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3台目のスマホにも地図アプリ「Geographica」を入れた。

2017年3月26日

安全登山に役立つはずなので、GPSについて書くことにしたい。

山で道間違いを起こさなければあるいは、もしも道を間違ったとしても、そこから脱出して正しい道に乗ることができれば、道迷いを原因とする遭難事故はかなり減るはずである。
また、地図に描かれている正しい道を歩いていても、その日が雨だったり霧に包まれているとつい不安になることがある。その不安は焦りを引き起こして事故につながるから、不安はぜひとも解消したいものだ。

GPS(正しくはGPS受信機だが、単にGPSとする)の液晶画面に映る地図を見て、そこに現在自分がいる位置と進むべきルートが示されていれば道間違いは起こさないと思う。
たとえ地図に道が描かれていない場所に踏み行ってしまってもそこが地図上のどこなのかがわかれば、元の正しい場所に戻るのは簡単だし、目的地に向かって進むのも簡単である。

山で使うGPSといえばGARMIN(ガーミン)社の製品があまりにも有名であり、普及もしている。
しかし、わずか2インチという小さい液晶画面に映る地図は、度の進んだ管理人の目にはとても見にくい。とはいえ、現在地とその周辺が地図で把握できるのはとても心強い。
しまった、どうやら道を間違えたらしい、と気づいても気持ちに余裕がある。その余裕を生かしてそこから脱出する策を考えればいい。
上に書いたようなそのまんまの使い方もあれば、ちょっと工夫して、歩くルートをあらかじめGPSにセットしておき、地図に示されるルートにしたがって歩くという使い方もできる。カーナビと同じですね。

GARMIN社の製品に代表される山で使うGPSは高価だが、これで命が救われるのだと思えば、事故ったときにしか役に立たない傷害保険なんかに比べてありがたみは大きい(比較の対象が違うってか?笑)。

ところで、スマホ時代にあってその機能を意識するしないにかかわらずだれもがGPS(スマホに内蔵の)を身につけているわけだから、これを山歩きに利用しない手はないと思う。
新しもの好きの管理人はスマホに入れて使えるGPSアプリ、正確にはスマホの機能の一部であるGPSを利用した地図アプリとでもいうべきだろうか、それら数種を試している。

その中からひとつを選んで紹介したいと思う。
選んだ基準は、
・・・進む方向に地図が向くこと
このたったひとつである。しかし、これが重要である。

紙の地図は周知のとおり、地図を開いたときに山名や標高値、各種の記号が上を向いている方が地図の北である。
進行方向が北であれば地図の北を上(自分の腹側)にしたまま歩けばいいのだが、途中で進行方向が南、東、西あるいはその中間に変わると正面に見える実際の地形が地図と合わなくなってしまう。
そこで進行方向が変化しても目の前の地形が地図に合うように、地図の向きを変えてあげる必要がでてくる。要するにだれもが自然にやっていることだが、地図を回して進む方向を上にするわけだ。

スマホの地図アプリにもそれを求めたい。
スマホを手にしたときに、進む方向がスマホの上に来てほしいのだ。
これができない地図アプリはとても使いにくい。
進む方向に合わせてスマホを回転させながら歩かなくてはならない。紙の地図を回転させるのとは違って、手から離れて落ちる恐れがある。回転させた向きを維持しながら歩かなくてはならないから、これはとてもストレスになる。
それに紙の地図だから手で回転させるのを必然とするが、デジタル機器なんだからソフト面で簡単にできるんじゃなかろうか、そんなこと。

地図が常に進む方向に向く、これが管理人のこだわりであり、この一点で選ぶとすれば管理人のニーズに合う地図アプリはいまのところ、ひとつ。
それが記事タイトルに書いた「Geographica(ジオグラフィカ)」である。

他にもふたつの地図アプリを試してみたが、ひとつは自分で地図を用意して入れなくてはならなかった。とても面倒だし、その地図の範囲から外れると表示されない。
また、携帯圏外だと地図が表示されないアプリもある。

Geographicaは携帯圏内であらかじめ地図をダウンロードしておけば、圏外でも地図が使える。地図は常に進む方向に向くのでとても使いやすい。

Geographicaの詳細は作者(たぶん)のサイトで→こちら


この視認性の違いを見よ!!(笑)
2インチのGARMINにたいして5インチのスマホ画面は迫力が段違いだ。いや、迫力の問題ではないな。
現在位置は両者わかるとして、その周辺の見やすさがずいぶん違うことがわかる。
なお、スマホはASUSのZenfone Lazer2でOSはAndroid6.0.1。キャリヤに縛られないSIMフリー機である。

実は今年になって2台目のスマホ、GALAXY Noteが電源落ちトラブルに見舞われて、急遽Zenfone を購入した。GeographicaはGALAXY にも入れていたので迷わず3台目に継承した。
Zenfone はGPS感度に難があるとのネットの情報があったが、次に説明する通り、なんら問題はない。
ちなみにGeographicaは有料(当初たしか300円前後ではなかったかな)のアプリだが、地図は地理院が無償で公開しているものをアプリが自動でダウンロードされるから、全国すべて無料で見ることができる。


Geographicaがスマホに表示した地図をスクリーンショットしたもの。
5インチの画面に映る地図は大きくて見やすい。まるで紙の地図を見ているようだ。
ちなみに、地図の縮尺は紙地図と同じで1/25000。

地図は携帯圏内だと現在地とその周辺のが自動的にダウンロードされる。他の場所の地図をダウンロードする場合は地図をスクロールすればいい。

赤い矢印はそこが現在地であることを示している。
いま、GPS衛星の電波が届きにくい室内で操作しているが、赤い矢印は現在地にぴったり一致している。
ただし、これはGeographicaの性能というよりは、スマホに内蔵されているGPSレシーバーの感度というか精度に関係する。

地名が上下逆さまに表示されているのは、管理人が南を向いていることを示している。つまり、地図が進行方向に自動的に回転してくれるわけだ。


地図をスクロールして霧降高原の丸山を表示させ、見やすいように北を上にしてスクリーンショットした。

等高線の間隔は10メートル単位なので地形の細かな変化がとらえられる。
地図右下に36°48’・・・・とあるのは現在地の緯度経度を度分秒で表したもの。
管理人が必要とする情報はこれだけでいい。
理由は最後に記載したリンクをクリックしてご覧ください。

地図の自動回転を中止して、地図の北をスマホの上部に固定することもできる。

注意点として、これはGeographicaの問題点ではないが、地理院地図は更新サイクルが長いため、すでに使われていない道が長年そのままになっていることが多い。
地図に道が記載されていてもそこは笹藪、なんてことがよくあるから注意が必要。とはいっても利用者にはどうすることもできないが。



昭文社「山と高原地図」のスマホ版。各エリアごとに500円。

所要時間や注意箇所、目印、花などの情報が充実しているので、全体を俯瞰するにはいいかもしれない。

ただし、地理院地図が1/25000の縮尺なのにたいして、「山と高原地図」は1/5万なので等高線は20メートル間隔。したがって山で使うには地形が読みにくい。文字情報が多いのもじゃまになる。

また、現在地は表示されるが地図の北が画面の上に固定されているので、地図を見ながら歩く場合はスマホを回転させなくてはならない。

メリットは定期的に更新されるのでルートが常に新しいことかな?
ただし、その都度、地図を購入する必要がある。

この地図で山行計画を組み、現地では地理院地図を使うというのが賢い使い方ではないかと思う。


同じ丸山をAndroid標準のグーグルマップで見たもの。

地理院地図と同じ範囲を表示させると等高線が見えない。
等高線が見えるように拡大するとごく狭い範囲しか表示しない。
これだと山では使えない。


本音をいうとね、、、
読者にGeographicaを勧めながら心苦しいのだが、これだけ優れた地図アプリにもかかわらず管理人はこれを補助的に使うだけだ。むしろまったく使わないことの方が多い。
メインはGARMIN社のGPSを使っている。

理由は単純で、山を歩くときの管理人の考え方だ。
管理人は紙の地図とコンパスを使って歩くことを信条としていて、GPS(GARMINの)が示す緯度経度を見て紙地図で現在地を確認したり、紙地図と周りの地形とを見比べながら歩くようにしている。GPSの画面に表示される地図を見ながら歩くことはしない。

せっかくGPSが画面に地図とルートを表示してくれるのだから、素直にしたがって歩くほうが楽だとは思うが、しかし、GPSに全面的に頼る、あるいは慣れてしまうと地図読みは上達しないと考えている。
万一、GPSが壊れたり紛失した場合を考えると、紙の地図だけで現在地を特定して正しいルートを進むことが求められる。これは実に高度な知識と技術、経験が必要である。そのためにも紙地図の使い方を完璧にとはいえないまでもマスターすべきなのだ。と、頑なに思っている管理人なのである。

こんな歩き方をしているものだから後続の人にどんどん追い越されるがまったく気にしない。道のあるなしにかかわらず、現在地を知り地形を確かめながら歩く楽しさといったら、それはもうサイコーだわ(笑)
とまあ、独りよがりも甚だしいが、敷かれたレール(道)の上をなんの疑いももたず山頂へ急ぐよりも、自分の頭で山を歩いてると実感するでしょ、その方が。

そのためにも管理人は紙地図とコンパスを必須としている。
なんども歩いたことのある山でもGPSと紙地図、コンパスは使う。
この作業をかなり頻繁におこなうためザックの肩ベルトにGPSのケースをくくりつけ、GPSを取り出しやすいようにしている。スマホはそれができない。GARMINのように小型だからこそ可能なのだ。
それにスマホは電池の持ちが悪いことも利用を躊躇う理由だ。電池の消耗を少なくするためGeographicaを使い終えたらスリープ、使うときに復帰という操作を繰り返さなくてはならずストレスがともなう。
GARMINなど画面に地図を表示したまま25時間も使える。予備の電池をもっていれば万全だ。
スマホは晴天時に画面が見づらいというのも嫌な要素だ。

雨が降っていて紙地図がぐしょぐしょになってしまったり、強風で紙地図が吹き飛んでしまうような場合を除いて、管理人はGPSと紙地図とコンパスを併用する。
GPSから得る情報は緯度経度のみ。
いずれGPSも使わず、地形図とコンパスだけで道間違いをせずに歩けるようになりたいと切望している。なのだが、変なところを好んで歩く管理人はやはりGPSを必要とするだよ。

