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古賀志山の馬蹄形ルート、遭難状態ながらも無事に生還。

2017年9月10日(日) 薄日、30度を超える。

天候が安定するのを待つうちに今度は仕事が忙しくなって前回の山行から遠ざかるばかりで、その間に脚は衰えるわビールの飲み過ぎで体重は増えるわ腹は出てくるわでおよそ山歩きができる身体ではなくなってしまい、気が急く日々を過ごしていたが、この土日は幸か不幸か仕事が休みになったので出かけることにしたが、日曜日なので日光の山は混むはずだからここしばらく訪れていない古賀志山にご挨拶と思うものの、古賀志山単独ではすぐに終わってしまい面白くないので、大外を廻る馬蹄形プラス鞍掛山コースがいいと考えた。

馬蹄形はそれ単独でも難易度が高いがそれに鞍掛山をプラスすると距離は約20キロとなって持久力が求められる。
その上、アップダウンが激しいし鎖やロープがかかる岩場がいくつもあるし踏跡は薄いし尾根は分岐していて道迷いを起こしやすいため詳細な地図とコンパス必携であり、その点では日光の山とは趣を異にした特殊なルート、言ってみれば玄人好みでありマニアックなルートだ。
管理人は過去2年半で7回歩いているがいずれも必ずと言っていいほど道迷いを起こす。尾根が分岐するところへ来ると記憶があいまいでどちらへ行っていいのかわからない。地図で確かめないまま進むと別の尾根を歩いていることに気づき、あわてて引き返す羽目になる。慣れることのないルートなのだ。そこが面白い。

ひと月ぶりだから古賀志山往復から始めて徐々に難易度を高めていくのが常道だとは思うが、それだと当たり前すぎて面白くない、とへそ曲がりの管理人は思うのである。
馬鹿な考えとは思うが、衰えた脚力でどこまで行けるのか、そんな挑戦をしてみたい(※)。
脚の衰えと体重増、突き出た腹という三重苦をかかえて歩き始めた。

※馬蹄形ルート+鞍掛山ルートは地理院地図に描かれていないのと多くの登山者に利用されている「昭文社・山と高原地図」の対象外エリアです。
歩くには国土地理院の1/25000または1/12500地形図が必須。当然ながら地図を読めることとそれなりの脚力がないと難しいだろうと思います。
それと万一の場合はエスケープルートを使って下山するといいのですが、それも地図にありません。初めて歩く場合は事前に入念な計画を組むことをお勧めします。
このブログがお役に立てることを切に願っています。



前半は鞍掛山ルート、後半が馬蹄形ルート。
ジェットコースターのようなアップダウンの激しさに注目してほしい。一方的に登っていく山に比べてアップダウンが多い山のほうが疲れるのは経験者であればよく理解できると思う。
最高峰は古賀志山の583メートル。読者においては取るに足らない山といった印象をもたれるだろう。
しかし、アップダウンの激しさが作り出す累積標高にも注目してほしい。
累積2200メートルという標高は、日光の山では難易度の高い女峰山を上回るのだ。当然だが男体山をはるかに凌ぐ。距離は20キロある。
前半で一日、後半で一日という歩き方が普通である。


早朝とはいえ日曜日の森林公園駐車場はそれなりに混んでいる。
駐車場は時間制限のある大駐車場の他に車道際に夜間でも使えるスペースがある。
大駐車場はすでに開門しているが今日は長時間になる見込みなので車道際に駐めた。


森林公園内にある赤川ダムは水をたっぷり蓄え、静かな湖面に古賀志山を映している。


車道を北へ向かって歩いて行くとここで道は分岐する。古賀志山のスタンダードすなわち北コースは左へ行く。
管理人、今日はスタンダードから外れて馬蹄形という、マニアックなコースを歩くので分岐を右へ進み鞍掛山へと向かう。
ちなみに森林公園内の車道(一般車不可の林道)は自転車のジャパンカップがおこなわれることで知名度が高く、選手らの練習の場としても利用されている。


まずはこんな岩場を。
ロープはあるが両手両足を使って登るのが基本。
それにしてもビール腹がじゃまだなぁ。


季節は秋に変わってすっかり寂しくなった花たちの中で、今が盛りのヤマジノホトトギス。漢字だと「山路の不如帰」とでも書くのだろうか。


コブシ岩と書いてある道標が見つかったら左へ。


緩やかなピークに出るとそこは長倉山。
ただし、地理院地図に山名は描かれていないし道も描かれていない。
地図に道は描かれていないが長倉山へ行くにはちゃんとした道がある。管理人が辿った道はかなり危険。


長倉山を北に向かって下ると2本の林道にぶつかる。
1本目はアスファルト道路。ここを横断して向かいの林に入る。


2本目は砂利道。
ここを突っ切る。


林道のすぐ脇に石の鳥居があり、ちょうど鳥居をくぐった位置にでる。
ここが鞍掛山の登山口である。


先ほどの鳥居はここ、鞍掛神社へ導くものだ。歩き始めて10数分で着く。
鞍掛神社は大きな岩壁の女陰を思わせるような割れ目にあり、神さまを雨風から守っている。がもうひとつ、女陰は子を授かるための女性の部位でもあることから、こうした岩の割れ目を神として崇め、昔から子宝そして安産を祈念してきた(思いつきだが)。


ここで「奥の院」と「大岩」との分岐になる。
管理人は以前、両方を歩いたことがあるが、奥の院方向は道標にあるように岩コースとなっている。
さぞ危険なのであろうと恐る恐る行ったところ、岩に基部に作られた道を歩くようになっていて、岩場を歩くわけではないことがわかった。以来、管理人は大岩方向への道を歩くようになった。


大岩に到着。
ここで始めて展望が開ける。


南の方向に古賀志山から始まる主稜線が見える。
今日は馬蹄形を左回りに歩くので後半が向こうに見える主稜線を歩くことになる。


これはなんの実でしょうねぇ?
この実の成り方から想像すると、樹高5メートルの木の枝に垂れ下がって花が咲く。シウリザクラかな?


大岩にかかるハシゴを下って鞍掛山へ向かう。


鞍掛山は広い山頂をもつ三等三角点のある山。
林の中の山頂で展望はないが、閉塞感もない。
なお、この三角点を境にして北(カメラの位置)は日光市である。これからしばらくの間、馬蹄形コースは日光市との市境を歩く。


地図にはないが地元の人が取り付けたのであろう「シゲト山」という山名板のあるピーク。
北面の展望が開けている。
ちなみにこのピークのことを「鞍槍」とも呼んでいる。東西に細長く南北に短い地形なので場所によって槍のように尖って見えることから鞍(鞍掛山)槍と呼ばれる。管理人も以前、槍のようにそびえて見える場所に行ったことがある。


シゲト山からの眺め。
平坦部は日光市でその向こうに塩谷町に位置する高原山が見える。


ママコナ。地味な花である。


馬蹄形コースの格好の目印になるのが地面から枝分かれしたこの巨大なリョウブ。覚えておくといいと思う。


斜面を下ると猪倉峠。
以前はうっそうとした檜林だったが伐採されて明るくなった。


ここで道は西から南へ転じる。


油断すると転げ落ちてしまいような急斜面を下っていく。


 

ここで尾根は分岐する。
道はふたつの尾根についている。
どっちへ行っていいのか?
馬蹄形は過去7回経験があるが今日は別の尾根を進んでしまい10分のロス。


そうそう、正しい道はこんな感じ。


あの三角形を目指して進む。


藪を下って藪を上がる。
トゲトゲの植物が身体に突き刺さる。


ここで道は岩に阻まれて途切れる。
初めて馬蹄形をやる人にはこの先、どうすればいいかためらうだろう。
なにしろ道はないし目の前は大きな岩にふさがれているのだから。
実はこの岩にはロープがかかっていて、岩の上に道があることを示していた。
管理人が馬蹄形をやった過去7回、ロープはあった。それがなくなっている。
外されたのだ。
山にロープや鎖、ハシゴなどを取り付けるものではないという特殊な考え方をしている人が古賀志山愛好家にいて、既設のロープや鎖を取り外すことに執念を燃やしている。おそらく同じ人物の仕業だと思う。えらい迷惑な話である。


岩を上がると展望が開ける。
向こうに見える山並みが古賀志山主稜線で中間が沢になっている。


地図にあるピーク444を通過。
なお、馬蹄形コースの北側は古賀志山が位置する宇都宮市と日光市との市境を歩くが、ピーク444は日光市に位置している。


地図にはないが馬蹄形コースの目印になる腰掛岩。
これで行程の半分ちょっとを消化したことになる。
これから主稜線の最西端にあるピーク433北ノ峰を目指すがそのためには急傾斜を230メートルも下り、同じく230メートルも上がる必要があって厳しい。
かなり疲れているのでここで大休止。汗でびしょ濡れになった中間着を脱いで岩の上に広げて乾かす。


腰掛岩からの眺めを頭に焼き付け、辛くなったらこの景色を思い出して疲れを忘れよう。


急斜面の下りが終わったところ。
急斜面は木にすがって降りる必要があるので両手は空けておかなければならない。写真を撮る余裕もない。


主稜線との間の沢。
ここを横切るといよいよ主稜線に出られる。


2015年秋の記録的な大雨でピーク444の中腹が大きく崩れて土砂と樹木が沢を下って人家を襲った。沢は本来の役目を果たせなかったのだ。
そのため現在、砂防ダムの工事がおこなわれている。


沢を埋め尽くした木は工事のために両側に押し寄せられ、主稜線への道も塞がれている。


右往左往してようやく道を探し出した。


ツリフネ


ほぼ藪と化した主稜線への道を行く。


新しい林道と交わる。


コバギボウシ


林道を突っ切ると再び藪になる。
草で道が隠れてしまっているため、できるだけ遠方の藪の薄い部分を見ながら歩いて行く。


薄い踏み跡はここでハッキリした道になる。
大きな桧と赤黄のプレートが目印になっているT字路を左へ行く。


腰掛岩に続く馬蹄形コースの目印になるプレハブ小屋が見えてきた。
この位置から小屋の脇を抜け、緩やかな斜面を上っていく。


斜面は踏跡があるもののとても薄いのでわかりにくい。
このプレートが見つかれば正しいが、そうでないと薄暗い林間を彷徨うことになる。
この斜面を上がると北ノ峰だがここは厳しい。体力だけでなく気力が大切な場面である。
なお、ここは分岐になっていて大きな岩壁に沿っていくと岩窟があってそこに坊さんの墓が収められている。それを無縫塔という。体力に余裕があれば拝んでいくところだがとてもそんな余裕はない。


主稜線への急斜面を上がる。


ようやくといっていいほど長い道のりだったが、なんとか無事に古賀志山主稜線の最西端、北ノ峰に達した。


四等三角点がある。
主稜線のもっとも西にあるピークだが、古賀志山の麓、古賀志村(現在の宇都宮市古賀志町)から見上げた場合の古賀志山山域でもっとも北に位置することからつけられた名前だそうだ。
これから赤岩山、中岩、御嶽山、古賀志山を経て車を置いた赤川ダムへと下山する。
歩き慣れた道だが岩場がいくつもあるし尾根が細いので疲れた身体で歩くには気をつけなくてはならない。


主稜線からは南側に広がる宇都宮市の町がよく見える。
これは赤岩山のパラグライダー基地。


写真だけ撮って通過。
疲れが激しく早く下山して冷たい水を飲みたいと気ばかりが急く。


パラグライダーが悠々と空に浮かぶ。
あぁ、あれに乗って自宅に帰れればいいなぁ、疲れた身体はそう要求している。


岩場を下る。


二尊岩。
神宿る岩と言い伝えられている。


高さ5メートルほどの急な岩場を上る。


中岩に着いた頃には疲れはピークに達していた。
足元を見る目を正面に向けると目まいがして身体がふらつく。車酔いのように欠伸まで出る。熱中症の症状みたいだ。
管理人もこれが最後か、、、と真剣に思ったほど疲れている。このまま続けて歩くのは危ないと考え、ここで大休止をとることにした。

血液の循環をよくするため小さな岩に腰掛けて、頭を両膝の間に入れて(下半身に溜まった血液を頭に戻す姿勢ですね)丸まること20分。
元気を取り戻したとは言い難いが歩けるまでには回復した。


