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鹿沼市の岩山。事故が多くて悲しすぎる。

2017年2月15日(水)

またしても岩山(328メートル)で事故が起こった。
しかも今回は死亡事故だ。
下山時によく利用されている猿岩から落下して死に至ったらしい。
8日(水)に入山して11日(土・祝)に発見されたというから、丸三日も同じ場所に横たわっていたことになる。もしかすると、落ちた当初は意識があったのかもしれない。
しかし、ふだんでも訪れる人が少ない岩山だ。平日なので他に登山者がなく発見が遅れたのであろう。救助要請もできないほどのダメージを受け、発見されるのを待ちながら息を引き取ったのかもわからない。
冷たい地面の上にひとり、横たわっていたというのはさぞかし寂しかったことだろう。
下山時によく使われる猿岩。地面が見えないほど急な岩を鎖で下る。

岩山での事故は絶えない。
正確には山頂の北北西100メートルにある岩壁、「猿岩」を下山に使う場合の事故だ。
鎖の始まりから終わりまで30メートルある。すなわち、落差が30メートルということだ。傾斜は60度ほど。感覚的には垂直に近いといっていい。
両手で鎖をしっかり握り、靴を岩に接して降りていくが、下に引かれる力が強くて鎖を握る両の手がしびれてくる。だがここで手を緩めるわけにはいかない。必死で鎖にすがるがやがて限界が訪れる、、、そんな岩なのである。

管理人は山が好きだから、山での事故に関する新聞記事やニュースは関心をもって読む。
管理人が初めて岩山を訪れたのは2015年の8月だったから、それほど前のことではない。2週続けて通ったのだが、以後、訳あって今日まで遠ざかっている(理由は後述する)。
自分が登った山だから関心がある。岩山での事故に関心をもつようになったのもそれ以後、今日に至る一年半のことである。
岩山は鹿沼市にあるので事故は地元紙、「下野新聞」に詳しく載る(管理人はもっぱらWEBニュースで)。

以下、下野新聞WEB版「SOON」に掲載された岩山での事故を引用しておく(日付は掲載日)。

2017年2月12日(日)
滑落か女性死亡 鹿沼の岩山
11日午後0時5分ごろ、鹿沼市西鹿沼町の岩山(328メートル)で東京都足立区神明2丁目、無職女性(72)が倒れているのを登山者の男性が見つけ、110番した。女性は全身を強く打っており、間もなく死亡が確認された。
鹿沼署によると、倒れていたのは山頂北側の鎖場となっている岩場下の雑木林。岩場の最上部から発見場所までは約100メートル、斜度約60度の急斜面。途中に靴や登山用ストックなどが落ちており、滑落したとみて調べている。
所持していた手帳などから、8日に単独で入山したとみられるという。

2016年4月29日
鎖場で滑落事故 鹿沼の岩山
29日午後0時25分ごろ、鹿沼市西鹿沼町の岩山登山道で、埼玉県草加市、医療事務男性(47)が足を滑らせて約10メートル滑落した。
鹿沼署によると、現場は岩山の「一番岩」から西鹿沼町の登山口に至るルートの鎖場。男性は一番岩に登頂後、下山中だった。
同署で、男性のけがの程度などを調べている。

2015年12月4日
山で滑落、女性骨折か 鹿沼
4日午後0時50分ごろ、鹿沼市西鹿沼町の岩山の登山道で東京都小平市、無職女性(68)が滑落した。鹿沼署によると、左足を骨折したとみられる。
同署によると、女性は午前10時半ごろ、仲間3人と入山。北側の登山口に向け下山中、鎖場で手を滑らせ、約30メートル滑落したという。

2015年10月9日
鎖場で滑落、男性がけが 鹿沼の岩山
9日午後1時20分ごろ、鹿沼市西鹿沼町の岩山の登山道で、茨城県石岡市、無職男性(72)が足を滑らせて約10メートル滑落した。男性は胸椎を折るなどのけがをした。
鹿沼署によると男性は午前9時半ごろ、仲間2人とともに入山。その後、下山のため鎖場を降りていたところ、足を滑らせたという。

管理人が岩山に登った2015年8月以後、一年半の間に新聞に載った事故は4件もあることから、おそらくそれ以前にも事故は起こっていたものと推測される(古い記事はネットから削除されるため検索できない)。
新聞に載る事故は警察や消防のレスキューが出動するほどの重傷、重体、自力では下山できない例なので、上に紹介したものは氷山の一角なのかもしれない。
標高わずか328メートル。一般的には注目に値しない山ゆえに登山者は少ない。それにもかかわらず、一年半の間に同じ場所で4件もの大きな事故が起こっている事実、これは重くうけ止めなければならないと思う。

町外れにある、標高328メートルの危険な山、「岩山(猿岩)」

管理人の二度の経験で、岩山は古賀志山の岩場をはるかに凌ぐ危険な山というのが印象である。心技体のどれかが欠けると事故を引き起こす怖い山なのである。
先ほど、訳あって今日まで遠ざかっていると書いたのは心技体のうち、この山に挑戦する「心」が欠けているからだ。

これから書くことは管理人の心の弱さを晒すようだが、あえて書く。
2015年9月、管理人が岩山に登った翌月の出来事だ。
台風18号と17号がからんだ記録的な雨(平成27年9月関東・東北豪雨)により、岩山の登山口がある日吉地区の斜面が崩落し、斜面下の住宅3棟が巻き込まれてその家に住む女性が亡くなるという痛ましい災害があった。
登山口のすぐ近くに住宅があることは知っていたが、そこが被害に遭うとは思いもよらないことだっただけにショックをうけた。見ず知らずの土地で起こったことであればお気の毒という言葉ですんだのかもしれないが、二度登り、これからも頻繁に通おうと思っていた山のすぐ近くで、自然災害によって人が亡くなったことで心が痛んだ。

管理人、信心深いわけではない。神の存在を全肯定するような性格でもない。せいぜい困ったときに神頼みをする程度だ。しかし、岩山の登山口と隣り合わせの住宅で人が亡くなったことで、その方を悼む気持ちが心の中にある。
その気持ちを、当分の間は岩山に足をかけないことで表すつもりでいた。
あれから一年半が経過する。
その間に相次ぐ事故だ。気持ちがさらに萎える。こんなときは岩山に近づかないに限る。

まぁそれはメンタルの問題なので横に置いて技術的な話。
垂直に近い岩壁を、鎖を頼りに下る際にやってはならないことは、鎖を握る手の力を抜かないことだ。当たり前のこととはいえ、しかし、自分の意志に反して力は抜けるものなのだ。

公園の鉄棒に両手でぶら下がっていると、数分もすれば手の力が抜けて砂場に落ちるはずだ。
手のひらはかなり汗をかく。そうすると鎖と皮膚との摩擦が弱くなり、鎖を強く握っていても滑る。
下降中にバランスを崩して肘を岩に打ち付けたりすると、その瞬間に手のひらが開いて片方の腕だけで体重を支えなければならなくなる。だがそれは実際には不可能である。
加齢によって腕力、とくに握力が本人が思っている以上に衰えていると考えなければならない。

それらを前提に、自分に見合った万全の対策で望まない限り、岩山は難しいと思う。
岩山に臨む際の管理人の対応策は次の通りだ。
・心技体のどれかひとつでも不安に思うときは岩山はやらない。
・荷物の軽量化に努める。
・真夏にはやらない(体力の消耗が著しい)。
・雨の日はやらない(鎖は間違いなく滑る)。
・綿密な登山届を作成し、特に身内に説明しておく(息のあるうちに発見される確率が大きくなる)。
・事前に古賀志山の安全な岩場で練習しておく。
・事故に備えてヘルメットは必須とする。
・鎖との摩擦を増やすため、手のひらがゴムでできている手袋をはめる(※1)。
・ハーネスとスリング、カラビナを装着し、手の力が抜けそうになったら自己確保をとる(※2)

それから岩山(猿岩)のように垂直に近くまた、足をかける凹凸のない一枚岩を下降する際の基本技術で大切なことは、岩に対して靴底全体を直角に接して岩との摩擦を最大にすることだ。靴の置き方はリンク先の動画をご覧ください→こちら
※1、ヘルメットと滑り止め手袋(ホームセンターで売っている作業用のもの)

たとえ数メートル上からでも落下すればケガは免れない。せめて頭部を守るためにもヘルメットは着用すべきだと思う。といっても管理人、古賀志山では被っていないが。
画像の手袋はホームセンターで買った作業用のもの。作業用手袋の中では800円と高価だが使い勝手がいい。薄手なので鎖を握る際、手の感覚を損なうことがなくまた、力が直接加わる。手のひらはゴムの皮膜になっていて、鎖を直接握るのに比べるとおそらく数倍もの摩擦力があると思う。


※2、腰にハーネスとスリングを着けいざというときの自己確保に備える。この日は胸にも簡易ハーネスを着けた。

ハーネスは信頼できるメーカーの製品が1万円前後で買えるのでもっていて損はないと思う。これにスリングとカラビナを取り付けておき、腕がしびれてきたり握力が弱まってきたときはカラビナを鎖にかませば、鎖から手を離しても落下することはない。その間に腕を休ませて回復に努めればいい。
ただし、この作業は片手を鎖から離すため細心の注意を払う必要がある。単独行動ゆえのイレギュラーな方法ではないかと思っている。
パートナーと組んでロープによる確保をうけながら下るのが正しい方法ではないだろうか。

以上、手前勝手に書いてきたがこれだけ備えたのだから事故など起こるはずがない、とはいえない。
事例に挙げた4人の方だって備えはしてあったろう。しかし、落ちた。
なぜ落ちたのか、それを知って自分の血肉とするのが事故を未然に防ぐ近道だと思うが、わずか数行の記事から落ちた原因を知るのは無理というものだ。

とにかく命に関わることだ。
最悪の出来事に備えて、細心かつ最大の備えで臨むことが重要だと思う。
岩山での事故をこれ以上、繰り返してほしくない。心が痛む。

参考(過去二回の山行記録です)
2015年8月04日→こちら
2015年8月11日→こちら

年の初めはやっぱり古賀志山の岩場でしょ!!

2017年1月6日(金)

膳棚駐車場~林道古賀志線~三叉路~芝山林道から西へ~東稜岩場~東稜見晴台~古賀志山~御嶽山~古賀志山大神~猪落~岩下道~南登山道~坊主山~膳棚駐車場

この冬、一番の冷え込みとなり、管理人が住む霧降高原はマイナス7度を記録した。
この冷え込みのおかげで屋外に設置してある給湯ボイラーの配管が凍結してしまい顔も洗えない始末。いや、洗おうと思えば洗えないことはないのだが、凍傷になるくらい冷たい水で顔を洗うにはそれなりの勇気を必要とする。
石油ストーブを壁付けボイラーの下に移動するとともに、解氷機に通電して待つこと30分。ようやくお湯が出てきたときは嬉しさのあまり万歳、などということはしませんが、普通が一番ありがたいと感じたひとときであった。
その後、商工会議所に出向いて専従者の源泉徴収表を作成するなど、暮ればかりでなく年始めもなかなか忙しい。
新年早々、ボイラー凍結というアクシデントに見舞われるし、雪はいっこうに降る気配がないし、波乱の2017年という予感がするw

あ~そうそう、忘れるところだったけど先月24日、山に行くときの足代わりとして中古の軽自動車を手に入れた。これまでどこへ行くにもステップワゴンに乗って出かけていたが、いつ壊れるかもわからない高年式車ゆえに、稼働日数を少なくして、延命を図ろうというわけだ。平成13年式のステップワゴンは3列席への乗り降りがしやすく、贅を尽くした最近の車にはない使い勝手の良さがある。寿命尽きるまで大切に乗りたいものだ。

で、軽自動車なら細い林道に無理やり入っていけるし、20センチもある地上高と16インチという大きなタイヤは石がごろごろ転がっているような荒れた道でも心配はない(と思う)。深い轍に入り込んでしまっても手動で切り替える方式の4WDだから脱出は容易というものだ(たぶん)。
要するに昨年末の総括で宣言したように、「より遠方の山への開眼」を今年はさらに強化するために、どこへでも入っていくことができる「足」を手に入れた次第だ。
その入手した軽自動車、スズキのジムニーだが、使い勝手をよくするためにあれこれ細工を施すのに時間をとられて山歩きは先月19日以来のご無沙汰で、今年の初歩きは昨年よりも遅く今日6日となってしまった。

今年の管理人の目標は古賀志山でいえば、山域内にたとえ数十メートルでも、まだ歩いていない道があればくまなく歩き、文字通り古賀志山を歩き尽くすことにある。おそらく地図とコンパスが必要になろうかと思うが、それが読図能力の向上につながり、他の山での安全につながる。

古賀志山山域は3.5キロ四方の中にすっぽり収まってしまうほど狭いので、道間違いを起こしても冷静に対応すれば容易に脱出できる。読図の練習には最適なのだ。
これほど身近な場所なのに地図にない道を歩けたり岩場の上り下りができる古賀志山は、登山の基本のキを学べる隠れた名山だと思う。今年も大いに世話になろう。


軽自動車ながら最低地上高200ミリ、16インチもある大きなタイヤ、手動切り替え式の4WDと、本格的なオフロード走行が楽しめるとして根強い人気があるジムニー。
だからといって性能を100パーセント発揮できるような道に踏み込もうというわけではないが、これまでステップワゴンでしてきた苦労が少し軽減されるのではないかと思う。


今日は残り少ない未踏ルートに近い膳棚駐車場をスタート地点にした。日光から県道70号線を宇都宮に向けて走り、レイクランドCCに折れた場所にある。
古賀志山に登るには森林公園駐車場からのアプローチとここ、膳棚駐車場からのアプローチという二通りの方法がある。森林公園駐車場は元々、地元の人の利用が多く、広い駐車場は早朝から満車になることがある。駐車場で出合った地元の顔見知り同士、一緒に歩くのに都合がいいらしい。
しかし、膳棚駐車場は森林公園駐車場ほど広くないのと宇都宮市街から行くのに森林公園駐車場より遠くなるため利用者がほとんどいない。といって古賀志山に至るのにアクセスは決して悪くないので管理人はよく利用する。


車止めの脇を抜けると左に入るアスファルト道路がある。
途中で登山道に変わり、坊主山を経由して古賀志山南登山道で山頂に至る。分岐がいくつかあるため地図とコンパスは必須。
今日は帰りにこの道を利用する予定。


坊主山への道を左に見ながら車止めのある方向に進んでいく。
一般車は通行禁止だし歩く人もいないので散歩気分で歩ける。が、ときおり前方から高速で向かってくる自転車とすれ違う。
この道路は自転車レースとして名高いジャパンカップで利用されていることから、ロードレーサーの間で人気がある道なのだ。一般車もない、人もいないアスファルト道路でなおかつ、下りという好条件が人気を呼んでいるらしい。
それが裏目に出て、2008年には練習中のレーサーが一般車と衝突して亡くなるという事故が起こったそうだ。なぜ一般車が走っていたのかは不明。