紙の地図といえば昭文社の「山と高原地図」しか入手できない環境の人が、国土地理院の地形図を使って山を歩いてみたい、地図が読めるようになりたいと前向きに考えているならば、管理人は紙の地図と同じような感じで使えるGeographicaを強くお勧めしたい。それが紙の地図を読めるようになる第一歩ではないだろうか。

最後に懸念事項をひとつ。
管理人のスマホ歴は2011年の大震災以後に始まっている。
週1・2回、長時間にわたる計画停電により宿泊業の大動脈ともいえる電気が途絶え、予約メールをPCで受け取ることができなくなったことに端を発している。
そこで、ドコモをキャリヤとするスマホを手に入れ、PCの代用としたのだが、その後に開発されたGeographicaはすでにスマホ1号機のOSでは動作せず、やむなくGALAXYに変更したという経緯がある。
つまり、アプリは常にOSの進化に合わせてバージョンアップを繰り返すので、OSが古くなるとアプリは使えなくなる。するとまたスマホを買い換えなくてならない、というイタチごっこになるわけだ。
古いバージョンのアプリを残しておいてくれるとありがたいのだが、そうならないのがスマホアプリの宿命らしい。
Zenfone Lazer2のOSでGeographicaがいつまで使えるのか、これは作者にも知る術はないであろう。Geographicaは使いたし(補助的であろうと)、出費は抑えたし、悩ましいところだ。

※管理人がおこなっているGPSと紙地図、コンパスの連携→こちらで詳しく説明

雪の山王帽子山と赤薙奥社へ。Tさんの要望はそれは過酷なものであった。

日光駅を起点にいくつものスノーシューのフィールドを有し、そればかりか冬でも安全に登ることのできる2千メートル峰もある、それが冬の日光を際立たせる魅力ではないかと思っている。

管理人が日光をスノーシューのフィールドとして利用を始めたのは1998年のこと。翌99年には商業ツアーとして確立し、現在に至っているわけだがその間、延べ2000名ほどの人が管理人が主催するスノーシューツアーに参加してくれた。
そのごく一部、ほんのひとにぎりではあるがリピート、そして常連に至ってくれているのがありがたい。

管理人も高齢者群に属するようになりこの先、あと何年ガイドを続けられるかわからない。今の体力、脚力が維持できるならばあと2シーズンは務まるだろうが、以後はわからない。
そこで以後は参加者を常連客に限定して、管理人も楽しめる有意義な時間を過ごしたい。いわば冥土の土産になるような楽しく、充実したツアーにしたいのだ(お客さんを冥土に連れて行くつもりはありませんのでご安心ください)。

スノーシューのガイドとしての終末を、常連客だけを対象に、いっしょに管理人も楽しめるツアーができればベストである。ときにはお弁当を担いでピクニック気分で(チーズフォンデュパーティーのように)、ときには重装備で冬山へ挑むというように、相手に応じてスタイルを変え、難易度を変える。ガイドと客という垣根を取り払い、体調が悪いときは健脚の常連さんに管理人がガイドされるというのもありだ。それが管理人の終末にふさわしいスタイルではないかと思っている。

ピクニックにするか冬山登山にするかは常連さんの脚力と精神力次第ということになるが、後者の最右翼として、2012年から毎年ツアーに参加しているTさんを挙げる。脚力が群を抜いている。たぐいまれな脚力の持ち主といって過言ではない。
なにしろ同時に歩き始めて10分もすれば、管理人と100メートルもの差がついてしまうくらいだ。管理人、足が遅いのは自認しているが、それにしても恐ろしいほどの速さだ。
その上で特筆できるのは、強靱な精神力をもっていることだ。
危険と隣り合わせで挑むスキューバダイビングの長い経験が山でも生きているのであろう。
終末の管理人をガイドしてくれる常連さんとしてTさんほど適役の人はいない。
そんなTさんからの今回のリクエストは2日間、ガッツリ歩きたい、というものであった。

管理人に100メートルもの差をつけてしまうTさんの“ガッツリ“とはどんなレベルなのか、これまでの付き合いでおおよそのことは想像できる。
つまり、距離が長くなおかつ高低差が大きいこと。端的に言えばスノーシューによるハイキングなどではなく、雪山登山だ。
Tさん、冬の丸山にも赤薙山にも登っているし、満足してもらえる山は他にどこがある?

そういえば2年前の3月、山王帽子山に挑戦したときはあまりの雪の多さにラッセルの連続そして、ふだんなら頭上にあるはずの木の枝が目の前に立ちはだかり、時間ばかりくって途中で断念したことがあった。再挑戦してはどうだろうかという考えが浮かんだ。
しかしだな、今回は2日間のツアーだ。初日に山王帽子山に登ったとした場合、では2日目の候補はどこにすればいいかという問題が浮上する。Tさんのことだからもっと難易度の高い山へなどと言い出しかねない。
いや、待てよ。初日は丸山か赤薙山でお茶を濁して2日目に山王帽子山という方法もあるな。しかし、そんな子どもだましが通用するTさんではない。う~ん、答が見つからない。
いや、それどころではない。2日続けての冬山登山など管理人の身体が耐えられそうにない。管理人の考えは右へ左へと揺れ動く。

まっ、山王帽子山とてそれほど易しい山ではないから、初日でTさんを疲れさせれば、「あぁ、身体中が痛くてダメよ、アタシ。明日はもっと簡単な山にして」、と弱音を吐くかもわからない。そうすれば管理人のもくろみ通りだ。よしっ、この手で行こう!


2017年3月6日(月)
光徳駐車場~太郎山登山口~山王帽子山~太郎山登山口~山王峠~旧山王峠~光徳駐車場

11:14
光徳駐車場をスタートして山王林道の太郎山登山口に到着。
ここまでスノーシューで歩いてきた。
9:35の出発だったから1時間40分というゆったりペースだ。
一般客のツアーとは違うルートを歩いたのも時間がかかった理由。
ちなみに道標は「太郎山」となっているが太郎山へ行くには山王帽子山が経由地になる。
今日はその山王帽子山を目的地としている。


山王帽子山山頂へはコメツガの深い樹林帯を歩く。
コメツガは常緑樹なので林内は陽が差さず、雪は固く締まっている。
このような状況ではスノーシューよりもチェーンスパイクの方が効率がいい。


ここからはスノーシューをザックにくくりつけて歩くが、今日は管理人が所有するスノーシューの中でもっとも軽いタイプを選んだ。むかし、イワタニが輸入販売した「TUBBS」社製で小型ながら靴のサイズを選ばない優れものだ。ただし現在は入手困難なレアものである。


山頂近くに展望が開けた場所があり、西からやや南寄りに白根山が望める。空が青ければ見栄えがするんですが。


12:39
登山口から1時間25分で無事に山頂に到達。標高は2077メートルだから赤薙山より67メートル高いが、冬でも安全に登れる山の筆頭だ。ただし、今年のように雪が少なければ。
さて、ここでランチといきたいところだが風が強く、冷たい。
早々に退散して樹林帯に潜り込んでランチとした。


山頂からの男体山の眺め。
山頂の向こう側が二荒山神社の登山口で右の裾野に戦場ヶ原が広がっている。


14:05
無雪期ならば山王帽子山だけで終わりとせず、太郎山とセットで登るべきだが、冬は厳しい。
足早に下山して山王峠を横切って、、、


むかし、登山道に利用されていた旧山王峠へ。
現在とは別のルートで涸沼とを結んでいたらしいことが朽ちた道標に刻まれた文字からわかる。
こういう風情、郷愁をそそられて好きだなぁ。
いつ頃まで使われていたルートなのか知りたいのだが、資料らしきものはない。
ちなみに夏は背丈ほどの笹に阻まれてこれを探すのは大変な仕事だ。
場所は秘密にしておく。山王峠とそれほど離れていないからどうかご自分で。


帰りは地図にある登山道で光徳駐車場へ向かう。
今夜のペンションの宿泊者はTさんひとりだけ。帰りの時間を気にすることはないのでアストリアホテルの温泉で疲れを癒して帰路についた。



2017年3月7日(火)
キスゲ平(8:23)~小丸山(9:09)~焼石金剛(9:46/9:50)~赤薙山(10:26/10:40)~奥社(11:34/12:14)~赤薙山(13:00)~焼石金剛(13:09)~丸山鞍部(13:40)~小丸山(13:48)~キスゲ平(14:14)

※登山計画書に記載したタイムスケジュール
キスゲ平(8:30)~小丸山(9:15)~焼石金剛(9:50)~赤薙山(10:35)~奥社(11:55/12:15)~赤薙山(13:35)~焼石金剛(14:15)~小丸山(14:50)~キスゲ平(16:00)

昨日、山王帽子山を降りたTさん、根を上げたかと淡い期待はしたのだが、それほど甘くはなかった。
管理人:「かなりの傾斜でしたね、疲れたでしょ?」
Tさん:「2年前の豪雪に比べたら楽に歩けてとっても楽しめました」
管理人:「ははは、そうですか。緊張してたからそう感じるんですよ。疲れはあとから出てくるもんです」
Tさん:「ううん、ようやくエンジンがかかったところなの。もっと歩けそう」
管理人:「いやぁ、あんまり無理をするもんじゃありません。寝てるときに足が痙ったりしますよ。あれは痛いですよ~」
2日目は軽くすまそうと、“疲れ“という暗示をTさんに植え付けようと必死になっている管理人なのであるw

さあ困ったぞ。
初日で疲れさせて2日目は軽いコースをという管理人のもくろみはすっかり外れてTさん、元気そのものである。まるで疲れを知らない子どものように元気なのだ。
こうなったら山王帽子山を凌ぐ厳しい山へ案内するしかTさんを満足させる方法はないとみた。

