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那須から福島へぐるりとお花見のつもりが20キロ、10時間の激旅となった。

読者の皆さまへ

いつも管理人の稚拙なブログをご覧くださってありがとうございます。
このところ那須や福島の山ばかり登っているため、このブログの主旨である“日光の旬の情報を発信“ することから遠ざかるばかりで大変心苦しく思っています。

せっかくこのブログにアクセスしたのに最新情報に日光が載っていないとお叱りをうけるかもしれません。
このブログでもっとも人気のある古賀志山に至っては、3月の次は5月、5月の次は、、、いつにするか考えてもいません。

あまりにも心苦しいので、ブログタイトルの
「春夏秋冬、日光を歩こう!」を、
「春夏秋冬、日光と那須、福島を歩こう!」
とか、
「春夏秋冬、那須と福島、ときどき日光を歩こう!」とかに変更しようかと考えてもみました。

しかし、今から12年も前に始めたブログですし、googleで検索すると上位に表示されますので今さらタイトルを変えるわけにはいきません。
日光の情報が途絶えていても、管理人の心は日光にあるのだということをどうかお察しください。
管理人、なにか気になるととことん追求しなくては落ち着かない性癖の持ち主で、今がその時期なのです。いずれまた日光に戻りますので、それまでどうかご辛抱のほど、お願い申し上げます。

それでは今日のブログを。

今日もご期待に添えず那須と福島の山になりました。なんとも心苦しいばかりですm(,_,)m


2017年7月19日(水) 梅雨明け初日

峠の茶屋(8:00)~峰の茶屋跡(8:43)~朝日の肩(9:17)~朝日岳(9:25/9:30)~朝日の肩(9:36)~熊見曽根(9:44)~北温泉分岐(10:12)~三本槍岳(10:43/11:00)~大峠分岐(11:18))~鏡ヶ沼東分岐(11:52)~須立山(12:06/12:16)~鏡ヶ沼東分岐(12:30)~鏡ヶ沼(12:54/13:07)~鏡ヶ沼西分岐(13:48/13:53)~大峠(14:15/14:30)~三斗小屋(15:55)~沼原分岐(16:21)~峰の茶屋跡(17:16/17:30)~峠の茶屋(18:02)
※朝日岳は計画外だったが時間が早かったので登った。
※須立山は計画外だったが15分で登れそうなので行ってみた。360度の大展望に満足。

 

この時期、毎日のように変わる花が見逃せない。

どこへ行くか、、、迷う。
なにしろ花が咲く時期は限られているからこの機会を逃すと次の季節が来るまで一年も待たなくてはいけない。
だからといって花を求めて毎日のように山へ、、、というわけにはいかない。
これでもまだ現役の自営業者として生活の糧を得なくてはならない身だ。山歩きはせいぜい、週に1回あるいは2回にして、他の日は仕事に充てている(、、、つもりになっている日もあるが)。

だから、花の時期は花が咲くタイミングを注視して無駄足とならないよう、計画を綿密に組む必要がある。できれば花が咲く前にも訪れればタイミングがつかみやすくなると言うものだが、そこまでできるのはごく限られた人だけであろう。

まっ、それはさておき、今週どこへ行くかが課題だった。
今月6日、会津駒ヶ岳・駒ノ小屋から中門岳に至る湿原の花を見ようと出かけてみたものの、湿原はまだ分厚い雪に覆われて花どころではなかった。
実は5月半ばに同じ場所を訪れていてその際に積雪の状況を把握し、2ヶ月経ったからもう雪はないだろうと行ってみたところ、驚くことに雪は溶けていなかったのだ。日光では考えられない状況だ。
その分、帰り道に設定した駒ノ小屋から尾瀬御池のルートは花の宝庫だったが→こちら
それから2週後の今週はどうかと考えたがあの雪の厚さだと溶けるのに3週間はかかるから、花の見ごろは今月末から8月初旬になるだろう。それまで待つことにした。

さて、どこへ行こうかな???

行き先を決めるのに花のことはちょっと置いといて、那須の山は標高が低いにもかかわらず展望がいいということを先月、行って知った。
ルートがたくさんあってそのうち何本かは福島の山とつながっていて、福島の山に積極的に登ってみたい管理人には親しみが湧く。
茶臼岳から朝日岳にかけて花はないが、その外へ出てみるとかなりの種類の花が見られた。これといって珍しい花はないものの、その対比が面白い。火山の特徴を知ることができる。

地図には朝日岳の北に清水平という湿地帯や三本槍岳の北、標高1550メートルに鏡ヶ沼という魅力的な名前の沼がある。峠沢、中ノ沢、赤岩沢という水の流れる沢(涸沢に対して)もある。
ハイマツや広葉樹の記号がたくさん描かれているから花が期待できるかもわからない。
清水平は6日に行っているが鏡ヶ沼には惹かれる。福島県に位置するということもあるし。

よっしっ、会津駒ヶ岳に雪が残ってる間は那須と福島の山で遊ぼう!

先月6日に行ったときは茶臼岳を中心にして約20キロ歩いたが、今回はその時とは異なるルートを歩いてみよう。
それが冒頭の行程である。
異なるルートを歩こうとしても登山口から朝日岳、三本槍岳へのルートは重複する。が、この山は面白いから重複してもかまわない。那須岳(あるいは那須連峰は茶臼岳、朝日岳、三本槍岳の総称)をより深く知るためにもなんども登っておきたい。

県内なのに檜枝岐に行くのと変わらない長時間の車の運転が苦痛だが、その苦痛を解消してくれるほどの雄大な展望と花が待っている。


那須の温泉街を抜けて走る県道17号線の行き止まりが那須連峰の登山口で「峠の茶屋」がある。
8時という時間は登山には遅い。自宅を5時半に出てコンビニで昼食用のパンを調達し、トイレを使い、駐車場について身支度を調えるとこの時間になる。日光の山の登山口と比べて遠いのだ。


駐車場の隅っこの階段を上ると登山指導所の建物があって登山届けのポストがある。
管理人の場合、登山届けを3通作り、1通は家人にわかるように自室の目立つ場所に置き、1通はザックのこれもわかりやすい場所に収納し、もう1通を登山届けのポストに入れる。
こうすることで万一の場合に備えている。


建物の前を通過するとすぐ、那須岳登山口と書かれた柱とその先に石の鳥居があるので鳥居をくぐって先へ進む。


早くも花が登場。アカショウマだ。


登山口から600メートルほど上ると視界が開け、そこに実に荒々しい光景が広がっている。
火山特有の砂礫や溶岩が冷えて固まったと見られる大きな石がころがり、植物もまばらな山裾が見える。


これは朝日岳の手前の剣ヶ峰(たぶん)。


ウラジロタデ
火山のような栄養の少ない地は成育する植物が限られるが、これなど貧栄養の地で育つらしい。
富士山ではオンタデと呼ぶらしい。


マルバシモツケ(のはず)


コメツツジ


峰の茶屋跡避難小屋へ行く道沿いはウラジロタデとマルバシモツケが続いている。


ウラジロタデの花
小さい花の集合だが近づいて見ると可愛い。


歩き始めて40分、峰の茶屋跡避難小屋に到着。
ここは茶臼岳や朝日岳、三斗小屋温泉などへの分岐路、すなわち峠のような存在になっていて、さあこれからあそこへ、という気力を与えてくれる。
ちなみに小屋は中で休憩するのはいいが宿泊は禁じられている。


北に朝日岳が望める。
人影が見えたのでカメラのズームで覗くと山頂にふたり、中腹にも人が見えた。


ハナニガナ


ウラジロヨウラク(和名:裏白瓔珞)
管理人、これをずっとウラジロコヨウラクと表記していたが、ウラジロヨウラク(ロとヨの間に「コ」が入っていない)の間違いであることがわかった。
日光にコヨウラクツツジがあって同じツツジ科であることから混同していたようだ。


朝日岳へと続く荒々しい道。
地図によるとこの道は剣ヶ峰の中腹らしい。


恵比寿大黒と呼ばれる巨大な溶岩石。


火山地帯ゆえ木々はなく荒々しい。
しかし、遠くの山々はよく見える。


朝日岳は計画外であった。
登ったら同じ道を降りなければならず、長距離を歩く今日の計画だとその時間がもったいないからだ。
とはいえ、今日のルートから朝日岳まで10分で登れるのと時間もまだ早く、計画に支障は来さないだろうと判断した。
那須の山に共通していえることだが山頂はもちろんのこと、中腹からでも展望が素晴らしい。この朝日岳も例外ではなく大いに楽しめた。


朝日岳から三本槍岳へと向かうことにする。
ハクサンシャクナゲが美しい。


清水平の入口付近。
地理院地図には湿原の記号として描かれているが乾燥化が進んでいるのか湿地部分はわずかだ。


清水平をすぎるとしばらくの間、平坦で歩きやすい道が続く。


東へ折れると北温泉に至る分岐路。
正面に見える山が三本槍岳である。尖った名前とは裏腹になだらかで優しい山という感じ。


ハクサンシャクナゲ
ややピンクがかっているが時間の経過と共に白が強調されてくると思う。


ナナカマドはほとんどが実になっていてこれなど残った貴重な花。


樹林の間を抜けると視界が開けて三本槍岳の山頂。すでに人がいる。


う~ん、いい眺め。
西に栃木県と福島県にまたぐ流石山から三倉山にかけての稜線が見える。
今日はこれからあの稜線のもっとも三本槍岳に近い大峠という場所を通過することになる。ここからだと登山道を西へ一直線に進めば大峠に行くが、計画では鏡ヶ沼に行ってから大峠という順路をたどる。
その前に、自宅で朝食をとってから6時間経過したのでここで軽く腹ごしらえ。

余談と言えるかどうか、、、
三本槍岳の山頂にはここが一等三角点であることを示す石柱が設置されていて、地図には三角記号が描かれている。
その場所だが、地図でもっとも利用者の多い昭文社「山と高原地図」だと山頂は栃木県と福島県の県境に位置しているが、国土地理院の地図だと県境からわずか数10メートル栃木県側に位置している。
両者(地図)の違いを発見したのは前回、那須岳を計画したときだったが、山頂がどこの県に属するかは管理上、かなり大きな問題となるはずだ。実際のところを知りたいものである。


ノビネチドリ
一見、ハクサンチドリかと思ったが色が薄い。また、ここは湿原ではないことから別の花であると断定した。
とりあえず写真だけ撮って下山後に調べたところ、ノビネチドリであることがわかった。
ハクサンチドリとは花の付き方がまばらであることと、葉っぱの幅が広いという違いがある。
なお、名前の「ノビネ」とは根が横に延びるという意味があるそうだ。


こいつもまた管理人を悩ませる。
背が高く花が大きいこと、葉っぱにトゲがあることからトネアザミといいたいところだが、ノハラアザミにも似ていて区別のつけようがない。
ここではトネアザミまたはノハラアザミとしておく。
頭が痛いよ、花の名前を言い当てるのは。


お~、オノエランがあった。
背が低く他の植物が覆い被さっていたが管理人、しっかり見た。


ハナニガナは見飽きるほど分布している。


ネバリノギランだ!
かなりの数あったぞ。


これはミヤマザクラらしい。


今日の計画では大峠に出て三斗小屋温泉に向かって南下するようになっているが、この道標にしたがって大峠へ向かうと鏡ヶ沼へは行けない。
鏡ヶ沼に行くには須立山と書かれた方向に進む必要がある。


道はハッキリしている。


いい眺めじゃないか。
眼下に鏡ヶ沼らしき水面が見える。


崩落で道が途切れている。
崩れてはいるが丸太の柵があることからここが道であることに違いない。
下方に踏跡が見えたのでここを下ることにした。


ガレ場を下ると再び樹林帯となり道もついている。
これはミヤマハンノキかな?


