応しいことを確信した。
稜線に出るまで約2時間、往復4時間ならツアーに最適である。ルートがわかりづらいという難点はあるが、これはなんどか通うことで克服できる。
明るく開放的で変化に富んだ景色。危険な場所はなくまた、読図の練習にもってこいのフィールドの広さはきっとお客さんに満足してもらえることだろう。問題は日光から遠いということ、これさえ解消できれば頻繁に利用したい。

今月4回目の檜枝岐からの入山で台倉高山を目指す。強風に泣いたが花の季節の感触が得られた。

2016年10月27日(木) 強風 今にも降りそうな曇り空、ときどき晴れ間のぞく

馬坂峠(09:20)~P2033三段田代(10:13)~台倉高山(11:10/11:20)~昼食(11:30/11:45)~馬坂峠(13:10)

今月4回目となる福島県檜枝岐村からの入山だ。
今日は降った雨を太平洋と日本海に分ける分水嶺にある山、3座目の台倉高山を目指すことにした。

今月7日、馬坂峠から帝釈山に登る際に同じ場所に台倉高山の登山口があることがわかり、ではせっかくの分水嶺の山だから10月中に登っておこうと思った。
なぜ10月中でなければならないかといえば、登山口がある檜枝岐は豪雪地帯ゆえに11月になるといつ雪が降ってもおかしくないからだ。山は2時間で登れるから11月の雪なら備えさえしていれば問題はないが、登山口まで自宅から車で3時間半もかかるから、路面に雪が積もればこれが2・3割り増しとなり、登山どころではなくなってしまう。
それでなくても登山に4時間、車での移動に7時間というのは尋常ではない。登山よりも運転に疲れるような過酷なことは避けたいところだが、分水嶺にある山という魅力にあらがうことができず、運転による疲れを覚悟の上で臨むのである。

7日に登った帝釈山は山頂からの眺めが素晴らしかった。ほぼ360度の展望があり我が日光連山が一望できたし、百名山・会津駒ヶ岳に2週続けて登るきっかけを作ってくれた。この辺のところは7日のブログに詳しく→こちら

7日に帝釈山に登った以後は12日に会津駒ヶ岳、19日も会津駒ヶ岳そして今日は台倉高山と、今月は4週続けて檜枝岐からの登山になるわけだが、なにしろ自宅からの移動距離130キロ、3時間半もかかるからこういう場合は気力が萎えないうちに一気呵成にやるに限る。

その台倉高山ってどんな山なんだろう。
ガイドブックを読むと「台倉高山山頂は10数名が休める広さで、360度の大展望が広がる。白根山など日光方面の山や、燧ヶ岳、会津駒ヶ岳など会津の山々が見渡せる」(随想社・栃木の山150より)とある。それに檜枝岐に登山口を持つ帝釈山や田代山、会津駒ヶ岳と同じように、湿原もあると書いてある。大いに期待できそうである。

なお、今日の台倉高山をもってとりあえず檜枝岐遠征は終わりとし、来年の花の季節になったら再開しようと考えている。


8:13
自宅から2時間53分、117キロメートル。檜枝岐村内を走る国道352号線に馬坂峠へ向かう林道の入口がある。
馬坂峠へ向かってしばらくの間は旅館や民宿が立ち並ぶ道を走るがそれもすぐ終わる。


林道は3キロほどでオフロードに変わりここから12キロ弱、砂利道を走る。
アスファルト道路であれば15分ほどで馬坂峠に到着するところだが、この案内にある所要時間は前回7日に走ったときに概ね正しいことを確認している。なんてったって20キロ以上の速度を出せないんだから。


ここはわだちもなく走りやすい方。そのうち段差が出てくるわ、大小の石は転がっているわ、片側が谷になるわ、落石の跡があるわでその手の走りがお好きな人向き(^^)



8:58
上に紹介した動画のように走ってきて馬坂峠に着いた。車のトリップメーターは自宅から131キロメートルを示している。檜枝岐からここまで、同乗者がいれば車酔いを起こしたかもしれない。
20台ほどのスペースに先着車は1台もない。
それもそうだよな、花はとっくに終わっているし紅葉も終わっている。晴れてはいるが風が強いので登山向きの天候ではないもの。
中央に見える建物はチップ制のトイレだが入口は閉ざされ使えない。7日に帝釈山に登ったときは開いていた。このことからもこの時期はすでにシーズンが終わっていると思った方がいいようだ。
ちなみにここまでの道は雪が降っても除雪されないので、冬から雪解けまでの間の交通手段はない。これは実に怖いことだ。
もしも登山中に天気が急変して短時間に20センチもの雪が降ったりすれば(山ではよくあること)この道は走行困難になる。人は歩いて檜枝岐まで行けばいい(といっても15キロもあるが)が車は雪解けまで数ヶ月もの間、雪に埋もれたままとなる。
そんな目に遭わないためにも馬坂峠からの登山は10月で終わらせるべきだ。


こちらは帝釈山の登山口。ここから1時間もかからずに登れる。
入山者数を調査するカウンターが設置されている。


9:20
こちらがこれから目指す台倉高山の登山口。昭文社「山と高原地図」によると山頂まで2時間とある。
帝釈山側から見ると案内板もないし柱は1本だけとずいぶんと地味だ。それに暗い。魔界の道へ誘われているような錯覚を起こす。
が、それはもちろん、光の当たり具合のせい(^^)
でわでわ、出発しましょう。


初めから階段が敷設された急傾斜。シラビソの樹林帯を登る。


おっ、水場だ。
きれいな沢水が流れ落ちている。といってもここで湧いているのではなく、沢の途中に岩の段差があり、あたかも湧いてるように見えるだけ。


9:52
「ぬた場」というのは見たことがあるが「休み場」というのは初めて聞く。
見回したがぬた場はないし、う~ん、なんなんだろう?


急傾斜はまだ続く。今度はシラビソの根が露出していて滑りやすい。
ガイドブックによればこの辺り一面、オサバグサという植物が開花して見事だそうだ。


草地に変わり湿原が近いことを思わせる。


10:13
「三段田代」に到着。
田代とは湿原のことで、それが段々畑のように三段になっているらしい。が、滑りそうな木道に気をとられ、確かめる余裕はなかった。
ちなみに地理院地図に三段田代という表記はなく、同じ場所が2033Mのピークになっている。


視界が開けた。あれが山頂だな。
ここからだと標高で50メートルくらい登るのだろうか。


藪にはなっていないがかなりこみ入った笹の間を歩く。傾斜は緩んでいる。


11:11
歩き始めて1時間50分、休憩しながらも山と高原地図に記載の所要時間とほぼ同じ時間で山頂に着いた。
気温は5度くらいだろうか、ここまで中間着の上に保温用のジャケットを着て歩いたが風が強かったため、汗はかかなかった。
なんども書いてくどいようだが、ここが栃木県(ちなみに日光市)と福島県の県境で、降った雨を太平洋と日本海に分ける分水嶺になっている。山名を示す柱より手前に降った雨は太平洋に、柱の向こう側に降った雨は日本海に流れていく。なんとも壮大でロマンがあるではないか。
そういう意識で山を登るのも楽しくていい。


山頂が雲に被われているがおそらく燧ヶ岳。


白根山に、、、


女峰山。


これは会津駒ヶ岳であろう。
左のすそ野がキリンテで平坦な部分が大津岐峠から駒ノ小屋に続く稜線。中央に見えるピークが山頂、その右は大戸沢岳に続く稜線だと思う。
風が強いので山頂での昼食は諦めて下山することにした。どこか途中で風を避けられる場所があればそこで食べよう。


昼食の場所が見つかったので腹を満たした後、6ミリ径の麻縄を靴に巻いた。
濡れた木道や落ち葉が堆積した下りの道を歩く際の滑り止めにするために用意してきた。
チェーンスパイクは木道を傷つけるので使えない。


12:22
三段田代を通過。


台倉高山の階段はステップの幅が広いし土がえぐられていないので歩きやすい。


木道や階段から開放され、ひと安心。間もなく登山口に着くはず。


登りでは気がつかなかったがゴゼンタチバナの群落。いい色に染まっている。


木々の切れ間から帝釈山が見える。


馬坂峠のトイレが見えてきた。


13:10
登り始めて3時間50分で下山。
天候が良ければもっとゆっくりしたいところだが今回は花の季節の下見と考えてこれで良しとする。
車は朝と同じく管理人だけ。


同じ登山口から別方面にふたつの山を登れる。
余裕があったら台倉高山と帝釈山へ、とガイドブックにはあったが、帰りも3時間半の運転をすることを思うととてもそんな気持ちになれないというのが正直なところだ。


コースの断面を見ると傾斜は三段田代までで、そこから山頂までは緩やかなアップダウンはあるものの、ほぼ平坦といっていい。この地形を遠方から見ると台形に見えることから山名が付いたのではないかと推測するが、管理人が全体像を見たのは会津駒ヶ岳からの下りでであった。たしかに踏み台のように見えたから管理人の推測は間違いではないだろう。

それにしても疲れたなぁ、家に帰ったらぐったりだった。
日帰りで往復7時間の運転はやはり無理がある。もう若くないんだし、こんな登山をしていたら自ら寿命を縮めるようなものだ。お花畑の中を写真を撮りながらノンビリ歩くのが管理人が本当に求めているスタイルなんだが、管理人にそういう日は訪れることがあるんだろうか?

2登目の百名山・会津駒ヶ岳はキリンテから登って滝沢へ下るロングコース。中門岳の大展望に圧倒される。

2016年10月19日(水) 晴れ

キリンテ登山口(6:45)~大津岐峠(9:27/9:45)~駒ノ小屋(11:10/11:26)~会津駒ヶ岳(11:38/11:45)~中門岳(12:20/12:33)~駒ノ小屋(13:23/13:30)~滝沢登山口(15:29)
※距 離:19キロメートル(GPSログより)
※時 間:8時間44分(1時間の休憩を含む)

会津駒ヶ岳から中門岳へ向かう雄大な稜線

今月7日、栃木県と福島県の県境にある馬坂峠から帝釈山に登った帰りに檜枝岐の国道を通過中、旅館や民宿が集まる一角に、会津駒ヶ岳(以下、会津駒)の登山口があるのを見つけた。あれれっ、帝釈山よりも近いところに会津駒の登山口があるんだと驚いて、5日後の12日、さっそく登ってみた→こちら

そして今日、2週続けて会津駒に登ることにしたわけだがこの辺、管理人の性格とでもいうか、初登でなにか気にかかることがあるとそれを次回、次々回、、、さらに次の機会にと同じ山に通ってこの目で確認してみないことには気持ちが治まらないのだ。アタシって偏執的なのかしら?

会津駒初登でなにが気になったかといえば、山頂から中門岳(ちゅうもんだけ)に向かって実になだらかな稜線が延び、そこは池塘が点在する広大な湿原になっているらしい。その湿原は初夏になるとさまざまな植物の花で賑わいを見せ、それは見事だそうだ。
さらには管理人が見つけた登山口(滝沢登山口)の他にもキリンテという登山口があって、往復、別のルートを歩くことができ、そうすると20キロほどの長いトレッキングが可能という、まさに管理人好みのルート設定ができそうだということが地図とガイドブックでわかった。
12日は会津駒まで行ったところで天候が急変したため、やむを得ず下山。中門岳を諦めた経緯がある。
それだけに次は中門岳までの稜線と、キリンテと会津駒を結ぶ稜線を歩いてみたいという思いが強くなった。

そんなことを考えていたところに、解決しなくてはならないふたつの大きな問題にぶつかった。
登山口と下山口を別にすると下山後、車を置いた登山口まで戻る必要がある。それは当然のこととして、問題はその手段だ。
登山口と下山口はそれぞれ国道沿いにある。バスが運行しているが日に数本しかないことがわかった。登山口と下山口との距離は約5キロ、徒歩で1時間以上かかる。登山靴でアスファルト道路を5キロも歩くのは勘弁してほしい。
そこでこの問題を解決するための手段として、登山口と下山口の間を自転車で移動しようと考えた。
自転車をキリンテにデポし、車は滝沢登山口の駐車場に置いて歩き始め、キリンテに下山して自転車で滝沢登山口に戻るというものだ。

ただし、この反対はだめだ。致命的な疲れとなって現れる。
なぜなら滝沢登山口からキリンテに向かって上り坂になっているからだ。20キロも歩いて最後に上り坂を自転車で走ろうものなら疲れ果て、帰りは居眠り運転必至だ。

もうひとつの問題は12日は日帰りだったのだが、登山に要する時間が短かったのが救いとなった。下山後は檜枝岐から自宅まで3時間の運転だったが、なんとか無事に自宅に帰り着いた。しかし今度はそうはいかない。
推定20キロ、歩行9~10時間としてその上に往復6時間もの車の運転が加わる。年老いた管理人にそれを日帰りでおこなえというのはいくらなんでも無理がある。
前の日に宿泊して翌日、朝早く登り始める、それが答だ。それしか問題を解決する方法はない。

解決方法が決まれば行動は早い。
折りたたみ自転車、一人用のテントと寝袋、自炊道具他、野営道具一式を車に積み込んで出発に備えた。
檜枝岐を通る国道に面して清潔なトイレを備えた駐車場があるので、そこで一晩明かす予定だ。テントは気温が下がるのを想定し、車内に張るつもりで持参する。
国道は尾瀬御池で行き止まりになるので、駐車場前を走る車は少ない。夜間は皆無とみた。静かな環境で十分な睡眠が約束される、そんな考えであった。

そこまで準備を進めたところでふと、別の案件が頭をよぎった。
会津駒に登るのにどのガイドブックを見ても滝沢登山口を推奨していて下山も同じルート。
キリンテを登山口にする場合は距離が長くなるので山小屋に泊まって翌日、下山することを推奨している。キリンテは駐車場が数台分しかないこともその理由らしいが、大きな理由はルートの厳しさらしい。もしもキリンテを利用する場合は下りのみだそうだ。
昭文社「山と高原地図」に書かれている所要時間を比較すると、滝沢登山口から会津駒山頂へは3時間20分が標準らしいがキリンテからだと5時間かかる。だからガイドブックは小屋泊まりを推奨しているわけだ。たしかに山歩きでの1時間40分の差は大きい。疲労度に大きな違いが出てくるものねぇ。