8:23
2日目はここをスタート地点にした。
おなじみのキスゲ平である。
目指すは赤薙山のひとつ先のピーク、赤薙神社・奥社跡だ。地理院地図に奥社跡という明記はなく、ピーク2203となっている場所だ。
奥社跡は女峰山への中間点に当たるが、仮に女峰山を目指そうとした場合は奥社跡までが厳しい。キスゲ平からの標高差は850メートルもあり、これは全体の70パーセントにもなる。達成感はあるし自信がつくことは確実だ。今日はそこを目指すことにする。


キスゲ平は元スキー場を園地としたもの。
ここはスキー場の上級者コース部分だ。傾斜は30度ほどある。
今日は全行程をチェーンスパイクで歩こうと考えている。もちろんスノーシューはザックにくくりつけてある。


9:09
標高1601メートルの小丸山へは46分で着いた。
正面に見えるピークが赤薙山(2010M)で奥社跡はそのふたつ右のピーク。


小丸山から先はだだっ広い尾根が続く。道は複数つけられているがこの時期、当然ながら雪に隠れて見えない。赤薙山を正面に見ながら上へ上へと向かっていけば道迷いの心配はないし安全上の問題もない。
管理人と先を行くTさんとの差は広がるばかりだ。画像はズームしたものなので実際はもっと離れている。
お~い、待ってくれ~。ガイドを置いてかないでくれ~(笑)


進行右を見るといつも登っている丸山と、その向こうに高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)が見える。ここは標高1700メートル台だが雄大な景色が広がる。


9:46
標高1810メートルの焼石金剛。
小丸山と赤薙山を結ぶ稜線からの眺めはいいが標高が上がるにつれて視野はさらに広がる。
奥日光に魅力的な山は多いが2千メートル未満でこれだけの眺めが得られる山はない。


眺めのいい稜線も終わりに近づき、次に谷底まで300メートルというやせ尾根を通過する。
左が中ノ沢への斜面。ここは右に見える樹林帯に沿って歩くのが正解。


やせ尾根から中ノ沢をのぞき込む。
怖いっすねぇ。
雪庇を踏み抜いたら滑り落ち、冷たい水が流れる中ノ沢にぽっちゃん、などという生やさしいものではないはずだ。なにしろ沢まで300メートルを一気に滑り落ちるのだ。雪の上とはいっても凹凸があるからそのたびにバウンドして雪面にたたきつけられ、そのうちに意識をなくす。身体はなんども回転し、腕や足はねじ曲がり、無残な姿で収容されるというのが滑落遭難らしい(幸いなことにここでの事故はまだありません)。


10:12
女峰山と赤薙山を分ける分岐路。
女峰山へ行く場合も赤薙山方面に行った方がいい。
斜面が崩落している場所があるし、あまり歩かれていないため笹藪化している場所がある。雪のあるこの時期なら危険性はもっと高いはずだ。


10:26
赤薙山に到着。スタートして2時間03分だった。
積雪期でこのタイムはまずまずだろう。これもTさんに引っ張られたのが理由。


赤薙山山頂からのビューポイントは鳥居の奥の一箇所のみ。
女峰山がよく見える。来月になれば雪が少なくなるからあの頂へでも。
それでは、これからが今日の核心部分なので先を急ぐとしよう。Tさんにとって未知の領域へと。


赤薙山山頂を過ぎるといきなりこのような場所と出くわす。
尾根は切り立っている。尾根のトップは岩なのですぐ下についている道を行く。


11:34
唐突と思われるかもわからないが、着いた。
ここが奥社跡だ。
Tさんのペースが速すぎてこの間、写真を撮る余裕がなかった(^^;)
スタートして3時間11分は早い。
昨年4月、雪がもっと少ない時期に管理人がソロで歩いたときは3時間25分かかったから、やはりTさんのペースだ。
ちなみに地図を見ればわかると思うが、女峰山への道のりで厳しい場所はここまでで、ここから先は緩やかな稜線歩きとなる。行程の半分がここで終わるのであとは女峰山を眺めながらゆっくり歩けばいい。
それにしても相変わらず風が強い。のんびりとランチなどとはいかない。風下に当たる樹林帯に潜って食べたのは昨日と同じ。


目的は達したのでTさんは満足そうだ。
でも気を抜かずに帰ろう。ここは岩尾根。


振り向くと女峰山が吹雪いているように見える。


Tさん曰く、ここが一番怖かったという岩場。


12:54
二度目の赤薙山通過。


山頂直下は傾斜が急なのでスリル満点なのである。
尾根さえ間違えなければ危険はないから積極的に行こう。


13:12
やせ尾根を通過するTさん。


13:19
続いて焼石金剛を通過。
さて、ここから小丸山へ向かって下るかそれとも、冒険するか?
Tさんの答はもちろん後者だ。


冒険コースにはこんな魅力的な斜面が待っている。ここを降りない手はないだろう。
ただし、商売上の観点からルートは秘密(笑)


適度に締まった雪は快適なのだ。
スノーシューにすべきかとも思ったが履き替えるのも面倒に思え、チェーンスパイクのまま下る。


降りた先は丸山の鞍部。
ここからは地図にあるルートで小丸山へ。


13:50
鞍部から登り返して小丸山に着いた。
ここでもう一度、冒険を!
だが先ほどと同じくルートは秘密だ(ケチ・笑)。
20分かけてスタート地点に戻った。


赤薙山までは山頂直下のやせ尾根に気をつければ安全ですが、赤薙山から奥社跡までは切り立った尾根や片側急斜面があります。
また、3月初旬なのに奥社跡まで行けたのは雪が少ないことが理由。例年並みの積雪だと残雪を楽しめるのは4月後半以後です。くれぐれもご注意ください。

鹿沼市の岩山。事故が多くて悲しすぎる。

2017年2月15日(水)

またしても岩山(328メートル)で事故が起こった。
しかも今回は死亡事故だ。
下山時によく利用されている猿岩から落下して死に至ったらしい。
8日(水)に入山して11日(土・祝)に発見されたというから、丸三日も同じ場所に横たわっていたことになる。もしかすると、落ちた当初は意識があったのかもしれない。
しかし、ふだんでも訪れる人が少ない岩山だ。平日なので他に登山者がなく発見が遅れたのであろう。救助要請もできないほどのダメージを受け、発見されるのを待ちながら息を引き取ったのかもわからない。
冷たい地面の上にひとり、横たわっていたというのはさぞかし寂しかったことだろう。
下山時によく使われる猿岩。地面が見えないほど急な岩を鎖で下る。

岩山での事故は絶えない。
正確には山頂の北北西100メートルにある岩壁、「猿岩」を下山に使う場合の事故だ。
鎖の始まりから終わりまで30メートルある。すなわち、落差が30メートルということだ。傾斜は60度ほど。感覚的には垂直に近いといっていい。
両手で鎖をしっかり握り、靴を岩に接して降りていくが、下に引かれる力が強くて鎖を握る両の手がしびれてくる。だがここで手を緩めるわけにはいかない。必死で鎖にすがるがやがて限界が訪れる、、、そんな岩なのである。

管理人は山が好きだから、山での事故に関する新聞記事やニュースは関心をもって読む。
管理人が初めて岩山を訪れたのは2015年の8月だったから、それほど前のことではない。2週続けて通ったのだが、以後、訳あって今日まで遠ざかっている(理由は後述する)。
自分が登った山だから関心がある。岩山での事故に関心をもつようになったのもそれ以後、今日に至る一年半のことである。
岩山は鹿沼市にあるので事故は地元紙、「下野新聞」に詳しく載る(管理人はもっぱらWEBニュースで)。

以下、下野新聞WEB版「SOON」に掲載された岩山での事故を引用しておく(日付は掲載日)。

2017年2月12日(日)
滑落か女性死亡 鹿沼の岩山
11日午後0時5分ごろ、鹿沼市西鹿沼町の岩山(328メートル)で東京都足立区神明2丁目、無職女性(72)が倒れているのを登山者の男性が見つけ、110番した。女性は全身を強く打っており、間もなく死亡が確認された。
鹿沼署によると、倒れていたのは山頂北側の鎖場となっている岩場下の雑木林。岩場の最上部から発見場所までは約100メートル、斜度約60度の急斜面。途中に靴や登山用ストックなどが落ちており、滑落したとみて調べている。
所持していた手帳などから、8日に単独で入山したとみられるという。

2016年4月29日
鎖場で滑落事故 鹿沼の岩山
29日午後0時25分ごろ、鹿沼市西鹿沼町の岩山登山道で、埼玉県草加市、医療事務男性(47)が足を滑らせて約10メートル滑落した。
鹿沼署によると、現場は岩山の「一番岩」から西鹿沼町の登山口に至るルートの鎖場。男性は一番岩に登頂後、下山中だった。
同署で、男性のけがの程度などを調べている。

2015年12月4日
山で滑落、女性骨折か 鹿沼
4日午後0時50分ごろ、鹿沼市西鹿沼町の岩山の登山道で東京都小平市、無職女性(68)が滑落した。鹿沼署によると、左足を骨折したとみられる。
同署によると、女性は午前10時半ごろ、仲間3人と入山。北側の登山口に向け下山中、鎖場で手を滑らせ、約30メートル滑落したという。

2015年10月9日
鎖場で滑落、男性がけが 鹿沼の岩山
9日午後1時20分ごろ、鹿沼市西鹿沼町の岩山の登山道で、茨城県石岡市、無職男性(72)が足を滑らせて約10メートル滑落した。男性は胸椎を折るなどのけがをした。
鹿沼署によると男性は午前9時半ごろ、仲間2人とともに入山。その後、下山のため鎖場を降りていたところ、足を滑らせたという。

管理人が岩山に登った2015年8月以後、一年半の間に新聞に載った事故は4件もあることから、おそらくそれ以前にも事故は起こっていたものと推測される(古い記事はネットから削除されるため検索できない)。
新聞に載る事故は警察や消防のレスキューが出動するほどの重傷、重体、自力では下山できない例なので、上に紹介したものは氷山の一角なのかもしれない。
標高わずか328メートル。一般的には注目に値しない山ゆえに登山者は少ない。それにもかかわらず、一年半の間に同じ場所で4件もの大きな事故が起こっている事実、これは重くうけ止めなければならないと思う。