大きな松ぼっくりを付けたこいつはハイマツなんでしょうかねぇ?
あ~いや、そんなことに感心している場合ではなく、道は藪になってきて歩きづらい。


鏡ヶ池が間近に見える。
地図によればあの沼の畔を歩くようになっている。
果たしてどんな沼なのか楽しみである。


オトギリソウのつぼみ。どこかで咲いているのが見えるのだろうか。


咲いているオトギリソウはすぐ近くにあった。


ここが鏡ヶ沼への分岐。
ここを西へ折れて鏡ヶ池を経由して大峠方面に行く予定だ。
ところが北へ400メートル行くと須立山というのがあるらしい。
県境ではなく、完全に福島県の山である。
福島の山の魅力に取り憑かれている管理人はここは是が非でも行くべきであると判断した。たとえ藪の中の山頂であってもいい、とにかく福島の山を経験するのが管理人の責務なのだ。


あれが須立山らしいぞ。
展望はどうなんだろう?
山頂が藪でなければいいのだが、、、


歩き始めると間もなく、藪になった。
いちおう、足下に道は見えるので迷う心配はないが、それよりも山頂からの展望が心配になった。


須立山へは道標から13分で着いた。
藪は部分的で山頂は開けている。


素晴らしい眺めだ。
ほぼ360度の展望といっていい。
計画外の行動だったが来てよかった。ここで少し時間をつぶそう。


眺めのいい須立山にもう少しいたかったが、今日はロングトレッキングであるため次の目的地、あの鏡ヶ沼へと急ぐ。


先ほどの道標まで同じ道を戻り分岐を鏡ヶ沼へ向かったところ、すぐ藪に突入。
視界が利かないのでときどき笛を吹いてこちらの存在を他にアピールすることに。


お次はこんなところだ。
道が途切れ2メートルに近い段差を降りることになった。
ロープがあるが2メートルの空間を降りることはできない。
どうすれば安全に降りることができるのか、結論に達するまで数分かかった。


ふたたび藪。
肩の高さまである。


笹の向こうに鏡ヶ沼が見えた。
地図で見るとわずか250メートルの下りなのに30分もかかるという有様だ。
このまま笹を放置しておくといずれ廃道になってしまいそうな茂り方だ。


鏡ヶ沼は実に静かだ。水の透明度は高く、沼というより湖に近いきれいさだ。


すぐ近くでエゾイトトンボが集団で交尾していた。
初めて見る種類のトンボだがきれいな色をしている。


種保存という大切な営みのところを失礼して、マクロで撮らせてもらった。


沼をボーッと眺めながら菓子パンをかじり缶コーヒーを飲んで、それから腰を上げた。


沢状の道を進む。


お~、ショウキランだ。
咲いたばかりと見える。いいねぇ~。


笹と雑草に囲まれて苔むした石の祠が佇む。里が近いのだろうか。


別の道と交差しあれが林道の大峠線らしい。
左から来るハイカーと出合ったので挨拶と立ち話をする。


鏡ヶ沼のことを詳しく説明してある。


大峠への道はハッキリしているがここからだと上りになり、それほど易しい道とはいえない。


あそこが大峠らしい。
昔は会津(福島県)と下野(栃木県)を結ぶ交易の道として使われていたらしい。四差路になっている。


ここで花の出迎えをうけた。
明るい色のシモツケである。


ニッコウキスゲも咲いている。


四差路のうち、流石山方向から降りてきたハイカーがいたので話を聞くと、この峠から流石山にかけてはニッコウキスゲが群生し、地元の人に親しまれているそうだ。
ならばニッコウキスゲが咲く時期にあらためて来てみたいものだ。

時間が迫ってきた。
山歩きの基本としてこの時間はすでに下山していなければならないところだが、今日もまた下山は18時だ。
これから三斗小屋温泉まで1時間半かかる。先を急ごう。
花はウツボグサ(ミヤマウツボグサかな?)。


う~、この道も藪だ。


地図には沢を3本、渡ることになっている。
ただし、地図だと橋が架かっているのかどうかまではわからない。
ひとつ目の渡渉点。幅は2メートルほどで橋は架かっていない。
渡れそうな場所を探して石伝いに向こう岸へ。


実に見事な咲き具合。
これもアカショウマにしておこう。


藪はあるわこんなスリリングな場所があるわ、この道はあまり使われていないようだ。


3つ目の沢も無事に渡り終えた。
これで三斗小屋温泉にぐっと近づいたはずだ。


三斗小屋温泉を示す道標と出合った。
間もなく2軒の旅館に出合うはずだ。


三斗小屋温泉にはふたつの旅館がある。
どちらも旧い木造の建物だ。
いい佇まいである。


渡り廊下でつながった別館。
今日の宿泊客だろうか人影が見えた。


表に回ってみるとこんな感じ。
昭和の初め、いや大正時代か明治時代の建築だろうか?
いつかは泊まってみたい雰囲気を感じさせる。


沢から引いた水飲み場。
水を受ける木の桶がこの旅館の歴史を物語っているようだ。
旅館に断ることなく飲ませてもらった。


次は道標の峰の茶屋と書かれた方へ進む。


もう一軒の旅館、「煙草屋旅館」。
熊見曽根で峰の茶屋跡へ行くには煙草屋旅館の軒下を通る。


三斗小屋温泉から単調な道を1時間ほど歩くとそこにも建物があった。那須岳避難小屋だ。
朝、峰の茶屋で帰り道を確かめたところ、眼下に建物が見えたがそれがこの小屋らしい。
平屋だが中はロフトのある2層式となっていて20人くらい泊まれそうだ。
女峰山の唐沢小屋や白根山の避難小屋のように利用者が置き去りにする荷物はこの小屋には見られず、清潔に保たれている。


避難小屋を離れると道は険しくなる。
歩き始めてからの距離は17キロを超え、疲労が激しい。
この上りが最後なのだと考え、気持ちを奮い立たせる。


視界が開け間もなく峰の茶屋であることがわかる。
ようやくゴールの目処がついてホッとする。


疲れた身体への負担はまだ続く。


え~と、これはなんだったかな?
疲れで思考がままならない。


重い足を引きずりながらようやく峰の茶屋に到着した。
ここまで来ればあとはずっと下りだ。ひと休みして少しでも体力の回復に努めよう。


氷だけを入れて持ってきた水筒に残りの缶コーヒーを注ぎ、アイスコーヒーにする。
ふだんなら甘ったるくて飲む気にもなれない缶コーヒーだが、その甘さが疲れを癒してくれる。山の必需品である。


道も見えなくなるような霧がでてきた。
いつもは霧で道が隠れて迷子にならないだろうかなどと冗談を書くところだが、疲れているので霧を呆然と見ているだけだ。


この辺一帯に成育するガンコウラン。


オトシブミを見つけた。
葉の表面に卵を産みつけ、それを保護するために丹念に折りたたんでこのようにする。
地面に落とすようにするのは枯れ草に潜り込ませて他から守るためなのかもしれない。
しかしときにはその作戦が失敗し、人が歩く道の上に落とすことがあるようだ。
踏んづけられないように林の中へ放り入れた。


なんとか登山口にたどり着けた。
いつもながらの身体が悲鳴を上げる山歩きが終わる。


広い駐車場に車は数台しか残っていない。
こんな時間なんだから当たり前だな。


今日歩いたルートと前回、6月20日歩いたルートを地図上に再現した。
青い線が6月20日、赤い線が今回。
那須連峰あるいは那須岳は茶臼岳、朝日岳、三本槍岳を総称した呼び名だが、これらの山、単体で登っても楽しいし、縦走すればもっと楽しい。
それに加えて、大回りするルートもあってこれはこれで楽しい、というか1周20キロあるので自分の脚力を確かめられるのでいいのではないかと思う。今日はそれを実践した。


今日歩いたルートの断面図。
那須連峰の最高峰は三本槍岳の1916メートルなので登山口との標高差は450メートルと小さいが、ぐるっと大回りするとかなりのアップダウンを経験する。
その累積標高は1816メートルに達するから厳しいと言ってもいいであろう。

日本百名山・会津駒ヶ岳で初めての小屋泊まり。ハクサンコザクラ、シラネアオイ、ハクサンチドリにうっとり。

2017年7月6日(木)~7月7日(金)

7月6日
滝沢登山口(7:00)~水場(8:30)~駒ノ小屋(9:53)~駒ヶ岳(10:28)~中門岳(11:17)~駒ヶ岳(12:48)~駒ノ小屋(13:20/宿泊)
※駒ノ小屋から中門岳は残雪多い。
※前日17時に檜枝岐に着いて車中泊。

7月7日
駒ノ小屋(4:48)~大津岐(6:50)~大杉岳(9:33)~御池(10:30)
※花多数。撮影に多くの時間を費やした。

昨年10月、初めて訪れた会津駒ヶ岳の雄大さに魅了されてからというもの地元、日光から離れて福島の山ばかりを登るようになり、すっかり「福島の人」と化した管理人だが、先週の燧ヶ岳に続いて今日は会津駒ヶ岳(以下、会津駒)だ。
会津駒は山頂を中心にして高層湿原が広がり、雪解けの季節になると高山植物の宝庫になるといわれている。
昨年10月に来たときその広い湿原を見て、ここに花が咲いたらさぞかし見事だろうなぁと思い、花の季節が訪れるのを心待ちにしていたのだ。

いや、花の季節だけではない。山頂までなだらかな傾斜が続く地形は雪の季節でも危険がないように思えた。とはいっても豪雪地帯の山なので雪は3メートルにも達するらしい。そんな時期に行ったら10メートル進むのに精いっぱい頑張ってラッセルをしても1時間はかかる。行くとすれば雪が落ち着く4月か5月ということになろう。
そんな考えがあったものだから実は今年5月、来年の下見を兼ねて行ってみた→こちら

残雪の会津駒は期待に違わず、5月も半ばだというのに雪はたっぷり。危ない場所もないことを知って帰ってきた。来年はもう少し雪の多い時期に行ってみよう。

あれから2ヶ月、いくら豪雪の山でも7月になった今、まさか雪の上を歩くようなことはないだろう。
湿原には高山植物が咲き誇り、山全体が花の楽園になっているはずだ。
持参するカメラは最高画質で2000枚を記録できるSDカードが入っている。予備のバッテリも携行する。さらには花をマクロで撮りたいので別にもう1台、持参することにした。

国道を離れ村道を上っていくと道は行き止まりになり、そこに20台ほど駐まれる駐車場がある。
平日のこの時間、すでに8台の先着があった。昨年の10月に来たときは6時だというのに満車のことがあった。


ここが滝沢登山口。
登山ポストに計画書を入れて階段を上がる。


コースはブナが多い。樹林帯なので眺めはよくないが明るくまた、歩きやすい。


早くも花が、、、レンゲツツジだ。


ウラジロコヨウラク


山頂までの距離を示す柱が各所に設置されていて目安になる。


ムラサキヤシオ


先週、燧ヶ岳から下山するときにも見たサンカヨウ。


マイヅルソウの群落


角材を組んで敷設された階段をペースを乱さないように登っていく。


雪が現れたが5月とは違ってすでにアイゼンなど必要としないほど少なくなっている。


木々のすき間から実になだらかな稜線が覗き見える。
方向が北なので会津駒から北東に延びる稜線にある大戸沢岳(2089m)だ。


木道が現れると間もなく湿原である。


前方右手に会津駒が見えてきた。
今日はあの山頂に立ち、それから中門岳まで湿原をゆっくり歩くつもりだ。
天気がいいので湿原に咲く花が浮かんで見えることだろう。


駒ノ小屋へと続く木道の両側は湿原。とても気持ちよく歩ける。
前方に今日の宿泊地、駒ノ小屋が小さく見える。


青空の下、会津駒と大戸沢岳へと続く稜線がくっきり。


木道脇に咲くイワカガミとコバイケイソウの若芽。


ミツバオウレン


ショウジョウバカマ


駒ノ小屋への最後の斜面。
まるでスキー場のゲレンデを思わせるような広い斜面。山を歩いているという感じがしない。


今夜の宿泊場所、駒ノ小屋に到着。
とはいってもこんなに早い時間に泊まるわけにはいかない。
これから会津駒に登りさらに中門岳まで行く予定だからチェックインは14時ころになるだろう。

雪の上に段ボールが10数箱、積まれている。
先ほどから上空を飛ぶヘリコプターの音が気になっていたが駒ノ小屋へ物資を運んでいたらしい。
山での飲食は高価と言われるが運搬費を考えるとやむを得ないと思う。


駒ノ小屋から見る会津駒。
手前の雪が消えるとそこに実に美しい池、駒の大池が出現するのだが、、、

昨年10月、同じ場所から。


通算、4回目の登頂。
昨年10月に2週続けて登ったのと今年5月と今日だ。


すぐ近くにショウジョウバカマが、、
奥日光で見ることはできないがここではごく当たり前のように見かけた。


さて、これから中門岳に向かうのだがものすごい霧だ。
ついさっきまで青空だったのに急転直下、山特有の天候の変化である。


会津駒から中門岳へのルートは時折、木道が現れるが多くは雪に埋もれている。
雪が消えて地温が上がればたくさんの花が咲くのだろうがこの辺はまだかなり先になると思う。


ワタスゲの花


中門岳に到着。
山名が刻まれたこの柱が立っている場所は標高2040メートルの位置で、地図によると山頂はこの先2060メートルとなっている。
柱をよく見るとそのへんのことは承知しているらしく、中門岳とはこの辺一帯をさすのだと刻まれている。
地図の山頂まですぐなので足を延ばすことにしよう。


咲いたばかりのショウジョウバカマとコバイケイソウの若芽。


ここが地図にある標高2060メートルの中門岳。
やや大きい池塘があって。木道もここで終わっている。
天候は相変わらずだが昼時になったのでここで昼メシとしよう。


30分ほど時間をかけて菓子パンを食べ、駒ノ小屋へと折り返す。


今日、二度目の会津駒山頂。


たぶんハクサンシャクナゲ


花芽をつけた針葉樹。
特定できなかったので帰宅して調べたところ、どうやらシラビソとその花らしいことがわかった。


キヌガサソウ
一瞬、ミヤマエンレイソウかと思い喜んだのだが葉っぱの形も枚数も違っていた。


霧が収まる様子はない。


ミツバオウレン


ここにもショウジョウバカマが


いい稜線だとつくづく思う。
雪が消え、湿原と木道が現れると稜線の美しさは際立って見える。


無事に駒ノ小屋に到着。
このまま下山するのに十分早い時間だがこの小屋にはぜひとも泊まってみたかったのだ。


前の画像の三角屋根の部分が寝室になっていて、部屋はふたつある。
男女別というわけではなく、夫婦や男女のグループなら同室になる。単独者はそのどちらかと同室になる。
布団は14組、すべてを敷くと床が見えなくなるものと想像する。部屋から出るには布団と布団の境目に足を置き、バランスを崩さないように歩かねばならないはずだ。
今日の宿泊客はこの部屋に7人と隣に3人だ。
ちなみに料金は税込で3千円。
食事の提供はなく、1階に設けられた自炊室を使う。ただし、自炊用具はなにもないからすべて持参する。
営業期間中は管理人というのか小屋番というのか、人が常駐する。トイレは隣の建物でチップ制。

駒ノ小屋に興味のある方は→こちら


電気は来ていないので照明はこのアルコールランプである。
日没に点灯し、20時に消灯となる。


夕飯の時間までにはずいぶんと時間がある。
缶ビール(500円)を買って外へ出て、霧の会津駒を眺めながら喉を潤すことにした。
電気が来ていないくらいだから当然ながら冷蔵庫はない。水で冷やしているそうだ。十分に冷たい。


会津駒の上空にかかっていた雲がとれ、青空が覗いた。
明日の天気はどうかな?