ぶらぶらと散歩気分で歩いて行くとアスファルト道路が分岐する場所に出合う。
左の道が林道古賀志線で途中、南登山道と交わる。管理人の予定ルートは右へ進んで途中で山に入るというもの。
なお、分岐の中央に見える林の奥に東南稜ルートと呼ばれる岩場ルートが隠れている。


分岐を右へ進んでいくと右へ曲がるヘアピンカーブがある。
ここでアスファルト道路と分かれて山に入る。


檜の植林地だが陽が差し込んで明るい。


向かう方向は時計のコンパスが示す西。


沢から尾根に転じ、かすかな踏跡を頼りに標高を稼いでいく。


ほっ。なんども歩いている東稜ルートに合流した。
これで本日の未踏ルート歩きは終了。距離にして400メートルという短いものだった。
とはいえせっかくここまで来たのだからおいそれと帰るわけにはいかない。
鈍った身体に活を入れるためにも岩を登って緊張感を高めよう。


東稜ルートを登り詰めると左から来る尾根、東南稜ルートと合流し、合流点にさっそく岩場が待ち構えている。ここから連続する岩をすべてクリアすると東稜見晴台に達する。
なんども登った岩なのにいざ目の前にすると緊張が走る。
久しぶりなので滑落しないように慎重に登ったのは言うまでもない。鎖は使わなかったが、、、


見晴台直下の岩。
ここはほぼ垂直なので慎重に、、、鎖を使わずに、、、


東稜見晴台から多気山(たげさん)を通して宇都宮市街地を望む。
雲が多いながらも筑波山も見えた。


ほぼ真北に高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)が見える。


西には日光連山。


見晴台から目と鼻の先に古賀志山がある。
山頂は広場になっていて昼食時になると多くの人で賑わう。眺めはよくないので長居はせずに次の御嶽山へ向かう。


古賀志山から西へ向かって1キロ半もの尾根が延びている。
この尾根こそ古賀志山山域の主稜線であり、里山ながらいろんな顔をもつ古賀志山の神髄が味わえるいい稜線と言える。
稜線はまず、御嶽山へ続くが行く手を阻むような大きな岩に出くわす。昨年3月、向こうからこの岩を通過しようとした女性ハイカーが、地面まであと一歩というところで足を滑らせて谷へ転落し亡くなっている。
ここには巻道が設けられているのだがその存在を知っていてあえて岩を乗り越えようとしたのか、知らずに乗り越えようとしたのか、そこまでは知らない。
いずれにしても古賀志山の危険性を物語る事故である。


ここも巻道があるのであえて乗り越える必要はない。


最後は鉄製のハシゴ。


ハシゴを超えるとすぐ御嶽山山頂に着く。山頂からの眺めは抜群で、周りに障害物がなく、目の前には大パノラマが広がっている。


通称「小マラ岩」と呼ばれている岩尾根。
過去二度、通過したことがあるが、正直言って古賀志山山域の岩場の中ではあれがもっとも怖い。
※2015年6月09日の小マラ岩の様子→こちら
※2016年9月18日の小マラ岩の様子→こちら


時間はたっぷりあるので近くの岩に腰を据え、カップラーメンと菓子パン、そして魚肉ソーセージという贅沢な昼飯を味わう。最後にコーヒーのサービスも(^^)
腹が満ちたのでここを立つ前に御嶽山の神様に今年の無事を祈願する。


主稜線はまだ先が長いが今日は御嶽山で折り返す計画にしている。
といっても同じルートで戻ることはしない。これが古賀志山のいいところだ。
日光の山だと車を置いた場所まで同じルートで戻らなくてはならないが、古賀志山は行き帰り、まったく別のルートを使えるのがいい。
今日はこれから古賀志山大神(こがしさんおおかみ)、猪落(ししおとし)と歩いて坊主山を経て膳棚駐車場に戻ることにする。
画像は古賀志山大神への道。


これが古賀志山大神。
古賀志山山域は古くから地元の人の信仰の対象になっている。
古賀志山には山域のあちこちに祠や社、石像があることでそれがわかる。山の頂でいえば石祠のある御嶽山がそうである。
しかし古賀志山の山頂は御神酒が供えられていることはあっても祠や社があるわけではない。
では古賀志山の神様はどこに?
地図で見ると古賀志山と御嶽山を結ぶ主稜線の中間あたりから南へ大きな尾根が張り出していて、麓から仰ぎ見ると威風堂々とした山に見える。そこを古賀志山の神として崇め祠を祀ったらしい。
そして、古賀志山と区別して、「こがしさん」というのが正しいそうだ。と、ここまで臆面もなく書けるのはNPO法人「古賀志山を守ろう会」会長の池田正夫氏が記した「古賀志の里 歳時記」のおかげ(^^)。古賀志山を深く知るには必須の書です。


古賀志山大神のある尾根の末端は崖である。
崖の手前を左へ回り込むようにして踏跡がつけられている。
踏跡に沿って歩いて行くと画像の猪落の上部に出る。
ここから岩下道に出るまで、つかの間だが画像のような岩尾根が楽しめる。東の眺めもいい。


猪落を下りきると岩下道に合流するので不明瞭な道を東へ歩いて行くと南登山道に出合う。
この階段を下りると林道古賀志線と合流する。


林道古賀志線に合流。
左へ行くと森林公園、右へ行くと宇都宮市営の南駐車場へ行く。
道路を横断し階段を登ったところが坊主山である。


林道から100メートルほど歩くと地図の小ピーク、坊主山である。
眺めはまったくない。


坊主山から膳棚駐車場へ向かう静かな小道。


約400メートルの未踏ルート歩きを終え、無事に戻ることができました。


読図の練習で古賀志山のP444から岩崎観音へ(一部、馬蹄形)。

2016年12月19日(月) 晴れ

林道背中当線・籠岩入口~籠岩~無縫塔~林道内倉線~腰掛岩~P444~P408~P359~岩崎観音~県道を徒歩で戻る
本日の歩行距離:岩崎観音まで6キロ。車を取りに戻るのに県道を3キロ、計9キロ。

100以上あるとされる古賀志山のバリエーションルートをすべて歩くことを目標に、地図と睨めっこしながら未踏のバリエーションルートを探しては次回の予定としているが、それもずいぶん残り少なくなってきたように見える(下図)。

見えるというのは今、PCに映し出した地図を見ているからで、地図には歩き終えた後のGPSのログが再現されている。ログを赤線で再現させるようにしているからなのだが、地図の上をまるでミミズがのたくっているかのように、古賀志山山域を赤線が埋めている。
ところが、赤線が描かれていない部分を子細に眺めると、ところどころにまだ歩いていない空白地帯が見つかる。とはいっても沢や林道などは歩いてもつまらないので、目で探すのはもっぱらピークとピークを結ぶ稜線である。


先日目にしたのは、古賀志山の北西2キロにあるピーク444から北に向かって延びる尾根で、尾根の末端のお寺記号(卍)まで、5つのピークが連なりそこそこ楽しめそうな感じだ。距離を測ってみるとピーク444から2キロもある立派な稜線である(下図の青線)。藪でない限りいや、藪だとしてもこの時期は冬枯れで木々には葉がないから見通しがいいし、枝をかき分けながら歩くことはないはずだ。それに5つのピークのうち、ピーク408.8には三角点記号がついている。期待が裏切られることはないであろう。
とはいえ、歩いていたらいきなり崖に出くわしてにっちもさっちもいかなくなるというのが古賀志山の常のことなので、安全のために8ミリ20メートルのロープをザックに詰めた。
古賀志山山域のバリエーションルートを歩き尽くしたい管理人としては、わくわくどきどきの未踏ルートである。

なお、今日の本命となる未踏ルートは時間が読めない。そこで、ピーク444までの時間を短縮し、残った時間を有効に使うようにした。そのためには県道70号線から林道背中当線に入り、最初の目標地を籠岩とした。


県道70号線を文挟から宇都宮へ向かって走ると途中、なん本もの枝道がある。
奥まったところにある農家への道であったり工事中の道であったり林業用の道であったりして、それを見極めるのは難しいが、これまでの経験でなんとなく区別がつくようになった。
ここは県道70号線から入ってすぐのところ、背中当線という林道。


林道背中当線に入ってすぐ、道は分岐する。
目指す籠岩はこの道標にしたがって進む。
この写真を撮るときに気がついたのだが、道標の支柱に近い部分が変形している。かなり強い力が加わったようだが重機がぶつかりでもしたのだろうか。それとも例の人物による人為的なものなのだろうか。


道標にしたがって進んでいくと砂利が敷かれた林道から分岐して林に入る道がある。
どうしてもいい道に行きたくなるがここはぐっと我慢して林に入っていく。


葉が茂っている時期だと藪こぎを強いられそうな踏跡。
実際、夏はこんな感じ→こちら


籠岩への道のりは最大斜度30度を超える急斜面。足にかなり負担がかかり悲鳴が漏れる。


ここまで広い斜面をひたすら登ってきたが、ここまで来てなんとなく尾根らしい地形に変わった。
籠岩はもうすぐだろうと思う。


籠岩の基部に達した。
ここは標高370メートル。地図によると標高370メートルから標高400メートルに渡って岩記号が描かれている。10メートル以上の岩が連なっているのだ。


岩の基部に沿って左へ回り込んでいくが路幅は30センチに満たない。怖いッすね~。


ロープが出てきたができるだけ使わず、両手両足を使ってカエルが這うようにしてよじ登っていく。


お~。
男体山とその左に真っ白な白根山が、、、


これが籠岩だが感じとして、先ほど出合った巨大な岩塊の一部のような気がする。


今日の予定のルートだと籠岩から先は難ルートの通称馬蹄形と呼ばれるルートの一部を歩くことになるわけだが、今日はピーク432.7(北ノ峰)の手前で無縫塔へ下り、それから作業小屋→腰掛岩→ピーク444へと向かうことにする。


まずは無縫塔へ。
落ち葉が積もった急斜面を下るが対策をとらないと滑って尻餅をつくこと必至という場所である。

落ち葉対策のキモはこのチェーンスパイクだろう。
脚力が衰え力が入らない管理人にとって必須となる道具である。
ストックは高齢者がよく使っている取っ手がT型になっているものを愛用。正直言って、ストレートタイプのトレッキングポールは30度を超えるような急斜面では役に立たない。T型とストレートでは持ち方が異なり、ストレートだと地面に対して突く力が弱いのだ。それに比べてT型は、グリップを真上から握るため地面に対して腕の力が直に伝わるという利点がある。それに、1本で十分、効果を発揮する。もう片方の腕がフリーになるというのもいい。
ピッケルを使ったことがある人であればその有用性がわかると思うが、管理人は無雪期でもピッケルを使いたいと思っている。ただし、ピッケルは冬山用だと思われているため無雪期に使うのは気が引ける。
そこでピッケルの有用性と使いやすさを追求(というほど大袈裟なものではありませんが・笑)した結果がこの「杖」になったのである。


備えは万全。ではこれから、落ち葉の積もった急斜面をチェーンスパイクで下っていく。


薄い踏跡にしたがって下っていくと右手に巨大な岩壁が見えてくる。


岩壁の基部、地上から3メートルほどの高さに天然の岩窟があり、中に無縫塔というお坊さんの墓が納められている。
その大きさゆえに地元の人に神宿る岩として崇められ、そこに坊さんの墓が収められたのはごく自然なことのように思える。


さあ、ここから探し物。
見つからないとそれは道迷いをしていることになる。


無事に発見(笑)
探していたのは今は使われていないプレハブの作業小屋である。馬蹄形ルートを歩く上で見落としてはならない重要なポイントだ。
馬蹄形ルートのランドマークと言うべき目標物がこの小屋なのである。
あ~それと余計なことだけど、ここは不気味だよ。廃屋だけとなんかいそうな気配、、、


作業小屋の脇をすり抜けるとこのようなプレートがあるので間違うことはないと思うが、左へ曲がって5分ほど歩いたら今度は右へ直角に曲がるのが正しい馬蹄形ルート。


プレートにあった林道内倉線に合流、とそう簡単にはいかない(笑)
2本の道(1本は林道、もう1本は水路)を横切り、3本目がこの内倉線だ。2本目は正確には武子川が流れる水路を指す。水路は昨年9月の豪雨でピーク444のすそ野が崩落して埋まり、そのせいで今は土砂が堆積して幅20メートルほど道のようになっている。現在は工事がおこなわれている。
話が逸れたが次の目標地点となる腰掛岩はこの内倉線を横切り、画像正面の林に入っていく。


林道内倉線から腰掛岩へは3つの尾根を選べる。
東に位置する尾根がもっとも明瞭で歩きやすく、その西側に尾根が2つある。西側の尾根は藪になると同時に傾斜も厳しくなる。
今日は中央の尾根を選んでみた。


やっとの思いで腰掛岩に到着。
ここは眺めがよく休憩に最適。
ちょうど昼時になったので日光連山を眺めながらここで昼食にした。
その前に、急斜面の登りで汗をかいたのでジャケットを脱ぐ。下半身は汗でびっしょりなのでアンダータイツも脱ぐことに。


腰掛岩でくつろいでからピーク444に移動。
馬蹄形ルート歩きはここで終わりになり、ここからいよいよ未踏ルート歩きだ。
石の祠の裏側がこれから歩くルート。さてどんな苦難が待ち受けているのだろう。


ピーク444からこれから向かう北尾根を見る。
ピーク444はこれまで6回、通過したことがあるが、北に向かってルートがあることなど気がつかなかった。わかりやすいではないか。それにおそれていた藪ではない。


地図にあるとおり、鉄塔のすぐ脇を通過。


鉄塔の周囲が藪になっていたがまたすぐ明瞭な道に変わった。
誰も歩きそうにないこんな道にも赤リボンがありました。


ピーク408.8に到着。
三等三角点がある。


三角点のすぐ脇に石の祠があり、そこから岩崎(日光市の町の名前)の町並みがよく見える。


むむっ、垂直の岩(^^;)
三角点を過ぎるとさっそく難所が待ち受けていた。
ロープはかかっているが地面が見えない。大丈夫かい(笑)
地図上で見る限り、まさかこのような断崖があることなど想像できない。
10メートル未満の大きさの岩や落差の断崖は地図ではその存在がわからないから困る。これが古賀志山の怖いところだ。短足を悔やみながら慎重に下りたのはもちろんのことだ。