ここはカミソリ岩と呼ばれている岩場。
慎重に下る。


御嶽山に到着。
歩き始めて8時間を経過した。これまでの7回は8時間あれば下山できたのに、今日はどれほど遅いことか。


御嶽山から西の日光方面を眺めているところ。
モヤに霞んで日光連山は見えない。


ほどなく古賀志山に着いた。
下山まであと1時間ほどだが歩くのも億劫なくらいだ。このまま息絶えたらどれほど楽だろう、そんなことを考えるようになった。危機的、末期的な状況である。
体力残り10パーセント、間もなく自動的に電源が切れます、という警告文が脳内に表示されている。
ここでも先ほどの中岩と同じく頭を下げて血流の回復に努めるが回復率は悪い。


富士見峠のすぐ近くでレンゲショウマを見つけた。
カメラを構える手が定まらない。ひどいピンぼけ。


広場と呼ばれている平坦地で地元の人が丸太で組んだベンチがある。
この辺から膝の外側が痛む腸脛靭帯炎に見舞われるようになった。


う~、ようやく水場にたどり着いた。
今日は荷の軽量化を図るために塩とブドウ糖で作ったドリンクを750ミリのボトルにそして、水道水を500ミリのボトルに入れて持参した。計1250ミリリットルはいつもより1リットル少ない。
それでも足りないことはなかった。
しかし、火照った身体に生暖かい飲み水は生理的に見れば効果はあるのだろうが、旨くはなく、ただ機械的に飲むに過ぎなかった。
冷たい水を飲みたかった。冷たい水を思いっきり胃の中に送り込みたかった。
両手ですくって腹がふくれるほど飲み、顔を洗い、手ぬぐいを濡らして汗でべたついている腕や首を拭う。生き返ったような気分になった。まさに命の水である。


歩き始めて9時間40分、これまでの中でもっとも長い時間を要したが無事に戻ることができた。
一時はあまりに激しい疲れから、この場でツェルトをかぶってビバークするしかないかとも思ったが、その都度、サプリに岩塩、水を摂取し、長い休憩をとることでかろうじて歩けるまで気力を奮い立たせ、こうして下山した。
女峰山を上回る距離約20キロ、上り下りの連続で累積標高(+)は2200メートルに達した。ひと月という空白を埋めるには過酷であった。恐るべし馬蹄形、侮るなかれ馬蹄形である。


昭文社「山と高原地図」風にするとこうなる(笑)
古賀志山を起点にグレーの直線の東側が鞍掛山ルート、西側が馬蹄形ルート。
鞍掛山ルートは赤川ダム~古賀志山~手岡分岐~鞍掛山~長倉山~赤川ダムと1周する(あるいはその反対回り)。距離は長いが道はハッキリしているのでそこそこ楽しめる。歩く人が少なく静かなのがいい。
なお、大駐車場のある赤川ダムから古賀志山への行き方は複数ある。北コースがわかりやすくて一般的。

赤川ダム~古賀志山~腰掛岩~手岡分岐~古賀志山~赤岩山ダムというのが馬蹄形ルート。
古賀志山から北ノ峰までを古賀志山主稜線と呼び、ルートは明確だが岩場が多く滑落事故が多い。管理人が古賀志山を歩き始めて2年の間に死亡事故が2件起こっている。ケガ、道迷いで警察と消防が出動した事例も数件ある。

北ノ峰から先は馬蹄形ルートの核心とも言うべき部分で読図能力が求められる。
踏跡が薄かったりなかったり、藪だったり尾根が分岐していたりと、その手の歩きが好きな人には大いに楽しめる。今日、管理人は尾根の分岐を違う方に進んでしまい10分ほどロスした。
これまでロープがかかっていた岩場からロープが消失していて、頼るものなく岩を登ることになった。
今日はひと月ぶりの山歩きであったため疲労困憊したが、心身ともに充実しているときにこそ楽しめるのが馬蹄形プラス鞍掛山である。

矢板市のミツモチ山。下って下って山頂に(笑)。レンゲツツジを堪能。

2017年6月2日(金)

夜半の雷を伴う激しい雨も止み、今朝は青空がのぞいた。
宿泊のお客さんを送り出し、予定していた八方ヶ原のレンゲツツジを観に行くことにした。
先月23日、スッカン沢の滝を見た帰りに八方ヶ原に立ち寄ったところ、大半の木がまだ蕾の状態だったのを見て、例年の開花日は知らないが今年は6月になってからと考えたのだ。

予定の行程は学校平の駐車場から歩き始めて大間々まで、ツツジを眺めながら1時間かけてのんびり歩き、大間々に着いたらレンゲツツジの群落地をぐるっと一周する、そんなことを考えていた。
自宅の出発は遅いが歩く距離は短いから問題ないと思う。
ところがもうすぐ現地に到着する頃になって空が急に黒くなり、大粒の雨が降り出した。ワイパーを高速にしても視界不良が解消されないほどの激しい雨だ。雨に混じって霰(あられ)が落ちてきた。それに強風だ。出かける前の天気予報によると大気の状態は不安定とのことだったが、あれほど青空におおわれていたのにこの雨と風だ。意気消沈する管理人なのである。

雨と風は学校平に到着してもなお続き、しずまる気配はない。
よしっ、今日は潔くあきらめよう。
その代わり、学校平から大間々まで、歩くのをやめて手っ取り早く車で行って、窓越しにレンゲツツジを眺めて帰ろう。そのくらいのことをしなくては自宅から1時間半かけてやって来た甲斐がない。

車を走らせながら花を窓越しに観ようとしてもそれには限界がある。学校平から大間々までの約10分、道路沿いにヤマツツジとレンゲツツジが観られたがやはり違うんだよな、歩きながら眺めるのとはね。
大間々に着いてからも雨と風は強く、トイレに行くのに傘を広げることもできないほどだった。

レンゲツツジは日光でも見ることができる。湯ノ湖の兎島、光徳沼、湯川沿い、戦場ヶ原などにだ。
ただし群落ではない。
群落ではないが新緑の中、大柄で橙色の花は目だつ。低木なので咲いていれば遠目にもあれはレンゲツツジだということがわかる。
これらが群落を成すとどうなるのか、それをぜひ見てみたいものだ。
ふつふつと湧き上がる欲望とレンゲツツジの誘惑(笑)

幸いなことに雨は止んだ。空が明るくなった。あとはこの風さえしずまってくれれば絶好の観賞日和になる。
ここで気が変わった。
ツツジばかりで風を遮るもののないこの場所で写真を撮るのは難しい。
であればツツジの観賞は後回しにして、先に近くの山に登ってしまおう。山の中なら風が防げる。下山するころにはこの風もしずまっているだろう。レンゲツツジを観賞するのはそれからでも遅くはない。
選んだのは大間々からもっとも近いミツモチ山(1248M)である。


八方ヶ原の駐車場からはいろいろなコースがとれる。
今日はもっとも近いミツモチ山を目指すが、剣ヶ峰を経て釈迦ヶ岳に行けるし剣ヶ峰、大入道を経て戻ってくる周回ルートもあってなかなか楽しめる。
ミツモチ山も往復、異なるコースを歩けるようになっている。


登山道はこんな感じ。
昨年3月、学校平から歩き始めてここ大間々を経て、釈迦ヶ岳に登ったときもこの道を歩いた。


歩き始めてすぐ、ミツモチ山への分岐に差しかかる。
ここから入ると右回りに周回して「青空コース」で戻ってくるわけだが、管理人の習性として、半径が小さい場合、なんとなく左回りの方がしっくり来る。
車の場合だと右カーブよりも左カーブの方が楽だし、右折よりも左折の方が楽という心理的なものなのかもしれない。あるいは右利き、左利きというヒトの生理に関わるのかもしれないが、とにかくここは左回りだ。もう少し歩いて「青空コース」から入ろう。


今度は剣ヶ峰コースとの分岐。剣ヶ峰コースを進むと釈迦ヶ岳や鶏頂山へ行ける。
直進するとミツモチ山の青空コース。


笹原の中の一本道だが、山へ向かって進んでいるという気がしないほど平坦いや、明らかに下っている。道を間違えてる?


先ほどの雨のせいかコースを水が流れている。
これから登るミツモチ山に向かって流れているという不思議な感じ(笑)


残り700メートル地点にミツモチ山へのもう一本のルート、「やしおコース」に連絡する道があった。


雨水が溜まってできた池なのかそれとも恒常的に水が溜まっているのか、林の中に2つ、このような池を見た。動物の水飲み場として使われるのかも?


林を抜けると開放感たっぷりの広い笹っ原に出た。展望もいい。道は相変わらず平らで車でも十分、走れるくらいの広い道だ。


木で造られたテーブルとベンチが現れ、ここが山頂らしい。
結局、ここまで、下りながら山頂に達するという貴重な体験をしたのだった(笑)


おやっ、展望台があるぞ。


階段を数段上がると展望台。
ここが山頂ということか?


お~、いい眺め!
南側に展望が開け、見えるのはおそらく矢板市街と思う。
あの雲がとれれば宇都宮市街まで見えるのかもしれない。


いつものように菓子パンで昼食とし、下山することにした。
ここまでが「青空コース」で、ここからは「やしおコース」を行く。


「やしおコース」を歩き始めたところ。
コースが水たまりとなっている。
ここはやむを得ないが笹が茂っている側に避けるべきだろうな。それを何百人、何千人もが繰り返すうちに笹原が裸地化することになるが、、、


おっ、シロヤシオがまだ見られた。
コース上に落ちている花はずいぶん見てきたがまだ咲いているのもあったのだ。


直径1メートル以上もある大きな木。立派である。
案内板によるとイラモミという針葉樹で、日本ではここ栃木県北部が分布の北限だそうだ。


水が流れるコースはまだ続く。
景観として悪くはないが歩くには苦労が伴う。


先ほど通過した分岐に飛び出した。車も見える。


さて、では最後にツツジでも観賞しましょうか。
午前中のあの強風もしずまり、木々の枝が風になびくこともなくなった。これで写真が撮れそう。
大間々の駐車場から学校平に向かって緩やかな下り傾斜となっていて、そこに広大なツツジ林が広がっている。広さは300ヘクタールもあるらしい。これを東京ドームに換算すると64ヶ分に相当する、と計算できた。
林内には遊歩道があって歩きながら目の前のツツジを観賞できるが、駐車場から見下ろすだけでも十分、楽しめる。


前方に見えるピークは方角から判断して剣ヶ峰と学校平を結ぶ縦走路にある大入道(1402M)らしい。


場所を少し移動して前の画像と同じく大入道を見る方角で撮ったレンゲツツジ。とにかくものすごい数のレンゲツツジが斜面に成育している。


見晴らし台を降りて林内を歩いてみるとヤマツツジが多い。
張り出した枝で行く手を遮られることもある。いやぁ、それにしてもすごい数だな。


今日は標高1280メートルの学校平から歩き始めたため、1250メートルのミツモチ山まで下りながら登山をしたわけだが、ミツモチ山へは他に山頂の南に位置する標高700メートルの栃木県民の森を登山口とするコースがある。
そうすると当然ながら斜面を登ることになる。次はそっちのコースに挑んでみよう。
なお、大間々駐車場から青空コースを辿ってミツモチ山へ至る道は、地理院地図では軽車道(細い実線)の扱いになっている。道幅が広くまた平坦だったのはその理由による。山頂のテーブルとベンチ、展望台を建設するにあたってはおそらく、管理人が歩いた道を資材を積んだ車が走ったのであろうと思う。

それにしてもなんですな、自宅からの移動時間はかかるもののこれほど手軽にハイキングが楽しめる場所があるというのはいいものです。日光でいえば小田代ケ原や戦場ヶ原がそれに当たるかな?
大きな違いは展望とハイカーの数。
展望の良さと静かに楽しめるという点では今日、管理人が歩いたコースが絶対に優位。
交通の便でいえば奥日光が断然優位だが、どちらの優位性を重視するかでいえば管理人は今日のコースを推す。と、日光の他にも楽しめるエリア探しに腐心する管理人なのである。
今日は大きな収穫だった。

夏日の古賀志山でホットなランチ(^^)。未踏ルート発見という収穫も。

2017年5月31日(水) 晴れのち曇り

数日続いた天気も今日までらしい。
雨の日のあのしっとりした感じもいいものだが、ここ数年で晴耕雨読が身についてしまった管理人は山を歩くのに晴れの日を選べるという、一般のハイカーに比べれば恵まれた暮らしをしているので、なにもわざわざ雨の日に出かける必要もない。
などと書くとえらそうにっ、とご批判を受けかねないが要はそれだけ本業が暇というわけ(笑)。