町外れにある、標高328メートルの危険な山、「岩山(猿岩)」

管理人の二度の経験で、岩山は古賀志山の岩場をはるかに凌ぐ危険な山というのが印象である。心技体のどれかが欠けると事故を引き起こす怖い山なのである。
先ほど、訳あって今日まで遠ざかっていると書いたのは心技体のうち、この山に挑戦する「心」が欠けているからだ。

これから書くことは管理人の心の弱さを晒すようだが、あえて書く。
2015年9月、管理人が岩山に登った翌月の出来事だ。
台風18号と17号がからんだ記録的な雨(平成27年9月関東・東北豪雨)により、岩山の登山口がある日吉地区の斜面が崩落し、斜面下の住宅3棟が巻き込まれてその家に住む女性が亡くなるという痛ましい災害があった。
登山口のすぐ近くに住宅があることは知っていたが、そこが被害に遭うとは思いもよらないことだっただけにショックをうけた。見ず知らずの土地で起こったことであればお気の毒という言葉ですんだのかもしれないが、二度登り、これからも頻繁に通おうと思っていた山のすぐ近くで、自然災害によって人が亡くなったことで心が痛んだ。

管理人、信心深いわけではない。神の存在を全肯定するような性格でもない。せいぜい困ったときに神頼みをする程度だ。しかし、岩山の登山口と隣り合わせの住宅で人が亡くなったことで、その方を悼む気持ちが心の中にある。
その気持ちを、当分の間は岩山に足をかけないことで表すつもりでいた。
あれから一年半が経過する。
その間に相次ぐ事故だ。気持ちがさらに萎える。こんなときは岩山に近づかないに限る。

まぁそれはメンタルの問題なので横に置いて技術的な話。
垂直に近い岩壁を、鎖を頼りに下る際にやってはならないことは、鎖を握る手の力を抜かないことだ。当たり前のこととはいえ、しかし、自分の意志に反して力は抜けるものなのだ。

公園の鉄棒に両手でぶら下がっていると、数分もすれば手の力が抜けて砂場に落ちるはずだ。
手のひらはかなり汗をかく。そうすると鎖と皮膚との摩擦が弱くなり、鎖を強く握っていても滑る。
下降中にバランスを崩して肘を岩に打ち付けたりすると、その瞬間に手のひらが開いて片方の腕だけで体重を支えなければならなくなる。だがそれは実際には不可能である。
加齢によって腕力、とくに握力が本人が思っている以上に衰えていると考えなければならない。

それらを前提に、自分に見合った万全の対策で望まない限り、岩山は難しいと思う。
岩山に臨む際の管理人の対応策は次の通りだ。
・心技体のどれかひとつでも不安に思うときは岩山はやらない。
・荷物の軽量化に努める。
・真夏にはやらない(体力の消耗が著しい)。
・雨の日はやらない(鎖は間違いなく滑る)。
・綿密な登山届を作成し、特に身内に説明しておく(息のあるうちに発見される確率が大きくなる)。
・事前に古賀志山の安全な岩場で練習しておく。
・事故に備えてヘルメットは必須とする。
・鎖との摩擦を増やすため、手のひらがゴムでできている手袋をはめる(※1)。
・ハーネスとスリング、カラビナを装着し、手の力が抜けそうになったら自己確保をとる(※2)

それから岩山(猿岩)のように垂直に近くまた、足をかける凹凸のない一枚岩を下降する際の基本技術で大切なことは、岩に対して靴底全体を直角に接して岩との摩擦を最大にすることだ。靴の置き方はリンク先の動画をご覧ください→こちら
※1、ヘルメットと滑り止め手袋(ホームセンターで売っている作業用のもの)

たとえ数メートル上からでも落下すればケガは免れない。せめて頭部を守るためにもヘルメットは着用すべきだと思う。といっても管理人、古賀志山では被っていないが。
画像の手袋はホームセンターで買った作業用のもの。作業用手袋の中では800円と高価だが使い勝手がいい。薄手なので鎖を握る際、手の感覚を損なうことがなくまた、力が直接加わる。手のひらはゴムの皮膜になっていて、鎖を直接握るのに比べるとおそらく数倍もの摩擦力があると思う。


※2、腰にハーネスとスリングを着けいざというときの自己確保に備える。この日は胸にも簡易ハーネスを着けた。

ハーネスは信頼できるメーカーの製品が1万円前後で買えるのでもっていて損はないと思う。これにスリングとカラビナを取り付けておき、腕がしびれてきたり握力が弱まってきたときはカラビナを鎖にかませば、鎖から手を離しても落下することはない。その間に腕を休ませて回復に努めればいい。
ただし、この作業は片手を鎖から離すため細心の注意を払う必要がある。単独行動ゆえのイレギュラーな方法ではないかと思っている。
パートナーと組んでロープによる確保をうけながら下るのが正しい方法ではないだろうか。

以上、手前勝手に書いてきたがこれだけ備えたのだから事故など起こるはずがない、とはいえない。
事例に挙げた4人の方だって備えはしてあったろう。しかし、落ちた。
なぜ落ちたのか、それを知って自分の血肉とするのが事故を未然に防ぐ近道だと思うが、わずか数行の記事から落ちた原因を知るのは無理というものだ。

とにかく命に関わることだ。
最悪の出来事に備えて、細心かつ最大の備えで臨むことが重要だと思う。
岩山での事故をこれ以上、繰り返してほしくない。心が痛む。

参考(過去二回の山行記録です)
2015年8月04日→こちら
2015年8月11日→こちら

いつもの男3人、強風をついて刈込湖を目指したが深い新雪に四苦八苦する。

2017年2月3日(金)

栃木県の面積の1/4を占める日光市は広いだけに気象状況が異なり、人の住む地域でいえば標高200メートルの市街地と1500メートルの湯元では天気も気温も大きく違ってくる。
標高530メートルの日光駅からわずか4キロしか離れていない我が家(820M)でも同じことが言えて、日光駅前が晴れているのに我が家には雪が舞い落ちているなどというのが日常的な光景なのである。夏で言うなら市街地にギラギラと日差しが降り注いでいるというのに、我が家の上空には赤薙山から押し寄せる真っ黒な雲が立ちこめ、雷雨だ。
標高1500メートルに位置する湯元など、季節は市街地とひと月も違うから別世界である。
昔、仕事で日本にやってきた欧米人が東京の暑さに閉口し、避暑地として奥日光を選んだという話がよくわかる。

それだけの環境差のある日光市だからスノーシューのフィールドは多彩だ。
管理人がお客さん相手にツアーを始めた19年前の1999年、グリーンシーズンと様相を異にするフィールドを、おっかなびっくり歩いたのを皮切りに、毎年あらたなフィールドを開拓していき、今では参加者の経験や性別、年齢を問わず、ほぼすべての人に的確なフィールドを提供できるまでになった。
ツアーのフィールドを決めるのは管理人の役割なので参加者に選択権はないが、選択の判断は概ね正しいようだ。次の年もまた参加してくれることでそれがわかる。

だが、フィールドの選択の妥当性とそこでの気象は別物であり、ときに過酷な体験をすることがある。
今日の参加者、Kさんは2010年に初参加だからツアーの古株で、その後2013年に同僚のTさんを誘って参加してくれるようになり、おふたりでの参加は今年で5回目だ。
実はふたりで来るようになって過去4回、管理人が主催するスノーシューツアー史上、他の参加者が経験しえない過酷な出来事を経験している。低気温と強風である。
・2013年 刈込湖→マイナス15度の吹きさらし。体感気温マイナス20度の中で昼食(※)
・2015年 丸 山→強風でツェルトが張れず昼食を断念
といった具合だ。

※管理人はこの他に昼食時にマイナス17度を経験しているがそれは想像を絶する寒さだった。パンをくわえたまま凍死してしまうのではないかとさえ思った(ホントの話し)。

KさんとTさんのどちらかが嵐を呼ぶのか、あるいはそこに管理人が入り込むことで悪天候となるのか、理由はわからないが、過去4回のうち2回も過酷な思いをしているのはなんらかの因縁があるに違いない。
そして5回目の今回だ。
果たして今日はなにが起こるのだろう。戦々恐々としてツアーに臨んだ。こうなったら記録を塗り替えてやるぞw


刈込湖コースの起点は湯元温泉の源泉である。
ここから湧き出た湯が旅館に供給されている。
雪こそ降っていないが空は鉛色で今にも降りそうだ。今日の前途を予兆している。


源泉からいきなり急登が始まり、一度、金精道路に乗り、金精道路から蓼ノ湖に冬道を降りる。
金精道路まで通常は10分程度だが今日は雪が深いから15分ほど見る必要がある。


金精道路脇にある刈込湖コース入口。実質的にここが登山口となる。
積雪期はここで地図にある登山道、いわゆる夏道と、雪が積もったときだけ歩ける冬道に分かれる。往きに夏道、帰りに冬道あるいはその逆というコースが取れるが、夏道は三岳の裾野をトラバースするため雪崩の危険がありお勧めはできない。
③という標識があるのが冬道。
※冬道も雪崩の危険箇所はいくつもある。くれぐれもご注意のほどを。


夏は道がないため降りることのできない蓼ノ湖。
荒涼として神秘的だ。


蓼ノ湖から小峠を目指す。
斜面は広く方向を見失いがちだが木の枝につけられたリボンを探して歩けば問題ない。


40分かかって小峠に着いた。
高さ2メートルの道標が半分埋もれている。
なお、ここまで古い踏跡を辿って歩いたが小峠から先、踏跡はない。ラッセル必至だ。


ここからは3人で協力し合ってラッセルなのだ。
それにしてもこの深さだものなぁ、先頭は辛い。


今度は管理人が先頭に立つ。
今シーズンこれで8日目のツアーなので身体が慣れているとはいえ、深い雪に潜ったスノーシューを持ち上げるにはそれなりの脚力を必要とする。順繰りにラッセルするのが疲れない方法。
ちなみにここに女性が混じるとどうなるか。
見栄っ張りの男達はいいところを見せようと思って疲れても交代を言い出さない。その結果、疲れ果てる。今日は男3人で良かった(笑)