であるならば、ガイドブックと反対のルートすなわち、キリンテから登ってみたい、と偏屈な管理人は考えるのである。山小屋も利用しない。
山と高原地図で所要時間を計算すると、キリンテから登り始めて会津駒を経て中門岳を往復し、滝沢登山口に下る場合の標準時間は9時間、もちろん休憩は含まない。前泊したとしてもこれに自宅までの運転に3時間は必要だ。しかも夜間の慣れない道を。
なかなかの苦行である。苦しいだろうなぁ、辛いだろうなぁ、と思う。
この苦行を想像するとなんだかとても可笑しくなって、我ながら笑い出してしまう。
汝、苦痛を愛し、苦痛を友として生きよ!
ぜひともキリンテから登ってみたい。その方法はないものか。下山後の移動手段さえ確保できればそれが可能になるのだ。そうすれば苦痛を味わいながら歩くことができる(笑)

会津駒の登山情報をネットで探していたところ、登山口まで車で送迎してくれる宿が数件みつかった。もしもキリンテまで送ってくれるのなら管理人の望みが叶う。
滝沢登山口に近い「こまどり」という民宿に管理人の計画を伝えたところ、滝沢登山口に管理人の車を置いた後、キリンテまで宿の車で送ってくれることになった。
その上、ありがたいことに、朝食は5時半に用意してくれるそうだ。9時間の山行計画を遂行するには早い朝食は願ってもないことだ。この2点が決め手となった。予約は宿泊当日というタイミングの悪さだったが電話の応対は快かった。
尾瀬檜枝岐温泉 会津駒ヶ岳登山口 そばと山人料理 尾瀬の宿 こまどり

これでキリンテから登って滝沢登山口に下りてくる計画は準備万端整った。
夕食は6時なので翌朝5時半の朝食まで、十分な睡眠時間が確保できる。
自宅からここまで運転した疲れを宿の温泉で癒し、ぐっすり寝て明日の山行に備えよう。
そして今夜はアルコールを慎もう、、、、


6:45
国道352号線にあるキリンテ登山口。
滝沢登山口の駐車場に車を置いた後、ここまで宿のご主人に送っていただいた。
国道からすぐに登り始めることができるのは便利この上ない。
ちなみに、この道をさらに進んでいくと尾瀬御池で行き止まりになる。袋小路の道なので尾瀬ハイキングのトップシーズン以外、それほど混雑はないそうだ。
それにしても頭が重い。右こめかみの辺りがズキンと痛む。胃も重い。昨夜はアルコールを慎もうと考えながら銚子を2本空けてしまった。山行前夜に飲み過ぎという節操のなさだ。大丈夫かね、今日は長丁場だというのに。


始めは杉がこみ入った林だったが、杉林はすぐに終わって明るい広葉樹林に変わった。ブナが多い。黄葉真っ盛りだ。


直径1メートルはあろうかという大きなブナ。


コハウチワカエデの紅葉。


黄葉しているのはブナとミズナラ、赤いのはカエデ類。


笹がきれいに刈られていて手入れの良さがわかる。


んっ、傾斜が変わったぞ。かなりきつい。
救いはこの先に空が見えること。こういう地形になった場合、この先がピークだったり見晴らしのいい峠であることが期待できる。


9:27
急傾斜を登りきるといきなり視界が開け、そこは大津岐峠だった。
人がいるが登山者ではなさそうだ。
やはりこのルートは長い。ここまで2時間42分かかった。
滝沢登山口からだと会津駒の山頂に立っている時間だ。


聞くと、倒れた道標を元の位置に戻すための作業をおこなっているとのことだ。
そういえば先ほどから上空をヘリが行き来していたがこの作業をおこなうために資材や発電機、人を運んでいたらしい。


ヤッホ~、大津岐峠からの展望は素晴らしい。
南南西に燧ヶ岳が一望できる。燧ヶ岳の右に見えるのは至仏山だろうか。


これから向かう方向には木道を挟んでなだらかな草原が広がり、その向こうには会津駒を中央にして、右へ大戸沢岳への稜線が、左に中門岳への稜線が見える。これからあの山を越えてさらに左へ続く稜線を歩いて中門岳まで。
う~ん、なんて素晴らしい眺めなんだ。日光では得られない絶景!!
日光から檜枝岐に引っ越したい(笑)


草原に見えたのは湿原だった。
標高1900メートルの高層湿原だ。


肉眼でも駒ノ小屋の存在がわかるほど会津駒に近づいた。
先を見ると草原はこの辺りで終わり、一度、林の中に入るようだ。
いや~、素晴らしいねぇ、この稜線。
登山者の多くは滝沢登山口から会津駒へのルートを歩くらしいが、この稜線を歩かないのはもったいない気がする。


なだらかに見えても実際にその中に入ってみないとなにが待ち受けているかわからないものだ。
樹林帯の中にはこんな仕掛けがあって楽しませてくれる(笑)


管理人好みのガレ場まで用意してくれている。


11:10
樹林帯から駒ノ小屋が見えた。
ここがキリンテからのルートの終着点だ。
このすぐ先で滝沢登山口からのルートと交わる。
キリンテから登り始めてここまで、大津岐峠での休憩を含んで4時間25分。山と高原地図に書かれている標準時間が4時間40分なのでまずまずといったところ。


この時期は係員が常駐する山小屋として営業している。
利用者は多いらしい。
管理人、花が終わった時期だから標準時間を下回っているが、花の季節だったら立ち止まって観察したり写真を撮るため標準時間を大きく上回る。そうなると今日、歩くルートの日帰りは厳しい。
いずれこの小屋を起点に2・3日、滞在して花をゆっくり楽しみたいものだ。


駒ノ小屋のすぐ下には駒ノ大池があり、そこから眺める会津駒ヶ岳がいい。
管理人が今いる場所には木製のテーブルとベンチがあって休憩できる。今、そのベンチに腰かけて写真を撮っているところだ。
気温は15度。暑くもなく寒くもなく長居をするにはちょうどいいが、これからあの会津駒ヶ岳に登り、さらに中門岳まで足を延ばす予定だ。あまりゆっくりしていられない。
それにしてもあれだな、この景色を目の前に、さっと通り過ぎてしまうのはもったいない。ベンチに腰をかけ、缶ビール片手に、時間無制限でこの景色を眺めるのが会津駒にもっとも似合うのかもしれない。そのために駒ノ小屋が存在するようなものだ。次は是非、そうしよう。
でその時期だが、やはり花の季節だろう。6月半ばから8月にかけてだろうか。来年の予定に組み入れておこう。でも混み合うだろうな。


会津駒ヶ岳に向かって歩くと木道が分岐する。
ここを右へ急登すると会津駒ヶ岳の山頂、直進すると中門岳へ行く。


11:38
歩き始めて4時間55分。大津岐峠からだと駒ノ小屋での16分の休憩を含んで1時間53分。
先週に続いて百名山・会津駒ヶ岳に立つ。先客8名。


会津駒山頂から中門岳(画像右端)に向かってなだらかな稜線がずっと続いている。
実に雄大な光景にうっとりする。大津岐峠からの稜線も素晴らしいがここも実にいい。
大津岐峠から駒ノ小屋に至る稜線も、会津駒から中門岳に至る稜線も管理人が夢に見る理想の稜線だ。いつかはこのような稜線の上を歩いてみたいと思っていたが、それがいま現実のものとなって目の前にある。


ここも大小の池塘が点在する。
池塘の数からいえば鬼怒沼を凌いでいる。それに広大だ。
夏はここがお花畑になるという。


遠方に見えるピークは三岩岳だろうか?


道標が立つ大きな池に着いた。
近づいてみると「中門岳」とある。ただし、中門岳(ちゅうもんだけ)という明確なピークがあるわけではなく、この辺り一帯を指す、と道標に書かれている。


12:38
道標の先、木道はまだ続いていたので、木道の外れまで行ってみるとそこに最後の池塘があった。
地図を見るとここが標高がもっとも高く、2060メートルになっていて地図には中門岳と描いてある。
ここでふと疑問がわいた。
鬼怒沼は標高2000メートルにあって日本でもっとも標高の高い湿原だという。会津駒から中門岳に至るいくつもの池塘が点在するこの草原が湿原であるならば、こここそ鬼怒沼よりも標高の高い高層湿原ということになる。ここを湿原とは呼ばないのであろうか?


木道の最終地点で菓子パンをかじり昼ご飯とする。
帰りも同じ木道を会津駒に向かって進むが景観が異なるので飽きることはない。


燧ヶ岳が見える。


ここからも燧ヶ岳が、、、
燧ヶ岳は中門岳から会津駒に戻る木道からずっと見えるのだ。


13:14
会津駒への分岐まで来た。
ここは会津駒の側道になっていて会津駒の山頂を迂回して駒ノ小屋に行くことができる。


13:24
前方に駒ノ小屋が見えてきた。


駒ノ小屋直下の湿原を抜けると樹林帯に入る。
あとは滝沢登山口に向かってひたすら下る。


コハウチワカエデ
下りルートの紅葉も見事。


かなりバテ気味なので黄葉した木々の種類まで特定するに至らず、ただただこの美しさを呆然と眺めていた。


15:29
滝沢登山口
ふ~、2登目にしてキリンテから会津駒へ、会津駒から中門岳を往復そして下山は滝沢登山口という20キロに渡るロングコースを無事に歩き終えた。しかも二日酔いの身体で(笑)


15:36
滝沢登山口の駐車場に着いた。
ここは今朝、6時半にはすでに満車になっていた。
駐車場は登山口にもっとも近いこの場所と、ここから下がった国道寄りに3ヶ所ある。
管理人はこの次に登山口に近い場所に車を置いた。


先週12日は滝沢登山口から駒ノ小屋を経て会津駒ヶ岳を往復した。このコースの見所は駒ノ小屋の下に広がる草原であろう。樹林帯から抜け出すといきなり視界が開けてハッとするような光景が広がっている。
花はすべて咲き終わっていたが初夏にはたくさんの花で彩られるだろうことが想像できる。
ただし、登山口から草原に至るまでは眺めのない樹林帯を歩くので面白みはない。

今日はキリンテ登山口から大津岐峠を経て会津駒ヶ岳、さらには中門岳を往復して滝沢登山口へ下りた。
大津岐峠から会津駒ヶ岳そして会津駒ヶ岳から中門岳へと延びる稜線はなだらかかつ雄大で、実に気持ちよく歩けた。これぞ会津駒ヶ岳の醍醐味、魅力といえるのではないだろうか。もちろん、初夏には花も期待できそうだ。

その花のことだが、登山コースで花を見つけるとじっと魅入ってしまい足が先に進まない。写真をたくさん撮るので時間がかかる。
今日は休憩を含んで8時間44分を要したが花の季節であれば10時間をはるかに超えるであろうと思う。そう考えると会津駒をたっぷり楽しむには宿泊が必須である。初日は大津岐峠から駒ノ小屋に至る草原の花を観察、次の日は駒ノ小屋から中門岳に至る花を観察という具合に、2泊3日の行程を考える必要がありそうだ。ただし、2泊とも駒ノ小屋にだ。
初日に駒ノ小屋まで行くのに6時間はみておきたいので、自宅からの移動を考慮すると今回と同じように檜枝岐で前泊したい。う~ん、そうすると3泊4日になるな。いくら仕事が暇だからとはいえ、4日も留守できるのかね。でも実現に向けて計画だけは組んでおきたい。


昨夜お世話になった会津駒登山口のすぐ近くにある民宿「こまどり」。
翌日はここに車を置き宿の車でキリンテに送ってもらうつもりでいた。
管理人の計画を話したところ、車2台で出発し滝沢登山口の駐車場に管理人の車を置いてキリンテまで送ってくれることになった。
もしもここに車を置いてキリンテから登り始めた場合、下山時は滝沢登山口からここまで1.8キロのアスファルト道路を歩かなくてはならない。滝沢登山口の駐車場に車を置けるのは願ってもないことなのだ。こまどりさんのご配慮に感謝。


こまどりさんの夕食。
天ぷら、山菜、イワナの塩焼きなど9品に自家製果実酒。これに裁ち蕎麦とご飯、味噌汁がつく。
十分すぎる量だ。それに野菜類が多いのはありがたい。
問題はだね、管理人にはこれらすべてが酒の肴に見えてしまうことだ。
ふだんなら山行前のアルコールは控え目にしているのだが、これだけのご馳走を前にして大いに迷った。
起床まで10時間はある。ぐっすり眠るためにも血流をよくしておくことが大切だ。先月ひいた風邪がまだ治らないので身体を芯から温めたい。
諸事情を踏まえ、銚子1本注文し飲む。しかし、小鉢や小皿に盛られた料理がなかなかなくならない。すべてを食べるにはもう1本必要だと判断した。こうして1本が2本となり、ふらつく足で階段を上がっていった。

百名山・会津駒ヶ岳。想像以上の厳しさに中門岳を諦めてとっとと退散(笑)

2016年10月12日(水) 晴れのち曇り

駐車場(8:05)~滝沢登山口(8:08)~水場分岐(9:18/9:20)~駒ノ小屋(10:28/10:30)~中門岳分岐(10:38)~山頂(10:46/10:55)~駒ノ小屋(11:07/11:30)~水場分岐(12:20)~水場(12:24/12:34)~滝沢登山口(13:31)~駐車場(13:34)

帝釈山から眺めた会津駒ヶ岳

今年になって突然、栃木県北部の山に目覚めた。
日光市の山は群馬県に近い方に数多くあってその代表となるのが白根山であり皇海山といった日本百名山である。他にも錫ヶ岳といった手強い山もあれば、展望抜群の前白根山、厳しい上りの金精山といった個性的な山々が顔を揃えている。そしてこれらは群馬県境あるいはその近くにある。

管理人が住む日光市そのものが県北なのだが目覚めたのは群馬県境ではなく、福島県境にある山である。
昔訪れたことのある鬼怒沼を再訪してみたいと思って計画を組み始めたところ、鬼怒沼山というとても美しい名前の山が目にとまり、鬼怒沼山はまだ群馬県境なのだがその稜線を追っていくと栃木県と群馬県、福島県にまたがる黒岩山がある。3つの県にまたがる山、これはとても気になる。