7月7日(七夕)
午前4時近く。同室の人の起きる気配で目が覚めた。
身支度を調えるのにすでに灯りは必要なかった。
自炊室へ行って朝食を簡単に済ませ、外へ出てカメラを構えた。
大戸沢岳を通して朝日が昇った。良い一日になりそうな予感がする。


濃霧だった昨日とは一転し、快晴だ。


駒ノ小屋をあとにこれから御池に向かって南下するのが今日の行程。


御池に行く稜線の向こうに燧ヶ岳が見える。


日光では見たことのない球状の花を咲かす「アカモノ」。
赤い実になることから付けられた名前だそうだ。


ゴゼンタチバナ


ナナカマド


これはシラネアオイではないのか?
花はまだついていないがシラネアオイに間違いない。


イワカガミ


ショウジョウバカマ


なんとまぁ、ハクサンチドリだ。
駒ノ小屋を出てまだ1時間と経っていないのに花がどんどん出てくる。
昨日は残雪で花が限られてしまったがこのルートは花の宝庫だ。すばらしい。


極めつけはこのシラネアオイだ。
シラネアオイが最初に発見された日光白根山ではシカの食害にあって激減し、今では柵を設けて保護しているというのに、ここではなんの保護もされていないのにコース上に数多く見ることができる。
ちょっとよそ見をすると踏んづけてしまいそうな距離に平然とあるから驚く。


振り向くと檜枝岐村の上空あたりが雲海になっている。
下界は曇りなのだろうか。


このコースは残雪と露出した地面との繰り返しだ。
残雪が終わって地面に移る際、コースが見つからないときがある。
林の際を歩きながら道を探す必要があった。


ここにもシラネアオイが、、、
とにかく次から次へと現れてくるのである。


コース沿いに数株ずつ、かなり長い距離、点在していた。


展望が素晴らしく、歩き甲斐のある稜線。
雪が消えると木道が出現する。


池塘も多く気持ちを和ませてくれる。


う~ん、いいねぇ!


シラネアオイはまだ続く。


ハクサンコザクラと出会えた。


ハクサンコザクラはここ一カ所でしか見ることができなかったが、小群落を作っている。


ハクサンチドリは合計すると10数株はあったと思う。


一株だけ、開花したコバイケイソウを見た。
コバイケイソウの「バイ」は梅という字を当てる。
その名の通り、梅に似た花を咲かせる。


これは日光でもよく見るハナニガナ


ユキザサ


サンカヨウ


キヌガサソウ


地図にある送電線の鉄塔が見えてきた。
今日の目的地、御池に着実に近づいている。


うひょ~、今度はオノエランだ。
日光でも見られるが数は少ない。ここでは2カ所で6株くらいあった。


分岐があったので地図を見ると新潟県境にある奥只見湖へ通じているらしい。


ムラサキヤシオ


タケシマラン(ちょっとピンぼけ)


燧ヶ岳へもぐっと近づいた。


オノエランの蕾


タニウツギ(たぶん)


一株のミズバショウを見つけた。
尾瀬に近づいたからだろうか?


ここも道を探して右往左往した場所。


大杉岳
展望はない。


サンカヨウ


ギンリョウソウ


標高が低くなったのだろう、いつの間にかブナ林の中を歩いていることに気がついた。


林が終わってアスファルトの道路が見える。
御池に着いたのだ。
駒ノ小屋から約10キロ、5時間の花の旅が終わる。


眼下に御池ロッジと「山の駅」が見える。
ここからバスに乗り、車を置いた滝沢登山口まで戻る。
バスの発車までn30分ほどあるのでザックに残っている菓子パンで早めの昼メシとする。5日に買った菓子パンはザックの中で温まり、今日が限度であろう。帰宅したら残りは捨てよう。


バスは11時05分に発車する。
ちょうどいい時間に下山したものだ。
これを逃すと次は13時まで、2時間も待たなくてはならない。


バスを降りたところが会津駒への滝沢ルートだ。
駐車場までの約20分、最後の力を振り絞って山道を登ることにしよう。

尾瀬燧ヶ岳、初のテント泊は20キロのザックをかついでバテバテ。

2017年6月29日(木)~30日(金)

1日目
御池(7:00)~燧ヶ岳(12:18)~浅湖湿原(16:10)~尾瀬沼ヒュッテ(16:30/テント泊)
※午前2時起床、3時過ぎに檜枝岐に向けて出発

2日目
尾瀬沼ヒュッテ(5:40)~三平下(6:00)~沼尻(7:20)~沼山峠(9:56)・・・シャトルバス・・・御池(10:33)

いやぁ、年甲斐もなくひ弱な身体で無理するもんじゃありませんな。
ふだん、10キロのザックでさえ息がゼーゼーするというのにこの日はテント(正確には自立式ツェルト)に寝袋、炊事道具に大量の食料と水3リットルをザックに詰め込んだものだから総重量は20キロにもなりました。

だいたい、これだけの荷物をザックに詰め込むとあってはザックを大きくてしっかりしたものにしなくてはなりません。そんなザックは空の状態でも2キロ以上あります。
今日はあまり使うことのない65リットルのザックを納戸から取り出してきてあれもこれもと詰め込んだ結果が20キロ、ふだんの倍の重さです。

これだけ重いザックを背負うにはそれなりの工夫というものが必要です。10キロのザックなら床から片手でひょいと持ち上げて肩にかけ、両腕をザックの肩ベルトに通せばいいのですが、20キロとなればそうはいきません。
そもそも管理人には片手じゃ持ち上げられません。
重いザックを背負うには、始めにある程度の高さがある岩や斜面、ベンチにザックを置いてその状態で両腕を肩ベルトに通すのが基本です。
しかし、そんな場所などそう簡単に見つかるわけありませんから、地面に置いたザックに近づくように腰を落として背負うことになります。
次にその姿勢から立ち上がるわけですが、これは20キロのバーベルを肩にかついでスクワットをするのと同じ動作です。実に辛いものです。

20キロのザックをなんとか担ぎ上げたとして、今日は花の写真を撮りたくて尾瀬まで来たので花に近づくために腰を落とし、撮り終わったら立ち上がる、それはまさにスポーツジムでおこなうスクワットの動作そのものです。これを数十回いや100回以上も繰り返すことになりますから、腰にも負担がかかります。太ももなどパンパンです。
ジムでのスクワットなら疲れたらお終いにすればいいのですが、現場だとはそうもいきません。
花ある限り、スクワット。
もういい加減やめたいとは思うものの、習性なんですな。花を見つけたらしゃがんで写真を撮るのが、、、

ちなみに、これまでも重いザックのせいで大変な疲労感を味わうことが度々ありましたので、最近になって必要最小限の装備で快適に歩く、ウルトラライトハイキングなる精神でいこうと考えるようになったのですが、だめですね、身に染み込んだ習慣というものは。
やはり、あれもこれもとザックに詰め込むのが習慣になっているんです。
今度計画した山は距離がなんぼだから時間はこれくらいかかる、したがって水と食料はこのくらい見込むとか、傾斜の具合や危険箇所を事前に調べた上で、だから荷物はなにが必要だとか、そういったのが本来の計画だと思うのですが、それができない。
まっ、辛い思いをしながら少しずつウルトラライトハイキングに近づいていくしかないのかと、、、

あっ、そうだ。管理人、撮った写真を紙に焼いて額に入れて飾ったり、コンテストに出したりといった趣味はまったくなく、ただ単に記録のためにPCに保存しておくだけです。
これが後々の山行計画に役立つわけです。

でわでわ、管理人のバテぶりを振り返ってみましょうか。


尾瀬の福島県側の玄関口となる檜枝岐村御池。
300台を収容する大きな駐車場がある。
料金は1000円だが村内の旅館や民宿に泊まる場合は無料になるという、いいシステムになっている。
管理人は1泊800円のキャンプ場に泊まる予定だが、キャンプ場は対象外らしい(当たり前か)。


この日は平日であることと時間が早いことから駐車場はガラガラの状態。
燧ヶ岳の登山口は駐車場の一番奥にあるためこの位置に駐めた。


燧ヶ岳の登山口は駐車場奥の目立たない場所にあるので知らないとあちこち歩く廻ることになる。
管理人は5月に会津駒に登ったときに下調べをしておいた。


うひゃっ、なんだこれは?
キャベツいや、ハクサイか?
そのどちらでもなく、正解はミズバショウ。
いうまでもなく尾瀬を象徴する植物であり、これを目的に尾瀬を訪れる人が多いと言われている。
それにしてもこの大きさはなんだ、50センチはある。富栄養化が進んでいるのだろうか?


ゴゼンタチバナ


いよいよ上りの始まりだ。
ふふっ、なかなかですな。


木で作った階段が現れた。
そもそも山に階段があるということはそこが急傾斜であることを表しているわけで、階段の傾斜もきつい。
今日は初の燧ヶ岳へ登るので心勇んでやって来たがすでにザックの重さに負けている。
重力に逆らって身体を上方へ移動することの大変さは山登りをしている人ならわかるはずだが、20キロの荷を背負ってその動作をおこなうのは負担が大きい。これから先が思いやられそうだ。


入口で見たミズバショウと違って葉はまだ若芽で小さく、これこそ皆が見たくてやってくるミズバショウなのである。純白でたしかに美しい。
ただし、白い花のようなものは実際には花を包み込んでいる「苞」というもので、花は中央のブツブツである。ブツブツのひとつひとつが花で、これが多数集まったもの(花序)である。


ショウジョウバカマ


長い急傾斜から解放されて道は平坦に近くなった。


ミツバオウレン


タテヤマリンドウ


ワタスゲの花(中央のピンクはこれから咲くイワカガミ)


ワタスゲが花から実(果穗)になりかけのもの。


チングルマ


道が平らになったのはここが地図にある広沢田代という湿原だったからだ。


湿原にはこのような池塘の存在が欠かせない。


奥行きのあるいい湿原だ。すばらしい。


ミズバショウ
あぁ、こんな花たちに囲まれたまま山頂までいければ言うことなしなんだが、、、


うんにゃ、またもや階段。
ザックが肩に食い込む。腰ベルトで荷重を分散させても耐えられない重さだ。
重いザックは身体の動きに追随しなくて、反対に身体がザックに振られることになる。トレッキングポールで身体を支えザックの動きに注意を払いながら登っていく。