今夜から明日にかけて雨が降るらしいので今日はやはり山行に充てるべきであろう。
ちょうどお米が切れて、一年分を玄米のまま預けている農家へ取りに行く用事ができたのでそのついでに、農家とは目と鼻の先にある古賀志山へ行くことにした。

前回いつ行ったのか記憶にないくらいご無沙汰している。
昨年は古賀志山に咲く花を追い求めて週一のペースで通ったものだが日光や会津の山に登るのに忙しくなり、足が向かなくなってしまった。花はもう咲き終わっているだろう。
古賀志山は2014年10月から数えて今日で56回目となるわけだが昨年9月以後、ペースはぐっと落ちて半年でまだ6回と少ない。
とはいえ、この山は花だけではなく、いろいろな楽しみ方ができるので気に入っている。
ちょっと空いた時間を活用して楽しめるのがいい。
管理人の今日の持ち時間である4時間を有効に活かしたいと思う。


前回来たときと比べて水位が低下した赤川ダム。
大丈夫かね、農作物などは。梅雨を期待するのみ。


赤川ダムの畔にある公園管理棟の脇からコースに入る。


コアジサイ


ニガナ? ハナニガナ?
微妙なところ。


木立の中の歩きやすいコース。
思わず走りたくなりますな(笑)
なお、この道は車道に出てお終いになる。


クロイチゴ発見。
日光では珍しいのにここでは道路脇にびっしり。


車道を古賀志山南コースに向かって歩いていると、斜面を上る小径を見つけた。方向は古賀志山へと向かっている。
なんども通っている道なのにここから古賀志山へ行ったことはないような気がする。
古賀志山のバリエーションルートは歩き尽くした感があるが、こんな身近にまだ未踏ルートがあったとは、、、


おぉ、巨大な岩が前を塞いでいる。
見たことのない光景だからやはりこのルートは初めてらしい。
乗り越えられるかと思って岩のすぐ下まで行ったところ、ロープや鎖など手がかりがないため巻道を探すことにした。


この辺から登ってみることに。


なんとなく見覚えのある場所に出た。
ここはもしかすると古賀志山の岩コース?
※岩コースは地図にある南コースから派生する山頂への近道でバリエーションルートのひとつ。南コースの東に位置する。


岩を上った先は古賀志山の山頂だった。
山頂広場では2グループ、10名ほどのハイカーが昼食を楽しんでいた。


古賀志山を通り過ぎて次にハシゴを上ると、、、


そこは展望抜群の御嶽山。
時間は12時ちょうど。
古賀志山の賑わいとは違ってここは無人だった。
古賀志山にくらべて御嶽山は展望がいいので人が集まるのに今日は珍しい。


予報によると天気は下り坂らしく日光連山は霞の中にある。


山頂を少し西へ行くとコースから外れて平らな場所がある。宇都宮市街が望める。
ではこの辺でランチでも。


いつも菓子パンばかり食ってる管理人だが今日は趣向を変えてちょっと凝ったものを作るぞ(笑)
そのためにコンビニで食材をいろいろ買い込んだ。これでも一応、ペンションではお客さんに提供する料理を作ってる身なんである(笑)
さて、何を作ろうとしているんでしょうか?


食パンの上にガーリックをぬり、その上に薄切りハム、スライスチーズ、きんぴらを載せさらに食パンをもう1枚重ねて、、、
あっ、七味唐辛子があればよかった。


次にこいつで挟んでストーブの上に載せて、、、
ひっくり返しては焼き具合を見てを3回ほど繰り返す。


いい焼き加減、、、
厚みのあるアルミダイキャスト製のホットサンドメーカーなので火の強さはかなりいい加減でも大丈夫。要は途中、なんどか焼き加減を見るのがポイント。
ではいただきます。飲み物はサラッとしたスープが合うようで。
うん、旨い。
旨いが熱い。とろけるチーズが熱を保持してなかなか冷めない。そして暑い。
今日は初夏の気候、秋から春にかけてだったら最高のランチになるな(笑)
いずれ機会があったら常連のお客さんに実験台いや、モニターになっていただいて反応を確かめたい。


お客さんがチェックインする15時にはまだ余裕があるので往きとは異なるルートで帰ることにした。


猪落(ししおとし)は距離は短いながらも全体が岩尾根になっているので落ちたら大怪我は免れない。
焦らず慎重に。


御嶽山からの下りに利用される階段の道(南コース)と合流した。


再び公園内の快適な道を歩いて駐車場へ向かっていく。


ログはGeographicaで記録した。
ただし、バッテリを節約するため記録間隔は1分の設定なのでやや直線的となった。

スッカン沢は滝だらけ。素簾の滝、仁三郎の滝、雄飛の滝へ。 

2017年5月23日(火) 晴れ

晴れと夏日の続くここ数日、涼を求めて昨年行ったことのある栃木北部、那須塩原市の滝巡りをしてきた。
管理人が住む日光市は今から10年前に広域合併がおこなわれ、日光市は栃木県の面積の1/4を占めるほどに広がった。
すなわち、それまでの今市市、藤原町、足尾町、栗山村が合併によって日光市となったわけだが管理人、合併前のそれら市町村のフィールドをほとんど知らない。
山歩きをするのに合併前の日光市(便宜上、現在の日光市にたいして旧日光市あるいは旧日光とする)だけで事足りていたからだ。

管理人が初めて旧日光以外の山に登ったのは足尾町(旧上都賀郡足尾町、現在は日光市足尾町)の薬師岳~地蔵岳~夕日岳を縦走したときだ。
とはいえ、それさえ合併から8年も経ってからのことだ。さっきも書いたけど、それまで山歩きをするのに合併前の日光市だけで十分だったのだ。
日本百名山や二百名山を目指して全国を歩く人たちに比べて管理人は、ただひたすら旧日光の山を登り続けてきたのである。偏執的な傾向があるのかなぁ、おいらは?
もとい、気に入った山なら極めるまでなんども登るという気持ちが人一倍強いのだよ(笑)

そんな管理人の“タガ“が外れたのは宇都宮市の低山、古賀志山を知ってからだった。この山なくして現在の管理人の山への取り組み姿勢を語るのは困難である(そのへんのところは「古賀志山」と検索してください)。
日光じゃなくてもこれほど管理人の心を魅了する山があるんだ、というのが古賀志山の印象であった。それからだ、旧日光にとらわれず、あちこちの山に登るようになったのは。

古賀志山は日光の南に位置するが、日光の北に目をやると昔、家族で行った奥鬼怒がある。その近くには降った雨を太平洋と日本海とに分ける分水嶺の山、黒岩山や帝釈山、田代山、荒海山などが連なっている。それらは現在、日光市に属する(正確には福島県境)が合併前は塩谷郡栗山村だった。荒海山は藤原町だったかな?
旧日光以外の山を知れば知るほど、管理人には栃木県の奥深さが理解できるようなった。栃木県はとてつもなく広い。そしてまだまだ魅力的な山がたくさんある。
いままで旧日光の山に固執していたのが我ながらウソのように思える。

今日、訪れたスッカン沢は日光市の北西、栃木県北部の那須塩原市にある。
昨年10月、矢板市八方ヶ原の学校平から雷霆ノ滝と咆哮霹靂ノ滝を目指したのだがその際、案内板には他にも雄飛の滝、素簾の滝、仁三郎の滝とあるのを見て、機会ができたら是非行ってみようと計画を温めていた→雷霆ノ滝と咆哮霹靂ノ滝

じつは案内板にはこれら5つの滝は沢は異なるものの、連続して見ることが可能となっている。雷霆ノ滝と咆哮霹靂ノ滝は桜沢に、素簾の滝、仁三郎の滝、雄飛滝はスッカン沢にかかる滝で、案内板を見ると1本のハイキングコースで結ばれているのだ。
ただし、2011年の東日本大震災によってハイキングコースの一部が崩落したため、学校平を起点にした場合は雷霆ノ滝と咆哮霹靂ノ滝へは行けても素簾の滝、仁三郎の滝、雄飛滝への道は閉ざされて行くことができない。これら3つの滝へ行くには別の入口に改める必要があった。
そこで今日、別の入口から歩き始めてスッカン沢にかかる雄飛の滝、素簾の滝、仁三郎の滝を見てきた次第だ。


塩原と矢板を結んでいる県道56号線にスッカン沢にかかる橋がある。
橋のたもとの駐車場に車を置くとこの画像のような光景となる。
スッカン沢へはここから見える橋(雄飛橋)を渡り、階段を下る。


雄飛橋から見下ろしたスッカン沢。
遊歩道は沢の左岸(流れに向かって左)についている。
河原の石や岩が光沢のない茶色であるのが目につく。


これが遊歩道。
沢から10メートルくらいの高さにある。アップダウンはなくほとんどフラット。


この沢にかかる3つの滝のうち、最初に出合うのが素簾の滝でここだけ川原に降りて眺めることができる。
素簾とは「すだれ」の意味だが、実際に見て初めて名前の由来がわかった。


スッカン沢の対岸は高さ10メートルはあろうかと思える岩壁が連なっており、岩壁を伝って水が流れ落ちている。、その幅は100メートルはあろうかと思える。
これら全体が「すだれ」状に見えることから素簾の滝という名前が付いたのであろうが、管理人にはすだれに見える流れの個々が独立した滝に見えてしまうほどだ。
全体を見て素簾の滝というよりも、個々に名前を付けてあげたいくらいだ。


こんな素晴らしい光景にも出会えた。
天然の岩風呂かと思ってしまいそうな光景だ。
右の流れがスッカン沢の本流で左は素簾の滝の一部。
ここで注目すべきは水の色である。
硫黄泉のように濁っている。
高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)を源流とするスッカン沢は火山の成分が含まれているため、このように青白く見えるそうだ。
ちなみにスッカンとは酢っ辛いが転じたらしい。魚も住めないとある。
雄飛橋から見下ろしたときに石や岩が茶色に見えたのは火山成分によるものと思う。


次は仁三郎の滝。
橋のすき間から覗くと全体が見える。


仁三郎の滝。
落差はそれほど大きくはなく、5メートルほど。


最後が雄飛の滝。
素簾の滝からここまで200メートルちょっと。
日光には霧降三滝という3つの滝を巡るコースがあるが、それよりもお手軽。


雄飛滝は仁三郎の滝より少し大きいかなといったところ。


雄飛の滝を過ぎるとスッカン沢を渡る橋と出合う。
木製の大きな橋だが吊り橋ではない。


この橋を境にして名前がスッカン沢から鹿股川に変わるようだ。
構造はかなり複雑でこの平らな橋を渡ったら階段に変わり、次に対岸の階段を上って下るようになる(記憶では)。


上りの階段は右岸の岩壁から落下したと見られる岩によってふさがれていた。
6年前の地震は大きな傷跡を残したまま現在に至っている。


この先が崩落地らしく通行止めになっていた。
今日はツアーではないため同行者はいないが、お客さんを安全に目的地まで案内するのを生業としている管理人としてはここまでを視察すれば十分であった。引き返すことにした。
先ほどの立派な橋や階段は朽ちるに任せるのだろうか、とてももったいない気がする。


この階段を上ると県道56号線。


雷霆ノ滝と咆哮霹靂ノ滝がかかる桜沢へ行くにも、素簾の滝、仁三郎の滝、雄飛滝がかかるスッカン沢へ行くにも交通のアクセスは非常に悪い。
電車やバスだと絶望的である。
したがってどうしてもマイカーが必須となる。
だから空いているだろうと思って雄飛橋の駐車場に入ったところ、7・8台の車が駐まっていた。辺鄙な場所にありながら知られているのかもわからない。大きな三脚を肩にしたカメラマンが多かった。

7回目の馬蹄形は腸脛靭帯炎発症で杖つきながら下山(涙)。

2017年3月29日(水)

最後のスノーシューツアーから10日ぶり、アップダウンの激しいスノーシューツアーから数えると3週間ぶり、雪のない地面の上を歩くのは2ヶ月ぶり、古賀志山も2ヶ月ぶり。この間、デスクワークばかり、夜は飲んでばかり。
とくればなにか悪いことが起こりそうな、嫌な予感が頭をかすめる(笑)

歳とともに身体の変調を前もってわかるようになったのは成長の証なのだろうか。どれくらいの日数、運動をしないでいると身体に変調を来すかがわかる。
管理人の場合、最低でも週に一度はそこそこアップダウンのある山を歩かないと下半身の筋が固まってしまい、次に歩くと太ももの痙攣や膝の外側の痛みを引き起こす。
致命的なのは膝の外側の痛みでこれはのちに腸脛靭帯炎という病名であることがわかったのだが、歩いている途中、曲げた膝を伸ばすときに痛む。一度発症すると下山まで痛みをこらえながら歩かなくてはならならず、これは辛い。