あらかじめ進路をマークした紙地図を見ると尾根はここで真西に向かうようになる。
尾根も踏跡も明瞭なので迷うことはなさそうだがそこは古賀志山、踏跡が分岐していることを想定し、進行方向に向かってコンパスをセット。


傾斜が弱まりピーク359の近くまで来たことを知る。
檜林の中の道だがよく手入れがされていて明るい。


ここがピーク359らしい。
石の祠があってその後に三峰山という山名板がある。初めて聞く名前だ。


今度は北に向かって90度、進路が変わる。


大きな石の祠と遭遇、かなり歴史がありそう。
地図を見るとこの下あたりがお寺記号になっているが降り方がわからない。道がないのだ。
でもここに祠があるということは、これを担いで登ってきた道があるはずだ。5分ほど右往左往したところ、えっこれが道か、と思うような斜面が見つかった。


斜面を下ると大きな建物が見え、その右に急な階段がある。
ここは当然行ってみるべきだ。


うひょ~、すげぇ!!
大きな岩窟の中に建物が、、、


岩窟内の建物には階段があって最奥まで入ることができる。
すると立派な観音像と出逢った。といっても内部は暗く肉眼では見ることができない。カメラに収めて初めて、観音像だとわかった。


日光連山をバックに住宅街が見える。あれは文挟の町並みだろうか。


なるほどねぇ、先ほど見た像がこれなのか。
県道沿いに岩崎神社というのがあるがそれとは別物で、ここは初めてだ。県道から脇道を入った場所にあるので気づかずにいた。
ちなみに岩崎というのは日光市(旧今市市)の町の名前。

古賀志山の「赤岩」。垂直の壁に足が震える。

2016年12月02日(金) 晴れ、春の陽気

森林公園駐車場~芝山橋~北コース途中から滝岩へ~中尾根~ピーク559~弁天岩~伐採地~富士見峠~古賀志山~東陵見晴台~東陵コース~芝山橋~森林公園駐車場

日光市の健康福祉の一環で市の補助による人間ドックを隔年で受けている。脳ドックと人間ドックを交互に受けているのだが今年は人間ドックの番。
人間ドックでは毎回、良好な結果が出ていて身体には問題はないらしい。山登りは健康にいいから続けた方がいいと言われている。アルコールは適量なら差し支えないと言われているいや、そう解釈している。

昨日がその受診日だった。
ここ数ヶ月、気になっていることがある。
突然、咳が出て止まらないこと、深夜に胃痛で目が覚めることだ。咳と胃の痛みは逆流性食道炎が関係しているらしいので、医師に申し出て胃カメラを使って詳しく診てもらうことにした。検査をしながら説明があって胃と食道にはまったく問題ないと言われた。原因は別にあるのかもわからない。
ひととおりの検査が終わり最後に総合診断があった。

長い間、同じ病院に通っているが総合診断を担当した医師は初対面だった。
こちらが挨拶をしてもなんら反応がない。デスクの上に置かれた結果表をじっと見ているだけだ。聴診器のあと、診察台に寝かされて膝の下を叩いてその反応を見るいわゆる、膝蓋腱反射がおこなわれた。この間、医師は無言だった。看護師が医師の代わりに指示を与えてくれた。
医師が初めて喋った。
「白米を止めて玄米にしなさい。そうしないと寝たきりになる。あなたは脚気だ」、と。
それを言い終わると医師は背中を見せて、デスクに向かい合った。とりつくしまもなく、否応なく部屋から追い出された。
う~む、白米はNGで玄米はOK、寝たきりに脚気という言葉の他に発しないこの医師は正しいのか?

自宅に戻り脚気をキーワードに情報をネットで探しまくる。
脚気はビタミンB1の欠乏による末梢神経障害であることがわかった。
ビタミンB1の欠乏など管理人にあり得ない。健康にはひと一倍気を遣っているから食べ物に偏りはないはずだ。
ビタミンB1を含んだ食品を調べてもどれもよく食べている。
唯一例外はウナギである。
そういえばここ数年、ウナギなど口にしたことがないなぁ、匂いすらかいだことがない(^^)
でもウナギ以外はよく食べているからビタミンB1が足りないことなどあり得ないのだ。

管理人、両足を手術している。
2009年に右足の踝(腓骨)を骨折し手術で骨をつないだ。2011年には左膝の靱帯を交換(再建というらしい)した。
手術は健全な神経や血管をメスで切断するので術後は後遺症が残っても不思議ではなく、管理人の場合は氷水に足を漬けたかのような冷たさを感じることがあるし、つねっても痛みを感じない部分があるなど、いまでも自分の足ではないような違和感がある。それが膝蓋腱反射を鈍らせているのではないか、そんな気がしている。

ただ気になる記述があった。
管理人の山での主食は高エネルギーを作り出す菓子パンやエネルギーバーだが、これら炭水化物食品をエネルギーに変換する際にビタミンB1が使われるそうだ。スポーツドリンクに含まれている糖分もエネルギーの基だから、同じようにビタミンB1が使われる。
つまりその日、摂取したビタミンB1は山で消費しきってしまい、食べ物だけでは補えず、登山中はビタミンB1の欠乏状態にあるという仮説が成り立つ。
ちなみに、白米を多く食べる場合も当てはまるようだが、管理人が食べる白米は一日あたりせいぜいご飯茶碗1杯半と少ない。
それにしてもだ、山歩きの頻度が多いとはいえ週に1回から2回だ。その間の食生活はきちんとやっている。それゆえ、脚気の原因がビタミンB1の欠乏にあるとは信じられないのだ。

翌日、すなわち今日の山行後、近所の薬局へ寄ってビタミンB群中心の医薬品とサプリを3種類、買い込んだ。
成人が一日に必要とするビタミンB1は1.4ミリグラムだそうだが購入した薬とサプリを規定量を守って服用すると200ミリグラムに達する。これは重篤患者が病院で投与される量を上回るがビタミンB群はとりすぎても排出されるので量が多くても問題はないらしい。
管理人の脚気がいつ始まったのかはわからない。脚気など昔の病気だと考え膝蓋腱反射などおこなったことがない。
まずは薬とサプリを続け、膝蓋腱反射を小まめにやろう。
改善の見込みがなければ他に原因があると考え、そのときは専門医をさがして相談しよう。きちんと説明してくれる医師をさがして。

昨日はそんなことがあったので今日の山行は気分を晴らすのが目的となった。
でわでわ、、、

赤川ダムの水面に映る古賀志山。
気温は10度。緑があれば春と間違ってしまうような穏やかさだ。昨日のイヤな気分を忘れさせてくれる。


赤川ダムの畔を左に見ながら古賀志山の入口に向かってゆっくり歩く。


芝山橋脇の登山口。
ここから赤川に沿って北コースへ向かうが、北コースと出合うまでの道は細く、また滑りやすいので注意。


北コースに入ったばかりの登山道。
古賀志山を目標にするのであればこの道の続く限り歩けば迷わず着ける。
管理人はちょいと脇道へ、、、


北コースを5分ほど歩いたらコースと分かれて薄い踏跡のある斜面を登っていく。
10分ほど歩くと大きな岩壁と出合う。ここまで来ると踏跡はなくなり岩壁に沿って斜面の上に向かっていく。
踏跡は消えているがここが昔の参道であることを前に確かめてある。


岩は左へ湾曲し、コーナー部分に石の像が見える。


石の像は炎を背負っていることから不動明王だ。
小柄で可愛らしい顔をしている。


不動明王を右に見ながら岩壁に沿って進む。


地面から1メートル半くらい上に小さな洞窟があり中に石の祠が置かれている。「山ノ神」である。
この辺りは宇都宮市福岡町細野に属し、昔は霊地として参拝されていたそうだ。
手前にあった不動明王は山ノ神を守っているのであろう。
ここで山ノ神に手を合わせこれから神聖な岩に足をかける許しを請う。
Mt.masaoのブログ「古賀志山にあらず細野山なり 」に詳しい→こちら


不動明王→山ノ神と歩いてそのすぐ先にほぼ垂直に切り立った大きな岩がある。8メートルくらいの巨大な岩だ。ネットにおける情報は少ないがこれが滝岩、と管理人はこれまで呼んでいたが、実は「古賀志山を守ろう会」代表の池田正夫さんが、この岩の正式名は「赤岩」だと教えてくれた。したがって、以後、「赤岩」と呼ぶことにするが過去4回、ここを訪れては弄ばれている。はたして今日はいかに?
※過去の記事はあえて訂正せず、当時の知識のまま「滝岩」としておく。
※古賀志山山域の岩にそれぞれ名前がついているのは信仰の対象として古くから崇められてきた証である。ただし、間違った名前で呼ばれている岩も多々ある。


古賀志山山域にある岩はこれまでずいぶん経験し、多くの岩はロープや鎖を使わないで上り下りできるようになった。
しかしこの岩は管理人の技量では無理だ。垂直なので重力の影響をまともに受ける。
手がかり足がかりとなる凹凸が岩にないために、10キロのザックを背負い、登山靴で上るのは自殺行為に等しい。
そこで既設のこのトラロープにすがって登っていくのだが、万一、手が滑ったりしたらそのまま地面に激突する。
持参したスリングでハーネスをつくり身体にくくりつけ、別のスリングでハーネスとトラロープを結んで命綱とする。これで最悪の事態は避けられる(たぶん)。
あぁ、しかしこのトラロープも怖いね。角度のついた岩であれば補助的に使うだけだが、垂直の岩だとロープが切れないことに100パーセント賭けなければならないものな。

滝岩改め「赤岩」に関する過去記事
2015年11月24日
2015年11月17日
2015年11月12日


あと1メートル半、気を緩めるなよ!
赤岩はふたつの巨大な岩が直角に合わさっていて、左側には凹凸がないため手足を引っかけることができない。右足だけ岩の凹凸に引っかけてロープを握った両手で身体を移動していく。左脚は身体のバランスをとる役にしか立っていない。


ひぇ~~~!!
見上げるのと見下すのとではえらい違いだ。
登り終えて足が震えているのがわかった(^^)
岩の基部に着いてロープに手をかけるまでの心の準備に10分、登り始めてここまで10分かかった。
わずか8メートル上がるのに10分もかかるというは水平移動と垂直移動との違い。
でもいずれはここをロープを使わず、自分の手足だけで上りたいという大それたことを考えていないわけではない(笑)


上った後のご褒美はこれ。


「赤岩」を上りきると前方に大きな岩の塊が見えてくる。
細野ダムから始まる中尾根である。まずはあそこへ。


目の前が中尾根。
あ~、やはり地面はいい(^^)


地図のピーク496手前に1本の枯木がある。
特徴的な場所なのでここが中尾根に間違いないことがわかる。


尾根の右側に2本の大きな檜が寄り添うように並んでいる。
二枚岩の入口である。
ただし今日の進行方向だと檜は1本にしか見えないので要注意。


斜面に向かって直進(西)する道と斜面を巻くように右(北)へ行く道との分岐がある。
直進すると古賀志山から北へ延びる尾根道に突き当たり、右へ行くと途中で西へ向きを変えて沢に入り込む。
ピーク559へはここを直進した方がわかりやすい。が、へそ曲がりの管理人は巻道を行く。ピーク559を目指すのにその方が複雑で面白いからだ。


檜林から下ると沢と出合う。ここを559Pと書いてある方へ。


地形を地図と見比べながらガレた沢を上っていく。
ピーク559へは途中から右へ入る。たしか踏跡があったと思う。


無事にピーク559への道と合流。


ピーク559に到着。
丸太で組んだベンチがあり地元の人の憩いの場になっている。


ここからの眺めはよく、日光連山が一望できる。
画像はズームしたものだが男体山の裾野に冠雪した白根山が見える。雪が深くなる前に登っておきたいものだ。


ピーク559の少し先で古賀志山から北へ延びる道と合流する。
そのまま北へ向かっていくと道は大きな岩に阻まれる。


これがその岩。ロープがかかっている。
地元では弁天岩と呼ばれているがこの部分だけを指すのか岩全体を指すのか管理人にはわからない。


弁天岩のトップは遮るものがなにもなく、日光連山を見渡せる。
今日はここを昼食の場としよう。
この時期の日は短い。日没を避けるのはここを14時に出発して帰路につかなければならない。それまでの30分、この景色を噛みしめながら昼食にしたい。


弁天岩を降り、元来た道をピーク559に向かって進む。


中尾根の末端と合流する。
ここを左へ折れると中尾根を歩いて下山口の細野ダムまで行けるが最後は急な岩場を下ることになる。


今日は最後に古賀志山に立ち寄るので中尾根末端を左に見て直進し、伐採地→富士見峠という順路を辿る。ここは伐採地と呼ばれる開放的な場所。


育った檜を伐採した跡に幼樹が育つ。
幼樹の幹の先端が折られているのがわかる。
詳しいことは別の記事をお読みください→こちら


伐採地に立ち止まり、振り返るとここからも日光連山がよく見える。


富士見峠を通過。
道標を左に折れると北コースとなり芝山橋が下山口となる。
古賀志山へはここを直進する。


富士見峠から急斜面を登ると古賀志山と東陵見晴台との鞍部に出る。
古賀志山はここを右へ2分。


古賀志山山頂。
昼時は地元に人で賑わうがこの時間になると誰もいない。


先ほどの鞍部まで戻って次は東稜見晴台に立つ。
宇都宮市街が一望できるのと遠く筑波山まで見渡せるので人気の場所になっている。
今日はここから下山することにした。


東稜見晴台から下山するには岩を3つ降りるのと5つ降りるという、ふたつのルートがある。
後者は岩場をふたつ余計に経験できる東南稜コースだが、最後に森林公園の中を30分ほど歩かなくてはならない。
今日は欲張らず、岩を3つ降りる東稜コースで下る。って、どちらにしても所要時間に変わりはないのだが。


いい色に染まったアブラツツジ。


岩を3つ下ってからの東稜コースは長い尾根が芝山橋まで続くため、滑り止めにチェーンスパイクを装着した。


落ち葉が堆積し地面を覆い隠している。スリップしやすいのがこういったロケーションだ。こんな場面ではチェーンスパイクが活躍してくれる。


地元の人が反省岩と呼んでいる休憩スポット。
岩の上に乗ることもできるし巻くこともできる。


岩の上に乗ると北に位置する中尾根の全貌が見渡せる。


下山口の赤川に戻ってきた。今日はまだ明るいうちに下山できた(笑)
赤川の流れの方向に歩いて行くと芝山橋に行き着く。


コースのGPSデータをご入り用の方は
ここをクリックしてダウンロードしてください。
なお、危険箇所が多数ありますのでご利用にあたっては事故のないように十分、ご注意ください。

無残、傷だらけの古賀志山。

2016年12月2日(金)