湿原の池塘群を見下ろす。


再び平坦地に出るとそこは熊沢田代。
田代とは湿原の意味である。
やはり湿原はいい。山の中腹に来て湿原に出合うと気持ちが穏やかになる。


燧ヶ岳が正面に迫ってきた。
いい形をしている。あれなら簡単に登れてしまいそうだ。


ここもお花畑。
ワタスゲにイワカガミ、チングルマが混成している。


なんと、ヒメシャクナゲではないか。
すげ~な、この湿原。


タテヤマリンドウ


チングルマ


熊沢田代を過ぎて雪が現れた。
踏跡はある。雪は腐ってはいるが足が潜ることなく歩ける。
このまま歩いて行けば山頂に達する、、、はず。


と思ったのは油断であった。
間もなく雪は消えて笹藪になってしまった。藪は進むほどに深くなったため進路を東へと変えた。


笹藪を東へ横断すると別の雪渓が現れた。
よしっ、今度はここを山頂に向かって進んでみよう。


雪渓はまたしても消えてなくなり今度はハイマツとシャクナゲの密林となった。
燧ヶ岳を登るのにこんな藪を突破しなくてはならないのかと心配された読者もいることだろう。が、安心してほしい。
実は管理人、初めの雪渓が地図のルートとは違っていることに気づいていたのだが、雪の上ならどこを歩いても山頂に達することを確信して歩いたのだ。
その結果が藪への突入となったわけで、地図のルート通り歩けば管理人のような苦労はしない。
正規のルートに軌道修正するのにわずか100メートルの距離を1時間もかけるという効率の悪い仕事をしてしまった。
2本の雪渓で失敗したわけだが、もう少し時期が早くて藪が雪に埋もれていればあの雪渓を登っていくことで山頂に到達するのではないか、そんなことを思った。
来年5月かな、それとも4月かな、もう一度来てみたい。


地図にある正規のルートに戻ってから山頂までは早かった。
ここは燧ヶ岳山頂の双こぶのうち、俎嵓(まないたぐら)。標高2346.3メートルの立派なピークである。


俎嵓の正面、西に別のピークが見える。
柴安嵓(しばやすぐら)で、標高が10メートル高く、あのピークが燧ヶ岳山頂である。
ここから見ると大きな雪渓の右に黒い筋がついていて山頂に向かっているが、あれが登山道らしい。
登山道は山頂直下で雪渓に突入している。


これが俎嵓から見た上方の雪渓。
ロープがかかっている。傾斜はかなり急である。
靴のままでは登れないのでロープにすがるしかないが、このロープは本格的なクライミング用のもので、体重をかけると伸びる。そうすると身体が弓反りになってしまう。ロープに頼るととても登りづらい。
できる限り露出した地面側に身体を寄せて、右足を地面に置き、左脚は雪面を蹴ってステップを作り足場として登っていく。


ほんの数メートルの雪の傾斜なのに悪戦苦闘した。遠くから見るのと実際とは大違いだ。
大変な苦労が伴ったが山頂だ。
燧ヶ岳の山頂に立ったというもの、ザックの重さに辟易していたため喜びは大きくない。疲れたのだ。
この負担から早く開放されたい。それしか頭にない。
疲れを癒そうとザックから菓子パンを取り出すが極度の疲れのためか食欲がない。
とはいえ、こういうときにこそエネルギーを補給しておかなければ危険なのだということを過去になんども経験している。無理をしてでも菓子パンを口にするのが大切だ。


今日の幕営地である尾瀬沼に下るにはさっき登った俎嵓にもう一度、立たなくてはならない。
菓子パンのエネルギーが体内に取り込まれたのか俎嵓に着いたら周りを見回す余裕が生まれた。
眼下には尾瀬沼が広がっている。
やや霞がかっているがあれが明日歩く予定の、憧れの尾瀬沼である。
長居をせず下山して早く横になろう。


ミヤマキンバイ
リュウキンカであろうと思ったのだが花の形が少し異なっている。
花弁の先端がへこみ、梅の花に似ているのだ。帰って図鑑やネットで調べたところ、ミヤマキンバイの特徴に近い。


ズームで撮ってみた。
まさに梅の花。
切れ込みが入った3つの小葉もリュウキンカと異なる。


エンレイソウ


俎嵓を下り始めると間もなく道は二手に分岐する。
直進するとナデッ窪に至る。今日、下山で予定していた道だ。
ところがロープが張ってあり入ってはいけないらしい。一時的なものなのか閉鎖されてしまったのか、説明がないためわからない。
ここは時間がかかるが長英新道で尾瀬沼に降りることにした。


ミネザクラが見ごろを迎えていた。


つぼみのユキザサ


初めて見るサンカヨウ。
群落を成していた。


同じ場所だがミネザクラをもう一枚。


長英新道は荒れている。
大雨が降ったらコースが水路と化すのは明白である。


今度は泥濘。


おぉ、長い道のりだったがようやく尾瀬沼に着いた。
これで20キロのザックから解放される。


あの建物は長蔵小屋だろうか?
今夜の宿泊地はあのすぐそばにあるはず。


ワタスゲが出迎えてくれた。


この木道の行き着く先が宿泊地である。


リュウキンカ


イワショウブ


オオバタチツボスミレ


立派なトイレの前を通過。
ここを訪れるハイカーやキャンプ場利用者が共用する。


ここが今夜の宿泊地、檜枝岐村営の尾瀬沼ヒュッテ。
このすぐ脇にテント場がある。
今日の行程なら無理をすれば日帰りでも可能な登山なので、ヒュッテもテント場も予約はしないで来た。
燧ヶ岳に登り始めて電話で確認し、ヒュッテかテント場のどちらかが空いていれば泊まるし、空いていなければ帰るつもりでいた。
電話をしたところテント場が空いているというので予約をした。
テント場を使うにはまず、ヒュッテに入って受付をする。料金800円はその際に支払う。料金を支払うとテントサイトが指定されるらしいが今日はガラ空きなのでどこでもいいらしい。
ヒュッテには温泉施設があって日帰り入浴ができるとパンフレットにあるが、今日は宿泊客で混んでいるためテント場利用者は使えないという。
汗で身体がべたついているが温泉で汗を流すのは諦めて、自販機で缶ビール(ロング缶650円)を買いテント場に移動することにした。


尾瀬沼ヒュッテが管理しているテント場。
1本の道を挟んで両側に木のデッキが28基設置されていて、テントはこの上に設営する。
今日は先着のテントが5張、設営されていた。


とにかく早く横になりたい。
テント場につくなりザックを下ろし中からツェルトを取り出して設営。マットを広げて仰向けになり身体を休めること10数分、ときおり半身を起こしてはヒュッテで買った缶ビールをゴクッとやってはまた仰向けになる。
缶ビールが空になった頃、ようやく人心地がつく。
ツェルトは10年以上前に購入したEureka(ヨーレイカ)の自立式のもの。2本のポールをツェルトのスリーブに差し込むだけでテントのように自立する。1分もかからず設営が終わる。
テントとの違いは耐雨性に劣るのと底が立ち上がっていないため雨や虫が侵入すること。それさえ我慢すれば十分、役に立つ。それに軽いし。


照明や水道設備があるキャンプ場と違ってここはなにもないから、日没までにすべてのことを終わらせなくてはならない。
さっそく夕飯の準備に取りかかるとしよう。
ただし、疲れているので手間はかけられないから調理などといった面倒なことはしない。そこで登場するのがアルファ米とレトルトパックのカレーである。
アルファ米は袋の中に熱湯を注いで20分おけば美味しいご飯に化けるから、山では重宝する。それに軽い。
カレー(でなくてもいいのですが)はコッフェルで5分もボイルすれば出来上がる。重いけれどこれも重宝している。
これを時系列で書くと、コッフェルに500ミリリットルほどの水とカレーのレトルトパックを入れてガスストーブにかける。水が沸騰したら500ミリリットルのうち、150ミリリットルをアルファ米が入った袋に注いでチャックを閉める。15分ほど経過したところで再び、ガスストーブを点火してカレーを温める。
ご飯は出来上がっているので器に移し、カレーをかければ一品が完成する。
お湯は350ミリリットル残るが、これはスープやコーヒーなどに使う。水筒に戻して翌日使うのでもいい。


夕食にカレーだけでは酒を飲むのに物足りない。
そこでコンビニで見つけたセロリとその隣にあったビーフジャーキー、さらにその隣にあったごぼうサラダの出番となる。
数日前に作ったキュウリとカリフラワー、パプリカのピクルスも持参した。ピクルスはジップロックに入れたまま食べることにする。
ここまで準備する間に缶ビールを飲み干してしまったので、持参した赤ワインを紙コップに注いだ。

画像でおわかりのように器はすべて使い捨てのものにした。
山での食事のスタイルは人それぞれ異なって当然だと思うが、洗い場のないキャンプ場は使い終わったあとの食器はそのままゴミ袋に入れて持ち帰るのが手っ取り早い。
コッフェルやシェラカップ、マグカップに食材を盛って、食べ終わったら汚れをペーパーで拭き取ってきれいにするという方法もあるが、器に何を盛るか、行程はどれくらいかといった要素で使い捨てやそうでない容器を使い分けるのがいいと思う。


アルファ米は水さえあれば時間はかかるが湧かさなくてもご飯になる。熱湯なら15分から20分でできる。
今日は白米を持参したが他にもいろいろな種類があって選択肢が広い。
長期保存を目的として開発されていて常温で5年間保存できる。レトルト食品のように賞味期限を頻繁に確認する必要もなく、ほったらかしでも安心だ。
管理人が持参したのは賞味期限が2017年4月23日までなので2ヶ月前に切れているが、まっ、それは誤差のうち。
ん~、いや、違うな。2017年ではなく2007年になってる!
なんと、賞味期限が切れて10年も経過しているではないか。
保存期間が5年として2002年つまり今から15年前に製造されたものだ。
なんとなんと、自室に保存しておいたものを無造作にザックに詰め込んだのだが、まさかこんなに古いものだったとは知らなかった。でもここまで来たからには仕方がない。お湯も入れてしまったし、、、
でも美味しく食べられました。すごいぞアルファ米!
いや、すごいのはおいらの胃腸の方か(笑)


夕食を終えたのでそろそろ寝ることにして、その前にトイレを済ませておこう。
トイレはキャンプ場専用ではなく尾瀬沼を訪れるハイカーとの共用で、場所も離れている。
管理人が今いる位置がトイレがある場所で、すぐ近くに長蔵小屋が見える。ハイカー憧れの長蔵小屋である。いつかは泊まってみたい。


6月30日(金)
深夜10時頃、ツェルトを叩く雨音で目が覚めた。
気にはなっていたがとうとう降り出してしまった。
雨は朝になっても降り続いている。
今日は尾瀬沼を一周する予定だ。
コンビニで買ったバターロールにチーズとごぼうサラダを挟んで3ヶ食べた後、雨具を着けてツェルトをたたむ。


濡れた木道は滑る。
雨を想定し「わらじ」を持参した。
ホームセンターでポリプロピレンのロープを購入し、自分で編んだものである。


ニリンソウ


コバイケイソウ


右回りに歩いて三平下の尾瀬沼山荘まで来た。
建物の前が大きな広場になっている。ここへ来てなにやら心の中がざわついた。
今から30年前、末っ子が3歳の頃、家族5人で尾瀬に来て、ハイキングをしたことがあった。
昔のことゆえ、どこをどう歩いたのかほとんど記憶に残っていないが、この広場はなんとなく覚えている。子どもたちが遊んだ場所だったはずだ。


少しの間、30年前の記憶に浸った後、沼尻へと進むことにした。
木道に通行止めの札がかかっている。
残雪が多く危険だからというのが通行止めの理由として書かれている。
残雪? 標高は1600メートルあるもののまさか残雪があるとは思えない。札の外し忘れではないのか?
たとえ残雪が本当の理由であったとしても細心の注意を払って歩けば問題ないはずだ。
通行止めのロープを跨ぐことに罪悪感はあったが、事故は絶対に起こさないことを肝に銘じて先へと進んだ。


ミズバショウの群落


沼尻に到着。
ここに建物があったことを示す基礎がある。建物は2015年9月に火事で全焼してしまったらしい。
そういえば昔、家族で尾瀬沼を歩いたとき、沼の畔の売店で飲み物を買って飲んだことを思い出した。もしかするとここだったのかも?
その時、管理人は紙パックに入った赤ワインをストローで飲んだのだがこれが悪い結果をもたらせた。身体は水を欲していたところへアルコールが入ったものだから悲鳴を上げた。今でいえば脱水症状の身体に輪をかけたことになったわけだ。頭はボーッとし足はふらつき、這々の体で沼山峠にたどり着いた。
余談だが当時、尾瀬の通行規制はまだなく、マイカーで沼山峠まで行くことができた。


建物とは別の場所にあるトイレは焼けずに残っている。
尾瀬の他の場所にあるトイレと同じくバイオシステムを使ったもので、汚物はタンクに溜めて満タンになるとヘリコプターで運び出すようになっている。お金がかかっているのだ。


木道は4叉路になっていて直進すると燧ヶ岳、左は尾瀬ヶ原、右へ行くと昨夜泊まったキャンプ場へ行く。
今日は尾瀬沼を一周したら帰るので右へ折れて尾瀬沼沿いに歩く。
道標の右半分が黒くなっているのは火がここまで達したことを示している。