さあ、これから刈込湖へ向かって階段を一気に下る。
道標の下に半分以上埋もれた階段があるが、道は雪の下にあって見えないから見当をつけて次の階段を見つける。


階段の段差は埋もれて斜面になっている。
今日はまっさらな雪なので滑ることがないが圧雪されているとよく滑る。それもまた楽しい。


さて、次の階段はいずこに。
雪が深いと階段を探すのも容易ではない。


最後の階段を下りるとそこは大きな雪原が広がる刈込湖だ。


ふ~、2時間半もかかった。


下を向いてなにかをしているKさんとTさん。
ここは凍った湖の上。氷の厚さを確かめているのでしょう。


とにかく風が強い。常時、強い風が吹き荒れている。
男3人、かつてのように寒さと強風に耐える身体に今はない。
迷わずツェルトを張って風よけとし、ランチは中でと決め込んだ。
ナイロン生地1枚だが、あるとないとでは大違いというもので、中でストーブを焚くと寒さとは無縁の別世界に変わる。
本日のランチは自家製のサンドウィッチとウインナ(この日のオプション)にKさんが持参したワインをホットで。もちろん食後はコーヒーを忘れなかった。

※ツアーは基本的にランチ(サンドウィッチ)がつきますがコースによっては例外があります。また、飲み物はつきません。


刈込湖からの戻りは冬道が面白い。
岩場に積もった深い雪をかき分けながら小峠に向かう。
ときに岩と岩の隙間にはまってしまい、ひとりでは脱出できなくなることがある。


ドビン沢に差しかかる頃になってようやく青空が広がった。
風は相変わらず強いが上空が曇天なのと青空なのとでは気分が変わる。


再び小峠。
往きにつけた踏跡は強風で飛ばされてきた雪で埋まっている。


帰りに別角度で見る蓼ノ湖もまたいい。
面積の3/4ほど凍るがここは北から沢の流入があるため凍ることはない。
なお、水辺にカワガラスが棲んでいて、ときおり人の足音に驚いて飛び立つ姿が見られる。


蓼ノ湖から金精道路に這い上がるダラダラした傾斜が疲れた身体に堪える。
これが終わると金精道路に乗り、あとは源泉に向かって下りを残すのみ。
このあと男3人は日帰り温泉に寄って冷えた身体を温め、ペンションに戻って無事に生還したことの祝杯を挙げた。

で、結果である。
5回のツアー中、3回は強風と低気温を味わったのでKさん、Tさんそして管理人が揃うと「何かが起きる」ことは間違いらしいw
・2017年 刈込湖→強風、ツェルトの中でぬくぬくとランチ
・2015年 丸 山→強風でツェルトが張れず昼食を断念
・2013年 刈込湖→マイナス15度の吹きさらし。体感気温マイナス20度の中で昼食

スノーシューツアー開幕早々から赤薙山登山で疲労困憊す。

2017年1月22日(日)

14日から丸4日間、降り続いた雪はさらさらの粉雪でスノーシューを楽しむには絶好のコンディションとなった。
とはいえ、ツアーの予約は少なく、予定表は空白が目立つ。
なにしろ年が明けてもフィールドに雪はなく、これでは昨年と同じくスノーシューツアーのスタートが大幅に遅れるとみて、情報発信もおこなわないできた。
そこへもってきていきなりの降雪に急遽、下見をおこない、その結果をブログやFacebookで知らせてはみたものの、情報が浸透するにはそれなりの日数がかかるというもので、予約は今のところ少なく、しかも2月の予約ばかりだ。

その数少ない予約のうち、昨日は「おとぎの森」をフィールドにしてご婦人ばかり5名のツアーをおこなった。まだ誰も歩いていないまっさらな雪という“ご馳走”を前に、皆さんに楽しんでいただけたのは言うまでもない。
続く今日、大量の雪が積もったとの情報を見て、急遽申し込んでくれたスノーシューの常連Oさんとのツアーをおこなった。

管理人にとって2日続けてのツアーとなるわけだが、シーズン始めのスノーシューはまだ身体が慣れていないため疲れる。
無雪期のハイキングや登山に比べて雪の上を歩くのは、その運動量が倍にも3倍にも達するとてつもなくハードな運動なのである。
冬のツアー開幕、2日目にして、管理人の身体がまだ雪になれていないというのに、Oさんからのリクエストはハイキングを超えて赤薙山登山という過酷なものであった。

この無謀なリクエストを回避すべく説得を試みたのだがOさん、頑として受け入れてくれない(悲)
管理人:「あのね、雪は降ったばかりのふかふかで、スノーシューを履いても膝まで潜りますよ。小田代のほうが無難な気が、、、」
Oさん:「だったらなおさら、やってみた~い。膝まで潜ってみた~い」
管理人:「その~、赤薙山の手前にさしかかると雪庇が張り出したやせ尾根があってとても危険なのだよ。300メートル下の谷に滑落するかも」
Oさん:「あ~、その場所知ってる。去年歩いてちゃんと頭に入ってる」
管理人:「え~と、私、加齢と運動不足で体力面で不安があるのでもっと楽なコースを」
Oさん:「いっぽさんにもしものことがあったらアタシが助けてあげるから安心して」
万事がこんな調子なのである。どちらがガイドなんだか、まったくw

単独登山女子として自立を目指すOさんの今回の目的は、一歩でもいいから女峰山に近づきたいというものであった。昨年、二度の無雪期単独女峰山登山を果たしたOさん、すっかり女峰山の虜となってしまい今年もまた挑戦への意欲を燃やしている。そのためにも今から訓練を重ねておきたいらしい。赤薙山は女峰山に向かう稜線上に位置しているので、女峰山を目指すための訓練には最適なのだ。
ただし、さすがにこの時期は不安なのだろう、こんな老ガイドを頼みの綱とするOさんに敬意を表し、ガイドを務めることにした。

※管理人が主催するツアーは赤薙山登山も含んでいますが、それなりの登山経験がないと厳しいと思います。事前の相談をおこなった上で応じたいと考えます。


9:21
気持ちのいい青空だ。実に素晴らしい!!


ここはまだ標高1400メートルくらいなのに関東平野が一望という素晴らしい展望が得られる。
画像中央は高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)。


キスゲ平園地はスキー場の跡地を利用している。
こんなに狭いスキー場ながら傾斜は初級、中級、上級とあってその変化が楽しめる。ここは中級コース。これからが厳しくなる。


上級コースの斜面を真横から撮ったところ。
傾斜の程度がおわかりだろうか。


女峰山登頂へ向けての訓練登山。きっと楽しいんだろうなぁ、笑顔のOさん。
今日の出で立ちはスノーシューを履いて手にピッケルという変則的なもの。ザックにはあとで使うことを考えてトレッキングポールをくくりつけてある。
ピッケルはこの程度の積雪量、新雪、傾斜では役に立たない。つまり、いまは両足だけの力で急な斜面を登っているわけだ。脚に大きな負担がかかってスクワットと同じ効果がある。厳しいのひと言に尽きるがこれも訓練。


10:12
歩き始めて50分。長い斜面を登りきり小丸山(1601M)に達した。
正面に今日の目的地、赤薙山とそこまでの稜線が見通せる。振り返ると関東平野の大展望が待っている。
写真を撮ろうとしたらOさん、なにを思ったか、雪の上でジャンプをした。30センチほど浮き上がった。
陸でのジャンプは完成したので、今年は雪上ジャンプを完成させるのだという。


小丸山の右に目を転じるとツアーメニューにある丸山がそびえている。
丸山にも雪はたっぷり積もっているようだ。


さあ、小丸山をあとに赤薙山へ向かいましょう。
正面の大きな尾根は仮称・赤薙山南尾根といってツツジが生い茂る藪尾根。昨年挑戦した→こちらに詳しく


11:05
赤薙山直下の焼石金剛。
ここまで来れば赤薙山はすぐだ。
息を整え、小腹を満たすためにやや長い休憩を取る。


赤薙山は稜線上のどこからでもよく見えるが、焼石金剛まで来ると時間が読めるようになる。あと30分くらいかな。


11:31
ここが例のやせ尾根。
無雪期であればなんてことのない尾根だが、北からの風で雪が堆積し片側が雪庇になる。
正しい道は雪庇に近い側にあるが、踏む位置を間違えると雪庇ごと深い谷に落ちてしまう。
ここは樹林帯の際を歩くのが正しい。
余談だがここで柴のワン子を連れたご夫婦とすれ違った。
挨拶すると即座に、管理人の名前(本名)を言い当てられた。ご夫婦は当ブログの読者で市内在住のHさんであると名乗られた。
管理人、このブログに自撮りした顔を晒しているので記憶してくれていたらしいが、挨拶しただけでブログ主であることを言い当てられたことに驚く。それほどこのブログと管理人の顔が知られていることにありがたみを感じると同時に、責任ある情報提供を心がけないといけないなと思う次第だ。


やせ尾根を抜けると山頂はすぐ目の前。
大きな岩が見えたらあと一息だ。


12:03
登頂~~!
無雪期であれば頭上にある鳥居が今はご覧の通り。
冬山を制したという気分になれるというもんです。


赤薙山山頂は樹林帯に阻まれ展望は良くないが、一箇所だけ、木の間から女峰山と男体山が望める。
画像中央、一番奥に見えるのが女峰山。ここからだと近いように見えるが、ピークをいくつも越えなければ到達できない、難関の山である。
Oさん、昨年だけで3回登頂しそのうち2回は単独。管理人はルートを替えて5回登った。生涯あと何回登れるかわからないが、Oさんと同様、女峰山は管理人にとっても挑戦意欲をかき立ててくれる名山なのである。


Oさんのいる場所が赤薙山唯一のビューポイント。
女峰山にじっと魅入っていたOさんがにこやかな顔で戻ってくる。女峰山を前になにを思ったのであろうか。


2千メートル級の山としてはもっとも低い赤薙山だが、長居していると身体が冷える。
昼ご飯を食べたら早々に下山するに限る。
段差が大きいコースは雪が積もると斜面になってスノーシューでも滑る。そこでピッケルの出番である。雪面深く突き刺すとしっかり固定されるから、片手でヘッドを握って身体を支え、ゆっくり歩を進ませる。
管理人のうしろから「キャー、怖い」、「滑る~」、「たすけて~」とOさんの叫び声が聞こえる。が、もちろんそれは楽しんでいるからである。