古賀志山での不祥事については過去2回取り上げた。
ひとつは岩場に取り付けられているロープや鎖が取り外され、登山者を危険な目に遭わせていること。もうひとつは目印となる地名板が損壊されたことである。当記事で3回目の不祥事の報告になる。
2016年01月18日 ロープ外し
2016年11月03日 地名板損壊

古賀志山山頂から富士見峠を経てピーク559に至るルートの、富士見峠とピーク559の中間に古賀志山や御嶽山、日光連山が見渡せる展望のいい場所がある。
もともとは檜の植林地だが成長した檜が伐採されたためにとても見通しがいい。登山者の間で「伐採地」と呼ばれている場所である。
そこにはいま、人が歩く道の両側に、檜の幼樹が育っている。樹齢はわからないが小さいもので1メートル、大きいもので2メートルくらいある。ただし、斜面に植えられているので見通しの妨げにはなっていない。

古賀志山には100以上もルートがあるとされ、管理人が古賀志山を歩く際も毎回、同じルートというわけではない。この伐採地を通過するのは前回、いつだったのかさえ覚えていない。それほど歩くルートに事欠かないのが古賀志山の面白いところである。

まるで春のような穏やかな日差しに誘われて古賀志山に足を向けた。
古賀志山の登山口となる宇都宮市森林公園に着いたのは9時30分。登山をするには遅い時間だが古賀志山であればこの時間からでも十分に楽しめる。それが里山のいいところである。ただし、歩く場所を選べばの話。
ルートはあらかじめ決めてあった。
古賀志山北コースに入ってすぐ進路を北に変え、久しぶりに滝岩という垂直の壁をよじ登って中尾根に乗り、次にピーク559、その次に弁天岩に乗って日光連山を眺めながら昼ご飯にし、古賀志山に向かって南下するというものである。距離が短いので時間に追われることのない、まったりした歩きだ。その途中で冒頭に書いた伐採地を通過する。


これが伐採地。
檜の幼樹が育ついつもと変わりない光景。道は画像の右端についている。


正面に古賀志山を望む明るい道。
道の両側は斜面になっていて檜の幼樹が育っている。


日光連山がよく見える管理人のお気に入りの場所でもある。


檜は幅広の葉をもつ常緑樹なので枝振りがよく見えない。
だがよく見ると幹の先端が折れているのがわかる。
この1本だけなら強風で折れたとか雪の重みに耐えられずに折れたとも考えられるが、数えてみると道の両側だけで折れているのが23本もあった。
これだけの数になると風雪によるものとは考えられない。明らかに人為的なものだ。誰かが故意に折ったのだ。樹木の成長に欠かせない幹の先端だけを折っていることから、犯人は樹木の生態に詳しい人物のように見える。

道の左右すなわち、斜面に成育している檜は被害に遭っていないように見える。
道から丸見えの斜面(1枚目の画像)に入り込んで檜を折ろうとすれば他の登山者に不審の目を向けられる。そこで道を歩く素振りを装い、道に沿って成育している檜だけを狙って、何食わぬ顔で折ったのであろう。
前後に登山者がいないかどうか、キョロキョロと眼を這わせ、他に登山者がいないことを確かめた上で犯行に及んでいることがよくわかる。
やっていることが陰湿で変質的である。

前回、地名板損壊のことでも書いたが、この人物は子供の頃から古賀志山に通っているので、古賀志山を自分の山と考えている節がある。
この伐採地が昔、広葉樹の林であった頃から親しんでいたのであろう。その広葉樹が伐採され、代わりに檜が植えられたために自分のお気に入りの遊び場がなくなってしまった。そのことに恨みをいだき、老齢になったいまでも恨みを引きずっているように管理人には見える。幼稚なのだ。

状況の変化に対応するという、大人としての知恵が身につかないまま成長したために、自分がこうなったのは広葉樹を伐採して檜を植えたのが原因なのだと、思い違いをしている。
人格的に見れば、自分にとって不都合な出来事は他人に原因があるとしなければ自分を守ることができない、強い自己愛に支配されているように管理人には見える。
生い立ち、環境がそうさせるのか、勉強不足、能力不足がそうさせるのか、家庭不和がそうさせるのかはわからない。いずれにしてもなんらかの治療を必要とする人物に見受けられる。


古賀志山にもっと多くの人が訪れ、常に山域のどこかに登山者がいること、それが犯行をやりにくくすることに結びつき抑止力になるのではないか、管理人はそのように考えている。
そのためには古賀志山に関する情報を拡散し、情報が乏しいゆえに二の足を踏んでいる人たちに、古賀志山の敷居を低くしてあげる配慮が必要だ。
当ブログは2014年10月に初めて古賀志山の記事を書き、以来、古賀志山に行ったときは欠かさず詳細にわたりリポートしている。当ブログの記事を参考にして古賀志山を歩いたという人も多くいるから、世間の役には立っているのであろう。

古賀志山の記事はこれで53回目だ。
記事はできるだけ詳しく書いているつもりだが、それでも読者にはピンと来ないのではないかと思う。ネットの情報などそのレベルだと思っていただきたい。
実際に歩いて初めて、情報が自分の血肉になるというものだ。

では、ひとりでも多くのブログ読者に足を運んでもらえるよう、古賀志山の敷居を下げる工夫はないものか。
管理人はこれまで多くのバリエーションルートを歩いたと自負している。
ただし、地元の人が長い年月をかけて開拓したルートであることを踏まえ、先人の労に報いるためについ最近まで、地図は掲載しないできた。
それとバリエーションルートの中には危険な岩場や急斜面、尾根の分岐があるため当ブログ記事が原因で事故を誘発する懸念も大きいと考えてきた。
だが、それを理由にいつまでも秘密主義を続けていたら初めて古賀志山を歩く人にとって古賀志山の敷居の高さは変えられないと思うようになった。
より正しく詳しい情報を提供することで多くの人に古賀志山に足を運んでいただく、そうやって古賀志山のファンになってもらえれば結果として、犯行への抑止力になる、そう考えるようになった。

そこで、古賀志山に関する記事に次の工夫を施すことにした。
(1)ブログに出てくる山名や地名、ルートがどこを指しているのかをわかるようにする→こちら
(2)管理人がその日、歩いたルートを地図に重ねて掲載する→上図
その上で、
(3)GPSを利用している登山者向けに、管理人が歩いたログを提供する

(1)は現在、進行中。(2)は最近の記事には反映するようにした。(3)はこれからの作業だ。
古賀志山を隅々まで歩くのはとても難しいと思うし、危険だとも思っている。それを承知の上で事故のないように利用してもらうことが大前提であることは言うまでもない。

どうしてもというのであればメールを使って情報を提供してもいい。希望に沿って同行するというのは困難だが、現地で偶然出合えばバリエーションルートを案内できるかもわからない。
いずれにしてもひとりでも多くの人に古賀志山のファンになってもらい、傷だらけの古賀志山に歯止めをかける力になってほしいと願っている。
古賀志山に日参するという人が多いことは知っているし、管理人以上に詳しい人がいることも知っている。それら先達を差し置いて、新参者でなおかつ地元の者ではない管理人が出しゃばることに躊躇いはあるが、古賀志山がこれ以上傷つくことに耐えられない。
ブログは管理人の自己表現の場であるが、自己満足に終わらせたくはない。古賀志山の健全性を保つ役に立ちたいと考えている。

鹿沼の石裂山。まるで古賀志山のような荒々しさに怖じ気づくw

2016年11月29日(火) 晴れ、10度

加蘇山神社~石裂山・月山分岐~行者返し~奥ノ宮~剣ノ峰~石裂山~月山~石裂山・月山分岐~加蘇山神社

先週の金曜日に古賀志山を歩いた後、日曜日あたりから両太ももとふくらはぎに筋肉痛が出はじめた。
やはり2週間以上のブランクがあったので筋力が弱っていたのかもしれない。
週一の山歩きを課していたのに間を開けてしまったのがいけなかった。
ゼロから鍛え直しとまではいかないまでも、二歩も三歩も後退したのは事実だ。
早いところ元の調子に戻すために少し間を詰めて歩くようにしよう。

栃木県の山を紹介するガイドブックの中から、近場で面白そうな山はないかと物色していたところ、管理人の重い腰を上げさせるような、食指の動く山が見つかった。
『はしごとやせ尾根をたどる信仰の山』・・下野新聞社「栃木百名山」
『ハシゴと岩稜をたどる信仰の山』・・随想社「栃木の山150」
『展望とスリルの信仰の山』・・山と渓谷社「栃木県の山」
はしご・やせ尾根・岩稜・スリルというキーワードがいい。まるで古賀志山みたいじゃないか。
場所は鹿沼市郊外。昨年登った岩山よりも奥にあるが車で1時間半くらいで行けそうだ。

それにしてもどの出版社も同じようなキャッチコピーとは能がない(笑)。最後は3社とも、信仰の山などというありきたりの言葉で締めくくっている(爆)

山の名前は石裂山(おざくさん)。
石を裂く山?、裂けた石の山? 由来はわからないがなんとも強烈な名前だ(笑)

よしっ、行ってみよう!


石裂山の登山口にあり古色蒼然とした佇まいの加蘇山(かそやま)神社。歴史は古いらしい。


神社の脇から歩き始める。


歩き始めは工事用の林道風だったが山道らしくなった。


竜ヶ滝。落差は3メートルほど。


滝のすぐ上に四阿(あずまや)があって休憩できるようになっている。


四阿のすぐ先で道は二手に分かれる。
左が石裂山で右が石裂山と峰続きの月山へ。
1周するとここで交わるわけだが、初回の今日は石裂山から月山へと廻ってみることにした。


直径2メートルはあろうかという巨大な杉。
加蘇山神社にもこの規模の杉の木があることからこの辺り一帯、昔から杉の植林がおこなわれていたのだろうか。あるいは大きさから見て天然の杉なのだろうか。


これはカツラ。
樹齢は推定で1000年以上。高さ23メートル、幹の直径は杉と同じく2メートルもある。昭和32年に栃木県の天然記念物に指定されている。と、近くの説明板に書いてある。


中の宮


中の宮から進行方向に目をやると巨大な岩に鎖がかかっているのが見えた。
あそこを登るのか?



岩の基部まで来て左下に目をやると洞窟らしき穴を見つけた。
降りてみると高さ3メートルほどの岩がふたつ、150センチほどのすき間を空けて向き合い、その上に1メートルほどの岩がかぶさっている。ひとつの大きな岩が、あたかもふたつに割れているようにも見える。
読めたぞ。
これが石裂山の名前の由来だ! って、そんなわけないか(笑)


お~、すっごい!
ガイドブックによるとこの岩場を「行者返し」と言うそうな。
厳しい修行に鍛えられている行者さえもここを登れず、引き返したという言い伝えなのだろうか。
岩は苔むしていかにも滑りそう。鎖を使わず登りたいとは思うものの、どうも無理そう。


鎖は太い。古賀志山の鎖よりも太い。
握るにはかなりの握力を必要とする。それにあまりにも重いので身体に引き寄せるのも大変だ。


鎖場を登ると次は奥ノ宮だ。
ジェットコースターのレールを思わせるような長いはしごが設置されている。


アルミ製の階段、というかハシゴ。
その左には古い鎖が。


ハシゴを上った先に巨大な岩(石裂岩)があり、下部が洞窟になっていて鳥居と祠がおさまっている。
祠が奥ノ宮でしょう。
この先に道はないので戻る。


なんだかとてもワイルドだぞ(笑)


この荒々しさは古賀志山並だ。


木を見て森を見ず(?)
道はここで鋭角に左へ曲がるが、気づかずに直進して5分のロスタイム。
全体を通して言えることだが、道標はしっかりしているものの背が高いためうっかりすると見落としてしまう。
この道標は道の左上、斜面側に立っているため余計に背が高く、丸太の支柱が木の幹に見えて通り過ぎてしまったのだ。そりゃオマエの目が悪いからだ。えぇ、ごもっともでw


道が平坦になった。
山頂はもうすぐか?


いや、そんなに甘くはなかった。
今度はハシゴだ。しかも下り。


お次は岩尾根。


視界が開けて西剣ノ峰。


西剣ノ峰のすぐ脇に視界が開けた場所があり、目の前に全体が岩でできている山が見える。
これが石裂山に違いない。
この岩の頂点に行かなければならないわけだが、あそこに道なんかあるのだろうか?


西剣ノ峰から下る。


登り返す。
先ほど正面から見た石裂山を右から回り込んでいるらしい。


石裂山と月山との分岐。


ふ~、幾多の難関を乗り越えてやっと着いただよ。
標高は低いが登山口から550メートル上がるのでそれなりに楽しめた。


ここが三角点であることを示す石柱だが文字から察して相当、古そうだ。
そもそもこれは旧字体なのか?
調べると「三」を除いて旧字体にもない。かなりデフォルメされている。


山頂は北西だけ視界が開けていて日光連山がよく見える。


30分ほど休憩をとり昼食。久しぶりにカップラーメンにした。
それから先ほどの分岐まで戻って月山に向かう。


地図で見る限り緩やかな稜線になっているが実態はご覧の通りだ。


石裂山から10分ほどで月山に到着。
朽ちて柱だけになった神社がとてもクラシック(^^)


石裂山よりもこちらの方が日光連山がよく見える。
左から男体山、男体山のすそ野に小さく見えるのは太郎山か?、その右は大真名子山、大真名子山のすそ野に見えるのが小真名子山、、、、そして我が母なる女峰山だ。どの山よりも雪が多い。


これはヤシオツツジでしょう、きっと。
ここまでの道すがら、結構見つかったので5月はいいのかも?


丸太で組んだ階段があるところなど、古賀志山の南コースによく似ている。


道がない。
さて、どちらへ行ったらいいものやら?
注意書きのプレートがあるくらいだから間違いではないはずなのだが、、、、
とりあえずあのプレートまで行ってみることにしよう。


道は落ち葉に隠れて見えなかったが無事に通過。
次はかなり荒れた斜面の下りだ。


下りはこれで終わりかな?