ここから尾瀬沼北岸となるが沼は木道から少し離れてある。沼のすぐ脇を歩けるわけではないことがわかった。


ミズバショウの群落


オオバタチツボスミレ


次に出発地となる御池へ戻るためのバス乗り場へ。
この分岐は道なりに沼山峠へと向かう。
昨日から今日にかけて食料と水を消費したとはいえザックはまだ重い。
ザックが軽ければ楽に回れた尾瀬沼だが途中でなんども休憩する始末だった。
早く車に乗り込み自宅へ帰りたい。冷たいビールを飲むために。


重い足取りでバスが発車する沼山峠に着いた。
雨の影響があるのか閑散としている。
バスは10時15分に発車するらしい。
それまでベンチに腰を下ろして休憩することにした。


バスは車をデポした御池の駐車場に着いた。
車は駐車場の最奥、燧ヶ岳登山口に置いてある。
そこまでの100メートルが長かった。

横根太陽光発電所建設反対への署名をありがとうございます。

当ブログでは4月20日の記事で、「前日光・横根高原への大規模メガソーラー建設に断固反対する。」として概要をお知らせすると共に、ご賛同いただける方に署名を呼びかけたところですが、当ブログおよび他の媒体をご覧になった方から大変多くの署名を寄せていただくことができました。ありがとうございました。
ここに署名をくださった皆さまにお礼を申し上げると共にその後の状況についてご報告申し上げます。

反対署名はSNS、街頭での呼びかけなどで10,788筆に達しました。

署名をお願いした「横根高原の自然を守る日光市民の会(以下、日光市民の会)」は、署名第一次分6,931筆を添えて5月16日に日光市議会議長に陳情をおこないました(6月14日には第二次署名分3,857筆を追加)。

陳情を所管する産業観光常任委員会と教育建設水道常任委員会からなる合同委員会は、陳情の審査に先立つ6月9日に現地視察をおこなった上で、6月14日に開かれた合同委員会において全会一致で陳情を採択しました。

陳情採択5日後の6月19日、日光市は産業観光常任委員会に、「日光市太陽光発電設備設置事業と地域環境との調和に関する条例(案)」の概要を伝え、9月の議会で太陽光発電についての規制条例の準備を進めることになりました。

現状ではまだ、横根高原への太陽光発電所の建設予定がストップされたわけではありませんが、多くの署名が日光市を動かし、規制条例の準備に進展したことに喜びをかくせません。
現在、第三次署名を呼びかけていますので引き続きご協力ほどをよろしくお願い申し上げます。

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茶臼岳・三本槍岳・朝日岳、那須連峰3座縦走。大展望にうっとり。

2017年6月20日(火) 快晴

峠の茶屋P(8:20)~峰の茶屋跡(9:09)~茶臼岳(9:46/10:00)~牛ヶ首(10:40/10:50)~ひょうたん池~姥ヶ平下(11:33)~水遊び~沼原分岐(12:26)~三斗小屋温泉(12:46/12:56)~隠居倉(14:21/14:30)~熊見曽根東端(14:45)~三本槍岳(15:50/16:00)~熊見曽根東端(16:37)~朝日岳分岐(16:47)~朝日岳(16:51/17:00)~朝日岳分岐(17:09)~峰の茶屋跡(17:33)~峠の茶屋P(18:06)

山で人と出会って話をすると、日光に住んでいることをとても羨ましがられる。
それらの人たちは茨城県や千葉県の自宅を朝早く出発し、2時間も3時間もかけて日光にやってくるという。
そうか、日光に住んでるってのは山歩きをたしなむ人にとってそれほど羨ましいことなのか。山歩きの経験のほとんどを日光で積んでいる管理人には、それは驚きであった。
恵まれている反面、あまりにも便利すぎて日光の山の他に目が向かないというのが10数年、続いた。

昨年10月、分水嶺の山に興味をもち福島県境にある帝釈山と田代山に登った際に、すぐ近くに会津駒ヶ岳の登山口があるのを知った。日本百名山である。
管理人、百名山に興味はないのだが、帝釈山よりも30分も近い距離に会津駒ヶ岳の登山口があるのを知って俄然、興味を持った。それなら登ってみようと。

初登にもかかわらず、会津駒ヶ岳の雄大さにすっかり魅せられて2週続けて登った。今年は先月登ったばかりだ。
遠方までずっと見渡せるなだらかな地形は、深い樹林帯を縫って急斜面を登っていく日光の山と違って開放感に溢れている。とにかく素晴らしいのだよ。
消費したエネルギーで満足度を割り、1単位当たりの満足度を比較してみれば会津駒ヶ岳の方が日光の山に比べてはるかに大きい。あっいや、そんな面倒なことをしなくても、同量のエネルギーを消費するならば、歩きながら景色が見えるかどうかは山を登る楽しさに大きく影響してくるというものだ。

難点は移動時間が長いことそれに尽きるが、茨城県や千葉県から日光にやってくる人のことを考えてみれば、気に入った山を目指すのに、日光から3時間かけて会津へ行くのを惜しむのはあまりにも心が狭いといえる。
日光の山だけで人生終わりにするのはもったいない。見聞を広げ、心をもっと豊かにしよう。
帝釈山と田代山は分水嶺の山に登るという明確な目的があったので3時間という長い移動時間も厭わなかった。そして、慣れた。
会津駒ヶ岳は2時間半だが三度も通って、やはり慣れた。
狎れはいけないが物事に慣れるのは人生を円滑にさせる(なにを言っておるのか)。

さて、那須の山のことである。
那須にいる仕事仲間を訪ねるのに、とても遠いと感じていた。
これが同じ栃木県なのかと思うほどだった。
だが、福島県の山に慣れてしまったら怖いものはなくなった(笑)。那須に親近感さえ覚えるようになった。
なにしろ登山口まで2時間で行けるのだ。日光の山にはおよばないが会津よりは近い。

17日に布引滝ツアーをおこなった以後の週間予報だと、20日は天候が安定するとあった。
仕事はないし、ここは当然ながら山歩きに充てるべきであろう。
すでに下見は済ませてある。といっても、確認したのは車での移動時間と駐車場の場所だけだが、、、

茶臼岳を中心とする那須連峰を地図で見ると高低差は小さいようだ。
日光でいえば鳴虫山くらいの高低差と読めた。
初めてなので茶臼岳と朝日岳の2座に登れればいい。しかし、この2座だけだと4時間もあれば行って帰ってこれるようだ。
ふだん8時間ないし10時間、歩いている管理人にはやや物足りないと感じる。せめて6時間か8時間は歩きたい。ここで頼りになるのは昭文社「山と高原地図」だ。地図上にコースが赤線で描かれているし主な区間ごとの所要時間までわかる。
あれこれ組み合わせて8時間にしたのが冒頭の行程表である(ただし、三本槍岳は現場で付け加えた)。

予報によれば天気が崩れる心配はないらしい。雷や風のことはわからないが、予報を信じて出かけてみよう。


湯本温泉を抜ける県道17号線は茶臼岳の登山口となるこの大駐車場で行き止まる。昭文社「山と高原地図」には、ここは「峠の茶屋」と表記されている。栃木県内からのアプローチとしてはここがもっともスタンダードな登山口のようだ。
もっとお気軽に登ろうとするならば、駐車場手前にあるロープウェイを利用すればわずか40分で山頂に立てる。
他にも登山口が多数あるし、福島県からのアプローチもある。茶臼岳はとても便利なのである。


トイレを左に見ながら駐車場の奥へ進むと石垣に挟まれて階段があり、ここを上がったところが茶臼岳の実質的な登山口である。
トイレの手前から上り始めれば茶店があるのでなにかが買えるようだ。自販機は数台見た。


階段を上がりきり木立の間を歩いて行くと右手に登山届けを提出するポスト兼登山指導所の建物がある。画像はその建物の脇から撮った。
柱に那須岳登山口と刻んであるが単体の那須岳というのは存在せず、茶臼岳、朝日岳、三本槍岳などの総称を指しているらしい。
地図を見ると茶臼岳のすぐ南に南月山、日笹山、黒尾谷岳というのもあるのでこれらも那須岳に含めてよさそうだ。


鳥居をくぐったところで赤いずきんを被った狛犬の出迎えをうけた。
うむ、ただならぬ雰囲気。荘厳な気持ちになる(笑)


日光ではお目にかかれないが、おそらくムラサキヤシオだと思う。


歩き始めて20分もすると樹林帯を抜けて視界がパッと開ける。周りは山だらけ。素晴らしい展望だ。
右前に見える山の方角を確かめると朝日岳のようだ。


うっひょ~、すげ~!
前方が丸見え(笑)
こんな展望、日光ではあり得ない。


コース脇には植生保護のためロープが張られていて中には入れない(立ち入って写真を撮っているハイカーもいたが)が、白いイワカガミの小群落があった。おそらくヤマイワカガミだと思う。


なにやら建物が見えてきたがあれは避難小屋か?
昭文社「山と高原地図」によれば峰の茶屋跡避難小屋とある。
それにしてもなんだな、この荒々しさは火山そのものといった感じだ。木1本生えていない。


避難小屋の右は先ほど見た朝日岳。先ほどとはずいぶん形が違う。


これが避難小屋だが日光の避難小屋と大きく異なるのは縦走の中継点として泊まるという利用はできないことだ。
あくまでも非常事態たとえば、いま落雷が発生しているとか風速数十メートルの風が吹いているとか、登山道を遮断するような大雨が降っているとか、遭難者が発生したときにここに駆け込むためのものだそうだ。
ただし、休憩は可能らしく、管理人が中を覗いたところ、大勢の登山者が談笑中だった。


避難小屋の前で道は南北にわかれ、右(北)へ向かうと朝日岳、左へ向かうと茶臼岳に行く。
今日の管理人の行動予定はこの両座の他に三斗小屋温泉というのを組み込んである。那須連峰では有名な温泉らしく、旅館があるそうだ。
写真で見ると歴史を刻んだ木造の建物らしく、とても情緒がある。泊まる計画ではないのだがそこをぜひ見てみたいと思う。それが冒頭に書いた行程表である。
なお、行程表には三本槍岳が含まれているが当初の計画すなわち登山届けには入れていなかった。この辺の事情は後ほど。


遠くに実にきれいな山並みが見える。
コンパスで方向を確認すると北西に位置している。
昭文社「山と高原地図」を広げて北西にある山を探すと栃木県と福島県との県境に流石山、大倉山、三倉山が見つかった。山容から判断してこの3座に間違いないらしい。
ちなみに距離は約4キロ先。


茶臼岳には各所にこのような木の柱が設置されている。
なので自分がいま、どこにいるかがわかる。
なのだが、矢印が示す方へ行こうとしてもどっちに進めばいいのかがよくわからない。
茶臼岳は噴火によって盛り上がった山であり、いまでも活動している。地面は火山岩と火山礫で木が1本も生えていないため、ハッキリした道ができにくいのだ。
全体も茫洋としていて山頂がどこなのかもよくわからないという不思議さだ。


周りを見回すと石の鳥居があったのでくぐって進むと石の祠がある。
那須岳神社だ。
なのでここが山頂かと思いきや、山頂を示す柱は別の場所にあった。


おっ、ようやく山頂に立てた。本日の第1座目である。


先ほどよりも標高が高いせいか流石山、大倉山、三倉山がよりハッキリ見える。
ではこれから三斗小屋温泉に向かうことにするが、最初の目標地点である「牛ヶ首」への道がよくわからない。
う~む、なかなか手強いぞ茶臼岳は。
ハイカーは大勢いるのだが道を尋ねるのを潔しとしない頑迷さのある管理人だけに、自力で牛ヶ首への道を探したいと思う。


ようやく探し当てたのはロープウエイ発着駅に向かうこんな立派な道であった。


お~、あったあった!


牛ヶ首への道は見通しが良く、実に快適である。


イワカガミ


ヤマイワカガミ


牛ヶ首に到着。


地図を見るとここで道は3方向に分岐している。
北に向かうと茶臼岳の西側を通って避難小屋に行ける。南への道は南月山の他に白笹山、黒尾谷岳に向かっている。
画像は茶臼岳の西側を通る道。


管理人の次の目標地、姥ヶ平へ行くには西へ向かう。
ここから俯瞰すると、少し北に向かって下ると分岐があってそこを左に折れると姥ヶ平へ行けるように見える。


姥ヶ平への下りをよく見ると広場になった場所がある。
かなり広くテーブルとベンチまである。
地図には湿地帯記号になっているが、まさにここから見るあの広場がそうなのであろう。湿地帯記号の少し北には池の記号が描かれているがここからは見えない。


これもムラサキヤシオだと思う。


まさにツツジそのもの。
ミヤマツツジともいうそうだ。


アズマシャクナゲはまだ堅い蕾だった。


間もなく咲こうというベニサラサドウダン


ひょうたん池への分岐。
往復400メートルなので時間の無駄にはならないだろう、行ってみよう。
地形は平らなので時速4キロで歩くとして400メートルなら6分という計算。


なかなかいい雰囲気のアプローチだ。


木道の行き止まりはテラスになっていて池を見下ろせる。
まっ、一度見ればいいでしょうといった大きさ。


ツマトリソウ


オオカメノキはほぼ終わりだ。


ここで道は南北に分岐する。地図にある「姥ヶ平下」だ。
ここは予定通り三斗小屋温泉に向かうことにする。


大きく特徴ある葉っぱはエンレイソウ。花はついていない。


マイヅルソウだが今日廻ったコースは群落がいくつかあったし、日光で見るマイヅルソウよりも葉っぱが大きいことに驚く。


道を横断するようにして小さな沢が流れている。
水は透明でゴミひとつない。流れが飲んでほしいと訴えているように見える。
当然ながら飲む。旨い!