栃木県は福島県とも接しているのかと今さらながら思うのだが日光市、なかでも合併前の旧日光市に住んでいる管理人には旧日光市の山だけで事足りていて、合併後の日光市にとくに、福島県境の山など遠すぎて意識外のことだったのだ。

黒岩山がある福島県境をさらに北東へ辿っていくと台倉高山、帝釈山、田代山など2千メートル超えあるいは2千メートルに近い山が連なっている。さらに調べていくとこれらの山は、降った雨を太平洋と日本海に分ける分水嶺となっていて管理人の好奇心を嫌でも高めるのだ。
百名山にはなんら興味はない管理人だが分水嶺の山とか、峠から登り始める山などという言葉には強く惹かれる。
これらの山に是非とも登ってみたくなった。

先月15日と今月7日にそれぞれ登山口を変えて帝釈山と田代山を縦走(というほど大した距離ではなく、その間わずか4キロ)したのだが、田代山を経て帝釈山に至るのとその反対とでは登山口に至る車でのアクセスがまるで違ってくる。
田代山であれば登山口まで自宅から50キロ強なのにたいして、帝釈山だと登山口まで130キロメートル、3時間半も車を走らさなくてはならない。登山口は6キロしか離れていないのにだ。

この理由は帝釈山に登るには尾瀬の玄関口といわれる檜枝岐に入らなくてはならないからだ。檜枝岐へは国道121号線、通称会津西街道を会津田島へ北上しそれから352号線を西へ向かって走り、次に檜枝岐に向かって南下するという、四角形の三辺を走ることになる。これが長距離、長時間になる理由である。
ただし、メリットもある。登山口の馬坂峠から帝釈山まで1時間もかからずに登れてしまうことだ。それに惹かれて帝釈山と田代山に登ったのが今月7日であった。結果は37分だった。
9月15日の記録(帝釈山を栃木県から登る)
10月7日の記録(帝釈山を檜枝岐から登る)

地図を眺めていてわかったことがある。
帝釈山の登山口、猿倉峠に行くには檜枝岐の町中(正しくは檜枝岐村なのだが)を通り抜け、次に林道をひた走るのだが、ずっと手前の国道沿いに百名山・会津駒ヶ岳の登山口があるのだ。
ほう、会津駒ヶ岳(以下、会津駒)の登山口って、こんな便利なところにあるんだと思った。
地図によると登山口から山頂まで5.4キロ、3時間はかからないみたいだ。分水嶺から遠ざかるがぜひ登ってみたい。

実は昨夜の予定では、今日は帝釈山と同じ登山口から分水嶺の台倉高山に登るつもりであった。そうすればこれで帝釈山と田代山に台倉高山が分水嶺の山として管理人の山行記録に加わる。
会津駒は分水嶺から10キロ以上も離れていて完全に福島県の山だが、台倉高山の登山口へ向かってオフロードを走っている間に会津駒の中腹まで行けてしまう。それほど登山口に恵まれている。
よし、こうしよう。
第1目標を台倉高山にして、もしも会津駒の駐車場が空いていればその時点で目標を切り替えて会津駒を目指そう。

先月7日、帝釈山を下山後、後学のためにと訪れた会津駒の駐車場は平日にもかかわらず満車であった。さすが百名山と言わざるを得ない。
はたして何時に満車になるのか、それが気がかりだった。
近県から日帰りで来る人もいることを考えると朝6時に満車になるとは思えない。とはいえ午後になれば天候が急変する2千メートル峰ゆえに、午後一には下山を始めなくてはならない。登山に3時間かかるとして、逆算すると皆さん、遅くても8時には歩き始めるであろう。
自宅からの移動時間に3時間はかかるが8時までに駐車場に到着できれば、駐車できる可能性は高いと見た。

会津駒の登山口となる滝沢口の駐車場へは7時45分に着いた。読みが当たってまだ4・5台分の余地があった。そこで今日は台倉高山転じて、百名山・会津駒ヶ岳を歩くことにした。

7日に帝釈山の山頂から眺めた会津駒の右手に、なだらかで魅力的な稜線が続いているのを見た。
帰って地図で調べると、会津駒東方の大戸沢岳に向かって延びる1.7キロの長い稜線であることがわかった。あの魅力的な稜線を歩きたいものだ。ただし、地理院地図に道は描かれていない。
実際に歩けるのは会津駒ヶ岳の北にあって隠れて見えないが、大戸沢岳と同じような稜線が続いている中門岳のようだ。とりあえず会津駒まで試しに歩いて、そのときの状況次第で中門岳への稜線に挑戦しよう。
上空は晴れわたり絶好の登山日和だ。時間をかけて楽しみたい。


8:05
国道352号線にある滝沢登山口の案内板にしたがって山道を5分ほど走ると道は行き止まりになりそこが駐車場になっている。
7時45分に着いた時点でご覧の通り。
駐車場は手前になるほど幅が狭くなり、道路にはみ出す。隣の車と並列に駐められるのはここまでだ。
管理人はこの下に道路と並行になるようにして駐めた。


8:08
道の行き止まり(車止め)から3分ほど歩くと斜面を上がる階段があり、ここが実質的な登山口になる。


明るい樹林帯の中の登山道だが展望はない。


なかなか厳しい上りですぞ!!


コハウチワカエデらしき紅葉したカエデ。


これはミズナラらしき色合い。ブナかもな。


9:18
地理院地図には描かれていないが水場があるようだ。
帰りに寄ってみよう。


登るにつれて雲行きが怪しくなってきた。
向こうに見えるなだらかな山が目指す会津駒だと思うが重たそうな雲が覆っている。


ときおり視界が開け南方に位置する白根山がのぞく。


方角から判断して会津駒から東へ延びている稜線だと思う。
大きく見えるのがピーク2098だろうか。するとその右の下がったあたりが大戸沢岳かな。


それにしてもこの登山道は傾斜がきつい。
階段が多いことでそれがわかる。
まるで男体山でも登っているかのように傾斜が変わらない。


傾斜がやや緩み駒ノ小屋に近づいたことを思わせる。


樹林帯から抜け出てようやく視界が開けた。
前方になだらかな稜線が広がっている。米粒ほどだが建物が見える。
あれが駒ノ小屋であろう。


ズームアップしてみると2棟の建物が確認できた。


イワショウブだろうなぁ?


ゴヨウツツジかな?


小屋を目指して木道を歩く、いや、歩くと言うよりは傾斜のついた木道を上っていく。
遠くから見るとなだらかで気持ちのよさそうな斜面だと思ったが、結構、厳しい。ふくらはぎがパンパンになる。


木道はこんな感じ。
傾斜がついている上に段差がある。
雨に濡れると下りはきっと滑るだろう。


10:28
ふ~、歩き始めて2時間23分。ようやく駒ノ小屋の休憩所に着いた。
このすぐ右に池があってとても落ち着ける場所だ。


これが駒ノ大池。
とてもいい雰囲気だ。疲れが吹き飛ぶ。
向こうに見える小高い丘のようなのが会津駒。水面に映る姿もいい。
あと700メートル。山頂に着いたら景色を眺めながらゆっくり昼メシといこう。


10:39
池を取り巻く木道のどちらからでもいいので会津駒へ向かって進む。
木道はここで分岐し直進すると中門岳。会津駒山頂は右に入る。


泣きが入るほどの傾斜だ。
前方が開けているので山頂はすぐなのかな?


10:46
歩き始めて2時間40分、ようやく木道から解放され山頂に着いた。
燧ヶ岳がよく見える。
ここまで休憩といえば暑かったのでジャケットを脱いだときと写真を撮るときだけ。ここで昼食としたいが風が冷たい。
いっそのことこれから中門岳まで足を延ばしてそこで昼食、と考えたのだが上空は鉛色の雲が垂れ込め、今にも降りそうだ。
中門岳は往復1時間半だが、それまで雨が降らずにいてくれるかどうか、微妙なところだ。
まっその~、今日は中門岳の下見と考えてここまで来れたのだから、これで良しとしようではないか。と、目標を簡単に引っ込める管理人なのである。
風が強いし寒いし、雨が降れば木道は濡れて滑るはずだし雨が雪に変わったら車を動かせない。下山したらもうひとつの登山口、キリンテを見に行かなければならないし、、、目標を引っ込める理由が次から次へと出てきた(笑)
要は雨が降る前に潔く撤退するのが山の掟なのだ。ここまでのきつい上りでバテたからではないのだよ、と自分に言い聞かせる。


一等三角点らしい。


日光連山がよく見える。日光方面の天候は悪くないようだ。


駒ノ大池まで戻って小屋をバックにパチリ。いいですなぁ、この感じ。
往きは小屋の屋根が見えるところで方向を右に変え、池のほとりを歩いて会津駒へと向かった。


11:07
2棟の建物は山小屋とトイレだった。
オンシーズン中は係員が常駐していて予約で泊まれるらしい。
管理人が汗をかきながら登っていると下ってくる人とすれ違い、管理人が下っていると登ってくる人とすれ違った。それぞれこの小屋を利用した人、する人らしい。それほどこの小屋を利用する登山者が多いということだろうか。

山小屋に隣接するトイレ。
ここも有料制。そして清潔。
山頂あるいは山頂の近くにトイレがあるのはその山を身近なものにする。百名山だからトイレがあるのは当たり前?
いや、そんなことはない。
我が日光は百名山が3座、他に2千メートル峰がいくつもあるが、山頂にトイレのある山などない。山以外に多くの観光資源をもつ日光だからこそのお粗末さといえるが、豊かな自然を多くの人に利用してもらうための、トイレは基本だと思っている。などと関係者の前でこういう話をすると、日光は国立公園だから構造物はNGだとか維持管理するためには莫大な費用がかかるといった、決まり切った答えが返ってくる(と、管理人の想像)。


左前方の草地のようなところが一面、白く見える。
肉眼では見えないし10倍のズームでもこれが限界。
雪なんだろうかそれとも霜?


12:20
水場への分岐。
往きはスルーしたので水場に寄ってみることにした。


12:24
急な下り斜面を下りること数分、水場はこんな感じ。
流れは細いが高さがあるのでペットボトルに注ぐにはいいかもわからない。
ただ場所が登山口寄りなので、往きは不要だし帰りは少し我慢すれば国道で飲物が買えるから活用は登山者それぞれかも。


我が日光でも紅葉が始まっているはずだが混雑を嫌ってまだ観ていない。
ここは色づきが良くないがこんなものなのか、それとも天候不順の影響なのだろうか。


13:31
無事に登山口の階段へ。
このときになって雨がポツポツ始まった。


13:35
駐車場に戻る。
こんな時間に下山してしまうなんて古賀志山でもなかったことだ(^^)
管理人が駐めたのは路肩だがここも区割りされていて5・6台、駐めることができる。この先にもこのような場所がある。
車に乗り込むと雨はかなり激しくなった。山頂で折り返した判断は間違ってなかったようだ。


今日は滝沢登山口から会津駒を往復したのだが、次は会津駒の北にある中門岳を目指したい。
その次は滝沢登山口から登ってキリンテに下り、さらに滝沢登山口へ戻るという会津駒をぐるっと一周するコースを歩いてみたい。
ネックとなるのは自宅から3時間という移動時間だ。これを解消しなければならない。
今日も睡眠3時間という最悪の状態で檜枝岐まで車を走らせたが、睡眠不足は登山に必要な気力と体力を奪いとる。
国道に沿って宿はたくさんあるので睡眠不足は解消できるにしても、次なる問題は滝沢登山口とキリンテを結ぶ国道をどのように移動するかだ。5キロものアスファルト道路を徒歩で移動するのは避けたい。タクシーはもちろんない。バスは一日に4・5本だという。
う~ん、あと数回、現地に通って調査しなければ解決できない問題に思える。
こと山に関しては課題が積もる一方で、本業に身が入らないから困る。


今日のコースを断面にしたのが上の図。
一方的に登って一方的に下るというのは男体山に似て、息をつける場所がないのが難点だ。
救いは駒ノ小屋にさしかかる辺りから視界が開け、雄大な稜線が望めることと、駒ノ大池の美しさだろうか。それでも登りの厳しさに変わりはないが、、、


下山後、滝沢登山口から5キロ尾瀬側にあるキリンテ登山口に行った。
ここは登山道が国道に直結しているので便利だが、駐車場がないのでどうしても滝沢登山口を選んでしまう。
どうすればこの登山口を利用できるのかが課題だ。


キリンテ登山口からの帰路、国道沿の「ミニ尾瀬公園」に立ち寄った。
国道に面して大きな駐車場があり、国道を挟んだ向かい側に施設がある。


檜枝岐川を渡ると管理棟がある。尾瀬に咲く植物などの実物が見られるそうだ。
今日は帰りを急ぐので立ち寄らなかったが、別棟には尾瀬とゆかりのある著名人の作品が展示されているらしい。
詳しいことはこちら


駐車場のトイレを覗いてみた。
なんと公共施設なのにシャワートイレだ。
いまでこそデパートやスーパー、ホームセンターでは当たり前になっているが、ここは公共の駐車場しかも、村営の施設だ。驚くほかに言葉がない。

滝沢登山口から登り会津駒ヶ岳を一周してキリンテ登山口に下りたいと考えているのだが問題は下山後の交通だ。
もしもこの駐車場を上手く利用すれば実現可能かもしれない、とふと思った。
キリンテ登山口に自転車をデポした後、車で滝沢登山口に行って登り始め、キリンテ登山口に下りてくる。今度は自転車をこいで車を置いた滝沢登山口に戻るという方法だ。その反対だと国道が上り坂になっているので自転車は厳しい。
ではこの駐車場はなんのために利用するのか? トイレが清潔なので車中泊するためである。あっ、そう考えると麓の旅館に泊まって同じ方法を採ればいいわけか(^^)