往きに通った石裂山と月山との分岐まで戻ることができた。
写真は振り向いて撮ったもの。
往きでは気がつかなかったが月山との距離は1.2キロと刻まれている。いや、そんなはずはない。鎖やハシゴはなかったがこの疲労感は5キロは歩いたような感覚だ。


10時35分に歩き始めたので4時間44分かかって駐車場に戻った。
参考にしたガイドブックによるとそれぞれ3時間40分、3時間55分となっている。
今日は初めてなので地図とコンパスを使って地形と照らし合わせながら歩いたので妥当なところか。


ついでに登山口にある加蘇山神社に寄ることにした。
戻りにこの階段を数えたら100段あった。
なお、ここから見える3本の木は杉。樹齢500年以上、高さ50メートル、幹の径2メートルもある(と説明板に書いてある・笑)。


無人の神社だがなかなか荘厳な佇まい。



雪の古賀志山を鞍掛山から馬蹄形へと10時間。最後は暗闇に。

2016年11月25日(金) 晴れ 気温:10度→6度

森林公園駐車場~こぶし岩~長倉山~大岩~鞍掛山~手岡峠(仮称)~手岡分岐(仮称)~ピーク444~腰掛岩~作業小屋~北ノ峰~赤岩山~中岩~御嶽山~古賀志山~富士見峠・・(北コース)・・森林公園駐車場
※歩行距離:18キロメートル
※累積標高:1974メートル
※所要時間:10時間30分

今月7日に女峰山に登ってからというもの、満足感に浸るばかりでどこへも行く気になれず、丸2週間が過ぎた。
いつもなら余韻の消え去る前に次の山歩きの予定を立てるのに、なかなかエンジンがかからない。感動の余韻がいまも続いているということであろう。それほど今度の女峰山は素晴らしかった。
7日が11回目の登頂だった→こちら

同じ山になんども登るのは管理人の性格の現れとでもいおうか、とにかく気に入った山なら飽きることなくなんどでも登る傾向がある。
突きつめて言えば、気に入った山を極めたいのであろう。知らないことのないようにしたい、そんな願望がある。
古賀志山なんかこの二年で51回も登っているのに、まだ知らない顔を見せることがある。知り尽くしたい。毎回、そんな思いで登っている。

ところで、女峰山の余韻の有無にかかわらず、そろそろ停止しているエンジンを始動しないと錆びついて再起動が困難になってしまう。
管理人の経験上、筋トレで筋力をつけても2週間は維持できるが以後は低下する一方となり、回復させるには並々ならぬ努力を要する。管理人が週一での山行を課しているのはこの理由による。

折しも24日は季節外れの雪に見舞われた。
これをいい機会ととらえて身体が錆びつく前に重い腰を上げよう。
7日の女峰山は17キロ、11時間半を要した。もしも筋力が衰えていなければ同等の距離、時間の負荷をかけても大丈夫だ。反対に体力が消耗してリタイアせざるを得ない事態に陥った場合は鍛え直さなくてはならない。
それを見極めるためにも今日は女峰山に匹敵する長い距離と時間のかかる山に登ってみよう。

女峰山と同等の山として古賀志山の馬蹄形に鞍掛山を加えたルートがマッチする。古賀志山は近隣に住む人たちが好んで利用する里山だが、100以上あるとされるルートを組み合わせることで20キロほどのマイルートが設定できる。
2週間以上も歩いていないが古賀志山山域であればエスケープルートが充実しているので安心して歩ける(※)。
今日の朝刊によれば古賀志山が位置する宇都宮市で積雪4センチを記録し、初雪としては45年ぶりだそうだ。市街地で4センチなら古賀志山はもう数センチは多いだろう。
雪の古賀志山は今年の1月に経験しているが距離7キロ、5時間という軽いものだった。
今日は推定距離18キロ、アップダウンが激しくて無雪期でも身体を酷使するルートを歩くことにした。

※エスケープルートもバリエーションルートの一部であり地図にはないし道標もない。管理人はこれまでの経験で理解しているのであって初めての方や経験の浅い方にとってエスケープルートを探すのは困難であろうと思う。


女峰山に匹敵する距離、時間を歩くつもりで古賀志山を選んだが、その割に到着が遅かった。この時間から18キロも歩くとなれば日没は間違いない。当然ながらその備えはしてきている。
前日、雪が降ったこともあってか森林公園の駐車場に車は1台もない。
地元の皆さんは雪が積もった古賀志山がどれほど危険なのかをよく知っているのだ。
この広い駐車場を管理人の車1台で独占する、、、わけではない。なぜならここは時間の規制があって17時にクローズされるからだ。
今日は古賀志山山域の大外、鞍掛山から馬蹄形ルートに入るため、この時間から歩き始めると17時には戻れない。そのためにも時間の規制を受けない外側の駐車場(※)を利用することにした。
※画像の駐車場に接する車道脇に15台くらい駐まれるスペースがあり、そこは時間の規制がない。


駐車場からアスファルト道路を北に向かうと赤川ダムがある。農業用水用のダムだが畔から古賀志山がよく見える。
双こぶの右が東陵見晴台でその左が古賀志山。10分もあれば行き来できる。


赤川ダムからさらに北へ向かうと道は二手に分かれ、左の道が古賀志山への北コースとなる。
今日はまず、鞍掛山を目指すので右の道を行く。


右の道を行くと右側に大きな岩が出現する。
岩の基部に沿って急斜面を登っていく。
なお、鞍掛山へは駐車場脇の登山口から長倉山を経由するルートが一般的(ただし、道標なし)。写真の岩場から入るルートは危険でお勧めできない。おそらく入口も見つからないと思う。


水分をたっぷり含んだ落ち葉が堆積して滑るので、ここで滑り止めのためにチェーンスパイクを装着。


濡れた落ち葉と昨日の雪で滑る。
登山口から長いトラロープが途中まで続いている。いくらチェーンスパイクといえどもこのロープなしでは難しい。ありがたく利用させてもらった。


次はこの岩場だ。
チェーンスパイクで岩を登るのは危険が伴うが外すのも面倒なのでロープにすがって慎重に高度を稼ぐ。
この最頂部が地図の天狗鳥屋(てんぐのとや)で、岩は「こぶし岩」と呼んでいるようだ。


長倉山。積雪は5センチ強といったところ。
ここへは駐車場のすぐ脇から、もっと歩きやすい道で来ることができる。それが一般ルート(といっても地図にはないし道標もない)。


長倉山から次の鞍掛山へは並行するふたつのルートがある。
どちらも急な下りを強いられる。


管理人は東へ向かうルートをよく利用する。
東とはいってもすぐに北に向きを変える。


斜面を降りきると続けてふたつのアスファルトの林道に出合う。
2本目を横切ると丸太の階段があるので上っていく。ここまで長倉山から北に向かって降りる道よりもほんの少し短い。


紅葉したヤマツツジ。
ちなみにこのルートは春から初夏にかけて多くの花が楽しめる→こちら


チェーンスパイクは圧雪した道や落ち葉が堆積した道であれば威力を発揮するが、降ったばかりでなおかつ水分を多く含んだ雪には弱い。
このように雪が付着して団子状になり、スパイクの効果がまったく得られない。そればかりか、かえって滑りやすくなる。
チェーンスパイクを着けないと滑るし、着けたら着けたで雪団子になって滑る。数歩、歩いたら靴を地面にたたきつけ、付着した雪を落とす必要がある。それはなかなか面倒な仕事だ。
今日は滑って尻餅をつくこと3回。いずれもこの団子が原因だ。


鞍掛山への道は険しい。急な斜面がずっと続く。
ここ、大岩に来てようやく息がつけた。


大岩の目の前に古賀志山が見えるが今日のルートだと最後に訪れることになる。


大岩から鞍掛山へは平坦な気持ちのいい道を歩ける。
大岩まで急傾斜で脚に負担をかけてしまったのでここで回復に努める。


鞍掛山山頂。
ガイドブックだと周りを木々に遮られて見晴らしのない山頂と書かれているが、大岩からここまでの稜線からの眺めはいい。


鞍掛山から緩やかな下りで次の小ピークへ向かう。


標高450メートルの小さなピークがある。
ここでルートは北(画像の右側)に転じ、急な下り斜面になる。次に目指すのは「シゲト山」だ。


細く危なっかしい道を登っていくと視界が開け、そこに「シゲト山」と書かれた板ッ切れが木に取り付けられている。正しい名称なのかどうか、地図に描かれていないのでわからない。
見る場所によって尖って見えることから「鞍槍」とも呼ばれている。


シゲト山からの日光連山と高原山。いい眺めだ。


書き漏らしたが大切なことを。
古賀志山は宇都宮市にあるが、広く古賀志山山域としてとらえると、日光市との境界と重なる部分が多い。赤川ダムのある宇都宮市森林公園から登ると鞍掛山で日光市との境界になり、手岡分岐と管理人が名付けた分岐路から先の馬蹄形ルートは、林道内倉線に至るまでずっと日光市内を歩く。
それなのに日光市の山という気がしないのは古賀志山の裾野に位置しているからだ。


猪倉峠
ここで直進(南)と右(北西)、左(東南)に分岐しているが馬蹄形ルートに向かうには直進する。


地図のピーク431を過ぎると西へ向かって平坦な道に変わる。実に快適、気持ちのいい歩きが楽しめる。


ここが手岡分岐。鞍掛山から来た場合はここから馬蹄形ルートが始まる。馬蹄形ルートを歩く際のとても大切な分岐路となる。
地図には描かれていないため説明のしようがないがここを直進すると知らぬ間に古賀志山へ行ってしまい、馬蹄形ルートに入れない。せっかくここまで来たのに目標を達することなく終わってしまう。
正しくはここを右斜めに入っていく。
えっ、これでも道なの? というほど危なっかしい歩きを強いられるが、それで正しい。


尾根はここで北向きと南向きに分岐する。
年に数回歩くだけだとどちらへ行ったらいいのかわからないので、毎回、地図とコンパスで尾根の向きを確かめる必要に迫られる。


北北西に向かう尾根。
こちらではない。


南へ向かう尾根。
実際には西に向かいたいところだが西に向かう尾根はない。実にいやらしい分岐だ。


上の画像の尾根を南に向かうとすぐまた尾根が分岐する。


南へ向かう尾根。
歩いてきた進行方向にあるのでどうしてもこちらに行ってしまいたいが、間違いだ。


身体の向きを90度右に向けると目立たない尾根がある。
こちらが正しい。
つまりピーク383で南の尾根に入り、すぐに西の尾根に入るといったクランク状のルートになっている。


檜林の中を西へ向かって平坦な尾根を進む。


ルートに間違いがなければ檜林を過ぎて複数の送電線が見えるようになる。送電線の下に特徴的な地形が姿を現す。
あそこへ向かって一度、下り登り返す。


下りのも登るのも藪。


ピーク444手前の大きな岩を這い上がる。
地図にはピーク444まで岩記号が続いているがその最初の岩だ。


ピーク444を通過。
ここは地図にはあるが目印となるのは石の祠のみ。


ロープがかかっている先ほどの岩からピーク444を挟んで連続した岩記号が地図に描かれている。その長さ300メートル。ただし、道は岩記号の北側につけられているので岩の上を歩くわけではない。
岩記号の末端(西端部)に位置するのがこの腰掛岩。ちなみにここは日光市。


腰掛岩で午後3時を回った。
ここから北ノ峰まで1時間と見て、赤岩山あたりで日没になるはずだ。


腰掛岩から南に延びている尾根を下るが傾斜は急。
木立につかまりながら慎重に下ると檜林となり、まもなく沢と出合う。


失敗した。
200メートルほど東へ降りてしまった。


林道内倉線を西へ歩いて軌道修正を図る。そして腰掛岩への入口(画像の右)に。
ここから崩落によって土砂が堆積した沢を横切って再び林に入る。


沢を横切るとまるで魔界への入口のような林が口を開けて待っている。
ここを突破すると林道がもう一本あるのでそこも横切る。


魔界への道がもうひとつ。
両側から木々の枝が迫り、両手でかき分けながら進んでいく。
この先を左に曲がって右へ曲がると、、、


馬蹄形コースのランドマーク的な存在のプレハブの作業小屋が現れる。
こいつが見つからないと魔界を彷徨うことになる。


プレハブ小屋の脇をすり抜けると広い斜面になるので上へ上へと、地図のピーク432.7に向かう。
この斜面は一応、尾根になっているが広すぎて尾根とは思えないほどだ。尾根をしっかり意識しながら歩かないととんでもない方へ行ってしまう。
目印は「無縫塔」と書かれた小さな道標。
疲れはピークに達し足が重い。


「無縫塔」と書かれた道標が見つかったら正解。
道標は巨大な岩が連なる端っこにある。ただし、岩は地図に描かれていないので厄介だ。
ピーク432.7はそれら岩の上に位置する三角点である。まずは鎖を使ってよじ登る。


鎖が終わると急斜面の登り。


北ノ峰に到着。
腰掛岩からちょうど1時間だった。
尾根が分岐して地図とコンパスを必要とするルートはこれで終わった。
ここからは一本のルートのみで道迷いの心配はない。が、岩の上り下りと細尾根が待ちかまえているので危険は増す。


この時期、日没は早い。
あと30分で日が暮れる。
来たるべき闇に備えるためザックからヘッドランプを取りだして頭にセットした。


北ノ峰から日光連山を眺める。


南西の方角に目をやると二股山(鹿沼市)の向こうに日が沈もうとしている。


赤岩山山頂を通過、、、


二尊岩を通過、、、
ただひたすら歩く。


5メートルほどの岩を登る。
ふだんなら鎖を使わず登るところだが暗がりの中、ホールドが見えないため両手でしっかり鎖を握って登る。


中岩を通過、、、
ここからの眺めは見応えがあるが今見えるのは宇都宮と鹿沼の夜景だけ。


今度は5メートルほどの岩を下る。


ふ~、御嶽山に到着。


これまでの無事と、最後の最後まで気を抜かずに無事に下山することを御嶽神社に向かって誓う。
さらには二年前の9月、木曽御嶽山の噴火で多くの登山者が犠牲になったことへの思いを込めて合掌。
過去に書いているが木曽御嶽山とこことは深い縁で結びついている。木曽御嶽山に眠る霊がここにもあると考えて差し支えない→詳しいことはこちらを


御嶽山から宇都宮市街地の夜景を眺める。


古賀志山はさっと通過。


時計を見ると北ノ峰から2時間もかかっている。漆黒の闇の中をヘッドランプの灯りを頼りにいくつもの岩を登りそして下り、足を踏み外すと谷底へ転落するような細い尾根を注意しながら歩いたので妥当なところ。
さてと、古賀志山から下山するにはいくつかのルートがあるが馬蹄形ルートは古賀志山で終了したので無理はしないことにする。
闇夜なのでもっとも安全(でもないのだが)な、地図に道が描かれている北コースで下ることにした。


東陵見晴台との鞍部。ここを富士見峠の方向に進む。


富士見峠から北コースに乗り下山口へ向かう。
途中、伏流水が流れ出ている場所がある。備え付けのカップを使って一気に飲み干す。


下山口となる赤川まで来た。
ここからアスファルト道路を歩いて森林公園の駐車場まで10分。10時間半にわたる山行がようやく終わった。


点線から左側が馬蹄形ルートで、これだけでも歩きごたえがある。
ただし、ルートがはっきりしているのは古賀志山から北ノ峰までで、北ノ峰から先は尾根の分岐が多い。読図の練習にいいとは思うが難易度は高い。失敗覚悟でどうぞ。
点線の右側は馬蹄形ルートのオプションだが、オプション抜きでも馬蹄形ルートを完遂するには手岡分岐から古賀志山まで歩いた後、駐車場に戻らなくてはならない。それはオプションを歩くのと比べて距離が2キロ短いだけだ。さあ、どうする?
※青い線が今回(左回り)、赤い線は11月3日の右回り


標高600メートルに満たない典型的な里山だが今日のルートだと累積標高が2千メートル近くになる。その理由はアップダウンの多さにある。厳しいよ~、古賀志山は!!