今度は幅3メートルほどの沢が流れている。ここも水がきれい。
足が蒸れて靴とこすれるようになったので引き締める意味で素足になって水の中へ。
う~、冷たい。2分ほど浸したのが限度。


ヤブレガサですかね?


ここで再び、道はT字に分岐する。
今度は東西に分かれている。


サラサドウダンツツジ


イワカガミの小群落


マイヅルソウの群落


木立の間を抜けると突如として建物が出現した。
なるほど、これが三斗小屋温泉の旅館か。
「大黒屋」と「煙草屋」の2軒が並んでいる。
江戸時代は山岳信仰や会津へ行く旅人でたいそうな賑わいを見せ、明治初期には5軒の旅館があった、、、と近くの説明板にある。


さて、管理人はこれから朝日岳へと向かうわけだが、道は煙草屋旅館の入口をかすめてついている。
いいですな~、この感じ。


昔は参道として使われていた名残か、常夜燈がある。


三斗小屋温泉神社入り口の木の鳥居


神社が建つ樹林帯を抜けると視界が開ける。


ベニサラサドウダン


前方に立ち上るのは噴煙か水蒸気か。


うふぉっ、すごい。
溶岩が噴出してもおかしくない雰囲気。
そこは旅館に温泉を引いている源泉であった。


ここは辛かった。


南の方角に湖のようなのが見えたのでズームしたところ、沼原湿原の入口にある調整池だった。


茶臼岳を西側から眺める。


急斜面を登ると隠居倉に到着。
ピーク状になっていて地図には標高点1819と描かれている。


あのプラミッド状のピークは朝日岳であろう。いい眺めだ。来てよかった。
さてさて、間もなく午後2時。
ふつうなら下山に取りかかる時刻である。
が、、、空は朝と変わらず雲ひとつない快晴である。
雨はおろか雷の心配はまったくない。
那須は日光と同じ栃木県内とはいえ、自宅から車で2時間もかかる。
予定の行程はこの後、朝日岳に登って下山することになっているが、ここから1時間歩けば那須連峰の最高峰、三本槍岳に立てるのだ。
往復2時間を加えても日没にはなるまい。
後日、出直すとしても、それはいつになるかわからないぞ。
チャンスはいまだ!!


ここにもヤマイワカガミの小群落が。


ミツバオウレン
他の植物と混成しているため特徴である3枚葉が隠れているが間違いないと思う。


隠居倉から先は熊見尾根と名前がついていて、800メートルほど進むと三本槍岳への分岐がある。
分岐を北に向かうと地図の湿原記号、清水平である。


ここも視界が開けた道で快適に歩ける。
正面に見えるなだらかな山が目指す三本槍岳。
名前は尖っているが実際は実に穏やかな形をしている。


つ、ついに那須連峰の最高峰に立つ。
展望はほぼ360度と素晴らしいのひと言。
こんな時間なのでハイカーはいないだろうと思ったらカップルが1組、食事をしていた。


三本槍岳から先は福島県に抜ける道があるがそれだと帰れない。
どうしてもピストンせざるを得ない。


南へ下って「朝日の肩」まで来るとこれも荒々しい朝日岳が眼前に見える。
とはいえ、登るのに10分しかかからないらしい。


3座目の朝日岳。
茶臼岳と同じく噴火によって盛り上がった山らしいが形はハッキリしている。


すぐ脇にゴジラの背のような岩が連なっているのが気になったが、岩登りができるような構造にはなっていなかった。


朝日岳からの帰路、避難小屋へ向かう道はエッと驚くような岩の脇を通す。
危険というわけではないのだが日光の山でいえば足尾の庚申山を彷彿させる荒技である。


これは剣ヶ峰かな?


いや~、凄いもんだな!


日光の山では見たことがないが、たぶんウラジロコヨウラク。


峰の茶屋跡避難小屋が見えてきた。
朝は左に見える緩やかな斜面を歩いて小屋前に出て、それから茶臼岳に向かった。


朝は中に人が大勢いたため遠慮したが誰もいないこの時間なのでゆっくり見てみた。実にきれいに利用されている。手前にも部屋があって非常時には50人は入れそう。


茶臼岳の見納め。


こちらはいま降りた朝日岳。


東に向かって朝歩いた道を進む。
時間が許せばもっと長居をしたい気持ちだが、車での移動時間が長いので居眠り運転をしないためにも限度となる時間だ。


それにしても凄いものだな、那須の山は。火山そのものだ。


火山帯の道を過ぎると樹林帯の中に入るが距離は短く、駐車場までは近い。


鳥居をくぐり抜けとすぐ左に登山届けポストの建物がある。
時間は18時を回った。


朝の混雑がうそのように大きな駐車場は閑散としていた。


今日の歩行距離は20キロ。休憩を含んで10時間だが疲れるほどではなかった。
登山口とそれぞれの山頂との標高差は500メートルしかないし、アップダウンも多くはない。ロングトレッキングというに相応しいルートなのだ。
福島県の会津駒ヶ岳も素晴らしかったが那須の山もよかった。いっぺんに気に入ってしまった。


茶臼岳から先、牛ヶ首まではハイカーがいたが、その先はひょうたん池の手前でひとりと三本槍岳の山頂でカップルを見かけただけだった。
思うに一般的にはロープウエイあるいは峰の茶屋避難小屋から茶臼岳を目指し、茶臼岳の西側を歩いて同じ場所に戻るというパターンが多いのかもしれない。朝日岳はそのオプションという位置づけではないのだろうか。
ましてや牛ヶ首から先、三斗小屋温泉へは距離が長くまた、樹林帯であるため見通しが悪いのであまり利用されていないのではと思う。

いずれにしても花の季節のこの快晴の下、人の少なさはありがたかった。
行きたい山がどんどん膨らんで、日光の山から遠ざかる一方の管理人なのである。
このブログの名称も変えなくてはならないか?(笑)

天上から静かに舞い落ちる華麗な滝、布引滝へ。

2017年6月17日(土)

スノーシューツアーが終わって以後、初めてのツアーである。
管理人が運営しているスノーシューのホームページやペンションのホームページをつぶさに見てもこのツアーは探せない。
つまり、日頃からコンタクトをとっているリピーターのための、非公開ツアーなのである。

スノーシューツアーは距離も時間も短いので初めて参加する人も歓迎しているが、6時間も7時間もかかりその上、急斜面のアップダウンがあるツアーだと脚力の知れない人を誘うのは躊躇う。どのようなアクシデントがあるかわからないからだ。

今日おこなった布引滝ツアーもそのひとつで、長い林道歩きを避けるためにあえて林の中の急斜面に入り、ショートカットすることで距離と時間を短縮する必要がある。丸太で組んだ階段は朽ちており、バランスを崩すと転倒する恐れがあるし、岩の上を歩くには慣れを必要とする。不本意ながら参加してもらうのに条件を付けざるを得ない。

その条件というのがリピーターすなわち、過去に管理人が主催するツアーに参加したことがありなおかつ、それなりの脚力と精神力を有している人、ということになる。
今日は今年2月、スノーシューツアーに参加してくれたHKさんをご案内することになった。
スノーシューツアーでお会いしたのが初めてではあるが、安定した歩きは他にスポーツをたしなんでいると判断した。

今日の記事ではいきなり2度目のショートカットから始まる。
1度目のショートカットは30度もある斜面を登るのに、同行のHKさんのことが気になり、写真など撮っている余裕がなかったというのが正直なところだ。
その斜面を難なくこなしたHKさんを見て、ここに来てようやく写真を撮る余裕が出てきた。


2度目のショートカットはガレ場から始まる。
ガレ場が終わると笹原に変わるが安定性に変わることのないHKさん。


コンパスで狙ったとおりの場所に出るとそこが3度目のショートカット入口である。


すべてのショートカットを終えて車道の上に出るとそこに、日光連山をバックにした布引滝の展望台がある。
歩き始めでいきなり急斜面のショートカットを強いられてさぞ面食らったであろうHKさんだが、この展望の良さとまったりした空気に、爽やかな笑顔を見せてくれた。


展望台をあとに車道を進むとやがて道は尽き、そこに木製のテーブルとベンチが置かれた広場がある。
布引滝への入口部分である。
広場には鉄骨で組まれた大きな櫓が建っていた。
聞くと斜面の崩落が激しいため工事を始めるらしく、そのための資材などを運搬する設備らしい。


ここで道は布引滝と富士見峠にわかれるので布引滝へは直進する。
直角に右に曲がると富士見峠に行き、女峰山と小真名子山に登ることができる。


布引滝へは分岐からかなり急な下りとなる。
急だから歩きやすいようにと丸太で組んだ階段が敷設されているのだが、年月の経過に伴って土はえぐれて段差が大きいわ、丸太は朽ちて傾いてるわでとても歩きにくい。自然の中に設置した人工物の維持管理の難しさが表れている。


朽ちた階段を下り終えると歩きやすくなる。
さらには小さいがゆえに地図に描かれない沢が数本流れている。流れは清冽である。


2回目の渡渉。
水深は5センチくらいなので足を濡らす心配はない。


3回目の渡渉。
ここも地図には描かれていない。


バイケイソウの群落の間を縫って歩く。
和名は梅慧草。花はまだついていない。
茎が伸びて先に梅に似た花をつける。


丸太の階段の次は岩畳。岩畳からロープを伝って降りるとようやく野門沢に降り立つことができる。布引滝の最上部が見える。
これからしばらくの間、河原の大きな岩を縫いながらあの滝を目指す。


沢はここで行き止まり、目の前に落差10メートルほどの小ぶりな滝が落ちている。布引滝の末端部分だ。
目標とする布引滝本体はこの壁の上だがここを乗り越えるのは無理。
この手前にロープがあるので高巻きする。


沢の左岸にかかっているロープを頼りに急斜面を登っていく。


マイヅルソウ


ロープが終わって平らになった。
シロヨメナの間を縫って行くと、、、


そこにとてつもなく大きな滝が出現して訪れる人の度肝を抜く。布引滝の本体である。


落差は120メートル。華厳滝を凌ぐ大きさだ。
カメラを縦に構えてようやく全体が収まる。


露出を変えてもう一枚。


HKさんは健脚である。
ゲレンデスキーの長いキャリアがあり、ボードもこなすという。
山歩きは始めて間もないらしいが何ごとも前向きに取り組むスタイルなので上達も早いはずだ。これからの成長を応援して差し上げたい。


HKさんに撮っていただいた。


滝の上部をズームで撮ったところだがものすごい飛沫。水量の多さと流れの強さがわかるというもの。


石伝いに渡渉して滝に近づいてみたが、降りかかる飛沫でこれが限界。これより先は水浴びをするようなものだ。
昨年、管理人がソロで訪れたときに気づいたのだが、これだけ水量が多くまた落差が大きいのに妙に静かであることを不思議に思ったものだ。
それがここへ来て理解できた。
流れは滝壺に直接落ちているのではなく、大きな岩に当たってから滝壺に入っている。岩が消音効果を果たしているようだ。

ここでHKさんと二人っきり、滝を眺めながら至福の昼食を、、、という目論みであったが天はそんな管理人の心を見透かしたのか、そうはさせてくれなかった(泣)
布引滝がある栗山(日光市)は、豊かな自然を利用したさまざまな自然体験ツアーをおこなっていて、今日がその日だったようだ。
衆人環視(といっても7人だったが)の下で黙々と菓子パンをほおばる管理人であった。
5秒でくりやま


ネコノメソウ
花がふたつ横に並んで咲く様子が猫の目に似ていることから名がついている。


ズダヤクシュ
長野県の方言の喘息薬種(ぜんそくやく)が転じたと図鑑にある。


HKさんに気に入ってもらった苔むした岩海。
往きはさっと通り過ぎてしまったが映画のシーンに相応しいような景観と出合い、それが心にしみ入る。


沢の流で喉を潤すHKさん。
この水は無味無臭、冷たくて旨かった。
沢水には清濁あって、場所によっては細菌で腹を下す場合がある。
ではどんな沢なら安全なのかといった見極めはとても難しく、自分の感覚に頼るしかない。ひとくち、口に含んでなんらかの味がするとか臭いがあるといった場合は飲み水には適していないと考えるべきである。
管理人の場合、沢幅が広く緩やかな流れは水温が高く細菌が繁殖しやすいので飲んだりしない。沢岸の流れの弱い場所に泡が立っているのは富栄養化でプランクトンが繁殖しているためなので論外。近くに寄っただけで臭いを感じる。
あちこちにシカを見る場所も不適である。シカが沢を横切ったり水を飲むような場所には細菌が繁殖している可能性が大きいとみるべきである。