会津駒ヶ岳は言わずと知れた日本百名山である。
深田久弥は昭和11年(1936年)6月にひとりで訪れている。深田久弥33歳のときだ(※)。
国道(当時はどうだったか?)から登山口に通じる橋のたもとに遭難碑が立っているのを深田久弥は目にしている。その碑には大正15年(1926年)の10月19日、霧で道を見失い、おまけに季節外れの雪で2名が疲労凍死したとの記述がある。
深田もまた、登頂後、大津岐峠を経て下山する途中で沢に迷い込み、悪戦苦闘の末に檜枝岐に着いたと書いている。
その頃はまだ登山道は今ほど整備されていなかっただろうから、霧が出たり雪が積もったりすれば見失ってしまうことが容易に想像できる。

『・・・立木も疎らになり、前面に目のさめるような景色が現れた。会津駒ヶ岳の全容である。どこが最高点か察しかねるような長大な山が伸びていて、それがおびただしい残雪で輝いている。会津駒を天馬の疾駆するさまに見たのはその時である。写真を二枚つなぎ合わせても、その全容を収めかねた』、『頂上は、私が今までに得た多くの頂上の中でも、もっとも素晴らしい一つであった。どちらを向いても山ばかり、その山々を名指すことで一時間は素早くすぎた。六月半ばの快晴の日、ただ一人この山に在るという幸福感が私を恍惚とさせた・・・』・・・深田久弥「日本百名山」より。

深田が得た会津駒ヶ岳の雄大さがもたらす感動を、管理人も味わった。
駒ノ小屋までは厳しかったが、下から見上げる駒ノ小屋の斜面はとても素晴らしい。
幸福感が深田を恍惚とさせ、下山で道を見失わせたというのも本当のことのように思える。
樹林帯の切れ目から垣間見える会津駒から大戸沢岳へ延びる雄大な尾根、会津駒を映す駒ノ大池の姿は目に焼きつくほどに美しい。若き深田が恍惚とする気持ちが手に取るようにわかる。

管理人68歳の秋に日本百名山の会津駒ヶ岳に登る。
登山中に亡なった深田久弥の享年と同じ齢に達した管理人である。

※深田久弥選集「百名山紀行」によると、昭和10年(1935年)の誤りであろうとの注釈が付いている。

福島県境の分水嶺、帝釈山に立つ。快晴、大展望にうっとり。

2016年10月7日(金) 一日中晴れ

自宅(5:00)・・会津西街道・・会津田島・・檜枝岐・・馬坂林道・・馬坂峠(8:39/9:05)~帝釈山(9:40/10:20)~避難小屋(11:10/11:15)~湿原一周~避難小屋(11:45/12:15)~帝釈山(13:09/13:30)~馬坂峠(13:57)・・同じ道で自宅へ
※所要4時間52分のうち、休憩が1時間36分
※自宅から馬坂峠まで130キロ、3時間40分

昨日は快晴だったが台風の余波が残り風が強かった。
今日はその風も治まり、快晴無風の絶好の山日和となった。

山に登るのに安全と効率を考えると事前の情報収集が重要な意味を持つわけだが、8月25日と9月9日に鬼怒沼に行った際に、鬼怒沼の北東に日光市と群馬県、福島県という3つの県にまたがる山があることを知った。
これまで日光市と群馬県境にある山へはたびたび登っているが福島県境に注目したのはそれが初めてであった。
日光市と群馬県が接する距離は長いが福島県境も数十キロにおよぶ。それを追っていくと3県境の山である黒岩山(2163M)に始まり県境は北東へと向かっていき台倉高山(2067M)、帝釈山(2060M)、田代山(1926M)、安ヶ森山(1160M)、荒海山(1581M)、男鹿岳(1777M)で終わり、続いて那須塩原市と福島県境の山へと変わる。

ここで気づいたのは日光市と群馬県境にある山では帝釈山が日光最北部の2千メートル峰であることだった。いや、正確には帝釈山から先、那須塩原市の山を含めて帝釈山が2千メートル峰としては栃木県でもっとも北に位置することがわかった。
これは話のタネに是非、登っておかなくてはならない、そう考えて登ったのが先月15日であった・・・詳しいことはこちらに。

その後、福島県境の山に興味を持ち情報量が増えた。新たにわかったことは上に書いた県境は降った雨を太平洋と日本海に分ける分水嶺となっていることだ。

帝釈山に関しては、先月15日は栃木県北端の2千メートル峰としての興味から登り、今日は分水嶺にある山への興味として登ってみようと思う。視点が変わって面白いかもしれない。
登山口も変えてみた。
前回は田代山に近い猿倉峠、今日は帝釈山に近い馬坂峠にした。
猿倉峠と馬坂峠は直線距離で4キロに満たないがそこへ至る車でのアクセスには大きな違いがあって、馬坂峠へ行くには80キロも余計に走らなければならない。これが実に辛かった。


7:53
これから向かう帝釈山の登り口になる馬坂峠は、日光市栗山と福島県檜枝岐村を結ぶ馬坂林道の県境にある。
ただし、檜枝岐と馬坂峠間つまり、福島県側は通行できるが日光側の栗山と馬坂峠間が通行できない。この林道さえ通行できれば日光と檜枝岐は最短ルートで結ばれる。
通行できないとなれば方法はひとつ。
国道121号線、通称「会津西街道」を福島県に向かってひたすら走り、会津田島で国道352号線に乗り換えて檜枝岐に入るという大仕事をしなければならない。
画像は檜枝岐の街中を過ぎ、馬坂峠への分岐だがここまで自宅から116キロもあった。馬坂峠まで3時間はかかるだろうと朝5時に自宅を出発したのに時計はすでに7時53分を指している。ここからまだ30分かかる見込みだ。


分岐から3キロはアスファルト道路だったが間もなくオフロードに変わり、スピードがガクンと落ちた。
カーナビが表示する現在の標高は1030メートルほどだが馬坂峠は1800メートルに近い。800メートル近い標高差を車で一気に上ってしまうので、標高2080メートルの帝釈山へは歩いて1時間程度と見ておけばいい。


8:38
馬坂峠に到着。
オフロードが始まって37分もガタガタと車を揺らしながら走ったことになる。
カーナビの標高は1810メートルを示している。とんでもない方へ導いてしまうお馬鹿なカーナビなので当てにはできないが。


20台ほど駐まれる駐車場には先行車が1台のみ。これほど天気に恵まれているのに実にもったいないと思うが、やはり首都圏からのアクセスの悪さが原因となっているのであろう。
駐車場は砂利が敷かれ綺麗に整備されていて気持ちがいい。
駐車場の一角にある古民家風の建物はチップ制のトイレ。さすが檜枝岐と思わせる風情だ。


駐車場の左側(北)が帝釈山の登山口。
登山届け入れはなかった(記憶では)。


駐車場の右側(南)は台倉高山の登山口。
駐車場がある場所は帝釈山と台倉高山を結ぶ尾根の鞍部になっていて、栃木県と福島県の県境。つまり、駐車場そのものが分水嶺となっている。


日光の栗山へ向かう馬坂林道の日光側。
先月30日に日光側からここに来ることができないかと考え、途中まで来たが林道の遮断機が閉まっていたため諦めて戻る結果になった。


9:05
帝釈山を目指して歩き始めた。
好天に恵まれたこともあるが登山道は広く開放感がある。
今日はまず帝釈山を目指し、その後は田代山湿原を一周して帝釈山に戻って下山、すなわち始めから終わりまで中央分水嶺を歩くという計画。
距離にして片道4.3キロメートル、日本全体の分水嶺が6000キロだそうなので、その0.07パーセントを走破しようというわけなのである(笑)


全体がコメツガの樹林帯なので広葉樹は少ない。
その広葉樹が紅葉しているが数が少ないのと天候不順の影響なのか、色づきはイマイチに見える。


登山口から山頂までの距離は1キロに満たないがその分、傾斜はそれなり。
気温が20度を下回っていたので助けられた。


9:40
早くも山頂に到着。
歩き始めてわずか35分で2千メートル峰に立つ。
日光でもっとも低い2千メートル峰の赤薙山でさえ90分かかる。
展望は360度もあるし、こりゃぁいいわ!


山頂に立って登ってきた方向を眺める。
数本の木が視界を遮るが大展望だ。素晴らしいのひと言に尽きる。
ちなみに、ここが檜枝岐村と南会津町との境界線でなおかつ、日光市との境界であり、降った雨を太平洋と日本海に分ける分水嶺でもある。
この山名板を境として、帝釈山と書かれた側に降った雨は太平洋に向かって流れ、山名板の裏側に降った雨は日本海に向かって流れるその境目なのだ。なんとも壮大でロマンチックではないか。
そんなことを考えるだけでも山登りの楽しさが格段に増す。


山名板のすぐ脇に二等三角点の石柱がある。
山頂は東西に細長く通路になっているため多くの人が腰を下ろすことはできないが、南側に一段下がると大きな石を腰掛け代わりにして昼ご飯くらいは食べられる。


まだ誰もいないのをいいことに、時間をかけて景色をたっぷり拝むことにした。
南に日光連山が一望できる。距離約18キロメートル。う~ん、素晴らしい眺め。


上の景色をズームして山名をふってみた。
当然ながら男体山も白根山も見える。あまりにもワイドな視界なので一度のシャッターではカメラに収まらないだけ。


ほぼ真西には燧ヶ岳がそびえている。


帝釈山はあとでもう一度、立ち寄るので田代山へ向かう。


道は良く整備されていてとても歩きやすい。


田代山湿原の入口にある避難小屋(左)とトイレ(右)。
詳しいことは先月のブログに書いておいたので参照いただきたいが、ここのトイレの清潔さは群を抜いている→こちら


11:13
避難小屋からほんの数分で田代山湿原の西の分岐路に出る。
画像中央の木道から来てここで避難小屋と湿原を一周する木道とに分かれる。
木道は狭いため一方通行になっていてここから直進はできない。右へ進む。


これから湿原を一周するため木道を左回りに進んでいく。
ここからの眺めも素晴らしかった。


木道は気がつかないほど緩やかに下っている。
前方は開けていて実に雄大な眺めが楽しめる。


東の方向に左から前黒山、明神岳、高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)が見える。


湿原の東の分岐を避難小屋へ戻る方向に進むと弘法沼が見えてくる。
鬼怒沼のように池塘は多くなく弘法沼が唯一の池塘といえる。


11:30
田代山山頂に到着。
標高は1926メートル。山頂となっているが実際にはピークではなく、緩やかな斜面の途中を山頂と称しているようだ。


11:45
西の分岐路に戻った。


弘法大師像が収められている避難小屋。
内部の詳しい様子はこちらを。


管理人が到着したとき、南会津町からの委託で避難小屋とトイレの清掃をしているという男性2人と出会ったのでちょうどいいタイミングだと思い、厚かましくも話を聞いてみた。
清掃は週4・5日、おこなうそうだ。それで清潔なのがうなずけるがここへは一般の登山者と同じく、猿倉峠から歩いて来るそうだ。先月、管理人はてれてれ歩いて1時間50分ほどかかったが、まあ歩き慣れた人でも1時間半はかかるだろうからそれを週4・5日とは大変な労力だ。
個室は男女別(ただし、大の方は兼用)になっていて、見た目は普通の便器だが汚物はカートリッジに溜め、科学的(たぶん)に分解し、いっぱいになったらヘリで地上に降ろすらしい。これすべて南会津町の負担でおこなっているためトイレの利用はチップ制になっている。

男性2人は休憩を終えて下山していったが、腰にノコギリとナタを携えているのを見て、行き帰りに登山道の整備もしているのだろうと想像した。
余談だが、我が日光にハイキングコースは数多くあるが、山にトイレはひとつもない。
昭文社の山と高原地図・尾瀬を開くと、「トイレ」という文字があちこちに見える。
尾瀬国立公園と日光国立公園。両者、国が指定した自然公園なのにいったい、なにが違うんだろう?


チップは募金箱と書かれた透明な箱の中に入れる。
透明にしてあることで中に入っているチップが公開され、他の人もきちんと入れているのだということがわかり、それがチップを促す効果を高めているのかもしれない。
管理人、前回利用したときは持ち合わせがなかったので無賃利用してしまったが、今日は2回分、チップ箱に入れた。
ちなみに100円のご協力をとの表示があるが募金箱の中の金種は様々(笑)


トイレ脇の開放的な休憩スペースで昼食を終えてこれから今日、二度目の帝釈山へ向かう。


12:53
帝釈山へ30mと読める。
前回、これを見て疲れが吹き飛んだが、30メートル進んでも山頂に到着しなかったのでイタズラ書きかと思った。
2回目の今日、あらためて見るとmのあとにかすれてinとあった。なんだ30分のことだったのね(笑)


ハシゴがかかった大きな岩が2箇所、小さな岩は数多くある。


13:09
本日2度目の帝釈山山頂。
朝と同じくらいの時間をかけてじっくり眺めた。
燧ヶ岳の右に目をやると、なだらかで魅力的な稜線が見える。
日本百名山の会津駒ヶ岳(2133M)だ。


ズームしたのがこれ。
これまではるか遠方にあって敷居が高いという印象のある山だが、檜枝岐まで来てしまえば登山口から3時間で山頂だ。檜枝岐からなら楽に登れる。
ただねぇ、自宅から登山口まで車での長い移動時間を強いられるのだよ。総時間の半分を車の運転に費やされるから、日帰りで登ろうなどという気にはとてもなれない。
とはいえ、今日の帝釈山と田代山だって日帰りだから、あとちょっと頑張れば会津駒ヶ岳完全日帰りを達成できるかもわからない。帰りは居眠り運転必至だけど(笑)
もう少し情報を集めてみよう。


さあ、帰りの運転のこともあるので下山としよう。


このルートは木道や木の階段が多いので、雨で濡れていたりすると滑ること間違いなしだ。
乾燥していることを幸いに快調に飛ばす。


13:57
登山口が見えた。
下山は28分だった。



夢やぶれし檜枝岐への道。仕方なく、途中で見つけた無名の山でお茶を濁すw

2016年9月30日(金) 晴れのち曇り

予報通り、晴れた。何日ぶりの青空だろうか。よくぞ晴れてくださったと、天に向かって感謝してもいいくらいの青空だ。
なんだかとても懐かしいと感じるのは青空なんかこの一、二週間いや、もっと長い間見ていないからだと思う。
それほど今年の天候がおかしなことになっているわけで霧降高原に住み、春から秋は霧の中で生活せざるを得ない特殊なエリアとはいえ、これほど青空を見ない日が続くというのは十数年ぶりだ。