長い間、同じ姿勢でデスクワークを続けているときなど、大臀筋や大腿筋膜張筋が緊張しそれらとつながっている腸脛靭帯が引っ張られて柔軟性がなくなり、膝関節とのすき間が狭くなるのが原因といわれている。
その状態で膝の曲げ伸ばしを数千回繰り返すと、腸脛靭帯が膝関節とこすれて炎症を起こして痛みとなる、というのが腸脛靭帯炎だそうだ。
ただし、膝の曲げ伸ばしが数千回とはいっても、ウォーキングだと膝の曲げ角度が小さいので、炎症には至らないらしい。

だから、大臀筋と大腿筋膜張筋の緊張を解きほぐしてあげる必要上、デスクワークはほどほどに、仕事をほっぽり出して山を歩くのが腸脛靭帯炎を発症させない秘訣ということになる。これが長い時間をかけて習得した管理人の結論である。
今月は本業とそれにまつわる雑用が特別に多かったが、月末になって一段落つき、これから繁忙期を迎えるまで山歩きに没頭できそうだ。天気予報を見つめ、狙った日が晴れとわかれば即、行動。そんな日々となりそうだ。



宇都宮市立森林公園・赤川ダムの堰堤から眺める古賀志山全景。ふたこぶの左が古賀志山で右は東稜見晴台。
新緑の時期を迎えると湖面に映る古賀志山も緑になって実に美しい光景となる。


赤川ダムに並行するアスファルト道路を歩いて行くと赤川にかかる芝山橋と出合う。


橋を渡ると赤川に沿った道と斜面の道に分かれる。
今日は地理院地図にある正規の道を行く(少しだけ)ので、川に沿って歩いて行く。
斜面を登る道は東稜コースといって岩場を経由して東稜見晴台そして古賀志山に至る。


川沿いの道はこんな感じ。
このまま5分ほど進むと地図にある北コースとぶつかる。


古賀志山に至る北コースにぶつかるとカタクリの小群落が見られる。
花どころかまだ蕾さえない。


荒れた北コースを10分ほど歩くと憩いの場、水場である。
伏流水だと思うがとても美味しい水が飲める。
昨年気づいたが、土中に差し込まれた塩ビ管のうち、左側は涸れている。水脈が変わったのかもしれない。


北コースは一昨年の水害で土砂が堆積して荒れている。
沢を渡り、、、


水場のすぐ先にこんな案内板を見つけた。
昨年11月末に歩いたときはなかったので今年になって設置されたのだと思う。
左に古賀志山山頂となっているが、地理院地図の正規ルートは直進するようになっている。
管理人の今日の目的のひとつはカタクリの開花状況を調べることにあった。そこで正規のルートではなく、案内板にある「お花畑」に行くことにする。


カタクリの群落。
ほとんどが葉っぱだけ。


丹念に見ていくとようやく蕾があった。
蕾はまだ堅く、開くにはあと数日、必要とするみたいだ。


さらに堅い蕾。
柄が伸びて蕾が下を向いてようやく咲く体制が整う。


カタクリの群落地をすぎると道が分岐している地点に来た。
北へ向かう明瞭な道と南へ向かう不明瞭な尾根道である。
足は自然と不明瞭な道へと向かった。


ん~?
古賀志山の岩場はこれまでずいぶん経験しているがここは見覚えがないような。
もしかするとこのルートは初めて歩くのだろうか?
それにしても厳しそうだ。


 

おっ、ロープがあった。


ロープはたしか4本だったか、ようやく岩から解放されて平坦になった。


人の姿が見える。
東稜見晴台に違いない。
しかし、この位置から見晴台を見上げるのは初めてだ。やはり、ここまでのルートは未踏だったのだ。


いつも見慣れている見晴台からの宇都宮市街。
あいにくの天気だが晴れていれば筑波山が見える。


見晴台の突端にルート図がある。
初めての人にはとても理解できないと思うので見晴台に来る地元の人に尋ねてみるといい。
「24」と書かれた黄色のプレートはNPO法人「古賀志山を守ろう会」が今年になって取り付けた現在地番号。
事故が発生した場合などこの番号を警察と消防に通報すれば場所が特定され、すみやかに対応されるらしい。→こちらに詳しい

古賀志山を守ろう会によればプレートは1~27まであり、このようにルート図や案内板につけられているものもあれば、立木につけられているものもあるとのことだ。


27日の悪天候は日光の南40キロの古賀志山山域にも雪をもたらせたようだ。積雪は3センチに達している。


久しぶりに古賀志山の山頂に立った。1月6日以来だ。
昼時には早いのでお孫さんを連れたご婦人と年配夫婦がくつろいでいるだけ。


先を急ぐので古賀志山をさっと通過して御嶽山へと向かう。
ここは昨年3月、滑落事故でハイカーが亡くなった岩場。岩を避けて巻道を歩く方が無難。


古賀志山は展望が良くないが御嶽山は東から北まで見通せるから管理人はこちらの方が好き。
日光連山を眺めながら菓子パンでエネルギー補給だ。


これから先、急な下りになるので大事を取ってチェーンスパイクを装着しスリップに備える。


正式名称ではないが、地元の人からカミソリ岩と呼ばれている高さ5メートルほどの岩場。
有志が設置した古い鎖とロープの他に、古賀志山を守ろう会の手により新しい鎖が取り付けられている。
ここは鎖もロープも使わずに登ってみる。


アップダウンを繰り返しながら中岩に到着。ここも展望がいい。


中岩から、多気山を通して宇都宮市街を望む。


二尊岩を通過。
大きな岩がふたつ並んでいて、地蔵菩薩と不動明王に見立てて崇められたことから名がついたそうだ。
先月、ここで年配男性が滑落して死に至ったとのニュースがあった。
二尊岩について詳しい説明があります→こちら


古賀志山から続く主稜線も2/3に達した。
初めての岩場を命がけでよじ登ったためか、ここまで3時間半近くかかってしまった。
まずは今日2回目のエネルギー補給。菓子パンとコロッケを腹に入れた。


主稜線最後のピーク、北ノ峰(433メートル)。四等三角点がある。


馬蹄形ルートは北ノ峰から急に厳しくなる。
これまでのアップダウンとは比べものにならないほどだ。
ルートがわかりづらいのも主稜線とは異なる。
遠く、白根山を眺めてしばし休憩。


急降下の途中で1番を見つけた。
めったに人が歩かない馬蹄形ルートにも現在地番号がつけられている。
いずれ1番から27番まで、日帰り完全踏破をやってみよう(笑)


画像左上から来て急な岩場を下る。


急降下を終えるとこのようなプレートが見つかる。
左に垂直の大きな岩が続いていて途中の岩窟に無縫塔と呼ばれる坊さんの墓が祀られている。
馬蹄形はこのプレートを正面に見て、緩やかな斜面を下っていく。不明瞭な踏跡を丹念に追いながら、次にプレハブ小屋を探すのがポイントである。


踏跡は目を凝らさなければ見えないほどうっすら付いているだけ。


おっ、ミツマタだ。


馬蹄形のランドマークともいえるプレハブ小屋を発見。
しかし、これからまだ大変なのだ。
ざっと説明すると、小屋の裏側に回り込んで左に曲がり、大きな檜が見つかったら右へ曲がる。次に林道を渡って藪に入り、土砂が堆積した沢(工事中)を渡って再び林道に出たら横断し、腰掛岩への道を進む。となるわけだが、実際はそれほど簡単ではない。


1本目の林道は伐採作業の現場と化し、前回とは様相がガラッと変わっていた。


ピーク444の中腹が崩落し、土砂が堆積した沢を渡る。
あちこちで工事車両が動いているので注意。


2本目の林道を渡ってお次は腰掛岩への道だ。
ここに見える道は途中で途切れるので、茂みの間から尾根を探す。3本ある尾根のどれかを高みへと登っていく。3本の尾根は腰掛岩で収束する。


こんな雰囲気になると間もなく腰掛岩。


地理院地図を見ればわかるが腰掛岩はピーク444から南西に下る尾根の、岩記号の一番外れの部分。
下から登ってくる場合、尾根のどこかに出るはずなので、尾根をピーク444とは反対方向(西)に下っていくと腰掛岩に出合う。


腰掛岩で進路を東に変えて10分ほど歩くとピーク444だ。
傾斜は緩やかで丘状のピークに石の祠がある。道標はない。


なんとまぁ、ヤマツツジが蕾をつけている。


これはタヌキの糞ですね。
一度にこれだけ多くの糞をするわけではなく、いわゆる溜め糞。タヌキのトイレですな。


尾根は途中で途絶え、そこにロープが下がっている。
尾根はロープで下りて一段下がったところにつながっている。
目指すは正面の三角形へ。


上の画像の三角形に達してからあとが難しい。
今日初めて、地図とコンパスを取りだした。
馬蹄形を歩くのは今日で7回目だが、ここらは地形が複雑で、小ピークから派生する尾根がいくつもあってわかりづらい。今日も一箇所、地図を見ながら右往左往。遭難するかと思った(笑)


延々と続く急斜面を登り終えてようやく手岡分岐に着いた。
ここは日光市手岡(ちょうか)に属しているので識別のために管理人が勝手に付けた名である。ちなみに腰掛岩からここまで、完全に日光市に属している。
足は重くストックに頼るようになったのもこの手前からだった。
このときの足への負担がこの先で腸脛靭帯炎の痛みとなって表れた。
道はここで古賀志山(右)と鞍掛山(左)に分かれる。あわよくば鞍掛山を廻って20キロ歩こうとも思ったが、膝の痛みに耐えかねて古賀志山へと向かった。


古賀志山へ南下する途中、ピーク559手前に分岐がある。
直進すると5分でピーク559、右へ下ると古賀志山へ行く。


痛む膝を杖をついてかばう。
管理人愛用の杖はT型グリップのもので、長さはピッケルに合わせて70センチにしてある。一般的なストックはグリップを横から握るために腕の力が発揮できないが、T型グリップは上から握るため腕の力が地面に対して直接加わる。30度を超えるような斜面には効果的だ。


夕暮れが近づいてきた。
振り向くと二股山(鹿沼市)の空が薄い朱色に染まっている。
12月だったらこの時間、すでに日没になっているが、陽が延びていることを実感した。


富士見峠。
直進すると古賀志山だが疲れもピークに達しているので、ここから北コースで降りることにした。


傾斜が緩んで膝への負担も軽くなり、痛みも和らぐ。


地元の人の憩いの場として使われている、通称「広場」。
当然ながらこの時間、だれもいない。


ふ~、歩き始めて8時間、ようやく戻れた。今日はとっても厳しかっただよ。


読図ができない人に馬蹄形ルートはお勧めできませんが、危険を最小に抑えることを目的に地図と注意事項を掲載しておきます。黒枠が間違いやすい場所。
また、危険な岩場が数カ所ありますが巻道もないので細心の注意が必要です。危険だと思ったら引き返すこと、それがもっとも賞賛に値することだと思います。

鹿沼市の岩山。事故が多くて悲しすぎる。

2017年2月15日(水)

またしても岩山(328メートル)で事故が起こった。
しかも今回は死亡事故だ。
下山時によく利用されている猿岩から落下して死に至ったらしい。
8日(水)に入山して11日(土・祝)に発見されたというから、丸三日も同じ場所に横たわっていたことになる。もしかすると、落ちた当初は意識があったのかもしれない。
しかし、ふだんでも訪れる人が少ない岩山だ。平日なので他に登山者がなく発見が遅れたのであろう。救助要請もできないほどのダメージを受け、発見されるのを待ちながら息を引き取ったのかもわからない。
冷たい地面の上にひとり、横たわっていたというのはさぞかし寂しかったことだろう。
下山時によく使われる猿岩。地面が見えないほど急な岩を鎖で下る。

岩山での事故は絶えない。
正確には山頂の北北西100メートルにある岩壁、「猿岩」を下山に使う場合の事故だ。
鎖の始まりから終わりまで30メートルある。すなわち、落差が30メートルということだ。傾斜は60度ほど。感覚的には垂直に近いといっていい。
両手で鎖をしっかり握り、靴を岩に接して降りていくが、下に引かれる力が強くて鎖を握る両の手がしびれてくる。だがここで手を緩めるわけにはいかない。必死で鎖にすがるがやがて限界が訪れる、、、そんな岩なのである。