やがて、遊歩道という名の段差だらけの道は終わりとなり、工事中の広場にたどり着いた。


展望台から下に向けてのショートカットも上手くいった。


ここまで管理人がなんら不安を感じることなく着いてきてくれたHKさん。
ショートカットはあと1箇所を残すのみとなった。

沼原湿原散策と那須の視察

2017年6月11日(日)

次回のためのメモ
那須連峰を歩くための交通、登山口の確認と近くの沼原(ぬまっぱら)湿原の散策。
お客さんをガイドすることを視野に入れ、混雑状況を把握するため、あえて快晴の日曜日を選んだ。

茶臼岳登山にもっとも便利な那須ロープウエイ山麓駅。
駐車場は3箇所あるがどれもほぼ満杯状態。
山頂直下まで5分で到着し、そこから山頂へは30分程度で行けるらしい。
ロープウエイは20分間隔で運行しているが、観光客らしき手ぶらで乗り込む人の方が多かった。
道路はここからさらに上へと続いていて、行き止まりが茶臼岳に徒歩で登るための登山口らしい。


道路の行き止まりから階段を5分ほど上ると「那須岳登山口」に達する。
那須岳とは茶臼岳、朝日岳を筆頭にいくつかのピークの総称で、単体としての那須岳は存在しない。最高峰は福島県境の三本槍岳で1916.9メートル。


登山口手前に登山指導所があって登山届けはここにあるポストに投函するが、用紙はなかった。
単独行動でなおかつ人っ子ひとりいない山に入ることが多い管理人は登山の際、あらかじめ届けを3通作成し1通は自宅、1通はポスト、1通はザックに入れておく。
こうしておけば管理人の遭難はまず、家人が気づく。家人は警察または消防に届けを出すであろう。警察、消防は山中に倒れている管理人を発見し、身元を確かめるために管理人のザックの中をあらためるはずだ。その際、登山届けが入っていればそれで身元が知れる。
こうすることで管理人の遺体は速やかに家に届くことになる。とまあ、そこまで緻密に考えているわけではないが、遭難時における発見、救助(あるいは遺体搬送)の効率は上がるであろう。


ベニサラサドウダンが深紅の花で迎えてくれた。


登山口をあとに元来た道を車で戻って町営の那須温泉ファミリースキー場へ。
今年3月、雪山訓練に来ていた県内の高校生ら8人が大規模な雪崩に巻き込まれて亡くなった現場である。慰霊所が設置されているので向かった。


茶臼岳を見上げる公園風の広場に献花台が置かれ、亡くなった高校生にために花やスナック類が手向けられていた。


遭難の状況を知りたくて現場となったスキー場に行ってみた。
ゲレンデはこの時期、地元のアウトドアスクールによるパラグライダー教室がおこなわれていて、数人の受講生がランディングの練習をしていた。

こんもりした大地が茶臼岳の一部(東面)で、中央に見える出べそのようなのが「天狗の鼻」と呼ばれる大きな岩(たぶん)。高校生達はスキー場のゲレンデから離れ、画像の真ん中当たりの林を尾根に向かって急斜面をラッセルしながら上って尾根に達し、さらに天狗の鼻に向かって進んでいたときに、天狗の鼻から落ちてきた大量の雪に埋もれたのだ。

ここから見ると天狗の鼻の斜面に木々がないことがわかるが、地質が溶岩であるために大きな植物は育たないのであろう。あるいは雪崩の常習地帯となっているために木々が生えないのかも知れない。
傾斜も30度くらいあるから雪崩が起こりやすい斜面といえる。と、素人の管理人にもその程度の知識はある。絶対に近寄りたくない地形だ。


遭難の現場をあとに沼原湿原に向かう途中、那須高原ビジターセンターがあったので立ち寄ってみた。
展示・解説コーナーがあるのは管理人の地元・湯元ビジターセンターと同じだが、建物は近代建築を思わせるようで実に立派だ。
しかし、茶臼岳の賑わいをよそに訪問者が少なかったのは、茶臼岳までまだ道のりがあるという立地のせいなのだろうか。


車を「一軒茶屋」の交差点まで戻し、板室方面に右折すると別荘地を縫うようにして道が続く。板室温泉の近くでさらに右折すると本格的な山道となり、行き止まりが沼原湿原の遊歩道入口だった。
緩やかに下っていくと湿原の際に出た。


湿原入口に設置されている説明板。
さあ、どんな花が見られるのか楽しみ。


南北に細長い湿原は植生保護のため木道が敷設され、湿原を一周できるようになっている。


ツボスミレ


ハルリンドウ


南北に細長い湿原は北方面の視界が開けている。
中央に見えるのは福島県境の1800メートル峰、右から流石山に大倉山、三倉山らしい。


カラマツの雌花を見つけた。


ズミも目立った。


カエルの卵らしい。


ほう、ここから三斗小屋温泉に行けるんだ。いつか挑戦しよう。


一周を終えて駐車場に戻るとトイレの脇に茶臼岳への道標があるのを見つけた。
地図と見比べてみたが複数のルートがあるようだ。
いずれ歩くことになるだろう。

矢板市のミツモチ山。下って下って山頂に(笑)。レンゲツツジを堪能。

2017年6月2日(金)

夜半の雷を伴う激しい雨も止み、今朝は青空がのぞいた。
宿泊のお客さんを送り出し、予定していた八方ヶ原のレンゲツツジを観に行くことにした。
先月23日、スッカン沢の滝を見た帰りに八方ヶ原に立ち寄ったところ、大半の木がまだ蕾の状態だったのを見て、例年の開花日は知らないが今年は6月になってからと考えたのだ。

予定の行程は学校平の駐車場から歩き始めて大間々まで、ツツジを眺めながら1時間かけてのんびり歩き、大間々に着いたらレンゲツツジの群落地をぐるっと一周する、そんなことを考えていた。
自宅の出発は遅いが歩く距離は短いから問題ないと思う。
ところがもうすぐ現地に到着する頃になって空が急に黒くなり、大粒の雨が降り出した。ワイパーを高速にしても視界不良が解消されないほどの激しい雨だ。雨に混じって霰(あられ)が落ちてきた。それに強風だ。出かける前の天気予報によると大気の状態は不安定とのことだったが、あれほど青空におおわれていたのにこの雨と風だ。意気消沈する管理人なのである。

雨と風は学校平に到着してもなお続き、しずまる気配はない。
よしっ、今日は潔くあきらめよう。
その代わり、学校平から大間々まで、歩くのをやめて手っ取り早く車で行って、窓越しにレンゲツツジを眺めて帰ろう。そのくらいのことをしなくては自宅から1時間半かけてやって来た甲斐がない。

車を走らせながら花を窓越しに観ようとしてもそれには限界がある。学校平から大間々までの約10分、道路沿いにヤマツツジとレンゲツツジが観られたがやはり違うんだよな、歩きながら眺めるのとはね。
大間々に着いてからも雨と風は強く、トイレに行くのに傘を広げることもできないほどだった。

レンゲツツジは日光でも見ることができる。湯ノ湖の兎島、光徳沼、湯川沿い、戦場ヶ原などにだ。
ただし群落ではない。
群落ではないが新緑の中、大柄で橙色の花は目だつ。低木なので咲いていれば遠目にもあれはレンゲツツジだということがわかる。
これらが群落を成すとどうなるのか、それをぜひ見てみたいものだ。
ふつふつと湧き上がる欲望とレンゲツツジの誘惑(笑)

幸いなことに雨は止んだ。空が明るくなった。あとはこの風さえしずまってくれれば絶好の観賞日和になる。
ここで気が変わった。
ツツジばかりで風を遮るもののないこの場所で写真を撮るのは難しい。
であればツツジの観賞は後回しにして、先に近くの山に登ってしまおう。山の中なら風が防げる。下山するころにはこの風もしずまっているだろう。レンゲツツジを観賞するのはそれからでも遅くはない。
選んだのは大間々からもっとも近いミツモチ山(1248M)である。


八方ヶ原の駐車場からはいろいろなコースがとれる。
今日はもっとも近いミツモチ山を目指すが、剣ヶ峰を経て釈迦ヶ岳に行けるし剣ヶ峰、大入道を経て戻ってくる周回ルートもあってなかなか楽しめる。
ミツモチ山も往復、異なるコースを歩けるようになっている。


登山道はこんな感じ。
昨年3月、学校平から歩き始めてここ大間々を経て、釈迦ヶ岳に登ったときもこの道を歩いた。


歩き始めてすぐ、ミツモチ山への分岐に差しかかる。
ここから入ると右回りに周回して「青空コース」で戻ってくるわけだが、管理人の習性として、半径が小さい場合、なんとなく左回りの方がしっくり来る。
車の場合だと右カーブよりも左カーブの方が楽だし、右折よりも左折の方が楽という心理的なものなのかもしれない。あるいは右利き、左利きというヒトの生理に関わるのかもしれないが、とにかくここは左回りだ。もう少し歩いて「青空コース」から入ろう。


今度は剣ヶ峰コースとの分岐。剣ヶ峰コースを進むと釈迦ヶ岳や鶏頂山へ行ける。
直進するとミツモチ山の青空コース。


笹原の中の一本道だが、山へ向かって進んでいるという気がしないほど平坦いや、明らかに下っている。道を間違えてる?


先ほどの雨のせいかコースを水が流れている。
これから登るミツモチ山に向かって流れているという不思議な感じ(笑)


残り700メートル地点にミツモチ山へのもう一本のルート、「やしおコース」に連絡する道があった。


雨水が溜まってできた池なのかそれとも恒常的に水が溜まっているのか、林の中に2つ、このような池を見た。動物の水飲み場として使われるのかも?


林を抜けると開放感たっぷりの広い笹っ原に出た。展望もいい。道は相変わらず平らで車でも十分、走れるくらいの広い道だ。


木で造られたテーブルとベンチが現れ、ここが山頂らしい。
結局、ここまで、下りながら山頂に達するという貴重な体験をしたのだった(笑)


おやっ、展望台があるぞ。


階段を数段上がると展望台。
ここが山頂ということか?


お~、いい眺め!
南側に展望が開け、見えるのはおそらく矢板市街と思う。
あの雲がとれれば宇都宮市街まで見えるのかもしれない。


いつものように菓子パンで昼食とし、下山することにした。
ここまでが「青空コース」で、ここからは「やしおコース」を行く。


「やしおコース」を歩き始めたところ。
コースが水たまりとなっている。
ここはやむを得ないが笹が茂っている側に避けるべきだろうな。それを何百人、何千人もが繰り返すうちに笹原が裸地化することになるが、、、


おっ、シロヤシオがまだ見られた。
コース上に落ちている花はずいぶん見てきたがまだ咲いているのもあったのだ。


直径1メートル以上もある大きな木。立派である。
案内板によるとイラモミという針葉樹で、日本ではここ栃木県北部が分布の北限だそうだ。


水が流れるコースはまだ続く。
景観として悪くはないが歩くには苦労が伴う。


先ほど通過した分岐に飛び出した。車も見える。


さて、では最後にツツジでも観賞しましょうか。
午前中のあの強風もしずまり、木々の枝が風になびくこともなくなった。これで写真が撮れそう。
大間々の駐車場から学校平に向かって緩やかな下り傾斜となっていて、そこに広大なツツジ林が広がっている。広さは300ヘクタールもあるらしい。これを東京ドームに換算すると64ヶ分に相当する、と計算できた。
林内には遊歩道があって歩きながら目の前のツツジを観賞できるが、駐車場から見下ろすだけでも十分、楽しめる。


前方に見えるピークは方角から判断して剣ヶ峰と学校平を結ぶ縦走路にある大入道(1402M)らしい。


場所を少し移動して前の画像と同じく大入道を見る方角で撮ったレンゲツツジ。とにかくものすごい数のレンゲツツジが斜面に成育している。


見晴らし台を降りて林内を歩いてみるとヤマツツジが多い。
張り出した枝で行く手を遮られることもある。いやぁ、それにしてもすごい数だな。


今日は標高1280メートルの学校平から歩き始めたため、1250メートルのミツモチ山まで下りながら登山をしたわけだが、ミツモチ山へは他に山頂の南に位置する標高700メートルの栃木県民の森を登山口とするコースがある。
そうすると当然ながら斜面を登ることになる。次はそっちのコースに挑んでみよう。
なお、大間々駐車場から青空コースを辿ってミツモチ山へ至る道は、地理院地図では軽車道(細い実線)の扱いになっている。道幅が広くまた平坦だったのはその理由による。山頂のテーブルとベンチ、展望台を建設するにあたってはおそらく、管理人が歩いた道を資材を積んだ車が走ったのであろうと思う。