今日、晴れることは昨夜の予報でわかっていた。この貴重な日をなんとか有効に活用したい。
当然、山歩きだろう。
といっても宿泊のお客さんのチェックアウトを待たないと出かけることはできないので山歩きに充てる時間は限られてしまう。
いつものように古賀志山にしようか?
古賀志山なら遅く出てもたっぷり歩くことができる。ただなぁ、大方のルートは歩いてしまっているので楽しむには100通りのバリエーションルートから時間に見合ったルートを選ばなくてはいけないし、考えるのも面倒な気がする。

そこでふと、先月15日に登った福島県境の帝釈山を思い出した。
猿倉登山口から歩き始めて田代山湿原を経由して登ったのだが、その計画段階で、帝釈山にわずか1時間で登れるルートがあることをガイドブックで知った。それをやってみようと、いつものことながら突然、思いついた。

登山口は帝釈山の南にある馬坂峠。
移動時間を2時間と見積もっても山頂まで3時間だから、9時に出発しても日没までには時間はたっぷりある。
馬坂峠へは福島県の檜枝岐から馬坂林道を向かうのが一般的らしいが地図を見るとその林道は栗山(日光市)へと続いている。
日光から行く場合は栗山を経て前回、帝釈山の登山口にした猿倉口へ県道249号線を走り、途中で馬坂林道に乗り換えて馬坂峠そして、檜枝岐へ、ということになる。
日光と檜枝岐がほぼ直線的に道路で結ばれているという事実、これは大発見といってもいい。檜枝岐は尾瀬の入口なのだ。
これまで国道にばかり目をとられていたが林道を利用して最短距離で檜枝岐へ出られるのなら尾瀬沼や尾瀬ヶ原はもちろんのこと、駒ヶ岳や燧ヶ岳はぐっと近くなる。

ただし、馬坂林道は地図記号でいう黒の細線すなわち軽車道という扱いなので道幅3メートルに満たない。路肩の一部でも崩れたりした場合など通行止め間違いないという狭い道なのでそれを念頭に置いて向かわなくてはならない。だが、もしも通行止めになっている箇所がなく、すんなり走ることができれば日光から檜枝岐への最短ルートになる。
よしっ、今日は帝釈山に登るのは二の次にして、馬坂林道の状況を把握するのを主目的として、無事に馬坂峠にたどり着いたら帝釈山に登ってみよう。いや、檜枝岐に行くのもいい。

一方、冷静になって考えてみると、首都圏から尾瀬へ行くのに皆さん、片品や会津から入っているわけで、上に書いたように日光から馬坂峠を経て檜枝岐に出て、尾瀬に行ったという話を聞いたことがない。それが可能であるならガイドブックには必ずその旨の記載があるはずなのだ。それがないということは、、、、
まっ、そこのところは行ってみてのお楽しみということにして、さっそく出かけることにした。


日光から南会津・檜枝岐へ抜けるには、霧降高原→栗山→土呂部(どろぶ)へと走る。栗山から先、249号線は途中で県道350号線に変わりこれが別名、猿倉林道で猿倉峠から田代山を経て帝釈山へ行ける。先月15日はそこに車を置いて歩き始めた。

今日は猿倉林道と平行する馬坂林道を走って帝釈山南方の登山口、馬坂峠まで行くつもりで車を走らせた。馬坂林道は猿倉林道入口の約4キロ先が始まりとなる。
冒頭に書いたようにその馬坂林道が通行できれば日光から檜枝岐への最短ルートになるはずである。地図の上では。

猿倉林道と馬坂林道への分岐には遮断機が設置されていて土砂崩れがあった場合に遮断機を閉じて、工事関係者の車以外は通行止めにする。遮断機は特殊な鍵を使ってロックがかかるようになっていて、閉じていると人力で開けるのは困難だ。
この日は幸い、遮断機は開いていた。
おぉ、これで檜枝岐へ行けるんだ、と思ったのはぬか喜びで4キロ先の馬坂林道入口に着いたところに別の遮断機があった。
遮断機は閉じていてしっかりとロックされていた。
先ほどの分岐の遮断機が閉じていたならわざわざここまで来ることもなかったのに、その間の4キロはいったい、なんのための開放区間なのだろう。戻る必要に迫られた。

車を降りて遮断機に近寄って案内板を見ても通行止めの理由は書かれていない。通行止めの期間を示す部分は空白だから工事をしている様子でもない。
すなわち、この林道は永久に閉鎖。それしか考えようがない。
やがて地図から消え去る日が来ることを暗示しているようだ(上の画像)。


馬坂林道は通れないことがわかった。
現地の荒れ様から、通れるようになる日は永遠に訪れないのであろうと察する。
日光から檜枝岐へ直接行けるなどというのは、やはり夢物語でしかなかったのだ。

時間は13時に近い。
檜枝岐も帝釈山も諦めて、ドライブで時間をつぶすことを考えた。
350号線を戻り、249号線を湯西川へ向かってみた。
車を置くのに十分なスペースがあればそこで昼食にするつもりだった。

湯西川の温泉街を過ぎて間もなく「安ヶ森」へ向かう林道を入った。
馬坂林道、猿倉林道の他に、国道を使わずに福島県に入るもう1本の道が安ヶ森峠へ向かう安ヶ森林道である。こうなったらもう、なにがなんでも福島県への侵入いや、進入を試みようという管理人なのであるw

林道を福島県に向かっていると突然、ログ風の大きな建物が出現した。
建物を右手に見ながら奥へと進んでいくとここでも通行止めに出合った。
遮断機ではなかったが、土砂崩れのため通行禁止という立て看が道をふさいでいる。これで馬坂林道、猿倉林道、安ヶ森林道のうち、福島県に通じる道は猿倉林道しかないことがわかった。
建物まで戻り、駐車場で菓子パンをかじり缶コーヒーを飲んで昼食とした。

それにしてもなぜこんな奥まった場所に立派な建物がありトイレがあり、駐車場があるのかといぶかしんだが、あとで調べると日光市自然体験交流センター「安らぎの森四季」だそうだ。
平成20年のオープンなのでバブル崩壊から現在に至る不況の中での投資だ。それなりの利用者を見込んだ上でとは思うが採算は取れているのだろうか、、、、と日光市民として余計な心配を。

まっ、それはともかくとして建物前の草地の奥に鳥居があり、参道のような階段が見える。


鳥居の奥には割と形の整った山が控えている。
あの鳥居をくぐり参道を歩いていけばあの山に登れるのだろうか?
せっかく目の前に山がそびえてる(というほど高くはなさそうだが)のだから登らないで帰るのも罰が当たりそうだ。
といって目的外の行動なので地図はなし、ちょっと心細い。迷子だけは避けたいものだ。


ナナカマドが真っ赤だ。


ひょ~、ウメバチソウが咲いてる!


鳥居の額には「大山祇大神」と刻まれている。
う~む、祇を「づみ」と読ませるのかぁ。
これも帰って調べたところ、「祇」は地の神、土地の神を表すそうだ。


鳥居の脇に案内板があった。
体験センターらしく、いろいろな名前のコースが設けられている。
どれも山頂には向かっていないが山頂にもっとも近いのはB5からB8にかけてのルートのようだ。
よしっ、とりあえずB5からB8のどこかでコースと別れて山頂に向かってみよう。


一直線に続く階段。
結構な傾斜ですこと。


階段の終わりに社があった。
これが大山祇大神なのでしょうね。
案内板にあったコースはこの手前で向きを変え、社の裏を回るようにして上へと向かっている。


山頂へ向かうのはこの辺りがいいかな?
下草が少ないので歩きやすそうな感じ。


登るにつれて傾斜が、、、息が上がってきた。


おやまぁ、ピンクのリボンが、、、
ちぎれて木の枝から落ちたのだと思うがこんな山に登る人がいるということか?


とうちょ~(笑)
東面から登って南北に延びる尾根にぶつかり、ここがもっとも高いので山頂なのだと思う。
山頂の位置は案内板にある「第3テントサイト」の北あたりだろうか。
地図は持っていないので無闇に歩きまわるのはやめて早々に下山することにした。
ただし同じ方向に下りるのもつまらないと思うので第3テントサイトに向かって尾根を南へ下ることにした。


歩き始めてまだ1時間半しか経っていないというのに日は陰り、薄ぼんやりした景色に見える。


狂い咲きのヤマツツジ。


道が見えてきたがあれが第3テントサイトあたりだろうか?


おそらく駐車場へ続く道だろうと思うが左は舗装されている。


まるでイチゴのようなヤマボウシの実。


帰宅してGPSのログを地図上に再現してみたのが上。
駐車場から見上げるとなだらかに見えたが、標高差は380メートルあり古賀志山よりも大きかった(笑)
熊の糞とおぼしき塊を2箇所で見た。山栗が多数、落ちていたし、ここは日光なので熊がいても不思議ではない。
迷子にならずに下山できたことよりも熊と出遭わなかったのが幸いであった。


登山が終わったらGPSのログをフリーソフト「カシミール3D」に落とし、歩いた跡を地図で確認するのを長年の習慣としている。
モニタに映る地図と歩いた跡を俯瞰することでその山の全体像が把握できる。地図に描かれた道と実際に歩いた道とのずれを見つけたときなど、その理由を考察するのはとても楽しい。
地図に道が描かれていない山を登った後の軌跡は貴重な産物となり、次の山歩きの計画に大いに役に立つ。

今回、まったく無名の山に登ったわけだが周辺の情報をネットで調べてみると、実に興味深いことがわかった。
南北に延びている尾根を北へ辿っていくと3つのピーク(1162→1210三角点→1197)を通り、福島県境に至る。その県境こそ、降った雨を太平洋と日本海に分ける境目、中央分水嶺なのだそうだ。
同じ場所なのに一滴の雨水は太平洋側に、別の一滴は日本海側に向かって流れる、その境目となるのが分水嶺で、北海道・宗谷岬から九州・佐多岬まで全長約5000kmにおよぶその一部が栃木県と福島県との県境にあるらしい。

なるほど、地図の境界線記号に気をとられてわからなかったが境界線記号の下は数十キロにもわたって稜線が続いている。それを帝釈山脈と呼ぶらしい。
いま、この時間、この稜線上のどこかできっと雨が降っているはずだ。
その雨は稜線を境に東西南北のどちらかに流れて太平洋か日本海に注ぐ、そんな想像をしていると気持ちがわくわくする。檜枝岐には行けなかったが、素晴らしい発見をした。

地図とネットはいろんなことを教えてくれる。
管理人、これまで漫然と山を登ってきたが、修験の道にある山、三つの県にまたがる山、中央分水嶺にある山など、百名山とは違った趣のある山が身近にあることを知り、それを目的に山に登るのも励みになりそうな気がする。難易度は高くなる一方だが、、、

栃木県最北の2千メートル峰、帝釈山へ。田代山湿原も堪能(?)したが濃霧に泣く。

2016年9月15日(木) 天候:霧雨/濃霧

猿倉登山口(7:07)~小田代(8:27/8 : 32)~田代山頂(9:00/9:10)~弘法大師堂(9:18/9:45)~帝釈山(10:51/11:20)~弘法大師堂(12:25/12:50)~田代山湿原西(12:48/12:55)~小田代(13:23)~猿倉登山口(14:12)

22年も日光に住んでいながら日光以外の市町村のことをよく知らない。
では日光なら隅々まで知り尽くしているのかといえばそんなことはなく、特に平成の大合併がおこなわれて栃木県の面積の1/4を占めるようになってからというもの、市内の別の場所へ行くにもカーナビに頼らざるをえない。

山にしたって昨年になってようやく日光以外の山を楽しむようになった。といってもお隣の宇都宮市にある古賀志山だけど(^^)
それほど山は日光で充分足りていて他に目が向かないのだ。
このままでは井の中の蛙になってしまうからもっと遠くの山へでも行こうかと、昔、家族旅行で歩いたことのある鬼怒沼を思い出し調べたところ、そこも日光市であった。登山口まで車で1時間半もかかるのにだ。

鬼怒沼へは先月25日と今月9日に行ってきた。
期待に違わず鬼怒沼は美しかった。広くて開放感がある。
大小いくつもの池塘が鬼怒沼の美しさを際立たせている。
歩きながら、ここを我がフィールドにしたいと思ったが、車での移動時間に加えて片道4時間もかかる距離の長さがそれを許してくれない。

鬼怒沼の計画を組んでいるとき、鬼怒沼の北西、群馬県境に鬼怒沼山(2141M)という魅力的な名前の山があることを知った。実際には笹藪の中の畳一枚ほどしかない山頂は展望もなく、おそらく二度行くことはしないと思うが、これまで日光西部にしか目が向かなかった管理人にとって、鬼怒沼山に登ったのは日光の奥深さを知るいい機会であった。

興味がわいたので、地図の上でのことだが、県境をさらに北へ辿ってみるとやがて栃木、群馬、福島の3つの県が交わる場所があり、そこに黒岩山という2千メートル峰がある。黒岩山(2163M)の先で福島県境になって大倉高山(2067M)、帝釈山(2060M)、田代山(1926M)、少し間が空いて安ヶ森山(1354M)、荒海山(1581M)へと続いている。そして男鹿岳(1777M)が日光市と那須塩原市との境になる。
いずれ日光市の2千メートル峰すべてを登りたい気持ちのある管理人は北部にも登れそうな山があることで、夢がぐんと広がった。
あぁ、なんと些細な夢で満足できてしまうんだろう、俺って(^^)

手始めに黒岩山にでもと思ったが、昭文社「山と高原地図」によると鬼怒沼からでさえ2時間半と長丁場だ。鬼怒沼まで女夫淵から4時間かかるから片道だけで少なくても6時間半を見ておかなくてはならない。
ましてや日が短くなる一方のこれからの季節だとヘッドランプの灯りを頼りに歩き始め、ヘッドランプを灯して帰っ てこなければならない。日帰りの限界を超える距離と時間で危険すぎる。
まだ実現にはこぎつけていないが、前回9日の山行記録はそこのところを考察してみた。→詳しいことはこちらに