古賀志山、5回目の馬蹄形。標高差367Mなれど累積標高はその4倍も。

2016年11月3日(木) 晴れ

森林公園駐車場~芝山橋~東陵コース~東陵見晴台~古賀志山~御嶽山~中岩~赤岩山~北ノ峰~無縫塔~腰掛岩~P444~P383~手岡分岐(仮称)~P431手前を南東へ(北尾根)~長倉山~P349~森林公園駐車場

文化の日、紅葉の見ごろと重なって日光は大渋滞が予想される。
こんな日は混雑する日光を離れて静かな山をのんびり歩くに限る。それに天気もいいことだし、、、やはり古賀志山でしょう。

馬蹄形ルートはその形が馬の蹄に似ていることからつけられた名称らしいが、地図にルートが描かれていないので説明が難しい。そこで始めに、管理人がこれまで4回、手探りで歩いたときのGPSの軌跡を地図で紹介しておく。
古賀志山とその北に位置する手岡分岐(地図に記載はない)を結んだ線の西側を馬蹄形ルートと呼んでいる。ただし、管理人が歩いたルートこそ唯一、正しいのだということではない・・・後述馬蹄形ルートは面白い。
地図にルートが描かれていないため自分でルートを設定しなければならない。その作業ならびに自分で設定したルートを地図とコンパスを使って歩くのは読図の訓練にぴったりだ。
机上でのルート設定が終わり、いざ実践に望んだとしても、わずかな角度差で尾根が分岐しているときなど、どちらに進んだらいいのか現場では迷う。
上の地図を見て、同じ馬蹄形ルートを歩いたつもりなのに過去4回の軌跡は微妙に(大きく?)違っていることがわかると思う。これは分岐でのルートミスによるものである。それほど馬蹄形ルートは難しい。
とはいえ、地図にルートの記載がない以上、なにをもって馬蹄形ルートとするかの定義はなく、馬蹄形に似たルートを自分で設定すればそれが正しい馬蹄形ルートということになる。ただし、地図を追っていけば自ずと1本のルートに集約されるが、、、、
上にルートミスと書いたがそれは管理人があらかじめ設定したルートから外れたという意味であり、それは悔しいものだ。地図読みの難しさを痛感する。その悔しさがその後の馬蹄形歩きに結びついている。
馬蹄形ルートを歩くのは与えられたわずかな情報を元にゴールへ向かうオリエンテーリングのように、頭と身体を使うスポーツなのである。
果たして今日の結果は如何に(^^)
それでは行ってきま~す。

参考:過去の馬蹄形ルートの記録
1回目:2015年06月30日 右回り
2回目:2016年01月03日 右回り
3回目:2016年01月09日 左回り
4回目:2016年04月30日 左回り


2ヶ月ぶりで訪れた赤川ダム。
渇水期なのか水位がずいぶん低下している。
正面に見える双こぶの左が古賀志山で右は東陵見晴台。その下が急激に落ち込んでいるが、そこが岩場の連続する東陵コースで今日、歩くルートである。


赤川ダムに沿った車道を北に向かって歩いて行くと芝山橋がある。ここが古賀志山北コースと東陵コースに共通する入口となる。


芝山橋を渡り右を見ると川に沿って踏跡がある。そちらが北コースで左の急斜面が東陵コース。


東陵コースの大部分は急斜面だが画像のような歩きやすい部分もあって息が抜ける。


紅葉したアブラツツジ


地面の最後の登り、ってわかるかなぁ?
つまりこの登りが終わると次は岩の登りとなるわけだ。


始まった(^^)
最初の岩は5メートルはあるだろうか、垂直に近いがよく見ると手がかり足がかりとなるホールドがあるので技術を磨けば鎖を使わなくても登れるようになる(決して推奨しているわけではありません)。


最後にこの岩を登ると、、、


、、、眺めのいい東陵見晴台に立てる。
ここから宇都宮の市街地と北に高原山が見える。角度的に日光連山も見えるのだが木立があって遮られている。


東陵見晴台と古賀志山とは隣り合わせの位置にあり7・8分で行き来できる。
古賀志山は古賀志山山域の最高峰583メートルだが展望がいいとは言えないのが残念なところ。
ただ、山頂は広く地元の人の社交の場となっていて昼時は多くの人で賑わうので情報を得るにはいいかもしれない。


地理院地図を見ると古賀志山から西へ向かって長く、なだらかな稜線が続いている。
それが古賀志山の主稜線でピーク432.7の北ノ峰まで、実に変化に富んだ稜線歩きが楽しめる。眺めがいいのも山域一と言っていいのではないだろうか。
ただし、なだらかな稜線と書いたがそれは地図上でのことであり、実際に歩いてみると地図では読み取れない大きな岩が稜線上にいくつも出てくる。もう勘弁してくれと言うほど、、、
これは御嶽山手前の岩。これから先を暗示させるような(^^)


御嶽山の山頂まで来ると視界は一気に開ける。
西に日光連山と白根山、錫ヶ岳、皇海山などの2千メートル峰、北に高原山や那須連峰が見渡せる。実に素晴らしい。


御嶽山山頂から日光連山を望む。
冬は冠雪した日光連山がとても美しい。


山頂の北には高原山が望める。


古賀志山主稜線は適度なアップダウンがあるのと稜線からの眺めがいいので管理人がもっとも好んで歩くルートである。その上、高さ5メートルほどの大きな岩をクリアしなくてはならず、それがまた主稜線の大きな魅力(^^)となっている。
この岩がそのひとつ。
赤岩山へ向かう場合は上りとなる。ここにも守ろう会が取り付けた真新しい鎖がかかっている。
なお、正式な名称がないためかカミソリ岩と呼ばれているらしい。位置はピーク546(中岩)の東120メートル。地図には岩記号が描かれている。


赤岩山山頂。
山頂は眺めがないのと休める場所がない。
休む場合はこのすぐ手前の今は使われなくなったパラグライダーの離陸場を利用するといいと思う。眺めがいい。


赤岩山から北ノ峰への明るい道を歩く。


猿岩。
ルートから少し外れるので馬蹄形を歩くための必須事項ではないが、立ち寄ってこの岩の上から景色を眺めることを強くお勧めしたい。
なお、岩の基部に「猿岩」という地名板があったのだが不心得者の仕業により損壊されてしまった→こちら


猿岩のトップから日光連山を眺める。


古賀志山主稜線の末端に当たる北ノ峰。
4等三角点がある。地図に北ノ峰の記載はなく、標高432.7メートルの地点。
北ノ峰から先のルートはふたつ。
ひとつは籠岩を経て県道70号線に至る南西ルート、もうひとつが無縫塔を経て北西に向かう馬蹄形ルートである。
いっとくけどここから無縫塔まで急な下りなので怖いよ(^^)


急な下りが終わると檜林となり左に長い岩壁が続いている。
岩壁に沿って5分ほど歩くと地上3メートルくらいの高さに洞窟があり、中に卵形の石が鎮座している。
文字が彫られてなくのっぺらぼうの石像である。文献で調べるとこれは無縫塔といってお坊さんのお墓なのだそうだ。
なお、猿岩と同じでここもルートから外れるので立ち寄るのは必須ではない。なにかが出てきそうな雰囲気があるし、、、(笑)


無縫塔から北西に向かって広い斜面の、はっきりしない尾根をかすかな踏跡を頼りに下りていく。


傾斜が緩くなると廃屋となったプレハブの小屋が見つかる。馬蹄形ルートのランドマークともいえる重要なポイントなので見落としてはならない。
この後、小屋の脇を通り抜け左折して傾斜を下りて右折という手順を踏むが、これがなかなか難しい。


プレハブ小屋の先を左折して右折して林道を横切って藪を突っ切ると林道内倉線と並行するこの沢と出合う。沢というよりも土砂が堆積した現場という方がわかりやすいかもしれない。
昨年9月の台風による大雨でピーク444の中腹が大きく崩落し、その土砂が沢を埋め尽くしたのである。


上の画像の沢を横切ると林道内倉線と交わる。その林道も横切って斜面に突入する。
薄い踏跡があるので大丈夫でしょう。


林道内倉線を横切って樹林帯の中の踏跡を辿りこの奇妙な形の岩が見つかったら正解。
名前は腰掛岩という。いわれはその形でしょうね。なお、腰掛岩に至る尾根筋はとてもわかりにくい。地図とコンパスの出番といえる。


腰掛岩は西側にあるいくつかの尾根が合わさった位置にあり、ここで進路を東に変えてピーク444を目指す。ピーク444は地図には記載があるが平坦なので見落としてしまう。石の祠が目印。


さあ、これからが馬蹄形ルートの核心部分となる。
多いときは尾根が3つに分岐するからたまったものではない。
3つに分岐する尾根の、自分はどちらに行ったらいいのかをあらかじめマーカーで塗っておくといいと思う。
ピーク444からピーク383の間で見ると進むべき方向は東北東から東南東の範囲にある尾根が正しい。
ピーク444を過ぎると尾根は崖で終わっているがそれが正しいので慌ててはならない。すぐ左にロープがかかっている岩があるので下る。


ロープを伝って崖を降りると再び尾根になるので進む。地図を見るとピーク383の手前(西側)に林道が描かれている。
画像はその林道に向かう藪の斜面。一年前より藪が深くなり踏跡を隠すほどになっている。ここは勇気を持って突破しよう(^^)
ちなみにこの藪を下ると地図の林道(軽車道)と交わるが、林道といってもすでに廃道となっていて人が通れるほどの幅しかない。地図だけだとわからない混乱する箇所だ。


地図の林道を横切ってピーク383に上ると尾根は方向を北東に変える。それから次に東へと変えて現在地に来た。ここはピーク559を経て古賀志山とピーク431を経て鞍掛山に至る分岐点。管理人はここを便宜上、手岡分岐と呼んでいるが地図にはもちろんそんな名称はなく、場所が日光市手岡だから記号のつもりで管理人が勝手につけたものだ。
馬蹄形ルートは一応、ここで終わりとなる。
ここをピーク559へ向かって南へ進めば古賀志山に至るし、体力にまだ余裕があれば鞍掛山へ向かってもいい。
ちなみに、管理人が手にしている地図は過去4回の軌跡を描いたものだが、初めての場合でも進むべきルートを地図に描いておくことをお勧めする。


手岡分岐を過ぎた辺りから両太ももの内側が引き攣れる。それに傾斜で脚を曲げるたびに右膝の外側が痛むようになった。
馬蹄形の右回りは長くて急な上りが多いので脚への負担が大きい。前回の山行は先月27日だったから7日ぶりで、インターバルとしては悪くないのだがその間、デスクワークの時間が長かったため下半身の筋が硬化したのが原因だと思う。
太ももの痙攣は症状がまだ軽いから我慢できるが膝の痛みは耐え難い。管理人を長年悩まし続けている腸脛靭帯炎である。発症すると入念な手当しなければ治らないので鞍掛山は諦めてショートカットすることにした。
ミネラルを多く含んだサプリとロキソニンでごまかす。腸脛靭帯炎にはなんら効果がないのはわかっているが困ったときの神頼み(泣)


予定していた鞍掛山を見ながら長倉山(地図に記載なし)へのショートカットの道、北尾根を進む。


ほう、アキノキリンソウがまだ咲いている。


オヤマリンドウ


ようやく長倉山に。


森林公園駐車場まであとわずかのところまで来た。16時半を回って辺りは薄暗い。
膝の痛みは我慢の限界に達している。
早く車に乗り込んで家路へ急ぎたい。風呂とビールが待っている我が家へと。
あっ、それから、天気のいい祝日にもかかわらず御嶽山からここまで誰とも出会わなかった。馬蹄形ルートを独占したわけだが言い換えれば高リスクと隣り合わせだったということでもある。
馬蹄形ルートを歩く際はくれぐれもお気をつけください。携帯が通じない場所も多いですし。


記事のタイトル通り、スタート地点の森林公園駐車場と山域最高峰の古賀志山との標高差は367メートルと、古賀志山は里山特有の登りやすい顔をもっている。
ところが、馬蹄形ルートを歩くとなるとアップダウンが連続し、上り分を足した累積標高は標高差の数倍にもなる。今日、管理人は馬蹄形の東側も歩いたわけだが、累積標高は1522メートルに達しこれは男体山に匹敵する。
距離でいえば14キロ歩いたがこれは霧降から女峰山を往復するのとほぼ同じで、累積標高が300メートル少ないだけだ。古賀志山は里山の域を超えて立派な山岳登攀である(^^)
なんども書きますがこのルートは誰にも会わないことが多く、疲労や怪我で身動きが取れなくなっても助けてもらえない。携帯の通じないエリアがあります。複数人で歩く、読図ができる人と同行するなど最善の方法を選択してください。

累積標高の詳しい説明


今日、歩いたルートを青線で示している。
赤線は過去4回の軌跡で地図中央の点線から左(西側)を馬蹄形ルートという。点線から右はオプションなので自身の脚力に応じて加えるのがいいと思う。鞍掛山を回ると18キロにもなるからそれなりの疲れは覚悟の上でどうぞ(笑)

今日、管理人は森林公園を出発して古賀志山へ出てそれから馬蹄形ルートを歩き始めた。割とすんなり歩けたのではないかと思う。青い線からはみ出している過去の軌跡から比べると格段の進歩だ(^^)
それでもまだ地図とコンパスは必要とするから、はっきりした1本の道が山頂まで続く日光の山々に比べれば難しいし侮れないルートである。古賀志山は奥が深い。

出発点だが森林公園(赤川ダム)の他に、古賀志山から北ノ峰にかけての主稜線の南(岩下道)から主稜線に這い上がるという方法もあるが、道が複雑でとてもではないが読図ができない人には無理だと思う。
その古賀志山へは地理院地図に道が描かれている北コースの他に上図には書かなかったが中尾根コース、東陵コース、南コースがある。管理人としては安全性とわかりやすさの観点から、北コースをお勧めする。

古賀志山の猿岩、地名板損壊という無残な光景に強い怒り。犯人像に迫ってみた。

2016年11月3日(木) 晴れ

2ヶ月ぶりに古賀志山を歩いた。
ルートは以下の通り、馬蹄形の右回り。
森林公園P~東陵岩場~東陵見晴台~古賀志山~御嶽山~中岩~赤岩山~猿岩~北ノ峰~腰掛岩~P444~手岡峠(仮称)~長倉山~森林公園P