管理人は山が好きだから、山での事故に関する新聞記事やニュースは関心をもって読む。
管理人が初めて岩山を訪れたのは2015年の8月だったから、それほど前のことではない。2週続けて通ったのだが、以後、訳あって今日まで遠ざかっている(理由は後述する)。
自分が登った山だから関心がある。岩山での事故に関心をもつようになったのもそれ以後、今日に至る一年半のことである。
岩山は鹿沼市にあるので事故は地元紙、「下野新聞」に詳しく載る(管理人はもっぱらWEBニュースで)。

以下、下野新聞WEB版「SOON」に掲載された岩山での事故を引用しておく(日付は掲載日)。

2017年2月12日(日)
滑落か女性死亡 鹿沼の岩山
11日午後0時5分ごろ、鹿沼市西鹿沼町の岩山(328メートル)で東京都足立区神明2丁目、無職女性(72)が倒れているのを登山者の男性が見つけ、110番した。女性は全身を強く打っており、間もなく死亡が確認された。
鹿沼署によると、倒れていたのは山頂北側の鎖場となっている岩場下の雑木林。岩場の最上部から発見場所までは約100メートル、斜度約60度の急斜面。途中に靴や登山用ストックなどが落ちており、滑落したとみて調べている。
所持していた手帳などから、8日に単独で入山したとみられるという。

2016年4月29日
鎖場で滑落事故 鹿沼の岩山
29日午後0時25分ごろ、鹿沼市西鹿沼町の岩山登山道で、埼玉県草加市、医療事務男性(47)が足を滑らせて約10メートル滑落した。
鹿沼署によると、現場は岩山の「一番岩」から西鹿沼町の登山口に至るルートの鎖場。男性は一番岩に登頂後、下山中だった。
同署で、男性のけがの程度などを調べている。

2015年12月4日
山で滑落、女性骨折か 鹿沼
4日午後0時50分ごろ、鹿沼市西鹿沼町の岩山の登山道で東京都小平市、無職女性(68)が滑落した。鹿沼署によると、左足を骨折したとみられる。
同署によると、女性は午前10時半ごろ、仲間3人と入山。北側の登山口に向け下山中、鎖場で手を滑らせ、約30メートル滑落したという。

2015年10月9日
鎖場で滑落、男性がけが 鹿沼の岩山
9日午後1時20分ごろ、鹿沼市西鹿沼町の岩山の登山道で、茨城県石岡市、無職男性(72)が足を滑らせて約10メートル滑落した。男性は胸椎を折るなどのけがをした。
鹿沼署によると男性は午前9時半ごろ、仲間2人とともに入山。その後、下山のため鎖場を降りていたところ、足を滑らせたという。

管理人が岩山に登った2015年8月以後、一年半の間に新聞に載った事故は4件もあることから、おそらくそれ以前にも事故は起こっていたものと推測される(古い記事はネットから削除されるため検索できない)。
新聞に載る事故は警察や消防のレスキューが出動するほどの重傷、重体、自力では下山できない例なので、上に紹介したものは氷山の一角なのかもしれない。
標高わずか328メートル。一般的には注目に値しない山ゆえに登山者は少ない。それにもかかわらず、一年半の間に同じ場所で4件もの大きな事故が起こっている事実、これは重くうけ止めなければならないと思う。

町外れにある、標高328メートルの危険な山、「岩山(猿岩)」

管理人の二度の経験で、岩山は古賀志山の岩場をはるかに凌ぐ危険な山というのが印象である。心技体のどれかが欠けると事故を引き起こす怖い山なのである。
先ほど、訳あって今日まで遠ざかっていると書いたのは心技体のうち、この山に挑戦する「心」が欠けているからだ。

これから書くことは管理人の心の弱さを晒すようだが、あえて書く。
2015年9月、管理人が岩山に登った翌月の出来事だ。
台風18号と17号がからんだ記録的な雨(平成27年9月関東・東北豪雨)により、岩山の登山口がある日吉地区の斜面が崩落し、斜面下の住宅3棟が巻き込まれてその家に住む女性が亡くなるという痛ましい災害があった。
登山口のすぐ近くに住宅があることは知っていたが、そこが被害に遭うとは思いもよらないことだっただけにショックをうけた。見ず知らずの土地で起こったことであればお気の毒という言葉ですんだのかもしれないが、二度登り、これからも頻繁に通おうと思っていた山のすぐ近くで、自然災害によって人が亡くなったことで心が痛んだ。

管理人、信心深いわけではない。神の存在を全肯定するような性格でもない。せいぜい困ったときに神頼みをする程度だ。しかし、岩山の登山口と隣り合わせの住宅で人が亡くなったことで、その方を悼む気持ちが心の中にある。
その気持ちを、当分の間は岩山に足をかけないことで表すつもりでいた。
あれから一年半が経過する。
その間に相次ぐ事故だ。気持ちがさらに萎える。こんなときは岩山に近づかないに限る。

まぁそれはメンタルの問題なので横に置いて技術的な話。
垂直に近い岩壁を、鎖を頼りに下る際にやってはならないことは、鎖を握る手の力を抜かないことだ。当たり前のこととはいえ、しかし、自分の意志に反して力は抜けるものなのだ。

公園の鉄棒に両手でぶら下がっていると、数分もすれば手の力が抜けて砂場に落ちるはずだ。
手のひらはかなり汗をかく。そうすると鎖と皮膚との摩擦が弱くなり、鎖を強く握っていても滑る。
下降中にバランスを崩して肘を岩に打ち付けたりすると、その瞬間に手のひらが開いて片方の腕だけで体重を支えなければならなくなる。だがそれは実際には不可能である。
加齢によって腕力、とくに握力が本人が思っている以上に衰えていると考えなければならない。

それらを前提に、自分に見合った万全の対策で望まない限り、岩山は難しいと思う。
岩山に臨む際の管理人の対応策は次の通りだ。
・心技体のどれかひとつでも不安に思うときは岩山はやらない。
・荷物の軽量化に努める。
・真夏にはやらない(体力の消耗が著しい)。
・雨の日はやらない(鎖は間違いなく滑る)。
・綿密な登山届を作成し、特に身内に説明しておく(息のあるうちに発見される確率が大きくなる)。
・事前に古賀志山の安全な岩場で練習しておく。
・事故に備えてヘルメットは必須とする。
・鎖との摩擦を増やすため、手のひらがゴムでできている手袋をはめる(※1)。
・ハーネスとスリング、カラビナを装着し、手の力が抜けそうになったら自己確保をとる(※2)

それから岩山(猿岩)のように垂直に近くまた、足をかける凹凸のない一枚岩を下降する際の基本技術で大切なことは、岩に対して靴底全体を直角に接して岩との摩擦を最大にすることだ。靴の置き方はリンク先の動画をご覧ください→こちら
※1、ヘルメットと滑り止め手袋(ホームセンターで売っている作業用のもの)

たとえ数メートル上からでも落下すればケガは免れない。せめて頭部を守るためにもヘルメットは着用すべきだと思う。といっても管理人、古賀志山では被っていないが。
画像の手袋はホームセンターで買った作業用のもの。作業用手袋の中では500円と高価だが使い勝手がいい。薄手なので鎖を握る際、手の感覚を損なうことがなくまた、力が直接加わる。手のひらはゴムの皮膜になっていて、鎖を直接握るのに比べるとおそらく数倍もの摩擦力があると思う。


※2、腰にハーネスとスリングを着けいざというときの自己確保に備える。この日は胸にも簡易ハーネスを着けた。

ハーネスは信頼できるメーカーの製品が1万円前後で買えるのでもっていて損はないと思う。これにスリングとカラビナを取り付けておき、腕がしびれてきたり握力が弱まってきたときはカラビナを鎖にかませば、鎖から手を離しても落下することはない。その間に腕を休ませて回復に努めればいい。
ただし、この作業は片手を鎖から離すため細心の注意を払う必要がある。単独行動ゆえのイレギュラーな方法ではないかと思っている。
パートナーと組んでロープによる確保をうけながら下るのが正しい方法ではないだろうか。

以上、手前勝手に書いてきたがこれだけ備えたのだから事故など起こるはずがない、とはいえない。
事例に挙げた4人の方だって備えはしてあったろう。しかし、落ちた。
なぜ落ちたのか、それを知って自分の血肉とするのが事故を未然に防ぐ近道だと思うが、わずか数行の記事から落ちた原因を知るのは無理というものだ。

とにかく命に関わることだ。
最悪の出来事に備えて、細心かつ最大の備えで臨むことが重要だと思う。
岩山での事故をこれ以上、繰り返してほしくない。心が痛む。

参考(過去二回の山行記録です)
2015年8月04日→こちら
2015年8月11日→こちら

年の初めはやっぱり古賀志山の岩場でしょ!!

2017年1月6日(金)

膳棚駐車場~林道古賀志線~三叉路~芝山林道から西へ~東稜岩場~東稜見晴台~古賀志山~御嶽山~古賀志山大神~猪落~岩下道~南登山道~坊主山~膳棚駐車場

この冬、一番の冷え込みとなり、管理人が住む霧降高原はマイナス7度を記録した。
この冷え込みのおかげで屋外に設置してある給湯ボイラーの配管が凍結してしまい顔も洗えない始末。いや、洗おうと思えば洗えないことはないのだが、凍傷になるくらい冷たい水で顔を洗うにはそれなりの勇気を必要とする。
石油ストーブを壁付けボイラーの下に移動するとともに、解氷機に通電して待つこと30分。ようやくお湯が出てきたときは嬉しさのあまり万歳、などということはしませんが、普通が一番ありがたいと感じたひとときであった。
その後、商工会議所に出向いて専従者の源泉徴収表を作成するなど、暮ればかりでなく年始めもなかなか忙しい。
新年早々、ボイラー凍結というアクシデントに見舞われるし、雪はいっこうに降る気配がないし、波乱の2017年という予感がするw

あ~そうそう、忘れるところだったけど先月24日、山に行くときの足代わりとして中古の軽自動車を手に入れた。これまでどこへ行くにもステップワゴンに乗って出かけていたが、いつ壊れるかもわからない高年式車ゆえに、稼働日数を少なくして、延命を図ろうというわけだ。平成13年式のステップワゴンは3列席への乗り降りがしやすく、贅を尽くした最近の車にはない使い勝手の良さがある。寿命尽きるまで大切に乗りたいものだ。

で、軽自動車なら細い林道に無理やり入っていけるし、20センチもある地上高と16インチという大きなタイヤは石がごろごろ転がっているような荒れた道でも心配はない(と思う)。深い轍に入り込んでしまっても手動で切り替える方式の4WDだから脱出は容易というものだ(たぶん)。
要するに昨年末の総括で宣言したように、「より遠方の山への開眼」を今年はさらに強化するために、どこへでも入っていくことができる「足」を手に入れた次第だ。
その入手した軽自動車、スズキのジムニーだが、使い勝手をよくするためにあれこれ細工を施すのに時間をとられて山歩きは先月19日以来のご無沙汰で、今年の初歩きは昨年よりも遅く今日6日となってしまった。

今年の管理人の目標は古賀志山でいえば、山域内にたとえ数十メートルでも、まだ歩いていない道があればくまなく歩き、文字通り古賀志山を歩き尽くすことにある。おそらく地図とコンパスが必要になろうかと思うが、それが読図能力の向上につながり、他の山での安全につながる。

古賀志山山域は3.5キロ四方の中にすっぽり収まってしまうほど狭いので、道間違いを起こしても冷静に対応すれば容易に脱出できる。読図の練習には最適なのだ。
これほど身近な場所なのに地図にない道を歩けたり岩場の上り下りができる古賀志山は、登山の基本のキを学べる隠れた名山だと思う。今年も大いに世話になろう。


軽自動車ながら最低地上高200ミリ、16インチもある大きなタイヤ、手動切り替え式の4WDと、本格的なオフロード走行が楽しめるとして根強い人気があるジムニー。
だからといって性能を100パーセント発揮できるような道に踏み込もうというわけではないが、これまでステップワゴンでしてきた苦労が少し軽減されるのではないかと思う。


今日は残り少ない未踏ルートに近い膳棚駐車場をスタート地点にした。日光から県道70号線を宇都宮に向けて走り、レイクランドCCに折れた場所にある。
古賀志山に登るには森林公園駐車場からのアプローチとここ、膳棚駐車場からのアプローチという二通りの方法がある。森林公園駐車場は元々、地元の人の利用が多く、広い駐車場は早朝から満車になることがある。駐車場で出合った地元の顔見知り同士、一緒に歩くのに都合がいいらしい。
しかし、膳棚駐車場は森林公園駐車場ほど広くないのと宇都宮市街から行くのに森林公園駐車場より遠くなるため利用者がほとんどいない。といって古賀志山に至るのにアクセスは決して悪くないので管理人はよく利用する。