昨年に続いてピッケル二度目の経験のOさんだが、急な下りもだいぶ慣れてきた。


ここで尾根は二手に分かれる。
広く、緩やかで歩きやすそうな尾根が右に見えるが、それは正しい尾根ではない。尾根の末端が急激に落ち込んでいて谷に続いているので絶対に進んではならない。
往きに登ってきた踏跡に沿って忠実に、同じ道を戻る。


やせ尾根を上方から眺める。なんと素晴らしい景色なんだ。
雪庇の危険性を認識し、安全ゾーンを歩く限り危険がないことがこの画像からわかると思う。


焼石金剛近くの笹原だが、どういうわけかここだけ雪が薄い。
おそらく地熱が高く雪が融けやすいのではないかと想像している。それが焼石金剛の由来ではないのだろうか。そのように考えた方がロマンがあって登山が楽しくなるというものだ。


13:20
小丸山へ向かって稜線を下るOさん。
この展望はなんど見ても素晴らしい。霧降の誇りでもある。


小丸山から先はスキー場を使わず、登山道で下るのが面白い。
無雪期は藪と化しているが冬は雪が積もって歩き甲斐がある。ここではスノーシューはそのままに、ピッケルをトレッキングポールに持ち替えて歩くことにする。
50センチほどの細い踏跡はシカが歩いた跡。


これは野ウサギ。
このように雪が積もると冬でも野生動物が活発に動き回っていることがわかり、自然に対する親しみがより深くなる。

スノーシュー最後の下見。

2017年1月19日(木)

今年も昨年同様、暖冬少雪でスノーシューの開催が危ぶまれましたが、14日から降り続いた雪のおかげでスノーシューのフィールドは十分すぎるほど雪が積もりました。
例年に比べて3週遅れの開幕となりましたが、これでお客さんにはスノーシューを存分に楽しんでもらえるでしょう。

明後日、土曜日の今シーズン最初のスノーシューツアー開催を前に積雪は十分とは思うものの、念のためにフィールドの下見をおこないましたのでそのご報告を。


「おとぎの森」コース入口の光徳園地です。
ミズナラの林が広がり気持ちが安らぐ場所。小田代ケ原や戦場ヶ原に比べると人が少なく、この広いフィールドを独り占めしたかのような贅沢な気分になれます。


う~ん、いい青空だ。


道路のカーブミラーで自撮り(笑)
ふだんなら頭上にあるミラーが目の前に。


昨シーズンは終わりが2月と早く、今シーズンはスタートが1月後半という遅さ。
そのため例年だと8ヶ月の空白期間なのに今シーズンは10ヶ月と、2ヶ月も余計に空いてしまった。
無雪期の山歩きで使う筋肉とスノーシューで使う筋肉は別物なので、シーズン始めはとても疲れる。今週は土日にツアーがあるので今日の下見で身体を慣れさせないと。
画像のスノーシューはモンベルが輸入販売しているATLAS社の製品。抜群の登攀能力があるのでツアーに参加するお客さんには同じメーカーのスノーシューをお貸ししています。


はて、なんでしょう?
これを見て即答できる人は自然に精通しています。
答はシカの足跡、いや胴体の跡です。
シカの足は細いので雪が深いとお腹が接するまで潜ります。その状態で前進するとこのような深い溝になります。
昔、今の何倍もの雪が降った頃、胴体まで潜って前進できず、その場で餓死する例が数多くあったとのこと。それで個体調整がされていたんですね。


日光では珍しいブナがここでは見られます。


光徳牧場の牛たち。
グリーンシーズンであればノンビリ草をはむ牛と書くところですが、今は雪の下。牧草は牛舎で食べるのでしょう。


管理人が歩いた跡。


シカに表皮を食われたウラジロモミ。ここではよく見る光景です。


場所を金精沢に移して散策。
笹が茂ってふだんなら歩けない林の中をのんびり歩きました。
画像はドライフラワーと化したツルアジサイ。


白根山登山口を示す道標も間もなく雪に埋もれるでしょう。


今月12日はこんな状態でした。


最近はこの車が管理人の足となって活躍しています。
トラックみたいな乗り心地、スピード出ない、燃費悪いの三拍子ですが頑張ってくれています。

スノーシューツアー開幕!!

2017年1月12日(木)

日本海側と北日本を覆っている寒気の影響で日光もようやく本格的な雪になりました。
市街地はまだ降っていませんがスノーシューのフィールドとなる奥日光と霧降高原はサラサラの雪が降っています。

今日は奥日光の光徳温泉と湯元、霧降高原を見て回りましたがこれなら間違いなく積もるという雪がしきりと降っていて、日曜日頃まで降り続くとの予報です。
昨年は暖冬少雪でなかなか雪が恵まれず、スノーシュー初日は1月23日と、例年よりも3週間も遅いスタートでした。今年も同じような傾向ですが、なんとか開幕にこぎ着けることができ、ホッとしています。

長らくお待たせしましたが、私(ペンションはじめのいっぽ店主・波多江定夫)がガイドを務めるスノーシューツアーは21日(土)を初日としてスタートいたします。

ツアーをご希望の方は開催日程表をご覧になり、奮ってお申し込みください。

ツアーの詳細は専用のホームページで→こちら


途中、中禅寺湖前を通過しようとしたところ、湖は大荒れ。寒気の影響でものすごい風でした。


「おとぎの森」コース入口となる光徳温泉。
さらさらしたいい雪が降っていました。
看板の支柱が半分埋まればスノーシューで歩けるようになります。
週明けになれば大丈夫でしょう。
駐車場の様子(下の動画)


「金精の森」コース入口となる湯元の白根山登山口。
積雪は20センチほど。本格的には笹が隠れるくらいが望ましいですが、しきりに雪が降っているので週明けには大丈夫でしょう。



場所を霧降高原に移し、天空回廊と並行するハイキングコースの様子。丸山コースはこの道を使います。
ここも週明けになれば大丈夫でしょう。

スノーシューの下見で赤薙山にチェーンスパイクで登る(雪はまだ中途半端)。

2017年1月10日(火) 晴れ、気温0~4度

一昨日8日の夕方から降り始めた雪は21時前には止んでしまったが、標高820メートルの我が家で5センチほど積もった。ただし、水分をたっぷり含んだ重たい雪だったことに加えて、気温は夜になっても下がらず、屋根の雪は早くも融け始めてボタボタと庇を叩く音が聞こえる始末だった。

本来なら今頃すでに管理人がガイドを務めるスノーシューツアーが賑わいを見せる時期だが、今年も昨年に続く暖冬少雪で、開催が大幅に遅れる見込みだ。
天気予報によれば11日に日本海側に寒気がやって来て、日本海側と北日本は寒気が通過するまでの間、かなりの降雪になるらしい。日光の山沿いは冬は日本海側の気象の影響を強く受けるため、日本海の上空に寒気が押し寄せるとそのおこぼれに預かり、雪が降る。
8日に降った雪が融ける前に11日から連続して雪が積もれば根雪になりスノーシューができるようになる、そんな期待をしている。

8日に降った雪は我が家の周辺ではすでに融けてなくなってしまったが、山ではどんな具合だろう。
取り急ぎ、近場の山、赤薙山に登って状況を確認することにした。
なお、タイトルに書いたように積雪量が中途半端な雪の降り始めはスノーシューだと木の根や段差に引っかかって危険だし、靴のままだと滑る。そんなときはチェーンスパイクが威力を発揮する。装着が簡単だから場面場面で着けたり外したりできるし、アイゼンほどではないがそこそこのグリップ力があるのでアイスバーンを除けば滑ることはない。なによりも軽いし薄いし柔らかいので、着けていることを意識せず違和感なく歩けるのがいい。
管理人はこれをオールシーズン活用している。→無雪期の使用例


霧降高原道路をキスゲ平に向けて走っていると赤薙山が次第に大きく迫ってくる。
ここは反対車線に待避所があって写真を撮るのに最適な場所。この先へ行くと今度は赤薙山が頭上にかぶさるほど巨大になる。女峰山への通過点に過ぎないマイナーな山だが、目の前にすると山の雄大さがわかる。


赤薙山や丸山そして女峰山登山の起点となるのが霧降高原キスゲ平。
今日、目指す赤薙山は標高2010メートルだが、この1445段の階段がもっとも厳しいかも(^^)


階段を登り始めるとすぐ、ニッコウキスゲなどの高山植物を楽しむための散策路と交わる。標高は1370メートル。
そこにピッケルを突き刺し、シャフトに付着した雪を見ると約20センチと予想外に深いことがわかった。


次は階段700段目の散策路。標高は1470メートル。
先ほどより深く、30センチくらい。


階段の700段目の避難小屋から振り返り関東平野を眺める。
遠方は霞んでいるが筑波山まで見渡せる。この標高でこれだけの展望が得られる場所は奥日光にはないからキスゲ平の環境がいかに優れているかが知れる。


階段の最上部に到達した。
ここの標高は1582メートルだから、麓と赤薙山との標高差670メートルのうち、240メートルを階段で稼いだことになる。残り430メートルは緩やかな稜線歩きと短いが急傾斜。赤薙山は冬でも比較的安全に登れるから冬山入門の山としていいのではないだろうか。


いいっすね~、この大パノラマ。
キスゲ平は麓からも関東平野がよく見えるが標高が上がるにつれて展望はさらに広がりを見せ、大パノラマとなる。
画像は北西に位置する高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)。高原山の左に那須連峰が見える。
奥日光だと2千メートル超えの山頂以外、展望を得るのは難しいが小丸山から赤薙山の稜線は2千メートルに満たないが最高なんである(^^)


お~、今日は富士山が見える。
同じ位置から南南西に180キロ。


標高1601メートルの小丸山に出た。
ここから女峰山(実際には帝釈山)まで実に長い稜線が続く。
ところで、いつもと雰囲気が違うなと思ったら山名板が新しくなっている。以前は「キスゲ平」となっていたが「小丸山」に変わった。だが、地理院地図にキスゲ平も小丸山も表記はないから、国には認知されていない名称だと思う。
強いて言えば昭文社・山と高原地図に記載されている小丸山を通称名とするのが妥当なところか。
整理すると、天空回廊のあるキスゲ平園地全体(元のスキー場)をキスゲ平、キスゲ平を抜けてこの山名板のある場所を小丸山、小丸山から赤薙山を経て女峰山へ続く稜線を赤薙-女峰稜線と呼んで区分けするとわかりやすいと思う。
蛇足ながら、山名板の下の「標高一六〇一米」という表記は非常にわかりづらい。そもそも漢数字を横に並べて書くか?、書くなら縦じゃないのか?