詳しい山行記録は後日書くとして、この記事では今日、気がついた下記2点について取り急ぎ記録しておく。
(1)岩場に新しい鎖が取り付けられたこと。
(2)猿岩に設置されている地名板が壊されていたこと。
こちらも参考にご覧ください→繰り返されるロープ外し

古賀志山の一般ルートとしてもっとも利用者の多い北コース入口に当たる芝山橋に、古賀志山に100以上あるとされるバリエーションルートのひとつ、東陵コースがある。
広葉樹の明るい尾根道を進んでいくと別の尾根と合流する。そのすぐ右を見るとルートを塞ぐかのように巨大な岩が待ち構えている。その岩が古賀志山に隣接する通称、東陵見晴台へと続く岩場の始まりである。

古賀志山山域には手がかりがなければ上れないような急峻な岩場が数多く存在する。その多くは鎖やロープが取り付けられているので慎重に行動すれば、岩が雨で濡れているといった悪条件でない限り、事故は起きない。
ただし、既設の鎖は古いしロープはすり切れていたりまた、取り付けられている相手(支点)が枯木であったりというように、利用する側にとって必ずしも安心できるものではない。

東陵見晴台へと続く岩場は長く、数本の鎖が取り付けられている(※)。
そこに真新しい、いかにも頑丈そうな鎖が既設の鎖と並行して下がっているのを見た。

※東陵が終わって次に古賀志山主稜線に移ったとき、各所に新しい鎖が取り付けられているのを確認した。


岩をよじ登り、鎖の支点となる部分に達するとそこにアルミ板のタグが取り付けられていた。
それによると設置者はNPO法人「古賀志山を守ろう会」で、その下に刻まれている「2016.8」とは鎖を取り付けた年月のこと、「NEXT 2017.1」とは次回の点検の時期を示していると読み取れる。

設置者のNPO法人「古賀志山を守ろう会」(以下、守ろう会)について詳しいことは同会のホームページをご覧いただくこととして、このタグが持つ意味は大きいと感じている。
もしもこの鎖の材質や強度、取り付け方法などが原因で重大な事故が起こった場合、設置者に大きな責任が生じるのは自明だ。このタグはそれら鎖に起因する事故の責任の所在を明確にしているのだ。とても大きなリスクを伴う。そんなリスクを冒してまで鎖の取り付けを英断した守ろう会に敬意を表したい。

NPO法人「古賀志山を守ろう会」

一方で心配もしている。
守ろう会が鎖を設置するよりも前から、危険な箇所にはロープや鎖が取り付けられている。それは無許可であり、工作物を設置してはならないという自然公園条例に反しているとはいえ、登山者有志による危険防止のための善意として受け止められ、今日にいたっている。

しかし驚くことに、それらのロープや鎖が外されたり切られたりといった、人身事故に直結するような危険な行為が頻繁におこなわれている。
登山者がまだ少ない早朝から、下山し終わった夕刻を狙ったものだと思う。
日中だとしても登山者が少ない場所を狙っていることから、古賀志山に精通する人物の仕業と断言してもよさそうだ。
どのような理由があって行為に及ぶのか知る由もないが、同じ人物が今度は守ろう会に罪を負わせることを目的に、新しい鎖で事故が起こるような細工をしないとも限らない。

有志が安全のために善意で取り付けたロープを切断したり鎖を取り外すことに偏った正義感を持ち、執念を燃やしている人物がいるは事実だ。
その矛先が、今度は守ろう会が取り付けた新しい鎖に向けられるのではないか、それを心配している。

複数人によるものではないであろう。
なぜならそのような目的のために意気投合するなどというのはふつう、考えられないからだ。それに目立つ。
性格が陰湿かつ執拗なことから、古賀志山をよく利用する登山者からは疎まれ、行動は常にひとりだ。古賀志山へ来る目的はロープの切断や鎖の取り外し、地名板の損壊といったことだけ。決して歩くのを楽しみに来るのではなく頭の中は次はどこでどんなことをしようか、それしかない。登山者を困らせたり事故が起こるのを喜んだり、古賀志山に人を寄せ付けない悪評を立てることを目的とした、鬱屈した心の持ち主による仕業だと思う。
もしかするとこの人物は、古賀志山は子供の頃から慣れ親しんだ自分の山なんだという倒錯した考えをもっていて、自分以外に古賀志山を利用する人をよく思っていないのかもわかならい。
それが本人の正義感を駆り立てているとすれば一般の登山者にとっては迷惑この上ない。人格が破綻しているとしか思えない。
本人の言い分も聞いてみたいが、ネズミのようにこそこそ動き回るだけで、表に出てくるほど器の大きな人物ではないのであろう。


古賀志山と北ノ峰を結んでいる主稜線を歩いて赤岩山を過ぎ、主稜線から少し外れたところに「猿岩」がある。
猿にしか上れないあるいは、猿でさえ落ちるという急峻な岩にたとえて名前が付けられたのだと思うが、この岩の上に乗って南から西へ広がる雄大な景色を楽しむことができる。
岩の基部に「猿岩」と書かれた地名板が設置されている。これも守ろう会によるものである。
画像は今年1月に撮ったものだが冬枯れで葉が落ちた木々のすき間から地名板がよく見える。

古賀志山山域は地元の人にとって昔から信仰の対象にされ、大切にされてきた。山域には奇岩があちこちで見られ、それらひとつひとつが信仰の対象物として名前がついている。
しかし一般登山者に知られることなく、俗称で言い伝えられるようになっていてたとえば、不動岩、マラ岩、子マラ岩、カミソリ岩、モアイ像、団子岩、弁当岩などといった名称がネットに散見されるに及んで、整備が必要との観点から、守ろう会によって昔から呼ばれている正しい名称の山名板や地名板が設置されてきた。「猿岩」もそのひとつである。


古賀志山主稜線は古賀志山~御嶽山~中岩~赤岩山~北ノ峰を結ぶ岩を含んだ尾根。
猿岩は赤岩山の西、主稜線から少し外れた場所にある。ただし、そこへ導く道標はないので地図とコンパスを頼りに探すしかない。
このことからも猿岩の所在をよく知っている人物の仕業に間違いないと見当をつけるのが正しいと思う。この人物にとって猿岩は、訪れる人はいないし眺めがいいので憩いの場所なのかもしれない。そこに地名板が設置されたり管理人のような地元外のものが来たりするのを、自分の領域を侵されるような気がするのかもしれない、と心情に理解を示すもののそれと器物の損壊とは別物であり許せることではない。


これは今日撮ったもの。
葉が茂っているため地名板の存在を見落としたが、大きな問題があることに写真を撮ったときは気がつかなかった。


異変に気がついたのは猿岩のトップに上るつもりで近づいたときだ。見慣れた地名板がないのだ。
地中に埋め込まれた柱が折られて、地名板ごとなくなっている。
古賀志山は国と宇都宮市(栃木県)そして、個人の所有物であり、そこに構造物を設置するには所有者の同意が必要だ。地名板を設置するにあたって、NPO法人である守ろう会は正規の手続きを経ているはずである。
それを損壊するのは明かな犯罪であろう。

先ほども書いたが、当人は子供のころから古賀志山に慣れ親しみ、古賀志山を “おら(俺)が山“ と考えているのではないかと思う。古賀志山に精通していることから、地名板などなくても縦横無尽に歩き回ることができるし、難易度の高い岩場をロープ、鎖を使わずに上り下りする技術をもっていることが考えられる。
そのような高度な能力をもちながら、精神的に鬱屈していることから、他の登山者を古賀志山に寄せ付けないあるいは排除しようという心理が働いてロープの切断や鎖の取り外し、地名板の損壊という行為に及んでいるのではないか、そう思わざるを得ない。
やり方が陰湿で執拗である。
高度な能力を他の登山者に役立つように使えばいいのに、と管理人は考えるのだが当人の性格上、そのような前向きな思考はできないのであろう。

古賀志山は3.5キロ四方という狭い山域が特徴である。そこに多くの登山者がやって来る。その中で繰り返される行為は言ってみれば、衆人環視の下での行為といえる。犯人はどこかで必ず姿を見られるはずだ。
管理人はブログを使って気づいたことを読者に知らせるようにしている。それが犯人への警告であり行為をやりづらくすることに結びつくのではないかと思っている。
実はこのブログでもっとも多く読まれているのが古賀志山に関する記事なのだ。ブログの読者はこのブログで提起した問題に関心をもって古賀志山を訪れていることと管理人は確信している。
ちなみに、管理人は古賀志山を守ろう会の会員ではないし同会となんら利害関係をもたない、古賀志山を楽しむ利用者のひとりに過ぎない。

通算50回目の古賀志山。課題は鎖を使わずに岩を登ること(夏の水分補給についても考えてみた)。

2016年9月5日(月) 晴、猛暑

膳棚P~坊主山~南登山道~岩下道~観音岩~瀧神社~カニの横這い縦這い~中岩~赤岩山~猿岩~赤岩山~御嶽山~古賀志山~御嶽山~古賀志山大神~モアイ像~岩下道~南登山道~坊主山~膳棚P

DSCF1668低山ながら独立峰ゆえの展望の良さと多くの岩場、100以上あるとされるバリエーションルートの魅力にはまり一昨年10月から通い始めて、昨年は33回、今年になっても勢いは衰えず今月2日に通算で49回を数えた。

多くのハイカーが利用している昭文社の「山と高原地図」に古賀志山は収録されていない。古賀志山の説明があるのは栃木県の山を紹介しているガイドブックに、それもせいぜい地理院地図に道が描かれたコースくらいだ。
管理人が初めて古賀志山に登ったときは麓にある宇都宮市森林公園のウェブサイトに掲載されているコース案内を参考にした。それが地理院地図に描かれたコースだった。
初めて古賀志山に登るきっかけになったはこのブログで再三にわたって説明してあるので参考にしていただきたい→こちら

そのときわかったのは、登山コースから枝分かれした地図にない道いわゆる、バリエーションルートがたくさんあること、鎖やロープを使わなくてはならない岩場があること、眺めの良いことであった。
日光の山しか知らない管理人にとってそれらはとても新鮮なことであり、低山とはゆえ、自分の中の可能性を切り拓いてくれそうな予感が十分ある山として、強烈な印象として残ったのである。

道が明瞭で道標も整備されている日光の山を歩く限り、道に迷う心配はまったくないし危険もない、そんなルートに物足りなさを感じているところだっただけに古賀志山の出現は管理人に大きな刺激を与えてくれた。どこへ行ってしまうかもわからない枝道は地図とコンパスを使うことを余儀なくされたが、行くたびに違う道を歩けるのは大きな魅力に感じた。
ロープや鎖があるとはいえ、岩場の通過には緊張と恐怖が伴った。危険がないことを知ると次にロープや鎖を使わず、岩の小さな凹凸を見つけて手足だけで上ることを覚えた。身体を垂直に移動する感覚、これは経験した者でなければわからない、異次元の不思議な体験で病みつきになる。

昔から信仰の対象にされている石仏や祠、岩などがあちこちにあって、狭い山域ながら荘厳な雰囲気が漂っているのも気が引き締まる。

100以上あるとされるバリエーションルートを歩き尽くすという目標はほぼ達成したといっていいが、古賀志山は管理人の中に魅力を損なうことなく存在している。さらに深く突き詰めたい。

今日はちょうど50回目。
だからといって特別なことを考えているわけではないが、行ってみたい岩場がある。怖い思いをした岩場だ。
怖い体験をそのままにしておくと時間の経過と共に恐怖は増幅され、克服するのが困難になってしまう。50回という節目に恐怖を克服し、先へ進みたいと思う。


今日は赤川ダムの1キロ南に位置する膳棚駐車場に車を置いて、坊主山経由で古賀志山山域に入ることにした。
行ってみたい岩場というのは古賀志山山域を南から入った方がアプローチがいい。
車止めのすぐ先に、左に入るアスファルト道路があるので左折する。


この道路は地図にないのでどこへ行くのかわからない。
分岐を右に進むのが正しいのだが道標はないので、初めて行く場合はコンパスで坊主山への方角を確かめた方がいい。


5分も歩けばアスファルト道路は終わりとなり、登山道になる。
藪にはなっていない。


ヤマジノホトトギス


アスファルト道路が尽き登山道に入ったところ。
膳棚駐車場はいつ行ってもガラガラだしこのルートはマイナーなのだが藪にはなっていない。


坊主山を下りると林道・古賀志線と出合い、横断したところから古賀志山南登山道が始まる(向こうに見える階段)。
いやぁ、ここまで来るのにすでに汗をかいている。道路の上は暑そうだな。


南登山道の階段を上っていくと左への分岐があり、岩下道という名前になる。もちろん、道もその名前も地図にはない。
岩下道は大日窟まで続く。途中、猪落(ししおとし)への分岐を過ぎさらに対面岩の入口を過ぎると間もなく、右手の斜面上に2本の長いロープが下がっている岩がある。よほど注意して見ないとわからないが、、、
今日、最初の岩場はここに決めてあった。
傾斜は急だがロープを使わず自分の手と足だけで登ることを今日の課題にしてある。


岩場はまだ続く。危険箇所も多い。
今日は古賀志山山域の中で特に危険と思われるルートを選んで歩いている。
ここは過去、4回ほど通過したことがあるが恐怖が薄らぐことはない。
その恐怖を克服するにはなんどもなんども繰り返し経験し、その岩固有の特性を覚えることが大切だ。
岩を見上げて手がかり足がかりとなりそうな凹凸を探して冷静に落ち着いて行動すれば事故は起こらない、それを身体に覚え込ませることが恐怖を克服する第一歩であろうと思う。
ちなみに、このルートは古賀志山主稜線と岩下道に挟まれていて、目立たないばかりかその危険性が敬遠されて歩く人はほとんどいない。それだけに事故で身動きが取れなくなったら発見もされない。
なお、古賀志山山域は宇都宮中心街から10キロしか離れていないにもかかわらず、携帯圏外の場所がある。


いくつかの岩場を過ぎると観音岩で終わる。
観音岩は高さ20メートルほどの岩壁で下部は洞窟になっていて観音様が祀られている。
う~ん、素晴らしい眺め。筑波山まで見える。


観音岩を降りると御嶽山の滝コースと交わり、御嶽山と反対へ進む(南)と瀧神社がある。
高さ10メートルほどの岩の岩窟にあり、すぐ脇を男瀧が流れ落ちている。
周りの岩壁はクライミング場となっていて利用者が多い。