車止めの脇を抜けると左に入るアスファルト道路がある。
途中で登山道に変わり、坊主山を経由して古賀志山南登山道で山頂に至る。分岐がいくつかあるため地図とコンパスは必須。
今日は帰りにこの道を利用する予定。


坊主山への道を左に見ながら車止めのある方向に進んでいく。
一般車は通行禁止だし歩く人もいないので散歩気分で歩ける。が、ときおり前方から高速で向かってくる自転車とすれ違う。
この道路は自転車レースとして名高いジャパンカップで利用されていることから、ロードレーサーの間で人気がある道なのだ。一般車もない、人もいないアスファルト道路でなおかつ、下りという好条件が人気を呼んでいるらしい。
それが裏目に出て、2008年には練習中のレーサーが一般車と衝突して亡くなるという事故が起こったそうだ。なぜ一般車が走っていたのかは不明。


ぶらぶらと散歩気分で歩いて行くとアスファルト道路が分岐する場所に出合う。
左の道が林道古賀志線で途中、南登山道と交わる。管理人の予定ルートは右へ進んで途中で山に入るというもの。
なお、分岐の中央に見える林の奥に東南稜ルートと呼ばれる岩場ルートが隠れている。


分岐を右へ進んでいくと右へ曲がるヘアピンカーブがある。
ここでアスファルト道路と分かれて山に入る。


檜の植林地だが陽が差し込んで明るい。


向かう方向は時計のコンパスが示す西。


沢から尾根に転じ、かすかな踏跡を頼りに標高を稼いでいく。


ほっ。なんども歩いている東稜ルートに合流した。
これで本日の未踏ルート歩きは終了。距離にして400メートルという短いものだった。
とはいえせっかくここまで来たのだからおいそれと帰るわけにはいかない。
鈍った身体に活を入れるためにも岩を登って緊張感を高めよう。


東稜ルートを登り詰めると左から来る尾根、東南稜ルートと合流し、合流点にさっそく岩場が待ち構えている。ここから連続する岩をすべてクリアすると東稜見晴台に達する。
なんども登った岩なのにいざ目の前にすると緊張が走る。
久しぶりなので滑落しないように慎重に登ったのは言うまでもない。鎖は使わなかったが、、、


見晴台直下の岩。
ここはほぼ垂直なので慎重に、、、鎖を使わずに、、、


東稜見晴台から多気山(たげさん)を通して宇都宮市街地を望む。
雲が多いながらも筑波山も見えた。


ほぼ真北に高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)が見える。


西には日光連山。


見晴台から目と鼻の先に古賀志山がある。
山頂は広場になっていて昼食時になると多くの人で賑わう。眺めはよくないので長居はせずに次の御嶽山へ向かう。


古賀志山から西へ向かって1キロ半もの尾根が延びている。
この尾根こそ古賀志山山域の主稜線であり、里山ながらいろんな顔をもつ古賀志山の神髄が味わえるいい稜線と言える。
稜線はまず、御嶽山へ続くが行く手を阻むような大きな岩に出くわす。昨年3月、向こうからこの岩を通過しようとした女性ハイカーが、地面まであと一歩というところで足を滑らせて谷へ転落し亡くなっている。
ここには巻道が設けられているのだがその存在を知っていてあえて岩を乗り越えようとしたのか、知らずに乗り越えようとしたのか、そこまでは知らない。
いずれにしても古賀志山の危険性を物語る事故である。


ここも巻道があるのであえて乗り越える必要はない。


最後は鉄製のハシゴ。


ハシゴを超えるとすぐ御嶽山山頂に着く。山頂からの眺めは抜群で、周りに障害物がなく、目の前には大パノラマが広がっている。


通称「小マラ岩」と呼ばれている岩尾根。
過去二度、通過したことがあるが、正直言って古賀志山山域の岩場の中ではあれがもっとも怖い。
※2015年6月09日の小マラ岩の様子→こちら
※2016年9月18日の小マラ岩の様子→こちら


時間はたっぷりあるので近くの岩に腰を据え、カップラーメンと菓子パン、そして魚肉ソーセージという贅沢な昼飯を味わう。最後にコーヒーのサービスも(^^)
腹が満ちたのでここを立つ前に御嶽山の神様に今年の無事を祈願する。


主稜線はまだ先が長いが今日は御嶽山で折り返す計画にしている。
といっても同じルートで戻ることはしない。これが古賀志山のいいところだ。
日光の山だと車を置いた場所まで同じルートで戻らなくてはならないが、古賀志山は行き帰り、まったく別のルートを使えるのがいい。
今日はこれから古賀志山大神(こがしさんおおかみ)、猪落(ししおとし)と歩いて坊主山を経て膳棚駐車場に戻ることにする。
画像は古賀志山大神への道。


これが古賀志山大神。
古賀志山山域は古くから地元の人の信仰の対象になっている。
古賀志山には山域のあちこちに祠や社、石像があることでそれがわかる。山の頂でいえば石祠のある御嶽山がそうである。
しかし古賀志山の山頂は御神酒が供えられていることはあっても祠や社があるわけではない。
では古賀志山の神様はどこに?
地図で見ると古賀志山と御嶽山を結ぶ主稜線の中間あたりから南へ大きな尾根が張り出していて、麓から仰ぎ見ると威風堂々とした山に見える。そこを古賀志山の神として崇め祠を祀ったらしい。
そして、古賀志山と区別して、「こがしさん」というのが正しいそうだ。と、ここまで臆面もなく書けるのはNPO法人「古賀志山を守ろう会」会長の池田正夫氏が記した「古賀志の里 歳時記」のおかげ(^^)。古賀志山を深く知るには必須の書です。


古賀志山大神のある尾根の末端は崖である。
崖の手前を左へ回り込むようにして踏跡がつけられている。
踏跡に沿って歩いて行くと画像の猪落の上部に出る。
ここから岩下道に出るまで、つかの間だが画像のような岩尾根が楽しめる。東の眺めもいい。


猪落を下りきると岩下道に合流するので不明瞭な道を東へ歩いて行くと南登山道に出合う。
この階段を下りると林道古賀志線と合流する。


林道古賀志線に合流。
左へ行くと森林公園、右へ行くと宇都宮市営の南駐車場へ行く。
道路を横断し階段を登ったところが坊主山である。


林道から100メートルほど歩くと地図の小ピーク、坊主山である。
眺めはまったくない。


坊主山から膳棚駐車場へ向かう静かな小道。


約400メートルの未踏ルート歩きを終え、無事に戻ることができました。


読図の練習で古賀志山のP444から岩崎観音へ(一部、馬蹄形)。

2016年12月19日(月) 晴れ

林道背中当線・籠岩入口~籠岩~無縫塔~林道内倉線~腰掛岩~P444~P408~P359~岩崎観音~県道を徒歩で戻る
本日の歩行距離:岩崎観音まで6キロ。車を取りに戻るのに県道を3キロ、計9キロ。

100以上あるとされる古賀志山のバリエーションルートをすべて歩くことを目標に、地図と睨めっこしながら未踏のバリエーションルートを探しては次回の予定としているが、それもずいぶん残り少なくなってきたように見える(下図)。

見えるというのは今、PCに映し出した地図を見ているからで、地図には歩き終えた後のGPSのログが再現されている。ログを赤線で再現させるようにしているからなのだが、地図の上をまるでミミズがのたくっているかのように、古賀志山山域を赤線が埋めている。
ところが、赤線が描かれていない部分を子細に眺めると、ところどころにまだ歩いていない空白地帯が見つかる。とはいっても沢や林道などは歩いてもつまらないので、目で探すのはもっぱらピークとピークを結ぶ稜線である。


先日目にしたのは、古賀志山の北西2キロにあるピーク444から北に向かって延びる尾根で、尾根の末端のお寺記号(卍)まで、5つのピークが連なりそこそこ楽しめそうな感じだ。距離を測ってみるとピーク444から2キロもある立派な稜線である(下図の青線)。藪でない限りいや、藪だとしてもこの時期は冬枯れで木々には葉がないから見通しがいいし、枝をかき分けながら歩くことはないはずだ。それに5つのピークのうち、ピーク408.8には三角点記号がついている。期待が裏切られることはないであろう。
とはいえ、歩いていたらいきなり崖に出くわしてにっちもさっちもいかなくなるというのが古賀志山の常のことなので、安全のために8ミリ20メートルのロープをザックに詰めた。
古賀志山山域のバリエーションルートを歩き尽くしたい管理人としては、わくわくどきどきの未踏ルートである。

なお、今日の本命となる未踏ルートは時間が読めない。そこで、ピーク444までの時間を短縮し、残った時間を有効に使うようにした。そのためには県道70号線から林道背中当線に入り、最初の目標地を籠岩とした。


県道70号線を文挟から宇都宮へ向かって走ると途中、なん本もの枝道がある。
奥まったところにある農家への道であったり工事中の道であったり林業用の道であったりして、それを見極めるのは難しいが、これまでの経験でなんとなく区別がつくようになった。
ここは県道70号線から入ってすぐのところ、背中当線という林道。


林道背中当線に入ってすぐ、道は分岐する。
目指す籠岩はこの道標にしたがって進む。
この写真を撮るときに気がついたのだが、道標の支柱に近い部分が変形している。かなり強い力が加わったようだが重機がぶつかりでもしたのだろうか。それとも例の人物による人為的なものなのだろうか。


道標にしたがって進んでいくと砂利が敷かれた林道から分岐して林に入る道がある。
どうしてもいい道に行きたくなるがここはぐっと我慢して林に入っていく。


葉が茂っている時期だと藪こぎを強いられそうな踏跡。
実際、夏はこんな感じ→こちら


籠岩への道のりは最大斜度30度を超える急斜面。足にかなり負担がかかり悲鳴が漏れる。


ここまで広い斜面をひたすら登ってきたが、ここまで来てなんとなく尾根らしい地形に変わった。
籠岩はもうすぐだろうと思う。


籠岩の基部に達した。
ここは標高370メートル。地図によると標高370メートルから標高400メートルに渡って岩記号が描かれている。10メートル以上の岩が連なっているのだ。


岩の基部に沿って左へ回り込んでいくが路幅は30センチに満たない。怖いッすね~。


ロープが出てきたができるだけ使わず、両手両足を使ってカエルが這うようにしてよじ登っていく。


お~。
男体山とその左に真っ白な白根山が、、、


これが籠岩だが感じとして、先ほど出合った巨大な岩塊の一部のような気がする。


今日の予定のルートだと籠岩から先は難ルートの通称馬蹄形と呼ばれるルートの一部を歩くことになるわけだが、今日はピーク432.7(北ノ峰)の手前で無縫塔へ下り、それから作業小屋→腰掛岩→ピーク444へと向かうことにする。


まずは無縫塔へ。
落ち葉が積もった急斜面を下るが対策をとらないと滑って尻餅をつくこと必至という場所である。

落ち葉対策のキモはこのチェーンスパイクだろう。
脚力が衰え力が入らない管理人にとって必須となる道具である。
ストックは高齢者がよく使っている取っ手がT型になっているものを愛用。正直言って、ストレートタイプのトレッキングポールは30度を超えるような急斜面では役に立たない。T型とストレートでは持ち方が異なり、ストレートだと地面に対して突く力が弱いのだ。それに比べてT型は、グリップを真上から握るため地面に対して腕の力が直に伝わるという利点がある。それに、1本で十分、効果を発揮する。もう片方の腕がフリーになるというのもいい。
ピッケルを使ったことがある人であればその有用性がわかると思うが、管理人は無雪期でもピッケルを使いたいと思っている。ただし、ピッケルは冬山用だと思われているため無雪期に使うのは気が引ける。
そこでピッケルの有用性と使いやすさを追求(というほど大袈裟なものではありませんが・笑)した結果がこの「杖」になったのである。


備えは万全。ではこれから、落ち葉の積もった急斜面をチェーンスパイクで下っていく。


薄い踏跡にしたがって下っていくと右手に巨大な岩壁が見えてくる。


岩壁の基部、地上から3メートルほどの高さに天然の岩窟があり、中に無縫塔というお坊さんの墓が納められている。
その大きさゆえに地元の人に神宿る岩として崇められ、そこに坊さんの墓が収められたのはごく自然なことのように思える。