今日の管理人の出で立ちはチェーンスパイクにピッケルという、ハイキングにしては大袈裟だし、冬山登山にしては中途半端なもの(^^)
とはいえ管理人、チェーンスパイクはオールシーズン使っているし、ピッケルは冒頭の画像でわかるとおり積雪量を計るのに持参した。


このように雪面に突き刺し、潜った長さで積雪量を知ることができる。
ちなみにこのピッケルの全長は標準の65センチなのでこの場所だとおおよそ50センチの深さ。


焼石金剛。
山名板と雪に埋もれた小さな社がある。
実は焼石金剛という名前だが、ここにはおそらく噴火で飛んできたのであろう大小の石がごろごろしている。
昔の人は大きな石(岩)が夕陽で真っ赤に染まるのを見て、それを神として崇めたのではないかと思う。それともうひとつ、実はふと思ったのだが、雪がまだ浅い今日、この周囲だけ雪がまったくついていない部分がある。地熱が高くすぐに融けてしまうのだろうか。それもやはり神の力と信じられたのかもわからない。


焼石金剛を過ぎると右側に樹林帯、左側に深い谷に挟まれた細い尾根となる。
雪の量が増えると谷側に雪庇ができ非常に危険な尾根に変わる。雪庇を踏み抜くと樹木のない斜面を為す術もないまま300メートル滑り落ちる。
樹林帯のきわが安全ゾーンだ。


赤薙山に導く道標。
道標にしたがって進むと木の根が露出した樹林帯を緩やかに登っていく。わずかでもいいから距離を短縮したい場合は画像正面に向かって進む。雪は深くなるが危険があるというわけではない。


山頂直下はしばし急傾斜が続くがこの林を抜けると、、、


赤薙山に到着。
小丸山から休み休み歩いて1時間42分、焼石金剛から56分。
休み休みというのは、雪の吹き溜まりに入り込んでもがいたり、振り返って景色を眺めたりしたことを指す。無雪期に女峰山へ行くときなどはこんなに時間をかけると登頂前に陽が暮れてしまう。


赤薙山山頂からの眺めは鳥居をくぐったところの崖っぷちからのみ。
そこからだと女峰山と男体山がよく見える。


こちらは男体山。


山頂の空気が冷たくなってきたので早々に退散することにしたが、今日はよく晴れ渡り、いい空の色をしている。


下りでやせ尾根を上から見たところだが進行左側は樹林帯で右は中ノ沢へ落ちる斜面。なかなか怖い。


雪庇にピッケルを突き刺すとヘッドまで埋まる。深さは80センチはあるだろうか。
ピッケルの数十センチ沢側に地面はなく、雪が載っているだけ。


小丸山まで戻りあとは階段で駐車場まで下ってお終いとなる。


最上段から700段目を見おろしたところ。
気温が下がるとこの雪は凍りつき、間違いなく滑る。
これからの季節、階段を利用する方は十分ご注意のほどを。

年の初めはやっぱり古賀志山の岩場でしょ!!

2017年1月6日(金)

膳棚駐車場~林道古賀志線~三叉路~芝山林道から西へ~東稜岩場~東稜見晴台~古賀志山~御嶽山~古賀志山大神~猪落~岩下道~南登山道~坊主山~膳棚駐車場

この冬、一番の冷え込みとなり、管理人が住む霧降高原はマイナス7度を記録した。
この冷え込みのおかげで屋外に設置してある給湯ボイラーの配管が凍結してしまい顔も洗えない始末。いや、洗おうと思えば洗えないことはないのだが、凍傷になるくらい冷たい水で顔を洗うにはそれなりの勇気を必要とする。
石油ストーブを壁付けボイラーの下に移動するとともに、解氷機に通電して待つこと30分。ようやくお湯が出てきたときは嬉しさのあまり万歳、などということはしませんが、普通が一番ありがたいと感じたひとときであった。
その後、商工会議所に出向いて専従者の源泉徴収表を作成するなど、暮ればかりでなく年始めもなかなか忙しい。
新年早々、ボイラー凍結というアクシデントに見舞われるし、雪はいっこうに降る気配がないし、波乱の2017年という予感がするw

あ~そうそう、忘れるところだったけど先月24日、山に行くときの足代わりとして中古の軽自動車を手に入れた。これまでどこへ行くにもステップワゴンに乗って出かけていたが、いつ壊れるかもわからない高年式車ゆえに、稼働日数を少なくして、延命を図ろうというわけだ。平成13年式のステップワゴンは3列席への乗り降りがしやすく、贅を尽くした最近の車にはない使い勝手の良さがある。寿命尽きるまで大切に乗りたいものだ。

で、軽自動車なら細い林道に無理やり入っていけるし、20センチもある地上高と16インチという大きなタイヤは石がごろごろ転がっているような荒れた道でも心配はない(と思う)。深い轍に入り込んでしまっても手動で切り替える方式の4WDだから脱出は容易というものだ(たぶん)。
要するに昨年末の総括で宣言したように、「より遠方の山への開眼」を今年はさらに強化するために、どこへでも入っていくことができる「足」を手に入れた次第だ。
その入手した軽自動車、スズキのジムニーだが、使い勝手をよくするためにあれこれ細工を施すのに時間をとられて山歩きは先月19日以来のご無沙汰で、今年の初歩きは昨年よりも遅く今日6日となってしまった。

今年の管理人の目標は古賀志山でいえば、山域内にたとえ数十メートルでも、まだ歩いていない道があればくまなく歩き、文字通り古賀志山を歩き尽くすことにある。おそらく地図とコンパスが必要になろうかと思うが、それが読図能力の向上につながり、他の山での安全につながる。

古賀志山山域は3.5キロ四方の中にすっぽり収まってしまうほど狭いので、道間違いを起こしても冷静に対応すれば容易に脱出できる。読図の練習には最適なのだ。
これほど身近な場所なのに地図にない道を歩けたり岩場の上り下りができる古賀志山は、登山の基本のキを学べる隠れた名山だと思う。今年も大いに世話になろう。


軽自動車ながら最低地上高200ミリ、16インチもある大きなタイヤ、手動切り替え式の4WDと、本格的なオフロード走行が楽しめるとして根強い人気があるジムニー。
だからといって性能を100パーセント発揮できるような道に踏み込もうというわけではないが、これまでステップワゴンでしてきた苦労が少し軽減されるのではないかと思う。


今日は残り少ない未踏ルートに近い膳棚駐車場をスタート地点にした。日光から県道70号線を宇都宮に向けて走り、レイクランドCCに折れた場所にある。
古賀志山に登るには森林公園駐車場からのアプローチとここ、膳棚駐車場からのアプローチという二通りの方法がある。森林公園駐車場は元々、地元の人の利用が多く、広い駐車場は早朝から満車になることがある。駐車場で出合った地元の顔見知り同士、一緒に歩くのに都合がいいらしい。
しかし、膳棚駐車場は森林公園駐車場ほど広くないのと宇都宮市街から行くのに森林公園駐車場より遠くなるため利用者がほとんどいない。といって古賀志山に至るのにアクセスは決して悪くないので管理人はよく利用する。


車止めの脇を抜けると左に入るアスファルト道路がある。
途中で登山道に変わり、坊主山を経由して古賀志山南登山道で山頂に至る。分岐がいくつかあるため地図とコンパスは必須。
今日は帰りにこの道を利用する予定。


坊主山への道を左に見ながら車止めのある方向に進んでいく。
一般車は通行禁止だし歩く人もいないので散歩気分で歩ける。が、ときおり前方から高速で向かってくる自転車とすれ違う。
この道路は自転車レースとして名高いジャパンカップで利用されていることから、ロードレーサーの間で人気がある道なのだ。一般車もない、人もいないアスファルト道路でなおかつ、下りという好条件が人気を呼んでいるらしい。
それが裏目に出て、2008年には練習中のレーサーが一般車と衝突して亡くなるという事故が起こったそうだ。なぜ一般車が走っていたのかは不明。


ぶらぶらと散歩気分で歩いて行くとアスファルト道路が分岐する場所に出合う。
左の道が林道古賀志線で途中、南登山道と交わる。管理人の予定ルートは右へ進んで途中で山に入るというもの。
なお、分岐の中央に見える林の奥に東南稜ルートと呼ばれる岩場ルートが隠れている。


分岐を右へ進んでいくと右へ曲がるヘアピンカーブがある。
ここでアスファルト道路と分かれて山に入る。


檜の植林地だが陽が差し込んで明るい。


向かう方向は時計のコンパスが示す西。


沢から尾根に転じ、かすかな踏跡を頼りに標高を稼いでいく。


ほっ。なんども歩いている東稜ルートに合流した。
これで本日の未踏ルート歩きは終了。距離にして400メートルという短いものだった。
とはいえせっかくここまで来たのだからおいそれと帰るわけにはいかない。
鈍った身体に活を入れるためにも岩を登って緊張感を高めよう。


東稜ルートを登り詰めると左から来る尾根、東南稜ルートと合流し、合流点にさっそく岩場が待ち構えている。ここから連続する岩をすべてクリアすると東稜見晴台に達する。
なんども登った岩なのにいざ目の前にすると緊張が走る。
久しぶりなので滑落しないように慎重に登ったのは言うまでもない。鎖は使わなかったが、、、