次に候補として挙げたのは帝釈山だ。
黒岩山よりもさらに北へ遠のくが、南会津の猿倉を登山口にすれば往復10キロ、7時間半で行って帰ってこれそうなのだ。途中、鬼怒沼のほぼ倍の広さを誇る田代山湿原を通るため歩く楽しみは大きいらしい。
難易度の高い黒岩山の前に、福島県境の山特有の環境というものがあるとすれば、身体を慣れさせるためにも登っておくべきだろうと思う。

つい先日まで、難易度の高い未踏の山として皇海山と錫ヶ岳を挙げていたのだが、錫ヶ岳をクリアしてホッとする間もなく今度は黒岩山他、日光北部の山が候補に浮上して気持の休まる暇がないw

それでは行って来ま~す。


6:52
帝釈山の登山口は2箇所あるが今回は地図に車道として描かれている猿倉登山口にした。田代山を経由するルートである。
もうひとつは帝釈山の南に位置する馬坂口だがこちらは「軽車道」といって、幅3メートル未満の細い道なのだ。万一、路肩が崩れていたり斜面が崩落していたりするとそこから先へは進めないものと想像できる。
だが帝釈山まで1時間ほどで登頂できるらしいので魅力はある。
まぁでも、初回は登山口まで確実に到達できるよう、やや安全な道を走ることにした。
経由する田代山は鬼怒沼と同じ高層湿原だし一度見てみたいと思っていた。
その田代山は日光市栗山から始まる県道249号線を走り、途中で350号線に名称は変わるが同じ道を走って県を跨いで福島県に入り、南会津町の猿倉登山口に車を駐めて歩き始める。
ここまでが長かった。2時間かかった。誤算だった。
距離でいえば50キロ強なので女夫淵まで行くのと変わらないのだが、県道は土呂部をすぎた辺りから大小の石が転がる砂利道となり、それが猿倉登山口までずっと続く。うんざりするほど長い。
時折、車体に石がぶつかる音がする。速度を上げることができない。20キロ以下での走行を強いられたのが2時間もかかった原因。


7:07
猿倉登山口に着いたのは7時を回っていた。


台倉高山までの行程を示す案内図があったので眺めていると、なんとなく違和感がある。
理由は地図の上が北になっていないからだ。
現在地から田代山へは西、田代山から台倉高山へは南西に向かうのだが、この案内図だと南へ下ってそれから東へ向かうようになる。東西南北が逆転している。
右隅の方角を示すアイコンを見て、あぁそうなのかと知るが、紙の地図を見慣れているとこのような案内図は頭が混乱する。南会津町いや、環境省かな? に減点1。
ここまで予定より30分オーバーで走ってきたので機嫌が悪い。案内板を相手に文句を言ってる管理人なのである。


駐車場の前を流れる沢。地理院地図によるとここから下流に向かって、新道沢という名前が付けられている。
雨ではないが霧の重たいやつが身体にまとわりつく。強い雨にならなければいいが、、、


歩き始めると間もなく、水場を示す案内板があって右を見ると小さいが勢いのいい沢が流れている。
ザックには充分すぎるほどの水が入っているので立ち寄らず、先へ進んだ。


間伐材を利用した階段がある。
丸太の表面は滑るから靴を載せない方が無難。


前方がやや明るい。小田代かな?


8:27
田代山湿原の手前に位置する小さな湿原、小田代に到着。
小田代と書いて「こたしろ」と読むらしい。奥日光のは「おだしろ」。ちなみに、田代とは湿原のことを指す。
やや雨が強くなってきたので雨具を着込む。ズボンをどうしようか迷ったが面倒に思え、上着だけとした。


オオカメノキの真っ赤な実。


8:53
田代山湿原の入口に着いたようだ。長い木道が見える。
入口で木道が分岐している。
地図を見ると木道は湿原を一周するように敷設され、左回りの一方通行になっている。
道標が示す帝釈山方面へ歩き、一周すると画像左に見える木道を歩いてここに戻る。


弘法沼らしき池塘。
鬼怒沼と同じくここも標高2千メートルに近い高層湿原だが鬼怒沼と違って池塘は少ない。目につくのはこの弘法沼くらいだろうか。
それにしてもこれだけ大きい湿原だと植物の種類も多いんだろうなぁ、是非来てみたいが人が多いのはいやだなぁ、やはり花が咲き終わって人がいないこの時期がいいのかなぁ、と心が微妙に揺れ動く管理人なのである。


9:00
弘法沼のすぐ先で木道が分岐する。ここが標高1926メートルの田代山頂らしい。山頂ではあるが周りよりも標高が高いいわゆるピークではない(って、わかるかなぁ、この意味)。
続けて湿原を歩くには左へ行く。右へ行くと木賊温泉だがその距離12キロと刻まれている。
それにしてもなんと見事な霧なんだ。幻想的ではあるが日光霧降高原に住む管理人にとって霧は日常、見慣れている。できれば視界すっきりの湿原を歩きたかったというのが本音。


帝釈山へは田代山頂から南西に向かって歩いて行くが濃い霧のため距離感がつかめない。


9:17
田代山湿原の西の外れ、ここが湿原の折り返し点でなおかつ、これから向かう帝釈山への分岐。


湿原をあとにしてふたたび林の中へ入っていく。
滑る足下を気にするあまり下を向いて歩いているから周りの樹木が目に入らない。顔を上げるとあれはツツジにシャクナゲだろうか。針葉樹はコメツガか。


9:18
林の中から2棟の建物が見えた。
近づくとそれは高床式のトイレと避難小屋であった。


避難小屋と書かれた木札の右には弘法大師堂という木札が並んでいる。はて、弘法大師堂とは?


トイレの階段を上り中へ入ってみた。おぉ、なんときれいな!!
登山靴のまま上がり込むのは躊躇うほどの清潔さだ。


きれいに保たれている理由は清掃が行き届いている上に、土足禁止だったのだ。
床に大小2種類のサンダルが置いてある。右のはごく普通のサイズ。それに比べると左のは相撲の力士用かと思うほど大きい。
なんのためのサンダルなのかと思って壁に目をやると、注意書きがあり、登山靴のまま履けるサンダルなのだ。登山靴を脱ぎ履きするのは実に面倒なのでこの配慮はとてもありがたい。
これほどきれいな上に登山者への配慮がされているとは実に素晴らしい。先ほどの案内板への減点は取り消すことにした。


こちらもきれい。
車いすで入れるくらいの広さがあるがここまで車いすで来ることはできない。


なるほど、チップ制なのか。
管理人、「小」を利用したのだが小銭の持ち合わせがなかったため協力することができなかった。
次は2回分のチップを置いていこう。
いずれにしても管理している南会津町には敬意を表したい。


トイレの脇に設けられている休憩スペース。地面から一段、高くなっているので靴が運んだ土は雨で流されるようになっている。木々に遮られて景色は見えないがそこまで望むのは罰があたるというものだ。ちなみにトイレとこのスペースは平成23年度に建設された。と、トイレ外壁の銘板に書かれているのを見逃さなかった(^^)


こちらは避難小屋の内部。
扉を開けたとたんに目に飛び込んできたのがこのお堂。弘法大師の仏像が祀られている。
建物入口に掲げられている弘法大師堂という木札はこのことだったのね。いやぁ、度肝を抜かれました(^^)
四国巡礼だと同行二人という言葉があり、一人で歩く場合でも弘法大師が常にいっしょにいて安全を守ってくれるそうだ。これから帝釈山に向かうにあたって管理人も弘法大師像に向かって拝んでから扉を閉めた。弘法大師様、同行してくれるのだろうか。

小屋の中はゴミひとつなく、利用者のマナーのほどが伝わってくる。町による管理もされているのだろうか。
雨足が強くなってきたのでここで雨具の下を着けることにした。
きれいな避難小屋にきれいなトイレ。日光では考えられない設備に、登山者を快く迎えようという南会津町の気持ちが表れている。


避難小屋から先は一旦、下って、それから帝釈山まで緩やかなアップダウンを繰り返しながら標高を上げていく。


赤い実を残して枯れゆくゴゼンタチバナ。


今日は足の動きが悪い。
泥濘を避けるようにと地面に敷かれた木材や丸太のせいだと思う。滑るのだ。
木材や丸太は古く、水をたっぷり吸い込んで朽ちかけているものがある。傾いているものがある。丸太は3本、組み合わさって進行方向に長く置かれている。ばらけてしまっているものがある。太さの違うものがある。いずれも濡れていると滑るから慎重に足を運ばなくてはならない。バランスの悪さを自認している管理人としてはとても気をつかう。


アルミ製の脚立を梯子の代わりにした岩が2箇所ある。
古賀志山とは違うから梯子を利用する方が賢明。ここで格好つけて岩を登り、滑落したら笑いものになるはずだ。


ツツジに違いないがヤシオツツジだろうか。


10:51
雨で滑りやすいという悪条件ながら無事に到着。
山名板には南会津町と書かれているが日光市との境界線上でもある。
このまま檜枝岐登山口へ進むと馬坂峠という林道に降りることができ、その林道は日光に続いているらしい。次回、挑戦してみたい。でもそっちの林道も悪路なんだろうなぁ、きっと。


山名板を背にして立つと南を向く。
この方向に日光の山並みが見えるはずなのだが濃い霧のためご覧の通り、、、
今年は霧と縁が深い管理人である(泣)。


帝釈山からの戻りは同じ道を辿って田代山湿原へ向かう。
帝釈山を下りると緩やかな気持ちのいいアップダウンとなる。


12:25
避難小屋(左)とトイレ(右)に到着。
下山まで時間はまだ充分あるのでトイレ脇の休憩スペースで時間をつぶすことにした。


田代山湿原に向かって快適だが滑りやすい木道を歩いて行く。


12:44
田代山湿原の分岐。
正面に見える長い木道が手前に向かっての一方通行で、ここまでが半周。ここを右へ進むと一周できる。また、それ以外に帰る方法がない。
左に見えるのは休憩スペース。


湿原の中に咲いているのはアキノキリンソウのように見えるが、あれって湿原に咲くのだったか?
帰ったら調べることにしよう。
→湿原に咲いていたので惑わされたがアキノキリンソウに間違いないようだ。


高さ10センチほどのモウセンゴケ似の花。
これもあとで調べることに。


これは鬼怒沼でも見たイワショウブ。
花は白いが終わるとこのように朱に染まる。


とにかく広い。鬼怒沼のほぼ倍、25ヘクタールもあるらしい。
木道は湿原を一周しているが部分的に1本しかないため一方通行になっている。
したがって他のハイカーとすれ違う事態にはならないものの花の写真を撮るときなど、後続の人を待たせてしまいそうだ。
花の季節はどのようになってしまうんだろう? 足の遅い管理人としては気になるところだ。


13:10
湿原に別れを告げて林間へ。


これは紛れもなくアキノキリンソウ。


ヤマハハコ


14:00
駐車場近くまで来たので水場になっている沢へ降りてみた。


水は大きな石の隙間に差し込まれた塩ビ管から勢いよく流れ出ている。カップはここに備え付けられているもの。
登山口から10分という場所柄、この水場の有用性についてはわからない。


14:12
雨の平日にもかかわらず車が6台に増えていた。
田代山湿原で折り返すハイカーが多いのかも。


帰りもこの道を走らなければならないと思うと気が重くなるが、他に道はなし。
まだ明るいことだしゆっくり走ることにしましょ。


今日は南会津町(福島県)をスタート地点としたが目指したのは県境にある帝釈山だった。相変わらず日光から外へ出ることのない管理人だ。
福島県から歩き始めるのは今回が初体験。花の季節の田代山湿原はさぞ素晴らしいと思う。
田代山湿原だけでも満足できそうだが自宅から登山口まで2時間もかかるので、どうせなら帝釈山とのセットで登るのがいい。あと2・3度、通ってしまいそう。

3県境の山、黒岩山の下見でひょいと鬼怒沼へ。近ければ毎週でも行きたい魅力があるのだが。

2016年9月9日(金) 天候:変化激しい、気温:19度

女夫淵(6:35)<3.49>八丁ノ湯(8:00/8:02)<0.60>加仁湯(8:10/8:13)<0.65>日光澤温泉(8 : 23/8 : 30)<0.54>丸沼分岐(8:48/8:50)<0.68>オロオソロシ展望台(9:11/9 : 20)<1.88>鬼怒沼南端(10:34)<0.73>鬼怒沼北端(11:26)<0.73>鬼怒沼南端(11:55)<1.88>オロオソロシ展望台(12 : 58/13 : 16)<0.68>丸沼分岐(13 : 33/13:35)<1.30>オロオソロシ滝近くで折り返し(13:59/14:15)<1.30>丸沼分岐(14 : 38)<0.54>日光澤温泉(14:50/15:00)<0.65>加仁湯(15:11)<0.60>八丁ノ湯(15 : 17/15 : 27)<3.49>女夫淵(16 : 30)
( )内は時刻、< >内は推定区間距離

先月25日に続いて今日も鬼怒沼に行った。
鬼怒沼は27年前、家族で行ったときの情景が妙に頭から離れず、いつかは再訪しなければならないと考え、25日に実行した。

160909-096鬼怒沼は管理人が住む同じ日光市にあるのだが起点となる女夫淵まで遠く、さらには女夫淵から10キロもあるから行くにはそれなりの覚悟、たとえば6時に歩き始めるのなら4時に自宅を出発しなくてはならないし、陽の短い季節など6時に歩き始めたとしても下山は日没になるから行くとすれば時期を選ばなくてはならない。脚力も山道を往復20キロ歩くのに耐えられるようにしておかなくてはならない。
その点、女峰山はいいなぁ、自宅を5時半に出ても6時には歩き始められるし古賀志山にいたってはお客さんを送り出してから登り始めても十分、歩く時間がある。

まぁ、そんなわけでどうしても女峰山や古賀志山のような近場の山に足が向いてしまうのだけれど、冒頭に書いたように今年になって無性に鬼怒沼に行きたくなった。鬼怒沼に行かずして管理人の人生を終わりにしたくない(^^)。それを実行したのが先月25日のことだった。