この時期、あちこちで見られるイワギボウシ。
名前の通り、岩陰に生育している。楚々として涼しげ。


大きな洞窟の中に建つ弁天三社。
昨年まで弁天、天狗宮、風神雷神と独立した社があったのだが老朽化に伴って取り壊され、現在はひとつにまとめられている→以前の弁天三社
洞窟の中は冷気いや、霊気か、が漂い、ひんやりしている。
岩壁からしみ出た水が滴り落ち、その音が洞窟内に響く。


岩下道から分岐し地図の岩記号に向かって歩くと行く手を岩壁が塞いでいる。ここがカニの横這いの始まり。横這いは長さ5メートルほどで足場はしっかりしている。ロープを握っていれば落ちる心配はない。


横這いが終わると次が難関の縦這いだ。2段構成になっている。
数年前まで鎖やロープがあったらしいが取り外され、現在は両手両脚で登るしかない。かなり怖い岩場だ。
この岩を登ると一旦、平坦になるが、その先にもうひとつ難関が待ち構えている。


縦這いの下部が終わると尾根が平坦になり背中当山(せなかあてやま)の道標と出合う。
しかし、縦這いはこれで終わったわけではない。次に長い鎖場が待っている。


古賀志山主稜線が見えてきた。
中央のピークが標高546の中岩。カニの縦這いはあそこまで続く。


中岩直下の長い鎖場。
今日の課題のふたつ目はここを鎖を使わずに登ることだ。
いざとなったら鎖をつかめばいいなどと甘く考えていると、そのときは手遅れである。鎖はないものと考え、落ち着いて慎重に登らなくてはならない。


カニの縦這いが終わると古賀志山主稜線の御嶽山と赤岩山の中間に位置する中岩に飛び出す。
地理院地図には546と表示されている。


赤岩山山頂
ここは休憩するスペースも展望もないのでいつも通過。
ただし、このわずか手前に使われなくなったパラグライダーの離陸場があってそこからの眺めがいい。


赤岩山を通過して北ノ峰に向かう途中、左へ降りる踏跡がある。急な斜面を下っていくともう一度、左へ降りる踏跡がある。そこを下りきるととてつもなく大きな岩と出合う。そこが猿岩。
猿にしか登れない岩、猿でさえ落ちる岩、そんな例えから名付けられたのだろう。
道はここで終わるが岩へは行ける。
岩の上からの眺めは素晴らしく、鹿沼から日光にかけて視界が広がり休憩にはもってこいの場所だ。
今日はここが折り返し点となる。
それにしても暑い。シャツもパンツも流れ出る汗でぐっしょり。
スポーツドリンクは飲むそばから汗となり、飲む量が汗に追いつかない。


猿岩のトップに腰を下ろす。
岩の上は遮るものがなにもないので暑いが、動きを止めたためか発汗はいくぶん和らいだ。
あまりの暑さで食欲はないが体力を回復するためにも岩の上で二度目の昼食とする。
栃木県北部の我が家から南へ、標高820メートルの我が家よりも低い古賀志山へ来たのだから、それは暑いに決まっている。早いとこ切り上げて高原の風が吹く我が家に帰りたいw
しかしなんだな、なにもこんな暑い場所じゃなくて、日差しを遮ってくれる林の中で休憩すればいいのにと思う。


猿岩を降り赤岩山を通過して往路で下ったこの岩を今度は登る。
ロープは使わない。


ナツハゼに、、、


ママコナと秋の雰囲気たっぷり。


中岩を通過して御嶽山へ向かう途中の通称、カミソリ岩。
鎖があるが使わずに下る。


御嶽山を通過して古賀志山へ。
今日で50回目だがすべて山頂に立ったわけではない。むしろ稜線続きの御嶽山の山頂に立つ方が多い。
さて、古賀志山へは写真を撮るだけに立ち寄っただけ。このあとは御嶽山近くまで戻り、古賀志山大神(こがしさんおおかみ)に寄ってから下山しよう。


し、しまった。
古賀志山大神に行くつもりだったのに道を間違えて猪落(ししおとし)に来てしまった。
ここを下れば駐車場は近いのだが今日はどうしても古賀志山大神に行きたい。が、そのためには急傾斜を登り返さなくてはならない。


ふ~、着いた。
昨年、NPO法人「古賀志山を守ろう会」が作成公開している「めぐり図」を頼りに、地図とコンパスを使って苦労して探したのがこの古賀志山大神なのだ。
しかし、次にまた来ようとしてもどうしても違う道を行ってしまう。その行き着く先が先ほどの猪落。今日も同じ間違いをしたがなんとか辿り着くことができた。
50回目を迎えられたことに感謝して手を合わせる。


すぐそばにあるアブラツツジが葉、実ともに色づいている。


古賀志山大神から岩下道へ向かって急傾斜を下っていくとこんな岩が見える。対面岩だ。
特徴のある形から、モアイ像と言う方が通りがいいかもしれない。


対面岩と岩下道は近いがそこも岩場だ。一枚岩でなおかつ、苔が生えているので滑る。
おそらく今年になってからであろう、有志の手によるものなのか他の岩場には見られないほどの頑丈な鎖が取り付けられている。しかも長い。


岩下道から南コースへ出て朝歩いたのと同じ道で膳棚駐車場へ向かう。


今日のルート
GPSの記録をフリーソフト「カシミール3D」で処理し、往路を赤い線、復路を青い線で表している。


今日、歩いたルートの断面図。
起点とした膳棚駐車場の標高は208メートル。山域の最高標高点は古賀志山の583メートルなので標高差は375メートルに過ぎないが、アップダウンの登り分だけを足した累積標高は1454メートルにもなる。
低山だからと侮ると大変な目に遭うぞ(笑)


一昨年10月を初回として今日まで50回の軌跡(赤い線)。
地理院地図やガイドブックに紹介されているルートはほんの数本しかない。他は地図に描かれていない。
踏跡があるからといって不用意に入り込むとそこは急な岩場だったりする。見通しが効かないためどっちへ向かって歩いているのかさえわからなくなることがある。バリエーションルートを歩くには絶対の安全を心がけることが大切なのだ。
管理人の読図力は古賀志山の経験に基づいている。


map古賀志山山域を探求するにはNPO法人「古賀志山を守ろう会」が作成公開している、「めぐり図」が役に立つ。
地元の人の信仰対象になっている山、岩、社などの位置関係が一目瞭然だ。
ただし、概略図なので実際に歩くにあたっては地理院発行の1/25000または1/12500地図とコンパスが必須。



地理院地図にある正規の登山ルートの他に、地元のハイカーが長年にわたって開拓してきた多くのバリエーションルートが存在するのが古賀志山の特徴といえる。
栃木県の山しか知らない管理人だが、古賀志山で学んだ読図と岩登りの技術はどこへ行っても通用すると信じて疑わない。それほどこの山は難易度が高い。たくさんの事故が発生していることでもそれがわかる。

古賀志山は山域全体の半分が個人の所有物すなわち、財産であり、所有者の理解があるから利用できる。
し たがって、古賀志山を歩くにあたっては所有者に感謝の意を表わすとともに自然を良好な状態に維持しなおかつ、信仰の対象となっている社や山、岩を敬うとともに事故を起こさないことが大切だと思っている。事故は山の所有者に多大な迷惑をかけるばかりでなく、ことの大きさによっては入山禁止にもつながり、他のハイカーにも影響が及ぶ。

繰り返しになるが、古賀志山は難しい山だがここで学んだ技術は必ず他の山で役に立つ。
自分の山登りに疑問が生じたら、古賀志山へ来るといい。
山のいろいろな要素を併せ持つ古賀志山に来れば自分がなにを求めているのか自分になにが不足しているのか、その答が見つかると思う。
その結果、管理人に例えるなら、バリエーションルートの多さは読図の練習に最適で道間違いからの脱出が楽になった。地図に道のない山を歩くのが楽しくなった。低山を楽しめるようになった。退却する決断ができるようになった。藪を厭わなくなった。急斜面の上り下りに躊躇いがなくなったなど、山で必要(必須とはいわないが)とされる知識と技術に変化が出ていることを実感している。
欲を言えば、もしも10年前に古賀志山と出会っていたならば、後遺症でいまだに管理人を苦しめている怪我を未然に防ぐ技術を習得できていたかもしれない。

今日は猛暑の中を歩いたのでついでに書いておきたいことがある。
登山中に必要な水分補給に関して現在、考察中のことだ。といっても、ほとんどネットに書かれていることだけど。

古賀志山から帰宅して入浴後、体重を計ったら53.6キロに減っていた。
管理人の平時の体重は55キロなので1.4キロ減少したということだ。
しかし、いくらなんでもお腹にたっぷり蓄えた脂肪が一度の登山で1.4キロも減るなどいうことはあり得ないから、多くは発汗による体重減であるのは明かである。

登山中の発汗量を計算する簡単な方法がある(鹿屋体育大学・山本正嘉教授の研究による)。
発汗量=(体重+荷物)×行動時間×5(※)・・・単位ミリリットル
この式で計算された発汗量の70パーセント以上を補給することが推奨されている。

これによれば、今日の山行で予測される発汗量は、
65×6.3×5=2048ミリリットルになり、最小補給率を70パーセントとすれば1434ミリリットル補給する必要があった。

もうひとつ、別の計算式を紹介しておく。
昨年12月のブログ「山でバテないために山での食事について考える」の中で、登山における消費エネルギーの計算式を紹介した。・・・安藤真由子著・登山体をつくる秘密のメソッド(地球丸)
同著によれば登山中に補給すべき水分量も同じ式を用いて計算できると書かれている。

DSCF5838計算式を引用すると、
水分消費量=(体重+靴などを含む携行品の総重量)×(1.8×行動時間+0.3×水平歩行距離+10.0×累積上昇距離+0.6×累積下降距離)・・・単位ミリリットル

この計算式を使って今日の古賀志山における水分消費量をあらためて計算してみると、
65×(1.8×6.3+0.3×10+10×1.453+0.6×1.454)=1933ミリリットルと計算された。

なんと、簡便計算と100ミリしか違わない。

ただし、この式だと水平歩行距離はわかるとして累積上昇(下降)距離を測定するのは一般の人には難しい。ここは簡便な計算式で十分、使えそうだ。

今日、管理人が持参した飲物は自作のスポーツドリンク1.5リットルに水道水1リットル、260ミリの微糖の缶コーヒーだった。実際に飲んだ量は、残量から推定してスポー ツドリンク1.2リットルに水道水0.5リットルだったから計1.7リットルと、計算上の発汗量2048ミリリットルに対して83パーセント補給したこと になり、推奨される最小補給量70パーセントを上回った。

さて、別の見方をしてみる。
平時の体重55キロの管理人が飲んだ水分は1.7リットルだったから、もしも汗を一滴もかかなかったとすれば計算上の体重は56.7(=55+1.7)キロということになる。
実際には53.6キロまで減ったので、56.7-53.6=3.1キロすなわち、1ミリリットル=1グラムの水道水として考えれば3.1リットルの汗が身体から排出されたことになる。

計算上の発汗量2048ミリリットルと推測上の発汗量3100ミリリットルとの差、1リットルは大きい。
計算式が間違っている?

この差が生じる原因は発汗量の計算式(簡便法の)で用いられている「5」という値の妥当性ではないだろうか。この値の根拠はよくわからないが、おそらく運動強度(※)のことではないかと思う。
そこで、より現実に近づけるために気温や湿度などの特性を考慮して、「5」に固定せず、自分で決めてあげればいいのではないのか、そう思っている。
※厚労省では身体活動の強さを表す単位として「メッツ」を用いているが、それとは異なるようだ。なぜなら、厚労省では登山時のメッツを7.5としているから。

今日の環境での発汗量を基に、上式の値「5」をどれくらいにしてあげれば現実的なのか、算出してみた。
値=実際の発汗量÷((体重+荷物)×行動時間)
=3100÷(65×6)
=7.57≒8・・・計算を簡素化するため大幅に切り上げて整数にした。

つまり、今日のような炎天下の里山を歩く場合は値を8として発汗量を計算し、持参すべき水分を用意する必要があるということだ。反対に汗をかかない冬は元の値通り、5でいいかもわからない。

発汗量=(体重+荷物)×行動時間×5=2048ミリリットル・・・汗をかかない季節

発汗量=(体重+荷物)×行動時間×8=3276ミリリットル・・・高温高湿時

今日を高温高湿日とすれば、予想発汗量3276ミリリットルに対して補給が1700ミリリットルだったから補給率52パーセントとなり、推奨される最小補給率70パーセントを下回ったわけだが、暑さで苦しんだとはいえ意識障害や痙攣など脱水症や熱中症特有の症状は出なかったから、健康には問題なかったようだ。
ただし、帰宅すると同時に大きめのグラスの氷を入れ、蛇口から水をたっぷり注いで一気に飲み干したから、喉の渇きとは別に身体は水分をほしがっていたのだろうと思う。

要は最大の備えをして補給は行動中の身体の状況に応じて適時おこなう、という危機管理の心構えが大切なのだろうと思う。
その積み重ねが経験知として役に立つはずである。
でも3リッターもの水は肩が凝るほど重いよ(^^)

さらに余談。
スポーツドリンクはアクエリアスの粉末を規定の2倍の水で作り、それに塩とクエン酸の粉末を加えている。
アクエリアスやポカリスエットはアイソトニック飲料に分類され、登山のような長時間にわたる運動には不向きだそうだ。糖分が濃いために吸収が悪いのが理由とされている。
体内への吸収を高めるにはアクエリアスの場合だと2倍に薄めるのがいいらしい。ケチをしているのではないのだよ管理人はw
ただし、塩分も半分に薄まってしまうので塩をひとつまみ加えることが重要なポイントである。発汗で失われた塩分を補給しないでいると意識障害や痙攣を引き起こす。これは経験者の言うこととして信じてほしい。
塩分を過剰に摂取することを問題視するのは山ではかえって危険である。日常生活の中でコントロールすべきであろうと思う。
クエン酸は良い効果をもたらすらしいが管理人は甘さを相殺するために加えている。

あっ、缶コーヒーはとてもではないが飲む気になれなれず、持ち帰ってきた。
いつも感じることだが、いつもより水分を多く必要とするような高温高湿時の登山では、スポーツドリンクや缶コーヒーの甘さを身体が受け付けなくなってしまう。

そのようなときのためにも水道水は欠かせない。
生ぬるい水でもスポーツドリンクより旨く感じるのはどういった生理の働きなんだろう。極上の飲物のように感じてしまう。
ただし、その場合は塩分が不足してしまうので管理人は塩粒あるいは塩分が含まれるタブレットを水道水といっしょに飲むようにしている。スポーツドリンクを飲んでいても痙攣が起こることがあって、そんな場合は追加で塩を摂取すると治まることがある。
強くお勧めはしないが念のため、参考にどうぞ。