さあ、ここから探し物。
見つからないとそれは道迷いをしていることになる。


無事に発見(笑)
探していたのは今は使われていないプレハブの作業小屋である。馬蹄形ルートを歩く上で見落としてはならない重要なポイントだ。
馬蹄形ルートのランドマークと言うべき目標物がこの小屋なのである。
あ~それと余計なことだけど、ここは不気味だよ。廃屋だけとなんかいそうな気配、、、


作業小屋の脇をすり抜けるとこのようなプレートがあるので間違うことはないと思うが、左へ曲がって5分ほど歩いたら今度は右へ直角に曲がるのが正しい馬蹄形ルート。


プレートにあった林道内倉線に合流、とそう簡単にはいかない(笑)
2本の道(1本は林道、もう1本は水路)を横切り、3本目がこの内倉線だ。2本目は正確には武子川が流れる水路を指す。水路は昨年9月の豪雨でピーク444のすそ野が崩落して埋まり、そのせいで今は土砂が堆積して幅20メートルほど道のようになっている。現在は工事がおこなわれている。
話が逸れたが次の目標地点となる腰掛岩はこの内倉線を横切り、画像正面の林に入っていく。


林道内倉線から腰掛岩へは3つの尾根を選べる。
東に位置する尾根がもっとも明瞭で歩きやすく、その西側に尾根が2つある。西側の尾根は藪になると同時に傾斜も厳しくなる。
今日は中央の尾根を選んでみた。


やっとの思いで腰掛岩に到着。
ここは眺めがよく休憩に最適。
ちょうど昼時になったので日光連山を眺めながらここで昼食にした。
その前に、急斜面の登りで汗をかいたのでジャケットを脱ぐ。下半身は汗でびっしょりなのでアンダータイツも脱ぐことに。


腰掛岩でくつろいでからピーク444に移動。
馬蹄形ルート歩きはここで終わりになり、ここからいよいよ未踏ルート歩きだ。
石の祠の裏側がこれから歩くルート。さてどんな苦難が待ち受けているのだろう。


ピーク444からこれから向かう北尾根を見る。
ピーク444はこれまで6回、通過したことがあるが、北に向かってルートがあることなど気がつかなかった。わかりやすいではないか。それにおそれていた藪ではない。


地図にあるとおり、鉄塔のすぐ脇を通過。


鉄塔の周囲が藪になっていたがまたすぐ明瞭な道に変わった。
誰も歩きそうにないこんな道にも赤リボンがありました。


ピーク408.8に到着。
三等三角点がある。


三角点のすぐ脇に石の祠があり、そこから岩崎(日光市の町の名前)の町並みがよく見える。


むむっ、垂直の岩(^^;)
三角点を過ぎるとさっそく難所が待ち受けていた。
ロープはかかっているが地面が見えない。大丈夫かい(笑)
地図上で見る限り、まさかこのような断崖があることなど想像できない。
10メートル未満の大きさの岩や落差の断崖は地図ではその存在がわからないから困る。これが古賀志山の怖いところだ。短足を悔やみながら慎重に下りたのはもちろんのことだ。


あらかじめ進路をマークした紙地図を見ると尾根はここで真西に向かうようになる。
尾根も踏跡も明瞭なので迷うことはなさそうだがそこは古賀志山、踏跡が分岐していることを想定し、進行方向に向かってコンパスをセット。


傾斜が弱まりピーク359の近くまで来たことを知る。
檜林の中の道だがよく手入れがされていて明るい。


ここがピーク359らしい。
石の祠があってその後に三峰山という山名板がある。初めて聞く名前だ。


今度は北に向かって90度、進路が変わる。


大きな石の祠と遭遇、かなり歴史がありそう。
地図を見るとこの下あたりがお寺記号になっているが降り方がわからない。道がないのだ。
でもここに祠があるということは、これを担いで登ってきた道があるはずだ。5分ほど右往左往したところ、えっこれが道か、と思うような斜面が見つかった。


斜面を下ると大きな建物が見え、その右に急な階段がある。
ここは当然行ってみるべきだ。


うひょ~、すげぇ!!
大きな岩窟の中に建物が、、、


岩窟内の建物には階段があって最奥まで入ることができる。
すると立派な観音像と出逢った。といっても内部は暗く肉眼では見ることができない。カメラに収めて初めて、観音像だとわかった。


日光連山をバックに住宅街が見える。あれは文挟の町並みだろうか。


なるほどねぇ、先ほど見た像がこれなのか。
県道沿いに岩崎神社というのがあるがそれとは別物で、ここは初めてだ。県道から脇道を入った場所にあるので気づかずにいた。
ちなみに岩崎というのは日光市(旧今市市)の町の名前。

古賀志山の「赤岩」。垂直の壁に足が震える。

2016年12月02日(金) 晴れ、春の陽気

森林公園駐車場~芝山橋~北コース途中から滝岩へ~中尾根~ピーク559~弁天岩~伐採地~富士見峠~古賀志山~東陵見晴台~東陵コース~芝山橋~森林公園駐車場

日光市の健康福祉の一環で市の補助による人間ドックを隔年で受けている。脳ドックと人間ドックを交互に受けているのだが今年は人間ドックの番。
人間ドックでは毎回、良好な結果が出ていて身体には問題はないらしい。山登りは健康にいいから続けた方がいいと言われている。アルコールは適量なら差し支えないと言われているいや、そう解釈している。

昨日がその受診日だった。
ここ数ヶ月、気になっていることがある。
突然、咳が出て止まらないこと、深夜に胃痛で目が覚めることだ。咳と胃の痛みは逆流性食道炎が関係しているらしいので、医師に申し出て胃カメラを使って詳しく診てもらうことにした。検査をしながら説明があって胃と食道にはまったく問題ないと言われた。原因は別にあるのかもわからない。
ひととおりの検査が終わり最後に総合診断があった。

長い間、同じ病院に通っているが総合診断を担当した医師は初対面だった。
こちらが挨拶をしてもなんら反応がない。デスクの上に置かれた結果表をじっと見ているだけだ。聴診器のあと、診察台に寝かされて膝の下を叩いてその反応を見るいわゆる、膝蓋腱反射がおこなわれた。この間、医師は無言だった。看護師が医師の代わりに指示を与えてくれた。
医師が初めて喋った。
「白米を止めて玄米にしなさい。そうしないと寝たきりになる。あなたは脚気だ」、と。
それを言い終わると医師は背中を見せて、デスクに向かい合った。とりつくしまもなく、否応なく部屋から追い出された。
う~む、白米はNGで玄米はOK、寝たきりに脚気という言葉の他に発しないこの医師は正しいのか?

自宅に戻り脚気をキーワードに情報をネットで探しまくる。
脚気はビタミンB1の欠乏による末梢神経障害であることがわかった。
ビタミンB1の欠乏など管理人にあり得ない。健康にはひと一倍気を遣っているから食べ物に偏りはないはずだ。
ビタミンB1を含んだ食品を調べてもどれもよく食べている。
唯一例外はウナギである。
そういえばここ数年、ウナギなど口にしたことがないなぁ、匂いすらかいだことがない(^^)
でもウナギ以外はよく食べているからビタミンB1が足りないことなどあり得ないのだ。

管理人、両足を手術している。
2009年に右足の踝(腓骨)を骨折し手術で骨をつないだ。2011年には左膝の靱帯を交換(再建というらしい)した。
手術は健全な神経や血管をメスで切断するので術後は後遺症が残っても不思議ではなく、管理人の場合は氷水に足を漬けたかのような冷たさを感じることがあるし、つねっても痛みを感じない部分があるなど、いまでも自分の足ではないような違和感がある。それが膝蓋腱反射を鈍らせているのではないか、そんな気がしている。

ただ気になる記述があった。
管理人の山での主食は高エネルギーを作り出す菓子パンやエネルギーバーだが、これら炭水化物食品をエネルギーに変換する際にビタミンB1が使われるそうだ。スポーツドリンクに含まれている糖分もエネルギーの基だから、同じようにビタミンB1が使われる。
つまりその日、摂取したビタミンB1は山で消費しきってしまい、食べ物だけでは補えず、登山中はビタミンB1の欠乏状態にあるという仮説が成り立つ。
ちなみに、白米を多く食べる場合も当てはまるようだが、管理人が食べる白米は一日あたりせいぜいご飯茶碗1杯半と少ない。
それにしてもだ、山歩きの頻度が多いとはいえ週に1回から2回だ。その間の食生活はきちんとやっている。それゆえ、脚気の原因がビタミンB1の欠乏にあるとは信じられないのだ。

翌日、すなわち今日の山行後、近所の薬局へ寄ってビタミンB群中心の医薬品とサプリを3種類、買い込んだ。
成人が一日に必要とするビタミンB1は1.4ミリグラムだそうだが購入した薬とサプリを規定量を守って服用すると200ミリグラムに達する。これは重篤患者が病院で投与される量を上回るがビタミンB群はとりすぎても排出されるので量が多くても問題はないらしい。
管理人の脚気がいつ始まったのかはわからない。脚気など昔の病気だと考え膝蓋腱反射などおこなったことがない。
まずは薬とサプリを続け、膝蓋腱反射を小まめにやろう。
改善の見込みがなければ他に原因があると考え、そのときは専門医をさがして相談しよう。きちんと説明してくれる医師をさがして。

昨日はそんなことがあったので今日の山行は気分を晴らすのが目的となった。
でわでわ、、、

赤川ダムの水面に映る古賀志山。
気温は10度。緑があれば春と間違ってしまうような穏やかさだ。昨日のイヤな気分を忘れさせてくれる。


赤川ダムの畔を左に見ながら古賀志山の入口に向かってゆっくり歩く。


芝山橋脇の登山口。
ここから赤川に沿って北コースへ向かうが、北コースと出合うまでの道は細く、また滑りやすいので注意。


北コースに入ったばかりの登山道。
古賀志山を目標にするのであればこの道の続く限り歩けば迷わず着ける。
管理人はちょいと脇道へ、、、


北コースを5分ほど歩いたらコースと分かれて薄い踏跡のある斜面を登っていく。
10分ほど歩くと大きな岩壁と出合う。ここまで来ると踏跡はなくなり岩壁に沿って斜面の上に向かっていく。
踏跡は消えているがここが昔の参道であることを前に確かめてある。


岩は左へ湾曲し、コーナー部分に石の像が見える。


石の像は炎を背負っていることから不動明王だ。
小柄で可愛らしい顔をしている。


不動明王を右に見ながら岩壁に沿って進む。


地面から1メートル半くらい上に小さな洞窟があり中に石の祠が置かれている。「山ノ神」である。
この辺りは宇都宮市福岡町細野に属し、昔は霊地として参拝されていたそうだ。
手前にあった不動明王は山ノ神を守っているのであろう。
ここで山ノ神に手を合わせこれから神聖な岩に足をかける許しを請う。
Mt.masaoのブログ「古賀志山にあらず細野山なり 」に詳しい→こちら


不動明王→山ノ神と歩いてそのすぐ先にほぼ垂直に切り立った大きな岩がある。8メートルくらいの巨大な岩だ。ネットにおける情報は少ないがこれが滝岩、と管理人はこれまで呼んでいたが、実は「古賀志山を守ろう会」代表の池田正夫さんが、この岩の正式名は「赤岩」だと教えてくれた。したがって、以後、「赤岩」と呼ぶことにするが過去4回、ここを訪れては弄ばれている。はたして今日はいかに?
※過去の記事はあえて訂正せず、当時の知識のまま「滝岩」としておく。
※古賀志山山域の岩にそれぞれ名前がついているのは信仰の対象として古くから崇められてきた証である。ただし、間違った名前で呼ばれている岩も多々ある。


古賀志山山域にある岩はこれまでずいぶん経験し、多くの岩はロープや鎖を使わないで上り下りできるようになった。
しかしこの岩は管理人の技量では無理だ。垂直なので重力の影響をまともに受ける。
手がかり足がかりとなる凹凸が岩にないために、10キロのザックを背負い、登山靴で上るのは自殺行為に等しい。
そこで既設のこのトラロープにすがって登っていくのだが、万一、手が滑ったりしたらそのまま地面に激突する。
持参したスリングでハーネスをつくり身体にくくりつけ、別のスリングでハーネスとトラロープを結んで命綱とする。これで最悪の事態は避けられる(たぶん)。
あぁ、しかしこのトラロープも怖いね。角度のついた岩であれば補助的に使うだけだが、垂直の岩だとロープが切れないことに100パーセント賭けなければならないものな。