25日に行ったときは事前に綿密な計画を組んだ。距離は長いし時間がかかるからだ。
計画には鬼怒沼だけで終わらず近くの鬼怒沼山と物見山を含んだので距離は21.64キロ、時間は休憩を含んで12時間43分と計算された(実際には11時間14分で女夫淵に戻ることができた)→詳しいことは山行記録で。

計画段階で地図を見ていて気づいたのは、鬼怒沼山へは鬼怒沼からさらに栃木県と群馬県境を北へ向かって歩いて行くのだが鬼怒沼山の先も県境はさらに続き、やがて福島県とも交わる。そこは栃木県と群馬県と福島県、3県が交わる地点である。
そこには標高2163メートルの黒岩山がある。
お~、3つの県にまたがる山かぁ、それは面白そうだなぁ(正確には福島県側に200メートル足りないがそこんとこは良しとしよう)。
しかも県境の栃木県側は我が日光市なのだよ。これはぜひ登っておかなくてはなるまい。

しかし問題は、鬼怒沼まで片道12キロも歩かなくてはならないのに、黒岩山は鬼怒沼の北端からさらに5.8キロも先にあることだ。女夫淵から片道だけで17.8キロ、日帰りで歩くには管理人の能力を超える距離だ。
しかし、なんとか日帰りでできないものか、命をかけてまでとはいかないまでも、女夫淵に辿り着いたらそのまんま車の中に倒れ込むほど疲れ果ててもいいからやってみたい、そんなことを考えている。

だが、無計画、下見なしのぶっつけ本番で臨むほど管理人は若くないし体力もない。遭難で世間を騒がせることになってはお客さん相手のツアーを本業の一部としている管理人にとって今後の仕事に差し支える。
そこで、3つのパターンを考えてみた。

1)出発当日、日光澤温泉に泊まって翌日、黒岩山に登り、下山後、もう一度日光澤温泉に泊まる。
2)出発当日、日光澤温泉に泊まって翌日、黒岩山に登り、下山後、女夫淵まで行ってそのまま帰宅する
3)完全な日帰り

3つのパターンとも距離は同じだが、行程の途中に宿泊を挟むことで疲れはまったく違ってくる。危険性が低減でき、成功率は高まる。
最終的な狙いは完全な日帰りだがそれを成すには場所が場所だけに、1→2とおこなった上で3というのが妥当なところだろう。
いずれにしても綿密な計画を組み、なんどか下見を重ねた上で実踏するしか年老いた管理人に日帰りの可能性はない。

さて、先月25日に鬼怒沼そして鬼怒沼山、物見山を日帰りで往復したところ、計画の21.64キロに対してGPSが記録した距離は23.6キロになった。
計画は地図上のルートをマウスでなぞって得た距離であり、実測値ではないため必ずしも正しいとはいえない。
ただし、所要時間を計算する基の値になるのでマウスクリックの間隔を細かくし、できるだけ正確を期すようにした。
GPSは上空を飛んでいる衛星からの電波を受けて演算するため、管理人はこれを正しい値としている。ただし、下山後でなければ知ることができない。
このGPSの記録値と計画との差が少ないほど実際の距離に近いといえるが、今回の差は往復で1.96(GPS:23.60/計画:21.64)キロだった。計画に対して1割未満なので計画の精度は悪くはなかったようだ。

それとは別にいつも頭を悩ますのがGPSの記録を「カシミール3D」を使って処理した結果の値だ。ひとつは27キロ(e-trex30)、もうひとつは30キロ(HOLUX m-241)という距離になった。
これはカシミール3Dの計算ロジックの問題でありどうすることもできないが30キロという値を見ると、いくらなんでもそれはないなとギョッとする。だって、そんな体力は管理人にないもの。
余談おしまい。

下見は目的地までのルート上の危険箇所を把握するとても重要な作業だ。傾斜の緩急も把握できるから所要時間に反映できる。さらには身体に距離感を覚えさせるのにもいい。
長距離長時間にわたる山行や難易度が高い登山をおこなうためにも下見は必須と考えている。
目的地のどの辺りまで下見をすればいいのかだが、黒岩山を目指す場合、管理人は鬼怒沼山に設定して先月25日に済ませておいた。
その先、黒岩山まで4.5キロはアップダウンが多いが標高差は小さく、下りで身体を休めることができる。鬼怒沼山からの最大標高差は200メートル、累積上り標高は390メートルなので女夫淵から鬼怒沼山までの間ほど、厳しくはない。

先月25日の目的は鬼怒沼に行くことだったが、それを黒岩山の1回目の下見とすれば今日は2回目だ。
前回は鬼怒沼までがずいぶん遠くまた、厳しいと感じた。
距離感と厳しさに身体を慣れさせるのが今日の目的である。


駐車場をスタートし、鬼怒川を渡ると鬼怒沼への登山道が始まる。
いきなり急な階段。


「鬼怒の中将乙姫橋=きぬのちゅうしょうおとひめばし」。
鬼怒川にかかる鉄製の長い橋だが支柱は河川の両側にあるだけ。
支えているのは径3センチほどのワイヤー。要するに巨大な吊り橋なのだ。


鬼怒川にかかる3つ目の橋、「砥の岩橋」。
「とのいわはし」、とでも読むんだろうか?
「砥」は砥石の「と」だから、昔は鬼怒川の岩を加工して砥石を作っていたなんてね?


奥鬼怒四湯のうち、最初に出合うのが「八丁ノ湯」。
隣接する大きなログハウスが現在の宿泊棟らしいが、以前はこの本館がメインだった。いまでも使われているのだろうか。
玄関脇のモミジがすでに色づいている。


モミジの隣のナナカマドは実を真っ赤に染めている。


次は「加仁湯」。
通り過ぎようとしたときに番頭さんらしき男性と出会ったのでご挨拶。
所野(管理人が住む日光市の住所)から来たと話したところ、大変驚いた様子だった。


奥鬼怒四湯の三つ目、鬼怒沼への入口にあたるのがここ、「日光澤温泉」。
木造の実に風情ある建物だ。
ここへ来る前、加仁湯から分かれて「手白沢温泉」が四湯目に数えられるが、分岐から30分もかかるため立ち寄らず、鬼怒沼へと向かう。


玄関の手前に流しっぱなしの水道がある。
沢水を桶に溜め、きれいな上水を蛇口から流しているのだろうと思う。
女夫淵からここまで2時間、持参した飲み水が空っぽになるタイミングなので自由(本当は断らなくてはいけないのだろうが)に使えるのはありがたい。


登山計画書をポストに入れて、、、


鬼怒沼への道を進む。


根名草山への分岐を鬼怒沼へと向かうとすぐ、これも鬼怒川に架かる橋で「荿音橋=おさおとばし」を渡る。
見慣れない漢字だが「荿」とははた織り機の部品のことだそうだ。鬼怒川の流れがはた織り機の動く音に似ていることから付けられたのだろうか。


いよいよ山道の様相を呈してきた。
傾斜が厳しくなるのもこの辺りから。


群馬県の丸沼へと行く分岐を通り過ぎる。
ヒナタオソロシ滝とあるのが丸沼方面。
鬼怒沼からの帰りに行ってみようと思う。


オロオソロシ滝を遠くに眺める観瀑台。その距離600メートルもあるがちゃんと肉眼で見える。


鬼怒沼へのルートは階段が多い。
それだけ傾斜が急であることを表している。


ここ数度の台風によるものだろうか、倒木が、、、
すき間を通り抜けて進む。


鬼怒沼南端まで残り900メートル。
山道の900メートルを長いと感じるか短いと感じるかはそのときの体調と気分次第。今日は二度目なので身体が慣れたのか、もうすぐのように感じる。


笹がじゃまだがここを通り抜けると視界がパッと広がり、そこが鬼怒沼の入口である。


今日も空は一面、雲に覆われている。
前回と同じように到着したときは管理人一人だけ。
こうして写真で見ると景色にメリハリがないというか、遠近感が出ていないというか、パッとしないが実際には感動するほど雄大な景色なのだよ。要は写真の腕が悪いだけ(^^)


モウセンゴケの葉が前回よりもずいぶんと赤くなった。→2週間前


天気が良ければこの方角に白根山などが見えるはずなんだが、、、
先月25日も視界不良でなにも見えず。


少し角度を変えて撮っても景色がパッとしない。


イワショウブが咲き終わって実になっている。
中央の深紅が花後の実で周りのは萼片だと思う。
咲いている状態はこちら


鬼怒沼の良さを引き出す撮影ポイントがなかなか見いだせなかったが、ここは沼に奥行きがあって良い感じだ。
引き上げる頃になってようやく、空が見えるようになった。青い空が少し入るだけでも雰囲気が違って見える。


今日はじっくり時間をかけて鬼怒沼を堪能した。
朝は計画に対して出発が35分遅れた。
遅れはすでに取り戻し、計画通りの時間となったがそろそろ帰らなくては。
オオカメノキの葉が色づいている。


丸沼への分岐まで戻ってヒナタオソロシ滝の観瀑台へ向かう。
この吊り橋、けっこう揺れる。
中間辺りまで行って写真を撮ろうとカメラのモニターを覗いていると揺れは最大となり、その揺れのためにシャッターボタンがなかなか押せない。
う~む、これはなかなかだ。覚悟して渡るべきだった(^^)


道標が朽ち、かしいでいる。管理人には自然で好ましく思える。


道が左に折れる角に木製の小さな観瀑台があり、ヒナタオソロシ滝はここから眺めるようだった。


ヒナタオソロシ滝は観瀑台はるか遠方、100メートルくらい先に流れ落ちている。
カメラのズームを最大にして撮ったがまるで地元の霧降滝のような形だ。


観瀑台の先の道は湯沢峠を経て群馬県の丸沼に続く。
地図を見るとオロオソロシ滝のすぐ脇を通るようになっているので行ってみることにした。


オロオソロシ滝は道の右斜面のずっと下に落ち口が見える程度で、近づけそうにない。
丸沼への道がオロオソロシ滝の上流と交わるところまで行き、折り返すことにした。


再び吊り橋を渡る。
ちなみに観瀑台と吊り橋の間で見たハイカーは鬼怒沼よりも多かったので、ヒナタオソロシ滝を目当てに訪れる人がいるのかもしれない。


日光澤温泉に辿り着いた。
いずれ近いうちにここにお世話になるであろう。
挨拶を兼ねて黒岩山のこと、冬の鬼怒沼のことなど教えていただくつもりで玄関を入った。
いくつかわかったこと。
ここを起点にしても黒岩山を往復するには10~12時間かかること、10月は日没が早くなること、鬼怒沼へは冬でも行けるがラッセルは覚悟することなどであった。対応はこころよかった。

栗?
いや、近づいてよく見ると栃の実でした。
実を包んでいる厚い皮がなければ栗とそっくり。
食用にできるそうだが口に入るまでの工程に大変な手間がかかるらしい。


「きぬのちゅうしょうおとひめばし」を渡る。


車道へと下る階段。


女夫淵駐車場に戻った。
歩き始めるときは6台だったが10数台に増えている。


ヒナタオソロシ滝から鬼怒沼まで、地理院地図の道から大きく外れた箇所が2つあるが、道の崩落によって現在は赤い線のルートになっているようだ。

前回は鬼怒沼山と物見山4.5キロを歩いたが今日はパス。その代わりに丸沼への道を往復で2.7キロ歩いたので差し引き1.8キロ少なかった。

計画は平地を時速3キロに設定(すると大まかには緩やかな上りで同2キロ、急な上りで同1キロくらいにセットされる)して区間距離毎の所要時間を計算(といっても機械が)。往復の所要時間は10時間5分と出た。
実績は8時間33分だったので計画時間は十分に余裕のあるものだった。それを休憩時間に充てたがそれでも休憩を含んだ計画所要時間10時間55分に対して10時間1分と余裕があった。
まっ、これくらいの余裕を持たせておかないと気が急いて仕方がない。

距離が1.8キロ少なかったのと休憩を長く取ったためか疲れは前回に比べてずいぶん軽減されている。
今日のペースを身体が覚えてくれれば黒岩山も夢ではなくなる。
さあ、次は日光澤温泉泊で黒岩山かな?