見晴台直下の岩。
ここはほぼ垂直なので慎重に、、、鎖を使わずに、、、


東稜見晴台から多気山(たげさん)を通して宇都宮市街地を望む。
雲が多いながらも筑波山も見えた。


ほぼ真北に高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の総称)が見える。


西には日光連山。


見晴台から目と鼻の先に古賀志山がある。
山頂は広場になっていて昼食時になると多くの人で賑わう。眺めはよくないので長居はせずに次の御嶽山へ向かう。


古賀志山から西へ向かって1キロ半もの尾根が延びている。
この尾根こそ古賀志山山域の主稜線であり、里山ながらいろんな顔をもつ古賀志山の神髄が味わえるいい稜線と言える。
稜線はまず、御嶽山へ続くが行く手を阻むような大きな岩に出くわす。昨年3月、向こうからこの岩を通過しようとした女性ハイカーが、地面まであと一歩というところで足を滑らせて谷へ転落し亡くなっている。
ここには巻道が設けられているのだがその存在を知っていてあえて岩を乗り越えようとしたのか、知らずに乗り越えようとしたのか、そこまでは知らない。
いずれにしても古賀志山の危険性を物語る事故である。


ここも巻道があるのであえて乗り越える必要はない。


最後は鉄製のハシゴ。


ハシゴを超えるとすぐ御嶽山山頂に着く。山頂からの眺めは抜群で、周りに障害物がなく、目の前には大パノラマが広がっている。


通称「小マラ岩」と呼ばれている岩尾根。
過去二度、通過したことがあるが、正直言って古賀志山山域の岩場の中ではあれがもっとも怖い。
※2015年6月09日の小マラ岩の様子→こちら
※2016年9月18日の小マラ岩の様子→こちら


時間はたっぷりあるので近くの岩に腰を据え、カップラーメンと菓子パン、そして魚肉ソーセージという贅沢な昼飯を味わう。最後にコーヒーのサービスも(^^)
腹が満ちたのでここを立つ前に御嶽山の神様に今年の無事を祈願する。


主稜線はまだ先が長いが今日は御嶽山で折り返す計画にしている。
といっても同じルートで戻ることはしない。これが古賀志山のいいところだ。
日光の山だと車を置いた場所まで同じルートで戻らなくてはならないが、古賀志山は行き帰り、まったく別のルートを使えるのがいい。
今日はこれから古賀志山大神(こがしさんおおかみ)、猪落(ししおとし)と歩いて坊主山を経て膳棚駐車場に戻ることにする。
画像は古賀志山大神への道。


これが古賀志山大神。
古賀志山山域は古くから地元の人の信仰の対象になっている。
古賀志山には山域のあちこちに祠や社、石像があることでそれがわかる。山の頂でいえば石祠のある御嶽山がそうである。
しかし古賀志山の山頂は御神酒が供えられていることはあっても祠や社があるわけではない。
では古賀志山の神様はどこに?
地図で見ると古賀志山と御嶽山を結ぶ主稜線の中間あたりから南へ大きな尾根が張り出していて、麓から仰ぎ見ると威風堂々とした山に見える。そこを古賀志山の神として崇め祠を祀ったらしい。
そして、古賀志山と区別して、「こがしさん」というのが正しいそうだ。と、ここまで臆面もなく書けるのはNPO法人「古賀志山を守ろう会」会長の池田正夫氏が記した「古賀志の里 歳時記」のおかげ(^^)。古賀志山を深く知るには必須の書です。


古賀志山大神のある尾根の末端は崖である。
崖の手前を左へ回り込むようにして踏跡がつけられている。
踏跡に沿って歩いて行くと画像の猪落の上部に出る。
ここから岩下道に出るまで、つかの間だが画像のような岩尾根が楽しめる。東の眺めもいい。


猪落を下りきると岩下道に合流するので不明瞭な道を東へ歩いて行くと南登山道に出合う。
この階段を下りると林道古賀志線と合流する。


林道古賀志線に合流。
左へ行くと森林公園、右へ行くと宇都宮市営の南駐車場へ行く。
道路を横断し階段を登ったところが坊主山である。


林道から100メートルほど歩くと地図の小ピーク、坊主山である。
眺めはまったくない。


坊主山から膳棚駐車場へ向かう静かな小道。


約400メートルの未踏ルート歩きを終え、無事に戻ることができました。


2016年総括。初めての県外遠征、会津駒ヶ岳は圧巻だった。

2016年12月31日(土)

暖冬少雪で明けた2016年。
期待した年末も雪がなく、この分だと2017年も雪なしで明けそうです。
それにしてもねぇ、例年ならすでに雪のフィールドを歩き回っている時期なのに、建物の窓から見える女峰山と赤薙山の山肌は黒々として、寂しさが漂っています。
その雪のない日光連山を恨めしげに眺めながら2016年を終えようとしています。雪のない連山。右から丸山、赤薙山、少し白いのは女峰山。


さて、皆さまには今年一年、私(ペンションはじめのいっぽ店主・波多江定夫)の書く勝手気ままなブログにお付き合いくださいましてありがとうございました。とても感謝しております。

このブログは長野県や山梨県といった話題性に富んだエリアの山、誰もが行きたいと思うような華やかなエリアの山ではなく、東照宮など世界遺産の名に埋もれて目立たない日光の山と、標高600メートルに満たない古賀志山のことばかり書いています。
山がお好きな方に見ていただいているブログですから、山歩きの記事に引っかけてペンションの宣伝をやれば少しは商売に貢献すると思う一方で、冷静に考えると、私が登る山は日没になるくらい長い時間を要したり、ロープや鎖、ときにはなにもない岩を上り下りしたり、藪を歩いたりといった、大袈裟に言えば身の危険を感じるような山ばかりなので、まさかそんな山歩きを宣伝してお客さんに来ていただくというわけにはいきません。やはり山歩きと商売は切り離して考えた方がいいようです。

ただ、書く以上は、ブログを読んでくれた方が危険を冒してまで行くことを念頭に、できるだけ多くの写真を使い、なおかつ客観的な視点で詳しく書くことを心がけています。
それが他のブログと一線を画しているので、一定の評価を得ているのではないかと思います。

というわけで今年も今日で終わりますので、おおざっぱではありますがこの辺で今年の山歩きを総括しておきます。

昨年の同じ日の総括で、2015年は、山への「再帰」あるいは「復帰」元年と名付けました。
怪我による長い空白からようやく抜け出て、数年ぶりに満足のゆく山登りができるようになった嬉しさのあまり、上の表現になったのでした。それを裏付けるのが61回という山行の多さでした。
61回のうち古賀志山だけで33回を占めたので、古賀志山以外の山が28回ということになります。→昨年の総括

それにたいして今年は52回なので昨年より9日ほど少ないわけですが、この理由は古賀志山の回数がぐっと減ったからでした。具体的には昨年の33回にたいして今年は11回と、22回も減りました。
減ったとはいっても古賀志山への意欲が薄れたというわけではなく、私の古賀志山への取り組みは100以上あるといわれているバリエーションルートを歩き尽くすことにあるので、それが今年でほぼ終わったことを表しています。

古賀志山が33回から11回へと22回も減った割に全体では9回しか減っていませんが、実はこれが今年の総括に結びついてくるわけです。

昨年を山への「再帰」あるいは「復帰」元年とすれば今年は、より遠方の山への開眼とでも申しましょうか、栃木県の山にとどまらず、私の山歩き経験初となる栃木県外の山に登ったのでした。
といってもそれは偶然の産物でしたが、まっ、動機はどうあれ私が初めて県外の山に登ったという歴史的事実が起こったのが今年でした。

もうひとつの出来事、というか新たな発見として、栃木県と福島県の県境にとても魅力的な山があるということでした。
これまで県境といえば群馬県境しか頭になかったのですが、27年ぶりに鬼怒沼へ行こうと地図を眺めていたところ、鬼怒沼のわずか10センチ先(^^)は福島県であることがわかりました。いやぁ、実際には5キロ先なのですが5万分の1という広域地図で見ると実に近くに県境があります。

その福島県境には群馬県とも接する黒岩山、台倉高山、帝釈山、田代山といった私には未知の山が続いていて気持ちがそそられます。
さらに、さらにですよ、県境から少し福島県側に入るとそこには日本百名山で知られる会津駒ヶ岳がありました。名前は聞いたことがありますが県境から意外に近い場所にあるのだということがわかりました。

ガイドブックに紹介されている日光の山はずいぶん登ったし、古賀志山にいたっては地元の人しか歩かないような山域の隅っこまで歩きましたので、このへんで見聞を広げるためにもこれまで行ったことのない山を探して登ってみよう、それが課題となりました。
それと女峰山。
女峰山はすでになんども登っていますが、これまでと別のルートで登ってみようと考え、帝釈山を北尾根から登って女峰山に至る激藪ルート、寂光滝からの笹藪ルートにも挑戦しました。

以下は今年初めて登った山
日光広域(※)の山
錫ヶ岳鬼怒沼山と物見山(鬼怒沼を含む)、月山夫婦山高原山(鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳、西平岳)、石裂山

福島県境の山
台倉高山帝釈山、田代山

福島県の山
会津駒ヶ岳

私は気に入った山なら何度でも登ってその山を極めるというスタイルです。
これまで登った女峰山、鳴虫山、古賀志山がそのいい例ですが、今年初めて登った上記の山で言えば、会津駒ヶ岳を筆頭に、帝釈山と田代山、鬼怒沼を付け加えます。

とくに会津駒ヶ岳は高山植物の宝庫と見ましたので、花の季節は格別でしょう。私が会津駒ヶ岳に登ったのは10月だったので花は終わっていたのですが、この広大な湿原一面に花が咲くんだと思うと気持ちが踊りました。
とにかく、見渡す限り湿原の稜線が続いています。戦場ヶ原なんてものじゃありません。圧巻でした。日光からもっと近くへ移住したいとさえ思います(^^)
ぜひともブログをご覧ください→こちら
どこまで続くのかと思わせるような、会津駒ヶ岳の素晴らしい稜線


最後になりますが、来年も私の書く稚拙なブログにお付き合い願えれば幸いです。
どうかよいお年をお迎えください。

あっ、ひとつお知らせを。
私は1月から3月の間、スノーシューツアーのガイドをしているのですが冒頭に書いたように、現在、フィールドに雪はありません。
2月になれば可能かと思い、現在受付中ですが、1月はどうなるのかわかりません。
状況が変わったらこのブログやフェイスブックでお知らせしますので、スノーシューをやってみたいという方は最新記事でご確認ください。