それにしてもなんですな、自宅からの移動時間はかかるもののこれほど手軽にハイキングが楽しめる場所があるというのはいいものです。日光でいえば小田代ケ原や戦場ヶ原がそれに当たるかな?
大きな違いは展望とハイカーの数。
展望の良さと静かに楽しめるという点では今日、管理人が歩いたコースが絶対に優位。
交通の便でいえば奥日光が断然優位だが、どちらの優位性を重視するかでいえば管理人は今日のコースを推す。と、日光の他にも楽しめるエリア探しに腐心する管理人なのである。
今日は大きな収穫だった。

夏日の古賀志山でホットなランチ(^^)。未踏ルート発見という収穫も。

2017年5月31日(水) 晴れのち曇り

数日続いた天気も今日までらしい。
雨の日のあのしっとりした感じもいいものだが、ここ数年で晴耕雨読が身についてしまった管理人は山を歩くのに晴れの日を選べるという、一般のハイカーに比べれば恵まれた暮らしをしているので、なにもわざわざ雨の日に出かける必要もない。
などと書くとえらそうにっ、とご批判を受けかねないが要はそれだけ本業が暇というわけ(笑)。

今夜から明日にかけて雨が降るらしいので今日はやはり山行に充てるべきであろう。
ちょうどお米が切れて、一年分を玄米のまま預けている農家へ取りに行く用事ができたのでそのついでに、農家とは目と鼻の先にある古賀志山へ行くことにした。

前回いつ行ったのか記憶にないくらいご無沙汰している。
昨年は古賀志山に咲く花を追い求めて週一のペースで通ったものだが日光や会津の山に登るのに忙しくなり、足が向かなくなってしまった。花はもう咲き終わっているだろう。
古賀志山は2014年10月から数えて今日で56回目となるわけだが昨年9月以後、ペースはぐっと落ちて半年でまだ6回と少ない。
とはいえ、この山は花だけではなく、いろいろな楽しみ方ができるので気に入っている。
ちょっと空いた時間を活用して楽しめるのがいい。
管理人の今日の持ち時間である4時間を有効に活かしたいと思う。


前回来たときと比べて水位が低下した赤川ダム。
大丈夫かね、農作物などは。梅雨を期待するのみ。


赤川ダムの畔にある公園管理棟の脇からコースに入る。


コアジサイ


ニガナ? ハナニガナ?
微妙なところ。


木立の中の歩きやすいコース。
思わず走りたくなりますな(笑)
なお、この道は車道に出てお終いになる。


クロイチゴ発見。
日光では珍しいのにここでは道路脇にびっしり。


車道を古賀志山南コースに向かって歩いていると、斜面を上る小径を見つけた。方向は古賀志山へと向かっている。
なんども通っている道なのにここから古賀志山へ行ったことはないような気がする。
古賀志山のバリエーションルートは歩き尽くした感があるが、こんな身近にまだ未踏ルートがあったとは、、、


おぉ、巨大な岩が前を塞いでいる。
見たことのない光景だからやはりこのルートは初めてらしい。
乗り越えられるかと思って岩のすぐ下まで行ったところ、ロープや鎖など手がかりがないため巻道を探すことにした。


この辺から登ってみることに。


なんとなく見覚えのある場所に出た。
ここはもしかすると古賀志山の岩コース?
※岩コースは地図にある南コースから派生する山頂への近道でバリエーションルートのひとつ。南コースの東に位置する。


岩を上った先は古賀志山の山頂だった。
山頂広場では2グループ、10名ほどのハイカーが昼食を楽しんでいた。


古賀志山を通り過ぎて次にハシゴを上ると、、、


そこは展望抜群の御嶽山。
時間は12時ちょうど。
古賀志山の賑わいとは違ってここは無人だった。
古賀志山にくらべて御嶽山は展望がいいので人が集まるのに今日は珍しい。


予報によると天気は下り坂らしく日光連山は霞の中にある。


山頂を少し西へ行くとコースから外れて平らな場所がある。宇都宮市街が望める。
ではこの辺でランチでも。


いつも菓子パンばかり食ってる管理人だが今日は趣向を変えてちょっと凝ったものを作るぞ(笑)
そのためにコンビニで食材をいろいろ買い込んだ。これでも一応、ペンションではお客さんに提供する料理を作ってる身なんである(笑)
さて、何を作ろうとしているんでしょうか?


食パンの上にガーリックをぬり、その上に薄切りハム、スライスチーズ、きんぴらを載せさらに食パンをもう1枚重ねて、、、
あっ、七味唐辛子があればよかった。


次にこいつで挟んでストーブの上に載せて、、、
ひっくり返しては焼き具合を見てを3回ほど繰り返す。


いい焼き加減、、、
厚みのあるアルミダイキャスト製のホットサンドメーカーなので火の強さはかなりいい加減でも大丈夫。要は途中、なんどか焼き加減を見るのがポイント。
ではいただきます。飲み物はサラッとしたスープが合うようで。
うん、旨い。
旨いが熱い。とろけるチーズが熱を保持してなかなか冷めない。そして暑い。
今日は初夏の気候、秋から春にかけてだったら最高のランチになるな(笑)
いずれ機会があったら常連のお客さんに実験台いや、モニターになっていただいて反応を確かめたい。


お客さんがチェックインする15時にはまだ余裕があるので往きとは異なるルートで帰ることにした。


猪落(ししおとし)は距離は短いながらも全体が岩尾根になっているので落ちたら大怪我は免れない。
焦らず慎重に。


御嶽山からの下りに利用される階段の道(南コース)と合流した。


再び公園内の快適な道を歩いて駐車場へ向かっていく。


ログはGeographicaで記録した。
ただし、バッテリを節約するため記録間隔は1分の設定なのでやや直線的となった。

スッカン沢は滝だらけ。素簾の滝、仁三郎の滝、雄飛の滝へ。 

2017年5月23日(火) 晴れ

晴れと夏日の続くここ数日、涼を求めて昨年行ったことのある栃木北部、那須塩原市の滝巡りをしてきた。
管理人が住む日光市は今から10年前に広域合併がおこなわれ、日光市は栃木県の面積の1/4を占めるほどに広がった。
すなわち、それまでの今市市、藤原町、足尾町、栗山村が合併によって日光市となったわけだが管理人、合併前のそれら市町村のフィールドをほとんど知らない。
山歩きをするのに合併前の日光市(便宜上、現在の日光市にたいして旧日光市あるいは旧日光とする)だけで事足りていたからだ。

管理人が初めて旧日光以外の山に登ったのは足尾町(旧上都賀郡足尾町、現在は日光市足尾町)の薬師岳~地蔵岳~夕日岳を縦走したときだ。
とはいえ、それさえ合併から8年も経ってからのことだ。さっきも書いたけど、それまで山歩きをするのに合併前の日光市だけで十分だったのだ。
日本百名山や二百名山を目指して全国を歩く人たちに比べて管理人は、ただひたすら旧日光の山を登り続けてきたのである。偏執的な傾向があるのかなぁ、おいらは?
もとい、気に入った山なら極めるまでなんども登るという気持ちが人一倍強いのだよ(笑)

そんな管理人の“タガ“が外れたのは宇都宮市の低山、古賀志山を知ってからだった。この山なくして現在の管理人の山への取り組み姿勢を語るのは困難である(そのへんのところは「古賀志山」と検索してください)。
日光じゃなくてもこれほど管理人の心を魅了する山があるんだ、というのが古賀志山の印象であった。それからだ、旧日光にとらわれず、あちこちの山に登るようになったのは。

古賀志山は日光の南に位置するが、日光の北に目をやると昔、家族で行った奥鬼怒がある。その近くには降った雨を太平洋と日本海とに分ける分水嶺の山、黒岩山や帝釈山、田代山、荒海山などが連なっている。それらは現在、日光市に属する(正確には福島県境)が合併前は塩谷郡栗山村だった。荒海山は藤原町だったかな?
旧日光以外の山を知れば知るほど、管理人には栃木県の奥深さが理解できるようなった。栃木県はとてつもなく広い。そしてまだまだ魅力的な山がたくさんある。
いままで旧日光の山に固執していたのが我ながらウソのように思える。

今日、訪れたスッカン沢は日光市の北西、栃木県北部の那須塩原市にある。
昨年10月、矢板市八方ヶ原の学校平から雷霆ノ滝と咆哮霹靂ノ滝を目指したのだがその際、案内板には他にも雄飛の滝、素簾の滝、仁三郎の滝とあるのを見て、機会ができたら是非行ってみようと計画を温めていた→雷霆ノ滝と咆哮霹靂ノ滝

じつは案内板にはこれら5つの滝は沢は異なるものの、連続して見ることが可能となっている。雷霆ノ滝と咆哮霹靂ノ滝は桜沢に、素簾の滝、仁三郎の滝、雄飛滝はスッカン沢にかかる滝で、案内板を見ると1本のハイキングコースで結ばれているのだ。
ただし、2011年の東日本大震災によってハイキングコースの一部が崩落したため、学校平を起点にした場合は雷霆ノ滝と咆哮霹靂ノ滝へは行けても素簾の滝、仁三郎の滝、雄飛滝への道は閉ざされて行くことができない。これら3つの滝へ行くには別の入口に改める必要があった。
そこで今日、別の入口から歩き始めてスッカン沢にかかる雄飛の滝、素簾の滝、仁三郎の滝を見てきた次第だ。


塩原と矢板を結んでいる県道56号線にスッカン沢にかかる橋がある。
橋のたもとの駐車場に車を置くとこの画像のような光景となる。
スッカン沢へはここから見える橋(雄飛橋)を渡り、階段を下る。


雄飛橋から見下ろしたスッカン沢。
遊歩道は沢の左岸(流れに向かって左)についている。
河原の石や岩が光沢のない茶色であるのが目につく。


これが遊歩道。
沢から10メートルくらいの高さにある。アップダウンはなくほとんどフラット。


この沢にかかる3つの滝のうち、最初に出合うのが素簾の滝でここだけ川原に降りて眺めることができる。
素簾とは「すだれ」の意味だが、実際に見て初めて名前の由来がわかった。


スッカン沢の対岸は高さ10メートルはあろうかと思える岩壁が連なっており、岩壁を伝って水が流れ落ちている。、その幅は100メートルはあろうかと思える。
これら全体が「すだれ」状に見えることから素簾の滝という名前が付いたのであろうが、管理人にはすだれに見える流れの個々が独立した滝に見えてしまうほどだ。
全体を見て素簾の滝というよりも、個々に名前を付けてあげたいくらいだ。


こんな素晴らしい光景にも出会えた。
天然の岩風呂かと思ってしまいそうな光景だ。
右の流れがスッカン沢の本流で左は素簾の滝の一部。
ここで注目すべきは水の色である。
硫黄泉のように濁っている。
高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)を源流とするスッカン沢は火山の成分が含まれているため、このように青白く見えるそうだ。
ちなみにスッカンとは酢っ辛いが転じたらしい。魚も住めないとある。
雄飛橋から見下ろしたときに石や岩が茶色に見えたのは火山成分によるものと思う。


次は仁三郎の滝。
橋のすき間から覗くと全体が見える。


仁三郎の滝。
落差はそれほど大きくはなく、5メートルほど。


最後が雄飛の滝。
素簾の滝からここまで200メートルちょっと。
日光には霧降三滝という3つの滝を巡るコースがあるが、それよりもお手軽。


雄飛滝は仁三郎の滝より少し大きいかなといったところ。


雄飛の滝を過ぎるとスッカン沢を渡る橋と出合う。
木製の大きな橋だが吊り橋ではない。


この橋を境にして名前がスッカン沢から鹿股川に変わるようだ。
構造はかなり複雑でこの平らな橋を渡ったら階段に変わり、次に対岸の階段を上って下るようになる(記憶では)。


上りの階段は右岸の岩壁から落下したと見られる岩によってふさがれていた。
6年前の地震は大きな傷跡を残したまま現在に至っている。


この先が崩落地らしく通行止めになっていた。
今日はツアーではないため同行者はいないが、お客さんを安全に目的地まで案内するのを生業としている管理人としてはここまでを視察すれば十分であった。引き返すことにした。
先ほどの立派な橋や階段は朽ちるに任せるのだろうか、とてももったいない気がする。


この階段を上ると県道56号線。


雷霆ノ滝と咆哮霹靂ノ滝がかかる桜沢へ行くにも、素簾の滝、仁三郎の滝、雄飛滝がかかるスッカン沢へ行くにも交通のアクセスは非常に悪い。
電車やバスだと絶望的である。
したがってどうしてもマイカーが必須となる。
だから空いているだろうと思って雄飛橋の駐車場に入ったところ、7・8台の車が駐まっていた。辺鄙な場所にありながら知られているのかもわからない。大きな三脚を肩にしたカメラマンが多かった。