27年前の夏、家族を救ってくれたハイカーに、礼を言いたくて鬼怒沼に行ってきた。

2016年8月25日(木) 天候は不安定

女夫淵(05:27)~八丁ノ湯(06:53/07:02)~加仁湯(07:10)~日光澤温泉(07:25/07:30)~丸沼分岐(07:50)~オロオソロシ滝展望台(08:12/08:22)~鬼怒沼南(09:41/09:45)~巡視小屋(10:02/10:05)~鬼怒沼山分岐(10:29/10:30)~鬼怒沼山(10:40/10:45)~鬼怒沼山分岐(10:52)~三叉路(11:20)~物見山(11:45/11:50)~三叉路(12:12)~鬼怒沼南 (12:45)~オロオソロシ滝展望台(13:52/14:07)~丸沼分岐(14:25/14:28)~日光澤温泉(14:40/14:48)~加仁湯(14:58)~八丁ノ湯(15:12/15:24)~女夫淵(16:41)

日光の山を登るようになってたしか、18年か19年になる。
それまでなにもしていなかったのかというとそんなことはなく、サラリーマンだった頃、家族で尾瀬や鬼怒沼を歩いたことがある。
ただそれが主目的ではなく、観光だけではつまらないからつけ加えたというレベルであり、ハイキングはあくまでも旅行の付録にすぎなかった。

はるか昔のことなので当時、どのようなウエアを着てどのような靴を履き、ザックはどんなものを使ったのか、今となっては思い出すことはできないが、装備に安全を求めて投資するようになったのは日光の山を登るようになってからなので、当時はかなり粗末なものだったに違いない。

無知とは怖いもので尾瀬ではカメラを紛失するし、山小屋で休憩した際に飲んだワインのせいで身体に変調を来すし、鬼怒沼では飲み水を切らしてしまい、見かねたハイカーが分け与えてくれるといった失敗があった。
今から25年以上も前のことなのに失敗はよく覚えている。

そんな失敗を懐かしみ、その現場に行ってみたいと思うようになった。
尾瀬は広すぎてカメラをなくした場所などわからないし、山小屋はたくさんあるのでどこでワインを飲んだかなど、今となっては迷宮入りである。
だが、鬼怒沼のことはよく覚えている(↓)。
広い湿原の中に木道が敷設されていて歩ける。木道の脇に木のベンチがあり、ベンチの背もたれ側に池があった。水をほしがる子供に親としてなにもしてあげることができず、この池の水を汲んで与えようかとさえ思った。
隣のベンチにいたハイカーが我が家の窮状を察し、水筒をそっと差し出してくれた。その好意をまさに命水と受けとめ、ありがたく頂戴したのはいうまでもない。
古い話なのでそのとき、感謝の気持ちをきちんと伝えられたのかどうかは覚えていないが、そのハイカーの好意はいまでも心に深く染みついている。
その現場に行ってみたくなった。

行って当時の情景に触れ、そのハイカーに礼を述べよう。
そんなことを思うようになったのは歳のせいかもしれない。
心の奥底に沈殿している気にかかることをすべて洗い出し、気持ちを軽くしてあの世に行きたい。山のあちこちが信仰の対象になっている古賀志山を知ってからというもの管理人、この歳になって信仰心が芽生えたのか、先の短い人生を悔いなく生きたいと思うようになった。
よっし、まずは家族を救ってくれたあの鬼怒沼へ行って気持ちを軽くすることから始めてみよう。
明確に意識はしていないが終活に向かっているのかもしれない管理人である。


5:27
県道23号線の最終地点、女夫淵。
同じ日光市内でも自宅からここまで1時間半もかかるから早朝出発を考慮して、昨夜のうちに着いて車中で仮眠することにした。
座席の背もたれを倒すと大人二人が横になれるだけの大きな空間ができるが、ベッドのようにフラットになるわけではなく寝心地は悪い。あくまでも仮眠だ。
したがってこういう日は寝不足状態で歩かなくてはならず、それが年老いた身体には辛い。まぁ、もっとも、加齢とともに睡眠時間はどんどん短くなっていて毎日が睡眠不足だから同じようなものだけど。


駐車場から先、道はまだ続いているが一般車は入れない。
この奥にある4つの温泉宿の車と堰堤工事の作業車に限られる。


5:34
林道入口の橋を渡るとすぐ右に鉄製の急な階段がある。
ここが奥鬼怒へ向かうハイキングコースの入口となる。
初っぱなからこの階段の傾斜に怖じ気づいてしまった。だって普通、コースに階段が設置されているというのは傾斜が急だからなのだ。はたしてこの先、なにが待ち構えているのか?


階段を昇るとごく普通のハイキング道に変わった。かなり整備されていてここは石畳だ。


5:51
鬼怒川にかかる大きな吊り橋の名前は「鬼怒の中将乙姫橋」。“きぬのちゅうしょうおとひめばし”と読むらしい。
なにやら深い由来がありそうで興味が湧く→こちらに詳しい


道は鬼怒川の右側(左岸)につけられていて川のせせらぎ、というかゴウゴウという大きな音を耳にしながら歩いて行く。


6:16
これも鬼怒川で橋の名は「二ツ岩橋」。


6:23
道の右の方からもの凄い水音が聞こえてくる。
すぐ目の前の木橋の下に水量豊かな流れがある。流れを追っていくと大きな岩に挟まれて、落差は小さいながらも野性味たっぷりの滝があった。名前はわからない。
滝壺の水面と河原とがほぼ同じ高さなのに水は一定方向にしか流れていかない。なんとも不思議な感覚だ。


鬼怒沼へ行くには奥鬼怒四湯を経由する。
四湯のうちふたつの旅館は車による送迎があるが、他ふたつは女夫淵から歩いて行かなくてはならない。それがこの道。左に鬼怒川が流れているが温泉街をゆったり流れる川幅の広い鬼怒川と違ってその姿は荒々しい。


6:34
女夫淵から1時間強、歩いたがまだ行程の1/3。
ここでざっと今日の歩行距離を計算してみた。
女夫淵から鬼怒沼までは道標にあるように9.5キロ。道標の鬼怒沼は入口を指しているはずで、北端まで700メートルある。
北端から鬼怒沼山と物見山に登るがその距離は4.4キロだから、合計は、
9.5×2+0.7×2+4.4=24.8キロの行程となかなか手強い。大丈夫かい?


四湯のうち女夫淵にもっとも近い「八丁ノ湯」に着いた。
大きなログハウスが6棟はあっただろうか、秘湯とは思えない立派さだ。


6:55
これは本館。
ログハウスの片隅に隠れるようにしてある。
27年前、まだサラリーマンだった管理人が家族で泊まったのがこの宿だ。
当時はログハウスはなかったのでこの建物だったはず(と、記憶が曖昧)。
1日目はここに泊まり翌日、鬼怒沼を歩いて日光澤に泊まった記憶がある。


7:11
ふたつめの加仁湯。
八丁ノ湯から鬼怒沼へ行くのにこの前を通過したはずだが、こんな立派な建物ではなかったような。


加仁湯の前を左へ回って坂を上がるとこのような案内板がある。
三湯目の手白沢温泉へ導く説明だ。


7:26
加仁湯から15分、奥鬼怒温泉の四湯目がここ、日光澤温泉。
他の3館が立派な建物として生まれ変わった中で、ここだけが時の流れに乗ることなく昔のままの姿で営業を続けている。建物は旧いが実にいい感じ。
家族旅行の2日目に泊まったのがこの宿だ。鬼怒沼を歩いた帰りだった。
この宿と先ほどの手白沢温泉は送迎はやっていない。客は女夫淵から2時間かけて歩くしかないので客層は登山者に絞られるであろう。いや、ハイキングもしないでここでのんびり過ごすのもいいなぁ。


登山届け入れがある。
ということは、ここまでは遭難の心配のないハイキングだが、ここから先は登山なのだよということなのであろう。もちろん、そのつもりなので届けはあらかじめ用意し、ここに入れた。


鬼怒沼へは旧館の下をくぐって進んで行く。


旧館をくぐり抜けたところ。
道は二手に分かれ、右が鬼怒沼。左は根名草山へと行く。


日光澤温泉全景。
岩壁と建物の間を鬼怒川が流れている。


7:35
「おさおとばし」と読むそうだ。
ここまで鬼怒川本流、支流あわせて4つの橋を渡ったのだろうか。


オオカメノキ


日光澤温泉から先はやたらと階段が多い。
傾斜が急ということであろう。


8:12
オロオソロシの滝展望台。
かなり先に大きな滝が流れているのが見える。地図でおおよその距離を測ってみるとここから600メートルと出た。


コース上に水が流れている。
岩は濡れていていかにも滑りそう。
特に下りはスリップしないよう心して歩かなくては。


9:31
お~、鬼怒沼まであと400メートルまで来た。


木道の両脇は笹藪化して先が見えないが、なんとなくこの先すぐが鬼怒沼のような、、、


9:42
つ、ついに夢にまで見た鬼怒沼にやってきた。
27年ぶり。感動の再会だ。


ふむふむ、そうなのか。と、説明を読み納得する管理人である。


入口の案内板によると鬼怒沼全体は東西に410メートル、南北720メートルあり、その中に大小250もの沼(池塘=ちとう)があるらしい。見た限り、250はないようだが見応えは十分。管理人、大いに満足している。
中央に見えるのがこれから登ろうと思っている鬼怒沼山だ。


モウセンゴケ
戦場ヶ原の湿地にもあるがごく一部の地点なのに対して、ここには無数とも言えるほどある。


確かこんな感じの池だったなぁ、水を切らして池の水でもいいから飲もうと思ったのは。
実際には見知らぬハイカーに助けられたわけだが、その好意にあらためてここで感謝の気持ちを伝えた。


う~ん、テガタチドリかなぁ?
それにしては花の付き方が違うし、大きさも違う。
とりあえず写真だけ撮り帰ってから調べてみると「イワショウブ」と言うんだそうだ。管理人が初めて見る花だ。


鬼怒沼でもっとも大きい「金沼」。
池塘の周りの草がわずかに色づいている。草紅葉が始まっているといっていいのだろうか。
9月になったらもっと色が濃くなるはずだから、これからが草紅葉の見ごろかもしれない。
右に見えるこんもりした山が鬼怒沼山。今日のオマケだ。


10:03
木道は金沼の先で二手に分かれている。
鬼怒沼山は右に見えるので右に進んでみた。
木道が途切れたところに東京電力の巡視小屋がある。非常時は避難小屋として使ってもいいらしい。
なぜここに東電? そんな疑問が生じたが帰ってから調べることにして、取り急ぎ中を見るだけにして先へ進んだ。
そういえば明治の頃、尾瀬の豊かな水源を利用してダムを造る計画があったらしいが、尾瀬と隣り合わせの鬼怒沼も東電が水利権を所有しているのだろうか?
ちなみに、中は内壁に沿ってベンチがあり中央は土間になっている。寝るとしたら土間の上に直接か幅30センチのベンチでということになる。


鬼怒沼山への道は緩やかだ。
木立に囲まれて見通しはきかないが歩きづらくはない。


見事なスギゴケ


巡視小屋からここまで緩やかな上りだったがここで一旦、20メートルほど下る。


10:31
山頂へ導くりっぱな道標。
ここの標高は2080メートルなので山頂まで60メートルの上りとなる。
山頂への道を辿らず直進すると栃木、群馬、福島の3県にまたがる黒岩山に至る。それと尾瀬沼にも行ける。
鬼怒沼山を目指したのは黒岩山を意識してのことだ。女夫淵から日帰りで行けないものかどうか、その感触を確かめるのが今日の目的のひとつなのだが、黒岩山はここからまだ5キロもある。女夫淵から日帰りで往復するのは無理かもしれない。


10:40
ややきつい傾斜を登っていくと最後に笹藪となり、畳1枚ほどの平らな場所があってそこが山頂だった。三等三角点がある。
景色が見えるのはこの方角だけ。鬼怒沼の雄大な景色と比べるとなんとも寂しい眺めだ。
地理院の地図によるとこの東北東、360メートルに同じ名前の鬼怒沼山というのがあり、標高もほぼ同じで2135メートル。ここから見えるあの山がもうひとつの鬼怒沼山だと思う。
滞在時間5分で早々に下山し次の目的地、物見山(毘沙門山)へ向かうことにした。


11:20
同じ道を下っていき、巡視小屋にさしかかる手前の分岐を右へ進むと再び木道と出合う。ここが鬼怒沼の北端で三叉路の木道になっている。道標の尾瀬沼とあるのが鬼怒沼山からの道。物見山へは大清水方面へ向かう。
ちなみに、この道標にある大清水方面に向かうとそこはすぐ群馬県である。


沢と化した道を歩いたり渡渉したりしながら最後の登りはカニコウモリの群落だ。


11:45
なんとなく山頂に着いてしまったという感じ。
そのはずで三叉路から100メートルも登っていない。


12:12
同じ道を先ほどの三叉路まで戻りここで再び鬼怒沼を歩く。
往路とは違う顔が見られるかもしれない。


金沼
木道は南に向かっているので晴れていればここから白根山や日光連山が見えるはずなのだが、、、


そうだ、今日は長丁場で時間を気にしながら歩いているため記念写真を撮っていなかった。
タイマーを10秒にセットして分岐している向こうの木道へと猛ダッシュするも正面を向く前にシャッターが切れてしまった。我が鈍足を嘆く。


12:46
鬼怒沼南端まで来て、下山に取りかかる。
ちなみに北端の三叉路からここまで人の姿は6人、見ただけ。
朝は管理人以外、誰もなく、もちろん鬼怒沼山も物見山にも誰もおらず独占。ずいぶん贅沢をさせてもらった。


水が流れる道を滑らないように気をつけて下っていく。


日光澤から鬼怒沼へは道が1本しかなく迷いようがない。
だがときおり、このような赤テープを目にする。テープは地上3メートルの枝に付けられているが、きっと雪が積もっているときに付けたものであろう。ということは、冬でも鬼怒沼を訪れる人がいるということか。


崩落した斜面を歩く。


日光澤温泉のすぐ下の鬼怒川では、朝は無人だったがこの時間は作業者がいて護岸工事がおこなわれていた。
ここまで戻ると急に日差しが強くなった。いままでが涼しかったのでこの暑さに閉口する。


16:01
鬼怒川にかかる二ツ岩橋を渡って、、、


これも初めて見る花だなぁ?


林道に降りる階段が見えほっとする。駐車場まであと5分。


16:40
車を置いた女夫淵駐車場に到着。
それにしても疲れた。
鬼怒沼は遠かった。
GPSの記録は23.6キロを示している。
鬼怒沼をもっとゆっくり楽しむには鬼怒沼山と物見山は余計だったかもしれない。花の季節であれば今日の2倍、3倍の時間をかけたい。
まぁでも、これで感触がつかめた。
次の目標は積雪時の鬼怒沼そして、花の季節だ。それが終わったら黒岩山さらには尾瀬沼、尾瀬ヶ原へと足を伸ばそう。燧ヶ岳にも登ってみたい。
終活の気持ちとは裏腹に、目標が膨らむばかりの管理人である。


地理院地図上にGPSの記録を描画したもの。処理はフリーソフト「カシミール3D」を利用。


同じカシミール3Dを使って標高×距離を図にしたもの。
GPS本体に表示された距離は23.6キロだがそれをカシミール3Dを使って処理すると上図のように距離が1割強、多くなる。計算のアルゴリズムの違いだと思うが、前もって計画した平面上の距離は21.48キロなのでGPSの方が実態に近い気がする。

さて、栃木、群馬、福島の3県境(※)にまたがる「黒岩山」を目標にする場合、距離が9キロばかり長くなる。
GPSで計測した距離23.6キロには鬼怒沼往復0.5キロと物見山往復1.84キロといったオマケが含まれているのでそれらを差し引いても、女夫淵から黒岩山を目指すと往復で30キロという長丁場になる。
う~ん、30キロねぇ。皇海山と同じだ。

皇海山はその距離の長さゆえ、日帰りを躊躇っているところにもってきて、同じ距離の黒岩山が行きたい山のひとつとして急浮上してきた。
困りましたねぇ、考えると頭が痛くなりますw
※実際には福島県境に200メートル足りない。