滝岩改め「赤岩」に関する過去記事
2015年11月24日
2015年11月17日
2015年11月12日


あと1メートル半、気を緩めるなよ!
赤岩はふたつの巨大な岩が直角に合わさっていて、左側には凹凸がないため手足を引っかけることができない。右足だけ岩の凹凸に引っかけてロープを握った両手で身体を移動していく。左脚は身体のバランスをとる役にしか立っていない。


ひぇ~~~!!
見上げるのと見下すのとではえらい違いだ。
登り終えて足が震えているのがわかった(^^)
岩の基部に着いてロープに手をかけるまでの心の準備に10分、登り始めてここまで10分かかった。
わずか8メートル上がるのに10分もかかるというは水平移動と垂直移動との違い。
でもいずれはここをロープを使わず、自分の手足だけで上りたいという大それたことを考えていないわけではない(笑)


上った後のご褒美はこれ。


「赤岩」を上りきると前方に大きな岩の塊が見えてくる。
細野ダムから始まる中尾根である。まずはあそこへ。


目の前が中尾根。
あ~、やはり地面はいい(^^)


地図のピーク496手前に1本の枯木がある。
特徴的な場所なのでここが中尾根に間違いないことがわかる。


尾根の右側に2本の大きな檜が寄り添うように並んでいる。
二枚岩の入口である。
ただし今日の進行方向だと檜は1本にしか見えないので要注意。


斜面に向かって直進(西)する道と斜面を巻くように右(北)へ行く道との分岐がある。
直進すると古賀志山から北へ延びる尾根道に突き当たり、右へ行くと途中で西へ向きを変えて沢に入り込む。
ピーク559へはここを直進した方がわかりやすい。が、へそ曲がりの管理人は巻道を行く。ピーク559を目指すのにその方が複雑で面白いからだ。


檜林から下ると沢と出合う。ここを559Pと書いてある方へ。


地形を地図と見比べながらガレた沢を上っていく。
ピーク559へは途中から右へ入る。たしか踏跡があったと思う。


無事にピーク559への道と合流。


ピーク559に到着。
丸太で組んだベンチがあり地元の人の憩いの場になっている。


ここからの眺めはよく、日光連山が一望できる。
画像はズームしたものだが男体山の裾野に冠雪した白根山が見える。雪が深くなる前に登っておきたいものだ。


ピーク559の少し先で古賀志山から北へ延びる道と合流する。
そのまま北へ向かっていくと道は大きな岩に阻まれる。


これがその岩。ロープがかかっている。
地元では弁天岩と呼ばれているがこの部分だけを指すのか岩全体を指すのか管理人にはわからない。


弁天岩のトップは遮るものがなにもなく、日光連山を見渡せる。
今日はここを昼食の場としよう。
この時期の日は短い。日没を避けるのはここを14時に出発して帰路につかなければならない。それまでの30分、この景色を噛みしめながら昼食にしたい。


弁天岩を降り、元来た道をピーク559に向かって進む。


中尾根の末端と合流する。
ここを左へ折れると中尾根を歩いて下山口の細野ダムまで行けるが最後は急な岩場を下ることになる。


今日は最後に古賀志山に立ち寄るので中尾根末端を左に見て直進し、伐採地→富士見峠という順路を辿る。ここは伐採地と呼ばれる開放的な場所。


育った檜を伐採した跡に幼樹が育つ。
幼樹の幹の先端が折られているのがわかる。
詳しいことは別の記事をお読みください→こちら


伐採地に立ち止まり、振り返るとここからも日光連山がよく見える。


富士見峠を通過。
道標を左に折れると北コースとなり芝山橋が下山口となる。
古賀志山へはここを直進する。


富士見峠から急斜面を登ると古賀志山と東陵見晴台との鞍部に出る。
古賀志山はここを右へ2分。


古賀志山山頂。
昼時は地元に人で賑わうがこの時間になると誰もいない。


先ほどの鞍部まで戻って次は東稜見晴台に立つ。
宇都宮市街が一望できるのと遠く筑波山まで見渡せるので人気の場所になっている。
今日はここから下山することにした。


東稜見晴台から下山するには岩を3つ降りるのと5つ降りるという、ふたつのルートがある。
後者は岩場をふたつ余計に経験できる東南稜コースだが、最後に森林公園の中を30分ほど歩かなくてはならない。
今日は欲張らず、岩を3つ降りる東稜コースで下る。って、どちらにしても所要時間に変わりはないのだが。


いい色に染まったアブラツツジ。


岩を3つ下ってからの東稜コースは長い尾根が芝山橋まで続くため、滑り止めにチェーンスパイクを装着した。


落ち葉が堆積し地面を覆い隠している。スリップしやすいのがこういったロケーションだ。こんな場面ではチェーンスパイクが活躍してくれる。


地元の人が反省岩と呼んでいる休憩スポット。
岩の上に乗ることもできるし巻くこともできる。


岩の上に乗ると北に位置する中尾根の全貌が見渡せる。


下山口の赤川に戻ってきた。今日はまだ明るいうちに下山できた(笑)
赤川の流れの方向に歩いて行くと芝山橋に行き着く。


コースのGPSデータをご入り用の方は
ここをクリックしてダウンロードしてください。
なお、危険箇所が多数ありますのでご利用にあたっては事故のないように十分、ご注意ください。

無残、傷だらけの古賀志山。

2016年12月2日(金)

古賀志山での不祥事については過去2回取り上げた。
ひとつは岩場に取り付けられているロープや鎖が取り外され、登山者を危険な目に遭わせていること。もうひとつは目印となる地名板が損壊されたことである。当記事で3回目の不祥事の報告になる。
2016年01月18日 ロープ外し
2016年11月03日 地名板損壊

古賀志山山頂から富士見峠を経てピーク559に至るルートの、富士見峠とピーク559の中間に古賀志山や御嶽山、日光連山が見渡せる展望のいい場所がある。
もともとは檜の植林地だが成長した檜が伐採されたためにとても見通しがいい。登山者の間で「伐採地」と呼ばれている場所である。
そこにはいま、人が歩く道の両側に、檜の幼樹が育っている。樹齢はわからないが小さいもので1メートル、大きいもので2メートルくらいある。ただし、斜面に植えられているので見通しの妨げにはなっていない。

古賀志山には100以上もルートがあるとされ、管理人が古賀志山を歩く際も毎回、同じルートというわけではない。この伐採地を通過するのは前回、いつだったのかさえ覚えていない。それほど歩くルートに事欠かないのが古賀志山の面白いところである。

まるで春のような穏やかな日差しに誘われて古賀志山に足を向けた。
古賀志山の登山口となる宇都宮市森林公園に着いたのは9時30分。登山をするには遅い時間だが古賀志山であればこの時間からでも十分に楽しめる。それが里山のいいところである。ただし、歩く場所を選べばの話。
ルートはあらかじめ決めてあった。
古賀志山北コースに入ってすぐ進路を北に変え、久しぶりに滝岩という垂直の壁をよじ登って中尾根に乗り、次にピーク559、その次に弁天岩に乗って日光連山を眺めながら昼ご飯にし、古賀志山に向かって南下するというものである。距離が短いので時間に追われることのない、まったりした歩きだ。その途中で冒頭に書いた伐採地を通過する。


これが伐採地。
檜の幼樹が育ついつもと変わりない光景。道は画像の右端についている。


正面に古賀志山を望む明るい道。
道の両側は斜面になっていて檜の幼樹が育っている。


日光連山がよく見える管理人のお気に入りの場所でもある。


檜は幅広の葉をもつ常緑樹なので枝振りがよく見えない。
だがよく見ると幹の先端が折れているのがわかる。
この1本だけなら強風で折れたとか雪の重みに耐えられずに折れたとも考えられるが、数えてみると道の両側だけで折れているのが23本もあった。
これだけの数になると風雪によるものとは考えられない。明らかに人為的なものだ。誰かが故意に折ったのだ。樹木の成長に欠かせない幹の先端だけを折っていることから、犯人は樹木の生態に詳しい人物のように見える。

道の左右すなわち、斜面に成育している檜は被害に遭っていないように見える。
道から丸見えの斜面(1枚目の画像)に入り込んで檜を折ろうとすれば他の登山者に不審の目を向けられる。そこで道を歩く素振りを装い、道に沿って成育している檜だけを狙って、何食わぬ顔で折ったのであろう。
前後に登山者がいないかどうか、キョロキョロと眼を這わせ、他に登山者がいないことを確かめた上で犯行に及んでいることがよくわかる。
やっていることが陰湿で変質的である。

前回、地名板損壊のことでも書いたが、この人物は子供の頃から古賀志山に通っているので、古賀志山を自分の山と考えている節がある。
この伐採地が昔、広葉樹の林であった頃から親しんでいたのであろう。その広葉樹が伐採され、代わりに檜が植えられたために自分のお気に入りの遊び場がなくなってしまった。そのことに恨みをいだき、老齢になったいまでも恨みを引きずっているように管理人には見える。幼稚なのだ。

状況の変化に対応するという、大人としての知恵が身につかないまま成長したために、自分がこうなったのは広葉樹を伐採して檜を植えたのが原因なのだと、思い違いをしている。
人格的に見れば、自分にとって不都合な出来事は他人に原因があるとしなければ自分を守ることができない、強い自己愛に支配されているように管理人には見える。
生い立ち、環境がそうさせるのか、勉強不足、能力不足がそうさせるのか、家庭不和がそうさせるのかはわからない。いずれにしてもなんらかの治療を必要とする人物に見受けられる。


古賀志山にもっと多くの人が訪れ、常に山域のどこかに登山者がいること、それが犯行をやりにくくすることに結びつき抑止力になるのではないか、管理人はそのように考えている。
そのためには古賀志山に関する情報を拡散し、情報が乏しいゆえに二の足を踏んでいる人たちに、古賀志山の敷居を低くしてあげる配慮が必要だ。
当ブログは2014年10月に初めて古賀志山の記事を書き、以来、古賀志山に行ったときは欠かさず詳細にわたりリポートしている。当ブログの記事を参考にして古賀志山を歩いたという人も多くいるから、世間の役には立っているのであろう。

古賀志山の記事はこれで53回目だ。
記事はできるだけ詳しく書いているつもりだが、それでも読者にはピンと来ないのではないかと思う。ネットの情報などそのレベルだと思っていただきたい。
実際に歩いて初めて、情報が自分の血肉になるというものだ。

では、ひとりでも多くのブログ読者に足を運んでもらえるよう、古賀志山の敷居を下げる工夫はないものか。
管理人はこれまで多くのバリエーションルートを歩いたと自負している。
ただし、地元の人が長い年月をかけて開拓したルートであることを踏まえ、先人の労に報いるためについ最近まで、地図は掲載しないできた。
それとバリエーションルートの中には危険な岩場や急斜面、尾根の分岐があるため当ブログ記事が原因で事故を誘発する懸念も大きいと考えてきた。
だが、それを理由にいつまでも秘密主義を続けていたら初めて古賀志山を歩く人にとって古賀志山の敷居の高さは変えられないと思うようになった。
より正しく詳しい情報を提供することで多くの人に古賀志山に足を運んでいただく、そうやって古賀志山のファンになってもらえれば結果として、犯行への抑止力になる、そう考えるようになった。

そこで、古賀志山に関する記事に次の工夫を施すことにした。
(1)ブログに出てくる山名や地名、ルートがどこを指しているのかをわかるようにする→こちら
(2)管理人がその日、歩いたルートを地図に重ねて掲載する→上図
その上で、
(3)GPSを利用している登山者向けに、管理人が歩いたログを提供する

(1)は現在、進行中。(2)は最近の記事には反映するようにした。(3)はこれからの作業だ。
古賀志山を隅々まで歩くのはとても難しいと思うし、危険だとも思っている。それを承知の上で事故のないように利用してもらうことが大前提であることは言うまでもない。

どうしてもというのであればメールを使って情報を提供してもいい。希望に沿って同行するというのは困難だが、現地で偶然出合えばバリエーションルートを案内できるかもわからない。
いずれにしてもひとりでも多くの人に古賀志山のファンになってもらい、傷だらけの古賀志山に歯止めをかける力になってほしいと願っている。
古賀志山に日参するという人が多いことは知っているし、管理人以上に詳しい人がいることも知っている。それら先達を差し置いて、新参者でなおかつ地元の者ではない管理人が出しゃばることに躊躇いはあるが、古賀志山がこれ以上傷つくことに耐えられない。
ブログは管理人の自己表現の場であるが、自己満足に終わらせたくはない。古賀志山の健全性を保つ役に立ちたいと考えている。